『選ばれし黒衣の救世主』










「ここでいいですよね」

巫女服を着た長い黒髪の少女は隣に立つ、タバコを口にくわえた炎のように赤い髪を持つ女性に聞いた。

「ああ、いいんじゃないかい」

 女性が軽く頷くと、それとともに右手に持っていた松明の火が揺れる。
 それを見てから、少女は両手に抱えるようにして持っていた長い包みへと視線を移した。

「結局生き残ったのは、私たちだけになっちゃいましたね」
「どうだろうね。少なくとも、オルタラはどこかで生きてるだろうさ」
「ですね」

少女は少しだけ笑って頷く。

「それに……お嬢ちゃんだって生きている可能性はあるさ」
「……はい。召喚陣に巻き込まれただけですからね」
「下手するとどっか別の世界に行っちまったかもしれないがな。まあとにかく死んだと考えるのは早計だ」
「でも、あの人たちは……」

 そこで少女は悲痛な表情をとった。
 それでも女性は笑って軽く肩を竦める。

「あいつらだってわからんよ。結局あたしたちは最後の戦いを見届けることはできなかったし、死体だって残ってないんだ。
 それにあたしは、あいつらがそう簡単にくたばるとも思えない。なんと言っても、二人揃って召喚器なしで、救世主候補だけじゃなくて、白の主や赤の主にまで対抗するような化け物だ。それにあいつも、説得に折れてくれた可能性だってある」
「そう……ですよね。でも化け物だなんて二人に悪いですよ」

女性の励ましにも聞こえる言葉に、巫女の少女は再び苦笑しつつ頷いた。

「あの二人、同じ流派だからだけじゃなくて、なんとなく似てましたよね」
「確かに兄弟みたいな感じだったな、兄の方は適当で、弟の方は真面目なヤツだったが」
「『  』さんは真面目でしたけど、ときどき嘘つきでしたよ?」
「そうか」

どこか穏やかに話していた二人だったが、女性の方が不意に真面目な表情をとる。

「さて、とっととやることやっちまおう」

 それを聞いて、少女は頷いてから包みを開けた。
 その中から出てきたのは灰色の剣。

「ほんとにお前は大丈夫なんだな」

女性は口にくわえたタバコを器用に縦に揺らし、感心したように言う。

「精神支配は私にはほとんど効きません。
 それに今のこれは、彼女との戦いでその力をほとんどなくしてしまっていますから。本調子であったなら、私でも取り込まれています」
「それでもたいしたもんだ」

少女はそんなことありません、とどこか寂しそうに言ったあとに、その剣を地に深々と突き刺した。
そして、暫くブツブツと呪文のようなものを呟くと、キンと甲高い音が響いた。

「これで大丈夫です。少なくとも次の戦いの時に目覚めることはないと思います」
「そうかい」
「あとは入り口を封印すれば……今回の救世主戦争の後始末はお終いです」
「そうだな」

女性も少し笑って頷いた。
そうして二人は歩き出した。
 だがその途中で少女は振り返って、自らが突き刺した剣を眺める。

「未来の救世主候補の方々……どうか、私たちのようなことを繰り返さないでください」

 少女は悲しげな声で呟いたあと、今度こそ歩き去った。


 二人が去って、暗闇と化した広大な空間……その中央に突き立てられた灰色の剣。
 その剣は、まるで最後の少女の言葉を消し去るかのように禍々しく輝いた。 





 第三十章 欲望を宿す召喚器





 新たな任務を受けた救世主候補たちは今、ある山間の中を歩いていた。
 マナの消失の影響があまり出ていない町で宿を取り、そこから調査を開始したのが三日ほど前。
恭也や大河、未亜、カエデたちは地道……大河は途中で何度もナンパを始め、未亜とカエデにシバかれいたが……に聞き込みや影響を受けている草花を調べたりし、残りの魔法使い組は直接マナが少ない所を調べていった。
それを続けていくと、自ずと影響を受ける場所が円で描かれ、その中央に原因があるという回答を導き出した。
 それが今いる山間だったのだ。
 実際に聞き込みの結果でも、前までこの辺りは緑豊かであったという話があったのだが、今では草花は枯れ、木も葉を落としてほとんど裸になり、幹も痩せこけてしまっている。
 正直、冬でもここまでにはならないだろう。
 リコたちも、この辺りが異様にマナがなくなっていると言っていた。
その一帯を探索し続けていたのだが、マナ消失の原因になりそうな、それらしいものはない。
そもそも絞ったとはいえ、探索すべき範囲が広いのだ。
 
「あー、もう疲れた。マジでこの辺りなのかよ?」
 
 本当に疲れたような声を出して、大河はその場に座り込む。
 もっともそれは他の救世主候補たちも同じで、大河が座り込んだことで、同様にその場に座り込んでしまった。
 この場所に来るのに山を登ったり下ったり、召喚器を持っているとはいえ体力的にきついのは当たり前の事だった。
ただ長時間ここにいるとマナを吸われてしまうというのも、疲れる理由の一つなのだろう。そのおかげなのかこの辺りには魔物が存在しないので、戦闘などはなかったが。

「実際にこの辺りが一番強い影響を受けていますから……この辺りに原因があると思います」

 リコが辺りを見渡しながら言うが、彼女でも正確な場所までは掴めなかった。

「ってか、恭也もカエデもよくこんな山ん中であんなに動けるよなぁ」

 恭也とカエデは、先行して辺りを探っている。
 二人はこの歩きづらい山道をヒョイヒョイと動き周ってるのだ。
 カエデは忍者ということもあり、木の枝から隣の木の枝へ飛び回ったりもしている。それは大河たちもその職業ゆえに驚かないのだが、さすがに平地を走るかのように、山道を駆けていく恭也の姿には驚かされた。

「おにーちゃん、元の世界ではおねーちゃんと一緒に、よく山籠もりしてますから、慣れてるんじゃないかな」
「山籠もり……」

その言葉の意味はわかっていても、それを実践する人間は少ない。なのはの呟きを聞いて、恭也と同じ世界出身の大河と未亜は苦笑していた。
なんというか、本当に色々できる男だった。

「でも本当にそれらしいものは見当たりませんね」

 ベリオは痩せ衰えてしまった木々を眺めながら言う。

「原因としてありえそうなのは、魔導兵器と大がかりな魔術よね」

 リリィも考え込む仕草を取りながら呟く。
 救世主候補たちが考えている原因はその二つだ。
 自然現象では、ここまで急激にマナが減少するというのはありえない。何かしらの原因があるわけだが、原因として上げられるのもその二つくらいしかない。
 ただ、魔導兵器はどんなものかわからないものの、大がかりな魔術になれば、リリィたちがここまで近づいてわからないわけがない。
全員で色々と対策を練るものの、具体的な案は出てこない。

「恭也さんとカエデさんを待つしかないかな」

 未亜は疲れを取りながら呟く。
 しばらく休んでいると、恭也が木々の間を抜けて駆けて来る。
そして休んでいる仲間を見つけ、近づいてきた。

「おにーちゃん、どうだった?」
「いや、特にそれらしいものはなかった」

 なのはが聞くと、恭也は静かに首を振る。
 それほど疲れをみせていないのは流石と言ったところか。

「そっちは?」
「こちらもとくに、魔術的なものもありませんでした」

 恭也たちが先行し広範囲で探索した後、他の者たちがその後ろから二人が見落としているかもしれないものを注意深く探って行ったのだが、やはり何もみ見つからなかったわけである。
 恭也が戻ってすぐに、カエデも木々の間を飛び跳ねながら戻ってくる。
 そして大河たちの目の前で着地。

「どうだった、カエデ?」
「ダメでござるよ、師匠。怪しいようなものはなかったでこざる」
  
 カエデの答えを聞いて、それぞれが肩を落とす。
 やはりこのメンバーでは探索は難しいか、と思っていた。何よりこれだけの広範囲を調べるには、これだけの人数では少なすぎる。

「ただ、途中で洞窟を見つけたでごさる」
「洞窟?」
「左様でござる、かなり大きいものでござった」
 
 カエデの話を聞いて、全員が顔を見合わせる。

「ここはその洞窟って所に行ってみるか?」
「だな。とりあえず怪しそうな場所は調べてみるべきだろう」
「洞窟なんて、何かを隠すなら最適だしね」

 とりあず怪しそうな場所から探す、というぐらいしかできないのだから、行ってみる価値はあるということだ。

「恭也さんたちは休まなくて大丈夫ですか?」

 後方組はそれなりに休めたが、恭也とカエデは彼女らよりも動き続けている上、休んでいないので、休憩をとるべきかをベリオは問う。

「いや、俺は問題ない。カエデはどうだ?」
「拙者も大丈夫でござるよ」

 恭也は体力的なこと、カエデは慣れがあるのだろう。それほど疲労はないらしい。
それに洞窟までの道のり、みんなについて歩く間に体力は回復できるのだ。
それならばと全員が立ち上がり、カエデの案内の元、その洞窟へと向かって行った。




 カエデが見つけたという洞窟に入り、それなりの時間が経った。

「いや、なんつーか、洞窟の探索なんてホントにファンタジーだよな」

 なぜかノリノリでカエデと共に先頭を歩く大河。
 カエデはとりあえず罠などがないかを調べながら歩き、その横には一応前衛の大河が歩く。その間に他の後衛組が歩き、殿を恭也が務めている。
洞窟内はそれなりに広く、多少歩きにくいものの、リリィが作り出したの魔法の炎に照らされ、危なげなく歩くことはできていた。

「洞窟に入るなんて日本じゃまずできねーし」
「それはそうだけど、もうちょっと真面目に探索しようよ、お兄ちゃん」
「何を言う、俺は至極真面目だぞ」
「ならいいけど」

 大河はどうも興奮気味なようである。
それに苦笑したり、嘆息したりの一同。
 そんな感じで奧まで進んでいくと、途中で道が二手に分かれていた。

「どうします?」

 それぞれの道を見渡した後、ベリオは全員に振り返って聞く。
 全員で片方に進んだ後、行き止まりなどになったらもう片方を探索するか、ここで二手に別れるか。

「ふむ、リリィの他に中を照らせる魔法を使えるのはいるか?」
「はい。私が使えます」

 恭也が聞くと、リコは手を挙げた後に、リリィのような炎ではなく、光球を作り出して辺りを照らして見せた。
 
「なら二手に別れよう。当然、リリィとリコは別々になるが」

 その話を聞き、なのはとリリィ、未亜とリコは恭也を見つめ、カエデとベリオは少しだけ大河との距離を詰めた。
 恭也はそんな一同には気づかずどうするかを考える。

「俺とカエデも別の方がいいな。俺もカエデほどではないが罠とかはわかる。となると残りはどうするか」
「なら俺もカエデの方に行くは、一応男も二手に別れようぜ」
「そうだな。それもいいか」
 
 別段男が二手に別れる意味はそれほどないのだが、手っ取り早く決めたいし、カエデは大河との連携に慣れているため、大河に頷いて返す。
 火力の二人はすでに別れているから、後は残りの三人はどうするか。

「ふむ、ベリオは大河の方で頼む」
「私はかまいませんが、いいんですか? それですと変則的になってしまいますが」
「前衛が二人いるからな、防御を得意とする者がいたほうが何かあった時に効率がいい」

 前衛が少ない恭也の方にも防御は欲しいが、残りの二人が後衛で、それもフォローに適している。ならば、防御は後衛が少なくなる大河たちの方に回した方がいいと考えたのだ。
治癒魔法もベリオが一番なのだが、少なくともリリィかリコが使えるから、深い怪我でも負わなければ問題ない。

「ということは、なのははおにーちゃんと一緒ってことかな?」
「私も、だね」
「ああ。頼む、なのは、未亜」

なぜか嬉しそうな二人を見た後、恭也はリリィとリコに視線を向ける。

「う……」

 だがすぐに顔を引きつらせた。
二人は睨み合っていた。なぜか二人の間には火花まで見える。
二人は恭也の視線に気づいたのか、彼の方に向いた。
 睨み合っていた時とは違い、恭也の向ける表情は笑顔。だが、その笑顔が異常なくらい恐い。

「で、恭也、私たちはどうするのかしら?」

 笑顔、そして優しい言葉で聞くリリィ。

「私が恭也さんの方に行きます。この前もそれで模擬戦を行いましたし、その方が動きやすいでしょう」

 リコは少し先制攻撃。
再び二人は睨み合う。
 それに恭也はさらに顔を引きつらせた後、大河の方へと視線を向ける。
 大河は俺を巻き込むなとばかりに首を振っていたが、恭也は無理矢理その腕を引っ張った。

「大河、ジャンケンで決めよう」
「ジャ、ジャンケン……って待て、勝った方がどっちかを決めるなんて言うんじゃねぇだろうな!?」

 勝ってしまった場合、自身の命が危ういということで、大河は叫ぶ。

「いや、勝った方がリリィ、負けた方がリコというのでどうだ?」
「それはそれで……」

 どちらにしろ大河は恨まれそうである。

「ならばコインだ」

 そう言って、恭也はこの元の世界の通貨を取りだした。一体どこにしまっていたのか、本当にいつのまにか手の中にあった。

「ぬぅ、まあ仕方がない。表がリリィ、裏がリコか?」

このままでは話が終わらないということで、大河はとうとう決めた。

「そうだ、ちなみにそれは大河について行く方だ」
「了解だ」

大河が頷いたのを見て、恭也はコインを弾く。
 宙に舞うコインを、大河と恭也は真剣に、リコとリリィは睨みように、他の者たちは引きつらせた笑みを見せて、それぞれ目で追った。
 コインはそのまま恭也の左手の甲へと落ち、そのまま右手で隠す。

「いいな、大河?」
「ああ」

 何やら重々しい二人。
 恭也が右手を引く。炎に照らされた手の甲に現れたコインは裏。
 その瞬間、リリィは小さく手を握り締め、リコはガックリと肩を落とした。

「老師、これでいいのでござるか?」
「ま、まあ、何事もなければすぐに合流すればいいんだ」

 カエデの言葉に恭也は頷くが、寂しそうな視線を向けてくるリコをなるべく見ないようにしていた。




 まあ色々とあったが、恭也たちは右手の方へと向かっていく。
 やはりこの洞窟はかなり深いらしく、かなり奧の方まで来ていたが、まだ続いている。
恭也と違い、足場の悪い所を歩き慣れていないなのはたちに歩調を合わせていたため、速度は遅いのだが。
 二手に別れて十分少々、いきなり広い空間に辿り着いた。

「大きいな」
「うん」
「何かあるかな」
「リリィ、もう少し明るくできないか?」
「やってみる」

 リリィは炎の火力を上げ、それを上へと向かわせる。
 天井近くで炎は燃え上がり、辺りを大きく照らす。
 そのおかげで辺りの様子が良く見渡せるようになった。
やはり、今までの道に比べるとかなり大きい空間。天井も少し高くなっている。

「おにーちゃん、あれ」

 恭也はなのはに服を引っ張られ、その指さす方向を見る。その先……広間の中央に、灰色の剣が地面に突き立てられていた。
リリィたちもその剣に視線を向ける。
 ただ突き刺さっているだけなのに、リリィとなのはは何か禍々しい気配を感じた。

「何か変、あの剣」
「ええ、何か変な魔力を感じるわね」

二人の魔法使いの言葉に、恭也と未亜は首を傾げた。
 恭也は魔力を感じることもできないのでわからない。未亜も魔力こそあるものの、それは矢を作り出すために使われるだけなので、そういったことはわからないのだ。

「召喚器にも魔力が籠もってるけど、それと似た感じなのよ。だけど、あれは禍々しい」

リリィは顔を顰めながら言う。
 それだけ嫌な魔力なのだ。

「とにかく、少し調べて見るか」

あれが魔導兵器である可能性とてある。調べないことには何も始まらない。
 恭也は、周辺の警戒を剣を見てどこか嫌そうな顔をしていたなのはとリリィに任せ、未亜と共に近づいた。
周りには特に罠などはなかった。

「私には普通の剣にしか見えないな」
「……見た目は確かにな」

近づいて見ると、少々異様な色であるものの、普通の剣。
 刀身は西洋剣に近く、厚く太い。柄もそれほど派手な装飾はない。無骨、と言ってしまっていい形をしている。三分の一ほどは地面に刺さってしまっているので、先端は見えない。
ただ気になるのは、刀身すらも灰色に濁り、何も映し出していないことだろうか。
普通の剣にしか見えない。だがどこか禍々しく、危険であると恭也の本能が警告している。
しかし、それを他の者に触らせるぐらいならば、自分が危険を覚悟でやるべきだと……後に考えれば間違いだという答えを出してしまった。
恭也は警戒をしながらも、右手で柄に手かけた。
 その瞬間だった。


「がっ、うぅぅ、ああああああ……!」


 入り込んでくる、侵食する、貪られる、高町恭也という存在を塗り潰していく。
 それは狂気であり、狂喜。
頭の中に響いてくる言葉にならない言葉。
怒り、憎悪、殺意、悪意。
 幾多の感情が流れ込んでくる。
それは個人ではあり得ない負の感情の渦。

『狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え……!!』
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……!!』
『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!』 
『滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ……!!』
『血を吸わせろ血を吸わせろ血を吸わせろ血を吸わせろ血を吸わせろ……!!』
『奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え……!!』


『殺せ! (寄越せ……) 滅ぼせ! (寄越せ……) 奪え! (寄越せ……) 狂え! (寄越せ……) 血を吸わせろ! (寄越せ……) 吸い尽くさせろ! (寄越せ) 憎い! (寄越せ!) 憎い!! (お前の体を寄越せ!!)』


「がぁぁああぁぁああぁぁあぁぁ!!」


 その時、高町恭也という存在は……それ以外のナニかに塗り潰された。




恭也たちと別れた大河たちは、足場が悪いにも係わらず全力で駆けていた。
恭也たちとは逆方向に向かったが、しばらく先に進むと行き止まりになってしまったのだ。行き止まりをカエデが調べたものの、何もないという結論になり、恭也たちと合流するため引き返した。
 そして、恭也たちと別れた場所まで戻った時、彼ら全員の召喚器が、突然警告を始めたのだ。
 それは意味ある言葉ではなかったが、確かに警告を促す。
リコも契約という繋がりから、恭也に何かがあったのを少なからず感じた。
 そして、ベリオとリコは強力な魔力と邪悪な気配とでも言うものを感じ、大河とカエデも似たようなものを感じ取った。
 すぐに恭也たちなに何かがあったのだ理解し、反対の道へと駆けだしたのだ。
リコの光球に導かれながらも奧へと進み、唐突に広い空間へと出た。

「大丈夫か!?」

 そこにリリィとなのは、未亜の三人を見つけ、大河はすぐに駆け寄る。

「お兄ちゃん、恭也さんが……」

呆然と呟く未亜が見つめる先、そこへと大河たちが視線を移す。
 そこには目を瞑った恭也が、両手をダラリと落として立っている。その右手には灰色の剣を力無く握っていた。
 その剣の刀身からは紫色の光のような、霧のようなものが立ち上っている。

「そんな!? あれは……デザイア!?」

リコは恭也が持つ灰色の剣を見て、まるで叫ぶように声を発した。

「リコ、知ってるの?」
「はい。書物で見たことがあります、あれは魔剣です」

本当は書物ではなくて、自らの知識なのだが、わざわざそんなことを言う必要がないため、いつも通り書物で調べたことにした。

「魔剣って……ほんとにファンタジーだな。まあ、今更だが」

大河は様子がおかしい恭也に注意しながらも、感心したような言葉を漏らす。

「ただの魔剣ではありません……デザイアは元召喚器です」

そのリコの言葉に一瞬時が止まった。

『はあ!?』

救世主候補たちは、同時に動き出し、やはり同時に驚きのため口を大きく開けた。

「あれが召喚器!?」

リリィは目を見開いて叫ぶ。

「はい。ただ先ほど言ったとおり『元』です。それに、かなり普通の召喚器とは違います」

リコはどこか忌々しそうに、恭也が持つ召喚器デザイアを睨み付けた。

「それよりおにーちゃんはどうしちゃったんですか?」

なのはは恭也を心配そうに見つめながらも聞いた。

「恭也さんは……」

リコもどこか辛そうに、灰色の剣から視線を離し、未だ呆然と立っている恭也の顔を見た。

「今、デザイアに飲み込まれようとしてるんです」
「の、飲み込まれるって……」
「デザイアに精神を飲み込まれるんです」
「いったいどういうことなの、リコさん!?」

未亜が言葉に意味はわからないが、そこに含まれる危険な気配を感じ取り、リコの肩を揺する。

「デザイアとは、元々特殊な召喚器だったんです」

リコは唇を噛みしめながら言った。さらに、その手はまるで何かを耐えるように握りしめられ、今にも爪が手の平を裂いてしまうのではないかとさえ思わせる。
そのリコを見て、一同は何かとてつもないことが、恭也に起きているということだけは理解できた。

「特殊?」
「はい。あの召喚器は誰かの内に眠っていたわけではないのです。あれは代々受け継がれてきた召喚器なんです」
「受け継がれるって、そんな召喚器があるの?」

ベリオは信じられないというような表情で、全員の心情を代弁して呟く。

「リリィさんのライテウスのようなものです。それは元々学園にあったのを、リリィさんが見つけ、主として認められたのですよね?」
「ええ、そうよ」

リリィは自らのライテウスを眺めながら頷く。
リリィのライテウスは、他の者たちのように召喚したわけではない。元々、学園に隠されていたのを、リリィがライテウスの声を聞いて、見つけたのだ。もっとも、それからライテウスの声を聞くことはほとんどなかったが。

「デザイアも同じなんです。呼び出すのではなく、そこにある召喚器。たとえ使用者がいなくなろうが、死のうが、デザイアは消えない。そして、また新たな主に寄生するんです」
「寄生って……」
「あれは、使うんじゃないんです。使われるんです。主はデザイアにとって人形でしかない。つまり支配型の召喚器。支配されれば……殺戮に狂う」
「なんだそりゃ?」

大河は訳がわからずに問い返す。
召喚器を使っている彼らだからこそわかる。召喚器とはそんなものではない。それどころか自分たちに力を与え、その力の使い方を教えてくれるのだ。

「だから、デザイアは召喚器でありながら魔剣と呼ばれているのです」
「どうしてそんなものがあるのよ?」
「そこまでは私にもわかりません。ただ、最初にデザイアを召喚した救世主候補も狂人であったらしいです」

リコはやはり、見たことがないように言っているが、幾億の昔に白側にいたデザイアの初代の使い手を知っている。
ただ、彼女が赤の精とはいえ、召喚器がなんであるのかは知らない。元々彼女が誕生する前には、召喚器は存在していたから。

「その後、その救世主候補が死んでもデザイアは残り続けました。
 そのデザイアを巡っていくつもの戦いが起こり、さらにその戦いに勝利し、デザイアを手に入れた者は剣に取り込まれました。そして、デザイアに取り込まれた者、それに殺された者たちの負の感情が剣に溜まっていくという悪循環になった」
「なんで……なんでそんな剣を巡って戦いが起こるの?」

なのはは恐怖のためか、口を手で押さえていた。

「デザイアが召喚器だからですよ」
「ちょっと待ってくだされリコ殿、召喚器だからとて、それほどまでに危険な剣を……」
「忘れたんですか? 召喚器を持っているということは救世主候補になれるんです。そして、うまくいけば救世主になれるかもしれない」

リコがそこまで説明して、ようやくリリィは気づいた。

「救世主になれればどんな望みでも叶えられる」
「そうです」

 リコはすぐに頷く。
肯定されてもリリィはちっとも嬉しくなどない。自分がなりたい救世主をバカにされているようなものだ。

「もちろん、正当な理由で救世主になりたいと思った人も多くいるでしょうが、そんな人たちでも制御は不可能でした」

リリィの考えていることがわかり、リコはそう付け加えた。
もっともリコがデザイアに取り込まれた者を主にする訳がない。イムニティもその扱いの難しさから、自らの主に選ぶとは思えないので、デザイアの持ち主が救世主になれる訳がない。
 だが、そのことを知る者はいないのだ。救世主の伝承が歪んだ形で伝わっているからこそ、デザイアを手に入れようとしていた者たちがいた。

「使用者がいないデザイアは、救世主候補でない者にはとてつもない宝だったんです」

 リコはあえて言わなかったが、そのデザイアも今まで男を使い手にさせたことはない。それは他の召喚器と同じで、女性しか使い手にはなれず、男ならば支配されることはなかったのだ。それだけは、召喚器としての特性をなくなっても失わなかった効果だ。
 だが今回の恭也は男でも、その内に召喚器を宿している。だからこそ、デザイアは恭也を支配することも可能なのだろう。

「今まで乗っ取られなかった人はいないの?」

ベリオの問いに、リコはゆっくりと首を振る。

「お、おにーちゃんならきっと……」

それでもなのはは希望を見いだそうとする。
 リコとて恭也を信じたい。だが、彼女は全てを見すぎていた。

「確かに恭也さんの精神力は普通の人を凌駕していると思います。ですが、救世主ですら無理だったんです」
「え?」

またもリコから信じられない言葉が漏れる。

「かなり前に救世主が誕生したとき、白……破滅が苦し紛れにデザイアを救世主に持たせました。その救世主すらも狂ったんです」
「き、救世主が……」
「ただ、彼女は救世主だったからなのか、最後には自分を取り戻し、自らの命を絶ったのです」

もっとも、一部は救世主の使命に耐えられなかったというのもある。

「その後デザイアの支配力はさらに強力になりました」
「救世主の負の念も吸収したから?」
「そうです。それにより、本当に誰もがあれを扱えなくなったことになります。
デザイアは、色々な人間に使われ負の念が溜まったからこそ、召喚器としての力を失ってしまったんです。今残されている力は、人を操る力と召喚器であったときの能力の一つだけ。
 でも、二千年前に姿を現して以来、歴史には登場しなかったはずなんです。まさかここに封印されていたなんて……」

おそらくマナ消失の原因は、このデザイアだろう。
 二千年前、おそらく生き残った誰かがこの場所に封印したが、時の流れでその封印が解け、その時の戦いと封印の間に失った力を取り戻すために、デザイアがこの辺りのマナを貪ったのだ。
全員が驚いて口を開けない。
そんなものを恭也は持ってしまった。

「私がちゃんと注意してたら……」
「おにーちゃん……」
「私も近くにいたのに」

一緒にいた三人が後悔の表情を見せる。
恭也には魔力がない。だからこそ、デザイアの異質さに気づけてにも、その異様な魔力には気付けなかったのだ。
なのはも白琴を持っていて、さらに正統な魔法も使えるようになった。それなりにそういう方面に強くなっているため気づけた。
 未亜はあの時、一番恭也の傍にいた。なのに恭也に剣を持たせてしまった。
後悔という意味ではリコも一緒だ。
彼女は、デザイアの封印には立ち会っていなかった。だがデザイアの存在は知っていたのだから、気づけたかもしれないのだ。

「恭也は……どうなるんだよ」

そう、今一番重要なのは、これから恭也がどなってしまうのかだ。

「デザイアを……持ってしまった人の辿る道は二つ……です」

リコは本当に唇を噛みしめて声を絞り出す。

「一つは先ほど言ったように、乗っ取られ、支配されてしまうこと。そして、もう一つは精神が壊れてしまい……死んでしまいます」
「乗っ取られるのと、精神が壊れるのは一緒なのではござらんか?」
「いえ、デザイアは乗っ取る場合は精神を壊しません。壊さずに自らがやっていることを、本来の主に見せつけるそうです。最初の段階で精神が壊れてしまったものは用無しとして、デザイアが殺してしまうんです……」
「えげつねぇ剣だな。ファンタジーでももうちょっとまともなもんだぞ」

大河は忌々しげに、恭也が持つデザイアを見つめる。
リコも悔しげにデザイアを睨む。
ここで恭也が死ぬようなことになったら、赤の主が死ぬことになる。それはつまり白の主が救世主となってしまうということだ。
そして、この世界を救うことができるただ一人の存在を亡くすという意味だ。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
リコにとって一番重要なことは、恭也が死んでしまうこと、そんなことは看過できない。
こんなときだというのに、紅の精も現れない。何を考えているのか。
そこまでしてあの存在に気づかれたくないのか、彼が死んでしまえば全て終わりだというのに、そう考えて、リコはレティアに殺意さえ覚える。

そのとき恭也に変化が起きた。
力無く落とされていた腕に力が入り、デザイアの柄を握りしめた。
それを見て、全員が唾を飲み込む。
次の瞬間、恭也の目が開く。

「っ!?」

思わず全員が一歩後ずさった。
その目は確実に救世主候補たちを捉えている。
だがその視線には、今まで恭也から受けたことがない感情が乗せられていた。
そこにあるのは、負の感情。
そして、この瞬間より救世主候補たちの最悪の悪夢が始まる。






あとがき

 最強の敵、登場。
エリス「なんかやっちゃいけないことしたような」
いや、まあやるつもりの話だったからね。召喚器の名前はサクリフェイスにして、形状も光の輪しようかと思ったけど、やっぱりエンジェルブレスをやる前に決めてた話だから、オリジナルの名前と形にした。
エリス「安直だけどね」
言わないで。
エリス「さて、次回は?」
 この状態だと一つでしょ?
エリス「まさか、恭也が破滅に!?」
 なんでそんな方向へ!? 少なくとも恭也編がそうなることはないと思うぞ。
エリス「まあ次回のお楽しみということで」
 そんな感じで。
エリス「それではまた次回で」
 ありがとうございましたー。
 







おおー!
美姫 「とっても気になる所でつづく!」
ああ、一体どうなる、どうする!?
次回が非常に気になります!
美姫 「次回を首を長くして待ってますね」
ああー、次回はどうなるの〜〜。



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