『選ばれし黒衣の救世主』




人は生きているだけで、大なり小なり罪を犯す生き物だ。
なら、私は?
 ……私はきっと大罪を犯している。
この想いが生まれたのはいつだったのだろうか?
それはもう思い出すこともできない。
それが極自然なことだったからなのか、それとも私という意識が芽生えたときにはあったからなのか。
わからない。
だけどずっと昔に、この想いは私の胸の中にあったのだと思う。
その想いを自覚した後は大変だった。
次から次へと想いが溢れてきて、止まらなくて。
だけど、この気持ちは罪だ。
なぜなら、その想いを向ける相手は……私が恋をした相手は、私と半分だけ血の繋がった兄なのだから。





第五章 遠い世界から来た仲間





その狭い部屋にいるのは四人の男女と一匹。
全員が、とりあえず床やベッドに座っている。
一匹に当たる狐は、この部屋の主である恭也の膝の上で丸くなっている。
そんな狐に羨ましそうな視線を向けている女性と少女。
そして、男はその二人を見て苦笑している。
無論、恭也は視線の意味も、苦笑の意味も理解していない。

「それで、いったいどういうことなんですか?
どうして、この世界にいるはずのない耕介さんに知佳さん、その上なのはや久遠までいるんですか?」

恭也の目の前にいる人物たちは、この世界にはいるはずのない知り合いに家族、その友人だった。

「いや、俺たちだけじゃないよ」

そう言って、耕介は刀袋から一本の太刀を出して、鞘から抜いた。
すると刀身から白い煙が出て人の形をとり、式服を着た金髪の美女が現れる。

「お久しぶりです、恭也様」
「十六夜さんまで」

恭也は頭を抱えたくなったが、なんとかそれに耐えた。

「どういうことなんですか?」
「いや、それがレティアって娘に連れて来られたんだ」
「レティアに?」

世界を渡る方法などそうあるものではない。レティアの話だと、赤の書というのと白の書。そして、彼女が持つ紅の書だけだと言っていた。
もし赤の書とやらでアヴァターに来ていたなら、リコが気づいているはずだ。

「でも一体どうして?」

恭也がもう一度聞くと、知佳が顔を突き出してきた。

「えっと、最初から話すね。
私が休暇でさざなみ寮に帰ってたのは覚えてるよね?」
「はい」

当然だ。恭也は、あちらではどの程度の時間が流れているかはわからない。だが、つい最近、彼女が帰って来た名目で宴会が開催されたばかりである。

「それで、私とお義兄ちゃんが夕食の準備をしてたの」

知佳がそこまで言うと、今度はなのはが口を開く。

「私はく〜ちゃんとさざなみ寮で遊んでたんだけど」

あのアヴァターへと飛ばされた日に、なのはが久遠とさざなみで遊ぶ約束をしているという話を聞いた。
ということは、まだ日にちはそれほど経っていないようだ。

「くぅ〜ん」

なのはの言うとおりとばかりに久遠が一鳴きした。

「その時さざなみにいたのが、たまたま俺たちの四人だけだったんだけど。そしたら、そのレティアちゃんがいきなり現れたんだよ。
それで俺と十六夜さんが、恭也君に霊力の扱い方を教えてほしいって頼まれてね。とはいえ状況がよくわからなかったから話を聞いたんだ」
「ということは……」
「はい。恭也様が置かれている状況と、この世界のこと、破滅のこと、私たちは簡単な説明はされております」

その話を聞いて、すぐに納得し、順応するのは、さすがはさざなみの住人たちにして、高町家関係者と言ったところなのだろうか?

「それを聞いたらさすがに放ってはおけないし、恭也君だけを戦わせるのも嫌だったからね。俺も戦うことを条件に彼女の頼みを受けたよ。彼女は渋ってたけどね」
「なるほど……」

恭也は小さく頷いた。
つまり霊力を扱う方法として、耕介と十六夜を頼ったわけである。渋ったのは、あの時の他の人を巻き込む、巻き込まないという話を思い返してだろう。
ただ、耕介という人がこういう人物であることを恭也は理解していたし、今から戻れと言っても聞かないことも分かっていた。
ならば協力してもらおうと恭也は決めた。
だが、解せないことがある。

「でも、それならなぜ知佳さんとなのはまで? 久遠はまだ戦う力がありますけど」

恭也にはこれが引っかかる。

「私もお義兄ちゃんと一緒だよ。あんな話を聞いてじっとしてるなんてできない」
「ですが、知佳さんは……」
「私の能力のこと忘れたの?
 確かに戦闘はあまり得意じゃないけど、補佐ぐらいはできるよ。それに国際救助隊での知識も活かせるかもしれないし」
「しかし……」

確かに知佳の能力と知識は、破滅との戦いが起こったときに有用なものになるかもしれない。
だが、いくらなんでも危険すぎる。

「はは、あきらめなよ、恭也君。
うちの妹は姉に似て、こうと決めたら絶対に曲げないってところがあるからね」

彼女の義兄である耕介にこう言われては、恭也も強く反論はできない。

「わかりました。ですが、危ないと思った時は絶対に逃げてください」
「うん。わかってるよ」

知佳はそう言うが、本当にそういう状況になったとき、彼女が逃げることはないだろうということはなんとなくわかっていた。それでも、その言葉は聞いておきたかったのだ。
恭也は知佳のことは納得したとして、もう一人の大切な人物……なのはに視線を向けた。

「それで、なぜなのはまで?」
「うん。私は役にたてないって……むしろ邪魔だっていうのはわかってたから、ついて来るつもりはなかったんだけど」
「それではなぜ?」
「レティアさんが私も来るようにって」
「レティアが?」
「うん。理由は話してくれなかったんだけど」

レティアがなのはまで連れて来たのには、間違いなく何かしらの理由があるのだろう。そう思えるぐらいに、恭也はレティアを信用していた。

「そうか、レティアが言ったのなら何か理由があるんだろう。今度会ったら聞いておく。
だが、絶対に一人にはなるなよ。なるべく俺たちの側にいるんだ」
「うん。わかった」
「ああ。大丈夫だ。なのはは俺が守るから」

恭也は笑ってなのはの頭を撫でる。
 するとなのはは、なぜか顔を真っ赤にして俯いてしまった。ここ最近こんな感じではあるのだが、別に嫌がられているわけではないらしい。ただ、大きくなったので恥ずかしがっているのかもしれない。

「ありがとう、おに〜ちゃん」

それでもなのはは、笑顔を恭也に向ける。
大丈夫、この笑顔は絶対に守ってみせる。
恭也は心の中でそう誓った。




その日の晩は、全員が泊まるところがないため、仕方がなくこの狭い部屋に四人と一匹と一刀が眠ることとなった。
最初は恭也が外で寝ると言っていたのだが、それはさすがに止められた。
とりあえず、知佳となのはがベットで眠り、久遠もその間で眠っている。
恭也と耕介は床に直接、身を横たえて眠っていた。
別に慣れているため寝苦しいわけではなかったが、恭也は目を覚ました。

「おはよう、マスター」

いつのまにいたのか、この前と同じ体勢でレティアが恭也を眺めていた。

「レティア?」
「ええ、会いに来たわよ。聞きたいこととかあるだろうし、私も弁解と説明がしたいしね」

恭也はともかく、レティアは普通通りの声量で話しているのだが、他の者たちが起き出す気配はなかった。

「大丈夫。他の人たちには深く眠ってもらってるから、少しぐらいの物音じゃ起きないわよ」

どういう原理なのか……それとも魔法なのかはわからないが、実際に言うとおりになっているので恭也は頷いて返した。

「とりあえず、その槙原耕介さんと十六夜さんに霊力の扱いを教わること。いいわね?」
「ああ。そのへんはわかってる」

それは耕介自身が説明してくれたことだ。

「しかし、なんで十六夜さんだったんだ?
 耕介さんが使っていたのは御架月だったはずだが」

そして、十六夜は神咲薫が使っていたはずなのだ。

「あ、それはマスターが男でも女でも、どっちでもいいって言ってたから」
「は?」

恭也は身に覚えのないことを言われて、思わず眉を寄せてしまう。

「ほら、私の手紙の答えで男も女も好きって」
「あ、ああ」

そんな独り言を言ったのを恭也は思い出した。
レティアの言いようは、どこか自分の考えていた内容と答えとは斜め上を行っているような気がしないでもないが。

「男って答えればマスターが言った通りに連れてくるつもりだったんだけど。
 あ、ちなみに女って答えていたら、神咲薫さんに十六夜さんのつもりだったから。もしくは神咲那美さんと十六夜さんだったかもね」

那美には悪いが、彼女でなくてよかったと恭也は心の底から思った。間違いなく彼女には、そういった戦闘系のことを人に教える才能はないだろう。
 霊力の扱いが戦闘系だけというわけではないが、恭也が教えてほしいのは、主に戦闘に関してである。

「ま、マスターがどっちでもいいって言うから半々にしたわけ」
「しかし、十六夜さんを持っていたのは薫さんだろう。どうやって耕介さんに?」
「そのへんはきっちり細工したわよ」
「さ、細工?」
「聞きたい?」
「いや、いい」

どこか、自分の母親や悪友が悪戯をする時のような綺麗すぎる笑顔をレティアがみせたため、ほとんど反射的に答えていた。
レティアは少しおもしろくなさそうな表情をとったが、すぐに元に戻した。

「ホントはマスターに霊力の扱いだけ教えてくれたら、すぐに元の世界に戻そうと思ってたんだけど。長年、マスターとその周辺を眺めていたのに、あの人たちの性格を忘れてたわ。簡単にだろうと、あんな説明したら、あの人たちは戦うことを選んじゃうわよね。大切な人が巻き込まれるなら。
ごめんなさい、浅はかだったわ」
「いや、別にそれについては何も言わない。耕介さんたちの立場が俺でも同じようにするだろうしな」

恭也は、もうそれについては納得していたため怒ってなどいない。もっとも最初から怒ってなどいないのだが。

「ただ、もう他の人たちには伝えないでくれ」
「ええ、わかってるわ」

できるだけ他の人たちを巻き込みたくないという思いから、恭也はレティアに頼む。

「それとこれ」

レティアは、どこからともなく黒塗りの鞘に包まれた一振りの小太刀を取り出した。
そして、それを恭也に渡す。

「これは?」
「霊剣よ。剣に霊力を乗せるには、霊剣が必要だから持ってきたの」

恭也はレティアの話を聞きながらも、受け取った小太刀を鞘から抜いた。
大きさ、重さなどはほとんど八景と変わらない。
だが、明らかに普通の小太刀とは違う。
恭也が霊力に目覚めたせいなのか、確かに大きな力を感じことができるし、刀身が炎のように紅かった。
彼女に関わるものは、すべて紅なのか、とか考えたりしてしまう。

「十六夜さんとかみたいに魂が直接入ってるわけじゃないけど、その力は十六夜や御架月に負けてないはずよ。
剣自体の強度や切れ味も、八景や龍鱗どころか召喚器にさえ迫るかも。
名は紅月」
「紅月か……。
しかし、どこで手に入れたんだ?」
「心配しなくても、どこからか盗んできたとかじゃないわよ。そのへんは気にしなくてもいいわ」

別にそういう心配はしていなかったのだが、そう言われると逆に心配になる。

「とりあえず、それで霊力を操れるようになって」
「ああ。ありがとう」

恭也は紅月を鞘に収めて、八景の隣に置く。
そのあとに、再びレティアへと向き直る。

「それより、なのはのことなんだが」
「ええ。今回はそれが一番重要」
「やはり何か意味があるのか?」
「あるわ。それもかなり厄介な」

レティアはため息をつきつつ、頷いてから答えた。

「マスターの妹……なのはちゃんは救世主候補の資質を持ってる」
「なんだと?」
「はっきり言っちゃえば召喚器を呼べるわ。まだ彼女の意識が召喚器に向いてないから、気づいてないでしょうけどね。
私は救世主候補を判別する能力は後付けで、その能力自体がそんなに高くないから気づけなかったの。まあ、もともと創られた用途と創り主が違うから当たり前だけど。
 たまたま赤の書がなのはちゃんに少し反応しているようだったから、それで調べてみて気づいたのよ。それでも、これも私の落ち度だわ」

もともと、レティアがなのはを連れてきた理由は予想できるものではなかったが、この答えには大きな衝撃を恭也に与えた。

「つまり、なのはを救世主候補として連れて来たのか?」

恭也の問いに、レティアは首を振って否定する。

「逆、救世主候補にしないために呼んだの」
「どういうことだ?」
「まだリコ・リスに連絡はしてなかったみたいだけど、遅かれ早かれ彼女には完全に捕捉されていたはずよ。そうなれば召喚されていたと思うわ。
マスターの妹だもの、自分に戦う力があるって知らされて、なおかつ破滅のことなんか聞いたら、あの娘は話を受けるでしょ?」

恭也は、確かにと納得してしまう。
 なのはは争い事などは好まないが、それでも破滅のことを聞いて、戦う力があるのならじっとしていられるような娘ではない。
今回は恭也が関わっていたため、その彼を信頼していたからこそ、関わる気はなかったのだ。恭也がこの世界にいることを知らずに、召喚器のことや破滅のことを聞けば、まず間違いなく、大切なものを守るためになのはは戦うことを選ぶ。
いや、それはなのはに限ったことではない。
恭也の周りにはそういう人ばかりがいるのだ。
例えば、今回この世界に来た耕介や知佳たちなどのように。

「だから、逆に救世主候補とばれる前に私のほうからこの世界に送ったのよ。
私としても、彼女に救世主候補……というよりも本当の救世主にでもなられたら最悪だもの」
「しかし、捕捉される前にこの世界に来たからといって、ばれないという保証はないだろう」
「そうね。実際、リコ・リスに見つかれば、ばれる可能性が高いと思う」
「なら意味がない」

レティアがいとも簡単に肯定したため、恭也は語気を僅かに荒くした。

「大丈夫、あの子の心情から言って、周りに救世主候補としての資質があるかないかがばれていなければ、たぶん自分から言うこともないと思うわ。
周りの人たちも、まさかあの娘が救世主候補だなんて思わないだろうし」
「リコがばらさない?」
「ええ。もっとも私の予想にすぎないし、あの世界に居続けて、赤の書に完全に捕捉されて、ほかの人間にまでばれるよりはマシぐらいの低い確率よ。
 とりあえず、そのへんのことを考えて、木を隠すには森の中、というわけでこの世界に送ったの」

レティアの説明に、恭也は少しだけ考えたあとに口を開く。

「しかし、この世界にみんなが召喚されたこと自体がばれる可能性はないのか?」

恭也の場合は、この世界に召喚された時点で、すでにリコや他の者たちに見つかっていた。
つまり、なのはたちのことも、すでに召喚されたこと自体がばれている可能性がある。

「大丈夫、そのへん抜かりはないわ。マスターのときは、異世界の人間だってばれたほうが後々の利点が多いと思ったから、わざとリコ・リスに捕捉させたんだもの。
彼女の異世界からの召喚は、召喚の塔の魔法陣を使わずにはできないし、私は他の場所に作ったのを使ったし、リコ・リスにばれないように細工もしたしね。
 召喚……というか、世界間の移動技術は私の方が上だから、そのへんは絶対に自信があるから大丈夫」
「なるほど」

レティアの説明に、恭也は何かを考えながらも頷く。

「なのはちゃんにもそのへんのことは黙っておいたほうがいいと思うわよ。
 あとはマスター次第、彼女が下手に危険な目にあえば、召喚器は主を守るために出てくるわ」
「ああ。なのはは俺が守る」
「ごめんなさい」
「いや、レティアはなのはのことを考えてそうしてくれたのだから別にいいんだ」

恭也は首を振って、彼女を安心させるように笑ってみせた。

「ありがとう」

レティアも笑って返す。

「あ、そうそう。明日頑張ってね」
「は? なにを?」

レティアの突然の言葉に、恭也は不思議そうな顔をする。

「だって、四人が来た経緯を学園長ぐらいには話さないとダメでしょ? 
 じゃないと、十六夜さんと久遠ちゃんはまだいいとしても、三人の行動がかなり制限される。それにいつまでこの狭い部屋で全員を眠らせるつもり?」
「あ……」

確かに、今、一番重要なことを忘れていた。

「言っておくけど、私自身のことと紅の書のことは言ったらダメだからね」
「そ、それは分かっているが、ならどうやって説明しろと?」
「そのへんは自分たちで考えて」
「そんな無責任な」

レティアに近寄ろうとするが、その前に彼女は立ち上がった。

「じゃ、私は帰るから、頑張ってね〜。ばいば〜い」

本当にそれだけを言い残して、この前と同じように消えてしまった。
そして、部屋には頭を抱える恭也と、そんな彼の心情など知らずに安らかに眠る三人と一匹と一刀が残された。





とりあえず流石と言うべきか、日が昇ると、ほぼ全員が早くに目を覚ました。
なのはだけが、朝が弱いためにふらふらしながら起き出したのだが。
そして、昨日と同じように話をする体勢をとる。

「……というわけなんですが」

恭也は、とりあえず昨日レティアと話した問題……なのはのことは話さずに、学園長にどうやって説明するかの意見を聞く。

「なるほど、難しいな」

レティアのことを言えれば問題はないのだが、彼女のことは秘密にしなければならないらしいので難しくなってしまう。
恭也と耕介は首を動かしながら考えている。

「ならこういうのはどうかな……」

知佳は少し笑って話しはじめる。

「え、でもそれなら……」

なのはもそれに乗り出す。

「あらあら、それでしたら……」

十六夜も二人の話に肉付けしていく。
そんな三人の話を、恭也と耕介は唖然としてながら聞いていた。
三人が語っているのは間違いなく策と言えるものだった。それも、恭也や耕介が思いつかないような。
自分の武器を把握して、それで交渉するための策。
さらには、恭也にミュリエルの大体の性格まで聞き、彼女の返答まで予測しながら、交渉のシミュレートをしている。
しばらくして密談は終わる。

「よ、よくそこまで思いつきますね」
「あ、会ったこともない相手の返答まで予測してるし」

男二人は、少し引き気味に女性三人を眺めている。

「だてに漫画家の……お姉ちゃんの妹はしてないよ」
「なのははおか〜さんの娘ですから」
「私も何百年と色々な方を見ていますから」
「くぅ〜ん」

久遠の返答はともかく、笑って答える三人の言葉は妙な説得力を持つものだった。




今、恭也たちの目の前には、どこか威圧感を放っているように感じるミュリエルがいる。
だが、その威圧感に怖々としているのは、なのはの腕の中に収まっている久遠のみである。
なのはも内心はともかく、表向きは平静にしていた。

「その三人も大河君たちやあなたと同じ世界から来た……ということですね」
「ええ、その通りです」

恭也は軽く頷いて返す。

「ですが、昨日、今日は召喚された者がいるとは聞いていません。
それとも、あなたのようにイレギュラーであったと?」

どうやらレティアが言ったとおりに、耕介たちが召喚されたことはばれていないらしい。ばれていたらすべてが台無しのところだった。
しかし、間違いなくミュリエルは疑いの視線を恭也に向けていた。もしかしたら、破滅の一員とでも思われている可能性すらある。
だが、この時から恭也たちの……正確には知佳となのは、十六夜の策は始まっている。
 恭也はその策の通りに進めればいいのだ。


「確かにイレギュラーです。
 ですが、俺と違って、どうやってこの世界に来たのかはわかっています」

恭也は、自分もどうやってこの世界に来たのかがわかっているのだが平然と言い切る。
その恭也の言葉に、ミュリエルは少しだけ目を細めた。

「俺とは違う点。
それは学園長が仰ったとおりです」
「あなたと違う点?」
「俺は召喚の塔に現れました。つまり、赤の書ではありませんが、何かにこの世界へ召喚させられたという可能性が高いということですよね?」

そのなにかも、もう恭也は知っているのだが。

「……そうですね」
「ですが彼らは学園長が仰ったとおり、召喚の塔に現れたわけではありません。
つまり、俺のように召喚されたわけではないということです。無論、召喚士でもありません」
「召喚以外に世界を渡る方法があるとでも?」

レティアの話ではないということである。
ここからが綱渡りの部分になる。
あの力が、この世界では未知のものでなければ策は通用しなくなるのだ。

「ここからは私が説明します」

そう言って、知佳が一歩前へと進み出る。

「あなたは?」
「仁村知佳と言います」

知佳は頭を下げてから口を開く。

「簡単に言ってしまえば、私たちがこの世界に来たのは事故です」
「事故? 事故で世界を渡れると?」
「私たちがここにいる、それがその証明だと思います」

いつもよりも毅然とした表情で知佳は受け答える。

「この世界にHGSという病気はありますか?」

知佳がその質問をしたとき、後ろで話を聞いている恭也たちは、ミュリエルにばれないように唾を飲み込む。
そう、この病気がこの世界にあった時点で話は一転二点してしまう。

「いえ、私は聞いたことがない病気です」

ミュリエルの返答に、やはり全員がばれないよう、ほっと息をつく。
その返答が、この世界にHGSがないという確証ではないが、少なくともミュリエルは知らない。だが、それだけで十分だ。

「そうですか、では……」

知佳がそう言い、何か機械の箱をいじると甲高い音が響く。
それが止むと、知佳の背中に白い翼が表れた。
今までほとんど表情を変えなかったミュリエルが、初めて驚きの顔をみせた。

「これがHGSという病気です」
「病気? それが?」
「ええ、病気なんですよ。先天的な遺伝子障害病。
そして、その中でもフィンという翼を持つ者には超能力が与えられるんです」
「超能力?」
「ええ」

知佳が頷くと同時に、その姿が消える。

「こんなふうに、テレポートなんかを使うこともできます」

そう言いながら、知佳は学園長室のドアを開けて、再び中に入ってきた。
ミュリエルは、それをやはり驚きながら見ている。

「この世界にもテレポートの魔法はあるんですよね?」
「え、ええ。もっとも、あなたのように呪文の詠唱もなくテレポートすることなどできませんが」
「私の場合は魔法というもののほうがよくわかりませんけど」

知佳はミュリエルの言葉に笑って返しつつ、翼を消した。

「話を戻しますね。
元の世界でちょっとしたことがあって、他の二人と久遠を連れてテレポートしなくてはいけない状況になってしまったんですけど、そのさいに能力が暴走してしまって、気がついたらこの世界に……正確には、部屋にいた恭也君の前にいたんです」

本当は部屋でも、恭也の目の前に現れたわけでもない。
というよりも、そのほとんどがハッタリ、嘘である。実を言えば、突っ込まれれば、色々と答えを窮するようなことがいくつもあるのだ。

「彼の前にですか?
 何か理由が?」

これは予想していた質問。

「ええ、それもなんとなくわかっているんですけどね」
「なぜですか?」
「もともと、私たちは恭也君の知り合いですし、なのはちゃんは彼の妹です。
そういう意味では、彼に繋がりがあったんですよ。
 今までの実験なんかでも、HGSの人が親しい人の前にテレポートしてしまうということはありましたから。
それで、私たちのほうが恭也君に引き寄せられたのか、それとも私の力が恭也君のほうに向かってしまったか。もちろん、この世界自体に何らかの原因があって、それに引き寄せられた可能性もありますけど」

やはり実験云々は嘘だ。
なるべく意識して、このへんの説明は曖昧にしている。下手に理由を確定するほうが突っ込まれかねない。
さらにHGSの病気が未知のものであるならば、世界を越える力はないと完全に否定することはできない。
恭也たちから見て、魔法で世界を越えられると言われれば、それを否定する材料がないように。

「なるほど」

ミュリエルは、本当に納得したかはわからないが頷いてみせた。

「それで、あなた方は恭也さんからどこまでを聞いていますか?」

どうやら追求はないらしい。
全員が内心で安堵の息をつく。

「だいたいのことは聞いていますよ」

耕介が答える。
ここからが第二幕だ。

「では、あなた方にも試験を受けて頂きたいのですが」
「うーん、私は遠慮しておきます。あまり戦いとかは得意ではないんで」

知佳はすかさずに返した。

「あなたの力は非常に頼りになるものだと思うのですが」
「そうなんでしょうけど……。ですけど、やっぱりやめておきます」

知佳としても、恭也と一緒で救世主には興味がないのだ。自分の力が必要なときには躊躇せずに使うが、それ以外のときに使用するつもりはないのである。

「私もやめておきます。おに〜ちゃんと違って戦う力とかないので」

なのはの答えには、ミュリエルはそれほど反論もせずに頷いた。
それを見ていた恭也は、誰にも気づかれないように安堵する。
これで今までとは違って、恭也だけの賭けは成功した。

「そちらの方は?
恭也さんのように強いのでは?」

ミュリエルのその質問に耕介は苦笑う。

「いえ、俺もやめておきます。
正直、恭也君には手も足もでませんから。救世主候補というのは、彼と同レベル以上と聞いてますし、本来、男は手に入らない上に、恭也君が手に入れられなかった召喚器を俺が手に入れられるとも思いませんから。
 それに俺はもう学生って言う歳じゃないですしね」

恭也に手も足も出ないというのは嘘だ。
剣の腕は確かに恭也のほうが上だが、霊力も使えば耕介は恭也と真っ当に戦うことができるどころか、その上をいける。
と、恭也は思っているのだが、耕介は今の台詞を本気で言っていた。それも霊力を使っての状態を考慮して。
まあ、それは置いておくとして、本来、耕介がこう言えば、いつもの恭也ならやんわりと否定するだろう。
ただ、今回の耕介の答えは必要なもので、恭也は何も否定しなかった。

「そうですか」

ミュリエルは頷くものの、落胆の色はなかった。
それに全員が気づき不思議に思うが、やはり顔には出さない。

「それで、ちょっとお願いがあるんですけど〜」

知佳が笑いながらミュリエルに近づく。

「なんですか?」
「えっとですね。私たち帰る方法がないんですよ」
「そうでしょうね。ですけど、私たちもそれは……」
「いえ、別に帰り方を聞いているのではなくて」
「では?」
「俺たちを雇ってくれませんか?」

耕介も愛想笑いをしながらミュリエルに言う。

「この世界で生きるにはお金と寝床が必要なんですよ。ですから、できればここで雇ってほしいな、と」

耕介たちの願いは切実なものであった。働かざる者食うべからず、である。

「私たちもおに〜ちゃんのそばのほうが安心できますし」

なのははまだ働くには若いのだが、そんなことも言っていられない。

「俺は元の世界で調理師免許を持ってるんで、できれば食堂なんかで働かせてせてもらえると」
「私も料理は得意なんで」
「私は母の家業の喫茶店を小さいときから手伝ってたんで」

三人はミュリエルの限界間近まで近づく。
それに彼女は、顔を少しだけ引きつらせて後ろに下がろうとするが、椅子に座っているためそれ以上後ろに下がれない。
三人はさらに顔だけをミュリエルに近づけていく。

「「「ダメですか?」」」
「くぅ〜ん……」

三人と一匹の懇願に、さすがのミュリエルも冷や汗を流している。
恭也もどこかミュリエルを哀れむように見ていた。

「わ、わかりました。雇いますから」

耐えられなくなったのか、ミュリエルは頷く。
 その答えに三人はニッコリと笑って彼女から離れた。
ミュリエルはため息をもらしていた。ペースが乱されているせいだろう。
ちなみに、このへんは十六夜の指示だ。

「では、三人には食堂で働いてもらいます。
住むところはさすがに一人一部屋というわけにはいきませんが」
「あ、私となのはちゃんは同じ部屋でいいです」
「はい〜」
「わかりました。では、恭也さんの知り合いということで、特別に救世主候補の寮に入ってもらいます」

これには全員が内心驚いていた。まさか、ここまで譲歩してもらえるとは思っていなかった。
最悪、三人は学園の外で生活する覚悟もあったのだ。
まあ、ミュリエルは譲歩というよりも、怪しい人間たちを一カ所に集めて、なおかつ、敵対した場合に対抗できる救世主候補たちがいる場所に押し込んでおきたいだけなのだろうが。

「それでは、耕介さんは俺の部屋でいいですか? 狭いですけど」
「いいのかい?」
「ええ。それに、男の部屋は空きがないとのことですし」

恭也は耕介に言いつつ、ミュリエルのほうに向く。

「構いませんか?」
「ええ」

ミュリエルは簡単に頷く。
とりあえず、策は成功。
恭也たちの表向きは完勝と言えるものだった。
こうして、恭也の仲間たちの学園生活……少し違うが……が始まる。






 あとがき

当初と予定が違う!
エリス「何が?」
本当はなのはを活躍させるはずだったのに、なぜか知佳が目立ちまくってる。
エリス「確かに、下手すると恭也より目立ってるね」
さらに今までで一番長くなってるし。
まあ仕方がない。とりあえず、とらハキャラ登場です。
エリス「意外なキャラとかいたかな?」
 どうだろう? 前章の終わりからして、十六夜さんを予想した人は少ないというか、いないと思うけど。知佳だとわかってくれた人もそれほどいるとは。
エリス「それはあんたの腕のせい」
はい。その通りです。けど、それでもわかってくたれ人はいた! ありがとうこざいます!
エリス「ありがとうこざいます。それで話は変わるけど、端から見てるとレティアが役に立ってないように見えるんだけど」
それは彼女の特徴。恭也に謝りまくりだからねぇ。でもいつかさらに本性を見せてくる……かも。
エリス「なんかそれもいやだね」
 そのうち設定なりなんなり書くつもり。
 まあ、それも横に置いておいて、とりあえず……ごめんなさい!
エリス「なんでいきなり謝るの?」
えっと、なのはが出ることは当初から決定していたのですが、彼女の設定をかなり変えています。
エリス「……どんなふうに?」
まず、クロノとリンディの出会いはなかったことになってます。それと、自分はテレビのリリカルなのはは見れませんでしたので、どんなものかは正確にはわからないのですがそっちもなしです。
エリス「ぶっちゃけ、魔法少女じゃないってこと?」
そのとおりです。魔法少女を期待してくれた方々、ごめんなさい。さらに、年齢も上げています。とらハ本編時は一〇歳、つまり、この話では一三歳となってます。本当は年齢はそのままでもいいかなとも思ったのですが、これでもきつすぎるのに、それ以下の年齢だと他の人たちに対抗すらできそうにないので。
エリス「それで年齢を上げてしまった、と」
はい。もうしわけないです。
 さらに裏設定で、真雪と耕介が結婚しています。そのため、知佳が耕介をお『義』兄ちゃんと呼んでいたわけです。
エリス「あんたねぇ……あとで滅却しといたほうがいいかな? というか、レティアってあんたが乗り移ってんじゃないの? 謝りまくりだし」
 本当にすみません!
エリス「皆さん、すみません。こんな設定ですが、これらもよろしくお願いします」
お、お願いしますぅ。


とらハキャラも登場〜。
美姫 「にしても、なのはに救世主候補の資格が!?」
白の主候補か!?
美姫 「赤だったりして」
その辺りも含め、今後の展開が非常に楽しみだな!
美姫 「本当よね〜。次回も楽しみに待っていますね」
ではでは。



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