<スペース削減! 一行で分かる前回のあらすじ>

 変態は才人を担いで部屋へと戻った。以上。

 物語の流れがよく分かったところで、本編へどうぞ。

るーちゃん「いい加減にしなさぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!」

才人「もう何がなんだか分からない!」

柳也「なるほど! そういう話かッ。つまり俺はシチリア島に赴いてごっどふぁーざーと戦ってくればいいんだな!」

タバサ「……うるさい。シルフィード、やっちゃって」

柳也「ぎゃぱあああああああッ!!!」

 ……というわけで、改めて本編へどうぞ。

 

 

 才人とギーシュの決闘があったその日の夕刻。

 褌の男こと桜坂柳也は、アルヴィーズの食堂にひとり足を運んでいた。無論、食事を摂るためではない。いまは召使いの身分にある柳也が、魔法学院の食堂で食事を摂るにはご主人様のルイズが同伴する必要がある。しかし、食堂にやって来た彼の隣に、桃色がかったブロンドの長髪が美しい少女の姿はない。

 柳也は食事を摂るのとは別な用件で、食堂の主……マルトーコック長を訪ねていた。

 ギーシュとの決闘の結果、今日の夕食時も食堂の仕事を手伝う約束をしていた才人が来られなくなってしまったことを伝えるためだ。それに加えて、その才人の看病で食堂に行けないルイズの分の食事を、彼女の部屋へ届けるよう依頼することも目的としていた。

「……というわけで、才人君は今日こちらには来れません。その代わりといってはなんですが、今日は彼の分も俺が働きます。ですので、どうかるーちゃんの部屋にデリバリーしていただけないでしょうか?」

「まぁ、そういうことじゃ仕方ねぇな」

 柳也から才人の傷の具合を聞いたマルトーコック長は、顎鬚を撫でながら呟いた。

「本当は出来立ての熱いやつを食べさせてやりたいんだがな。そういうことじゃ仕方がない。後で、シエスタにでも持っていかせよう」

「ありがとうございます」

「いいってことよ。……なんといったって、“我ら拳”の頼みだからな」

 そう言って、マルトーコック長は、ニカッ、と白い歯を見せて笑う。

 柳也はなんとも背筋がむず痒い思いをしながら苦笑いを浮かべた。

 マルトーコック長は四十過ぎの恰幅の良い男だ。勿論平民だが、魔法学院のコック長ともなれば、身分の低い貴族などよりも収入はよっぽど高い。羽振りのいい平民の例に漏れず、彼は魔法学院に勤めてはいたが、貴族と魔法を毛嫌いしていた。

 そんなマルトーにとって、メイジのギーシュを剣で倒した才人や、ゴーレムを拳で叩き壊した柳也の活躍は、さぞ痛快だったのだろう。彼は自分のことをたいへん気に入ってくれたらしく、“我らの拳”という呼び名まで付けた。「才人の呼び名も作ったのか?」と、柳也が問うと、マルトーは満面の笑みを浮かべて、「当然だ。俺は、これからあいつのことを、“我ら剣”と呼ぼうと思っている」と、答えてくれた。どちらも赤面物の呼称だ。

 柳也は、海軍式に結んだ褌に脇差を差したいつもの装いの上に、予備のエプロンを身に付けるとマルトーに向き直った。

「それじゃあシェフ、今夜の俺は、何を手伝いましょう?」

「基本は皿洗いだな。俺としては給仕もさせたいが、なんせ、お前さんは褌以外裸だからなぁ。上流階級の坊ちゃん嬢ちゃんは、そういうのに煩いんだよ」

 なお、柳也がいまだ褌一丁のスタイルを貫いているかは永遠の謎である。

 マルトーコック長の言葉を受けた柳也は、芝居がかった態度と仕草でかぶりを振り、溜め息をついた。

「むぅ……残念ですね。個人的には、裸一貫は男の戦闘態勢だと思っているのですが」

「下ネタかよ」

 マルトーコック長は大きな口を開けて、ガハハ、と笑った。下品な言い回しや汚らしい言動は、貴族よりも平民に人気がある。

 柳也は早速皿洗いの仕事に集中した。現代世界ほど水道設備が整っていないハルケギニアの食堂では、節水が基本となる。少ない水でより多くの皿を洗うには、常に考えて作業することが重要だ。給仕係が持ってくる皿をただ漫然と一枚々々洗うだけでは、非効率的すぎる。

「リュウヤさん、次のお皿を持ってきました」

「おう。ウレーシェ、シエスタ。そこに置いといてくれ。……さすがに全員、貴族なだけのことはあるな。食べ方がみんな綺麗だ」

 ヤスデの葉のような手の中で、くるくる、と皿が回っている。へちまのスポンジで拭ってやると、デミグラスソースの汚れが、すぅっ、となくなった。次の皿を手に取る。皿を見る柳也の目が、僅かに鋭くなった。皿の上に、ニンジンの欠片が三つ残っている。

「……む。この皿のモンを食べた奴はニンジンが嫌いだな。いかんなぁ、好き嫌いは。ましてや残すなんてとんでもない」

「本当に。勿体ないですよね」

 険の帯びた表情で呟くと、隣でシエスタが頷いた。

「食べちまうか」

「あ、食べます? はい、どうぞ」

 汚れ物を扱っている柳也の手は使えない。シエスタはニンジンの欠片にフォークを刺すと、柳也の口へと運んでやった。がぶり、と頬張る。その昔、戦国武将の加藤清正に憧れて拳骨を丸呑み出来るよう鍛えた大顎が何度も上下し、口の中に深い甘みが広がった。唾液の分泌が止まらない。噛めば噛むほど、美味いと感じる。柳也の顔が、輝いた。

「くぅぅ……美味い! 美味いぞ!」

 柳也は思わず歓声を上げた。

 喝采を受け、背後でフライパンを相手に格闘していた若いシェフが人懐っこい笑みを浮かべた。

「当然だ。ここには一流のシェフしかいねぇんだからなッ」

「……この世には、目で楽しむ芸術と、耳で楽しむ芸術と、舌で楽しむ芸術がある」

 健啖家の貴族のために、お代わりのシチューを煮込むマルトーコック長が口を開いた。

「この中でいちばん高等なのは舌で楽しむ芸術だ。人間は食べなきゃ生きていけねぇ。何もしていなくても毎日腹は減る。料理こそが、人間の生に直接関係する唯一の芸術だ」

「その通りです、マルトーコック長」

 柳也は何度も頷いた。シエスタに催促。二個目のニンジンを、口いっぱいに堪能する。

「料理こそが最高の芸術だ。この芸術が分からないとは……くぅぅぅ、なんと勿体無い! このニンジンを残した奴は、きっととんでもないろくでなしだ!」

「ありがとよ、“我らの拳”! ははは、俺はますますお前のことが気に入ったぞ。俺もこの魔法学院に勤めるようになって長いが、お前ほど俺達の作った料理を美味そうに食ってくれる男はついぞ見たことがねぇぞ?」

「本当です。リュウヤさんはきっと、料理を食べる天才ですね!」

 シエスタがカスミソウを思わせる可憐な微笑みを浮かべて言った。

「料理を作った人を喜ばせる、最高の笑顔の持ち主です」

「……そこまで言われると、さすがに照れるな。まぁ、俺が男前だということは、以前から分かっていたことだが」

「いや、それはねぇよ」

 柳也の男前発言を、マルトーコック長は神妙な顔で否定した。厨房にいた他のコック達も、みな一様に首を縦に振っている。心優しい、人間関係を大事にしたいシエスタですら、控えめながらマルトーの言葉に同意している様子だった。

「お前さんが男前だったら、世の男の七五パーセントは美男子だ」

「ぐはぁ!」

 柳也は思わずよろめいた。というより、凹んだ。心が折れそうになった。マルトーの敬愛する“我らの拳”は、こと容姿に関してはデリケートなガラスハートの持ち主だった。

 柳也は「るるるー……どうせ俺なんてぇ……」などと呟きながら皿を洗い続けた。

 厨房にやって来た給仕係の一人が、柳也を呼んだのはそんな時のことだった。

「おい、“我らの拳”」

 給仕係の青年は、マルトーに習って柳也のことを“我らの拳”と、呼んだ。

「お前に客が来ているぞ」

「客?」

 柳也は訝しげに訊き返した。

 柳也が異世界にやって来てまだ二日。知り合った人間の数は少なく、わざわざ食堂まで柳也に会いに来るような輩は限られている。才人は眠っているはずだから、ルイズか。柳也は自分より四つ年上の青年に、「どちらさんですか?」と、訊ねた。

 返ってきた答えは、意外なものだった。

「貴族の坊ちゃんだよ。……ほら、昼間、“我らの剣”が戦った相手さ」

 

 

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE06:「この大腿筋に惚れ込め!」

 

 

 

 柳也が食堂へ足を運ぶと、そこにはたしかに金髪の髪が艶やかな貴族の少年の姿があった。

 両膝の上に手を置いて椅子に座り、自分が来るのを待っている様子だ。

 柳也が顔を見せると、ギーシュは背筋を伸ばして立ち上がり、黙礼してきた。

 そんな彼に、柳也は顎で食堂の出入り口をしゃくって見せた。用件は外で聞こう、という意図を篭めた視線を向ける。ギーシュはすぐに頷いた。柳也としてはこの場ですぐ話をしても構わなかったが、褌姿の自分に対する周りの貴族達の視線は厳しい。ここでわざわざメイジの皆さんの機嫌を損ねる必要はあるまい。

 食堂の方から視線を感じた。

 シエスタとマルトーコック長がはらはらしながら自分を見ている。どうやら二人は、ギーシュが昼間の仕返しをしに来たのではないか、と思っているらしい。二人に「大丈夫だよ」と、微笑みかけ、柳也は食堂を出た。

 柳也とギーシュは昼間世話になったヴェストリ広場にやって来た。

 昼間、日の当たらないヴェストリ広場は、夜も月の光をほとんど遮ってしまう。夕食時ということも手伝って、広場には自分達の他に人の気配はない。まさに密談をするにはもってこいの場所だった。

「探しました……」

 二人きりになったのを見計らって、まずギーシュが口を開いた。昼間の一件からは想像し難い、丁寧な口調だった。

 先を歩いていた柳也は金髪の少年を振り返った。

 ギーシュは続ける。

「あの後、あなたを探してミス・ヴァリエールの部屋に行きました。でも、そこにあなたはいなかった。そこら中を探しましたよ。そのうち、あなたが昼間食堂で働いていたことを聞いて、ようやく見つけました」

「前置きはよろしい」

 柳也は淡々と告げた。口調こそ丁寧だが、貴族の少年を敬う気持ちなどは微塵も感じられない。ファンタズマゴリアでは王族相手にタメ口を利いたこともある柳也だ。べつに相手が貴族だからといって、臆する必要はない。

「私にも仕事があります。用件だけを、手短にお願いしたいのですが? ミスター・ギーシュ」

 にこやかに愛想笑いを浮かべた。但し、険を帯びた視線を叩きつけるのは忘れない。

 ギーシュ少年が、うっ、と息を呑む。どうやら真正面から見据えられる、ということに馴れていないらしい。グラモン家が息子に対してどのような教育方針を抱いているかは知らないが、相当、甘やかされて育ってきたようだ。

 もしかすると、他者から睨まれるという経験自体皆無なのかもしれない。だとすれば不幸なことだ。人間としての成長の機会を、ギーシュは他ならぬ家族から奪われてきたことになる。同情を禁じえない。

 柳也の凄みを孕んだ眼差しに怯んだ様子のギーシュは、しかしすぐに端整な顔立ちを引き締めた。

 孔雀石の眼差しに強い決意を篭め、柳也の顔を見返す。

 ほぅ、と男の唇から感嘆の音を含んだ吐息が漏れた。これでも自分は少なからぬ実戦経験を持っている。いくつかの修羅場も経験してきた。そんな自分の、炯々たる眼光を真正面から受けて、こうもすぐに気を持ち直すとは……。貴族の虫歯お坊ちゃんかと思えばなかなかどうして、それなりの胆力はあるらしい。

「今日は、お願いがあって来ました」

 ギーシュは深々と腰を折り、頭を垂れた。

 少年を見る柳也の眼差しが、より鋭いものになる。

 貴族の少年が平民の自分に頭を下げた。それだけでも驚嘆に値する出来事なのに、加えて「お願いがある」ときた。いったい如何なる用向きなのか、内容を気にするな、という方が無理だろう。

 はたして、ギーシュのお願いとやらは自分にとって益となるものなのか、それとも……。

 柳也はギーシュ少年の言葉を待った。

 続く少年の言葉は、柳也に戸惑いを与えるものだった。

「僕を、あなたの弟子にしてください!」

「……なに?」

 柳也は怪訝な表情を浮かべた。思わず、素の口調で訊き返してしまう。

 ギーシュの口から飛び出した単語は、柳也が予想していたどんな願いとも結びつかないものだった。

 ――いま、この男は何と言った? 弟子にしてほしい、と言ったのか? 誰に? 俺に? どうして?

 頭の中でいくつもの疑問が一斉に浮かび、津波のように押し寄せては思考をかき乱す。

 人間、予想外の出来事と遭遇すると咄嗟にどうしてよいか分からないというのはままあること。こうした場合、最善、努めるべきは自分を取り巻く現状の正確な把握だが、あまりに広範な情報の収集は、かえって認知や判断を阻害する恐れがある。

 さしあたって柳也は、ギーシュのお願いの意図を問いただすことにした。

 弟子にしてほしい、とは言うが、それにだっていくつかの意味がある。武術の師事であったり、学問の師事であったり、はてまた人生の師事であったりだ。この世界にやって来てまだ二日間のこの身を、人生の師として仰ぎたい、というのはさすがにないだろうが、まずはその辺りをはっきりさせておきたい。

「弟子にしてほしい、と言ったな?」

「はいっ」

「俺に何を師事してもらいたいんだ? 君の教えてほしいこととは、いったい何だ?」

「戦い方です」

 ギーシュ少年はよどみのない口調で、はっきり、と告げた。

 そして、もう一度頭を下げた。

「僕に、戦い方を教えてください!」

「……理由を聞こうか」

 柳也は獰猛な肉食動物の眼差しでギーシュ少年を見た。

 貴族の少年は戦い方を教えてほしいと、言った。剣術や武術を教えてほしい、ではない。戦う術を、戦いの知識を、戦うために必要な心構えを教えてほしい、と言った。それも、会ってまだ半日にも満たない男に師事を求めた。

 その真意はどこにあるのか、問いただす必要があった。

 顔を上げたギーシュは、真摯な眼差しで柳也に訴えた。

「僕は貴族です」

「ああ。知っている」

「貴族は、強く、偉く、貴き存在でなければいけません」

 柳也の生きていた現代世界の、古い時代の騎士と同じだ。騎士は軍事の精鋭であり、統治の枢要であり、社会の貴顕であった。彼らは強く、偉く、貴き存在でなければならなかった。封(領地)の統治を任された貴族ともなれば尚更で、他に高い知性とそれを活かす決断力も必要とされた。

「僕は貴族です。でも、その肩書きは僕の先祖が頑張ったから得たものです。僕自身が偉いわけじゃない。僕自身が、貴いわけじゃない。いまの僕の身分は、僕自身の力で得たものじゃない」

 貴族だ、メイジだ、と威張ってみせても、所詮、ギーシュは十代の少年だ。領地経営に携わっているわけでもなければ、特別、領民達から慕われているわけでもない。それらはすべて親の功績だ。

 貴族として平民達に威張り散らせるのは、親の威を借りているからに他ならない。ギーシュ・ド・グラモン個人の実力ではない。ギーシュが信奉する貴族のプライドは、彼自身が打ち立てたものではなかった。

「僕は凡才です。古の賢者のような知恵を持っているわけでもなく、特別、学業の成績が優秀というわけでもない。僕は偉くなんてない。僕は貴くなんてない。僕が大切にしている貴族のプライドは、僕自身の実力が伴わない、薄っぺらで、ちっぽけなものにすぎない。

 でも、そんな僕にも、一つだけ自分の実力だと、誇れるものがありました。それが、魔法戦闘の才能です」

 曰く、ハルケギニアの魔法は“火”、“土”、“風”、“水”の四系統に類別されるという。それら系統魔法は、それ単体でも使えるが、別な系統を足したり、同じ系統をさらに足すことで、より強力で高度な呪文の発動が可能になるという。その系統を足せる数で、メイジの格は四段階に分けられるという。

 一系統のみしか使えないメイジが“ドット”、二系統を足せるのが“ライン”、三系統を足せるのが“トライアングル”、四系統を足せるのが“スクウェア”といった具合だ。ギーシュはその中でもいちばん格の低いドット・メイジだが、魔法戦闘の才のみでいえば、その実力は格上のライン、状況次第ではトライアングル・クラスのメイジにも匹敵するとされた。

 これはギーシュの自慢話ではなく、魔法学院の正式な成績評価だ。

「魔法戦闘の才は、僕の誇りでした。強さだけが、僕の貴族としての拠り所でした。でも、その拠り所は、今日、完膚なきまでに破壊されてしまった。それも同じメイジじゃない。ただの平民に、僕は負けてしまった」

 ギーシュはそう言って項垂れた。かすかに肩が震えている。ただの平民に敗北したことが、それほどまでに悔しいのか。

 この時、柳也はギーシュ・ド・グラモンという少年の本質を垣間見た気がした。才人が口にした通り、目の前の少年はキザったらしい態度がいちいち癇に障る人物だ。平民を見下し、貴族である己に高いプライドを感じている。しかしまた同時に、自分の器というものをよく知っている。己には学がないことを、己の社会的な立場というものを、よく知っている。己の実力を、正確に把握している。

 勇敢な少年だと思った。自分の弱さを認めるということは、とても勇気のいる行為だ。人間という生き物は、自分にとって不都合な事実を、認めたくない、見たくないと自然に思ってしまう動物なのだから。

「今日、僕は、たった一つの拠り所を失ってしまいました。上には上がいるんだということを、思い知らされました。僕が誇っていた力は、なんて儚く、ちっぽけなものなんだろうと、思い知らされました。……でも、だからこそ、このままでは終われません。終わりたく、ないんです」

 羊は、自らを無力な羊だと認めた時、初めて強くなれる。

 ギーシュは、きっ、と炯々たる眼光を柳也に向けた。

 紺碧の瞳に映じる決意の炎はどこまでも情熱的で、真摯だ。負けん気の強さは、才人にも負けないものがある。

「平民に向かって頭を下げるのは今日が初めてです。平民に向かって、こんな言葉遣いをするのも初めてです。恥を忍んでお願いします。僕に、戦い方を教えてください! 僕が理想とする貴族に、少しでも近付くために、僕を強くしてください!」

 ギーシュはまた腰を折って、深々と頭を下げた。

 柳也は金髪に覆われた頭頂を、鋭い眼差しで見つめた。

 薄い唇が、ゆっくり、と熱を吐き出す。

「二つ、訊きたいことがある」

「はい! なんなりと……」

 ギーシュは顔を上げた。

「一つ目の質問だ。なぜ、俺なんだ? 君を打ち負かしたのは俺ではなく、才人君だ。才人君に負けて自分の弱さを思い知らされたというのなら、彼に弟子入りするのが筋というものだろう。……それに、俺は魔法戦闘に関しては門外漢だ。そしてここは魔法学院だ。俺以外に、適任者は何人もいるはずだが?」

「あの、生き残った最後のワルキューレが、あの平民を襲ってきた時……」

「ん?」

「僕達を助けてくれた、あなたの背中は、とても広かった。心が、魂が震えました。自分も男に生まれたからには、こんな広い背中を持ちたいと、強く思いました」

「あ〜……」

 柳也は渋面を作って頬を掻いた。なんともまぁ、気恥ずかしい台詞を正面からぶつけてくる男だ。もしかすると、決闘の発端となった二人の少女も、彼のこのどこまでも真っ直ぐな態度にやられたのかもしれない。

 柳也は気を抜くとついつい綻んでしまいそうになる顔面の筋肉を必死の思いで引き締め、続けた。

「……二つ目の質問だ。決闘というものは、男と男が、互いに死力を尽くしてぶつかり合うものだ。君は、昼間の決闘の時、本当に死力を尽くしたか?」

「はい」

 ギーシュ少年は迷わず頷いた。

「最初は違いました。けど、あの平民が剣を取ってからは、全力でぶつかりました」

「どうかな……」

 柳也はギーシュから視線をはずすと、夜空に浮かぶ二つの月を眺めた。

 つられて、ギーシュ少年も視線をそちらに向ける。

 柳也は口を開いた。

「俺には、とてもではないが、そうは見えなかった。……少なくとも四つ、あの決闘で、君は自ら敗因となるミスを犯している」

「……それは?」

「一つ目。君自身、たったいま口にしたな? 剣を取るまでは全力を投じなかった、と。なぜ、最初からワルキューレを全体投入しなかった? 平民相手ならこの戦力で十分だと、相手を舐めきっていたんじゃないか?」

「そ、それは……」

 どうやら図星だったらしい。ギーシュ少年は目に見えて狼狽した。

 「一つ、昔話をしよう」と、柳也は続けた。

「その昔、とある国のとある地方で一揆が起こった。一揆というのは、まぁ、農民達の反乱と思えばいい。その国の君主は、その国の軍政において四天王と目された家臣を呼び、鎮圧を命じた。すると、その話を聞いた側近の者が、君主に向かってこう言った。『直政は当家の大事な執権です。討っ手は、彼よりもまず下の者をまずつかわされ、それが叶わない時こそ、直政をつかわされるのが妥当ではありますまいか?』とな。それに対し、君主は答えた。『最初に軽い者をつかわして埒が明かないからといって、また重い者をつかわせば、初めに行った者は面目を失い、討ち死にをする他ない』、と。この程度の相手には、この程度の力で十分、という慢心は、愚か者のする思慮だ」

 峻烈な言葉を叩きつけた後、「二つ目」と、柳也はまた続けた。

「なぜ、敵に塩を送るような真似をした。あの剣さえなければ、間違いなく君はあのまま勝っていたはずだ。それこそ、相手を舐めきっていた証拠ではないか」

「…………」

「三つ目。ワルキューレを六体召喚した後のことだ。数の暴力で一気に相手を揉み潰そうとしたな? その戦術自体は良い。妥当なものだと思う。しかし、ワルキューレ達が敵に殺到した時、君自身は何をしていた? 呪文を唱えるでもなく、ただ突っ立っていただけではないか? あの時、君にはいくつもの選択肢があった。呪文詠唱もそうだが、剣を召喚して自らも襲撃に加わるという選択とてあったはずだ。石を投げるという手段もあった。最悪、相手を罵倒して、少しでも集中を乱す、という作戦もあったはずだ。しかし、君はそのどれもを採用せず、ただ突っ立って、ワルキューレが倒されていくのを眺めているだけだった。それで、本当に全力を尽くしたと言えるのか?」

「う……」

「そして四つ目。これこそ、あの決闘の全段階において君の態度に見られた最大の敗因だ」

 柳也は、返す言葉もなく立ち尽くすギーシュに厳しい視線を向けた。

「相手を舐めすぎだ。一つ目のミスも二つ目のミスも、君自身の慢心が招いた結果だ。相手の平民を、死力を尽くして戦うべき敵と認めていれば、防げたはずのミスだった」

「…………」

「もっと謙虚になれ。平民だからといって、相手を侮るな。相手を舐めるな。一人の人間として認めろ。そも君達貴族の生活を支えているのは、大多数の一般自由民であり、非自由民であるという事実を忘れるな。

 相手も人間だ。メイジのような牙はない。しかし、短いながらも爪を持っている。貴族のような学はない。しかし、考えるための知性を持っている。平民は愚か者ではない。全体主義の犬だなどと思うような考え方は捨てろ。平民を恐れろ。最高の敬意を払え。そして、細心の注意を持て。そうすれば、負けるはずのない戦いだった」

 そこまで一気にぶつけてから、柳也は指を三本立てた。

 自分の戦いぶりをさんざん非難されたギーシュ少年は、暗い面持ちで彼の顔を見つめた。柳也の辛辣な口ぶりから、自分の弟子入りはもうないものと思い込んでいるようだった。

「三日、時間をやる。それまでに、いま俺が言った四点を踏まえた上で、今日の決闘の勝利に導くシュミレーションを作ってこい。……それを、入門のテストとしたい」

 ギーシュ少年が、はっ、と顔を上げた。

 柳也は、にやり、と笑ってみせた。

「失敗は成功の母だ。人間は、失敗を重ね、反省を重ねて成長する生き物だ。君の成長力を、俺に見せてみろ」

「……はい!」

 ギーシュは力強く応じた。

 端整な顔立ちには、明るい笑みが弾けている。

 同性の柳也でさえ思わず見惚れてしまう、甘いマスクだった。

 なるほど。こんな人懐っこい笑みを向けられては、世の女性はたまらないな、と柳也は苦笑した。

 

 

 三日が経った。

 ギーシュが入門テストのレポートを提出する予定のその日、朝食の準備のため厨房に立っていた柳也のもとに、シエスタが吉報を持ってきた。

「サイトさんが目を覚まされました!」

「本当か、シエスタ!?」

 朝食の盛り付けをしていた柳也は、喜色満面のシエスタの様子に歓声を上げた。

 ギーシュとの決闘の後意識を失った才人が、そのまま寝たきりになってはや三日。一時はこのまま目が覚めないのではないかと危ぶまれたが……そうか、ようやく目を覚ましたか。

 ほっ、と安堵の息をついた柳也の肩を、マルトーコック長が叩いた。

 振り向くと、髭面のマルトーは、にかっ、と笑って言った。

「そいつは朗報だ。“我らの拳”よ、仕事はいいから“我らの剣”のところへ行ってやれ」

「コック長……恩に着ます!」

 柳也は深々と頭を垂れると、取るものもとりあえず、エプロンを脱いでルイズの部屋へと向かった。

 部屋に戻ると、体中に包帯を巻いた才人が箒を手に床を掃いていた。

 その側には、薄い胸板を張ってベッドに腰掛けているルイズの姿がある。

 柳也は何があったのか気になったが、ともあれ、三日ぶりに目を覚ました友人の壮健な様子を喜んだ。

「才人君! この寝ぼすけめ。ようやくお目覚めか?」

「柳也さん! ……色々心配かけたみたいで、すみません」

 才人は柳也の姿を見るなり笑みを浮かべた。

「本当だぞ? この借りは、いつか返してもらうからな。……ところで、何で掃除を?」

「いやぁ、起きて早々、るーちゃんに命令されまして」

 才人は肩をすくめてベッドに座るルイズを顎でしゃくった。

 柳也は怪訝な顔で訊ねる。

「……君、一応、怪我人だよな?」

「はい。まぁ、そうなんですけどね」

 乾いた微笑を浮かべた才人に、柳也は同情の眼差しを向けた。

 優しく肩を叩いてやる。

「まぁ、強く生きろ」

「はい。……ところで柳也さん」

 才人は口調を改め、小声で言った。

 ルイズには聞かれたくない話なのか。柳也も声を細くする。

「後でお願いがあるんですけど……」

「何だ? いまじゃいけないことなのか?」

「はい。るーちゃんの前じゃ、ちょっと」

「……分かった。後で、洗濯の時にでも聞こうか」

「ありがとうございます」

 柳也が頷くと、才人は、ほっ、と安堵の息をこぼした。

 

 

 過日の下着全滅事件以来、ルイズの洗濯物は基本的に才人が洗うことになっていた。

 その才人が三日三晩寝込み、溜まった洗濯物の山はそこそこの量になっていた。

 たらいに洗濯板と汚れ物を入れた才人は、柳也とともに庭の水汲み場へと向かった。通常、洗濯には井戸の水を使うのだが、貴族の召し物を洗う場合は、専用の水場を用意されていた。

「……それで、お願いというのは?」

 下着全滅事件以来、洗濯はおろか衣服に触ることすら許されていない柳也は、せっせと手を動かす才人に羨ましげな視線を送りつつ訊ねた。

 仕事がある身というのは羨ましいものだ。はたさて、どうして自分はこんなに信頼を失ってしまったのだろうか。

 そんな柳也の内心はさておき、才人は手を動かしながら、柳也を見た。

 真剣な眼差しが、褌の男の胸板を貫いた。

 柳也は奇妙な既視感を覚えた。

 つい最近、これとよく似た視線を向けられた覚えがある。そうだ。あれは才人とギーシュが決闘を繰り広げたその日の夜のことだ。自分に弟子入りを願うギーシュが、いまの才人とよく似た眼差しをしていた。

 もしや、という予感が頭の中を駆け巡った。

 はたして、才人は柳也に頭を垂れた。

「柳也さん、俺に戦い方を教えてください!」

「……理由を聞こうか」

 柳也は才人に厳しい眼差しを注いだ。

 さすがに二回目ともなると、落ち着いて対処出来た。

 短い沈黙。

 ライオンを模したモニュメントの口から流れる水音だけが、静寂の時を埋めた。

 才人は、ゆっくり、と口を開いた。

 柳也は少年の言葉を、無言で聞き入った。

「強くなりたいんです」

「…………」

「あの決闘の時に、言いましたよね? 使い魔でいい。寝るのは床でもいい。飯は不味くたっていい。下着だって、洗ってやる。生きるためだ。しょうがない」

「…………」

「俺は、生きなくちゃならない。どんなに無様だろうが、生き延びなくちゃならない。そのためには、強くなくちゃいけない」

「…………」

「強くなりたいんです。だから、お願いします。俺に、戦い方を教えてください。俺を、柳也さんの弟子にしてください!」

 才人は洗濯の手を止め、柳也に向き直った。

 そして、がばっ、と土下座した。額を地面にこすりつけるようにして、言い放った。

「お願いします!」

「……もてる男は、辛いな」

 柳也は複雑そうな表情で溜め息をついた。

 生きるために強くならなくてはならない。それはかつて、有限世界ファンタズマゴリアで友人が決意した生き方そのものだった。

 召喚された世界や立場は異なるとはいえ、悠人と才人の置かれた状況はよく似ている。突如として召喚された異世界で、生きていかねばならない運命を強制的に背負わされた。しかも、強制された立場の中で。悠人は才人であり、才人は悠人だった。そんな彼の、真摯な訴えを、無下にすることは柳也には出来なかった。

「……今日の夜、ヴェストリ広場で、ある人物と会う約束をしている」

「……ある人物?」

 才人は顔を上げた。

 訝しげに、柳也の顔を見る。

「ギーシュ・ド・グラモン。三日前の昼、君と戦った、あのメイジの少年だ。実はな、彼も、俺に弟子入りしたいと言ってきた」

「あいつが!?」

 才人は驚愕に目を剥いた。因縁浅からぬメイジの少年が、自分と同じ行動を取った事実がよほど信じられなかったらしい。

 柳也は小さく頷いて続けた。

「その際、俺は彼にある宿題を課した。その結果次第で、彼を弟子に取るか否か、決めるとな。……その期限が、今夜だ」

 柳也は才人を見た。

「君も着いて来い。そこで、君を弟子に取るか否か、決めるとしよう」

 柳也は莞爾と微笑んで、洗濯の先を促した。

 雲ひとつないハルケギニアの空が、異世界からやって来た少年たちを見下ろしていた。

 

 

 その夜、ハルケギニアの夜空に浮かぶ二つの月を、二人の少年の歓声が貫いた。

 

 


<あとがき>

 かくして筋肉の魅力に取り付かれた若者達は弟子入りを志願したのだった。

 というわけで、ゼロ魔刃、EPISODE:06、お読みいただきありがとうございました!

 今回の話は原作にない、完全オリジナルのエピソードです。

 柳也に弟子入りした二人の今後の活躍なんぞを楽しみにしていただければ幸いです。

 次回もお付き合い願えることを祈って。ではでは〜




柳也に弟子入り志願か。
美姫 「それも二人もね」
うーん、修行と言って褌を穿かせる柳也の姿と言うのが浮かんでしまった。
美姫 「流石にそれはない……と思いたいわね」
と言うか、いつまで褌姿だけで行くんだろう。
美姫 「まあ、それは置いておくとして、弟子入りした事によって二人とも成長するかしらね」
だとすれば、今後どうなっていくのか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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