注)このSSは独自の設定に基づいて構成されています。原作とはまったく違う設定で書かれておりますので、そういったものが嫌いなお方はプラウザの『戻る』を押して下さい。それでも読んで下さる奇特な方は、どうぞ下へとお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――2002年・海鳴市――

 

 

 

 

 

「相川君っ! 危険だ。早く戻るんだ!!」

「バカッ! お前がいちばん危険なんだよ!!」

 

燃え盛る炎。

つんざく悲鳴。

幾重もの怒号。

灼熱の炎の中に、今にも飛び込まんという勢いのレッドハートを、イエローハート、ブラックハートが羽交い締めにしていた。

見れば、レッドハートのスーツは半壊しており、あと一撃でも食らえば命はないであろう状態だ。なにせ、装着者である“槙原耕介”の顔が包み隠さず見えている。

だが、自分の命以上に、耕介にはとある心配事があった。

それは――

 

「しんイチろウ、もうイいでス! ワタシのコトは放っテおいてくださイ!!」

 

たどたどしい日本語で、灼熱の炎の中、ひとりの少女が必死に叫ぶ。

少女を守るようにして立ち続ける少年は、ボロボロになりながらも首を横に振り、彼女の懇願を一蹴した。

この炎と熱さ、そして巻き上がる黒煙のためであろう。すでに彼の声帯は火傷を負い、上手く発声も出来ないでいる。

肺の中に吸い込まれた熱気が、少年を内と外から苦しめた。

 

「……無駄だよ弓華。知ってるでしょ? しんいちろうくんはそういう人だもん」

 

パープルハートのスーツを身に纏った少女……春原七瀬の言葉に、弓華と呼ばれた少女は絶望の表情を浮かべ、彼を見た。

少年……相川真一郎の着ている金色の鎧はすでにズタズタで、破損したヘルメットからは、熱さに苦しむ彼の素顔が見えていた。

 

「この炎の外で、みんなもちゃんと頑張ってる…。だから、弓華も頑張って!」

 

励ますパープル。

それは弓華に向けられた言葉にあるにも関わらず、ゴールドハート……相川真一郎は、何故か力が湧いてくるのを感じた。

 

“ドォオンッ!”

 

だが次の瞬間、突如として3人の身を巨大な爆発が、猛烈な烈風が襲った。

 

「!?」

「コ、こノ力は……!!」

「しんいちろうくん逃げてっ!!」

 

あまりの爆発のエネルギーに、真一郎達を囲んでいた炎すらもが消し飛ぶ。

周囲で消火活動を行なっていたみなの目が点になり、直後、ヘルメットに内蔵された特殊マイクによって拡声された悲鳴が轟いた。

煙が消え、中から出てくる3人。

しかし、そのうちの1人は…………

 

「…よかった……しんいち…ろ……くん」

「……は、春原先輩」

「…あ……ああ…………」

 

真一郎は声もない。

眼前の光景の、あまりの悲惨さのせいではない。まだ、声帯が回復していないのだ。

スーツの脱げた七瀬は、真一郎を庇う形で、2人に襲いくる爆炎を一身に受けていた。

それでも防ぎきれなかったのだろうか。真一郎のゴールドスーツも完全に壊れ、脱げてしまっている。

ふっと、七瀬の体が真一郎の胸へと倒れ込んできた。

その身をしっかりと受け止めて、真一郎は絶望した。

……その体はひどく熱かったが、同時に、ひどく冷たかった。

真一郎は、声をかけることもままにならなかった。

 

「……な……な…せ……」

 

やっとのことで絞り出した声は、その程度の響きにしかならない。

七瀬はふっと微笑むと、真一郎の後頭部に手を回し、自身の唇を真一郎の唇へと寄せた。

優しい、互いの温もりを感じ合うためのキス。

七瀬は唇を離すと、笑顔のままで、

 

「楽しかったよ…しんいちろうくん。……それから――」

 

 

 

 

 

「――ほんとに、好きだった。真一郎……」

 

……不意に、そして残酷に、彼女の腕から力が抜けた。

 

「う…あ…あ……ああ…………!!」

 

別れの言葉すら言えなかった。

溢れ出る涙すら拭う力も残っていなかった。

抱き締める彼女の体に、もはや体温はない。

 

「うああああああああああああああああっっ!!!」

 

真一郎は、ただ慟哭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart

~ハートの英雄達~

第九話「装着」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――海鳴市・翠屋――

 

 

 

 

 

「店長、8番テーブルのお客さんの料理、出来ました!」

「はい! 忍ちゃん、お願い!」

「あ、はい!」

「相川さん!」

「わわっ! 真くん、こっちちょっとだけ手伝って!」

「ゴメン! 無理!! ……松尾さん! エクアルの追加、お願いします!!」

 

雷龍に襲われた日から1週間後。

北斗がくれた薬が効いたのか、真一郎は驚異的な回復力を見せ、フィアッセと同じ日に退院した。

暦も3月に入ったからと、心機一転して仕事場に望んだのだが、ご覧の通り、翠屋はいつになく盛況だった。

とくに昼のラッシュは大変で、急遽、茶を飲みに来た忍までもが狩り出されるほどで……病み上がりの真一郎は、閉店時間にはヘトヘトになって休んでいた。

 

「お疲れさまです、相川さん」

「あ、うん。忍ちゃんもご苦労様」

「真くんもね」

「お、小鳥~」

 

小鳥が煎れてくれた紅茶のカップを受け取り、口に運ぶ。

口内に優しげな香りが広がった。

 

「これ、ハーブティー?」

「うん。だって真くん、まだ病み上がりだし」

 

小鳥は小鳥なりに心配してくれているのだろう。

なにせ、雷龍の稲妻を浴びて負った傷は、二度の火傷だったのだ。下手をすれば皮膚移植すら考えねばならないような事態であった。

さりげない小鳥の気遣いに感謝しつつ、真一郎はカップを傾ける。

ふと、忍の方を見ると、興味津々といった感じで、彼女はこちらを見ていた。

 

「どうしたの?」

「いえ、お2人はもしかして付き合ってるのかな~と」

 

『またか……』と思ってしまった。

もう何度目であろうか? この質問を受けたのは。

……50回を越えたところで数えるのを止めたのだったか?

記憶を反芻してみるがどうもはっきりとしない。

真一郎は、やむなくお決まりの台詞を言った。

 

「……ただの幼馴染だよ」

「うん。真くんとは昔っからこんな感じだよね」

 

正確には、少しだけ変わったように思える。

真一郎は小鳥をあまりからかわなくなったし、小鳥は昔より社交的になった。

何が2人を変えたのかは……自分達でもよく分からないでいた。

 

「……今時珍しいですね。その歳で男女の幼馴染が続くって」

 

少しだけ寂しそうな表情を浮かべる忍。

それに気付いた真一郎が、彼女に声をかける。

 

「……忍ちゃん? どうかしたの?」

「あ、いいえ。何でもありません」

 

努めて明るく振る舞う忍。誰が見ても、無理をしていた。

まだ日の浅い真一郎は知らなかったが、傍らの小鳥は大方の事情を知っているのだろう。心配そうな顔をして忍を見つめている。

彼女が悩みの種が、いまだ失踪中で発見されていない高町恭也にあることは、誰が見ても明らかだった。

そして、忍と同じように、その青年のことで無理に努める者がもう1人……。

 

「……桃子、先、帰るね」

 

明らかに意気消沈したフィアッセの声。

仕事中でのミスこそなかったものの、こちらもまたなにやら思い悩んでいることは明らかだった。

無論、当事者でない小鳥達にはそれが何なのか分かるはずもなかったが、少なくとも入院中に何かあったことだけは確かだった。

やがて真一郎がハーブティーを飲み終えたのを見ると、小鳥は手早く食器を洗って元の場所に戻す。

 

「小鳥、ほら行くぞ」

 

銀色のネームプレートのキーホルダーがかちゃかちゃと音を鳴らす。

真一郎は、バイクのキーを回しながら小鳥を促がした。

 

「じゃ、忍ちゃん。おやすみ」

「おやすみなさい」

「あ、はい。おやすみなさい、相川さん、野々村さん」

 

先に店内を後にし、裏の駐車場へと回る。

主に免許持ちの従業員が使うスペースで、真一郎の愛車、YAMAHAのビッグスクーター……マジェスティ400(銀)もそこに置いてある。

シート下のスペースからフルフェイスのヘルメットを取り出し、小鳥に手渡す。

 

「……一応聞いとくけど、真くんの分は?」

「俺はノーヘル」

「それってかなり危ないと思う」

「ま、いいじゃん」

 

中途半端に話をはぐらかし、景気良くエンジンを鳴らす。

 

“ブォンッ!”

 

「ひゃっ!!」

 

カスタマイズしていないとはいえ、ビッグスクーターの排気量は普通のスクーターの約5倍もある。

熟練者からしてみればなんてことない数字ではあるが、バイクに関しては無知な小鳥を黙らせるには、その音は充分な威力を発揮した。

硬直したまま、まったく動かない。

苦笑しながら小鳥を後ろに乗せると、真一郎はハンドルを切った。

 

 

 

 

 

――稲神山・山中――

 

 

 

 

 

夜。

北斗はひとりフルートを吹いていた。

空気の澄んだ街で夜、そして山の中と相乗効果に次ぐ相乗効果が実を結んだのだろう。

空に輝く星々は、あたかも大河を思わせるように広がっており、一種幻想的な光景を演出している。

曲はスメタナ作曲のモルダウ。

オーソドックスな曲ながら、吹き手によっては小川にも大河にもなる名曲だ。

夜に流す曲としては、壮大すぎてどうかとも思うが、不破はあまり気にすることなく、その音色に聞き惚れていた。

 

(――これで歌い手がいればな……いや、さすがにそれは無理というものか)

 

しかし思わず空想せずにはいられない。

『光の歌姫』と呼ばれる少女と、『破壊王』と呼ばれた男の華麗なる演奏。

想像しただけで、不破の背筋が震えた。

やがて曲もクライマックスに差し掛かり、テンポも一層早くなる。

思わずテントから身を乗り出してしまう不破。

やがて、最高のフィニッシュとともに、曲は終わりを告げた。

 

「……大分良くなったようだな」

「ええ。おかげさまで」

 

演奏を終えて、フルートの分解、掃除を始める。

手慣れた手つきだが決して整備を怠ることはない。それも隅から隅まで行なう。改造人間である北斗は、それこそ分子単位の汚れすら拭った。

そうしている間にも、彼は言葉を紡ぐ。

 

「フィアッセ・クリステラに会った」

 

そう言った北斗の言葉に、不破が少しだけピクリと反応を示した。

 

「……そうですか。それで、フィアッセは何か言ってましたか?」

「いいや何も。むしろ言ったのは俺の方だ」

「……何て言ったんです?」

「『真実を知る覚悟はあるか?』とな」

 

不破の双眸が大きく見開かれた。

その静謐な眉は釣り上がり、明らかな敵意を北斗に向ける。

 

「…そう怒るな。真実を知りたいという人間に真実を教えないのは罪だ。俺はただ、後押しをしただけだ」

「しかし、軽率すぎませんか? もしそれで、あなたの正体がばれたら……」

「大丈夫さ」

 

北斗は、ひどく寂しそうな表情で、

 

「例え相手がHGSでも、そういう風に出来ているからな。俺の体は……」

 

不破ははっとなった。

 

「……すみません」

「いや、それを言えばお前も俺と一緒だ。気にする必要はない」

「はい。……ですがやはり、フィアッセに接触したのは軽率では?」

「ふむ。やはりお前は真面目だな。やはりあの男の息子とは思えん」

 

最後の方はかすれてよく聞えなかった。

不破は聞き返すのもなんだと思い、あえて不破はそれに触れなかった。

 

「…茶化さないで下さい」

「いや、茶化したわけじゃない。むしろ褒め言葉だ。現代のように真面目な人間ほど蔑まれる世の中において、お前のような存在は稀有だ。その性格、変えない方がいいぞ」

「……どうも」

「お前の心配していることは分かる。フィアッセ・クリステラと接触することで彼女に危害が及ばないか危惧しているのだろう? しかし大丈夫だ。幸いにも彼女の知り会いは三心戦隊のメンバーだぞ? ちょっとやそっとの戦力では落ちないさ。龍臣でも出てくれば話は別だが、奴らの力では彼女を、仮面ライダーネメシスの絶対的抑止力には出来ない。せいぜい、デルタハーツの対策になるぐらいだ。……もっとも、これは俺が接触した場合の話ではあるがな」

「…………」

「安心しろ。不破。いざとなれば俺が守る」

 

力強く、説得力に満ち溢れた台詞だった。

不破はまだ怪訝な顔をしていたが、やがてふっと殺気を解くと、振り向いて、寝袋の中に潜り込んだ。

 

「――だからお前は安心しろ。ゆっくり体を休めろ。ただでさえお前に残された時間は……」

「3ヶ月しかありませんからね」

 

寝袋に包まっているため表情は読めなかったが、北斗には、不破の心情が痛いほど理解できた。

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴臨海公園――

 

 

 

 

 

基本的に真一郎と小鳥は同じ日程で勤務している。

日曜日を除いた平日の午後と、土曜一日が彼らの勤務時間だ。

ゆえに今日のような日曜日は、純粋に客として翠屋に足を運んでいた。

そこで、意外な人物と出会うとも知らずに。

 

「…………あ、相川君?」

「こ、耕介さん!?」

 

そこに居たのは真一郎のかつての戦友……槙原耕介だった。

その、意外な人物との邂逅に、真一郎だけでなく小鳥まで驚きの様子を隠せないでいる。

 

「ま、まぁ、座ってくれ」

「は、はい」

「で、では……」

 

さすがに小鳥の対応は素早く、とりあえず耕介が陣取っていた4人席の一角に座る。真一郎もそれに続いて座り、スペシャルシュークリームセットを注文する。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

誰もが無言。

何を話せばいいのか、言いあぐねているようである。なにせ、かれこれ6年ぶりの再会なのだ。

やがて、沈黙に耐えかねたように真一郎が席を立つ。

 

「真くん?」

「トイレだよ」

 

洗面所に向う真一郎の背中を見詰めながら、耕介は小鳥に話し掛けた。

 

「帰ってきていたんだね……相川君は」

「はい……2ヶ月ほど前に。このことを知っているのは、わたしと唯子だけですけど」

「そうか」

 

相川真一郎がフランスに渡ったのは高校を卒業してすぐのことだった。

その際、小鳥ともう1人の幼馴染である鷹城唯子以外に、彼はそのことを誰にも話さなかった。無論、その理由も。

彼がフランスに渡ったと周囲が知ったのは3ヶ月も経った時のことだった。

当時の寮生で、真一郎達と同級生であった岡本みなみが、偶然、母校の風ヶ丘の資料の中に発見したのである。

真一郎の突然の行動にみなは困惑し、驚愕した。

唯一、仕事上の都合で海外に行けた真雪が彼と接触したらしいが、詳しい話を、真雪は話してくれなかった。

 

「今はどうしてるんだい?」

「真くんもわたしも、ここに勤めてます」

「平日の午後と土曜一日ですけど」

 

何時の間に戻ってきたのか、真一郎は「今日は非番です」などと付け足す。

小鳥が会話を作っていてくれたおかげか、依然として表情はやや険しかったが、比較的すんなりと会話に参加することが出来た。

 

「――そっちはどうです? まだ、相変わらず管理人兼雑用係ですか?」

「まぁ…ね」

 

言葉を濁す耕介。

雑用係……というところに反応して、耕介は寂しそうな笑みを浮かべた。

しかし、それも束の間、一瞬にして真剣な顔になると、真一郎に詰め寄る。

 

「……なんで黙って行ったりしたんだい?」

「誰にも伝えたくなかったんですよ。……この街の人は、耕介さんも含めて優しすぎるから。絶対に俺のことを止めようとするでしょうし」

「料理の修行だろ? 誰も止めやしないさ」

「……とぼけないで下さい」

 

真一郎は、まるで獲物を狙う狩人の如し目付きで耕介を睨み付ける。

明確な殺気こそ発していなかったが、店内の空気が1・2度下がったかと思えるほど、鋭い視線が耕介を襲った。

幼馴染の、あまりの豹変ぶりに驚きを隠せないでいる小鳥。

そこに、あの優しい美少年だった頃の面影は、ない。

 

「知ってるんでしょ? 俺がフランスで何をしてきたか……。たしかに料理の修行もありました。でも、国際空軍の情報網を使えばそれぐらいは分かるはずだ」

「それは……」

 

ここで言うべきか否か。

耕介が迷っている間に、真一郎は右腕の袖を捲った。

 

「なっ…」

 

外気に晒された右腕を見て、耕介が息を呑む。

すでに服の下に隠された真一郎の右腕の秘密を知る小鳥は目を逸らし、それを見ないようにしていた。

 

「分かりましたか? 今、ここに居るのは耕介さんの知っている俺じゃないんですよ。かつて、特殊機関さざなみが誇る三心戦隊デルタハーツの、“ゴールドハート”として戦った相川真一郎はいないんです」

 

百戦練磨の修羅場を潜り抜けてきた耕介をして、戦慄するほどの笑みを浮かべて、真一郎はクリームを口に運んだ。

スプーンを握る彼の細く長い指、しなやかな右腕は、とても20代そこそこの日本人の若者とは思えぬほど、荒れ果てていた。

 

 

 

 

 

「……あれで良かったの?」

 

翠屋を出て、マジェスティに跨るなり、小鳥は真一郎に問いかけた。

真一郎は、複雑な笑みを浮かべて、

 

「あの人達は優しすぎるからな。きっと、俺がこうなったのは自分達のせいだと思ってるんだろ」

 

『本当は俺が悪いんだけどな』と付け加えて、真一郎はエンジンを吹かした。

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴駅――

 

 

 

 

 

ひとりの老人がうずくまってうめいていた。

腹を押さえ、とても苦しそうにしている。

――と、ひとりの若い男が駆け寄ってきた。

人のよさそうな彼は、心配そうな顔で老人を覗き込む。

 

「どうしたんです? 大丈夫ですか?」

「むぅ……は、腹が……」

「お腹がどうかしたんですか?」

「う…うむ。腹が…………」

 

老人の体がガクガクと震える。

青年は救急車を呼ぼうとして、懐の携帯電話に手を描けた瞬間――

 

「……腹が、減ってな」

「え…………?」

 

それが、彼の最後の言葉となった。

食事を終えた老人……“甲龍”は、不満気に、

 

「次はもう少し若い娘でも食らうかのぅ……」

 

今までの彼らがとってきた行動よりも遥かに非効率的な方法。

しかし、それゆえに足が付きにくく、確実な方法でもあった。

 

「さて、行くかのう」

 

死ぬ間際に青年が落としたものだろうか。

ポケットサイズの手帳が、現場にはただ残された。

 

 

 

 

 

そして数時間後、それを拾う者の姿があった。

『リハビリです』と称し、テントから抜け出してきた不破である。

 

「これは……『龍』の気配!」

 

量子レベルで手帳に染み付いた、目には見えない波動のようなものを感じ、不破はXR250に跨ると、エンジンをキックした。

 

 

 

 

 

――????――

 

 

 

 

 

プールの水面を浮かんだり沈んだり。

未だ眠り続ける牙龍を見詰めながら、青色の衣を纏った少女……“翼龍(よくりゅう)”は、彼のいるプールの水にそっと触れた。

 

(冷たい……)

 

まだ完全に春になりきっていないこの季節には少し辛い水温。

自分達には関係ないとはいえ、暑いものは暑いし、冷たいものは冷たい。

翼龍は青色の衣を脱ぎ捨て、裸体を晒すと、プールの中に浸り、牙龍の元まで泳いだ。黒絹のように艶やかな髪が、緑色の液体に濡れて気持ち悪い。

牙龍の体にそのか細い手が触れると、不釣り合いなほどの力で彼の体を引き寄せ、抱き締める。

10秒…20秒…30秒……1分……10分…………。

やがて30分もそうしていると、不意に声をかけられた。

 

「まだ目覚めぬのか?」

「“蟲龍(こりゅう)”……」

 

蟲龍と呼ばれた、スラリとした長身の男は、プールに近付くと眠り続ける牙龍へと視線を移す。

必然、裸の翼龍が視界に入ってしまい。まだ微妙なその膨らみを見て、蟲龍は思わず笑ってしまった。

 

「なっ……!」

 

慌てて胸元を隠すがもう遅い。

蟲龍は笑い続けながらも手元からスーパーの紙袋を取り出した。

中から、さらに茶色の紙袋を出して、翼龍に投げ渡す。

緑色の液体に濡れ、茶色の紙袋は複雑に変色した。

怪訝な顔をする翼龍に背を向けると、蟲龍は言う。

 

「人間どもが使っている衣裳だ。通貨はいくらでも稼げたからな。使うといい」

 

言われて、翼龍は紙袋の中に入っていた、少しばかり地味な、紺色のソレを取り出す。

たしかに服のようではあるが、極端に布地が少なく、どう着るのか分からない。翼龍は困ったような表情を浮かべて、蟲龍にソレが何なのかを聞いた。

 

「何でも水着というらしい。泳ぐ時に使う道具らしいが……人間の文化を探っている最中に見つけたのだ。『ぶるこん』……とか言う店だったのだが」

 

再び布を広げて見てみる。

広げてみてやっと分かったが、両手両足を通す穴があり、そこに手足を滑らせて着るものらしい。

水の中だったため不格好になってしまったが、翼龍はなんとか着替えることに成功した。

水に濡れているせいでもあろうが、ぴったりと生地が密着して、中々に動きやすい。

 

「裸ではさすがに寒いだろうからな」

 

まったく用途にも合っていなかったし、水着に保温効果などほとんどないのだが、そんなことを知らない翼龍は素直に礼を言った。

蟲龍が離れていったのを確認すると、再び牙龍の体を抱き締める。

 

「早く起きて…牙龍……」

 

翼龍の囁きは、洞の中で反響し、やがて掻き消された。

 

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴臨海公園――

 

 

 

 

 

道の真ん中で、老人が唸り、うずくまっている。

腹を押さえ、とても苦しそうにしていた。

――と、そこに仲の良さそうな親子が歩いてくる。

母親はまだ若く、活力に満ち溢れており、娘の方も子供ゆえの元気の良さが目立つ。

……少なくとも、老人にはそう見えた。

 

「あっ!!」

 

娘が気付き、とてとてと駆け寄ってくる。

してやったりと、老人は笑った。

 

「おじいちゃんだいじょうぶ?」

「どうしました?」

 

母親もやってきた。

心配そうに老人の顔を覗き込む。

 

「む、胸が……」

「胸がどうかしたんですか!?」

 

胸と言えば心臓の位置だ。しかも相手は老人。

母親は懐から携帯電話を取り出すと、救急車に連絡をとろうとして、止まった。

 

“グシャアッ!”

 

老人がすっと立ちあがり、母親と娘の頭を軽く握っただけで、頭蓋が割れ、脳髄が溢れてきた。

滴る臓物と血を啜り、老人は歓喜する。

それこそ、背後から接近する気配にも気付かずに……。

 

「……何、やってるのだ?」

 

少女……陣内美緒の問いに、老人は首をかしげる。

その間にも徐々に親子の肉体は、小柄の老人の腹の中に収まっていく。

明らかにおかしな現象。

美緒は、本能で老人が敵だと察知した。

 

「……食い足りんな」

 

老人は振り向くと、美緒の方を見て、涎と赤い水とで汚れた唇を、ニタリと歪めた。

美緒は右手を掲げ、叫んだ。

 

「三心覚醒!」

 

 

 

 

 

翠屋を後にした真一郎と小鳥は、何気無しに臨海公園に来ていた。

屋台でヤイヤキを買って、すぐ傍のベンチに座る。

日本全国を周っているというタイヤキ屋の店員がオマケしてくれた最後のタイヤキを頬張ったところで、真一郎と小鳥は聞き慣れた、けれども、もう二度と聞きたくもなかったその音を耳にした。

 

――デルタブラスターの音である!

 

「オヤジさん! こっから逃げてっ!!」

 

ほぼ条件反射で取った真一郎の行動は素早く、迅速であった。

屋台のオヤジを促がすと、そのまま現場に向う――のではなく、一目散にマジェスティの元に向った。

 

「真くん!」

 

真一郎の行動に驚きを隠せないのだろう。

何故、真一郎がそんな行動をとったのか、小鳥には分からなかった。

一方の真一郎は、シート下のスペースから、小物入れほどの小さなバッグを取り出す。

 

「小鳥っ…」

 

バッグの中から何本かの金属の棒、そして木製のパーツだけを取り出して、さらにジャラジャラと音を立てている小さな巾着袋を手に取ると、小鳥にバッグを投げ渡す。

ややバランスを崩して、小鳥はバッグを受け取った。

 

「あ、ま、待って! 真くん!!」

 

慌ててその背中を追う小鳥の声が、真一郎の耳膜を打つ。

しかし、それを無視して真一郎は止まらない。

全力疾走の最中で、手元の部品を器用に組み立て、木製のグリップをセットする。

あっという間に、4インチモデルのコルト・パイソンが姿を現した。

組み立てを終え、弾丸を装填すると、彼はさらにスピードを上げて駆け出した!

 

 

 

 

 

 

「ブラッククロー!」

 

両手に嵌めた鉤爪状の武器。

ブラッククローを使って、デルタブラックとなった美緒は老人に襲い掛かる。

しかし、老人はその刃を片手で受け止めると、もう片方の腕でブラックの脇腹を狙った。

 

「ハァッ」

 

すかさず蹴りで牽制し、距離をとる。

コンパクトなハイ・キックは老人の腹部に、クリーンヒットした。

 

「うぅぅぅっ…」

 

しかし、攻撃を成功させたはずの美緒は、逆に苦悶の声を上げた。

老人を蹴った方の足が、じくじくと痛む。

老人の肉体の硬度は異常だった。

超振動を起こし、分子間の繋がりを断つ武器……それがデルタハーツのメタルブレードであり、デルタブラックのブラッククローなのだ。秒間4万回という超振動も意に介さないほどの肉体。それほどまでに、老人の肉体は安定しているのだろうか?

 

「…………戦闘体、移行」

 

不意に、老人がぼそぼそと囁いた。

直後、老人の肉体が変貌を始める。

歳のわりには屈強なその体は見る見るうちに硬い、甲殻類のそれへと変化し、両手の5本の指はまるで蟹のハサミのようになる。

人間と、龍と、蟹のキメラ……“甲龍”だ。

口から涎のように、泡が地面へと落ちる。

アスファルトで舗装された地面はまるで硫酸でも帯びたかのように腐食を始めた。

 

「くっ! ならっ……!」

 

デルタブラスターを抜き、甲龍に乱射する。

光の帯が、何本も甲龍の体に命中するが、傷はおろか、焦げすらできない。

 

「なんて硬さなのだ」

 

思わず、普段は隠している地が出てしまった。

再びブラッククローを装備し、駆け出す。

元々俊敏さが自慢のブラックである。

彼女を狙った甲龍の攻撃は当たらず、すべて空を掠めるばかりだった。

しかし、その上でブラックは焦りを感じられずにいた。

 

(こっちの攻撃は通用しない)

 

攻撃が通用しない以上、いつまでも躱し続けていられるものではない。

体力という限界がある以上、いつかは動けなくなってしまう。

……そして、それは以外にも早くおとずれた。

 

「……っ痛!?」

 

甲龍の吹き出す泡はすでに地面全体に広がっていた。

地盤はボロボロそして脆くなり、ブラックはバランスを崩してしまう。

そこに、甲龍のハサミが伸びて、ブラックの両手を掴んだ。

必然、互いの距離は零まで縮まってしまう。そして、ブラックは零距離からの攻撃手段を持っていなかった。

しかし、そのとき―――――――

 

“パパパパパパンンッッ!!!”

 

激動の6連射。

真一郎のコルト・パイソンの357マグナム弾が、ブラックを救った!

甲龍にダメージはない。しかし、彼の気を逸らすには充分だ。そして、その隙はブラックが脱出するためにも充分な時間だった。

渾身の力で蹴り上げ、離脱する。

 

「はぁ…はぁ…はぁはぁ……」

 

余程の怪力で締め付けられたのだろう。

ブラックは、自分を助けてくれた青年に見向きもせず、息を整える。

そして、やっと首を上げた時、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「……しんいち…ろ…………?」

 

そこで戦っていたのは、6年前、高校を卒業してすぐフランスに渡り、未だ料理の勉強をしているはずの相川真一郎だった。

否、違う。

そこに居るのは彼女の知る相川真一郎ではなかった。

 

「おりゃあっ!」

 

体中の全神経を足に集中させ、襲いくるハサミを蹴り上げ、再装填したパイソンで反撃する。

当然、効果はない。

――と、そこにまた、美緒にとって信じられない人物が現れた。

 

「こ、小鳥っ!?」

 

小さなバッグを抱えている野々村小鳥。

6年前、まだ美緒が子供で、デルタスーツを支給されるほどの年齢に達していなかった頃、最前線で戦っていた、三心戦隊のメンバーのひとりである。

 

(な、なんで2人が!?)

 

混乱する美緒。

しかし、彼女とてプロだ。

疑念はもっともだが、今は敵を倒すことの方が先決。

陣内美緒ではなくデルタブラックへと意識を変え、メタルブレードを構える。

 

「たあっ!」

 

“ガキッ…ギギギッ……ガッ!”

 

硬い右腕に阻まれて、決定打とはならない。

空いた片方の腕で、真一郎を投げ飛ばす!

 

「しんいちろ!!」

「真くん!!」

 

ドサッと、真一郎の体は5メートルほど吹っ飛んで、小鳥の目の前で落下した。

 

「し、真くん!!!」

 

慌てて駆け寄り、介抱する小鳥。

しかしその間にも、ブラックは徐々に追い詰められていった。

そして――――――

 

「うあっ!!」

 

スーツが対消滅することでエネルギーを相殺し、美緒の体から剥がれる。

生身の状態となった美緒に、もはや勝ち目はなかった。

巨木に叩き付けられ、へたり込む美緒。

背中を強く打ったのだろう。彼女の意識はすでになかった。

そして、無防備なその身にトドメを刺そうと、柔らかな少女の肉を喰らってやろうと、甲龍は美緒に歩み寄る。

甲龍の一撃を受け、未だ全身の軋む真一郎は、その最悪の光景を見ているしかない。

 

(……またなのか?)

(また、俺は助けられないのか?)

 

真一郎の脳裏に、忘れがたきあの日の光景が甦る。

燃え盛る炎。

つんざく悲鳴。

幾重もの怒号。

眼鏡をかけた少女。

黄金の鎧を纏った自分。

髪の長かった、自身の最愛の女性……。

 

――彼女を葬ったのは誰だ?

 

(もう……)

 

――彼女を守れなかったのは誰だ?

 

(もう、沢山だ!)

 

――彼女を守ると約束しておきながら、自分だけ生き延びて、のうのうとしているのは誰だ?

 

真一郎の瞳に、紅蓮の炎が宿った!

憤怒。

憎悪。

苛立ち。

駆け巡る負の感情。

その美貌が歪み、幼馴染である小鳥すらもが恐怖した時、彼は、小鳥の抱えたバッグを奪った。

ファスナーを開け、中をまさぐり、目当ての物を取り出す。

 

「…何……それ?」

 

それは、何かの機械だった。

中心部に円形の穴が空いており、その上部にはメモリーカードを入れると思わしき挿入口が4つ、深い溝を作っている。

下部にはスイッチと思わしき物が付いており、銀色のボディがキラキラと輝きを放っている。

真一郎はそれを右手で持ち、眼前にかざした。

親指でそのスイッチを押すと、直後、機械から合成された女の声が聞えてくる。

 

M.R.unit start up…… Please set changing memory card.』

 

胸ポケットをまさぐり、薄く、小さな金属のプレートを取り出す。

小さな、飛蝗と思わしき絵柄の描かれた、金属片。

挿入溝の1つにプレートを挿入すると、また女の声が聞えてくる。

 

『Now lording……Type grasshopper system standing by.』

 

次の瞬間、機械から金属の帯が伸びて、真一郎の腰に巻き付き、機械はベルト状に変化した。

真一郎の体格に合わせてフィットしたそれは、容易にはずれるものではない。

小鳥は、真一郎がとろうとしている行動を悟ると、静かに視線を逸らした。

 

『Please say metamorphosis code……』

 

必要なのは立った一言。

真一郎は、今にも美緒に襲い掛かろうとする甲龍を睨み、叫ぶ。

 

「変、身――!」

 

瞬間的に、真一郎の体を猛烈な激痛が襲った。

装置から光が放たれ、真一郎の全身を包み込む。

徐々に変貌していく真一郎の肉体。

最初に変化したのは手足だった。

鋭い爪。太い手足。まるで昆虫のように、真一郎の肉体は緑色に変色していく。

そしてその変化は、ついに頭部まで及んだ。

顔の輪郭そのものに変化はない。

しかし、両目は複眼状に拡大され、裂けた口からは鋸のような歯が覗いている。額の中央から伸びた2本の触角は、何かを求めるように小刻みに震えていた。

……あえて言うならば、その姿は“飛蝗”。

その一連の変化を、真一郎の肉体と、腰に巻かれたベルトはわずか3秒足らずで変身させた。

発光現象が収束し、異形となった真一郎が、その姿を現わす。

その姿を見て、小鳥は目頭にうっすらと涙を浮かべた。

 

“キシャアアアアアアアアァァァァァァァァ!”

 

歯を振動させ、牙を振動させ、人のものではない顎が奇怪な声を出す。

甲龍は、やっと真一郎の存在に気が付いた。

 

「ひっ……!」

 

その奇声に目を覚ました美緒の顔が、恐怖に歪む。

“飛蝗”が人間化したような姿となった真一郎は、駆け出して、甲龍に襲い掛かった!

10メートルも跳び上がると、右足を突き出して甲龍に2度、3度と蹴りを食らわせる。

さらに着地態勢から手刀の一撃!

そして前のめりになった甲龍を、真一郎はさらに追撃する。

しかし……

 

“ガシィッ!”

 

甲龍のハサミはピクリともしない。

遠心力を利用して放った回し蹴りは、ものの見事にブロックされてしまった。

そして、甲龍の反撃が始まる。

ガラ空きになった胴体を、甲龍が殴る。

殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る…………。

 

「…が! ……ハァッ」

 

肺をやられたのだろうか。

真一郎は大きく息を吸って、大量の血液を吐き出した。

 

「……な、ろぉっ!」

 

立ち上がり、その鋭い爪を特殊キチン質の装甲の隙間を練って突き立てる。

 

“ズバシャアッ!”

 

真一郎と甲龍が出血したのは同時だった。

傷は明らかに真一郎の方が深い。背中を突き抜けるような激痛に耐えながら、真一郎は距離をとった。

装甲の隙間はどこも関節部で、捉えることが出来れば甲龍の攻撃力を半減させることも可能だ。

しかし、その隙間はほんの数センチ。

狭くはないが広くもない。まして、相手は動いている敵なのだ。

幸いだったのは、今の真一郎にはこの地面はハンディキャップにはなり得なかったことだろう。

見た目通り“飛蝗”の能力を兼ね備えた今の真一郎は、細かなジャンプを繰り返すことで、このデコボコの地面を逆に反発作用に利用していたのだ。

しかし、地形的有利といっても、その程度の優劣では高が知れている。

再び甲龍の接近。

地形適正などまったく無視したタックルが、真一郎に極まった!

 

“ズシャァァァァァアアアッ!!”

 

「!?」

 

まるで落雷に撃たれたかのような圧倒的な、破壊の衝撃。

真一郎は、10メートルも吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐぅぅ……『龍』……!!」

 

憎しみの篭もった、恨みの声。

真一郎の言葉に、成り行きを見ていた小鳥が絶句した。

 

「…嘘……なんで……」

 

ありえないものを見るような表情。

当然であろう。

彼の『龍』達は、6年前、たしかに自分達の手によって倒されたはずなのだから。

 

「あの時の二の舞いは……もう、ご免だ!」

 

立ち上がり、ギチギチと歯を鳴らす真一郎。

甲龍はその胸座を掴むと、真一郎の体を持ち上げた。

 

「……なら、死ぬがよい」

 

衝撃。

見事に腹を打ち抜かれた真一郎は、甲龍の手を離れ、海面へと落下していった。

 

“バシャアッ!!”

 

ふと、そんな音がして、小鳥は悲鳴を上げた。

だが、その声は別の音に掻き消されてしまう。

轟音を巻き上げながら接近する、特殊エンジンの排気音に……

 

“ブオオンンッ!!”

 

そして現れる一台のバイク。

美緒と小鳥は、そこに跨っている青年の姿に、それぞれ別の意味で驚いた。

 

「お、お前は……!?」

「恭也くんっ!?」

 

甲龍の姿を捉えるなり、不破はXR250に跨ったまま、静かに精神を統一する。

そして――――

 

「……変身!」

 

胸の紋章は紅蓮の紅。

大きな複眼は悲哀の蒼。

全身を覆う装甲は絶望の闇。

仮面に走った2本のラインだけが、申し訳程度に彼の心中を映し出す。

そして、腰に携えた二振りの小太刀!

その姿はまさしく――――

 

「……鬼?」

「グォォォォォォォォォォオオオオオオッッ!!」

 

漆黒の復讐鬼は、咆哮する。

彼の者の名は――――――

 

「仮面ライダー……ネメシス!」

 

海神オケアノスの娘にして復讐の女神……ネメシス。

そして同時に変貌を遂げたバイク……レッドスター。

ネメシスは、バイクのハンドルを切って、甲龍に突貫した!

 

「!」

 

バイクを止めようとした甲龍が、逆に吹き飛ばされる。

慌てて地面に踏ん張り、追撃に備える――が、

 

「?」

 

ネメシスの姿はない。

あるのは、無人のまま突っ込むレッドスターのみ。

甲龍は周囲を見回して、ふと、空を見上げた。

 

“ガガッガッガッガッ!!!”

 

装甲の隙間をすり抜けて、ネメシスのニードルが甲龍に命中する。

激痛が体中を駆け巡ったが、甲龍はそれを堪え、ハサミを振り回そうとして、止まった。

 

「?」

 

直径1ミリにも満たない、細いワイヤー。

それが十重二十重と巻きつき、甲龍の巨大なハサミの動きを妨げていた。

ネメシスのワイヤーだ。

ネメシスは甲龍の動きがほんの一瞬とはいえ止まるや、二刀差の鞘からふた振りの刃を滑らせた。

 

“ズバァァァァァアアアッ!”

 

「!?」

 

二振りの小太刀を双翼の如く広げ、自在に振るい、甲龍を切り裂く。

手応えはあった。

しかし、やはり甲龍の強固な甲羅に阻まれて致命傷にはなり得ていない。

 

(だが、この痛みは何だ?)

 

己を襲った痛みに、甲龍は愕然とした。

己の装甲に小太刀が与えるダメージは微々たるもの。事実ネメシスが放つ斬撃は自身の甲殻に細い糸のような線を残すだけで、己の肉から出血が伴うような一撃とはなっていない。

しかし、刃の一閃と同時に走った、この内からの痛みは何であろう?

これでは、己の強靭な装甲はまったくの有名無実な代物ではないか。

……ベルトの龍に、少しだけ影が差した。

 

「フンッ…!」

 

再び刃の一閃。

 

“ガキィッ!”

 

今度は先刻と違い、しっかりとハサミを盾にして受け止めた――はずだった。

 

「ぐがぁっ!!」

 

さらなる衝撃が甲龍の体内を駆け巡る。

その瞬間、甲龍は理解した。どうやら相手は衝撃を外ではなく内に浸透させる方法を会得しているらしい。

甲龍は受け止めた細身の刀身を、ハサミの薙ぎで振り払う。

ネメシスは、その攻撃を喰らう直前に離脱し、その際にニードルを投げた。

 

“ガッガガッガガガッガキィッ!”

 

自分だけがダメージを受けて相手は無傷。

そんな焦燥からか、甲龍のベルトの龍が、さらに翳りを帯びた。

 

“ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!”

 

――と、その時、突如として、ネメシスの体を無数の銃弾が襲った。

 

「!?」

 

秒間100発はくだらないであろう弾丸の嵐。

よく見ると、それは普通の、鉛の弾丸ではなかった。

いびつな形をした、とても人が作った物とは思えぬ、けれども先の尖った徹甲弾だった。

振り向くと、そこには――――

 

「一時退却しろ。甲龍」

 

人間と、龍と、百足のキメラ……。

 

龍臣と思わしき怪人の姿が、そこにはあった。

先刻の弾丸は彼の体から生えている、無数の足から放たれたものなのだろう。

まるで戦車の砲撃の如し硝煙が、周囲に立ち昇っていた。

 

「ムグゥ…」

 

奇声を発し、海に潜る甲龍。

追おうと思えばいくらでも追うことが出来た。

しかし、ネメシスは眼前の敵を前にして追撃を仕掛けることが出来ないでいた。

龍臣は『フンッ』と鼻を鳴らすと、何処かへと消えていった。

比喩ではない。本当に消えてしまったのだ。

そして、ネメシスもまた…………。

 

“ブオンンッ!!”

 

レッドスターに跨り、その場を離れていった。

脅威が去ったのを本能で察したのだろうか?

巨木にもたれ掛かっていた美緒の体から、ダラリと力が抜けた。

 

 

 

 

 

飛蝗の姿から人間の姿へ。

変身の解けた真一郎は、意識を喪失したまま仰向けに、海を流れていた。

このまま潮の流れに身を任せ続ければ、太平洋の藻屑となるであろう。

それを危惧したのかどうかは定かではないが、その様子を、じっと見つめる影があった。

“アウトロー”の異名を持つ、純白のバイクに跨った男……闇舞北斗は、バイクから降りると、浮遊し、宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

漆黒の破壊王は青年を助けた。

青年が辿った、6年間の軌跡。

破壊王は、青年に何を授けるのか……?

 

「―――今は、助けたい人がいるから…その人を守りたいですね」

 

 

次回

Heroes of Heart

第十話「仮面」

 

 

 

 

 

 

設定説明

 

“TYPE-GRASSHOPPER”

 

身長:184cm 体重:89kg

相川真一郎が『M.R.ユニット』と呼ばれる装置で変身した姿。

その姿は飛蝗に酷似している。

鋭い爪と強靭な顎が武器。

相川真一郎が何処で、また何時、いかにして『M.R.ユニット』を入手したのは不明。

 

 

 

 

 

 

~突然対談形式になったあとがき~

 

タハ乱暴「名古屋だ~!」

真一郎「名古屋か~!」

タハ乱暴「ただいま故郷~!!」

真一郎「お前名古屋人だったのか~!!」

タハ乱暴「偽名古屋人だ~!!!」

真一郎「偽って何だ~!!!」

タハ乱暴「そろそろ終わりにしないか~!!!!」

真一郎「そうしよう~!!!!」

タハ乱暴「さて、一週間ぶりの故郷です。そして久方ぶりに故郷で書いた話です」

真一郎「っていうか長い一週間だったな」

タハ乱暴「ああ……。強敵だったぜ」

真一郎「……身内ネタになるから止めとけよ。さて、『Heroes of Heart第九話』、お読みいただきありがとうございました!」

タハ乱暴「ついに変身したな真一郎」

真一郎「でも弱いぞっ!お前俺に恨みでもあんのか!?」

タハ乱暴「―――と言われてもなぁ、不破はもっと酷いめにあってるし」

真一郎「……まぁ、いいや。ところで、ネメシスは仮面ライダー。リプルはウルトラマンだけどよ、俺はいったい何なんだ?」

タハ乱暴「仮面ライダーっぽいメタルヒーローですよ?」

真一郎「でも、思いっきりバイオ系だったけど…」

タハ乱暴「ふははははっ! 細かいことを気にするでない。……さて、今回冒頭で思いっきり2002年と銘記してしまいました」

真一郎「あれはいったいどういうことなんだよ?」

タハ乱暴「そうくると思って簡易年表を用意しました。スタートは1999年からです」

 

 

1999年

1月マシン帝国バラノイアの侵略開始。各国国際空軍支部が次々と壊滅されていく。

3月超力戦隊オーレンジャー結成。バラノイアとの戦闘を開始する。

 

2000年

2月香港防衛のため特殊機関さざなみ陣内啓吾長官が中国に飛ぶ

3月2代目長官一ノ瀬神奈の独断で槙原耕介がさざなみの隊員になる。神奈香港へ。

4月三心戦隊デルタハーツ発足。秘密結社『龍』と戦闘を開始。椎名ゆうひと岡本みなみが就任

8月マシン帝国バラノイア、地球を制圧する。

 

2001年

2月超力戦隊オーレンジャー、バラノイアから地球を解放する。

10月超法規的措置により相川真一郎以下9名が三心戦隊に協力

 

2002年

1月『6年前の事件』

3月相川真一郎フランスへ

4月槙原耕介、槙原愛と結婚。さざなみの長官に就任する。

 

2007年

4月とらハ3本編スタート

5月祟り狐再来。神咲那美、高町恭也の手によって鎮められる。

6月CSS主催チャリティコンサート開催。何者かによって妨害を受けるも、高町恭也の手によって無事続けられる

11月高町恭也、大学入試合格。単車の免許を取る。

12月 高町恭也、赤星勇吾失踪。

 

2008年

1月相川真一郎帰国。

2月闇舞北斗、不破と接触を果たす。

3月『龍』、再来。仮面ライダーネメシス戦闘開始

 

 

タハ乱暴「―――ってな具合です。もっと厳密に言えば、宇宙創生の頃からの歴史は出来ているのですが、それ書くと長いから削除」

真一郎「宇宙創生って……46億年前?」

タハ乱暴「いや、月の石の成分から見て200億年くらい前」

真一郎「長すぎだぁっ!!」

タハ乱暴「まぁまぁ。では、『Heroes of Heart第九話』、お読みいただきありがとうございました。そして次回、『Heroes of Heart第拾話の方もよろしくお願いいたします』






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