第六話 ありえなかった時間






恭吾は森の中にただ立っていた。
先ほど深夜の鍛錬をおえ、恭也は先に返した。
恭也はなぜ自分を先に帰すのかと不思議がっていたが、恭吾はまだお前に見せていない技の鍛錬をすると言って帰らせた。

もっともこれは、恭也を帰らせるための方便にすぎない。
少々厄介な事が起こったので、恭也を帰らせたのが本当の所だ。

(これは俺が現れたせいなのか、それとも俺が恭也であった時に気づけなかっただけなのか)

後者のような気もするし、前者のような気もする。

「さて、そろそろ出てこないか?」

 恭吾は誰もいない空間に向かって言葉を放つ。
 だが、何も答えは返ってこない。

「俺を狙っていたのか、それとも恭也たちを狙っていたのかわからないが、俺の家族に害する存在かもしれん。悪いが、出てこないのなら実力行使でいくことなってしまうが」

そう言いながら、恭吾は一刀だけ鞘から抜いた。
 それからすぐだった。

「こんなに簡単に気付かれてしまうとは思いませんでした。やはりあなたは本当に不破なのですか?」

漆黒の闇の中から現れたのは一人の少女。
長い黒髪を揺らし、儚げな雰囲気を纏わせた少女が現れた。その顔にはどこか人形めいた美しさがある。年齢は『今の』恭吾と同じぐらいか、わずかに下という感じだ。

(ふむ、恭也よりも上か)

 彼女は何かしらの武術を修めているのがわかる。
腰に下げられているのは太刀のようだから間違いないだろう。
恭吾たちが行っていた鍛錬の一部始終を彼女は気配を消して盗み見ていた。恭吾からすれば、その少女の気殺はまだまだと言っていいが、恭也にはまだ感じ取れなかったようだ。
 とりあえずそっち方面の鍛錬も強化しようと決める。
まあ見つけられたとしても、恭也ではまだこの少女には敵わないだろう。

(あと半年もあれば追いつけるとは思うが)

 恭也は順調に成長している。あと半年もあればこの少女とも対等に戦えるようになるだろう。
 いや、今はそれどころではない。
 彼女は恭吾に向かって不破であるのかと問うた。
 その意味は簡単だろう。

「不破を知っているのか」
「ええ。もっとも私が面識のある人物は不破……いえ、高町士郎さんだけですが」

その少女の言葉に、恭也は顔に出さないものの心の中で驚いていた。
 父の知り合いかと。
恭吾も似たようなことを言って恭也から信用を得た。だが未来の恭也であるはずの恭吾は、それだけで信用する気などさらさらない。

「士郎さんのことも知っているのか。
 まあそれはいい。俺と高町家の人たち、どちらを目的で監視していた?」
「後者……と言ったらどうします?」

 少女は僅かに笑いながら言う。
 
「それが高町の人たちを……俺の家族を害するのが目的であったなら、斬り捨てる」

 その言葉と共に、恭吾は僅かに殺気を視線に込める。
それに僅かであるが少女が表情を変えた。
恐怖と困惑。
 恐怖は単純に恭吾と相対し、さらに殺気を受けたことで、ある程度実力差がわかってしまったからだろう。困惑の理由は恭吾にはわからない。

「君は何者だ?」

 恭吾は警戒を解かずに聞く。

「あなたが本当に不破だというのなら聞いたことはあるかもしれませんね。
 私は天威の者です」

その答えに、今度は完全に驚きを隠すことができず、恭吾は眉を寄せた。

「天威破神?」
「知っていましたか」
「聞いたことがある程度だ。
 ……永全不動の一派」

永全不動のことを恭吾はそれほど詳しくはないが、その流派は聞いたことがあった。
 あれは誰に聞いたのか、士郎だったか、他の誰かだったか思いだせない。

「私は永全不動八門一派・天威破神流・太刀一刀術の天威瑠璃と言います」

 少女の名字を聞いて、恭吾は少し息を吐く。

「当主ではないだろうが、天威の直系が直々に動くか」
「あなたも不破を名乗るということは、永全不動八門一派・不破死討流・暗殺術の直系ではないのですか?」
「不破の暗殺術の方は遠い昔に廃れ、御神に吸収された」

暗器などが御神の技に組み込まれた理由が、それであると恭吾は知っていた。

「ええ、それは知っています。ですが御神の分家の中でも不破という家は重要な立場にあった。故に、不破は御神の中にありながらも永全不動の一派に近い。
 もっともその永全不動の八門はすでにほとんどが不破のように廃れているようなもので、完全な形で伝えているのは私たち天威と、あなた方の残った少数の御神ぐらいでしょうが。
 それでもあなたは不破を名乗っている。すでにない流派を背負っているのではないのですか?」

永全不動がほとんど廃れているというのは恭吾も初めて知った。
 だがとりあえず彼女は思い違いをしている。

「高町性にしてもいいと言われ迷ったのだがな。この名字を残したのは、ただ何かあったとき撒き餌にするためだけだ」
「自分と名を囮にしますか、高町家の人たちを護るためだけに」

瑠璃と名乗った少女は、多少呆れた感じで呟く。
恭吾のほとんど説明なしの言葉だけで理解したらしい。
恭吾が不破を残した理由。
つまる所は瑠璃が言ったように囮。
 何かあったときのために残した不破という名字。高町家の者たちが御神の関係で狙われることになったとき、真っ先に恭吾が狙われるようにし向けた。
無論、余計に高町家の人たちに迷惑をかけてしまう可能性も考えた。つまりそのせいで御神の関係者だとばれてしまう可能性。
 御神との繋がりも、御神が滅亡した時と、桃子と結婚する際の二度に渡って、徹底的に士郎が絶っていたが、それが目印になってしまうのではなかと考えたのだ。
 だが、不破という名字は珍しくはあるものの、御神流の不破と関係のない不破という名字を持つ者もそれなりにいる。逆に御神という名の方が少ないと言っていい。
だから高町の人たちが狙われるとしたら、それは自身の不破とは関係のない所で御神の縁者だとすでにばれている時だ。
 それらを考え、保険として残した。
つまり狙うならば先に自分を狙え、今でも不破が御神を護っている、と。
今回、彼女はそれにかかったということだ。
まあ、逆に恭吾がいなければこんなことは起きなかったと言ってもいいが、どうも彼女は恭吾とは関係のない所で、恭也や美由希が御神の者であると気付いているようだ。
 だから失敗だったとは思っていない。
彼女に言う必要はないが、不破恭吾とこの時代の自分……高町恭也との線引きのためでもあった。
そして、もう一つの理由。

「それとまあ、もう一つの理由としては覚悟だ」
「覚悟ですか」

 その意味は理解できなかったのか、瑠璃は首を傾げた。

「俺は確かに御神だ。だが君が言うように御神である前に不破だ。御神を守る者が不破……そして、奪い、壊し、殺して守るのが不破だ」
「それが?」
「俺の家族を狙うのならば死を覚悟しろ」

そう言った瞬間、再び恭吾は殺気を宿す。
相手への警告。
本当に恭也たちが御神だと気付かれた時のため。
 高町の人たちを狙うのならば、それは死を覚悟してからにしろと。
 それは瑠璃にも言える言葉であったから。
 瑠璃は目を見開く。

「そして俺自身が全てを殺すという覚悟。
 たとえ家族がそんなことを求めていなくとも、護るために俺が修羅となる覚悟だ」

 相手には一切関係なく、恭吾自身の覚悟。
恭吾はすでに人を殺めている。
その覚悟を揺らがすことはなく、家族がそんなことを求めていなくとも、それを一方的に押しつける。
エゴであるとわかっていながら、護るために人を傷つけ殺し、それを続けるという覚悟。
正直に言えば、前者の方の……敵への覚悟の強要はそれほど重要視していなかった。なぜなら恭吾の知る未来では、高町家の者たちが狙われたことはまだなかったから。
 この世界でもきっと同じだと思っていた。
もっとも自分というイレギュラーがいるから、恭吾は安心などまったくしていなかったが。
 なので主に不破の名で重要としていのは、囮の意味と己への覚悟。
だが今回、死の覚悟をこの娘に受けるか。

「それで天威の娘。何が目的で俺や恭也たちを監視していた?」

 不細工なやり方だと思いながらも、恭吾はさらに殺気を放つ。
だが、瑠璃は恭吾の問いには答えず、黙って腰に下げられていた太刀を引き抜いた。

「そうか」

 瑠璃が自分を狙う理由はわからない。恭也や美由希、残った御神の関係者である二人と、その縁者、桃子となのはを狙っているのかもしれない。
 だが相手の理由は恭吾には関係ない。その可能性があって、武器を向けてくるというのなら、恭吾は容赦も慈悲もなく叩き斬る。




瑠璃が剣を掲げ、恭吾に斬り込もうとした一瞬……

輝く銀光

 彼女の目の前に銀閃が通り抜けた。

「え……」

 その月に輝く銀に、瑠璃は思わず足を止めた。
 だが、恭吾はただ真正面に立っているだけだ。何もしていない。
 幻かと、瑠璃は再び恭吾に近づこうとした。
 
「なっ!?」
 
 しかし、やはり彼女の目の前に今度は二つ銀閃が駆け抜ける。
動こうとするたびに、瑠璃の目の前に繰り出される……銀の閃き。




 瑠璃は思った。
 化物だと。
外見からそれほど自身と変わる年齢ではないとわかっているのに、その剣の腕前は年齢に比例していない。
彼女とて一つの武術を伝える家に生まれたのだ。その中には彼女よりも強い者は幾らでもいた。
だが目の前の者と、その自分よりも強い自分と同じ流派の者とは徹底的に違う。
 なぜって、相手が強いとわかっていても、その力の限界が見えるから。
 この少年の実力がまるでわからない。
真なる化物。
得物は小太刀だというのに、この間合いの広さはなんだ?
月明かりに光る銀閃……剣閃は本当に光のように幾重にも襲ってくる。
その広すぎる間合いに乱舞する銀閃は幾十にもなる。
 だがそれは手加減された剣だと理解できてしまう。
 なぜなら、どれ一つも瑠璃に直撃しない、かすりもしない。
 ただ瑠璃が動こうとすると、まるで彼女を逃さないための鳥籠になるだけ。
それは剣の結界。
だから動けない。
この相手は自分を歯牙にもかけていない。
それが悔しい。




恭吾は思った。
 強くなると。
こんな剣の檻など無様なものでしかない。
 無駄なものでしかない。
まだ経験の浅い『子供』に実力差を見せつけるには丁度よかった。それだけだ。
だが圧倒的な実力差を見せつけられながら、檻の中に閉じこめられながら、彼女の目は死んでいない。
 翼はもがれていない。
いつでもその翼という剣で突き立てられるように、その目が死すことはない。
 どれだけ実力に差があると突きつけられても、それでも勝つことを諦めない。
 そんな彼女はきっと強くなると。
だからこそ思った。
 ここで潰すには惜しいと。




 恭吾は剣を鞘へと戻した。

「……どうしたんですか?」

 自身を閉じこめていたはずの檻を消した恭吾に、瑠璃は訝しげに聞いた。

「戦ってみたくなった。こんな方法ではなくな」
「え?」

瑠璃がそれ以上声を出す前に、恭吾は一直線に彼女の目の前に飛び込む。そして抜刀。
 その速度は加減している。そのためそれより遅く抜刀したはずの瑠璃は受け止められた。
 だが恭吾はそれだけでは終わらず、すぐさま回し蹴りを放つ。それを瑠璃はわずかに身体を反らして躱す。
そしてそれと同時に瑠璃は剣を右に斬り上げた。恭吾は身体を反転させることで避けた……が、すぐにその剣の軌道が変わり、逆袈裟になって襲ってくる。
 しかしそれも身を反らして恭吾は躱す……がまたもその軌道が変わり横薙ぎになった。
 それに驚くものの、恭吾は下から斬り上げて弾き飛ばす。
 徹が込められ斬撃に、瑠璃は力負けをして後ろへと下がった。

「それが天威の剣か……変幻自在の剣」
「たった三回で見抜きますか」
「観察力にはわりと自信があるほうだ」

瑠璃は全力で剣を振っていた。しかしまるで全てが繋がっているかのように、簡単に軌道を変える剣。これは言うのは簡単だが、実践するのはかなり難しい。
 少なくとも恭吾には無理だ。できたとしても一回が限度である。
それを二度もこなした以上、天威の剣とはそういうものであるということだ。
 おそらく足の流れ、腰の使い方、肩の力、腕の振り方、筋力の使い方、力の落とし方……他にも色々と自分自身で制御することによって可能にしているのだろう。

「恐ろしい剣だ。躱しても安心できない」

しかし理にかなっている。
 攻撃を受けるさいの基本は、本来は捌き防ぐのではなく躱すことだ。そうすることで攻撃した際にできる相手の隙を突く。達人になるほど攻撃を防ぐのではなく躱そうとするものだ。
だが、この剣を相手にはそれができない。躱した瞬間には、次の攻撃が来ているのだ。
 そして逆に隙を突かれることになる。

「……天威の基本であり極意である技にやすやすと対応しておいてよく言いますね」
「躱すと厄介なら捌くか防げばいい」

恭吾と瑠璃の筋力の差から、防げないということはないのだ。躱せないのならば防ぎ、捌けばいい。
躱すことに重点を置くだけで、防いではいけないというわけではないのだから。

「さて、もう少しいくぞ」

どこか嬉しそうに言う恭吾。
 というよりも、本当に嬉しいのだ。
 この頃は恭也たちの師として導く立場にいる。無論、自分の鍛錬もかかしたことなどないが、師として恭也たちと戦うのとは違う、剣士として戦うことができる今が嬉しい。
恭也たちの師ではあるものの、恭吾もまた剣士なのだ。

恭吾の袈裟切りを受け止ながら、瑠璃は始めて恭吾の顔を間近で見た。
今までは暗がりであったため、完全な判別はできなかったのだが、ようやくその顔の全てを見た。

「っ、なんで恭也さんと同じ顔なんですか!?」

鍔迫り合いになり、瑠璃は力を落とすことなく叫ぶ。

「あいつの従兄だからな。似てはいるだろうが、同じ顔ではないだろう」

 少なくとも今は『まだ』同じということはあるまい。まだ恭也の方が幼い。

「……何が嬉しいんですか?」

恭吾の言葉に納得したのか、瑠璃は次にそう問う。
 恭吾が笑っていることにも気付いたのだ。

「君が強いからな。それにこの頃恭也以外とは剣を交えていなかったから、楽しいんだ」

その言葉を聞きながら、瑠璃は剣を引く。
 それと同時に恭吾は蹴りを放ち瑠璃の頭を狙うが、彼女は上体を下げて躱した。
 瑠璃はそこから剣を切り上げるが、振り切る前に恭吾の剣に弾かれる。だが、その弾かれた剣の軌道すらも変えた。
まるで腕が一回転したのかとでも問いたくなるように、それは突きへと変わる。
突きに変化した瑠璃の剣は一直線に恭吾へと伸びる。しかし恭吾の剣に上から叩きつけられ、地面に剣先が突き刺さってしまった。
 すぐさま剣を地から引き抜き、瑠璃は再び恭吾から距離をとる。

「弾き捌いても変化するか。防御にしないといけないな。いや、防御しても変化するかもしれんが」

やはり嬉しそうに言う恭吾。

「……なんて人ですか」

 対して瑠璃は顔を引きつらせて呟いた。
 弾いて軌道が変わるのを確かめただけ。そして地面に刺してしまえば軌道は変えられないということも理解しての振り下ろし。
 やはり簡単に天威の剣の特性を理解していく恭吾を見て、彼女は畏怖の感情が胸に沸き上がっていた。

「あと半年もすれば、恭也も同じようなことができるようになるだろう。そういうふうに育ててる」

その言葉にもどこか嬉しそう感情が含まれていた。

「何が嬉しいですか。本気になれば簡単に私なんて倒せるのに」
 
 隙などいくらでもあったはずだ。
 何よりもう一本を抜刀すれば、すでに終わっていた。いや、この男ならばそれさえも必要ない。先ほどの剣の檻で使っていたような斬撃を一度でも使えば、瑠璃はその剣閃を追いきれずに斬られる。

「ふむ、君にはわからないのか?」
「何がですか?」
「戦うのが好きだとは言わないが、剣士として強い者と剣を交えるのが楽しくないか?」
「私は剣を握るよりも、家事をしている方が好きなので。剣を握っているのも約束のためでしかありませんから。だからわかりません。
 そういう意味では、私は剣士ではないのかもしれませんね」

その瑠璃の言葉に、恭吾は少し目を瞬かせたがすぐに苦笑した。
 そして、小太刀を鞘に戻してしまったのだ。

「すまない。先ほどの目を見て、君も剣士だと思ったのでな」

それは実力差を見せつけられながらも、死んでいなかった目を見て、彼女は剣士だと思ってしまったのだ。
だから彼女の本気を見て見たかった。本気の剣を受け止めてみたかった。

「……敵であることには変わりないのでは?」
「それもないだろう」
「え?」
「剣を交えればわかる」

恭吾はすでに殺気を纏ってはいない。
目と剣を見れば、彼女が敵ではないというのはわかる。最初からどこかしらの敵意はあったものの、殺気などはなかった。そして、戦ってみても最後まで殺気を放つことはなかったのだ。
 もっとも敵でないというだけで、なぜ自分たちを監視していたのかまでは、恭吾にもわからないが。
瑠璃はしばらく呆然としていたものの、恭吾と同じように太刀を鞘に戻した。
それを見届けてから恭吾は口を開く。

「もう一度聞く。何が目的で俺や恭也たちを監視していた?」

それを聞いて、瑠璃は少し言い淀んでいたが返答した。

「……恭也さんを護るためです」
「なに?」

 瑠璃の返答を聞いて、さすがに恭吾は声を上げてしまった。
 なぜ彼女が恭也を彼女が護る必要がある?
 いや、違う……。

「なぜ天威が恭也を護ろうとする?」

 少なくとも未来から来たはずの恭也は彼女のことを知らないし、天威が接触を持ってきたこともない。
 故に瑠璃……ひいては天威が恭也と何の関係もないということを一番理解している。

「これは天威家の意思ではなく、私個人の勝手な行動ですよ」

天威自体ではなく瑠璃個人であったとしても理由が見当たらない。
 そのため恭吾は不信そうな目を瑠璃に向けていた。
それを感じたのか、なぜか瑠璃は拗ねたような表情を見せた。

「許嫁を心配するのはそんなに不思議なことですか?」

その瑠璃の一言で時が止まった。

「は?」

今までにないほど恭吾は呆然とした表情を張り付けた。今ならもしかしたら恭也も一本とれるかもしれない。
どれほどの間恭吾は固まっていたのだろう。
 
「許嫁!?」

硬化が解けた恭吾は大声で叫んだ。
 当然だ、そんなこと恭吾は聞いたこともない。
 今までも何度も言ったが、恭吾は未来の恭也である。つまり彼の元の世界でも天威瑠璃という許嫁がいるということになる。
 やはりそんな話は今まで聞いたことがなかった。
いやまあ、フィアッセとかレンとかなら、そんな感じの約束をしていたりするのだが。

「そんなに驚きますか」
「当たり前だ! そんな話俺は知らないぞ!」
「? あなたは関係ないのではありませんか?」

関係大ありである。
 恭吾の場合、自分にも元の世界で許嫁がいるかもしれないというとんでもない自体になりかねない。

「そもそも俺……恭也と君がなぜ許嫁などになる? 天威と何か関係があるのか?」
「まあ関係ないこともありません。恭也さんも知らないでしょうし」
「ん? 恭也も知らない?」
「ええ。直接話をしたことはありませんから。私が一方的に知っていると言ってもいいです」

一体何があったんだと思う恭吾であったが、何かこれ以上深入りすると色々な意味で危険な気がして聞けない。
瑠璃もそれ以上説明する気はないのか、違うことを口にする。

「ただ私はその時の誓いを守るために剣を握っています。そしてその誓いを守るために、今回あなたの前に現れた」
「誓い?」
「恭也さんを護る」

その言葉には本当に力が込められているかのようで、恭吾も少しだけ気圧された。
だがそれ以上に、どこか悲しそうだった。

「士郎さんが亡くなったのを少し前に知り、私個人で調べてみたら、不破を名乗る者が恭也さんの傍にいました。ですがあの時、士郎さんと恭也さんを残して不破は全滅しました。これは天威が全力を挙げて調べましたから間違いありません」

本来はもう一人生き残った人物がいるのだが、恭吾がそのことをわざわざ言う必要はない。

「……なのに俺がいた」
「はい」

実際、恭吾は少し調べれば不可思議な存在であることにはすぐに気付くだろう。
過去がない人物。裏に多少でも属していれば、それがどれだけ得体が知れないかよくわかる。

「もしかしたら恭也さんを狙っているのかもしれない、不破を名乗って安心している所をと……そう思って、あなたを監視しようとしました」

 もっともすぐにばれてしまいましたが、と瑠璃は苦笑して言った。

「でもあなたは本当に御神の剣を操り、恭也さんたちを家族と呼び、護ろうとしている。だからきっと信用しても大丈夫だと思ったんです」

おそらく攻撃をしかけたのは、本当に御神流の使い手なのか、と調べるだけだったのだろう。
 恭也は徹しか使っていないが、それでも十分だった。

「そうか。信用してくれとは言えないが、俺はこれでも恭也の師を名乗っている。あいつに害のあるような行動はしないつもりだ。まあ、修行としてはやるかもしれんがな」
「少し見ていましたが、かなりスパルタですね」
「普通だ」

何事もないかのように返す恭吾に、瑠璃はやはり苦笑した。
 実際、彼らの鍛錬の量と質は、他の者たちから見れば異常なのだ。
だが、恭吾は恭也本人。だからこそ、恭也の限界を理解しているし、色々と身体のことを考えながらメニューを考えている。
美由希を育てていた時のように、壊れないように、だが強靱に、柔らかに、自身の鍛錬メニュー以上に気を使ってメニューを考えていた。
だから周りの者から見れば、異常と見えても無駄がなく、疲労が溜まらないようにできている。
そんなことも、やはりいちいち説明する気などない。

「そういえば……」

 ふと、何かを思いついたように、瑠璃が口を開く。

「あなたの名前はなんと言うんですか?」
「調べたのではないのか?」

不破と名乗る人物が恭也に近寄ったから調べたというのだから、名前も当然に調べがついているはずだ。

「調べたから知っていると、自己紹介されたから知っているというのは違うと思います。私だって名乗りました」

それに恭吾は確かにと頷き、

「不破恭吾だ」

この世界での己の名前を名乗った。
それに瑠璃は笑って初めまして告げた。
 なんというか、剣をぶつけあい、今更な気がしないでもないが。
それから瑠璃は、なぜかもう一度抜刀し、その剣先を恭吾へと向けた。

「恭吾さん、あなたは誓えますか?」
「何をだ?」
「自分が恭也さんたちに害する者ではない、と」
「先ほど言った通りだ」
「それを何に誓いますか?」

恭吾はそれを聞いて、少し考えた。
 瑠璃としては、おそらく剣にという答えが返ってくると思っていた。
 だが、

「……そうだな、俺の想いに誓おう」
「想い?」
「俺が高町の人たちを護りたいという想いに」

それはきっと、他の人が聞けば確証がなく、曖昧な誓いにしか聞こえない。
 だが、恭吾には一番重い誓い方。

「剣にではないのですか?」

瑠璃のその質問に恭吾は苦笑する。
 そう、剣士が誓うべきはその剣だろう。
 剣士の誇りであり魂であるその剣に誓うものだ。

「御神の剣士の剣に誇りはない。
 同じく、御神の剣士は技にも誇りを持たない。だから、そんなものに誓ったところで虚偽にしかならないだろう」

誇りのないものに誓うことなどできはしない。

「御神の剣士は、護りたいという想いと、剣で護ったという『結果』に誇りを持つ」

御神の剣士の剣と技は、その誇りのための手段にすぎないのだ。
だから恭吾は、その想いに誓った。一番の誇りである想いに。
 その答えを聞いて、瑠璃は剣を戻した。

「不器用な一族ですね」
「かもしれん」

笑って言ってくる瑠璃に、恭吾も苦笑して返した。
 そして瑠璃は一頻り笑うと、一度恭吾に頭を下げ、そのまま背を見せた。

「恭也さんのことをお願いします」
「会わなくていいのか?」
「元々会うつもりはありませんでしたから」

 どこか寂しそうな声音。
 恭吾には彼女の存在はわからない。
 過去に出会ったことがなく、それでも『自分』を知っている女性。
 彼女が何なのかもわからないが、少なくとも恭也たちを害する者ではない。

「あなたとはまたお会いしたいですね。なぜか恭也さんとそっくりですから」
「そうか」
「ええ。私は剣士ではありませんが、それでもいつかあなたに唸らせるぐらいの剣を見せたいです」
「楽しみにしている」

恭吾の言葉に頷くと、それではと言葉を残し、瑠璃は森の中に消えていった。
それを見送って、恭吾は息を吐いた。

「まさか高町家以外の所で変化が出てくるとはな」

 まあ自分という存在がいる以上、未来などいくらでも変わってしまうとは思っていたし、自身で変えてしまったが、こうも早く自分以外の要因が現れるとは思っていなかった。
しかし、

「まだ気にしても仕方あるまいか」

帰る方法など検討がつかないし、恭吾はここで生活していく以外に術はない。
 今更、何かを考えた所で意味はない。
 恭吾は恭吾らしくやっていくしかないのだ。
 もし何かしらの……特に自分が現れたことでの……問題で、高町の人たちに危険が迫るのならば、それを全て自分が排除する。それしかできることはない。
そう思いながら恭吾は少しため息を吐いた後、家族がいる自分の家へと足を向けたのであった。







あとがき

 なんかこっちにもオリキャラが。
エリス「あんたってオリキャラ使いすぎじゃない?」
 そうでもないと思うけど。この作品と黒衣と狂想、それとある作品以外では物語に絡まない脇役か敵役でしか使ったことなかったし、ほぼ女性キャラ。オリキャラ主人公も書いたことない。
エリス「あれ? オリキャラ主人公なかったっけ?」
 ないよ。オリキャラ主人公書こうかなとか思っても、いつのまにかその設定使ったオリジナルの話を書いてたしなぁ。半オリキャラはいっぱいあるけど。
エリス「オリジナルは結構書いてるみたいだけど」
 敵役は徹底的にそりゃあもう悪意と欲望、外道の一直線で戦闘以外ではあまり目立たない。正義? 志? 優しさ? 何だそれ? 自分が楽しけりゃどうだっていいんだよ、みたいな悪の美学一直線に。ただし敵役は強化しまくって強くするけど。
エリス「ま、それはおいといて」
なんか変な女性オリキャラが出てきました。
エリス「また永全不動とかで独自設定を出しまくって」
 ああ、実はこの瑠璃は先ほど言ったある作品で恭也のヒロイン役となったオリキャラです。さらにその時使った独自設定。
エリス「ヒロインはやってたのか」
 単純に友人からリクエストされたから書いただけ。名前もその人がつけた。自分が書いたわけじゃないけど絵付きだった。絵は前の壊れたパソコンに入ってたからもうないけど。
エリス「そんなのもどうでもいいから」
 設定は一部変えて流用してます。その時は恭也と同い年だったんだけど、今回は年上になってます。ただ戦闘を書くためだけに出したキャラなので気にしないでください。
エリス「戦闘させるなら他のキャラでも」
 無理だろ。他の人たちとは出会ってないし。それに恭也たち以外と戦わせたかったから。
エリス「それでオリキャラ引っ張ってきたんだ」
 そういうこと。まあそれならこんな話作らなきゃいいじゃんとも思うかとしれませんが。
エリス「それはそうだね」
 設定では恭吾がどのくらいの強さなのかはできあがってるんだけど、ストーリー上でも書いておかないとちゃんと把握できないので。と言っても、今回は実力差がありすぎてまだ不十分。
エリス「それはあんたの腕のせい」
 はい。ちなみに瑠璃は現段階ではそんなに……とらハのキャラの中では……強い方でもない。瑠璃の年齢の時の恭吾、っていうか恭也はもっと上。この場合、恭也が強いってだけかもしれないけど。現在精神年齢二十歳半ば近くの恭吾にはまったく敵い。
 戦闘をやらせておきたかったというのもあるけど、恭吾が現れたことでのズレが高町家以外でも少しだけ出てきたというのをやりたかったんだ。
エリス「確かにズレた歴史になっちゃったけど」
まあもう彼女が出てくることはない、たぶん。というか、まあこの話では基本的にそれほど戦闘やるつもりはない。鍛錬とかとしてのはもちろんやるが。
エリス「そなの?」
 ん、戦闘ものの作品というわけじゃないし、それほど戦闘する理由はない。それは黒衣に任せるというか、こっちは戦闘以外のでやっていきたんだ。自分がそれほどバトルものを書く人でもなければ読む人でもないしね。こっちでも戦わなきゃいけないときは容赦なく戦わせるだろうけど。
エリス「とりあえず今回はそんな感じで」
 どんな感じなのかわからないけど、また次回で。
エリス「それでは〜」







そうか、瑠璃の出番はもうないのか。
美姫 「色々と設定のありそうなキャラなんだけれどね」
まあ、高町家以外でも歴史にズレが出てるって事はよく分かったかな。
美姫 「それと、恭也の現時点での強さも大体ね」
だな。恭也よりも強い瑠璃。で、恭吾との開き。
しかし、半年でそのレベルまでになるのか、恭也は。
美姫 「これも恭吾の鍛錬の賜物ね」
どこまで成長していくのか。
美姫 「物語自体もどうなっていくのか」
非常に楽しみにしてます。
美姫 「次回も待っていますね〜」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る