ケティからオリハルコンネームなる単語について相談を受けたその日の昼時。

 桜坂柳也は、相棒のマチルダとともに魔法学院の図書館へと足を運んでいた。

 図書館を訪ねた目的は、個人的な調べ物のため。アルビオンからトリステインに帰還したあの日、王城の謁見待合室でタバサから、自分も知らなかった自らの能力を教えられた柳也は、これまであまり関心を寄せてこなかった“守護者”の使い魔という存在に、俄然興味を抱くようになった。

「あの日、ミス・タバサに言われて気づいたんだ。俺は、自らがなった“守護者”という使い魔の存在について、ほとんど何もしらないってことに、な。……それだけじゃない。自分の得た新しい力に対して、これまでまったく無関心だったことにも気づかされた。他ならぬ自分のことなのによぉ」

 図書館は静かに利用するもの。現代世界以来の常識から声を潜め、柳也は自身のかたわらで本棚と向き合うマチルダに言った。軍服の上から左胸のルーンの位置に右手を置き、苦い表情で続ける。

「他の誰よりもテメェのことを知っていなきゃならない自分が、自分自身のことを知ろうともしなかったんだ。まったく、しょーもねぇ話だよ。軍人失格だ。敵を知り、己を知れば百戦危うからず……とは、俺の故郷の世界で最も有名な兵法書にある記述だってのによぉ」

 ここで孫子の『兵法』にある有名な記述を引用したのには、勿論理由があった。柳也はアルビオンで戦ったワルドやウィリアム、はてはモーガン・ガドウェインといった人物らとの再戦を予感していた。それがいつになるかは分からないが、時間のあるいまのうちに、この世界で新たに得た力の性質を正しく理解し、使いこなせるようにならねば、と彼は考えていた。

「ファンタズマゴリアで戦っていた頃からの課題なんだけどな。所詮、第七位の神剣士にすぎない俺は、劇的なパワーアップが望めない。地道に力を蓄え、知識を増やし、技を磨いていくしかねぇんだ、俺は。やれることは、全部やっておきたい」

「知りたいのは、“守護者”の使い魔に関する情報だね?」

 マチルダが、こちらも声をひそめて柳也に確認した。周りに人がいないため、その口調はくだけたものとなっている。

 自身の力について理解を深めるべく、始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の叡智を求めた柳也だったが、いまだこの世界の文字の読み書きに不慣れな彼だ。そこで、元貴族らしく読み書き双方に精通したマチルダに手伝ってもらうことにしたのだった。

「貸し一つだよ」

「今度、ジャパニーズ・お好み焼きを作ってやる」

 図書館への道すがら、二人はそんなやり取りを交わしていた。

 秘書としての仕事柄、学院の図書館を利用することの多いマチルダは、柳也をホルムスのライブラリーに案内した。普段から一般生徒の利用も多い棚で、柳也のような門外漢が入門書を探すのにうってつけの場所だった。

 棚の前に立ったマチルダは、小さくルーンを唱えてタクト状の杖を振った。“レビテーション”の浮遊魔法が発動し、ブーツの踵が床を離れる。

 魔法学院本塔の大部分を占める図書館は天井までの高さが三十メートル近くあった。同様に、書架の高さも二〇〜二五メートルほどもあり、図書館を利用するためには、浮遊魔法、飛行魔法の習得が不可欠だった。

「手頃なのだと、これなんかいいかね」

 宙を飛ぶマチルダは棚から一冊、ハードカバーの本を抜き取ると、かたわらの柳也に手渡した。A4版よりやや小ぶりなサイズの本で、厚みが広辞苑の半分ほどもある。

 受け取った柳也は、表紙に刻まれた文字をまじまじと見つめた。アルファベットをくずしたかのようなルーン文字。うむ。読めん。やはりマチルダについてきてもらって正解だった、と彼は感じた。

「ちなみになんてタイトル?」

「『猿でもわかる使い魔入門』」

「…………」

 これを読めない自分は猿にも満たないのか。言葉短いマチルダの返答に溜め息をつきつつ、柳也はずっしりと重い本を手に、二人きりになれるスペースを探した。出来ればこの調べ物は、余人を交えずに進めたかった。

 

 

 

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:54「ク〇リンのことかーーーーーー!!!?」

 

 

 

 

 書架の配置の関係から、周囲からは死角になっている一画を発見した柳也とマチルダは、そこに椅子を持ち込むと、早速使い魔の入門書を開いた。

「この本を書いたのは、いまから六十年くらい前に活躍した、ゲルマニアのヘクトル・マクドナルド卿っていう貴族なんだ」

 マチルダはまず、手元の本がいかなる書物なのかを説明した。

 曰く、マクドナルド家は四〇〇年の長きにわたって家名を保ち続けている名家で、現在までに多くの学者を輩出したことで知られる家系なのだという。『猿でもわかる使い魔入門』は、やはり学者だったヘクトルが、四十年の歳月をかけて書物だそうだ。メイジ達の世界では、かなり有名な本らしい。

「マクドナルド卿は若い頃、詩人を目指していたんだけど、その方面の才能はさっぱりでねぇ。一五歳のときに書いた詩集は、わたしも読んだことがあるけど、そりゃ酷い出来だった」

「それで先達に倣って学者に転向したと……ちなみにどんな詩?」

「表題作の『雨』はたしかこんなだったよ。『……カエルのジャックは雨がすき。ぴょんぴょんけろけろはしゃいでる。カエルのジャックはうたがすき。けろけろけろけろぐわぐわぐわ……』」

「ごめん。もう続き言わなくていいよ」

 詩人としての道を諦めたマクドナルド卿は、使い魔に関する研究に身を投じた。彼が取り組んだのは、『使い魔図鑑』とでも呼ぶべき書物の作成という、大事業だった。卿はコントラクト・サーヴァントの契約の際に、使い魔の体に刻まれるルーンに注目した。

「異世界人のあんたやサイトは勘違いしているみたいだけど、べつにルーンが特殊能力を与えているわけじゃないんだよ。特殊能力は、契約を交わしたときに、使い魔の中に自然と生まれるものなんだ。ルーンは、その使い魔がいったい何者で、どういう能力を持っているのかを示す、名札みたいなものなのさ」

 この世界に数多いる大多数の使い魔のは、人語を発することが出来ない。キュルケのフレイムや、ギーシュのヴェルダンデなどがいい例だ。彼らは主人達の話す人語を理解することは出来ても、同じように発音し、言葉を作る能力は持っていない。人語を話す自分や才人の方が、使い魔としては少数派なのだ。

 そんな多くの使い魔達にとって、自分が何者なのかを目に見える形で示すルーンは、頼れるメッセージカードのようなものだった。主人に自分のことをよく知ってもらうための手段として、優秀なツールだった。

「マクドナルド卿は四〇年の歳月をかけて六〇〇〇体近い使い魔の体を調査したんだ。彼はゲルマニア人だったけど、国境を問わず、ハルケギニア中のメイジのもとを訪ねた。どの使い魔にどんな特殊能力が宿るのか。どんな動物を使い魔としたときに、どんなルーンが発現するのか。そういうことを調べたんだ」

 その研究成果をどうまとめたかは、実際に本を読んだ方が理解は速い。マチルダはそう言って、入門書の表紙を開いた。

「守護者、守護者、っと……」

 図鑑や、百科事典に分類される本の使い方は、異世界であっても変わらない。マチルダは最初に目次を見ると、お目当ての項目を探してページをめくり始めた。

 そんな彼女を正面から見つめる柳也の視線は、なんとも複雑そうだ。図鑑という単語から、動物図鑑を連想してしまったためだった。動物図鑑に自分に関する記述があるかと思うと、まるで犬猫の扱いを受けているようで妙な気分だった。

「あったよ」

 マチルダが図鑑の後ろ三分の一辺りのページを開いて、柳也に見せた。

 アルファベットをくずしたかのようなルーン文字の羅列が、紙幅を一ミリたりとも無駄にはしないとばかりに、びっしりと綴られている。しげしげと眺める柳也。うむ。読めん……と思ったら、一句だけ、見知った文字列を見つけた。自然と、手が左胸のルーンの位置に伸びる。

「“守護者”のルーンか」

 柳也の呟きに頷くと、マチルダは手元の本に視線を落とした。

 『猿でもわかる使い魔入門』は、かつて詩人を目指していた人物の著作だけあってか、やたら気障ったらしい言い回しや、難解な表現が多い。要約して読み上げてやる必要があった。

 マチルダは舌先で言葉を選ぶように、ゆっくりとした口調で読み始めた。

「……“守護者”。“守護者”のルーンは、主に馬やオーク鬼、一部のドラゴン種といった、高度な知性を持つ大型動物を使い魔としたときに発現するケースが多い。このルーンを刻まれた使い魔は、鎧形成と呼ばれる特殊能力を得る。なぜ、これらの大型動物への発現例が多いかについての考察は後述する。

 鎧形成の能力は、何もないところから“守護者”が身に纏う鎧を作り出す能力である。ここでいう鎧とは、“守護者”の身を覆う装身具全般のことを指し、必ずしもプロテクターの形態を取るわけではない。以下に、その特徴を列記する。

一、鎧は“守護者”自身の記憶とイメージを基に作られる

二、鎧は“守護者”自身の精神力を消費して形成される

三、精神力の消費量は“慣れ”によって軽減することが出来る

 以上の三つの特徴について解説する」

 鎧形成の能力については、“守護者”の使い魔に関して柳也が最も知りたいと思う事柄の一つだった。ここまでのところで何か質問は? と、視線で問うてくるマチルダにかぶりを振って応え、彼は先を促した。

「第一の特徴、鎧は“守護者”自身の記憶とイメージを基に作られる。鎧形成は、あらゆる創作活動に通じる二つのプロセスを経て行われる。すなわち、どんなものを作るかを考える第一段階と、実際に形にする第二段階だ。鎧形成の場合は、鎧の形状や性能をイメージするのが第一段階で、そのイメージを実際に形にするのが第二段階となる。先に、必ずしもプロテクターの形態を取るわけではない、と書いたのはこのためで、第一段階でイメージした鎧が普通の衣服であれば、出現する鎧は普通の衣服以上の物にはならない。

 鎧形成の能力でより重要度が高いのは、鎧の形状や性能を造り込む第一段階である。第一段階のイメージが正確かつ具体的であればあるほど、第二段階での鎧の再現率は高くなる。そしてこのイメージは、“守護者”自身の記憶によって形作られれる」

 『猿でもわかる使い魔入門』が、この後何を述べんとしているのか、なんとなく察せられた。最初にあった、“守護者”のルーンは高度な知性を持つ大型動物を使い魔としたときに発現することが多い、というあのくだりに関しての考察だろう。何かをイメージするには、記憶が必要。これは言い換えれば、記憶能力を持たない動物は“守護者”にはなれない、あるいは、なっても特殊能力が使えない、ということを意味している。

 生物の記憶を司るのは、大脳新皮質だ。大型動物云々というくだりはともかく、少なくとも『高度な知性』という箇所に関しては、脳の発達具合が影響しているのではないか、と柳也は考えた。

 続くマチルダの言葉は、彼の推測を裏付けるものだった。

「先に、高度な知性を持つ大型動物が“守護者”となりやすい、と書いた理由の一つが、このためと考えられる。何かを記憶したり、その記憶を基に何かをイメージする能力を持たない動物では、鎧形成の特殊能力を使いこなせない。知能の低い動物は、そもそも“守護者”になる資格がないのであろう」

 脳の機能にこそ触れなかったものの、ヘクトル・マクドナルドの見解はおおむね柳也と一致していた。あるいは、原文では脳のはたらきについても言及しているのかもしれない。

 マチルダは一旦言葉を区切ると、黙って柳也を見た。ここまでの段階で、何か不明な点はないか? という問いかけの視線。柳也は先ほどと同様かぶりを振って応じた。大丈夫。ここまでの話は大部分が既知の事柄だし、理解も追い付いている。使い魔の仕草を見て、マチルダは再び口を開いた。

「続いて第二の特徴……鎧は“守護者”自身の精神力を消費して形成される、という点について述べる。メイジが精神力を消費して魔法を発動するのと同様、使い魔もまた、特殊能力を使う際には精神力を消費する。“守護者”の場合は勿論、鎧形成の能力がそれにあたる。なお、鎧の姿や性能をイメージしただけでは精神力は消耗しない。イメージした鎧を実際に形にし、身に纏って初めて精神力は消費される。

 精神力の消費量は、どんな鎧を形成するかで決まる。鎧に求める性能が高度であればあるほど、形状が複雑であればあるほど、消費量は増大する。精神力が続くうちは何度でも鎧を形成出来るが、精神力が尽きると、いくら鎧の姿をイメージしても、形成はされない。また、精神力が尽きた段階で無理に鎧を形成しようとすれば、メイジが無理に魔法を使ったときと同じように気を失ってしまう」

 これまたほとんど既知の情報だった。過日の謁見待合室にて、タバサは、鎧の形成には体力を使う、と言っていた。一日に何度も能力を使うのは身体に悪い、とも。体力を精神力と言い換えただけで、第二の特徴についても、特に質問は思いつかなかった。

「最後に、第三の特徴について述べる。鎧を形成する際の精神力の消費量は、“慣れ”によって軽減することが出来る。料理や裁縫など、人間のあらゆる仕事は、“慣れ”によって効率化される。何度も同じ工程を繰り返すことでコツを覚え、少ない労力で成果を得られるようになっていく。鎧形成の能力もまた同じで、何度も同じイメージから鎧を形成すれば、精神力の消費量を減じることが出来る」

 これは初めて聞く話だった。とはいえ、先に分かりやすい例を出してくれたおかげで、理解は容易だった。

 気になるのは、精神力なんて目には見えないものの消費量が減ったどうかを、どうやってマクドナルド卿が確かめたのか、ということだが。その旨を問いかけると、意外な返答が戻ってきた。

「マクドナルド卿自身は確かめちゃいないよ。過去にね、“守護者”の使い魔を研究していたメイジが何人かいて、原文では彼らの論文や実験の内容が引用されているのさ」

「なるほど」

 頷きながら、柳也は改めて早くこの世界の文字の読み書きを習得せねば、との思いを強くした。

 『外国資料というもので他人の翻訳した資料は参考程度であり、翻訳者の能力以上は求められないことを知るべきである』とは、日露戦争で参謀本部の情報部長を務めた福島安正少将の言だが、柳也もまさしくその通りだ、と考えていた。もしかしたら、マチルダが要約には不要と見なした引用部分の中に、鎧形成の能力をもっと上手く使いこなすためのヒントがあったかもしれない。そうした可能性を考えると、やはり自分一人でも原文を読めるようにならないとな、と改めて強く思った。

 マチルダの要約は、いよいよ最終段階に入っていた。原文もまたそうした構成になっているのか、鎧形成の能力について述べた彼女は、最後に“守護者”という使い魔に対するマクドナルド卿の考察を口にした。

「鎧形成の能力は数多ある使い魔の特殊能力の中でも、守るということに特化した能力である。“守護者”の使い魔は自らの能力で生み出した鎧を身に纏い、その身を盾として主人を守る。この意味から、 “守護者”とは最も使い魔らしい能力を持った使い魔、と言えるだろう。

 始祖ブリミルにまつわる各種の伝説からも明らかなように、使い魔の最大の役目は、主人たるメイジを守ることにある。詠唱中のメイジは無防備かつ弱体な存在であり、これは偉大なるブリミルもまた変わらなかった。そこでブリミルは、詠唱中の自分を守るための存在を召喚した。これが、使い魔の歴史の始まりとされる。すなわち使い魔とは、その歴史の始まりからして、主人の守護を至上の命題として義務付けられた存在なのだ。この、主人を守る、という点において、鎧形成ほど適した特殊能力は他にはあるまい。

 このように防御に優れる“守護者”だが、一方で攻撃に関する特殊能力を持たないため、そちらは使い魔自身の能力に依存する。先に、大型動物が“守護者”となりやすい、と記したが、それはこれらの理由からと考えられる。自らを盾とする以上、その身は大きいに越したことはないし、一般に大型動物の方が攻撃力は高い。攻撃面の不足を補うために、大型動物が選ばれるのであろう」

 マチルダはそう言って要約を締めくくった。短い時間に何度も長文を口にして疲れたか、ふぅ、と溜め息が形の良い唇からこぼれる。柳也はねぎらいの言葉をかけつつ、たったいま得た情報の整理に努めた。

 ――マクドナルド卿の見解は興味深いが、俺の知りたかったことは、そこにはない。結局、新たに知ったのは、鎧形成の能力は慣れによってコスト・ダウンが可能、という一点のみ。

 とはいえ、柳也の表情に落胆の色はなかった。むしろいちばん大切なことを知れた、と彼は満足していた。

 精神力の消耗を抑える、“慣れ”という行為。これは長期戦を戦い抜く上で極めて重要な要素だ。

 先の密命騒動では連戦に次ぐ連戦を強いられた。戦力を小出しにすることでこちらの消耗を誘い、弱り切ったところを最大戦力で一気に攻める、という戦術展開を取られた。神剣士のことをよく知るワルド達が、今後また同じような作戦で攻めてくる可能性は高い。長期戦に備えた持久力を身に付けることは、重要な課題の一つだった。

 ――体力作りだけじゃない。鎧の姿をイメージすることにも慣れなければ!

 気張らないとな、と柳也は自らの頬を張った。

 剣の稽古に才人達の指導。魔法学院での仕事に読み書きの習得。元の世界へ帰還するための方法探しに、ここにきて鎧形成のイメージ・トレーニングが加わった。やるべきこと、やらねばならないことは、嫌になるほど多い。

 体の頑丈さが自慢の自分だが、これだけ忙しいと心の方が先にまいってしまいかねない。しかし、ここで心を折るわけにはいかなかった。自分を信じてくれるルイズ達のためにも。いまこの瞬間もファンタズマゴリアで戦っているであろう悠人達のためにも。そしてなにより、自分自身のためにも。

 ――気を抜くんじゃねえぞ、桜坂柳也!

 自らを叱咤し、気力を奮い立たせる。

 他方、本を閉じるマチルダは、そんな相棒の横顔に不安げな眼差しを注いでいた。「無理はするんじゃないよ」と、小さな声で呟く。

 破壊の杖事件のときといい、アルビオンのときといい、自分が使い魔にした男は、どうにも見ていて危なっかしい。仲間のために、自分のためにと口ずさみながら、平気で無茶をする。いとも容易く、命を捨てる覚悟が出来てしまう。そんな彼の生き方は、見ようによっては美しくもあり、たまらなく不快でもあった。心配するこちらの身にもなれ、と言ってやりたい。

 神剣士の聴覚が、小さな呟きを拾ったか、嬉しそうに微笑みながら柳也は、「ウレーシェ」と、応じた。

 異世界の言葉で、ありがとう、という意味の単語。

 マチルダは答えることなく、“フライ”の呪文を唱えた。

 彼女は図鑑を元の棚に戻すべく、宙へと身を投じた。

 

 

 夕刻。

 西日差し込むヴェストリ広場では、暴風と疾風が激突していた。

 正確さと荒々しさが同居する太刀行きが猛々しい暴風の名は桜坂柳也。

 文字通り風の速さと軽やかさで平原を縦横に駆け抜ける疾風の名は、平賀才人という。

 両者が執るのは互いが最も頼みにする相棒の刀剣。

 肥後の豪剣同田貫上野介二尺四寸七分と、第六位の永遠神剣〈悪食〉ことデルフリンガーだ。

 裂帛の気合いとともに白刃を打ち込み合う二人の眼差しはともに真剣だが、無論、本気の殺し合いではない。

 両者が真剣に打ち込んでいるのは、本身の刀剣を用いた立ち会い稽古だった。

 アルビオンから帰還して二日目の今日、柳也はヴェストリ広場に才人とギーシュの二人を呼び出すと、本日から稽古を再開する旨を伝えた。アンリエッタの密命を無事に終えてはや二日、心の方はともかく、少なくとも身体の方は長旅の疲れももう癒えただろうと判じての発言だった。

 稽古を始める前に、柳也は才人に、今回はいつもと違うことをしよう、と言った。

「才人君も神剣士になったことだし、今日はデルフの能力確認といこう」

 アルビオンでの戦闘の最中、ほとんど偶然に神剣士へと覚醒した才人の能力について、柳也はいまだよくは把握していなかった。あのときは自分もティラノサウルスと戦ったり、その後もウィリアムと戦ったりで、とてもでないがそんな余裕がなかった。今後の鍛錬の方針を決めていく上でも、戦力の確認は不可欠だった。

「孫子曰く、己を知り、敵を知れば百戦危うからずだ。哲学者のアランも、汝を知れ、と言っている。今日は己を知ることにしよう」

 そのための手段として、柳也は才人に立ち会い稽古を持ちかけた。

 実戦により近い状況の中で、新たに得た力をプルーフしてみよう、と。

「べ、べつに俺がパワーアップした才人君と戦ってみたかったら、とか、そういう理由じゃないんだからね! 神剣士同士久々のタイマンだ〜嬉しいな♪ とか、微塵も思ってないんだから。勘違いしないでよね!」

「そうなんですね、ミスター・リュウヤ」

 苦笑を浮かべながら、才人は柳也の申し出を受け入れた。

 かくして、ヴェストリ広場は二人の立ち会い稽古の場となった。

 剣の稽古場としてはあまりに広大な敷地。しかし、打ち合うのはともに超常の身体能力を持つ神剣士だ。まして才人が手にするのは風を操った加速魔法を得意とする永遠神剣。むしろ、ヴェストリ広場でさえ、二人の武舞台には狭いくらいだった。

 立ち会いに際して、両者は本身の剣を握り向かい合った。

 普通、立ち会い稽古には木刀か刃引き刀が用いられる。それでも致命打となりうる危険性から、よほどの実力者同士でかつ信頼関係がなければ決して行えぬスタイルの稽古だった。

 とはいえ、今回の立ち会い稽古の目的は、神剣士・平賀才人の戦力確認。それゆえに、用いるのは抜き身のデルフリンガーでなければ意味がなかった。

 また柳也も、破壊の杖事件のときのような不測の事態を憂慮すると、下手な得物で迎え撃つのは憚られた。戦いの只中にあって、最も頼みにすべき獲物が中途で折れてしまうなど、二度と御免だった。

 結果、今回の立ち会い稽古は両者とも本身の刀剣を握り行う形と相成った。

 しかしながら、二人の胸中には神剣同士をぶつけ合うことへの不安は皆無だった。

 柳也は自身の技量に信を置いていたし、また万が一手元が狂ったときには、相棒の永遠神剣達がなんとかしてくれるだろうと彼らのことを信頼していた。他方、才人もまた、自分が加減を間違えても師匠ならどんな打ち込みも受け止めてくれるだろう、と相手の腕を信頼していた。

「遠慮はいらん。いまのテメェの全力をぶつけてこい!」

「応ッ!」

 初太刀を誘う柳也の言葉に才人が威勢よく応え、真剣を用いての立ち会い稽古が始まった。

 二人の戦いは、神剣士としての経験に勝る柳也の優勢で進んでいった。

 ガンダールヴの特殊能力が才人に教えるのはあくまで武器の使い方。戦い方までは、左手のルーンは教えてくれない。そうなると、ファンタズマゴリアとハルケギニアの双方でいくつもの実戦を経験している柳也の方に分があった。

 とはいえ、両者の戦力差はそれほど大きく隔たっているわけではない、と柳也も、才人も感じていた。

 いまは試合巧者の柳也が優位に立っているが、才人にもまだ逆転のチャンスは十分あった。

「アクセル!」

 追い風の加速魔法を唱えて、相手の非利き手側へと回り込んだ才人は、踏み込みも鋭く、柳也の足を払い上げた。

 激しい抵抗感が、手の内を揺さぶる。

 電光石火の判断で展開されたオーラフォトン・シールドが、斬撃を阻んだ。

 反撃を恐れた才人は距離を置くべく地面を蹴った。いまだ加速魔法の効果を残す五体が、一間の距離を一蹴りで退く。

 危機一髪。

 回し斬りの残像が、飛び退く才人の網膜を焼いた。

 体ごと回転した柳也はそのまま前身、着地の瞬間を狙って、突きを繰り出した

 狙いは喉笛。

 闘牛の如き踏み込みが地面を、雷光の如き刺突が空気を絶叫させた。

「エアー・ジェット!」

 才人の口から、略式の呪文詠唱が迸った。

 エアー・ジェット。ワルドとの戦いでは一度だけ使った魔法だ。風メイジなどが使うエア・ハンマーと同様、圧縮した空気を瞬間的に噴射することで急加速を可能とする魔法だった。噴射点は才人の体の表面であればどこにでも自由に設定可能で、急接近や緊急離脱など、用途は幅広い。

 今回、才人は噴射点を左肩と左腰に設けた。

 着地の寸前に右方向へと推力をかけ、緊急回避を図る腹積もりだ。

 呪文詠唱をちゃんと行わなかったため、エアー・ジェットの出力は低い。しかし、摩擦による抵抗が地面と比べて低い空に身を置いていたことが幸いした。

 はたして、柳也の放った刺突は空を貫くだけに終始した。灼熱の精霊光を纏う刀身が大気を焦がし、小さな上昇気流を生む。

 大気の流れを感じながら、右に跳んだ才人は、着地と同時に前へと踏み込んだ。

 先ほどと同様柳也の非利き手側から、側面あるいは背後に回り込む作戦だ。どんな人間も側背からの攻めには弱い。正面からの斬り合いでは圧倒的に不利な自分だが、側背に回ればあるいは……アクセル、レジスト・ダウン、エアー・グリース。三つの加速魔法を重ねがけし、才人はデルフリンガーを地擦りに構えて疾駆した。

 しかし、そんな彼の企みを、柳也はあらかじめ読んでいた。

 突きの一打を放つとほぼ同時に、柳也は同田貫の柄尻から左手を離した。

 いったいいつの間に用意したのか、掌にはアイスブラスターの光球が握られている。光球は、呪文詠唱を省略していたにも拘らず、柳也の出しうる最大出力の凍気を孕んでいた。刺突を放つずっと以前から、密かにマナを操っていた証左だった。

「アイスブラスター!」

 柳也の掌から、極寒のブリザードビームが放たれた。

 ビームを発射しながら、柳也は左腕を正面から左へ鞭のように振り抜いた。空中に、のびやかな円弧が描かれる。

 空色の光線が、夕焼けに燃える大地を切り裂いた。

 地面をのたうつ凍気の奔流が、才人の足下を薙いだ。

「相棒!」

「っ……!」

 零下一五〇度の冷凍光線が才人の左足を捉え、瞬時に凍結させた。次いで右足が、瞬間氷結の餌食となる。

 突然、両足の運動機能を奪われた才人は大きくバランスを崩した。

 下肢の動きが停止したにも拘らず、上体は疾走の勢いをそのまま保っていたために、頭から地面へと突っ込んでしまう。

 咄嗟に両腕を前へと突き出し受け身を取るも、転倒は避けられなかった。

 才人の神剣〈悪食〉は、剣身に触れた魔法を吸収し、マナへと換えて自らの糧にする、という厄介な特性を持っている。狙うならば足下だ。柳也の作戦勝ちだった。

 追撃を恐れた才人は、凍りついた両足を叱咤して必死に立ち上がろうとした。

 しかし、その努力は報われない。

 直後、四つん這いの才人の眉間に、肥後の豪剣のかます切っ先が突きつけられた。

 見上げると、そこには不敵な微笑を浮かべる柳也の顔があった。

 才人は一瞬、何か言いたげな顔をして、しかしすぐに、諦めの溜め息をついた。

「……参りました」

 悔しげな呟きが、少年の唇からこぼれた。

 

 

 立ち会い稽古を終えた二人は、一旦、ギーシュの待つテントへ戻ることにした。

 先の一戦の反省会と、才人の足の治療のためだ。試合が終わってすぐ、柳也はオーラフォトン・ヒールを唱え、氷結部分に応急処置を施した。とはいえ、もともとオーラフォトン・ヒールの回復魔法としての性能は低い。より適切な処置をしてやるべく、柳也は才人に肩を貸しながらテントへと戻った。

 テントではギーシュが桶に水を溜めて待っていた。水系統のドット・スペルを唱えて用意した水だ。椅子に座った才人は桶の中に両足を突っ込むと、ゆっくりとさすって患部を摩擦した。

 柳也とギーシュもテントの中から椅子を取り出しそれぞれ腰を下ろす。

 柳也が再びオーラフォトン・ヒールを唱え、才人の回復力を高めた。

「収穫はどうでした?」

 今度は火系統の魔法で桶の水の温度をゆっくり上げながら、ギーシュが訊ねた。先の立ち会い稽古を指していることは、すぐに分かった。柳也はニヤリと笑って、

「上々だ」

と、応じた。先の一戦のいちばんの目的は、才人が新たに得た戦力の確認だ。

「風の加速魔法とやらがどんなものか、よく分かった。デルフの神剣としての特性もな。いや、実に有意義な時間だったよ」

 そう言って、柳也は心地の良い疲労感の中で楽しげに微笑む。

 収穫した果実は、才人の戦力確認ばかりではない。久しぶりに腹の底から楽しめる一戦に、柳也はたいへん満足していた。

「色々な考え方があるが、特殊能力を別とすれば、永遠神剣の武器としての性能は大まかに三要素ある。攻撃力、防御力、機動力の三つ。これらの要素は、相互に密接に関係している」

 柳也は弟子の二人に指を折って説明した。

「このうちデルフは、機動力に優れる一方で、攻撃力と防御力はあまり高くない。特に防御面は紙同然。基本的には、才人君のディフェンス・テクニック頼りといった具合だ。……デルフ、さっきの稽古で、お前達は一度も防御魔法を使わなかったな? あれは、使わなかったんじゃなく、使えなかったんじゃないのか?」

 柳也は先の立ち会い稽古での才人の動きを思い出しながら訊ねた。先の一戦で、才人はこちらの攻撃を剣で防いだり避けたりはしても、シールドやバリアを展開して受け止めるような防御行動は一度も取らなかった。

 はたして、二人にも声が聞こえるよう抜き身のままで才人のかたわらに置かれたデルフの返答は、柳也の推測が正しかったことを証明した。

「ああ。褌の言う通りで、防御は苦手分野なんだよ。一応、簡単なシールドぐらいは張れるが……相棒」

「ああ」

 デルフに呼ばれて、才人は桶から右手を抜くと、人差し指を中心にシールドを展開した。直径が五センチにも満たない、円形の盾だ。薄い皮膜のような見た目で、厚みはほとんどない。出力を抑えているのかと柳也は思ったが、違った。

「これが精一杯ですよ。防御範囲も、厚みも、強度もね。ギーシュ、その体勢のまま、ちょっと思いっきりこのシールド叩いてみろよ」

 言われて、ギーシュは才人の展開するシールドを殴った。大振りだが、体重の載っていない一撃。座ったままの状態からの一発だから無理もない。

 しかし、そんな中途半端な威力のストレートだったにも拘らず、才人のシールドはあっさり割れてしまった。これには、ギーシュの方がびっくりしてしまう。

「脆いな。正直、いまの一発はそんなに強力だったとは思えないんだが」

「そう。防御出来る範囲が狭い上に、脆い。勿論、これからもっとマナを得て、俺が成長すれば強化出来るだろうけど、いまの時点じゃこれが精一杯だ。……言っちゃあ悪いが、ただの人間のギーシュのパンチであっさり割れるようなシールドだぜ? こんな薄っぺらい防御に頼るくらいなら、剣で受け止めたり、避ける方がずっとマシだろ?」

「だな。才人君の場合、防御魔法は最初からないものと考えて、攻撃をもらわないような立ち回りを心掛けた方がずっと建設的だろう」

 幸いにして、才人にはそれを可能とする“足”がある。もともとガンダールヴの能力が発動したときの才人の身のこなしは、風のように軽やかだった。神剣士として覚醒してからは身体強化の恩恵によってますます敏捷さに磨きがかかり、そこに風の加速魔法が加わって、正面切っての戦いでは、柳也でさえ手の付けられないことになっている。だからこそ、先の立ち会い稽古で彼は、まず才人の足を潰して機動力を奪うことを考えた。

「あとは、攻撃は最大の防御と考えて、とにかく攻めまくって相手に反撃のチャンスを与えない、とかな」

「いちばん理想的なのはファースト・ストライクで決めることですよね」

 柳也の言葉に、ギーシュが続く。弟子の発言に、しかし彼はかぶりを振って、

「いいや、いちばんの理想は、剣を抜かずに事を終えることだよ。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。どんな理由であれ、干戈交えにゃ収まりがつかん状態っていうのは、その時点で最善からははずれている」

 柳也は『孫子』の謀攻編にある一節を引用して言った。

「とはいえ、ギーシュ君の言うことはもっともだ。ファースト・ストライク一撃で決められれば、それは最良の次善策だわな」

「でも、そのための攻撃力が俺には不足している」

「いや、そんなことはないだろう?」

 才人の呟きに、ギーシュがかぶりを振った。

 意外な人物からの意外な言葉に、才人は目を丸くする。

「ミスター・リュウヤも言っただろう? デルフリンガーの最も優れている性能は機動性、さらに三要素は相互に密接に関係している、と。二人の戦いを横で眺めていたが、才人のスピードは相当なものだった。神剣士じゃない僕には、何度もきみが消えてしまったように見えたよ。このスピードは、攻撃にも活かせるはずだ。

 まず単純に、速度の載った攻撃はそれだけで強力だ。さらに素速いということは、それだけ手数を増やせるということを意味している。さらにフットワークが軽ければ、自分の優位な位置に移動しやすくなる。実際、さっきの試合でも、才人はそう思ったから、執拗にミスター・柳也の側背に回り込もうとしたんだろう?」

「あ、ああ。技量じゃどう見ても俺の方が不利だからな。少しでも有利な状況に持ち込めるように、って……まぁ、結局やられちまったけど」

「自分の最大の武器を活かすべくあれこれ知恵を巡らせる。……戦術の基本だな」

 ギーシュが呟き、隣で柳也も頷いた。凶悪な面魂に浮かぶ満足げな表情は、ギーシュの成長を喜んでいるがゆえだ。

 ――先の一戦を見ただけで、もうこれだけの考えが浮かんだか!

 ラ・ロシェールで別れた後のギーシュ達の戦いぶりは、本人らの口から聞いていた。神剣の力によって少なからず強化されていた二体の魔物に対し、ギーシュが下した決断と戦術を聞かされたときも、柳也は弟子の成長をひしひしと感じた。それに加えて、いまのギーシュの考察だ。

 ――やはりギーシュ・ド・グラモンには将としての才能がある。それも万余の兵を率いる器の持ち主だ。

 近しい人間で、これほど将としての才能の片鱗を感じ取ったのは二人目だ。叶うならば、いつか将軍となったギーシュが率いる軍と戦ってみたいものだが。

 ギーシュの言葉は、さらに続いた。

「あと、あの風の魔法も、使い方次第では強力な武器になると思うな。たとえばあのエアー・ジェットという魔法だが」

「ふんふん」

「あの魔法の最大のウリは急加速だろう? だったら斬撃を放っている最中に発動すれば……」

「ああ! 剣速がいきなり上がるわけだから……」

「そう。いきなり時間間隔が狂わされて、普通の人間じゃまず対処出来ない。たぶんだけど、神剣士の超感覚だって難しいんじゃないかな? ……そのあたり、どうなんです、ミスター・リュウヤ?」

「ううん、そうだな……」

 ギーシュに話を振られて、柳也はしばし考え込んだ。

「……ワルドと戦っていたときのスピードを出されたら、難しいかもしれないな」

「あのときですか」

 柳也の言葉に、才人はしみじみ頷いた。

 たしかに、あのときの自分は速かった。ワルドの裏切りに対しての怒れる心がガンダールヴの力を引き出し、転じて神剣の能力を最大限に引き出させた。おそらくこれまでの人生で、いちばんの怒りに身を焦がした時間だったと思う。

「あの後、ウィリアムには見切られてしまっていたが、あいつは第五位の神剣士だからな。第六位以下の相手なら、よっぽどの敵でない限り、対応は難しいだろう。ましてや、あのレベルのスピードをいきなり出されたら……初見の相手なら、ほぼ確実に仕留められるだろう」

「そんなに速かったんですか?」

 ワルドとの戦闘も、ウィリアムとの戦いも見ていないギーシュが訊ねた。

「ああ、速かった。音速……って言っても分からないか。ええと……だいたい三四〇メイルの距離を一秒で駆け抜ける速さ、と言えば、想像つくかい?」

「……マジですか?」

「マジ」

「そんな、タバサのシルフィードよりも速いじゃないですか!」

「いや、短時間ではあったけどな。それぐらい、出ていたぞ」

「まぁ、あのときは怒りでガンダールヴの能力全開だったからな。いまの落ち着いた気分じゃ、出そうと思っても出せねえよ」

「兵器として考えた場合、これほどあてにならない戦力もない」

 柳也の言葉に、才人も苦笑しながら頷いた。一定の条件が揃わなければ本領を発揮出来ないなど、兵器としては二流品だ。兵器というものは、過酷な環境、条件下にあっても、ある程度安定した性能を出せなければ。

「……ガンダールヴの能力は、感情の高まりによって引き出されるんだったよな?」

 ギーシュがかたわらのデルフリンガーに訊ねた。

 デルフが「ああ、そうだぜ」と、震えるのを見て、今度は才人を見た。

「そのときの状況を思い出してみたらどうだ?」

「あ?」

「いや、そのときの状況を思い出して少しでも怒りが湧けば、その超スピードも出しやすくなるんじゃないかな、と思って」

「……一理あるな」

 ギーシュの言葉に、柳也が感慨深げに呟いた。

 感情のコントロール。戦士の必須スキルだが、ガンダールヴたる才人の場合、感情を自在に操れるようになればそれは大きな武器となる。

「あのときに限らず、例えば自分の親しい人が、ワルドに殺されるところなんかを想像すれば……」

「……怒り、湧きますかね?」

「試すだけ試してみようぜ? ちょっと剣、持ってみ」

 才人は訝しげな表情のまま、抜き身のデルフリンガーを手に取った。柄を握った瞬間、左手のルーンが、淡い光を発する。ガンダールヴの能力が発動したサインだ。

 才人は瞑目し、精神を集中させた。頭の中に、自分の大切な人達の顔を思い浮かべる。ついで、彼らがワルドの手によって無残に殺されるところを想像した。

「……ッ!」

 才人の表情が強張った。頬が怒りで紅潮し、それに伴ってルーンの発光が強まっていく。

「お、いい感じじゃないか」

 ルーンの発光具合を見、さらには才人の体から発せられる剣呑なマナの波動を感じ取って柳也が呟いた。

 このままどんどんパワーが上がっていくかと思いきや……、

「……ルーン、これ以上強く光りませんね」

 柳也と違って神剣の気配を感じ取れないギーシュが、左手のルーンを注視して言った。

 彼の言う通り、途中までは順調に輝きを増していったルーンだったが、あるときを境に、ぱたり、と光量の増大が止まってしまった。時同じくして、マナの方の増大も止まる。あのニューカッスル城でワルドと戦っていたときに才人から感じられたパワーの、七割ほどの出力だった。

「怒りが足りないのかなぁ」

 柳也がそうぼやいた。

 目を開いた才人も、

「たぶん、俺の想像力不足ですね。色んな人の殺される光景を思い浮かべましたけど、なんていうか、どれもリアルに感じられないんです」

「怒りは感じるが、あのときほどじゃない?」

「はい」

「そうか……じゃあ、ひとつ、これを想像してみてくれないか? たぶん、これだったすごいリアルに・・…ある意味、現実以上の精度で想像出来ると思うんだが」

 柳也はそう言って、暗い面持ちの才人にそっと耳打ちした。なぜ、内緒話にする必要があるのだろう、とギーシュが小首を傾げる。

 柳也の提案を受けた才人は頷くと、また瞑目した。

 先ほどと同様、顔面の筋肉が怒りで緊張を始め、顔が真っ赤になる。唇が、わなわな、と震え出した。

「………………ことか」

「え?」

「ク〇リンのことかーーーーーー!!!?」

 突如、絶叫が才人の口から迸った。

 瞬間、左手のルーンがかつてない輝きを発し、才人から感じられるマナが爆発的に増大した。

 黄金色の精霊光が才人の体を包み込み、両足を浸していた桶の水が瞬時に蒸発する。怒髪は天を衝き、莫大なエネルギーの余波で、周囲の空間ではアーク放電が繚乱した。たまらず、ギーシュは才人から距離を取る。

「あ、相棒!? こ、こりゃあすげェパワーだ!」

 デルフが才人の手の内で叫んだ。

 かたわらで柳也は、「やはり鳥山先生は偉大だ」と、しみじみ頷いた。

 いまの才人からは、ニューカッスル城でワルドと戦っていたときの、五〇倍近いマナが感じられた。

 柳也の中の、戦好きの獣が歓呼の叫びをあげる。

「よっしゃ、もう一度対戦だ!」

 同田貫を手に、柳也は嬉々として立ちあがった。

 

 

 

 そして、

「貴様は俺に、殺されるべきなんだ――――――!!」

「バカヤロ―――――――!!!」

「ウボアー!!?」

 ちゅどーん。

 スーパーガンダールヴ人へと進化した才人は、べらぼうに強かった。

 

 

「インタビュー?」

 分厚いガス星雲の中にひっそりと浮かぶ超重力の惑星ベゴヴェ。

 黒々としたダイヤ型大陸の沿岸部にある第九師団の師団長室で、師団長・〈戦陣〉のエイジャックは怪訝な声を発した。

 巨人族の彼が見下ろす先では、黒色の液体で体を作った異形のヒトガタが、人間でいう首にあたる部位を縦に振っている。〈悲嘆〉のゲゲル。アメーバ生命体を起源とする異形の神剣士は、差し入れのコーヒーから作ったボディで首肯してみせた。エイジャックの体格に合わせて作られた巨大な事務机の上で、休め、の姿勢を取る。

「はい。師団長閣下には釈迦に説法と存じておりますが、百聞は一見にしかず、百見は一触にしかず、が情報戦の鉄則です。しかしながら今回、私は調査対象の桜坂柳也なる男と接触を持てぬまま、地球行きを命じられました。私自身は一触どころか、一見すらしていないわけです。そんな私が一人でこそこそ動き回ったところで、大した情報は得られない。そこで、そこで件の調査対象者の知己の者何名かに、その為人をインタビューすることにしました」

 異世界の地にて〈金剛〉のウィリアムの前に立ちはだかった、桜坂柳也なる神剣士。彼の身辺調査のために地球へと向かったゲゲルは、早速、日本へと進路を取った。ミカゲの軍に籍を置く数少ない地球出者達から、名前の発音から判ずるにおそらく日本人だろう、と事前にアドバイスを受けていたためだ。

 日本へ向かったゲゲルは、かの国に健康保険や年金制度といったシステムがあることを知ると、それらの事業を管掌する社会保険庁に潜入した。肉体の九九パーセント以上が水分というアメーバ生命体の身体的特性を活かして水道管から庁舎内に忍び込んだ彼は、何重ものセキュリティをかいくぐってデータの吸い上げに成功。国内に桜坂柳也の名を持つ人間が八人いることをつきとめた。その後ゲゲルは、いまや日本中に張り巡らされた水道網を伝って調査対象の男を探した。やがてそれらしい人物が暮らしていた街を発見した彼は、特に親しい付き合いがあったと思しき何人かをピックアップすると、件のインタビュー作戦の準備に取り掛かった。

「調査対象の桜坂柳也という男は、学校なる教育機関で教えを受ける立場にあるようでした。そこでまず、彼の学友の自宅に侵入、ついで体内に寄生し、肉体を乗っ取りました」

 ゲゲルが他天体での任務を命じられたときによく使う常套手段だった。水道管から家屋に潜入し、飲料水にまぎれて体内に侵入。今度は血液にまぎれて脳へと侵入を果たし、その機能を奪う。かくして、現地人の肉体を得たゲゲルは、誰にも怪しまれることなく、インタビュー作戦を開始した。

「その成果が、こちらです」

 ゲゲルの手の中に、まるで魔法のように金属製の正六面体が出現した。ルービックキューブのようなデザインをしているが、エイジャックはそれが、地球でいう蛇遣い座の側にあるとある惑星で普及しているタイプのボイスレコーダーと知っていた。それぞれの面が集音マイク、スピーカーといった機能を果たしており、ゲゲルの液体の指がキューブの一面を軽く叩くと、巨人の耳膜を、鮮明な声が叩いた。

 エイジャックは静かに、キューブ体から聞こえてくる声に耳を傾けた。

 

  ◇

 

証言者:戸田勝平(桜坂柳也の中学時代のクラスメイト)

 

 桜坂のことを聞きたいって? べつにいいぜ?

 あいつの性格を一言で言い表すとしたら……そうだな。変態、って言葉がいちばんしっくりくるだろうなぁ。桜坂とは小学校からの付き合いなんだけど、あいつ、小三のときにはもう、熟女がどうこう、パンストがどうこう言っていたから……。性への目覚めは、アホみたいに早かったな。しかも、そういうスケベな面をまったく隠そうとしないから、同級生の女子からは、よく白い目で見られてたっけなぁ……(苦笑)。

 あ、でも、人気者ではあったな。根が親分肌で面倒見の良い奴だったからよ、男子からも女子からも人気はあった。

 中一のときによ、同じクラスに、勉強の苦手な奴がいたんだ。そいつ、テストじゃいつも赤点ばっかで、特に数学のテストは五点とか六点とか、そりゃあ酷いモンだった。勿論、百点満点の試験だぜ? 先生も最初のうちは補習をやったり、プリント作ったりしたんだけど、いくら教えても身に着かなかった。そのうち、先生も匙を投げちまったんだが、桜坂だけは、根気よくそいつに勉強を教えてやってた。放課後、自分の時間を潰してまで、だ。教師でもないのに、なんでそこまでしてやるのか、って一度訊いたことがあるんだけど、あいつ、そのときなんて答えたと思う? 『俺は勝平のことが好きだから、お前には進級してもらわないと困るんだ』だってよ?

 ……お察しの通り、そいつ、は俺だよ。あんときは嬉しかったなぁ。先生さえ俺を見捨てたのに、あいつはそれからもずっと俺の面倒見てくれた。おかげで、俺の成績は上がったよ。まぁ、漫画みたいにいきなり一〇〇点は取れなかったけど。苦手だった数学も、なんとか四〇点は取れるようになった。俺がいまの高校通えてるのも、あいつのおかげだよ。

 そんな奴だから、みんなあいつを頼りにしてたし、みんなあいつのことが好きだった。バレンタインのときなんかは凄かったぜ? 隣のクラスの女子までチョコを持ってきてた。正直、羨ましかったな。

 あ、でも、彼女らしい彼女は作らなかったな。結構、告白されたって話を聞いたし、実際に何人かとは付き合ったみたいだけど、どれも長続きしなかったらしい。一部の女子は、『桜坂君は実は秋月君と付き合っていて、あの交際はカモフラージュのためよ』とか言ってたけど、まぁ、それは冗談として、実際、俺も疑問には思ったね。桜坂ってすげー女好きなんだけど、そのあいつがなんで? ってよ。

 

 

証言者:井上恵子(桜坂柳也の現在のクラスメイト)

 

 桜坂君? ええ、べつにいいわよ。それで、何を聞きたいの?

 彼の人格……ね。そうね、一言で言えば、変態、かしら? ……あ、言っておくけど、性的な意味でじゃないわよ? たしかに、普段から熟女がどうの、二ーソックスがどうのって言ってるぐらいだから、そっちの意味でも危ないとは思うけど……。

 私が彼を変態と評するのは、彼が秋月君の友達だからよ。

 秋月君の人間嫌いと偏屈な性格は有名だからね。この学園に入ったばかりの頃、わたしの友達が秋月君達を昼食に誘ったことがあるんだけど、そのときは物凄く嫌そうな顔をされた上に、『なんで僕がお前程度の女と?』とか、『時間の無駄だ』とか、『これから食事だというのに不愉快にさせるな』とか言われたそうよ。そんな秋月君と友達付き合いできてる時点で、普通じゃないわよ、彼。

 あと、これも秋月君絡みだけどね。桜坂君はよく、『瞬は天才だ』って言っているけれど、わたしからすれば彼も十分異常な才人よ。たしかに秋月君は学年首席だし、全国模試でも常に首位をキープしているような怪物だけど、そう言う桜坂君も、学年ベスト一〇の成績だし、模試の順位だっていつも上位一〇〇番に入っている。あの神童・秋月瞬に、努力だけで伍しているんだから異常よ。

 得意な教科? ……そうねぇ、なかったと思うわ。たしかどのテストでも、満点を取ったことは一度もなかったはずだから。ずば抜けて得意な教科はなかったけど、苦手な教科もなかったはずよ。強いて言えば、理数系が強かったかしらね? あと、得意教科とは違うけど、絵は上手かったわね。選択では美術を取っていたわ。本人は歌が好きだから音楽を希望していたみたいだけど、周りに反対されて渋々美術に変えたそうよ。

 彼の歌? ……サアワタシハキイタコトナイカラヨクワカラナイナー(彼の歌について訊ねた途端、急に片言になり、震え出したためインタビュー終了)。

 

 

証言者:陣内和樹(桜坂柳也のサバゲー仲間)

 

 伍長(サバイバルゲームプレイ中の柳也の仇名)でありますか? まぁ、率直に申し上げて、変態ではないかと思います。

 ことわっておきますと、性的な意味ではありませんよ? たしかに、普段から熟女がどうの、トイレ清掃のおばちゃんの格好に萌えるだのといった言動が目立つことから、性欲旺盛かつ変態嗜好の強い人間だとは思いますが……。

 伍長と初めて会ったのは、彼が中学二年のときでした。当時の自分は大学二年で、学友達とサバゲー同好会というサークルをやっていました。その日、我々のチームは伍長のチームと戦い、完膚なきまでに叩きのめされてしまったのであります。

 あれこそファイア&ムーブメントのお手本のような戦術展開でした。試合後に、作戦を立てたのが中学生の伍長だと知って、ずいぶん驚いた覚えがあります。それからですね。伍長との付き合いが始まったのは。何度も戦いましたし、ときには味方として肩を並べて戦ったこともあります。色々勉強させてもらいましたよ、彼からは。

 サバゲーとはいえ、伍長の戦いに関する才能は変態的だと思います。戦機の到来を見逃さない目。刻々と変化する状況への対応力。冷静な判断力と、それを活かす大胆な決断力。常人離れした行動力……。伍長本人は、『自分は過去の戦例から状況に応じて適切な戦術案を引っ張ってきているだけ。すごいのは俺じゃなくて、過去の勇者達』などとおっしゃっていますが、自分はそんな伍長も十分すごいと思います。伍長の、引き出しから必要なときに適切な事例を引っ張り出す能力は、まぎれもなく変態的な才能だと思います。

 

 

証言者:夏小鳥(桜坂柳也の幼馴染の友人)

 

 桜坂先輩ですか? そうですねぇ……ぶっちゃけ変態じゃないかと思いますね! 普段から熟女がどうこう、ミニスカートがどうこう、言っていますし…………え? 熟女はもういい? それじゃあ何を聞きたいんです? 性的嗜好以外でどんな人間か? これまたすごくアバウトな質問がきましたねー。まあ、いいですけど。

 そうですねぇ……やっぱり、変態でしょうか? あ、勿論、性的な意味以外の部分で、ですよ?

 桜坂先輩って、基本優しくて、頭もキレるし運動神経も抜群。おまけにああいう親分肌な人ですからすごく頼りになるんですけど……正直、わたしは、あんまり先輩に頼るようなことをしたくないんです。

 桜坂先輩って、自分を犠牲にすることをまったく躊躇わない人なんです。いつだって自分は後回し。一度好きになったら、その人のために自分の何もかもを捧げてしまう人なんです。

 もう結構前の話なんですけどね。先輩の中学校の頃の友達の女の子が、その……男の人に酷い目に遭わされたそうなんです。でも、その男の人っていうのが暴力団の関係者で、仕返しが怖くて警察にはなかなか言えなかったそうです。そうやって悩んでいるうちに妊娠していることが分かって、そのことに先輩も気づいちゃったんです。事情を知った先輩はすごく怒って、その男の人を殴りにいきました。

 この話を聞いたとき、わたしは桜坂先輩のことを、怖い、って思いました。

 普通、出来ませんよね? 相手の後ろには暴力団がいて、もしかしたら報復されてしまうかもしれない。怒りを覚えることはあっても、行動までは起こせないはずです。誰だって自分の身がいちばん可愛いはずですから。……でも、桜坂先輩にはそれが出来た。出来てしまった。自分がこの先どうなっても構わない。これで友達の気持ちが少しでも晴れるのなら。そうやって、自分を犠牲にして、自分を奮い立たせてしまった。

 そういう生き方って、すごいでとは思いますけど、自然じゃないですよね? 人間もそうですけど、動物って、普通、自分が最優先じゃないですか? でも、桜坂先輩はそうじゃない。桜坂先輩にとっては、他人が優先で、自分は後回し。友達の女の子のためなら、自分のこの先の人生をあっさり捨ててしまう。捨てる覚悟が決められてしまう。先輩の自己犠牲の精神は、はっきり言って異常です。

 もしかしたら、生い立ちがそうさせるのかもしれませんね。先輩はご両親を早くに亡くされていて、そのせいか、すっごく孤独を恐れるんですよ。決して一人になりたくないから。一人ぼっちが嫌だから。一人になるくらいなら、死んだ方がマシ。そう考えているから、自分を犠牲に出来るのかもしれません。

 すごく怖いですよ。先輩のあり方は。先輩自身はそれでもいいのかもしれません。でも、先輩のことが好きな人からしたら、すごく怖いです。いつか消えてしまうんじゃないか。誰かのために、自分の何もかもを犠牲にして、どこかへ消えてしまうんじゃないか、ってすごく怖いです。

 わたしは、先輩のことが好きです。恋愛感情じゃないですけど、桜坂柳也って友達のことが大好きです。先輩とは対等な関係でいたいし、わたしのことで、先輩に自分を犠牲にしてほしくありません。

 だからわたしは、安易に先輩に頼りたくないんです。

 ……暴力団からの報復はあったのかって? なかったですよ。桜坂先輩も首を傾げてましたけど、たぶん、秋月先輩が何とかしたんでしょうね〜。

 

 

証言者:風見達人(桜坂柳也の二つ年下の弟分)

 

 兄さんのことですか? そうですね……ううん……やっぱり、変態、かな? うん。この言葉がいちばんしっくりくるや。

 ……ああ! 変態って言っても、性的な方面でのことじゃないから、勘違いしないでくださいね? そりゃあ、兄さんは普段から熟女がどうこう、ふとももがどうこう口にしてる人ですから、そっち方面でも変態嗜好だとは思いますけど。

 僕が兄さんのことで変態的だと思うのは、行動力ですよ。

 僕と兄さんはしらかば学園っていう養護施設の出身なんです。養護ってところには色んな事情を抱えた子がいますけど、僕と兄さんの場合は、交通事故で親を失ったんです。境遇が似ていたからでしょうね。兄さんは、学園に来たばかりの僕の面倒をよく見てくれました。僕もそんな兄さんを慕って、よく後ろにくっついてましたよ。

 兄さんに限らずですけど、僕ら孤児っていうのは、大抵、普通の子よりも行動力旺盛に育つものなんです。孤児だから、っていう言い方はあまり好きじゃないんですけど、やっぱり親がいないとハングリーになるんですよね。たとえば、欲しいお菓子があったりするでしょう? 普通の子どもなら親にねだって買ってもらうんでしょうけど、僕らの場合、ねだる親がいないわけですから。何か欲しいものがあったら、自分でどうにかするしかない。そうやって毎日過ごしていると、自然と行動力っていうのは育つんです。

 そんな僕達の中でも、兄さんの行動力は常に抜きん出ていました。たとえば、毎年、近くの川辺で花火大会が開かれるんですけど、僕が小五のとき、雨で中止になったことがあったんです。僕達も楽しみにしていたイベントだったから、学園のみんなががっかりして……。そんなとき、兄さんは「じゃあ、俺達で花火大会をやろうよ」って、言ったんです。てっきり、市販の花火を買ってやるものだと思ってたら、なんと兄さん、翌日には近く花火職人さんのところに弟子入りしちゃったんですよ。仕事を手伝う代わりに、何発か打ち上げ花火を作ってくれ、ってお願いしたそうです。結局、法律の問題とか色々あって、打ち上げてもらったのは小さめのを六発だけでしたけど、綺麗だったなぁ、あれは……。うん。綺麗だったし、嬉しくて、誇らしかった。兄さんが僕達のために頑張ってくれたことが嬉しくて。こんなにすごい人が僕達の兄貴分なんだ、って思ったら、すごく誇らしくてねぇ……。

 あ、でも、兄さんの行動力がいちばん発揮されるのは、秋月先輩や高嶺さんが絡んだときでしょうね。言い方は悪いですけど、あの二人のためなら兄さんはキ〇ガイになりますから。

 

 

証言者:柊慎二(桜坂柳也の育ったしらかば学園の責任者)

 

 柳也君かい? そうだなぁ……やっぱり、一言で言えば、変態、となるだろうね。彼の父の雪彦さんも、色々な意味で変態的だったけど、蛙の子は蛙、ということだろうね。彼もまた、色々な意味で変態だよ。……うん? どうせ熟女だろうって? いやまぁ、たしかに彼は女好きで、中でも特に熟女に対して異様な執着を持っているけど……。

 変態という言葉の意味は、普通じゃない、異常、ということだけど、そういう観点からすると、彼は紛れもなく変態だよ。生徒を異常者扱いするのは気が引けるけど、そうとしか形容出来ない部分が、彼にはいくつもある。その中でも、僕が特に異常だと……いや、危険と思うのは、彼の攻撃性だね。

 いまはそうでもないんだけれど、ご両親を失ったばかりの頃の柳也君は、手の付けられないような乱暴者だった。不信感の塊で、事あるごとに他者に噛みつき、問題の解決にはいつも暴力を用いた。年のわりには体が大きかったからね。彼が本気で暴れ出すと、職員の先生や、年長の子も迂闊に手出し出来ないほどだったよ。

 その後、秋月君や高嶺さん達と知り合って、彼の気性はだいぶ穏やかになった。でも、幼い頃に芽生えた攻撃性というのは、なかなか消えるものじゃない。

 僕の知る限り、いまの柳也君は、普段は温厚で、特に暴力的だったり、喧嘩っ早いということもない。むしろ他者との摩擦はなるべくなら避けたいと考えているような、そんな人物だよ。癇癪を起して暴れるなんてことは絶対にしない。自身の攻撃性を、理性で上手く制御している。でも、そういう人物だからこそ、一度理性のタガがはずれたり、理性が暴力の有用性を認めたときには、物凄い攻撃性を発揮してしまう。幼い頃に芽生えた攻撃性が、爆発する。

 二年くらい前のことだけどね。彼のクラスメイトの女の子が、街のチンピラに暴行を受けた事件があったんだ。事情を知った柳也君はそのチンピラを手酷く痛めつけたんだけど、そのときの彼は凄かったよ。頑丈さに定評のあるクラウンを大破させて中からチンピラを引きずり出すと、両足の骨を砕いた上で執拗に相手を殴り続けた。そのとき、彼は笑っていたらしい。僕は後からそのことを知ったんだけど、人伝に聞いたときでさえぞっとしたね。柳也君の心には、まだあの頃の鬼が住んでることを、再確認したよ。

 柳也君はね、暴力を振るう人間は最低な奴だ、って重々認めた上で、暴力を振るうことになんら躊躇いを感じないんだ。それどころか、暴力を振るうことを楽しんでさえいる。相手を力で屈服させることに快感を感じ、そのことを自覚している。そんな自分を最低な人間だって認めた上で、相手を攻撃するんだよ。後ろめたさをまったく感じていないから、彼の攻撃行動には容赦がない。状況さえ許せば、どこまでだって突き進んでしまう。言うなれば限度知らずの攻撃性・闘争本能だよ。

 正直言うとね、僕は彼のそういう部分を恐いと思っているんだ。

 人間はなぜ他者を攻撃するのか? って疑問は昔から研究されて、いまは三つの説が有力視されているけれど、その一つに、“内的衝動説”というのがある。分かりやすく言うと、人間は外部からの刺激などとは関係なしに、攻撃的な欲望が自然に湧いてくる、という考え方だ。この理論の代表者の一人が、あの有名なフロイドだよ。彼は、攻撃性とは“死の本能”という、人間の持つ根源的な衝動から派生したもの、と考えた。死の本能というのは、生命体をその発生以前の状態に戻そうとする自己破壊衝動の特徴を持っていて、この破壊衝動が自己へと向かわないように、人間は絶えず外部に向けて発散というのが、フロイドの主張だ。

 人間の攻撃性がフロイドの主張するように死の本能に根ざすものだとしたら、柳也君の強すぎる攻撃性は、いつか彼自身をも傷つけることになるんじゃないか……そう思うと、たまらなく怖くなるよ。

 

 

「以上が、桜坂柳也なる人間についてのインタビュー報告です。……師団長閣下? どうされました? そんな目元を押さえて」

「いや、親しい知り合いのことごとくからあらゆる意味で変態との評を押された桜坂柳也なる男が、あまりにも不憫に思えて……」

 桜坂柳也に関するインタビューの録音を聞いて、エイジャックが示した最初の反応は目元を押さえることだった。

 不憫、そうあまりにも不憫だった。気の置けない友人達の言はまだいい。しかし話を聞く限り彼のことを尊敬している弟分の少年や、育ての恩師までもが、第一声に“変態”という形容を選んだことがあまりにも不憫でならなかった。顔も知らぬ桜坂柳也への同情を禁じえない。

「まぁ、お気持ちは分かりますがね……。って、師団長閣下! 泣くのはやめてくださいよ!」

 師団長の目尻に浮かぶ熱い滴を見て、コーヒーボディのゲゲルは慌てた。

 巨人族のエイジャックの生理現象はとにかくスケールが大きい。ゴルフボール大の涙の滴が、地球の何十倍もあるベゴヴェの重力加速度を得て落ちてくれば、十分な凶器となった。

 ゲゲルは身の丈二〇メートルになんなんとする師団長をなだめながら、インタビューの内容を総括する。

「これらインタビューの内容をまとめますと、桜坂柳也なる人物は女好きで、中でも熟女を好むド変態野郎。しかしながら生来の人懐っこさに加えて面倒見の良い親分肌な気質から、同性・異性問わずそれなりの信望を集め、交友関係は幅広い。また、気力体力ともに他よりも秀でた秀才で、その頭脳は特に数学や戦闘指揮の分野において冴えわたる。敢闘精神旺盛な行動力溢れる人物で、仲間のためなら自らを犠牲とする決断も躊躇なく下せる人間、ということになりますな」

「……話を聞いた限りでは、軍人向けの人材だな」

 証言者六人の発言内容を上手く繋げたゲゲルの言を聞き、エイジャックはそう判断した。彼はハルケギニアに派遣しているウィリアム・ターナーからの定時連絡により、桜坂柳也が軍人として働いていた事実を知っていた。

「それも一兵卒というよりは、戦闘指揮官や作戦参謀に向いたタイプだ。面倒見の良さや誰とでも仲良くなれる性格は、指揮統率に有利にはたらくだろうし、井上恵子なる女が言っていた絵の上手さは……」

「地図の作成能力に通じます」

「将校の必須スキルだ。おまけに数学が得意ということは、砲兵への適性が高いことも意味している」

「神剣士でなくとも、わが軍団に欲しい人材ですな」

「気になるのはそこだ」

 エイジャックは鋭い眼差しでゲゲルを見た。

「インタビューを聞いていて、疑問に思ったことが二つある。まず一つは、証言者六人のうち、四人が言及している“秋月”なる人物についてだ。話を聞く限りでは、かなり親しい人物だそうだが……その者の言は取れなかったのか? もう一つの疑問は、証言者六人のうち、誰一人として永遠神剣に関する情報を口にしなかったこと。これはなぜか?」

「……まず、一つ目の疑問からお答えしましょう」

 異形のアメーバ生命体神剣士は、ゆっくり言葉を吐き出した。

「結論から先に言えば、証言者達の口から度々話題に上がった“秋月”なる人物のインタビューは出来ませんでした。アプローチしようとは思ったのですが、その行方がまったくつかめなかったのです」

「分からなかっただと?」

 エイジャックの厳めしい顔に、怪訝な表情が浮かんだ。

「しかし、それはおかしな話ではないか? 桜坂柳也の祖国・日本には健康保険と年金制度のシステムがあり、そこから彼の者が暮らしていた街を見つけた、と最初に言ったのはお前だ。同様の手で、その“秋月”なる人物の所在はつかめなかったのか?」

「件の人物……秋月瞬の自宅の所在までは、私もつかみました。師団長のおっしゃる通り、今度は街の市役所に侵入したのです。しかしながら、肝心の本人とは、どうしても会えなかったのです。

 師団長閣下が関心を持ったのと同様、私もインタビューを続けるうちに、秋月瞬なる人物については興味を抱きました。証言者達の話を総合するに、件の人物は桜坂柳也の幼馴染で、特に親しい間柄にある親友と判明したためです。秋月瞬に接近すれば、有力な情報を得られるに違いない、と思いました。ところが、自宅を訪ねても本人はおらず、他の場所を探しても、どこにもいない。結局、彼の証言を取ることは出来ませんでした。……もしかすると秋月瞬もまた、桜坂柳也とともに異世界へジャンプしたのかもしれません」

「さすがにその可能性は低いと思うが……それで、二つ目の疑問については?」

「そちらに関してはもう、さっぱりです」

 ゲゲルは液体のボディを圧力を使って器用に動かし、お手上げ、のポーズを取った。

「証言者のいずれもが、神剣士としての桜坂柳也については何も語りませんでした。というより、永遠神剣のことを誰も知りませんでした。念のため、永遠神剣という言葉を知っているかと訊ねてみたのですが、彼らは揃って首を横に振るばかりでしたよ。

 ……もしかすると、地球での桜坂柳也は、親しい人間の前でも神剣士としての自分を隠していたのかもしれません」

 ゲゲルはそう自らの推測を口にした。

 彼が身を置く第九師団には、ハルケギニアに派遣中のウィリアムを始め、地球出身の神剣士が少なからずいる。彼らの言によれば、地球では永遠神剣の存在は一般に認知されておらず、所在が判明している数少ない神剣の多くは、そうとは知られずに博物館や、宗教の御神体として飾られていることがほとんどだという。そんな世界では、自らの持つ力を隠したいと思うのも、無理からぬことだろう。

「あるいは……」

と、ゲゲルの推論を聞いて、エイジャックが口を開いた。

「あるいは、桜坂柳也自身も、地球にいた頃は知らなかったのかもしれんな」

「……というと?」

「ウィリアムがハルケギニアで接触した現地協力者……ジャン・ジャック・ワルドといったか。そ奴の言によれば、桜坂柳也はハルケギニアに召喚される以前、地球とは別な異世界で軍役に就いていたそうなのだ」

「なんと……!」

 エイジャックの口から語られた思わぬ情報に、ゲゲルが驚きの声を発した。

「では、師団長閣下のお考えでは……」

「うむ。地球にいた頃の桜坂柳也は、永遠神剣のことを知らなかった。神剣士でもなかった。彼が永遠神剣を手に入れたのは、件の別な異世界での出来事と、私は考える」

 なるほど、それならば六人の証言者達が神剣士としての桜坂柳也を語らなかったことにも説明がつく。地球で暮らしていた頃の彼は、神剣士ではなかった。それでは、語りようがない。

 自らの予想を口にしたエイジャックは、そのまま腕を組み、黙然と思索にふけった。

 奇なる蛇神ミカゲより命じられた調査の最終的な目的は、あの法皇テムオリンが桜坂柳也を使ってどんな企みをしているか、を探ることだ。そのためには、それまで永遠神剣なんて物とは無縁だった地球人がどういった経緯で神剣を得、どんな活動をしていたかを知る必要があった。

 地球での桜坂柳也を知るだけでは、まだ足りない。

 しばしの黙考を挟んだ後、エイジャックは黒い液体のゲゲルを鋭く見据えた。

「……ゲゲルよ、地球での任務ご苦労だった。引き続きこの場で新たな命令を下す」

「はっ」

 ゲゲルはその場に跪いた。

 巨人族の師団長が、冷徹な目でそれを見下ろす。

 はた目には、エイジャックが人形遊びをしているかのような光景だった。

「ジャン・ジャック・ワルドが口にしていたという、別な異世界。それを探し、そこでの桜坂柳也の活動を調査せよ」

「拝命いたしました。……師団長閣下、私からも、提案がございます」

 ゲゲルが顔を上げて言った。人間でいう顔面に当たる部分の奥で、超進化を遂げた原子核が怪しく蠢いた。

「件の異世界の情報が圧倒的に不足しております。調査を終えるまでに、どの程度時間がかかるか分かりませぬ。そればかりか、桜坂柳也が召喚されたという異世界を見つけることすら困難と存じます。……そこで、限られた時間を有効活用する上でも、ハルケギニアにいるウィリアム大隊長の方でも、アクションを起こしてもらいたい」

「ほう?」

「百聞は一見にしかず、そして百見は一触にしかず、が情報戦の鉄則です」

「ウィリアムに、威力偵察をさせよ、と?」

「はっ」

「法皇テムオリンの真意がはっきりしない現状、桜坂柳也への敵対行動はあまり好ましくないが……ふむ。やってみる価値はあるな。よかろう。早速あやつに連絡を取ろう」

 エイジャックの返答に満足気に頷くと、立ち上がったゲゲルは最敬礼して踵を返した。

 どろり、とそれまでヒトガタを保っていた黒色の液体が型崩れを起こし、巨大な事務机の上に水たまりを作る。水たまりは一箇所に留まることなく机の表面を這って移動し、脚を伝って、床へと降りた。すぃー、とまるでアメンボのような軽快な動きで床を移動し、閉ざされたドアの隙間から出ていく。

 異形の神剣士の後ろ姿を見送りながら、エイジャックはタイプライターを再起動させた。

 次元間通信装置を起動させると、エイジャックはウィリアムの名を呼んだ。

 


 <あとがき>

 

 どうも、読者の皆様、おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。今回もゼロ魔刃をお読みいただきありがとうございました! 今回の話は、いかがでしたでしょうか?

 今回の話は説明回です。才人との立ち会い稽古なんかもありましたが、基本的には現状の戦力確認と、エイジャック達の調査がどの程度進んでいるかをお知らせするための回でした。なので、時間的にはほとんど進んでないのさ〜。

 時間の進み具合といえば、今回、地球側のインタビューが出てきましたが、懸命な読者諸氏はお分かりですよね? 柳也達がいなくなってから、地球ではほとんど時間が進んでいません。

 原作「アセリア」でも、悠人達がファンタズマゴリアで色々頑張っていた頃、地球ではほとんど時間が進んでいなかったことが明らかとなっています。柊園長達の主観では、柳也達が消えてまだ一時間も経っていないんですよ。だから彼らが失踪したとかで、騒ぎにはなっていません。

 しかし今回登場した証言者六人……勝平と、恵子と、和樹は今回のために作った一発キャラだからいいとして、柊園長とか……酷いね、コメントが(笑)。本当のこととはいえさ。教え子を変態呼ばわり……そりゃあ、エイジャックも泣くわな。

 次回もお付き合いいただければ幸いです。

 ではでは〜

  

 

  

  <おまけ そのころのあなざー・えとらんじぇ>

 

瞬「……結局、残飯処理をする羽目になった」

エマ「ううぅ……ごめんね、お兄ちゃん」

瞬「不味い。この世のものとは思えぬほど不味い」

エマ「ううぅぅ……ぐすっ……ほんと、ごめんなさい」

瞬「なんだ、このオムレツは? 焦げているだけじゃなく、砂糖が多すぎて、とても食えたものじゃない。自分の好みを、人に押しつけるな。それからこのスープだが……」

ティファニア(文句を言いながらも失敗作を全部食べてあげてる……それにさり気なくアドバイスまで……)

 二人のやり取りを聞いていたティファニアは、やっぱりほっこりしていた。

 

 

柳也「まぁ、瞬は基本ツンデレだから」

佳織「なんでか知らないけど、タハ乱暴の中では秋月先輩ってそういうキャラなんですよね〜」

ルイズ「っていうか、わたしの出番はどこいったー!!?」




変態だから。
美姫 「いやいや、いきなり何よ」
いや、柳也の皆の第一声が妙に納得というか、ああ、言うだろうなと。
美姫 「まあ、否定できないけれどね」
それにしても今回のタイトルは。
美姫 「始めは何かと思ったものね」
まさか、これでガンダールヴの力が発揮されるとは。
美姫 「サイトも柳也に多大な影響を受けてるからね」
それが原因なのか!?
美姫 「変態に教えを乞い、自らもまた……」
でも、原作から察するにサイト自身も結構、変態のような。
美姫 「才能があったのね」
どんな才能だよ。とまあ、冗談はさておき。
美姫 「割と本気だけれどね」
さておき! 調査の結果、ウィリアムが何らかのアクションを起こすっぽいな。
美姫 「それがどんな物になるのか、よね」
ああ。一体、どうなるんだろうか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。



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