まえがき

この話はアハトさんの破滅の中の堕ち鴉の設定を使わせて頂いたオリジナルの話です。
もう自分の作品ではいつものことになってしまいましたが、なのはが壊れてます。今回は攻撃的です。デュエルのあるキャラが酷い目にあいます。
そういうのが嫌いな方は引き返してください。










恋の話、好きな人の話。
女の子は男の子よりも早熟であるらしく、私も小さな頃からそういう話を友人たちとしていた……正確には聞いたり、聞かれたりで自分から率先して話していたわけではないけど。
だけどそのたびに私は、私に対しての質問だけは何も答えることができなかった。
 私は恋というものを、男の人を好きになるということを、男の人を愛するということを知らなかった。
正確には……知っていたから知らなかった。
 矛盾した言葉かもしれないけど、そうとしか言いようがないのだからしょうがない。
初恋は何歳の時だ、と聞かれれば、これは今でも答えられない。

それらがなぜなのかを知ったのは……おにいちゃんがいなくなってからしばらく経った時。
おにいちゃんがいなくなった時家族みんなは、最初はそれほど心配してはいなかった。誰にも告げずに山籠もりでもしているのではないかと、全員が苦笑していたぐらいだ。
 私も帰ってきたらお説教した後、いっぱい甘えるぐらいにしか考えていなかった。
だけどそれが一週間、二週間と経ってもおにいちゃんが帰ってくることはなかった。
 二週間と少しが経った時、警察に連絡。すぐにリスティさんを中心に警察の人たちが動いてくれた。
でもそれから一年が経ち、二年が経ち、三年経ってもおにいちゃんが帰ってくることはなかった。
 そしてもう少し時が経って、リスティさんとフィリス先生から、おにいちゃんがどこにいるのかを聞いた。
 それは……もう二度とおにいちゃんには会えないと言われたのと同義だった。
私はおにいちゃんを永遠に失った。

 その時に私は唐突に理解した。
自分はもう昔から恋をしていたんだ、男の人を好きになっていたんだ、男の人を愛していたんだ、と。
兄がいなくなったからこそ、失ったからこそ、私はそれに気付いた。
 その時私は確かに恋を、愛を自覚した。
ずっと昔から恋をしていたから、恋を知らなかった。ずっと昔から好きな人がいたから、好きだという感情を知らなかった。ずっと昔から愛していた人がいたから、愛という想いを知らなかった。
 ずっと昔から恋をしていたから……初恋が何歳の時で、その相手が誰だったかなんてわからなかった。
ずっと昔から、本当に自然にあった想いだったからこそ、それが恋や愛だという自覚がなかった。ずっと昔からあった想いだったから、初恋がいつかだなんてわからない。
つまりはそういうこと。
 私は昔から兄である高町恭也に恋をしていて、好きになっていて、愛していた。

だけどそれを自覚できても、その人がいなかった。
 ある意味皮肉だった。おにいちゃんがいなくなったからこそ、失ったからこそ、私はそれに気付けたのだから。
恋を、愛を自覚したからこそ、私はおにいちゃんがいなくなってから初めて……泣いた。
 だって、その人がいない。
 家に帰っても、どこを探してもいないんだ。
好きだという恋を、愛しているという想いを理解しても、自覚しても、その人がいない。もう永遠に会えない。
 おにいちゃんがいなくなってずっと寂しくて、悲しかった。だけど、自分の想いを自覚してしまった後の辛さは、今までの比ではなかった。


 胸に大穴が空いたかのような喪失感。
私の存在がなくなってしまうかのような喪失感。
目に見えるものが全て、灰色に見えるかのような喪失感。


愛する人がいないからこそ想いが深まっていく。
愛する人がいないからこそ、想いは止まることを知らない。
愛する人がどこかの『世界』で生きているというのを知っているからこそ、想いが強くなる。


 だけど想いが深まるほど、強くなるほど、喪失感は大きくなっていく。
胸の穴が大きくなり、私という存在を侵す。
自分の存在を消していく。
 灰色に見えていたものが黒へと近づき、見えなくなっていく。

 狂いそうなほどの苦痛。
 それでも大きくなっていく想い。

 混ざる。
喪失感は全てを混ぜていく。
 耐えきれないほどの激情と苦痛と想いを混ぜていく。
混ぜ合わされたそれは、解放の時をただ静かに待っていた……。


 たぶんそれがそれまでの私……高町なのはの終わりだったのだろう。

 





喪失からの愛







辺りに怒号と爆音が響く戦場で、二人の少女は相対していた。
黒の上に深紅のラインが入った服を纏い、その手に長い杖を持つ漆黒の少女……不破なのは。
学校の制服を戦場での爆風でなびかせながらも、その両手で弓矢を構える少女……当真未亜。
 破滅の救世主候補と王国の救世主候補の二人が今、お互いの武器である召喚器を向けあっていた。




「なんで未亜さんなのかなぁ」

 なのははため息混じりの言葉を未亜に向ける。

「リリィさんとかベリオさんとかが相手なら心おきなく……消せたのに」

そして今度は……うっすらと笑ってそう言った。
それは酷く妖艶で、だが見た者に怖じ気を抱かせる笑い方。
それを見た未亜は僅かに身を震わせた。

「な……は……ん……」

 それを見たからなのか、未亜の彼女を呼ぶ声が掠れていた。
 だがなのははそんなことは知ったことではないと、淡々と言葉を続ける。

「本当はあなたも消えて欲しいんですけど、でもダメだから。救世主とか、本当に面倒くさいな」
「どうしてそんなこと!?」

その未亜の叫びに、なのははこの人は何を言っているのだろうとでも言いたげに首を傾げた。

「私、何か変なこと言ってますか?」
「簡単に人を消すとか、そんなのおかしいよ! 初めて会った時のあなたは……学園で過ごしていた時のあなたはそんなこと言わなかった!」

この人はたった少しの間一緒にいただけで、何をわかった気になっているのだろう?
あの時の自分の姿なんて仮のものにすぎなかった。
 兄を探すための、あの喪失感を埋めるための姿でしかなかった。
それまで姿なんて、所詮は仮初めのものでしかなかった。
だが、今は兄を取り戻したのだ。喪失感によって空けられた大きな穴は、すでに塞がった。
 兄を取り戻し、愛を囁くことで塞がった。
本当の高町なのはを……不破なのはを取り戻したのだ。

「だって、未亜さんたちはおにいちゃんの敵じゃないですか」
「不破さんの……?」
「はい、そうですよ。それだけで、私にとってはあなたたちを消すのに……殺すのに十分な理由ですから」

やはりなのはは笑いながらそう言った。
 だが、その目はまったく笑ってなどいなかった。
 その目は酷く冷たく輝いている。本当にその目で見られるだけで、全身が凍ってしまいそうなほどに冷たい目。
 未亜も思わず後ずさってしまっていた。

「だって、あなたたちはおにいちゃんを殺すために戦ってるんですよね?」
「ち、違う! 私たちは破滅を倒すために!」

その返答を聞いて、なのははおかしくてさらに笑った。
 なのはにはわかる。未亜は決して破滅を倒すために戦っているのではない。彼女は自分に近いからわかる。
 彼女の破滅を倒すためなどというのは、ただ周りに合わせただけの言葉だ。
 まあ、それを今言った所でどうしようもないし、なのはの目的には何の関係もない話だ。

「おにいちゃんは破滅の将ですよ? つまりやっぱりおにいちゃんを殺すためにあなたたちは戦ってる」
「こ、殺すつもりなんてないよ!」
「戦争しているのに何を甘えたこと言ってるんですか? 結局本当の戦争なんて、殺さないと終わらないんですよ」

仮にこの戦争で、兄が死なずに……救世主候補たちに捕まったというような形で終わったとしても、結局の所待つのは死刑だろう。
つまり兄は死ぬのだ。
もっともなのはが知る人たちの中で、一番強い兄がそう簡単に死ぬとも捕まるとも思えないが。
だが、それでも……。

「私はもうおにいちゃんを失う気なんかない」

笑みを消し、なのはは未亜を睨む。

またあの喪失感を味わうなど真っ平だ。
兄とこの世界で再会したときの喜び、愛おしさ、幸福感。
 一緒にいられることで満たされる想い。膨れ上がる愛おしさ。感じられる幸福感。
 それらを再び失う気などないのだ。

もう二度と、あの時のような想いをしたくない。
 二度と離れたくない。離したくない。
もう兄が自分の元から離れることなど許さない。
 その原因が時であろうと、死であろうと、運命であろうと、許さない。
 原因の全てを排除する、可能性を消去する。
 それが例え……恭也以外の全てが対象だったとしてもだ。恭也以外のことなどどうでもいい。
 友人だろうと、仲間だろうと、家族だろうと、救世主だろうと、神だろうと。
それら全てを何の感慨もなく消すし、殺す。

全てはあの喪失感を二度と感じないために。
兄を手放さない。
一度失って、その恐怖を知り、痛みを知り、それでも……いや、だからこそ大きくなり続けた想いは、恭也と再会したことで相乗され、なのはを狂わせた。
愛する兄を失わせる原因、可能性のある者を全て排除するという、かつてのなのはを知る者ならば、信じられない考え方。
喪失することで知った愛は、再び喪失させることを許さない。
 あのとき色々なものが混ざり合ってできたその想いは、それを許さない。
それは狂気と言っていい想い。
兄だけが共に在ればいい、他には本当に何もいらないという狂気の愛。
 それを邪魔するモノは全て消す。

「あなたたちが原因になるかもしれない。可能性になるかもしれない」

 兄は強い。
 なのはが護らなくても、自分の身ぐらい護れる。
ならばなのはのする事は決まっている。
 恭也を失ってしまうかもしれない、原因になりえる可能性たちを摘み取っていく。
 それが今は、救世主候補たちであったというだけなのだ。
 もっとも、恭也が自分の身を護れると言っても、自らよりもロベリアたちを優先しそうだから、安心はしていないのだが。
 もしロベリアたちも原因に、可能性になり得るなら排除するだけだ。

「もういらないんだ……おにいちゃんを失わせるかもしれない可能性なんて。私はおにいちゃんがいてくれるだけでいい。それ以外のものなんて何もいらない」
「そんな……」

 なおも何かを言おうとする未亜に、なのはは再び笑ってその先の言葉を遮る。

「あなたは私に近い。だからあなたも大河さんを失えばわかりますよ、未亜さん」

そう言って、なのははアストライアを構えた。

「あなたは消せないけど、戦えないようにすることはできる。それだけで私がおにいちゃんを失う可能性は低くなる」

その言葉と共に、並の魔法使いの十数人分であるなのはの強大な魔力が、一気に溢れ出す。
最早言葉はいらないし、聞く気もない。
 今は兄を再び失わせるかもしれない可能性を排除するのみ。
彼女をマスターとするイムニティ辺りが後で煩く何かを言ってくるかもしれないが、そんなこと知ったことではない。
誰にも邪魔なんかさせない。
 兄にだって邪魔させるつもりはない。
もう……あんな想いをしないために、誰に邪魔されようとすべての可能性を消す。

「アストライア、行くよ」

なのはの言葉に応えるかのように、アストライアが輝いた。それと同時に、その先端から放たれる火球。
だがそれは未亜が放つ光の矢によって、爆裂する前に打ち消された。
 しかしなのはは気にしない。次々と魔法を放ち続ける。
 だがその全てを、未亜は威力が発揮される前にあらゆる効果の矢で打ち消していく。
端から見れば互角に見える戦い。だがなのはの笑みは消えることはない。




どれだけの魔法が、どれだけの矢が放たれ続けたのか。
だが撃ち続けられていたなのはの魔法が唐突に止まる。それに訝しがりながらも、未亜も矢の連射を止めた。
なのははアストライアを構えたまま口を開く。

「未亜さん、戦いではあんまり相手ばかりを気にしてたらダメですよ? 三百六十度、全てを使って戦える人間もいるんですから。閉鎖空間ならおにいちゃんもやりますし、私は……こんな場所でもできる」
「え?」

なのはの言葉の意味が理解できず、未亜は不思議そうな顔を見せる。
 だがなのはは何も答えず、いきなり後ろへと下がって、

「テトラ……グラビトン……」

笑ったまま、どこか艶やかな声で、そう呟いた。
その瞬間、なのはの頭上数十メートル地点に巨大な魔法陣が現れ、さらにその魔法陣の中から巨大な隕石の姿が現れた。
イムニティから習った召喚魔法。
それは現れる場所を選ばない。

隕石は一直線に、まだそれに気付いていない未亜へと落下していく。
だが巨大な石の塊が空を裂く音で、それに気付いたのだろう、未亜が上空を見上げて目を見開いた。
 彼女の技ではあれを砕くことはできない。
 ならば躱すしかない。
落着するまでにまだ時間はある。その間に、召喚器によって強化された身体能力の全てを使って未亜は後ろへと飛び、落下地点から離れた。
次の瞬間、隕石は地面に衝突し、辺りに粉塵を巻き上げさせる。その粉塵によって、未亜からなのはの姿が見えなくなった。
 未亜が辺りを見渡し、なのはを探していると、

「あと罠って一つじゃなくて、幾つか繋ぎ合わせた方が効果あるんですよ」

そんな声が粉塵の向こうからか聞こえた。
 さらに……。

「ショットレイン」

叫ぶわけでもなく、落ち着いた声。
 その言葉とともに、幾つもの砲撃魔法が粉塵を突き破ってくる。
それは横に降る散弾の如き黒い巨大な雨。
 一直線に、広範囲に、超高速で、闇の散弾はバラまかれ、ただ辺りを蹂躙する。
未亜は、砲撃手であるなのはを見失っていたため、攻撃のタイミングが掴めず、その砲撃のほとんどを躱すことも、矢で射落とすこともできなかった。
 そして全身に幾つもの黒い雨が直撃し……ゆっくりと未亜は倒れた。




なのはは黒と深紅の服を風になびかせながら、倒れた未亜へと近づく。
未亜の周りには、血だまりができていた。
なのはにも彼女にいくつの魔法が直撃したかはわからない。意識はないようだが、まだ息はある。
 ならば構わない。
救世主が誕生すれば、それは恭也の危険を意味し、再びなのはは彼を失うかもしれないという可能性が出てくる。
 だから未亜を殺さないだけだ。少しでも可能性を低くするために殺さないだけ。
これでもし彼女が死に、大河が救世主になるというのなら、アストライアの力を使えばいい。
未亜を殺さずにおくのと、救世主が誕生するのでは、どちらが恭也にとって危険かを天秤にかけて、救世主の方が重かっただけ。
 だが救世主すらもアストライアの力でどうにかしてしまえば、可能性は減る。
 だからもしこのまま未亜が死んだとしても、それはそれで構わない。一つの可能性がなくなったと思えばいい。
それだけのことだ。

「どっちにしろ、これで未亜さんはしばらく戦えないしね」
 
倒れ伏す未亜を見ても、なのはは何の感情も見せずにそう言ったあと、その場から立ち去った。





「なのは!」

戦場から戻り、兄の帰りをずっと待っていたなのはだったのだが、その待っていた相手が、いきなり怒鳴りながら現れた。

「どうしてロベリアから離れた!?」

なのはの兄……破滅の堕ち鴉・不破恭也は声を荒げてそう言った。
なのはもなぜ恭也がこんなことを言うのかを理解している。
 兄はまだ自分を戦わせることを……いや、殺しをさせること、見せることを良しとしていないということを理解している。
だから基本的になのはは後衛として、ロベリアたちと組まされていた。無論、恭也と組む頻度が一番多いのだが、今回はロベリアとであったのだ。
 だが、なのはは可能性を減らすために戦場の混乱を利用して、彼女から離れた。
 その中で出会ったのが未亜だったのだ。

「もちろん消すためだよ」

 なのはは座っていたイスから立ち上がりながら言った。

「消す?」

なのはの言う意味が理解できないのか、恭也は眉を寄せ、目を細める。
 だがなのはは何も答えず、ゆっくりと歩き出す。
そして兄の目の前まで辿り着くとポフンと、その胸の中に自らの頭を埋めて、彼を抱きしめた。
この世界に来る前、そのときに兄の傍にあった時は、せいぜい腰に縋り付くぐらいしかできなかったのに、今ではその胸に顔を埋めることができる。
身長差がそれだけ縮まったのだ。身長だけでなく、本来なら変えようのない年齢差まで。
 顔つきなどは似ていない兄妹だから、端から見れば今の状態は恋人たちの触れあいにしか見えないだろう。
 そしてこの世界で、兄と自分が兄妹であることを知る者などほとんどいないのだ。想いを隠す必要もない。
 それが嬉しい。
そして兄の体温が、兄の心臓の音が、兄の匂いが、なのはを安心させてくれる。
 今はちゃんと自分の傍にいてくれると。
本当は少しでも離れたくない。だけどそれを再び失わせるかもしれない原因は、可能性は、消さなければならないから。
ふと顔を上げて兄の顔を見ると、その頬から血が流れていた。

「おにいちゃん、それ」

 なのはが何を見ているのかわかったのだろう、恭也はなぜか嬉しさを滲ませた苦笑を見せた。

「大河に、な。アイツも強くなってきた」
「っ!?」

なのはだからこそわかるどこか楽しそうな、嬉しそうな声。
 なのはは、またも恭也の胸に顔を埋める。
だがまたすぐに顔を上げ、その手を恭也の頬に伸ばした。
 そして暖かな光りが広がり、それがおさまると恭也の頬の傷はなくなっていた。
 なのはの簡易的な治癒魔法だ。

「すまない」

恭也はほんの少し笑って言うのだが、なのはは答えない。
 それを見てやはり先ほどからなのはがおかしいことに気付いたのか、恭也は再び眉を寄せ、訝しげな表情を見せるのだが、その後頭部を唐突になのはに捕まれ、強引に下へと向かせられる。
 そしてなのはは、自分の顔に近づけた恭也の頬をペロペロと舐めた。
 治癒魔法は傷を治すだけ、流れ出た血までは消せない。
 その血をなのはは黙って舐め取っていく。

「なのは……」

 恭也はなのはの唐突な行動に何も言わず、ただそれを受け入れる。
なのはは恭也の頬を伝うように流れ出ていた血を全て舐め取ると、自分の唇にまだ残っていた彼の血も舐めた。
 そして、再び恭也の胸に顔を埋める。
 だが、その身体が震えていた。

「なのは?」

その震える肩を掴み、彼女の名を呼ぶ恭也。

「やっぱり……大河さんもダメだ……」

 震える身体と震える声。

「あの人が一番危ない。一番の可能性を持ってる」
「何を言ってる、なのは?」

恭也の言葉になのはは何も答えない。

「大河さんも……消さないと」

震える声で……だが、冷たく鋭さのある声で、なのはは呟いた。
当真大河……先ほどなのはが倒した未亜の兄であり、赤の主である男。
救世主候補たちの中でも成長が著しく早い男で、なぜかその成長を恭也も喜んでいる所があるのをなのはも知っていた。
 だが、なのはにとって喜べるものなどではない。
恭也に手傷を負わせた……これがもし、もう少し深く入っていたなら、頭部を切られて恭也は死んでいたかもしれなかった。
 死……。
 それはつまり、なのはが恭也を再び失うということだ。

「なのは、お前……」

なのはの呟きで、恭也は彼女が何をしたのか理解できた。

「私がおにいちゃんを失うかもしれない可能性は……全部消してやる。いらないんだ……そんな可能性。私はおにいちゃんだけが必要で、他に必要なものなんて何もない」

暗く、重く、冷たく、怨嗟のような声を絞り出し、なのはは恭也の胸から離れ、この部屋から出ていこうとする。

「待て、なのは!」

だが恭也は彼女の手を握り、それを止めた。

「離しておにいちゃん、今から大河さんを消してくるんだから」
「お前……」
「もしかしたら、大河さんがおにいちゃんを私からまた奪うかもしれないんだ。そんなの私はヤダ!
 だから離してよ!」

手を握られ、振り返ったなのはの叫び。
 言葉は激情で荒れているが、その目は酷く冷たい。

「大河『も』と言ったな。お前まさか……」

その恭也の言葉を聞いて、なのはは冷たい目のまま……

「未亜さんの可能性を消してきたよ、さっき」
「なっ!? 当真未亜は白の主だぞ!?」
「別に殺してないよ……たぶんね」

 なのはとてそんなことは知っている。
 だが、

「それに私には関係ない。白の主も、赤の主も、救世主も、神も、他の何も関係ない。どうだっていい。
 私はおにいちゃんがいてくれればそれでいいんだ。それを奪おうとするモノは全部消す」

他には何もいらないのだ。
ただ恭也がいてくれさえすればそれでいい。
それを奪うかもしれないものを消していく。

なのはは掴まれた恭也の手を逆に掴み、両手で包む。

「おにいちゃんが私を壊したんだよ? 私を狂わせたんだよ?」

言葉だけは、どこか非難するような言い方聞こえるが、その声は逆に嬉しそうな響きが乗っている。
いや、実際になのはは恭也を恨んでなどいないし、非難もしていない。むしろ今の自分を気に入っている。
この愛する兄以外はどうでもいいという想いを大事にしていた。
それだけ彼を愛しているということなのだから。
 それが他の人の目から見て、おかしいものだと言われようが、それでもそんなものはどうでもよくて、この想いはなのはの全てだった。
 

恭也にもわかった。
 自分がアヴァターで過ごしていた間……三年の時と、その間に流れた千年の時。元の世界で言う十年の時、自分が離れていたからこそ、なのはがこうなったのだということは。
 その時の間で、なのはに何が起きたのかはわからない。
だか、今のなのはは本当に自分以外がどうでもよくなっていて、再び離れることを恐れている、というのは恭也にも伝わった。
だから、自分に危害を加えようとするものを排除しようとしているのだということを。


ただ二人の間にしばらくの沈黙が流れた。
 だが唐突に恭也が口を開く。

「俺は……もうどこにもいかない」
「本当?」
「ああ。お前が求めるなら、俺はお前の傍にいよう」

 元々それはなのはとアヴァターで再会した時から決めていたことだ。
 それをちゃんと口に出しただけ。

「死ぬまで、俺はお前の傍にいる」
「ダメ……死ぬなんて許さない。死んだら一緒にいられない。死んだらまた私は失っちゃう。
 おにいちゃんを死に近づけるモノは全部私が消す。だからおにいちゃんは死んじゃダメ」

その言葉に恭也は苦笑する。
 自分は死を奪われたらしいと。
 人は、いつかは死ぬ。
 そして恭也は、とくに自身は普通の人よりも死ぬのが早いだろうと思っていたのだが、それを奪われた。
再び死によって、なのはが恭也と別れることになったなら、きっとそれはなのはの死にすら繋がるのかもしれない。
肉体は滅びなくても、高町なのはとしての精神が死ぬ……いや、すでに高町なのはは死んでいるのだろう。恭也がアヴァターに行って、彼を失った際に高町なのはは死んだ。その時に生まれたのが今の不破なのはなのだ。
 故に、今度は不破なのはとしての精神が死ぬことになる。
 それだけはもう恭也は許すわけにはいかない。
 だから、

「俺は死なんよ。なのはが俺を求めるのならば、俺は死なない」

そう言って、恭也は誓うためなのか八景の柄に手を添える。

「おにいちゃん……」
「だからなのはも死ぬな、いなくなるな。それでは俺がお前を失うことになる。そしてそれはお前が俺を失うことと同義だ」

恭也の死だけではなく、なのは自身が死ねば、なのはは二度と恭也に会えず、それは恭也を失うことと同じ。
そして逆も同じこと。
 だから二人は死ねない。

「うん。私も死なないよ。おにいちゃんを失いたくないから」

なのはもそう誓う。
 
「ならばいい」

そう言って、恭也は掴まれた手に力を入れ、なのはを抱き寄せた。
それになのはも逆らわない。

「おにいちゃん……もういなくなったら嫌だよ?」
「なのは……」
「私はもう……きっと耐えられないから……もうこれ以上壊れられない、狂えないから」

 そう、もう無理だ。

「私はもう……おにいちゃん以外には何もいらないんだ」
 
もう兄以外はどうでもよくなっているのだから、これ以上壊れようがない、狂いようがない……。
愛する者以外は全て排除してもいいという狂気の愛。
それはもうすでに花を咲かせている。
 兄の傍にいられれば、枯れることのない大輪の花が咲いている。
 だが再び失い、あの喪失感を再び感じれば、もう枯れるしかない。
兄への想いという大樹が育っていくことはできても、狂気の花は育たない。
だがその狂気を失っても、不破なのはは死ぬ。
恭也への想いと、その狂気の愛があってこそ不破なのはなのだから。
あの時『高町』恭也を失い、喪失感がない交ぜにした痛みと、想いと、激情が、『不破』恭也と再会することにより狂気となり、狂おしい程の想いがあるからこそ不破なのはは存在する。

「俺はどこにもいかない。
 そしてお前が俺を失う可能性、お前の死から俺はお前を護ろう。その原因の悉くを排除しよう」
「なら私は、おにいちゃんの死の可能性の全てを摘み取るよ。おにいちゃんを失わせるもの全てを消してみせる」

 もう恭也はそのことに何も言わない。
 恭也はなのはの狂気を受け入れた。
自らが育ててしまった狂気の愛であるならばと、それを受け入れた。
もしくはなのはの狂気に、恭也も蝕まれたのかもしれない。
だが、それもいいと思っている自分がいることに恭也は気付いていた。
 それはつまり、死を許されない、死を許さない。
 その可能性となるものは排除する。
 白の主だろうと、赤主だろうと、救世主だろうと、神だろうと、他の何者だろうと。
お互いを失わせる者を許さない。

「もしかしたら……世界の全てを……俺たち以外の全てのものを破滅させなければ、無理なことなのかもしれんがな」

 どんなものにでも可能性というのはあるから、本当にそれを0にしたいというのなら、お互い以外のものを滅ぼし尽くさなければならないのかもしれない。
 
「なら……そうするだけだよ」
「……そうか」
「おにいちゃん以外には何もいらない。だから、私はそれでもいい……世界を滅ぼしても構わない。
 そうしないとおにいちゃんを失うっていうなら、私は世界を滅ぼす」

やはり蝕まれているのかもしれないと、恭也は心の中で苦笑した。
 それもいいと思ってしまったから。
なのはを失わないためならば、それでもいいと。

「ならば、行くかなのは。全ての可能性を排除するために」
「うん」

恭也の言葉になのはは頷いて、彼の胸から離れる。
 だが、握っていた恭也の手だけは離さない。

「アストライア」

 そして、残った右手に召喚器を呼び出した。
 恭也も左手で八景を抜刀する。
二人は己の最大の武器を持った。
 
「おにいちゃん」
「ん?」
「愛してるよ」
「俺もだ」

そんな言葉を言い合って、二人は歩き出した。



狂気の愛を抱え、それでも純粋な想いを持つ妹。
 狂気の愛を受け止めて、その想いも受け止めた兄。
この時、本当の破滅は誕生した。
世界に破滅をもたらす狂乱の兄妹。
二人はただその狂気の愛のために……全ての存在を敵に回した。
ただ、お互いを失わないために。


兄妹の逝き着く先がどこであるのか……それはわからず、今はただお互いが在ればいいと、二人は二人の道を歩き出した。










あとがき

 やっぱりなのはは書きやすいな。つくづく自分はなのは書きなんだなぁ。リリなのは知らないけど。
エリス「なのはの上に壊れか黒をつけなさい」
あ、あはは、うん、やっぱり今回も壊れて、黒くなりまくってるね。容赦なく。
エリス「また狂想とは違う壊れ方を。アハトさんからのリクエストなのに」
堕ち鴉なのはの狂愛、こんな感じになってしまいました。
 狂想・恭也のように諦め気味ではなく、堕ち鴉・恭也はなのはを完全に受け止めてますが。ちょっとこの恭也は世界に二人シリーズに近くなってしまっていて、アハトさんの恭也から離れてしまっているかも。
エリス「なのははちょっと依存愛のリリィに近いかな?」
依存もしているけど、それだけじゃないからね、このなのはは。もう二度と手放す気がない、失う気がないという想いが大きい。だけど失いたくないからこそ、恭也が死ぬのだけは良しとしないので、狂想のように恭也の命を無視しない。気持ちは無視するけど。
エリス「ある意味護るって想いがいきすぎた感じ?」
 そんな感じだけど、でもやっぱりなのは自身は護るという意識も薄くて、失いたくないっていう方が数百倍強く、失わせる可能性を摘み取る方に全力でいっている。ある意味不破の血を継いでいたか。
エリス「そういえば最初は未亜との戦いじゃなくて、白の剣士、赤の剣士の続きにして美由希との戦いにしようとしてたみたいだけど?」
 うむ、簡単なプロット書いててやばくなったから止めた。
エリス「やばいって?」
基本はこれと同じだけど、さらになのはが結構美由希に嫉妬していたという話だった。これは別に二人が兄妹じゃないから、というものじゃなくて、他に嫉妬してた理由があってね。まあ結構簡単な理由だけど。
 なのはが手加減なしになってしまったからなぁ。
エリス「美由希は全力になれそうにないもんね」
 あと無茶苦茶長くなりそうだった、さすがに前後編はきつい。
 未亜に変更したため、アハトさんに聞いた設定の一部があんまり使えなかった。っていうか、これを書くのにアハトさんの作品読み直してたら、ちゃんと恭也となのはの年齢とかあったし。
エリス「確認が足りない」
 反省。でもこの設定はアハトさんの作品だからこそできた。最後の方でイムニティとかロベリアも絡めたかったんだけど、さすがに無理だった。でも本当に書いてて楽しかった。
エリス「楽しかったって、絶対アンタ歪んでるよ?」
 や、やっぱりそうなんだろうか? こういう狂愛系の心理描写書いてると楽しくて仕方がないんだけど。心理描写なのにほとんど何も考えずに勢いだけで書いてるが。
エリス「それに、本当に砲撃魔法一つ作って名前までつけてるし」
リリなのに似たようなのがあるのかな? 見てないからわかんないけど。まあ長距離砲撃魔法って言うより、散弾魔法になってしまいました。
エリス「それに名前が安直、黒衣の恭也編で恭也が使った霊力技とほぼ一緒。フィーアさんに謝れ」
 ううう、そんな踏まないで。一応あれとは大きさも数も速度も全然違うんだ、無論このなのはの方が強力。さらにこれ、下から打ち上げて、その後上から降らすこともできる。
 すみません、フィーアさん……いやいやいや、アハトさん。こんな魔法出しちゃって。
エリス「とりあえず、アハトさんからのリクエストはこんな感じになりました」
 アハトさん、堕ち鴉設定使わせていただきありがとうございました。うーん、こんなんで良かったのだろうか。
エリス「ではでは、アハトさん、フィーアさん、こんな作品ですが許してくださいね」
 それではー。




何処までも狂っていく。
美姫 「さすがは恭なの作家テンさんね」
いやはや、狂う惜しい程の愛情を育てたなのはと受け入れた恭也のお話。
美姫 「このなのはも素晴らしい感じで狂ってるわね」
うんうん。こういうのも良いもんだと。
美姫 「毎回言ってない?」
かもな。ともあれ、ありがとうございました〜。
美姫 「ありがとうね〜」



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