○月×日 晴れ

今日、学校で体力測定をやりました。
結果はボロボロ。
おと〜さんは凄腕の剣士さんで、運動神経抜群だったって聞いてます。
そして、おに〜ちゃんもやっぱり凄腕の剣士さん。
その二人と血が繋がってるのに、なんでなのははこんなに運動音痴なんだろう。
でも、今はそんなことより、少し気になることがあります。
おに〜ちゃんが体力測定をしたら、どんな結果になるんだろう?






300万ヒット記念SS 
恭也の体力測定






その日は休日だった。
高町家の縁側では、先ほど美由希との鍛錬を終えた恭也が、湯飲みを片手に、饅頭をお茶請けにしながらまったりとしていた。
美由希は、その目の前で花の世話をしている。
桃子やフィアッセなどは、翠屋で仕事をしているため、家にはいない。
 晶はサッカーの試合があるらしく、朝から出かけていた。
 レンも夕飯の食材の買い出しに行っている。
今、この家に残っているのは、恭也と美由希、そして、なのはだけだった。
美由希は花の世話をしながらも、横目で恭也を眺める。
恭也は目をつぶって茶を飲んでいる。その足下にはいつのまに集まったのか、小飛を中心とした猫が、数匹寝ころんでいた。

「恭ちゃんがどんどん枯れていくどころか、本当のおじいちゃんに……」

その姿を見て、美由希がどこか疲れたように呟いた。
 どうやら恭也には、その言葉は聞こえなかったらしい。聞こえていたならば、今頃、いつものように拳骨の一つでも受けていただろう。
そんな、ある意味ほのぼのとした空間。
だが、恭也がゆっくりと目を開く。

「なのは、どうした?」

後ろも振り返らずに恭也は言う。

「はにゃっ!? どうしてわかったの?」

いつのまにか、恭也の後ろに現れたなのはは、突然声をかけられて驚いていた。

「二階から降りて来る気配があったし、足音が聞こえた」

恭也は何でもないことのように言う。

「やっぱり、おに〜ちゃんがどんどん人間離れしていく」

それを聞いて、恭也は何ともいえない顔になるが、とくに何も言わなかった。
美由希が苦笑しながら二人に近づいてくる。

「なのは、恭ちゃんが人間捨ててるのは元からじゃない」

美由希は、今更何を言ってるの、とでも言いたげだった。
その瞬間、恭也の拳が美由希の頭に落ちる。
すでに、その攻撃も慣れてきたのか、美由希は笑いながらも、自分の手でそれを払おうとする。だが、美由希の手に払われそうになる瞬間、恭也の手は軌道を変えて、美由希の額の前にまで突き出された。
そして中指でデコピン。

「あうちっ!」

額を弾かれた美由希は、その場でうずくまって、弾かれた場所を押さえ込む。

「一言多い」

美由希は涙目になれながらも、恭也を睨むようにして見上げるた。

「だ、だからってデコピンに徹を使わなくても。ただでさえ握力があって痛いのに」
「言ってからすぐに払おうとするのなら最初から言うな」
「うう、なのはだって似たようなことを言ったのに、この扱いの違いはなに? それともこれが恭ちゃんの私に向ける愛なの?」
「何を言っている」

その二人のやり取りを見て、なのはは乾いた笑みをみせている。
今の二人の動きがまったく見えなかったのだ。

(二人とも人間捨ててると思うのは、なのはだけでしょうか?)

乾いた笑いの向こうでそんなことを考えている。

「それでどうした?」

まだ痛がっている美由希を無視して、恭也はなのはの方を向く。
 美由希はかまってとばかりに、未だ恭也を見つめているのだが、綺麗に無視である。

「あ、うん。おに〜ちゃんにちょっと聞きたいことがあったんだけど」
「聞きたいこと?」

恭也は首を傾ける。
ようやく美由希も復活し、無視していた恭也を恨めしげに見ながらも、彼の横に座り直す。

「昨日、学校で体力測定をやったんだけど」
「ふむ、俺もこの前やったな」
「あ、私もやったよ」

二人が通う学園にも体力測定は存在する。
それを聞いて、なのはは興味津々とばかりに、顔を恭也に近づかせる。

「それで、結果は?」

なのはの反応に、恭也は少々戸惑っていたが、とりあえず結果を思い出す。

「普通だと思うが」

どの測定も、だいたいが周りの生徒と同じような結果であった。
爽やかな笑顔をみせる恭也の親友は、どれも好成績であったが。

「えっと、私はあんまり」

美由希は、どこか言い辛そうだった。
まあ、彼女の場合は運動神経が悪いのではなく、そのボケっぷりが問題だった。
早い話、転んだり、スタートを失敗したり、他諸々。
 決してわざとやっているわけではないのだが。
 それが分かっているのか、恭也はどこか疲れた目で美由希を見つめる。
 それに、美由希は身体を小さくさせていた。

「そうなんだ」

二人の答えを聞いて、なのははどこか納得いかなそうな声を漏らす。

「でも、恭ちゃんは真面目にやってなかったんじゃないの?」

美由希が、少し首を傾けて聞く。

「そんなことはない。それなりに真面目にはやっていた」

さすがに、走ったり、跳んだりするので、他の授業のように眠っているわけにもいかないのだから、恭也としては真面目にやっていた。というか、彼からすれば起きているということが、真面目と解釈していそうだ。

「手を抜いたが」
「それは真面目にやったって言えるのかな」

実際のところ、恭也は体育などの授業は、だいたい手を抜いている。あまり目立つのは好きではないし、クラスメイトに、自分が戦う人間だということに気づかせないようにするためだ。
恭也なりの配慮でもあるのだ。
面倒という理由も捨てきれないが。

「じゃあ、手を抜かずにやったらどうなるの?」

恭也の答えを聞いて、少し沈んでいたなのはが問いかけた。

「どうなる、と言われてもな……正確に計ったことはないからな、わからん」

その言葉に、なのはは名案が浮かびました、とばかりに手を叩く。

「じゃあ、計ってみよう!」
「は?」

 唐突ななのはの言葉に、恭也は目を瞬かせる。

「おに〜ちゃんの正確な体力測定やろう」
「いや、別に俺は……」

恭也としては、自分の運動能力は把握しているので、別に今更計測をする必要はまったくないのである。
とりあえず、美由希に救援を求める視線を送る。

「私もちょっと気になるかな」

美由希は、兄であり、師である恭也のアイコンタクトにまったく気づかない。
 それに恭也は顔を顰めるのだが、やっぱり気づかない。

「でも、これから那美さんと約束があるし」

どうやら美由希も見てみたいらしい。

「ねぇ、やろうよ、おに〜ちゃん」

どこか懇願するような表情で、なのはは恭也を見上げ、恭也の腕を揺らす。

「わかった。やるから」

それに抗えない恭也は、ため息をつきながら頷いた。




結局、体力測定のやり直しをすることになった恭也。
美由希も最後まで見たいと言っていたが、那美との約束を優先した。どこか残念そうではあったが。
とりあえず、恭也は動きやすい服……上下黒のジャージ、なのはも一応動きやすい服に着替えて、近くの公園にまで移動した。

「で、最初は何をすればいいんだ?」
「うーん、50メートル走からかな。あ、でも一緒じゃなくてもいいか。100メートルの方がわかりやすいかな」
「つまり、100メートル走をやればいいのか?」
「うん」



最初の計測 100メートル走



恭也が、目算でだいたいの100メートル地点を決めた。
戦いに距離感は重要なので、そういうのも手慣れている恭也。おそらく、それほどの誤差はないはずである。
ゴール地点では、なのはがストップウォッチを持って立っている。

「じゃあ、用意……ドン!」

なのはが手を降ろしつつ、恭也に聞こえるように大声でスタート合図を送る。
同時に恭也は走り始めた。
その速度はかなりのものだった。
それに、なのはは驚いている。
なのはの体力測定のときに、教師が手本として50メートルを走ったが、それよりもずっと速い。
なのはが心の中で驚いていると、50メートル辺りを過ぎたところで、いきなり恭也の姿が消えた。

「へ?」

訳が分からず、マヌケな声出してしまう。
そして、次の瞬間、強い風が通り抜けた。
それに驚いて、なのははストップウォッチのボタンを押してしまった。

「え、えっと、今のは」

何が起こったのかわからずに、なのはは目を瞬かせる。

「なのは、ゴールしたが」

いきなり声が聞こえて、なのはが振り向くと、そこには息を少し乱した恭也がいた。

「え? え?」

恭也がそこにいるということは、先ほどの突風は恭也であったということだろうか?
なのはは、とりあえずストップウォッチの記録を眺める。
数秒だけ呆然としたあとに、なのははなぜか空を見上げた。

(空は青いなぁ)

などという現実逃避をしてみる。
そのあとで、今一度ストップウォッチの数字を眺める。
 見間違いではなかったらしい。

(世界記録って何秒だっけ?)

そんなことを考える。
だけど、なぜだか今は、陸上の世界記録に詳しくない自分に安堵していた。
ちなみに、恭也の100メートル走の記録は、なのはの『50』メートル走の記録の半分より少し時間がかかった、とだけ言っておく。



 次の計測 走り幅跳び



大きな砂場まで移動した。
丁度よく、子供たちは遊んでいない。
そんなわけで、早速計測開始。
先ほどと同じように、なのはが合図を出し、恭也が走りはじめる。
そして、砂場の手前で飛び上がる。
だけど……。
ああ、なぜだろう。
普通、走り幅跳びというのは、足を揃えて、砂を巻き上げながら着地するものではなかろうか?
なのに、なぜ兄は片足でスタッと、華麗に着地しているのだろう?
しかも、砂場を飛び越えてるし。

(鳥さんは空を飛べていいなぁ)

またも現実逃避を試みる。
メジャーは持ってきていたが、計るのが怖くなり、忘れたことにしておいた。
とりあえず、走り幅跳びの記録は、恭也ではなく、なのはの目算ではあるが、なのはの記録の約四倍から六倍と言ったところだった。


三つ目の計測 懸垂


「48……49……50……もういいや、おに〜ちゃん」

どこか青い顔で呟くなのは。
このまま続けると何回までいくのか、ある意味怖くてやめさせた。

「ん、そうか?」

疲れもなさそうに、鉄棒から手を離す恭也。
斜め懸垂をほとんどできなかったなのはには、信じられない状況である。
みんな、これを終えたあとは、腕をさすっていたが、恭也はそれさえもしなかった。
 見ていただけのなのはの方が、なぜか疲れているようにみえた。



四つ目の計測 反復横跳び



「ごめんさない」

とりあえず謝っておく。
数えられません。
兄の姿が二人とか、三人に見えた。
なのはの動体視力では捉えきれなかった。



五つ目の計測 1500メートル走



なのはの場合1000メートルであったが、恭也は男なので1500メートル。
とりあえず、兄の走る姿を眺める。
だが、なのはの全力で走るスピードより、ずっと速いペースで走り続けている。まったく衰えない。
そして、やっぱり走り始めたときのスピードのままゴール。
もうどう言っていいのかもわからない。
むしろ、夢ではないかとさえ思う。というか、夢にしておくのが一番いいのではないか。

(今日の晩ご飯なにかなぁ)

きっと、我が家の料理人なら、美味しい料理を作ってくれるに違いない。
 そろそろ現実逃避が板に付いてきていた。
とりあえず、恭也の記録は、なのはの1000メートル走の約半分以下であったことだけは明記しておく。




その後、色々な計測をした。
 そのたびに、なのはは現実逃避を開始。
もう何が正しくて、何が間違っているのかわからない状況であった。
というか、自分の精神の安定を求めるならば、途中でやめておくべきであった。
全ての計測が終わり、恭也は普通に、なのはは顔を青くさせたまま家へと帰ることになった。
恭也は、自分が原因であるということはまったく気づかずに、顔の青いなのはを心配して、最後にはなのはを背負うことにした。
なのはにしてみれば、とりあえず最後の最後にいい思いをすることになったようである。

「おに〜ちゃん」
「なんだ?」
「とりあえず、これからも運動するときは手を抜いたほうがいいと思う」
「……そうか」

恭也は、なのはの言う意味を正しく理解していなかったようだが、とりあえず頷いて返した。





○月△日 晴れ

今日、おに〜ちゃんの体力測定をやりました。
結果は……測定不能です。
というか、ありえません。
きっと、今日の記録を他の人がみれば、おに〜ちゃんは陸上部に連れていかれます。
もしかしたら、陸上『部』ではすまないかもしれませんが。
これ以上おに〜ちゃんといられる時間がなくなるのはイヤなので、なのはだけの秘密です。
少し、現実という言葉を疑った一日でもありました。
とりあえず、おに〜ちゃんが人間離れ……人間を捨てているという確証を得た一日でした。




その日、夜間の鍛錬をしている恭也と美由希の会話。

「恭ちゃん、今日なのはと体力測定やったんでしょ?」
「ああ」
「どうだった?」
「少し手を抜いてしまったが、なのはは何も言ってこなかったし、まあ問題ないだろう」
「あ、そうなんだ。疲れてない?」
「心配するな、準備体操をしていたようなものだ。お前の鍛錬では手を抜かん。もしかしたら、直撃すれば入院してしまうかもしれないような奥義でも出してしまうかもしれん」
「あ、あはは、できればちょっと手を抜いてほしいかな〜」

海鳴の森に、美由希の乾いた笑い声が響いた。
どうやら、恭也はまだなのはの現実という言葉をブチ破れるようだ。







 あとがき

記念SSでした。
エリス「にしてはヤマなしの上、オチが弱い。時間軸もいつだかわからない。さらに短い!」
ネタがネタがぁぁぁ!
エリス「しかし、アンタが書くとなのはがよく出てくるね」
彼女はとらハの中でも良い意味で常識人だから出しやすいんだよなあ。逆に壊してもいけるし。
エリス「にしても、初の短編か」
投稿するのはね。ただ、短編書くとダークが多いから新鮮ではあった。まあ、ダークとはいっても本当にダークを書いてる人から見れば、まだまだだけど。
ただ、もっとギャグにできればよかったんだけど、自分はギャグのセンスがないので。
エリス「それに、キャラあんまり出てない」
最初はもうちょい出てたんだが、まとまらなくなったから三人だけにした。各所突っ込みどころ満載だと思いますが、真面目な話ではなくネタですので。
エリス「とにかく、300万ヒットおめでとうございます!」
おめでとうございます!
エリス「これも美姫さんのおかげですね!」
いや、浩さんは?
エリス「わかってないね、アンタ。書く人よりも書かせる人の方が重い役割なんだよ。そりゃあもう、刺そうが、焼こうが、凍らせようが、消し炭にしようが書かせる。それが私たちの役目の一つ」
何かイヤンな感じに凄く理不尽だ! 人権はどこにいった!?
エリス「うっさい! アンタに人権なんか与えられてないの、とっとと黒衣の救世主の続きを書け! 滅却!」
グボッ!
エリス「では、これらかも頑張ってくださいね、美姫さん」
じ、自分もがんばりますので浩さんも……ガクッ。



うぅぅ。書く人にだって人権ぐらいはあるやい(涙)
美姫 「勿論あるわよ。ただし、アンタにはないけどね」
うわぁぁ〜ん。……って、今更走って逃げても仕方ないしな。
美姫 「最近、落ち込んで立ち直るのまで速いわね」
えっへん。
美姫 「褒めてないからね」
ぐっ。
と、ともあれ、記念SSありがとうございます。
美姫 「祝、300万ね」
これはもう、皆さんのお陰ですから。
美姫 「今回は短編だけど」
とっても面白かった。
現実逃避するなのはがちょっと可愛かったり。
美姫 「あれで全力じゃなかったって知ったらどうなるかしらね」
それはそれで面白そうだな。
美姫 「それじゃあ、エリスも頑張ってね〜」
って、テンさんにも声援をあげろよ!
美姫 「それはアンタから」
テンさん、頑張ってください。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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