小屋の外から聞こえてきた爆発音に、ルイズ達は慌てて廃屋を飛び出した。

 爆発音は、フーケの隠れ家と思しき小屋を取り囲む森の中から聞こえてきた。

 次いで、ミシミシと木々の倒れる嫌な音。

 破壊の斉唱は、どんどんとルイズ達のいる空き地の方へと近づいてきた。

 タバサが、自分の身の丈よりも長大な杖を構えてルーンを唱える。

 キュルケとケティも、各々タクトのような杖を握り、素早く呪文を唱えた。

 それを見てルイズも慌てて懐から杖を抜いた。

 さて何を唱えようかと考えた次の瞬間、ひときわ大きな破壊の絶叫とともに、茂みの奥から、二つの人影が飛び出してきた。

 ともに剣を携えた才人と、ギーシュだった。

 さらに直後、周囲の木々を、メキメキ、へし折りながら、巨大な土のゴーレムが飛び出した。

 その肩には……なんと、破壊の杖を携えたミス・ロングビルの姿がある。

「ミス・ロングビル!?」

 ルイズは混乱した声を上げた。

 キュルケとケティも同様に驚いた様子で、折角掻き集めた精神力の集中を解いてしまう。

 ただひとり、タバサだけが冷静に、杖を振るった。

 ウィンドブレイクの呪文。小さな竜巻を相手に叩きつける風の攻撃魔法だ。土ゴーレムにぶつける。

 しかし、巨大なるゴーレムは平然と立っていた。研ぎ澄まされた旋風が刃のようにその巨躯を斬りつけるが、土くれが、ぼろぼろ、削り出されるだけで致命打とはならない。

「ははっ。無駄無駄ぁ」

 ゴーレムの肩の上でミス・ロングビルが高らかに哄笑を上げた。

 ゴーレムが拳を振り上げる。

 肩の上のロングビルが、指揮棒の杖を振って、その拳を鉄の塊へと変化させた。

 まさしく鉄槌と化した腕を、ゴーレムは思いっきり振り下ろした。

 ルイズ達は咄嗟に散開して、攻撃をかわした。

 巨大な運動エネルギーが地面を叩き、大地が揺れた。

 体重の軽いルイズは、そのまま横転してしまう。

「くっ、この……!」

 なんとか体勢を保ったまま地面を滑るキュルケが、杖を振るった。

 振り下ろした巨腕に、何発ものファイアボールを叩き込む。

 しかし、ウィンドブレイクをぶつけた時と同じで、土くれが、ぼろぼろ、舞うだけ。決定的なダメージを与えるには至らなかった。

「無理よ、こんなの!」

 キュルケが悲鳴を上げた。

 その背後で、自らもファイアボールを放ちながら、ケティが呟く。

「それより、どうしてミス・ロングビルが破壊の杖を……」

「ミス・ロングビルが、土くれのフーケだったんだ!」

 デルフリンガーを正眼に構えた才人が、ケティの隣に立って言った。

 続くように、タバサの後ろに立ったギーシュが言う。

「僕とサイトは、ミス・ロングビルがフーケだと気付いていた。そこで彼女の油断を誘って襲撃したんだ。けれどその作戦は失敗した」

「どうして……どうして二人だけでそんな勝手な真似をしたの!?」

 ルイズが怒鳴った。

 ゴーレムの攻撃はなおも続いている。

 巨体ゆえに敏捷なその攻撃を必死に避けながら、彼女は自分の使い魔と、同級生の軽挙をなじった。

「せめてわたし達に一言相談してからしなさいよ!」

「仕方なかったんだ!」

 ギーシュも負けじと怒鳴った。

 すでに彼の最大の武器たるワルキューレは、破壊の杖を使ったフーケの反撃によって全滅していた。

 彼自身、白無垢のシャツは土で汚れ、マントは半ば燃え千切れていた。

「あまり情報を共有している者が多いと、フーケに気取られる恐れがあった。……悔しいが、実力差は明らかだったからね。確実に仕留めるには、相手の油断を誘って奇襲しかないと思った」

「馬車の上で相談していたのは、それ?」

 タバサが、無駄と知りつつも二発目のウィンドブレイクを放ちながら訊ねた。

 普段の彼女ならばとうに戦術的な不利を悟り、使い魔のウィンドドラゴンを呼んで空中へと逃げていることだろう。

 しかし、彼女はそうしなかった。タバサの使い魔のシルフィードは、昨晩の戦闘で負った傷がまだ癒えていなかった。

「そうとも! 自分では会心の作戦だと思っていたが……」

「ま、井の中の蛙だった、ってことだな!」

 攻撃直後の隙を狙って、才人はデルフリンガーを、ゴーレムの股の下をすり抜けざまに一文字に振るった。

 どさどさっ、と土くれがこぼれる。

 だが、やはり有効打とはならない。

「退却」

 タバサが短く言った。

 「どうやらそうした方がよさそうね」と、キュルケも同意する。

 二人は一目散に茂みの中へと飛び込んだ。シルフィードがいないため、それぐらいしか逃げ場がない。

 ケティとギーシュもその後に続く。

 才人もそれに続こうとして、彼は、ルイズの姿が見当たらないことに気が付いた。

 素早く視線を巡らせる。

 いた。

 ゴーレムの背後に立ち、何やらルーンを呟いている。

 杖を振りかざした直後、巨大なゴーレムの背中で、何かが弾けた。ルイズの魔法だ。本当は肩のフーケを狙ったようだが、照準がずれたらしい。

「おや、小生意気な子猫ちゃんには、お仕置きが必要みたいだねぇ!」

 ゴーレムの肩の上で、フーケが振り向いた。

 破壊の杖を振るう。

 プロミネンス・ランスの槍が、ルイズに迫った。

「逃げろ! ルイズ!」

 才人は怒鳴った。怒鳴りながら、彼女に向かって必死に走った。

 炎の槍が、轟然と迫る。

 ルイズは反射的に身を低くした。

 間一髪。

 炎の槍はルイズの頭上を通過していった。

 桃色がかったブロンドの髪が、何本から縮れ、切れる。

 才人がルイズの側に駆け寄った。

 逃げるぞ、と強引に細腕を掴んで引っ張る。しかし、ルイズはかぶりを振って激しく抵抗した。

「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」

「あのな! ゴーレムの大きさを見ろ! あんなヤツに勝てるワケねえだろ!」

「やってみなくちゃ、わかんないじゃない!」

「無理だっつの!」

 才人がそう言うと、ルイズは、ぐっ、と彼を睨みつけた。

「あんた、言ったじゃない!」

「え?」

「ギーシュにボコボコにされた時、何度も立ち上がって、言ったじゃない。下げたくない頭は、下げられないって!」

「そりゃ、言ったけど!」

「わたしだってそうよ。ささやかだけど、プライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」

「いいじゃねえかよ! 言いたいヤツには言わせておけ!」

「わたしは貴族よ。魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ」

 ルイズは杖を握り締めた。

 後ろを振り返ったゴーレムの鉄拳が、二人に迫った。

「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

 咄嗟にルイズを抱きかかえた才人が、地面を蹴った。

 同時に、ルイズが杖を振った。

 ファイアボールでも唱えたのか。ゴーレムの胸が小さく爆発するのが見えた。しかし、それだけだった。

 ゴーレムの鉄拳は空振りに終わった。

 ルイズを抱きかかえたまま地面を転がった才人が、腕の中の少女に向かって吠えた。

「死ぬ気か! お前!」

「それに……!」

 ルイズはヒステリックに叫んだ。

 間近で抱きかかえて、才人は初めて気が付いた。

 いつの間にかルイズの目尻に、大粒の涙が浮かんでいた。

「あいつの……リュウヤの仇を取りたいのは、わたしだって一緒なんだから!」

「お前……」

「あいつは……あいつだけは! ゼロゼロっていっつも馬鹿にされていたわたしを、笑わなかった! そのあいつが、やられて、悔しかった!」

 ルイズの目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。

 目の前で泣かれて、才人はようやく、目の前の少女が普通の女の子だったことを思い出した。ルイズは気が強くて、生意気だけど、本当はこんな戦いなんか嫌いで、苦手で、そして優しくて、けれどその優しさゆえに戦わざるをえなくて……。

「ほらほら、ラブシーンにはまだ早いよ!」

「……ッ!」

 破壊の杖から、いくつもの小火球が飛び出した。

 ファイアボルト。

 炎の弾幕が、あられのように降り注ぐ。

「少しはしんみりさせろよ!」

 才人は飛び起きると、ルイズの手を引いて逃げた。





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:15「作戦コード:胸横筋」





「サイト!」

 炎の飛礫に襲われる友人達の姿を見たギーシュは、思わず茂みの外に飛び出そうとした。

 しかしそんな彼の行動を、タバサは「だめ」と、短い一言とともに制止した。

 長大な杖で、彼の胴を押さえる。

「あなたが行っても、無駄」

「くそ!」

 ギーシュは、普段の優雅な素振りを忘れて汚らしく悪態をついた。

 ぶるぶる、と拳が震える。悔しげに歯噛みした口の隙間からは、声にならない嗚咽が漏れた。

「せめて……せめて、あのゴーレムさえ何とか出来れば!」

「……どういうことです?」

 同じく、茂みの中から空き地の様子を覗うケティが、ギーシュに訊ねた。

 彼の口ぶりだと、あのゴーレムさえ何とか出来れば、破壊の杖を持ったフーケが相手でも勝機を見出せるように聞こえるが。

 はたして、ギーシュは頷いた。

「そうだ。……昨日の戦闘を覚えているかい?」

 ギーシュは、ケティだけでなくタバサやキュルケにも視線を向けた。

「昨日の戦闘で、フーケは柳也さんから終始距離を保って戦おうとした。さらにミス・ツェルプストーの炎や、ミス・タバサの風を、炎の盾で防いだ。僕のワルキューレの攻撃を防御し、サイトの攻撃を避けた」

「いったい、何をおっしゃりたいんです?」

「避けなければ当たる」

「……」

 ケティが、キュルケが、そして滅多に感情を表に出さないタバサでさえ、何かに気が付いたように、はっ、とした。

「防がなければ、当たる。当たれば、つまりそれは有効打になる、ということだろう?」

 ギーシュは視線を空き地へと戻した。

 ファイアボルトの小火球を逃れる才人とルイズ。

 しかし少女の手を引く少年の右足を、ついに一発の炎が掠めていった。

 悲鳴を上げ、もんどり打って地面を転がる二人。

「フーケは、直撃を一発でも受ければたいへんなことになる、という自覚があるんだ。だから、柳也さんや僕達とも距離を置いて戦おうとした。破壊の杖や土ゴーレムは彼女の武器であると同時に、彼女が攻撃を受けないための盾でもあるんだ」

「つまり、あのゴーレムを倒すことは……」

「そうだ。フーケへの攻撃を阻む盾を一つ壊すことに繋がる。盾を潰せば、あいつに攻撃が届く可能性が、ぐっ、と高くなる。攻撃が届けば、奴を倒すことが出来る」

 問題はいかにしてあのゴーレムを倒すか、ということ。

 破壊の杖の火力は確かに脅威だが、昨晩の戦闘で柳也が懐へ飛び込めたことからも明らかなように、決して万能ではない。

 むしろ、攻撃が通用しないという点では、あのゴーレムの方が厄介だった。

 ――どうする? いやどうすればいい? どうすれば、あのゴーレムを倒せる?

 ギーシュは必死に頭を悩ませたが、一向に良い作戦は浮かんでこなかった。

 その時、不意に彼の隣に立つケティが、「……出来るかもしれません」と、呟いた。

 ギーシュは驚いて彼女を振り返った。

「私と、ミス・ツェルプストーの火と、ミス・タバサの風があれば、あのゴーレムを倒せるかもしれません。でも、そのためには……」

 ケティは、言い辛そうにギーシュを見た。

「誰かが囮になって、あのゴーレムの攻撃を誘う必要があります」





 才人とルイズは、いよいよフーケと、彼女の操る土ゴーレムに追い詰められつつあった。

 直撃ではなかったとはいえ、フーケの放ったファイアボルトの一発は、才人の足から豹のような敏捷さを奪っていた。それはすなわち、才人に手を引かれながら逃げるルイズの逃走速度の低下も意味していた。二人は必死に足の筋肉を動かして走ったが、速度は一向に上がらなかった。

 フーケはそんな二人を追い詰めるのが楽しくてたまらないのか、〈殲滅〉の力を使えば一発で片付くところを、ゴーレムを用いて二人をもてあそんだ。

 逃げる才人とルイズの後ろを、ゴーレムで追い回す。

「あははははっ、ほらほら、もっと上手に逃げなよ」

 土ゴーレムの肩の上で、フーケは哄笑を上げた。

 ゴーレムが足を上げる。

 足を下ろし、大地を踏みしめる。

 何気ない歩行運動そのものが、全長三十メイルのゴーレムの場合はまごうことなき凶器だった。

 才人とルイズは、あの足に踏み潰されてなるものか、と必死に逃げた。

 時折、ルイズが振り返り様に反撃の魔法を叩き込んだが、小さな爆発程度では土ゴーレムはびくともせず、フーケに狙いを変えても、彼女の展開したファイアシールドにすべての攻撃は阻まれてしまった。

「クソッ、あんなデカブツ、どうしろってんだよ!」

 才人は走りながら怒鳴り散らした。

 このままではジリ貧だ。自分達の体力は有限だが、土ゴーレムの持久力は無限大に思われた。このままではいずれ、こちらの方が先に体力が尽きてしまう。疲れて、足取りが鈍ったところを、土くれの巨人に踏み潰されてしまう。

 ゴーレムが足を上げる。下ろす。背後からの風圧が、才人達の逃走の邪魔をする。

 幾度となく地面に足を取られそうになりながら、才人は必死に足を動かした。

 下肢の筋肉に力を入れる度に、先ほど小火球が掠めていった大腿部の傷が疼いた。

 苦悶の表情を浮かべながら手を引く少年の横顔を、ルイズは辛そうに見ていた。

 他方、フーケはそんな才人の背中に嗜虐的な冷笑を向けていた。

 あの小僧。どうやら森の中に逃げ込む腹積もりらしい。木々の密集している森に逃げ込んで、ゴーレムの機動力を削ぐ作戦のようだ。

 なかなか賢い小僧じゃないかと呟いて、フーケは〈殲滅〉を振るった。

 樫の棒の先端に付いた青い結晶体を中心に魔法陣が展開し、プロミネンスランスが飛び出した。

 森を目指す才人達の進路を塞ぐように、二人の未来位置を目指して、炎の槍が真っ直ぐ飛んでいく。

 はたして、目の前の茂みの中に飛び込もうとした才人とルイズは、肝心の茂みが燃えたのを見て、進路を変えざるをえなかった。

 苦渋に満ちた横顔が、フーケの視界に映じた。

 愉快な気分が、土くれの異名を持つ怪盗の胸に湧き上がった。

「こっちだ、木偶の坊!」

 その時、才人達とは別方向から悲鳴の混じった声が上がった。少年の声だった。フーケが振り向くと、十メイルほど離れた場所に、ギーシュが立っていた。

「おい、土くれのフーケ。お前は傷を負った二人を追い回すことしか出来ない臆病者か!? お前もメイジの端くれなら、五体満足のこの僕を倒してみろ!」

 見えすいた挑発だった。

 しかしゴーレムの肩の上で、フーケは薄く冷笑を浮かべた。

 たしかに、傷を負った二人よりは、あちらの方が活きが良さそうだ。どうせあの二人は、いずれ体力が尽きて踏み潰される運命にある。そんな奴らの相手をしているよりは、まだ楽しそうだった。自分にとっても。自分の手の中の〈殲滅〉にとっても。

 フーケはゴーレムの進路を、ギーシュの方へと向けた。

 のしのし、と古の伝説に伝わる巨人族の如く地を唸らせながら、土ゴーレムがギーシュに迫る。

 ギーシュは薔薇の剣を正眼に構え、ゴーレムを睨んだ。

 しかし、剣を保持する両腕は、そして大地を踏みしめる両足は、がたがた、と震えていた。なんといっても、巨大な質量を持った巨人が、自分を目指して突き進んでくるのだ。恐くないはずがない。恐怖を感じないはずがない。

 ゴーレムが、ギーシュに肉薄した。

 足を上げる。

 自分を踏み潰すつもりだ。

 ギーシュは反射的に地面を蹴った。

 違う。自分の待っている攻撃は、それではない。この攻撃は、避けなければ。

 あえて前へと踏み込んだギーシュは、背後からの風圧も手伝って、ゴーレムの股の下をすり抜けた。

「こっちだ!」

 背後から挑発。

 ゴーレムが振り返る。

 そしてまた、足を上げる。

 ギーシュは、今度は横に跳んだ。

 また、土の足が地面を叩いた。

「ほらほら、どうした!?」

 ギーシュは泣きそうな声で挑発を続けた。恐くて恐くて、本当に泣きたい気分だったが、男の意地で、そんな無様な姿だけは、敵に見せられなかった。

 ゴーレムが、ついにその巨大な腕を振り上げた。

 ギーシュの双眸が、炯々と輝きを放った。

 土くれの腕が、鋼鉄の塊に変わる。

 振り下ろされる。

 ギーシュは、叫んだ。

「いまだ!」

 次の瞬間、森の中からタバサのウィンドブレイクが、ケティとキュルケのファイヤボールが飛び出した。

 竜巻の風に乗りながら、炎の球がゴーレムに迫った。

 フーケは哄笑を上げた。

 まったく、馬鹿な奴らだ。ウィンドブレイクもファイヤボールも、自分のゴーレムに通用しないのは分かっているだろうに。

 しかし、フーケの高笑いは、途中で止まった。

 たしかに、タバサのウィンドブレイクは、鋼鉄と化したゴーレムの腕に傷一つ付けられなかった。

 キュルケとケティが放ったファイヤボールの砲弾も、ゴーレムの鉄腕を溶解するには至らなかった。

 だが、ウィンドブレイクの風に乗って鋼鉄の周りを高速回転する炎の球と、高速回転するファイヤボールによって熱せられた熱風の嵐は違った。

 キュルケの“火”と、ケティの“火”、そしてタバサの“風”。“火”が二つと、“風”が一つ。

 ファイヤストーム。

 一五〇〇度の高熱を伴う風速五〇メートルの竜巻は、鋼鉄と化したゴーレムの腕をも溶解する。鉄の融点は一五三六度。一瞬で、とはいかないが、ゴーレムの上では急速に溶け始めた。

 フーケは慌てて鋼鉄化の錬金を解いた。

 しかしその時にはもう、ゴーレムは片腕を失っていた。

 ゴーレムがバランスを崩す。その巨体ゆえに、体の一部が消滅したことは致命的だった。ゴーレムの巨躯が傾く。

 フーケは咄嗟にレビテーションの魔法を唱えて、宙へと躍り出た。

 ドスン、と轟音を立てて、ゴーレムが倒れた。

 凄まじい量の土煙。

 三十メイルのゴーレムが倒れた際の衝撃は、同じ高さのビルから飛び降りた時のエネルギーに等しい。

 ゴーレムの体に亀裂が走り、急速にもとの土くれへと還っていった。

 
 ◇


 ゴーレムを倒したからといって、歓声を上げることは許されない。

 まだ、本命が残っている。

「よくも、やってくれたねぇ……」

 地面に降り立ったフーケは、忌々しげな表情でギーシュを睨んだ。

 そこには、かつて魔法学院の誰もが好んだあの優しい美貌は存在しなかった。

 大切な商売道具を壊されて怒る、一人の神剣士がいた。

「お前達のようなガキどもに全力を出す必要はないと思っていたけど、もう、手加減はやめにするよ」

 小さく吼え、フーケは破壊の杖を掲げた。

 青の結晶体が、凶悪な輝きを放った。

 フーケが軽く杖を振ると、結晶体から炎の砲弾が飛び出した。

 ファイアボール。ハルケギニアのメイジ達が得意とする同名の魔法よりもはるかに高温の火球は、ギーシュではなく、その背後の茂みに炸裂した。

 轟く破壊の絶叫。一瞬にして炎は青々とした緑を焼き、複数の悲鳴が上がる。

 たまらず森から飛び出したタバサらに、フーケは好戦的な微笑を向けた。

「そうさ。初めから〈殲滅〉の力で焼き尽くしてしまえばよかったんだ」

 フーケはまた破壊の杖を振るった。

 青の結晶体を中心に赤い魔法陣が出現し、炎の舌が樫の杖の先端から伸びた。三メートルほどの長さの細い炎の糸が、うねうね、と蠢く。フーケは、炎の糸の具合を確かめるように、破壊の杖を振るった。太陽の表層をのたうつプロミネンスのように、火砕流の鞭が大地を叩いた。

「プロミネンス・ウィップ。一万度の高熱を孕んだ、炎の鞭だ。さあ、焼かれな!」

 フーケが破壊の杖を振りかぶった。

 杖の先端から伸びる炎の鞭が、宙へと躍り上がる。

 破壊の杖を振り下ろす。

 周囲の大気を焦がしながら、しなる火砕流が、ギーシュを狙った。

「ひっ!」

 ギーシュは短く悲鳴を上げて、薔薇の剣を水平に掲げた。

 炎の舌先が、薔薇の剣の剣身を撫でた。

 ギーシュの錬金によって生まれた鉄の剣は、一瞬にして融解した。

「わっ、わわっ」

 ギーシュは慌てて剣を手放した。

 秒とかからずに、薔薇の剣は柄の辺りまで蒸発してしまった。

 フーケが、再度炎の鞭に運動エネルギーを注ぐ。

 質量を持たぬ炎の舌は、彼女の意思に従って軽やかに躍り狂った。

 タバサがエア・ハンマーを放つ。

 ケティとキュルケも、それぞれ短い詠唱とともに炎を放つ。

 フーケは破壊の杖を握っていない左手をそちらに向けた。ファイアシールドが展開し、攻撃を阻んだ。

「はっ、無駄だよ」

 フーケは鞭を振るった。

 後ろに向けて。

 攻撃を仕掛けたタバサ達ではなく、背後からの奇襲を目論む才人に向けて。

「うわっ!」

 才人の悲鳴が、燃える空き地に響いた。

 デルフリンガーを上段に、フーケに向かって突進していた彼は、突如として自分に矛先を向けた鞭の斬撃を前に、慌てて身を引いた。

 前に踏み出した足に力を篭めて制動をかけ、後ろ足で地面を蹴って後退する。

 直後、才人の目の前の空間を、オレンジ色の炎が薙いでいった。

 熱波が顔面に襲来し、才人はたまらず地面を転がった。

「サイト!」

 同じく背後からフーケに向けて魔法を放とうとしていたルイズが悲鳴を上げた。

 覆いかぶさるように、才人の怒声が届く。

「馬鹿ッ、詠唱をやめんな!」

 柳也のように決定的な攻撃力を持たない自分達がフーケの防御を突破するには、とにかく相手の背後や側面を衝いて、揺さぶりをかけるしかない。そのためには、決して攻撃は遅滞してはならない。

 使い魔の身を案じるがあまり、途中でルーンの詠唱をやめてしまったルイズを、才人はなじった。

 そんなルイズの存在に気付いたフーケが、また炎の鞭を振るった。

 プロミネンス・ウィップの間合は、フーケの意思とマナ次第で如何様にも伸縮する。

 火砕流のリーチを七、八メートル近くまで伸ばし、フーケはルイズに向けて鞭をしならせた。

「るーちゃん!」

 ギーシュが悲鳴を上げた。

 ルイズとは犬猿の仲のキュルケも悲鳴を悲鳴を上げた。

 ルーンを唱えることに集中していたルイズは、突然の攻撃に対して回避も、防御も取れなかった。





 フーケの生み出した炎の舌が、物凄い勢いで迫っていた。

 昨日と同じだ、とルイズは思った。

 昨晩の戦闘でも、自分はこうして向かってくるフーケの攻撃を眺めていた。

 あの時は、不思議と、ルイズは肉迫する火球に対して恐怖を抱かなかった。

 そして今回も、不思議と、ルイズは肉迫する炎の鞭に対して恐怖を感じなかった。

 いまは、昨晩とは違うというのに。この戦場に、彼はいないというのに。

 なぜか、大丈夫だ、という確信があった。この攻撃は、決して自分の脅威にはならない、という確信を抱けてしまった。

 自分でも理由の分からない気持ちに戸惑うルイズの隣で、一陣の黒い風が吹き抜けた。

 同時に、ルイズの視界を黄金の光が埋め尽くした。

 暖かな光だった。

 原始生命力に満ち溢れた、精霊光のぬくもり。

 ルイズは、この光を知っていた。

 彼女に形のよい唇に、自然と微笑が浮かんだ。

 ああ。やっぱり。来て、くれたんだ。

 込み上げてくる嬉しさに、顔をくしゃくしゃにして、ルイズは、その背中を眺めた。

 黒い風は、黄金の精霊光とともに、広い背中を、連れてきた。

 傷だらけの背中だ。とてもではないが、綺麗とは言い難い。しかしその逞しい背中は、不思議な安心感をルイズにもたらした。

「オーラフォトン・バリア!」

 その男は、相変わらずの裸一貫で。

 相変わらずの、褌一丁というとんでもない恰好で。

 凶悪な面魂に、不敵な冷笑を浮かべて、やって来た。

 炎の舌が、男の前にそびえる光の壁を舐めた。

 何度も。何度も。

 その度に光の壁が、ぎしぎし、と軋み、悲鳴を上げた。

 男の米神に、じんわり、と浮かぶ汗の雫。

 やがて幾度となく斬撃を放った炎の舌の猛襲がやんだ。

 精霊光の壁は、依然として男の目の前に聳え立っている。

「よお、るーちゃん……」

 男の唇から、重い声が響いた。

「助けは、必要か?」

 遠くから、才人とギーシュの歓声が聞こえた。

 黄金の壁越しに、フーケが茫然と立ち尽くしている姿が見えた。

 なんとなく、爽快な気分だった。




<あとがき>

 ピンチに駆けつけた主人公がとんでもない武装をしているよりは、裸一貫、取るものもとりあえずといったいでたちの方がかっこいいと思うんだ、タハ乱暴は。

 はい。読者の皆さん、おはこんばんちはっす。今回もゼロ魔刃をお読みいただきありがとうございます!

 今回の話は、フーケとの第二ラウンド前半戦。原作でやたら強かったあの土ゴーレムを、才人達には独力で倒してもらう、というトンデモない話でした。

 さすがに才人、ルイズ、タバサ、キュルケの四人では戦力が不足していますので、ギーシュとケティを参戦させたわけですが、ゼロ魔刃のフーケは〈殲滅〉を持っています。戦力差は原作以上に開いていたかもしれません。

 ちなみに最初のプロットでは、ルイズがスカ魔法連発の強引な力技で倒す、というものでした。

 ただ、それだとインパクト弱いし、説得力に欠ける戦闘描写になるな、と思い、合体技で倒す形にしました。

 さて、一巻の内容もいよいよ大詰めですね。

 VSフーケ、第二ラウンドの後半戦。さあ、吹っ切るぜ!

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜





<今回の強敵ファイル>

土ゴーレム

柳也を基準とした場合の戦闘力

攻撃力 防御力 戦闘技術 機動力 知能 特殊能力

主要攻撃:その巨体を活かした肉弾戦

特殊能力:特になし

 土くれのフーケが作った身長三十メートルの巨大なゴーレム。その巨体に圧倒的なパワーと防御力を備え、才人達を苦しめた。

 最大の武器はなんといってもその巨体を活かした肉弾戦で、フーケの錬金によって鋼鉄に変えられた拳の一撃は、魔法学院本塔の外壁を破壊するほどの威力を持っている。防御力も秀逸で、タバサらの波状攻撃にもビクともしないだけの性能を誇った。

 反面、フットワークは鈍く、才人や柳也に比べれば足の遅いルイズらを、自力では最後まで捉えることが出来なかった。また、同じゴーレムでもギーシュのワルキューレと違って、高度な自律行動が出来ないのも欠点の一つ。フーケのサポートがあって、初めて真価を発揮する存在といえよう。


原作では:原作「ゼロの使い魔」では第一巻と第二巻に登場。第一巻ではその高い防御力でタバサやキュルケの魔法を寄せ付けず、逆にそのパワーで才人達を圧倒した。M72と、ガンダールヴたる才人の存在があったから勝てたものの、この二つははっきり言って反則級のイレギュラーなので、あのまま戦いを続けていたら間違いなくルイズ達の敗北に終わっていただろう。

 第二巻では再生怪人の悲哀か、あまり活躍のないままタバサ、キュルケ、ギーシュの三人にわりとあっさり倒されている。ただその際も防御力は健在で、その防御を突破するためにはタバサの作戦が必要だった。テレスドンの悲劇は繰り返されなかったようでタハ乱暴は安心しましたとも。









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