<スペース削減! 一行で分かる前回のあらすじ>

 変態の筋肉に洗脳された二人の少年は、その毒牙にかかった。以上。







 内容がよく分かったところで本編へどうぞ。

るーちゃん「い・い・か・げ・ん・に、しなさぁぁぁい!!!」

才人「お、俺はまだ洗脳されてないぞ!」

柳也「なるほど! そういう話かッ。つまり俺は黄色いさくらんぼ、うっふぅぅぅんな展開の中で、ゲルマンの戦士と一騎打ちをすればいいんだな!」

タバサ「……うるさい。シルフィード、やっちゃって」

柳也「ぎゃぱあああああああッ!!!」






 
 ……というわけで、改めて本編へどうぞ。
 




 夜。

 過日の決闘騒ぎが嘘のように、粛、と静まり返ったヴェストリ広場に、二人の男の姿があった。

 一人は六尺豊かな大男。ロダン彫刻のように筋骨隆々たる肢体を惜し気もなく月の銀色の光に晒し、白い褌を海軍式に履いた彼は勿論、桜坂柳也だ。ゼロ魔刃が始まってはや七回目、いまだ褌一丁のスタイルを貫いている彼が、なぜ、そうしているのかは永遠の謎に包まれている。

 もう一人は、長身だが柳也と違って痩身の男。青を基調としたパーカーにジーンズを履いた彼は、ご存知ゼロの使い魔主人公平賀才人だ。異世界ハルケギニアにやって来てはや五日、ようやく二つの月が浮かぶ夜空にも慣れ、彼は異界の星の並びにありもしない星座を見出して遊んでいた。

 柳也と才人は、ヴェストリ広場にある人物がやって来るのを待っていた。

 待ち人の名は、ギーシュ・ド・グラモン。三日前の決闘騒動で才人と戦った、ドット・メイジの少年だ。

 決闘騒動があったその日の夕刻、アルヴェーズ食堂の厨房で働く柳也を訪ねたギーシュは、彼に戦い方を教えてほしい、と弟子入りを志願した。どうやら、自信満々意気軒昂の体で臨んだ決闘に敗れたことで、何か思うところがあったらしい。柳也はそんなギーシュに決闘の敗因を指摘した上で、入門のテストとして一つの課題を提示した。昼間の決闘での敗因を分析し、あの時こうすれば勝てた、というイフのシミュレーションの提出を求めたのだ。その期日が、今夜だった。

 柳也は同じく弟子入りを志願した才人を連れて、ヴェストリ広場へと向かった。広場に足を運んでみると、ギーシュはまだ来ていなかった。

 精密な計時機能を持った時計が存在しないハルケギニアでは、約束の時間というのはどうしても曖昧になってしまう。異世界においては月や星の位置関係から時間を計るのが一般的だったが、生憎、今夜は曇り空だった。

「ギーシュ君が来るまで、もう少し時間があるかもしれないな」

 星の見えない夜空を仰ぎながら、柳也は小さく呟いた。

 あの貴族の少年自身は律儀な性格をしているようだが、なんといっても計時の手段が手段だ。それに空も曇っている。約束の待ち人が遅れてくることは目に見えていた。

 期せずして二人きりの時間を持ってしまった柳也は、才人に話しかけた。

 柳也にはこの機会に才人と話しておきたいことがあった。

「……俺に聞きたいことがあるんじゃないか?」

「…………」

 はたして、柳也の口からこぼれ落ちた質問は唐突だったか。

 問いかけに対し、才人少年は沈黙を以って答えた。その態度が、どんな言葉よりも雄弁に彼の内心を語ってくれた。

 柳也は構わずに続ける。

「ずっと奇妙に感じていた。目を覚ましてからの君の態度は、色々と挙動不審だった。さっきの弟子にしてくれ、もそうだ。いくら必要性を痛感したからといっても、出会ってまだ数日の男に、いきなり弟子入りを志願するのは性急すぎる」

 自分との距離を一足飛びで一気に詰めようとする才人。その真意がどこにあるのか、柳也は口を開いた。

「俺が何者なのか、知りたいんじゃないのか?」

 過日の決闘騒動でのことだ。戦いの決着がついたその直後、ギーシュの制御下を離れたワルキューレの一体が才人を不意打ちした時、咄嗟に永遠神剣の力を使ってしまった。

 出力を絞っていたとはいえ、現代世界出身の才人にはまるで自分が魔法使いのように見えたことだろう。

 あの時、驚く才人に、自分は言った。

「あの決闘の最中、言ったな。君と同じ日本人で、異世界ファンタズマゴリアからやって来た化け物だ、と。……訊きたいのはその辺りのことじゃないのか?」

「……そうです」

 才人は静かに首肯してみせた。

 己を見つめる少年の眼差しには、好奇と、畏敬と、自らを化け物と呼んだ男へ向けた、恐怖の感情がありありと滲んでいた。

「……まず最初にはっきりさせておくと、俺は間違いなく日本人だ。地球で生まれ、日本で育った。だが、この男はある日、突然に異世界に飛ばされてしまった。ここじゃあない。ハルケギニアはまったく別な異世界だ。俺と、俺と一緒に召喚された友人達は、その世界のことをファンタズマゴリアと呼んだ」

 柳也はかつて自分が有限世界に召喚された経緯と、そこであった出来事を語った。

 あまりに突拍子もない内容だ。普通ならよく出来た法螺話として失笑を誘うか、あなたの書いている空想小説の内容ですかと感心されるところだろう。しかし、才人はそのどちらの反応も取らず、男の口から語られる異世界の光景を真剣な表情で聞き入っていた。

「ファンタズマゴリアに召喚された俺達は、そこでの生活を余儀なくされた。どんな世界であろうと、そこに動物が存在する限り、食物連鎖と経済活動とは無縁ではいられない。俺達は今日を生きる糧を得るために、仕事をしなければならなかった。俺達はそこで、軍人という仕事に就いた」

「軍人って……」

「そうだ。ファンタズマゴリアで、俺は、戦争をしていた。異世界での出来事だが、俺はもう、何人も殺している」

 唐突な告白。目の前にいる男は殺人犯と告げられて、才人の顔が硬化する。無理もない。現代日本人にとって殺人は最も疎遠な事象の一つだ。法務省発表の犯罪白書によれば、国内における殺人事件の認知件数は毎年一二〇〇件前後。難病と同じで、一〇万人に一人のケースだ。斯様に人の生き死にと縁遠い環境で育った彼が、自分の告白にどう反応してよいか分からぬ心情も理解出来る。

 柳也は己の右手を見つめた。父の形見の大刀を振るって龍の大地を駆け抜けた日々のことを思い返す。刃が肉を裂き、骨を砕く感触が、まざまざ、と蘇った。思わず、笑みがこぼれた。

「ファンタズマゴリアにおいて、俺達異世界からやって来た人間はエトランジェと呼ばれた。外人部隊、という意味の単語だが、有限世界ではもう一つ、別な意味を持っている」

「それは……」

「化け物、さ。ファンタズマゴリアに召喚された時、俺達地球人の肉体はマナという物質で再構成されるんだ。その結果、俺達の体は、地球で暮らしていた時の何倍も速く、何倍も強く動けるようになった。そんな俺達は、あちらの人間には人外の力を持った怪物にしか見えないらしい。……あの時、ワルキューレを倒した俺の右手が光っていたのは、見たかい?」

「あ、はい」

「あれもな、ファンタズマゴリアに召喚されてから得た力なんだ。ま、いわゆる魔法って奴だな。ただし、ハルケギニアの貴族の皆さん方が学ぶような高尚な代物じゃない。より迅速に、より効率的に、より多くの敵を殺すための技だ。たぶん、いまの俺は、その気になれば戦車一個中隊くらいの活躍は出来るだろうな」

 ワンマン・アーミーというフレーズがある。映画「ランボー」の原作となった「たった一人の軍隊」の書名だ。いまの自分は、まさにそれだろう。

 この身は銃弾を跳ね返し、その剣技は鋼鉄をも斬割する。誇張でも何でもない、厳然たる事実だった。

 望んで得た力ではない。しかし、自分はその力を振るってしまった。力を振るうことを、楽しんでしまった。

 柳也は薄く笑いながら続ける。

「君が師事しようとしている男は、そういう人間だ。君が師事しようとしている男は、まごうことなき人殺しだ。弟子入りの件は、その辺りのことも含めて考えねばならないぞ?」

 悠人は才人の肩を叩いた。

 ヤスデの葉のように大きな手だ。

 しかし、この手は人を殺している。

 血塗られた手が肩を撫で、才人の顔が、くしゃくしゃ、に歪んだ。

 強くなりたい。いや、強くならねばならない。僅か数時間前に彼の口をついて出た決意の言葉は、早くも揺らいでいるらしかった。

 柳也はそんな才人の様子を微笑ましげに眺めた。

 そうだ。もっと悩め。もう一度冷静になってよく考えてみろ。その上で出した結論であればこそ、強くなりたい、と口にした想いの強さが分かるというものだ。

 才人の負けん気の強さと調子に乗りやすい性格はこの数日間の付き合いでよく分かった。彼は熱しやすく冷めやすい。一度火が点くと凄まじいエネルギーを発揮するが、水をかけられると酷く落ち込んでしまう。感情の起伏が激しい、ラテン系の人間といえた。

 先ほど自分に弟子入りを志願した時の才人は、まさに熱されていた状態だった。周囲の環境が、強くならなければならない、という意識を生み、彼の心に火を灯した。自分との距離を一気に詰めようとする才人の行動力は、素晴らしいものがあった。

 他方、いまの才人はまさに冷えた状態だ。師事を願った男が人殺しだと知って、一度は奮い立った心が萎えてしまった。いまの才人からは、先ほどまでのエネルギッシュな印象は感じられない。

 もし、才人がこの状態を経てなお自分への弟子入りを志願するとしたら、彼の抱いた決意は本物だといえる。

 冷めやすい彼の中に残った小さな炎。決意の熱を、柳也は感じたかった。

「まぁ、時間はある。よく考えるといい」

 そう言って、柳也は視点を才人から移動した。地の塔の方から、誰かがこちらに向かって歩いてくる。待ち人がやって来たようだ。

 まごうことなき見事な金髪が、夜風に吹かれてそよいでいた。





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE07:「この鎖骨化筋にキスをしろぅ!」





 柳也の姿を認めるや小走りに駆け寄ってきたギーシュは、一緒にいた才人の方を、ちらちら、と気にしながらも、彼の前に立つと頭を垂れた。

「お待たせしてすみません」

「いや、俺達もそう大した時間は待っていない。……さて、ギーシュ・ド・グラモン、早速だが宿題はちゃんとやってきたかね?」

「はい」

 ギーシュは素早いレスポンスで応じた。

「先日あなたに指摘された四つの敗因を踏まえた上で、シミュレーションを考えてみました」

 あの決闘騒動で圧倒的な実力差を誇ったはずのギーシュが敗北した原因として、柳也は彼の慢心を指摘し、さらにそこから生じた三つの敗因を示した。

 自立行動可能な七体のワルキューレを、なぜ最初からすべて投入しなかったのか。

 よりにもよって決闘の最中に、なぜ敵に塩を送るようなまねをしたのか。

 なぜ戦闘のすべてをワルキューレに任せ、自分は何もしなかったのか。

 それらすべての敗因は、敵はただの平民と相手を舐めきっていたことに由来した。

「謙虚になれ。平民だからといって侮ることなく、相手を一人の人間として認めろ。たしかに相手はメイジではない。けれども、小さいながらも牙を持ち、それを操る知恵を持っている。平民は、決して愚者ではない。初めから慢心して戦いを挑めば、思わぬ反撃を受けることもある。負けることもある。

 ……ミスター・リュウヤ、あなたの言った通りでした。どんなに考えてみても、慢心は足枷にしかならない。戦いに際しては慢心を捨て、けれども自信は持って挑まねばならない。まだ弟子入りも果たしていない僕ですが、あなたは最初にその心構えを教えてくれた。感謝します」

 ギーシュはその場に片膝をつき、頭を垂れた。

 平民の柳也に対しても感謝の気持ちを忘れないその態度は、礼儀正しい所作とあいまって、見ていてとても気持ちのよいものだった。

 柳也はその場に、どかっ、と胡坐をかいた。小石や硬い草花が剥き出しの尻に、ちくちく、と痛かったが、彼は気にすることなく言った。

「聞かせてもらおうか。君は、あの時どうすれば勝っていたのか?」

「はい」

 ギーシュも頷くとその場に座り込んだ。マントや制服が汚れるのも気にせず、金髪の青年は口を開いた。

「まずシミュレーションの前提条件は、僕はその日、初めて彼と会ったということです」

 ギーシュはその場の流れで腰を下ろした才人を見た。

「僕はその時点で、彼がいったい何者で、どんな人格を持ち、どれほどの腕前を持っているのか。どんな技を得意としているのか。そういったパーソナルな情報を何も知りません。これが武術の達人であれば、僅かな所作からでも、相手の実力を正確に測れるのでしょうが、生憎、僕はそうじゃない。相手の力量や出方が分からない以上、僕は慎重に戦いを挑まなければなりません。

 そこでまず、僕はワルキューレを六体召喚します」

「六体? たしか君のワルキューレは七体いたはずだな?」

 柳也は唇の端を僅かに釣り上げながら訊ねた。七体のワルキューレのうち、六体しか召喚しないギーシュの考えについて、大体の察しはついていたが、柳也は少年の口から説明を求めた。

 ギーシュは躊躇いなく頷いた。

「一体は予備兵力です。最初に言った通り、相手の出方が分かりませんから。最後の一体は、奥の手として取っておきたいと思います。召喚した六体も、この時点では相手の攻撃力が分かりませんから、一体は僕自身の護衛に回し、残りの五体で攻撃を仕掛けます」

 戦いは先手を取った方が有利であり、その先手で主導権を掌握した方が俄然、有利となる。やや臆病になりすぎているきらいは否めないが、ワルキューレを積極的に攻撃に回そうとするギーシュの運用は、戦術的には正しかった。

 過日の決闘では、才人はギーシュが錬金した剣を持った途端、動きが良くなった。パワーとスピードの両方が飛躍的に上昇し、スタミナも向上した様子だった。あの一連の変化の原因が武器を持ったことにあるとしたら、この時点で丸腰の才人に勝ち目はないだろう。

 それでも、柳也には訊いておきたいことがあった。

「もし、相手の力量が予想外に高く、五体のワルキューレが一瞬にして倒されたらどうする?」

「その時は、護衛に回した一体を犠牲にします」

 ギーシュは寸分の迷いもなく言い切った。

 なるほど、この程度の事態は考慮済みだったか。

「護衛の一体を盾にし、素早く予備戦力のワルキューレを召喚して、不意打ちを仕掛けます。不意打ちが無理なら、盾にしたワルキューレを錬金で拘束具に変え、動きを止めたところを狙います。場合によっては、僕も攻撃に参加します」

 ギーシュは土系統のメイジだ。土系統の魔法に直接的な攻撃力を持ったものは少ない。であれば自分はもっぱら支援に回り、ワルキューレの能力を十全に発揮出来る状況作りに尽力する。なるほど、戦術的に正しく、よく練り込まれた作戦だ。ワルキューレという自律行動可能な高性能な武器の特性を、よく活かす努力がなされている。

 柳也はギーシュの言ったシミュレーションの中に自分を投じて考えてみた。拘束具自体は〈決意〉と〈戦友〉の力で何とか出来るだろうが、そのためにはコンマ数秒から二秒ほどの時間が必要になるだろう。その間に、ワルキューレの攻撃を受けたとしたら……オーラフォトン・シールドやバリアといった防御手段を持つ自分であればいざしらず、並のメイジではその時点で詰みが確定だ。

 ――魔法戦闘の才だけが自慢と言っていたが……こいつは良い素材だ。ちゃんとした勉強をし、経験を積めば、良い将軍になるだろう。

 自分の手持ちの札をよく把握し、その能力を十分発揮出来る状況をデザインする能力は、上位の指揮官あるいは戦術家にとって必須の能力だ。柳也はギーシュを、集団戦に強いタイプと判断した。自分が前衛で、彼が後方よりサポートに徹すれば、さぞ面白い戦いが出来ることだろう。柳也はその光景を想像して微笑んだ。

「錬金で生んだワルキューレのゴーレムを、さらに錬金して拘束具に変えるというアイデアは良いな。

 ……だが、もう一つだけ訊いておきたい。あの決闘の後半戦、才人君は物凄いパワーを発揮しただろう? 種類にもよるが、拘束具が引きちぎられた場合などはどうする?」

「肝心なのは、こちらが攻撃するための隙を作ることです」

 ギーシュは言った。

「どんなに強くても、相手も人間です。急所に一撃叩き込めばそれで終わる。問題は、その隙を如何にして作るかです。相手の脚を引っ張れるなら、別に拘束具でなくてもいい。足下に撒いた薔薇をトラップに錬金しても十分事足りるはずです」

「ちゃんと次善の策を用意していたか」

 柳也は嬉しそうに微笑んだ。

 人間は自分にとって都合の悪い事態を出来るだけ考えないようにしたがる生き物だ。柳也自身、そのきらいは否めない。しかし、今回君が示したシミュレーションはその辺りのこともちゃんと考えられていた。

 先の決闘の反省がよく活かされている。あの決闘におけるギーシュの敗因は、なにより彼の慢心にあった。過剰な自信は己の目を曇らせる。あの時のギーシュは、自分に不利な状況や、自分の作戦が破られることなど考えもしなかっただろう。それを考えると、今回のシミュレーションはよく出来ていた。

「……ふむ。全体としてちょっと控えめなきらいがあるが、悪くはないな」

「本当ですか?」

 柳也の言葉に、ギーシュは嬉しそうに微笑んだ。

「本当さ」

 柳也はそんな彼に右手を差し出した。

「弟子入りを認めよう、ギーシュ・ド・グラモン。君は自分の失敗を冷静に見つめ直し、不都合な事実から目を背けない勇気を持った男だ。剣に限らず、武の道は生涯修行だ。ともに己を鍛えていこう」

「はい、ミスター・リュウヤ!」

 ギーシュは柳也の右手を嬉しそうに握った。

 ぶんぶん、振り回す彼に、柳也は苦笑しながら続けた。

「ミスターか……ちょっとこそばゆいが、良い響きだ」

 同性の柳也をして思わず見惚れてしまう端整な顔に、はにかみが浮かぶ。

 柳也は少年の右手を強く握り返した。





ギーシュと握手を交わした柳也は、「さて……」と、呟いて、背後の才人を振り返った。

 自分に弟子入りを志願した少年は、泣きそうな顔でこちらを見つめていた。

「ギーシュ君の弟子入りは決まった。才人君、君はどうする?」

「俺は……」

「君が師事しようとしている人間は、まごうことなき人殺しだ。人を殺すことで毎日の糧を得るだけでなく、己の快楽のために人を殺してきた男だ。それでも、君は俺に師事を望むのか?」

 柳也はあえて淡々とした口調で言の葉を叩きつけた。

 才人は握り拳を作ったまま、その場に立ち尽くしている。俯き、暗い地面を、じっ、と見つめ、必死に何かを考えている様子だった。
 
「この世界で生きていくためには、強くならなければならない。そのために、自分に戦い方を教えてほしい。……君はそう言ったな?」

「…………」

「強くなるだけならば、方法はいくらでもある。たとえばそう、武器を持てばいい。自分自身に戦闘力がなくとも、強い兵隊をたくさん雇えるよう、財を蓄えればいい。最悪、無抵抗主義という武器を取ったっていいはずだ。強くなるための手段はいくつもある。そうした中で、俺でなければならない理由はあるのか? 人殺しのための技でなければならない理由はあるのか?」

「俺は……」

 才人はいまだに胡坐をかいたままの柳也を、キッ、と見下ろした。

「強くなりたいんです。俺がこの世界で生きていくためもそうですけど、それと同じくらい、あいつに……もう二度とあんな顔をさせたくないんです」

「あいつ?」

 柳也の双眸が、鋭く細まった。

 才人は決然とした表情で、顔を上げた。

「俺のご主人様は……るーちゃんは、性格最悪で、胸も貧相だし、特に尻が魅力的ってわけでもない。でも、顔だけは滅茶苦茶可愛い。きっと、あいつには笑顔が似合う。それなのに、あの決闘の時、俺はあいつを泣かせちまった。きっとあいつに、いちばん似合わない顔をさせた。……あの泣き顔見た瞬間、胸がスッゲー苦しくなりました」

 その時の痛みを思い出したか、才人は右の掌を自身の心臓の位置に添えた。

 自らの胸倉を握り締め、才人は切々と訴えた。

「俺ってなんて駄目な男なんだろう。こんな可愛い女の子を泣かせるなんて、なんて愚かな男なんだろう。そう思いました。……性格最悪だろうが、貧相な身体つきしてようが関係ないです。男は、女を泣かせた時点でみんな悪人だ。もう二度と、この泣き顔を見たくない、って思いました。

 そしていまの俺は、るーちゃんの使い魔だ。不本意だけど、なっちまったもんは仕方がない。使い魔のいちばんの使命は、ご主人様を守ること……らしいです」

「…………」

「殺すための技だって構いません。殺すための技だって、きっと、守れるものがある。お願いします、柳也さん。俺に、戦い方を教えてください!」

「自分のために、そして女のために強くなりたい、か……」

 柳也は不敵な笑みをこぼした。

 言葉の冷水を浴びせかけて、残酷な事実を突きつけて、それでもなお残った、強くなりたいという決意。その拠り所が、まさかるーちゃんとは……。

 ――愛する者のために強くなる。……ったく、こんなトコまで悠人に似なくてもいいだろうに。

 いまもきっと龍の大地で戦っている友人と、目の前の少年はどこか似ている。そして高嶺悠人という男は、誰かのために強くなれる男だった。愛する者達のために、強くなれる男だった。佳織のために。アセリア達のために。強くなれる男だった。

 ――客観的に見れば馬鹿げた理由だ。女のために命を張るなんて、今時、流行らないだろうに……だが。

 柳也は才人に右手を差し出した。

 才人は驚いた様子でその手を見つめた。

 柳也はにこやかに微笑んで言った。

「個人的には、そういうシンプルな理由の方が好きだな」

「え?」

「いいや、こっちの話だ。平賀才人君、ギーシュ君にも言ったことだが、武の道は生涯修行だ。俺と一緒に、自分の剣を磨いていこう」

「それって……」

「みなまで言う必要があるのかな?」

 柳也はニヤリと、唇の端を釣り上げた。

 相変わらず凶悪な面魂だったが、才人は臆せず差し出された右手を取った。





 ミス・ロングビルは魔法学園本塔の学園長室の一階下にある、宝物庫へと足を運んでいた。

 魔法学院設立以来の秘宝の数々が収められた場所で、生徒は無論のこと、一般の教職員ですら学園長の許可なしに入室することは禁じられている。出入口は分厚い鉄の扉に守られ、扉には太い閂がかかっていた。閂はこれまた巨大な錠前で守られている。

 鉄の扉の前に立ったミス・ロングビルは、慎重に辺りを見回すと、ポケットから杖を取り出した。

 短い鉛筆くらいの長さだが、彼女が手首を振ると、杖は、するする、と伸びてオーケストラの指揮棒大に変化した。

 ミス・ロングビルは低く呪文を唱えると、錠前に向けて杖を振るった。

 “アン・ロック”の魔法だ。扉の開錠を促す呪文だが、錠前からは何の反応もない。どうやら鉄の扉には、何らかの魔法に対する防護措置が施されているらしかった。

「まあ、元々ここの錠前に“アン・ロック”が通用するとは思ってなかったけど」

 ミス・ロングビルは、くすり、と妖艶に微笑んだ。この場に柳也がいたら、一瞬の躊躇いなくルパン・ダイブを敢行すること請け合いの、魅力的な笑みだった。

 彼女は自分の得意な呪文を唱え、また杖を振るった。

 “錬金”の魔法だ。土系統の魔法を象徴する呪文で、その系統のメイジ必修の魔法でもある。

 魔法は扉に届いたが、やはり鉄の扉からは何の反応もなかった。

 ミス・ロングビルは能面のように不変の表情で呟く。

「スクウェア・クラスのメイジが、“固定化”の呪文をかけているみたいね」

 “固定化”の呪文は物質の酸化や腐敗を防ぐ魔法だ。主に古い書物などを保存する目的で使われる魔法で、これをかけられた物質はあらゆる化学反応から保護される。魔法は解除されるまで永続的に効果を発揮し、使い手のメイジが死んだとしても、永遠にそのままの姿を保つことが出来た。

 “固定化”をかけられた物質には“錬金”の呪文も効力を失う。“アン・ロック”の魔法も同様だ。但し、呪文をかけたメイジが、“固定化”をかけたメイジの実力を上回ればその限りではない。

 しかし、鉄の扉に“固定化”をかけたメイジは相当強力らしく、土系統のエキスパートたるミス・ロングビルの“錬金”も通用しなかった。

「何か他の方法を……魔法以外の方法を探さないと駄目みたいだね」

 ミス・ロングビルはかけた眼鏡を持ち上げると、呟いた。

 その時、彼女は階段を登ってくる一つの足音に気が付いた。

 杖を折りたたみ、ポケットにしまう。

 はたして、現われたのはコルベール教員だった。

「おや、ミス・ロングビル。ここで何を?」

 コルベールは間の抜けた声で訊ねた。ミス・ロングビルは愛想の良い笑みを浮かべて答える。

「ミスタ・コルベール。宝物庫の目録を作っているのですが……」

「はぁ。それは大変だ。一つ一つ見て回るだけで、一日がかりですよ。何せここにはお宝ガラクタひっくるめて、所狭しと並んでいますからな」

「でしょうね」

「オールド・オスマンに鍵を借りればいいじゃないですか?」

 ミス・ロングビルは微笑んだ。

「それが……ご就寝中なのです。まあ、目録作成は急ぎの仕事ではないし……」

「なるほど。ご就寝中ですか。……あのジジイ、じゃなかったオールド・オスマンは、一度寝るとファイヤボールを叩き込んでも起きませんからな」

 コルベールの発言には、やけに実感が篭もっていた。もしかすると過去、本当にやったことがあるのかもしれない。

 見た目にそぐわぬ、なかなかに過激な人物らしかった。

「では、僕も後で伺うことにしよう」

 ミスタ・コルベールはランプを手に歩き出した。数歩歩いて、立ち止まり、振り向いた。

「ところで、その……ミス・ロングビル?」

「なんえしょう?」

 照れくさそうに笑いながら、ミスタ・コルベールは口を開いた。

「もし、よろしかったら、なんですが……。夕食をご一緒にいかがですかな?」

 ミス・ロングビルは、少し考えた後、にっこり、と微笑んだ。

「ええ、喜んで」

 二人は並んで歩き出した。

「ねえ、ミスタ・コルベール」

 少しくだけた言葉遣いになって、ミス・ロングビルが話しかけた。

「は、はい? なんでしょう」

 自分の誘いがあっさり受け入れられたことに気を良くしたミスタ・コルベールは、跳ねるような調子で答えた。

「宝物庫の中に、入ったことはありまして?」

「ありますとも」

「では、“破壊の杖”をご存知?」

「ああ、あれは、変わったアイテムでしたなあ」

 ミス・ロングビルの目が、怪しい輝きを灯した。

「と、申されますと?」

「外見は、まあ、大きな杖といったところです。何らかのマジック・アイテムには違いないのですが、どうも、我々の知る系統魔法とは別な力で動いているらしく、いくら精神力を篭めても、うん、とも、すん、とも言わんのですよ。……そういえば」

 ミスタ・コルベールは思い出したように言った。

「以前、オールド・オスマンが酔った拍子に言っておりましたなぁ。『あの“破壊の杖”は恩人の形見で、本当は“破壊の杖”なんて名で呼びたくはない。しかし、あの杖に名前を付けるとしたら、それ以外に相応しい名前は思いつかなかった。あの杖の力は、一国を滅ぼしかねない』と」

「それは……恐ろしいお話ですね」

「まぁ、酔った時の話ですし、眉唾物ですが」

 ミスタ・コルベールは肩をすくめた。

「……そうそう、オールド・オスマンはこうも言っていました。『“破壊の杖”の起動には、精神力の多寡や、メイジのランクは関係ない。あれを起動させるには、資格者が永遠神剣に触れるだけでよい』と」

「資格者? 永遠神剣?」

 ミス・ロングビルは怪訝な顔をした。

「いったい何のことですの?」

「それは分かりません。問いただそうとしたら、酔いが回りすぎたのか、オールド・オスマンは眠ってしまいまして。翌日には、酒を飲んだこと自体忘れておりました。ただ……」

「ただ?」

「ミス・ロングビルは、先日の決闘騒動を憶えていますか?」

「ええ。……たしか、ミス・ヴァリエールの使い魔の少年と、グラモン家の長男が戦ったのですわね?」

「はい。あの決闘の直後、ギーシュ・ド・グラモンのワルキューレが少年に襲い掛かり、それを、ミス・ヴァリエールの召使いの男が倒したのですが……その光景を見たオールド・オスマンが、また『永遠神剣』と呟かれまして……」

「召使い、というと、あの裸体の?」

「はい。あの変態の」

「あの凶悪そうな?」

「はい。あの凶暴そうな」

「いったいどういうことなのでしょう?」

「分かりません。ただ、あの青年とオールド・オスマンを助けたという恩人には、何か共通点があるのかもしれません。ひょっとすると、あの青年なら、“破壊の杖”を起動させられるかもしれませんなぁ」

 ミスタ・コルベールの言葉に、ミス・ロングビルは、にっこり、と笑った。

 ぷっくり、と肉厚の唇が邪悪な冷笑を浮かべていることに、ミスタ・コルベールは気が付かなかった。





 ミスタ・コルベールは、そしてミス・ロングビルは気付かない。

 鉄の扉の向こう側。

 宝物庫の中で、二人の会話を聞いていた存在がいたことに。

 人ではない。

 獣でもない。

 二メートルほどの長大な杖の頂に収められた蒼い結晶は、意志と力を持っていた。

 オールド・オスマン曰く、一国を滅ぼしかねない力と。

 新たな契約者を求める意志とが。

【……あの、女……】

 声が、爆ぜる。

 誰にも聞こえない、声が、宝物庫に消える。

【弱い……が……我…振るう……資格が……る】

 固定化”がかけられた樫の棒の先端で、蒼い宝石は輝いていた。その下には、鉄のプレートがあった。鉄のプレートには、『破壊の杖。持ち出し厳禁』と書かれている。

【目覚めの……近い。破壊……近い】

 鎖で繋がれた杖は、蒼の宝石は、いまの現状に対する不満を訴えるかのように、ぶぅぅぅん、と震えていた。

 蒼の宝石の中に、ミス・ロングビルの顔が映じた。

【女……く……来い。我を……こせ。我の名は……】







【永遠神剣第五位〈殲滅〉なるぞ……】





 運命は、回り出す。

 永遠を生きる神の剣の意志は、少年たちを、あるはずのない未来へと導く。

 その時、出会うはずのなかった男は、そして女は……。


<あとがき>

 筋肉の魅力に取り付かれた少年たちは、かくして褌の魅力に取り込まれたのだった。

 ゼロ魔刃、EPISODE:07、お読み頂きありがとうございました。

 いやぁ、今回の話は難産だったなぁ。原作にない展開だし、一巻の頃の才人達ってまだキャラが完全に固まってない頃だし……とにかく、難しい!

 何が難しいってタハ乱暴は一読者としてゼロ魔が好きだからです。

 ゼロ魔は若い少年少女達が冒険する物語であり、成長する物語でもありますから、成長したキャラに慣れすぎると、その前段階が書きにくくなってしまう。才人の感情の起伏がこれで良いが、すんごい悩みました。

 さて、今回の話では最後の方で妖しい奴が登場しましたね。

 うん。曲がり間違っても柳也じゃ勝てそうにない強力な奴が。

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜




才人とギーシュが弟子入りし、
美姫 「最後には何やら怪しげな事まで」
何気に強力な神剣が仕舞われているみたいだな。
美姫 「しかも、契約者を既に定めているっぽいしね」
今後の展開に暗雲が。
美姫 「一体どうなるのかしらね」
続きが気になります。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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