〜ある休日の風景〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきま〜す」

ひと声と共に、妹(実際は従妹)の美由希が外に出て行く。かねてから、親友の神咲那

美と、駅前に遊びにいく予定だったらしい。

高町恭也は、この休日、特にこれといった予定がなかった。差し当たりは庭の一角にあ

る盆栽の世話でもしていよう、そんな事を考える。その身に修める〔御神真刀流小太刀二

刀術〕の修養の一環、と言えば聞こえは良いが、どう見ても学生がやる事にしてはあまり

に枯れ切っていると、知っている者みんなして口を揃えるえらい趣味だ。

その問題の盆栽棚、高町家の敷地の角に建てられた、小さな道場の脇にある。サンダル

をつっかけて庭に出ると、恭也はまっすぐそこに向かい、棚の前で立ち止まっておもむろ

に、鉢をひと通り見渡す。

棚、とは言ってもそれほど大きなものではない。二段程度のものだし、鉢の数はせいぜ

い六つほど。いちどきに目を行き渡らせるには、そのくらいが丁度良いだろう、恭也はそ

う思っている。それでも、世話と言うのは大変なものだが。

「ふむ……」

時折左右に身体を動かし、裏に回ったりしては、枝葉の具合に目を通す。

(ん……これは、少し手を入れるか)

棚の下から道具箱を出して、鋏を持ち出すと、気になったところに見た目無造作に、実

際は細心の注意を払いつつ刃を入れていく。

小気味の良い音を二度、三度と走らせると、距離を置いて確認。

(まぁ、こんな感じか)

この辺、正に高町家では恭也にしか分からない世界、というものだ。

鋏をしまい、道具箱を元の場所に戻して空を仰ぐと、陽は既に中天に近い位置にある。

昨日は時々雨が降って涼しかったのに、今日は一転、夏が戻って来たかのように晴れ上が

っていた。

(それでも風は、すっかり秋のものだな)

季節の変わり目を頬に感じつつ、恭也は家の中に戻る。

 

 

 

 

 

リビングに入ろうとして、その奥のキッチンから、

「だ〜から、邪魔すんなっての!」

「やかましい、見とられへんから手伝うたる言ぅてるやんか!」

「だから、それが余計なお世話だって言ってるだろカメ! このこのぉ」

「お、やるかおサル? このこのぉ」

賑やかな声が聞こえて、恭也は苦笑した。

(相も変わらず、だな。あの二人は……まぁ、喧嘩するほど仲が良いとは、よく言ったも

のだが)

故あって、高町家に居候している城島晶と鳳蓮飛(レン)の二人。片や和食、片や中華

料理を大の得意とし、高町家の充実した食事に多大な貢献を成している――のだが、似た

者同士だからかはたまた別か。顔を合わせて五分も保たず、武力の応酬に突っ走るという、

まことに、

(ココロアタタマル?)

間柄である。もっとも、そのくせやる事成す事案外ぴたりと息が合っているのだから、

知らない人が見たら、きっと唖然とするだろう。

ちなみに、晶は空手を、レンは中国拳法をたしなんでいる。恭也と美由希は御神の剣。

大きな家だから金があるに違いない、相手はガキばかりだし、なんて軽い気持ちで強盗に

入ろうものなら、恐らくそいつは手荒い教訓を肌身に叩き込まれるに違いない。

いよいよ騒ぎになろうかとしたその時、

「や〜め〜な〜さ〜い!!

甲高い一喝が割って入った。年齢の離れた妹、なのはが両者に介入したようだ。

ここ最近は、家事の手伝いも積極的にするようになり、晶やレンの教えを受けて、つた

ないながらも料理にチャレンジしている。どうやら中々筋がいいらしく、

「うぅ……これで料理が出来ないのは私だけ……」

美由希がいじける、という喜劇も生み出しているが。しかし、なのははそれ以上に、晶

とレンの衝突を強制停止させる、という能力が開眼したらしい。恭也は思う。

(その内、この家で一番強いのは多分、なのはになる……かもな)

 

 

 

 

 

キッチンに入ると、冷蔵庫のまん前に整列させられた晶とレンが、今まさに、

(なのはの集中補習、友好と協力の必要性に関する基本編)

を受けようとしているところだった。恭也の姿に気付いた二人が、殆ど涙目でそれとな

く、無言の訴えをなのはの背後に立っている恭也に向ける。曰く、

(師匠……)

(お師匠……)

(助けて〜)

肩をすくめると、恭也は、

「なのは」

声をかける。

「あっ、おにーちゃん?」

「そのくらいで良いだろう」

「でもね、晶ちゃんもレンちゃんも、ケンカばかりで……」

「喧嘩ばかりというのは、確かに褒められたものではないが、本当に仲が悪いわけじゃな

い事は、知っているだろう?」

「う、うん……」

「この辺で赦してやれ……それと、そろそろじゃないのか? なのはの好きな、例の番組

は」

「あっ、そうだった。おにーちゃん、ありがとう」

なのはが先にリビングに行くのを見送ると、晶とレンが救われた表情で恭也に礼を言っ

た。

「ありがとうございます、師匠。なのちゃん、近頃本当に強くなっちゃって」

「ほんまです〜。この先が怖いですわぁ」

「あまり派手にはしてくれるな。この家の、小さな実力者なのだからな」

「はい。あ、もうちょっとしたら昼ごはん、出来ますんで」

「待っててくださぁい」

頷いて、恭也はリビングに戻る。

 

 

 

 

 

リビングで、恭也はなのはと一緒にテレビ番組を見ていた。なのはは家にいる時、この

時間に放送される料理番組を好んで見ている。

母親の桃子は喫茶店〔翠屋〕を切り盛りするパティシエ、晶とレンもそれぞれ料理を得

意とするだけに、近頃は教えてもらうのが楽しみのひとつになっているようだ。この料理

番組でなのはの最もお気に入りなのが、お菓子などのコーナー。

(血は争えない、と言うが……本当だな)

隣でにこにこしながら画面に見入っている妹を見て、恭也は思う。

料理番組が終わると、今度はワイドショーが始まった。普段は別に見る事もしない恭也

だが、この日はクリステラ・ソングスクールの世界一周公演について触れていた。

「わぁ、おにーちゃん、フィアッセさんだよ」

「ああ」

高町家と深い関わりを持つ、とりわけ恭也の最愛の恋人であるフィアッセが、離れた土

地でその翼を大いに拡げ、その「うた」を、存分に伝えている――自然と、恭也の目は眩

しげに細められていく。

「元気そうだね、フィアッセさん……ねぇ、おにーちゃん」

「ん?」

「帰って来たら、いっぱいお話聞かせてもらおうね」

「そうだな……だが、なのは」

「にゃ?」

「下手をすると晩、寝かせてもらえなくなるぞ?」

「にゃう……それだけはやめてほしいのです」

昼食が出来たと、晶の呼ぶ声がした。なのはを促して、それまで座っていたソファから

立ち上がる。なのはが電源を消していったテレビの黒い画面に向って、

(フィアッセ……いずれ、俺はお前だけの為の盾になる。その時まで今少し、待っていて

くれ)

誰にも聞き取れそうにない程の呟きを残して、恭也はリビングを後にした。

――それは、ある休日の昼下がりの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜ある休日の風景〜 了





ラストはとらハ3〜。
美姫 「高町恭也の休日ね」
何気ない日常を、ここまで綺麗に書き上げられるなんて…。
羨ましい!
美姫 「はいはい」
うわっ、軽くあしらわれた。
美姫 「いや、もうアンタに関しては諦めてますから」
ひ、ひでぇ。
美姫 「タケさん、投稿ありがとうございました」
ました〜。



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