拳銃形態のイクサカリバーの銃撃による先制攻撃から始まった新たな戦いは、しかし、次第にディエンドがイクサとガタックを圧倒する形へと推移していった。

 手負いの身とはいえ、イクサの参戦によって二対一となった状況を不利と判じたディエンドが、みたび新たなライダーを、それも二人召喚したためだ。

Kamen Ride. G4!】

Kamen Ride. Another AGITO!】

 ディエンドライバーのツイン・マズルから飛び出した二条の閃光がまた新たなライダーの姿を形作った。

 片や漆黒の装甲と冷徹な青い眼差しが威圧的な仮面ライダー……G4。

 片や発達した筋肉組織とベルトの中央に頂く賢者の石が特徴的な仮面ライダー……アナザーアギト。

 進化を望んだ人の夢と、進化を強制された人の夢が生んだ二人のライダーは、それぞれ射撃による遠距離戦と肉体を駆使した接近戦に長けていた。

 互いの長所が短所を補い合い、そこに遠近そつなくこなすディエンドまでもが加わって、イクサとガタックは秒刻みで追い詰められていった。

「しゃああッ」

 手負いの右足を引きずりながら、裂帛の気合を迸らせたガタックが水平に手刀を放った。

 対する漆黒のG4は片手で難なく攻撃を弾くと、拳銃サイズにまで小型化された自動小銃……GM-01改四式を至近距離で叩き込んだ。

 ドスドスドス、と拳銃サイズの外見からは想像も出来ない銃声が何度も轟き、青い装甲からは火花が飛散した。

 ガタックのボディには、そのバイタルパート(重要区画)に隕石から採れた特殊な金属……ヒヒイロノカネを使用している。戦車砲の直撃にも耐えうる装甲だ。対未確認生命体用の神経断裂弾を装填しているGM-01改といえども、装着者に致命的な一弾を叩き込むのは難しい。

 しかし、弾頭の炸裂時に伴う衝撃そのものは、装甲の内側へと確実に伝わり、柳也の肉体を着実に痛めつけていった。

 GM-01改のマガジン一本の装弾数は最大72発。その半分ほども消費した頃、ガタックはとうとう後ずさり、膝を着いてしまった。

 G4はなおも追い討ちをかけるべくガタックに迫る。

「柳也!」

 ガタックの苦戦を見たイクサは、イクサカリバーを拳銃形態に、G4へ向けて牽制の射撃を放った。

 きっかり一連射。

 しかしその射撃は、射線上に割り込んだアナザーアギトに命中し、G4はガタックの頭部目掛けて膝頭を叩き込んだ。

「くっ……邪魔を、するなぁ!」

 すかさずイクサカリバーを片手剣に変形させ、イクサは眼前の敵へと斬りかかった。

 アナザーアギトも、射撃によるダメージなど蚊が刺した程度と言わんばかりに、果敢に迎撃戦士へと挑みかかった。

 八双からの袈裟斬りをあえて自ら前に踏み込むことで避け、肉迫した懐に拳を叩き込む。

「ぐぅ……!」

 呻き声。

 イクサの視界を炎のように二条のマフラーが覆い尽くした次の瞬間、側頭部に回し蹴りが命中する。横転するイクサ。

 胸部を狙った追い討ちの踏みつけを、両腕をクロスしてガードするも、逆にがら空きとなった腹部を連続して踏みつけられた。

 脇腹を蹴られる。

 直後、浮遊感。

 蹴り飛ばされたと気付いた次の瞬間、何かにぶつかって落下した。

 苦悶の声が重なる。

 ぶつかったのは、ガタックだった。

「りゅ、柳也……」

「悠人……無事か?」

 ガタックは容赦ない連続攻撃を受けたイクサの身を案じた。

 同様に、イクサもまたガタックの受けたダメージを気遣う。

 そこには、かつて王国軍でもともに戦った戦友同士の姿があった。

「たとえ敵同士であっても、お互いを気遣い合う。美しい友情だね。……でも、そういうのはいらないな」

 冷徹にディエンドが告げた。

 イクサも、ガタックも、いまや戦力の大部分を奪われていた。

 あと一撃でも、強力な攻撃を受ければ変身が解除されてしまうだろう。

 その一撃を、ディエンドは叩き込む腹積もりだった。

Final Attack Ride. G, G, G, G4!】

 ディエンドライバーに新たなライダーカードを挿入した。

 その直後、G4の頭上に、突如として巨大な質量が出現した。歩兵携行用の四連装のミサイル・ランチャーだ。低空・短距離対地用の小型巡航ミサイル“ギガント”を四発装填している。有効射程は約四キロメートル。

 落下したミサイルを受け止めたG4は、ランチャー・ユニットから伸びたワイヤーの接続端子を自らの腰部ユニットに接続した。G4システムからの電力供給を受けて、ランチャー・ユニットに組み込まれたアクティブ・センサーが稼動を開始、敵の姿を探した。

「もう一枚、サービスだよ」

Final Attack Ride. A, A, A, Another AGITO !】

 アナザーアギトの、口腔部を守るクラッシャー・シールドが開いた。

 異常に発達した犬歯が剥き出しになり、胸のワイズマンモノリスが不気味に輝いた。

 腰の重心を低く落としたアナザーアギトの足下に、龍の紋章が浮かび上がる。

 アサルト・キック。対艦ミサイル十数発分に匹敵する膨大なエネルギーを右足に集中、敵に叩き込むアナザーアギトの必殺技だ。その威力は、ガタックのライダーキックやディケイドのディメンション・キックを大きく上回る。

 ガタックは咄嗟に左腰のスラップ・スイッチへと手を伸ばした。この窮地を脱するには、クロック・アップしかないと考えたからだ。

 しかし、スイッチを叩く寸前で、思いとどまってしまった。

 いまの消耗しきった体では、たとえクロック・アップの高速時空に突入したとしてもせいぜいコンマ〇〇一秒が限界だろう。高機動時空間の感覚でも僅か一秒間。たったそれだけの時間では、一方の攻撃を防いだとしても、もう一方の攻撃を防ぎようがない。

 それに、万が一、自分は無事に終わったとしても、背後のイクサは……。

「柳也……」

 その時、背後から力強い語調で名前を呼ばれた。

 こちらを振り返ることなく、聖十字を仮面に頂いたイクサが続ける。

「クロック・アップしてくれ」

「悠人……しかし、それじゃあお前が……」

「大丈夫。俺は俺で、なんとかするよ。……お前は、あの黒いヤツを頼む」

「……そういうことか」

 僅かなやり取りの中で、ガタックはイクサが何を言わんとしているのかを悟った。

 たしかに、役割分担としては自分がG4に対抗した方が良いだろう。

 しかし、それは同時に危険な博打でもある。

 もし、自分が作戦に失敗すれば、背後のこの友は……。

「頼むぜ、柳也」

 しかし、背後の友人はそんな苦悩とは無縁のようだった。

 背中を預けるイクサが失敗することなど絶対にありえない、と真実信じていた。

 王国軍を裏切り、自分を裏切ったこの男のことを、心の底から信じてくれていた。

 その信頼に応えたい、と、胸の内に衝動が湧き上がった時、躊躇いは、もう消えてしまっていた。

「……ドジるなよ、悠人」

「そっちこそ」

 軽口。

 それは、立場を分かった友人同士をいまだに結ぶ、信頼の証だ。

 G4のギガントが、四発、一斉に発射された。

 同時に、アナザーアギトが地面を蹴った。

 応じて、ガタックもスラップ・スイッチを叩き、高速機動空間へと突入する。

「クロック・アップ!」

Clock up !】

 途端、全身を苛む苦痛。

 やはり、現状の己ではクロック・アップの負荷はきつすぎるか。

「……んなモン、認めてたまるかぁッ!」

 一瞬、地面に膝を屈しかけたガタックは、しかし、しっかり、と二本の足で大地を踏みしめた。

 視線は前に。

 一歩踏み出す。

 自分以外の時間の流れが一〇〇〇分の一秒にまで引き伸ばされた空間の中、青の甲虫戦士は、四発のミサイルを目指した。

 走りながら、ガタックゼクターを操作し、タキオンの波動を右足に叩き込んだ。

1...2...3... ... Rider Kick !】

「うおおおおおお――――――!!!」

 獅子吼。

 裂帛の気合が迸り、黄金に輝く右足が唸る。

 狙いは、ギガント・ミサイルの胴部分。

 弾頭部の信管を刺激せぬよう、連続して右足を振り抜く。

 一発目、撃墜!

 二発目、撃墜!

 三発目、撃墜!

 四発目、撃墜!

 全弾、迎撃!

 そこで、クロック・アップが解けた。

 しかし、ガタックの猛進は止まらない。

「おおおおおおお――――――ッ!!!」

 いまだ破壊の波動迸る右足で地面を蹴った。

 足跡を中心に大地に亀裂が走り、地面が陥没、地下水が、あふれ出した。

 空中に舞ったガタックは、一条の光線と化した。

 青い、流星だ。

 G4の漆黒の装甲目掛けて、鋒矢の如く突き進む。

「ライダぁあああッ、キィィィ――――――ック!!」

 稲妻を放つ右足が、G4の胸部装甲を貫いた。

 左足で胸板を蹴り、右足を引き抜き空中で一回転、地面に降り立つ。

 視線を前に向けた時、G4は爆散した。

IXA Knuckle Rise up !】

 直後、ガタックの耳朶を頼もしい電子メッセージの音が叩いた。

 イクサナックルを構えたイクサが、怪鳥の如く降下するアナザーアギトと真正面から対峙しようとしている。

 ブロウクン・ファング。

 アサルト・キック。

 地上のイクサが拳を突き出し、空中のアナザーアギトの爪先が、白銀の胸部装甲を裂いた。寸前のところで軌道を見極めたイクサが、半歩後ろに退いたのだ。他方、ブロウクン・ファングのエネルギーは、アナザーアギトの顔面を飲み込んだ。

 刹那、空中で爆発。

 アナザーアギトが爆散し、イクサは地面を蹴って後退する。

 そして、ガタックの方を見た。ガタックが頷く。互いの意思疎通は、それだけで十分だった。

 ガタックが、ディエンドの方を振り向いた。ディエンドは、また新たなライダーカードをディエンドライバーに挿入しようとしていた。

「「させるかぁぁッ」」

 青の甲虫戦士と、白銀の太陽騎士の声が重なった。

 バチバチ、と火花。

 数多の攻撃を受けて黒焦げた装甲から、異様な匂いが生じる。

 イクサが牽制の銃撃を放ち、ガタックが残った力を振り絞って、ライダーキックの態勢に入る。ガタックゼクターを操作、タキオンの波動が、右足に集中した。

「おっと残念」

Attack Ride. Invisible !】

 ガタック必殺の一撃は、不発に終わった。

 新たなライダーカードを読み込んだ次の瞬間、二人の視界からディエンドの姿が消えた。

 比喩ではない。文字通り、影も形も残さずに、ディエンドの姿が消えてしまった。

「……Invisible のカードか」

 戦いを傍観していた士が苦々しく呟いた。

 Invisible のライダーカードは文字通りディエンドの体を透明にし、姿を消すカードだ。透明になっている間はライダーの特殊な感覚器官や機械的なセンサーの類も通用せず、士以外にも数多くのライダーがディエンドのこのカードに煮え湯を飲まされてきた。

「くそっ。どこに行った?!」

 イクサは拳銃形態のイクサカリバーの銃口を其処彼処に向けて、姿の見えない敵を警戒する。

 そんな太陽戦士に、士は淡々と告げた。

「無駄だ」

「なに?」

「もう、ここにあいつはいない」

 士の言う通りだった。

 いついかなる時も沈着冷静なディエンドは、戦機の流れを見逃さない。敵方に戦機が到来すれば、損害が軽微なうちにInvisible のカードで撤退する。それが、ディエンドの十八番だった。

 その場には、いまだ警戒を続ける二人の戦士だけが残された。

 

 

 

仮面ライダーディケイド

21.8話「絆 Bパート」

 

 

 

 士からディエンドの撤退を教えられた悠人と柳也は、そこでようやく変身を解いた。

 そしてその直後、柳也は気を失い、倒れてしまった。イクサ、ディケイドとの連戦で疲弊していたところに、実質五人ものライダーと戦って肉体の消耗が限界に達したらしい。

 悠人と士は、ひとまず柳也を廃墟の洋館の中へと運び込んだ。

 スピリット達の反乱以来、放棄された兵舎は埃っぽく、小動物の糞尿や死骸などで異様な臭いに包まれていたが、幸い、ベッドやソファといった家具は健在だった。

 悠人は柳也をベッドに寝かせると、井戸から汲み上げた水で手拭いを濡らし、炎症著しい友人の右足を冷やした。出来れば医薬品が欲しいところだったが、そういった消耗品はすべて軍が没収してしまっている。いまの悠人が柳也にしてやれることといえば、温くなった手拭いをまた冷たい水に浸し、右足を冷やすくらいだった。

「……ぅう」

 柳也の意識が回復したのは、それから二時間ほど経った時のことだった。

「ぐ……ぅつく……ゆう、とか?」

 目を覚ました友人は、悠人の顔を見て苦しげに言葉を紡いだ。

 悠人は思わず泣き出しそうになるのを、ぐっ、と堪えて、努めて明るい笑顔を浮かべた。実際には、ほとんど泣き笑いの様相だったが。

 ――それは言わぬが花だな。

 士は、クスリ、と微笑みながら、カメラのシャッターをパシャリ。友人の目覚めを喜ぶ悠人の姿を写真に撮った。

 そのシャッター音で、はっきり、と目が覚めたか、柳也は跳ね起きて顔をしかめた。手拭いの巻かれた右足を押さえる。その両腕も、傷つき、消耗していた。

「悠人! ぐぅぅ……!」

「柳也! 駄目だ。まだ寝ていろ」

 ベッドから這い出ようとする柳也の体を押さえつけて、悠人は言った。

 当然、追われている身の男は激しく抵抗したが、追う方の男は強引にそれを制した。体格で柳也に劣る悠人だったが、相手も怪我人とあってすぐにベッドに拘束することが出来た。

 抵抗は無意味と、暴れるのを諦めた柳也は嘆息しながら悠人に訊ねる。

「……俺は、いったい?」

「あの戦いの後、お前は倒れたんだよ」

 悠人は訥々と柳也に状況の説明をした。ディエンドを撃退した直後、柳也が倒れてしまったこと。その柳也を、士と二人でこの場所に運び入れたこと。ディエンドとの戦いから、すでに二時間近くが経過していること。

「気を失ったお前を運ぶの、本当に大変だったんだぜ?」

「そうだったか……それは申し訳ないことをしたな。造作をかけた」

「いいって。それより……」

 ベッドに横になった柳也に悲痛な眼差しを向けながら、悠人は本題を口にした。

「正直に答えてくれ。なんで、軍を飛び出したんだ? 軍務が嫌になったとか、そういうわけじゃないんだろ?」

「…………」

「沈黙が、答えなのか?」

 悠人は一文字に口を閉ざした柳也に、切々と続けた。

「王国には、化け物がいる、って言ってたよな? それと関係しているのか?」

「…………」

「言いたくないのなら、それでも構わない。けど、これだけは訊かせてくれ。……俺は、いまでもお前のことを友達だと思っている。お前は、俺のことをどう思っているんだ? ……俺は、お前の敵か?」

「……ンなこと、わざわざ確認するまでもないだろうが」

 柳也は、呻くように呟いた。悲痛な眼差しで、悠人の目を見た。

「決まっている。俺も、同じだ。俺も、お前のことを友達だと思っている」

「だったら、何で!」

「……申し訳ない、悠人。そればっかりは、言えない。これは、俺の問題だ。……俺一人で、ケリを着けなくちゃならない、戦いなんだ」

「……その戦いっていうのは、スピリットの暴走に関係していることなのか?」

 それまで傍観者に徹していた士が口を挟んだ。

 王国軍を脱走し、今日まで行方をくらましていた目の前の男は、スピリットによって街が襲われているところにやって来た。その目的は、赤スピリットを倒すことにあったと考えられる。ユウスケや佳織を助けたのは結果論に過ぎない。イクサやディケイドと戦ったのも、彼の方から先に手を出したわけではない。降りかかる火の粉を、払っただけのことだ。

 桜坂柳也の目的は、王国軍を脱走したいまもスピリットを倒すことにある。

 そう予想するのは、決して難しいことではない。

 しかし、そうだとしたら疑問も残る。

「だとしたら、どうして脱走なんかしたんだ? スピリットを倒すのが目的なら、王国軍に所属していた方が支援も受けやすいはずだ。それとも、王国軍に身を置けない理由でもあるのか? ……たとえば、スピリットが暴走した原因は、王国の中にあった、とか」

「…………」

 柳也は無言だった。表情も変えなかった。しかし、かすかに息を飲む音は聞こえてきた。

「……やっぱり、そうだったんですね」

 部屋の出入口の方から、声がした。

 そちらを振り向くと、士から連絡を受けてやって来た夏海が立っていた。

 夏海はベッドに横たわる柳也のもとまで歩み寄った。

「桜坂柳也さん、あなたは一連のスピリット暴走の原因を知ってしまった。そして、その原因が王国軍の内部に存在することを知ってしまった。だから軍を脱走した。そうなんですね?」

「夏海さん、それは……」

「王立図書館でこの国と、スピリットの歴史について調べたんです」

 怪訝な表情を浮かべた悠人に、夏海は言った。

「ずっと疑問に思っていたんです。三〇〇年前、この世界に初めてスピリットとエーテル技術をもたらした聖ヨト王は、絶大な力を持ったスピリットをどうやって制御していたのか。古い神話の中に、そのヒントが隠されていました。聖ヨト王は、一振の聖剣を使って、スピリットを制御していたんです」

「聖剣?」

「はい。その名前は……」

「……永遠神剣第四位、〈求め〉」

 夏海の言葉を、横たわる柳也が引き継いだ。

 そこまで知っているのなら、もう隠しようもない、と諦めた表情で溜め息をつく。

「永遠神剣と呼ばれる、意思を持つ剣だ。その名の通り、使い手と契約を交わすことで、契約者の〈求め〉を叶える。三〇〇年前、聖ヨト王はとある偶然から〈求め〉を手に入れた。そして、契約を交わした。王が求めたものは、自国をより豊かものとするための技術と、自国の軍をより強大とするための兵器だった。それが、エーテル技術であり、スピリットだった。

 聖ヨト王の死後、〈求め〉は王家の宝として宝物庫に保管されるようになった。以来、ラキオスの歴代の国王は、みな例外なく〈求め〉の力を使ってスピリットを制御し、国土を広げるようになった」

「なるほど。大体分かった。スピリットが暴走したのも、その〈求め〉が原因ということか。誰かが〈求め〉に、スピリットが暴走するよう求めた。そうだな?」

 士が訊ねた。

 柳也は小さく頷いた。

「ということは、スピリット暴走の原因はいまの国王……」

「違う」

 夏海が口にした推測を、柳也は、きっぱり、と否定した。

 足の痛みが酷いのか。

 土気色に染まった顔を凄絶に歪め、彼は言った。

「今代の〈求め〉の契約者は、ルーグゥ王じゃない。いまの〈求め〉の契約者は……!」

 と、そこまで言いかけたところで、柳也は口をつぐんだ。

 ベッドから飛び降りるや、部屋に一つしかない窓へと歩み寄る。

 窓縁に右手をかけ、外を睨んだ。

 中庭に、一人の黒スピリットが立っていた。腰まで届く長髪を、左右で結った小柄な少女だ。まっすぐ、柳也を見つめていた。

「お前は……」

「……リュウヤ・サクラザカ、お前に伝えることがある」

 黒スピリットが、淡々とした口調で言った。

 士がディケイドのライダーカードを構え、悠人もイクサナックルを右手に嵌めた。

「ユウスケ・オノデラと、カオリ・タカミネ。この二人は預かった」

「なに!?」

 柳也だけでなく、室内の誰もが驚愕した。

 黒スピリットは冷たく続けた。

「二人の命を保証してほしければ、“あの場所”へ来い。お前と、我らの主にとっての、始まりの場所だ」

 用件を伝えるや、黒スピリットはウィング・ハイロゥを展開して地面を蹴った。ぐんぐんと高度を増し、あっという間に見えなくなる。

「くそッ」

 柳也は毒づきながら窓から飛び降りた。

 両脚で着地するが、右足の膝が必要以上に折れてしまった。思わず転倒しそうになるのを、必死で堪える。

「柳也!」

 悠人も窓を乗り越えた。

 彼自身痛む身体を引きずって、友人の背中に手をかけようとする。

 その瞬間、柳也が振り返った。

 悠人の視界で、火花が弾けた。ついで、物凄い衝撃が頬を強打した。

 振り向き様に放たれた右フックが炸裂したのだ。

 尻餅を着く悠人。鼻血を垂らしながら、友人を見上げた。

「悠人、すまん。俺の戦いに、佳織ちゃんを巻き込んでしまった。……二人は、俺が必ず助け出すから」

 柳也はようやく玄関から飛び出した士と夏海を見た。

「悠人を頼む」

 そう、告げてから腰を折った。

 踵を返し、中庭に停めていたガタックエクステンダーに跨った。

 エンジンをキックする。スロットルを、一気に吹かした。急発進に加えての、急加速。

 青のオフロード車は、一条の流星と化して、士達の視界から走り去っていった。

 

 

 口元に手をやる悠人のもとに、士と夏海は駆け寄った。

「悠人さん! 大変です。早く治療しないと」

「夏海さん、俺のことはいいッ。それよりも士、早く、柳也を追ってくれ」

 悠人は駆け寄ってきた夏海の腕を払い除けると、士に詰め寄った。

 佳織が人質に取られていると知ったためか、顔からは血の気が引いている。

 黒スピリットの言っていた“あの場所”を、自分達は知らない。どうやらあの単語は、柳也といまだ見ぬ敵の親玉との間でのみ通じる合言葉らしい。ガタックエクステンダーの最高速度は時速四一〇キロだ。早く追いかけねば、見失ってしまう。

 焦る悠人とは対照的に、士は平静な態度で言う。

「安心しろ。俺があいつを見失うことはない。……変身っ」

 士はそう言って、いつの間に巻いていたのか、ディケイドライバーにライダーカードをインサートした。

Kamen Ride. DECADE !】

 電子メッセージが鳴り響き、士の身体が、仮面戦士のそれへと変わる。ディケイドの姿になった士は、さらにもう一枚、ライダーカードを引き抜いた。

Kamen Ride. KUUGA !】

 ディケイドライバーにカードをインサートしたディケイドの姿が、さらに変わった。

 炎の力を宿す鎧を纏った、赤い戦士だ。金色に輝く角は甲虫を思わせ、装甲には、古代の文字が紋様のように浮かび上がる。

 仮面ライダークウガ・マイティフォーム。肉体を用いての格闘戦に特化した、紅蓮の戦士だ。

「最後にもう一枚っ」

 ディケイドクウガは流れるような動作でもう一枚、ライダーカードをインサートした。クウガの持っている、超感覚を得るためのカードだ。

Form Ride. KUUGA PEGASUS !】

 クウガの身を包む真紅の鎧が変わった。より強靭に、より厚く。緑の装甲を得たクウガは、目を、耳を、鼻を研ぎ澄ます。

 邪悪なるものあらば、その姿を彼方より知りて、疾風のごとく邪悪を射ぬく戦士あり。

 仮面ライダークウガ・ペガサスフォーム。遠距離からの狙撃を唯一最大の武器とする、超感覚の戦士だ。その五感の機能は人間の数千倍。一〇キロメートル先に落ちた針の音を聞き分け、そこに立つ人物の人相を見分ける。

 ペガサスフォームとなったクウガは、ガタックエクステンダーの排気音を追った。

 刻々と移り変わる音の聞こえ方から、彼の針路を予測する。

 桜坂柳也は、どうやら王城に向かっているらしかった。

 

 

 もういくばくの時間も残されていなかった。

 ガタックエクステンダーで王城に乗り込んだ柳也は、警備の兵達を蹴散らしながら本殿の地下へと向かった。

 王国でも特別な立場の人間以外は立ち入ることを禁じられている長い通路を走り、鉄の扉を蹴破る。

 開けた場所に出た。

 王城の地下五〇メートルに置かれた、エーテル変換施設の中枢部だ。部屋全体が機械として機能しているらしく、いがらっぽい騒音が柳也の耳膜を叩いた。

 部屋の中央には、巨大なマナ結晶と、それを貫く巨大な永遠神剣が浮かんでいた。エーテル変換装置の動力中枢だ。結晶と神剣は太い鉄の鎖で天井から固定されている。

 よく見ると、太い鎖には細い鎖が絡みついていた。チェーンは二人の男女を吊るしていた。二人とも見知った顔だ。特に、女の方はよく知っていた。ユウスケと佳織だ。気を失った状態で捕縛されている。

「佳織ちゃんッ」

 柳也は天井に向かって手を伸ばした。

 異空間から飛来したガタックゼクターが、掌に、すっぽり、と収まる。

 そのままセットアップレールに接続しようとした次の瞬間、炎の飛礫が柳也を襲った。

「くっ」

 柳也は変身を中断して身を屈めた。頭上を、ファイヤボルトの小火球が通過していく。

 途端、右足を貫く痛み。

 思わず顔をしかめた彼に、嘲笑が投げかけられる。聞き覚えのある声だった。

「待っていたぞ、エトランジェ・リュウヤ」

 現われたのは、恰幅の良い初老の男だった。三〇人近いスピリットの集団を、背後に引き連れている。見まごうはずがない。柳也にとって、馴染みの深い顔と、声だった。

「ルーグゥ・ダイ・ラキオス王……いや」

 苦々しい呟きが唇から漏れた。小さくかぶりを振って、柳也は続けた。

「……違うな。国王の意識と肉体を奪ったのか。永遠神剣第四位、〈求め〉!」

「さすがだな。この肉体を支配しているのが我だと、よくぞ気付いた」

 ラキオス王は鷹揚に頷くと、右手を天井に向けて突き上げた。

 次の瞬間、マナ結晶を貫いている巨大な永遠神剣が、閃光を放った。

 エーテル変換装置が正常に機能していることを示す放電現象が、ぴたり、と止まり、やかましい機械の音も止まる。

 鎖で捕縛された神剣が、カタカタ、と揺れた。

 ひとりでに、マナ結晶から剣身が引き抜かれていく。

 やがて鞘から完全に抜き放たれた神剣は、ヴン、と薄暗い紫の剣身を鈍く光らせた。

 そのまま、空中で、くるくる、と回転を始める。回転しながら、ゆっくり、と降下していった。

 不思議なことに、高度を下げるにつれて、巨大だった永遠神剣は徐々にサイズ・ダウンしていった。長さが、厚みが減少し、最後には全長一メートル程度にまでなった。

 地上でその降下を待ち構えていたラキオス王は、その柄を鷲掴みにした。

 そして、咆哮した。

「おおおおおおおおおお――――――っ」

 ラキオス王の姿が、変わった。

 全身の細胞が急激な熱を帯び、筋肉が、骨格が、膨張と変形を始めた。着ていた衣服はあっという間に弾け飛び、露わとなった肉体は、人間のものではなかった。

 太い腕。太い脚。肩甲骨からは蝙蝠のような翼を生やし、大きな顎を持った顔は、ぎょろり、と目が鋭い。

 ワイバーンレジェンドルガ。

 第四位の永遠神剣を手にした翼龍の魔人は、鬼の形相で柳也を睨みつけた。

 その吐息は人の姿であった時よりも冷たく、その声は人の姿であった時よりも重い。

「この姿で汝と会うのは久しぶりだな」

「……ああ」

 柳也は苦々しく頷いた。

「あの時以来だ。俺が、お前と戦い、お前に負けた……」

「そして、汝に逃げられた時でもある。エトランジェ・リュウヤ……いや」

 ワイバーンレジェンドルガは小さくかぶりを振った。

「わが契約者よ」

「…………」

 柳也は険を帯びた眼差しをワイバーンレジェンドルガに叩きつけた。

 しかし、異形の怪物は平然として言い放った。

「面白い戦いがしたい。このような竹刀や木刀を使った試合などではなく、互いに死力を尽くした末の、命と命のやり取りがしたい。もっと血の匂いを感じたい。もっと、死の恐怖を味わいたい。異界の星にいた頃からの、汝の願い、汝の求めだったな」

「…………」

「無償の奇跡は存在しない。あるのは、代償を孕んだ契約のみ。……我は汝の求めに応じ、汝の望みを叶えた。スピリットを暴走させ、大陸に混乱を招き、戦場を用意した。そして、汝と、汝の仲間達をこの地に呼び寄せた。結果、汝は、汝の望んだ面白い戦いが出来たはずだ」

「……ああ。お前の言う通りだ」

「ならば今度は、汝が我の望みを叶える番だ。過日は逃してしまったが……今日こそは、我が望みを叶えてもらうぞ」

「……いいだろう。その代わり、佳織ちゃんと、その人を解放しろ」

「無論だ。我の望みは汝の肉体のみ。他はどうでもよい」

 ワイバーンレジェンドルガの背後に控えていたスピリット達が、前に出た。

 左右から、そして背後から、柳也の身体を押さえつけ、その場に跪かせる。

 人質を取られている手前、抵抗の出来ない彼に、怪人は歩み寄った。

 ワイバーンレジェンドルガが、〈求め〉を八双に振りかぶった。

「長く待っていた、この時を。この強き肉体を、我が手に入れる日を」

「やるなら、一思いにやれ」

「よかろう。では、契約者よ。短い付き合いだったが……」

「させるかッ」

 威勢の良い啖呵。

 ついで、銃撃の音が鳴り響く。

 いまにも振り下ろされんとした八双からの斬撃に、いくつもの銃弾が炸裂した。

 予期せぬ方向からの射撃を受け、ワイバーンレジェンドルガは思わず〈求め〉を取り落とす。

 見れば、拳銃形態のイクサカリバーを構えたイクサが部屋に入ってきた。

「柳也、いま助ける!」

「悠人! 馬鹿野郎っ! 来るんじゃない!」

「ふんッ」

 〈求め〉を拾い上げたワイバーンレジェンドルガが、イクサに向かって突進した。

 拳銃形態から片手半剣へとイクサカリバーを変形させ、イクサも応戦する。

 薄紫色の剣身が、一文字に閃いた。

 真紅の刀身が、正眼から振り下ろされる。

 激突。

 そして、体当たり。

 〈求め〉を叩きつけると同時に突進の勢いを殺さぬまま踏み込んだワイバーンの一撃が炸裂し、イクサの体は宙を舞った。

 ワイバーンが口を大きく開き、気合を篭める。

 一条の光線が巨大な顎から放たれ、空中のイクサを襲った。高出力のレーザービームだ。いかにダイヤモンドと同等の硬度を有し、二〇〇〇度の熱にも耐えるイクサの装甲といえど、ミクロのエネルギーを一点に集中されてはひとたまりもない。

 レーザーに貫かれたイクサは、地面に叩き落された。変身が解け、床を転がる。

「悠人!」

 柳也は悲鳴を上げた。思いっきり両腕を振るい、身をよじる。

 それまで無抵抗だった人間が、ここにきて見せた反撃に、スピリット達は反射的に手を離した。

 自由の身となった柳也は、悠人のもとへと急いだ。

「悠人、しっかりしろッ」

「ぐ……うぅ……」

 連戦のダメージか、呻き声を上げて苦悶に顔を歪める悠人の肩を、柳也は抱いた。

 その顔は、赤く紅潮している。

「馬鹿野郎ッ! どうして来やがった!?」

 詰問口調になってしまうのも無理なきことだった。他ならぬ悠人の安全を考えてあのような行動を取ったというのに、この男は。

「うぅぅ……くっ……そんなの、決まってる」

 悠人は柳也の手を払うと、必死の形相を浮かべつつ、自力で立ち上がった。

「俺が、お前の友達、だからだ」

「……ッ。たったそれだけの理由で……!」

「悪いかよ。でも、俺にとっては当然のことだ」

 悠人は決然とした口調で言い放つと、ワイバーンレジェンドルガを見据えた。

「お前が、〈求め〉って神剣らしいな。お前に柳也はやらせない!」

「……まったく理解不能だな。なぜ、その男を助けようとする?」

 ラキオス王の姿を借りて、王国軍を率いていた頃からの疑問だった。

 なぜ、この男はこうも桜坂柳也を助けようとするのか。彼が脱走した事実を信じず、生存が分かるや会いにいこうとし、戦いに敗れて傷つけられても、なお彼を守ろうとする。〈求め〉には、そんな悠人の行動が理解出来なかった。そんな認知と判断をはたらかせてそう行動に至ったかは知らないが、まったく、愚かとしか形容のしようがない。

 しかし、悠人は平然と言い放った。

「決まってる。友達だからだ」

「友達、か……」

 ワイバーンは哄笑した。

「その友達が、汝と、汝の妹が、この世界で戦わなければいけない元凶を作ったとしても、か?」

「……なに?」

 悠人が怪訝な表情を浮かべた。

 隣の柳也を流し見る。友人は、苦渋に満ちた表情で頷いた。

「……本当のことだ。俺達がこの世界に召喚された原因は、俺が作ったようなものだ」

「…………」

 突然の告白に、悠人は思わず絶句した。

「第四位の永遠神剣、〈求め〉。その力は強大で、異世界の門すら開くほどの力を持っていた。まだ地球で暮らしていた時、〈求め〉はファンタズマゴリアにいながら、地球の俺の願いを察知しやがった」

「柳也の、願い?」

「面白い戦いがしたい」

「…………」

「面白い戦いがしたい。もっと強い奴と戦いたい。命と、命のやり取りがしたい。地球にいた頃、何度も思った、俺の本心だ。俺は地球にいた時、〈求め〉と契約を交わしてしまったんだ。俺の求めに応じるために、奴はこの世界に俺が理想とする戦場をデザインした。スピリットを暴走させて敵を作り、大陸に混乱を招いて戦場を作った。そして、バトル・フィールドが整った時点で、俺達を呼び寄せたんだ。奴の言う通りだ。悠人……お前達は、俺の身勝手な願いに巻き込まれて、召喚されたんだよ」

 柳也は悲痛な表情で一気にまくしたてた。

「最初は俺も、俺がいまの状況を作ったとは気が付かなかった。俺は純粋に、この世界での戦いを楽しんだ。だが、ある時、俺は気付いてしまった。王国の地下に眠る〈求め〉の存在に。そして、大陸に災厄をばらまいたのは他ならぬ俺自身だということに気付いた。すべての責任は、俺にあったんだ」

 〈求め〉の存在と自分の業に気が付いた柳也は、密かに王城地下の永遠神剣と接触を図った。

 その時、彼は〈求め〉から望みを叶えた代償として肉体を求められた。

 強大な意思力を持つ〈求め〉だが、所詮は永遠神剣、その器は手足のない剣だ。〈求め〉の望みは、自分の手足と出来る強い肉体だった。

「〈求め〉が歴代のラキオス王に協力してきたのも、自由に行動が出来る肉体を得るためだった。だが、第四位の神剣の力は強大だ。並の人間の肉体では、その力に耐え切れずに自己崩壊を起こしてしまう」

「その点、この男の肉体は最高だった。鍛え抜かれた骨と肉は我が器に相応しい強度と、パワーを秘めていた。是が非でも、この男の肉体を手に入れなければ、と我は思ったのだ」

「俺は〈求め〉を破壊しようと、奴に挑んだ。そして……負けた。俺は傷を癒すため、〈求め〉との再戦を果たすため、一時姿をくらますことにした。しかし、王国軍は〈求め〉の管理下にある。軍を抜けるしか、他に方法がなかった」

「……なんで、一人で戦ったんだ? なんで、俺達に一言相談してくれなかったんだ?」

「これ以上、お前達を巻き込みたくなかった」

 柳也は、きっぱり、と答えた。

「お前や佳織ちゃんをこの世界に召喚させる原因を作ったのは俺だ。これ以上、迷惑はかけられないと思ったし、迷惑をかけたくなかったそれに、自分で撒いた種だったから。自分で刈り取るのが、責務だと思った」

 良くも悪くも、桜坂柳也は強い男だった。自分一人で何でも解決しようとし、一人で問題にぶち当たろうとする。そういう男だった。

 悠人は無言で柳也の横顔を見つめた。これまでたった一人で戦い続けた男の背負っていた罪業を知って、彼は言葉を失っていた。

 ワイバーンレジェンドルガが不敵に笑う。彼は、柳也を、そして悠人を嘲笑した。

「これで分かったであろう!? その男がすべての元凶だ。その男が、汝らを不幸に導いたのだ」

「柳也……」

「許せるか? いや、許せるはずがあるまい? その男が抱いた身勝手のために、汝と、汝の妹は、不毛な戦いに巻き込まれたのだッ」

「……たしかに、許せないよな」

 悠人は低く呟いた。

 ワイバーンが、我が意を得たり、とばかりに微笑んだ。

「そうであろう。そうであろう! 許せるはずがあるまいな!?」

「ああ……許せねぇよ」

 悠人は柳也を睨んだ。端整な顔立ちが、憤怒の感情で歪んでいた。

「そんな大事なこと、俺にも、佳織にも言わないなんて……許せるわけがない」

「悠人……」

「だから柳也、全部終わったら、一発殴らせろ」

 言い放ち、悠人はワイバーンレジェンドルガに突進した。

 右手で硬く拳骨を握り、思いっきり振り抜く。

 不意を衝かれた翼竜の怪物は、その攻撃をまともに受けてしまった。

「ぬぅ!?」

 ダメージはない。この肉体は、鋼鉄よりも硬く、粘り強い。渾身の力を篭めたとはいえ、人間の一撃で傷つくような身体ではない。

 しかし、ワイバーンは呻き声を漏らした。

 自分に同調するかのような発言をしながら突如歯向かってきた悠人に、怒りを剥き出しにした。

 無造作に左腕を振るう。

 少年の身体が吹っ飛び、床を転がった。

 ワイバーンが、口角泡を飛ばす。

「何故だ!? その男が許せぬのではなかったのか!?」

「……ああ。確かに、許せない」

 唇が切れたか、糸のように滴る鮮血を拭い、悠人は立ち上がった。笑い出した両膝を叱咤し、ワイバーンを鋭く睨み上げた。

「けど、お前ほどじゃない」

「……分からん。なぜ、汝らはそうなのだ? なぜ、汝らは互いを助けようとするのだ? 一度は、互いを傷つけあった関係であろう!?」

「……分からないだろうな。お前には」

 声が、響いた。

 柳也の声ではない。悠人の声でもない。

 その場にいた全員が、一斉にそちらを振り向いた。

 変換施設の出入り口に、士が立っていた。

 死地に飛び込んできたにも拘らず、悠然と悠人達の方へと歩み寄っていく。

「その男達は、互いに傷つけ合い、互いに離れ合っていた時でさえ、互いのことを信じていた。その男達の間にある絆の強さは、お前のような冷血動物には、一生分からないだろう」

「絆だと? そんなもの、所詮、弱き人間が縋る細い糸ではないか!?」

 ワイバーンレジェンドルガは激昂して叫んだ。

 そんな翼竜の怪物に、士は冷笑を向けた。

「どうかな? 少なくともその絆は、お前の言葉如きでは、微塵も揺らいでいないようだぜ?」

 士は悠人と柳也を交互に見た。「そうだろ?」と、目線で訊ねる。

 悠人が頷き、柳也も頷いた。

 士と悠人、そして柳也の三人は、横に並び立った。

 ワイバーンレジェンドルガとスピリットの群れに対し、決然とした眼差しを叩きつける。

 三人の腰は、仮面騎士へ変わるために必要なベルトが巻かれていた。

 ワイバーンが〈求め〉の切っ先を士に向けた。苛立った口調で叫ぶ。

「ええい! 貴様、いったい何者だ!?」

 士は余裕を感じさせる微笑みとともに、答えた。

「通りすがりの仮面ライダーだ」

 言い放つと同時に、一斉に雪崩れかかってくるスピリットの群れ。

 殺到する剣の舞を時に避け、時に反撃しながら、士は、ディケイドのライダーカードを取り出した。ディケイドライバーの、挿入口が上になるよう、操作する。

「覚えておけ。変身!」

Kamen Ride. DECADE !】

 ディケイドのライダーカードを挿入し、士の姿が変わった。

 すべてのライダーを滅ぼす悪魔に。

 すべての世界を滅ぼす破壊者に。

 マゼンタカラーの仮面戦士が、いま、大地に降り立った。

 仮面ライダーディケイド。その瞳は何を見、何を思う。

 変身を遂げたディケイドはライドブッカーをソードモードに変形させるや、刀身を一撫でする。

 敵の妖精達は、右から、左から、正々堂々正面から、果ては後ろから殺到した。

 背後から襲い掛かってきた青スピリットの袈裟斬りを切り結んで防ぎ、時間差で襲い掛かってきた左の赤スピリットの刺突を寸前で避ける。左足を軸に回転しながら、右の黒スピリットを斬り捨てた。黄金のマナの霧が立ち上る。その背後から、緑スピリットの一文字斬り。振り向き様に返す刃を叩きつけ、強引にパワーで押し切り袈裟に斬る。体勢を整えなおした青スピリットに蹴りを叩き込んだ。赤スピリットに対しては、素早く拳銃形態に変形させたライドブッカーから、銃弾を叩き込む。

「すげぇ……」

 悠人が茫然と呟いた。

 隣に立つ柳也も、目を剥いて頷く。

「あれが、ディケイドの本気か」

 雪崩を打って襲い掛かるスピリット達を歯牙にもかけない戦闘力。

 男としての本能が、戦士としての血が、騒ぎ出した。

「悠人、俺達も負けてられねぇぞ」

 柳也がガタックゼクターを手に言った。

「ああ」

 悠人も、イクサナックルを手に頷いた。

 二人は同時に叫んだ。

「「変身ッ」」

Ready. Fist on !】

HENSHIN Change STAG BEETLE!】

 白き太陽戦士、仮面ライダーイクサ・バーストモード。

 荒ぶる戦いの神、仮面ライダーガタック・ライダーフォーム。

 両者ともに、度重なる連戦で受けたダメージは重く、スーツの自動修復は六割程度といったところか。ガタックにいたっては右肩のマイナスカリバーが欠損していた。

 しかし、イクサもガタックも、戦場へ立つことに対し、躊躇いは覚えなかった。

 二人はスピリット達の群れに向かって突撃していった。

 戦場を駆け抜ける彼らの姿は、まるで風のようだった。

 仮面ライダーは、風の戦士なのだ。

 疾風と化したライダー達を、止められる者は存在しない。

 片手半剣モードのイクサカリバーが一閃する度に黄金の霧が舞い上がり、ガタックの拳が流星と化す度に悲鳴が炸裂する。

 敵の策に嵌まり、包囲されたとしても、二人の戦士は微塵も臆さない。

 イクサが背後のガタックにイクサカリバーを手渡し、言う。

「柳也、アレ、頼む」

「アレか……」

 イクサカリバーを右手で掴み、右肩からプラスカリバーを引き抜いたガタックは、不敵に笑った。

「いいぜ。いくぞ、桜坂柳也の必殺剣んッ」

 ガタックはその場に屈みこむと身を捻った。そこに、スピリット達が殺到する。柳也は、独楽のように回転しながら両手の刃を振り回した。

「スパイラル大回転斬り――――――ッ!!!」

 無数の悲鳴が、血飛沫が、黄金の霧が上がった。

 一瞬で、八人のスピリットが絶命した。

 スピリット達の包囲網が大きく崩れた。

「やっぱ俺のネーミングセンスは最高だぜ!」

「どこがだよ」

IXA Knuckle Rise up !】

 呆れた溜め息。それに続く凶悪な電子メッセージ。

 敵陣に生じた隙を逃さず、討ち漏らした残敵を、イクサナックルの衝撃波が掃討した。

 いくつもの爆炎が、まるで綺羅星のように上がる。

 当初三〇人近くいたスピリット達はほぼ全滅し、残るはワイバーンレジェンドルガのみとなった。

「ぬ、ぬ、ぬぅ……おのれぇ。こうなれば人質の二人を!」

「そうはいかないよ」

 また、別な闖入者の声が上がった。

 動力中枢に吊るされていた二人を縛る鎖が、突如として火花を散らし、千切れ跳んだ。

 落下する二人。気を失った二人に、地面の衝突から逃れる術はない。

 あわや激突、と思われたその時、青い風が飛び込んだ。二人を優しく抱き止め、地面に下ろす。

 仮面ライダーディエンドだ。Invisibleのカードを使って気配を殺し、部屋に侵入していた彼は銃撃をもって鎖を千切り、二人を救ったのだった。

「海東……」

「勘違いするなよ。べつに、君達の手助けをしたわけじゃない。同田貫を僕の物とするためさ」

「おい、ディエンド」

 三人のもとに駆け寄ってきたディエンドに、ガタックが口を開いた。

「協力しろ。報酬は、俺の同田貫でどうだ?」

「柳也、それは……!」

 イクサが狼狽した口調でガタックを見た。同田貫は柳也の亡父、桜坂雪彦の形見の品だ。この男にとって肥後の豪剣は、名刀であることとは別な価値がある。

 ガタックは苦笑しながらイクサを見た。

「いいんだ。……それに、いまの俺にとっての本当の宝物は、ここにある」

 ガタックはイクサの肩を叩いた。朗らかに笑う。

「裏切り者の俺をずっと信じてくれていた友達だ。この宝を守れるのなら、同田貫をくれてやっても惜しくはない」

「柳也……」

「友達、か……」

 ディエンドが呟いた。重厚な仮面に覆われたその素顔を窺い知ることは出来ないが、その呟きには、羨望を宿した寂しげな響きがあった。

「そのお宝は、まだ手に入れていないな」

「そんなことはないだろう?」

 ガタックはディエンドの肩を叩いた。ついで、ディケイドを見た。意味深に、喜色を交えた口調で言う。

「あんたの友達は……あんたの仲間は、あんたが気付いていないだけで、存外、側にいると思うぜ」

「…………やめてくれないか。そういう、それっぽいことを言うのは」

 ディエンドは肩をすくめて言った。ディエンドライバーの銃口を、ワイバーンに向ける。

「……いいだろう、君達に協力してあげよう」

「おのれディケイド……おのれサクラザカリュウヤぁぁ!!」

 ワイバーンが咆哮した。

 背中の翼を展開した次の瞬間、動力中枢のマナ結晶から、閃光が彼へと注がれた。

 床に映じる、巨大な影。そこから新たに生み出されるスピリット達。ワイバーンレジェンドルガは、ラキオス王の肉体に残る最後の力を振り絞って、スピリットを生み出した。

 その数、総数八四人。その気になれば一国を滅ぼせるほどの、大戦力だ。

 イクサが思わず唸り声を発する。

「……多いな」

「ああ。多い。士、こんな時は分かっているな?」

「ああ」

 ディケイドはディケイドライバーの背面アタッチメントに取り付けられていたツールを取り出した。

 黒色の特殊合金で造られた、掌大の箱型機械だ。ディケイドをさらなる高みへと至らせる最強ツール……ケータッチ。ディケイドライバーの正面に、装着する。

KUUGA. AGITO. RYUKI.. FAIZ. BLADE. HIBIKI.. KABUTO. DEN-O. KIVA. Final Kamen Ride. DECADE !】

 ディケイドの姿が、変わる。

 ディメンションホールから溢れ出す膨大なエネルギーが、デヴァインスーツを変形させる。その瞳は赤く、その装甲は眩く、胸部装甲ヒストリーオーナメントには、歴戦の英雄達の力が宿った。

 仮面ライダーディケイド・コンプリートフォーム。

 仮面ライダークウガの古代の力を。

 仮面ライダーアギトの無限に進化する力を。

 仮面ライダー龍騎の決意の力を。

 仮面ライダーファイズの光の力を。

 仮面ライダー剣の運命の力を。

 仮面ライダー響鬼の前へ踏み出す力を

 仮面ライダーカブトの最強の力を。

 仮面ライダー電王の繋がりの力を。

 仮面ライダーキバの目覚めの力を。

 そして、仮面ライダーディケイドの、破壊の力を、その身に宿した、最強の戦士だ。

 ディケイドはベルトのバックルとなったケータッチの液晶ディスプレイを操作した。

BLADE. Kamen Ride. KING !】

 操作が正常に行われたことを示す電子メッセージが鳴り、ディケイドの隣で、光がはじけた。

 ケータッチはディケイド自身の戦闘能力をアップする機能だけでなく、ディエンドライバーのように他の仮面ライダーを召喚する機能を持つ。

 はたして、ディケイドの隣に現われたのは、人を愛するがゆえに悲しい運命を背負った、心優しき黄金の王だった。

 仮面ライダーブレイド・キングフォーム。

 一三体の不死生命体と融合を果たした、正義の味方を目指す王。人を愛するがゆえに人でなくなり、人と交わることを禁じられた。まごうことなき英雄だ。人類を救っただけでなく、人類を滅ぼす力を持った悪魔さえも、彼は救ったのだから。

 黄金の王は、大剣キングラウザーを腰溜めに構えた。

 ディケイドが、右腰に移動したディケイドライバーの中枢ユニットに、ライダーカードをインサートする。

Final Attack Ride. B, B, B, BLADE !】

 ディケイドとブレイドの前に、黄金に輝く巨大なラウズカードが出現した。

 スペードの10、スカラベタイム。

 スペードのJ、イーグルフュージョン。

 スペードのQ、カプリコーンアブソーブ。

 スペードのK、コーカサスエヴォリューション。

 スペードのA、ビートルチェンジ。

 ディケイドは、そしてブレイドは、各々の得物を振り上げ、八四人のスピリットと対峙する。

「やれぃッ、スピリットどもよ!」

 号令一過、一斉に襲い掛かるスピリット達。

 その軍勢を前に、二人のライダーが振るったのは、上段からの一太刀のみ。しかし、その一太刀は、黄金色の剣気を、衝撃波を伴っていた。

 ロイヤルストレートフラッシュ。

 五三体の不死生物の中でも特に精強な五体の生命力を、そのまま攻撃力に転換した必殺の一撃だ。

 二刀から放たれた衝撃波はラウズカードを潜る度により大きく、より刀勢を増していき、ついにはスピリット達を飲み込んだ。

 八〇体を超えるスピリット達は一刀の下に両断され、今度こそ、敵はワイバーンレジェンドルガ一人となった。

 

 

 人質を失い、最後の力を振り絞って召喚した手勢も失ったワイバーンを、ディエンドとイクサの銃撃が襲った。

 追い詰められたレジェンドルガは〈求め〉を振りかざし、正面の空間に防壁を展開する。

 バイオレントブロック。〈求め〉の力で高密度に練り上げた精霊光の盾だ。

 特殊な技術により強化されたエネルギーの弾丸は次々と障壁に阻まれ、ワイバーンの肉体に到達することなく無力化してしまった。

 連射が一区切りしたのを見て、お返しとばかり、にワイバーンが顎を開き、レーザービームを放ってくる。

 四人のライダーは、散開してこれを避けた。

「あのバリアを破るにはかなりのエネルギーが必要だ。前の戦いでは俺も、あのバリアに苦しめられた」

 かつてワイバーンと交戦した経験を持つガタックが、苦々しく呟いた。

 先の戦いではあのバリアを破るほどのエネルギーを用意することが出来ず、自分は敗北してしまった。

「大きなエネルギーか……なら、僕に任せてくれたまえ」

Final Form Ride. I, I, I, IXA !】

 苦渋に満ちたガタックとは対照的に、ディエンドは楽観的に言いながら、新たなライダーカードをディエンドライバーに挿入した。

 連続で襲い来るレーザービームを避けながら、イクサの背後へと回る。その背中に、ディエンドライバーのツイン・マズルを突きつけた。

 突然のことに思わず振り向くイクサ。

 しかし、ディエンドは、「大丈夫、大丈夫」と、言って、イクサの視線を前へと戻した。

「痛みは一瞬だ」

 トリガーを、引き絞った。

 ディエンドライバーのツイン・マズルから飛び出した光の弾丸が、イクサの身体を貫いたと思った次の瞬間、白銀の太陽戦士の体が変わった。

 巨大な、イクサナックルに。ナックルイクサ。イクサがディエンドのFinal From Rideのカードによって変身した、奇跡の姿だ。

 巨大なイクサナックルはガタックの手元へと運ばれていった。

 イクサの爪先が変形して出来たグリップを握り締め、ガタックはワイバーンレジェンドルガを正面に見据えた。

 ワイバーンが口からレーザービームを連射する。

 ガタックはそれらの攻撃を、ナックルイクサを振り回して弾いた。

 その光景にたじろぐワイバーン。

 ガタックとナックルイクサの背後で、ディエンドがさらに一枚、ライダーカードをインサートした。

Final Attack Ride. I, I, I, IXA !】

 電子メッセージが鳴り響き、ガタックゼクターから生産されたタキオン粒子と、イクサエンジンから生産された太陽のエネルギーが一つに交わる。

 膨大な熱量がナックルイクサの動力ユニットに蓄積され、ガタックの体も、バチバチ、と放電現象を起こした。

「終わらせたまえ、君達の戦いを」

 ディエンドがワイバーンを顎でしゃくって言った。

 ガタックが頷き、ナックルイクサも、心得た、とばかりに青いランプが輝いた。

 ガタックがナックルイクサを振りかぶる。

「いくぞ悠人ぉ!」

「ああ柳也! タイミングはお前に任せる!」

「よっしゃぁ、俺と、お前の、必殺拳んん――――――ッ!!!」

「ひぃ……ッ!」

 ワイバーンレジェンドルガが、〈求め〉を振るった。

 前面の空間に、バイオレントブロックが展開される。

 構わず、ガタックは拳を、友を、真っ直ぐに突き出した。

「ガタックイクササイズ!」

 ガタックが、吼えた。

 突き出した拳から、突き出したナックルイクサから、イクサナックルの時とは比べ物にならない規模の衝撃波が発生した。

 最速の、いや、それ以上の強きタキオンと、

 時を越えて受け継がれゆく、想いの力とが、

 バイオレントブロックを突き破り、ワイバーンレジェンドルガに、炸裂した。

 そして、爆発。

 偽りの国王は、手にしていた永遠神剣だけを残して消え去った。

 

 

 戦いを終えた一同は、気を失ったユウスケと佳織を起こし、地下施設を後にした。

 地上ではすでに夕陽が沈み始め、白亜の街並みを茜色に染めていた。

 丘の上に立つ巨城から見下ろす景観は雄大であり、一枚の絵画のようですらある。士は思わず、キャメラのシャッターを何枚も切った。

「色々お世話になりました」

 眼下の街並みを撮り続ける士の背中に、佳織が声をかけた。

 その隣には悠人と、右足を引きずる柳也の姿がある。久しぶりに並び立った幼馴染達の顔はどこか嬉しそうであり、どこか寂しげだった。これから訪れる別れに、いくばくかの寂寥感を感じているのだろう。

 ディケイドとしてこの世界でやるべきことは終わった。士達には、また、新たな旅立ちが待っている。それはすなわち、別れの始まりでもある。

 佳織は振り返った士に、続けた。

「また桜坂先輩と一緒にいられるようになったのも、士さんたちのおかげです。本当にありがとうございました」

「俺達がしたのは、目の前の敵を倒しただけだ。お前達がまた一緒にいられるようになったのは……」

 士は悠人と柳也を交互に見た。

「その二人の、絆の力だ」

「おい、ディケイド! 言っておくが、お前との勝負はまだ決着が着いていないからな!? あれはどう考えても引き分けだ。だから、傷を治したらまたこの世界に来い。それでもって、再戦だ」

「柳也……お前、少しは懲りろよ」

 類希なる攻撃性を〈求め〉に見込まれたがために、今回のような騒動を引き起こした柳也だった。

 そんな友人の口から発せられた喧嘩腰の言葉に、悠人は呆れた口調で言った。

「無駄さ。彼の攻撃性は死ぬまで直らないよ」

 そんな悠人にかぶりを振ってみせたのは大樹だった。その左手にはディエンドライバーとは別に、〈求め〉が握られている。あの戦闘の後、柳也の同田貫よりも価値のある“お宝”として彼が失敬してきた物だ。柳也の腰には、父の形見の大小がちゃんと差されていた。

「一度や二度の失敗で萎えるような攻撃性なら、永遠神剣に見入られることもなかった」

「……まぁ、それもそうか」

「あの、桜坂先輩、自分で言わないでください」

 他ならぬ自分自身のことなのに、まるで他人事のように頷いた柳也に、佳織は肩を落とした。

 久しぶりにまともな言葉を交わした幼馴染は相変わらずのお調子者で、佳織のよく知る、女好きで、戦うことが大好きな青年だった。

 柳也のあんまりといえばあんまりな態度に、夏海とユウスケ、そして悠人も苦笑をこぼした。

 そんな中、不意に士が真顔で言う。

「お前達をこの世界に呼び寄せたのは〈求め〉だ。その〈求め〉を破壊した以上、お前達が元の世界に戻れる手掛かりは」

「ああ、わかってる」

 悠人は苦笑いを引っ込めて頷いた。

「長い目で探していくよ。俺と、佳織と、柳也の三人で」

「ああ。……今回のことで懲りた。もう、しばらくは、この三人でやっていくさ」

 柳也は莞爾と笑って、佳織と、悠人の肩に腕を回した。

 ぐっ、と顔を寄せ合い、三人は士達に笑ってみせた。雲一つない青空のように、晴れ晴れとした笑顔だった。

「……そうか」

 士はニヤリと笑って、キャメラのピントを調整、シャッターを切った。

 山吹色の夕陽に照らされて、三人の顔は輝いていた。

 

 

 次の世界への旅立ちに備えて、士とユウスケ、そして夏海の三人は、夏海の祖父……栄次郎が経営する写真館に戻ってきていた。

 世界と世界とを繋ぐワープゲートの役割を果たす写真館は、士達の旅には欠かせないツールであり、また憩いの場でもある。

「いやいやいや、今回の世界では、私の出番はまったくなかったなぁ」

 激戦を潜り抜けて帰ってきた三人にコーヒーを差し出すのは勿論、栄次郎だ。

 いかにも好々爺といった風情の老人で、喫茶店のマスターを思わせる燕尾服を着込み、頭には緋色のバンダナを巻いている。

 三人にコーヒーを配り終えた栄次郎は、士の座るソファの方へと足を向けた。丸いテーブルには、今回、アセリアの世界で撮った数々の写真が現像して置かれている。

 栄次郎は椅子を引いてテーブルの前に座ると、二度、手を叩いて拝むような仕草をしてから、「どれどれ、今回の世界の成果を見てみようじゃないか」と、写真を一枚々々吟味していった。

「おお、これは……」

 写真を捲る栄次郎の手が止まった。四角い平面の世界で、二人の少年と一人の少女が笑っている。士の撮影した写真の常として、相変わらずピンボケしていたが、肩を組む三人の笑顔は、夕陽に照らされて、きらきら、と輝いていた。

「これはいい。いい笑顔だ」

「……ああ。この三人は、たとえ離れていたとしても常に互いのことを信じ合っていた。最高の絆で結ばれた、最高の仲間だ」

「……凄い連中だったよな」

 コーヒーをすすりながらユウスケが呟いた。

 士の隣に座り込み、朗らかに微笑む。

「でも、まぁ、絆の強さでいえば、俺達も捨てたものじゃないんじゃないか?」

「……自分で言っていて、恥ずかしくないか?」

「べつに」

 ユウスケは肩をすくめて言った。こういうクサイ台詞を照れも恥じらいもなく言えるのが、この男の凄いところだ。

「あの三人が互いのことを信じていたように、俺も、士と夏海ちゃんのことを信じているからな。もし、何かの事情で俺達が戦わなくちゃならなくなったとしても、俺は、お前を信じるぜ?」

「……バーカ。そんな日が、来るわけないだろ」

 士は言いながら、満更でもなさそうな顔で笑って、ソファを立った。

 撮影スタジオの背景ロールの側に立ち、ロール操作の紐を掴む。この背面ロールに映じた世界が、次の目的地となるのだ。

「さぁ、次の世界へ行くぞ。とんだ寄り道をしちまった」

 士はぶっきらぼうな口調で言って、ロープを引いた。

 新しい世界への扉が、開いた。

 

 


今回登場した仮面ライダー

 

仮面ライダーディケイド・コンプリートフォーム

 

身長:199cm 体重:102kg

パンチ力:12t キック力:16t

ジャンプ力:ひととび50メートル 走力:100メートルを4秒

 

 「仮面ライダーディケイド」に登場。ディケイドがパワーアップ・アイテム“ケータッチ”を使って強化変身した姿。別名、歩く完全ライダー図鑑。平成九ライダーの強化形態を召喚可能で、劇場版では巨大化まで果たした。どことなくメタルヒーローのかほりが漂う。噂によれば非常にアクションのし辛いスーツらしいが……文章表現じゃそんなの関係ないね♪

 

 

仮面ライダーアナザーアギト

 

身長:200cm 体重:97kg

パンチ力:15t キック力:30t

ジャンプ力:ひととび70メートル 走力:100メートル5秒

必殺技:アサルト・キック(40t)

 

 「仮面ライダーアギト」に登場。劇中で活躍したもう一人のアギト。原作アギト放映時、その初変身には世の昭和ライダー世代を狂喜乱舞させた。やっぱり緑は良いよ、緑は。若者達に未来を託して自らは散るというラストは、後年の響鬼における「若い世代に繋ぐ物語」というテーマを先取りしていたように思います。

 

 

仮面ライダーG4

身長:198cm 体重:187kg

パンチ力:4t キック力:13t

ジャンプ力:ひととび25メートル 走力:100メートルを7.5秒

主要武装:GM-01改四式

必殺技:多目的巡航ミサイル・ギガント

 

 「仮面ライダーアギト」劇場版に登場。警視庁未確認生命体対策班が設計し、陸上自衛隊が開発した第四世代型装甲強化服。2010年2月現在の時点で、唯一の実在軍事組織開発の仮面ライダー。劇中では対アンノウン戦闘のみで運用されていたが、軍オタのタハ乱暴が察するに、他にも対ゲリラ戦や、ヘリボーン作戦、もしかすると対戦車戦闘までもを想定して開発されていた可能性がある。

 

 

仮面ライダー剣・キングフォーム

 

身長:201cm 体重:131kg

パンチ力:450AP(=4.5t) キック力:700AP(=7.0t)

ジャンプ力:ひととび25メートル 走力:100メートルを6.5秒

必殺技:ロイヤルストレートフラッシュ、他

 

 「仮面ライダー剣」に登場。主人公……剣崎一真の変身する仮面ライダー剣の最強形態。剣崎の類稀なる才能の結果、ラウズカードに封印された一三体のアンデットと融合を果たし、絶大な戦闘力を得た。世界を滅ぼす悪魔さえ救った英雄。本編ではディケイドがケータッチで召喚した。

 


<あとがき>

 

 読者の皆様、どうも、おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。

 さて、この度は平成仮面ライダー10号、「仮面ライダーディケイド」と、拙著「永遠のアセリアAnother」のクロス小説という、無謀極まりない作品を最後までお読み頂きありがとうございました!

 この話を書こうと思い至ったきっかけは、「ディケイドが面白い、ディケイドを書きたい」という、特撮好きSS作家の欲求もあるのですが、「永遠のアセリアとはいったい何だったのか?」という、素朴な疑問でした。

 ディケイドの製作を担当した東映の白倉伸一郎プロデューサーが、雑誌などのインタビューで度々語っていることなのですが、「仮面ライダーディケイド」は「平成ライダーとはこういうものなんだ」というメインテーマの上に成り立っている作品です。平成ライダーももう十年ですから、初期の作品などはもう、過去の歴史にすらなり始めています。「仮面ライダークウガとはこういうものだ」、「仮面ライダーアギトとはこういうものだ」ということを、ここらで示しておきたい。ディケイドはそんな思いから作られた作品でした。

 しかし、一概に「クウガとはこういうものだ」といっても、それはかつて「仮面ライダークウガ」という作品が、一年かけて視聴者に伝えたものです。これを、ディケイドではたった二週間、一時間の番組で視聴者に伝えなければならないわけです。この短い時間では、「クウガとはこういうものだ」の、すべてを語り尽くすことは不可能です。

 そこでディケイドでは、各々の作品のメインテーマ、いちばん重要なエッセンスだけを抽出し、それを伝えていこう、という形となりました。そして、そのために必要な舞台を、もう一度再構築……リ・イマジネーションしよう、となったわけです。クウガの例でいえば、五代雄介は小野寺ユウスケとなり、一条刑事と桜子さんは八代刑事となりました。

 

 「永遠のアセリアAnother」の原作「永遠のアセリア」は、2003年冬に発売したゲームです。初出がもう、七年も前の作品ですから、細かい部分などはもはや記憶の中から風化してしまった方もいるかと思います。そんな現状を憂いて、というと大袈裟ですが、白倉氏のインタビュー記事を読んだタハ乱暴は、「そうだ。自分も、ここで一度、永遠のアセリアとは何だったのか。永遠のアセリアとはこういうものだ、ということを自分なりに考えてみてはどうか」と、思い至ったわけです。

 そうして考えた末の結論。「永遠のアセリア」という作品の、いちばんのエッセンスは何だったのか。タハ乱暴は、それを“絆”と解釈しました。「永遠のアセリア」は、“絆の物語”だった、とタハ乱暴は思うのです。佳織との兄妹関係。光陰、今日子との三角関係。瞬との因縁。アセリアとの運命的な出会い。オルファとの擬似親子関係。「永遠のアセリア」という作品には、様々な繋がり、絆であふれています。中でもタハ乱暴が印象的だったのは、「エターナルとなって一度は切れたと思われていた佳織との絆」でした。そういう、絆の強さを、オリ主の柳也も交えて見せていけたらいいなぁ、と思いました。

 その結果が今回の話なのですが……いや、まぁ、はい、あれですね。佳織の出番を、もっと作りたかった。光陰とかも、出したかった……。

 後悔ばかりです。話をシンプルにするために不要な部分を削ぎ落としていったら、いつの間にか主要キャラのほとんどが消えていました。さすがにこれは不味いだろう、ということで、敵にスピリットを持ってきましたが……目立たねぇ。っていうか、ラキオス王を優遇しすぎたぁ。あのおっさんは、そんなボスの器じゃないだろう! でも、他に代役が見つからなかった。

 リ・イマジネーションって難しい。痛感しました。いやはや、勉強させてもらったなぁ。

 お読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

悠人のリ・イマジネーション化について

 

 悠人の変身するライダーの選考にはエトランジェ三人の中でいちばん頭を悩ませました。原作アセリアの主人公で、あまりマイナーなライダーに変身させるわけにはいかない。加えて、シナリオの都合上剣を持ったライダーじゃなければいけない制約もありましたし。かといって主人公級のライダーはすでにテレビ本編で使われていますからね。主役以外で、かつ有名どころで剣を持ったライダーというと、キバのイクサかな、と。

 設定的にも善玉ライダーですからね。太陽をイメージした聖戦士というのも、主人公っぽいかなぁ、と思いイクサに決めました。

 Final Form Ride は、パワードイクサーとイクサナックルとで迷いました。でも、等身大のサイズでパワードイクサーどうよ? って、考えに至り、結局ナックルの方に……。んでもって必殺技の「ガタックイクササイズ」ですが、これは、もう、完全にネタです。

 

 

柳也のリ・イマジネーション化について

 

 柳也は、本当は夢王でやろうかと思っていました(笑)。ただ、それだとパー子の個性があまりにも強すぎるので、物語的にシリアスな空気が台無しになりそうかなぁ、と。

 ガタックは夢王を却下した時点ですぐに思いつきましたね。なんといっても主人公の親友が変身するライダーですから。二刀流ですし、そこそこ強いライダーですし。次点はアギトのバーニングフォーム。物語後半で悠人と和解後にシャイニングフォームになる話を考えていましたが、さすがに贔屓しすぎな感が否めず却下しました。その次はトリニティフォーム。うん。アギト大好きな男ですね。笑ってやってください。

 

 

佳織のリ・イマジネーション化について

 

 佳織=羽撃鬼は、もう、吹道繋がり以外の何物でもありません(笑)。佳織変身させよう、って思いついた瞬間、すぐ浮かんだのが羽撃鬼でした。劇場版限定ライダーだけあって活躍度は……はい。本作でも少ないですね。すみません。羽撃鬼、好きなんですけどねぇ……いざ、活躍させようと思うと難しいライダーだということを痛感させられました。

 

 

ラキオス王のリ・イマジネーション化について

 

 ボスをラキオス王にしようっていうのはわりかし早い段階で決まっていました。ファンタズマゴリアっぽさを出すために龍の怪人にしようというのもわりと早い段階で決まっていたのですが、その際、既存の怪人を持ってくるか、オリジナルにするのかで少し悩みました。みんな大好き北崎さんはファイズの世界で出演済みですしね。オロチ出しても良かったんですけど、それじゃあ、〈求め〉の特性を活かしきれないだろう、と、結局オリジナルになりました。レジェンドルガにしたのは、平成ライダー中いちばん龍が出しやすい設定だったから(笑)。幻想種担当がレジェンドルガですので。ただ、レジェンドルガにしてしまったせいで、あの印象的なステンドグラス粉砕が書けなかったのは少し残念でしたね。




黒幕は何とか予想通りだったか。
美姫 「柳也が軍を抜けた理由はちょっと予想していなかったけれどね」
まあ、何はともあれ無事に解決って所かな。
美姫 「そうよね。でも、まさかアセリアでライダーを見れるとはね」
うん、面白かった。
美姫 「投稿ありがとうございます」



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