ある雨の日、少年が帰り道を急いでいると一匹の猫を見つけた。

 寒さと飢えに苦しむ猫を見て彼は哀れに思うも、少年の家はマンションで猫を飼うことは許されない。

 仕方なしに少年は自分の傘で屋根を作り、少量の食糧を置いて濡れながら帰る。

 その夜、少年の部屋にひとりの来訪者があった。美しい少女で、少年は一目で彼女のことを気にいった。

 曰く、なんと少女は昼間助けた猫の化身で、彼に恩を返しに来たのだという。

 少年は戸惑いながらも少女を部屋に入れて―――






「う〜ん、ロマンチックだねぇ」

 と、そんな話はよく聞くが、このお話の主人公・叶和人の置かれた状況はより深刻的なものだった。

 なにせ、まず恩を返しに来たのが猫ではない。

 彼の目の前に現れた少女の頭と尻からは、とてもではないが猫とは思えぬ耳と尻尾が生えていた。普通、この手の話に登場する少女は猫耳、尻尾が標準装備なのだが、彼女の場合はそれが該当しない。

 加えて、この少女は―――

「……ここ、どこ?」

 ――どうやら迷子らしかった。

 恩を返すどころか、仇で返しに来たらしかった。





古代種×とらいあんぐるハート・クロスオーバーストーリー

『迷子の迷子の子狐さん』

第1話「あなたのお家はどこですか?」





 叶和人は“古代種”と呼ばれる特殊な人類である。

 かつてこの地球が邪悪な神々の前線基地であった時代、悪神を滅ぼすためオリオン座のベテルギウスからやって来た後の天帝は、悪神達の眷属に対抗するために二種類の戦闘生物を作り出した。翼を持ち、光り輝く肉体を持った航空戦力・天使と、天帝が自らの姿に似せて生み出した陸戦兵器・人間だ。

 原初の人類は神の似姿として作り出されただけあって、その拳は空を裂き、その蹴りは大地を割るほどの威力を持っていた。また、彼らには天帝の力より派生した様々な異能の力が与えられた。何もない空間より自然に炎を生み出す能力。自らの肉体を鉄のように硬質化させる能力。雷を操る能力。重力を操作する能力。エネルギーを奪う能力……。

 これらの異端の能力を与えられた人類は、天帝の下統率された軍隊として戦い、邪悪なる神々との戦争に勝利した。

 そして数千年の時が流れ……。

 人類の多くは、かつての能力のほとんどを失った。

 剛力を失い、俊足を失い、異能の能力を失った。

 種としての退化。

 しかしそれは、戦う必要のなくなった人類にとって、喜ぶべき退化だった。

 だが稀に、かつての人類……原初の人間と同等か、それに近い能力を身に付けて生まれる者がいた。

 数千年の時を経て発現した、古代人類の遺伝子を持つ人間たち。

 人はそれを、古代種と呼んだ。

 叶和人は現代に生きる古代種の中でも、特に原初の人間の遺伝子を色濃く受け継いだ戦士の一人だった。

 彼は生まれながらにして身体能力に長け、また異端の力を持っていた。一時期はその能力を活かして日本国政府のために戦っていたこともあったが、いまはわけあって組織を抜け、平凡な生活を満喫していた。

 自身古代種というとんでもない存在だけに、和人は大抵の事には動じない性格をしていた。

 しかしその彼をして、今回ばかりは勝手が違っていた。

「――まず、状況を整理しようか」

 和人は自身に言い聞かせるように呟くと、今日、自分の身に起きた出来事をつぶさに回想していった。

 今朝はいつも通りに起きて学校に行き、その帰りに『青龍館』に立ち寄って、そのままバイトのシフトに入った。

 九時の閉店と同時に突然雨が降ってきて、急ぎコンビニへと足を運び、ビニール傘と、ついでに夜食を少し買った。

 そしてその後、道端で、猫ではなく、狐を見つけたのだ。

「……マテ、そもそも、どうして都会に狐なんか……」

 どうしてあの場で気付かなかったのか、もしあの場でその事に気付いていたら、もっとマシな対処も出来ただろう。しかし、後悔してももう遅い。とにかく和人は、その時迂闊にもその事に気付かず、その狐のために傘と食糧を置いてやったのだ。

 そして、その結果が――

「……?」

 目の前の少女。猫耳ではなく狐耳と尻尾を標準装備し、どういうわけか巫女服を着た、小学生くらいの少女。途中傘を差してこなかったのか、綺麗な狐色の髪と巫女服は濡れていた。

「――どないな状況やねん」

 思わず、関西弁で呟いてしまう和人。

 さすがのAクラス古代種・叶和人も、「状況を整理しよう」と言いながら、混乱を隠せずにいた。

 また、件の狐少女が『迷子』であるという事実も、彼の頭を痛めつける要因となっていた。

 ――今日は厄日か? それとも昨日うどん屋で“きつねうどん”じゃなく“さぬきうどん”を食べた罰か?

 思わず、そんな荒唐無稽な考えが頭の中に浮かんでしまう。

 ともかく彼は、少しでも考えをまとめるべく、口を開いた。

「と、とりあえず名前だけでも……」

 “飼い狐”とも、“野良狐”とも判断できない現状で、少女に名前があるかどうかは怪しかったが、名無しというのもなにかと不便だろう。もしなかったとしても、和人は自分で便宜上付けてやるつもりだった。

「ん…久遠は久遠……」

「“くおん”? それがキミの名前?」

 少女……久遠は、静かに頷いた。

「そっか。“くおん”っていうのか……」

 いったいどのような字を書くのだろう? 単純に平仮名で“くおん”なのか、それとも久しい音と書いて“くおん”とでも読むのか……どちらにせよ、和人の印象は、

「良い名前だね。うん。優しい響きだ」

「うん! 久遠も、久遠、好き。“やーた”が付けてくれた名前」

「“やーた”?」

 “やーた”とはいったい何なのだろう? どうやら人の名前のようだが、この少女……もとい、狐の飼い主だろうか?

「“やーた”って誰?」

「“やーた”は“やーた”。久遠の大好きな人」

 その“やーた”なる人物の事を思い出しているのか、意外にも饒舌に語る途久遠の表情は安らかで、そして楽しげだった。

 しかし、次の瞬間それは一転して、暗い面持ちとなる。

「……でも、“やーた”はもういないの……」

「いない? いないってどういうこと?」

「うん…“やーた”は、ずっと昔に死んじゃったから……」

「ッ……!」

 和人の表情が、硬化した。

 ――死んだ? もし“やーた”なる人物が彼女の飼い主で、ずっと昔に死んでしまったとすると……。

 彼女は……久遠は、もうずいぶんと以前から野良であったことになる。

 元々“飼い狐”であった彼女が、野生動物として生きるなど、どれほど辛かったことか……もしかしたら今日、自分が通りかからなかったら、危ういところだったかもしれない。
真実はどうあれ、和人は自身の勝手な想像に戦慄した。

「そうか……“やーた”さんが死んでしまって、くおんちゃんは悲しいかい?」

 和人は、久遠の柔らかい髪を撫でながら訊ねた。

 彼の問いに、久遠は小さく頷いた。

「うん……ちょっとだけ……でも、寂しくはない」

「え?」

 怪訝な表情を浮かべた和人に、久遠は嬉しそうにはにかんだ。

「久遠のまわりには“なのは”や、“那美”や、“きょーや”がいてくれる。だから、少しも寂しくない」

「……そっか」

 自分も同じだ……と、和人は思った。

 自分もいこれまでに多くの、大切な人、大好きな人を失っている。その度に彼の心は悲しみに支配されたが、やはり大切な人、大好きな人が周りに居て、支えてくれたから、不思議と寂しいとは思わなかった。

 和人には、久遠の言う“なのは”や、“那美”や、“きょーや”といった人達が、どのような人物であるかは知らない。

 だが、久遠の彼らを語る表情を見ても、とても良い人達なんだな、と彼はぼんやりと思った。

「“なのは”も、“なみ”も、“きょーや”も、みんな久遠の大好きな人……くしゅん」

 楽しげな久遠の唇から、不意にくしゃみが漏れる。

 そういえばと、和人は改めて久遠の姿を上から下まで眺めてみた。

 なんというかまあ、見事なまでにずぶ濡れだ。

 部屋に上げる時にタオルで拭いてやったのだが、いまだ体中のあちらこちらから滴が垂れ、薄手の巫女服はぴったりと肌に張り付いて、白い生地は半透明に透けていた。

 久遠が、今更ながらぶるりと身を震わせる。

 ――詳しい事情を聞く前に、風呂に入れようか。

 入れようか……ではなく、入れるべきであろう。

 このままでは風邪を引きかねない。古代種として基礎免疫力の高い和人は経験したことがないが、冬場の風邪は長いし、キツイらしい。

「お風呂、入ろうか?」

「くぅぅん♪」

 久遠自身べったりと張り付いた服は気持ち悪かったのだろう。「風呂」と聞いて、久遠は嬉しそうに喉を鳴らした。

「よし、じゃあこっち……」

 非常にゆっくりとしたペースで和人がバスルームへと向かい、その後を久遠がテクテクと着いていく。

“テクテクテク……テクテクテク……ピタッ”

「……?」

 不意に立ち止まった和人に、久遠は小首を傾げた。

「……なんか、カルガモの親の気分だ」




“ザバァ――――――ッ”

 程よく温められた湯が、少女の肌を滑り落ちる。

「……♪」

 冷えた体にお湯が心地よいのか、まるで喜んでいるかのように久遠は尻尾をパタパタをばたつかせた。

 そんな久遠とは対称的に、和人はある問題に直面していた。

「……」

 風呂桶に湯を張りつつ、久遠にシャワーを浴びせながら、和人は真剣にボディーソープのボトルを見つめていた。

 何故、彼がそんなことをしているかといえば理由は簡単。

 ――……狐って、人間用の石鹸でいいのか?

 それ以前の問題に、今の彼女を狐と見るべきか、人間と見るべきか……。

 妙な問題に頭を抱えながら、和人はただただシャワーを浴びせ続けた。




 結局、あの後人間用のボディーソープで久遠の体を洗った和人は、彼女に自分のワイシャツを着せ(彼女の着ていた巫女服は、いつの間にか消えていた)、キッチンへと向かった。

 薬缶で湯を沸かし、自分用にインスタントコーヒーを、久遠用にココアを煎れる。ココアに入れる砂糖は、とりあえず、幼児に好まれるぐらいの分量にしておいた。

「……あまい♪」

 カップに注がれたココアを口にして、久遠が嬉しげに微笑む。

 なるほど、どうやら彼女は甘いものがお好みらしい。女の子はスウィーツに弱いという俗説は、案外狐にも適用されるのかもしれない。

 片やコーヒーを飲む和人は、自室から日本地図と関東圏の拡大地図、そして四十万市の拡大地図をリビングに持ち運んでいた。

 早急にコーヒーを飲み干すと、彼はココアを楽しむ久遠に、いくつか質問をする。

「まず基本的なことを確認したいんだけど……くおんちゃんは自分の住んでいる家の住所か電話番号か、分からない?」

 先刻久遠の口から飛び出した“なのは”や“那美”なる人物の話から察するに、彼女が飼い狐である可能性はかなり高い。そうでなくとも、半野良ぐらいのレベルであることは、間違いないだろう。

 和人はこれまでにも、久遠のように人間に変化することの出来る獣の類を見たことがある。そもそも和人達古代種の特殊能力は、クトゥルフの邪神といった異能の存在を駆逐するための力。そうした獣達との相手は、むしろお手のもなのだ。

 それらの――一般的に妖魔の類とされる――獣はみな往々にして同じ種類の他の動物よりも、かなり高い知能を備えている。まして狐は元々知能レベルの高いイヌ科の動物。和人は久遠が、自分の住んでいる家(妖弧を住まわせている家というのも凄いが)の住所や電話番号を記憶しているのではないかと期待した。その二つのどちらか一方が判明すれば、家探しはかなりラクになると思われた。

 しかし、久遠の答えは、和人の期待通りとはいかなかった。

「ううん、わかんない……」

「そ、そっか……まぁ、仕方ないよね」

 そもそも、相手は人間の姿をしているとはいえ狐。所在地番号や電話番号の概念が理解出来ているかどうかも危うい。

「じゃ、じゃあ、くおんちゃんの家の苗字は……分かる?」

「うん。……“かんざき”」

「“かんざき”……」

 情報としては些細なものだが、とりあえず和人はメモ帳に“かんざき”と記入する。

 その後に神崎、神埼、神前といった具合に、思いつく限り“かんざき”と読める漢字を当て嵌め……

「……この中の、どれか分かる?」

「……これ」

 久遠は、小さな指で“神咲”を示した。和人はそれを○で囲む。

「久遠ちゃんの家は……市内にあるの?」

「よくわかんない」

「そうだよね。四十万の外から来た可能性もあるわけだし」

 普通の動物なら越えるのに苦労する距離でも、妖の類とされる獣ならば意外と容易に越えることが出来る。なにせ、基礎運動能力と、スタミナが段違いなのだ。オマケに高い知能まで持っている。その行動範囲は、かなり広範囲だと考えるべきだろう。

 ――さすがに本州の外はないだろうけど……。

 少なくとも、関東一帯が捜索範囲になるくらいは、覚悟しなければならない。

 ――少しずつ範囲を狭めてみるか……。

 確認すべき基本事項はすべてクリアした。

 次にするべきは、広大な捜索範囲からピンポイントに家を探すのではなく、徐々に捜索範囲を狭めていくことだ。そうして探していった方が効率は良いし、ハズレも少なくなる。

 どちらにせよ現時刻は午後九時二〇分。一軒一軒家を当たっていく時間はない。

 ――本格的な捜索は明日にして、とりあえず今日は情報整理をするか。

 幸いにして明日からは三連休。時間はたっぷりある。

「じゃあ、今度はくおんちゃんの住んでいる家じゃなくて、住んでいる街のことについて訊こうか。久遠ちゃんの住んでいる街は、どういう街なの?」

「人がいっぱいいる」

 久遠は楽しそうに微笑みながら言った。人がいっぱいいるとはまた、アバウトな……。

 和人は苦笑をこぼしつつ、次の質問を口にした。

「そ、そう……ほ、他には?」

「海があって山もある……」

「海があって……山……?」

 和人の瞳が、鋭く光った。

 一見どうでもよいように見えて、海と山の有無に関しては有力な情報だ。「海がある」ということは海際の街であるという証明だし、「山がある」ということは「海際にありながら付近に山もある」という、街の輪郭を和人に伝える。

「その海の名前……分かる?」

「ううん……わかんない」

「そっか……じゃあさ、その海からは毎朝お日様が昇る?」

「うん! 久遠毎朝早起きして見てる」

 “えっへん”とばかりに胸を張る久遠。いつの間にか、ココアのカップは空になっていた。

 海からお日様が昇る……ということは、東側……つまり太平洋側に近い街と想像できる。

「山の名前は分かる?」

「……一つだけ」

 「一つだけ」ということは、他にも山があるのだろう。

 和人は、次の久遠の台詞を促した。

「その山の名前は?」

「くにもりやま……」

「くにもりやま……ああ、国守山か」

 和人はメモ帳片手にパラパラと日本地図を捲ると、国守山の位置を探した。

 やがてそのページを捲る手が止まる。

 なるほど、たしかに比較的に海際に位置している山だ。付近には他に稲神山や桜台、藤見台なんて丘もある。

「……海鳴市か」

 国守山がもっとも近く、太平洋に面している街といえばそこしかない。

 和人が呟くと、久遠の人間の耳と狐の耳が、同時にピクピクと聞きつけた。

「久遠、そこ知ってる……」

「え?」

「久遠、そこに住んでた……」

 久遠の言葉に、改めて和人は日本地図を見てみた。食い入るように海鳴市の位置を見つめ、それからツーっと、視線を動かして四十万市の位置を確認する。

「片道電車で四時間か……」

 今更ながら、久遠の行動力に感服。いや、久遠の性格を省みるに、うたた寝していたところがたまたまトラックの荷台で……などという、ありがちなパターンの方が可能性は高いだろう。

 ともあれ、これで久遠の住んでいる街は確定した。あとは現地に行って“神咲”なる家を探すだけである。

「……無理だ、そりゃ」

 東京や名古屋などに比べれば人口の少ない海鳴市だが、やはり『市』の称号を冠するだけあってかなり広い。こんな広い街中で、たった一軒の家を見つけるなど……不可能に近い。

 せめて、もう少し絞り込まねば……

「くおんちゃんの家は海鳴市のどの辺りにあるんだい?」

「んと……山のほう」

 「山のほう」……とは言うが、海鳴市には山が多い。そのひとつひとつを登って調べていくのは……かなり骨の折れる作業であることは想像に難くない。

「行けば……たぶん分かると思う」

「そりゃ自分の住んでた街だしねぇ……」

 行けば分かる。しかし、そこまで行く方法が分からない。

 ――これはやっぱり俺が連れていくしかないんだろうな……。

 別段悪い気分ではなかった。

この時点ですでに和人は久遠のことが気に入っていたし、軽い親近感すら抱いていた。そんな彼女が家に帰れずに困って自分を頼ってきたというならば(この場合、餌付けというのかもしれないが)、連れて行ってやろうではないか。

 それに、最近はどういうわけか『メサイア・プロジェクト』絡みで自分を狙うGRUの活動も活発化している。多いときには週に四回襲撃を受けることもあった。この際、骨休めに観光目的で海鳴市に行っても、いいかもしれない。よくよく地図を見てみると、この街には温泉もあるではないか。

「決まりだな……」

 和人は地図を閉じると、改めて久遠に向き直った。

「くおんちゃん、明日から俺は学校が三連休だから気兼ねなくキミを海鳴市へ連れて行くことが出来る。今日はもう遅いから、ウチに泊まっていくといいよ」

 未だ外では雨が降り続けている。冬の雨天の中、いかに毛並み豊かな狐とて野外ではかなり寒いだろう。

 和人の言葉に、久遠は嬉しそうに頷いた。

 と、その時、

“ぐぅ〜〜〜〜〜”

 なんとも情けない音が、久遠の腹から鳴った。

 立ち上がった和人は一瞬硬直するも、すぐに気をとりなおして、言った。

「……ご飯、食べる?」

「くぅん♪」

 そうして、一人と一匹(?)による遅い晩餐が始まった。




 夜、暖房のかかった部屋で、和人と久遠はふたり一緒に布団に潜り込み、身を寄せ合っていた。

 叶家には布団はワンセットしかなく、二人が寝る場合は、一人がソファか床に寝るか、二人一緒に布団に入るかの選択肢しかない。熟考の末、和人と久遠が選んだのは後者の方だった。
 何故二人が一緒に寝ようと思ったのか。理由は様々だが、いちばんの理由は二人の体格の問題にあった。和人は一七五センチという身長のわりには小柄で、見た目小学生な久遠は言わずもがな。特別大きな布団でなくとも、抱き合えば二人一緒に布団で寝れる、という平和的解決策が実現したのである。

 布団に潜り込んで一〇分、ようやく温まってきた布団の中で、不意に久遠が和人の服の袖を引っ張った。

「…………」

 常日頃から突然の事態に備えている和人は、就寝の際ですらいつでも行動出来るよう訓練している。

 布団の中でもぞもぞとする久遠の動きを感じ取って、彼は片目を開けて彼女の顔を見た。

「どうしたの?」

 身長差から必然的に久遠の頭は和人の顎より当然下になる。狐耳に顎をくすぐられながら、和人は答える。

 久遠は、和人の服の裾を掴んだまま、小さな口を開いた。

「……なまえ」
 
「え?」

「まだ、なまえ聞いてない……」

「ああ、そういえば……」

 彼女を家に上げてから数時間。そういえば、まだ自分の名前を教えていなかったことを、今更ながら思い出す。

「……カズト」

「?」

「俺の名前。叶和人」

「かずと……」

「うん、そう」

「和人…和人……」

 何が嬉しいのか、久遠は布団の中で尻尾と耳をバタつかせ、はにかむような笑顔を見せた。

 和人はそんな久遠の頭を撫で、慈愛の視線を彼女に浴びせる。

「和人……“恭也”とおんなじにおい……安心できる、におい……」

 そう呟いて、久遠は和人の厚い胸板に顔を埋めた。

「くおんちゃん……」

 和人は久遠が自分の胸に顔を埋めてからも彼女の頭を撫でさすった。

 気持ちよさそうに、久遠が身じろぎする。

 しばらくそうしていると、静かな寝息が和人の耳膜を打った。

 顔を胸に埋めているため、和人の角度からその寝顔を見ることは叶わなかったが、安堵の寝顔であることは想像に難くなかった。

 和人はなお久遠の頭を撫でながら、

 ――絶対に探し出してみせるからな、キミの家を……。

 と、決意を固めた。







To be continued   第2話『子狐さんと燕のお巡りさん』




作者の一言

 ……和人、お前暴走しまくり



2010年3月追加

更新再開に当たって作者の一言

 ……この人誰だっけ?

和人「お前の子どもだろうが!」




今回のお話は、とらハと古代種のクロス。
美姫 「迷子の迷子の子狐ちゃん、あなたのお家はどこですか〜」
果たして、久遠は無事に帰れるのか!?
美姫 「一体、どんなお話が待っているのかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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