注)このSSは独自の設定に基づいて構成されています。原作とはまったく違う設定で書かれておりますので、そういったものが嫌いなお方はプラウザの『戻る』を押して下さい。それでも読んで下さる奇特な方は、どうぞ下へとお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不愉快ですね。これで、終わりにしましょう」

 

雷龍が掲げた右手に雷光が落ち、その拳に雷の力が宿る!

 

「“雷光衝拳”……いきますよっ!」

 

雷龍は突き進む。

ネメシスは動かない。

否、動けない。

絶体絶命の危機だった。

 

「!?」

 

それでも回避しようとして軋む体を動かそうとして、彼を激痛が襲った!

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっ!!!」

 

 右膝から全身へと広がる痛み。

その激痛に、今度こそネメシスは動けなくなってしまう。

 

「終わりです!」

 

やがて、雷龍の拳が、ネメシスの胸を貫いた……。

 

「いやあああああああああああ!!!」

 

フィアッセの、絶望の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart

~ハートの英雄達~

第八話「冥王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ドサッ”

 

胸部……それも心臓の位置を貫かれ、ついにネメシスは倒れた。

異形の姿が、不破のそれへと戻る。

サングラスのはずれた不破の顔は、まさしく高町恭也その人だった。

本人が否定しようが関係ない。

龍魔達の豪腕を振りほどいて、フィアッセは血を流し、虫の息の不破の元へと駆け寄った。

 

「恭也! 恭也ぁ!!」

 

泣き叫ぶ声。

揺さぶり、何度頬を叩いても不破が目覚めることはなかった。

次第にその呼吸の間隔も短くなっていく。

物言わぬ龍魔達のおかげで、彼の呼吸音ははっきりと聞えた。

 

「……ほぅ、まだ生きてるのですか」

 

雷龍は再び自身の右手に雷を宿すと、倒れた不破の元へと歩みを進める。

 

「その力は危険ですからね。この場で、消去させてもらいます」

「なっ!? 止めろっ!!」

 

思わず真一郎が叫ぶ。

いくら見ず知らずの、それも異形の怪物とはいえ、自分を救ってくれた人物だ。その彼が殺されようとしている状況を、真一郎は黙ってみていられるほど人間が腐ってはいない。

精一杯の力で龍魔達の拘束を振りほどくと、雷龍に殴り掛かる!

 

「がああああああああああっ!!!」

 

拳が雷龍の体に触れた瞬間、真一郎の体に火花が走った。

何千、下手をすれば何万ボルトもの電流が体内を駆け巡る。

たちまち真一郎の服は破け、その身は激しい火傷を負った。

 

「相川さん!!」

 

なのはの力では、龍魔達を振りほどくことは出来ない。

近付いて介抱することも出来ない。

そして、フィアッセと兄と思わしき人物の元に近付く雷龍。

――悔しかった。

たしかに恐かったが、それ以上に何も出来ない自分が悔しかった。

 

「……そこをどきなさい」

 

両手を広げ、立ち塞がるフィアッセ。

 

「恭也には…指一本触れさせない!」

 

そう言うフィアッセの背中から2対の、天使の翼が広がった。

 

「なに!?」

 

雷龍が驚愕の声を上げる。

その翼は白かった。白く、美しい純白の翼。

HGSの証でありその代償……リアーフィン。

去年の中頃までは漆黒であったその翼を広げ、フィアッセは目の前にバリアを張った。

戦闘者でないフィアッセは、リスティほどこの力を自在に操ることは出来ない。せいぜい、自分と恭也の周囲に薄いフィールドを張るぐらいしかない。それも、雷龍が一撃を加えれば、たちまち砕けてしまうような代物だ。

 

「まさか、この力は……」

 

しかし意外にも、雷龍から攻撃が繰り出されることはなかった。

それどころか、明らかに動揺している。

その奇妙な光景に、なのはだけでなく、苦悶の表情の真一郎さえもが驚愕した。

そしてその瞬間、良くも悪くも、彼らはフィアッセの翼一点に集中し、“彼”の接近に気が付くことはなかった。

 

“ブォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオンンンッ!!!”

 

レッドスターのものとは、比べ物にならないほどの爆音。

純白のバイクは、この世の総てを破壊するかのごとき猛進を続け、あっという間になのはを捕えていた龍魔達を跳ね飛ばし、真一郎を拾い、フィアッセと不破の元に運んだ。

バイクに跨った男……北斗の出現に、雷龍はさらに混乱した。

そしてなにより、ヘルメット越しに見える男の顔を見て、恐慌したのだ。

……牙龍を倒した、その男の顔に。

ヘルメットを取り、その全貌を露わにすると、その考えは確信に変わった。

北斗は懐から短剣を取り出すと、フィアッセ達に向って叫ぶ。

 

「早く! そいつをあのバイクの元に運んで、あなた達も逃げるんだ!!」

 

そう言って、不破が来た方向を指差す。

いつの間に変形したのか、レッドスターが、ヘッドライトを点滅させ『早くしろ』と促がしていた。

 

「くっ! させませんよ!」

 

残った龍魔を集結させ、北斗へと差し向ける。その数、10体。

 

「遅いっ!」

 

短刀を使うまでもなかった。

勢いをつけ、地面を蹴って龍魔達の群れに突っ込む。

右の拳で同時に2体の頭を潰し、大きく振るった左の手刀で3体の首を掻っ切る。助走を付けながらの右足回し蹴りで3体の心臓を突き破り、その勢いのまま放った飛び蹴りで2体の頭蓋を砕く。

すれちがい様の数秒で、北斗は10体全ての戦力を喪失させた。

 

「す、すげぇ……」

 

その光景を呆然と見ていた真一郎は、思わず呟く。

北斗は雷龍を見据えると、再び短刀を抜いた。

 

「フンッ」

 

右手を掲げ、雷を落とす――その僅かな間隙を狙って、北斗は一気に接近した。

 

「!?」

 

その、予想以上の爆発的加速に、一瞬だけ雷龍の集中が途切れた。

しかしその一瞬で、雷龍が放とうとしていた雷撃は消え、北斗はそのまま斬撃を加え、雷龍の腹部を切り裂く。

一度だけ、刃風が鳴った。

 

「グアアアアアアアアッ!!」

 

絶叫。

見れば、その傷は袈裟斬りに、ギザギザの醜く深い傷であった。

それは鋭利な刃物で切られるよりも、遥かに恐ろしいものだった。皮膚も肉もずたずたになった傷は、縫合できず、出血も容易に止まらない。

飛び退き、距離を取る雷龍。

しかし、北斗はそれを許さない。

 

「ハァッ!」

 

背骨をばきばきと砕く音がした。ハイキックだ!

いつの間に背後まで回ったのか、まったく動きが見えなかった。

ただ、気付いた時には衝撃と同時に、北斗の姿が現れただけ。

 

「う、ううう…う……」

 

人の力ではない。

先刻まで戦っていたネメシスなどよりも遥かに強大な力。

その、圧倒的な戦力を前に、雷龍は恐慌した。

一方の北斗は、雷龍を視界に捉えながら不破達の身を案じていた。

雷龍に気付かれぬよう、静かに、レッドスターはこの場から離れようとしている。

あとはこの場に残った3人を、彼女の愛車まで連れて行くだけだ。

 

「フンッ」

 

地を蹴り、跳躍する。

雷龍はビクリと震え、目を瞑った。

 

「今だっ!!」

 

その声に、フィアッセ、なのは、真一郎は迅速かつ正確に動いた。

フィアッセがなのはと一緒に真一郎の元までテレポーテーションし、今度は3人でシルビアの前までテレポートする。そして、シルビアの前まで接近した北斗と一緒になって、重体の真一郎を車に乗せた。

 

「後でそこの彼にこれを飲ませるんだ」

 

カプセル状の薬剤をフィアッセに渡し、北斗は純白のバイクを呼ぶ。

バイクに跨った北斗は、エンジンをキックすると、フィアッセの乗ったシルビアを誘導し、その場から立ち去った。

すでに立ち去ったというのに、それに気付かず、雷龍は、未だ北斗の影に怯えた。

 

 

 

 

 

――海鳴市・翠屋――

 

 

 

 

 

「おかえり……って、みんな、どうしたの!?」

「し、真くん!!」

 

翠屋に戻るなり、真一郎を支えていたフィアッセは倒れた。

元々HGSとは病名なのだ。超能力という恩赦は副産物に過ぎない。

リスティのように、普段超能力の使用に慣れていないフィアッセは、2人分のバリアの使用、2人分、3人分の連続テレポートによって極度に体力を消耗していた。

そして真一郎は、シルビアの中で北斗から渡されたカプセルを飲むと、すぐに眠ってしまった。フィアッセがそれを支えていたのだが、こうしてフィアッセが倒れてしまった以上、同時に真一郎も倒れてしまう。

そしてなのは泣きじゃくっている。

3人が3人、それぞれ別の意味で満身創痍な状態。

小鳥が救急車を呼び、加奈子が警察を呼んだのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴大学病院――

 

 

 

 

 

そしてここにもまた、満身創痍な男がひとり、孤独に膝を付き、汗を流していた。

戦いを終えて海鳴に戻ってきた耕介は、やはりとてつもない疲労感に襲われ、その場にぐったりと倒れ込んでしまう。

 

「はぁ…はぁ…はぁはぁ……」

 

肩で息を切らし、冬の風に身を晒す。

少しだけ熱が冷めて、耕介は起き上がった。

 

「くそっ! 頭の中じゃ、もっと戦えてるのに……」

 

毒づいて、耕介は屋上から階段を降りる。

自身の病室ではなく、売店に向い、ペットボトル詰めのミネラルウォーターを購入した。無論、御架月を隠しながらだったため、少し変な風に見られたかもしれない。

病室に戻ると、すでに真雪の姿はなかった。

安堵の息を洩らし、ペットボトルのキャップを開ける。

500ミリのうちの100ミリほどを飲んで、耕介はベッドの脇に置かれたゴミ箱を取った。

中に入っていたビニール袋を取り除き、その中に御架月を突っ込む。鯉口を切り、未だ熱をもった刀身にミネラルウォーターをかけた。

 

“じゅおおおおおおおおおおっ!”

 

たちまち室内は蒸気に満ち、ミネラルウォーターは湯と化した。

しかし反面、御架月の熱もいくらか薄れ、その刀身から、薄っすらと少年の姿が浮かび上がる。

 

「ありがとうございます、耕介様……」

 

いつもは元気な御架月も、さすがに今は疲れた顔をしていた。

ウルトラマンへの変身は、まだ体が不慣れなためか、異常なまでに体力を消耗してしまう。それは耕介と共にリプルに吸収された御架月とて例外ではない。

ゴミ箱の底に溜まったお湯が、少しずつ蒸発していった。

 

「……まったく! なんて熱だよ!!」

 

そう言う耕介とて、現在の体温は尋常ではない。

体温計……否、温度計にかけたとしても、メーターは振り切ってしまうことだろう。

 

「……もっとだ。もっと上手く力を使えるようにならないと。……このままじゃ、俺達の体がもたない」

 

耕介は横になった。

自覚していなかったがよほど疲れていたのだろう。すぐに睡魔は襲ってきて、彼は眠りについた。

次に彼が目覚めるのは、48時間も後であった。

 

 

 

 

 

――稲神山――

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

「目が、覚めたか…」

 

次第に覚醒していく意識。

おぼろげな感覚の中、不破は、突然の環境の変化に戸惑ってしまう。

たしか自分は、雷龍と戦って――!

 

「そうだ! フィアッセとなのはは!?」

「落ち着け不破。今のお前は冷静さを欠いている。まだ、しばらくは動くな」

 

ぴしゃりと言い放たれる北斗の声。

その言葉に、いくらか落ち着きを取り戻した不破は、愛用のグリップオン時計を見た。

――2008年、2月25日。

すでにあの戦いから、2日も過ぎている。

 

「……あの後、どうなったんですか?」

「別にどうも。お前が倒れた後、俺が戦った。あの人達は無事だ」

 

そう言う北斗の言葉にはどこか説得力があった。

実際に北斗は、これ以上の追撃がないかと考え、フィアッセ達が担ぎ込まれた病院を、ここ数日見張っていたのだ。

 

「……そうですか」

「そうだ。ほら!」

 

そう言って、ビニール袋に詰められた何かを投げ渡す。

不破は、久しぶりの運動に少し顔を顰めたものの、見事それをキャッチして、ビニール袋にプリントされた文字を読んだ。

 

「……アンパン?」

「食え。しばらくは絶対安静なんだ。……まぁ、お前のことだ。俺の言うことなど、ほとんど聞かんだろうがな」

 

「困った患者だ」と付け加えて、北斗は立ち上がった。

 

「何処へ?」

「言っただろう? 見張りをしている、と」

 

北斗はヘルメットを被ると、バイクのエンジンをキックして、告げる。

 

「ついでに街の方も回ってみる。……念を押して言うが、絶対に戦うなよ」

 

自分のXR250とは比べ物にならないほどの排気音を立てて、純白のバイクは走り去っていった。

ふと、不破は周りを見回して気付いた。

――アンパンだけではない。未開封のビニール袋に入れられた、多種多様なパンが散乱している。

彼なりの気遣いなのだろうかと、怪訝な顔をして、不破は黙ってビニール袋を開けた。

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴大学病院――

 

 

 

 

 

『フィアッセ・クリステラ』と、サインペンで殴り書きされたと思わしきプレートのかけられた部屋の前で、北斗は立ち止まった。

左手に抱えた花束を一瞥して、控えめに2回ほどノックする。

 

「はい。どうぞ~」

 

美しく、綺麗な声。

現役歌手である、フィアッセの声だ。

 

「失礼」

 

ドアノブを回し、北斗は病室へと入室する。

 

「あ、闇舞さん」

「ん、また、来させてもらったよ」

「どうぞ、どうぞ」

 

少しだけ微笑を浮かべ、その場にあったパイプ椅子を勧める。

北斗は促がされるままに椅子に座ると、フィアッセに花束を差し出した。

 

「見舞いの品。無いよりはマシかと思ったんだが……」

 

見ると、病室に備えられた花瓶には、彼女の知り会いから沢山の花束が生けてある。「邪魔になるだけだったかい?」と聞くと、フィアッセは慌てて否定した。

両手で花束を受け取り、視線を落とす。

シネラリア。

マリーゴールド。

ススキ。

ナノハナ。

花はどれも季節がまちまちで、彩りも滅茶苦茶なものだったが、どれも快活さや健康を意味する花言葉をもち、フィアッセは、北斗なりの微妙な優しさを感じていた。

あの雷龍との戦い以来、北斗はフィアッセの病室に連日訪れていた。といっても、まだ2日しか経っていないので、連日というのは、少し語弊があるかもしれない。

最初は北斗の来訪に戸惑いを隠せなかったフィアッセだったが、持ち前の人柄で徐々に親交を深め、今ではこうして談笑し合える仲にまで至っている。

出会いが出会いだったため、ここまでいたるにはさぞ苦労したことだろう。

 

「なのはちゃんは元気かい?」

「はい。あの後もあまり気にすることなく」

 

北斗はすでになのはとも面識済みだ。

事件当初は怯え、震えていたなのはだったが、北斗のおかげで少しは落ち着きを取り戻している。

目の前であれほどの惨劇を見せられたのだから、もっと恐がってもいいものなのだが、彼女は自分の身に起きた事件を現実と認め、生きる糧としている。

 

「……まったく。よく出来た娘だよ」

「ほんとに…。でも、少しくらいは頼ってほしいなぁ……なんて、思ったりしてるんですけど」

 

そう言って、何気無しにテレビのリモコンを取り、電源を入れる。

ブラウン管に映っていたのは、少し変わった恋愛ドラマの再放送だった。

ストーリーはこうだ。

日本ではもはや珍しい古流剣術を修める主人公が、幼馴染であり姉であり歌手でもある、ヒロインと恋に落ち、ヒロインのコンサートを邪魔しようとする様々な困難と立ち向かっていくという、どこかで聞いたような話だった。

フィアッセはどこか引き攣った笑みを浮かべながらそれを見た。

 

「御伽噺が終わった後を、知りたくはないかい?」

 

不意に、北斗がそんなことを言った。

フィアッセは、その質問の意図が分からず沈黙してしまう。

北斗は、構わず続けた。

 

「昔々、お爺さんとお婆さんがいて、これこれこうなって、終わり。めでたしめでたし……。そこまでは面白いよね。ほら、このドラマと同じだ」

 

見ると、ドラマはすでに終盤に差し掛かっていた。

ヒロインのコンサートによって生じる様々な利益をよく思わない組織によって送られたエージェントが、主人公と戦っていた。そのエージェントは主人公にとって叔母であり、また主人公の従妹にして弟子である少女の母でもあるのだ。

主人公はヒロインの護衛をその弟子に任せ、単身、圧倒的実力差のある叔母との戦いに臨む。そして戦いの中で主人公と叔母はそれぞれの想いを貫き、ついに主人公は勝利する。ヒロインと結ばれる主人公。そこでドラマは終わる。

 

「だが、この後の物語は書かれていない。この後、主人公とヒロインはどうなったのか? 無事に結婚できたのだろうか? それとも途中で別れてしまったのだろうか? いやそれとも、もしかしたら別の何かが起きたのかもしれない……」

 

北斗には打算があった。

フィアッセ・クリステラと短期間でここまで親交を深めたのは、何も見返りを望まなかったわけではない。

リスクと同等、いや、それ以上のメリットを得ることが出来るからこその行動だった。

 

「フィアッセ・クリステラ……」

 

突然フルネームで呼ばれたことで、ビクリと震えるフィアッセ。

北斗は真剣な表情で、それこそ先刻までの穏やかな時間が嘘のように、鋭い眼差しを自分に向けている。

 

「真実を知る覚悟はあるか?」

「……え?」

「よく考えてくれ。きみが真実を知りたいと真に思うのならば、俺はいつでもきみの元に現れる」

 

ただそれだけ告げると、北斗は来た時と同じように病室を去っていった。

北斗の持ってきたナノハナが、窓から入ってくる隙間風に揺れた。

 

 

 

 

 

エントラスに設置された大型のテレビの前まで来て、北斗は立ち止まった。

映っているのはニュース。

子供達は「こんなの見たくないよー」と、アニメや映画を望んでいるが、見ている大人達の眼は真剣だった。

 

『――今朝、9時23分頃、空から突然謎の雷に撃たれたという目撃情報の変死体が発見されました。この死体は全身が炭のように炭化しており、強力な熱と光を一気に浴びせられてできたという見解です。ここ2日に渡って起きた、この謎の事件はこれで25件目で、警察は捜査を進めている模様ですが、依然として進展はないようです――』

 

次々に映し出される被害者のリスト。

掲載される顔写真の数々を見て、北斗の中でふつふつと、どす黒い感情が湧いてきた。

 

「…なんだ、まだあったのか……」

 

自虐的な笑みを浮かべ、彼は、その後に続く言葉を心の中で呟く。

 

(俺にも…人間らしい感情ってものが……)

 

「不破……お前が動けないのなら、俺が戦ってやるさ」

 

誰にも聞えない、自分に言い聞かせるような囁き。

北斗はその場を立ち去ると、己が相棒に跨り、地を駆けた。

 

 

 

 

 

――生田市・スターダスト――

 

 

 

 

 

「これでいいのかしら?」

「すまんな。謝礼は弾むぞ」

「よしてよ。それより今夜……」

「悪いが、今夜は予定が詰まっている」

 

レイラの誘いをにべもなく断って、北斗は渡された資料を食い入るように見つめた。

文面は例の“稲妻事件”についての報告書のコピーである。最後の方に、『デルタハーツの出動要請求む』と書いてあることから、急いで行動すべきかもしれない。

 

「今度は何にちょっかいを出すつもり?」

「…べつに。ただ、興味本意で事件のあらましを知りたくなっただけだ」

「嘘」

「……何故、そう思う?」

「あなたがわたしに頼み事をする時は決まってそう。実際、あなたが調べ物をして、その後に残るのは事件の処理ばっかり。FBIもCIAもカンカンよ」

 

「もう慣れたわ」などと付け加えて、レイラは北斗の首に手を巻きつける。

頼むから店の中でそういうことはやめてくれといったマスターの表情は完全無視だ。

そして、北斗も会話をしながら見つめる先は資料の一点のみで、まったく相手にされない。

レイラのプライドは、大きく傷付けられた。

 

「…はぁ。……あなたはいつもそうね。女から誘ってるのよ」

「……悪いが、女遊びだけはしない主義でな」

「遊びじゃないって言ったら?」

「それでも勘弁願いたい。……女の相手は、もう懲りている」

 

自虐的な、それでいて寂しそうに北斗は笑った。

その瞳に映る何者かの影に、レイラは何も言えなくなってしまう。

北斗は資料の隅から隅まで目を通すと立ち上がった。

 

「……もう行くの?」

「ああ。必要な情報は得た。今回の“稲妻事件”も、もう解決だ」

 

テーブルに札束の入った茶封筒と、数枚の硬貨を置いて、北斗はスターダストの門を開いて去っていく。

その後ろ姿を少し寂しそうに見ながら、レイラはグラスの中のワインを飲み干した。

 

 

 

 

 

「おい、待ちな!」

 

スターダストを出た瞬間、不意に、数人の男に囲まれていた。

それぞれが鉄パイプやナイフやらで武装し、北斗に殺気を放っている。

 

「てめぇ、またレイラに誘われたそうじゃねぇか……」

「……それがどうかしたか?」

「どうしたもこうしたもねぇっ!! 金輪際、俺のレイラに近付くな!!!」

「……レイラは物ではない。それを穿き違えるな」

 

そう言って、北斗は歩き出す。

しかし、肩を掴まれ、すぐさまその歩みは止められた。

 

「待てって言ってるだろうが!?」

 

力任せに肩を引っ張られる。

必然振り返り、2メートルはあるその男の眼を真正面から見詰めることとなった。

 

「前にも言ったよなぁ? 俺のレイラに手を出すなって」

「……前々から言っているが、俺とレイラはそういう関係ではない」

「うるせぇっ! てめぇはレイラと合った時点で有罪だ!!」

「……理解不能だな」

 

男に冷静な判断力を期待するのは無理そうである。

もしかしたら、ただ喧嘩相手が欲しかっただけなのかもしれない。

北斗はうんざりとしながら、けれどもどこか嬉しそうにその男の鼻頭に拳を食らわせ、骨を砕いた!

それを合図に、チンピラ達が一斉に襲ってくる。

だが、北斗はそれをあっという間に片付けてしまった。

ただの1度も、攻撃を受けることなく。

 

「3秒弱か……」

 

北斗の呟きに、答えるものはいない。

 

「さっさと、終わらせよう……!」

 

“アウトロー”の異名を持つ純白のバイクに跨り、北斗は夜の街を駆け抜ける。

ネメシス不在の今、彼らと“戦うことが出来る”のは、自分しかいないのだから。

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴大学病院――

 

 

 

 

 

深夜になって、フィアッセはどうしても眠れずに外に出ていた。

原因は分かっている。今日の、北斗の一言が気になっているのだ。

 

『――真実を知る覚悟はあるか?』

 

彼はそう言った。自分が求めれば、いつでも現れるとも……。

正直、フィアッセは迷っていた。

彼の言う『真実』がどんなものかは分からないが、大体の予想はついている。

……おそらく、彼女の想い人……高町恭也についてのことだろう。

彼が不破と呼んでいた、恭也そっくりの青年。あの青年が恭也であるか否かも、全て分かってしまう。

知りたい。しかしそれはフィアッセにとって、とても勇気のいる決断だった。もし不破の正体が恭也ではなく、ただの別人だったら……フィアッセは、最後の希望すらも失ってしまうかもしれないのだ。

高町恭也がいなくなった時、いちばん心配したのは最年少のなのはではなく、フィアッセだった。

去年の半ば、フィアッセは恭也に2重の意味で命を救われている。

『世紀の歌姫』まで称された彼女の母……ティオレ・クリステラが英国に創設した音楽学校、CSS……クリステラ・ソングスクール。世界レベルの“うたうたい”を数多く排出してきた、文字通り名門学校である。

そのCSSが主催となって行なった、『近年最高・最大の音楽イベント』とまで称される公演ツアー。

『世紀の歌姫』の復活にして、引退前の最後の仕事。そして、それぞれ第一線で活躍しているCSS卒業生の有志、及び現生徒が一同に介するというこの企画の第一回公演が海鳴市で行なわれると知った途端、彼女達に圧力をかけてくる謎の組織が現れた。

彼らは、『鴉』と呼ばれる日本人の暗殺者を差し向け、コンサートの中止を企てようとした。――が、それを止めた者がいた。高町恭也である。

古来より暗殺を生業としてきた古武術……永全不動八門一派・御神真刀術、小太刀二刀術の使い手であった彼は、重傷を負いながらも『鴉』を撃退し、無事、コンサートの幕を降ろさせたのだった。

実はこの際に、フィアッセの周囲ではもう1つだけ奇跡と呼ぶに相応しい現象が起きている。

HGS……高機能性遺伝子障害病は、近年まではその存在すらも確認されなかった病気で、エイズウィルスと同じように体の免疫機能を著しく損い、発熱、眩暈、疲労、頭痛、心不全といった様々な病気を、二次災害として引き起こしてしまう病気だ。

大半の者は幼年期に死んでしまうのがほとんどなのだが、それを乗り越えた者には、その人が望む望まざるに関わらず、祝福を与える。

『フィン』と呼ばれる翼と、一般的に超能力と呼ばれる力のことだ。

与えられる能力は様々で、テレポート、バリア、精神干渉、エネルギー弾と、多種多様に渡り、その威力は警察の機動部隊と比較しても遜色ない。

ただ反面、絶大な能力ほどエネルギーの消耗が激しく、時には命すらも縮めかねないほどの力を消費してしまうのである。

特にフィアッセの場合それは顕著で、最強のフィンと、皮肉を篭めて名付けた『AS-30 ルシファー』は、フィアッセに絶大な力を与える代償として、彼女の肉体をひどく蝕んでいった。

その頃のフィアッセの翼はまだ漆黒だった。

それが現在のように純白となったはその時の事件に起因している。

詳しくは省くが、その時、恭也を助けたいという強い想いが、フィアッセの黒き翼を白へと変えたのだ。

現在では、以前よりも効率よく力を行使し、体調も安定している状態が続いている。

下手をすれば命すらも奪うという爆弾を抱えていたフィアッセだったが、自身の力と、恭也の力によって彼女はその運命に抗い、克服したのである。

彼女が恭也を心の支えにするようになったのは、この頃からだった。

本来ならば歌手に復帰すべきであったにも関わらず、海鳴に残ったのはそれも起因する。

元々好きだったという気持ちもあるが、自分を救ってくれたことに対する、ある種の英雄的意識が生まれ、それは同時に恋愛感情へと発展していったのだ。否、気付かされたと言うべきなのかもしれない

ゆえに、その支えである恭也がいなくなってしまったという事態に、いちばん取り乱し、自分を失ったのはフィアッセだったのだ。

まだ恭也が高町家にいた頃、フィアッセは彼に聞いたことがある。

 

『そんなにバイク、面白いの?』

『ああ。今まで世の中にこんな楽しみがあるとは思わなかった』

『ふうん』

『……なぁ、フィアッセ』

『なに?』

『今、赤星の奴が単車購入のためにバイトしてるんだ。それで勝ったら一緒にツーリングしようって誘ってくれた』

『よかったね』

『ああ。それで…………よかったら、一緒に行かないか?』

 

不器用に笑う青年の笑顔が、フィアッセは今でも忘れられない。

約束したじゃない。

一緒に、ツーリングに連れてってくれるって。

恭也と一緒のバイクに乗って、峠を駆け巡る。

わたしにとって、それはささやかな夢だったんだよ?

頬を伝う涙も拭わず、フィアッセはただひとり、愛する青年のことを思い浮かべながら鳴咽を洩らした。

 

 

 

 

 

――海鳴市・聖クレセント教会――

 

 

 

 

 

深夜。

一筋の流星が流れた。

都会という部類に入るとはいえ、東京や大坂よりはだいぶ田舎である海鳴の空は絶景だ。

星々は山で見るそれのように輝き、地上を照らし、包み込む。

地には平和を、兵士には安息を。

人は友を、恋人を、家族を愛し、ひとときの夢を見る。

平和な夜。しかし、それを脅かす者がいる。

そしてそれを狩るために、北斗は“アウトロー”に乗って、その、前世紀に放棄された教会までやってきた。

静かに、けれども力強く、留め金を“引き千切る”と、彼はアウトローに跨ったまま教会の中へと入る。

戦後間もなくして作られたと思わしき教会は、いささか古びた感があるものの、意外にも内装は小綺麗だった。

 

「…いるな」

 

精神を集中し、聴覚に全エネルギーを集中させる。

いくつも生物的な息遣い。

その数、ざっと見積もっても60数体……随分と、盛大なお持て成しである。

北斗が立ったのはマリア像の前。

これから起きるであろう惨劇に、聖なる母君は目を瞑ってくれるのであろうか?

北斗は、懐からフルートを取り出すと、演奏を始めた。

静かで、それでいて盛大な、けれども、どこか物悲しく、切ない曲。

――鎮魂歌。

これから起きるであろう惨劇に対しての、せめてもの慰み。

北斗は演奏をしながら、手際よく床の絨毯をビリビリと破った。

そして、それをマリア像、ひいては十字架に貼り付けにされたイエスの顔に、超人的な跳躍力で被せる。

 

(救済者よ。母よ。今夜起きる惨劇をあなた達は見ぬ方がいい)

 

そう心の中で呟いて、彼の演奏が終わった。

同時に、頭上より4体の龍魔が現れ、北斗の元へと落下していく。

華麗なステップでそれを躱すと、北斗は、取り出した短剣で龍魔の急所を的確に切り裂いた!

たちまち両腕、両足を切断され、戦力を失う龍魔達。

龍魔の生命力は尋常ではない。北斗とて、完全に生命を絶とうとすれば1体につき10秒の時間を要する。しかし、そんなに長い時間を1体にかけるわけにはいかない。

ならば、実質的に負けさせればいい。

命を奪うのは、その後だ。

先行した4体に呼応するかのように、次々と現れる龍魔達。

――と、その中に見慣れぬ5体の異形の姿を見つけて、北斗は怪訝な顔をした。

 

「私が用意した歓迎は、お気に召しましたか?」

 

雷龍の声。

見ると、教会のステンドグラスをバックに、雷龍が佇んでいる。

北斗はニヤリと笑って頷くと、傍にいた龍魔の1体を裏拳で薙ぎ倒し、その心臓を踏み潰した。

 

「そこにいる5体はクラスこそ我々に劣りますが、“龍人”と言って、立派な智能を持った龍の民です」

 

5体の異形はそれぞれ違う形のした龍だった。

それこそ、針龍や雷龍のような、人と龍と動植物のキメラではない。単純な、人間と龍のキメラ……。

龍人と呼ばれた5人のうちの1体が、その鋭い爪に高圧電流を流し、北斗を襲った!

慌てて回避しようとするが、周囲にいる龍魔のため上手く身動きが取れない。

 

「くっ! エアクラフト起動!」

 

その叫びに、北斗の体内で何かが駆動し、彼の体を宙へと浮かせた!

 

「なに!?」

 

驚愕の表情と声の雷龍。

北斗は、雷龍とは反対側のステンドグラスの前に立つと、雷龍を睨んだ。

 

「……やはり、ただの人間ではないようですね。しかしどうします? この場は50体以上の龍魔と5体の龍人、そして龍臣である私がいるのですよ? いくらあなたでも、この状況を打破することなど――」

「――して、みせるさ……」

 

そう言って、彼は短剣を左手に持ち替えた。

注がれる異形達の視線。

北斗は、素早く短刀を目の前にかざすや、その銀色の刃に自身の姿を映す。

 

「……チェンジ…………!」

 

刹那、眩い光とともに彼の姿に変化が起きた!

その肉体は一瞬にして変貌し、黒く、それでいて力強い“機械”的なフォルムとなる。

体中に走る稲妻を模したイエローラインが、月明かりに照らされてキラキラと輝いた。

胸に刻まれた十字の傷痕が、彼の者の姿をより一層“破壊者”としてのイメージを際立たせている。

その、地獄よりやってきた悪鬼の如き貌(かお)の上に蠢く、異質で、グロテスクな人間の脳髄。 

 

「な、何者だ貴様!?」

 

突如変貌した北斗に驚愕した雷龍が叫ぶ。

先刻までの紳士的な態度はどこ吹く風。これが地であるらしい。

『破壊王』はその問いに、ただ一言。

 

「この世の総てを破壊する者……それが、俺だ」

 

『破壊王』はそれだけ言うと、龍魔達の群れへと突っ込んでいく。

 

「フンッ!」

 

“ズシャァァァァァアアアッ!”

 

たった1度の拳で、3体もの龍魔がその身を引き裂かれ、後方へと吹き飛ばされる!

続いて2度、3度と殴り、今度は蹴りを入れる。

やがて彼は変身の際にも使った短刀を引き抜くと、その刀身に光を宿した。

そしてさらに、銀色の刃に火花が走る!

――“電磁超振動ブレード”。

秒間6万回、表面温度3000度という、デルタハーツのメタルブレードを遥かに上回る超振動サーベルに、さらに高圧電流を流した最強の刃。

その一閃はあらゆるものを切り裂き、あらゆるものを貫く。

たった一度、その刃を振るっただけで、10体の龍魔が消滅した。

やがて3分もしないうちに、『破壊王』の周囲にいるのは5体の龍人と、雷龍だけとなっていた。

雷龍は恐慌していた。

目の前に現れた『破壊王』の力に。そして、彼の内包する恐るべき戦力に。

恐怖のためか、ベルトの龍が黒く濁っていく。

『破壊王』は、それを見逃さなかった。

 

「お、お前は一体何者だ! 一体何故、俺達を狙う!?」

「よかろう。死ぬ前にその名を胸に刻み、黄泉への旅路に思い出す都度、恐怖するがいい」

 

ひどく残酷で、冷徹な声。

『破壊王』の芝居のかかった仕草に、その場にいた6体が絶句する。

 

「俺の名は…俺の名は……ハカイダー!

俺の、俺の使命! 俺の宿命!!

それはこの世界の全てを破壊すること!!!

俺の名は、ハカイダー02!!!!」

 

かつて、秘密結社『ダーク』という組織が存在した。

『ダーク』とはその名の通り闇に蠢く者を意味し、社会の影で暗躍していた秘密結社である。プロフェッサー・ギルと呼ばれる男を筆頭としたこの組織は、壊滅直前に、とあるシステムを開発した。

――ハカイダー・システム。

究極の強化服を目指して開発されたこれは、人間を最小限の状態である脳にのみ留め、戦闘用アンドロイドに移植することで、無敵の兵士を作ろうとした計画である。

その時に作られた試作型ハカイダー・システムの数は5体。

そのうちの4体は、この後すぐに歴史上から抹消される。

しかし、その残った1体の行方は、未だ不明……の、はずだった。

そしてそれは、今、この場で6体の龍と対峙している。

 

「アウトロー!」

 

ハカイダーの呼びかけに呼応して、純白のオートバイの後部サイドポットから、一挺の銃が射出される。

ハカイダーはそれを空中でキャッチすると、弾丸も装填せずに構えた。

ソードオフのショットガンの形状をした銃は、弾丸を込めていないにもかかわらず、1発、2発と続けざまに龍人達を貫いていく。

 

“ガンッ! ガンッ! ガンッ!”

 

1体につき3発。

ハカイダーの体内で精製された超高周波炸裂弾は、瞬く間に5体の龍を撃ち、滅ぼした。

ハカイダーは銃を腰のホルスターに引っかけると、ブレードを引き抜く。

振りかざされたブレードはあまりの超振動に唸りを上げ、ブレード周辺の空気すらも分解していた。

世界広しといえども、このブレードを操れるのはハカイダーしかいない。

秒間6万回に耐え切れる装甲もそうだが、それを支えられるだけの腕力が必要なのだ。

ハカイダーはまさに、破壊するためだけに生み出された“改造人間”である。

ゆえに、バランスなど考えない、ありとあらゆる破壊を可能とした機能が組み込まれている。

そう、この電磁ブレードを支えきれるだけの、超弩級の腕力が、ハカイダーの細腕には備わっているのだ。

 

「フンッ!!」 

 

“ズザシャァァァァァアアアッ!!”

 

「ぐぎゃああああああああっ!!」

 

電磁ブレードの一閃に、雷龍が悲鳴を上げた。

ゴトリと、鈍い音がして、雷龍の左手が切断される。

 

「……次は右だ」

「く、くそぉ!!」

 

右手を掲げ、振り下ろす。

刹那、音速の稲妻がハカイダーのボディを、身構える暇すら与えず貫いた!

 

「……む?」

 

しかしハカイダーは、稲妻のダメージなど無かったかのように平然としている。

 

「な、なにぃ!?」

 

自分の雷撃が効かない。

そんな事態は初めてだった。

 

「そ、そんなはずがないっ!」

 

右手を掲げ、振り下ろす。

右手を掲げ、振り下ろす。

何度も何度も、その動作を反復するが、ハカイダーは特にダメージを受けた様子もなく、雷龍に歩み寄った。

ハカイダーの装甲は何か特殊な素材で出来ているようで、雷龍がこれまでに見たことのある、人間の作った装甲板とは段違いの防御力を有しているようだった。また表面にはやはり特殊な処理が施されているのか、稲妻のエネルギーがまったく通用していない。それもそのはずで、ハカイダーの装甲は構成する材質のみならず、装甲板の性質、装甲に施された処理全てが、一般に浸透している人類の科学をはるかに凌駕していた。

ハカイダーの装甲は宇宙から飛来した金属技術……スペースチタニウム系の合金をベースに、様々な性質の素材を重ねた複合装甲で構成されていた。また装甲表面には『ダーク』の技術力の粋を結集して完成した特殊な処理が施され、この改造人間のボディに電磁装甲としての機能を付加していた。

電磁装甲とは戦車などの防御力強化のために開発された、未来の装甲技術である。装甲表面に高電圧を流すことで運動エネルギー攻撃の威力の大部分を軽減、あるいは完全に無力化し、また、一部の化学エネルギー攻撃にも有効な、画期的な防御手段だ。

強靭な生命力を持つ龍臣をいとも簡単に切り捨てる最強の矛に加え、稲妻すらも無力化する最強の盾を前に、雷龍は無力な存在だった。

 

「ぎゃああああああああっ!!」

 

二度目の絶叫。

見れば、両腕を失った雷龍が、怯えた視線をハカイダーに向ける。

しかしハカイダーは、そんな龍臣の無様な様子にも、無表情に対応した。

もとよりハカイダーの口が慈愛や容赦の言葉を紡ぐことはない。そんな言葉を、漆黒の破壊王は知らない。

はたして、雷龍の救いを求める懇願の視線は、漆黒の破壊王の心を動かすことはなかった。

ハカイダー02は、酷薄に告げた。

 

「終わりだ……」

 

“ガンッ! ガンッ! ガンッ!”

 

無情にも、その弾丸は放たれた。

頭と胸を撃ち抜かれた雷龍は、ビクンと脈打って、静かに絶命した。

 

 

 

 

 

……しかし、教会に静寂は訪れなかった。

 

 

「……来たか」

 

ハカイダーは呟き、雷龍の死体を見詰めていた。

死んだはずの龍臣の肉体からは、白い、靄のような何かが、全身から放出されていた。

やがて、その靄は教会の天井近くで形を成し、肉体を作り、一匹の龍へと変貌した。

 

「人の身も、魚の身をも捨てたか……」

 

空中でとぐろを巻きながら浮遊する龍は、明らかに知性のない存在だった。

どこか雷龍の面影がある、現れた龍を睨みながら、ハカイダーは静かにブレードを構える。

ハカイダーが発する敵意を感じ取ってか、龍は地上の機械人形に、突進した。

単調で、直線的な動きだ。

空を裂き、大気を砕くその猛進を、ハカイダーはブレードを持っていない方の手……右手で受け止めると、流して、高周波振動を繰り返す刀身をその身に這わせる。

……しかし、

 

「ぐぅっ!」

 

ダメージを受けたのはハカイダーだけだった。

龍は尾でハカイダーの体を引き離すと、そのままブレードを持った左手に噛付いたのだ。

 

「やはり効かないか」

 

ブレードを口内に含んでいるというのに、龍は平然としていた。ハカイダーがそのままの状態で2度、3度と拳で応酬しても、龍に効果はなかった。

しかし、それも当然であろう。ハカイダーの攻撃はすべて、龍の肉体を通り抜けて、空を泳ぐばかりなのだ。

実体が存在しない……というわけではない。

現に、ハカイダーの攻撃は擦り抜けて通用していないが、逆に龍の攻撃は確実にハカイダーにダメージを与えている。

ただ、こちらの攻撃が通用せず、敵の攻撃のみを食らうだけ。幽霊とも思念体とも異なった存在だ。

 

「……“解放態”か」

 

ハカイダーが呟く。

その語気には、明らかな嫌悪が含まれていた。

通用しないとは理解していたが、ハカイダーはブレードを振り上げる。

彼の電子頭脳は警告を発していたが、それに耳も貸さず、ハカイダーは走り出した。

 

 

 

 

 

――解放態。

高位の生物で、なおかつ、その中でもさらに高位に属する者が、何らかの条件を満たすことによってなれるという、ある意味、生命進化の究極とも取れる存在。

その生態を言葉で説明するのは難しく、しかしそれでもあえて挑戦するとしたら、呼んで字の如く、この世界のあらゆる“縛り”から逃れ、魂を解放されし者……という説明が、最も分かりやすいだろう。

“死”の概念からも外れた、ある意味神の教えから外れた存在である。

しかし、解放態となった生物が神に裁かれることはない。

解放態には、生物を縛る鎖のひとつ……“死”そのものがないのだ。

ゆえに人によっては彼らを、“最終存在”と呼ぶ者さえいる。

彼らを倒す方法は、同じ解放態か、神と同等、あるいはそれ以上の圧倒的なパワーで倒すか、この世界に存在しない手段で攻撃するしかない。“解放態”となった者が脱却する“縛り”とは、あくまでこの世界の法則でしかないのだ。

 

 

 

 

 

ハカイダーは攻めあぐねていた。

いくら自身の戦闘力が相手を上回っていたとしても、こちらの攻撃が通用しないのだ。

最強の破壊の能力を持った彼ですら戦いあぐねる敵。それは“この世界”で最強の防御の手段を持った存在であると同意語だった。

 

「……なるほど、この程度か」

 

不意に、ハカイダーが呟いた。

今の雷龍に知性は存在しない。雷龍は、自身の知という“縛り”を捨てることで、解放態へと進化したのだ。

ゆえに、今の雷龍には、ハカイダーの言葉の意味がまったく理解できなかった。

そして、次の言葉の意味も、まったく理解出来なかった。

 

「この程度なら、まだ俺でも倒せるか…」

 

刹那、それまでずっと沈黙を保ち続けていたアウトローのエンジンが吼えた。

高性能なサイレンサーでも消しきれぬ巨大な音がマフラーから漏れ、アウトローの後部ポッドから2本のナイフが勢いよく射出される。

国際空軍制式のコンバットナイフよりも大きく、いかめしいそれを、ハカイダーは空中でキャッチすると、なんと、おもむろにそれを自身の背面へと突き刺した!

……否、突き刺したのではない。嵌め込んだのだ。ナイフは、敵を切り裂くための武器ではなく、ハカイダーに組み込まれたあるシステムを起動させるための、鍵だったのである。

 

「ディメンション・トリガー、セット!」

 

直後、ナイフ……ディメンション・トリガーを嵌め込んだハカイダーに変化が起きた!

その漆黒のボディは銀色に輝き出し、雷龍の眼――と思わしきもの――を眩ませる。

しかし、変化はそれだけだった。

やがて光も消え、先刻までの黒いボディの戻るハカイダー。

雷龍は、一瞬だけ躊躇いにも似た行動をとると、一気にハカイダーに向って突進した。

直後、ハカイダーはブレードを振りかざし、雷龍の体を一直線に切り裂いた!

……しかし、当然のことながら攻撃は雷龍の体を通り抜けてしまい、ダメージを受けたのはハカイダーだけだった。

 

「終わったな……」

 

しかしハカイダーは、不適に笑った。

知性を自ら放棄した今の雷龍には、ハカイダーの言葉が意味するところを理解する能力がない。

雷龍はただ我武者羅に、その“改造人間”に向かって突進した。

ハカイダーは再びブレードを振り上げて、雷龍を切り裂き、その鮮血を信者席のみならず、十字架へと引っ掻けた!

 

“オォォォォォン!”

 

恨みと痛みと、恐怖と悲しみの篭もった、慟哭。

一瞬何が起こったのか分からず、雷龍は不格好に血を流しながら宙でとぐろを巻く。流れ落ちる血に、祭壇までもが汚れた。

しかし、それはハカイダーにとって恰好の獲物だった。

 

“ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!”

 

――ハカイダーショット。

6発の超高周波炸裂弾が、解放態となった雷龍を貫く!

本来ならばありえない現象に、雷龍は恐慌し、本能からか、逃げ出そうとステンドグラスをぶち破る――ことはなかった。

 

「フンッ」

 

飛び立とうとした瞬間、ハカイダーに尾を掴まれ、地面に叩き付けられる。

そしてその瞬間、ハカイダー最強の技が牙を剥いた!

 

「……ギロチン落とし!!!」

 

ハカイダーの両足が、起き上がろうとした雷龍の首を挟み、そのまま地面へと叩き付ける。

 

“グシャアッ!”

 

かつて、“3体の人造人間”を苦しめ、窮地に立たせたハカイダー最強の牙。

その強靭な脚力から放たれた斬首刑は、ものの見事に雷龍の首をへし折った!

雷龍は、自分の身に何が起きたかも分からずに、声にならない叫びを上げて絶命した……。

 

 

 

 

 

“ヒュォォォォォ…………

 

風が吹いた。

まるで死者の魂をはるか天上の世界へと導くかのように。

しかし、それはあとしばらく間は叶わない。

この国の夜に吹く風は、あとしばらくは東の空へのみ吹き上げる風となるであろう。

元々放棄され、もはや教会としてのなりは微塵もなくなっていた聖クレセント教会は、ハカイダーが出た瞬間に崩壊を始めた。

ハカイダーの“破壊”は、それほどまでのダメージを建物に与えていたのである。

標的は全てその中にいた者達にも関わらず、だ。

じきに警察も来るであろう。

ハカイダーはアウトローに跨り、北斗の姿へと変身する。

人間の人工皮膚を被ったその顔には、どこか、かつて“自分が機械であることに悩んだ人造人間”の浮かべた苦悩の表情と似ていた。

アウトローのエンジンをキックして、北斗は教会を後にした。

 

 

 

 

 

――????――

 

 

 

 

 

龍臣達の間には、いつになく緊張した空気が漂っていた。

その中に牙龍はなかったが、あれだけの戦闘力を個々で保有する6人の表情には、その存在(・・・・)に対する畏れの色がありありと浮かんでいる。

やがて、みなの意見を代表するかのように、大祭司が口を開いた。

 

「こ、“黒龍”様。本日はどのような御用件で?」

 

辺りにある岩の椅子に適当に座る男は、ゆっくりと龍臣達の方を向いた。

黒龍と呼ばれた男の軽いひと睨みで、大祭司は身を震わせた。

その、鋭い視線に貫かれた龍達は、絶頂を迎えたかのような恍惚感と、対照的に、喉元に刃を突き付けられたような死の絶望感に、同時に苛まれた。

やがて黒龍が、一言だけ口を開いた。人の姿を取る龍の薄い唇が紡ぐ言葉は、古代の賢人を思わせる偉大なる口調で語られた。

 

「……我らが神の器に相応しい肉体を持つ者が、見付かった」

「それは素晴らしい!」

 

その言葉に大祭司は喝采した。

後ろに控えている龍達も、歓喜の表情を浮かべる。

 

「ここより遥か東の大陸に1人、そしてこの国、この街に2人おる……」

「な、なんと!?」

「この街に2人もおったとは!」

「何故気付かなかったのだ!?」

 

驚愕と怒号。

まさか、自分達の攻め込んでいる街に目当ての者達が居るなど思ってもいなかったのだ。

 

「うぬらは『断魂』を続けよ。肉体は、それが終わりし時、我らが献上しよう」

「は、はは~」

 

まだ集めるべき人間の魂は400人以上残っている。

神の復活に必要な1000人分の魂には、程遠い。

 

「……して、その器とは一体? 『断魂』の際、万が一その器まで殺してしまうやもしれませぬ」

「うむ。この3名だ」

 

言って、黒龍は空中にそっと指で円を描いた。

いかなる技術の産物か、黒龍が指でなぞる軌跡は煌々と輝いて美しい弧を作り、限りなく真円に近いそこに、突如として薄い水の皮膜が張られた。透明な円形のスクリーンが完成し、水鏡と化した円の中に、薄っすらと3人の女の姿が映し出される。

黒龍は、居並ぶ龍達を見回すと、荘厳なる響きの声で言った。

 

「この3人だ。しかと顔を覚えよ」

 

――リスティ・槙原。

 

――フィリス・矢沢。

 

――セルフィ・アルバレット。

 

水面に映った3人は、みな銀髪の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

魂を狩る者は卑劣な手段で次々と断魂を行なっていく。

かつての戦友を守るため、男は必死に駆け抜ける。

追い詰められた少女を助けるは疾風の戦士。

しかし、その力はあまりにも無力であった。

 

「あの時の二の舞いは……もう、ご免だ!」

 

次回

Heroes of Heart

第九話「装着」

 

 

 

 

 

 

設定説明

 

 

“ハカイダー02”

 

身長:220cm 体重:345kg

 

北斗の正体。北斗が変身した姿ではなく、こちらが本来の姿。

ハカイダー・システムの2号機であり、単体で最強のハカイダーを目指して作られた。

そのスペックの詳細は不明だが、全ハカイダー中でも最強の戦闘能力を持っているのは想像に難くない。

また、解放態である雷龍を倒した事実などからも、他のハカイダーにはない、何か特別な機能を持っていると思われる。

しかし、なにより重要なのはこのハカイダーに搭載された脳髄が一体誰なのか? であろう。

そして、闇舞北斗の言動や行動から察するに、現在、ハカイダーがハカイダーたる由縁である悪魔回路は起動しておらず、それを考えると、現状の戦闘能力は本来の10分の1程度だと推測される。

彼がこうなる前の話である『Heroes of Heart外伝 ~漆黒の破壊王~』も、併せて現在連載中。

 

 

“白いカラス”

 

ハカイダーの愛馬。

白いカラスの名称は“アウトロー”と読む。

最大950km/hという圧倒的速度を誇り、また、水中、水上での走行も可能。

いかなる悪路でもバランスを保ち、堅牢な装甲を持つ。

ハカイダーの信頼を一身に集めたスーパーバイク。

 

 

“雷龍”

 

身長:210cm 体重:131kg

 

第7話、第8話に登場。

龍と人間と電気ウナギのキメラのような姿をしている。

雷を操る能力を持ち、その発電力は電気ウナギの50倍(3万V)にもおよぶ。

しかし、その能力を完全に使いこなせているとは言えず、ハカイダーの前に敗れ去った。

決して弱くはないのだが、相手がアレなので仕方ない。

必殺技として“雷光衝拳”というのがあるが、モロKOFの金髪兄ちゃんの雷光拳である。

 

 

“雷龍・解放態”

 

全長:855cm 体重:0g(質量として存在しない)

 

雷龍が自らの命と知性を引き換えに進化した最終存在。

知性を失っているため精密な動作は出来ないがそのパワーは凄まじいものがある。

相手が相手だったため、あまり強くないように見えるが、あらゆる世界の法則を無視しているため、ほぼ最強(現状でこいつを倒せるのはネメシスとハカイダーのみ。何故ネメシスが倒せるのかは後々に明らかとなるであろう)。

主な攻撃は突進だが、運動エネルギーの法則を無視して、質量が存在しないにもかかわらず50tの衝撃力を秘めたタックルをする。

 

 

 

 

 

 

~あとがき~

 

どうも、タハ乱暴です。

Heroes of Heart第八話、お読みいただきありがとうございました。

まず初めに言っておきますが、「すんませんでしたっ!!!」

もはやとらハじゃありません。オリキャラオンリーの大活躍編です。

話の構成上、この話はどうしても必要だったんです。

元々とらハと特撮を組み合わせようと思うとどうしてもワンクッション必要で……でも、仮面ライダーばっかじゃ芸がないからということでハカイダーに……。

その代わりと言ってはなんですが、次回、傷も癒えぬネメシスが復活します。

そして、第3のヒーローがついに……。

あと最後に、解放態についての設定ですが、あれはタハ乱暴のオリジナルです。とらハにも他のどんな特撮にもそんなものはないので「出典何?」って聞かれても困ります。

ではでは、図々しいどころか迷惑ばっかかけまくりのタハ乱暴でした。






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