――聖ヨト暦三三〇年、スフの月、青、ひとつの日、朝。
 
 

 桜坂柳也とヘリオン・黒スピリットの二人が、バーンライト山岳大隊の迅雷作戦を阻止したその二日後の朝。

 悠人達スピリット・タスク・フォース(以下STF)本隊が、ようやくラセリオに到着した。

 方面軍の通信兵から本隊到着の報を聞かされた柳也は、早速、ヘリオンとセリア、そしてナナルゥの三人を連れて、方面軍司令部へと向かった。ラセリオに到着したSTF 隊は、方面軍司令に到着の報告をするため、まず真っ先にそちらに向かうと考えられたためだ。

 案の定、司令部には、懐かしい戦友達の姿があった。

「悠人!」

「柳也! そうか、お前達の方が速かったのか。……無事でよかった」

「お前もな」

 悠人と柳也は再会を果たすなり、互いに拳をぶつけ合った。

 男達の顔には、ともに莞爾とした笑みが浮かんでいる。

 地球の常識が通用しない有限世界。しかも戦時下ともなれば、一時のつもりの別れも、一生のものとなりかねない。

 お互いの無事を喜び合う二人の様子を、ヒミカとエスペリアは微笑ましげに眺めた。

 次いで、柳也はSTF の他の面々に目線を向ける。

 アセリア。オルファ。エスペリア。ヒミカ。ネリー。シアー。そして、ハリオン。

 ネリーとシアーは目が合うなり、「お兄ちゃ〜ん!」と飛び込んできた。

 勢いよく抱きついてきた二人を両手で受け止め、柳也はその背中を、頭を撫でさする。

 やがて、ゆっくり、と歩み寄ってきたハリオンが、にっこり、と微笑んだ。

 柳也も、満面の笑みで応じる。

「約束は、守ったぜ?」

「……はい。じゃあ、今夜はお説教ですね」

 にこやかに微笑みながら紡がれた物騒な発言。彼女の言う「お説教」とはどんな内容なのか。夜の訪れが楽しみやら、恐ろしいやら、複雑な気分だった。

 柳也はおどけた態度で肩をすくめてみせた。

 それから彼は、空咳を一つして、ネリー達との抱擁を解いた。

 いままでは桜坂柳也という一人の男としての対応だ。

 これからは、STF の副隊長としての対応を取らねばならない。

 たたずまいを直した柳也は、悠人に向き直って言った。

「報告したいことが、山ほどあるんだ。方面軍司令への挨拶が終わったら、時間、作ってくれるか」

「ああ。……俺も、訊きたいことがたくさんある」

 悠人は柳也の背後に控える、セリアとナナルゥを見て言った。

 見知らぬスピリットを二人も連れている自分に、いったいどういうことなのか、と目線で問うてくる。

 ややあって、ようやくセリア達の存在に気が付いたネリーが、

「あ、セリアじゃん! 久しぶり〜」

と、反応した。

 ぶんぶん、手を振り回して挨拶をする姉の様子に、シアーも「ぶり〜」と呟く。

 他方、幼馴染のアセリアといえば、小さく頷いただけだった。

 ラセリオ出身の青スピリット達の相変わらずの様子に、セリアは深々と溜め息をついた。

 柳也のそれと違い、自分の方はなんとも感動の薄い再会だ。特別、何かを期待していたわけではないが、もう少し、久しぶりの再会を喜んでくれてもよいだろうに。

 疲弊した表情で肩を落とすセリアの様子に、柳也は苦笑を浮かべた。

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-

第二章「蠢く野心」

Episode50「隊長失格」

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、スフの月、青、ひとつの日、朝。 
 
 

 バーンライト山岳大隊の迎撃に成功した後、柳也とヘリオンはセリア達二〇一スピリット大隊が管理する詰め所の世話になっていた。

 大隊の保有する戦力の半数が失われ、またラースに派遣している小隊が帰還していない現在、詰め所の管理権限はセリアにある。柳也は彼女の許可を得た上で、方面軍司令への挨拶を終えた悠人達を詰め所の食堂に集めた。勿論、遠路はるばるやって来た戦友達に、サンダーボルト作戦の成果を報告するためだ。

 食堂には、STF 隊の面々の他にセリアとナナルゥの二人も同席していた。悠人達とは、詰め所への道中に簡単な自己紹介を終えている。

 柳也は人数分の茶を用意し、みなに一服してもらいながら、自ら立案した作戦の成果と、敵迅雷作戦が辿った結末を報告した。

 夜陰に紛れて国境線へと迫った敵山岳大隊の攻撃によって、方面軍の二〇一大隊が壊滅してしまったこと。その直後に、サモドア山道を下山した自分とヘリオンが戦場に駆けつけたこと。首尾よく敵の背後を衝けたこと。敵が動揺している間に、大隊の生き残りのセリア達と合流を果たしたこと。

「合流した俺達は、その後も山岳大隊の撃退に努めた。……いやぁ、なかなか強かったぜぇ、山岳大隊は。流石はバーンライト最精鋭の部隊。面白い戦いだったよ」

「そうか。……なんか柳也は、作戦が成功したことよりも、面白い戦いが出来たことの方が嬉しいみたいだな。それで?」

 からから、と笑いながらそう語る柳也に、悠人は苦笑しながら先を促した。

 三度の飯と剣術と、何より戦いを好む友人の性格にも、もう馴れたものだ。そしてそれは、STF 隊に所属する他のみなも同様だった。

 他方、平然とした悠人達の態度に、同席していたセリアは面食らっていた。

 先の戦闘では、軍全体の利よりも、自らの快楽を優先する柳也の姿を目の当たりにした彼女だ。男の好戦的すぎる性格を異常と思えばこそ、みなの態度に納得がいかなかった。

 セリアは、ひそひそ、と隣に座る幼馴染に話しかける。

「ちょ、ちょっと、アセリア! あなた達の部隊では、リュウヤ様のあの性格は普通に受け入れられているの?」

「……ん」

 小さく頷いたアセリアに、セリアは信じられないものを見るような眼差しで、居並ぶ面々の顔を見回した。

 エスペリアと目が合う。疲れた微笑。彼女の普段からの苦労が偲ばれて、セリアは心の中で泣いた。柳也に、アセリアに、オルファ。悠人のことはよく知らないが、一見したところ、頼れる人物には思えない。これらの名前を並べただけでも、エスペリアの普段からの気苦労の程が窺えた。

 セリアが胸の内で同情の涙を流す間にも、柳也の報告は進んでいった。

 熾烈を極めた敵国精鋭部隊との戦闘の様相。死闘の末に、自分達は山岳大隊の戦力を半分以下にまで削ることに成功した。そこにラセリオ方面軍二〇二大隊のスピリット達が駆けつけ、これでこちらの勝利は揺るがぬ、と誰もが確信したその直後、戦場に、柳也の宿敵が現われた。

「アイリス・青スピリットが?」

「ああ。アイリス自身は迅雷作戦に参加していたわけじゃなかったんだけどな。どうもサモドアで俺達を見かけて、追いかけてきたらしい」

「お前のことだ。そのまんま戦ったんだろ?」

「ああ。三度目の正直だったぜ?」

 柳也は会心の笑みを浮かべて言い放った。

 その満面の笑みを見ただけで、戦闘の結果が如何なものだったかは、すぐに察せられた。

「勝ったのか?」

「判定勝ち……ってところだな。トドメを刺すまでには至らなかったから」

「それでも、ダーツィのアウステート相手なら大戦果ですよ」

 ヒミカが莞爾と微笑んで言った。

 STF 隊の中でも特に武人としての気質が強い彼女だ。強敵を破った柳也の勝利を、純粋に喜んでくれていた。

「ただ、アイリスはサモドアに撤退する山岳大隊のケツを守る殿役だったからな。奴に気を取られている間に、連中には逃げられちまった」

「…………」

 残念そうに嘆息した柳也に、セリアが何か言いたげな表情を浮かべた。山岳大隊に逃げられた原因の何割かは、私情からアイリスとの一騎打ちを望んだ柳也にある。しかし、言っても無駄だと悟ったか、やがて自らもまた複雑そうに溜め息をついた。

 そんな幼馴染の背中を、アセリアが叩く。

 対面に座ったエスペリアからの同情の眼差しが、なんとも心に染み入った。

「……とはいえ、山岳大隊が被ったダメージもまた大きかったはずだ。俺達が確認しただけで戦死九体、損耗率は六割。比率でいえば、ラセリオ方面軍が受けた損害よりも大きい」

「ということは?」

「ああ。敵迅雷作戦は失敗。俺達のサンダーボルト作戦は、成功だ」

 柳也はまた会心の笑みとともに言い放った。

 屈託のないその笑顔に釣られて、悠人とエスペリアも安堵の笑みを漏らす。

 これで当面の脅威は過ぎ去り、敵国の最精鋭部隊にも少なからぬ打撃を与えられた。これでようやく、ラキオスはサモドア攻略に全力を注ぐことが出来る。バーンライトとの戦争も、いよいよ大詰めとなったわけだ。

 嬉しそうに微笑む二人とは対照的に、不満そうなのはネリーだ。

 食堂に召喚された際、「ネリーはお兄ちゃんの右側に座るからね! いいよね? 答えは訊いてない!」と、柳也の隣席を希望した彼女は、

「あ〜あ、結局、ネリー達の行軍は無駄骨か〜」

と、本隊の出番がなかったことに対する不満を露骨に口にした。ちなみに反対側の席には、シアーが腰を下ろしている。

 そのシアーもまた、ネリーのように直接不満を口にすることはなかったが、はるばるラセリオまでやって来て出番がないという事実に残念そうな様子だった。

 やや憤懣とした二人の視線に苦笑を浮かべつつ、柳也は妹分達の頭に両手を置いた。ゆっくりと撫でさする。

「そんなことはないさ。本隊の方が先に到着する可能性だって十分あったし、俺達別働隊が失敗する可能性だってあった」

 敵国王都サモドアで。また、サモドア山道に入ってからの道中においても。別働隊の作戦を失敗させるようなアクシデントの発生は、いくらでも考えられた。幸いにして今回のサンダーボルト作戦では、そうした事故に遭遇することはなかったが、最悪、別働隊が壊滅する事態も十分にありえたのだ。

「だからといって、周囲に常に気を払ってばかりの遅々とした行軍じゃ、きっと間に合わなかっただろう。サンダーボルト作戦はスピードが命の作戦だった。ひとつ、思いきった行軍が必要だった。……後ろにネリー達が続いている、って分かっていたから、俺達も大胆にやれたんだぜ?」

 たとえ自分達が失敗したとしても、まだ本隊がいる。信頼出来る、仲間達が残っている。だから、後顧の憂いなく戦えた。失敗や敗北を恐れることなく、戦うことが出来た。その軽い心持ちが、自分達の実力を十全に発揮させ、勝利へと導いたといっても過言ではない。

「だから、ネリー達の行軍は、無駄じゃなかったし、決して無意味でもなかったさ。ネリー達がこっちに向かってきているってだけで、俺達は勇気付けられたし、戦えたんだから」

「えへへ〜」

「へへ〜」

 ヤスデの葉のような大きな掌が髪を梳くその度に、ネリー達は嬉しそうに微笑んでみせる。

 一方の柳也はといえば、こちらも穏やかな微笑を浮かべていた。

 自分を兄と呼んで慕ってくれる二人にこうしていると、まるでしらかば学園の兄弟達と接しているような気分になって、暖かな気持ちになってくる。

 ――やっぱ、ネリー達の笑顔は魔法だな。

 見ているこちらを元気にさせてくれる、魔法の笑顔だ。二人の頭を撫でる両手からも、幼い活力が伝わってくるかのようだった。

 柳也は二人の頭に手を載せたまま、悠人を見た。

「サンダーボルト作戦についての報告は以上だが、実は作戦終了後、一つ問題が生じてな」

「問題?」

 悠人が訝しげな表情で訊ねた。

 はて、いままで話を伺った限り、自分達STF の今後に関係するような問題はなかったと思うが。

 柳也は「二〇一スピリット大隊のことだ」と、続けた。

「さっきもちょろっと口にしたが、山岳大隊の攻勢によって方面軍二〇一スピリット大隊は、総戦力の半分を失った。ラースに派遣している一個小隊が残っているとはいえ、大隊としての機能はほぼ失われた、と考えていいだろう。

 ここで問題となるのは、セリア達二〇一大隊の生き残りのスピリットの今度だ」

 柳也はサンダーボルト作戦の後半をともに戦った二人を交互に見た。

「大隊が、大隊としての機能を失った以上、生き残ったスピリット達は今後どうするか、身の振り方を考えねばならん。いまは平時でなく、戦時だしな。有力な戦力を遊ばせておく余裕はない。通常は、戦時特別措置で、同じ方面軍所属の二〇二大隊に吸収されるところだが……」

「だが?」

「なぁ、悠人。部隊にさ、新しい戦力、欲しくないか?」

 柳也は、舌先で言葉を選びながら、ゆっくり、とした口調で悠人に言った。

 その質問から、友人がこの場で議題にしようとしている内容を察した悠人は、セリアとナナルゥの顔を交互に見比べた。他のみなが怪訝な表情を浮かべる中で、付き合いの長い彼だけが、柳也の言わんとすることを正確に読み取っていた。

 視線を柳也に戻し、「理由は?」と、言葉短く訊ね返す。

 はたして柳也は、「二つある」と、利き手の人差し指と中指を立てて答えた。

 まず中指を折って、理由の一つを説明する。

「第一の理由は、STF に欠けている戦力を増強出来るから、だ。俺達STF 少数精鋭だ。瞬間的な攻撃力と機動力には優れているが、防御力と持久力には劣る。俺やお前、エスペリア、そしてハリオンと、壁役自体は充実しているが、その中でも、有力な回復魔法を使えるのは二人だけだ。俺やお前のオーラフォトンは、回復魔法としては、ないよりはマシ程度の低性能なものだしな。

 今後STF が持久戦に投入されないとも限らない。回復役が不足している現状では、ダメージを最小限に抑える努力が必要だ。その際、重要となってくるのが……」

「アイスバニッシャーを使える青スピリットの人数、ってわけか」

「そういうこと」

 柳也は莞爾と笑って頷いた。

 素早いレスポンス・タイムでの回答に、以前は感じられなかった頼もしさを覚える。有限世界に召喚される前は、現代世界の日本で、普通に生徒として暮らしていた悠人だった。軍事について素人だった彼がここまで成長したか、と柳也は感慨から口元をほころばせた。

 この頃になると、他のみなも二人が何のことを話し合っているのか、おおよその見当がついていた。

 スピリット達の視線は、自然と言葉のキャッチボールを楽しんでいる二人の青年に向けられる。

「付け加えるなら、向かってくる相手に遠距離から一方的に攻撃出来る赤スピリットもまた、防御には重要な存在だな。……もとより防御というものは、攻撃と違って時期や場所をこちらが選べない。戦いの主導権を、最初から相手に握られているようなものだ。だから、そんな敵から戦いの主導性を奪い取ろうと思ったら、戦闘員一人々々の能力と質が大きく関わってくる。

 その点、セリアとナナルゥは優秀だ。サンダーボルト作戦の後半戦、俺達は二人と一緒に戦ったが……いや、非常に頼もしかったぜ? あの劣勢の中で、セリアは冷静に戦場をよく観察していた。勝機の訪れを決して見逃さず、また好機が訪れた時も、血気に逸ることなく落ち着いて敵を撃破していった。セリアの技術と経験、そして戦場の全体像を把握しようとする目は一級品だ」

 柳也は先日の夜戦の様相を思い出して感嘆した。

 セリア・青スピリットは戦士としても一角の実力者だが、参謀役としても優秀な才能を持っている。そのことは、精鋭山岳大隊を相手に最後まで戦い抜いた一事からも明らかだ。二〇一大隊にはセリア以外にも優秀なスピリットが揃っていた。しかし、蓋を開けてみれば、生き残ったのはセリアとナナルゥの二人だけ。このことは、単に腕が立つだけでは山岳大隊には太刀打ち出来ないことを示している。

 また、自分とヘリオンがサモドア山道を下山してセリア達と合流した直後、彼女は速やかに彼我の戦力と現在の状況を、正しく説明してみせた。戦場という視野狭窄に陥りがちな環境の中にあって、刻々と変化する戦場の様相と彼我の現状を正確に把握し、分析出来るセリアは、参謀に必要な素質を満たした人物といえた。彼女に背中を任せたら、さぞ頼もしいことだろう。

 柳也はさらにナナルゥを見て続けた。

「ナナルゥの神剣魔法は、火力、射程、精度のすべてがバランス良く高い水準にある強力なものだ。マナの扱いに長けているから、大きな魔法も短い詠唱で発射出来る。ファイアボールなら、一分間に十発とか、一五発とかいけるかもしれん」

 現代世界の兵器に例えるなら、ナナルゥはさしずめ自走砲だ。機動力に富み、長い射程の武器を持ち、一撃である一定の面積を制圧することが出来る。

 彼女の神剣魔法と、打撃力に優れる青スピリットを組み合わせた際の攻撃力は、絶大なものになると考えられた。

「この二人がSTF に加わってくれれば、単に戦力アップに繋がるだけでなく、戦術の幅もぐっと広がる。これが、理由の一つ目だ」

 柳也は続いて人差し指を折った。

 淀みのない口調から一転、躊躇いがちに、口を開く。

「二つ目の理由は……まぁ、ごくごく個人的なものだ」

「……当ててやろうか?」

 悠人が苦笑しながら言った。

「どうせ柳也のことだ。一緒に戦って、一目惚れしたんだろ? ……この二人と一緒なら、もっと面白い戦いが出来るとか、何とか……」

「ぐ……悔しいが、正解だ。……よもや悠人に読まれるとは」

 自称、ポーカーフェイスの似合うクール・ガイ、桜坂柳也だった。

 常より周りから鈍感だ何だと言われている悠人に本心を見透かされて、彼は悔しげに歯軋りした。わざとらしく頭まで抱える辺り、明らかに熱演が空回りしていた。

 ――とてもじゃないけど、クール・ガイには程遠いな……。

 悠人は呆れた溜め息をついた後、視線をセリアとナナルゥの二人に向けた。

「セリアと、ナナルゥ……だっけ? うちの副隊長はこう言っているけど、二人はどう思っているんだ?」

「どう、とは?」

 悠人の質問に、セリアは怪訝な表情を浮かべて問いを重ねた。

 幼馴染のアセリア曰く、「照れ屋」だという彼女は人見知りするらしく、初対面の悠人に対して険を帯びた眼差しを向けていた。

 冷たい視線を真っ向から注がれた悠人は、うぅっ、と物怖じしながらも、なんとか応じてみせる。

「ふ、二人の希望はどうか、ってことだよ。二人をSTF に欲しい、っていうのは、俺達の一方的な希望だろ? 二人は、この部隊に入ることをどう思っているのかな、って」

「……俺達、ですか?」

「ああ。俺達、さ」

 悠人は力強く頷いた。

 迷いのない口調と、毅然とした態度で、彼は続ける。

「俺は桜坂柳也っていう男のことを信頼している。その柳也が認めた二人だ。柳也が求める人材は、俺の求める人材だ」

 まごうことなき、高嶺悠人の本心だった。

 自分はこの男に全幅の信頼を寄せている。この男が認めたセリア達の実力を疑う気は毛頭なかったし、この男の血が求める行動を止める必要など皆無だった。

 チラリ、と柳也の方を一瞥すると、友人は気恥ずかしげに苦笑を浮かべていた。なんともむず痒い様子で、身じろぎしている。そんな彼の態度に、悠人もまた苦笑いをこぼした。

「……リュウヤ様には、命を救ってもらった恩があります」

 ふと涼やかな声が耳膜に触れて、悠人は視線をセリアに戻した。

 彼女は悠人の目を真っ直ぐ見据えて続けた。

「それに、やられっぱなしは性に合いませんから。先日の戦闘では、何人もの仲間がバーンライトのスピリットに殺されました。私は、彼女達の仇を取りたい。ですが、このまま二〇二大隊に吸収されては、それを叶えることが出来ません」

 今回の対バーンライト戦役におけるラキオス王国軍の軍事行動は、すべて柳也立案のクルセイダーズ・プランに沿って実施されている。この戦略計画案がラセリオ方面軍に求めた役割は、サモドア第一軍に対する牽制だ。その場にいるだけでよい。決して、積極的に動くことなかれ。ラセリオ方面軍の部隊に所属する限り、セリアが仲間の仇討ちの機会を得ることはまずなかった。しかし、二人のエトランジェが所属するSTF ならば……。

 今回の戦争で、最強のエトランジェを擁するSTF 隊は常に前線に投入されている。その分、危険と隣り合わせることになるが、仇討ちや、華々しい活躍の機会は多いに違いなかった。

 それに……と、セリアは胸の内で呟いた。

 無意識のうちに、視線が柳也の方を向く。戦争をつまる、つまらないで語った男。面白い戦いがしたい、の一言で、山岳大隊を見逃し、アイリス・青スピリットとの一騎打ちを望んだ男。

 確かに能力は優れている。戦士として、指揮官として、そして参謀としても、並外れた能力を持っている。自分の目で見たことだ。それは認めよう。

 しかし、その人格はあまりにも危険だ。その好戦的すぎる人格は周囲を巻き込み、あまりに多くの血を流させかねない。あまりに多くの命を、犠牲にしかねない。敵も、味方も、柳也自身さえも。

 ――この危険な男を、監視しなければ。

 この男は危険だ。この男の強すぎる攻撃性は、いずれ敵国はおろかラキオスさえも滅ぼしかねない。

 直感的にその考えに至ったセリアは、柳也に対する監視役の必要性を感じた。

 となれば、監視役の人選だが、幼馴染のアセリアや隊長の悠人は、この男のことを信頼している。なにより、人間達から伝え聞く噂によれば、この男は国王の信篤き人物。エスペリアなどは一歩退いたところから彼を見ているようだが、ほとんどの人間は柳也を監視しようなどとは考えないだろう。

 自分しかいない。

 静かなる決意を胸に秘め、セリアは悠人と柳也を交互に見て、淡々と告げた。

「王国軍最強の矛の一員になれるのなら、願ってもないことです」

 事実上の入隊志願。他ならぬ彼女自身の口からその言葉を聞き、柳也の顔に満面の笑みがはじけた。

 セリアとは元同僚のネリーやシアーもまた、嬉しそうに顔を綻ばせる。普段は無表情が常のアセリアさえもが、どこか弾んだ調子で頷いた。

 セリアの意思を確認した一同の視線は、自ずとナナルゥへと集中した。

 期待の篭もる数々の眼差しを一身に浴びるナナルゥは、そうと知ってか知らずか、抑揚のない声で呟いた。

「……それが命令なら、従います」

 冷たい口調。

 能面のような無表情での頷き。

 心の機微がまるで感じられない、どこか機械的で、無機質な印象さえ感じられる呟きに耳朶を叩かれた悠人と柳也は、思わず顔を見合わせた。

 アセリアとはまた違った雰囲気を纏う無表情、無感動な態度。まるで物言わぬ機械に話しかけているような違和感を覚えて、二人は等しく眉間に深い皺を刻む。

 これまでにもアセリアを筆頭に、表情に乏しいスピリットとは何人も会ってきた。しかしそれは、自らの感情を言葉や態度で表現するのが苦手というだけで、多くの場合、実際には感情豊かな娘達ばかりだった。ナナルゥの言葉や態度からは、そういった感情の端緒すら、まったく感じられない。感情表現が苦手というよりも、表現する感情そのものが存在していないようにさえ感じられた。

 ともあれ、これで方針は固まった。セリアは自らSTF への編入を志願し、ナナルゥは命令さえあれば応じる、と答えた。

 あとは、肝心の命令が下るよう、各方面の然るべき人達に根回しをするだけだ。ラセリオ方面軍からは方面軍司令と二〇一大隊隊長。そして王都直轄軍からは、ルーグゥ・ダイ・ラキオス王。この三人の許可を取り、正式な異動命令を発信してもらえば、晴れて二人をSTF 隊に編入させることが出来る。

「そうと決まれば、早速行動だな」

 兵は拙速を聞く、が桜坂柳也という男のモットーだ。素早く決断し、素早く行動する。そうやって自分は、今日まで戦闘を勝ち続けてきた。

 柳也は凶悪な面魂に怪しい笑みを浮かべて悠人を見た。

 爛々と輝く黒檀色の双眸は、セリア達とまた一緒に戦える瞬間を想像して、早くも期待に燃えていた。まるで遊園地へ出かける前の子どものような笑顔だった。

 一方の悠人は、それ行こう、やれ行こう、といった様子の友人に向けて、「いますぐにかよ」と、ぼやいてみせた。

 最前線リモドアから二四〇キロメートルの距離を六日かけて踏破し、つい先ほどラセリオに到着したばかりのSTF 本隊だった。悠人だけでなく、他のみんなの表情にも、疲労の色が濃く浮かんでいる。

「せめて少し休ませてくれ」

 切々と訴えかける悠人の言葉に、ようやくみなの状況を思い出したか。自分の戦好きな性格は昔からだが、少し、浮かれすぎていたらしい。

 気の逸る自分を恥じながら、柳也は「そ、そうだな」と、から笑いを浮かべた。

 

 

 詰め所での報告会の後、悠人は柳也を連れて再びラセリオ方面軍司令のもとを訪ねた。

 用件は主に二つで、一つは、STF 隊のラセリオ滞在の許可を得ることだった。当初の予定では、STF本隊はラセリオに到着するやすぐに国境線監視所に向かう手はずになっていた。しかし、柳也達別働隊の活躍により敵山岳大隊の迎撃に成功した以上、もはや監視所に向かう必要はない。STF隊に残された任務は、柳也とヘリオンを拾って、ラキオス王のいるリモドアへと帰還するだけとなった。とはいえ、六日をかけて二四〇キロメートルを踏破したみなの疲労は大きく、悠人達はラセリオでの一泊の滞在を希望した。

 もう一つの用件は、無論、セリアとナナルゥの今後に関わることだった。「STF 隊では全員合意の上で二人を受け入れる意思あり」と、自分達の意思を表明した上で、方面軍司令に意見を求めたのだ。

 ラセリオ方面軍の司令はアーサー・ウェルズリー、四七歳。四一の若さにしてラセリオ方面軍の司令に収まった傑物で、歩兵大隊、スピリット大隊、輜重隊の三つの兵科を渡り歩いた経歴の持ち主だった。一七五センチの、すらり、とした長身が目を惹く、なかなかの美丈夫である。また、国王への忠誠厚い人物としても知られていた。

 STF隊からの二つの要求に対して、アーサー司令は熟慮の時間を置くことなく、その場で柳也達に返答を聞かせた。

 方面軍司令曰く、

「STF 隊のラセリオ滞在については許可を下す。

 セリア・青スピリットとナナルゥ・赤スピリットの今後の身の振り方については、リモドアにおられる陛下の判断に任せる」

とのこと。

 柳也達は特に、司令の「二人の今後についてはラキオス王の判断に任せる」という発言に注目した。これは一見、アーサー司令がセリア達の処遇について、判断と責任を放棄したように解釈出来る。しかし深読みすれば、ラキオス王の命令さえあれば二人をすぐにでも引き渡す用意がある、という方面軍を代表する者の意思表示とも取れた。

 はたしてどちらの意味なのか、と判断に迷う柳也に、方面軍司令は重ねて言った。

「ちなみにランドフォード大隊長からの報告によれば、二人の私物は少ないそうだ」

 アーサー司令は彫りの深い精悍な顔立ちにウィンクを作り言った。

 そんな司令の言葉に、柳也は得心した様子で頷いた。

 スピリット隊の大隊長から方面軍司令に、セリア達の私物の量について報告が上がっている。そのことは、二人の私物をどこか別の場所へと発送する準備が整っている事実を言外に窺わせた。転じてそれは、方面軍には二人をSTF 隊に引き渡す用意が整っている、と解釈出来た。

 柳也と悠人はアーサー司令からの回答に満足げな表情を浮かべると、早速部隊のみなとセリア達にこのことを伝えるべく、司令室を退室した。

 翌朝、一泊して英気を養ったSTF 隊十名は、セリアとナナルゥの二人を伴って、ラキオス王のいるリモドアへ向けてラセリオを発った。

 そして六日後、聖ヨト暦三三〇年、スフの月、赤、みっつの日、一行は無事、リモドアへと到着した。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、スフの月、赤、みっつの日、朝。
 
 

 リモドアに帰還した柳也は、早速悠人とともにラキオス王のもとへと足を運んだ。勿論、ラキオス王に迅雷作戦の成果の報告をするための訪問だ。また、STF 隊でセリア達を受け入れるための訪問でもあった。

 王が仮の住居として定めた場所は、かつてバーンライト王国軍第二軍司令が利用していた司令室で、部屋の前には武装した親衛隊が八人立っていた。その中にはやはり、国王の護衛として前線まで随伴してきたリリアナ・ヨゴウの顔もあった。

「サムライ、戻って来ていたのか!」

 柳也の姿を認めるなり、リリアナは両腕を広げて彼らを出迎えた。

 その顔には歓喜の笑みが浮かんでいる。

 敵国王都に潜入する、という作戦の性質上、迅雷作戦の詳細はラキオス王を始めごく一部の人間にしか伝えていない。リリアナはそうした一部の人間の一だった。柳也がヘリオンを連れてサモドアに潜入したことも知っている。五体満足なまま帰還した彼を見るその眼差しには、安堵と歓喜が入り混じっていた。

「ヨゴウ殿、今朝到着したところだよ」

 柳也もまた、リリアナの壮健な姿を見るや喜色満面、両腕を広げて応じた。

 明日をも知れぬ身なのはリリアナも同じだ。実際、彼は過去にバーンライト情報部から大々的な暗殺作戦を仕掛けられている。

 生まれた世界、学ぶ剣は違えど、等しく剣の道に生きる二人は、硬く抱擁を交わして互いの無事を称え、喜び合った。

 しばらくの間、熱く結び合った二人は、やがて抱擁を解いた。

 かたわらに立つ悠人の、どこか寂しげな視線が気になったからだ。

 乱世に生きる身の上は同じだが、剣者同士の間に存在する空気に入っていけず、悠人は独り疎外感を感じていたらしかった。

「それでヨゴウ殿、陛下と面会したいんだが……いまは?」

 リリアナとの抱擁を解いた柳也は、早速、自分達の用向きと、ラキオス王の時間の都合を訊ねた。朝の軍議の開催に間に合うよう、早朝一番に訪ねたつもりだが。

 はたして、リリアナの返答は柳也達にとって色よいものだった。

「いまは誰の訪問も受けていない。また、受けていたとしても、陛下からはSTF 隊からの報告を優先して通すよう命令を受けている。陛下は吉報をお待ちだ。入れ」

 リリアナに促され入室すると、司令室では正装を身に纏ったラキオス王が待っていた。

 アームチェアの一つに座る彼は、柳也達の姿を見るや嬉しそうに顔を綻ばせた。

 バーンライト山岳大隊の撃退成功の報せは、早馬を通じてすでにラキオス王の耳に届いているはず。炯々と輝く真紅の双眸は、迅雷作戦の成果について詳細な報告を心待ちにしているようだった。

 ラキオス王は柳也達にソファを薦めた。次いで手を叩くと、打てば響くようなレスポンス・タイムで、部屋の外で待機していた衛兵が、きびきび、とした所作で入室してきた。ラキオス王は彼に、三人分のコーヒーを持ってくるよう命令した。親衛隊の仕事には国王の護衛だけでなく、身の回りの世話をすることも含まれている。

 衛兵は、エトランジェにもコーヒーを淹れねばならないのか、あからさまに不服そうな表情を浮かべた。

 しかし、ラキオス王が、ぎょろり、と睨むと、萎縮した様子で司令室を退室していった。

 ラキオス王の目つきは、客観的に見て悪い。俗に闘将の相と呼ばれる鋭い目つきをしている。ただでさえ険しいこの眦がさらに釣り上がると、大の男でも思わず目を背けたくなってしまう。

 程なくして、コーヒーカップを三つ載せたお盆を抱えて、先ほどの衛兵がやって来た。

 ラキオス王に睨まれたのがよほど堪えたらしく、額に汗を浮かべていた。どうやら給湯室から司令室までの往復を、駆け足で踏破したらしい。

 衛兵はテーブルにカップを並べ終えると、再び退室していった。

 衛兵の気配が遠ざかったのを確認して、柳也は本題に入った。

 最初に迅雷作戦が成功した事実を改めて述べ、次に成功にいたるまでの経緯を説明した。ヘリオンとともに見た敵国王との街並み。山岳大隊との戦闘。そしてアイリス・青スピリットとの激戦、勝利……。やがて話題は、ラセリオ方面軍二〇一スピリット大隊の生き残りの二人に関わるものへとシフトしていく。

「というわけで、セリア・青スピリットとナナルゥ・赤スピリットの二人を、STF で迎え入れたいと思っているのです。そのために、陛下から人事異動の指示を賜りたく思いまして……」

「うむ。オッケー牧場」

「返事軽っ!?」

 柳也の言葉にあっさり頷いたラキオス王に、悠人が目を剥いて叫んだ。この瞬間、彼の頭の中からは佳織が人質に取られていることも、相手がその生殺与奪の強権を握っていることも抜け落ちていた。

 ただただ、ラキオス王のあまりに意外な返答と、あまりに意外な言い回しに驚くばかりだった。

「え? ええ? こ、こういうのって、普通はもっと時間かけて決めることなんじゃぁ……それにオッケー牧場って!?」

「無駄に時間をかければ良いというものではない。私がいま頷くことで良好な結果が得られること明らかならば、即決した方がよかろう。……それから、オッケー牧場という言い回しは、以前、エトランジェ・リュウヤが使っていたのを聞いてな。私もかねてから使いたいと思っておっただけのことだ」

 ラキオス王は莞爾と微笑むと、悠人に言った。

「聞くところによれば、オッケー牧場とは、そなたらの世界にいる英雄の口癖だったそうではないか」

「応よ。ガ○ツ石松は、俺達の英雄さ!」

 柳也は親指を立てた右手を、ぐっ、と突き出し悠人に言った。

 悠人は思わず、こいつが元凶か、と柳也を睨んだ。

 ちなみにこのオッケー牧場だが、その由来は西部劇『オッケー牧場の決闘』にあるかと思われがちだが、実際はガ○ツ石松が映画『カンバロック』の撮影中に偶然口にした言葉だったという。ここ、テストに出るので間違わないように。アンダーラインを忘れるな。

「まぁ、オッケー牧場の話はさておき、だ」

 ラキオス王は悠人を見て言った。

 それまでの冗談めいた口調から一転して、真剣な語調だった。

 悠人も、国王の態度の変化から、背筋を正す。

「正式な書類は後日作成するが、とりあえずは口頭の形で命令する。エトランジェ・ユートよ。セリア・青スピリットとナナルゥ・赤スピリットの二体は、そなたらの部隊で引き受けよ」

「はっ」

「重ねて命令する」

 恭しく首肯した悠人に、ラキオス王は続けて言う。

「セリア・青スピリットとナナルゥ・赤スピリットの両名を迎え入れたSTF 隊は、そのままモニモの森に入り、哨戒任務に就け」

「哨戒任務、ですか? モニモの森で?」

 ラキオス王が発した任務の内容に、悠人は怪訝な顔で訊き返した。

 モニモの森はリモドアから南に四〇キロメートルほどの地点から東西に広がる森林地帯で、悠人達がリモドアを出発した時点で、ラキオスの勢力が及ぶギリギリのラインだった。リモドアを陥落させてからすぐにラセリオへと出発したSTF 隊は、占領後のこの地方の情報に乏しかった。いったい如何なる理由からこの方面を警戒するのか。

 悠人の問いに、ラキオス王は答えた。

「リモドア制圧から半月以上が過ぎ、頭の回転の鈍いバーンライトの奴らも、さすがに我が軍がリモドアの第二軍を破ったことに気が付いたようだ。ここ数日、我が軍に対する敵の偵察活動が活発化している。そして敵部隊の多くは、モニモの森から進出していることが判明しておる」

「……なるほど」

 ラキオス王の言葉に、柳也が頷いた。

「それで、STF 隊に山狩りならぬ森狩りをせよ、というわけですか。……確かに、神剣の気配を隠すのが下手なスピリットでも、森の木々など遮蔽物を上手く利用すれば、被発見率を、ぐっ、と下げることが出来る。そして、モニモの森はリクディウスやリュケイレムほどではないが広い。この森の中から敵偵察部隊を完全に駆逐するには、大隊規模のスピリット部隊が、大々的に森の中を走査する必要がある」

 自身サンダーボルト作戦ではモニモの森を通過してサモドアに向かった柳也は、そのときに見た森の様子を思い浮かべながら言った。

 モニモの森は灌木地帯という印象が強く、雑木が群生している場所が多数あり、そうした場所は特に前方の視界が悪かった。敵偵察部隊は、そうした地形の特性を知り尽くし、その上で利用しているらしい。

「モニモの森では、すでに三〇一、三〇二の両スピリット大隊が森狩りを行っている。STF 隊は両大隊と合流後、彼らと協力して事に当たるように」

「はっ」

 命令一過、悠人と柳也は同時に立ち上がった。事前に打ち合わせがあったわけではない。しかし、二人はまるで計ったかのように同じタイミングで起立し、ラキオス王に向かって挙手敬礼を示した。

「ブリーフィングを兼ねた二時間の大休止の後、STF 隊は、ただちにモニモの森へ向かいます」

 STF 隊副隊長としての立場から柳也が言った。

 リモドアにはたったいま到着したばかりで、STF 隊の面々はみな例外なく疲れている。リモドアからモニモの森まではそう長い距離ではないが、それでも休息は必要だった。

 通常よりも長めの大休止をさり気なく求めた柳也に、ラキオス王は粛と頷いた。許可の反応。

 悠人と柳也は顔を見合わせ頷くと、「それでは」と、司令室を退室しようとした。

「ちょっと待て」

 そのとき、部屋を辞そうとする二人の背中に向けて、ラキオス王が声をかけた。

 揃って立ち止まり、振り返る。怪訝な表情を浮かべる二人に、ラキオス王は言った。

「エトランジェ・リュウヤはここに残れ。そなたとは、まだ話したいことがある」

 

 

 隊のみなのもとへと戻っていく友人の後ろ姿を見送った後、柳也は再び司令室のアームチェアに腰掛けた。テーブルに鎮座するカップに手を伸ばし、まだ少し残っていたコーヒーを飲み干す。顔を顰めた。ラキオス王が衛兵に命じて持ってこさせたコーヒーは、量が少なくなくなっていたこともあり、すっかり温くなっていた。

 カップをテーブルに戻した柳也は、対面に座るラキオス王を見た。

 王国軍の最高司令官は、また手を叩いて外で待機している衛兵を呼んだ。再び、二人分のコーヒーを持ってくるように命令する。どうやらこれからするお話は、途中コーヒーで喉を休める必要がある程度には長くなるらしかった。

 衛兵が司令室を出て行ってから約十分後、新しいコーヒーが淹れられ、テーブルに並べられた。

 コーヒーを持ってきた衛兵は、去り際に柳也を見て、わざとらしく舌打ちした。

 エトランジェの分際で陛下に上手く取り入りやがって、とでも思ったのか。頬を突き刺す視線は険しいものだった。柳也がそれを無視すると、彼はますます不機嫌そうにして、司令室のドアを乱暴に閉め、退室していった。

「……それで、話したいこと、とは?」

 まだ熱いカップを手に、夜色の液体を舐めながら柳也はラキオス王に訊ねた。しかし、その表情に訝しげな様子は見受けられない。

 実のところ、ラキオス王の言う「話したいこと」の内容について、柳也はおおよその察しがついていた。質問は、自分の予想が当たっているか否かの、確認作業としての意味合いが強かった。

 はたして、自らもコーヒーを飲みながら発したラキオス王の返答は、柳也の予想が正しかったことを証明する。

「無論、クルセイダーズ・プランの最終段階、サモドア攻略作戦に関わることだ」

 ラキオス王は淡々とした口調で言った。

「クルセイダーズ・プラン第一段階、オペレーション・スレッジハンマー。第三段階、オペレーション・ゴモラ。当初の予定にはなかった、オペレーション・サンダーボルト。此度のバーンライトとの戦争における主要な作戦は、すべてそなたが原案を練った。……そもそも、クルセイダーズ・プラン自体がそなたの発案によるものだ。

 此度の戦争は、まさしくそなたが起こし、そなたがデザインしたと言っても過言ではない。その戦争の締めとなる次の戦い……この戦いの作戦もまた、そなたが案を出すべきと思わぬか?」

「……なるほど」

 柳也は小さく頷いて、カップをテーブルに置いた。

 口元に、冷笑が浮かんでいる。暗く、残忍で、好戦的な笑みだった。

「感謝いたします、陛下。俺が起こしたこの戦争を終わらせる役割を、この俺に与えてくれたことを」

「ネタは?」

「無論、この胸の中に」

 柳也は自らの胸に右手を当てて嘯いた。言葉遣いこそ丁寧だが、国王を前にしてその態度は慇懃無礼極まるものだった。

 意図せずして、際限なく高鳴り続ける胸の鼓動を自覚する。

 この先に待つ戦いが早くも待ち遠しく、次なる戦いへの期待と歓喜で心臓が武者震いしていた。

 柳也は再びカップを手に取った。熱いコーヒーの液で唇を、舌を、喉を洗う。長の発言にも耐えうるような態勢を作った上で、彼は楽しげに、また歌うように、自らの腹案を開示していった。

「途中、迅雷作戦というアクシデントがあったとはいえ、ここまで、クルセイダーズ・プランはおおむね順調に進んできました。いまやリモドアにはスピリット大隊五個を含む二個軍の戦力が集結し、しかも兵員の士気は二度の勝利を経て天井知らずに高まっています。

 他方、サモドアを守るバーンライトの戦力は、スピリット大隊三個を主力とする王都直轄軍。精鋭です。しかしながらその戦意はかなり低いものと考えられます。なんとなれば敵はリーザリオ、リモドアを失い、また起死回生の作戦だった迅雷作戦にも失敗しているからです。特に迅雷作戦の失敗は手痛いはずで、この作戦で、敵は最精鋭の山岳大隊を消耗しています。三個大隊と言っても、実際には二個大隊半の兵力でしかないでしょう。実質的な戦力は、さらに低いものと考えられます。

 いまや我が軍は質量ともに敵に倍する戦力を保有するに至りました。この戦力の優位を、活かさぬ手はありません。では、その具体的な作戦案ですが……」

 柳也はそこで一旦言葉を区切った。

 自然と脳裏で思い起こされるのは、生まれ故郷の世界であった過去の戦例。世界軍事史上の巨大な天才が得意とした戦術展開だった。

「……ここは一つ、過去の英雄からアイデアを拝借しましょう」

 柳也はそう言ってニヤリと笑った。

 これからの説明に必要な道具として、地図とペンの有無を訊ねる。

 ラキオス王は頷くと、司令室に置かれた本棚から一枚の白地図を取り出し、テーブルに広げた。敵国王都サモドアと、その周辺の地形を中心に描かれた地図だった。

 柳也は白地図の要所々々にペンで印と補助線を書き込んでいった。これから自分の考えるサモドア攻略作戦の詳細について、ラキオス王に説明するのに必要な準備だ。

 土地の正確な測量技術が確立されていない有限世界の地図は、どんなに精度の高い物でも、大雑把にしか都市の位置関係や地形を把握出来ない。しかし柳也は、先のサンダーボルト作戦の際に、実際にその足でサモドアの土を踏み、その周辺の地形をその目で見てきた。過日目にし、足を踏み入れた敵国王都周辺の様子を思い出しながら、彼は白地図を書き足していった。

 白地図を書き足す一方で、柳也はまた同時に一九世紀初めのヨーロッパに登場した一人の英雄の生い立ちと、彼が関わった戦争・戦闘の様相についてラキオス王に語っていった。これもまた、サモドア攻略作戦を説明するのに必要なことだった。

 柳也の口から語られる異世界の英雄譚に、ラキオス王は耳目を集中させた。

 若くして芽吹き始めた軍事の才能。彼は古い戦史を研究し、戦略・戦術の奥儀を学んでいった。やがて到来した革命の激震の中で、彼の軍事的才能は大きく開花する。実戦で掴み取った勝利の果実。しかし二四歳の若さで将軍へと出世した彼は、否応なしに暗い政治の世界へと巻き込まれていく。彼にとっての不遇の時代が始まり、やがて彼は監獄へと放り込まれた。しかし、不屈の闘魂を持つ彼は見事歴史の表舞台へと返り咲いた。そんな彼に立ちはだかる内外からの脅威。彼は果敢に立ち向かい、数々の戦いで勝利を収めた。敵は彼を恐れ、彼を研究することこそ勝利への第一歩と考えた。

 そして彼は敗北した。彼を破った敵は、彼と、彼の軍を研究し、彼が得意とした戦術への対策を練っていたのだ。敗れた彼は失意のまま孤島へと追放された。

 いつしか、ラキオス王は柳也の語る異界の英雄の物語に夢中になっていった。目の前の男と出会わなければ一生聞くことのなかったであろう英雄譚に心を躍らせた。男にとって、戦いの物語ほど魂が揺さぶられるものはない。ルーグゥ・ダイ・ラキオスはこの瞬間、一国の王ではなく、一人の男として柳也の語る物語に聞き入っていた。

 心を躍らせるのはラキオス王ばかりではなかった。

 語り部たる柳也自身もまた、出身世界の偉大なる英雄の物語を思い出し、胸を奮わせていた。

 もとより、花よりも団子を好み、団子よりも女を好み、女よりも戦いを好む柳也だ。過去の戦史について語るこの男の表情はどこか清々しく、溌剌として、活き活きと輝いていた。

 勇壮な英雄譚にも、終わりの時が近付いていた。

 必要な印をすべて地図上に書き込んだ柳也は、物語の結びに、古戦史の研究を経て彼が発見した戦術の極意を選び、締めの言葉とした。

「迅速な機動によって戦略的に優位な位置を占め、戦力の一部をもって敵を一箇所に拘束し、主力をもって包囲、あるいは突破する。敵を拘束する際には、あえて自軍の弱点を晒す、敵が自然と食いつきたくなるような餌を撒く、といった知恵を使う。……古来より変わらぬ戦術の極意です。次のサモドア攻略作戦には、そんな作戦を考えております」

 柳也は顔を上げてラキオス王に言った。

 大振りの双眸には好戦的な炎が爛々と滾り、口元には禍々しい微笑が浮かんでいた。

 懐から何枚かのルシル硬貨を取り出し、テーブルの上に並べる。

 硬貨をラキオス軍、バーンライト軍の各部隊に見立て、柳也はサモドア攻略に向けて自分が考えた作戦のプランをラキオス王に説明していった。

 白地図上を硬貨の駒が機動する度に、ラキオス王の唇からは相槌の声が漏れた。頷く声には時折、感嘆の色が入り混じっていた。

 やがて三十分ほどが経過しただろうか。

 カップの中のコーヒーがすっかり冷たくなってしまった頃、柳也の説明は終わった。

 冷えたコーヒーの劣化した苦味に顔を顰めつつ、柳也は、

「何か質問はおありですか?」

と、ラキオス王に問うた。

 ラキオス王もまた冷えきったコーヒーの味に渋面を作りながら、

「作戦のコードネームは? 戦好きのそなたのことだ。もう、考えているのであろう?」

と、柳也に訊ねた。

 空になったカップをテーブルに置いた柳也は、「勿論です」と、莞爾と微笑んで言った。次いで男の薄い唇から飛び出した言葉は、故郷の異世界の単語だった。

「オペレーション・レコンキスタ、です」

「レコンキスタ? どういう意味だ?」

 耳慣れない発音によって構成された単語に、ラキオス王が怪訝な表情を作る。

 しかしその表情は、続く柳也の言葉によってすぐに得心したものとなった。

「国土回復、という意味です」

 柳也が不敵に微笑した。

 それを見てラキオス王もまた不敵な冷笑を浮かべた。

 その胸中に大いなる野望を抱く国王は、柳也がなぜ、サモドア攻略作戦にこの名前を付けたのか瞬時に理解した。

 バーンライトに限らず、北方の五国は、元はすべて聖ヨト王国の領土だった。そしてラキオスは、その聖ヨト王国の直系といえる国。次のサモドア攻略作戦が成功すればバーンライトという国家は滅び、ラキオスはかつてのかつての領土の一部を回復することが出来る。まさしく、国土回復作戦だった。

 また柳也は、ラキオス王がバーンライトだけではなく、いずれはダーツィ、サルドバルト、イースペリアをも併合し、かつての聖ヨト王国の復活を目論んでいることを知っていた。サモドア攻略作戦は、その第一歩となる作戦だ。柳也はその意味でも、レコンキスタという名称にこだわった。

 作戦のコードネームに篭められた柳也の意図を察したラキオス王は破顔した。

 オペレーション・レコンキスタ。国土回復作戦。己の野望の、第一歩たる作戦。聞けば聞くほど、次のサモドア攻略作戦に相応しい名前だと思った。気に入った。

 ラキオス王は、大きく頷いた。

「……よかろう。その名前で、朝の軍議の議題としよう」

 ラキオス王の言葉に、柳也は嬉しそうに笑った。

 目の前の男は大切な幼馴染を人質に取っている人物。しかしそのような男であっても、自分の考えた作戦を認めてもらえるというのは、やはり嬉しいことだった。

 

 

――同日、昼。
 
 

 たっぷり二時間の大休止を取った後、STF 隊は再びリモドアを発った。

 目的地は勿論、リモドア南部にあるモニモの森。足を運ぶ目的は、森の中に潜むバーンライトの偵察部隊をいぶり出し、撃退することだ。

 なお、モニモの森を目指す一行の中に、柳也の姿はない。STF 隊の副隊長は、結局二時間の休憩時間では話が終わらず、なおもラキオス王に話したいことがあるからと、リモドアに残った。かくして、STF 隊の十一名は新たな任務のために現地へと向かった。

 一行は街道を使ってモニモの森を目指した。人間の兵士が随伴していないから、その歩調は速い。二十キロの距離を僅か一時間足らずで踏破した彼らの視界には、早くも東西に広がる森林地帯の姿が映じていた。

 モニモの森に到着したSTF 隊は、すでに森狩りを実施していた三〇一、二両スピリット大隊との合流を果たした。この二つのスピリット隊は、スレッジハンマー作戦、ゴモラ作戦で行動をともにした間柄だ。両大隊は現地に到着したばかりの新参部隊を快く迎え入れてくれた。

「早速ですが、お願いしたいことがあります」

 モニモの森にやって来た悠人達にそう言ったのは、三〇二スピリット大隊のアイシャ・赤スピリットだった。三〇二スピリット大隊の大隊長はクトウコ・ウトサだが、彼は人間の身。実際の戦場では副隊長の彼女が部隊の指揮を執っていた。

 アイシャの口にしたお願いは、モニモの森西部の捜索だった。

 リクディウスやリュケイレムの森ほどではないが、モニモの森林地帯は広い。ただ漫然と森の中を歩き回ったところで、成果はほとんどないだろう。効率の良い捜索のためには、ちゃんと計画を立てる必要があった。

 そこでアイシャ達エルスサーオ方面軍のスピリット隊が考案した作戦が、森を三つの地域に分けて捜索することだった。モニモの森は東西に広がる森林地帯だ。その森を西部、中部、東部の三地域に分割し、それぞれの地域を捜査する担当大隊を決める。勿論、見落としや見逃しを防止するために、各大隊はローテーションを組んで一度は三つの地域すべてに目を通すような態勢とする。以上のことが、アイシャ達が考えた作戦のおおよその概要だった。STF 隊にはその一回目の走査を、モニモの森西部で実施してほしいという。

 アイシャからのお願いに、悠人は反射的に後ろを振り返った。

 しかしすぐに、いかんいかん、とかぶりを振った。

 相談を持ちかけるべき男は、いまはここにはいない。桜坂柳也が不在のいま、STF 隊の行動方針はすべて自分が判断し、決めなければならない。たとえ自分で決めた行動の結果得られた成果が悪くとも、すべて自分の責任の下に受け止めなければならない。

 ――っていうか、そもそも、話題が軍事的問題だからってすぐ柳也に頼ろうとした俺の態度って、客観的に見てどうだよ?

 少なくとも、部隊を預かる隊長としては失格だろう。それどころか、役職云々、立場云々関係なしに、一人の人間として、先の自分の態度は最悪だと思った。

 先の自分は、自分で考えて、悩んで、自分一人では判断出来ないから、柳也に相談を持ちかけようとしたのではない。そもそも自分は、アイシャのお願いについて何も考えなかった。自分では何一つ考えようともしないうちから、柳也に頼ろうとしていた。自分自身で判断を下すことを最初から放棄し、柳也から答えを得ようとしていた。柳也に、依存しきっていた。友人に、逃げようとしていた。責任のすべてを、佳織の幼馴染に押し付けようとしていた。自覚はなかった。だが、結果的にそうしようとしていた。

 自問し、自答し、悠人は、己の行いを恥じた。条件反射で柳也を頼ろうとしていた自分が情けなくて、情けない自分が悔しかった。悔しさから、この失敗はなんとしても任務でそそいでみせる、と強く誓った。

 悠人はアイシャのお願いに、応、と頷いた。

 かくしてモニモの森西部での捜索活動に就くことになったSTF 隊は、十一人いるメンバーを四個小隊に分けた。

 各小隊の編成は、

 

 第一小隊……悠人、アセリア、オルファ

 第二小隊……ネリー、エスペリア、ヘリオン

 第三小隊……シアー、ヒミカ、ハリオン

 第四小隊……セリア、ナナルゥ

 

という、小隊に一人は青スピリットを混ぜ込んだもの。これは勿論、敵の待ち伏せ攻撃に備えての編成で、特に赤の神剣魔法を警戒してのことだった。

 悠人達は、神剣の気配の探知能力に優れるアセリアを中心に森狩りを実施した。

 アセリアの所有する〈存在〉は位の高い神剣ではない。神剣レーダーの有効範囲も、第四位の〈求め〉と比べると格段に劣っている。しかし、使い手のアセリア自身の技量が優れることから、その精度は極めて高かった。

 どんなに上手く神剣の気配を殺したつもりでも、二〇〇メートルの距離まで近付けば、アセリアの神剣レーダーは正確に敵の位置を捕捉することが出来た。彼女の神剣レーダーから逃れるには、彼女と同等の技量を持ったスピリットが、よほどの幸運に恵まれていなければ難しいだろう。仮に逃れられたとしても、ここにはアセリア以外にも数多くの神剣士がいる。その捜査網から逃げることは、ほぼ不可能と思われた。

 STF 隊がモニモの森に到着してから、半刻あまりの時間が経った。

 僅か一時間の間に、STF 隊は森の中に潜んでいたバーンライトのスピリットを五体発見し、そのすべてを撃破した。

 スピリット運用の基本は三人一個小隊だ。最低でもあと一人森の中に隠れているはずと、STF 隊は神剣レーダーを全開にした。怪しい茂みを見つければ躊躇なく飛礫を投げ込み、反応を窺った。ドイツの名将ロンメル将軍曰く、「怪しいところには銃弾をぶち込め」だ。そうして周囲のクリアリングを徹底しながら森の中を歩き回ることさらに半刻後、STF 隊は、ついに最後の一人と思しき敵スピリットを発見した。

 敵は緑のスピリットだった。

 かなりの実力者らしく、アセリアの神剣レーダーを以ってしても三〇〇メートルまで近付かなければ神剣の気配を知覚することが出来なかった。また、件の彼女は神剣の気配だけでなく、身を隠す技術全般に長けていた。気配を探知してからも、その捜索は困難を極めた。

 しかしそれでも、実戦経験豊富なセリアの“眼”から逃れることは出来なかった。

 顔に泥を塗りたくり、新鮮な草木を戦闘服に付け、ひっそりと息を殺しながら樹上に潜む敵緑スピリットのカモフラージュを、歴戦のセリアの眼は速やかに看破した。

 敵を発見しても、セリアは特に大きな反応を示さなかった。

 樹上の敵に気付かないフリをしながら、ナナルゥにみなを呼んでくるよう目線で指示を飛ばす。ナナルゥがその場を立ち去った後は、慌てず、騒がず、監視を続けた。

 やがて、悠人達の気配が、問題の樹を包囲するように近付いてきたのを認めると、セリアは、徐にその場にしゃがみこんだ。

 手頃なサイズの石を拾い上げるや、樹上へと放り投げる。

 スピリットの、それも神剣士の膂力からの投擲だ。

 セリアの手にした石は二〇〇グラムに満たなかった小粒だったが、加速によって与えられた運動エネルギーは、神剣の力を使わずに防げるものではなかった。

 はたして、樹上に潜む敵はアキュレイド・ブロックを展開して飛礫を弾いた。

 と同時に、彼女はそれまでの隠れ家を捨てて飛び出した。正体が露見した以上、なおも樹上に身を置く意味はない。

 敵緑スピリットは、脱兎の如くその場から駆け出した。

 南へ向かって。

 セリアは、その後ろ姿を追わなかった。

 緑スピリットが逃走を試みて向かう南側では、すでに悠人達の小隊が手ぐすね引いて待ち構えていたからだ。

 

 

 敵が近付いてくる。

 自分達のいるこの場所に向かって、真っ直ぐ突っ込んでくる。

 自分達がいまいる場所は森の中。視界は悪く、また距離もまだ遠いせいか相手の姿は見えない。しかし、敵スピリットの持つ神剣の気配は、神剣レーダーで、はっきり、と知覚することが出来た。

 敵と干戈を交える瞬間は近い。

 悠人、アセリア、オルファの三人は、会敵に備えて各々相棒の永遠神剣を構えた。

 作戦はいたって単純だ。この場で待ち伏せし、間合に補足次第、オルファの神剣魔法で先制攻撃を加える。ファースト・ストライクで戦いの主導権を握り、そのまま強引に押し切る。

 敵は孤立無援の状態にある緑スピリットが一人だ。対して、我が方の戦力は緑のスピリットとは相性で勝る赤スピリットを含む一個小隊。戦力では質量ともにこちらが優越している。この戦力で勝てないはずがない。ゆえに作戦の肝は、如何にして損害を最小に留め、敵を討つか、ということにあった。

 ――アセリアが無茶しなければいいけど……。

 刻々と近付いてくる敵の気配に緊張の度合いを高めながら、悠人は隣に立つアセリアの顔を一瞥した。

 “ラキオスの蒼い牙”のふたつ名で知られるこの青スピリットには、いささか猪突猛進すぎるきらいがある。敵の姿を捉えるや、ほとんど条件反射で向かっていってしまうという悪癖だ。

 アセリアはラキオス最強のスピリットだ。その彼女が、純白のウィング・ハイロゥをはためかせ、敵陣目掛けて飛び込んでいく姿は勇ましく、味方からすればこれほど頼もしいものはないだろう。しかし、みなの目には頼もしく映じるその突撃は、十分な準備と計算に裏打ちされたものではない。アセリアの突貫は、発見した敵に向かってただ突っ込んでいるだけだ。相手の戦力がこちらを上回っていようと関係ない。味方の援護が届く範囲でないとしても躊躇しない。作戦も何もない。ただ目の前の敵を倒すという一つの目的のために、どんどん、突き進む。それが、アセリア・青スピリットの戦い方だった。

 そしてその戦法には、常に危険が付き纏う。敵陣深くで孤立する恐れや、相手の包囲の輪に自ら飛び込む、といった危険だ。

 常であれば、アセリアのそうした無謀を諫めるストッパー役としてエスペリアがいるが、肝心の彼女は、いまは自分の側にはいない。はたして、自分に彼女の代わりが務まるだろうか。悠人は不安を感じていた。

「……アセリア、作戦は、分かってるよな?」

 待ち伏せの意味をちゃんと理解しているかどうか、悠人は念のため確認した。

 普段のアセリアの戦いぶりを顧みると、敵を捕捉するなり遮二無二突っ込んでいきかねない。しかしここは、最初にオルファの魔法で牽制した方が、絶対に安全なのだ。もし、そのつもりならば、ちゃんと釘を刺しておかねばならないが。

「……ん。大丈夫」

 はたして、アセリアの返答は力強いものだった。

 見る者を安心させてくれる、歴戦の勇士の頼もしげな頷き。

 アセリアの答えに一瞬、安堵しかかった悠人は、しかし、続く言葉に耳を疑う。

「敵を倒す。それだけ」

「……あ、あの〜、アセリア、さん?」

「ん。ユート、敵が見えた」

 アセリアの言葉に、悠人は慌てて目線を正面へと戻した。

 一〇〇メートルほど先の茂みの中から、一体の緑スピリットが飛び出してきた。戦闘服のデザインが、ラキオス軍のそれとは明らかに異なっている。バーンライトのスピリットだ。

 よし、と頷いた悠人は、背後のオルファに声をかけようとして、

「ん。行く」

と、聞き捨てならない声を聞いた。

 隣に視線を向けたときにはもう、〈存在〉を脇に構えてアセリアが駆け出していた。

 悠人は慌てて制止の声をかけようとする。

 そんな彼の耳朶を、次いで叩いたのは、頬を膨らませたオルファの声だった。

「あぁ〜! アセリアおねえちゃん、ずっる〜い!」

 本当は自分が一番槍だったのにと、不満を表情に出すオルファ。彼女は自身の身の丈ほどもある〈理念〉を片腕一本で振り上げるや、釣られるようにアセリアの後を追った。いまやオルファの頭の中からは、牽制役、という言葉が、すっかり、忘れられているようだった。

 待ち伏せ作戦は、早くも当初の予定から脱線し始めていた。いくら臨機応変が求められる軍事の世界とはいえ、これはあまりに酷すぎる。前線指揮官の命令を聞かない部下の存在を許しては、何のための軍律なのか分からない。

「アセリアっ、オルファ! ああ、くそッ」

 悠人は苛立たしげに舌打ちした。みんなで相談して立てた作戦を無視して行動する二人の態度が腹立たしかった。これで独断専行の結果取った行動が上策ならばまだしも、考えなしにただただ突っ込んでいくのは、上策とは言えまい。

 ともあれ、賽は投げられてしまった。

 悠人に、このまま二人を放っておくという選択肢はない。

 悠人は〈求め〉を八双に構え直すや、慌てて二人の後を追った。

 

 

 結論から先に述べれば、悠人達は敵緑スピリットに少なからぬダメージを与えたものの、最終的に彼女を取り逃がしてしまった。

 敵緑スピリットは、こちらの戦力が三人いると知るや、正面からの戦いを避け、逃げの戦術に徹した。

 当たり前のことだが、逃げる敵をただ追っても、捕捉するのは難しい。どうにかして相手の機動力を削ぐか、殺してやる必要がある。本来はそのための待ち伏せ作戦だったが、アセリアの勝手な突撃により、それは実行に移す前から頓挫してしまった。

 結果、困難な追撃戦を強いられた悠人達は、緑スピリットの背中を視界の中央に捉え続けることにさえ苦慮した。

 モニモの森は、つい数日前まではバーンライトの勢力下だった土地だ。いわば、敵の庭である。地形を活かし、土地鑑をフルにはたらかせて逃走する敵スピリットの追撃は、困難どころの騒ぎではなかった。

 それでも、悠人達は懸命に緑スピリットを追い、なんとかその身に少なからぬ有効打を叩き込んだ。幸いなことに、彼の小隊には、神剣レーダーの探知能力に優れるアセリアと、射撃が可能なオルファがいた。アセリアが敵の気配を探し、オルファが射撃する。このコンビネーションを基本に戦術を組み、悠人達は敵を追った。

 勿論、敵もやられてばかりではなかった。時に反撃し、時に即席のトラップを駆使して、なんとか悠人達の追跡をかわそうとした。

 追う者と、追われる者。

 両者の攻防は熾烈を極め、モニモの森にはいくつもの火の手が上がった。

 そして……………………、

 そして、セリアが緑スピリットを発見してから、ちょうど十分後。悠人達は、緑スピリットの姿を見失ってしまった。

 

 

 自分の背丈の何倍もある樹木から垂れ下がる枝葉が、悠人の視界を塞いでいた。

 〈求め〉を鉈代わりに振るって枝を切り裂き、前へと進む。その隣ではオルファが、自分達の進路を塞ぐ枝葉を鬱陶しそうに払いのけていた。

 悠人はオルファとともに、取り逃がした緑スピリットを探していた。

 二人の側に、アセリアの姿はない。青スピリットの彼女はウィング・ハイロゥをはためかせ、上空から敵スピリットの姿を探していた。緑スピリットを取り逃したことについて、どうやら彼女なりに責任を感じているらしく、自ら率先して言い出したのだった。

 悠人は黒炭色の双眸に、いつになくやる気を漲らせていた。

 彼は、敵を取り逃がしたのは自分の責任だと思っていた。あの時、自分がちゃんとアセリアの行動を抑えられていれば、敵を取り逃がすこともなかっただろう。失敗のマイナスは、任務を成功させることで挽回しなければ。

 悠人は、敵を絶対に見つけてみせる、と意気込み十分、力強い足取りで森の中を捜索した。

 件の緑スピリットの姿を見失ってから、すでに五分が経過していた。敵の姿はおろか、いまだ移動の痕跡さえ見つけられていない。スピリットの機動力と行動半径を考えれば、なかなかに厳しい状況だった。

「あ……」

 不意に、悠人の隣を歩くオルファが、何かに気が付いたかのような声を発した。

「どうした、オルファ?」

 悠人はオルファに期待の篭もった眼差しを向けた。

 見た目は幼いオルファだが、永遠神剣との付き合いは、悠人よりもはるかに長い。神剣士としては経験の浅い自分には感じ取れぬ敵の気配を察知したのかもしれない。

 はたしてオルファは、しばしの沈黙の後、嬉々として微笑んだ。

「……うん。間違いないよ。敵さん、見〜つけた♪」

 オルファは笑いながら進路を南西へと取った。溌剌とした様子で、一目散に駆け出す。悠人も、慌ててその背中を追った。

 オルファを追って走った時間は、長くはなかった。

 数秒も走らぬうちに、悠人達は目的の娘を見つけた。

「あ、いた♪」

 木々を掻き分けた先に、少女がいた。先ほど取り逃した緑スピリットだ。分厚い生地の戦闘服の所々に、赤黒い染みが広がっている。染みからは、黄金の霧が噴出していた。どうやら回復魔法を唱えられないほどに消耗しているらしい。

「……うっ!」

 その凄惨な光景に、悠人は思わず視線を逸らした。

 他ならぬ自分達が与えた傷とはいえ、少女の身体は、正視するのが苦痛に感じてしまうほど惨たらしいものだった。オルファの炎に焼かれ、時にアセリアの斬撃を受けた。皮膚は焼け爛れ、胴には無数の裂傷が刻まれていた。特に酷かったのは右頬の火傷で、黒く炭化した皮膚から滲む赤い血が、外気に触れた途端、黄金のマナの霧に還るその光景は、筆舌に尽くしがたい不快感を、見る者に与えた。

 よく見ると、緑スピリットの身体は僅かに震えていた。寒さからくる震えではない。これから我が身を襲う絶望の時間を予感しての、恐怖の震えだった。怯えからくる、震えだった。

 悠人は苦い顔で胸を押さえた。

 胃のあたりが、先ほどからやたら、ムカムカ、する。肉の焦げる嫌な臭いに、吐き気を催してしまった。

 第四位の〈求め〉の攻撃力は強大だ。悠人はこれまで、立ち塞がる敵を一撃の下に倒してきた。ゆえに、彼はこの日、初めて、さんざん痛めつけられ、追い詰められたスピリットの姿を見た。

 ――もう、このくらいで、いいんじゃないか?

 ふと、そんな考えが頭の中をよぎった。

 ――この娘は、誰がどう考えたって、もう戦闘可能な状態じゃない。それどころか、いますぐにだって死にそうじゃないか。そんな娘を、これ以上痛めつけて何になるっていうんだよ!?

 悠人は胸の内で悲鳴を上げた。端整な顔立ちが、くしゃくしゃ、に歪む。

 急に、手の中の〈求め〉を重く感じた。いつの間にか、カタカタ、と膝が不気味な笑い声を上げていた。

 自身の体の震えに気が付いた悠人は、その瞬間、背筋をひた走る寒気に総毛立った。自分がいま、恐怖を感じていることを自覚する。命を奪うことに対する恐怖だ。これまで、佳織のために、と心の奥底の冷たい部分に押し込んできた恐怖が、震える緑スピリットを見て、一気に噴出したのだった。

 ――嫌だ……嫌だ! 俺は、この娘を殺したくない!

 悠人は傷ついた緑スピリットに痛々しい眼差しを注いだ。

 よく見ると、重度の火傷で爛れた顔立ちは、自分とそう変わらない年齢のように思われた。

 〈求め〉の柄を握る悠人の手から、力が抜けていった。

 他方、急速に戦意を喪失しつつあった悠人とは対照的に、オルファは、むしろ嬉々として〈理念〉の切っ先を敵に向けた。

「さて、トドメをささなくっちゃっ! まだ終わってないもんね!」

 舌足らずな口調で紡がれた、残酷な言葉。

 幼い元気に満ちた、溌剌とした声。

 耳膜を叩くオルファの声に、ぎょっ、とした悠人は、声を荒げて言う。

「オルファ、やめろ! そいつはもう……」

 しかしオルファは、悠人の制止を聞くことなく、走り出した。

 彼の制止は、またしても届かなかった。

 オルファはダブルセイバー型の〈理念〉を回転させながら、手負いの緑スピリットに飛び掛った。

 幼い横顔に浮かぶのは、歓喜の笑みだ。

 圧倒的に優位な立場で、目の前の獲物を狩ることを楽しんでいた。

「永遠神剣の主〈理念〉のオルファリルの名において命ずる! フレイムシャワー!」

 神剣を上段に構えて、オルファは歌うように魔法の詠唱を始めた。

 少女の足下に、高熱を伴う魔法陣が展開する。炎の雨、フレイムシャワーの魔法陣だ。

 手負いの緑スピリットは、自分よりもはるかに幼いオルファに怯えた視線を向けた。赤の神剣魔法は、緑スピリットにとって最大の脅威だ。ましてや、いまの彼女には、回復魔法を唱えるだけの余力がない。一発々々の威力に欠けるフレイムシャワーといえど、僅か数発の被弾が、命取りになりかねなかった。

 緑スピリットは残る力を振り絞り、広域神剣魔法の間合から逃れようと走り出した。しかし、執拗な追撃により消耗しきった緑スピリットの歩みは遅く、重たげだった。

 必死の形相で足を引きずり、小さな娘から逃げようとする緑スピリット。事情を知らぬ者が見たならば、それはさぞ滑稽な光景に思えたことだろう。

 無様な姿を晒して逃げる緑スピリットを見て、オルファは腹を抱え、愉快そうに嗤う。まるで、大好きな玩具を目の前にした子どものように、屈託のない、残忍な笑みだった。

 ――逃げ道なんて、どこにもないのに。

 魔法の発動とともに、上空が、ボッボッ、と輝き、火の玉が雹のように降り注いだ。

 赤の神剣魔法の炎に対し、緑の防御魔法は無力だ。緑スピリットは必死に逃れようとしたが、弱りきった身体では、それもままならなかった。

 やがて一発の火球が左の大腿に命中し、緑スピリットは転倒した。

 動きの止まった少女の身を、炎の滴が容赦なく殴打する。

 総身を焼く灼熱した痛みに、少女の口から絶叫が迸った。

 悠人は怯えた表情で、自分の耳を塞いだ。少女の悲痛な叫びを、これ以上聞いていたくなかった。これ以上聞いたら、真実、気が狂ってしまいそうだった。

 耳にしたくない声は、もう一つあった。オルファの、笑い声だ。

「あははは。燃えろ、燃えろぉぉぅ〜〜っ! 死んじゃえ! 死んじゃえ〜っ♪」

 吹き飛ばされるスピリットの姿を見て、オルファはただ無邪気に笑った。

 身を裂く痛みに咽び泣き、無様に転げまわる敵の姿を見て。

 屈託のない笑顔で、本当に楽しそうに、心からの笑みを、こぼしていた。

 緑スピリットはやっとの思いで立ち上がると、フラフラ、とした足取りでなおも逃げようとした。

 しかしやがて追い詰められ、大木を背にして立ち止まった。振り返ったその身からは、黄金のマナの霧が止め処なく噴出している。その勢いは、もはや尋常なものではない。誰が見ても、もはやこの緑スピリットに先はなかった。

 トドメとばかりに、オルファは間合を一気に詰めた。

 少女の小さな掌の中で、マナに飢えた〈理念〉が、剣呑に輝いた。

「もういい! やめるんだオルファ、やめろ! これ以上殺す必要はない!」

 悠人の唇から、甲高い悲鳴が迸った。

 何を根拠にそう言ったのか、自分でも解らなかった。あの明るく、朗らかなオルファが、楽しそうに殺し合いをしている姿が見たくなかっただけかもしれない。

 正面より迫るオルファを見て、緑スピリットの顔が恐怖に歪んだ。

 恐怖の表情を見て、オルファは莞爾と微笑んだ。

「もう、逃げられないよ♪ おとなしく殺られちゃってっ!」

「よせ、オルファ! 本当に、もういいんだっ!」

 なんとかしてオルファの行為をやめさせようと叫んだ。しかし、興奮状態のオルファに、悠人の言葉は届かなかった。

 自分の身の丈ほどもある双剣を頭上で回転させ、狙いをつける。

 そのまま、目にも留まらぬ速さで、敵スピリットに飛び掛った。

「てっりゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 勢いよく振り下ろされた一撃が、スピリットの胸を貫いた。

 勢い余って、背後の巨木にまで突き刺さる。

 血煙が噴出し、背後の木と、緑スピリット自身と、オルファを濡らした。

 唇の端についた返り血を、ぺろり、と舐め、オルファは微笑む。

「えへへ、どう? 痛い? 苦しい?」

「……うぐぁ」

「よいしょっと♪」

 可愛らしい声音が、少女の唇から漏れた。

 と同時に、敵スピリットを突き刺す〈理念〉に、さらなる力が加わるのが見えた。刀身が灼熱化し出す。

 森の中に、絶叫が響いた。

 ぱくぱく、と開閉する口から、ごぽり、と赤い泡が噴出した。巨木に磔にされた細い肩が、断末魔の痙攣を繰り返す。

「あは♪ まだ、がんばるんだ! おもしろ〜いっ」

 オルファはあどけない笑顔を悠人に向けた。

 父と慕う青年を振り向く間にも、グリグリ、と〈理念〉を突き動かす手は休めない。

「ねえねえ、パパ。この敵さん、まだ死なないよぉ?」

 笑顔のまま、話題を振られた。

 悠人はどう答えてよいか分からず、ただ茫然と立ち尽くしていた。どう答えてよいか分からない。オルファが、いったいどんな回答を自分に期待してその質問をしたのか分からない。

「すごい! すごい! どうやったら死ぬかな? オルファだったら、ここまでがんばれるかなぁ?」

 またしても、笑顔のまま、話題を振られた。

 柳也は、またしても答えなかった。答えたくなかった。

 悠人は激しくかぶりを振りながら、切々と叫んだ。

「も、もう、いいんだ。やめてくれ、オルファ!!」

「え〜〜〜っ!? せっかく敵さん、がんばっているのにぃ」

 泣きそうな表情で訴えた悠人とは対照的に、オルファは不満げに頬を膨らませた。

「オルファががんばって、敵やっつけなきゃ! ……そうしないと、パパに褒めてもらえないもん」

 その言葉に、慄然とした。

 自分に褒めてもらえない? すると何か? オルファは、そうすれば自分に褒めてもらえると思って、目の前の敵をいたぶり続けているというのか。

 目の前の、いまにも消えゆかんとする命を、弄んでいるというのか。

 悠人は愕然とした眼差しでオルファの顔を見つめた。

 彼がなぜそんな視線を向けているのか、さっぱり分からないといったふうに、オルファは小首を傾げながら見返した。自分がやっていることに、何ら疑問を抱いていない様子だった。オルファにとって、スピリットを……同胞を殺すことは、躊躇いや抵抗とは無縁の行為らしい。そんなオルファに、悠人は恐怖を抱いた。自分を父と慕ってくれる少女の、きょとん、とした表情が、いまは何も増して恐ろしかった。

「いいから、やめるんだ!」

 悠人は、怯えを孕んだ声を吐き出した。

 限界だった。

 もうこれ以上、こんなオルファを見ていたくなかった。

 娘のようなオルファが、妹のようなオルファが、こんなにも楽しそうに、生命を奪う姿を、見ていたくなかった。

 悲痛な面持ちの悠人を見て、オルファは困惑した表情で訊ねる。

「そ、そうなの? どして?」

「…………どうしても、だ」

「そっか……パパが言うんなら、仕方ないもんね」

 意識して低く紡いだ言葉に、オルファは神妙な顔で頷いた。

 しかし一転して明るい表情になると、目の前の敵を見据えた。

「じゃとどめ、いくね♪」

 スピリットの状態は酷かった。

 手足は痙攣し、間もなく息絶えるだろう。

「永遠神剣の主、〈理念〉のオルファリルの名において命ずる! このスピリットの体内に、浄化の炎を!」

 満面の笑みで、魔法を唱える。まるで、勝利宣言のように。

 不意に、頭の中に柳也の顔が浮かんだ。強敵との戦いを楽しむ、友人の笑顔が。目の前のオルファの笑顔と、記憶の中にある柳也の笑顔とが、このとき、悠人には重なって見えた。

 違う、と思った。

 いまのオルファの笑顔と、柳也の笑顔とは、本質的に違う、と思った。

 桜坂柳也は、戦いを楽しむ。オルファは、命を奪うことを楽しむ。両者の間にある隔たりは、どこまでも広く、深いはずだった。

「いっけぇぇっ♪ ファイアボルト、身体の中で爆発しちゃえ」

 〈理念〉の刀身が一瞬、赤く輝いた。と同時に、オルファとスピリットを中心に、高熱を伴う赤い魔法陣が展開した。ファイアボルトの、魔法陣だった。

 次の瞬間、悠人の目の前で、スピリットの身体が、破裂した。〈理念〉の切っ先から体内に炎の火球を叩き込まれ、緑スピリットの身体は爆発したのだった。

 血飛沫が、盛大に飛び散った。

 異臭を発する肉片が、辺りにばら撒かれた。

 どこか内臓の一部だったのか、瑞々しいピンク色をした組織片が、側にいた悠人のスニーカーにかかった。悠人は泣きそうな顔で、口元を押さえた。酸っぱい匂いのする液体を、掌に感じた。

 ばらばらに四散してしまった死体は、すぐにマナの霧と化して、蒸発していった。

 オルファの頬に、服に付着した返り血も、同様に消えていく。

 勝利の美酒に酔う〈理念〉は、金色の霧を貪るように吸収していった。マナを得る度に、の真紅の刀身が不気味な輝きを発する。歓喜に打ち震えているのが、よく分かった。

「あ〜、気持ちよかった♪ オルファ、敵さんやっつけたときが、一番気持ちいいんだ」

 額に浮かぶ汗を拭い、朗らかに笑いかけてくる。先ほどまで返り血に濡れていた幼い顔には、一仕事やり遂げた後の達成感で綻んでいた。

「オルファは……オルファは、なんとも思わないのか? あんな、戦い方をして」

 悠人は震える声で訊ねた。

 信じられないし、信じたくなかった。オルファが……自分のよく知る、この幼い少女が、あんな残酷な行為を、笑いながら、平気で行えるということが。何の抵抗もなく、行えてしまうことが。

 否定してほしかった。他ならぬオルファの口から、「平気じゃないよ。本当はオルファだってつらいんだよ」と、言ってほしかった。

「なんともって? なんのこと? パパ」

 しかし、オルファの口から飛び出したのは、心底不思議そうな声だった。悠人の問いかけの意味を、まるで理解していなかった。

 悠人はやるせない視線を、オルファの手元の〈理念〉に向けた。神剣の鍔元に刻まれた、眼球を模した意匠の彫金が、妖しく光った。無意識のうちに、〈求め〉の柄に手を添える。

 この魔剣と同じように、この奇怪なシルエットを持った永遠神剣が、オルファに、あんな戦い方を強制しているのか。

「敵にはもう、戦う力なんてなかったんだぞ……」

「? オルファ、何か間違っちゃった? でも、敵さんは殺さないとダメなんだよ?」

 「だって、敵さんなんだもん」と、オルファは続けた。

 敵は、殺さなければならない。この戦時下にあって、オルファの口にした考えは当然のことだといえた。相手を殺さなければ、自分が殺される。のみならず、自分の大切なものを、傷つけられてしまう。それが嫌なら、相手を殺すしかない。当たり前のことだった。

 ――けど……けれど……!

 敵だから、殺さなければならない。しかし、敵だからといって、そこにある生命を、無視してよいのか。

 スピリットは、冷酷な殺人マシーンなどではない。自分達と同じように感情を持ち、自分達と同じように、大切なものを抱えながら懸命に生きている。自分と同じように、大切なものを守るために戦っている。大切な誰かのために、行動出来る。そんな彼女らの生命を、敵だから、という理由だけで、軽々しく奪ってもよいのか!? 弄んでもよいのか!?

「パパ、ど〜したの? どこか具合悪いの?」

 突然、黙り込んでしまった悠人の側に、オルファは駆け寄った。心配そうな表情を浮かべ、暗い面持ちの彼を見上げる。

「どこ? オルファ、スリスリしてあげるから」

 悠人の身を案じ、彼を気遣うその様子は、いつもの優しいオルファだった。アセリアのことが大好きで、エスペリアのことが大好きな、優しい少女だった。

 悠人は複雑な表情を浮かべて、憂いに染まったオルファの顔を見た。

 ついたったいましがた、手負いの緑スピリットの命を弄んでいたオルファと、いま自分の身を案じてくれている優しいオルファ。その、あまりにも大きなギャップに、一瞬、頭が混乱してしまう。どちらが本当のオルファなのか。あるいは、そのどちらともが、オルファの持つ一側面に過ぎないのか。

「だいじょうぶ? パパ……」

「ん……ああ、大丈夫だ。心配かけて、ごめんな」

 謝りながら、少女の頭に掌を乗せた。

 髪を梳くような優しい手つきで、そっと撫でてやる。オルファの表情が、嬉しそうに綻んだ。

「ううん♪ パパが元気なら、オルファうれしいよ〜」

 ――どうすればいいんだ……。

 出来ることなら、オルファには、軽々しく生命を奪ってほしくない。生命を、あんな楽しそうに弄んでほしくない。

 しかし、戦時下のいまでは、戦うことこそが正義なのだ。敵を殺すことこそが、正義なのだ。

 戦わなければ、自分が死ぬ。そうならないためには、相手を殺すしかない。

 それを踏まえた上で、オルファに……自分を父と慕うこの少女に、生命の価値について、どう教えていけばいいのか?

 自問。しかし答えは、どんなに頭を悩ませても、導き出せなかった。

 

 

――同日、夜。
 
 

 モニモの森に潜伏していた敵スピリットは、どうやら、オルファがトドメを刺したあの緑スピリットで、最後の一体だったらしい。それ以降の捜索では一向に敵の永遠神剣の気配を感知出来ず、そのまま一刻余りが経過した。

 これ以上森狩りを続けたところで、大した収獲はあるまい。

 悠人とアイシャ、それから三〇一スピリット大隊の指揮を執るルーシー・青スピリットはそう判断すると、捜索を打ち切ることにした。念のため三〇一大隊をその場に残し、悠人達STF隊は、三〇二スピリット大隊を連れてリモドアへの帰路に就いた。

 悠人達がリモドアに帰還する頃には、すでに日は沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。

 リモドアに到着した悠人達は、森狩りの首尾を報告するべく、まずラキオス王の待つ司令部へと向かった。悠人達の持ち帰った朗報に、ラキオス王は満足げに頷くと、STFと三〇二大隊に詰め所に戻って休むよう命令を下した。

 バーンライト迅雷作戦の情報を入手した悠人達が、それを阻むべくこのリモドアを発ってはや十二日。悠人達地球人の時間感覚で、二週間近く。ようやく与えられた休みに、STF隊の面々は喜色満面、隊舎へと足を急がせた。

 リモドアに駐屯する間、STF隊は、かつてバーンライト第二軍のスピリット隊が使っていた詰め所を仮の宿として与えられていた。リモドア攻略では、敵がリーザリオのときのような焦土作戦をしなかったため、占領した軍事施設をそのまま使うことが出来た。時機悪く、バーンライトの迅雷作戦が発覚してしまったため、STF隊が旧第二軍の詰め所を利用したのはいまだ一泊だけだった。しかしそれでも、詰め所の戸が視界に映じたとき、悠人は思わず涙が出そうになった。ようやく帰ってこられたんだと、彼は感慨深そうに、安堵から何度も頷いた。

 玄関の戸を開けると、最初に出迎えたのは、食堂の方から聞こえてくる話し声だった。男の声が二人分。どちらも知った声だ。柳也とセラスの声だった。

「やべっ、悠人達、もう帰ってきやがった!」

「サムライ! 火を使っているときに余所見をするな! ……あっ、あっ、鍋が吹きこぼれる!」

「ん? ヴァ―――! ホンマや! 火ィ、弱めろ!」

「無茶を言うんでなかと! そう簡単に弱められんばいッ」

「くしょう……これがガスコンロだったら、ツマミ一つ捻るだけの話なのに……って、あれ? セッカ殿、動転のあまり、訛りが出てるぞ?」

「む、む? いかん、いかん。うっかり、ガルガリン訛りが……」

 食堂の方から聞こえてくる話し声に、悠人は隣に立つエスペリアと顔を見合わせた。どうやら二人で料理をしているみたいだが。いったいどういう風の吹き回しだろうか。

 悠人の抱いた疑問は、ほどなくして氷解した。

 戸の開く音を聞きつけたらしい柳也が、食堂から顔を出して、莞爾と微笑む。

「おう、みんなお帰り〜。お勤めご苦労さんでしたー」

「あ、ああ。ただいま……ところで柳也、何やってるんだ? なんか、食堂の方から話し声が聞こえたけど」

「何って、厨房でやることっつったら、一つしかないだろう? 料理に決まってる」

「いや、だから、なんで料理なんかしてるんだよ?」

「それこそ、愚問だな」

 怪訝な顔をする悠人に、柳也は、ニカッ、と笑ってみせた。

「遠路はるばる任務を終えて、疲れた身体引きずって帰ってくる戦友達に、振る舞うために決まってるだろう?」

 「ンな、当然のことを訊くなよ」と、続けて、柳也は二階へと続く階段を親指で示す。

「セリアとナナルゥ用に、二階のいちばん奥と、そのひとつ手前の部屋を準備しておいた。全員、荷物を置いたら、手を洗って食堂に来い。美味いシチューが待ってるぜ?」

「ねぇねぇ、それって、お兄ちゃんが作ったの?」

 背後にいたネリーが、キラキラ、と顔を輝かせながら訊ねた。

 ネリーの問いに、柳也は自信たっぷりに頷く。

「応。俺と、セッカ殿の特製だぞ」

 柳也のその返答に、ネリーがさらに表情をほころばせた。

 STF隊第二詰め所の料理は当番制で、柳也とヒミカ、そしてハリオンの三人が交代で台所に立っている。特に柳也は、一人暮らしが長かったこともあって、第二詰め所ではハリオンに次ぐ料理の腕前を誇っていた。

 ネリーの嬉々とした様子を見て、悠人も、そういえば、と得心したように頷いた。第二詰め所の台所事情を知らぬ彼だったが、柳也の腕前については昔佳織から聞かされたことがあった。義妹曰く、柳也の料理の腕はかなりのもので、彼の料理を食べることは、自分にとっても良い勉強になる、という。佳織自身、料理の腕はかなりのものだ。身贔屓を抜きにしても、プロ並のものを持っている。その彼女がベタ褒めする柳也の腕……なるほど、ネリーが喜ぶのも分かる。

 普段から柳也の料理を口にし、その味を知っているネリーは嬉々として言う。

「やったぁー♪ お兄ちゃんの手料理、美味しいからネリー好きなんだぁ」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるなぁ……うし、ネリーには肉一個おまけしてやる」

「サムライ! 贔屓はいかんぞ! 肉の数は全員平等だ」

 食堂の奥から、セラスの怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら柳也の発言が聞こえたらしい。

 厨房から聞こえてきたセラスの言葉に、柳也は愕然とした表情を浮かべた。

 肉の数は全員平等発言に、大食漢のこの男はかつてない衝撃を受けたようだった。慌てて食堂へと踵を返す。厨房からは、「そんな殺生なぁーッ!」という男の泣き声が聞こえてきた。盛大な、男泣きの絶叫だった。

 悠人は思わず噴き出してしまった。

 戦場では無類の槍働きを誇る男が、こんなちっぽけなことで涙を流すとは……。

 見れば、隣に立つエスペリアも苦笑を浮かべている。

 その後ろでは、戦場での柳也しか知らないセリアが、茫然とした面持ちで立っていた。戦場での柳也と、普段の彼とのギャップに戸惑いを隠せないようだった。

「驚いた?」

 セリアの隣に立つヒミカが、気さくに声をかけた。

「あれが、普段のエトランジェ・リュウヤ様よ? 女好きで、戦うことが大好きで、みんなに優しい、私達の副隊長」

「……優しい、ね」

 セリアは先ほど柳也が指し示した二階へ続く階段を見上げた。

 先ほどの口ぶりから察するに、件のいちばん奥の部屋と一つ手前の部屋は、彼が自らの手で掃除し、寝泊りが可能なようにしてくれたのだろう。スピリットの、自分達のために。

「……知ってるわよ、そんなこと」

 そうでなければ、アリアの一件を経て人間不信に陥ったネリーやシアーが、あんなにも懐くはずがない。

 そうでなければ、アセリアがあんなにも信頼を寄せるはずがない。

 シアー達の過去を調べるために、単身ラセリオにやって来た彼とはじめて出会ったときから、気が付いていた。ヒミカに言われるまでもなく、気付いていた。

 セリアは小さく呟いて、背中に荷物を背負いなおした。

 玄関を踏み、階段を上がる。

 さぁ、邪魔な荷物はさっさと部屋に置いて、手を洗おう。優しい食堂が、優しい彼が作った、優しい手料理が、待っている。

 

 

――同日、夜。
 
 

 夕食時の食堂は、サンダーボルト作戦の成功と、セリア達のSTF隊配属を祝う宴会の場と化していた。

 セラスを含む全員が食卓に着いたのを確認した柳也が、悪乗りして「宴じゃぁあ!」と、叫んだのが、そもそものきっかけだった。柳也の「宴じゃぁあ!」発言に、ネリーとオルファがさらなる悪乗りをした結果、宴会は現実のものとなった。

 柳也とセラスがたっぷり時間をかけて作った料理は十分な種類と量があり、十人規模の宴会のニーズにも存分に応えることが出来た。打倒リリアナ・ヨゴウの一念でラキオスまでやって来たセラスは、過去にファンタズマゴリア中の国々を巡った経験がある。その過程で様々な国の食文化を知った彼の舌と、柳也の料理の腕があれば、大抵の嗜好に応じることが出来た。

 また、宴の席にはつき物の酒についても、セラスが用意してくれていた。酒は軍隊にあっては高級な嗜好品だ。本来、スピリットの身分で手に入れられる物ではない。しかし、長の任務を終えたSTF隊の労をねぎらおうと、セラスがわざわざ自腹を切って用意してくれたおかげで、やはり十分な量があった。そもそもセラスは、この酒を第二詰め所に持ってくる道中で柳也に捕まり、夕食作りを手伝わされたという。

 豊富に揃った料理の数々と酒類。食堂という広い会場。そして宴会のきっかけを作る陽気な面々。これだけの要素が揃っていては、むしろ宴を開かない理由を探す方が難しい。

 即席の宴会ではあったが、根がお祭り好きな柳也達の手によって、宴は盛大に行われた。

 食堂に集まった面々は、みな明日をも知れぬ兵士の身の上。一度スイッチが入ってしまえば、生きているいまこの瞬間を存分に楽しもうとする心得がある。普段、感情をあまり表に出さないアセリアやナナルゥとてそれは同じだ。自分達なりの楽しみ方というものを心得ている。

 食堂に集まった兵士達は、飲んで、騒いで、食べて、踊って、歌って、笑い合った。

 エスペリアとハリオンを筆頭に、料理人が五人もいる環境だから、飯が尽きることはない。足りなくなりそうな気配を感じたら、誰かが厨房へ足を運び、料理を引っさげ、戻ってくる。食堂からは黄色い声が絶えず響き、料理を理由に宴が打ち切られることは決してなかった。そればかりか、新たな料理が登場する度に歓声が上がり、宴会は延長戦へと突入した。宴は、いつまでも続くかのように思われた。

 そんな宴席の喧騒から離れて、悠人はひとりで詰め所の外周を、ぶらぶら、歩いていた。

 酔い醒ましのための散歩だ。第四位の神剣士として、常人をはるかに上回る身体能力を持つ悠人は、アルコールの分解能力も卓越していた。しかし、現代世界では学生の身分だったこともあって、彼は酒に慣れていなかった。自身の限界や加減が分からず、ジュース感覚で次々飲んでいるうちに、悠人は酔いが一気に回るのを自覚した。強烈な眠気と眩暈を感じた彼は、エスペリアらに断りを入れた上で、外の空気を吸いに館の外に出た。

 スフの月は、現代世界の暦に無理矢理当てはめると十一月頃に相当する。ヨーロッパ的な気候を持つ北方五国では、晩秋というよりは初冬といった印象が強い季節だ。

 悠人はエーテル繊維で編まれたブレザーの上に、隊長格であることを示す陣羽織を羽織ったいつもの装いで、詰め所の庭を歩いていた。

 頬を撫でる夜気はやや肌寒く、何かもう一枚上着を用意するべきだったか、と彼は酔いの回った頭で考えた。酔いが醒めるよりも先に、アルコールで火照った身体の方が冷めそうな雰囲気だった。

「おい、悠人」

 背後から名前を呼ばれた。聖ヨト語ではなく、日本語で。

 振り返ると、そこにはオリーブ・ドラブの軍服に身を包んだ戦友が立っていた。右手で、何か抱えている。軍用のコートだった。

「酔い醒ましもいいが、身体が冷えちゃ、元も子もない。着とけよ」

 「ほれ」、と柳也はコートを持った右手を前に突き出した。

 悠人は差し出されたコートを、まじまじ、と見つめた。

 酔いの回った頭で、やっぱりこの男は凄いな、と思う。自分がもう一枚上着が欲しいと思った直後にやって来て、この気遣いだ。常にみんなのことを見、みんなに注意を払っていなければ出来ない心配りだった。

 「サンキュ」と、呟いて、悠人はコートを受け取った。

 陣羽織の上から、さらに羽織る。前のボタンを締めると、体感温度が、じわじわ、と上がっていった。

 柳也はそのまま悠人の隣についた。

 怪訝な顔する悠人に、彼は穏やかに微笑みかける。

「酔い醒まし、俺も付き合うよ。……それとも、一人の方が気兼ねしなくて楽だったか?」

「いいや、そんなんじゃないけど……お前、コートは?」

 頭の先から靴の爪先に至るまで、目の前の男を観察してみる。自分にコートを持ってきてくれた男は、オリーブ・ドラブの軍服を身に纏っただけで、なんとも寒々しい印象を抱かせた。

「俺とお前を一緒にするな。俺は鍛えているから平気です。あと、根性あるから平気」

「根性って……」

 苦笑する悠人に、柳也はニヤリと笑ってみせた。

「まぁ、根性論云々はともかくとして、俺の相棒達は、揃って体内寄生型だから。体温調節を含む体調管理は、頼まなくても向こうがやってくれる。コート一枚の有無でどうにかなる程度の環境なら、あいつらに任せておけば大丈夫だ」

「信頼しているんだな、神剣のこと?」

「まぁな。……ってか」

 柳也は訝しげな眼差しを自分に注いできた。

「お前、やけに舌の回りがいいけど、ホントに酔ってんのか?」

 酔いを醒ましてくる、と言って食堂を出ていったわりには、悠人の口調は明瞭で、特別、テンションがおかしいということもなかった。庭の土を踏む足取りもしっかりしている。一見したところ、酔っているようには見えないが。

「酔ってたよ。ちょっと歩いて、だいぶマシになったんだ」

 柳也の問いに、悠人はアルコールの熱を感じさせない口調で答えた。

 体内寄生型の永遠神剣に体調管理を一任している目の前の男ほどではないが、第四位の神剣と契約している自分も、アルコールの分解能力など基礎身体能力は高い。先ほど酔いを覚えたのは、短時間のうちに集中的に酒を飲みすぎたからで、時間さえかけてやれば、酩酊状態からはすぐに回復することが出来た。

 はじめ感じた強烈な眩暈はとうに消え、柳也がコートを持ってきてくれた時点で、すでに酔いはほとんど醒めていた。

 悠人がその旨を柳也に伝えると、彼は得心したように頷いた。

「なるほどなぁ……あれ? ってぇことは、俺がコート持ってきたのって、あんま意味なかったか?」

 すでに酔いが醒めているのなら、この寒空の下、わざわざ散歩を続ける理由はない。となると、自分のやった行為は無駄足だったか。いやそればかりか、これから散歩を打ち切ろうとしていた悠人にとって、余計なお節介を焼いてしまっただけということも……。

 途端、情けない顔をする柳也の様子に苦笑しながら、悠人はかぶりを振って言う。

「いや、助かったよ。まだもう少し、歩いているつもりだったから」

「もう少し?」

「ああ。……ちょっと、一人で考えたいことがあってな」

 怪訝な顔で訊ねてくる柳也に、悠人は曖昧に笑うと頷いた。

 実をいえば、酔い醒ましのための散歩、というのはほとんど口実に近かった。

 本当は、一人になる時間が欲しかったのだ。一人で、考えをまとめる時間が欲しかったのだ。

 酔いの回った頭では、上手く考えがまとまらない。だから歩いていた。その甲斐あって、酔いはもう醒めた。いまからは本題の考え事の時間だ。

「考えたいこと?」

「ああ。だから、もうしばらく外にいるよ」

「そうか。……なぁ、悠人?」

「ん?」

「相談役か、聞き手役、必要か?」

「…………」

 思わず、返答に窮してしまった。

 軍服姿の友人は、気遣わしげな視線で自分の顔を見つめている。

 二人のエトランジェは、しばし無言のまま見つめ合った。

 やがて悠人の唇から、深々と溜め息がこぼれた。

 まったく、この男ときたら……気遣い上手なのにも、程があるだろうに。

 悠人は目の前の男の気配りの上手さに感嘆の吐息をついた。と同時に、友人の観察眼と洞察力に内心舌を巻く。この男は、僅か数言の会話と表情の変化から、自分の考えたいことの正体が悩み事だと、あっさり見破ってしまった。その上での、先の発言だ。しかも、提案という形の質問で、自分のちっぽけなプライドを傷つけないよう配慮している。自分が男じゃなかったら、きっと惚れていただろう。

 そう。自分はいま、悩み事を抱えている。人質に取られている佳織のことは勿論、エスペリアとの関係や、〈求め〉のこと。そして何より、いまいちばんに自分の頭を悩ませていること……今日、モニモの森で見た、オルファの態度。

 森狩りを終えてからも、ずっと気になっていた。

 あの時……手負いの緑スピリットを追い詰めたあの時、オルファは間違いなく、目の前の命を奪うことを楽しんでいた。目の前の生命を弄ぶことに、快感を得ていた。

 おそらく、オルファにとって敵を殺すことは、他の何にも勝る善行であり、また遊びの延長線上にある行為なのだろう。そうでなければ、あの無邪気なはしゃぎようや、「褒めてもらえないもん」という発言の説明がつかない。

 いま思い出してもぞっとする。

 目の前の生命を弄ぶことに快楽を覚えていたオルファ。無邪気にはしゃぎながら、敵を体内から焼き殺すという残酷を思いつき、また実行してみせたオルファ。返り血を浴びた、屈託のない、満面の笑顔。

 悠人はあの時、オルファに対してはっきりと恐怖を抱いた。

 妹のように思っている、あの幼い少女に。

 自分を父と慕ってくれている少女に。恐怖を、抱いた。

 そして恐怖は、いまでも続いている。

 あの森でオルファが見せた残虐性と幼児性。あれこそがオルファという人間の本質ではないかと、恐怖からくる疑念が、森を出てからずっと悠人の心を捕えていた。

 宴会の席でも、気が付けば自分はオルファばかりを見ていた。

 隣に座るネリーと笑い合う彼女を見て、あの笑顔は実は偽物で、本当のオルファの笑顔は敵を殺す時に見せたあちらの方ではないか、と思ってしまった。

 思った瞬間、悠人は愕然とした。

 そんな風に考えている自分自身を、彼は恐怖した。

 なんとかオルファのことを考えないように努めたが、駄目だった。考えないように思えば思うほど、昼間見たオルファの残忍な笑顔を思い出してしまった。

 恐怖から逃れようと、悠人はひたすらアルコールを飲んだ。飲んで、飲んで、飲みまくった。やがて酩酊状態に陥ったことを自覚した彼だったが、頭の中から、オルファの笑顔は消えなかった。

 ――これ以上、オルファと同じ空間にいたら、気がおかしくなってしまう!

 笑顔を浮かべて自分にシチューを勧めてくるオルファに礼を述べる一方で、悠人は胸の内で悲鳴を上げた。

 一瞬、酔いを理由に食堂を立ち去りたい誘惑にかられてしまう。

 しかし、それは出来なかった。

 自分はSTF隊の隊長で、オルファはその隊員なのだ。のみならず、ラキオスに帰ればオルファとは一つ屋根の下で暮らしている仲で、しかも向こうは自分を慕ってくれている。仮にこの場を一時凌いだとしても、彼女とは今後何度も顔を合わすことになるだろう。その場凌ぎの逃げは、意味がない。

 考えなければならなかった。

 これからオルファとどう向き合っていくか。オルファに、生命の価値についてどう教えていくか。考えをまとめる必要があった。態度を決める必要があった。そのためには、一人の時間が必要だった。

 よし、と頷いた悠人は、席を立った。

 この場を離れる口実が、彼にはあった。

 悠人は、酔いを醒ましてくる、と食堂から出て行った。

 外に出た彼は、身体の中でアルコールが完全に分解されるまで、ぶらぶら、とその辺りを歩くことにした。

 そしてようやく酔いが醒め、これからじっくりオルファのことを考えようとした矢先、柳也がこの場にやって来た。

 オルファの問題について、悠人は一人で考え、一人で結論を下すつもりだった。

 隊のみんなには相談する気になれなかったし、また出来ることでもなかった。自分はオルファに対して恐怖を抱いている。そんなことを他の隊員に漏らせば、隊の結束を乱す結果になりかねない。

 自分には、アセリアのような武はないし、エスペリアのような知恵もない。柳也のような、作戦立案の能力や統率力もない。そんな自分が、この部隊の隊長として出来る唯一のこと……それは、隊内の和を保つよう努力することだ。隊の結束を守ることだ。

 自分が隊の結束を乱すわけにはいかない。

 隊のみんなには相談出来ない。

 オルファのことについては、自分が一人で考え、一人で決断しなければならない。そう思った。そう、思っていた。

 それなのに、この男は……。

 桜坂柳也という、この友人は……。

「……悠人、俺は、STF隊の副隊長として、さっきの発言をしたわけじゃない」  自分の胸の内の葛藤すら、察したのか。

 長い沈黙の後、柳也が口を開いた。続く彼の言葉は、悠人の心を救ってくれた。

「俺は、お前の友達として、相談役か、聞き手役に立候補したんだ。……前に、お前は、俺のことを友達だと言ってくれた。俺も、お前のことを友達だと思っている。大切な友達だ。そのお前が、何か悩み事を抱えて苦しんでいる! 友達のお前が苦しんでんの見たら、俺だって苦しいんだ」

「柳也……」

「力になりたいんだよ。お前の友達として」

 柳也は、切々と悠人に訴えた。

 拳を握り、熱っぽい口調で、黒檀色の双眸には真摯な眼差しを宿して。

 柳也は……自分の、大切な友達は、言ってくれた。

 力になりたい、と。

 大切な友達の、お前のために、と。

 悠人は徐に夜空を見上げた。

 有限世界の空では、無数の星々が輝いていた。

「……サンキュ、な……柳也……」

 夜空を仰ぎ見たまま、悠人の唇から低い呟きが漏れた。

 その声音は、若干の湿り気を帯びていた。

 長い間夜空の下に身を置いていたためか、それとも別な理由からか。いずれにせよ、かすれた声を吐き出した悠人の表情を、柳也が見ることはなかった。

 塩気を含んだ滴が目元から流れ落ちる感触を頬に覚えながら、悠人は夜空を仰いだまま深呼吸を一つした。新鮮な酸素を取り入れてやると、身体は正直なもので、思考が一気にクリアになる。

 悠人は、喉の奥から込み上げてくる嗚咽を必死に堪えながら、震える声で、ぽつぽつ、と呟いた。

「……ホント言うと、さ……一人で抱えるには、ちょっと……重たかった……」

 隊のみんなには、相談出来ない。

 柳也も、隊の一員には変わりない。

 けれど、いま、この男はSTF隊の副隊長としてではなく、一人の友人として、自分のためにやって来てくれた。友人のこの男になら、相談出来る。

 悠人は目線を元に戻した。

 端整な顔立ちの大部分を占めるその頬には、涙の痕跡がはっきりと浮かんでいる。

 柳也は、それを見ても、何も言わなかった。

 悠人は、今日モニモの森であったことを包み隠さず柳也に話した。目の前の生命を弄ぶオルファを見て、自分がどう感じたのかも。すべて、話した。

「……不味いな、そりゃ」

 悠人からモニモの森での一件を聞かされた柳也は、開口一番そう言った。

 いったい何に対しての、不味い、という発言なのか。問いただす悠人に、柳也は苦い表情で答えた。

「俺は直接その場にいたわけじゃないから、ちゃんとしたことは言えないが……話を聞いた限り、俺が抱いた印象も同じだ。オルファは、敵を殺すことを楽しんでいる。目の前の生命を弄ぶことに、快感を得ている」

「やっぱり、お前もそう思うか?」

「ああ。……不味い兆候だ」

 柳也は頷くと、舌先で言葉を選ぶように、ゆっくりとした口調で続けた。

「悠人、俺ぁ、戦いってモンが大好きだ。過去の戦史を読みゃ心が躍るし、強い敵を見つけたら、そいつと戦いたいと思う。そいつとの戦いを、存分に楽しみたいと思う。けどそれは、戦いを楽しみたいのであって、殺しを楽しみたいんじゃない。俺は、戦いを楽しいと思うことはあっても、殺しを楽しいと感じたことは、一度としてない。面白い戦いの結末の一つとして、相手の命を奪う時は別だが、殺人行為単体に快楽を覚えたことは、一度もない。

 自己弁護に聞こえちまうかもしれないが、戦いを楽しむことと、殺しを楽しむことは違う。少なくとも俺は、違うと思っている。……俺ン中では、戦いを楽しむのはOKだが、殺しを楽しむのは、NGだ。やっちゃいけないことだと思っている。ましてや手負いの相手をいたぶり、弄んで快感を得るなんざ、人間として、最低な行為だと思う。……そしてオルファは、そのNGなことをしやがった。最低な行為を、しやがったんだ。それも、本人はその自覚なしにな」

「自覚?」

「ああ」

 柳也は頷くと、深々と溜め息をついた。

 それから彼は、口元に自嘲の冷笑を浮かべ、呟いた。

「悠人……俺は、自分のことを、最低の人間だと思っている」

「柳也?」

「だってそうだろう? 戦いを楽しむなんてよぉ、まともな神経をした人間の考えることじゃねぇよ。戦いを楽しむのはOKだが、って言ったが、それはあくまで俺ン中での位置付けだ。世間一般の常識や道徳からすれば、戦いを楽しむなんざ、正気の沙汰じゃねぇ。

 俺ぁ、普通じゃねぇ。俺は、最低の異常者だ。恨みだってたくさん買っている。きっと俺は、真っ当な死に方出来ねぇよ」

 柳也は僅かに寂しげな口調で呟くと、ほろ苦く笑った。

 自分のことを悪く言う友人の浮かべた表情の、なんと懊悩の濃いことか。つられて悠人も、悲しげな面持ちになってしまう。

「……おいおい、そんな顔をしてくれるな。お前がそんなだと、こっちまで苦しくなっちまう」

 自分だって、同じように暗い顔をしているくせに。

 悠人が軽く睨みつけると、柳也は「おお、恐い」と、おどけた調子で肩をすくめた。ややオーバーな印象の強いリアクションは、自分の表情を和らげるために、あえてそうしたものに違いなかった。

 柳也は苦い微笑を浮かべたまま続ける。

「まぁ、ふかふかベッドの上で大往生が望めないのは、覚悟の上だ。自分はそれぐらいのことをやっているって、自覚しているからな。けど……」

 柳也はそこで一旦言葉を区切ると、苦々しく溜め息をついた。

「オルファは、違う。オルファは、自分のやっていることは最低の行為だって自覚なしに、殺人を楽しんでやがる。生命を、弄んでやがる」

「…………」

「最大の問題点は、そこだ。オルファは、いまのままだと、いつかきっと不幸になる。いつか、手痛いしっぺ返しを喰らうことになるだろう」

 因果、という言葉がある。もともとは仏教の用語で、いつだったか、寺の息子だった光陰からその意味を教わったことがあった。曰く、この世のすべての事象は、原因の中にすでに結果が含まれているという。善因善果、悪因悪果。そして、自因自果。善行には善い結果が返り、悪行には悪い結果が返ってくる。自分の行いの報いは、必ず自分に返ってくる。

 柳也の言いたいことは、まさしくそういうことなのか。

 目の前の友人は、自身が悪行に手を染めている自覚がある。すなわち、いつか報いを受けることを覚悟しているということだ。

 他方、オルファはどうか。自身が悪行に手を染めている自覚のない、オルファは? いずれやってくる報いの瞬間を、彼女はどんな気持ちで受け止めるのか。

「きっと、なんで自分がこんな目に遭うのかも分からず、ただおろおろしているばかりだろうな」

「柳也……俺は、どうすればいいんだろう? これからオルファと、どう接していけば……」

「ゆっくりじっくり、時間をかけて、少しずつ教えていくしかねぇだろうな。生命の価値。自分のやったことの重さ。笑いながら奪った命の、重さ……正面から向き合って、少しずつ、教えていくしかねぇよ」

 人間は、環境によって作られる。

 これまでオルファを取り巻いていた環境では、敵を殺すことはすなわち善であり、殺した人数分だけ賞賛された。そんな環境の下で、長い時間をかけて形成されたのが、いまのオルファの価値観だ。その価値観を、悠人達は一八〇度ひっくり返そうと考えている。今日明日中に出来ることではない。時間をかけて、長期戦の構えで、教えていく必要があった。

「出来るかな、俺に?」

「出来る、出来ないじゃない。やる、やらないだ。……オルファのこと、好きなんだろ?」

「ああ」

 柳也の言葉に、悠人はしっかりと頷いた。

「オルファのことは、好きだ。だから、あの娘のあんな姿は、もう見たくない。あの娘が不幸になるのも、見たくない」

「じゃあ、やらねぇとな」

「ああ、そうだな。……柳也?」

「うん?」

「サンキュ」

「いいってことよ」

 柳也は快活に笑ってみせた。

 それから彼は、いまだどんちゃん騒ぎの続いている詰め所を顎でしゃくって言う。

「俺はそろそろ戻るけど、お前はどうする?」

「もう少し、その辺りぶらぶらしてるよ。……オルファのこと、考えをまとめておきたいし」

「そっか。じゃあ、俺は先戻ってるぜ」

 片手を軽く振りながら、柳也は悠人に背中を向けた。

 

 

 バタン、と音を立てて、詰め所の玄関の扉が閉まった。

 いまだ中庭に身を置く悠人は、柳也の姿が見えなくなったことを確認してから、重い溜め息をついた。形の良い薄い唇からは、次いで嘆きのような独り語りが漏れる。

「……やっぱり、凄い奴だよな……あいつ……」

 「あいつ……」と、呟いた悠人の脳裏には、先ほどまで会話を交わしていた友人の顔が浮かんでいた。

 桜坂柳也。自分と同様、現代世界から召喚されたエトランジェの戦士。卓越した剣の腕前を持ち、戦闘指揮官としても優秀。状況に応じて良策と奇策を上手く使い分け、王国軍の勝利に何度も貢献してきた。勇気と豪胆さを併せ持ち、仲間への気遣いも忘れない。頭の回転も早く、自分があんなにも悩んでいたオルファの問題について、あっさり答えを出してしまった。本当に凄い男だと思う。それに引き換え、自分はどうか?

 自分には、柳也のような剣の腕はない。指揮官としてはいまだ三流以下だろうし、作戦を立案する知識も能力もない。STF隊の誰よりも臆病で、何度か実戦を経験したいまでさえ、いつも恐々剣を振るっている。敵の命を奪うことに、抵抗を感じている。その抵抗感を少しでも減らすために、佳織のことを言い訳にしている。

 他人を気遣う心の余裕もない。いつも、自分のことで手一杯だった。頭だって、良いとは言えない。自分はオルファの問題を、結局一人では結論付けられなかった。

 腕っ節は弱く、指揮官としての適性も欠如している。ならば参謀役が務まるような頭脳の持ち主かといえば、そうでもない。臆病者の、卑怯者。それが自分だ。そんな自分が隊長を務めているのが、STFという部隊だ。

「……なんで……」

 唇から苦しげな呟きが漏れた。

 無意識のうちに右手が、腰に佩いた〈求め〉の柄へと伸びる。

 滑り止めの付帯を巻いただけの簡素な造りの柄を握り締め、悠人は苦悶の嘆きをこぼした。

「……なんで、お前は俺を選んだんだ?」

 深い、途方もなく深い、懊悩に満ちた叫びだった。

 STF隊がまだただの新設部隊と呼ばれていた頃、悠人はラキオス王に、部隊の隊長には柳也がなるべきでは? と訊ねた。

 しかし、ラキオス王は、軍事力の持つ目的を口にした上で、新設部隊の隊長には柳也よりも悠人の方が相応しい、と言った。軍事力の目的とは、すなわち脅威に対抗することだ。そして、脅威に対抗する手段には、侵略させないよう“抑止”することと、侵略されたら“対処”することの二つがある。

 ラキオス王は、新設部隊の隊長には、対処力と同時に抑止力としての軍事力を求めた。

 新設部隊の隊長が無名の柳也では、抑止力としては役に立たない。伝説の四神剣の一振たる〈求め〉と契約を交わしたエトランジェが隊長を務めてこそ、部隊の抑止力は最大に発揮される。ラキオス王は、そう言って悠人を諭した。

 しかし、逆に言えばそれは、〈求め〉と契約を交わしている人間なら誰でも良かった、ということだ。ラキオス王が求めたのは、高嶺悠人という人物ではない。悠人の操る、〈求め〉のネームバリューと戦闘力だった。〈求め〉を扱うことの出来る人間ならば、誰でも良かったのだ。そう、例えば、柳也でも――――――

 純粋に戦士としての能力で見れば、STF隊の隊長には、自分よりも柳也の方が相応しい。そのことは、他ならぬラキオス王も認めている。自分がいま、この部隊の隊長を務めているのは、〈求め〉がたまたま自分を契約者に選んだからにすぎない。

「お前が選んだのが、柳也だったら……」

 〈求め〉の選んだ人間が、柳也だったら。

 こんな惨めな思いは、しなくてすんだのに。

 自分と友人の能力を比べて、落ち込むことも、なかったのに。

 この剣が、柳也さえ選んでくれていたなら――――――

「俺なんかより、あいつの方が、ずっと相応しい……俺は、隊長失格だ」

 薄い唇から、またしても呟きが漏れた。

 物悲しい響きを孕んだ呟きだった。

 悠人の手の中で、りぃぃぃん、と、〈求め〉が不気味に鳴いていた。

 

 

 体内寄生型の永遠神剣と契約を交わした神剣士は、他の神剣士に比べて、身体能力の向上が著しい。そしてそれは、視覚や聴覚といった感覚器官の能力も当てはまる。

「……馬鹿野郎」

 接収した詰め所の玄関の扉に背中を預けながら、柳也は深い憂いと、僅かに怒気を孕んだ溜め息をついた。

 閉じられたドアの向こう側。外の世界から聞こえてきた、耳馴染みある声に、彼は両腕を組んで苦い表情を作る。

 その胸中では、いまだ外の中庭を散歩しているであろう戦友に対する、悲しみと憤激が唸りを上げていた。

「お前以外の誰に、この部隊の隊長が務まるってんだ……!」

【主よ……】

【ご主人様……】

 食堂からは、いまだに黄色い歓声が聞こえている。柳也の呟きは、宴の物音にかき消されて、玄関に響くことはなかった。

 頭の中に響く、自分を案ずる相棒達の声にも応えず、柳也は、吐き捨てるように呟いた。

「味方ばかりか、敵の命さえも心配出来る……そんな優しい、お前以外に」

 

 

――同日、夜。
 
 

 ゆうに十六畳はあろう広い部屋だった。南側に置かれた大きな窓はバルコニーに通じており、室内には高級感溢れるインテリアの数々が整然と並んでいた。部屋の持ち主の趣味なのか、あらゆるインテリアは実用的な家具というよりは、目で楽しむアンティークとしての印象が強いデザインをしていた。桐のタンスに、龍の骨から作ったテーブル、アールデコ調のカバーのついたエーテル灯ランプ……。床には瀟洒な刺繍を施した絨毯が敷かれていた。中央に置かれた寝台は天蓋付きで、マットレスも毛布も、絹糸で編まれていた。いずれも職人が手ずから作った名品ばかりだ。

 これほどの品々ともなれば、各々の個性が強すぎて、下手な配置はかえって部屋の調和を乱しかねない。しかし、部屋の主はよほどセンスの良い人物らしく、インテリアの配置に抜かりはなかった。計算された家具の並びは、部屋の気品を格調高いものへと仕立て上げていた。

 夜。

 灯りを落とした寝室では、艶を帯びた嬌声が響いていた。

 甘ったるい、喘ぎ声だ。

 寝台の上では、一人の女が性感から乱れていた。

 窓から差し込む月光に、裸身を晒している。

 美しい女だった。まるで彫刻のようなプロポーションの持ち主だ。豊満に実ったバスト。丸みを帯びたヒップ。細く締まった腰回りには余分な肉は一切見られず、腰を中心に上下へ、左右へと伸びるラインは、女の身体を、曲線で構成された芸術品としていた。

 一七〇センチ近い長身に対して、肩幅は狭い。白磁とまごう肌は、月の淡い光に照らされて病的なまでに青白く映じていた。

 顔の造作は彫り深い。負けん気の強さを感じさせる涼しげな双眸、筋の通った鼻梁。紅を塗った唇はぷっくりと厚く、その隙間からは熱い吐息が漏れている。顔立ちから察するに、年の頃は五十半ばか。しかし、上向きに突き出した尻といい、張りのある肌といい、その体はとても五十代には見えなかった。三十代前半と称しても十分通用するだろう、素晴らしい体だった。

 ラフォス・ギィ・バーンライト、五六歳。

 バーンライト王国の、現王妃だ。

 年齢を感じさせない美貌のラフォスは、いま、まさに官能の渦の中心に身を置いていた。

 彼女の両手は、自らの秘所と乳房に、それぞれ伸びていた。

 左手で乳房を揉みしだき、右手で陰花から蜜をかき出している。

 激しい自慰行為だった。

 左手は、まるでパン生地をこねるかのような荒々しい手つきで、たわわに実った果実をこねくり回していた。と同時に、乳房の頂点で屹立する肉の芽を、人差し指を使って時に扱き、時に押し潰す。乳房をいじる度に、女の唇からは甘い喘ぎがこぼれた。

 他方、ラフォスの右手は、葡萄色にぬたつき光る花弁の内を、一心に擦っていた。人差し指と中指、二本の指を突き入れ、自らの内側を乱暴に引っ掻き回している。指の腹がざらついた触感を覚える度に、ラフォスの背筋を快感の電流がひた走っていった。いわゆるGスポットだ。快楽の波に揉まれて、ラフォスの裸身がシーツの上で躍り狂った。

 ラフォスは、淫らに上擦った喘ぎ声を抑えなかった。

 ここは、サモドアにあるバーンライト王城に設けられた王妃専用のプライベート・ルーム。ラフォスの許可がなければ、衛兵はもとより夫の国王でさえ、近付くことを許されない、彼女だけの聖域だった。もともとは先王アタナリックが妻のラースヤ王妃のために用意した部屋で、国王の妻という、何かとストレスの溜まりやすい愛妻の立場を気遣ってのプレゼントだった。『この部屋はきみのものだ。せめてこの部屋にいる間は、きみは王妃という身分の衣を脱ぎ捨て、一人の女性として好き勝手振る舞うといい』というのが、国王が聞かせた言葉だったという。以来この部屋は、バーンライトの王妃が一人の女として過ごせる場所として利用されるようになった。

 今代の王妃たるラフォスは、この部屋にお気に入りの家具を持ち込み、自分専用の寝室としていた。

 この部屋には、衛兵も、口うるさい大臣達も、夫のアイデス王でさえ、自分の許可なくしては近付くことが出来ない。

 大声を上げようが、屈辱的なポーズの痴態を晒そうが、顔を顰める者は誰もいない。

 誰彼構うことなく、思う存分、快楽を貪ることが出来た。

 ラフォスはすらりと長い脚を大きく開いた。腰を浮かせ、突き出すようにして性感を楽しむ。

 まるで誰かに見せつけるかのようなポーズだった。

 実際、女の大切な陰部は丸見えになっていた。男に飢えた食虫花は、すでにしとどに濡れていた。

「……てぇ……」

 かすれた声が、ラフォスの唇から漏れた。

 誘うように、はしたない涎を垂らす腰を回す。

 いや、実際に誘っていた。

 女の上気した視線は、ベッドの脇に置かれた椅子へと向けられていた。

 炯々と輝く眼差しが、ラフォスの裸身を見つめていた。

 アイデス王ではない。

 荘厳な造りの椅子に腰掛けていたのは、長身の美丈夫だった。礼服に身を包み、両足を組んで座っている。

 端整な顔立ちの持ち主だった。月明かりに照らされて鋭利な輪郭を描くマスクは甘く、大振りの双眸の中心では、琥珀色の瞳が爛々と光芒を放っていた。生まれつきなのか、肩の辺りまで伸びた長髪はやや朱色を含んでいる。

 顔立ちから察するに、年の頃は四十前半といったところか。

 形の良い薄い唇にはシニカルな冷笑が浮かんでいた。

 男は、ラフォス王妃の痴態を楽しげな様子で眺めていた。

 ラフォス王妃の胸に、陰部に、そして淫蕩にふやけた顔に、熱い視線を注ぐ。

 年下の男の視線を感じながら、ラフォス王妃は自身の身体が燃え上がるのを自覚した。

 頬だけでなく、全身の肌を朱色に染め上げて、美貌の王妃の指は快感を求めて踊り狂った。

 胸を鷲掴み、乳頭をつまみ潰し、腰を浮かせ、密に濡れた花弁を手折る。

 ただ快感を得るだけにしては激しすぎる自慰は、パートナーの視線を気にしてのものだった。

「……見、てぇ……」

 ラフォス王妃の口から、また、喘ぎ混じりの声が漏れた。

 ラフォスは、情欲に燃え滾る眼差しを、椅子に座る男に向けた。

「……見てぇ……ウィル……」

 プライベート・ルームには、衛兵は勿論、夫のアイデス王でさえ、ラフォスの許可なくしては近付くことが出来ない。逆に言えば、ラフォスの許可さえ得られれば、誰であろうと堂々と足を運ぶことが出来る。例えば、国民達が王妃の不義の相手と噂する、情報部長官であったとしても。

 「ウィル」と、夫とは別の男の名前を、ラフォスは躊躇いなく呼んだ。

 名を呼ばれた男……ウィリアム・マクダネルは、囁くような声音で答えた。

「いったいどこを見てほしいんだ、ラフォス?」

 「ラフォス」と、ウィリアム・マクダネルは、自分が仕える女王の名前を呼び捨てた。

 甘いテノールが紡ぐ口調は、とても目上の人間に対するものとは思えぬ粗暴なもの。しかしラフォスは、特に気にした風もなく、陰核をつまみながら応じる。

「わたしの恥ずかしい姿を見て、ウィル。あなたのためよ? あなたのために、わたし、こんな恥ずかしいことをしているのよ? こんな姿、あの男にだって見せたことないんだから」

「自分の旦那をあの男呼ばわりか……」

 ウィリアムは甘いマスクに邪悪な苦笑を浮かべた。

「お前は悪い女だなぁ、ラフォス? おまけに、旦那以外の男の前で、こんなはしたない姿を晒して……」

 意地の悪い言葉に、美熟女の頬が、カッ、と赤くなった。

「自分が恥ずかしい女だって、思わないのか? 人として、最低だと思わないか?」

「思うわ。わたしは、最低の女よ」

「どう、最低なんだ?」

「わたしは、夫以外の男の人の前で、こんな姿を晒すような……こんな姿を晒して喜ぶような、最低の女よ」

「そうだな。お前は、旦那以外の男の前で、こんなにもここを濡らしてやがる」

 ウィリアムは腰を浮かせると、寝台のラフォスに近付いた。

 徐に、右手の中指を密壷に突っ込む。そのまま、内側をかき回した。

「ああっ!」

「すごい量の蜜だな。こりゃあ、本当にオナニーで感じちまっただけか? うん?」

「そうよ。あなたに見られていたから、オナニーでこんなに感じちゃったのよ」

「いや、違うだろ?」

 絶えず喘ぎを漏らす口で必死に息継ぎをしながら紡いだラフォスの言葉を、ウィリアムは首を振って否定した。

 淫らな沼地から指を引き抜き、ラフォスの眼前へと自らのマスクを突き出す。琥珀色の双眸が、大きく見開かれた。

「期待、してたんだろ? 俺のを期待して、こんなに濡らしちまったんだろう?」

「ああ……」

 ラフォスは力なく頷いた。その瞳からは、羞恥と快感から大粒の涙がこぼれている。

「そうよ。期待、してたの。あなたのが欲しくて、わたし、こんなに濡らしちゃったの……。だから、ね? 後生だから……ねぇ?」

 羞恥を堪えながらの懇願を受けて、ウィリアムはにっこりと笑った。天使のような微笑みだった。

 しかし、その口から飛び出した言葉は、ラフォスにとってあまりにも残酷な宣告だった。

「ね? って言われてもなぁ……。俺、頭悪いから、わかんねぇや。ちゃんと、言葉にしてくれよ?」

「そんな……」

 こんなにも恥ずかしいのを堪えて、言ったのに。まだ、耐えなければならないのか。

 だがラフォスは、自らの内より滾々と湧き出でる欲求に逆らえなかった。

 しばしの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。

「ちょう、だい……」

「頂戴? 何をだ? うん?」

「あ、あなたの……」

 なおも意地悪く問いかける年下のウィリアムに、ラフォス王妃は、意を決し言い放った。

 

 

 

 

「あなたの、血を、わたしに頂戴っ!!」

 

 

 

 

「……ああ、くれてやるよ」

 ラフォスに顔を近づけたまま、ウィリアムが微笑んだ。

 彼は一旦寝台から離れると、傍らのテーブルに置かれたナイフを取った。女物の護身用で、柄と唾に宝石が散りばめられている。ズシリ、とした重みが、掌を圧迫するが、大部分は装飾の重みと思われた。

 ウィリアムはナイフの刃を左手首に押しつけた。

 すぅっ、と静かに、勢いよく引く。

 ナイフの刃は、ウィリアムの皮膚を裂き、肉を裂き、手首に走る動脈を切り裂いた。

 ぶしゅっ、と勢いよく鮮血が噴出した。

 ウィリアムは天使の微笑みを浮かべたまま、寝台で乱れるラフォス王妃に、自らの血を振りかけた。

 胸に。

 腹に。

 股に。

 足に。

 顔に。

 振りかける。

 ラフォスの白い肌を、赤い鮮血が染め上げていった。絹糸の寝台を、赤く染め上げていった。

 手首から流れる血の勢いは、一向に弱まる気配を見せない。ウィリアム自身、止血を試みる腹積もりは一切ない。

 ウィリアムは、止め処なく流れ出す鮮血のすべてを、ラフォスの裸身にぶちまけた。

 かけ続けた。

 ラフォスも、ウィリアムの血を、嬉しそうに浴びた。

 降り注ぐ血の雨をうっとりと掬い、身体に塗りたくり、口に運んだ。舌の上で、男の血は甘く広がっていった。

 その瞬間、ラフォスは感じた。

 膣に硬い陰茎を突き込まれるよりもなお深く、激しく、それでいて優しい快感を。この世のものとは思えぬ、魂の充足を。

「――――――ッッッ!!!」

 ラフォスが、目を剥いて吠えた。

 人のものとは思えぬような、凄絶な絶叫だった。

 胸が熱かった。

 陰花が熱かった。

 子宮が、あまりの快感に燃えていた。

 ラフォスは、ウィリアムの血を浴びながら、何度も性的絶頂を迎えた。

 ウィリアムは、何もしていない。

 ラフォスも、何もしていない。

 ただ血をかけ、かけられただけ。

 それだけで、彼女は絶頂を迎えた。ウィリアムの血が、ラフォスの身体にこの上ないエクスタシーを振り撒いていた。

 赤い、赤い、血の饗宴に、ラフォスは酔いしれた。

 やがて、血の絶頂を百度も迎えただろうか。

 糸の切れた操り人形のように、痙攣がぴたりと止まった。朱に濡れた王妃の身体を、ベッドが優しく受け止める。ラフォスの瞼は、固く閉じられていた。どうやら、あまりの快感に精神が耐え切れず、失神してしまったらしい。

 気を失ったラフォスを見下ろして、ウィリアムの唇に冷笑が浮かんだ。ブロンドの髪を優しく撫でながら、血と汗とで濡れた女の裸身に、毛布をかけてやる。

 今日も、この女はいい声で鳴いてくれたな。

 小さく呟いたウィリアムは、ふと自分の左手を見た。

 いつの間にか、左手首の出血は止まっていた。何ら処置をしていなかったにも拘らず、止まっていた。そればかりか、切り傷の痕すら残っていない。

 あまりにも異常な回復力。

 しかし、それを指摘出来るだけの常識を持つラフォスは、意識を失ってしまっている。愛する男の血の匂いに包まれながら、眠り続けている。

 不意に、ラフォスの寝姿が、黄金の霧に包まれた。

 比喩ではない。

 気を失ったラフォスが裸身を預ける寝台から、黄金の霧が昇っていた。

 黄金の、マナの霧が。

 金色の霧が立ち昇るにつれて、寝台から、そしてラフォスの身体からは、赤黒い汚れが消えていった。

 マナの霧は、なんとウィリアムの血が蒸発して、生まれていた。

 情事の痕跡が、綺麗さっぱり、消えていく。

 血の饗宴の跡が、静かに消えていく。

 ウィリアム・マクダネルは、暗い冷笑を浮かべながら、黄金の霧を眺めていた。

 


<あとがき>
 

タハ乱暴「突然ですが!」

柳也「な、なんだよ、タハ乱暴?」

タハ乱暴「今回の話で、永遠のアセリアAnotherも、記念すべき第五十回を迎えました」

北斗「うむ。そうだな。……そのわりには、いまだにサモドア攻略前という遅々とした進みっぷりだが」

タハ乱暴「(北斗の発言を無視して)そこで、今回のあとがきの相方には、第五十回記念ということで、いつもとは違う人を用意しました」

柳也「な、なに!?」

北斗「聞いていないぞ、タハ乱暴!?」

タハ乱暴「黙らっしゃい! 毎度々々、あとがきで俺のこと苛めるお前達の顔なんぞ、もう見たくもない! うんざりだ! せめて今回くらい、どっか行けぇ!」

柳也「ぬ、ぬぅ!」

北斗「作者の強制権限で、退場を余儀なく……ぐぬぁあああッ!

 柳也と北斗、作者の強制権限であとがき会場から強制的に退場させられていく。

タハ乱暴「……さて、邪魔な連中もいなくなったことだし……読者の皆様、おはこんばんちはっす! タハ乱暴でございます! 今回も永遠のアセリアAnotherをお読みいただき、ありがとうございました! すでに書いた通り、今回の話でアセリアAnotherは記念すべき第五十回を迎えました。この作品がかくも長期間の連載していられるのは、読者の皆様の声援によるところ大であります。サンキュー・ベイベー・あかちゃぁぁん! ってなわけで、今回の対談形式あとがきの相方には、いつもとは違う人を呼んでいます」

アイリス「(……む、それは私のことか!? 私のことなんだな!)」

タハ乱暴「アイリス、きみは違うから。楽屋裏から、ちらっちらっ、こっちを見るのはやめなさい。気が散ってしょうがないから。

 さて、いつもとは違う人、というのは、実は出番救済策です。先日、ふと気になってアセリアAnotherに登場する名前有りのキャラクターの数を数えてみたところ、吃驚しました。今回の五十回で、なんと一三〇人超えてしまいました。そりゃあ、一三〇人もいりゃあ、出番の偏りがあって然るべきだよなぁ。……というわけで、今回のあとがきでは、本編で出番の少ない人に、活躍の場を与えることとしましょう。……ただ、一回きりしか登場していない連中は、数が多すぎますし、読者もコイツ誰? ってな可能性があるので、出番が多くもなく、少なくもないキャラクターを一名ピックアップしましょう」

 ドラムの音があとがき会場に鳴り響く。タハ乱暴、入場ゲートを示しながら、

タハ乱暴「……それではご紹介いたします! アセリアAnother五十回中、出演した話数は計六回! セラス・セッカの愛馬ウラヌス君です!」

ウラヌス「ヒヒーン!」

 入場ゲートにかかっていたカーテンが開き、やって来るウラヌス号(雄)。

柳也「……人じゃねぇ!」

タハ乱暴「うおっと! どうした柳也? お前は退場したはずじゃあ……?」

柳也「あまりに予想外の展開に戻ってきたんだ。そんなことより、今回の相方、馬か!」

タハ乱暴「うん。馬だよ。今回のあとがきを書くにあたって、アセリアAnother五十回中の出番の回数を一三〇人分調べてみたんだ。そうしたら、ウラヌス号だけが、六回出演だったんだ。ほら、多くも少なくもない」

ウラヌス号「ぶるるるる」

タハ乱暴「ちなみに馬部門だと、名前のる馬の中では、登場回数最多です」

柳也「レヨエタス号とウセハ号は二回だけだもんな。……って、そうじゃなくてな、相方が馬で、対談形式のあとがきが成り立つかぁ!?」

タハ乱暴「斬新だろ?」

柳也「斬新すぎるわ!」

ウラヌス号「ヒヒーン!」

タハ乱暴「ちなみに、ウラヌス号の出番六回に負けた人の中には、テム様とかもいるよ」

柳也「ああっ、楽屋裏でテム様が体育座りをしながら落ち込んでらっしゃる!」

テムオリン「(馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた馬に負けた…………)」

タハ乱暴「ちなみにこの人も」

セリア「(馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて馬に負けるなんて…………)」

柳也「ああっ、楽屋裏がどんどん馬に負けたことで落ち込む連中で埋まっていく!」

柊「馬に負けるなんて……」

柳也「や、柊園長、あんたは負けて当然っしょ。あんたの出番、EPISODE:01と、03の二回しかないんだから」

タハ乱暴「うん。今回のあとがきも、良い感じにカオスになってきたな。よし、あとがき始めるぞー」

柳也「始めるつもりか、こんな状況で!?」

ウラヌス号「ヒヒーン!」

柳也「そしてお前はやる気満々か!?」

ウラヌス号「ぶるるるるるるるる……」

柳也「それからタハ乱暴、お前は馬の啼き声っていったら、『ヒヒーン』と、『ぶるるるる』の二種類しかボキャブラリーがないのか!?」

タハ乱暴「(柳也の発言を無視して)それで、ウラヌス号、今回の話はどうだった?」

ウラヌス号「ヒヒーン」

タハ乱暴「ふむふむ。なるほど、なるほど……たしかに、俺も最初はそうしようと思ったんだ。だけど、アセリアAnotherは全年齢対象の小説だからさ。年少の読者のことを考えると、お前とエリザベスちゃんのラブシーンは書けんわけよ」

柳也「うおい! そんなシーンを、はじめ書くつもりだったのか?!」

タハ乱暴「ああ、うん。出だしのところでね」

柳也「トップバッター!? トップバッターが馬のラブシーン!?」

ウラヌス号「ぶるるるる」

タハ乱暴「え? ……ああ、そうだったな。すまん、すまん。お前は、ウセハ号一筋だったな」

柳也「え? あの二頭、出来ていたのか!?」

タハ乱暴「まぁ、それはさておき、今回の話では、セリア達の入隊と、悠人の葛藤をメインに書いてみたわけだが……」

ウラヌス号「ヒヒーン! ぶるるるる……」

タハ乱暴「まぁな。原作のアセリアでは、神剣士として戦えるエトランジェは悠人一人だったからな。光陰達が参入したのはもっと後のことだし、プレイの仕方次第では、仲間にすらならない。自分が隊長でいいんだろうか、なんて悩める状況じゃなかったわけだ。けど、Anotherには柳也がいたから……」

ウラヌス号「ヒヒーン」

タハ乱暴「そういうこと。もう一人の主人公の柳也が、なまじ軍事的才能に優れる分、『自分が隊長で本当にいいんだろうか?』って、思考を呼んでしまったわけです」

ウラヌス号「ぶるるるる」

タハ乱暴「まぁ、一方の柳也の方は、STF隊の隊長には悠人しかいない、って思っているんだけどね。政治的な理由もそうだし、潜在能力云々のこともそう。そして、もう一つ、悠人を隊長に推す最大の理由があるんだけど……」

ウラヌス号「ヒヒーン」

タハ乱暴「うん。それが、例の優しさ云々に関する発言だね。これに関しては、本編でもっと深く掘り下げていく予定だから、いまはあまり言及しない」

柳也「せ、成立している。対談形式のあとがきとして、成立している!?」

タハ乱暴「さて、柳也がアホなことを言っているうちに、今回のあとがきもお開きの時間です。読者の皆様、今回も永遠のアセリアAnotherをお読みいただき、ありがとうございました!」

柳也「次回もお付き合いいただければ幸いです」

ウラヌス号「ヒヒーン!(ではでは〜)」

 

 

タハ乱暴「さて、次の六十回記念では、るーちゃんを呼ぶか」

柳也「作品が違うっ!」

 

 

 

<おまけ>

 

 易京の戦いで袁紹軍を破ったジョニー・公孫賛連合軍は、逃げる袁紹軍に対し追撃戦を仕掛けた。

 その戦力は、歩兵二万六四〇〇、騎兵二四〇〇の兵力二万八八〇〇。

 他方、逃げる袁紹軍は、歩兵三万四〇〇〇、騎兵二〇〇〇の兵力三万六〇〇〇。いまだ兵力では優勢だったが、多くの中堅武将を失い、士気も低い。これを追討することは、難しくないはずだった。

 連合軍は意気軒昂、袁紹軍を追った。しかしやがて、その行軍に鈍りが生じ始める。兵達の体力が限界に達したわけではない。退却する袁紹軍を支援する勢力が現われたためだ。

 逃げる袁紹軍の尻を守るかのように、ジョニー・公孫賛連合軍の前に立ち塞がったのは、一つの城だった。黄忠将軍治める楽成城。今回の袁紹軍の幽州征伐に関しては、中立を宣言していたはずの勢力だった。彼らは袁紹軍の楽成城通過を認めただけでなく、兵力五〇〇〇を以って連合軍の前に立ち塞がったのだ。

 予期せぬ敵増援の出現に、柳也達は早速、軍議を開いた。

 公孫賛専用の天幕に、柳也を始めジョニー軍・公孫賛軍の主要な顔ぶれが集まる。ジョニー・サクラザカこと桜坂柳也はもとより、軍師の諸葛亮、張飛、黄巾党四天王の三人組、呂布、華雄、タキオス、貂蝉。公孫賛側からは、趙雲、張遼らが出席した。

 まず、ジョニー軍のブレーンたる朱里が、楽成城の戦力についてデータを洗い出す。

「楽成城を守る黄忠さんの兵は約五〇〇〇。有力な騎兵部隊こそ持ちませんが、かなり訓練された部隊のようで、兵力差五倍以上とはいえ、何の策なしに正面からぶつかっては、苦戦は免れられません。また、指揮を執る黄忠将軍自身も、将として、武人として、第一級の実力者だと聞き及んでいます」

「寡兵なれど、敵は強大なり、か……」

 柳也は腕を組みながら、ふぅむ、と唸る。

 その背後で、眉間に皺を寄せながら卓上の地図を睨むタキオスが口を開いた。中華大陸では無名の彼だが、柳也のはたらきかけで、この場への列席を許されていた。

「問題は、昨日まで中立を宣言していた楽成城が、今日になってなぜ親袁紹を掲げ、反ジョニー・公孫賛連合の態度を見せたか、だな」

「タッキーちゃんの言う通りねん。いくらなんでもいきなりすぎるわ。楽成城の中で、“何か”が起こったと考えるべきね」

 弟の意見に姉(?)の貂蝉も頷く。

 僕達の大好きな伯珪ちゃんは、なるべく貂蝉のことを視界に入れぬよう努めながら、「“何か”って?」と、訊ねた。

「楽成城を治める黄忠ちゃんの姿勢を、一八〇度変えてしまうような“何か”、よ」

「……その辺りから切り崩してみるか」

 柳也が眉間に深い縦皺を刻ませながら呟いた。

 目の前の楽成城を迂回して袁紹軍を追う、という選択肢は、連合軍にはない。迂回して進むには、楽成城の兵力五〇〇〇の行動半径はあまりに広い。迂回している間に、袁紹軍を取り逃してしまう公算が高すぎた。

「楽成城内に密偵を放とう。まずは、情報収集だ」

 

 

 それから半刻後、楽成城内に放った密偵からもたらされた情報は、ジョニー・公孫賛連合軍に衝撃を与えた。

 密偵の伝えるところによれば、黄忠将軍は大切な一人娘を人質に取られ、袁紹軍の言いなりになっているという。たかが娘一人と侮るなかれ。黄忠将軍とその愛娘は、楽成城の多くの民達から慕われており、その影響力は計り知れなかった。兵達は、誰一人逆らえない状況にあるという。

 袁紹軍の取った非情の策を知った連合軍の将達は、みな悲憤の声を上げた。鈴々や趙雲といった義侠心から従軍している者達はもとより、元黄巾族の程遠志らも怒りの凶相を浮かべている。

 永遠の時間を生き、大抵の非業や悲劇を目にしているはずのタキオスでさえ、渋面を作っていた。黄忠の娘は、まだ幼子だという。どうやらその辺りのことが、引っかかっているらしい。

「テム様命のタッキーちゃんだものね? やっぱり小さな女の子を苛めるような輩は許せない?」

「愚問だな、姉よ。幼女とは愛で、慈しむものだ。……薄汚い外道どもがッ。幼子を卑劣な姦計に利用しおって……」

「にゃにゃ! な、なんだか寒気がするのだ」

「はわわ、鈴々ちゃん、こっち来て。いまのタキオスさんに近付いちゃ駄目」

 いわゆる女の勘というやつだろうか、不意に悪寒を感じたらしい鈴々を見て、朱里は慌てて手招きをした。二メートルをゆうに上回る巨漢のタキオスを見上げる眼差しは、どこか冷然としていた。そういえば軍議の席で、やたら彼と視線が合うな、と思ったことがあったが。

 狭い天幕の中、タキオスとの間合を測りつつ、朱里は次いで柳也に視線を向けた。ご主人様もきっと、袁紹軍の卑劣な策を知り、憤怒の表情を浮かべているに違いない。そんな確信を、胸に抱いて。

 はたして、振り返った朱里は、思わず絶句した。恐怖から、思わず息を飲んだ。

 そこには、一匹の修羅がいた。

 桜坂柳也という男の姿をした、怒れる鬼がいた。

 憤怒の形相どころではない。全身をこれ怒りの炎と化し、荒ぶる魔神そのものの剣気を身に纏い、桜坂柳也は上座に座っていた。大振りの双眸には憤怒を通り越した冷徹な殺意の色が浮かび、噛み締めた下唇からは、赤い筋が幾条にも滴っている。

「ご、ご主人様……?」

 朱里は震える声でその名を呼んだ。

 男の発する凄絶な憎悪の剣気に当てられたか、主君を呼ぶその表情には、恐怖の色が浮かんでいる。

 朱里の震えた声に反応し、他の面々も柳也の方を振りかえった。そうして柳也の尋常ならざる様子を知ったみなは、先刻の朱里と同様、揃って驚愕と恐怖から息を飲んだ。ただ一人、黒き刃のタキオスを除いては。

 タキオスはそれまで浮かべていた渋面を引っ込めると、一転、険と憂いとが同居した複雑な表情を柳也に向けた。低い声で呟く。

「……袁紹の奴め、虎の尾を踏んでいきやがった」

「どういう意味なの、タッキーちゃん?」

「この男は、幼少の折に事故で二親を一度に失っているのだ。この男は、親子の……家族の絆が断ち切れることの苦痛と恐怖をよく知っている。家族の絆の大切さと尊さを、よく知っている。ゆえにこの男は、理不尽な暴力を以って家族の絆を断ち切らんとする輩を、何よりも憎む。自身過去に経験した、絆を失う痛みを、誰かに強いろうとする者達を憎むのだ」

「……自分が両親を失ったのは事故だから仕方のないこと。けれど、袁紹軍の奴らは故意に家族の絆を断とうとしている。それが、リュウヤちゃんには許せないのねん」

「そういうことだ。そして、一度憎しみの火が点いたこの男は、誰にも止められん」

 朱里は反董卓連合が洛陽を攻めたときに生じた、柳也とタキオスの遭遇戦の様相を思い出した。あのときも、柳也は全身これ憎しみの炎と化していた。親友を奪われたことへの憎悪を載せた太刀筋は鋭く、その剣気は、真実天地を揺るがすかと思わせるほどだった。

 ここに、朱里は桜坂柳也という男の本質を見たような気がした。

 この男は、奪われることの痛みを知っている。失うことの辛さを知っている。知っているがゆえに、誰かが同じ痛みを味わうことを良しとしない。痛みを押し付けようとする者に対し、敵意を超えた憎悪を向ける。

「朱里……」

「は、はい」

「袁紹軍、潰すぞ」

 言葉短く、しかし怒気を孕んだ重い口調で、柳也は言った。

「作戦を考えてくれ。目的は楽成城の通過と、人質になっている黄忠将軍の娘御の救出だ。城内に潜り込む救出部隊の人選と、時間稼ぎの案を。それから……」

 一旦言葉を区切った柳也の顔に、微笑が浮かんだ。どこまでも冷たく、残忍な微笑みだった。

「袁紹軍の奴らにに、地獄を見せてやろう。追撃作戦の案をまとめてくれ」

 


セリア達の移動先も決まったし、いざ決戦、とはいかないな。
美姫 「まあね。まずは敵の偵察部隊の排除ね」
ここに来てオルファの一面を見たり、柳也と比較したりして悠人が悩み出しているな。
美姫 「大いに悩み成長してほしいものね」
柳也の方はその間に新たな作戦を立てたりとしていたが。
やはり気になるのはマクダネルだよな。
美姫 「ええ、一体何もでその目的は何なのかしらね」
中々に不気味な感じだな。ああ、続きが気になる。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



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