――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、黒、よっつの日、昼。

 

その少女を一目見た瞬間から、柳也の関心はすべて彼女にのみ注がれた。

外見から推察される年齢は自分と同じくらい。彫りの深い端整な顔立ちは、柳也達の世界のギリシア系民族のそれを連想させる。身長は一五〇センチほどで、異世界に住む同世代の娘達と比較しても小柄な部類に入るだろう。旅姿の裾から覗く健康的に日焼けした小麦色の肌が、たまらなく魅力的な娘だった。

だが、そうした容姿の美しさ以上に、柳也の心を釘付けにしたのは彼女の言動だった。

『本日早朝、リーザリオから二十四体のスピリットがエルスサーオに向けて出発しました』

『……詳しく聞かせてくれないか』

少女……リリィ・フェンネスは、自らをダグラス・スカイホークの私兵と名乗ると、無表情に言った。

目下最大の関心事であるリーザリオ第三軍の動きについて語る彼女に、柳也の心はもう釘付けになってしまった。

 

 

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another-

第一章「有限世界の妖精たち」

Episode21「バトル・オブ・ラキオス」

 

 

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、黒、よっつの日、昼。

 

午後二時。

急遽、午後の訓練と障害作りの作業を中止させた柳也は、防衛計画に携わる十人全員を一箇所に集めた。午後の訓練で人の出払った兵舎の食堂は緊急の小会議を開くのにうってつけの場所で、集まったみなに、柳也はまずリリィ・フェンネスを紹介した。勿論、ダグラスの私兵云々については伏せておいたが。

『…それじゃあリリィ、さっき俺に話してくれた事を、セッカ殿達にも伝えてくれ』

『はい』

リリィ・フェンネスはよく通る綺麗な声で返事をすると、居並ぶ面々を前にして、無表情のまま立ち上がる。感情を殺すことに慣れているのか、十一人もの視線を一身に浴びても、眉一つ動かさない。せっかくの美人顔だというのに、愛想笑い一つ浮かべないのが、柳也には残念でならなかった。

『ただ今、紹介されましたリリィ・フェンネスです。情報部の密偵として、半年前からリーザリオに潜伏していました』

リリィの話は自分の素性についての簡単な説明から始まった。リーザリオの第三軍基地で衛生兵として働いていた彼女は、今朝、二十四名からなるスピリットの二個大隊が国境線に向かって出発したのを目撃した。通常の哨戒・警備任務なら二個小隊で十分事足りる。その四倍もの戦力が一斉に基地を発ったことにただならぬものを感じた彼女は、急ぎ馬を走らせて隠密裏に国境線を突破、午前の訓練中に、エルスサーオに到着したという。

『二十四体のスピリットの内訳はどうなっていた?』

議長役を務めるセラス・セッカが発言した。リリィを含めた十二人の中では、騎士という称号を持つ彼が最も偉い。

『青が九体、赤が八体、そして緑が七体です。さすがにそのうちの何体が外人部隊かまでは判別できませんでした。…すみません』

『いや、さすがにそこまで詳細な情報は求めていない』

深々と頭を下げるリリィに、慌ててセラスが声をかける。責任感の強い性格らしい彼女への対応は、女性経験の少ないセラスだけに難しいように思われた。

『ほかに何か、戦闘の良し悪しに関わるような情報はないのか?』

リリィの謝罪には一瞥もくれず、テーブルに敷かれた白地図を睨んだままリックスが言った。普段は寡黙な彼も、いよいよ戦闘の前とあって僅かにだが口数が増えている。表情こそ平静を保っていたかが、内心は緊張しているのだろう。七人の兵の中では最先任にあたるギャレットだったが、彼自身、実戦の経験はなかった。

『あります』

自分の顔を見て話さぬギャレットの問いに、リリィは淡々と答えた。その場にいたニムントールやファーレーンが呆れるぐらい、無機質かつ機械的なやりとりだ。

『参加している外人部隊の正確な人数までは分かりませんでしたが、一点、気になった事があります。二十四体のスピリットの中に、オディール・グリーンスピリットの姿がありました』

『オディール・グリーンスピリット?』

兵士の一人が首を傾げた。他の面々も、同じような反応を示している。ただセラスと、柳也だけが深刻そうに表情を歪めていた。

『誰なの? そのオディールっていうのは?』

『リーザリオ第三軍に派遣されているダーツィの外人部隊で、ナンバー2を務めているスピリットだ』

ニムントールの質問に、柳也は簡潔に答えた。

続けてセラスが、柳也の説明に欠けている細部を補う。

『ダーツィ大公国の戦技大会で常に五位以内の成績を収めている実力者だ。わが国では、第一位のアイリス・ブルースピリットや、第二位のセーラ・レッドスピリットのほうばかりが注目されがちだが、あの成績は所詮、個人戦の結果に過ぎん。実際に部隊の指揮を執らせれば、アイリスやセーラよりもオディールのほうが上手いといわれている』

『ニムやファーレーン達が知らないのも無理もない。戦技大会の成績だけで判断するなら、オディールは成績上位者には違いないが、あまりぱっとしない存在でもある。あくまで現場レベルの有名人だ』

事実、柳也もオディール・グリーンスピリットの存在についてはエルスサーオに赴任してから初めて知った事だった。孫子の『兵法』謀攻篇の、「彼を知り己を知れば、百戦して危うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ずや危うし」という教えに習い、彼はエルスサーオでの任務に就くようになってから、リーザリオの第三軍に関する資料を出来る限り読み漁った。そしてその時、オディールの名前を知ったのである。

山本五十六や石原莞爾といった広く人口に膾炙された軍人と違い、現場レベルでのみ有名な軍人というのはその道の知識人でもしばしば知らないことが多い。第二次世界大戦のアメリカの軍人で有名なジョージ・パットンは、アメリカ人ならばほとんどの人が知っているが、その部下のクレイトン・エイブラムスの功績については同じアメリカ人でも知らない人間のほうが多い。エイブラムスは後にアメリカ軍の主力戦車の名前にもなったほどだ。硫黄島に散った中根兼次中佐などは“歩兵戦闘の神様”という異名まであったが、それでも“作戦の神様”こと辻政信中佐に比べると知名度はぐっと劣る(もっとも、辻政信中佐の場合は悪名ゆえの知名度の高さだが)。

『戦技大会の華々しい成績の印象が強すぎるせいか、みんなダーツィのスピリットで警戒しているのはアイリス・ブルースピリットくらいのものだが、実際の戦闘でいちばん脅威となるのはおそらくこのオディールだ。小部隊の指揮官としても、また戦士としても、第一級の実力者であると考えていい』

柳也が苦々しい表情で言った。急ごしらえの会議室に、重苦しい雰囲気が漂う。

これまでまったくノーマークだった実力者の突然の出現に、誰もが暗澹たる気持ちを抱えていた。

その中でもいちばん暗い気持ちを抱えていたのは、実際にその第一級の実力者と戦場で戦わねばならない柳也だった。予想していたこととはいえ、実際に二個大隊という敵戦力の規模を考えると陰鬱な気持ちになってくる。しかもこちらの手勢は、実戦経験のない訓練兵が二人である。戦闘に向けての不安は、否応なしに高まっていく。

とはいえ、徒にみなの士気を低下させないためにも、仲間達の前で暗い表情を浮かべるわけにはいかなかった。

それに戦いに対する不安はたしかにあったが、また同時に、迫る刻々と迫る戦闘の時に向けて、彼は自身の感情が自然と昂ぶっていくのを感じていた。

『……さあて、不安材料を探すのは、ここまでにしようや』

柳也の唇が酷薄に釣り上がった。白地図を見つめる双眸に、凶悪な輝きがぎらついている。目を合わせた兵士の一人が、思わず顔を背けるほど、戦いに向けて柳也の表情は凄絶なものとなっていた。

『迎撃のためにも、こちらの状況を把握しておこうか。リックス殿、落とし穴陣地のほうはどうなっている?』

柳也に名前を呼ばれ、リックスは一瞬、不快そうに表情を歪める。

しかし『これも任務だ』と、妖精差別主義者の自分を自制すると、作業の進捗について淡々と告げた。

『……落とし穴だけならば、すでに所定の数は掘り終えている。その他のトラップについては、残念ながら、作業の進行状況は六割といったところだ』

『上出来だ。落とし穴陣地だけでも、かなりの時間を稼ぐことができるはず。…リリィ、二十四名のスピリットがリーザリオを発ったのは今朝って言ったな?』

『はい』

『すると攻めてくるのは今夜か、明日以降になるな』

『なぜ、そんな事がわかるんです?』

確信をもって敵の行動を予測する柳也に、ファーレーンが当然の疑問を口にした。

柳也は白地図にペンを走らせながら、柳也は丁寧に説明する。

『いいか? リーザリオから出発した部隊がエルスサーオに攻め込むまでに歩かねばならない距離は、街道を通って約八十キロ。これは普通の人間の歩兵なら、十六時間歩いてやっとこさ消化できる距離だ。それも休憩の勘定を抜いて、十六時間の計算になる。あとは単純な算数の問題だ。今朝出発して、十六時間後じゃ、到着はどうやっても深夜以降になる』

『ですが、相手はスピリットです。スピリットの進軍速度なら十六時間もかからないのでは?』

『たしかに、スピリットと人間とでは、足の速さは比べるまでもないな。けど、今回の場合、敵が存分にハイロゥの力を使えるのは、リーザリオを出て六十キロの辺りまでだ。それ以降はラキオスの国境線を越えることになり、やっこさんにとっては敵国領内での行軍になる。そんな状況で神剣の力を使えば、一発で存在がばれてしまう。

それに今回の八十キロの道程では、途中に国境線の越境という課題がある。二十四名からなるスピリットの二個大隊が、誰にも発見されることなく越境しようと思ったら、夜陰に乗じて、気配を殺して潜入するしかない』

『天候次第では夜陰に乗じる必要すらない。今日は幸いにも晴天だから、サムライの言う通り、やはり襲撃は今夜以降ということになる』

『この際だ。もう一度、方針を徹底しておこうか』

柳也は全員の顔を見回した。リックスだけが、相変わらず白地図を睨んだままだったが、それでも耳はしっかりと集中していた。

リリィは会議の中心にあるのがいつの間にかセラスから柳也に変わっていることに気が付いた。

『本作戦の戦略目的はリクディウス山脈に向かった首都直轄軍の援護であり、侵攻が予想される敵の殲滅ではない。戦術目標はエルスサーオの後ろに絶対に敵を通さないこと。無理に敵を倒すことではない』

柳也はニムントールとファーレーンを見た。実際に戦闘となれば、直接の戦力となるのは自分を含めてこの三人しかいない。

『戦闘の基本方針は積極的な迎撃を心がけること。それから、無理に大軍を相手にしようとせず、罠で行軍に乱れが生じた敵から各個撃破していくこと。あとは、決して独断で行動することなく、常に三人での部隊連携が可能な距離にあること、ぐらいか』

柳也は曖昧に締めくくったが、彼の言った三点は大軍を相手にした防衛戦では欠くことのできない重要項目である。

攻城戦などの一部の例外を除いて、一般的に戦いの流れというものは防御側よりも攻撃側のほうが握りやすい。攻撃側のほうが戦闘の主導性を掌握できるからだ。防御側がこの主導性を獲得しようと思ったなら、防御側も攻撃側に立てる積極的迎撃に出るのがいちばんである。

また、大軍を相手に寡兵で真正面から突っ込んでいっては、戦闘の勝敗は実際に刃を交わす以前に決まったも同然だ。圧倒的な数の暴力に対しては、いかな精鋭、知将も、その実力を思う存分発揮できぬまま倒される。圧倒的な物量を持つアメリカ軍に真っ向から挑んでいった日本は、最終的に敗北した。しかしその圧倒的な物量を持つアメリカ軍と正面から戦わずに、ゲリラ戦で各個撃破を狙った北ベトナム軍は最終的に勝った。数の暴力を誇る敵に対し、その数の優位性を破壊し、各個撃破するのは戦闘の鉄則の一つだ。

部隊内の連携を重視したことについては、改めて詳しく述べるまでもないだろう。寡兵の上、実戦経験の少ない三人からなるチームでは、部隊一丸となって挑まねば大軍には勝てない。

『…今日から防衛態勢のレベルを一つ繰り上げよう。俺を含めたスピリット隊は、いつ敵の襲撃があっても迅速に迎撃態勢に入れるよう、常に基地内にいることを義務づける。訓練の内容も軽めのものに変える。本番の戦闘前に、訓練で疲れきって戦うどころじゃない、っていう事態は、絶対に避けないとな』

『我々人間の兵はこれまで通り障害の設置作業に従事する。ただし、全員に弓矢の携行を義務付ける。矢の携行本数は一人二五本。サムライの言ったクーレーシーの会戦同様に、遠距離からスピリットを狙い撃つ。スピリットに対して、我々の射る矢がどの程度有効なのかは正直なところ分からん。だが、そうかと言って何もしないわけにもいかん』

柳也とセラスが顔を見合わせて、頷き合った。今度の戦闘では、人間の兵とスピリットとの連携が勝利の鍵となることを、二人は共通の認識として抱いていた。

座にしばし沈黙が訪れた。

その場にいる兵士達の全員が、異世界からやってきた少年と、誇り高き騎士の言葉を胸の内で反芻していた。自分達の行動如何によって、軍上層部が進める特殊作戦の成否が決定するかと思うと、自然と緊張した面持ちになってしまう。

ゴホン、と、不意に柳也が咳払いをした。沈黙に耐えかねた、というよりは、あらかじめ計算付くでこのタイミングを見計らっていたようだった。

柳也の口から、緊張とは縁遠い明るい声音が漏れる。

『…さて、敵の侵攻がほぼ確実となった以上、作戦のコードを決めたいと思う』

リックスが顔を上げた。リリィを含む他のみなも、怪訝そうな表情で柳也のことを見る。ただひとり、セラス・セッカだけが、『またか……』というような目線を彼に送っていた。

『……何か良い案があるのか?』

『ああ』

セラスが呆れた溜め息をつき、ミリタリー・オタクの少年は嬉しそうに笑った。実は柳也には、敵の侵攻が確実なものとなった際に備えて、温めていた案があった。

『“BOL作戦”…っていうのはどうだろう?』

柳也は指を一本立てると自身ありげに言い放った。

『びぃおえる? どういう意味だ?』

どうせこの男のこと、作戦の名前にはなにかしらの意味があるに違いないと、セラスが問う。

Battle of Lakiosの略だ。BOLはその頭文字。昔、俺達の世界でBattle of Britain って、名付けられた戦いがあった。直訳すると、イギリスの戦い、って意味だ。イギリスっていうのは俺達の世界にある国の名前で、Battle of Lakiosの場合は、ラキオスの戦い、という意味になる。今回の俺達と同じで、イギリスが侵略者から自国を守るための防衛戦だった』

『その戦いの結果は?』

『勿論、イギリスの大勝利だ』

柳也はニヤリと笑った。なるほど、彼は古の勝利者達にあやかろうとして、この名前を作戦コードとしたわけだ。柳也なりの、願掛けのつもりなのかもしれない。

『……いいだろう』

軽く溜め息をついた後、セラス・セッカは吐き出すように呟いた。

『それでいこう』

作戦コードの有無について異世界からやってきた少年ほどこだわりのない彼に、異論はなかった。

 

――同日、夕方。

 

バーンライト王国は敵対国ラキオスと主に二つの地域で国境線を共有している。首都サモドアが西に抱えるサモドア山道を抜けたエリアと、リーザリオから北に四十キロ進み、そこからさらに西へ二十キロほど進んだエリアの二箇所だ。このうち小規模な縄張り争いが絶えないのはリーザリオ方面の地域で、他方、サモドア方面は、山道に通じる門をバーンライト側が閉ざしているため、基本的に相互の通行は不可能となっていた。

そもそも、バーンライト王国・ラキオス王国間の国境線が現在の形になったのは、聖ヨト暦三〇〇年にまで遡る。

聖ヨト暦二五九年に聖ヨト王国が分裂して以来、バーンライト・ラキオスは互いの領土を巡って大小様々な戦争を経験してきた。その中でも最後に経験した大きな戦争が、聖ヨト暦二九九年から三〇〇年にかけて一年に半に及んだ“鉄の山戦争”だった。

幾度かの戦争を経て、バーンライトが想像以上に手ごわい敵と認識したラキオスは、まず同国の経済力と継戦能力を奪おうと、バーンライトの生命線たるリモドア山脈を狙って東進を開始した。リモドア山脈には王国産業の命綱たる鉱山が多くあり、ここを占拠されると、バーンライトの経済力は一気に低下してしまう。王国は必死にこれと戦い、多数の犠牲を被りながら撃退することに成功した。

この戦争で大活躍したのが当時三十二歳の若き猛将トティラ・ゴートだった。彼の異名、“岩の男スア・トティラ”も、この時の戦争で定着した名だった。この戦争の後、トティラは三十二歳にして異例の大抜擢を受け、第三軍の司令官に任命される。

トティラ・ゴート将軍は第三軍を率いてラキオスの領土奥深くまで進んだが、おりしも両国政府の間で終戦協定が結ばれ、鉄の山戦争は終わった。

この時の終戦協定で定められたのが、現在の国境線の形状である。

国境線の決め方というのは色々な方法があるが、ラキオスとバーンライトの場合は、幾度かの戦いの末に決めたという点で、現代世界の朝鮮半島に似ている。北緯三八度線という分界線がそれだ。これは厳密にいえば停戦ラインであり、国境線とは違うものだが、日本人の多くは国境線と見なしている。すでに多くの人が忘れ去っていることだが、朝鮮戦争は終わったわけではない。休戦協定がそのまま続いている、戦時下なのである。

朝鮮半島では三八度線という目に見えない線を挟んで南北に二キロずつDMZdemilitarized zone非武装地帯)があるが、北朝鮮側はびっしりと地雷が埋められ、地雷原となっている。

韓国に逃げたい一心の脱北者は、その地雷原を越えてやってくる。しかし、これは地雷の位置を知っている兵士だからできることで、一般人ではそうはゆかない。

ちなみに現在もっともポピュラーな亡命ルートは、鴨緑江か豆満江を渡って中国に逃走する経路だ。これは見張りの北朝鮮兵士に賄賂を渡せば可能だといわれている。吉林省には朝鮮民族も多くいるから、その中にも隠れられる。そのうち南に下って、韓国あるいは他の外国に渡るチャンスを待つ。

瀋陽の日本領事館に逃げ込むという手段もあるが、これはあまり勧められたものではない。失敗した実例があるからだ。この時の領事館員の対応は鈍く、中国官憲が敷地内に入り、彼らを逮捕するのを許して、世界の笑いものになってしまった。

閑話休題。

ファンタズマゴリアの場合はそもそもDMZのような区画自体が存在しない。国際法の未熟な世界のこと、終戦協定の中に、DMZに関するくだりがなかったためだ。

そのため両国の国境線監視所は日々多忙を極めていた。

DMZが存在しないということは、その気になればいつでも大兵力を国境線のすぐ側に配置できるということだ。スピリットの足は速い。ほんの五分、指定地域から目を逸らしていただけで、いつの間にかその地域に一個軍がいる、ということも珍しくない。いざ開戦となった暁には、それらの大兵力が真っ先に監視所を襲ってくるだろうから、職員も必死になる。なんといっても、自分の命がかかっている。

バーンライト王国軍側の監視所には三交代制で見張りを務める兵士のほか、警備・哨戒任務に就くスピリットが最低一個小隊、常駐することになっている。

監視所の隣に併設されたスピリットの詰め所は、有事の際には越境作戦の橋頭堡となりうるよう、かなり大規模な施設が建設されていた。といっても、その実体はバラック小屋のようなものだ。これは、国境線の付近に立派な詰め所を建てて、いたずらに向こうの監視所を挑発しないための配慮である。

バラック小屋には三十名以上のスピリットが寝泊りできるだけの部屋数があったが、普段はわずか三名のスピリットしか使っていない。

しかしこの日、監視所のスピリット詰め所は、いつにない活気と賑わいに包まれていた。

リーザリオの第三軍から、スピリットの一個小隊どころか、二個大隊になんなんとする兵力が送られてきたのだ。

アイリスとオディール、そしてトティラ将軍が来るべきその日に備えて編成した特殊作戦部隊は二十四名二個大隊から構成される。その陣容は青スピリットが九名、赤八名、緑七名というもので、このうち八名が外人部隊によって編成されている。つまり、各スピリット小隊に最低でも一名、経験豊富で実力も高い外人部隊を配備することが可能な人事となっている。

特殊作戦部隊二個大隊の詳細な陣容は、

 

第一大隊、大隊長オディール・グリーンスピリット。

第一大隊第一小隊……小隊長オディール・緑スピリット、他、青一名、緑一名。

第一大隊第二小隊……小隊長フィン・緑スピリット、他青一名、赤一名。

第一大隊第三小隊……小隊長アメリア・青スピリット、他青二名。

第一大隊第四小隊……小隊長モニカ・赤スピリット、他赤一名、緑一名。

 

第二大隊、大隊長エリカ・ブルースピリット。

第二大隊第五小隊……小隊長エリカ・青スピリット、他赤二名。

第二大隊第六小隊……小隊長リニア・緑スピリット、他青二名。

第二大隊第七小隊……小隊長アエラ・赤スピリット、他青一名、緑一名。

第二大隊第八小隊……小隊長ジャネット・赤スピリット、他赤一名、緑一名。

 

と、なっている。

このうちオディールについては特殊作戦部隊の指揮官も兼任するから、一人三役の重責を担うことになる。彼女一人で、戦闘から小隊の指揮、大隊の指揮、果ては部隊全員の統率まで行なうことになる。

特殊作戦部隊の編成で特に目を引くのは、やはり全体の三分の二以上を占める青と赤のスピリットだ。全体としての陣容は青九名、赤八名、緑七名で、バランスの取れた編成に思えるが、個々の小隊編成をみると、三名のうち二名以上が青、あるいは赤で構成された部隊が多いことに気付く。つまり、青スピリットの打撃力と、赤スピリットの神剣魔法といった、攻撃力を重視した部隊編成をしている。

特に第二大隊は十二名中の九名が青、赤のスピリットから構成されており、高い攻撃力が期待された。攻撃力が突出しているということは、先制の切り込み部隊としても、膠着状況を打破する切り札としても運用が可能ということだ。青スピリットの数が多いから、敵の神剣魔法にも十分に対抗できる。もっとも、青スピリットの消滅魔法はエルスサーオ突破する際には役立つだろうが、本命の龍を相手に通用するかは不明だったが。

 

 

特殊作戦部隊が国境線監視所に到着して三十分後、オディールはバラック小屋の一室に各部隊の小隊長を集めた。

有事の際には作戦会議室としても使える部屋で、粗雑な造りながら十分な広さと防音が施されている。テニスコートを半分に割ったほどの広さの部屋には机と椅子が機能的に配置され、壁には巨大なクリップボードがかけられていた。クリップボードには、リーザリオからエルスサーオ、そしてリクディウス山脈までの、簡単な白地図が貼られている。

部屋の中央に置かれたデスクには、これまた拡大された白地図が広げられていた。机の上には他に青と赤の箱のような模型がいくつか並んでいる。スピリットの小隊を示す模型だ。青がバーンライト、赤がラキオスの軍勢であることを示している。

デスクを囲むように並べられた椅子に七人の小隊長全員が着席したのを見届けると、オディールは早速ミーティングを始めた。すでに特殊作戦部隊の創設目的とその任務の内容については、小隊長以下二十四名全員に話してあるから、改めて述べる事は少ない。

『……というわけだから、私達はこれからリクディウス山脈の魔龍を討伐しなければならないの。そしてそのためには、部隊の被害を最小に抑えつつエルスサーオを突破しなければならない。ここまではいいわね?』

そう言ってオディールは居並ぶ面々の顔を見回した。指揮官らしく胸を張ったその両肩、そしてそこから伸びる細腕には、トティラ将軍から貸し与えられた重装な肩当てと篭手の姿があった。

『本腰の龍との戦いに備えて、最低でも一個大隊は戦力を残しておきたいの。でも、できることなら全員が無事に生きて龍のもとまで辿り着けるのがベストよ。だから、全員がなるべく生き残れるような作戦を、私なりに考えてみたの。ちょっと聞いてちょうだい』

椅子から立ち上がったオディールは、白地図上の青い箱をラキオスとバーンライトの国境線付近に八つ移動させた。八つの箱にはそれぞれスートからキトラまでの番号が記されており、これはそのまま特殊作戦部隊の各小隊番号に対応している。

『国境線の速やかな越境のために神剣の気配を殺すのは勿論だけど、目視での被発見率を低くするために越境は夜間、もしくは雨天の日に行ないます』

オディールは口調を改めると国境線付近の青箱をすべてエルスサーオ方面へと押し出した。

秘密裏の越境作戦はかつての特殊訓練部隊でも行われていたことだが、今回の場合は一度に移動する規模が違う。二十四名ものスピリットが隠密に越境するというのは前代未聞の作戦だったが、一ヶ月に及んだリモドア山脈での訓練を通じて、オディールはこのメンバーならば可能という確信を抱いていた。

オディールはその後も八つの箱をエルスサーオまであと十キロという辺りに進出させると、不意に手を止めた。

七人の優秀な勝負隊長の視線が、オディールに集中する。

『…ここまで。ここまではこちらも無傷で進出できるでしょうね。でも、問題はここからよ』

いかに巧妙に神剣の気配を消したところで、二十四名になるスピリットの一団が行動していれば、いずれは敵に発見されてしまうだろう。特殊訓練部隊が首都圏からラースへ向かったのとは状況が違うのだ。訓練部隊は長期にわたる敵地での潜伏で、土地鑑が養われていた。一方、作戦部隊がラキオス国内に足を運ぶのは、これが初めての経験だ。集団で行動していれば十中八九、敵に発見されてしまうだろう。

かといって、いたずらに部隊を散開させたところで、誰一人の犠牲もなくエルスサーオを抜けられるとは思えない。下手を打てば、各個撃破によって部隊全滅という可能性すらある。

兵力の逐次投入や分散は古来より兵法の最も戒める事の一つだ。その鉄則は異世界でも変わらない。最低でも二個小隊は、まとまって行動させるべきだろう。

『敵に見つかることなく接近できるのは十キロが限界。夜陰にまぎれたとしても、せいぜい五キロが限界よ。それ以上の接近は、いつ発見されてもおかしくないわ』

エルスサーオから二キロか、一キロか。

もし、一キロ以内まで接近できれば、そのまま強行突破を敢行することも不可能ではないだろう。

しかしその際には、こちらも多大な出血をしいられることは間違いない。今回の任務の場合、エルスサーオはあくまで通過点の一つに過ぎない。ここであまり血を流しすぎるわけにはいかない。

まったく、上層部も厄介な任務を与えてくれたものだ、と、オディールは思う。しかし、それだけにやりがいを感じているのもまた、事実だった。

『そこで今回の任務では発見されるということを前提に作戦を練ります。決して無血ではいられないでしょうけど、それでも、誰一人死なないための努力をしましょう』

オディールはそう宣言した後、もう一度、七人の信頼する小隊長の顔を見回して、微笑んだ。つられたように、座に笑顔がはじける。会議室の緊張した空気が、一瞬、和やかなものになった。

オディールはみんなの表情が緩んだのを確認してから、自分の練った作戦計画について詳細な説明をした。

こうした軍議の場では、しかめっ面をしているよりもにこやかな笑みを浮かべていたほうが、良いアイディアが浮かぶ。自分の意見を口にしてから、突っ込んだ意見を聞くつもりだった。

『私の作戦のポイントは、第一大隊と第二大隊に別々の役目を与えて、独立した運用をすることよ。第一大隊は本命の対魔龍戦用の決戦兵力とし、エルスサーオ戦では予備兵力として、これを保全します。エルスサーオ突破戦での主力は攻撃力の高い第二大隊で行い、第二大隊が開いた突破口に第一大隊が続きます』

座がにわかに色めきたった。

特に第二大隊の大隊長を務めるエリカは、主力として期待されて嬉しいやら、不安やらで、複雑な顔をしている。

オディールは続けた。

『第二大隊はさらに部隊を二つに分けて、一隊は正面から、一隊は迂回してエルスサーオを攻めてもらいます』

オディールは八つの箱を半分ずつのグループに分け、さらにミートからキトラまでの番号が書かれた箱を適当に二群に分けた。

そのうち一群をエルスサーオに向けて正面から進出させ、残る一群を迂回させながら、同じようにエルスサーオに差し向けた。

それまで複雑な表情をしていたエリカが、得心した様子でしきりに頷く。

『なるほど、正面からの部隊は敵の目を引き付けるための囮ね?』

『そうよ。正面からの攻撃で敵の目を引き付けている間に、別働隊が防御の薄いところを衝いて突破口を……』

『そしてその突破口から第一大隊が侵入する』

『第二大隊もよ。無事に突破口が開けたら、正面からの囮部隊は第一大隊で出来る限りの援護をするわ』

『突破口が開いたのを伝える方法は?』

『エーテル照明弾を打ち上げましょう。あれなら緊急時に武器としても使えるから』

エーテル火薬の技術を応用して開発された照明弾は単に夜間の戦闘展開を有利にするというだけでなく、武器としても用いることができる。それ自体に威力はないが敵に向かって飛ばせば牽制になるし、閃光直後の光ならば、距離によっては相手の視力を数十秒、奪うことができる。

『…でも、この作戦だと陽動部隊の負担が大きすぎやしないかしら?』

第三小隊小隊長のアメリアが言った。オディールと同じ外人部隊のスピリットで、白兵戦闘では無類の強さを誇る。

『この作戦の骨子は正面を攻撃する部隊……陽動部隊が、迂回部隊が突破口を開くまでの間、いかに持久できるかに懸かっていると思うけど、緑スピリットの絶対数が少ない第二大隊じゃ、難しいと思う』

『しかし、龍との戦闘に備えて緑スピリットはなるべく温存するべきだ』

第七小隊小隊長のアエラが反論した。強力な神剣魔法の遣い手で、敵の位置さえ正確に把握できていれば、彼女のファイアボールは一キロ先の目標にも届く。苛烈な性格のスピリットだった。

『第二大隊にはあたしを含めて赤スピリットが五人もいる。終始、遠距離攻撃に務めて、敵を接近させなければ、持久戦は十分に可能なはずだ。敵の神剣魔法は、青スピリットに任せればいい』

第二大隊に置いた赤スピリットは全員がフレイムシャワーを修得している。炎の飛礫を雨霰と降り注ぐ魔法で、小規模ながら面制圧を可能とする魔法だ。使用者によって効果は大きく異なるが、平均して半径二十メートル四方に攻撃できる。敵が密集した陣形を取っていれば、一網打尽だ。

囮部隊は敵の目を引くために派手な戦闘を仕掛けねばならない。フレイムシャワーは面制圧を可能とする魔法だから、見た目も派手だ。その意味でも、本作戦の陽動に適しているといえた。

オディールは第二大隊に所属する面々の顔を一瞥した。

反対意見を述べる者はなく、腕を組み、思案顔で白地図とにらめっこをしている。おそらく、いまや彼女達の頭の中では、すでに実際の戦闘に向けての戦術が構築されつつあるのだろう。第二大隊の面々は、心情的にはオディールの作戦に乗り気なようだ。

一方の第一大隊からも反対意見を述べる者は少ない。作戦発案者のオディールはもとより、積極的に反論をするのはアメリアくらいのものだった。

『…細部に修正が必要ですね』

第六小隊小隊長、リニア・緑スピリットがポツリと呟いた。バーンライト軍のスピリットで、神剣との同化が進んでいるため、滅多なことでは自分から意見を述べないが、こういう時の彼女の言葉は傾聴に値する価値がある。

オディールはリニアに訊ねた。

『変更というと?』

『アメリア小隊長のおっしゃる通り、持久戦に緑スピリットは不可欠です。囮部隊を二個ではなく三個小隊にして、残る一個小隊を迂回突破部隊にしてはいかがでしょう?』

『二個を一個にするの? 危険じゃないかしら?』

『トティラ将軍なら、危険の中にこそ勝利はある、なんて言いそうだけど』

エリカがくすくす笑いながら言った。

たしかに、あの猛将ならそう言いかねない。戦場では時に無謀ともいえる危険策を推すことも必要だ。

エリカの言葉を受けて、リニアは続ける。

『迂回突破隊が目指すのは防御の薄い部分です。突破隊に持久の必要はありませんから、特に攻撃力に長けた部隊を宛てて、短期戦で事を済ませれば…』

『囮部隊も二個よりは三個のほうが生存の確率が増す。第一大隊の援護を受けるまでもない』

アエラもリニアの案を強く推した。彼女自身は陽動部隊としてより多くの敵、強い敵と戦いたいようだ。根っからの戦い好きで、早く戦いたくてうずうずしているのだろう。

オディールは口を閉ざし、瞑目した。

頭の中で予め用意していた自分の作戦計画と、リニアの修正を加えた作戦計画を天秤にかける。どちらのほうがより被害を抑えられるか。また、どちらのほうがより有利に戦闘の主導を取れるか。様々な情報を下地に、より綿密な作戦を練り上げる。

オディールは瞼を上げた。決断までに要した時間は、一秒にも満たなかった。

『……他に作戦の案はない?』

沈黙。無言の答えが、オディールの作戦案、リニアの修正案を支持していた。

『リニアの案を採用して、正面の囮部隊を三個に増やしましょう。囮部隊の編成については、エリカに任せます』

オディールが言うと、アエラが真っ先に挙手をしてエリカに囮部隊への志願を申し出た。続いて第八小隊のジャネットが志願を告げ、エリカの命令を受けてリニアも囮部隊への編入を承諾する。迂回部隊には、大隊長のエリカが小隊長を務める第五小隊が担当することに決まった。

囮部隊と迂回部隊の人事を決める一連の作業の様子を流し目に、オディールは猛将から借りた肩当てをそっと撫でた。

かつて“鉄の山戦争”でラキオスからの侵略軍を撃退し、勇名をはせた猛将スア・トティラ。次なる戦いでは、彼のように強い決断力が必要となるだろう。この場にいない猛将の力を借りるために、オディールは冷たい鉄にいつまでも指を触れさせていた。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、黒、いつつの日、朝。

 

リリィがリーザリオ第三軍の不穏な動きを知らせた翌日。

その日の天候は朝から雨で、障害作りの作業は中止。普段ならばこの時間帯は野外での訓練にいそしんでいる柳也達も、屋内での訓練に切り替えていた。

いざ有事の際にはちょっとした会戦が可能なほどの広さを抱えた野外訓練場と違い、屋内の訓練所ではどうしても各隊との距離が近くなってしまう。

いまやエルスサーオの第三軍では柳也がエトランジェということは公然の秘密になっているので、いつも以上に近く、そして数多い注目の眼差しに、柳也はやや辟易としながら、ファーレーン、ニムントールと刃を打ち合っていた。

やがて午前の訓練が始まって一時間半が過ぎ、柳也達の訓練が一段落したところで、訓練所にセラス・セッカが姿を現した。

セラスは雨に濡れて重い服の裾を引きずっていた。傘を持っているのに、顔が濡れている。どうやら相当な豪雨に降られたらしい。

柳也は気休めにしかならないだろう、と思いながらも、タオルを手渡した。

『いやはや、酷い目に遭った』

受け取ったタオルで顔を拭い、セラスが呟いた。

顔から首、そして髪を拭うと、まさに水も滴る美丈夫が柳也に礼を告げる。

『すまんな』

『いや…それより、そんなに降っているのか?』

換気のために設けられた小さな窓を顎でしゃくりながら、柳也が問う。

セラスは眉をハの字にして頷いた。

『うむ。普段はぱらぱらとした小雨なのだが、時折、激しく降ることがある。特に激しい時などは、石畳の上は洪水だ。ウラヌスの世話をしに馬小屋に行った時はこの傘でも十分だったが、帰りにこちらに立ち寄って、この有様よ』

服の裾を絞りながらセラスが苦笑する。固く絞った服からは多量の水が滴り落ち、石畳の床を濡らした。

その様子を見ていた柳也は、不意に、ポツリ、と、セラス達には聞き逃せない呟きを漏らした。

『……今日あたり、攻めて来るかもな』

『なに?』

セラスが思わず柳也の顔を凝視する。ファーレーンとニムントールも、思いも寄らなかった柳也の言葉に、視線が釘付けとなった。

『そ、そんなに見てくれるなや…照れるじゃないか』

柳也はおどけた口調で言ったが、すぐに表情を引き締めた。

『こういう雨の日での戦闘は、誰もあまりやりたがらない。ポンチョを着用していたとしても、どうやったところで全身濡れ鼠の状態になってしまうからな。けど、それは逆に考えれば、敵もまた雨の日の戦闘は嫌だってことだ。その、嫌だ、って気持ちが、付け入る隙だ。必然的に防備も手薄になっている可能性が高い。つまり、攻撃を仕掛けるとしたら、こういう豪雨の時なんかは最適の日ってことだ』

通常、悪天候は作戦行動全般の邪魔をするものだが、逆にその悪天候を利用して戦闘を有利に展開し、勝利を得た戦例は少なくない。

『これは俺の世界での戦例なんだが…』と、いつものように前置きしてから、柳也は語り始めた。

その代表的な戦例の一つが、一七九三年十二月七日にある。あの有名なナポレオン・ボナパルトが、少佐から少将へ、異例の三階級昇進を果たすきっかけとなった出来事だ。

当時のフランスは国内外に二つの大きな問題を抱えていた。ベルギー侵入に端を発する第一回対仏大同盟と、フランス革命を望まない王党派の指揮する農民反乱である。

当時、コートダジュール地方の港町……トゥーロンは、王党派を支援するイギリス・スペイン海軍によって支配されていた。フランスは反革命勢力を駆逐し、トゥーロンを奪回するために若きナポレオン砲兵少佐を始め、軍を送り込んだ。

このトゥーロンを巡る戦闘の中で、ナポレオンはトゥーロン港を見下す小ジブラルタルと呼ばれる要衝を、夜になって独断で攻撃した。折からの悪天候を衝いた完全な奇襲で、小ジブラルタルを守護していたスペイン軍の油断もあり、ナポレオンはこの地の占拠に成功した。この結果、小ジブラルタルはフランス軍の砲兵陣地としての利用が可能となり、フランス軍は以後の戦闘を有利に展開できるようになった。そして、ついには外国勢力の駆逐に成功したのである。

ナポレオン関連でいえば、もう一つ、悪天候を利用した戦例がある。一八一三年のドレスデン会戦で、この時、ナポレオン軍の元帥ジョアシム・ミュラは、大雨を衝いて騎兵隊を突入させ、オーストリア軍を殲滅している。これは雨でオーストリア軍側のマスケット小銃が使用できず、その機に突撃を敢行したわけだ。

『…それから、悪天候下での作戦実行の成功例でいうと、ノルマンディー上陸作戦なんかが有名だな。ノルマンディーっていうのは、さっきもナポレオンの戦例で話したフランスの地名で、ここは一九四四年当時、ドイツっていう国の統治下にあった。…というより、フランスそのものがドイツによって支配されていた。ノルマンディー上陸作戦は、フランス奪回を目指す一大反抗作戦であり、またドイツ打倒の足がかりを築くための作戦だった。俗に“史上最大の作戦”って、呼ばれている』

『史上最大の作戦?』

『上陸作戦としては、過去、前例のない最大規模の作戦だったからそう呼ばれている。あと、この作戦を取り扱った“映画”……っていっても、わからないか。まぁ、演劇みたいなのがあって、それがバカみたいにヒットしたから、そう呼ばれている』

これは無論一九六二年に製作された『史上最大の作戦』を指している。コーネリアス・ライアンのベストセラーを原作にした映画で、同年の日本公開外国映画の興行収入ランキング第一位を記録している。監督はケン・アナキン、ベルンハルト・ヴィッキー、アンドリュー・マートンの三名。音楽はモーリス・ジャール。本作に主役らしき人物はいないが、主演は一応、アメリカの英雄ジョン・ウェインということになっている。原題は『The Longest Day 』。

『最終的な上陸兵力約三〇〇万。投入された艦船約六〇〇〇隻。航空機は一万四〇〇〇機が動員され、D-day初日だけで投下された爆弾は約一万三千トンにも及ぶ。車輌兵器の数も凄い。作戦開始直前時点で用意された車輌兵器は五万数千両。D-day初日で戦車・装軌式車輌は五〇〇〜六五〇輌、トラック・装輪式車両は二五〇〇〜三〇〇〇輌が陸揚げされた。想像できるか? 一国の総人口が最大で約一四万人という世界に生きる、セッカ殿達に、三〇〇万もの人間がひしめく光景が』

ノルマンディー上陸作戦は、まさしく連合軍がかき集められる限りの戦力を投入した一大作戦だった。この戦闘を再現するために、映画『史上最大の作戦』では、空砲五六万発、爆薬十五トン、爆薬用プラスチック十万トン、木材一万四〇〇〇立方フィート、ガソリン十万ガロン、ペンキ三六〇〇ガロン、航空機二五〇〇機、地雷四万発、車両八四五〇両、船舶三万二四八八隻、沿岸砲一二五基、パラシュート三〇〇〇個という、大物量を消費した。まさに当時、史上最大の映画であった。もっとも、さすがのミリタリー・オタクの少年も、映画のほうの史上最大の程は知らなかったが。

ノルマンディー上陸作戦……連合軍側の作戦コードで、オペレーション・オーバーロードと呼ばれていたこの作戦が決行されたのは一九四四年六月六日のことだった。この日付は上陸作戦を行なう上で有利とされる戦術条件、すなわち満ち潮となる日が選ばれた結果で、候補としては他に六月五日、七日があった。しかし七日の満ち潮は作戦を決行する上でそれほど良いとはいえず、同年の五月五日に、運命のD-dayは六月五日と仮定された。

しかし、折からの悪天候によって五日の作戦決行は不可能とされ、一時的に天候回復が期待される六日朝も、その後はまた悪天候になることは確実視されていた。気象班は、上陸はできても後続の補給は困難になるかもしれないという。かといって六日を逃がすと、次の満ち潮は七月十九日になってしまう。しかもその日になれば確実に天候に恵まれるという保証は、誰にもできない。そしてまた、二度の作戦中止によって緊張の糸が切れた三〇〇万の将兵が、七月十九日のその日までに士気を回復させられるとも、限らないのだ。

その結論にいたった連合軍最高司令官ドワイト・アイゼンハワー大将は、「作戦が失敗した場合の、すべて責任は私にある」との名言を世に遺し、暴風雨の中での上陸作戦の実行を決断した。

『ドイツ軍の陣営は荒天が続いていたことから上陸作戦はないものと判断し、高級将校の多くが休暇を取っていた。そのため連合軍が上陸を開始した際、防衛態勢を迅速に整えることができなかった。その結果、緒戦において各地で惨敗が続いた。上陸作戦は最初の二十四時間で勝敗が決まる。最初の二十四時間を守りきることができなかったドイツ軍はやがてフランスを奪回され、ついには戦争に負けた』

『なるほど。どいつ軍は、まさか暴風の最中に敵が攻めてくるとは予想もしていなかった、というわけか』

『そういうこと。もっとも、ドイツ軍が負けた原因は、当然、他にもあるが。…その一つ一つにまで言及すると、それだけで一冊本ができてしまうから、そこまで話すのはやめておこう』

『そうか。……ところでリュウヤ』

セラスが改まった口調で言った。

『先ほど、お前が口にした“こーくーき”と、“せんしゃ”、というのはいったいどのような代物なのだ? 察するところ、戦争の道具なのは間違いないようだが…』

異世界出身の騎士が当然の疑問を口にする。見回すと、ファーレーンとニムも首を傾げていた。

柳也は、そういえば言っていなかったな、と、取り繕うように苦笑した。

『あ〜…申し訳ない。つい、作戦の概要ばかりで、細々とした部分を説明し忘れていたな』

そう口にしてから、一度、言葉遊びをやめる。異世界出身のセラス達にどう説明すれば最も分かり易いか、話の筋道を立てながら、口を開く。

『……まず、航空機っていうのは、簡単にいえば空飛ぶ乗り物のことだ。スピリットのいない俺達の世界では、人間が鳥のように空を飛ぶためには、そのための装置を作る必要があった。人間は空を飛ぶために色々な道具を作ったが、最終的に最も一般化したのが、空を飛ぶ機械に人が乗り込むという方法だった。そういう、人が乗り込んで、空に浮かんで、飛行する機械の総称を、俺達の世界では航空機って、呼ぶようになったんだ。

そうした航空機の中でも、最もポピュラーなものが飛行機と呼ばれる機械だ。これも、最初は鳥のように空を飛びたい、っていう人類普遍の夢から生まれたんだが、後に軍事転用されるようになった。空中から敵陣を“偵察”し、情報を得ることから始まり、やがて敵陣に物を落とすようになった。何の変哲もないレンガや釘でも、数百メートル、数千メートル上空から落とせば、当たった人間は大変なことになる。さらに、そうした飛行機による軍事行動を妨害するために、敵飛行機を撃墜するための武器を搭載した飛行機が生まれるようになった。そうした武器を搭載した飛行機のことを戦闘機と呼ぶんだが、この戦闘機から味方の偵察機なんかを守るためにまた戦闘機が開発され、ここに、戦闘機同士の戦闘が行なわれるようになった』

『なるほど。サムライ達の世界の戦争は、随分と複雑なものになっているのだな。地上の戦いのみならず、空の上の戦いまで考えねばならないとは…』

『ああ。俺達の世界の戦争は、複雑になりすぎた。だから陸の軍、海の軍、空の軍の、陸海空三軍制が、各国で導入されるようになった。それがまたそれぞれの軍との縄張り争いを引き起こして、またややこしい事になっているんだが』

すべての国家が陸続きで、一つの大陸の上に存在しているファンタズマゴリアには、海軍というものが存在しない。あるのは陸軍だけだ。陸海空の三軍制をよく理解できないセラスだったが、その縄張り争いが戦争を引き起こす原因にもなった、という話にまで及ぶと、呆れるしかない。国を守るための軍隊が、国を滅ぼしかけたのだから何のための軍隊かわからない。

『次に戦車だが、これは……』

と、言いかけて、柳也は口を閉ざした。戦車の説明は航空機以上に難しい。鳥のように空を飛びたい、という人類共通の夢から生まれた航空機と違い、戦車の場合は、第一次世界大戦の折、膠着した塹壕戦をなんとか打開せねば、という特殊な要求から誕生した。戦車について理解するためには、まずはこの特殊な要求について知らねばならないが、話す相手は落とし穴を掘るという単純な軍事技術すら忘れた異世界の住人である。何も知らない赤ん坊も同然の彼らでは、塹壕戦の概念すら理解できるか危うい。

――さて、どうしたものか…。

柳也は眉をハの字にして、沈黙する。

その時、柳也の心中を察したか、仮面のファーレーンが口を挟んだ。

『…なにも塹壕戦の説明から入る必要はないのではないでしょうか? 戦車の性能と運用目的を教えるだけなら、マジノ線の話でも良いのでは?』

『マジノ線の話だと、“なぜ、戦車なのか?”っていう疑問に答えられないだろう』

柳也は隣に立つファーレーンを振り返る。

『マジノ線の話だけじゃ、すでに騎兵戦力が廃れている、っていう説明がつかない。やっぱり、塹壕戦の話は必要だ』

『ですが、塹壕戦のお話は訓練中の限られた時間内に済ますのは難しいのでは?』

『そこが問題だよなぁ。戦車登場の背景を語らないと、戦車の話はできん。だが塹壕戦について説明するには、防御の要たるマシンガン、ひいては、俺の世界における火薬の発展史を概観しないといけない。どんなにコンパクトにまとめても、これだけで一時間はかかる』

『しかも、第一次世界大戦の後、戦車の姿形は大きく変わっていますしね』

『そうなんだよなあ…Mk.T戦車とW号戦車とじゃ、形状が違いすぎるし…ソ連のBT-7みたく、キャタピラはずしても走れるような戦車もある。スウェーデンのSタンクにいたっては旋回砲塔がない。突撃砲と一緒だ』

『あれはあれで可愛いと思いますけど…小さくて』

『…変わった趣味をしているな。まぁ、でも、小さくて可愛い…っていうのは、俺も同感だ。…そうそう、小さくて可愛いといえば、九七式中戦車チハもそうだな』

『健気ですよね。あんな小さな砲で、シャーマンに立ち向かったんですから』

『……あ〜、サムライ、ファーレーン?』

『ん?』

『? なんですか、セラスさま?』

不意にセラスに呼びかけられ、会話を中断し、同時に彼のほうを振り向く。見ると、セラスとニムが驚いた様子で、戸惑い気味の目線を送っていた。

ニムがおずおずと口を開く。

『え、ええと…お姉ちゃんは、その“せんしゃ”っていうのを知ってるの?』

『ええ。以前、リュウヤさまに教えてもらったの。それ以来、すっかりはまっちゃって』

ファーレーンが恥ずかしそうに頷いて、はにかむ。

いつぞやの夜、穴掘りの作業を手伝ってもらった時に、W号戦車の素晴らしさについて熱く語って以来、ファーレーンはしばしば異世界における最強陸戦兵器についての話を聞いてくることがあった。柳也もその求めに快く応じ、いまではファーレーンも二十〜三十の戦車について、熱く語ることができるほどに成長(退化とも言う)していた。

唖然とした様子の二人を視界の外に追いやり、柳也とファーレーンはその道の知識人でなければ理解の難しい、深い会話を続けていく。

『塹壕戦ははずせないとして、他に戦車の説明でわかりやすい例となると……』

『独ソ戦は必須ですよね。バルバロッサ作戦とか、スターリングラードとか』

『ハリコフ攻防戦もだな。第二次大戦中でいえば、ミハイル・ヴィットマンの活躍についてもふれておきたいところだが…』

『ですが、それでは純粋に戦車の話といえないのでは?』

『そうだな…この際、人間の要素は極力廃す方向でいこうか。…中東戦争と湾岸戦争はどうしようか?』

『中東戦争は伏せておいたほうがよろしいのではないでしょうか? 各種対戦車兵器の説明をしなくてはなりませんし。戦車の説明だけなら、第二次大戦中までの戦例で十分ではないでしょうか?』

『そうだな。湾岸戦争もやめておくか。あの戦争では航空機も結構な数の戦車を撃破しているし。……すると、あえて個別に解説が必要な機種は、イギリスMk.T戦車とフランスのルノーFT軽戦車、アメリカM4シャーマンとソ連T-34。…あとは、W号戦車くらいか』

『リュウヤさまは本当にW号戦車が好きですね』

『うん。知り合いの戦車好きにも、よく珍しいと言われるんだが、俺の中ではやはりW号戦車が一番だな。最強のティーガーほど強くもなく、知名度でもシャーマンやT-34に劣る。とはいえ、大戦の全期間にわたって、ドイツ陸軍を支えていたのはW号戦車であることに変わりはない。俺は、あのドイツの軍馬に惚れている』

『わたしはやっぱりSタンクですね。…大戦中だと、チハ?』

『いい趣味してるなぁ』

『……ねぇ、リュウ……』

『んう?』

不意にニムから名前を呼ばれ、振り返る柳也。

オタク談義に花を咲かせていただけに、その顔では僅かに名残惜しい気持ちが皺を作っている。

しかし、ニムの顔を見たその瞬間、柳也の、名残惜しいなどという気持ちは、一瞬にして吹き飛んでしまった。

『……に、ニム?』

ニムントールは笑っていた。

自分に対し、満面の笑顔を向けていた。

しかし笑みを浮かべる彼女の背後には、黒い……あの〈求め〉の邪悪な衝動よりもどす黒い、怒りマナの波動が、まるで湯煙のように揺らめいていた。

その両手には、槍というよりはクジラなどを捕らえるための、銛といった異形の〈曙光〉が構えられている。

〈曙光〉は、ニムの身体から放出される怒りのマナに、呼応するかのように、激しい放電現象を起こしていた。銛の先端から伸びた四枚の刃の上で、稲妻がのたうっている。

その光景を目にした瞬間、柳也の脳裏で、一条の閃光とともに鮮烈な記憶が蘇えった。

「――ハッ、デジャヴ……!」

『お姉ちゃんに何を教えているか―――――ッ!!』

視界を埋め尽くす紫電の閃光。

全身に走る激痛。

そして衝撃の後から耳朶を打つ、“シュバババババッ”という、雷鳴。

どうやらニムの一撃は音速を超えていたらしい。

薄れゆく意識の中、柳也は、(ああ…ニムの巫女さん姿が目に浮かぶ……ご飯四杯はいけるなぁ……)なんて、そんなことを思っていた。

 

 

「……また、君か」

柳也は誰に言うでもなくそう呟くと、浅い溜め息をついた。

最近、すっかりお馴染みになった感さえある夢の世界への来訪。

今宵も自分の頭の中に広がる幻想風景に足を運んだ柳也は、これまたお馴染みになった顔の見えない少女との再会を果たしていた。

「柳也様はわたしと会うのはお嫌いですか?」

柳也の呟きを耳にしたか、顔の見えない少女は寂しげに訊ねてくる。

柳也は「いいや」と、首を横に振った。

「むしろ、君と会えるこの時間を楽しみにしている自分がいる」

柳也がにっこり微笑むと、少女も嬉しそうな笑みを返した。そんな気がした。

しかしやがて、少女は口元から笑みを消すと、真面目な口調で彼に言う。

「疲れているようですね?」

「ん? ああ、まぁ、な…」

少女の指摘が正鵠を射ていただけに、柳也は曖昧に頷いた。

「色々とやるべき事と、考えるべき事が多すぎて、目が回りそうだよ」

すでにリーザリオを離れたという第三軍の動き。それに対する防衛計画。ギャレット・リックスとの摩擦。ヤンレー司令との冷えた関係。ダグラスの言葉。リクディウス山脈に向かっている仲間達。ラキオス王城で囚われの身となっている佳織。そして、瞬。

思えば、この世界に召還されたその日から、自分を取り囲む環境はガラリと変わった。両親が死んだ時もそうだったが、今回の変わりようはその比ではない。身体のあちこちから、不平不満が上がっていた。

「柳也様は働きすぎなんですよ。もう少しのんびりしたらいかがですか?」

「とは言ってもなあ…ここで俺が怠けると、龍を討ちに行っている悠人達に負担がかかる。せめて、今度の戦いが終わるまでは、気を張っていないと」

そう言って柳也は自分の二の腕や大腿をいたわるように揉んでやる。本格的な休息が望めない以上、いまの自分が自身の肉体にしてやれることといえば、疲労回復のマッサージをすることくらいだった。それすらも、夢の中では効果があるかどうかわからない。

その時、一陣の風が二人の間を吹き抜けた。

春一番を思わせる強風が柳也の前髪を揺らし、思わず彼は目を閉じる。

やがて強風がそよ風となり、鼻腔に甘い匂いを感じて、彼は目を開いた。

次の瞬間、彼の視界に映る光景は一変していた。

「ここは…?」

一面に咲き乱れる桃の花。見渡す果ては花霞にぼやけ、天地の分け目すら判然としない。息を呑むほどに美しい世界の光景に、柳也は続けるべき言葉を失って、その場に立ち尽くす。ただただ、その世界の美貌に見惚れていた。

気が付くと少女の姿が見当たらない。

柳也は辺りを見回し、彼女の姿を探して前へと踏み出す。身体は、羽のように軽かった。

不意に、トン…、と、前方から軽い力で押された。

不思議と抗いがたいその力に、柳也の身体は仰向けに倒れ込む。

しかし、予想していた衝撃はなく、彼の身体は柔らかな草木と土の匂いに受け止められた。最後に後頭部が触れた地面だけは、柔らかく、そして暖かい。

仰臥するその視線の先に映じるのは快晴の空ではなく、反対向きになった、少女の顔だった。真っ直ぐに降り注ぐ日差しのせいか、彼女の顔は相変わらずよく見えない。

「こんなところで申し訳ないですけど…少し、お休みになってください」

自分の膝の上を“こんなところ”と評し、少女はそっと柳也の額を撫で、髪をくすぐる。

「…いいのか? 俺、結構、重いぞ」

柳也の身長は一八二センチ。長身だが食料事情の明るい現代日本に生きる若者の中では、図抜けて背の高いほうではない。しかし日頃剣術で鍛えているせいか、体重は七五キロと重い。

「大丈夫ですよ。わたし、こう見えても丈夫ですから」

細い指先が額に触れ、少女ははにかんだ。

見つめていると、不思議と安心できるその微笑みに、柳也は「じゃあ、ちょっとだけ休ませてもらうか」と、目を閉じる。

鼻腔に触れる桃の香り、額を撫でるそよ風が、なんとも心地良い。急激な睡魔が、柳也の瞼を重くしていた。

重い瞼を開くことなく、柳也はそっと口を開く。

「……申し訳ない。ちょっとだけ…って言ったけど、本格的に眠っちまいそうだ」

「いいですよ。柳也様が満足いくまで、ゆっくりとお休みください…」

「ありがとう。……ははっ。夢の中で、さらに眠りに就くっていうのも、奇妙なものだな」

自然と苦笑が口元に浮かぶ。

柳也が最後の力を振り絞って目を開けると、そこには――――

「え……!?」

柳也の唇から、思わず驚愕の音が漏れる。

僅かに開けた隙間から、一瞬だけ、彼女の顔が見えたような気がしたのは、柳也の気のせいだったか。

すぐに太陽の光に隠されてしまった少女の素顔は、柳也にとって決して忘れられない女性と、瓜二つの相貌をしていた。

――母、さん……。

幼き日に刻んだ思い出の中で、いまも色褪せることなく鮮烈に蘇える、母の笑顔。

柳也は、まるで本当に亡き母の膝に頭を預けているような安心感に包まれながら、暗い世界に意識を沈めていった。

 

 

――同日、夕方。

 

冷たい風が鼻頭を撫でていった。

急速に覚醒する五感の感覚。石造りの廊下を吹き抜ける風の悲しげな声と、周囲の喧騒が、やけにうるさい。後頭部に、柔らかな温もりを感じた。

柳也はゆっくりと瞼を開けた。

最初に視界に映じたのは石の天井と、鈍い光沢を放つ鉄の仮面。仮面のファーレーンはいつもとは逆に、兜のほうを地面に向けて、こちらを見下ろしている。

『ファーレーン? なにゆえ、逆さ…?』

『リュウヤさま…よかった。気が付かれたんですね』

寝起きの耳に心地良い、透き通るような声が耳朶を打つ。

柳也はようやく自分が仰向けに倒れていることに気が付いた。どうやら気を失って、ファーレーンの膝枕で介抱されていたらしい。

首だけ動かして周囲を見回すと、申し訳なさそうに小さくなっているニム、心配そうにこちらを見ているセシリア、なぜかスピリット達の訓練指導をしているらしいセラスの姿が視界に映じる。

『みんなも…そうか。俺はニムの一撃を受けて……』

ニムの姿を見て、直前までの記憶を思い出した柳也は、上体を起こしながら身体の具合を確かめた。痺れるような鈍痛が脇腹を中心に残っているが問題ない。

ファーレーンがはずしてくれたのか、壁に立てかけられた父の形見の大小にも、目立った損傷はない。

柳也はぐるぐると肩と首を回しながら、口を開いた。

『ありがとうな、ファーレーン。ずっと膝枕してくれたみたいで…重かったろ?』

『いえ。それほど重いとは感じませんでした』

柳也の問いに、ファーレーンは首を横に振って答える。夢の中に出てきた少女同様、仮面によって素顔を隠したファーレーンだったが、柳也には鉄板の向こう側にある顔が微笑んでいるように思えた。

『セシリアも。心配かけちまったみたいで、申し訳なかった』

父の形見の大小を佩き、柳也はずっと側にいてくれたらしいセシリアに言った。

『お身体は大丈夫ですか?』

『ああ。この通り、問題ないよ』

セシリアを安心させるように、ややオーバーアクション気味にガッツポーズを取ってやる。するとそれまで心配そうに歪んでいた彼女の顔にも、ようやく安堵の笑みが浮かんだ。

向けられた笑みと気遣いを嬉しく思いつつ、柳也は訓練所の片隅で小さくなっているニムに近付く。

ニムントールは、柳也が近くまでやって来ると、口を開いたが、

『あの…その……』

と、言葉にならぬ声を出すばかりで、やがて無言のまま柳也を見上げるだけになる。しかし釣り目の瞳には、深い反省の色が浮かんでいた。

柳也はそんなニムに、にっこりと笑いかけた。

てっきり怒られるかと思っていたニムントールは、柳也の態度に目を丸くする。

柳也は自分に暴力を振るったニムを咎める気は毛頭なかった。ニムントールは反省している様子だったし、人前では素直に謝ることのできない彼女の性格を、彼はこの数日の間でよく知っていた。

とはいえ、軍隊という組織の性質上、上官に暴行をはたらいた彼女を何の罰もなしに許すわけにはいかない。周囲にも示しがつかない。

柳也の顔から、すぅっ、と笑みが消えた。

真顔になった柳也は、意識して重い声を唇から吐く。

『……ニム』

『…ッ!』

ドスの効いた柳也の声に、ニムントールが、ビクリッ、と肩を震わす。

自分達に対するそれとは一変した柳也の態度に、ファーレーンとセシリアも不安げに二人のことを背後から見つめていた。

『お前は上官に暴力をはたらいた。軍規は分かっているよな?』

『……はい』

悲しげに肩を落として、ニムは頷いた。

上官に不当な暴力を振るった者に対して軍法会議が待っているのは異世界の軍隊でも変わらない。しかし、ファンタズマゴリアではスピリットに対してのみ、軍法会議以前の私的制裁が適応される。私的制裁とはつまり、帝国陸軍でいうところのビンタ、海軍でいうところの鉄拳制裁だ。

『目を瞑って歯を食いしばれ!』

直心影流の二段剣士が、腹の底から振り絞った咆哮。

何事かと訓練中のスピリット達が振り返り、セラスも、そこでようやく柳也が目を覚ました事実を知る。

ニムントールは、言われた通り目を瞑り、身を硬くした。

柳也はそんな彼女の額に右手をのばすと、親指で軽く押さえつけていた中指を弾いた。デコピンだ。ビシリ、と、頭蓋を叩く鈍い音が鳴る。

『あいたっ!』

ニムントールが思わず額を押さえる。

デコピンとはいえ、日頃振棒の稽古で鍛えた柳也の手から放たれた一撃だ。中指で叩かれた部分は真っ赤になっていた。

『……よし。制裁終了』

額を押さえるニムに莞爾と笑いかけ、柳也は言った。

ニムが、痛みで潤む釣り目を上目遣いに、意外そうに問うてくる。

『……こんなのでいいの?』

『こんなのって……痛くなかったか?』

『そりゃ、痛い、痛くないでいえば、痛かったけど』

『なら、それでいい。大事な兵士を、不要な鉄拳制裁で潰す必要もあるまい。これにて制裁終了』

柳也はそう言うと、赤く腫れたニムの額にそっと指先を触れさせた。

先ほどのデコピンとは打って変わって、その白い肌をいつくしむかのような手つきに、ニムはくすぐったげに身をよじる。

『じっとしていろよ……オーラヒート・ヒール』

柳也は回復の神剣魔法を唱えた。

額に触れた彼の指先に、熱いオーラフォトンの奔流が生まれ、ニムントールの中へと吸い込まれていく。自身の闘志から生じたオーラフォトンの高エネルギーに触れて、ニムの自然治癒能力は飛躍的に高まったはずだ。緑スピリットの回復魔法には及ばぬものの、それなりの効果は期待できるはずだった。

簡単に事後処置を施した柳也は、目線を腕時計に落とす。

最後に意識を失った瞬間から、すでに六時間が経過していた。午後の訓練も、もうすぐ終わりそうな時分だ。

『……昼飯を食べ損ねたな』

柳也は悔しげに呟く。

大飯ぐらいの自分の身体は、昼の一食を抜いただけで早くも不満を訴えていた。腹の辺りから底深い空腹感を感じる。

『午後の訓練ももうすぐ終わりそうだし、今日は早めに食べておくか……』

『あ、あの…よろしければ私が作りましょうか?』

柳也の呟きを耳にしたセシリアがおずおずと口を開く。

セシリアの料理の腕前が、エスペリアに負けず劣らずなのはすでに自分の舌で実証済みだ。柳也の顔に、自然と笑みがはじけた。

『え? いいのか?』

『はい。リュウヤさまのために、頑張らせていただきます』

嬉しそうに聞き返すと、セシリアも笑みを返してくる。根っからの料理好きなのか、彼女は「まかせてください!」とばかりに、小さくガッツポーズを取った。

数日前に口にしたセシリアの料理の味を思い出した柳也は、いまから晩飯時を待ち遠しく思いながら、壁に立てかれた木刀の柄を強く握る。

彼は満面の笑顔とともにファーレーンとニムを振り返った。

『よおし! 美味い晩飯が待っているとわかれば訓練にもいっそうのやる気が出るというものだ。ファーレーン、ニム、同時にかかってこい!』

『……単純な性格』

ニムントールが釣り目も細くボソリと小さく呟いた。

それを耳にした柳也は、莞爾と笑って言う。

『単純、結構。小さな幸せを大きく感じられる奴が、本当の勝者なんだよ』

美味いご飯が食べられる。

温かい布団で寝ることが出来る。

柳也を含め、しらかば学園の生徒には両親がいない。柊園長という好人物と出会えたとはいえ、決して恵まれているとは言いがたい環境で育った子ども達が、生きる喜びを感じる時といえば、そうした日常の些細な幸せと遭遇した時だった。それは瞬などに言わせると、“幸せ”と呼ぶのもおこがましいような、ちっぽけな出来事にすぎないらしい。しかし、そんなちっぽけな出来事を、柳也達は幸せと呼び、素直に喜んだ。喜ぶことができた。

柳也はそんなささやかな幸せが大きな喜びに感じられることを誇りに思っていた。

柳也は嬉々とした様子で木刀を八双に構えた。

応じて、ファーレーンとニムントールも、それぞれ得意の居合いの体勢、腰を低く落とした中段の構えを取る。

居合は基本的に“後の先”の技である。

剣には、“先の先”、“後の先”、“後の後”の三つの打ち方がある。先の先とは機先を制し、敵が行動する前にこちから打つことをいう。乱世戦国の剣豪・宮本武蔵は“うつ”の“う”を打つ、という言い方をした。

後の先は、相手を先に動かしてから先を取るということだ。相手の攻撃を誘い、相手が動き出した後から打って勝つ。後の後は相手に一太刀打たせておいて、その後に打つことをいう。

柳也の取った八双の構えは、一般的に敵の攻撃を待つ後の先の構えと解釈されている。

後の先の八双の構えと、同じく後の先を基本とする居合の技が出会った時、決着はなかなかつきにくい。どちらも先に相手が仕掛けてくるのを待って、膠着状態になってしまうからだ。逆にいえばこの膠着状態に焦れて、根負けして先に仕掛けたほうが敗北する。

ニムントールの〈曙光〉の切っ先が、中段のまま上下に揺れた。明らかに柳也の攻撃を誘っている。

おそらくニムントールは挑発役に徹して柳也の攻撃を誘い、ファーレーンの居合で彼の隙を衝かせる腹積もりなのだろう。

しかし、いつまで経っても柳也は自分から動こうとしなかった。

すでに柳也の心は数時間後に待つ夕食の時間に飛んでいたが、その構えに微塵の隙も見受けられない。五体には並々ならぬ力が漲り、集中力は極限まで研ぎ澄まされているようだった。予期せずして得た睡眠の時間により、柳也は、ここ連日の重労働で溜め込んだ疲れをすっかり拭い落としていた。

誘いをかけるニムントールの表情に変化が訪れた。瞳が焦りに揺れている。額にも、薄っすらと汗が浮かんでいた。冷や汗か、脂汗か。〈曙光〉の切っ先も、誘いとは別の揺れを帯び始めた。

後の先に徹することは気力と体力両方の戦いだ。持久戦になりがちだから、どちらが欠けても成り立たない。

ニムントールと柳也の場合、気力は別として少なくとも体力では柳也の方が勝っていた。

徐々に消耗していくニムントールの様子に、来るべきその瞬間に備えて手の内を練るファーレーンの目にも動揺が浮かび始める。

それを見取った瞬間、柳也は自身の勝利を確信した。

――晩飯のおかずでも賭けるんだったな…。

【主よ】

その時、頭の中で何の前触れもなく〈決意〉の緊張した声が響いた。

不意に柳也の顔色が変わる。

頬の筋肉が硬直し、表情に険が差した。なぜか額に、異常な量の発汗がみられる。

異変に気付いたファーレーン、そしてニムントールは眉をひそめた。

八双に構えた木刀が、中段に、下段に、そして片手持ちに垂れ下がっていく。

『……ニム、ファーレーン。…それから、セッカ殿!』

静かな声音で二人を呼び、少し離れた場所でスピリット達の指導をしているセラスの名を出せる限りの大声で呼んだ。

いつになく緊張した柳也の声に尋常でない何かを感じ取ったか、セラスは何も言わずに駆け寄ってきた。

彼が側までやってきたのを確認し、柳也はセシリアに一瞥をくれてから、細い声を放った。

『……どうやら、来るべき時がきたようだ』

曖昧に表現されたその言葉に、ファーレーンらの表情に緊張が走る。柳也の告げた“来るべき時”……それはこの場にいる四人にとって、できることならば永遠に来てほしくはなかった時間だったからだ。

ただひとり、バトル・オブ・ラキオスについての事情を知らぬセシリアだけが要領を得ない様子で四人の顔を見回す。

額に多量の脂汗を浮かべる柳也を見た時、セシリアはようやくただ事ではない事態が発生しているのを察した。

柳也の頭脳はいま、エルスサーオより南東七キロのところに置いた小石の監視ブイ群から送られてくる情報の整理に努めていた。四日前の深夜に、結局、合計で三〇〇個設置した監視ブイのうち、二基から神剣の気配を探知したとの情報が送信されてきたのだ。数は九。進行方向は真っ直ぐエルスサーオを目指している。隠密行動を取っているためか、進行速度は時速一マイルも出ていない。せいぜい、一・三キロメートルといったところだろう。

部外者のセシリアを視界の外に、柳也は三人の志士に緊張した眼差しを向ける。

『…数は九。真っ直ぐこちらに向かってきている。速度は、時速約一・三キロメートル……って、ところか』

『なぜ、そのような事がわかる?』

重い響きを孕んだセラスの声。当然の疑問だが、今は説明している余裕はない。

『申し訳ないが説明は後にさせてくれ。…それから、セシリア』

『は、はい』

僅かに苦痛を伴った柳也の声に呼ばれて、セシリアがおっかなびっくり返事をする。

そんな彼女に、柳也は汗まみれの顔でにっこりと笑いかけた。

『心配してくれてありがとう。申し訳ないんだが、これから四人だけの話をしたいんだ。ちょっと、離れていてくれ』

柳也に言われて、セシリアは状況を理解した。八日前、突如としてエルスサーオにやって来たこのエトランジェは、特別任務と言ってファーレーンとニムントールに会いに来た。二人に自分の仕事を手伝ってほしいと言って。おそらくはその仕事をするべき時が、今、やって来たということなのだろう。

セシリアは急に疎外感を覚えた。自分はこの場にいるべきではないことを悟った彼女は、寂しそうに笑って小さく頷くと、四人に背を向けた。

『…晩飯、楽しみにしているぜ?』

彼女が完全に踵を返すその直前、柳也は言った。

後ろを向いた背中が、静かに返事をする。

『……はい』

嬉しげにセシリアが頷くと、柳也も嬉しそうに微笑んだ。

顔の見えない短いやりとりだったが、セシリアはまた急速に心が温かくなるのを感じた。

それはたったいま感じた寂寥を忘れ去るほどの、充実した感覚だった。

 

 

『…新しい情報だ。敵の編成は青三、赤三、緑三の計九』

セシリアが自分の隊の訓練に戻ったのを確認してから、柳也は口を開いた。

不審な神剣の気配を探知した監視ブイのレーダーのモードをレイド・アセスメント・モードに切り替えた結果、得られた情報だ。レイド・アセスメント・モードとは、簡単にいえば密集編隊に対して、その編隊の攻撃機数やその中の個別目標を捕捉するための航空機用レーダーの一モードである。

ミリタリー・オタクの柳也は、現代の軍用レーダーが多機能モードから構成されていることを知っている。そうした現代軍用レーダーを真似て作ったレーダー・ブイ群だから、各モードの機能はそれに準じていた。

『さっきも言った通り、速度は時速一・三キロメートルほどだ。発見を警戒してか、神剣の力を発動させずに、隠密で向かってきている。リリィの情報とは数が違うから、おそらく別働隊が他にいるものと考えられる』

『敵は真っ直ぐこちらに向かってきているのだな?』

『ああ』

セラスの問いに柳也は頷いた。

『七キロ時点で時速一・三キロならば、速度不変と考えて、エルスサーオまでの到達時間は単純計算で約五時間。落とし穴防衛陣地までは、四時間弱か…』

『こっちは神剣の使用について、制限をかける必要はない。四時間もあれば、こちらは余裕をもって部隊を展開できる。待ち伏せも可能だ』

『そして敵がこのまま真っ直ぐ向かってくれば、我ら入魂のトラップが牙を剥く。愉快な話だ』

セラスが薄く笑みを浮かべた。

いよいよ戦いを前にして、気分が高ぶっているようだ。

その点は柳也も同じで、彼ははるかに邪悪な笑みを浮かべていた。残忍に目が輝いている。アドレナリン中毒だ。

『俺とファーレーン、ニムはすぐにでもここを発つぞ。セッカ殿は、リックス殿らを集めたら、すぐに追いついてくれ』

『展開配置は所定の通りに?』

『この七日間、訓練に訓練を重ねてきたんだ。今更、配置変更したところで百害あって一利なしだ』

『土嚢はどうする? サムライに言われた通り、今日まで掘った土はすべて麻袋に入れ、保管しておいたが』

『出し惜しみなしだ。全部、持ってきてくれ』

土嚢を積み重ねて築いた壁は現代でも有用な防御壁として用いられる。三三〇ミリもの鉄の装甲を貫通できる成形炸薬弾も、土嚢相手では二三〇ミリの貫通力しか発揮できない。銃弾などの運動エネルギー弾も、よほどの高速でなければ突破できない。

スピリットは基本的に人間を攻撃することができない。しかし、広域神剣魔法に巻き込まれて死亡するケースはままある。土嚢の壁を設けることは、そうした被害を最少に抑えるための意味もある。

『…結局、トティラ将軍は十日も待ってくれなかったな』

柳也は自嘲気味に笑うと、セラスに言った。

七日前の夜、柳也は『せめて十日だ。十日も時間があれば、猛将トティラ・ゴートをして仰天するような大量出血を、敵に強いてみせる』と、セラスの前で強く宣言した。

しかし蓋を開けてみれば猛将スア・トティラは十日もこちらに猶予を与えてくれず、七日しか時間をくれなかった。防衛陣地の造りはいまだ磐石とは言いがたく、戦闘員の練度も十分というには程遠い。

――…いや、七日しかくれたんじゃない。七日もくれたんだ!

柳也はそう思い直して、唇を歪める。

彼はともに並んで立つファーレーンとニムントールの顔を見た。

二人とも初めての実戦を前にして顔が強張っている。悪い兆候だ。顔面の筋肉が硬直すると、全身の筋肉までもが緊張してしまう。そうなると同じ運動をしていても筋肉の疲労が増えてしまうし、咄嗟の反応速度、運動性に大きな悪影響を及ぼしてしまう。

しかし、さすがに柳也も、「いまの二人にリラックスしろ」、なんて酷なことは言わなかった。実戦の空気を知らない新兵に、それはあまりにも過酷すぎる要求だった。

その代わり自分がしっかりせねば、という決意を胸に、微笑をつくった。

初々しさゆえに頼りない二人の訓練兵に、柳也は笑いかけ、そして言った。

『緊張するな…とは、言わん。ピンチに陥ったら、すぐに俺を呼べ。何があっても、助けにいくから』

 

 

――同日、夜。

 

『これからあたしたちが行なう作戦は、分類としては特殊作戦に類するもので、公式には記録に載らない軍事行動となるだろう。けど、あたしたちの記憶には、生涯忘れられないものになるはずだ』

迂回部隊の指揮に就いた大隊長エリカに代わって、三個小隊からなる囮部隊の隊長役を任されたアエラ・レッドスピリットは、作戦実行前の訓示をそう締めくくった。

そのアエラは、いま八人の部下を引き連れ、真っ直ぐエルスサーオへと向かっていた。

敵の目を引き付けるための陽動役とはいえ、エルスサーオ基地に到達する以前に見つかっては元も子もないから、必然、その歩みはゆっくりとした隠密行動だ。進むのは整地された街道ではなく、ほうぼうに草の生えた草原地帯を慎重に歩む。時折、方面軍の哨戒部隊とすれ違いもしたが、いまのところは誰にも悟られることなく、進軍に成功していた。

――ラキオスの最前線、エルスサーオの方面軍の兵も大したことはないな…。

アエラは自信に満ちた顔の下、ふくよかな胸の内でそう呟く。

小規模戦闘が絶えることのない国境線付近に置かれた軍隊だから、さぞ厳しい警戒態勢を敷いているだろうと、期待半分、不安半分でいたのだが、敵の警戒はこちらが想定していたよりも散漫だった。

かつて特殊訓練部隊の精鋭の多くが秘密裏に国境線を越えたように、雨中、それも夜陰に乗じての行軍は思いのほかあっさりと成功し、アエラたちは早くもエルスサーオから三キロメートルの距離まで近付いていた。

その雨は、一時間ほど前から小さな水滴がぱらぱらと降りてくるささやかなものに変わっている。

ぐっしょりと濡れて肌にはりつく戦闘服が不快だったが、戦闘行動に支障を及ぼすほどではなかった。

『……そろそろエルスサーオから二キロ圏内に入ります』

発見を恐れてか、抑制されたリニアの声が耳朶を打った。

アエラは右を振り向く。進軍の際のフォーメーションは、第七小隊を中心に右翼をリニアの第六小隊が、左翼をジャネットの第八小隊が固めている。現代世界でいうところのアロー・ヘッド隊形だ。ただし、ハイペリアのそれと違って部隊長は最前を務める。

アエラは背後のみなにハンドシグナルで合図を送って立ち止まった。

よく訓練された精鋭八人は、一糸乱れぬ統制で素早く立ち止まる。

アエラはリニアを振り返った。

『いまどのくらいだと思う?』

『エルスサーオから二四〇〇メートルといったところでしょうか』

『もうそろそろ神剣の力を解放してもいいんじゃないか?』

『命令とあれば従いますが、進めるところまでは、このまま隠密行動で進むことを提案します』

神剣との同化が進んでいるリニアは、普段、自分の意志を表に出すことが少ない。しかし今日のようにいざ作戦行動となると、傾聴に値すべき意見を遠慮なく口にしてくる。

『…リニアの言う通り、もう少しこのまま進んでみよう。ただし、少しだけペースを上げる』

アエラは頷くと、みなに素早く指示を下す。

それから、彼女達は進軍速度を時速二キロにまで加速させ、アロー・ヘッド隊形での行軍を再開した。時速二キロのペースだと、四〇〇メートルの距離は十分少々で詰められる。

――いける…いけるぞ……!

進軍を再開して五分少々。いまだ敵兵の影一つも見えない状況に、アエラは内心ほくそ笑んだ。

やがて四〇〇メートルの距離が詰まり、部隊はとうとうエルスサーオより二キロ圏内に足を踏み入れた。

『ここからが本番だ。みんな、油断するなよ』

アエラはみなに注意を促すために振り返り、言葉をかけた。

次の瞬間、アエラの視界からひとりのブルースピリットが姿を消した。第六小隊、リニアの隊の青スピリットだ。

姿を消した青スピリットの隣にいた別の青が、悲鳴を上げる。

『マージ!?』

戦友の名を呼ぶ彼女は、動転して気が回らないのか、発見の危険も忘れて大声を張り上げた。

その目線はなぜか下方に向けられている。

目線を追ってアエラも下を向くと、彼女はそこで信じられない光景を目にした。それは歴戦の外人部隊をして思わず目を背けたくなるほどの、悲惨な光景だった。

『……落とし穴だと?』

思わず、口から呟きが漏れた。

信じられないことに、消えた青スピリットは人ひとりがすっぽり入るほどの巨大な落とし穴の中にいた。落とし穴には随所に獲物を傷つけるためのスパイクが埋められ、それが青スピリットの痩躯のあちこちを貫いている。傷口からは赤い鮮血とともに金色のマナの霧が噴き出していた。突然のことにシールドを張る余裕もなかったのだろう。すでに意識はないように見える。

『す、すぐに治療を! リニア!』

予想外の光景を前に一瞬、思考停止状態に陥ったアエラだったが、彼女はすぐに冷静な判断力を取り戻すと、いちばん近いリニアにそう言った。

命令一過、リニアはすぐに件の青スピリットに近付いて、前に出した左足を地面に埋没させた。また、落とし穴だ。今度のは脛の辺りまでの深さしかないが、その分、スパイクは鋭い。丈夫な生地でできた軍靴が、たちまち引き裂かれてしまった。

リニアの顔が、苦痛に染まる。

彼女もまた、突然の事態にバリアを張る余裕がなかったのだ。

落とし穴に足を取られ、迅速な行動に遅滞が生じる。

そしてその遅れが、穴の中の青スピリットの運命を決定付けた。

全身をスパイクに貫かれ、人事不省に陥った彼女は、助けようとした緑スピリットまでもが落とし穴に嵌まってしまったことにより、その間に事切れてしまった。

ここにきて、アエラの顔色が変わる。

『ぜ、全員、その場から動くな!』

言われるまでもなかった。

いまや八人となった部隊の全員が、その場でぴたりと動きを止める。リニアの左足から噴き出す黄金の霧が、八人の顔と足を硬化させていた。

落とし穴に左足を埋没させたままのリニアに、アエラは言う。

『リニアは自分の足の治療を』

『ですが、回復魔法を使うためには神剣の力を解放せねばなりません』

『この際構わない』

目の前でマナの霧を噴出させているよりはましだ。

アエラの言葉に、リニアは素直に従った。傷だらけの左足を引き抜いた彼女は、神剣の力を解放するや自身の足に回復魔法を施す。

リニアがそうしている間にも、アエラはきびきびとみなに指示を下した。しかしその声は強張っていた。

『全員、警戒態勢を取れ。神剣の力を解放した以上、いつ敵に見つかってもおかしくないぞ』

『それにしてもトラップなんて……』

第八小隊小隊長のジャネットが呟く。アエラと同じ赤スピリットだが、自分ほど気の強い性格ではない。戦友の死に、彼女は早くも真紅の瞳に不安を宿していた。

不安なのはアエラも同じだった。

スピリットが軍の主兵となって以来、戦術に落とし穴を組み込む将軍は長らく絶えていた。経験豊富な外人部隊の面々も、こんな戦場は始めてだった。

『街道を進むぞ。民間人も通る道だから、罠はないはずだ。発見される可能性は高くなるが、この際仕方ない』

アエラは視界から遠い街道を指差して言った。敵の哨戒を恐れて離れた街道まではおよそ四〇〇メートルある。

まず青スピリットの二人がウィング・ハイロゥを広げて空を飛んだ。続いて赤と緑の五人が、神剣の力を最大に、一歩二歩と跳躍する。

神剣の力を解放していると、四〇〇メートルの距離はあっという間だ。

街道を目前に、第八小隊の緑スピリットが自然と勇み足になった。一刻も早く、トラップの地雷原から逃れたいという心理がはたらいたのだろう。

その時、他よりも速く街道へと向かったその足が、奇妙な感触を踏んだ。

神剣の加護を受けて強化された聴覚に、ピン、と張り詰めた糸が切れる音。

次の瞬間、ワイヤー仕掛けのトラップが作動し、あらかじめ隠蔽して設置されたボウガンが、一斉に矢を放った。その数、三本。

アエラは慌てて、

『シールドを張れ!』

と、警告したが、間に合わなかった。

三本の矢をそれぞれ右足と脇腹、そして左胸に受けた緑スピリットは、衝撃で、前へと転倒してしまう。さらにその直後、倒れた衝撃で別のトラップを発動させたらしく、木の杭が地面から突き出て、彼女の胴を貫いた。致命傷だ。

街道にトラップはないかもしれないが、街道の付近にはある。その事実を知ったアエラたちの歩みが、急に止まった。

アエラを先頭にした不完全なアロー・ヘッドは、みな慎重に自らの神剣で地面をつつき始める。

やがてアエラの双剣の切っ先が、落とし穴を探し当てた。

その瞬間、アエラの表情が、さっと青ざめた。

――こんなところにも、トラップか……!

アエラは思わず胴振るいを覚えた。これはとんでもない戦いになりそうだ、そんな予感が、脳裏によぎる。

彼女がこれまで経験したことのない、まったく新しいタイプの戦争が始まろうとしていた。

 

 

エルスサーオから一・二キロの地点に進出した柳也は、監視ブイとのデータリンクを深めていた。

『……良い情報だ。最初のトラップで、敵を二人も倒せた』

路傍の小石に寄生された〈決意〉の一部から得た最新情報を、柳也は笑顔で述べる。

彼の背後に立ったセラスは、重々しく頷き、そして笑う。

『私たちの掘った落とし穴にかかったか。それは愉快な話だ』

『だが、これで敵も進軍に際しては慎重を期すようになるはずだ。トラップによる死傷は、もう期待できない』

『しかし、少なくともその進軍は大きく遅らせることができる』

完全武装のセラスが不敵に笑い、柳也も頷いた。

『そしてその間に…俺達は壁を築く』

柳也はそう呟いて、前方を見回した。

この七日間で溜めた土嚢を担いだ兵達が、機敏な動作で右へ左へと移動している。みるみるうちに一段、また一段と積みあがっていく土嚢の壁に、柳也は頼もしさを覚えた。

――トティラ将軍は十日もの時間をこちらにくれなかった。しかし、七日もの準備期間をくれた。そのお礼を、奴らにプレゼントしないとな……!

柳也は腰に佩いた同田貫の柄を軽く握った。

そして、背後のファーレーンとニムントールを振り返った。

『さあ、暴れてやろうぜ』

『はい』

『うん』

不敵に歪んだ柳也の笑みに、ファーレーンとニムントールは頷く。

前代未聞の特殊作戦、バトル・オブ・ラキオスが、始まろうとしていた。

 

 

 

 


<あとがき>

 

タハ乱暴「え〜……前回の、EPISODE:20を投稿した直後、読者の皆様方からは多くの感想を頂きました。まことにありがとうございました。しかしその感想の中で特に目立った、“柳也変態説”と“〈決意〉ロリコン説”ですが、読者の皆様、本当に申し訳ございません。今回、また新たに、しかも原作登場のキャラに、とんでもないことをしでかしてしまいました! 深く、深く、お詫び申し上げます!」

 

柳也「……これ、アレか? 一時期流行った、食品擬装の、アレか?」

 

北斗「謝罪記者会見だ。読者の皆様方から何かしらのクレームが来る前に、自主的に謝罪表明をしておけば、責任追及の手が弱まると思ったんだろう。……浅はかな知恵だ」

 

ゆきっぷう「タハ乱暴先生! BIRDS日報のゆきっぷうです! 今回浮上した主人公汚染問題はかねてより第三者機関からの通告があったということですが、その辺りの説明は―――――」

 

タハ乱暴「まことに、まことに申し訳ありませんでした。深く、深く……(小声で隣を見ながら)えっと、何だったっけ?」

 

タハ・ランボー「(ボソッと)深謝いたします。それから、釈明のしようもございません」

 

タハ乱暴「……深謝いたします。釈明のしようもございません」

 

柳也「あ〜……あれがかの有名なささ○き女将か」

 

北斗「時期的にはずしまくりの時事ネタだなぁ。……さて、読者の皆様、永遠のアセリアAnotherEPISODE:21、お読みいただきありがとうございました!」

 

柳也「今回の話で、とうとうバーンライトが攻めてきた。次回はいよいよ決戦だ。今回の話で、みんなのテンションが盛り上がってくることを願う……!」

 

北斗「まぁ、無理だろうな。……やってしまったし」

 

柳也「……そうだね。やっちゃったし」

 

タハ乱暴「たいへん申し訳ございませんでした! ……チラッ」

 

タハ・ランボー「ファーレーンの戦車オタク化については、柳也個人の独断で……」

 

柳也「ちょっと待てぃ! 俺の責任かよ!?」

 

セーラ「そう……あの子、三人目に迎え入れようと思ったけど、これじゃあ無理ね」

 

クリス「ええ。ここまで汚染が進んでしまっては」

 

柳也「いやだから待てって! ……っていうか、汚染って何だ!? 汚染って」

 

北斗「……(ぼそっと)ナンだ」

 

柳也「おいそこ、下らんダジャレはやめなさい! まるで俺が病原体か、ヘドラみたいな言い方しやがって……主人公、そろそろ怒るぞぅ!」

 

セーラ「えぇっ!? 主人公だったの!?」

 

柳也「おいゴルゥラァア!?」

 

クリス「てっきり羽虫かと……あ、羽虫だからウィルスを媒介出来たんだね! 納得、納得」

 

柳也「羽虫とは何だ、羽虫とは!?」

 

北斗「……(ぼそっと)虫は無視」

 

柳也「だからそこ、下らんダジャレはやめなさい! …仮に俺が羽虫だったとしても、俺はウィルスなんてばら撒かない!」

 

北斗「じゃあ、何をするんだ?」

 

柳也「そりゃあ、勿論、夜な夜な美女の部屋に忍び込んでその血をちゅーちゅーと……」

 

タハ乱暴「やっぱり変態だ!」

 

クリス「きゃー! きゃー! 変態よ、変態が来たわよー!」

 

セーラ「このままでは変態菌が世界中に拡散してしまう」

 

タハ乱暴&ゆきっぷう「「大変だ!」」

 

クリス「アンタ達も変態でしょうが!」

 

タハ乱暴&ゆきっぷう「「えぇっ!?」」

 

セーラ「……こうなったら最大奥義の合体神剣魔法で焼き払うしかないわ!」

 

北斗「……(ぼそっと)タハ乱暴とゆきっぷう諸共にな」

 

タハ乱暴「こら、北斗! ボソッと恐ろしいことを言いおって! お前だって変態のロリコンじゃないくわぁ!」

 

柳也「それは要するに、タハ乱暴自身も含めて、お前が書くキャラはみんな変態っていう……」

 

セーラ「いくわよ、クリス!」

 

クリス「はい!」

 

セーラ&クリス「大雪山おろし、三段重ねぇぇぇぇぇぇっ!」

 

柳也「神剣魔法じゃねぇ!?」

 

北斗「それよりも三段重ね!?」

 

タハ乱暴「いったいあと一人は誰だ!?」

 

ゆきっぷう「それは次回のあとがきでわかる!」

 

タハ乱暴軍団「「「何でお前が仕切る!?」」」

 

ゆきっぷう「とりあえず下を見ろ」

 

次回予告

ついに選抜が完了した三人目のメンバーと共に、嘘ゲッターチームがファンタズマゴリアの空を翔る。

変態のタハ乱暴軍団に立ち向かえ、ゲッターエターナル!

偽チェンジ! ゲッターロボ! 〜あとがき世界最後の日〜

第九話『YAT合体、ゲッターエターナル!』


タハ乱暴「い、いかん! このままではまた作品が乗っ取られてしまう!」

 

北斗「グッ! しかも今回はまだ締めが終わっていない!」

 

柳也「は、速く! 誰か、締めを!」

 

ロファー「永遠のアセリアAnotherEPISODE:21、お読みいただきありがとうございました」

 

タハ乱暴軍団「「「誰!?」」」

 

ロファー「次回もお付き合いいただければ幸いです」

 

タハ乱暴軍団「「「いやだから誰だって!?」」」

 

セーラ「来たわね、三人目! クソ畜生の掘った落とし穴に貫かれて絶命した、雪花のロファー!」

 

タハ乱暴軍団「「「そんなキャラいたっけ!?」」」

 

ゆきっぷう「すべては次回のあとがきで明らかになる!」

 

ロファー「では、また次回のアセリアでお会いしましょう」

 

タハ乱暴軍団「「「あとがきさえ乗っ取られたーーーー!!!!」」」

 

アセリア「……ん。大丈夫。次回もちゃんとアセリアだから」

 

オルファ「アセリアお姉ちゃん! オルファたちの出番まーだー?」




柳也、最早その説を否定できない?
美姫 「益々嫌疑が深まったわね」
ファーレーンにまで戦車の知識を積め込んでいるし。
とそんな冒頭の軽い雰囲気から一転、後半はいよいよ攻めてきたな。
美姫 「一体どんな戦いが……」
気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ!」



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