おちる。
おちる。
おちる。

「あっ……ああ……あ……ん……! おにー……ちゃん……壊れ……ちゃう……よ……」

墜ちる。
墜ちる。
墜ちる。

「っ……く……」

落ちる。
落ちる。
落ちる。

「ん、あっ! ひゃう! も……ダメ……おにーちゃん……!」

堕ちる。
堕ちる。
堕ちる。

「なの……は……!」


壊し、壊されていく。
満たし、満たされていく。
積もり、積もらせる。
歪み、歪ませる。
なのはは恭也の全てに。
恭也はなのはの想いに。
お互いで狂い合い、愛し合い、想いに堕ち、想いが狂い、愛が狂う、逃れられない螺旋。
二人が二人である限り、それは永遠に続く。





狂想 

最終話 止まらない想い





「どこから……なんだろうな」

自身の胸の上で眠るなのはの髪を梳きながら、恭也は小さく呟いた。
どこから狂ったのだろう。
どこが始まりだったのか。
なのはの狂った想いが生まれたのはいつだったのか。
それはなのはと共に堕ちると決めた今となってはどうでもいいことなのかもしれないが、それでも恭也の脳裏にはそんな疑問が浮かんでしまったのだ。

「ああ……」

だが唐突に恭也は理解した。

「あの時か……」

遠い昔、絶対に夢が叶わないとわかってしまったらどうするかと聞かれた時。おそらくはあの時だろうと。
恭也はあの時初めて見たから。なのはの狂ってしまった笑顔を。
つまりあれが始まりだったのだろう。そして、あの時からこの未来は決まってしまっていた。
あの恭也自身の答えが、なのはの想いを狂わせた。
それに感謝することはないが、もはやそれに後悔することもない。
恭也の中にあるなのはへの想いが、女へのそれなのか彼自身にもわからない。
最初は諦めにも似たものだった。それでも恭也はなのはの想いを受け止めて共に堕ちると決め、常に傍にいることを決めた。全てが終わった後も、地獄まで一緒だと。
だから始まりの時のことを考えるなど意味はないのかもしれない。
ただそれでも……。

「結局なのはの叶わない夢というのはなんなのだろうな……」

今更詮無いこととわかっている。だがそれはおそらくは自身に関係のある……なのはの狂った想いに関係あることなのだろうと、少しだげ気になってしまった。

「兄妹は結婚できない」

そんな恭也の疑問に答えが返ってきた。

「なのは、起こしてしまったか?」

起きてしまったなのはに、恭也は少しすまなそうな声音を向ける。
そして独り言が多すぎたか、と苦笑した。
なのはがこんなに簡単に起きてしまうこと自体、恭也にとっては想定外なのだが。

「大丈夫だよ。それにおかーさんにばらすつもりはないから、遅かれ早かれ起こすつもりだったんでしょう?」
「まあ、な」

自分たちの関係を誰かに言うつもりは恭也にはない。それにはなのはも一緒で、反対されることはなかった。
なのはが反対しないのは、引き離されるからとか、後ろ指をさされるからとか、そんなどうでもいい理由ではなく、煩わしいことになってほしくないからというだけ。
そもそも他人や家族に何か言われたとしても、すでに二人は離れることはできないのだ。だから誰に何を言われようと構わない。ただ今の環境が一番良い状態だと思っているので、それを崩されるのが嫌なだけだ。

恭也はこんな状態でも……なのはが狂ってしまっていたとしても、自身が狂ってしまっても、なのはを守ってやりたいという想いは変わっていない。だから、それが世間からであろうと守ろうとしている。
いや、こんな状態だからこそ、恭也は何よりなのはを守りたい。
今更なのはは倫理がどうととか言われた所で堪えはしないだろうし、最早恭也も気にするつもりはないが、さすが周りから何か言われるのは煩わしいし、生活を崩されても困るのだ。
何より、二人の邪魔をしようものなら、邪魔にした者になのはが何をするかわからない。おそらく彼女はその者を排除しようとするだろう。それが物理的な方法か、他の方法かはわからないが。
恭也はそれがわかっているからこそ、できるだけ波風を立てないようにしたい。
だが最終的にそうなってしまったら、その場合は恭也の方が動くだろう。なのはを守るために、それを斬り捨てる。

「さっきの話だけど、あの時悩んでいたのはそれ。おにーちゃんとは結婚できないってわかっちゃったから」
「ああ」

兄妹は結婚できない。それは当然のこととなっている。
まだ幼かったなのははその当然のことを知らなかった。それを友人に聞かされたということだろう。

「今は気にしてないけどね」

すでにこういう関係になっているのだから、気にする気にしない以前の問題だ。

「というよりも、兄妹だったことに感謝してるぐらいだよ」

なのはは兄としての恭也も好きで、男としても愛している。
ただそれだけ。
それだけでしかないのだろう。
しかし恭也にはわからない。
なのはは大切で好きだ。そして愛している。だがそれが女としてかと聞かれれば頷くことはできない。
おそらくそれはなのはも気付いているだろう。
恭也はなのはという存在を愛している。
それは昔も今も変わらない想い。
だがそこまで考えて、

(なんだ、同じじゃないか……)

なのはという存在を愛しているというのなら、妹としてのなのはも女としてのなのはも愛しているということと同じだ。
それはなのはの想いと何が違うのか。
ただ相手の全てを愛しているというだけ。
もっとも、そんな考えが出てくること自体おかしくて、なのはの狂想に侵食され、自身も狂って逝っている証拠なのかもしれないが。
まあ、それもいい。なのはと共に狂って逝くと、堕ちて逝くと決めたのだから。
恭也がそんなことを思っていると、なのはが彼の胸に頬ずりして口を開く。

「私はね、あの時からおにーちゃんの全てを手に入れたかった。あの時おにーちゃんが言ってくれた、似た夢がそれだった」

やはりなのはの狂った想いはあの時に生まれていたということを、恭也は再確認した。
そして自分がその想いを生んでしまったのだと。

「結婚なんて夢より、ずっといい夢だと思った。兄としてのおにーちゃんも、父親としてのおにーちゃんも、男としてのおにーちゃんも……高町恭也という男の全てを手に入れたかった」

そして手に入れた。
そのために何をしたのか、何をしようとしたのかは、今更恭也は聞く気はないし、聞いたとしても彼女を恨むことはないだろう。

「自分が狂ってるってわかってて、おにーちゃんが手に入るならどれだけ狂っても構わないって思った……違うね、自分からさらに狂っていった。
おにーちゃんが手に入るなら自分が死んでもよかった。おにーちゃんを殺してしまってもよかった。二人で死んでしまってもよかった。
それだけ狂ってる」
「そうか……」

あの時のなのはを思い出せば、彼女自身の命も、恭也の命もどうでもよかったというのは、恭也もわかる。
それをどうこう言う気もまたない。
結局その答えの先が、この関係なのだから、選ばれなかった未来のことは考えても仕方がない。

「今も狂って逝ってる。堕ちて逝く。際限なく。それが嬉しい。
だって今は、おにーちゃんも同じだから、一緒だから」

クスリと、なのはは笑う。
それは狂気と歪み、純粋さと妖艶さ、色々のものが混じった綺麗な笑み。
恭也がこの笑みを初めて見たのは、なのはが狂った時。狂っていると認識したとき。
そしてその後も何度か見て、何かがおかしいと、なのはの想いを何となくわかっていながら、恭也はそれに気付かないふりをしてしまった。
さらには諦めていた所もあった。
その未来が今だった。

「堕ちて、狂って、歪んで、壊れて、それが繰り返す。人が禁忌とする今がとても幸せ。
おにーちゃんはそうじゃなかったとしても、おにーちゃんと堕ちて逝けることが、狂って逝けることが、私は幸せ」
「俺は……幸せかどうかはわからん」

恭也ははっきりとそう言った。
だがなのはは笑ったまま頷く。

「別にいいよ。おにーちゃんは受け入れてさえくれれば」

それは恭也の気持ちは無視するとも受け取れる言葉だが、恭也は別にかまわなかった。

「ああ。それは約束しよう」

決めたから。
なのはと共に狂い、歪み、堕ちて逝くことを。
なのはを受け入れ続けることを。
だから幸福かどうかは関係なく、やはり恭也の気持ちを無視されているわけでもない。

「俺はお前と共に未来永劫堕ちて逝く、狂って逝く。お前を受け止め続ける」

それはなのはをこんなにしたことへの贖罪ではない。
ただそれがなのはの幸せだというのなら、恭也はそれを護る。
どちらにしろ、なのはの狂想が生まれた時から、その未来は決定していたのだ。

「地獄に堕ちるなら、共に逝く」
「うん。地獄逝きは決定だね」

クスクスとどこか嬉しそうに言うなのは。
彼女は恭也がいれば、どこだろうと構いはしないのだろう。
邪魔する者は排除し、ただ恭也を手に入れ続けることを至上の喜びとする。

「父さんもいるだろうがな」
「お父さんも地獄にいるんだ?」
「少なくとも、人殺しは地獄にいるのではないか? だからなのはとこうなっていなくても、俺はそちらだったろう」
「ああ、大丈夫。そうだったとしても、私もそっちだったよ」

暗に自分は人殺しだとなのはに言ったのだが、なのはは気にした様子は見えない。本当に気にしてなどいないのだろう。
恭也も、もしなのはが人を殺していたとしても気にしていなかったかもしれない。
恭也としては、なぜなのはが地獄逝きに決定していたのかがわからない。

「色々騙して生きてきたからね」
「ああ……」

そういえば自分の騙されていた、と恭也は気付く。
いや、正確には気付かなかっただけ。なのははなのはのままだった。

「この想いは狂いすぎてて、天国では受け入れてくれなかっだろうし、おにーちゃんがいない所なんて興味ない。そんな所にいる意味もないし」
「なるほど」
「それでも天国だったなら、自分から地獄に逝ってたよ」

そしたら天国にいる人たちと戦争だったかなぁ、等と言って、やはりなのはは笑う。
狂っている笑顔。
大丈夫だ、それならばすでに自分も狂っている、と恭也はなのはの頭を撫でる。

「そのときは、俺の方から迎えに行ったかもな」
「うーん、でもこうなっていなかったら、っていう話でしょ? だったらおにーちゃんは迎えにはこないんじゃないかな?」
「どうだろうな。噂にでもなれば守りにいったかもしれない。悪魔も鬼も斬り倒して、天使を斬り殺して、な」
「あはは、それは嬉しいかも」

二人が話すのはただの夢物語。
天国や地獄、そして現実の『もし』の話。
お伽噺のような世界と、選ばれなかった現実。
だから笑って話せる。
『もし』については本当に意味がない。なのはの狂想があった以上、それがどんな形であれ実っていただろう。

「本当に地獄に堕ちたとしても、地獄の亡者からでも、娘を息子に取られて暴れ回る父親からでも、必ず俺が守る」

少し冗談を交えながらも、恭也は誓う。

それは狂い、歪んだ誓い。

「うん。守ってね」

冗談に笑いながらも、なのはは頷いた。





しばらくすると、今度は恭也の方が寝てしまったようで、なのはの顔の上から寝息が聞こえてきた。
兄の寝息。
それを聞きながら、なのはは長い髪を自身の身体と恭也の身体に張り付かせて、彼の胸に寄り添う。
背徳の行為。
人が言う禁忌の行為の後、いつもこうする。
手に入れ、これからも共に狂い、堕ちていく最愛の人の身体を、匂いを、体温を感じる。
そして、そこから上を見上げると、恭也の寝顔が見えた。こうなる前はほとんどどころか、全く見ることができなかった兄の寝顔。
いつもの精悍な顔ではなく、どこか柔らかく、あどけない表情。
それを見ながら、先ほどの会話を思い出す。

「まだ……全部を手に入れたわけじゃないんだね……」

兄の心を、兄の身体を、兄の全てを手に入れたと思っていた。
だが、まだ手に入れていないものがある。

なのはは笑みを浮かべ、その両手をそっと恭也の首へと伸ばす。

「おにーちゃん……」

まだ愛する人の命を手に入れていない。死と、その死後の束縛を手に入れていない。彼の未来を手に入れていない。
きっと今の兄は受け入れてくれる。
その死も受け入れてくれる。

「私が死ぬことも受け入れてくれるよね?」

共に死ぬことで手に入れられる兄の命。兄の魂。死後の兄さえも自ら死ぬことで手に入れたい。
だからそれが欲しい。
本当の意味で、彼の全てが……。

だがなのはは、恭也の首に回したその手に力を入れることはなかった。

「まだ早いか」

そう、まだ早い。
焦ってはいけない。
ここまで来るのにだって多大な時間を使ったのだ。

「まだ私はおにーちゃんの温もりを感じたい、抱かれたい、一緒に狂いたい、歪みたい、堕ちて逝きたい」

死後の世界が本当にあるかは知らない。そんなものはないのかもしれないし、あったとしても肉体があるのかはわからない。
だからまだこの快楽を逃したくない。
まだ兄という麻薬を手放せない。
兄と共に狂い、歪み、堕ちて逝く今を手放せない。
未練ではないが、それでもまだ狂いきったとは、歪みきったとは思えない。
兄を狂わせきったとも、歪ませきったとも思えない。

だからまだだめだ。
一度知ってしまった快楽という密を知り、それをまだ手放せない。
まだ染まりきっておらず、染まらせきっておらず、そして堕ちきっておらず、堕ちらせきっていない。
それら全てをこの生の中で味わいきらなければ、まだ次の段階にはいけない。

「だけど……」

いつか手に入れることになるだろう。
これまで以上の月日を使ったとしても、自分は手に入れるだろう。
今までと同じように。

「ふふ、おにーちゃん……愛してるよ。だからいつか、私は本当におにーちゃんの全てを手に入れるよ」

なのはは笑い、そっと愛する兄に口づけた。




なのはの狂想はまだ止まらない。
いつまでもその想いは育ち続ける。
きっと、二人が死したとしても止まることはないのだろう……。
兄妹の想いは狂い続け、歪み続け、堕ちて続けて逝く。
それは永遠に、永劫に、永久に……。










あとがき

これにてエンドです、。一応、元のとはまったく違うエンドです。
エリス「ええと、元のまんまだと……ポッ」
君が顔を赤くするのって見たくなかったな。
エリス「黙れ。今回は言葉だけで許してあげる」
は、はい。しかし元のまんまじゃ、ホント爛れて狂ってくだけだからどうにもならんだろう? 十五禁に押さえるのすら不可能! つまり丸々最終話は書き直しということで。
エリス「最初の方、十五禁ぐらいには際どいと思うけど」
まあほんの少しだから、きっと大丈夫だと。それに元の比べたら全然際どくもないぞ。
エリス「とりあえずこんな感じで狂想の中編版は完結となります」
はっきり言ってしまうと、これは元のバージョンの半分程のものなんですが、ご容赦ください。
エリス「すいません」
申し訳ないです。とにかく、中編ですが送っている作品の中では初完結。まあ元々できていたものだし、中編だから短いものですが。
エリス「本当にここまでお付き合い頂きありがとうございました」
ありがとうございました! そろそろなのは以外のキャラも書かなくては(汗)。だが、本当に恭也×なのはの恋愛物のリメイクを始めている自分はもう戻れないのか……。とりあえずそっちも投稿しておきましたので。
エリス「これを読んだ後だともの凄く違和感がでるかもしれないんで、お気をつけください」
ではでは。







恭也を手に入れて終わるかと思いきや。
美姫 「まさか、まだまだ狂っていくなんてね」
恭也の命さえも含めて全部とは。
美姫 「愛とはかくも恐ろしいものなのね」
いやいや。全部が全部そうじゃないから。
美姫 「と、じゃれ合いはこの辺にして」
完結おめでとうございます。
美姫 「おめでとうございます」
そして、投稿ありがとうございました。



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