注)この話はHeroes of Heartに登場するオリキャラ……闇舞北斗のストーリーであり、本編開始前の外伝的内容となっております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー・本郷猛は反逆者である

彼を改造した我々〈ショッカー〉は世界征服を実現するだろう

仮面ライダーは人類の自由という幻想に囚われた

我々はこの愚者と闘わねばならない

 

KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー特別版 Vol.1 より)

 

 

 

 

 

極めてゆっくりと、時間が流れていく……

何千分の一秒がやけに長く感じられ、目の前の映像がやけに現実離れしたものに見える。

……まるで人形のようだった。

人形のように美しく、可憐で……脆い。

たった1発。たった1発の弾丸を受けて、彼女は――

 

「夕凪ィィィィィィイイイッ!!」

 

気が付いたときには、駆け寄っていた。

背中から倒れていった彼女を抱き止め、撃たれた箇所を診る。

白い服に、ポツンと一つ、直径1センチもない小さな穴が開いていた。穴の中心から、見る見るうちに赤い染みが広がっていく。

 

「ヤン…ミ……」

 

俺の胸で、夕凪が苦しげに呻いた。

膝を油まみれの床に着き、仰向けに寝かせてやる。銃痕が油に着かないよう、頭は抱えたままだ。

――危険な状態だった。顔色は悪く、息も絶え絶え。すぐにでも病院に連れて行かなければ、命はないだろう。

 

「夕凪…すまない。すまない……!」

 

こんな言葉で償えるはずがない。

こんな言葉で……時間が戻るはずがない。

だが、俺にはそんなことしか言えなかった。それだけしか、言うべき言葉が見つからなかった。

涙が頬を伝う。止め処なく流れてくる。

 

「あは…ははは……ヤンミってば、ひどい顔……イイ男が、台無しだよ……」

「夕凪、傷に障る! だから喋るな!」

 

命中したのはおそらく小口径弾。1発ぐらいでは脳を撃たれない限り、即死することはない。しかし、今はそれが夕凪の苦痛を長引かせていた。

 

「ふふふ…よかったぁ……」

「…?」

「やっぱりヤンミは…わたしの知ってるヤンミだった……カッコよくて…強くって……それで、優しい人……」

「夕凪……俺は……」

 

――強くなどない!!! 優しくなんかない!!!

そう、言葉にしたかった。けれども、出来なかった。

 

「嬉しいなぁ…ホント、嬉しい……こんなに優しい人が、わたしを抱き締めてくれてる……」

「夕凪……なんで…なんでお前は……!」

 

――こんな時に、笑っていられるんだ!?

 

「ヤンミ……最期にお願いがあるんだけど……」

「……分かった。俺に出来ることなら、何だって聞いてやる! だから最期なんて言うな!!」

「ワンちゃん……獅狼のこと…お願いね……北……斗…………」

 

言い終えて、夕凪は静かに、安らかに瞼を閉じた。

 

「夕凪……? 夕凪……!」

 

俺は彼女の肩を抱き、揺さぶった。

今、彼女の目を閉じさせてはいけない。今、彼女の目を閉じさせては、あの笑顔は永遠に見れなくなってしまう。

何の根拠もないことだったが、悲しいかな、俺はそう確信してしまっていた。

 

「……楽しかったね…ヤンミ……」

 

夕凪の首が、静かに“コトリ……”と、折れた。

 

「夕凪ィィィィィィィィィィイイイイイッッ!!!」

 

俺は絶叫した。

喉が張り裂けんばかりに、泣き叫んだ。

夕凪の目が、開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart外伝

〜漆黒の破壊王〜

―――奪われた誇り―――

第十一話「救い亡き原罪・後」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故だ?」

「はい?」

「何故、夕凪を撃った! 初穂!?」

 

背後から音もなく影もなく…夕凪を撃った張本人……初穂は、心外そうな表情を浮かべた。

 

「何故って……北斗先輩のためですよ?」

「俺のため……だと?」

「はい」

 

初穂は、まるでそれが当然のことと言わんばかりに、小さな胸を張った。

怒りに任せて握るブローニングの木製グリップが“ミシミシ”と悲鳴を上げる。

 

「北斗先輩は優しい人ですから、きっとお友達を撃てないと思ってやって来て正解でした」

「――だから、代わりにお前が撃ったというのか!?」

「はい」

 

全身を、わけの分からぬ衝動が駆け巡った。

初穂が言葉を紡ぐたびに、頭の中でアドレナリンが分泌され、体中の血液が煮え滾っているかのような錯覚を覚える。

 

『――ヤメロ。アノ口ヲ黙ラセロ!』

 

俺の中の誰かがそう叫び、憎悪の炎が、自らの心を焼き焦がす。

 

「――そんな恐い顔しないでください。北斗先輩はもう〈ショッカー〉の一員なんです。組織の掟は『失敗には死を』です。先輩は危うく、私達から追われるところだったんですよ?」

 

……たしかに、夕凪を撃てなかったのは俺の甘さゆえの失敗。

初穂が夕凪を撃たなかったら俺は失敗者の烙印を押され、彼らから追われる羽目になっていただろう。

〈ショッカー〉は世界規模の組織。逃げようと思って逃げられるものではなく、まして留美を抱えてなどとてもではないが……そうした意味で、初穂のとった行動は俺を思ってのことだし、感謝するならともかく、文句を言うなど、お門違いもいいところだろう。

それは分かっている。分かっているが――

 

「……さ、早くこの屋敷に火をつけましょう。多少のアクシデントはありましたが、お互い無事にするべきことはしたんですから」

「ッ……!?」

 

この一言が、決定的だった。

今、この女は何と言った?

夕凪のことを……俺の大切な人の命を……多少のアクシデントという言葉で、片付けたのか?

 

「……お前達は……」

 

その言葉を、暗殺者の俺が言うべきでないことは分かっている。

言えば、これまでに自分が犯してきたすべてを、全否定することになるは、分かっている。

しかし……しかし…………言わねば、あまりにも彼女が哀れではないか!

 

「……人の命を、何だと思っているんだッ!?」

 

“ピシィッ!”

 

ブローニングのグリップにとうとう亀裂が走り、気が付いた時には、俺は肩から下げていたステンのトリガーを引き絞っていた。

 

“シュババババババババッ……!”

 

ステンの弾倉に残された全ての弾丸が放出され、それを初穂は一身に受け止めた。

単体のストッピング・パワーでは他の同口径弾に劣る亜音速弾。しかし、その掃射を浴びた初穂の小柄な体は、幾重にも襲い掛かる衝撃波と反動にきりもみ状態となり、大きく吹っ飛んだ。背中を壁でしたたかに打ち、「うっ……」と、小さく唸って、それっきり沈黙する。

衝撃で手から離れてしまったのだろう、足元に、夕凪の命を奪った自動拳銃が転がってきた。

イタリア製・ベレッタM1919。6.35mm×16SR弾を8発装填する、護身用のポケット・ピストル。

 

「ッ……!」

 

俺は怒りに任せてベレッタを踏んだ。

何度も、何度も踏み潰しているうちに、ベレッタはもう使い物にならないほど歪んだ。

 

「夕凪……」

 

俺は視線を夕凪の亡骸へと移した。

――安らかな死に顔だった。今にもパチリと目を開けて、「嘘だよ〜」なんて、笑ってくれるんじゃないかと思うぐらい、気持ちのよさそうな寝顔だった。

だが、掌から伝わってくる温もりが、それはありえないのだと教えてくれる。

 

「春香……」

 

俺は、もう1度の彼女の名を呼んだ。今度は、下の名前で呼んだ。

俺は両腕を彼女の首と腰の下に滑り込ませ、ゆっくりと抱き上げた。

 

「……俺みたいなのが王子様で、すまないな。けど、少しの間我慢してくれ」

 

そっと優しく、普段の俺からは考え付かないような慈しみを篭めて、彼女を運ぶ。

割れてしまった窓を乗り越え、小島が気を失っているところまで連れて行く。

ゆっくりと彼女の体を小島の隣りに横たえてやって、俺は2人の姿を眺めた。

 

「――最後の最後で名前で呼びやがって……せめて、夢の中では幸せに、な」

 

くるりと踵を返し、屋敷を睨みつける。

 

「……初穂、お前の言うとおり、火ィ、つけてやるよ」

 

しかしそれは、今日起きた惨劇の証拠隠滅のための炎でも、屋敷のどこかに保管されている麻薬を燃やすための炎ではない。

俺の大切な親友……柏木初穂への、送り火だ。

俺は焼夷手榴弾を1つ掴み、安全装置を解除して、いつでも投げられる状態にした。

 

「……痛いですねぇ」

 

屋敷の中から、先ほどと寸分たがわぬ初穂の声が聞こえてくる。

別に驚くことではない。相手は人ならざる改造人間。普通の人間なら即死の攻撃であっても、耐えることは十分可能だろう。

俺はステンに新たな予備弾倉を叩き込み、窓枠を越えた。

初穂は、平然として立っていた。

9mm亜音速弾のフル・オート射撃により、服はボロボロに敗れていたが、そこから見える白い肌に傷はなく、すでに再生は終了しているようだった。

初穂は、さすがに少し怒ったような表情を浮かべていた。しかし、童顔なためか少しも恐くない。

 

「北斗先輩って女の子にも容赦ないんですね」

「……そうでなくては暗殺者なんて務まらない。それに、俺はお前を女とは思っていない。お前は俺の……敵だ」

「嫌われちゃいましたねぇ……いいです、いつかきっと私の魅力で北斗先輩を振り向かせてみせますから」

「お前にいつか……は、ない」

「?」

「なぜならお前は、今日ここで死ぬからだ!」

 

ステンが初穂に通用しないのはすでに実証済み。しかし、効果はなくとも一時的に動きを止めることぐらいは出来るはずだ。

俺はステンの銃口を初穂に向け、トリガーを引き絞った。そして、焼夷手榴弾を投げた。

乱れ飛ぶ金色の弾丸の嵐の中、爆弾は投下された。

数秒後、炸裂音とともに爆炎が昇った。赤ん坊は無事、産声を上げたのだ。

爆発とともに火の粉が飛び散り、油を伝って、屋敷が燃えた。

 

 

 

 

 

燃え盛る炎に包まれながら、しかし初穂は身を焼かれる苦痛にのたうちまわることはなかった。

その身を襲う痛みとは裏腹に、彼女の心は歓喜に震えていた。

 

(北斗先輩が……北斗が私だけを見てくれているッ!)

 

それが例え憎しみの視線であったとしても、初穂には関係なかった。彼女にとって重要なのは、好きな人が自分だけを見つめてくれているという事実だった。

 

(もっと見てほしい! 私だけを見つめてほしい!)

 

そのためならば、自分は何だってするだろう。悪魔に売り渡したこの命を、再び悪魔から奪いとって捧げたとしても、決して惜しくはない。

――歪んだ愛だと、誰が言えよう?

――歪んだ愛だと、誰が責められよう?

初穂は、ただ自らの愛に忠実なだけだった。それはあまりにも純粋すぎる想いだった。

初穂の眼が、ギラリと鋭く光った。

 

(見てッ! もっと私だけを見つめてッ!)

 

歓喜の炎に焼かれながら、初穂の体は変貌を遂げ始めていた。

 

(見てッ! 私のすべてを見て―――ッ!)

 

北斗には自分のすべてを見てほしい。自分だけをずっと見ていてほしい。

そんな想いにかられた彼女の体は、急激な変化を始めていた。

戦闘服の下の肉という肉が膨張し、体温が異常な上昇を始める。

初穂は、炎の熱よりも自らの熱に耐えかねて、一気に丈夫な戦闘服を破り捨てた。彼女の上半身が、露わになる。

びっしりと、剛毛で覆われていた。

控えめな乳房も、小さなおへそも、すらりと細長い4本の足も……

すでに初穂は人の姿をしていなかった。

スラリと長い4本の脚を床に突き刺し、4本の腕は獲物を狙ってフレキシブルに動く。

ルビーのような真紅の眼が妖しく輝き、黄色い牙と爪が炎に照らされて、怪しく輝く。

――蜘蛛女。

旧ナチス・ドイツの研究データを元にして作られる〈ショッカー〉の改造人間にあって、それ以前の技術で作られた、異色の存在。

それら一連の変化は、北斗の目の前で急激に、そして劇的に行われた。

初めて見る改造人間の変身、その本性に愕然とする北斗。驚愕に見開かれた視線が捉えているのは、偉業と化した初穂の姿のみ。

彼女の鋭敏な感覚は、北斗の視線が自分にだけ注がれているのを全身で感じていた。

初穂――蜘蛛女は、歓喜の咆哮を上げた。

 

「キシャァァァァァァアアアッ!」

 

放たれた異形の叫びに、炎で歪んだ空気は震え、唸りを上げる。

ビリビリと震える空気を肌で感じ、北斗は全身を緊張させた。

 

「これが……これが改造人間か―――ッ!?」

 

5ガロンの灯油を燃やした炎に焼かれながら、無傷で蠢く獣……。正確には無傷ではなく、驚異的な再生能力によって傷を受けても瞬時に回復しているだけなのだが、人間である北斗の眼では、それら一連のプロセスを捉えることは出来るわけもなく、彼の眼には蜘蛛女が無傷と映ってしまった。

北斗は、一瞬だけ視線を手元のステンへと向けた。

 

(――通じるか? この化け物に)

 

ステンの銃口から放たれる9mmルガー弾の弾頭は亜音速弾。初速はブローニングの放つ9mmルガー・ホロー・ポイント弾よりなお遅く、1発の威力も弱い。

人間態の時ですら通用しなかったこの弾丸が、はたして怪人の姿をとった彼女に、効果があるだろうか? 北斗の懸念も、無理はない。

しかし、北斗が視線を蜘蛛女に戻した次の瞬間、彼は躊躇なくステンを撃った。

蜘蛛女の爪が――――迫っていた。

 

「ッ……!!」

 

“シュババババババババッ……!”

 

乱れ舞う銃弾の嵐。

9mmルガー亜音速弾は、正確に命中した。

しかし、それによって蜘蛛女の進攻が止まることはなかった。

 

「クソッ!」

 

北斗は、緊張で凝り固まった体を叱咤し、跳んだ。

間一髪のところで、蜘蛛女の爪は北斗の前髪を散らすに留まった。

蜘蛛女の側面を潜り抜け、彼女の背後へと回る。

 

(前面は強固でも、背面はどうだ――)

 

北斗は、ステンの銃口を蜘蛛女へと向けた。

しかし、ステンが次の弾丸を放つことはなかった。

蜘蛛女の手は、4つあるのだ。

 

“ズシャアッ!”

 

1本はステンを弾き飛ばし、もう1本の手は北斗の右肩口を切り裂く。

 

「グ…ゥッ!」

 

北斗は、すかさずブローニング・ハイパワーを抜いた。

 

“バスッバスッ”

 

1発、2発とはずれ……

 

“バスッバスッ……バスッ”

 

3発…4発……5発目で、ようやくフレキシブルに動く蜘蛛女の細長い腕を捉えた。

蜘蛛女の攻撃が、一瞬止まる。

その間隙を縫って、北斗は落としてしまったステンには目もくれず、蜘蛛女から離れた。

炎の中に自ら飛び込み、炎を陰に移動する。揺らめく炎はちょうどいい具合に北斗の姿を隠し、“メラメラ”と燃え盛る音は彼の足音を揉み消す。

しかし、蜘蛛女の感覚器官は、当然ながらそれら一連の行動を捉えていた。

燃え盛る炎の音とともに聞こえる、北斗の荒い息遣い。

蜘蛛女の長い手足は、彼を求めて動き出した。

 

「北斗先輩、何処ですか〜?」

 

蜘蛛そのものの口から発せられる声は、人間の頃と寸分たがわぬ初穂のもの。

言葉とは裏腹に、蜘蛛女の鋭敏な感覚はすでに北斗の位置を正確に特定していた。赤外線すら捉える彼女の眼は、そこに炎とは違う熱を放っている何かの存在を視認し、数キロ先の足音すら聞き取る耳は、何か“カチリ”という金属音を捉えていた。

 

(――そこですね、北斗先輩)

 

あの炎の向こう側に、自分の探し求める想い人がいる。

蜘蛛女は、一瞬の躊躇もなく炎の渦中へと飛び込んだ。

昆虫……それも蜘蛛の改造人間である彼女は、炎に対してそれほど頑強というわけではない。しかし、彼女の体内に寄生するナノマシンは、彼女の身体が火傷でダメージを受けるよりも早く、その体組織を再生していた。巨大な屋敷を焼く炎の火勢をもってしも、〈ショッカー〉の改造人間にダメージを与えるにはいたらなかったのである。

薄い炎の壁を突破し、待ちわびたその先に、はたして、銃口はあった。

 

“ズバババババババババンッ!”

 

狂ったように雄叫びを上げ、次々と銃弾を放出していくAK47の銃口。

生まれて初めて手にしたアサルト・ライフルの反動に備えてか、腰だめにAKを撃つ北斗の表情は苦し気だった。

連続的に腹筋を襲うフル・オート射撃の強烈な反動。衝撃は体の中を駆け巡り、獅狼に打たれたばかりの心臓、そして切り裂かれた右肩を痛めつける。

 

「グ……ッ!」

 

しかし、反動が強いということは、それだけ威力も高いということ。……聞けば、AKの7.62mm段は手足以外に命中すれば一撃必殺だというではないか。北斗は、苦痛を堪えてAKを撃ち続けた。

だが―――

 

「……痛いですね」

 

屈強な改造人間に通常の弾丸では一撃必殺はありえない。人間に対しては絶対の威力を持つ7.62mm弾も、蜘蛛女には多少のダメージを与えるのが精一杯だった。

当然、彼女の進攻は止まらない。

北斗は、AKを撃ちながら後ろへ飛び退いた。

ばら撒かれた弾幕にも構うことなく、蜘蛛女の4本の手が俊敏に北斗を追って伸びる。

襲いくる4本のうち2本を、彼は頑丈なAKで受け止め、振り払った。残る2本の腕も同じようにAKで振り払おうとするが……間に合わない!

 

「グァハッ!」

 

2本の爪が北斗の脇腹を切り刻み、彼のバランスを崩させる。

空中でバランスを失った彼の体は、哀れ燃え盛る炎の床を転がった。

壁に背中を打ち付けて、ようやく止まる北斗の体。

ノロノロと力なく立ち上がった彼は、蜘蛛女の爪を受けてなお手放さなかったAKの弾倉を素早く交換した。まだ4・5発残っていた弾倉を捨て、AKを腰だめに構える。

 

(どこだ? 一体どこにいる!?)

 

改造人間でない北斗には、燃え盛る炎に周りを囲まれながら、五感を頼りに相手の位置を特定するなどという芸当は出来ない。

銃口を上下左右に動かし、ひたすら炎の中に不審な影がないかどうか、眼で確かめるのみ。

 

「クソッ! 何処に行った!?」

 

苛立たしげに叫ぶと、ほどなくして返答はあった。

 

「ここですよ……」

 

北斗は、声のした方向……上を向いた。

――居た。

まるで本物の蜘蛛のように天井にへばりつき、彼女はじっと北斗の様子を覗っていた。

その、あまりに異様な光景に、北斗は絶句した。

 

「あは、ビックリしました? ……けど、私はもっとビックリしたんですよ。北斗先輩ってばいきなり撃ってくるんですもん。…アレ、結構痛かったんですから」

 

北斗の中を、再びわけの分からぬ衝動が駆け巡った。しかしそれは、先刻感じたものとは明らかに趣の異なるものだった。

北斗は、再びその身を襲った衝動に抗えず、AKの銃口を天井に向けた。

 

「……案外、諦めが悪いんですね、北斗先輩って。初めて知りました。効かないって分かってても、なお撃ちますか」

 

異形の口から紡がれる、いつもと変わらぬ調子の初穂の声。耳膜を打つたびに、体中の血液が凍り付いたかのような錯覚を覚える。

 

『――ヤメロ。アノ口ヲ黙ラセロ』

 

先刻とは違った意味で、己の中の誰かが叫ぶ。

北斗の体は、その言葉に従った。

 

“ズババババババババンッ!”

 

巨大なイジェクションポートから排出された灼熱の空薬莢が、北斗の頬を容赦なく裂く。裂傷から鮮血が流れ、火傷が肉を焦がす。人類の90%を占めるといわれる右利き用に設計されたAKは、当然ながら薬莢の排出先を射手に危険の少ない右側へと求める。左利きの北斗がAKを、しかも真上に撃てば、当然、空薬莢は彼の身を傷つける。

北斗を苦しめたのは頬の痛みだけではなかった。真上に銃口を向けたため、必然肩当ての姿勢となり、AKの容赦ない反動は、蜘蛛女に切り裂かれた肩、そして両脇腹を打った。

それらの痛みと苦闘を繰り広げる北斗が放った銃弾は、不自然な姿勢にも関わらず、見事全弾命中していた。

しかし、銃弾の雨を一身に受ける蜘蛛女に、やはり決定的なダメージを与えることは出来なかった。

 

「もう! 痛いって言ってるのに……でも、北斗先輩だから許しちゃいます。実害はほとんどありませんしね。……ただ、私は先輩を〈ショッカー〉へ連れて帰らないといけませんから、先輩がこれ以上暴れるのなら、私も力で先輩を取り押さえなくちゃなりません。……ちょっとだけ痛くしちゃいますけど、我慢してくださいね」

 

蜘蛛女は、動き出した。天井を這い、壁を伝って、北斗の元へと接近する。

 

“カチッ”

 

無情にも機関部が、そんな無機質な音を鳴らしてAKの銃口が沈黙した。

弾倉交換をしている暇は――ない。

北斗は、効かないと分かっていたがブローニング・ハイパワーを抜いた。

 

“ババスッ!

 

サイレンサーの装着が意味をなさぬほどの、脅威の五連射。

だが、打ちのめされた蜘蛛女のスピードが減速することはない。秒間5発という超連射も、彼女の勢いを削ぐことは出来ない。

 

「クッ! ……ムンッ!」

 

――ブローニングでは、ヤツを止められない!

そう悟った北斗は、未だ弾倉が空のAKを構えた。4キロ近いAKの重量と、硬い木製ストックは白兵戦において強力な武器になる。

無謀にも、北斗は改造人間に格闘戦を挑む気でいた。

蜘蛛女の爪が、三度北斗に襲い掛かる。

彼は、膂力の限りを振り絞ってAKを振り回した。

 

“ガッ…ガガッ…ガキィッ……ガガガガッ!”

 

突き立てた爪のことごとくを防がれ、蜘蛛女は感心したように口を振動させる。

 

「改造人間の動きに着いてこられるなんて……やっぱり、私の見込み通り。……私のため、そして〈ショッカー〉のためにも、是が非でも連れて帰らないと」

「……その件に関しては、大いに遠慮させてもらおう!」

 

受け止めた4本の爪を振り払い、北斗は蜘蛛女の脳天を目掛けてAKを振り下ろした。

――その時、北斗の視界の中で、一条の白い閃光が走った。

 

「ウッ!?」

 

直後、突如として振り下ろしたAKが、物凄い力で引っ張られる。取られてなるものかと両腕に力を篭めるも、白いAKはあっけなく彼の手元から離れた。

北斗の手から離れたAKは、蜘蛛女の口元へと引き寄せられていった。彼女の口から吐き出された白い閃光がAKを絡め取り、北斗の手から奪っていったのだ。

――蜘蛛の糸。絹の如き柔軟性を持ちながら、鋼鉄の如き強度をも併せ持つ、悪魔の糸。

唯一、若干ではあるが蜘蛛女にダメージの与えられる武器を盗られた北斗は、AKを取り戻すべくKバー・ナイフを抜き、蜘蛛女に挑みかかった。

そうはさせまいと襲いくる4本の手による猛撃を巧みに躱し、北斗は蜘蛛女に肉迫する。

Kバーが、蜘蛛女の口元で滑った。AKに課せられた戒めを解くべく、滑り躍った。

しかし――

 

「なッ!?」

 

鋼鉄の強度を持つ蜘蛛の糸を切断しようとして、Kバーの刃が欠ける。

ならばとばかりに北斗は標的を強靭な糸から、それを吐き出す口そのものに変更するも、鋭い2本の牙に阻まれてしまう。

 

「クソッ!」

 

ならば今度は……と、考えたところで、北斗は突き飛ばされた。

以下に北斗の動きが俊敏でも、接近戦で三度も攻撃を許すようなくも女ではない。1本だけでもプロレスラー数人分に匹敵する腕力の細腕を、4つ束ね、掌打を打つ。弾き飛ばされた北斗からすれば、目の前で爆弾が爆発したようなものだった。

受け身すらとれずに落下した北斗は、立ち上がろうとして焼け付くような痛みを感じた。何事かと痛んだ箇所に指を這わせると、彼は青ざめた。

 

(――骨折が2本。ひびが5本……)

 

北斗達戦闘者にとって、肋骨への過度のダメージは致命的だった。あらゆる動作に支障をもたらし、動作を緩慢にする。

 

(チィッ! しっかりしろ、闇舞北斗!!)

 

己を叱責し、北斗はノロノロと立ち上がると、ブローニングの弾倉を交換した。

少し考えてからサイレンサーをはずし、銃口を蜘蛛女の居る方へと向ける。

 

「北斗先輩、コレ、お返しします」

 

照準の向こう側、蜘蛛女は、自身の吐き出した糸にまみれたAKを、北斗に向かって放り投げた。

目測で、時速120キロはあろうか。恐るべき速さで投げられた4キロ近い鉄の塊が、凄まじいエネルギーを孕んで、北斗を襲う。

 

「グゥ……ッ!」

 

両腕をクロスし、防御する北斗だったが、白いAK衝突の衝撃は絶大だった。力負けした北斗は、AKの重量に耐え切れず、尻餅を着いてしまう。

慌てて立ち上がろうとする彼だったが、炎の中から走った閃光が、彼の足を絡め取った。

――蜘蛛の糸だ!

 

「ウッ……締まる……」

 

片足を拘束された北斗が、低く呻く。

鋼鉄並みの強度と絹のしなやかさを併せ持つ蜘蛛の糸は、単純に北斗の足を絡めとるだけではなく、彼の足を強烈な力で締め上げていた。しかも、その圧力は時間の経過とともに際限なく増加していき……

 

“グシャアッ!”

 

……ついには、北斗の足の骨を粉砕した。

 

「グ…! グアアアアアアッ!!」

 

その激痛に、なおも増し続ける力に、北斗は絶叫した。

もはや拘束は意味をなさない。片足の動かない北斗は、別に拘束などせずとも、身動きを封じられたも同然だった。しかし、意思を持たぬ蜘蛛の糸は、なおも締め上げることをやめない。

北斗は、せめて蜘蛛女の口から糸を切り離さねばと、自分の足と蜘蛛女とを繋ぐ細い糸を、ブローニングで撃った。

 

“ドンッドンッドンッ!”

 

サイレンサーのない100%の威力の9mmルガー・ホロー・ポイント弾。その三連射を受けた糸は、しかし断裂することはなかった。

 

(ならば、一点集中の五連射で――)

 

寸分の狂いもなく2発以上を一箇所に撃ち込めば、切断こそせずとも穴ぐらいは穿てるかもしれない。

北斗が再びブローニングのトリガーを引き絞ろうとした時、彼の体は宙を舞った。

 

「ッ……!?」

 

北斗自身、一瞬、自分の身に何が起きたのか理解出来なかった。ただ突然の浮遊感に戸惑い、次の瞬間、唐突に訪れた激痛に、顔をしかめるばかりだった。

炎の向こう側では、蜘蛛女がひたすらに頭を振っていた。彼女が頭を振る度に、口から伸びる糸が連動して波打ち、北斗の体を其処彼処に叩きつける。

なんと蜘蛛女は、顎の力だけで180センチ近い北斗の体を、自在に振り回していた。

死なない程度の速度で振り回し、天井に、壁に、彼の体をぶつけ、痛めつける。

外傷のみならず、内臓さえも確実に傷つけるこの攻撃は、北斗の体にこれまでにないダメージを与えていた。すでに肋骨は全部が骨折かひび割れ、激しい嘔吐感から胃の内容物はおろか胃酸と一緒に血液すら吐瀉していた。肝臓は内出血を始め、早急に手当てしなければ危険な状態である。

やがて十数回、北斗を打ちつけたくも女は、“プツン”と、意図を牙で噛み千切った。Kバーの斬撃、9mm弾の直撃を受けてなお傷ひとつ負わなかった糸を、である。

蜘蛛女との接続が解除されたからか、北斗の足を締め上げる力が急激に弱くなっていった。

屋敷の――まだ炎が燃え移っていない――床に横たえられた北斗は、ほとんど虫の息だった。もはや手足に自由はなく、1ミリでも動かそうものなら、信じられないような苦痛が彼の体を走った。

ゆっくりと近付いてくる蜘蛛女の足音を聞きながら、北斗は己が内である感情が徐々に大きくなっていくのを感じていた。その感情は蜘蛛女の足音が大きくなるのに比例して、彼の心の中で、領土を拡げていくようだった。

――抗いようのない恐怖。

すべての動物が持つ、原始の感情。原始的であるがゆえにその感情が心に及ぼす影響は大きく、北斗の心を支配し、彼の体を縛りつける。

『恐怖』の創造、そして生産。

北斗は、蜘蛛女との戦いを通じて、改造人間という生体兵器の真の武器を知ったような気がした。

〈ショッカー〉は、目の前の蜘蛛女を見るまでもなく高度な技術力と、それを如何なく行使出来る経済力を保有する組織である。彼らの掲げる世界征服の中身は『一部の選ばれた人間(改造人間)による全人類の支配』を目指すもの。その際、改造人間の絶大な力と怪異な姿は、人々の心に『恐怖』を生み、人々の心を〈ショッカー〉に縛り付ける有効な武器となる。異形の姿も、決して過剰な装飾ではない。奇怪な合成獣の姿は、それだけで純粋な恐怖を具現化したものなのだ。

 

「さすがにもう…動けませんよね」

 

北斗に対する問いかけ……というより、自分自身に言い聞かせているかのような口調の蜘蛛女。

しかし律儀にも、マウントポジションを彼女にとられた北斗は、かろうじて回る舌で言ってやった。

 

「動くさ……だが、動かしたくない。指一本動かしただけでとんでもない痛みが体中を走る。……だから、動かしたくない」

「……そうですか。では、そろそろ終わりにしましょう」

 

言うと、蜘蛛女の2対の牙の間から、長さ20センチほどの細い針が飛び出した。生体と一体化していると思わしき針の先端には小さな穴があり、まるで注射器のようである。

 

「それは?」

「毒針です。私の体内で精製した麻酔薬を注入します」

 

蜘蛛女の体内では麻酔薬の他にも、人体を溶解する溶解液や、神経毒の一種なども精製されている。これらの毒はそれぞれ独立した器官で造られ、蜘蛛女が体内の余剰鉄分を材料に精製した針で人体に注入される。

毒針と効いて顔をしかめた北斗に、蜘蛛女は慌てて言った。

 

「あ、で、でも安心してください。変な習慣性とかはありませんから。……それと、痛いのは最初だけです。あとはすぐにでも心地の良い眠りに就きますからね」

「……そうか。なら、すぐにでもやってくれ。実のところ、こうしてじっとしていても体は悲鳴を上げているんだ」

 

――その針を受け入れれば、この痛みから、この恐怖から解放される。

平静を装いながらも恐怖に怯えていた北斗は、恐怖からの解放を望んだ。

 

「わかりました。すぐ楽にしてあげます。……次に目覚める時、北斗先輩は生まれ変わっているでしょう」

 

蜘蛛女が、穏やかに言った。

北斗は小さく頷くと、静かに目を閉じて、その時を待った。

瞼の裏というスクリーンに、春香の笑顔が浮かぶ。

 

(……すまんな、夕凪。どうやらお前の仇はとれそうにない)

 

改造人間の持つ、絶大な力。比べてみるまでもなく、仕方のないことじゃないかと、北斗は自分に言い聞かせた。

首筋に、何か冷たい物が触れる。チクリと小さな痛みがして、針は皮膚へと突き刺さった。

針は北斗の血管に刺さり、そこで止まった。体の中に、何か温かいモノが流れてくる。

 

(これで終わりだ……そう、これで終わりだ……)

 

終わりのはずだ……それなのに、この心の引っかかりは何なのか。

 

(何も感じる事などないはずだ。それに、例え感じたところで何が出来る? ヤツには、俺の持っているすべてが通用しないんだぞ?)

 

何もかもが通用しない。ブローニングも、ステンも、AK47も……すべてが通用しない。

――はたして、本当にそうなのか、闇舞北斗?

――お前は本当に、自分のすべてをぶつけたのか?

 

(……違う)

 

そうだ。違う。自分はまだ、本当にすべてをぶつけてなどいない。諦めるのは、それからでも遅くないではないか―――

 

「初穂……」

 

急速に、萎えかけていた戦意が、湧き立つのを感じた。

自分にはまだ放てる牙がある。

自分にはまだ、戦うための力が残されている。

 

「悪いが、前言は撤回だ……」

「?」

 

指を静かに動かしてみる。猛烈な痛みを伴うも、動く。

両脚に力を入れてみる。折れてしまった片足はピクリともしないが、もう片方の足は動く。

 

「それってどういう意味ですか?」

 

動けるだけ、動こう。

戦えるだけ、戦おう。

再び獣になれ。

再び鬼になれ。

北斗は、自らの心を奮い立たせるべく、蜘蛛女を睨みつけた。

 

「……北斗先輩?」

 

相変わらず恐怖心は拭い切れない。しかし、恐怖は勇気と紙一重の存在だ。恐怖心を無理に抑え込むのではなく、あえて受け入れ、手なずける。そうすれば恐怖心は最大の敵ではなく、最高の友となる。

 

「ウオオオオオオオオ――――――ッ!!!」

 

北斗は、吼えた。

自らの恐怖心を受け入れるべく、咆哮した。

 

「なッ!?」

 

全身に激痛が走る。

全身に信じられないようなパワーが漲る。

北斗は、蜘蛛女を蹴り上げた。

突然の、それも予想だにしなかった北斗の反撃に虚を衝かれた蜘蛛女は、体長2メートル以上はある巨躯を一瞬だけ空へと浮かせた。その間に、北斗は素早く床を転がって次の蜘蛛女の落下から逃れる。

4本足のバネをフルに使って着地した蜘蛛女が北斗の姿を目で追ったとき、彼は首筋に突き刺さったままの針を抜いて、散々にいたぶられてなお手放さなかったブローニングを撃った。

 

“ドンッドンッドンッドンッ”

 

放たれた4発の弾丸は2発が命中し、残りははずれた。

 

(クソッ……照準が定まらん……)

 

体内に注入された麻酔薬のせいだろうか、視界が鈍く揺れる。

猛烈な眠気が心身をともに襲い、筋肉が弛緩する。

 

(なら―――ッ!)

 

北斗は、ブローニングの銃口を自分の右肩に当てた。そして、撃った。

 

“ドバァンッ!”

 

「なッ!?」

「グゥ……!」

 

飛び散る鮮血と肉片。

霧散する眠気と倦怠感。

そして、呼び覚まされる意識と痛覚。

 

「北斗先輩! あなたという人は……」

 

蜘蛛女が次の言葉を継ぐよりも早く、北斗はブローニングを撃つ。

 

“ドドドドドンッ!!!”

 

脅威の五連射の反動がボロボロの北斗の肉体を襲い、叩き出された5発の弾丸が、蜘蛛女に炸裂する。

今度は全弾命中。それも、蜘蛛女の胸の、ただ一点に集中して……

さすがの蜘蛛女も、寸分たがわず同一箇所への絶え間なき5連射には、耐えられない!

 

「うぅ…クッ……!」

 

4本の内の1本で胸を押さえ、蜘蛛女は苦しげに呻いた。

しかし、そうしながらも溶解液入りの毒針を北斗に見舞った蜘蛛女は、幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の戦士だけのことはあった。

だが、潜り抜けてきた修羅場の数なら、北斗とて負けてはいない。

骨折した片足のせいか、膝立ち状態の彼は、毒針を躱すことが出来ないと悟るや、驚くべき英断を自らに下した。

彼は、右腕を差し出した。毒針は、見事なまでに右腕に突き刺さった。

濛々と蒸気を上げ、溶解を始める右腕。その侵食のスピードは凄まじく、1分もすれば、右腕は完全に分解し、溶解は胴体に達するであろう。

――ならば、そうなる前に……

 

「ウオオオオオオオオ――――――ッ!!!」

 

北斗は、再び絶叫した。

絶叫し、蜘蛛女へと跳びかかった。

もとより着地や受け身を期待しての跳躍ではない。北斗の片足は、折れているのだ。

右腕のガードを崩さぬまま飛び込んできた北斗に、蜘蛛女は反射的に4本の爪を振るった。

切り刻まれる北斗の右腕。……否、いつしか右腕は切り刻まれるまでもなくなっていた。

 

“ズパァンッ!”

 

北斗の右腕が、切断された。

 

「――――――――!!!!!」

 

声にならぬ叫びをぐっと堪え、北斗はフレキシブルに動く4本の腕に投げ飛ばされることを選んだ。

肉を断たせ、骨すらも断たせて、北斗は溶解液による窮地から脱出したのだ。

この世に生を受けたその日から、ともに生きてきた右腕という犠牲を払って……

しかし、吹き飛ばされた北斗には、次なる危機が迫っていた。

右腕切断による大量出血。ただでさえ出血が酷いというのに、その上、この有様では出血多量で失血死するのも時間の問題である。

その危機から逃れるべく、北斗が次にとった行動はまたしても驚くべきものだった。

なんと彼は、自ら進んで右腕の切断面を、炎の中に突っ込んだのである!

 

「グオアアアアアア――――――ァ!!」

 

滅却消毒。

確かに出血はいくらか収まるだろうが、その痛み、心身へのダメージは比べ物にならない。

――比べ物に、ならない?

 

(――なんだ、こんなもの!)

 

獅狼を殴ったときに感じた苦痛、そして春香を失ったときに感じた胸の痛みを思えば、それこそ比べ物にならないではないか。

北斗は、叫ぶのをやめた。

こんな姿を彼女に見られたら、笑われるに違いない。

こんなみっともない姿を、彼女なんぞに見られてなるものか。

北斗は、炎の中から腕を出した。トレンチコートを脱ぎ、丸めて、叩きつけて体に燃え移った火を消す。炎が完全に消火されたのを確認して、彼は改めて黒く焼け焦げた切断面を見た。

上腕から下を完全に失った右腕。しかし、この腕にはまだやってもらわねばならない事がある。

北斗は、匍匐前身で身を動かした。

左腕の力だけで70キロ近い体を引き摺り、ひたすら前を目指す。

行き先は……否、求める物はそこにある。

北斗は、自らの持つ最強の牙を求めて、ひたすら前進した。

 

 

 

 

 

吉沢刃物に突然のガサ入れがあったのは一昨日のこと。

そのきっかけとなった事件……都内某所で若い暴力団幹部が拳銃を発砲した事件が起きたのは、さらにその8日前のことだった。

警察の捜査によって犯人の暴力団幹部は逮捕され、事件そのものは無事解決したのだが、この話には続きがあった。犯行に使われた拳銃を封切りに、暴力団の事務所を家宅捜査したところ、なんと数十挺もの銃器が押収されたのである。

この事が原因で件の暴力団は崩壊。主要メンバーの大半が監獄行きとなったことで、組織は再起不能の深手を負ってしまったのである。

この時、押収した銃器を調べているうちに、警察はある事に気付いた。暴力団が所持していた銃器の種類や製造ナンバーが、綺麗に揃っていたのである。

その事実はとても重要な意味を孕んでいた。なぜなら、暴力団が所持していた銃器は、何者か仲介人を通して入手した可能性が浮上してきたからだ。

戦後日本の銃器に関する取り締まりはかなり厳しいものとなった。一部の例外を除いて、国内販売は完全に禁止となり、国内生産は打ち切りとなった。以来、国内での銃器入手は困難を極め、暴力団などの組織がこれを入手しようとした場合、よほどの巨大グループでない限り、単独での大量保有は不可能というのが現状である。

今回、検挙された暴力団の規模は中小クラス。とてもではないが、第三者の介入なしに数十挺もの大量入手は不可能である。

その際、以前より『銃器の密輸入、密売の疑い』で、公安部などからも睨まれていた吉沢刃物は、当然捜査の対象となった。そして一昨日、発砲事件の当事者である若手幹部の証言から家宅捜査の礼状が下ったのである。

突然のガサ入れに何の備えもしていなかった店長・吉沢慎也は、あっさりと地下室の存在がバレ、お縄頂戴となったのである。

取調室。

昨日、今日と、2日にわたって取調べを受ける慎也は沈黙を守り続けていた。昨日今日と合わせて、もう10時間以上も、肝心な事を喋ろうとしない。

取調べを受け持った刑事……警視庁・組織犯罪対策部第3課・本郷鷹介警部は、本日何度目かの溜め息をついた。

本郷はノンキャリア組の人間ながら、『警視庁・組織犯罪対策部にこの人あり』とまで言わしめたエリートだった。現場で鍛え上げた刑事としての能力はトップクラスで、裏社会の住人からは『鷹の目』の異名で恐れられている。

幼い息子と愛する妻を抱えた41歳。戦後警察法が制定されたから12年の間に、壊滅させた組織は数知れず、一部の暴力団などからは『本郷を倒さずして明日はない』とすら、語られている。

そんな本郷が深夜の取り調べを行う理由は、事件の関係者にとっては明白であった。

すなわち本郷――警察は、慎也から顧客のリストを暴き出し、他の暴力団をも『銃刀法違反』で一斉検挙するつもりなのだ。

吉沢刃物で押収した銃器の総数は約200挺にも及んだが、店からはそうした銃器の買い手に関する手掛かりは一切得られなかった。

もし、店長・吉沢信也の口から店の顧客の名前を証言させることが出来れば……あれだけ膨大な数の銃器である、一体どれほどの組織、犯罪者を検挙できるか、本郷自身想像もつかない。

しかし、取り調べは難航していた。慎也が、本郷達が聞き出したい事を頑として話さないのである。

曰く、

 

「俺自身が銃器の取締りに違反していた事は認めよう。取り調べにも応じる。煮るなり焼くなり、好きにするといい。しかし、お客さんに関する事だけは一切話さない。客に迷惑をかけるなんて、商人としては最低だからな」

 

……とのこと。

慎也はもう10時間も、この言い分を通して口を閉ざしているのだ。

自分の罪は認めているため、本郷も警察も、強引な手段はとれない。一時は司法取引という手段も考えられたが、本郷の「さすがにそれは時期尚早だろう」という発言により、取り止めとなった。なにせまだ、逮捕してから3日と経っていない。

 

(もう少し粘らないと……)

 

空手5段、柔道4段、剣道2段の合計11段の資格を持つ本郷だったが、決して強引な手段は使いたくない。出来ることなら、すべてを穏便に済ませたいというのが彼の願いだった。

おそらく、吉沢慎也の取り調べは根競べになるだろう。長期戦は必至で、先に隙を見せた方が負ける。

相手は強敵だ。本郷が今まで相手にした中でも、一・二を争う口の堅さ。加えて、客に迷惑はかけまいという商人としての義務感と、義侠心を持っている。

 

(手強い相手だ)

 

そう、手強い相手だ。しかし、完璧な人間などいない。どこかに必ず、付け入る隙はあるはずである。

まずは時間をかけて、相手の心を開かせよう。自分に気を許すようになれば、一歩前進だ。幸いにして、慎也はに関する質問以外にはよく答えてくれる。

ここは焦らず、じっくりと攻めよう。

 

「――パンツァーファウスト150(・・・・・・・・・・・・・)とはいったい何だ?」

 

押収した火器のリストに目を通しながら、本郷は言った。

柳也は突然の質問にも動じることなく、答えた。

 

「対戦車兵器だ」

 

本郷の『鷹の目』がギラリと光り、2人の会話を記録する書記官が、顔色を変えた。

 

「戦中ドイツで作られた武器で、銃弾と違って運動エネルギーじゃなく、化学エネルギーを用いた成形炸薬(HEAT)弾を1発装填し、撃つ」

「成形炸薬弾?」

「対戦車榴弾なんて呼び方もする。円筒形の高性能爆薬の片側を円錐形に削り取って、銅なんかで作った金属製ライナーを装着。反対側から起爆すると、爆発の衝撃波で金属ライナー粒子が、秒速8750〜9840ヤードの超高速ジェット流として放出される。この超高速ジェット流の運動エネルギーで、装甲板などに穴を開けるんだ。論理的にはライナー口径の、だいたい5倍くらいの圧延均質装甲板を貫通出来る。この現象を発見・解析した科学者の名前から、モンロー効果、ノイマン効果とも呼ぶな。着弾時の速度とは関係なしに貫通力が一定だから、対戦車兵器としてはまさに理想的だ」

「その威力は?」

「パンツァーファウスト150に限れば最大射程160ヤード以上。装甲貫通力は7.8インチ以上……」

 

本郷が溜め息をついたのと、書記官がペンを落としたのはほぼ同時だった。まさか吉沢刃物がそんな強力な兵器を仕入れ、あまつさえ売ろうとしていたなどとは思わなかったのだろう。

 

「それだけ強力だと、使い道は随分限られるようにも思うが?」

「そうでもない。別に標的は戦車じゃなくたっていいんだ。コンクリートの壁とか、障害物とかな」

「……そんな物、買う奴がいるのか?」

「いや、いない。2セット仕入れて、すぐに後悔した」

 

慎也が不敵な笑みを浮かべ、件の兵器がまだ暴力団の手に渡っていないと知って、書記官は安堵の溜め息をついた。しかし、リストに目を通している本郷は違った。

 

「……このリストによると、現場から押収された物は1セットとのことだが?」

「!?」

 

書記官の顔が、再び青ざめた。

 

「ああ、うち1セットはプレゼントしたんだ」

「プレゼント!?」

 

今度は本郷の顔が青ざめた。彼らが吉沢刃物に足を踏み入れたとき、すでに件の超兵器は第3者の手に渡ってしまった後だったのである。

こうなると話はややこしくなってくる。慎也は「プレゼントしたんだ」と言ったが、しかし相手が客であることには変わりないだろう。警察としてはパンツァーファウストが何らかの犯行に使われる前に、一刻も早くその第3者を捕らえねばならないが、相手が客となると、慎也は口を閉ざしてしまう。

 

(落ち着け……)

 

今は慎也との会話を続けることが先決だ。その件に関しては、後でじっくり捜査しよう。

本郷は今この場で慎也を糾弾したいと思う気持ちを、必死に自制した。

 

「――それで、そのパンツァーファウストはどんな形をしているんだ?」

「直径約2インチ、丈約3フィートの鉄の筒の上に、簡易な照準器と引き金が付いている。発射薬の黒色火薬を充填して、先端に直径6インチの砲弾を付ける……まぁ、お互い股の間に付いているイチモツに似た形状だな」

 

慎也が、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。

本郷は、また溜め息をついた。

 

「それで貫通力7.8インチ以上か……羨ましい話だ」

「…しかしそれでも、俺のムスコには劣るな」

 

 

 

 

 

最後の悪足掻きともとれる北斗の反撃に、しかし、蜘蛛女が怒りの感情を表明することはなかった。むしろ、彼女の心は歓喜に震えていた。

彼女は二重の感動に遭遇していた。

1つは、瀕死の状態にあってなお、北斗が見せた人間の生命力の逞しさ。

1つは、未だかつて自分が見たことのない、北斗の底力。

片や人間という生命の素晴らしさに、片や闇舞北斗の新たな一面を発見したことに、彼女の心は打ち震えていた。

目の前で火柱が上がり、その身を炎が包み込む。

灼炎に焼かれる痛みをもろともせず、蜘蛛女は北斗を求めて足取りも軽く動き出した。

――と、その足が、不意に何かに触れる。

その、逞しい筋肉の硬い感触に、思わず蜘蛛女は足を止めた。

肉の焼け焦げた臭いが、蜘蛛女の敏感な鼻にツンとくる。

蜘蛛女は、炎の中へと手を入れ、件のソレを取り出した。

 

「これ……」

 

取り出したソレを見て、蜘蛛女はうっとりとした表情を浮かべる。ルビー色の六角形の目は、こころなしか若干細くなったようにも見える。

――北斗の腕。

つい今しがた、自分が切断した、愛する人の肉片。

蜘蛛女……稲、柏木初穂は、ほとんど無意識にソレに喰らいついた。

食人行為。

強靭な筋肉も、骨も、すべて牙で噛み砕き、喉へと押し込む。

舌に触れた肉の、血の味を楽しんで、初穂は陶酔した。

今、自分の中では、愛する人の肉体の一部が、自分の生きる糧となって分解・吸収されている。

もうこの体は自分ひとりのものではない。この体はもはや、自分の血液のみならず、北斗の血をも受け入れてしまったのだから。

口元を北斗の血で、まるで涎のように真っ赤にした初穂は咆哮する。

 

「キシャァァァァァァアアアッ!!」

 

歓喜の奇声を上げる初穂の瞳に、もう炎は映っていない。

凶器を孕んだ目に映るものといえば、愛する人の痕跡のみ。

北斗を求めての歩みに、迷いはない。

あの肉も、骨も、血も、魂すらも……すべては自分のもの。もはや〈ショッカー〉への供物などどうでもよい。

 

(北斗先輩は、私だけのものなんだから――――!)

 

ただ一念、それだけのために……

妄執にかられた女は冷静な判断力すら失って、幾重もの炎の障壁を、ことごとく突破する。

一枚…一枚……薄っぺらな壁を突き抜ける度に、少しずつ北斗の元へと近付いてく。

 

(あと一枚……あと一枚……!)

 

その先に彼が……北斗先輩がいる!

その一念で彼女は、苦手とする炎すらも突き抜けた。

そして、その果てに待っていたのは……

 

「――終わりにしよう。柏木初穂……!」

 

……左腕一本でパンツァーファウスト150を構える、北斗だった。

 

 

 

 

 

ドッ!!!

 

 

 

 

 

闇舞北斗最強の牙が、放たれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

パンツァーファウスト150は無反動砲である。背後へと発射ガスの一部を放出することで、後方と方向から噴出するガスの運動量の釣り合いを均一にし、無反動にする。

しかし、いくら無反動とはいっても、反動がまったくないというわけではない。発射ガスが後方へ噴出されるまでの僅かな時間、そして発射ガスが砲尾を離れる僅かな瞬間に、反動はある。

もっとも、それら一瞬の反動はさほど強力というわけではなく、普通に使う分にはまったく問題のレベルである。

しかし、瀕死の北斗にとっては、その一瞬で十分。

片腕一本で重量7キロもの大筒を支えていた彼は、パンツァーファウストの反動に完膚なきまで打ちのめされ、精も根も尽き果てたように倒れていた。

外気の熱さとは対称的に、猛烈な寒気、そして眠気が、彼の意識を襲う。

いっそこのまま一思いに眠ってしまいたいという衝動にかられるが、まだ睡魔に身を明け渡すにはいかない。

 

「まだ…だ……」

 

自分はまだ、眠るわけにも、死神に魂を暮れてやるわけにもいかない。

自分にはまだ、やるべき事が…やらねばならない事が、ある。

精神力でそれら欲求を振り払い、彼はヨロヨロと立ち上がった。

壁に寄りかかっての足取りは重く、そして弱々しい。しかし対称的に、骨肉粉砕したその身を支えるためのエネルギーを生み出す彼の呼吸は、荒々しかった。おそらく酸素が足りていないのだろう。そればかりか、撒き上がる火の粉や灰、熱気そのものに痛めつけられた肺は、すでに本来の70%も機能していないようだった。

過剰なまでにその身を酷使し、なお苛め抜くのは、一体何のためなのか。

やがて10メートルの距離を1分かけて歩き切った彼は、眼科に転がる肉塊を凝視した。

 

「初穂……」

 

――蜘蛛女。

パンツァーファウストの砲弾に胴より下を肝心に吹き飛ばされ、4本の腕すらも捥がれた、蜘蛛女……否、柏木初穂だった。

 

「なんですか? 北斗先輩……」

 

発声器官が上手く機能していないのか、か細い北斗の呼びかけに、初穂は微笑を返す。

ここにきて正気を取り戻したのだろう。ルビー色の複眼に凶器の色はなく、人外の形相ながら、その表情は穏やかである。

臓腑を苛む痛みに耐えながら、北斗は初穂の胸へと左手をあてがった。

――熱い。

自力での再生が不可能なレベルまで肉体を損傷させながら、なお炎の如く熱を放つ人工心臓。生命の賛歌を歌い続ける人工器官の存在を感じながら、北斗はゆっくりと深呼吸をした。

肺が痛む。

シクシクと痛む。

すでに人の身ではないとはいえ、剥き出しの肌を直接触られるのは抵抗があるのか、初穂は恥ずかしげに身をよじらせる。

 

「やん、エッチ♪」

「……嬉しそうだな。どういうわけか知らないが……」

「ええ。ちょっと恥ずかしいですけど、好きな人に触られているわけですし……」

「好きな人?」

 

今にも死にそうな体で朴訥に首を傾げる北斗に、初穂は苦笑する。

――まったく、この鈍感男ときたら……

 

「もう、本当に鈍感なんですから……こんなに自己アピールして気付いてくれないなんて、もしかしてわざと?」

「だから何が……」

「はぁ…もういいです……」

 

しかめっ面で何か言おうとする北斗を、初穂は諦めたような溜め息で遮った。

いまいち納得のいかない北斗は、しかし初穂がもうこの話題を望んではいないと分かったので、ただ一言「そうか……」と、言って、話を終了させた。

胸にあてがわれた掌が、より強く初穂の小さな双丘を押しつぶした。

呼吸を整え、全身の力を掌打の一点に注ぎ込む。

彼女に止めを刺すために……

ボロボロの自分に残された、最後の力を振り絞るために……

 

「……最後に何か、言い残す事は?」

 

呼吸を乱さぬよう低く、搾り出すように唇から言葉を吐き出す。

対する初穂は、目を閉じて静かに答えた。

 

「闇舞北斗、私はあなたを愛しています!」

 

北斗は、一瞬だけ大きく両眼を見開いたかと思うと、

 

「そうか……」

 

と、素っ気無く呟いて、次の一撃とともに言葉を吐き出した。

 

「…………俺はお前を許さない」

 

 

 

 

 

――――――吼破…………静月………………!

 

 

 

 

 

一瞬の爆発。

一瞬の全力。

打ち出された力は表面ではなく内部に浸透し、受け止めた相手の体内で波紋を織り成す……

――吼破・静月。

中国拳法の秘伝・浸透剄を用いた、北斗の習得する第二の吼破。

打撃力で表面を破壊するのではなく、内部を破壊する中国拳法の絶技。

いかに改造人間の頑強な人工臓器とて、パンツァーファウストの一撃によって極限まで消耗したところを、北斗の最後の全力で打たれては、その死を免れることは出来ない。

ルビー色の複眼のレンズ一つ一つが、ゆっくりと…静かに濁りを帯び……

人工心臓を破壊された初穂の体は、間もなく機能を停止した。

 

 

 

 

 

「グ…ゥ……」

 

“ドサッ……!”

 

最後の吼破・静月に、己を生かすすべてのエネルギーすらも篭めてしまったのか、初穂の最期を看取った北斗は、そのまま膝を着き、前のめりに倒れた。

体の芯から滲み広がる冷気が、蝕むようにして全身を覆う。まるで体の内外を隔てるものが消え失せたかのように、体温が外気温と等しくなっていく。

 

「…………」

 

今日の、今この瞬間が今生の最期と悟った北斗は、もはや唇を動かすことすら出来ず、炎に焼かれていた。

 

(寒い…猛烈に、寒い……)

 

もはや彼の体は、炎の熱すら分からぬほどに冷え切っていた。

脈が途切れがちになり、心臓の鼓動が感じられなくなっていく。

真昼の、しかし静寂の中、北斗は独りきりだった。親友を殴り飛ばし、親友の仇をとった果てに待っていたのは、どうしようもない孤独感。そして、今の自分と同じように独り残してしまう、留美に対する罪悪感。

たまらなく心細かった。たまらなく自分が情けなかった。しかし、凍りついた涙腺は涙を流すことすら許さない。

冷たく乾いた瞼を閉じることすら出来ずにいた彼の、朦朧とした視界の中に、不意に、翳りが差し込んだ

首だけを動かして視線を巡らすと、そこには異形の獣が立っていた。

――〈ショッカー〉の改造人間・蝙蝠男。

 

「…………」

 

北斗は彼らを見て、何か言葉を発そうとしたが、出来なかった。上手く舌が動かない。上手く唇が動かない。そればかりか、発声器官すら動いていないような気がする。

 

「貴様…闇舞北斗だな?」

 

蝙蝠男が、北斗に訊ねる。

声の出せない北斗は、静かに頷いた。

 

「『蜘蛛女』様の最後の命令だ。お前をこのまま、我々の基地へ連れて行く。そしてすぐに、改造手術を行う。……いいな?」

 

もとより北斗に選択肢はなかった。彼がどう答えようと、蝙蝠男は自分の上司の、最後の命令を果たすつもりだった。

北斗は、しばし逡巡した。しかし、それはほんの一瞬だった。

彼の脳裏に留美の笑顔が甦る。そして同時に、彼の心の中に『あの笑顔を守らなくては……』という使命感と、思いが浮上する。

生きなければならない。生きて、あの笑顔を守らねば……

北斗は、ゆっくりと頷いた。

蝙蝠男は、大仰に頷いた。

 

 

 

 

 

その空間は、まさに組織の中枢だった。

地上3階、地下100階以上の施設の、最深部……総司令室。

小さな体育館ほどの広さもある部屋は、闇に包まれていた。完全に真っ暗というわけではない。極端に小さな照明は部屋の壁のたった一箇所を煌々と照らし続けるだけで、しかし、その部屋の住人達にとっては、光源はそれだけで十分だった。

彼らは、闇の中から光で照らされた一点に、畏敬の視線を送っていた。

光で照らされた壁には、『鋭い爪を地球に食い込ませ、まるで世界を包み込むかのように両翼を広げる鷲』の意匠を凝らしたレリーフがかけられていた。心臓の位置には真紅の宝石が埋め込まれ、時折、自ら光を放っている。

 

『――どうやら全員集まったようだな』

 

密閉された空間に、作られた声が響いた。年齢生物ともに判断のし辛い、中性的な声。

部屋の四隅に設置されたスピーカーによって増幅された声は、闇の中に揺らぎを生じさせた。

 

「報告を受けてヨーロッパ戦線より戻ってきましたが……未だ信じられません」

 

闇の中で一人が、驚きに満ちた声を上げる。

闇に紛れているためにその姿を周りの者が視ることは出来なかったが、車椅子に腰掛けた、白衣の男である。

 

「首領、何かの間違いではないのですか!?」

 

別の男が、辺りに唾を撒き散らしながら叫ぶ。

やはり周囲の者がその姿を捉えることは叶わなかったが、一種独特な、奇抜なスタイルの男である。

 

「蜘蛛女は当時最先端の技術を盛り込んだ改造人間。それが、ただの人間如きに敗れるとは……!」

 

白衣の男は顔面蒼白だった。幽鬼の如き表情には“信じられない”という感情がありありと浮かんでいる。

そんな白衣の男を諌めるように、闇の中から威厳のある声が響いた。

 

死神博士(・・・・)、認めたくない気持ちは分かるが、現実を直視したまえ。…現実問題として、ただの人間が改造人間を倒すという実例は、過去何度もあったはずだ」

 

白衣の男……死神博士を諌めるのは、旧ナチス・ドイツの軍服を着た、隻眼の男。左胸に『大佐』であることを照明する階級章を携えた彼に、死神博士は食って掛かる。

 

「蜘蛛女は通常の改造人間とは違う!」

「そうだな…それに豊富な経験がある。単純なスペックでは表せられない強さが、彼女にはあった」

「フム、それには私も同感だ。経験もあったが、なにより彼女にはそれを次の行動に活かせるだけの能力があった。失敗をするたびに何がいけなかったのかを考え、次で成功させられるだけの能力が……」

「――だからこそ、女だてらに我ら“大幹部”に匹敵する実力を勝ち取り、日本支部の支部長という大役を任されたのだ。……不断の努力を怠らない、忠誠心の厚い良い娘だった」

「だが、それももう……」

「…………」

「…………」

「…………」

 

3人の男は、それっきり沈黙した。

やがて死神博士は、車椅子から立ち上がった。その健脚なること素晴らしく、どうして車椅子を使う必要があるのか不可解なほど、堂々とした起立だった。

死神博士は鷲のレリーフに向かって言った。

 

「首領、蜘蛛女を倒した素体のデータはございますか?」

『ある。……しかし、どうするつもりだ?』

「その素体……生身でありながら、大幹部クラスの改造人間を倒したという人間に、興味があります。……そんな優秀な男ならば、ゆくゆくは『S.M.R.』の素体に……」

「駄目だ! 駄目だ!」

 

死神博士が言い終える前に、異形の容姿の男……地獄大使(・・・・)は、大きく首を横に振った。

 

「あれは計画自体が未知数で、第一、アレの担当は貴様ではなく緑川博士ではないか。貴様が口を挟む問題ではあるまい。――だが、その素体についてはワシも興味がある。場合によっては、今度新設する予定の特殊部隊の一員になってもらうかもしれん」

「なるほど…例のSIDE〈イレイザー〉か」

「そうだ。ゾル大佐(・・・・)

 

地獄大使は、不気味なメイクの施された顔に、冷笑を浮かべた。

SIDE〈イレイザー〉計画は戦略のプロフェッショナルである地獄大使が率先して設立を推進している計画で、組織の構成員の90%を占める戦闘員の新たな可能性を示唆するものだった。

計画には〈ショッカー〉の首領も全面的に賛成の意を示しており、プロジェクト・チームの発足は時間の問題だった。

 

「SIDE〈イレイザー〉か……今更戦闘員を作るなど、気が進まんな」

「そう言うな、死神博士。作ってもらうのはただの戦闘員ではない。怪人並みのスペックを持った、まさしく一騎当千の戦士たちなのだ。……これからは特殊部隊の時代なのだよ」

「一騎当千の戦士達からなる、少数精鋭の特殊部隊か……俺の時代にはなかった発想だ」

 

ゾル大佐の隻眼は、どこか遠くを見つめているようだった。

空間を超え…時間を超え……

少なくとも、現在ではないいつか……若く、理想に燃えていたナチス軍将校であった頃のことを、思い出しているのだろうか。

やがてゾル大佐は、不敵な表情に冷笑を浮かべた。

 

「首領、その素体――闇舞北斗と言いましたか。彼の改造手術が終わった暁には、是非、私の元に配属してください」

『育てるつもりか? その素体を……』

「はい。最強の戦士に鍛え上げてご覧にいれましょう」

「最強の戦士か……」

 

死神博士は、〈ショッカー〉の大幹部である以上に、生粋の科学者である。彼はゾル大佐の言う『最強の戦士』という言葉には何の魅力も感じなかったが、何の特殊能力も持たない戦闘員が、『最強』の称号を得る事には興味を抱いた。そして、その戦闘員を自分が作るとなれば……

死神博士の探究心は、必要以上に刺激された。

 

「ただの戦闘員をどれほどまで強くできるか……この私の腕の見せ所だな。早速、データを集めねば」

「死神、ゾル、準備が出来たらワシのところに寄越せ。ワシがヤツに、最高の戦場を用意してやる。他のどんな戦場でも出来ないような経験を、味合わせてやる。……よろしいですな、首領?」

『フッ…よかろう。闇舞北斗の処遇に関しては、お前達3人にすべてを任せる。……煮るなり焼くなり、好きにするがよい』

 

首領の許可を得て、地獄大使は小躍りしたい気持ちを必死に堪えた。

彼の頭の中では、すでに壮大な空想が膨らんでいた。

改造手術の第一人者・死神博士が改造し、歴戦の猛者・ゾル大佐が鍛え上げた戦士に、自分がこれ異常ない実戦経験を積ませる……はたして、どれほどの戦士になるのだろうか。考えただけでも、ゾクゾクする。そしてそれは、地獄大使のみならず、他の2人も同様の気持ちだった。

ゾル大佐は、軍人としての特殊部隊の有用性に対する好奇心から……

死神博士は、純粋な科学的探究心から……

 

「クククククッ……」

「フフフフフッ……」

「ガハハハハッ……」

 

不気味な笑みを浮かべる3人の頭の中からは、すでに死んだ初穂のことはすっぽりと抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 それら一連の映像を、まったく別の場所から監視する者がいた。

巨大スクリーンに映し出された3人の顔は鮮明で、端末のカメラはかなりの高性能を有していると想像できる。

映像を観る男の容姿は、北斗達の生きる1959年にあってなお異常な恰好だった。なんと、旧ロシア帝国の軍服を身に纏っているのである。襟に留められた階級を現すピンバッチは相当に古く、汚れていて具体的にその階級を知るのは難しい。

ただ、バッチの形状から“将軍”の位にあることが分かった。否、この場合は位にあったと、過去形で表すべきだろうか。

 

「クククッ……最強の戦士か……」

 

スクリーンを見つめる男が、ニヤリと不気味な冷笑を唇に浮かべる。

男は、映像を映し出す端末に拳を振り下ろした。

明らかに市販の映写機の規格を超えた合金製のボディが、いとも簡単に歪む。

 

「なにが最強の戦士だ、笑わせてくれる。…どれほど強化したところで所詮は戦闘員、底はすでに見えているというのに……」

 

男は、映写機の残骸には目もくれず、振り向き、何歩か歩いた。

手の届くところに、照明を点けるためのスイッチがあった。

“パチリッ”と押してやると、一瞬にして眩い光が辺りを包み込んだ。

広い空間の中央に、巨大な円筒の水槽が置かれている。中に満たされているのは無色透明の液体で、一見、ただの水にも見えなくない。しかしそれは、〈ショッカー〉の科学陣が開発した、生化学の結晶だった。

魔法の水の正体は、普通の人間でも改造人間並みの再生能力を得られるという代物だった。どんなに半死半生の人間でも、この液体に24時間も浸せば、たちまちに全快する。

男は水槽の中をまじまじと見た。

10代後半と思わしき、精悍な顔つきの少年。鍛え抜かれた肉体は素晴らしく、筋肉はダメージを負ってなお躍動を止めない。

まごうことない、小島獅狼その人である。

男は、水槽の中で徐々に傷を癒しつつある獅狼を見て、歓声を上げた。

 

「見ていろ、ゾル大佐! 死神博士! 地獄大使! 最強の戦士を生み出すのはこの我が輩だ!!!」

 

巨大な水槽の後ろで、何かカタカタと機械の駆動音が鳴っている。

件の機械は、現代(2005年)でいうところのパーソナルコンピューターで、ディスプレイには、3匹の獣のデータが表示されていた。

獅子と狼……そして、人間。

ディスプレイが“ブゥンッ”と小さく鳴って、画面上の3体が同時に動く。

画面上で1つに重なり合った3体は、まったく別の存在へと『変身』していた。

 

「クククククッ……今から完成が楽しみだ。なあ……」

 

男は、水槽に手を添え、中で眠り続ける獅狼に囁いた。

 

「レオウルフよ……」

 

――男の名は“ブラック将軍”。

後に秘密結社〈ゲルショッカー〉の大幹部となる男である。

巨大な水槽の中、小島獅狼は、昏々と眠り続けていた。

 

 

 

 

 

――1972年8月12日

 

 

 

 

 

深夜の森の中、男はもう3時間も同じ姿勢のまま座していた。

仏教で言うところの座禅を組み、この世のありとあらゆる森羅万象と一体化した男は、視線は一定、半眼ながらも、自分を取り巻く環境の変化を、それこそミリ単位で感じ取っている。

騒々しい虫の音も、なんら煩わしいとは思わない。むしろ、心地良さすら感じる。

深い深い山の中、男の周囲はあくまで静かであった。

しかしその静寂は、無粋な来訪者によって破られる。

ガサガサと耳障りな音を立て、藪の中より現れるのは、山の中で活動するにはなんとも似つかわしくないスーツ姿の男が、5人。そればかりではなく、男の背後には全身を黒いタイツで包んだ、怪しげな集団が1人…2人……全部で、100人以上はいるだろうか?

夏のキャンプシーズンにやってきた登山者にしては、あまりに奇怪な恰好、あまりに多すぎる人数。

明らかな不審者の集団の出現にし、しかし男が禅を崩すことはなかった。

すでに無念夢想の境地にある彼の心はあくまで穏やかで、決して乱れることはない。まるで、最初からその場に存在していないかのように、その気配は希薄であった。事実、不審者の群れは男の存在にまるで気付いていないのか、目の前に居るにも関わらず、男の背後に続く道へ進もうとしていた。

その時、座禅の男が初めて口を開いた。

 

「……待て」

 

しわがれた、しかし凛とした声。座禅の男は、老人だった。

ここに至ってようやく老人の存在に気付いた男達が、一斉にギョッとする。

はたして、目の前で突然存在感を大きく増した老人の存在は、彼らの眼にどう映っただろうか。驚愕する男達の顔は、まるで死者と対面したかのようだった。

 

「き、貴様は……い、一体いつの間に!?」

「先刻よりこの場におったわ」

 

老人は淡々と言った。

半眼に開かれていた双眸は今や完全に見開かれ、青色の瞳をギラつかせている。

 

「……それより、お主らこれより先に一体何の用じゃ?」

「し、知れた事。SIDE〈イレイザー〉の生き残り4名と、元SIDE〈イレイザー〉隊長・闇舞北斗より〈ショッカー〉に関して、何らかの情報を知り得ているかもしれぬ可能性がある闇舞留美の暗殺をするためよ」

「ミスリム・シュレッガー! 貴様も含めてな!!」

 

正気を取り戻したスーツの男達が、口々に言う。

老人……否、ミスリム・シュレッガーは「そうか……」と、呟くと、老人の細腕に支えられた掌を、スーツの男達に翳した。

 

「かつては同じ志を共にした同胞……否、兄弟。命ばかりはと思ったが、仕方あるまい」

 

ミスリムの掌に、急速に何かの“力”が収束していく。

スーツの男達にはそれが何であるかは分からなかったが、本能的に『危険だ!』と、悟った。

そしてその予感は、すぐに的中する。

 

「!?」

 

突如として、男達の目の前で火の手が上がった。一瞬にして彼らの体に火は燃え移り、その身を焼き尽くす。

その熱量は凄まじく、男達の着ていたスーツは一瞬にして灰となり、地面に落ちた。

……しかし、それだけ。総身を焼き尽くし、焦がされながら、男達はなお前へと歩み出た。

“ユラリ…”と炎が陽炎の如く揺れ、徐々に鎮火していく。

はたして、男達の肉体は無事だった。その身は火傷で爛れていたが、なんと、損傷した細胞は驚異的なスピードで再生を開始していた。のみならず、男達の身体は刻一刻と明らかな変貌を遂げ始めていた。

自然界の摂理を逸脱したその光景に、ミスリムは眉をひそめることもなく、あくまで冷静だった。

男達の肉体を構成する細胞が異常な発熱を始め、骨格から筋肉、内臓や神経系まで、変形を開始する。色素細胞すら変貌を始め、見る見るうちに、男達の身体は異形のソレへと変化する。

1人は粘り気を帯びた体に、しっとりとした光沢を備え……

1人は魚類を思わせる体に、天敵であるはずの電流を迸らせ……

1人は昆虫然とした頭部から白いガスを吐き出している……

別の1人も昆虫然とした風貌だったが、この季節にどういうわけか馴染みのある顔をしており……

最後の1人は、逞しい黄金の肉体に特殊合金製のプロテクターを装備した、虎頭の男……

 

「……化けの皮は剥がれたようじゃな」

 

右から、〈ショッカー〉の怪人・ミミズ男、ナマズキラー、カミソリキッド、セミミンガ、ジャガーマン。

かつて仮面ライダー1号、2号と死闘を演じ、惜しくも力及ばず敗れていった戦士達。

かつて同じく、〈ショッカー〉の怪人・蜘蛛男は言った。

 

「改造人間は壊されたところを治せば、また蘇るのだッ」

 

再生怪人。

量産品同様オリジナルと比べれば遥かにその能力は劣るものの、怪人である事実には変わりない。

真ん中のカミソリキッドが、尊大に言った。

 

「フハハハハッ、我らSIDE〈イレイザー〉討伐大隊!!!」

 

なんと〈ショッカー〉は、たった1人の人間、4人の改造人間を相手にするのに、1個大隊を投入したのである。おそらく、すでに山中には他に改造人間の一大部隊が潜伏しているのだろう。

カミソリキッドの言葉に、さしものミスリムも一瞬だけ顔を硬化させる。

いかに自分達SIDE〈イレイザー〉の面々が突出した戦力を有しているとはいえ、1個大隊もの改造人間を相手にしては、もはや生存は絶望的ではないか。

何をしても動じることのないミスリムの鉄の心に、僅かながら暗雲がたちこめる。

しかし、暗雲が生じたのはほんの一瞬のことだった。

ミスリムはすぐに気を取り直すと、ついに禅を解き、立ち上がった。

自分とてSIDE〈イレイザー〉の人間。いかに敵が強大であろうと、むざむざやられはしない。

自分よりはるかに格上の改造人間が5人。しかもその背後には、100を超える戦闘員がいる。状況は最悪だったが、決して悲観したものではない。1個大隊の戦力とは言うが、目の前のいるのはせいぜい1個中隊。あわよくばこの修羅場、潜り抜けることは可能かもしれない。

 

(やってみるかのう……)

 

かつて過酷すぎる修練の果てに、人間の肉体の限界を感じ、自ら進んで改造人間となった男……ミスリム・シュレッガー。

老人の戦意を感じ取ったのか、ナマズキラーとセミミンガが、一歩前へ…………出ようとしたところを、ミミズ男が両手を広げて止めた。

 

「……いくらSIDE〈イレイザー〉とはいえ、所詮は戦闘員。怪人2人が一斉にかかることもあるまい。ここは俺1人で十分だ。中隊長、俺の部隊を頼みました」

 

ミミズ男に呼ばれた中隊長……カミソリキッドは、「うむ…」と短く頷くと、背後の戦闘員達を促した。

ここから先へとは進ませまいと、ミスリムが立ちはだかる。

しかし――

 

「オフオゥゥ! 喰らえ、殺人リング!」

 

術式を完成し、今にも火炎魔術を駆使しようとしていたミスリムの首に、ミミズ男最大の武器……殺人リングが絡みついた。

いかに改造人間とはいえミスリムは老体。老人の細い首に、ミミズ男の殺人リングは脅威である。

 

「むぅ……!」

 

突如万力によって首を締められたミスリムは、カミソリキッド達中隊の進攻を許してしまった。

強靭な脚力をもつ改造人間を相手に、一瞬の遅れは致命的である。速さ以上に、改造人間の足はどんな路面でも100%の走りが可能だからだ。

ミスリムが苦悶の表情を浮かべながらも振り向いたとき、すでに中隊の後ろ姿はかなり遠くにあった。

 

「行ったか…さて、後はお前を始末するだけだな」

「グゥ…ヌゥゥ……」

「足掻いたところで無駄だ。俺の殺人リングは人間の首に巻きつき、骨を折るまで力を緩めない。……同時に、お前の声帯を潰す」

「うぐぐぐぐ……」

「フハハハハッ! 苦しいだろう? しかしどうすることも出来まい? 魔術師が魔力をエネルギーとし、魔術という現象を起こすためには鍵となる呪文詠唱が必要だと聞く。呪文詠唱という形で、自らに暗示をかけるんだってなあ。だが、今のお前は声帯が機能せず、声が出まい? つまり、お前は呪文詠唱が出来ない!」

「ぐぐぐぐ……」

「魔術の使えないお前など恐れるに足らんわ! オフオゥゥ!」

 

ミミズ男は、歓喜の咆哮を上げた。

あのSIDE〈イレイザー〉のミスリム・シュレッガーを相手に、自分はたった1人で勝利したのだ! その事実は彼の心に火を点けた。

だが、しかし――

 

「たしかに、並大抵の魔術師ならばそれは致命的じゃな……」

 

ミスリムは、言葉を紡いだ。

ミミズ男の咆哮が止み、その両眼が驚愕に見開かれる。

――いない。先刻まで目の前で苦しんでいた老人の姿がない。あるのは、自分が放った殺人リングのみ。

 

「ど、どこだ!?」

 

――空間転移!? いや、ありえない。奴は呪文詠唱はしていないはず! しかし……

混乱の極みにあったミミズ男は、改造人間の鋭敏な感覚を用いるのも忘れて、“目だけ”でミスリムの姿を探した。

 

「1つ、指南してやろう……」

 

再び、森の中に声が響く。

今度は先刻よりもはっきりと、近くで……

 

「後ろかッ!」

 

左腕のムチを振り回し、声のした方向を攻撃する。しかし、手ごたえはまったくない。

 

「魔術師の呪文詠唱はお主が言うように、一種の自己暗示じゃ。自己の体に刻み込んだ魔術を発現させるために、自ら陶酔に浸り、自らの世界を構築する。……しかしな、自己暗示をするというだけなら、別に呪文詠唱でなくとも良いのじゃよ」

 

確かに、並みの魔術師では魔術を行使するほどに自己を陶酔に浸らせるためには、呪文詠唱という“演出”が必要だろう。しかし、修練の果てに一線を越えることに成功した上級の魔術師ならば、“演出”に頼らずとも自らを常に最高の状態へと昇華させることが出来る。ましてミスリム・シュレッガーはすでに無念無想の境地に達した男。“演出”はおろか、鍵となる暗示の手段すら必要ない。ただ自然態にして、心を清らかなままにしれいればいい。

 

「お主は我の声を封じたことで勝ち誇ったつもりになっていたようじゃが、それは間違いよ。……さて、そろそろ終わりにするかのう」

 

唐突に、気配が現れた。

気配の出処を探って、ミミズ男は愕然とする。

 

「そ、そんな……」

 

ミスリムの現れた場所。それは……

 

「お、俺の体内だと!?」

「お主が動揺しておってくれて助かったわ。いくら我とて、相手の体内に転移するのは、普通ならば不可能じゃからのう…付け入る隙を作らせてもらったぞい」

 

冷酷な響きを孕んだ言葉とともに、ミスリムは術式を完成させた。

火炎魔術を、放つ。

自らの内から燃え上がる炎に、ミミズ男はのた打ち回り、そして……干乾びた。

 

 

 

 

 

かつてその山は有名な果樹園だった。しかし今は廃業し、商売盛栄であった頃の面影は、果樹園を監視するための見張り小屋程度しか残っていない。

さんざんに廃れ、今は使われていないはず小屋は、今夜ばかりは様子が違っていた。

薄らぼんやりとであったが灯りがあり、人の気配があった。

 

「アメリカ?」

 

バネッサ達から、自分達の逃亡先を告げられた留美は、素っ頓狂な声を上げた。

 

「はい、アメリカです」

 

3人の中で唯一饒舌に日本語を話せるバネッサ(バネッサの日本語は北斗仕込み。シュウと春麗の日本語はまだ勉強中)が、小さく頷く。

 

「……でも、なんでまたアメリカ?」

 

留美の疑問も無理はなかった。

〈ショッカー〉の追っ手から身を隠すため、国外逃亡を図るのは理解出来るのだが、なぜ、アメリカなのか?

 

「国土が広いからですよ。世界規模の組織力を持っている〈ショッカー〉ですが、その勢力は全世界を100%カバー……というわけじゃないんです。日本を中心とするアジア戦線の征服状況はかなり遅れてますし、ヨーロッパ戦線や南米戦線も征服状況は60%といったところでしょうか? 一時は90%以上までいったんですけど、思わぬ邪魔が入って、そうなってしまいました。……それでアメリカですが、征服状況は東西両海岸側から合わせて40%といったところなんです」

「なるほど」

「ソ連やオーストラリアでも良かったんですが、生憎ツテがないもので。アメリカだったら、いざとなったらシュウの御実家がありますし……」

 

自分の名前を呼ばれて、シュウが愛嬌のある笑みを浮かべながら軽く手を振る。

留美は反応して手を振り返してやったが、バネッサはそれを無視した。ガクリと肩を落とすシュウ。190センチを超える堂々たる体躯の青年が落ち込む姿はなかなかに不気味な光景である。

 

「では、これからアメリカに着いてからの行動指針について説明しますね。……アメリカに着いたらまずは〈アンチショッカー同盟〉との接触を図ります」

「〈アンチショッカー同盟〉?」

「〈ショッカー〉に家族を殺された人々の集まりです。戦うための力を持った組織としては脆弱ですが、世界規模の情報ネットワークを持っています」

 

そう言う場ネッサの表情は、なぜか心なしか暗かった。

〈アンチショッカー同盟〉の名を出した時からそうだったのだが、留美は年下の彼女の変化に気付かない。しかし、それも仕方のないことだった。

プロのスナイパーであるバネッサは、感情を殺し、表情を殺す術に長けている。表情が心なしか暗い……といっても、その変化は微細なもので、素人である留美に気付けという方が無理だった。

 

「〈アンチショッカー同盟〉との接触に成功したら、留美さんは彼らの保護下に入ってください。戦力としてはそれほど期待出来ませんが、自衛のための手段ぐらいは教えてくれますから」

「うん、分かった。……ところで、バネッサちゃん達はその後どうするの? やっぱりその〈アンチショッカー同盟〉に協力するの?」

 

留美にとって、それはごく自然な質問だった。〈ショッカー〉からすでに裏切り者の烙印を押されている以上、もはやこの世界に彼らが安心して羽根を休められる場所はない。それならばむしろ、〈ショッカー〉の抵抗組織の中に身を置いたほうが、まだ安全だろう。しかも、件のSIDE〈イレイザー〉は〈ショッカー〉最強の精鋭部隊。迎え入れる側にとっては、これほどの戦力はない。留美はそう思って、彼女らに問うたのだ。

しかし、バネッサは首を横に振ると、申し訳なさそうに言った。

 

「残念ですが、それは出来ません」

「え!?」

 

留美は激しく動揺した。

てっきり、彼女達も一緒に〈アンチショッカー同盟〉に参加すると思って、話を聞いていたのだ。

 

「留美さんはともかく、わたし達は〈アンチショッカー同盟〉に加盟することは出来ないんですよ」

「ど、どうして!?」

「――〈アンチショッカー同盟〉なんて組織が生まれてしまったそもそもの原因は、わたし達にありますから……」

「あ……」

 

自嘲するように言うバネッサに、留美は理由を問うたことを後悔した。

先刻、バネッサが言ったばかりではないか。『〈アンチショッカー同盟〉は〈ショッカー〉に家族を殺された人々の集まり』だと。

……SIDE〈イレイザー〉の任務は〈ショッカー〉に仇なすあらゆる存在の消去。当然、〈アンチショッカー同盟〉のメンバー自体も、彼らの家族も、何十人と殺害している。恨み憎まれることはあっても、過去の罪を許され、受け入れられることがあるだろうか。

 

「改造人間になって6年の間に、わたしは狙撃だけでも200名以上を射殺してきました。その200人のうち、十何人かの遺族は、〈アンチショッカー同盟〉のメンバーになりました。……狙撃専門のわたしだけで、この有様です。直接戦闘も行うシュウや春麗、ミスリムのおじいちゃんに対する彼らの私怨は、もっと深いでしょう。……いえ、〈ショッカー〉に与していた私達は、それだけで〈アンチショッカー同盟〉からうらまれて当然なんです」

 

見た目中学生の少女が口にしたのは、あまりにも非情すぎる現実だった。

 

「で、でもそれだったら私だって……」

 

闇舞北斗の妹だ。人を殺した数でいえば、兄とバネッサ達とでは比較にならない。自分こそ、本来迎え入れられぬ存在ではないのか。

しかし、バネッサはまたも首を横に振った。

 

「ホクトの場合は、〈ショッカー〉に参加した時の経緯が複雑でしたから。組織の内外にも、ホクトの境遇に同情を感じる人もいたぐらいですし」

「そんな……」

 

初めて知った事実に、留美は2重の意味でショックを受ける。

あの優しい兄のことだ。自分から進んで〈ショッカー〉なんて組織に与するようになったわけではないだろう。バネッサが言った『複雑な経緯』の原因があるとすれば、自分以外には考えられない。

まさか、自分の存在が兄にとってそれほどの重荷になっていたとは……

そして、それが仇となってバネッサ達を困らせることになるとは……

諸悪の根源は自分だった。自分の弱さが原因で、多くの人が苦しんだ。

留美の脳を、際限なく後ろ向きの思考が駆け巡る。途方もない罪悪感を覚え、際限のない後悔の念の感じる。

悲劇のヒロインを気取るつもりはなかったかが、知らぬうちに自分がそうなっていた事実に、彼女の心は悲鳴を上げた。

 

「留美さん、そんなに悲しまないで……」

「だって…だって……私のせいで兄さんだけじゃなく、他の人まで苦しんでいたなんて――!」

 

目尻にうっすらと涙すら浮かべて言う留美の表情は、まさしく悲しみに満ちていた。

しかしバネッサは、むしろ対称的に穏やかな表情で、まるで子供を諭すように優しい口調で言った。

 

「そんな事言わないでください。わたしはむしろ、あなたに感謝しているんですから」

「感謝?」

「はい。……多分、わたしだけじゃないと思います」

 

そう言って、バネッサはふっと遠い目をした。過去の幸せな思い出を回想しているのか、優しい眼差しだった。

 

「留美さんが自分のせいでホクトが改造人間になってしまい、そのせいでわたし達や、他の人達に害が及んだと思うのなら、それは大きな間違いです」

 

流れるように紡ぎ出されるのは日本語ではなく、いつの間にかバネッサの母国語……フランス語になっていた。

バネッサはそれに気付かず、なおも言葉を続ける。

 

「わたしとホクトがソビエトで初めて会った時、彼はすでに〈ショッカー〉の改造人間でした。ホクトは〈ショッカー〉で得た情報から私の父が死んだのを知り、その調査のためにソ連へ足を踏み入れたんです。つまり、もしホクトが〈ショッカー〉の改造人間でなかったら、わたしとの出会いはありえなかった。留美さんが原因でホクトが改造人間になってしまったというのなら、だからこそ、わたしはホクトと出会えたんです」

 

英語すら解せぬ留美がその意味を理解することは出来なかったが、バネッサの言葉の随所から聞き取れる『ホクト』の単語が、自分の兄を語っているのだと教えてくれた。

穏やかに、そして幸せそうに兄の事を語っていると思われる彼女を見て、留美は改めてバネッサの北斗に対する感情を悟った。

 

(そっか……バネッサちゃんも同じなんだ……)

 

「わたしはホクトと出会えて本当に幸せです。……きっとわたしだけじゃないですよ。シュウも、春麗も、ミスリムのおじいちゃんも……もういなくなってしまったけれど、ランバート少佐や、浩平も、きっとホクトと出会えて幸せだったと思います。留美さんが自分を責める必要なんてありません。……あなたがいてくれたからこそ、わたし達はホクトに出会えた。あなたがいてくれたからこそ、この世界でホクトと同じ時を過ごせたんです」

 

(私や夏目先生と同じ……本当に兄さんが、好きなんだ……)

 

バネッサは一旦言葉を区切ると、改めて日本語で言った。

 

「――ホクトの受け売りですけど、人間、先のことは分からないんだから、もし失敗したり、後悔したりしてもそれは恥じることじゃありません。仕方のないこと、当たり前のことなんです。どちらへ転ぶか分からないのが人生です。でしたら、今この瞬間は、お互い出会えた奇跡を喜びましょう」

「バネッサちゃん……」

 

バネッサはにこりと微笑みかけた。

留美は目尻に溜まった涙を拭うと、笑顔で返した。

 

「わたし達のことは心配しないでください。それより今は、留美さんのことを――」

「ううん……」

 

バネッサの言葉を遮り、留美は首を横に振った。

一瞬、キョトンとした表情でバネッサが留美の目を見る。

形のよい眉の下にある双眸は、ある小さな決意を秘めていた。

 

「〈アンチショッカー同盟〉の件、残念だけどなかったことにさせてもらう」

「…………はい?」

 

一瞬、バネッサの思考がフリーズする。

バネッサは、幼子が横断歩道の前でそうするように右を見て、左を見て、もう一度右を見ると、正気を取り戻した。

 

「そ、そそそそそそれはどういう意味ですか!?」

「いや、言葉通りの意味だけど」

 

バネッサは、留美の肩を掴んだ。そして、激しく揺さぶった。

突然の事態にシュウと春麗が目を大きく見開いて茫然とする。

 

「ななななななにを言ってるんですか!? 〈アンチショッカー同盟〉の保護下に入らないでどうするつもりです!?」

「バネッサちゃん達に着いていく」

「な、な、な……」

 

陸にあがった魚の如く口をパクパクさせ、バネッサは愕然とした。

 

「聞こえなかった? 私はバネッサちゃん達に着いていくつもり。……迷惑かな?」

「い、いえ、そんなことはありませんけど……って、違います! 留美さん、あなた分かっているんですか!? わたし達と行動を共にするということが、どれだけ危険なことなのか」

「勿論、分かってるよ」

 

相手は〈ショッカー〉最強のSIDE〈イレイザー〉。彼らを追撃するとなれば、投入される戦力は並大抵のものではないだろう。下手をすれば、彼らですら守りきれず、戦闘に巻き込まれて命を落とすかもしれない。

そんな事は留美にだって分かっている。

しかし、自分はもう決めたのだ。ここで引き下がるのなら、最初からこんな提案はしていない。

 

「でも、狙われてるのは私も一緒だしね。……それにバネッサちゃん言ったじゃない? 〈アンチショッカー同盟〉は戦力的に不足してるって」

「そ、それは……」

「戦闘のプロの意見を参考にすると、そんな所じゃ安心して眠れないよ」

 

まるで悪戯っ子のように、小悪魔的な笑みを浮かべる留美。

年功序列の差はほんの1年。しかし、その1年の差は絶大だった。

 

「それにバネッサちゃんはこうも言ってたよね? お互い出会えた奇跡を喜ぼう、って。でも私は、そんな楽しい事ならもっと長い間感じていたい」

「うう……」

「さっき私が『迷惑かな?』って、聞いたら、バネッサちゃんは『そんなことはない』って、言ってくれたよ?」

「ううぅぅぅ……」

「それに連れて言ってくれたら、兄さんの子供の頃の写真、あげちゃう」

「ううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」

 

かつてない苦悩。かつてない葛藤。

心身を2つに引き裂かれる思いをしながらも、しかしバネッサは首を縦には振らなかった。

 

「……同じ追われる身でも、留美さんとわたし達とでは危険の度合いが違いすぎます。留美さんの所に送られる改造人間はせいぜい怪人が1体。ですが、わたし達に送られてくる刺客は、改造人間1個中隊にも匹敵するでしょう。正直、あなたを守りきる自信がありません」

「でも…それでも私は……」

 

留美は、厳しい表情のバネッサに、むしろ穏やかな表情で言った。

 

「私は、バネッサちゃん達と一緒にいたいの。兄さんのことを何も知らないのに同情を寄せてくれる〈アンチショッカー同盟〉の人達より、兄さんの事を理解しているあなた達と一緒に行動したいの」

「留美さん……」

 

バネッサは、真剣な表情で穏やかながらも何か強い意志を秘めた留美の瞳を、視た。

1分…2分と、刻々と時間が過ぎていく。

……やがてバネッサは、諦めたように溜め息をついた。

 

「……血は争えないですね」

「え?」

「留美さんの眼、ホクトとそっくりです。……分かりました。みんなはわたしが説得します」

「ありがとう、バネッサちゃん!」

 

肩を抱くバネッサの手を勢いよく振り払い、留美はバネッサを抱き締める。

やや照れながらも悪い気分ではないのか、バネッサは留美のされるがままになっていた。

泣いたり、笑ったり、突然抱き締めたり……日本語を解せないシュウは、まるで無声映画を見ているような気分だった。

ふと、視線を横に巡らせる。

 

「あれ?」

 

隣りにいたはずの春麗がいない。

首を回すと、いつの間にか春麗は留美の背後に回っていた。

その両手がワキワキと妖しく動き、静かに、まるで今にも獲物を狩ろうとするジャッカルの如く、姿勢も低く、留美に接近する。

そして、一瞬彼女の眼が鋭く光ったかと思うと、次の瞬間には、彼女は行動していた。

 

“ふにゅ”

 

そんな擬音がしっくりくる、柔らかな感触。

戦闘者ということもあって、女性にしてはやや硬い春麗の掌が、しかし優しい指使いとともに留美の胸を優しく掴む。

 

「うん、さっきから思ってたけどなかなかの好感触」

「きゃああああああッ!」

 

異性同士ならばセクハラな行為に、留美が悲鳴を上げる。

反射的に春麗の掌から逃れようと身じろぎするも、背後からがっちりと抱かれているため、留美の力では抜け出すことが出来ない。

 

「な、な、な、な……!」

 

突然の事態に脳の処理速度が追いついていない様子の留美。

しかしその間にも、春麗は容赦なく彼女の胸を揉む。

 

「……あ…………、ん……っ」

 

……なかなかに艶っぽい声を出すではないか、我が娘よ。

 

「…ん……く、はぁ…………あ……」

「ふ〜ん…79センチか……やっぱりバネッサより揉みごたえあるわね」

「春麗、留美さんも困ってるみたいですし、そろそろやめてさしあげた方が……」

「……そうね。見たところ処女みたいだし、これぐらいにしときましょうか」

 

バネッサの言葉に、あっさりと拘束を解かれる留美。

しかし、春麗の攻撃は終わっていなかった。

 

「ていッ♪」

「あ、ちょ…しゅ、春麗! ……あッ……」

 

攻撃の矛先はバネッサに向けられた。

本人の意思とは関係なしに(北斗によって)開発されてしまった体が、春麗の愛撫に過敏に反応する。

 

「あ、はぁ、んん……しゅ、春麗、そろそろ……」

 

目の前で繰り広げられている光景が信じられないのか、留美は茫然と2人の営み(?)を眺めていた。

不意に“ポンッ”と、その肩が優しく叩かれる。

振り向くと、そこには済まなそうな顔をしたシュウがいた。

 

「ごめん、春麗、ああいう人だから」

 

片言の日本語でシュウが言う。

彼の言葉に留美はなるほどと頷いて、再び視線を2人へ戻した。

……なんというか、遊ばれてるな〜バネッサ。

 

「も、もう! シュウも見てないで助けてください!」

「あ、うん。ごめん」

 

春麗の執拗な責めをやめさせてやろうとシュウが歩き出したその時、3人の戦闘者としての感覚が呼び覚まされた。

感覚器官が極限まで研ぎ澄まされ、外の空気が動いたのを感じる。山小屋の割れた窓ガラスに向かって、何かが放り込まれた。

一瞬手榴弾か何かと3人は身構えるも、よくよく見るとそれはただの石ころに過ぎなかった。

石ころには小さなメモ用紙が貼ってあった。

彼らは一瞬顔を見合わせると、シュウが石ころを手に取り、メモ用紙を剥がして読んだ。

 

This is the last battle, you and we.

 

“これが最後の戦いだ。貴様らにとっても、我々にとっても”

どうやら〈ショッカー〉の追っ手は、この場で自分達との鬼ごっこに終止符を打つつもりらしい。

もっとも、SIDE〈イレイザー〉としてもそれは臨むところだった。そもそも、この山小屋に長々と居座った事とて、『街中では彼らを迎撃したくない』という、思いの表れだったのだ。

 

「……留美さんは、ここで待っていてください」

 

立ち上がり、あわただしく戦闘用装備へと身支度を始める3人を見て、不安げな表情を浮かべる留美に、バネッサが優しく微笑みかける。

 

「すぐ、終わるから」

「安心して、待っていて」

 

片言の言葉ながら、シュウと春麗も留美を励ますように言葉をかけた。

留美は、まだ不安げな表情だったが緊張はほぐれたようで、やがて唇をキュッと結ぶと、「頑張って!」と、叫んだ。

それだけで彼女の意思は十分伝わったのだろう、背中越しに3人は、留美にサムズ・アップを送った。

 

 

 

 

 

小屋の外に出て、初めて詳細な部隊編成を知った3人は、外に出たことを後悔した。

見渡す限り一面に広がる改造人間の不気味な群れ。

第1中隊長アルマジロング以下、蜘蛛男、サラセニアン、蜂女、エイキンを小隊長とする、戦闘員128名からなる4個小隊。

第2中隊長・カメストーン以下、サボテグロン、ゴースター、ヒルゲリラ、イソギンチャックを小隊長とする、戦闘員128名からなる4個小隊。

第3中隊長兼第1小隊長・カミソリキッド以下、ナマズキラー、セミミンガ、ジャガーマンを小隊長とする、戦闘員128名からなる4個小隊。

そして、それらの3中隊を指揮するのは、対仮面ライダー用改造人間、ギリザメス。

バネッサの、1個中隊などという見積もりは甘かった。

なんと〈ショッカー〉は、たかが戦闘員4人に対して、3個中隊もの戦力を送り込んできたのだ。否、援軍のことを考えると、1個大隊と見るべきか。

 

「ようやく出てきたか、SIDE〈イレイザー〉」

 

最初に口を開いたのは部隊長であるギリザメス。本来ならば大幹部クラスでしか巻くことを許されない黄金ベルトを装着した凶暴なサメは、ギロリと凶暴な視線を3人へと向ける。

 

「かつては〈ショッカー〉でも最強の特殊部隊と言われたSIDE〈イレイザー〉のお手並み、とくと拝見させていただきたく、我々、この場に参った次第……」

 

芝居のかかった仕草を交え、悠然と語るギリザメスに、背後の怪人、戦闘員達が失笑を漏らす。『とくと拝見』とは、よく言ったものだ。強力とはいえ所詮相手は戦闘員が3人。これだけの圧倒的……否、絶対的な戦力の開きがあれば、その手並みを拝見する間もなく、勝負はカタがつく。

さしものSIDE〈イレイザー〉も、この状況には絶望せざるをえない。相手は怪人が15体と戦闘員が384名。……一体この戦力を相手に、どのような策を講じろというのか。

しかし、SIDE〈イレイザー〉の3人は絶望に屈しなかった。

もとより小手先の策が通じるような相手ではない。正攻法で、1人ずつ倒していくのみ。

 

「バネッサ、春麗……」

「ええ……」

「分かっています……」

 

片や絶対的戦力を誇る改造人間軍団。

片や出来る限りの装備をし、軍団に挑む3人の戦闘員。

――まずはこの絶対包囲網を突破せねばならない。火点を一気に制圧し、出来るだけ有利な状況になるようにもっていく。

シュウは、両手に構えた得物を構えた。

アメリカ製、M60多用途機関銃。強力な7.62mm弾を装填し、1分間に550発の連射速度で発射する汎用機関銃。特に優秀なわけでも、壊れやすいわけでもないが、それだけに安定した性能が望める。弾数はベルト給弾方式なので理論上無限であるが、襷掛けにシュウの巨体に括りつけられた7.62mm弾は、せいぜい400発といったところだろう。

1挺あたりの重量は10キロを超えるが、かつて仮面ライダー2号と一対一で戦い、互角の勝負を展開したパワーファイター・シュウ・タウゼントには、あまり苦にならない。そればかりか、彼はM60を両脇に2挺抱え、圧倒的火力を誇らんとしていた。

 

「まずは邪魔な戦闘員をあらかた片付ける。出来れば春麗は同士討ちを、バネッサは一弾二殺を狙って」

「了解です」

「それじゃ、一曲踊ってあげようかしら」

 

すでに両者ともに戦闘態勢は整っている。

あとは、攻め込むタイミングが見つかれば……と、その時、不意に、遠くの方で爆発音が聞こえた。その爆音が、ミスリムがミミズ男を倒した証であるとは誰も気付かなかったが、きっかけはどうあれ、改造人間軍団の何人かは、一瞬、そちらの方へと気をとられてしまう。

―――それが、合図だった。

 

“ガガガガガッ!”

 

7.62mm弾のフル・オート射撃の反動2挺分が、シュウの巨体に襲い掛かる。

しかし、シュウは反動でバランスを崩すことなく、踏みとどまり、斉射を続けた。

戦闘員達の間で悲鳴があがり、あっという間に土煙が彼らの姿を包み込む。

しかし、土煙による視界の喪失は、改造人間である彼らにはハンデにならない。

両軍は、互いに動き出した。

シュウが軍団の主力に向かって突撃し、春麗が後に続く。バネッサは、ひたすら援護射撃だ。

いかに改造人間といえど、強力な7.62mm弾の威力に前には苦戦は必至。4発、5発とその身に弾丸を受けた戦闘員達は倒れ、怪人の動きは止まる。

シュウがすべての弾薬を使い切ったとき、戦闘員は半数以下にまで減っていた。

 

 

 

 

 

「アーエアエアエ!」

 

イソギンチャックの右手の触手が、しなやかに空を舞って戦闘員相手に格闘戦を挑む春麗に襲い掛かる。

背後から迫る異様な殺気と風を切る音に攻撃を察した春麗は、間一髪のタイミングで右へ跳び、彼女はそれを躱した。

先ほどまで彼女が戦っていた戦闘員が、イソギンチャックの触手に切り裂かれ、絶叫をあげる。生体とは思えぬほどに硬く、それでいてしなやかな触手のムチの一撃は、戦闘員の命をたやすく奪っていった。

 

「フッ……」

 

振り返った春麗は、なおも繰り出される2撃、3撃目を回避し続け、連続撃の最中、僅かにできた隙を突いて、立ち上がり様に連環腿(中国拳法の蹴り技のひとつ)。

しかし、改造人間相手では、その程度では致命傷にならない。

仰け反るイソギンチャックだったが、すぐに姿勢を立て直すと、再び触手を振るった。

変幻自在の軟鞭術。

前後左右から軌道を変えて襲い掛かる猛攻を、春麗はまさしく紙一重の間合いで避け続けた。

 

(まずはあの鞭をなんとかしないと……)

 

北斗やシュウのように、絶対的なパワーを持たない春麗が、格闘戦で怪人を倒そうと思うと、必然狙いは頭部か胸部・人工心臓の位置になる。

しかし、そのためには相手の鞭の間合いに突っ込まねばならない。さて、そのためにはどうするか――

思考を巡らせる春麗の背後より、1人の戦闘員が襲い掛かった。

 

「イーッ!」

 

イソギンチャックの触手による同士討ちを恐れぬ、勇敢な戦闘員。

しかし彼の手に握られたナイフに気付き、春麗は高く跳躍した。

 

「馬鹿め! 自由に動けぬ空中では、貴様は銃火の狙い撃ちよ」

 

イソギンチャックの言うとおり、自動小銃を構えた戦闘員達が、空中の春麗向かって銃口を向ける。

 

「よし、う……ッ!」

 

『撃て』と、言おうとしたイソギンチャックの体に、衝撃が走った。

死をも恐れぬ戦闘員の突進は凄まじく、途中でいきなり方向を変えたり、停止することは出来ない。戦闘員のタックルを受けたイソギンチャックは、最後の号令を言えずして倒れた。

その隙に、春麗は腰のベルトに引っ掛けられた、自分専用の武器を取り出す。

――強力なスタンガンを内蔵した、メリケンサック。

メリケンサックを両手に装着した彼女は、体の力を抜き、そのまま自由落下の法則に身を任せ急降下。

着地と同時に跳躍し、周囲の戦闘員を薙ぎ払う。

応戦しようと奮戦する戦闘員達だったが、高性能な自動小銃が仇となって、迂闊に撃てば同士討ちになりかねない。結局小銃を捨て、ナイフで応戦しようと判断した時には、すべてが終わっていた。

 

「チィッ、ちょこまかと動きおってからに!」

 

倒れ掛かった戦闘員を振り払い、ようやく立ち上がったイソギンチャックの触手が、春麗を絡めとろうと躍動する。

SIDE〈イレイザー〉唯一の中国人・紅・春麗。中国拳法の使い手とは聞いていたが、彼女の軽身功がこれほどまでに厄介とは……しかし、それも足を絡め取ってしまえば問題ない。

地を這うようにしてスイングした触手は、しかし、春麗の超人の如き体裁きに翻弄された。

イソギンチャックの触手が絡みとったのは、戦闘員の足だった。

 

「なッ!」

 

触手が足に巻きついてしまっているため、即座に戻すことが出来ない。その間にも、春麗は急速に、そして確実に迫ってくる。

こうなれば戦闘員の足を切断してでも――と、思ったところで、春麗の双拳が炸裂した。

 

「グゥァァァァァァアアアッ!!!」

 

1万ボルトの高圧電流を纏った鉄拳が、2発。

まともに人工心臓をぶち抜かれたイソギンチャックは、ほどなくして爆発した。

 

「女に向かってムチを使うなんて、最低よ」

 

 すでに死した相手に向かってそんな言葉を残し、春麗は次なる敵に向かっていった。

 

 

 

 

 

十重二十重の陣形を組んで、長刀を構えた戦闘員が交互にシュウへと襲い掛かる。

それらの斬撃、または刺突を、片方のM60のボディで受け止めて防ぎながら、シュウは力任せにもう片方の10キロを超える鉄塊を振り回す。

鉄塊が纏った運動エネルギーは凄まじく、その膨大なエネルギーを叩き込まれた戦闘員は、ある者は吹き飛ばされ、またある者は長刀を破断されていく。

やがてシュウを囲む陣形に綻びが生じ始めたとき、不意に、その背後より高速で何かが迫った。

 

「ゥウオー!」

 

低く唸るようにして吐き出された咆哮。5000度の高熱にも耐える、強靭な肉体を持った怪人……ゴースター。

 

「ッ……!」

 

ゴースターの接近を察知したシュウは、両手の鉄塊を双方ともに攻撃のための武器へと転じ、振り回して、陣形の外へと逃れようとする。

しかし、怪力を誇るゴースターのこと、機動力はともかくとして、単純な突進力としてのスピードは凄まじい。

シュウが2人の戦闘員を同時に叩き伏せ、陣形の外へと離脱しようとしたとき、すでにゴースターは彼のすぐ側まで迫っていた。

 

「グゥ……!」

 

猛スピードで叩きつけられた、232キロの巨体。

ゴースターのタックルの威力は凄まじく、シュウの手からはM60が両方とも離れ、その体は近くの大木へと叩きつけられる。幹の直径30センチはあろうかという巨木だったが、シュウの全体重による衝撃を受けて、ミシミシと音を立て、根元の方から“バキリッ”と、折れる。

一瞬の隙も作るまいと必死に立ち上がろうとするシュウだったが、すでにゴースターの第2撃は容赦なくシュウを襲おうとしていた。

 

「ムンッ!」

 

爆発的呼吸とともに放たれる鉄拳。狙いはシュウの頭蓋骨だ。

もっとも、当たり所がどこであろうと、岩と同等の硬度を持ったゴースターの拳に打たれれば、その先に待っているのは“死”のみなのだが。

頭部へと振り下ろされた鉄拳を、シュウは首の動作で紙一重で回避する。

拳を振り切り、がら空きとなったボディへと、今度はシュウが鉄拳を叩き込む。

しかし……

 

「なっ……!」

 

革のグローブを越えて、拳から噴き出す血。

桜島の溶岩の中でも自在に活動出来るゴースターの肉体は、単に耐熱性が高いというだけでなく、あらゆる攻撃を防ぐ鉄壁の鎧だったのだ。

シュウは咄嗟に拳を引っ込め、代わりに蹴りを繰り出して、ゴースターを退かせた。その隙に立ち上がり、ファイティングポーズをとる。

 

「……さすがはSIDE〈イレイザー〉のパワーファイター・シュウ・タウゼントだ。俺の232キロを退かせるほどの蹴りを放つとは……」

「誉めてくれてありがとう。でも、あんまり嬉しくないなぁ」

 

いつもの穏やかな口調とは裏腹に、彼の心は焦燥を感じつつあった。

 

(くそッ、こんなヤツ相手に手間取ってる場合じゃないのに)

 

まだ敵の改造人間は大半が健在だ。ゴースター1体に長時間構っていられるほど、こちらに余裕はない。なにより、自分のスタミナが持たない。

 

「俺も怪人の中ではパワーファイターと称される者。どうだ? ここはひとつ1対1のパワーファイトで……」

「1対1は賛成だけど、パワーファイトはお断りするよ」

 

シュウは、背中に背負った大剣の柄へと、手をのばした。

 

「ほぅ……」

「パワーファイトなんて時間のかかる勝負は願い下げだよ。一気に、決めさせてもらう」

 

――クレイモア。ヨーロッパの両手剣で、全長2メートル、重量10超キロの、“斬り裂く”というより、“叩き割る”といった用途の方がしっくりくる、巨大な得物。刃の部分は〈ショッカー〉の技術陣が鍛造した特殊合金製で、重量は通常の物の5倍近い、20キロに及ぶ。

 

「剣というより、斧だな」

「否定はしない。いくら怪人でも、命令中枢である頭部を叩き割られたら、終わりだろう?」

「やらせるとでも?」

「やるよ……」

 

静かに、シュウがクレイモアを正眼に構える。

対するゴースターもまた、側にいた戦闘員に言った。

 

「おい、俺の得物を持ってこい」

「イー」

 

3人がかりの戦闘で運ばれたのは、長大な槍のような武器。鏃の尖った刃に加えて、両サイドに『月牙』の刃を備えた、中国の武器……方天戟。

こちらも刃の部分は特殊合金製で、全長は2メートル超。やはり重量は通常のものよりもはるかに重い、25キロにも及ぶ。“突き刺す”という基本動作はおろか、斧のように“叩き割る”ことも可能のようである。

ゴースターは2度、3度と方天戟を振るって、得物の具合を確かめた。

そしてその表情がニタリと歪んだかと思った刹那、

 

「ゥウオー!」

 

ゴースターが、25キロの重量もものともせず、方天戟を突き出してきた。

 

「フッ……!」

 

クレイモアの太く、厚い刀身でそれを受け止め、力任せに方天戟の刃を振り払ったシュウが、重量20キロの大剣の軌道を変え、下段から斬りかかる。

 

「甘いわ!」

 

方天戟の月牙に阻まれ、クレイモアが火花を散らす。

すかさず突き出される方天戟を、シュウは体裁きを用いて体ごとクレイモアを動かし、紙一重の速さでそれを防ぐ。

 

「チッ……!」

「ハッ……!」

 

一瞬の睨み合いの後、離れる両者の体。

対峙したのはほんの一瞬。間合いをとるのもほどほどに、再び踏み込むのに彼らが要した時間はコンマ数秒に過ぎない。

再びぶつかり、火花を散らし合う両者の武器。

通常、大型の武器というのは一撃必殺か、剣でいう“後の先”を狙うものだが、改造人間の膂力によって振り回される両者の武器は、その重量、大きさとは反比例して、通常の武器と同じぐらいの交戦点を持っていた。

強大な質量にモーメントを上乗せし、その運動エネルギー自体を破壊力とする両者の武器。

一瞬の油断、一瞬のミスが、命取りになる。

 

「ハァッ!」

 

横一文字に振るわれたシュウのクレイモアを、ゴースターは得意の突進を応用した疾走で回避する。遠巻きに見ていてなお2人の戦闘員がその犠牲となり、鮮血を散らす。

 

「ヌオゥッ!」

 

直線的に突き出されたゴースターの方天戟を、シュウは春麗や北斗直伝の体裁きで回避する、3人一度に串刺しにされる戦闘員。

 

「しまった!」

 

ゴースターが、悲鳴を上げた。

串刺しにされた戦闘員はとうに絶命していたが、一瞬の死であったがために筋肉が硬直し、締め付けられて方天戟が抜けない。

咄嗟に方天戟の柄を放し、背後へと回ったシュウへと向き直ったのは、ゴースターが歴戦の猛者である証ともいえる。

しかし、歴戦の猛者であるのはシュウもまた同様。

一瞬の隙を突いて跳躍し、自らの膂力、クレイモアの重量、そして落下の加速度をすべて上乗せした一撃を、ゴースターの頭部へと放った。

 

「ば――――!!!」

 

一刀両断……とは、上手くいかない。なにせゴースターの体は硬すぎる。

しかし人工頭蓋を砕かれ、脳を粉砕されたゴースターの巨躯には、もはや指一本動かす力すら残されていなかった。

頭蓋からクレイモアを引き抜き、シュウが次の標的を定めようと振り向いた刹那、ゴースターは爆発四散した。

 

 

 

 

 

2人の援護、そして山小屋の防衛を一身に背負ったバネッサは、善戦していた。

今回、彼女が持っているライフルはレミントンM700のようなボルト・アクション式ではなく、素早い連発が可能なセミ・オート・マチック式のスナイパー・ライフル……ソ連製・ドラグノフSVD。ソビエト銃器界の最高傑作と言われる高性能狙撃銃で、傑作カラシニコフAKシリーズをベースに開発された。精密な狙撃には向いていないが、400メートル以内の重要目標を狙うなら抜群の威力を発揮する。

バネッサの役目は、主に援護射撃に終始していた。

シュウと春麗の善戦ぶりは凄まじく、バネッサの山小屋の方まで、敵がやってこないのだ。おかげで、バネッサは援護射撃のみに集中することが出来る。

 

“ターンッ!”

 

比較的短距離からの狙撃であるため、スコープは装着しているが使用しない。

装填されている10発すべてを撃ち尽くすと、彼女はアサルト・ベストから新しい箱型弾倉を取り出して、機関部に差し込んだ。コッキングレバーを引き、薬室に初弾を装填する。

バネッサが次の目標を定めようとしたその時、不意に彼女の……否、小屋の中にいる留美を含めて、その場にいる全員の耳膜を、巨大な騒音が打った。

 

「飛行機……?」

 

紛れもないそれはターボジェット機の飛行音。

バネッサは、一刹那の瞬間だけのつもりで、夜空を見上げた。

 

「なッ……!?」

 

バネッサ達の頭上を通過したソレは、とんでもない代物だった。

――C−130ハーキュリーズ。米国初の4発ターボプロップ輸送機で、最大ペイロードは乗員92名。米国で軍用機として使用されている他、民間用としても各国で使われている傑作機である。

ベトナムではガンシップとしても使用されている輸送機を見て、バネッサは愕然とする。

否、この際、問題なのはC−130ハーキュリーズそのものではなかった。

問題は、C−130ハーキュリーズが運んできたモノにあった。

乗員降下ハッチが開き、バネッサの視界を、不吉な影がよぎる。

空挺部隊。

ハングライダーの使用に熟知した特殊戦闘員32名からなる4個小隊を中核とする、第4の降下中隊。

中隊長・ドクガンダー以下、ムササビードル、ゲバコンドル、ギルガラス、蝙蝠男。

突如として現れたグライダー部隊は、あろうことか留美のいる山小屋の真上で降下を開始した。

 

「ッ…させない!」

 

ドラグノフの銃口を空へと向け、光学スコープを覗き込む。

 

(……視界が悪いうえ、風が強すぎる)

 

上空はC−130の生み出す人工の風によって激しい旋風が巻き起こっている。

撃ち落すならば高度200メートル以下がベスト。しかし、その距離まで相手の侵入を許しては、弾倉交換をしている間に山小屋へと飛び移られる可能性がある。

 

(……やるしかありませんね)

 

風速などを考えると、有効射程範囲は高度500メートル前後。必中を狙うならば200メートル前後だが、それでは敵の動きに着いていけない。ギリギリの射程で、狙うしかない。

意を決したバネッサの覗くスコープに、最初のターゲットが映った。グライダーを悠然と操作する、戦闘員だ。

距離は約480メートル。風速は秒速15メートルほど。狙いは……

 

「……頭!」

 

彼らの使用するグライダーは〈ショッカー〉の技術陣が製作した物。1発や2発の銃弾では、墜落させることは難しい。狙うなら、難しくとも戦闘員本体を狙うべきだ。

バネッサがトリガーを引き、装填されていた7.62mm×56R弾が、高速回転をしながら宙へと躍り出る。

横風に流されながらも、なんとか銃弾は戦闘員の眉間へと命中した。たちまちグライダーがきりもみ状態となり、一直線に落下する。

 

「次!」

 

グライダーの落下を最後まで見届けることなく、バネッサは次のターゲットに向かって銃口を向け、瞬時に微調整をし、トリガーを引く。

もたもたしている余裕はない。そして、1人の撃ち漏らしも許されない。

焦燥にかられながらも冷静な狙撃を続けるバネッサは、一弾必殺であっという間に10人の戦闘員を撃破した。

素早くアサルト・ベストに手をのばし、箱型弾倉を取り出して装填する。

再びバネッサがドラグノフの銃口を上空へと向けた時、グライダー戦闘員部隊は、高度300メートル圏内まで降下していた。

――その時、バネッサの視界で、閃光が走った。

 

“ババババババババッ!”

 

幾重にも重なる銃声。グライダー部隊が、サブマシンガンを撃ってきたのだ。

バネッサの足元で土煙があがり、咄嗟に彼女はバックステップで移動する。

 

“ターンッ!”

 

跳躍しながら、という不自然な体勢からの射撃。

しかしバネッサほどのスナイパーならば、移動しながらであっても問題はない。

頭部を撃ち抜かれ、サブマシンガンを落とす戦闘員。操縦者が死亡し、コントロールを失ったグライダーが揺れ動く。

運悪く、他のグライダーのようにきりもみ状態にならなかったグライダーは、風に流されて滅茶苦茶な移動を始め、他の戦闘員達の飛行を妨害する。

 

「よし……」

 

決して狙ってやった事ではないが、バネッサは思わず心の中でガッツポーズをとった。

無人のグライダーが邪魔で思うように動けない彼らを、バネッサは狙い撃ちする。

 

“ターンッ! ターンッ!”

 

1人……2人……順調に撃ち落されていく戦闘員達。

 

“ターンッ! ターンッ!”

 

3人……4人……まるで玩具のように墜落していくグライダー。

 

“ターンッ! ターンッ!”

 

「キキキキキッ」

 

……しかし、順調な射撃はそこまでだった。15人の戦闘員を倒したところで、ついに難敵が現れたのである。

――蝙蝠男。

遠距離から攻撃する武器こそないものの、優れた飛行能力を有し、急降下からの奇襲を得意とする、改造人間。

2発の7.62mm×54R弾を撃ち込まれた胴体の組織はすでに再生が始まっており、飛行にはなんら問題はない。

そしてなにより、速い――――!

 

「くッ……」

 

バネッサは、ドラグノフのトリガーを引いた。

寸分の狙いの狂いなく、蝙蝠男の眉間に弾丸が命中。しかし、蝙蝠男の急降下は止まらない。

 

(どこを……どこを狙ったら…………)

 

3発の銃弾を命中させて、蝙蝠男に通常の弾丸が通用しないのは実証済みだ。おそらく、空中で蝙蝠男を狙撃し、倒すことは不可能だろう。ならば、せめて飛行不能にさせれば――――

 

(羽根を……!)

 

蝙蝠の翼は、鳥のようにいくつもの羽が肉を覆っているのではなく、薄い皮膜1枚が骨格に沿って張り付けられているのみ。その蝙蝠をベースとした改造人間ならば、あるいは……

バネッサは、迷うことなくドラグノフを撃った。

 

“ターンッ! ターンッ! ターンッ! ターンッ!”

 

左右の翼に2箇所ずつ、直径1センチにも満たない穴が穿たれた。

普通ならばこの程度、改造人間である蝙蝠男には、飛行になんら支障を及ぼすようなものではない。しかし、今は急降下飛行の真っ最中。空気抵抗と風圧で穴はどんどんと広がっていき、大気との摩擦で翼の耐久力はどんどん擦り減っていく。

数瞬後には、蝙蝠男の翼は見るも無惨なものになっていた。

そして当然、そんな羽根ではまとも飛行が維持出来るはずもない。

高度100メートルの風に流され、蝙蝠男は自らが降下しようとしていた地点から、大きく逸れていった。

 

「春麗!」

 

事の次第を人外の感覚器官から察知していた春麗は、バネッサの合図に機敏に反応する。

相手にしていた戦闘員の胸を思いっきり蹴り、その反動で蝙蝠男の落下位置まで跳躍。

もはや滑空することすら出来ず、無様にも頭から地上へ落下しようとしていた蝙蝠男の人工心臓目掛けて、発剄の限りを篭めた高圧電流拳を繰り出す。

1万ボルトの電圧と鉄拳で人工心臓を潰され、直後頭蓋を地面に砕かれる。

生命維持に必要な中枢機関2つを失って、蝙蝠男は頭部を地面に埋めたまま、ぐったりと倒れた。

そしてその時には、すでにバネッサも春麗も、次の標的と戦っていた。

 

 

 

 

 

いくらバネッサの狙撃が完璧で、一弾必中必殺だったとしても、時間は極めて無情に過ぎていく。

異能の改造人間とて全能ではない。過ぎ去っていくときを戻すことは、出来ないのだ。

蝙蝠男の撃退に時間をかけていた時点で、すでにバネッサの対空防衛網には綻びが生じ始めていた。

蝙蝠男の羽根を撃ち抜いた時、すでに敵のほとんどは高度100メートル圏内への降下に成功し、真っ直ぐ留美のいる山小屋へと向かっていたのだ。

敵が全員戦闘員ならばまだしも、怪人もいるとなると、もはやこの状況は絶望的である。

バネッサは必死に撃退しようと奮戦するも、ドラグノフは彼女の意思を無視して、弾切れを起こしてしまった。

 

「…ッ! こんな時に!」

 

愚痴を言っても仕方ない。なにより、そんな暇はない。

アサルト・ベストへ手を伸ばし、予備の弾倉を掴んだその時、ついに、1体の怪人が山小屋の屋根へと降り立った。

 

「ッ……!」

「ウヒュー、ムヒュー!」

 

吸血怪人・ゲバコンドル。

蜘蛛男、蝙蝠男、さそり男、サラセニアン、かまきり男、死神カメレオン、蜂女、コブラ男の計8体の改造人間の長所を併せ持ち、特に女性の生き血を好む、改造人間。

屋根の上に降り立ったゲバコンドルには、角度的にバネッサの狙撃は届かない。また、シュウや春麗もその場から離れすぎている。

バネッサはゲバコンドルを撃てる位置へと移動しようとして、グライダー部隊の空中からの射撃にそれを阻まれた。

 

“バババババッ!”

 

「ッ…! 邪魔しないで!」

 

ドラグノフに新たな弾倉を装填し、戦闘員達を狙撃する。

そうしている間にも、ゲバコンドルの魔手は留美へと伸びようとしていた。

長きにわたって手入れもされず、雨風を受けて腐敗した屋根を、ゲバコンドルが引っぺがそうと爪を立てる。ゲバコンドルの爪は、あまりにもあっけなく屋根へと埋没した。

 

「クッ、させるかぁッ!」

 

シュウが、今しがた倒した戦闘員の腕から自動小銃を奪い取り、屋根のゲバコンドルに向かって掃射する。

しかし、その程度の射撃でゲバコンドルが怯むことはない。

間に合わないと分かっていながら、シュウは駆けた。

クレイモアを振るい、その疾走を阻むものすべてを両断しながら、駆け抜けた。

しかし、奇跡は起きない。

シュウの疾走も、バネッサの狙撃も、間に合わない。

 

“ベリベリベリッ”

 

屋根が引っぺがされ、ついにゲバコンドルが小屋の中へと侵入使用とした、その時――――

 

“ドゥンッ!”

 

爆音が、轟いた。

その音を引き金に、過去の――再生怪人として復活する以前の――記憶が蘇ったのか、ゲバコンドルの表情が、恐慌に染まった。

 

“ドゥンドゥンドゥンッ!”

 

なおも大きくなる爆音。

ライトの光が夜の闇を裂き、その白いボディを露わにする。

 

「ま、まさか貴様は……!?」

 

みなの動きが、止まった。

留美を助けようと疾駆するシュウも、ゲバコンドルを撃とうとしていたバネッサも、必死に敵の包囲網を突破しようとする春麗も、そればかりか、敵の改造人間軍団の動きすら、完全に止まっていた。

降下しようとしていたグライダー部隊ですら、現状の高度を維持し、降りようとしてこない。バネッサの狙撃もやみ、絶好のチャンスであるというのに、地上に降り立つのを躊躇っている。

 

「どうやら……間に合ったようだな」

 

ホンダ・ドリームCB450に跨った男が、静かに口を開く。

異形の軍勢を前にしていささかの気後れもせぬ男の顔を、バネッサ達は……否、今この場で戦闘をしている全員は、よく知っていた。

その男は、誰よりも人間を愛していた。

しかし、男はある日を境に人間ではなくなってしまう。

地獄のような懊悩の果てに、彼は悟った。

 

『人間でないがゆえに、自分は人間の敵と戦えるのだ』と……

 

そして男は、変身する――――

 

「ライダー……変身!」

 

漆黒のボディに銀のツイン・ラインが走り、ベルトの風車が回転を始める。

逞しき胸部装甲が浮き出、紅のマフラーが風で炎の如くたなびく。

銀の拳が空を裂き、銀の足が大地を踏み締める。

その身を悪に改造されたという悲しみ……そして、怒り……それら負の感情を緑の仮面で隠し、彼は大地に降り立った。

彼こそは、大自然が使わした誇り高き勇者。

彼の者の名は…………

 

「か、仮面ライダー1号!?」

 

屋根の上のゲバコンドルが、驚愕のあまり足を滑らせ、無様にも地面へと転げ落ちる。改造人間の強靭な肉体はその程度の衝撃などものともしなかったが、すでにゲバコンドルは戦意を喪失しつつあった。

 

“ブオオオオオ……ッ!!!”

 

高性能のサイレンサーですら消せぬ爆音を上げて、サイクロンが、大地を滑り出す。

そのスピードは見る見るうちに加速し、ついには時速100キロを超えて、フロントカウルの内臓式安定翼が展開する。

その光景はゲバコンドルの脳裏に、過去の敗北の記憶をまざまざと思い出させた。

――逃げなければ…早く逃げなければ……

間違いなく……今度こそ間違いなく、再生すら叶わぬほどにやられてしまう!

ゲバコンドルはヨロヨロと立ち上がりながら、時速200キロの速さで空を駆ける両翼をはためかそうとした。

しかし、それが叶うことはなかった。

 

「サイクロンクラッシャ―――!!」

 

ジェット・ノズルが咆哮し、サイクロンのスピードが一気に時速600キロまで跳ね上がる!

高周波振動装置が作動し、すべてを粉砕する!!!

哀れ仮面ライダーに背中を見せてしまったゲバコンドルは、かつてと同じ技を、今度は背中から喰らい、その身を灰燼へと帰した。

ゲバコンドルの消滅を合図に、まるで止まっていた時間が動き出したように、ギリザメスが口を開く。

 

「ば、馬鹿な! どうして仮面ライダーがこの場に!?」

「別に驚くことじゃないさ…」

 

答えなど期待していなかった叫びに、返答する者がいた。

背後に人間の気配を感じたギリザメスは、反射的に左手を振るう。

 

“スパンッ!”

 

刃の如く研ぎ澄まされた左手が捉えたのは、何の変哲もない木だった。

ギリザメスが気配を感じた件の人物は、その左手が迫るよりも早く跳躍し、ギリザメスの前へと着地する。

 

「チィッ!」

 

振り向いたギリザメスは、またも驚愕した。

ワナワナと体を震わせ、言葉にならないのか、パクパクと口を動かす。

 

「そこに〈ショッカー〉があるのなら、俺達はどこにだって駆けつける。例えそれがどんな連中であれ、〈ショッカー〉に苦しめられているのなら、俺達は助けてやる」

「き、貴様は……!」

 

その男は決して力を望んだわけではなかった。

しかし、男の意思とは関係なしに、彼には力が与えられた。

その引き換えに、人としての未来を奪われて……

 

「〈ショッカー〉の敵、そして人類の味方」

 

この身はもはや元の体には戻れない。

ならば、戦おう。

この赤い両手は、悪を砕くためにあるのだ……

 

「――――――変身」

 

カメラのシャッターが開くように、腹部に浮かんだベルトの絞りが開く。

閃光が彼を包み込み、気がつくと、彼もまた緑の仮面で顔を覆った戦士と化していた。

ただ違うのは、彼の戦士の拳と足が、紅に染まっていたこと……

彼は優しき戦士。彼は不屈のファイター。

彼の者の名は…………

 

「来てくれたんですね…仮面ライダー2号……」

 

バネッサの言葉が終わるよりも早く、仮面ライダー2号は、大地を蹴った。

 

「!?」

 

空中で旋回を続けていたムササビードルが、驚愕にその目を見開く。

高い……そして速い……

かつて自分と戦った時よりも、はるかに強くなっている。

 

「ライダァァァァキィィィィ――ック!!」

 

紅に染まった右足が、怒りの炎を宿した右足が、ムササビードルの腹部を貫いた!!

 

「う…あああ――――――」

 

爆発。そして四散。

空中で爆発したがために爆風と破片が戦闘員達のグライダーに襲い掛かり、巨大な翼をズタズタに引き裂く。

地上最強の戦士2人が戦場に現れた時、SIDE〈イレイザー〉の反撃が始まった!

 

 

 

 

 

「チィッ、勝負だ仮面ライダー!」

 

ムササビードルを倒して山小屋の屋根に着地した2号ライダーに向かって、槍を携えた怪鳥人……ギルガラスが、接近戦を挑む。

 

「アーアアアー!」

 

奇怪な咆哮を発し、ギルガラスは自らの体重、落下の加速度を上乗せした渾身の刺突を、2号ライダーに見舞う。

着地したばかりの2号ライダーでは躱せないと踏んだのだろう。しかし、その考えは甘いとしか言い様がなかった。

放たれた刺突はたしかに素早く、正確であったが、2号ライダーを捉えるほどではない。

不安定な足場ながら必要最小限の動作で攻撃を回避し、2号ライダーは、左手で突き出された槍の柄を掴み、ギルガラスの体を引き寄せた。

そして繰り出すは、究極の鉄拳……!

 

「ライダアアアアパアァァ―――――ンチ!!」

 

繰り出されたくれないの拳はギルガラスの人工心臓を貫き、その身を、爆炎で包み込む。

これで残る飛行型怪人は1体。第4飛行中隊隊長・ドクガンダーのみ。

そして件の改造人間は……

 

「ライダァアアアチョ―――ップ!」

 

手刀一閃。

1号ライダーの手刀が、毒の鱗粉を撒き散らすドクガンダーの翼を切り裂く。

飛行に支障が出る程度ではないものの、翼を傷つけられたドクガンダーは、もはや鱗粉を放出することは出来ない。

 

「ギュアー!」

 

痛みに苦しむドクガンダーは、着地した1号ライダーに向かって、自らの持つ最強の武器を放った。

ゆったりと開かれた五指から、超小型のロケット弾が次々と発射される。すべて音速を超えた砲弾が、100発余り……

しかし1号ライダーは、それらすべての砲弾を跳躍で躱した。

もとより跳躍は飛蝗の改造人間である仮面ライダーの十八番。通常の体裁きでは躱せぬ攻撃も、跳躍でなら躱すことが出来る。

 

「トオ――――ッ!」

 

体内で精製されるロケット弾のすべてを撃ち尽くしたのだろう。ドクガンダーのロケット攻撃がやみ、刹那、仮面ライダーは再び宙へと躍り上がった。

ドクガンダーの舞う位置よりも、より高く……より遠く……

ひととび25メートルの跳躍力から生み出されるのは、乾坤一擲の必殺キック!

 

「ライダァァァアアアアキィ――――ック!!」

 

それは数多の改造人間を滅ぼしてきた、地上最強の跳躍蹴り。

――喰らってはならない!

ドクガンダーは、キックの軌道上から逃れようと羽根を動かした。ライダーキックを回避し、余裕があれば背後へと回って攻撃をしようという、若干の打算を狙っての、回避運動だった。

しかし、そう易々と1号ライダーが回避運動を許すわけがない。すでにそうさせないための策は講じてあったのだ。

 

「サイクロン――――!」

 

1号ライダーは、呼んだ。

改造人間としてこの世に生を受けたその日から、常に側にいた友を……

信頼する仲間達の手によって改良を加えられ、新たに生まれ変わった相棒を……

1号ライダーの脳波に感応し、サイクロンは、電磁式スプリングの反動も鋭く、宙へと舞った。

瞬く間にドクガンダーの背後へと迫ると、その前輪を両翼の付け根に叩きつけ、回転を開始する。

 

“ギュルギュルギュルギュル――――――!”

 

「グウッ!」

 

ホイールのあまりの高速回転に、ドクガンダーの翼が夜空へ舞った。

翼を失ったドクガンダーは……後は、万有の法則に従って落下するのみ。

そしてその瞬間を狙っていたかのように、1号ライダーのキックが、ドクガンダーの頭部に炸裂した!

 

「グ…ヌゥ……アアッ――――――!!」

 

“グワァァァァァァアアアンッ!”

 

紅蓮の炎に包まれるドクガンダーの体。中隊長を失ったこの瞬間、事実上SIDE〈イレイザー〉討伐大隊・第4飛行中隊は壊滅した。

 

 

 

 

 

圧倒的な強さだった。

1対1でも、シュウや春麗があれほど苦戦したのに対し、仮面ライダーの2人は短時間に4体もの怪人を、いとも簡単に倒してしまった。

そしてその勢いに乗じたかのように、SIDE〈イレイザー〉の面々も、それまで以上の奮戦を開始する。

 

「ヒヒヒヒヒ! 喰らえ、メキシコの花!」

 

奇声を発しながら、サボテグロンがサボテン型の特殊強力爆弾……メキシコの花を、立て続けに3個投げつける。

1個で高層ビルをも粉砕する破壊力を持った爆弾は、この戦場にあっては強力すぎて使えない兵器だったが、仮面ライダー2人が援軍として駆けつけた以上、もはやなりふり構ってはいられない。

3個の爆弾を投げると同時に牽制のミサイルを左の指から発射する。

対峙するシュウも春麗も、爆弾より早く到達するミサイルを防ぐのに手一杯で、メキシコの花をどうにかすることは出来ぬだろう。万が一防げたとしても、2人の得物では起爆装置をはずしてメキシコの花を破壊することは不可能だ。

しかし、サボテグロンの目論みは、2重の意味で敗れ去った。

 

「はぁぁぁぁぁぁあああッ!」

 

怒号とともにクレイモアの刀身でミサイルを防ぎながら、シュウが突進し、その後ろを春麗が駆け抜ける。

“牽制”のために放ったミサイルは、しかし“牽制”にはならず、ことごとく防がれて、むしろ両者の距離は狭まっていく。

 

(だが、メキシコの花は―――)

 

メキシコの花には、地上に落下した衝撃で爆発してしまうような、敏感な起爆装置が内蔵されている。

すでに防ぐ手立ては―――

 

“ターンッ! ターンッ! ターンッ!”

 

立て続けに鳴り響く、3発の銃声。

バネッサの構えたドラグノフが咆哮し、メキシコの花目掛けて3連射を行ったのだ。

銃口から放たれた7.62mm×54R弾が、メキシコの花を貫通する。

衝撃が爆弾を駆け巡り、起爆装置が作動…………しない!?

 

「なッ! 馬鹿な!?」

 

3個の爆弾は地面に落下しても、何の反応も示さない。

ならば次のメキシコの花を―――と、思ったときには、すでにシュウのクレイモアが迫っていた。

 

「フッ…ハァッ……!」

 

まるで日本刀のように優雅に空を舞う、クレイモアの巨大な刀身。

両腕を切断されたサボテグロンは、次のメキシコの花を投げることが出来ない。

 

(まだだ! 俺には第3の武器がある!)

 

サボテグロンの全身に生えた、鋭い針。普通の人間なら5分で死にいたる、即効性の毒針だ。

サボテグロンは、相打ち覚悟でシュウへと突撃した。

全身の針を、彼に突き刺すつもりである。

 

「――させない」

 

シュウの背後を走る春麗が、前へと躍り出た。

それこそ踊るようにシュウの側面を移動し、サボテグロンの背後からブーツの踵でキック。

不必要に前のめりになったサボテグロンは、待ち構えていたシュウのクレイモアに打たれ、きりもみ状態になりながら宙を舞った。

そして春麗は、サボテグロンの体で、唯一針の生えていない部分……ベルトのバックルを、狙う。

回転するサボテグロンが腹部を見せる、刹那の一時。

春麗は、その一時を捉えた。

 

「はぁッ!」

 

爆発的呼吸とともに放たれる、発剄の限りを篭めた鉄拳。

 

“メシャアッ!”

 

ベルトのバックルが砕け、拳は体内へと貫通し、メリケンサックが、1万ボルトの高圧電流を放出する。

 

「うぎゃあああああああああ――――――!!!」

 

サボテンは種類によっては体の90%が水分であるという。

サボテンの改造人間であるサボテグロンの体内もまた、90%とまではいかぬものの、それに近い比率となっている。

全身に満ちた水分を伝わって、高圧電流がサボテグロンの体内を駆け巡った。

春麗が拳を引き戻し、距離をとった直後、サボテグロンは爆発した。

 

 

 

 

 

「ほお…やるな、SIDE〈イレイザー〉」

「フッ、さすがは元〈ショッカー〉最強の特殊部隊といったところか……」

「どこを見ている、仮面ライダー!」

 

戦闘員を相手にしながらSIDE〈イレイザー〉の善戦ぶりを観戦していた2人のライダーに、背後からヒルゲリラのムチが襲い掛かる。

完全な不意打ち……と、思いきや、しかし、超感覚器官でヒルゲリラが接近する以前から気配を感じ取っていた2人の仮面ライダーは、ほぼ同じタイミングで左右に跳躍。予め予想した通りの軌跡を描いて、ヒルゲリラのムチは放置された戦闘員の体を引き裂く。

 

「チィッ、逃がすか!」

 

左右に散開した2人のうち、左へ跳んだ方……2号ライダーを追って、ヒルゲリラもまた跳躍する。

そして、右へ跳んだ1号ライダーは……

 

「逃さんぞ本郷猛!」

 

1号ライダーの着地地点を読み、先回りして待ち構えるは第2中隊隊長・カメストーン。その掌勢より放たれる必殺の『殺人オーロラ光線』は相手の視力を奪い、最終的には肉体を腐敗させる恐るべき技である。

1号ライダーを待ち構えていたカメストーンは、当然その必殺技を放つべく左の掌を突き出した。

 

「エエエー! 受けてみろ本郷猛! 殺人オーロラ光線!」

 

1号ライダーの複眼に襲い掛かる、虹色の閃光。

その光量の閃烈なること凄まじく、1号ライダーの視界は、瞬く間に真っ白へと染め上げられていく。

 

「ムッ!」

 

突如として視界を失った1号ライダーは、しかし冷静だった。

空中で制動をかけ、カメストーンの待ち構える地点まで3メートルの場所に緊急着地。

すぐさま複眼C・アイへ送られるエネルギーをカットし、その他の超感覚器官……O・シグナル、超触覚アンテナ、超聴覚器へエネルギーを集中させる。

 

“タンッ”

 

聴覚器系へ主感覚をシフトした刹那、前方で、何かが跳躍したのが分かった。それがカメストーンであると気付いたとき、大気の流れすらも感じ取る仮面ライダーの触覚、そして聴覚は、跳躍した存在の動きを正確に捉え、繰り出された鉄拳を1号ライダーは紙一重で躱した。

 

「エエエー!」

 

なおも繰り出される連続拳、連続蹴。

それらすべてを聴覚と触覚を頼りに、仮面ライダーは時に防ぎ、躱し、捌いていく……

 

「チィッ、チョコマカと!」

 

――コレでは埒があかない。

業を煮やしたカメストーンは不意に立ち止まり、1号ライダーに向かって第2の武器を放った。

 

「喰らえ! 必殺甲羅投げ!」

 

カメストーンは言うまでもなく亀の改造人間である。その背中には当然巨大で硬度に優れた甲羅があり、カメストーンはその甲羅を着脱し、ブーメランの如く投げることが出来るのだ。

 

「トオ―――ッ!」

 

自慢の跳躍力で投げられた甲羅を余裕で回避する1号ライダー。しかし、ブーメランの如き特性を持った甲羅は空中で旋回し、地上に降り立とうとする仮面ライダーの背後を急襲する。

 

「ウヌッ!」

 

背後より迫りくる甲羅のブーメランを、着地した1号ライダーは反射的に立ち上がろうとする体を必死に抑え、屈んだまま回避した。

頭上を通過していくカメストーンの甲羅。

 

「おのれ、躱しおったか本郷猛!」

 

甲羅を受け止めたカメストーンは、1号ライダーが屈んだ体勢から戦闘スタンツへと体勢を立て直そうとするのを待たずして、接近した。

 

「エエエー!」

 

至近距離からの甲羅投げ。今度ばかりは初撃を躱せても、第2撃は躱せない。

ようやく立ち上がった1号ライダーは、再び跳躍した。

しかし、今度の跳躍は甲羅投げを回避するための跳躍ではなかった。

 

『本郷――――!』

 

1号ライダーの脳に、直接2号ライダーの声が情報として送り込まれる。2人の仮面ライダーにのみ許された、テレパシー能力だ。

左へ跳び、1号ライダーとは逆にヒルゲリラを待ち構える形で迎撃し、今も戦闘を続けている2号ライダーは、1号ライダーに向かって叫んだ。

 

『カメストーンの弱点は甲羅を投げている最中に露出している背中だッ!』

「ああ、分かった一文字!」

 

テレパシーに応えた1号ライダーは跳躍後、空中で優雅に一回転。

 

「なにッ!?」

 

その銀のブーツが描く軌跡はさながら満月の如く……

 

「ライダァ――――月面キィィィィィィック!!!」

 

放たれた蹴りは、星すらも砕く!

 

 

 

 

 

「終わったな……」

「何が終わっただ、一文字隼人!?」

 

自分達の戦いはまだ終わっていない。自分の再戦はまだ終わっていない。

そう、言いたかったのだろう。

しかし、ヒルゲリラの肉体はすでにボロボロだった。

以前戦った時よりも著しいパワーアップをはたした2号ライダーの拳を、蹴りを何度も受けて、すでにヒルゲリラの体は満身創痍の状態。

 

「まだ終わっていない! 俺達の戦いはまだ――――」

「いいや終わったさ…俺達の戦いも……本郷の戦いも……」

 

そう呟いて、ヒルゲリラの視界から2号ライダーの姿が消え去った。

 

「ッ! 上か!?」

 

突如として視界から消え去った2号ライダーが、跳躍し、空中へ跳んだと思ったのは、決して間違った考えではない。飛蝗の改造人間である仮面ライダーの得意技はどこまでいってもジャンプであり、なによりもそれを重視する……というのは、〈ショッカー〉の中で、仮面ライダーと戦う可能性のある者にとっては常識だった。

しかし、戦場においてはなによりもその“常識”こそが大敵である。

“常識”をないがしろにしすぎても失敗するし、“常識”を頼りにしすぎても足元を掬われる。

2号ライダーは跳躍などしていない。

彼は、ただ100メートルを2秒で駆け抜ける脚力でヒルゲリラの背後へと動いただけだった。

 

“ガシッ”

 

「なッ!?」

 

背後からガッチリと羽交い絞めにされ、身動きのとれないヒルゲリラ。

 

「な、何をするつもりだ!?」

「喰らえ……あの時と同じ技を……」

「まさか……!」

 

その時、ヒルゲリラの脳裏に、かつての、敗北のビジョンが映る。記憶の中に刻み込まれた、因縁の技。

ヒルゲリラは、恐慌した。

 

「や、やめろ――――――!」

「ライダー放電!」

 

改造人間はいわば1個の精密機械である。生体に組み込まれた機械パーツは当然導体であり、高出力の電気エネルギーを受ければ電磁誘導を引き起こす。無論、生体に組み込まれているパーツだけに、改造人間には大なれ小なれの対策が施されている。しかし、密着状態という超至近距離から電撃を放たれては、話は違う。

 

「うぎゃぁぁぁあああッ!!」

 

絶叫を上げ、ぐったりとヒルゲリラの体から力が抜けていく。

体内への直接放電によってあらゆるシステムが停止する中、皮肉にも怪人に搭載された証拠隠滅プログラムのみが正常に作動して、ヒルゲリラは徐々に溶解を開始した。

そしてヒルゲリラの溶解が開始した直後、1号ライダーのライダー月面キックを受けたカメストーンもまた、壮絶な爆死を遂げた。

 

 

 

 

 

絶対的な戦力差に裏打ちされたギリザメスの自信は、2個中隊が壊滅したことによって早くも揺らいでいた。

無理もない。2人の仮面ライダーという援軍が現れたとはいえ、相手は3人の戦闘員と、2人の怪人。怪人21体、戦闘員424名からなる大軍団をもってすれば、簡単に撃破できるはずだった。

それが、今ではどうだ。

21体の怪人のうち9体はすでに倒れ、残る戦闘員は数えるばかりではないか!

 

「ありえん! いくらSIDE〈イレイザー〉や仮面ライダーが強くとも、こんなことがありえるはずが……」

 

しかし、現実は残酷である。

いかにギリザメスが言葉で否定しようとも、眼下に広がるのは、かつてそこに怪人や戦闘員が居たという証。

 

「ヌゥ…こうなればこの俺が……」

 

絶望と焦燥にかられたギリザメスが自ら戦いに赴こうとしたその時、戦場の大地が大きく揺れ始めた。

“キュルキュルキュル……”と、戦士達にとっては聞き慣れた機械音が轟く。

それは仮面ライダーやSIDE〈イレイザー〉にとっては“絶望”の音だった。そして反対に、討伐大隊の生き残りにとっては待ち詫びた、“希望”の音色だった。

先刻までとは打って変わって、ギリザメスが歓声を上げる。

 

「おお! 来てくれたか……」

 

どこから持ち出し、運び入れたのか、砂煙と地響きを上げ、毒々しい迷彩模様に彩られた巨大な鉄の悪魔が……4輌。キャタピラの駆動音が唸り、血を連想させるレーザーサイトが妖しく輝く。

全長24メートル超、全備重量660トン。チタンとセラミックによる複合装甲に覆われたボディは硬く、主砲の800mm滑空砲から放たれる高周波砲弾の威力は凄まじい。

4輌の悪魔を従えて、先頭を進む怪人は、叫んだ。

 

「ミミミミミクァー! ショッカー戦車小隊、ただいま到着!!!」

 

――改造人間・トカゲロンと、ショッカー戦車4輌からなる1個小隊。

なんと〈ショッカー〉は、SIDE〈イレイザー〉抹殺のために戦車を投入してきたのだ。

 

「待たせたなギリザメス!」

「トカゲロン…待ちくたびれたわ! ほら、さっさと砲撃を始めろ!」

「ミミミミミクァー! そう慌てるな。全車、射撃隊列をとれ!」

 

トカゲロンの咆哮を思わせる指令に、4輌のショッカー戦車は素晴らしい旋回能力を駆使し、横一列の陣形をとって足並みを揃え、停車する。

すでに自動装填装置が作動して初弾は砲身へと叩き込まれ、あとは射撃の指令を待つばかりだった。

 

「ウォー! 多少の犠牲が出ても構わん! 全車、第1一斉砲撃、用意……!」

 

熱線映像装置によって合わせられた照準は、2輌ずつ仮面ライダーとSIDE〈イレイザー〉に向けられたもの。その正確さは折紙つきだ。

自身も最強の武器である『バーリア破壊ボール』を地面に置き、今にも蹴らんという勢いで、トカゲロンは咆哮した。

 

「ミミミミミクァー! 全車、第1一斉砲撃……開始!」

 

自身が破壊ボールを蹴り上げた直後、大音響の爆音と共に、4門の砲口が激怒した。

 

 

 

 

 

「ムッ! 本郷、あれは……!」

「ああ、間違いない。あれはショッカー戦車だ!」

 

一方、ショッカー戦車小隊の出現に度肝を抜かれた仮面ライダー、SIDE〈イレイザー〉は、今自分達が戦っている相手との戦闘も放棄して、ひたすら逃げの一手に走った。

なにせ戦車の砲弾は普通の銃弾と違って、単に回避すれば良いというものではない。弾頭を紙一重で躱したとしても、その直後には爆発の衝撃波が、巨大な空気の壁となって襲ってくるのだ。弾頭を避けるのではなく、弾道からできるだけ離れねば……

しかし、それは比類なき跳躍力を持つ仮面ライダーだからこそ可能な芸当。

特に高い跳躍力を持つわけでもなく、圧倒的なスピードを誇るわけでもない3人の戦闘員にとっては、極音速で飛来する砲弾を避けることすら難しい。

 

「バネッサ・キースリング!」

「シュウ・タウゼント!」

 

1号と2号が交互に叫び、2人の返事を待たずして腕を掴み、跳躍する。

刹那の時すらなく、高周波砲弾の直撃を受け、粉砕する大地。

1人残された春麗は、しかしSIDE〈イレイザー〉メンバーの中では卓越して抜きん出たスピードを活かし、砲撃を躱した。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ……」

「まさか君に助けられるとはね、仮面ライダー2号……」

「お互いあの時の事は言いっこなしだぜ、シュウ・タウゼント。それより……」

「ああ、あの戦車をなんとかしないと……」

 

戦車の弱点はどこか? それは間違いなく真上からの攻撃であろう。強力な戦車の砲塔も、仰角には限界があり、垂直に主砲を向けることは出来ない。ゆえに戦車は真上からの攻撃に対してまるで無防備で……強力な対戦車兵器など1つもない戦士達が狙うならば、真上からの攻撃しかなかった。

しかし、そんな事は戦士達も分かりきっている。

問題はどうやってそこまで近付くかである。

 

「相手もそれは十分承知しているはずよ。防衛は、かなり強固ね……もう、ガードが堅いんだから!」

 

なんとか接近しようと試みながらも、戦車登場により戦車の防衛へと回った改造人間群に阻まれて、思うように勧めない春麗が愚痴をこぼす。

加えて、ショッカー戦車自体にも問題はある。現代(2005年)でこそ当たり前になった感のある自動装填装置を採用したショッカー戦車の速射性能は極めて高く、仮面ライダー達がショッカー戦車に挑もうと地を蹴った時には、すでに第2射撃が開始されようとしていた。

 

「多少の犠牲が出ても構わん! 第2一斉砲撃……撃て!」

 

爆音が再び轟き、地面が広範囲にわたって削岩機を使われたように、破砕していく。

 

「くそッ! これでは近づけん!」

「あの戦車の自動装填装置か…熱線映像装置をどうにかしなければ、近付くことすらままならない」

「バネッサ、君の狙撃で破壊……は、無理か」

「はい。出来ないことはないでしょうけど……装置のメインシステムの場所が分かりません」

 

このままではジリ貧である。

いかに高周波砲弾の砲撃を避け続けようと、戦士達には限界があった。

仮面ライダーはその跳躍力を活かすためには、少なくとも足一本が踏み込めるだけの足場が必要となる。また、自らのスピードで回避し続けている春麗にいたっては、荒れ果てた大地に、いつ足元を掬われるかも分からない。

先刻はギリザメスの心を苛んだ絶望と焦燥が、今度は5人の心に去来する。

しかし、その絶望を希望に、焦燥を歓喜へと変える者は……はたして、第2砲撃が終わった直後に参上した。

 

「……やれやれ、電撃系の魔術は苦手なんじゃがのぅ」

 

虚空より放たれた言霊。

それが爆ぜ、その場にいるすべての改造人間の耳膜を打ったとき、ショッカー戦車の自動装填装置……否、あらゆる装置が停止した。

 

「なッ!?」

 

突如としてすべてのシステムが停止し、熱線映像装置から得られる画像を失ったことにより、戦車内の戦闘員達は恐慌した。ある者は徒にスイッチやレバー、ペダルを踏み、またある者はとりあえず外に出ようと完全な暗闇の中、悪戦苦闘する。

しかし、彼らの努力が実を結ぶことはない。

なぜなら次の瞬間、彼らは想像を絶する苦痛に、焼かれることになるから……

 

「ぎゃああああああ!」

 

戦車の中で起こった惨状を超感覚で悟ったトカゲロンは、空中を睨みつけた。

……正確には、そこに出現した人物を睨みつけた。

その人物の姿を確認して、ギリザメスが青ざめる。

 

「これで10体……」

 

――SIDE〈イレイザー〉の魔術師・ミスリム・シュレッガー。

彼は空間転移でショッカー戦車小隊の真上に出現すると、即座に魔術式を完成。自らの掌の中に小さな稲妻を発生させ、それを単に放出するのではなく、発生した電磁パルスのみを戦車小隊にぶつけて電磁誘導を引き起こし、システムを完全にシャットダウン。あとは、いつものように戦車内で恐慌に陥った戦闘員達を、火炎魔術で焼き滅ぼしたのである。

 

「うぬぬぬぬ……許さんぞ、ミスリム・シュレッガー!」

 

戦車小隊を殲滅させられたトカゲロンが、足元に『バーリア破壊ボール』を置いて、ミスリムに吼える。

 

「よくも我がショッカー戦車小隊を……貴様だけは、この手…いや、この足で殺してくれる! ミミミミミクァー! ウォー! 喰らえ、バーリア破壊ボール!!」

 

トカゲロンが勢いよく足を振り上げ、地を這うようにしていボールを蹴り上げる。

蹴り飛ばされたボールは速く、ミスリムの回避運動は…………間に合わない!

あわや激突!!! と、なるはずだったところで、

 

“ターンッ!”

 

希望の銃声が、鳴り響いた。

ミスリムとの距離を3メートル隔てて、破壊ボールはバネッサの狙撃によって撃ち抜かれ、ターゲットを爆破することなく爆発した。

 

「うぬッ!」

 

立ち込める黒雲と、そして砂煙。

トカゲロンは視覚ではなく、他の感覚器官でミスリムの姿を捉えようとして……彼が、背後から突如出現したのに気が付いた。

 

「ッ……!」

 

自慢の足を降り抜いたところでもう遅い。

頭蓋を捕まれ、直接脳に火炎を送られたトカゲロンは……自分に何が起きたのかを悟るまでもなく絶命した。

 

 

 

 

 

頼みの綱のショッカー戦車小隊も壊滅し、ますます追い詰められたギリザメスと対称的に、ようやく4人揃ったSIDE〈イレイザー〉は、満身創痍の体とは裏腹に、士気を高めていた。

 

「ミスリムおじいちゃん!」

「バネッサ、シュウ、春麗…遅くなってしまったのぅ……」

「……まったくだよ。けれど、無事でよかった…」

「そうね。ミスリムおじいちゃんが死んだりしたら、ソビエトなんて……どうやったらお墓参りに行けばいいのよ?」

「フフフフッ、春麗、ワシはまだ死ぬつもりはないぞ。この身はまだ滅ぶには早すぎる。この世に生を受けて80年…未だ習得しておらぬ魔術の秘儀奥儀がいくつあることやら……」

 

たった1人の参戦。

状況は相変わらずこちらの方が不利だったが、にも関わらず、SIDE〈イレイザー〉の心は軽かった。

そして、それを見る仮面ライダー達もまた……

 

「……イイ連中だな」

「ああ。そしてなにより強い絆で結ばれている。たった1人戦線に復帰しただけで、萎えかけていたみんなの士気が目に見えるほど上がった」

「もう2度と敵には回したくない相手だ」

「まったくだ」

 

今や6人の戦士達の心は一つ。

ショッカー戦車小隊の壊滅により反撃の糸口は掴んだ。

あとはただ、残る11体の改造人間を葬るのみ。

 

「いくぞみんな!」

 

1号ライダーの号令とともに、6人は動き出した。

 

 

 

 

 

 

「アレアレアレ!」

 

奇怪な咆哮とともに振り下ろされた軟鞭が、先刻まで春麗のいた空間を切り裂く。

刹那、ナマズキラーの体内に設置された発電機関が作動し、10万Vの高圧電流が両手のムチを伝わって地面に注がれる。

 

「ほんと〈ショッカー〉の改造人間ってばムチが好きねぇ。しかも今度は電気入り?」

「ふむ。ワシの魔術や春麗のメリケンサックよりも電圧は高そうじゃな」

「嫌ね。私はムチを振るわれるより振るうほうが好きなのに……」

「……春麗、あなたそういう趣味が……」

 

サラリと言ってのけた春麗の言葉に、フレキシブルに動き回るナマズキラーのムチをどうにか狙撃できないものかと目を凝らすバネッサが、呆れたように言った。彼らは戦闘中に冗談が言えるほどにまで、余裕を取り戻していた。

そんな中、SIDE〈イレイザー〉内では北斗に次ぐ実力の持ち主であったシュウが、的確な指示を下した。

 

「ヤツには電撃は効かない。春麗はとにかく動き回って撹乱を、バネッサは援護射撃を頼んだよ。それからミスリムおじいちゃん……」

「む?」

「……締めは任せましたよ」

「うむ」

 

背中の大鞘からクレイモアを抜刀し、シュウはナマズキラーへと挑みかかる。

あまりに無謀といえば無謀な行動。いくら凄まじい膂力を有していたところで、所詮剣は直線的な攻撃しか出来ない。変幻自在の動きで、直線的攻撃を翻弄する軟鞭術には、到底敵わない。

しかし、突貫するシュウの意思を汲み取った3人は、それが無謀であるとは思わなかった。

突撃するシュウに先行する春麗に向けられたムチは2本。

変幻自在、かつ不規則に攻めてくるムチを右に避け、左に避け……そうしているうちにシュウは、ナマズキラーの懐まで接近していた。

 

「あとは頼んだわよ、シュウ」

「OK!」

 

無謀にもクレイモアを振り上げ、万有の法則に任せて振り下ろそうとするシュウを、春麗に翻弄されながらも、咄嗟の防衛本能でナマズキラーは迎え撃った。

即座に2本のムチが躍動し、クレイモアを絡め取る。

刹那の間を置いて、高圧電流が流れようとしたその時、シュウは、咄嗟にクレイモアを手放した。

 

「っ!!」

 

重量20キロを超える大剣が、2本のムチにズシリと圧し掛かる。当然細いムチでその重量を支えられるはずもなく、ナマズキラーは必然的に前のめりの姿勢になった。

その瞬間を狙って、バネッサの狙撃が、ナマズキラーの細いムチを切断した。

スナイパー・ライフルを使用しているとはいえ、ムチのような細く、命中させづらい標的を貫くバネッサの射撃は、相変わらず見事という他にない。

唯一にして最大の武器を失ったナマズキラーに、もはや抗う術はなかった。

 

「終わりじゃ……」

 

最後に、ミスリムの火炎魔術を受け、ナマズキラーは爆死……とまでは、いかなかった。

すでにナマズキラーは放っておいても証拠隠滅プログラムが作動し、溶解するまでに焼け焦げていたが、完全に爆発する前に、横槍が入ったのである。

 

「エケエケエケケッ!」

「キィ――ッ!」

「ウハウゥー!」

「このままでは死んでも死に切れぬは!」

 

……敵は、ナマズキラーで終わりではない。

最後の足掻きとばかりにどっと押し寄せる怪人の群れに、SIDE〈イレイザー〉は応戦する。

 

「各自、散開して撃破」

 

シュウの言葉に、みなは一様にして頷いた。

 

 

 

 

 

 

「ミッミッミッミッ! 喰らえ、仮面ライダー2号」

 

第3中隊第3小隊長・セミミンガは、得意の殺人音波攻撃を放つも、2号ライダーは自らの聴覚をカットして、それを防ぐ。

殺人音波攻撃はすなわち超音波による攻撃。その内容は音による聴覚へのダメージと、超音波の振動による肉体への直接的ダメージの2種類がある。

振動によるダメージは決して防ぎきれるものではなかったが、2号ライダーはそのまま猛突進し、とうとう自らの拳の間合いへと迫った。

 

「ヒッ!」

 

殺人音波攻撃を受けてなお真っ直ぐ進撃してくる2号ライダーに、一瞬だけであったが恐怖を覚えるセミミンガ。しかし、改造人間を相手にしての一瞬の差は致命的である。

セミミンガが恐怖し、身を強張らせた一瞬の間に、2号ライダーはセミミンガのボディへと数発の拳を叩き込んだ。

 

「ミッミッミッミッ!!」

 

あまりの激痛に、悲鳴をあげるセミミンガ。

我武者羅に左手の鋏を振り回して応戦するも、柔道の体裁きをマスターしている2号ライダーのこと。鉄拳を繰り出しながらも完璧な身のこなしでセミミンガの攻撃を躱し、その代わりとばかりにひたすら拳を打ち続ける。

“力”の2号の鉄拳を何十発も受けては、さしものセミミンガも敵わない!

 

「トオオォォ!」

 

拳を繰り出すとともに天高く跳躍し、弾き飛ばされたセミミンガ向かって、2号ライダーは必殺の一撃を繰り出す!

 

「ライダアアアアキイイイイ――ック!!」

 

 

 

 

 

「ヒョーオゥ! まさかこうして再び出会えるとはな、仮面ライダー1号」

「キーリィー! うむ。俺達がこの再戦の機会をどれほど待っていたか…勝負だ! 仮面ライダー!」

 

強靭なプロテクターに身を包んだジャガーマンと、触れるものすべてを切り刻む鋏を左手に装備したカミソリキッドが、交互に前へと出る。

じりじりと滲みよる2人の改造人間に対し、1号ライダーは待ちに徹する構えだ。

 

「ヒョーオゥ!」

 

先に仕掛けたのは仮面ライダーをも上回る敏捷性とスピードを持つ豹の改造人間……ジャガーマン。かつては日本に帰国したばかりの本郷猛を相手に、特殊能力もなしに、自らの肉体と技術を駆使して死闘を繰り広げた、正真正銘の正統派改造人間である。

以前のようにバイクにこそ搭乗していないものの、ジャガーマンの突進力、それに反比例することなく伴っている機動力は凄まじい。

ジャガーマンの繰り出す拳を紙一重で躱し続ける1号ライダーだったが、終始1発のカウンターも繰り出すことなく、追い詰められていった。

 

「キーリィー!」

 

そして、そんな1号ライダーに対して、カミソリキッドは背後から襲い掛かる。

 

「喰らえ、破壊光線!」

 

カミソリキッドの触覚がスパークし、刹那の間を置いて、閃光が放たれる。

〈ショッカー〉の技術をもってしても、装置の小型化が難しいとされる、ビームである。

 

「ウグァッ!」

 

前面で強力・ジャガーマンを相手にしながらでは、さしもの“技”の1号も背後からの攻撃を回避することは出来ない。

背中に照射された光線はライダーの特殊強化服を焼き、その下で変貌を遂げている細胞にもダメージを与えた。

熱による火傷の痛みと、凶悪な光による細胞への痛みが、痛烈に1号ライダーを苛む。しかし、1号ライダーが地面に膝を着くことはなかった。

仮面ライダーは、不死身なのだ。

何度倒れようと、何度死に瀕しようと、決して諦めない。決して膝を着くことはない。

時代が求める時……仮面ライダーは必ず蘇る。

より強く…より強固な意志を持ってして……

 

「ライダァ――パァンチ!」

 

防御上等、カウンター上等の、真っ直ぐな…けれども決して折れることのない鉄拳が、カミソリキッドの放った破壊光線の影響を恐れてか動きを止めたジャガーマンに、繰り出される。

 

「ぬおッ!!」

 

破壊光線を受けながらの、予想外の反撃に、ジャガーマンの防御は……間に合わない!

起死回生の一撃が炸裂したのはジャガーマンの胸部プロテクター。ゆえにその一発が致命傷になることは

なかったが、“技”の1号にとってはむしろその方が都合が良い。結果的に一瞬、衝撃に備えて身を硬直したジャガーマンの隙を突き、1号ライダーは、第2の拳を放った。

 

「ッ!?」

 

ジャガーマンは一瞬、何が起こったか分からなかった。

1号ライダーの狙い通り顎先に炸裂したアッパーカットは、87キロの堂々たる体躯を宙へと持ち上げ、同時に、1号ライダーはジャガーマンの頭上まで跳んでいた。

身動きのとれぬ空中でなお身をよじり、ジャガーマンの頭部を、両脚で挟み込む。

さらに身を捩じらせて、高速回転を開始すると、そのままジャガーマンの頭部を大地へと……

 

「ライダ―――ヘッドクラッシャァァァ―――!!」

 

……叩きつけた。

頭部のみならず、肩の辺りまで衝撃地面にのめり込むジャガーマンの体。

強靭な人工頭蓋が破損し、脳にダメージを受けたのは疑いもなく、やがてジャガーマンの体は、溶解を始めた。

そして、残る1体。第3中隊長・カミソリキッドは――

 

「キーリィー! おのれ仮面ライダー1号、よくもジャガーマンを!」

 

怒声とともに放射される破壊光線。

重力下とはいえ、限りなく光速に近い攻撃を、しかし仮面ライダーは事前に超感覚を用いて光線の軌道を察知。ジャガーマンという障害がなくなった以上、敵の攻撃の軌道さえ分かれば、仮面ライダーに避けれぬものはない。

 

「何故当たらん? 何故当たらないんだ!?」

 

カミソリキッドは気付かない。

破壊光線を放出する際、体内の発生装置が膨大なエネルギーを生んでいることを……

そしてその発生した熱エネルギーの反応を、仮面ライダーがC・アイで探知していることを……

カミソリキッドは、気付かなかった。

そしてもう1つ、カミソリキッドが気付いていない事があった。

 

(破壊光線の持続時間……約13秒。次の照射までのタイムラグ……平均0.3秒)

 

1号ライダーは、全身のコンピューターを使って計測していたのだ。

元々生体が強力なビームを体内で発生させ、放出するという行為は無茶な事。その無茶を、科学の力でやってのけたのが改造人間なのだが、やはり〈ショッカー〉の科学技術といえど限界はある。長時間の破壊光線の照射は、いかに優れた機械のパーツで繰り出したとしても、他の生身の部分に凄まじい負荷をかける。ゆえに光線を長時間持続させることは現在の科学では難しく、また、連続して照射するにも、ある程度のインターバルが必要となる。

 

(今だ……ッ!)

 

カミソリキッドが破壊光線を照射し、1号ライダーが回避する。

カミソリキッドが次の照射に備えた瞬間、すかさず1号ライダーは、カミソリキッドへと肉薄した。

 

“ガッ”

 

1号ライダーの右手が、カミソリキッドの首元を叩く。

そしてその刹那、カミソリキッドの身に襲い掛かった一連のアクションは、絶対にして不可避の必殺技であった。

 

「ライダ――――きりもみシュ―――ッ!!」

 

“技”の1号の超奥儀、炸裂!

高速回転により生じた竜巻が真空の空間を生み出し、1号ライダーに投げられ、竜巻に巻き込まれて真空空間へと飛ばされたカミソリキッドの体に、次の瞬間、異変が生じた!

 

「――――――ッ!!!」

 

声にならぬ……否、声を出せぬがゆえの悲鳴が、辺りに轟く。

真空空間へ投げ出されたことによって生じた酸素欠乏よりも早く、急激な体内外の気圧変化、そして細胞に流れる血液の異常沸騰により、カミソリキッドの肉体は内部からズタズタに引き裂かれた。

普通の人間や、並みの改造人間ならばこの時点ですでに絶命するのだが、カミソリキッドの肉体は強靭だった。1号ライダーの高速回転が止まり、真空の嵐もまた止む。

弾き飛ばされたカミソリキッドに今度こそ必殺のトドメを刺すべく、仮面ライダーは跳躍した。

 

「ライダァァァアアアアキィ――――ック!!」

 

 

 

 

 

「エケエケエエエッ!」

 

軟鞭にして硬鞭の威力を持つサラセニアンのムチが、ミスリムを八つ裂きにせんと宙を舞う。

サラセニアンの意思で自在に長さを変化させるムチは、通常のソレよりもはるかに間合いがとり難い。

時に1メートルもない短鞭に…時に最大10メートルもの長鞭に……まさに変幻自在のムチと、それを巧みに操るサラセニアンのコンビは、さしものミスリムをして容易に懐に入ることを許さなかった。

 

「ふむ…」

 

襲い掛かるムチを時に空間転移で、時に空中浮遊で躱しながら、ミスリムは熟考する。

ミスリムの火炎魔術は強力であるが、改造人間を完全に焼却するとなると、少なくとも1メールの距離まで近付かねばならない。

第2次世界大戦中、連合軍は自軍の飛行機に火焔砲を搭載するための研究を行っていたが、この火焔砲はたしかに強力な火力を有していたものの、『高速で飛ぶ飛行機には火焔を一瞬しか浴びせられない』という理由から実用化はされなかった。

たしかに、ミスリム・シュレッガーが魔術で発生させる火炎は瞬間最大1000度という超高温を誇るが、改造人間を焼却するとなれば、その火炎は長時間相手に浴びせなければならない。火の輪くぐりのライオンがみんな焼死するかと言えば、答えはNOである。

先のミミズ男を倒した時は相手を心理的に弱らせ、トカゲロンの時は直接脳へと火炎を送り込んだため一瞬で済んだ。

しかし、今回の相手はそのいずれの戦法も通用しない。ミミズ男の時のように心理的に弱らせるための手段がなく、トカゲロンの時のように迂闊に接近すれば、サラセニアンを取り巻くムチに切り裂かれるのがオチだ。

――まずは、あのムチをなんとかしなければ……

 

「――うむ」

 

作戦が決まったのか、ミスリムは静かに頷いて、掌勢をかざした。回避運動をやめ、動きを止める。

呪文詠唱もなく、魔術式を組み立てる。

完成された魔術式は得意の火炎魔術。しかし、着火点は後から指定するもので、発動から発火までのプロセスには若干の時間がかかる。

 

「エケエケエエエッ!!」

 

動きを止めたミスリムを、サラセニアンのムチが襲った。

最大の威力を発揮するべく空中で大きく波を打ち、彼の老人の顔を膾にせんとスィングする。

サラセニアンのムチが、ミスリムの顔面に吸い込まれるように躍ったその時――

 

“パシッ”

 

――と、小気味良い音を立てて、ミスリムはムチをかざした掌で掴み取った。

指で掴む際に肉が裂けたのか、緑色のムチを赤い滴が伝う。

 

「ヌゥッ!」

 

サラセニアンの操るムチは、元はサラセニアンの肉体の一部である蕾が変化した物。肉体から分離したとはいえ、手で掴んでいる限りソレは未だサラセニアンの肉体そのもの。ムチを掴むミスリムの掌の感触はサラセニアンの脳へと十分に伝わり、ゆえに彼は悟った。

ミスリム・シュレッガーの握力は、鍛えた普通の人間と大差ない。自分の腕力なら、十分ムチを引き戻す事は可能だ。そのついでに、ヤツの五指を摩擦で豆腐のように削ってやろう。

まさに刹那の判断で、サラセニアンはムチを引き戻そうと力を篭めた。

しかし、その刹那ですら、サラセニアンの行動は遅すぎた。

 

“シュボッ”

 

ミスリムの火炎魔術が、サラセニアンのムチのちょうど中間地点を着火点にして、発動する。

元が植物の改造人間だけに、1000度の炎は一瞬にしてサラセニアンの手元まで迫った。

 

「――――――ッ!!!」

 

脳改造を施されているがゆえに痛みを感じぬとはいえ、ムチは握っている限りサラセニアンの一部。このまま掴み続けいては、体内の機能に何らかの障害が及ぶかもしれない。

サラセニアンがパッとムチを手放したその刹那、すでにミスリムの第2の魔術式は完成していた。

空間転移ですかさず懐に入ったミスリムは、無事なもう片方の手で火炎魔術を発動。

胸部に火勢が出現し、サラセニアンが慌てた時にはすでに離脱。

そのままサラセニアンの背後に回り、ミスリムは傷付いた片方の手をも使って第3の魔術を発動!

 

“グワァァァァァァアアアンッ!!!”

 

「!?」

 

背後で突如起きた爆発に、サラセニアンは驚愕に表情を歪めることすら出来ずに、吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「ウハウゥー! 走れッ、稲妻!」

 

エイキングの掛け声に答えるように、上空に黒雲が立ち込め、シュウを狙って稲妻が走る。

音の壁を突破しての稲妻攻撃には、さしものシュウも対抗する術はない。

幸いにしてエイキングは自分の次の移動ポイントを予測して稲妻を走らせるのではなく、自分が移動してから稲妻を走らせている。シュウは、一箇所には留まるまいと、己を叱咤し、動き続けていた。

脚の筋肉が悲鳴を上げ、スタミナが限界に近付きつつあっても、動くをやめない。やめてはならない。

 

(……これじゃジリ貧だよ)

 

稲妻自体は確実に避けているので、肉体に実害はない。しかし、こうした消耗戦こそが、シュウのようなパワーファイターにとってはもっとも苦手とする戦いなのだ。

パワーファイターは文字通りあらゆる困難を自身のパワーで突破する。その戦闘スタイルは短期決戦型であり、ジリ貧の長期決戦型には向かない。そもそも、パワーファイターは一瞬における爆発力(=瞬発力)を主に鍛え、持久力はそれほど重視しないものなのだ。

 

(ああ…誰かの言葉を思い出すなあ。兵士は歩けなくなった時点で死ぬ……だっけ?)

 

なるべく筋肉にストレスをかけぬよう思考を弾ませながら、しかし、シュウはエイキングを倒すための手段を考えていた。

エイキングと自分とを隔てる距離は約10メートル。改造人間である彼らにとっては一瞬の距離だが、素直に一直線に進んでは、さすがに未来位置を予測され、稲妻を落とされてしまうだろう。

いかにエイキングへと接近するかがポイントだった。シュウもまたミスリムと同じ問題を抱えていたわけだが、彼の場合、接近するための手段は2本の足であることが決定している。

 

(はぁ……)

 

――結局、思い浮かんだのは1つの策だった。

相変わらずの無鉄砲さに、自分でも内心嘆息する。しかし、今の自分ではそれ以外に策がないのもまた事実。なにより……

 

「走れ、稲妻!」

 

先刻までシュウがいた場所を、放たれた稲妻が焼き尽くす。

 

(……稲妻の反射速度、命中精度も上がってきてるしね)

 

もはや一刻の猶予もならない。

シュウは、放たれた稲妻を一瞬のタッチの差で回避すると、一気に駆け出した。

最大のスピードを維持したまま、エイキングへと一直線に猛進する。

 

「なにッ!?」

 

無防備にも一直線に突進するシュウに、エイキングは驚愕する。

 

(気でも違えたのか? 馬鹿な。歴戦の猛者・SIDE〈イレイザー〉がか!?)

 

あれでは狙ってくれと言っているようなものだ。あの加速では咄嗟のブレーキングも、カーブも効かないだろう。

 

「フッ、覚悟を決めたか!」

 

内心の動揺を悟られまいと、エイキングは嘲笑うように叫んで、黒雲を呼び寄せる。

何らかの作戦を立てているにせよ、本当に気違えたにせよ、自分に出来ることは稲妻を呼び、彼の戦士に叩き落す事のみ。

いかなSIDE〈イレイザー〉といえど、稲妻の持つ膨大なエネルギーに耐えられるはずもない。勝負はほんの一瞬で決まる。

 

「走れ、稲妻!」

 

エイキングは、シュウが次の一歩を踏み出す地面へと稲妻を走らせた。

その刹那、シュウは、背中に背負ったクレイモアを絶縁体の鞘から抜き放つや、大剣を前方へと放り投げた!

 

“ババババババババッ!!”

 

一瞬遅れて轟いた雷鳴は、シュウの足元ではなく彼より1メートル前方にて響いた。

シュウが放り投げたクレイモアは避雷針の役目を果たし、稲妻の軌道を主人ではなく自身の方へと向けさせたのだ。

空中で落雷に遭ったクレイモアは、膨大なエネルギーに打たれて蒸気を上げ、地面に突き刺さる。

1メートルの距離を一瞬で詰めたシュウは、地面に突き刺された大剣を抜くや、振りかぶり、地を蹴った。

 

「ハアッ!」

 

“斬”

 

爆発的呼吸とともに放たれた、必殺の一撃。

真一文字に切り裂かれたエイキングの胴体を、シュウはトドメとばかりに蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

「キィ――ッ!」

 

放たれたレイピアの鋭い刺突を、ことごとく手にしたナイフの刀身で捌きながら、春麗は時に捻りを入れ、時に刃を突き出して反撃を試みる。

しかし、如何せんレイピアとナイフでは間合いが違いすぎた。

春麗がレイピアに対してそうするように、蜂女は刀身で相手の斬撃と刺突を見事にいなし、彼女に反撃への糸口を与えようとしない。

一太刀でも与えようものならば、やはりその間合いの差から一気に攻勢へと転じられるのだが……

 

「うふふふふ、どうした、紅・春麗? 噂のSIDE〈イレイザー〉の実力とはその程度なのかしら?」

「あら、“その程度の実力者”に今までことごとくやられてきたのは、どこのどちら様方だったかしら?」

「私を他の連中と一緒にしないことね。女怪人の意地にかけて、たかが戦闘員のあなたには負けられないの!」

 

言葉とともに放たれる、レイピアの連続突き。

改造人間の膂力から放たれた秒間10発もの刺突は、1秒後すれ違った時には、相手を確実にミンチにする。

 

“キィンッ キィンキィンキィィィンッ!”

 

放たれた4撃はすべて刀身で捌いた。

では、残る6撃は――――!

 

“キキキキキィィィィィン!”

 

5撃をクリア。

そして、最後の1撃。

 

“ガキィィィィィィンッ!!!”

 

レイピアの刺突を受け止めたナイフの刀身に、とうとう亀裂が入り始める。

いかに〈ショッカー〉の技術で鍛錬された特殊合金も、同じ材質で出来た武器を、自分以上の膂力で操る敵には叶わない。

このまま守勢に回り続けていて、あと何合保つやら……刃が砕け散った時、それはすなわち春麗の死を意味する。

春麗は、一か八かの賭けに出た。

 

「はっ」

 

レイピアを受け止めた反動をも利用して大きく後ろへ跳び、空中で一回転をするや一気に突撃。

まるでチーターが地を這うが如くしなやかに、そして力強く駆ける彼女が放つのは、玉砕覚悟のナイフによる斬撃。

蜂女は当然それを迎え撃とうとレイピアを構えて……失敗した。

春麗の手元で何かが煌いたかと思った刹那、レイピアの切っ先に何かがぶつかり、その先端はあらぬ方向を向いてしまったのだ。

そのぶつかった何かが、春麗が指で弾いた硬貨……暗器・羅漢銭だと悟った時、すでに春麗は蜂女の懐へと接近していた。

 

(暗器は苦手なんだけど…成功したみたいね)

 

してやったりと、微笑む間もなく春麗は蜂女の顎目掛けて発剄の限りを篭めた少林拳・通天砲を放つ。

鉄拳が顎に炸裂し、仰け反ったところで素早くその拳を引き、踏み込みも深く、もう片方の掌底で蜂女の腹部に向かって必殺の猛虎硬爬山!

流れる大河の如き連続撃を受け、蜂女の軽い体躯は空へと舞った。

 

 

 

 

 

4人のSIDE〈イレイザー〉の中で、もっとも戦闘が膠着していたのはバネッサだった。

2人の改造人間は、互いに5メートルほどの距離を隔てながら、迂闊に近づけないでいた。

バネッサは蜘蛛男が至近距離から放つ蜘蛛の糸や毒針を恐れて、蜘蛛男はバネッサの接近戦における爆発力を恐れて、互いに間合いを崩す事が出来ないでいる。

意外に思われるかもしれないが、スナイパーにとって腕力は必要不可欠な要素である。一般的にスナイパー・ライフルと呼ばれているライフル銃は大半が特注品のヘヴィー・バレルを使用しており、重量が6キロを超える物は当たり前に存在する。そうした超重量のライフル銃を、何時間…時には何十時間も構えていなければならないスナイパーの腕は、当然高い腕力がなければ務まらない。

ゆえに、それだけ高い腕力を持つスナイパーに対して、迂闊に格闘戦を挑む事は愚挙に等しい。格闘戦を挑むにしても、相手の腕力がどの程度であるか、まずは見極めねばならない。

結局、蜘蛛男がバネッサに対して選んだ攻撃手段は、毒針を飛ばし続けるというものだった。毒針の弾幕を張ってバネッサを近寄らせず、ひたすら好機を待つ姿勢である。

 

“ターンッ”

 

バネッサの構えるドラグノフが咆哮し、たった今しがた蜘蛛男が放った毒針が粉砕する。

他の3人の〈イレイザー〉や2人の仮面ライダーと違って、強力な怪人に対して有効な攻撃手段を持たないバネッサもまた、距離を測りかねていた。

放たれる毒針を避け、時に撃ち落しながら、彼女は己の非力さに歯噛みする。

手にしたドラグノフに装填されている7.62m×54R弾は、狙撃銃用の極めて強力な弾丸である。人間であれば手足にでも命中しない限り、ほぼ確実に1発で仕留められる威力を持っているものの、改造人間に対してはそれが当て嵌まらない。

これまで経験してきた任務の中で、7.62mm×54R弾が怪人に対して効果がないのは実証済みだった。せいぜい最前線で戦う北斗やランバート少佐などを援護するために頭部に命中させて、一瞬だけ動きを止めるぐらいである。アサルト・ライフルのように連続して一箇所に集団させることが出来れば、話も違ってくるだろうが、得物の性質上それも不可能。

よってバネッサは、いつ終わるともしれぬジリ貧の長期戦を覚悟で、一定の距離を保ちながら戦っていた。

しかし、その長期戦の趨勢は戦いが始まる前より決まっていた。

片や体内で無限に毒薬を、針を精製し、発射する蜘蛛男に対して、時にソレを撃ち落すドラグノフの弾数はあらかじめ10発と定められている。

7本に1本のペースで毒針を撃ち落すバネッサだったが、残りの弾はあと3発。彼女のスタミナも衰えてきている現状を省みると、あと15本放たれた時、ドラグノフは弾切れを起こす。

バネッサがアサルト・ベストの箱型弾倉に手を伸ばした瞬間を、蜘蛛男が見逃してくれるかどうか……

 

“ターンッ”

 

あと2発。

徐々に追い詰められつつあるバネッサは、咄嗟にバックアップ用の自動拳銃に手を伸ばそうとして、やめた。

ヒップホルスターに納められているワルサーPPKの装弾数は7発。弾丸の威力はドラグノフよりもはるかに劣るので、1本の毒針を撃ち落すのに2発は必要だろう。実質3本の毒針しか撃ち落せない。それでは、悪足掻きもよいところではないか。

 

“ターンッ”

 

残り1発。

何かないだろうか…何か……奇しくもそれは蜘蛛男もまた考えていたことだった。

ただし、バネッサと蜘蛛男とで違うのは、懊悩の果てに蜘蛛男は決断を下したという事だった。

 

(一か八か、ドラグノフの弾が切れた瞬間を狙って、接近する)

 

バネッサの腕力がどれほどあるか分からない現状では玉砕覚悟の、しかし、勝負の趨勢を一気にこちらへと傾けうる乾坤一擲の攻撃。

 

“ターンッ”

 

ドラグノフが最後の弾を撃ち、機関部が“カチリッ”と乾いた音を鳴らして、弾切れを知らせる。

蜘蛛男は、突貫した。

両腕をわきわきと動かしながら、5メートルの距離を一気に詰める。

バネッサがアサルト・ベストから予備の弾倉を取り出す間もなく、蜘蛛男は爪を振るった。

 

「ッ!」

 

咄嗟にドラグノフのボディで爪を受け止めるバネッサだったが、彼女の体重36キロはその衝撃に耐えられず、踏ん張りの甲斐なく吹っ飛ばされてしまう。

器用にも空中で一回転をし、なんとか立て直すバネッサだったが、その両手はドラグノフを手放してしまった。しかも地面に転がったドラグノフは、蜘蛛男の毒針によってか溶解を始めている。

現時点における自分の最大の武器を失い、バネッサは一気に窮地へと叩き落とされた。

バネッサの腕力がどの程度のレベルにあるのか未だ不確定とはいえ、この事態は蜘蛛男の自信を助長させた。

 

(ヤツは最強の武器を失った。ヤツの力がどの程度かは知らないが、少なくとも決定的な反撃はあり得まい)

 

事実そうなのだから、彼女が心の声を聞けたならぐうの音も出まい。

バネッサは咄嗟にヒップホルスターからワルサーPPKを引き抜き、迫り来る蜘蛛男に向かって撃った。

 

“パパパパパパパンッ!”

 

北斗やシュウ達の射撃と比較して、バネッサの射撃は“量”よりも“質”を重視する部分がある。スナイパーとして一弾必殺を心得ているのだろうが、改造人間を相手に、通常弾で一弾必殺はあり得ない。

よって改造人間……特に怪人を相手にした場合、頼りになるのは相手の急所へ確実に命中させる正確性よりも、短時間により多く命中させる早撃ちのテクニックである。

あっという間に7発全弾を使い切ってしまうが、威力の弱い拳銃弾の悲しさ。蜘蛛男の進攻速度が衰えることはなかった。

 

「死ねぇッ、バネッサ・キースリング!」

 

蜘蛛男が己を奮い立たせるように咆哮し、彼の者の鋭い爪が、バネッサに襲い掛かる。

右側の腕をワルサーのグリップで打ち、なんとか攻撃を防ぐ彼女だったが、左右の腕から同時に放たれた攻撃は、片方を防いだところであまり意味はない。右からの攻撃を防ぐので手一杯の彼女を、蜘蛛男の爪は容赦なく左側から襲った。

 

“ザシュッ”

 

いつだったか、北斗に襲ったことのある体裁きで身を捻り、攻撃を回避するバネッサ。

アサルト・ベストの生地がズタズタに裂け、迷彩色の布地が散り散りに舞っていく中、彼女は蜘蛛男の間合いから抜け出し、なんとか体勢を立て直す。

 

「チィッ、往生際の悪い……」

 

たしかにその通りだ。今更体勢を立て直したところで、もはや自分には蜘蛛男を倒すための手段はない。ならば、ここは潔く敗北を認めるのが筋というものではないのか。

別に蜘蛛男に殺されろ、というわけではないのだ。勝てないことは明白なのだから、このまま逃げの一手に回り続け、手の空いたメンバーの救助を待ってもよい。むしろ、その方が確実だ。

そんな事は自分でも分かっている。

分かっていながら、自分は立っている。

立って、勝てる見込みのない敵を倒そうとしている。

何故、苦痛を堪えてまでそんなことをするのかと問われたら、答えは明白だ。

プロのスナイパーとしての意地に、他ならない。そして、自分をスナイパーとして育て上げた北斗に、顔向けが出来ないという思いが、バネッサを蜘蛛男に挑ませていた。

 

(……それに、ここで負けたら、もう2度とホクトに会えないじゃないですか!)

 

初めて自分が心から愛した人。

初めて出会ったその時も、最後に顔を会わせたその時も、必死で自分を守ろうとしてくれた人。

――あの時、もしかしたら彼は自分を庇って死んでしまったのかもしれない。稲、もしかしたら彼は自分の知らないところで生きているのかもしれない。

バネッサは、自分が実年齢ほど大人……とは、思っていない。むしろ自分は子供だと、自覚している。

自分は子供だから宙ぶらりんな状態が許せない。彼が生きているのか死んでいるのか、はっきりさせねば気が済まない。

せめて彼の生死がはっきりするまでは、自分はきっと、死んでも死に切れないだろう。

そして、もし彼が生きているのなら……その時は、満面の笑顔で彼を迎えてやりたいではないか!

 

「往生際が悪くて結構…」

 

だからバネッサは立つ。北斗の思いを、決して無駄にせぬためにも。

だからバネッサは挑む。なにより、自分はまだ北斗から教わったすべてを出し切ってはいないのだから。

 

(――効くかどうか分からないけど……)

 

目の前の蜘蛛男の肉体は頑強だ。

しかし、もしかしたら北斗から教わったあの技なら……例え接近戦であっても、蜘蛛男を仕留められるかもしれない。

SIDE〈イレイザー〉に正式に入隊する以前、バネッサは北斗によって戦闘員として鍛えられた。彼女と北斗との馴れ初めを知るランバート少佐による人事選定で、結果的にそれは成功し、現在の〈ショッカー〉最強のトップスナイパー・バネッサ・キースリングがいる。

バネッサはスナイパーとしての訓練を受ける傍ら、北斗から万が一の場合における格闘戦の手解きを受けていた。そしてその際、彼女は彼から教わったのだ。

かつて闇舞北斗が最強の技としていた、2本の牙のうちの、1本を……

その時のバネッサの動きは、蜘蛛男の眼にはどう映っただろうか。

一瞬にして身を低くし、奇妙な予備動作をとったバネッサは、刹那、まるでF1のスタートダッシュのように、一気に踏み込んだ。

蜘蛛男とバネッサを隔てていた距離があっという間に縮まり、しかし、蜘蛛男はバネッサの拳が眼前に迫るまで、その事に気付かなかった。

 

「ッ!?」

「……これが北斗直伝の奥儀です!」

 

――吼破・水月。

中国拳法の秘儀・箭疾歩を応用して放たれた拳は、相手に防御をとる間も与えず、炸裂する。

達人ともなれば箭疾歩から放たれても、驚異の反射神経、内功の極み、外功の極みなどを用いて、回避することも可能だろう。

しかし、蜘蛛男は改造人間ではあったが、機械化された感覚器官は、そうした超人の感覚を得るには至らなかったらしい。

蜘蛛男は、それこそ弾丸のように飛んだバネッサの拳を顔面に受け、無抵抗のまま宙を舞った。

 

 

 

 

 

それぞれがそれぞれ、めいめいの方法で弾き飛ばされた6体の改造人間は、空中で衝突し、1体の爆発を封切りに次々と誘爆していった。

残る改造人間はあと2体。第1中隊隊長・アルマジロングと、討伐大隊長・ギリザメス。

そして、この2体と戦う者は―――

 

 

 

 

 

「ガブガブガブゥ――!」

 

ギリザメスの左腕の刃が、1号ライダーの喉を裂こうと襲い掛かる。

無駄な動きは極力控え、アウェーで避ける1号ライダーだったが、ギリザメスは間髪入れずに鼻を突き出して攻撃。

ギリザメスの鼻には、小型ながら岩をも貫くドリルが装備されており、まともに喰らえば仮面ライダーの胸部装甲・コンバーターラングとて無事ではすまない。

状態を反らしたままの不安定な姿勢で、しかし1号ライダーは反撃を試みた。

足を突き出し、ギリザメスのドリルが到達するよりも早く、相手を蹴飛ばそうとする。

 

「うおッ!」

 

体重の乗っていない、軽い一撃。しかしその分無駄な力が入っておらず、速度自体はかなり速い。また、鼻と足とのリーチの差もあって、1号ライダーのキックはストレートに炸裂した。

腹を蹴られ、思わず退くギリザメス。

1号ライダーとの間に距離をとろうと、海の生物の改造人間は口から炎を吐き出した。炎の舌が大地を舐め、1号ライダーに襲い掛かる。

いかに仮面ライダーといえど、超高熱に長時間身を晒しているのは危険といえた。

1号ライダーは跳躍し、炎から逃れようと空へと舞った。

 

「ガブガブガブゥ――!!」

 

1号ライダーが空中へと逃れた直後、ギリザメスもまた1号ライダーを追って空へと躍った。

 

「いくぞ、仮面ライダー!」

 

未だ跳躍の最高点にいたらない1号ライダーに、ギリザメスは突撃する。

左腕の刃を、鼻のドリルを怪しく光らせ、空中で襲い掛かる。

対して、迎え撃つ1号ライダーは―――

 

「ライダァァァパアンチ!!」

 

ギリザメスの刃を、ドリルを砕かんとする鉄拳が、銀色の閃光となって夜空を走る。

 

 

 

 

 

一方、アルマジロングと対戦する者……仮面ライダー2号は。

 

「弾丸スクリューボール!」

 

アルマジロングの肉体が変形し、1発の砲弾となって夜空を滑る。

自重と飛行速度、自身の回転から生み出される運動エネルギーの破壊力は強烈で、“力”の2号を持ってしても防ぐ事は不可能……の、はずだった。

 

「ウォォォォォォオオオッ!」

 

2号ライダーは、大胆にも弾丸スクリューボールの回転を止めようと、両腕で空中砲弾に挑みかかった。回転の摩擦で特殊合成繊維のグローブが裂け、その下に隠された飛蝗を思わせる甲殻の手から、鮮血が迸る。

身を削られる苦痛に耐えた甲斐あってか、砲弾の回転は徐々に緩やかになっていった。

 

「ヌゥッ!」

 

自身の回転が急速に鈍くなっていくのを、文字通り肌で感じ取ったあるマジロングは、一度変形を解除し、距離をとって体勢を立て直そうと身をよじらせる。

しかし、それは叶わぬ事だった。

あるマジロングの回転が緩まるのと反比例して、2号ライダーの指に力が篭もる。

裂けたグローブから露出した飛蝗の爪が、アルマジロングの強化外殻皮に食い込む。

もはやアルマジロング単独では自力で脱出できぬほどの万力で締め上げられ、いつしか弾丸スクリューボールの回転は止まっていた。アルマジロングの特殊強化外殻皮膚に、亀裂が走る。

 

「ヴアッ、ヴアッ」

 

アルマジロングの変形は、強制的に解除された。

噴出した鮮血で、より一層赤く染まった両手が、あるマジロングの身体を天へと掲げる。

その光景は、さながら古代の預言者が、信仰する神に供物を捧げるようにも見えた。

不意に、アルマジロングの身体から重力が消失した。

(投げられた……!)と、思った瞬間にはすでに遅かった。

 

「トォォォォォォオオオッ!!」

 

力強い跳躍に大地が震え、土煙が上がる!

近くにあった樹木から、緑色の衣が剥ぎ取られ、赤い閃光が地から天へと昇る!

アルマジロングは、慌てて弾丸へと変形しようとした。もとより攻撃を期待しての変形ではない。自分の弱点……腹部を守るための変形だった。

特殊人工骨が折れ曲がり、強化皮膚が全身を鎧のように覆おうと変形を開始――――――したところで、彼のファイターは咆哮した。

 

「ライダアアアアアアパアンチッ!!!」

 

赤い炎が夜空を煌き、出来損ないの砲弾を貫いた!

 

 

 

 

 

「グゥッ!」

「チィッ!」

 

空中で激突した2人の改造人間は、互いにそれなりのダメージを与えて着地した。

1号ライダーのライダーパンチは、ギリザメスの鼻のドリルを破壊し、他方、ギリザメスの刃は1号ライダーの右腕を切り裂き、互いに武器を失った2人は、しかしギリザメスの方は勝利の確信に内心浮き足立っていた。

ギリザメスはライダーキックを無効化する必殺の『キック殺し』を修得している。ゆえに、ギリザメスには仮面ライダーの多彩なキック技がまったく通用しない。かつて、仮面ライダーに敗北を喫したときも、トドメの技はライダーきりもみシュートだった。

利き腕である右腕を傷つけられた以上、当のライダーきりもみシュートもライダーヘッドクラッシャーも、もはや使うことは出来ない。左手のライダーチョップやパンチでは、自分に致命的な一撃を与えるのは不可能だ。

決定的な一撃が繰り出せない以上、もはや1号ライダーはギリザメスのなすがままになるしかない。

そう確信していただけに、次の瞬間のギリザメスの驚愕は大きかった。

 

「トオ――――――ッ!」

 

1号ライダーは……跳んだ。

ただの跳躍ではない。

ライダーキックを繰り出すための、特徴的な跳躍だった。

 

「なっ、血迷ったか本郷猛!?」

 

天高く飛び立った戦士は、黒き海にぽつりと浮かぶ細い三日月に、その影を重ねる。

ほっそりとした三日月はまるで舟のようで……その光景は、『竹取物語』に登場する月からの使者達を連想させた。

……ただし、今宵舞い降りる月よりの死者達は、かぐや姫を迎えるために来訪したのではない。

三日月の舟より降りた2人の戦士(・・・・・)は、〈ショッカー〉の改造人間に“死”を与えるために、来訪したのだ。

 

「……2人だと!?」

 

1号ライダーの隣には、アルマジロングを撃破し、そのまま滞空を続けていた2号ライダーの姿があった。

 

「いくぞ、本郷!!」

「おう!」

 

それは2人の戦士が持つ、最強の奥儀。

ギリザメスがいかにキック殺しを会得していようと、その技を無へと帰すことは出来ない。

地上最強のキックを修得した2人が繰り出す、その必殺の蹴りには――――――!!!

 

「ライダ――――――ダブルキィィィィィィイイイック!!!!!」

 

――旋風が、轟く!

―――竜巻となって、戦場を吹き荒れる!!

――――銀と赤の二条の閃光が煌き、ギリザメスの胸部に炸裂した!!!

 

「グッ……オノレェェェェェェエエエ―――――」

 

ギリザメスの怨磋の叫びは、吹き荒ぶ風に掻き消され、戦士達に届くことはなかった……

 

 

 

 

 

“グゴゴゴゴオオン!!!”

 

2人の仮面ライダーのライダーダブルキックを受け、ギリザメスが爆死したその瞬間は、SIDE〈イレイザー〉討伐大隊が完全壊滅を遂げた瞬間でもあった。

荒れ果てた戦場に立っているのは、討伐大隊を撃破した6人の戦士達のみ。

戦いを終えた戦士達は、かつての強敵同士という関係も忘れ、同時にふっと勝利の微笑みを見せた。もっとも、2人の仮面ライダーはマスクの下であったため、具体的な表情の変化は分からなかったが。

やがてクレイモアも、弾丸をキープしていた帯もはずし、身軽になったシュウは、2人の改造人間に向かって両手を差し出す。

1号ライダーも、2号ライダーも、躊躇なくその手を握った。

 

「……さっきも言ったけど、本当にありがとう。君達が来てくれなかったら、多分僕達は全滅していた」

「いや…俺達の力なんてちっぽけなものだ」

「そうだな。突出した特殊能力を持たない戦闘員の身で、怪人を倒すお前達の力……むしろ、手は出さなかった方がよかったか?」

「そんな……僕達4人だけじゃ、さすがに荷が重過ぎる相手だったよ」

 

シュウが見る者の心を和ませる穏やかな笑みを浮かべ、つられて2人も屈託のない笑みを浮かべる。改造人間という非業の存在でありながら、そんな笑顔を浮かべられる2人に、シュウは少なからず好感を抱いた。

シュウを握る2人の手は、すでに仮面ライダーのそれではなかった。

SIDE〈イレイザー〉の目の前には、本郷猛と一文字隼人の、2人の青年の姿があった。

 

「写真では何度も見たけど…やっぱり実物もイイ男ね」

「はははっ、そいつはどうも。あんたこそ、SIDE〈イレイザー〉の紅・春麗は現役モデルとは聞いていたが……すごい美人だな。俺は女は写真に取らない主義だが、カメラに収めてみたくなってきた」

「うふふ、お褒めにあずかり恐悦至極。私も、あなたとなら良い仕事が出来そうね」

 

持ち前の明るさと、社交的な性格から隼人はもう春麗と笑顔で言葉を交わしていた。カメラマンとしての血が騒ぐのか、現役モデルと会話する彼の表情はどこか溌剌としている。

春麗も満更ではないか、カメラマン・一文字隼人が撮影した紅・春麗の写真集が世に出回るのは、そう遠い日ではないのかもしれない。

 

「……あなたに助けられたのはこれで2度目ですね。ありがとうございます、本郷猛」

 

日本式に腰を折って礼を言うバネッサ。

対する本郷は、やや遠慮がちに首を横に振った。

 

「いや、助けられたのは俺達の方かも知れん。君達のおかげで〈ショッカー〉日本支部の戦力を著しく削ることができた」

「そう言ってもらえるとわたし達も助かります。〈ショッカー〉も、あれだけの大部隊を編成するとなると、相当時間がかかりますから、しばらくはあれ以上の部隊が送られてくることはないと思います」

「そうだと良いが……ところで、ずいぶんと上手な日本語だね?」

「はい、ホクトに教わりました」

 

バネッサが北斗の名を口にした直後、本郷は表情を硬化させた。

 

「闇舞北斗…SIDE〈イレイザー〉最強の男、か。すまない、思慮が欠けていた。君の気持ちも知らずに……」

「いえ、構いません」

 

そう言うバネッサの表情は、言葉とは裏腹に暗い。

口ではどう誤魔化しても、やはり北斗のことが心配なのだろう。

 

「あの後、俺達も彼を探してみたんだが、結局見つからなかった。君は、彼とは……」

 

本郷はその先の言葉を継ぐのを躊躇った。

彼の意図を読み取ったバネッサが、乾いた笑みを浮かべる。痛々しげな微笑は、本郷の心をナイフのように突き刺した。

 

「…どうでしょうね? 彼がわたしの事をどう想っていたのか……多分、恋愛対象としては見ていなかったと思います。でも、そんなことはこの際関係ないんです」

「?」

「少なくとも、わたしはホクトを愛しています。それだけで、わたしは十分です」

「……そうか」

 

ホクトに対するバネッサの一途な想いになにを思ったのか、本郷は静かに目を瞑った。

この時、本郷のサイクロンが彼の元へゆっくりと近寄ってきたかと思うと、シート下の収納スペースが露わとなって、本郷はそこから“ある物”を取り出した。

バネッサが件の物を見て、驚愕の表情を浮かべる。否、バネッサだけではなかった。シュウも春麗も、ミスリムですら僅かであったが眉根を動かした。

――それは、何かの機械だった。

中心部に円形の穴が空いており、その上部にはメモリーカードを入れると思わしき挿入口が4つ、深い溝を作っている。下部にはスイッチと思わしき物が付いており、銀色のボディがキラキラと輝きを放っていた。

まごうことなき、『太陽の欠片』を喪失した『M.R.ユニット』。

闇舞北斗に、今生唯一にして最後の変身を果たさせた、瞬間生体改造装置。

 

「本当は俺達の方で修理して、戦力にしようと思ったんだが……今となっては、彼の形見になってしまったからな。コレは、キミに渡しておこう」

 

本郷は、バネッサではなくシュウの目を見ながら言った。

現時点におけるSIDE〈イレイザー〉のリーダーともいえるシュウが、小さく頷いたのを確認して、本郷はバネッサに『M.R.ユニット』を差し出す。

バネッサは、少し躊躇った後……

 

「最後の置き土産が兵器だなんて……彼らしいですね」

 

差し出された件の機械を、彼女は受け取った。

 

「――でも、訂正してください。わたし達はホクトが死んだなんて思ってません。だから、コレも形見なんかじゃありません」

 

少し拗ねたように言うバネッサ。

あまりにあどけなく、子供っぽい表情に、本郷も隼人も、見慣れている3人ですら心を和ませる。

 

「コレはホクトから貰ったことにします。もし後から返してくれ……なんて言われても、絶対返さないんですから」

 

その時は、もしかしたら永遠に来ないのかもしれない。しかし、それでもバネッサは待ち続けるだろう。

闇舞北斗が、再び自分の前に現れる日を……

バネッサをよく知る3人はもとより、本郷も、隼人も、そう確信出来るほどに、バネッサの表情は穏やかだった。

 

「――さ、この話はそろそろ切り上げましょう。……それより、早く留美さんに戦闘が終わったことを伝えないと…」

 

暗い気分を一転させるように、バネッサが言う。

まるで子供同然に駆け出す彼女の後に、5人も続こうとした。

しかし、その時、彼ら改造人間の鋭敏な感覚が、山小屋の中で生じた異変を伝えた。

気配が……ない。

山小屋の中に隠れ、潜んでいるはずの留美の気配が、完全に掻き消えている。

6人は顔を見合わせることもせず、一目散に駆け出した。

最初に山小屋に辿り着いたのは、変身すれば100メートルを1.5秒(時速240キロ)以上で駆け抜けられる、仮面ライダー1号・本郷猛。

掴んだドアノブを、半ば無意識のうちに握り潰して、本郷はドアを開いた。

 

「闇舞さんッ!」

 

しかし、そこに留美の姿はなかった。

薄暗い部屋のどこに視線を巡らしても、彼女の姿を捉えることは叶わなかった。

代わりに、彼は床の上にあってはならないものを発見してしまった。

後続の5人が辿り着き、彼らもまたそれを発見し、絶句する。

……山小屋の床には、直径2メートルほどの大穴が広がっていた。

 

 

 

 

 

戦場より数百メートルほど離れた森の中を、1体の改造人間が走っていた。

〈ショッカー〉の改造人間……モグラング。両刃の剣に改造された右手と、左手の鋭く巨大な爪を用いて地中を自在に掘り進む改造人間は、その能力を巧みに利用して、まんまと闇舞留美の誘拐に成功したのである。

地中を高速で掘り進むことの出来る逞しい腕に抱えられ、留美は、その拘束を解こうと必死に暴れるも、所詮彼女は普通の人間。彼女の力で拘束を解けるはずもなく、モグラングは留美の抵抗など気にすることもなく、一路アジトへと急いだ。

 

(早く…早くこの事を地獄大使様に報告せねばッ!)

 

元〈ショッカー〉最強の特殊部隊SIDE〈イレイザー〉と、〈ショッカー〉最大の敵である仮面ライダーが手を組む……それはまさしく、彼らにとって青天の霹靂であり、悪夢そのものであった。

どうにかこうして闇舞留美を確保できたものの、討伐大隊は全滅。いずれは彼女を取り戻すべく、彼らは自分を追ってくるだろう。そうなってしまったら、自分に勝ち目はない。

誘拐ではなく暗殺対象であった留美を、モグラングがさらった理由も、一重に彼自身の保身にあった。あの場で留美を殺害する事は可能だったが、その後の自分の末路は火を見るより明らか。万が一の時の交渉材料……否、人質として、モグラングは留美をさらったのである。

やがて1キロは走っただろうか、仮面ライダーのO・シグナルの索敵範囲外へと逃れたモグラングは、味との地獄大使と連絡をとるべく立ち止まった。

適当な場所に留美を放り、小型の高性能通信端末を取り出す。〈ショッカー〉技術陣が開発した通信機で、トランシーバーサイズながら交信距離は50キロを誇り、様々な周波数の電磁放射線を受信する事が出来る優れものだ。

 

「きゃっ」

 

地面に放られた留美が、苦痛を訴える。

モグラングはその声を無視し、アジトの通信室との交信を試みた。

 

(あれ…トランシーバー?)

 

やや涙目で、地面で打ってしまった腰をさすりながら、留美はモグラングが取り出した端末を見ていた。

それまでに現物を見たことがないので確信は出来なかったが、恐らく間違いないだろう。

何処の誰と交信するのか分からないが、その行為を許したら、バネッサ達には不利な状況になるのでは……?

直感的に悟った留美は、同時に何とかして通信を妨害しなければと、思った。しかし、ただの女にすぎない自分に、どうやって……?

何かないかと身の回りを探してみるが、早々都合よくそんな物が……見つかった。

懐をまさぐると、そこには全長20センチの鉄の塊があった。バネッサが護身のためにと持たせた自動拳銃……ワルサーP4。

幸いにしてこちらに背を向けているモグラングは、留美の挙動に気が付かない。

留美をただの小娘と思って侮り、背を向けているのだろうが、迂闊な行動だった。彼は、『窮鼠、猫を噛む』ということわざを、知らないのだろうか?

――否、そうではなかった。モグラングは暦とした考えがあって、背を向けていたのだ。

 

(――撃てない?)

 

留美は、拳銃を構えて愕然とした。

背中をこちらに向けているということは、撃つべきトランシーバーは前面でモグラングがキープしているということなのだ。背後からワルサーを撃っても、モグラングの広く強靭な背中が壁になってしまっている。

ならば、撃てる位置まで移動すればよいのだが……はたして、モグラングがそこまでの行動を許してくれるかどうか……。よしんば移動に成功したとしても、自分は今日が銃を持ったのは初めてというド素人。相手が改造人間である事を省みるに、トランシーバーは1発で破壊せねばならないが、はたして、それが自分に出来るだろうか。

 

(うぅ…自信ないけど……)

 

やらなければならないだろう。

自分が失敗したら、もしかしたらバネッサ達は――――

留美は、覚悟を決めた。

射撃位置まで移動しようと、ゆっくりと…なるべく静かに歩み出して……

 

「あうッ」

 

……転んだ。

さすがは都会っ子、山道には慣れていないようである。

前のめりになって倒れた留美に、一瞬だけモグラングが振り返る。『なにをやっているのだか』といった様子の彼は、生温かい憫笑を浮かべた。

異形の怪人に呆れられた事がショックだったのか、それとも転んだ痛みのせいか、鼻の先を泥で濡らした留美は涙目である。

もはや『闇舞留美は脅威になるような相手ではない』と、確信したのか、再び通信端末に視線を戻したモグラングは、今度こそ完全に油断し切って操作に没頭した。

地面に倒れ伏す留美の角度からは……見えた。

端末をいじるモグラングの股の間から、件の機械が覗いている。

留美は、チャンスをものにした。

残る問題は、留美の弾丸が命中するかどうかであるが……こればかりは、素人である彼女には天に運を任せるしかない。

 

(兄さん、私に力を貸して――!)

 

ワルサーの照準をトランシーバーに合わせ、留美は兄のことを思い浮かべた。

そして彼女は、トリガーを引き絞った。

 

“ドゥンッ!”

 

銃声を間近で聞くのは、初めてではない。

しかし、いつまで経っても慣れないなあ……と、留美は心のどこかで思った。

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な!?」

 

驚愕に大きく目を見開くモグラングは、粉々になったトランシーバーの残骸を信じられないといった様子で、凝視した。無意識のうちに口から漏れ出す言葉はわなないており、彼の同様の程が窺える。

 

「し、素人の撃った弾丸だぞ!? そう簡単に当たるはずが――」

 

しかし、現実は残酷であった。件の素人が放った弾丸は正確に命中し、トランシーバーを粉砕したのである。

相手は素人と、侮るべきではなかったのだ。その素人は、天才・闇舞北斗の血を引いた人間なのだから。

自分を誤魔化すのを諦め、現実を直視する事を決めたモグラングは、一転して鋭い視線で足元の留美を睨み下ろした。

 

「き、貴様〜〜〜」

 

怒りに震える改造人間は、足元の女に向かって軽い蹴りを放つ。本人にとっては“軽く”でも、喰らう方は生身の人間。腹部を蹴られた留美は、圧倒的な力によって、背後の巨木へと叩きつけられた。

 

「うッ……」

 

背中からぶつかり、背骨を中心に激痛が走る。肺の中の空気が急激に失われ、軽い眩暈に陥る。

 

「人質だからと手を出さなければいけしゃあしゃあといい気になりおって。許さん! やはり貴様はここで殺す!」

 

激昂したモグラングは、1歩、2歩と近付いた。留美を殺してしまった後の事を、考えるだけの冷静さを失っていた。

蹴られた際に留美が手放してしまったワルサーを拾い上げ、銃口を留美へと向ける。

今にもトリガーを引き絞らんとした、まさにその時――

 

「……ったく、気に入らねぇな。それがテメェの女の扱い方かよ?」

 

闇の底から、轟くような侮蔑の声が響いた。

背後からかけられた不気味な声に、モグラングは反射的に体ごと振り返った。高圧的だった表情が、一瞬にして恐怖のものへと変貌する。明らかに、仮面ライダー達のことを意識していた。

振り向くと、はたして結果は違っていた。そこには、トレンチコートを着た1人の男が俯き加減に立っているだけだった。

 

「……何者だ、貴様?」

 

予想に反して現れたのがただの男と知ると、恐怖で一瞬萎えかけた怒りが、再燃する。

男は、一目見れば幽鬼と見紛うような青年だった。一体いかなる人生を歩んできたのか、その双眸は暗く、生者ではありえぬ色をしている。

げっそりと削げ落ちた頬が、痛々しい。

長年にわたって荒んだ道を歩み、酷使してきたのだろう。コートの袖から覗く両手はどちらも傷付き、肉が抉れていた。

モグラングの嫌いなタイプだった。生きながらに死人のような男の目つきに、モグラングの怒りが増長する。

 

「何者だ……って、言われもなあ。別に大した人間じゃねぇよ。見ての通りただの人間、ただの男さ」

 

一体何がしたいのか、モグラングを挑発するように、男の口調は冗長であった。

火に油を注がれた改造人間は、怒り心頭する。

 

「ふざけた事を……」

 

声をわななかせる異形の怪物に、男は嘲笑うような冷たい笑みを浮かべる。実はそれは、してやったりという会心の笑みでもあった。

 

「ふざけてなんかいない。俺はいたって真面目だよ」

「いちいち言う事全部が癪に障る野郎だぜ……」

 

どういうわけかは知らないが、モグラングには目の前の男の何もかもが腹立たしかった。いつもはそうでないのに、なぜか今日、この瞬間だけは、世界の何もかもに対して無性に腹が立つ。

それは無意識下の逃避行動だった。『仮面ライダーとSIDE〈イレイザー〉に狙われている』という極度の緊張が、知らずモグラングの心にストレスを生み、深層意識が抑圧からの解放を求めて、少しでも緊張を紛らわすべく彼の改造人間を怒りっぽい気質へと変えていたのである。

ゆえに、モグラングは気付かない。

冷静さを欠いてしまった彼は、そもそもこんな真夜中に、山道を歩く男の存在自体が不可解であるという事にまるで気付いていない。

改造人間というグロテスクな異形の怪物との遭遇をはたして、平然としている男の態度に対して、何の疑問も抱かない。

そしてそれが、今後の彼の運命を決定づける重要な要因であることにも、彼は気付かなかった。

モグラングは、ワルサーの銃口を男に向けた。

『これ以上喋ると撃つぞ』という、威嚇の意思表示だった。

だが、銃の存在がまるで視界に入っていないのか、男はやはり表情を変えない。

そのすましたような冷笑は、モグラングの神経を逆撫でして、とうとう、モグラングの巨大な爪に比例した太さを持つ人差し指が、ワルサーのトリガーに掛かった。

 

「へっ、撃つのか? この俺を……」

 

さしもの男も、これには表情を動かした。けれどもその顔色は、銃口を突きつけられ、恐怖に怯える被害者のそれではなかった。むしろ銃を構えたモグラングを、哀れむように憐憫の眼差しを向ける、加害者のそれであった。

 

「その太い指でトリガーを引くのは大変だろうな…。よし、あと1歩近付いてやるよ。サービスしてやるんだから、はずすんじゃねぇぞ?」

「チッ、虚勢を張りやがって!」

 

1歩踏み込んで、あえて銃弾に身を晒してやろうと言う男の態度を虚勢ととったモグラングは、“フンッ”と鼻を鳴らした。

しかし、男の言葉は虚勢ではなく、偽りなき本当のことだった。彼は宣言通り、大股で1歩、進んだのである。

 

(コイツ…舐めやがって……)

 

モグラングの表情が、禍々しく歪んだ。ただの人間にすぎない男の、改造人間である自分に対する態度に、彼は怒った。しかし、怒り狂うまではいかなかった。改造人間である自分を侮蔑するこの男の表情を、恐怖に歪ませるための算段を講じるだけの冷静さは残していた。

狙うは男の右肩。銃弾を1発ぶち込めば、少しは減らず口も慎むだろうか。

ひとくさり笑った後、モグラングはついにトリガーを引き絞った。

 

“パンッ”

 

宣言通り男が踏み込んでくれたおかげで、相手との距離は2メートルもない。音速で飛来する弾丸は、コンマ1秒とかからずに、飄然と構える男の肩に命中――――――するはずだった。

 

「な……」

 

音速の弾丸は、寸前の虚空で消滅した。

 

(はずれた!? いや、ありえんッ)

 

彼我の距離は僅か2メートル。後ろを向いて撃つでもしない限り、はずすような距離ではない。

 

「チィッ」

 

モグラングは、再びトリガーを引き絞った。今度はよく目を凝らし、弾丸の行方を最後まで追った。

弾丸は、またしても虚空で消滅した。

ただ、弾丸の行方を追い、その末路を知ったモグラングは、愕然とした。

 

「馬鹿な……」

 

知らず、唇から呟きが漏れる。

トレンチコートの男は、この場にはそぐわぬ人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「うした? それで終わりかよ?」

 

男の掌の中で、“ジャラジャラ”と耳障りな音を立てて、鉛の弾丸が揺れ動く。

 

(弾丸が到達するまでの0.02秒の間に拳だけを動かし、あまつさえその弾丸を指で掴んだだと!?)

 

それは到底生身の人間が可能とする芸当ではなかった。飛来する弾丸を刃などで両断するならまだしも、衝撃波を伴って飛翔する弾丸を、指――それも手袋1枚着けていない生身――でキャッチするなど、生身の人間に到達出来る境地ではない。

ならば、生身の人間では到底不可能なソレをやってのけたこの男はまさか……

 

「そっちの攻撃は終わりか? じゃあ、今度は俺の番だな」

 

男が攻撃のために構えをとろうとした刹那、恐慌にかられながらもモグラングは、両手の武器を交差し、男へと挑みかかった。怪人としての、意地だった。

 

「オォオーゥ!」

 

左の爪が相手の体を挽き肉にし、右手の刃が男の首を跳ね飛ばす。すべてのアクションが終了するまでにかかる時間はほんの一瞬。男は、痛みすら感じる暇もなく絶命する……その、はずだった。

 

「遅いな」

「な……」

 

いつの間に背後へと回り込まれたのか、左手の爪が虚空を裂いた直後、男が一歩踏み込み、モグラングの背中を固く握り締めた拳で滅多打ちにした。秒間十数発。相手との距離を50センチと仮定しても、常人はおろかプロのボクサーですら不可能な数字である。

 

“ドスンッ”

 

地面に叩きつけられるモグラングの体。

先刻とは真逆に、留美の足元で倒れる彼は己が目を疑った。

 

(あり得ない…何だ、今の動きは? いつの間に回り込ん……いや、どの距離であれだけの拳を繰り出した!?)

 

我が目を疑うのはモグラングだけではない。

巨木を頼りに立ち尽くす留美もまた、信じられない、というような表情を浮かべていた。

この時、初めて男の顔が、留美にも露わとなった。

随分と変わってしまっていたが、男は彼女にも見覚えのある顔だった。

留美の脳裏に、ある人物の笑顔がよぎる。元気で溌剌とし、活気に満ちていたあの笑顔……目の前の男が浮かべる冷たい笑いとは似ても似つかぬものだったが、よく見ると根本的な箇所はどこも変わっていない。

そうだ、彼はかつて兄が親友と呼んだ男の子……

 

「小島、先輩……?」

「やあ、留美ちゃん。久しぶり」

 

十数年ぶりの再会を喜ぶかのように、男……小島獅狼は満面の笑みを浮かべた。かつて留美が見たものと、寸分違わぬ笑顔だった。

 

「なんで小島先輩が……」

「留美ちゃん、積もる話もあるだろうけど、それはコイツを倒してからにしようや」

 

そう言う獅狼の笑顔に、邪悪な気配はない。

地面に這い蹲るモグラングを、彼は蹴飛ばし、留美との距離を拡げた。

そして留美を守るようにして立ちはだかると、獅狼は眼前で両腕をクロスするという奇妙な構えをとった。

それはモグラングの潜在意識から“恐怖”の感情を呼び起こすに十分なポーズだった。

 

「変、身――!」

 

言葉とともに両腕が振り下ろされ、彼の男の体が、一瞬にして変貌を遂げる。

その一連のプロセスを垣間見て、留美は絶句し、モグラングは――

 

「ウグォアッ!」

 

――何の反応も許されずに、獅狼の貫き手を胸に受け、最後の時を迎えようとしていた。

 

「……馬鹿な奴だ。改造人間の肉体の優位性を考えずに、銃なんかに頼るからこうなるんだよ」

「き、貴様……」

 

今生の最後の瞬間、モグラングは真の絶望を味わっていた。

何もかもが圧倒的だった。パワーも、スピードも、あらゆるスペックが自身を上回っている。この立ち合いを百度やったところで、結果は全て徒労に終わるであろう。

モグラングの人工心臓を優しく握りながら、何を思ったのか、獅狼はそっとモグラングの体を抱き起こした。

もはや死を待つばかりの改造人間に向かって、獅狼は冷たく囁く。

 

「冥土の土産に、ひとつ味わってみな。これがお前達〈ショッカー〉怪人を超えた力……」

 

急速に、モグラングの胸の辺りが熱を帯びていった。高熱の発生源はモグラングの体ではなく、彼を抱く獅狼の胸。

 

「……〈ゲルショッカー〉合成怪人の力だ」

 

獅狼の胸から凄絶なる業火が噴出し、総身を焼かれたモグラングは、やがて絶命した。

鉄をも溶かす、復讐の炎だった。

 

 

 

 

 

いち早く留美の気配を察知し、彼女を見つけ出したのはミスリムだった。

現場に到着した彼は、そこで発見したモグラングの死体にまず驚愕し、次いで留美に事の次第を問おうとして、やめた。

シュウや春麗などと違って、彼は完全に日本語を解せない。そんな彼に、英語すらまともに話せない留美と話せなどと命ずるのは、酷すぎる話であろう。

ミスリムは、バネッサ達が来るのを待たざるをえなかった。

バネッサか本郷猛、一文字隼人のうち誰かが来なければ、文字通り話しにならないのだから。

 

「なんで……」

 

ミスリムには理解できない。

 

「なんで小島先輩が……」

 

子犬のように何かに怯え、震える日本人の呟きを、ミスリムは理解しようにもそれが出来なかった。

 

「どうして小島先輩が改造人間に……」

 

 留美の茫然とした呟きは、側にいる老人にその意味が伝わることなく、夜空へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

設定説明

 

 

 

“蜘蛛女”

 

全長:212cm 体長:176cm 体重:69kg

パンチ力:約1t

使命:闇舞北斗の組織への勧誘、および拉致

能力:口から絹よりもしなやかで鋼鉄の強度を持った糸を吐き、相手を絞め殺す。牙の間から吐く3種類の毒針

弱点:再生速度は早いが、肉体そのものは頑強ではないこと

基地:〈ショッカー〉日本支部

外見:『ZO』の蜘蛛女をベースに、〈ショッカー〉の蜘蛛男のパーツを加えたイメージ

 

柏木初穂が変身した姿。ナチス・ドイツ以前の技術をベースに改造されているため、スペック的には最新型改造人間より見劣りする。

しかしそれでも、柏木初穂の長年の努力と才能により絶大な戦闘力を誇り、自身の特殊能力も相まって、実力的には大幹部クラス改造人間に匹敵。太平洋戦争、朝鮮戦争にも参加して、組織内での地位を確立していった

口から吐き出す糸は鋼鉄並みの強度と、絹の如きしなやかさを併せ持った合成繊維で、相手の体を絡め取る他、そのまま相手の骨や筋肉を締め、粉砕するだけの圧砕力も持つ。また、牙の間から射出される毒針は連続発射や長射程は期待出来ないものの、人間大のサイズならものの1分で溶かし切る強力な溶解液や、像すらも5分で動きを止める麻酔薬、通常の物質では解毒不可能な神経毒など、3種類のバリエーションがある。

格闘戦も得意で、4本の腕は直径5センチにも満たない細腕ながら、横綱級の体当たりに匹敵する威力を持っている。4本の腕と4本の足から高い攻撃力と俊敏性を誇るが、反面肉体の強度や瞬発力は低く、改造人間にしてその身は通常のライフル弾でも損傷を与えることが出来るほど脆弱。

なお、蜘蛛女が北斗によって撃破されたことにより日本支部は大幹部不在の事態を招き、10数年後、そのまま放置していた上層部は、この後かなりの痛手を被ることになる(ちなみに、『仮面ライダー』第1話に登場した怪奇・蜘蛛男は、蜘蛛女の後継タイプ)。

 

 

“HASAG パンツァーファウスト150”

 

口径:150mm

全長:1045mm   重量:6.8kg

装甲貫通力:200mm   射程:150m

弾頭重量:3kg

初速:45m/s

 

第一次世界大戦が“戦車”や“航空機”といった新しい兵器を生んだ戦いならば、第二次世界大戦はそれらの兵器を完成の域にまで持ち込み、それらの兵器に対抗する武器を生んだ戦いだった。

――第二次世界大戦末期、ドイツはアフリカ戦線において捕獲したアメリカの『M9バズーカ』を参考に(異説あり)、対戦車ロケット射出器を開発した。『HASAG・パンツァーシュレック』である。当時、運動エネルギーではなく化学エネルギーを利用した成型炸薬弾は完成しており、このパンツァーシュレックも、そうした成形炸薬弾を使用することにより、命中すれば当時のほとんどの戦車の装甲を貫通するだけの威力を持っていた。

パンツァーシュレックは、従来の対戦車兵器である地雷や収束手榴弾と比べて射程が長く、威力も対戦車ライフルを大きく上回ることから、あの総統ヒトラーに「もはや戦車は戦術的価値を失った」とまで言わしめた傑作であった。

しかし、パンツァーシュレックは傑作であると同時にいくつかの欠点も抱えていた。

射撃時の手順が複雑なうえ、二人一組での運用が不可欠であったこと。発射時に噴出される燃焼炎のため、射手は防毒マスクの着用が必須であったことなどである。しかし、これらの欠点はパンツァーシュレックの利点に比べれば些細なもので、なんら問題ではなかった。パンツァーシュレック一番の欠点……そう、それは“価格”である。

パンツァーシュレックは強力な兵器だったが複雑な構造をしており、高価だった。

パンツァーシュレックが開発された1943年、前年のスターリングラード攻防戦、エル・アラメインの戦いにおける敗北により、敗戦ムードへと雪崩れ込みつつあったドイツは、もはや開戦当初の経済力を維持することが出来ず、強力なパンツァーシュレックはあろうことか“品不足”という事態に陥ってしまった。

この、“品不足”を補うべく開発されたのが、使い捨て型の対戦車ロケット射出器……『パンツァーファウスト(戦車の恐怖)』である。

パンツァーファウストは製造コストを安くするため、極力単純な構造で設計された。部品は成型炸薬騨である弾頭と、弾頭を射出させる火薬を詰めた発射筒の2つのみで構成されており、実戦ではこれを小脇ないし肩に担いで、発射筒にある発射ボタンを押して弾頭を発射した。射程距離30mと、この射程の短さのみがネックであったが、パンツァーファウストはパンツァーシュレックと変わらぬ装甲貫通力を誇り(M9バズーカの2倍の威力)、対戦車火器の慢性的な不足にあえぐドイツ軍の切り札として1943年頃から順次部隊に配備された。

今回、北斗の使用した『パンツァーファウスト60』は、このパンツァーファウストの改良型である。パンツァーファウスト唯一の弱点であった射程の短さは、大戦後期になるにつれ『パンツァーファウスト60』で射程60m、『パンツァーファウスト100』で射程100mにまで改良され、『パンツァーファウスト150』で射程150mにまで昇華して、射程250mの『パンツァーファウスト250』を開発している間に、戦争が終結した。

……この兵器の終戦までの総生産数は670万基にも及んだ。

 

 

“北斗の格闘技”

 

武術には大別して2つの体系がある。『鬼哭街』をプレイした方や、『拳児』などの作品を読んだ方なら理解いただけると思われるが、そうでない人のために解説すると、膂力や瞬発力などの外面的、肉体的な強さを求めるのが外家拳法(少林拳、空手など)で、“気”の概念を導入し、呼吸や血流などを律することで、肉体の内面的な力を引き出すのが内家拳法(八極拳、太極拳など)である。

上記の作品では、圧倒的に内家拳法が外家拳法を上回っているように描写されているが、どちらがより強力で、より有利な戦い方ができるかといえば、それは一概に論ずることは出来ない。外家には外家の長所があり、内家には内家の長所があるから、どちらが真に最強の武術であるか、という結論は、容易には出せないのである。

しかしながら、修練にかける時間の長短においては、どちらがより優れているかははっきりとしている。

個人差はあれど、“気”という一部の人には神秘的以外の何物でもない概念を導入し、それを全身に巡らせ、鍛える内家拳は当然ながら極めるのに時間がかかる。対して外家拳法は、言い方は悪いが遊び半分でもそれなりの実力を獲得することが出来る。

毎日せっせと腕立て伏せをすれば胸筋は目に見えて肉体に備わってくるし、腹筋を鍛えれば徐々に腹筋は強度を増し、4つに割れ、6に割れ……という具合に強力なモノになっていく。

日に日に、目に見えて身に付いていくのが実感できる外面的な力と、目に見えず、もしかしたら身に付いていないかもしれない内面的な力……はたして、人情が求めるのはどちらであろうか?

北斗が裏社会に身を投じたのは9歳のこと。即実戦に活かせるようにと、彼は極めれば強力だが、それまでに時間のかかる内家拳よりも、即実戦に投入できる外家拳を求めたのである。

無論、彼は将来の事などは考慮していない。未来の事を考える暇があるぐらいなら、彼は技の一つでも覚えようとする。もしかしたら彼の肉体は、あまりに過酷すぎる外功によって限界に達していたのかもしれない。

 

 

“吼破・静月”

 

中国拳法の秘儀・浸透剄。衝撃を表面ではなく、内部へと浸透させる奥儀である。『とらハ』ファンには、“徹”と言った方が分かりやすいかもしれない。

吼破・静月は、この浸透剄を応用した北斗の必殺技である。肉体を外面的に鍛えるのは比較的容易であるが、内蔵や血管など、肉体の内面を鍛えることは通常の方法では難しく、また、人間の体を構成する要素の3分の2は水分であるから、体内を駆け巡る水分に衝撃を与え、波紋を生じさせることが出来れば、それは体内で1匹の見えない獣が暴れ回っているようなものである。

まさしく吼破・静月は、見た目こそ何ら変哲のない静かな突きなれど、相手の体内に獅子が吼えるかの如き衝撃を与える、必殺の拳なのだ。

しかし、それは相手が普通の人間であればこその話である。体内の器官を悉く機械のソレに挿げ替えた改造人間や、体内の水分比率そのものが人間とは異なった獣、異次元からの敵などに対して、吼破・静月は必殺技にはなり得ない。本話において、北斗が静月で蜘蛛女にトドメを刺せたのは、相手がパンツァーファウストの直撃を受けて弱っていたからこその結果なのである。

かくして、北斗は新たな必殺技を習得すべく奔走を始めるのであった。

そして、改造人間となったことで決定的に内家拳が使えなくなってしまった北斗が、過酷な修練の末得た技は……

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

 

 

北斗A「う…うぅ……こ、ここは……? ハッ! な、なんだここは!?」

タハ乱暴「HAHAHAHAHAHA!」

北斗A「な、お、お前は一体……!?」

タハ乱暴「私の名はタハ乱暴! 秘密結社〈ポッキー〉の首領だ!」

北斗A「秘密結社〈ポッキー〉……? ハッ、さては貴様『グ○コ』の手先だな!?」

タハ乱暴「HAHAHAHAHAHA……さて、それはどうだかね…ところで闇舞北斗君、ここがどこだか分かるかね?」

北斗A「なに? ……む、ここは手術室……とすると、俺が寝転がされているのは手術台!?」

タハ乱暴「HAHAHAHAHAHA……ご名答。キミは今から〈ポッキー〉の一員……改造人間になってもらう」

北斗A「な、なに!?」

タハ乱暴「キミは〈ポッキー〉の改造人間・お面ドライバーとなって日本の食卓征服を企む我々の尖兵となってもらう」

北斗A「くそうっ! 誰が〈ポッキー〉の手先などに……」

タハ乱暴「HAHAHAHAHAHA……もう遅いのだよ。闇舞北斗君、キミの肉体は首から下まで、すでに〈ポッキー〉の改造人間のものに挿げ替えられている」

北斗A「なっ……!」

タハ乱暴「HAHAHAHAHAHA……では、脳改造手術を始めろ!」

タハ・ランボー「ガンホー! ガンホー!」

北斗A「くっ! や、やめろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 

 

 

北斗B「――こうして出来たのが俺だ」

真一郎「嘘つかないでくださいよ……はい! Heroes of Heart 外伝、第11話、お読みいただきありがとうございました!」

北斗C「今回は俺が北斗Aから北斗Bになるまでの過去……第9話、第10話の分も総括した“あとがき”となっている。……ちなみに今回、残念なことにあとがきには北斗Aは登場しない。なにせ、彼は今、改造手術を受けている真っ最中だからな」

北斗B「お面ドライバーへのな」

真一郎「お面ドライバーはもういいですから……ところで、タハ乱暴はどうしたんです?」

北斗B「ん? あのクソ親父なら……ほら、夕凪と初穂に『よくも殺してくれたわね(ましたね)〜〜〜!!』って、追いかけられている」

真一郎「ああ……まぁ、SIDE〈イレイザー〉と違って、死んじゃったらもう出番ないからねぇ…」

北斗C「いや、出番がないというのはバネッサ達も同じらしいぞ。先日タハ乱暴が言っていたが、どうやらバネッサ達の出番はこの話っきりらしい」

北斗B「…そうなのか?」

北斗C「ああ……仮に出番があったとしても、最も近いところで外伝の最終話。その後は本編の……大分後半らしいな」

真一郎「ああッ! タハ乱暴のリンチにSIDE〈イレイザー〉も加わった!」

北斗C「子供には平等に愛を注いでやれ、ということだろう」

北斗B「留美、バネッサ、シュウ、春麗、ミスリム殿……またいつかどこかで会おう」

 

 

 

 

 

真一郎「話をあとがきに戻すけど、今回、話のメインは闇舞さんの過去でしたが、何か言いたい事とかあります?」

北斗B「いや、言いたい事は山ほどあるんだが……」

北斗C「とりあえず、懐かしかったな」

北斗B「ああ、まったく。あの頃は日本にマクドナルドなんて一軒もなかった」

北斗C「あの頃は俺もまだまだ無茶の出来る体だった」

北斗B「若かったなあ……」

北斗C「まったくだ」

B&C『ああ……懐かしい……』

真一郎「……途端に老けましたね」

北斗B「そう言う相川君だって、本編では24歳だろう?」

北斗C「昔は色々と出来たことが、今じゃほとんど出来ない……なんて事、あるんじゃないのか?」

真一郎「う〜ん……そう言われてみると……」

 

 

 

 

 

唯子「にゃはは、真一郎〜♪」

小鳥「真くん♪

さくら「先輩♪」

いづみ「真一郎様♪」

瞳「真一郎♪

弓華「シンイチロウ♪」

七瀬「しんいちろうクン♪」

 

 

 

 

 

真一郎「……あの頃はよかった……」

北斗B「だろう?」

真一郎「ええ……って、そうじゃなくて! 他になんかないんですか? 例えば小島さんと戦った時の感想とか……」

北斗B「感想と言われてもな……」

北斗C「あいつについては本編の独白やモノローグで何度となく語っているしな。今更あえて言うことなんて……」

北斗B「……いや! あるぞ!」

北斗C「なに?」

北斗B「戦闘ではないが本話のラストを改めて読んで思ったことがある!」

真一郎「それは?」

北斗B「〈ショッカー〉と〈ゲルショッカー〉とでは、どちらが給料が高いのか!?」

真一郎「……この、子供向け特撮ヒーローにあるまじき金に汚れた主人公めッ!」

北斗C「……その理論だと、不破も槙原も相川君も、主人公にはなれんなあ……」

北斗B「Hイベントがない事が条件になるからな」

 

 

 

 

 

真一郎「はあ…もういいです。じゃあ、最後に聞きたいんですけど……」

北斗B「ん?」

北斗C「なんだ?」

真一郎「いよいよ外伝は次回からクライマックスに入って、予定表によると4話で終わりに近づいていくわけですが、現代と、未来を生きる2人に、過去の自分へ一言お願いします!」

北斗B「……北斗A、改造人間になるというのも悪くないぞ。どれだけ酒を飲んでも酔わないしな…それに、俺は光やバネッサ達に出会えた」

北斗C「その時その時に、お前はベストな選択をしたんだ。お前は、何ら恥じることはない」

真一郎「……お言葉、ありがとうございました! ハイ、外伝第11話、お読みいただきありがとうございました!」






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