<スペース削減! 一行で分かる前回のあらすじ>

 変態は珍しくシリアスだった。







 内容がよく分かったところで本編へどうぞ。

るーちゃん「ちょ、ちょっと、わたしの出番これだけ!? これだけなの!?」

才人「お、俺なんて主人公なのに、あんなシーンばっかりかよ!?」

柳也「なるほど! そういう話かッ。つまり俺は有楽町で逢いましょう〜な歌を聴きながら、ブルース・リー的なアクション・スターと戦えばいいんだな!?」

タバサ「……うるさい。シルフィード、やっちゃって」

柳也「ぎゃぱあああああああッ!!!」






 
 ……というわけで、改めて本編へどうぞ。
 




 剣術の稽古を終えてクタクタになった才人が部屋に戻ると、ご主人様はたいそうご立腹の様子で待ち構えていた。

「……遅い」

「いや、遅いって言われても……言っただろ? 今日から柳也さんに剣術を教わるから、帰りは遅くなるって」

「たしかに遅くなるとは言ったわね? でも、こんなに遅くなるとは言ってない」

 ルイズは高圧的に言い放つと、形のいい眉を吊り上げた。

 才人は渋面を浮かべてなおも反論する。

「こんなに……って、日が沈んでからまだ一刻(=二時間)も経ってないだろ?」

「一刻も経ったのよ。使い魔ならご主人様よりも早めに部屋に戻って、ベッドを綺麗にして、疲れて帰ってきたご主人様がすぐに休めるよう準備しておくべきよ。まったく、気が利かないんだから」

「そんなこと言われても……るーちゃん」

「だから、るーちゃんって呼ぶな、って言っているでしょ!」

 ルイズは才人が布団代わりに使っている藁束を廊下にほっぽり出した。

 それを見て、才人が眦を吊り上げる。

「な、なにするんだよ!」

「ご主人様のことよりも自分の用事を優先した使い魔に対する当然の罰よ。今夜は外で寝なさい」

「んな、無茶苦茶な……」

 才人はぶつぶつ文句を言いながら、とりあえず藁束を回収するべく廊下に出た。

 次の瞬間、背後で、バタン、とドアの閉まる音。次いで、中から、がちゃり、と鍵をかける音。

 才人は血相を変えて後ろを振り返った。

 物言わぬドアが、静かに才人を見つめていた。

 ――あいつ、本当に追い出しやがった!?

 才人は茫然とした。

 壁にあいた窓から、風が、ぴゅう、と吹き込む。

 ガラスも板の戸もない窓からの風は、稽古の後で程よく火照った才人の身体から、急速に熱を奪っていった。

「やべ……寒い」

 ただでさえ稽古の後で体力を使い果たしている状態で、この冷え込みよう。

 才人は慌てて藁束の中に潜り込んだが、しかし、一向に冷えは退かなかった。廊下の床は石畳だ。何もしていなくても、冷気が身体に染み込んでくる。

 ――くそぉ……やっぱりあの時、可愛いって思ったのは目の錯覚だ! あいつは酷い女だ!

 才人はルイズの部屋の扉を蹴っ飛ばした。勿論、返事はなかった。

 才人は少しでも熱の奪われる表面積を少なくしようと小さく縮こまった。

 その時、ルイズの隣の部屋の扉が、がちゃり、と開いた。

 隣の部屋から出てきたのは大きなトカゲだった。才人はその姿に見覚えがあった。たしか、ルイズが何かとライバル視しているお隣さん……キュルケの使い魔、サラマンダーのフレイムだ。

 フレイムの尻尾は昔遊んだテレビゲームに登場するモンスターのように小さな炎が灯っている。燃える尻尾を見て、寒さに震える才人は、温かそうだな、と思った。

 思わず、手を伸ばしかけてしまう。

 いかんいかん。あんな火に触ったら火傷してしまうぞ、と才人は伸ばしかけた手を引っ込めた。

 サラマンダーは、ちょこちょこ、と才人の方へ近づいてきた。

 反射的に、才人は後ずさった。

 なんといっても相手は体長二メートルの大トカゲだ。毒々しい赤い皮膚の色も相まって、その威圧感は尋常ではない。

 ――コモドオオトカゲって、人間も食べるんだったっけ……?

 才人が、ビクビク、しながら眺めていると、きゅるきゅる、と人懐っこい感じで、サラマンダーは鳴いた。

 ぎょろり、とした目線をこちらに向けているだけで、爪を立てることもなければ牙を剥こうともしない。どうやら害意はないらしい。

 サラマンダーは才人の上着の袖を咥えた。

 着いてこい、と言っているかのように、首を振る。

「おい、よせ。藁が燃えるだろ」

 才人は言った。学生寮は石造りだが、火事にならない可能性はゼロではない。

 しかしフレイムは大きな顎に見合った強い力で、才人を引っ張った。

 キュルケのドアは開けっ放しだ。もしかしてこの火トカゲは、自分をあそこに引っ張り込むつもりだろうか。

 だとすればいったいどういうつもりだろう。サラマンダーの気まぐれでないとしたら、いったい、キュルケは自分に何の用があるのか?

 才人は腑に落ちない気分で、キュルケのドアを潜った。





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:10「俺達の外助間筋にはたくさんの愛が詰まっている」





 話がある、とケティは言った。

 その言葉に対して、ギーシュは、「奇遇だね。僕も君に話があるんだ」と、彼女を学生寮のエントランスにある噴水へと誘った。

 流れる水の音が、静かに二人の間に横たわる緊張した空気を叩く。

 エントランスにはギーシュとケティの他には誰もおらず、内緒話をするには、ぴったり、の状況だった。

「さて、どちらから話そうか」

 噴水台の縁に腰掛けながら、ギーシュは言った。

 肩をすくめて紡がれたおどけた口調は、夜のエントランスに漂う重苦しい雰囲気から逃れるためか。

 ギーシュの隣に、ちょこん、と腰掛けたケーティは、彼のブルー・アイを真っ直ぐに見つめた。

「ギーシュ様から、どうぞ」

「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えて……」

 ギーシュは静かに夜気を吸い込むと、僅かな沈黙を挟んで、決然と言い放った。

「……ケティ・ド・ラ・ロッタさん」

「はい」

「僕と、別れてくれませんか?」

 唐突な別れ話の切り口は、ストレートな表現を用いて紡がれた。

 ギーシュはケティの紫水晶の瞳を正面から見据え、彼女の表情を覗った。能面ような顔が、そこにあった。

「……理由をお聞きしてもいいですか?」

 ケティは、しばらくの沈黙の後、無表情に訊ねた。

 ギーシュは怯まず、淀みなく、ケティの問いに答えた。

「聞けばきっと、君は傷つくよ。そして僕を憎むようになる」

「構いません」

「そうか。……君は強い娘だな。僕とは、大違いだ」

 自分の言葉に何の躊躇いもなく頷いたケティを見て、ギーシュは自嘲気味に笑った。

 そして彼は、いつもの詩人めいた口調ではなく、一つ一つの語をゆっくりと、丁寧に吐き出していった。

「自分でも最近気が付いたことなんだが、僕が君と付き合っていたのは、結局のところ、自分の自尊心を満足させるためだったんだ。つまり、君を利用していたんだよ」

 ギーシュは隣に座る彼女の顔色を覗った。

 ケティは黙って自分の話を聞いている。

 ギーシュは続けた。自分でも驚くほど、ケティに向けて言葉を紡ぐ彼の心は穏やかだった。

「僕は貴族だ。でも、その肩書きは僕自身の手柄じゃない。僕の先祖が頑張ったから得たものだ。僕自身が偉いわけじゃない。僕自身が貴いわけじゃない。いまの僕の身分は、僕自身の力で得たものじゃない。僕が大切にしている貴族としてのプライドは、本当は、僕自身の実力が伴わない薄っぺらで、ちっぽけなものにすぎないんだ」

 幼い頃から、メイジというだけで、貴族というだけで、周りの人間は自分に平伏した。それがたまらなく心地良かった。しかし、時を重ねるにつれて、いまの自分の立場は、自分自身で勝ち得たものではないと気が付いた。ただ自分が貴族の家に生まれただけのことだった。すべては、両親を含む祖先達の力だった。それに気が付いた時、途方もない絶望がギーシュを襲った。

 自分は如何に小さな人間なのか。貴族という肩書きを取り払ってしまえば、自分は如何に無力な人間なのか。思い知らされた。しかし、認めたくなかった。自分はもっと出来る人間だと。自分はもっと才のある人間だと。そう、思いたかった。

「僕はね、ケティ……自分だけの何かが欲しかったんだよ。自分にしか出来ない何かが、自分にしか得られない何かが、欲しかったんだ。親も、他の誰も関係ない。自分自身の何か……僕だけの証を得ることで、ちっぽけな自尊心を満たしたかったんだ」

「その証が、私ですか……」

「君も、だよ。結局のところ、僕が複数の女の子に手を出していたのは、そういう理由だったんだろうな」

 魔法戦闘に固執したのも。周りにたくさんの女の子をはべらせようとしたのも。すべては、自分自身の力を証明せんがための行為だった。そうすることで、ちっぽけなプライドを満足させようとした。ほら、どうだ。僕だって本気を出せば、これぐらいのことが出来るんだ。僕自身の能力が、勝利の栄光を僕に与え、女の子達の羨望の眼差しを僕に集めるんだ、と。

 しかしその思い込みは、二人の平民によって破壊された。

 ギーシュの貴族としてのプライドは、完膚なきまでに砕かれた。

 薄っぺらなプライドを砕かれた後、ギーシュに残ったのは、ちっぽけな自分だけだった。

「あの平民……サイトに倒されて、ミスター・リュウヤに諭されて、ようやく、そんな小さな自分と、正面から向き合う覚悟が出来た。そうしたら、思ったんだ。僕は、君達にとても酷いことをしていたんだ、と。早く謝らなければ、と。出来ることならば、関係を清算しなければ、と」

「…………」

「僕の話は、これで全部だ。……さぁ、次は君の番だ、ケティ。僕の話に対する答えは、その後でいいから」

「……分かりました」

 ケティは小さな唇を僅かに開いて息を吸い込んだ。

 二度の深呼吸。強い決意の炎を灯す紫水晶の瞳が、また真っ直ぐにギーシュを射抜いた。

「ギーシュ・ド・グラモン様、私と、別れてくれませんか?」

 別れ話の切り口は、やはり唐突に、ストレートな表現を用いて紡がれた。

 ギーシュはにこやかに微笑みながら、

「……理由を聞いてもいいかな?」

と、訊ねた。

 ケティは静かに頷いて、凛とした声を吐き出した。

「ミス・モンモラシーと二股をかけられた、と知った時」

「うん」

「すごく、傷つきました。裏切られた、と思いました。胸が苦しくて、痛くて、辛くて……たくさん泣きました」

「うん」

「でも、何より悲しかったのは……」

 ケティの脳裏に、あの日の、嫌な光景が蘇る。

 ギーシュの頬を引っ叩いた後、自分は食堂から逃げ出した。これ以上、一秒として彼の顔を見ていたくはなかったから。彼の顔を見たらきっと、ぼろぼろ泣いて、みっともない姿を晒してしまうと思ったから。だが同時に、ケティにはある期待があった。

「あの時、ギーシュ様は、私を追いかけてくれませんでした。私の後を追って、謝罪の言葉も、弁解の言葉もくれませんでした。その時、ああ、私は所詮、この人にとってその程度の女でしかないんだな、と思いました。それが何より、悲しくて、辛かったんです」

 ケティの言葉を、ギーシュは真摯に受け止めた。

 諧謔も、冗談も、詩人めいた口調も発さずに、彼は黙って頷いた。

「たぶん、私とギーシュ様は、このまま付き合い続ければ、きっといつか不幸になります。……だから、私と、別れてください」

 噴水の流れる水の音が、少年と少女の耳朶を撫でていた。

 最後に、蚊の鳴くような声で、改めて別れ話を切り出したケティに、ギーシュはしばしの間無言を貫いた。

 高い、高い天井を見上げ、溜め息をひとつこぼす。

 開け放たれた塔の出入口から吹き込む風が、ギーシュのマントを翩翻とはためかせた。

 夜の冷たい夜気も、いまのギーシュの目頭に篭もる熱を、取り除くことは出来なかった。

 ギーシュは、端整な美貌に微笑を浮かべた。

 相変わらず眼の熱は抜けなかったが、自分は男だ、と必死に言い聞かせることで、落涙だけは免れた。

 ギーシュは、視線をケティの顔に戻した。

「……返事は、せーので、一緒に言おうか」

「……そうですね」

「せーの」

 ギーシュの合図に、ケティは、静かに口を開いた。

「「はい、わかりました」」

 ギーシュとケティは、しばし見つめ合って、莞爾と笑った。

 諧謔が、そして詩人めいた口調が、ギーシュの舌に戻る。

「僕のような将来有望な貴族を振ったんだ。後悔しないでくれたまえ」

「ギーシュ様こそ。私のような可愛い子を振ったんです。後悔しないでください」

 そう言って笑ったケティの頬を、小さな水滴が一滴だけ滑っていく。

 はたしてそれは、噴水の水が跳ねたものか、それとも……。

 ギーシュは見なかったフリをして立ち上がると、「寮の部屋まで送っていくよ。彼氏だった男の、最後の勤めだ」と、言った。





 出来ることならば、知られたくはなかった。

 出来ることならば、誰にも知られぬまま故郷の世界に帰りたかった。

 異世界ハルケギニア。魔法という異能の力が当たり前のこの世界においてでさえ、己の持つ永遠神剣の力は異常だった。

 あのタバサというメイジの少女の放ったエア・ハンマーが直撃したときも、神剣の力で強化された肉体はさしたる痛みを感じなかった。

 あの青銅のゴーレムを殴った時も、オーラフォトンの盾で覆われた己の拳は、金属製の鎧を易々とぶち抜いた。

 この力は、決して露見してはならない。

 かつて有限世界でそうなったように、永遠神剣の存在が露見すれば、権力者同士の諍いに巻き込まれかねない。ハルケギニアではいまだに貴族による封建社会が徹底している。特定の貴族への力の集中は、最悪、この世界に戦国時代を招きかねない。

 ファンタズマゴリアの時とは事情が違う。自分から、開戦の火蓋を切ることは許されなかった。

 そう思えばこそ、わざと変質者を装って今日までを生きてきた。

 そう考えたからこそ、才人とギーシュの二人を鍛えようと思った。

 そう判断したからこそ、目の前の少女に着いていこうと思った。

 オールド・オスマンに自分の身に宿る力の存在を指摘されてわずか数分、「あなたに訊きたいことがある」と、自分を訊ねた青髪の少女。あまりにもタイミングが出来すぎている。もし、彼女が自分の正体について感づいているとして、その力を利用したい意図があるとしたら……

 ――目の前の少女を、消す。俺の、全存在を賭けて。

 手持ちの札は日頃鍛えた身体能力と、直心影流の御技。そして異能の永遠神剣の力。これだけの手札でも、ポーカーハンドは十分に成立する。

 大丈夫だ。己の能力なら証拠は残らない。残すつもりもない。るーちゃんや才人、ギーシュに迷惑は掛からない。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 低く呟いて、褌の男は自分よりもかなり小柄の少女の背中を追った。

 タバサに案内されて辿り着いたのは、なんと彼女の自室だった。

 ルイズの部屋と同規格の部屋らしく、日当たりを除けば同じ間取りをしていたが、彼女の部屋よりもいささか殺風景な印象が強い。時代や文化的な背景が違うから一概にはそうと言えないが、普通、女の子の部屋というのは、もう少しこざっぱりしているものではないだろうか。

 椅子を勧められて、柳也はそれに腰掛けた。褌に対して閂に差していた脇差を抜き、すぐ手に取れる範囲で壁に立てかけておく。

 タバサは、柳也をもてなす気はないらしく、茶の一杯も出さなかった。

 自身も椅子に座ると、彼女はとうとうと切り出した。

「ここなら、誰にも邪魔されずに話ができる」

 なるほど、これからするのは余人の存在を許さない話か。ということは、やはり自分の持つ力と、正体についての問いかけの可能性が高い。まだ断定は出来ないが。

「それで話とは? あなたのような可愛らしいお嬢さんとの会話は、望むところですが」

 相手の意図がいまだ不明瞭とあって、柳也はからかい口調で言った。

 タバサとは初対面ではないが、ほとんどそう形容してもいい短い付き合いの間柄だ。意図を推測するには、パーソナルなデータが決定的に不足している。はたして、このからかいの言葉にどう反応するか。反応如何次第では、ある程度のパーソナリティの特定が出来るが。

「あなたは何者?」

 語気に滲む陽気な態度を拒絶するかのように、タバサは無表情、無感動に言った。

 マイペースな反応。これだけで、彼女の性格的特性が窺い知れる。どんな時も、どんな状況にあっても自分を見失わない、我の強い人間のようだ。

 しかし何者とは……また単刀直入な切り口だ。つい先ほど、オスマン老人と交わしたやり取りが思い出される。やはり彼女は自分の正体に気付いているのか。

「あなたは、普通じゃない」

 続いて紡がれた言葉に宿る語気は、不信に満ちたもの。

 何が普通でないのか、その旨を訊き返す。するとタバサは、蚊の鳴くような小さな声で、しかし、はっきり、と言った。

「サモン・サーヴァントの儀式はわたしも見ていた。一度の召喚で二人も使い魔が現れるなんて変」

「……と言われましても」

 困ったように呟きながら、柳也は内心では安堵していた。

 どうやら彼女はオールド・オスマンのように、自分の中の永遠神剣の存在に気付いているわけではないらしい。

 だとすれば誤魔化しようもあるだろう。

 柳也としても好き好んで殺生をするつもりはない。

 自分は戦い好きだが、それは面白い戦いが好きなのであって、明らかに実力で劣る少女を嬲り殺すような趣味はない。殲滅戦は好きだが、虐殺は嫌いだ。舌先三寸でどうにか出来るのなら、それに越したことはない。

「あなたはどこから来たの?」

「……遠いところさ。たぶん、君の風竜でも一生かかっても行けないような場所だ」

 柳也はこの世界に召喚されたその日に、自分に攻撃してきた竜のことを思い出して言った。後からルイズに聞いて知ったが、あれは風竜というらしい。

 タバサの質問は、淡々と続いた。

 柳也はいつの間にか自分の口調が地に戻っていることに気付いたが、直すことなくそのまま続けた。

「そこはどんなところ?」

「一口には説明出来ないな。色々な側面を持った場所だよ。人がいて、人の数だけ夢があって、その数だけ、文化の営みがある」

「そう。……そこに、人の心に作用する薬はある?」

 返答に、一瞬詰まった。やけに具体的な質問。眼鏡の向こう側に横たる、水晶の瞳を見る。どうやら、その「心に作用する薬」とやらが、彼女の本題らしい。

 しばしの沈黙を挟む必要があった。

 人の心に作用する薬。それは、脳のはたらきに作用する薬ということか。彼女がいったいいかなるタイプの薬を欲しているかは知らないが、自分は薬剤師でもなければ心理学者でもない。そうした薬がある、という話は聞いたことがあるが、具体的な処方の仕方などは分からない。

 それに、病は気からという言葉もある。およそ薬と名の付くすべては、大なり小なり人の心に作用するものだ、とする薬剤師もいるくらいなのだ。

「あるか、ないかで言えば、ある。だが、申し訳ない。俺は専門漢だ。どういう薬があるのか、具体的な話になると、何も答えられない」

「そう」

 抑揚に欠けた頷き。しかし、その仕草からはかすかな落胆が感じられた。

 かつての自分であればおそらく見落としていただろう。無表情の中に垣間見える、僅かな感情表現を読み取る技術は、有限世界でアセリアらと接した際に身に付けたものだ。

 胸の内でいまも龍の大地で戦っているであろう戦友に感謝しつつ、柳也は頭を下げた。

 無表情に落ち込む彼女をただ黙って見ているのが辛くて、柳也は頭を下げ続けた。

「…………なんで」

「ん?」

 不意に頭にかけられた言葉に、柳也は顔を上げた。

 タバサは、無表情の中にも不思議そうな感情の色をたたえ、柳也を見ていた。

「なんで、謝るの? あなたは質問に答えただけ」

「いや、力になれなかったからな。……それに、日本人っていう民族は、そういうところ、きっちりしているのよ」

「日本人?」

「ああ」

 柳也は遠い眼をして、窓の外に視線をやった。

 異世界の夜空の星の並びに、ありもしない星座を重ねて想像する。

 想像の中の日本列島は、彼の主観でもう一年もその土を踏んでいなかった。

「……極東の最果て。四海に囲まれ、内外からの荒波に常に揉まれながらも独立し、力に満ちた国……。長い歴史と、素晴らしい文化に溢れ、なによりその国の民は勤勉で、粘り強く、謙虚にして、不屈の魂を胸に秘めている。俺と、才人君の故郷……それが日本だ」

「……変な発音」

「変、かな? やっぱり……」

 柳也は苦笑した。

 異世界ハルケギニアの人間には、やはり日本という発音は奇妙に聞こえるのか。

 しかし続くタバサの言葉に、柳也は莞爾と微笑んだ。

 タバサは、「でも、面白い話」と、無表情に呟いた。





 タバサの部屋はルイズの部屋のある階の二つ上の階にあった。

 柳也が螺旋階段を下りて部屋に扉を開けると、そこには――――――

「ののの、野良犬なら、野良犬らしく扱わなくちゃね。いいい、今まで甘かったわ」

 乗馬などでよく使われる革の鞭を持ったるーちゃんと、

「な、なんで鞭なんか持ってんだよ!?」

 何があったのか、逃げ腰の才人が、部屋の中で戯れていた。

「乗馬用の鞭だから、あんたにゃ上等ね。あんたは、野良犬だもんねッ!」

「野良犬かよ!」

 “ピシッ! ピシッ!” (←鞭を振るう音)

「いだっ! やめろ! ばか!」

「なによ! あんな女のどこがいいのよッ!」

「あんな女って、キュルケは良い女……って、柳也さん! たすけ……」

「お邪魔しました。どうぞ、ごゆっくり」

 柳也はにこやかに笑って部屋の扉を閉めた。

 うむ。なんて華麗な鞭裁きだ。鞭そのものも上等な革の一本鞭。あれはさぞかし痛いだろう。

 ――二人とも、いつ間にか、夜にあんなプレイを楽しむ関係になっていたとは……おじちゃん、ビックリだよ。

【ご主人様、お二人の邪魔をしてはいけませんから、今夜は別の場所で寝ましょう】

 ――そうだな。ギーシュ君に頼むか……最悪、野宿しよう。

 柳也は莞爾と微笑んで学生寮の螺旋階段を下りた。

 褌の男は、そういった夜の趣味嗜好について、非常に寛大な心を持ち合わせいた。




<あとがき>

 かくして、平賀才人は傷物にされたのだった(才人「ちょっと待てぃ!」)。

 ゼロ魔刃、EPISODE:10、お読み頂きありがとうございました。いやぁ〜、早いものでゼロ魔刃ももう十回ですよぉ。今回の話はいかがだったでしょうか?

 今回の話は原作でいうところの一巻143〜166ページの話です。才人とキュルケの絡みのところですね。あの裏側で起こっていた二組の男女の話をテーマに書きました。

 特に力を入れたのはギーシュとケティですね。原作ではこういうはっきりとした別れの描写がありませんでしたから。ギーシュがより大きな男になるためにも、ケティがより良い女になるためにも、二人の関係を清算する描写は入れるべきだと判断し、こうした構成にしました。

 さて、次回はデルフとの出会いですか。いよいよ一巻の内容も終わりに近付いてきましたねぇ〜。まぁ、当然タハ乱暴の書く話なので、原作通りでは終わりませんが。

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜




いや、珍しく真面目モードで結構物騒な事を考えているようだったのに。
美姫 「まあ、才人とルイズのやり取りも悪いと言えば悪いのかもね」
勘違いされているとルイズは気付いているんだろうか。
美姫 「どうかしらね。気付いたら気付いたで、また何か起こりそうだけれど」
デルフの出会いとなる続きが気になる所。
美姫 「そんな次回は……」
この後すぐ!



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