それは遥か遠いところのお話――
 母なる太陽と三つの惑星を持つグラール太陽系――
 そこに住む『ヒューマン』と彼らから生まれた『キャスト』『ニューマン』『ビースト』は、外宇宙から飛来した『SEED』による襲来を受け、滅亡の危機を迎えた。
 しかし、四つの種族は心を一つにして戦い、激しい攻防の末、これを封印した。









 それから三年後。









 グラールで流行しているカードゲームや今まで自粛されていたスポーツや芸能関係の番組の再開等の影響もあり、グラールに活気が戻ってきつつあった。
 しかしその影ではSEEDとの攻防の傷跡が未だに深く刻まれ、資源枯渇が深刻な問題になっていた。
 外宇宙への移動を可能とする『亜空間航行理論』が提唱され、再興の道を外宇宙への大規模な移民計画に求めた。
 政府・軍・三惑星中の企業は結束し、『亜空間航行』への実現化へ向けて動き出していた。









 グラールの新しい未来を願って……

















 しかしまだ人々は知らない……近年このグラールにおいて、ある異物が紛れ込んでいることを……

















 その日、私は雨の降る音で目が覚めた。目覚ましを見ても普段起きている時間から若干早い程度。出勤するにしても早すぎるし、かと言って再び眠ったら確実に遅刻する自信がある。
 最近の私は会社が総出となっている研究や警備に忙しく、徹夜や朝帰りが殆ど。今回のように想定された時間外に起きるのは珍しいほどだ。
 家が裕福だったせいか普段着ている服のスペアは大量に用意されてあるため、探すのは苦ではない。現に既にクローゼットの中から取り出して袖を通している。

 「……さて」

 完全に着替え終え、手にしたカロリーメイトを口にして私は部屋を出てわが社に出社する。ここからSEED事変時より愛用のチェイサー(正式名称はDチェイサー)を使って会社まで向かうのに安全運転で1時間前後かかる。
 今日は一日中研究を行い、トレーニングルームで鍛錬を行い、夜の見回りを行って帰宅するのが殆どだ。そう言えば最近デッキを手にした覚えもない。

 「……今日はデッキに触れるか」

 さて、今日も一日が始まる。私は気を引き締め、雑踏の中を踏み歩くように更に一歩前へ踏み出した。

















 そして――絆と可能性が無限に広がっていくこの物語も始まろうとしていた――

















PHANTASY STAR IGNITE 〜決闘者と傭兵の協奏曲〜
EP1 0th UNIVERSE
始まりの刻


















 私が住んでいるパルム――グラール太陽系の第一惑星にあるアミューズメント業界の最大手・MAW社に出勤し、所属している部署に顔を出すとそこには既に数名の社員がそこにいた。

 「団長、おはようございます」
 「ああ」

 その中の1人で側近でもある褐色肌の男――SEED事変からの付き合いで我が部署の副長でもあるジスト=グラシアのあいさつに対して私も返事で答える。私たちが所属している部署はかつてSEED事変があった際にはこの街を護る自警団の役目を担っていた事もあってか、この様な呼び方が主流であり組織がMAW社に組み込まれてからも変わらない。

 「本日のスケジュールは?」

 分かってはいるが念のためだ。後で私は代表取締役――我がMAW社の頂点であり、その真の姿でもある“組織”の長でもある兄上の命令で最近研究している『黒い欠片』の研究を行う事になる。まあ、私が行うのは石を持ち逃げする輩が出ないかどうか監視するだけなのだが。

 「今更聞きますか? 俺らは町の見回りで団長は後で合流っすよ」

 そう言って頭を掻き毟るジストに私も苦笑する。まだ本格的な就業時間まで時間はあるし、周囲の面々を見回す。
 ファッション雑誌を読んでいる長い耳を持ったニューマンの女性に、そんな彼女と話し合っている機械の身体を持った男性キャスト、更に持ってきたであろうペットボトルを2人に渡す獣のような耳と鼻を持った男性ビーストまでおり、ジストはそのビーストからペットボトルを受け取って笑いながら礼を言う。
 今でこそ珍しくともない光景だが、かつてSEED事変が起きるまではヒューマンを含めた種族は過去の因縁もあって互いを信頼しようともしなかった。それがSEED事変で起きた様々な出来事によって互いと手を取り合うようになったのである。

 「……さて、そろそろ時間だな」

 そう言って私は腕時計を見て部屋を退出する。今から研究室に行っても就業時間ではないが、この研究も重要なものである以上早めに行っても問題はないだろう。
 転送装置を使って移動する手続きのための時間も惜しいため、私設移動用の車に乗って自動操縦で研究施設へ向かう間、私は今回の研究する黒い石についての資料を見据える。

 「……」

 資料を操作して黒い石の画像を映し出す。見た目は青黒い色彩を除けば完全にどこにでもある石だ。
 だが材質も不明、何らかのエネルギーの元であるかどうかなどの原理も不明、由来も理由も分析結果も不明。何らかの美術的骨董品かどうかすら不明。
 何もかも不明のこの石に私もため息を吐くしかない。

 (これがもし新エネルギーにつながるのならば……資源枯渇に関する何らかの解決策になるのではないか? もしそうじゃないとしても亜空間研究に何らかのアプローチが可能になるかもしれない……)

 私がそう思っている中、車が止まる。どうやら目的の階に着いたようだ。車から降りると私はジスト達から寄せられているある件について書類を目にする。

 (最近デューマンなる新たな種族が姿を現していると言う話も聞く……それに伴う原生生物の突然変異も挙げられている……)

 SEED事変を終えても世界は移り変わっていく。種族間の関係もグラールの情勢も、取り巻く技術も――
 そして何より、私を取り巻く仲間たちも――

 (……さて、石の様子は……)

 SEED事変で死んだ者も、その最中にいなくなった者も、その後で起こった一族の問題でいなくなった者――それを押し隠して研究所に入りカードキーを通して鍵を開け、中を進んで最奥部へたどり着いた私が目にしたのは――

















 「なっ!?」

















 最奥部の研究施設を護っている重厚な扉や警備用マシナリーが何らかの鋭利なもので斬られ、封印していたガラスケースも粉々、更には下手人であろう蒼い巨大なソードを携えた一人の少女が石の前に佇んでいた。

















 「よし」

















 そして彼女が腕を石に向けた時――

 「動くな」

 私は思わずハンドガンをナノトランサーを使用し何もない空間から取出して、その銃口を彼女に向けた。

 「ここはMAW社の研究施設だ、どうやって入ったか説明してもらうぞ……」
 「断る」

 間髪入れずに拒絶した彼女も振り向き、手にした特注品であろう蒼いソードを構える。そこで私は初めて彼女の姿を見据えることができた。
 私より1〜2歳は年下だと思わせる雰囲気を持ち、頭に蒼い花飾りを身に着け、黒い髪を靡かせている。
 だが彼女の大きな特徴は大きく分けて二点。まずは眼帯で右目を隠していること。そしてもう一つは白磁どころではないぐらいに死人を思わせるような生気のない肌――
 間違いない。彼女は現在グラールで騒がれている新種族『デューマン』だ。だが彼女がデューマンであろうとヒューマンであろうと関係ない。

 「ならば力ずくで捕縛するぞ!!」

 私がハンドガンを打ち鳴らす――それが開戦の合図。私の銃弾に対して彼女は軽いフットワークでそれらを避け続け、私の懐に飛び込む。
 大上段の構えから降りおろし私がそれを横に逃げる形で飛び込むと、今度はそれを横薙ぎに振るってきた。横薙ぎに振るわれた斬撃を飛び上がる形で避け、バランスを崩しそうになりながらも銃で迎撃する。
 やはり3年もの間デスクワークばかりしてきた報いでもあろうか、SEED事変の時に培った動きが思うようにいかない。仲間の一人だったならば今も体を鍛えていただろうから大丈夫だったのかもしれないと思う。

 「ぐっ――」

 だがやられ放題と言うのは、私としても納得いかない――!!

 「今度は私の番だ!!」

 私はハンドガンと入れ替える形でナノトランサーから取り出した両手にした試作型ツインセイバー・イグニスを振るって彼女に飛び掛かる。彼女の剣は確かに威力はあるかもしれないが、一撃一撃が強力過ぎる故に動きが大降りになる。

 「はぁっ!!」

 連続攻撃に移れるように小刻みに双剣を振るう。確かに彼女もこの間合いではあの剣は思うように振るえず、剣で防御すると言う形になる。
 そして彼女もこの攻防に耐え切れずに最後の攻撃を防ぐと同時に私から大きく間合いを離すことになった。私も呼吸を整えるために彼女から間合いを離すことになる。

 (やはり相当体が鈍ってきているか――だがこのまま私が彼女を引き付けていれば騒動を聞きつけた誰かがここに来るはず……私の役目は彼女をここに留まらせることだ!!)

 もちろん石が奪われないように石と彼女を交互に見据える。過程と目的を間違えるようでは二流でも可愛いレベルだ。

 そして私が呼吸を整え、彼女と再び対峙しようと決めた時――

 「ギュスターヴ殿、ご無事ですか!?」

 我が社の警備員たちが挙って武器を持ってやってきた。これで状況は私に大きく傾いた――!!

 「ここまでだな。悪いことは言わない、降伏しろ」

 この状況では彼女に万一の勝ち目もない。彼女の武器は多数の敵に対処できるようなものではないからだ。

 「時間もない。使うぞ」

 彼女が突然何を言い出すのかと思えば右手で右目の眼帯を外す仕草をした。眼帯の下に隠されたのは左目の翠とは違う紅の色――

 「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 突如彼女の身体からフォトンが溢れ出しフォトンの色と左目の色が夕闇のごとく赤黒く染められ、私に向かって襲い掛かる。私の間合いであるにも関わらず巨大なソードを振るう速さは明らかに以前より速い。しかし人間が行えるような速さではないのも事実。
 先ほどとは違って今度は私が防戦一方になる。しかし彼女の動きは徐々に早くなっていくのも事実。

 「……もうこれ以上手を出すな」
 「ここまで来てわかりましたと言えるはずがないだろう!!」

 私は双剣を振るって彼女に反撃を行う。しかし状況は防戦一方。すかさず周囲の警備兵も加勢に回るが、彼女の攻撃であっけなく吹き飛ばされる。

 「ぐぉっ!!」

 そこで私も大きく弾かれ、石からも距離を離してしまい、そしてすかさず彼女が石を手に掴み取った。

 「しまった!!」

 この時点で私たちの負けが確定した。彼女は石を掴むとその速さのままこの場から立ち去って行った。

 「逃がすか!!」

 私も思わず彼女を追い出すと、既に外は警報サイレンの音が鳴り響いている。どうやら兄上たちが手配してくれたようだ。

 「転送装置を起動してくれ!! チェイサーを使う!!」

 私は転送装置へ向かい、カードキーを使って移動場所を駐車場に設定すると移動する。あの時横着しないでさっさと転送装置を使えばよかったと後悔したが、今はそんな場合ではない。一瞬まばゆい光に包まれると、私の身体は既に駐車場に場を移していた。
 すぐさま目当てのチェイサー ――赤を基調とした黒い模様が描かれた重甲型のエアライドバイク・ハウリングギアに跨って指紋照合を行う。

 「行くぞ!!」

 そしてハウリングギアのアクセルを全開にして走行を開始する。これならば彼女の足にも追いつけるだろう。私が会社の敷地内を出ると、彼女は既に繁華街へ向かったと報告が入った。後は目撃情報を頼りに彼女を追うだけだった。
 だが繁華街に差し掛かったところで集団の雑踏が一か所に固まっているのが見えた。だが固まっているのならば都合がいい、彼女の目撃情報を聞き出すとしようか――

 「なっ!?」

 そして思わぬ場面を目にする。なぜならばその集団の中心にいた2人のうち一方は美の女神にわがままを言ったのではないかと思わせるほどの美貌を持った男。そこまではまだいい。
 だがもう一方は白磁のような肌と言うには死人のように白い肌を持った眼帯を身に着けた黒髪の少女――捜索対象の少女だったのだ。

 「なーなー、だから俺が協力してやるってー」
 「いや……協力と言われても……何と言うか……」
 「大丈夫だって、俺がついてるからさぁ。足元に転がっているような雑魚なんかより役に立つぜ?」

 男は彼女の手を掴み軽薄そうな笑顔を浮かべている。我が社の警備員を瞬く間に倒して行った彼女の腕を掴みあげるだけの実力を彼は持ち合わせていることになる。更に男の足元には男たちが倒れているが、周囲から話を聞いたところ止めようとした人間を男が殴ったようだ。どうやら重傷を負ったらしく彼らのうめき声も耳にした。

 「……すまないが何をしているのだろうか?」

 それを見てしまったら無視するわけにもいくまい。私はいつでも部下を動かせるよう通信端末で呼び出し通信機を耳に装着した後で声を上げた時、男が端正な表情を歪めて私を睨みつけてきた。

 「あぁ? 何邪魔しようとしてるんだテメェ!!」

 邪魔も何も、私は何があったのか聞きたかっただけなのだが。一応この街を管理している側でもある以上、通達はしておく。

 「足元に転がっている人たちに何をしたんだ?」
 「邪魔すんじゃねェよ。折角会えたってぇのによ」

 せっかく会えた? つまりこの男は彼女に対する追手か何かで、彼女の持つ石が目的……

 (……いや、だとしたら我が社にもそう言った輩が出るとの報告もあるはずだ……)

 だが現実にはそんな報告など上がってきてすらいない。隠密行動と言う可能性はこの男の雰囲気からしてまずありえないだろう。

 「ところで話を聞きたいのだが、お前達は知り合いか?」
 「おう。知り合いだぜ? これから親睦を深めようとちょいとホテルに行こうと――」
 「いや、まったく知らないが」

 男がニタニタとしながら言うが、一方の彼女はそれを真顔で否定する。この状況下ではこの件に限りどちらを信用するかどうかなど考えるまでもない。

 「……一応事情聴取をしたいのだが、いいだろうか?」
 「何上から目線で説教垂れてんだよ? お前何様のつもりだってんだ!!」
 「何様と言われても……」

 そう言われて、私は右手に備えつけたナノトランサーからAの文字を覆いかぶさるようにMとWか交差した刻印――我が社の社章を刻んだカードを眼前に向ける。

 「同盟政府及び太陽系警察からこの街の統治を委託されている組織……MAW社私設特務部隊の者だが? 安心しろ、お前だけではなく彼女からも聞くことになるから性別による贔屓はしない」

 何しろ我が社から黒い石を持ち出したのは事実なのだからな。彼女もはっとした表情でこちらを見据えてきた。

 「はぁ!? 何でテメエの言う事聞かなきゃいけないんだよ!?」
 「少なくとも現状でも暴行罪で逮捕できると思うがな。目撃者も証言も多数で、被害者もいるみたいだしな」

 私がそう言うと男は目つきを鋭くさせて私を見据える。ところがその隙をついたのか、彼女が突如逃げ出して周囲の人込みを抜けて街中の雑踏へと姿を消して行った。

 「あっ……あぁ!?」

 この世の終わりを見据えたような表情をする男に対して私は小さくため息を吐いた。仕方がない、事情聴取は彼から聞くことにするか。

 「済まないが事情を――」

 私が声を上げた瞬間、強大な殺意が私を襲う。次の瞬間、男が私に向かって殴りかかってきた。
 早い。拳の軌道が何らかの線になっている。私はとっさに右手に備えたナノトランサーと一体化しているシールドを起動させるが拳がふれた瞬間、それが一瞬で粉微塵に成り果てた。

 「……なっ!?」
 「テメェ!! テメェが邪魔しやがったから逃げちまったじゃねェか!!」
 「ま、待て!! 話を聞いた限りでは女をホテルに連れ込もうとしたと聞いたが……」

 しかし話を聞こうともせずに、男は人が死にそうな威力を持った拳を振るう。ナックルを装備していないと言うのに、なんという攻撃力なんだ!!

 『ゲームスタンバイ完了しました。ステージは騒動の報告があった繁華街の裏路地を抜けた広場です。例の報告があったターゲットは別働隊が追っています』

 ある意味待ちに待った合図だ。私は慌てふためく周囲に向かって声を上げる。

 「今からこいつは私が押さえておく!! 今のうちに逃げるんだ!!」

 私の声を合図に手にしたハンドガンで男を射抜かんとするが、男はそれを拳で撃ち落とす。つくづく現実離れした男だ。昔戦ったSEEDフォームより恐怖を感じるレベルだぞ。

 「クソッ!! 貴様だけはここで殺しておかなきゃ気がすまねぇ!! 死ね!!」

 冗談ではない、こんなところで死んでたまるか!!

 「幸い避難は済んでるな……」

 そう思った私は即座に走り出す。相手を挑発するためにハンドガンを撃ち放ち、相手の肩を掠める。どうやら動きも悪くないようだった。

 「調子のってんじゃねぇぞ!!」

 そして奴も私を追う。私は即座に路地裏の中に入ることにした。

















 路地裏に入って私は奴を視界に収めながら移動を行い続ける。その一方で奴は腕を振るって暴れ続けていた。

 「何処だぁ!! どこにいやがる!! せっかく会えたっていうのに手前のせいで台無しじゃねぇかぁ!!」

 覗き見すると知性がないような叫び声で私を探している男がそこにいた。顔つきこそ端正なものだが、その形相が台無しにしていると言っても過言ではなくなってきている。

 「どうしてくれるんだゴルァ!!」

 そう言って拳を振るうと、その華奢な体つきのどこにそんな力があったのかと思うほどの強力で廃ビルの壁を抉り取る。もしそれが人体に振るわれることを想像するだけで私は思わず息を飲むしかない。

 (だが……わかってきたこともある)

 攻撃力は確かに強大だが戦いに関してみる限り、奴はずぶの素人。ただただ力任せに暴れるだけの猪武者だった。攻撃方法は殴る蹴る暴れる突進する時たま咆えると言った、ゴル・ドルバでももう少しは理性的な行動をすると言われても頷くような有様だったのだ。

 (その攻撃力が問題なのだがな……)

 拳での攻撃に対して触れただけで私は今ではこの世にいない者たちの元へ旅立つ事になる。あの拳の攻撃には触れずに、奴を倒さねばならないと言う事だ。

 「……なんだというのだあれは……」

 今はそれを考えるどころではない。私は再び距離を保つことにした。

 「そこにいやがったのかテメェ!!」

 考え事をしているうちに見つかってしまったか。仕方がない、ここは逃げの一手を打つか。

 「待ちやがれやぁ!!」

 流石に追いつかれては溜まったものではないから再び走る。幸い走る速度や持久力はそれほどのものでもないらしく、距離を離すことに成功した。
 しかしここで私を見失い冷静さを取り戻されてはせっかく蒔いた“種”が台無しになってしまう。故にここは私を見失わない程度にスピードを緩めるか――

 「どうした? 私はここだぞ?」

 一旦奴から距離を離し足を止めてから、取り出したハンドガンを奴の頭部を右に逸らしすぎる形で撃ち放つ。弾丸が放たれた方角から私を見失いかけていた奴は顔を歪ませて再び追い迫ってくる。

 「ぶっ殺す!!」

 そして再び始まる逃走劇。時に私が速さを緩め――しかし徐々にスピードは上げていく――、時に奴を激昂させる形で奇襲して、徐々に目的の場所へと近づいてくる。

 「……よし!!」

 ようやく目的地である広い空間にたどり着くと、私は全速力で駆け抜ける。それを見た奴は私を追おうとして走りだし、その途中で足を縺れさせる。

 「うおっ!!」

 奴がうめき声を上げたのを合図に、私は振り向いて奴が倒れている姿を目撃する。奴のスタミナの件は考えていなかったが、倒れている今が好機だ。
 私は即座にハンドガンを上空に向けて撃ち放つ。すると周囲から複数の人間が姿を現し、奴を包囲しライフル――犯罪者捕縛用のスタンモードで――で狙撃しにかかった。

 「……なっ……てめぇ……!!」

 ようやく自分が罠にかかったのを自覚したのか、忌々しげに声を上げる。私としても倒れたのは好都合だった。
 計画ではせいぜい避ける速さが緩んで何発か当たってから沈黙するものだと思ったのだから。まさか最初から全弾命中するとは思わなかったのだ。
 何発か受けて痙攣しだしたのを見て、私は狙撃を止めるよう合図する。しかしまだ抵抗するようなら再び撃てるようにさせてからだが。

 「……」

 私が奴を見据えると忌々しげに、だが明らかに振り絞ったかのような声で私に向かって吐き捨てる。

 「てめぇ……殺す覚悟も無いような奴が武器振るうな……」

 言いたいことはそれだけか。私は何のためらいもなく奴の眉間に目がけてハンドガンの銃口を向け、引き金を引いた。

















 「団長、大丈夫でしたか?」

 私を団長と呼んだ褐色肌の白い髪を有した男……私が束ねる部隊の副隊長である男、ジスト=グラシアがそう言うと私は小さく口元で笑った。

 「ジスト、奴が私を見失って冷静さを取り戻されては溜まったものではないからな……この程度のリスクは許容範囲内だ」

 あらゆるイレギュラーを想定して動けば、そのイレギュラーは“予期せぬアクシデント”ではなく“単なる障害”に成り果てる。
 今回も『奴が冷静さを取り戻す』という不測の事態を想定すればこそ、あとは奴の冷静さを奪いつつ攻撃すればいいだけだ。
 そうすればアイツの事だ。あそこまで挑発したのなら私を見つければ確実に突進するし、後は奴を包囲網のところまで導くだけだ。

 「倒れたのは予想外だ。せいぜい肩で息をするものだと思っていたのだがな……ところで種族はどれだ?」
 「んー……顔つきに耳に肌の色から見た感じヒューマンですね。これが他のに見えたら俺は眼科に行くこと勧めますよ団長」
 「そこまで世話になるつもりなどない」

 その時、ジストが通信が入ったのか端末を耳に据える。そして私は奴の袖口から青黒い何かが見えたのでそれを拾い上げた。

 「……!?」

 私はそれを――あの少女が盗んだ青黒い石に似た物質を見て驚愕に表情を歪め――

 「はぁ!? あの嬢ちゃんをとっ捕まえたのはいいけど石がなかったぁ!?」

 ジストは思いもよらぬ報告に唖然となった。

















 互いに起きた出来事を私とジストが話し合い、結論として私が兄上への報告を、ジストが搬送と聴取を行う事になった。

 「……私はその旨を代表に報告する。お前は奴と彼女をわが社へ運び入れろ。後、奴への聴取はお前に任せる」
 「了解しました。ま、奴の捕縛は厳重にしときますけどいいでしょうか?」

 何を今更。当然行うに決まっているだろう。私は先ほどの仕返しと言わんばかりに呆れ果てた様子でジストを見据え、ジストもそうですよねと返答した。

 「まあ単純に考えれば彼女の持っていた石を奴が奪い取っていたと言う形だろうな」

 ありうる可能性を踏まえて私は声を上げ、兄上がいる本社へと向かう事にした。だがそこでジストが思わぬ報告を上げる。

 「団長……その石の件ですけど、あの嬢ちゃんの物じゃないみたいです」

 ジストの思いもよらない報告に私は思わず足を止めた。

 「……何故それがわかるのだ?」
 「……見た仲間の報告によりますと、その嬢ちゃんが石を吸いこんだって聞きました。石は完全に消滅した模様です」

 彼女が石を吸いこんだ? 私はその報告が信じられなかった。あの石がデューマンに吸い込まれるものならば、当の昔に我が社の人間――我が社にも数は少ないがデューマンは存在する――が吸い込んでいるはずだ。

 「俺は代表の逆鱗に触れたくありませんから情報を提示しました。その件に関して嘘を言った記憶などございません」

 情報の提出を優先したと言うわけか……以前兄上に情報の報告を怠った者が出て利益を得られなかった事があった上、その者が所属している部署もろとも処罰の対象にもなった事件は私もよく覚えている。

 「……では私は代表の方へ向かう」

 私は雨が降り注ぐ中、石を回収した後でわが社の方へ戻っていくことにした。

















 「代表は現在会議中ですのでしばらくお待ちください」
 「……わかりました。ではこちらを警備部の方へ送ってください」

 私は本拠地であるMAW社に訪れた私は受付嬢にそう言われて石を預けた後でロビーのソファーに座る。何しろ急な話だ、兄上もいきなり時間を割く事は出来ないとの判断も頷ける。

 「……ふむ……」

 警備部が取り調べなどで事実上動けないとは言え暇であることには変わりない。手の甲に装着させていたナノトランサーを起動させて旧文明について書かれた書物を手にしてページをなぞるようにして読み始めた。

 「……」

 旧文明の遺跡『レリクス』にそこに存在する機動兵器『スタリティア』、そしてSEED事変最終決戦の地となったSEEDに汚染されたレリクス『リュクロス』……リュクロスは完全な『合の時』に消滅したものの、それでもレリクスは未だに数多く存在している。

 「……やはり興味深いな」

 今の子供たちがイーサン=ウェーバーの英雄譚に憧れるように、私は現在のグラールで再現できない旧文明の技術の数々に心惹かれている。
 グラールに住むヒトの素となったヒューマンが他の三種族を作り上げたと言うのに、レリクスが持つ封印装置などの技術は今の技術を持ってしても再現できていないのだ。
 このグラールで流行しているカードゲームの一つであるデュエルモンスターズ。それらに姿を現す魔物たちはレリクスなどといった旧文明の遺跡に描かれた魔物たちや我々が創造したものが大半を占める。
 それらを投影するデュエルトランサー……ナノトランサーにVR機能をつけたデュエルモンスターズ拡張ツールは我々が旧文明人の技術を解明した証でもあるのだ。

 ……最近はわが社も別のカードゲームを売り出して商売敵になっているものの、関係は友好だ。何しろ我々と彼らは持ちつ持たれつの関係なのだから。
 まあ、独占(極々一部を除いて)しては競争も進化も退化すら何もない停滞と腐敗しか存在しない以上、そう考えるのも止む無しだったが。現に我が社で販売・運営しているカードゲームとデュエルモンスターズは善き競争相手になっているし、時たまコラボレーションまで行っている。

  閑話休題。

 「近年旧文明の技術も少しずつ解明されて来ている……出来るなら全て解明されるまで生きていたいがな……それに最近新たに――」
 「お待たせしました。代表がお会いになられるようです」

 感嘆の声を上げる中で先程の受付嬢が声を上げると、私は読んでいた本を閉じて腰を上げた。

 「ありがとうございます」

 そう言って私は足を進め、転送装置に乗ると係の者が装置を操作すると私の周りの景色が消滅すると、次の瞬間には別の景色に変わっていた。その先には赤いラインが特徴的な扉があり、私は迷わず声を上げた。

 「私です兄上。入ります」

 その声に反応したのか扉のラインが緑色に変わって音を立てて開かれる。その最奥に高価なスーツを着た黒髪を靡かせた男がいた。服は私が着ているものよりも豪奢で、顔立ちはもう少しで40にもなろうと言うのに20代前半で通じる顔立ちを持つ。

 「来たか」

 彼……兄上は窓からパルムの町並みを見下ろしていた。そして彼は顔を完全にこちらへ向ける。

 「楽にしてもいいぞ」

 その言葉を合図に私は礼をして頷いてソファーに座る一方で、兄上も書類に目を通して溜息を吐いた。

 「グラシア君からの報告は聞いている。にわかには信じがたい話だが……」

 兄上は案の定疑いの目を向けてくるが、私はそれを首を横に振って否定する。何しろジストは以前の事件の当事者でもあり、兄上に対しての情報提供に関しては嘘を言えない人間だ。嘘を言えるはずもない。

 「残念ですが事実であるかもしれません。あれが兄上に虚偽の報告を行う事など予想できません」
 「……わかっているからこそ言ったのだ」

 兄上は息を吐いて机の上に置かれていた書類を手にする。

 「とは言え彼女の事が問題だったのだよ」 

 その声に頷く。しかしふと矛盾に気づいてしまった。兄上は問題“だった”と言った……既に問題になっているのに、なぜ過去形で話しているのだ兄上は……

 「まさかあの男が彼女を人質にとって行動していたとはね……」
 「……は?」
 「ああ。キミたちの部下には感謝しなければならないな。何の罪もない彼女を救い出してくれたのだから」

 兄上は何を的外れなことを……わが社に侵入したのはあの少女だったはずではないか。

 「兄上、彼女は我が研究施設に侵入しております……現に私と交戦を……」
 「あの男が我が社から石を奪ったのは、奴が持っていた石で明らかではないか」

 間違いない。兄上はこの件を無かったことにしようとしているのだ。

 「いいか。今回の一件はあの男が彼女を人質にとって逃亡していた。幸い彼女はある建物内で見つかったが意識が混濁しており事情を聞き出すため、我が社の医療施設に搬送した。当然あの男は逮捕し、現在取り調べを行っている最中――」

 何の問題もあるまい。そう言って兄上はこの話は終わりだと言わんばかりに書類を放り投げた。

 「……まあ、このような事態を表に出したら我々はまた何人か首を飛ばさねばならんからな。これ以上の解雇は運営にも支障を招くのだよ……正直今回助かったのが彼でも彼女でもこの件は隠すつもりだった……まあ、この話はもうどうでもいいがね」 そして兄上は私に向かって世間話をするかのような声で聞いてきた。

 「……さて話を変えるが海底レリクスが新たに発見されたのは知ってるな?」

 突如変わった話に間を置きながら頷く一方で、兄上は目つきを鋭くさせて私に向かい声を上げた。

 「……一番新しいウォザーブルグ動乱とウォザーブルグ・レリクスの件は覚えているな?」

 その件を聞き、私も思考を海底レリクスからウォザーブルグ・レリクスに変える。あそこではSEED事変を生き抜いた戦友が2人行方不明となってしまったからだ。

 「ウォザーブルグ・レリクスで発見された『閃光の竜』と『無限獄の民』……それと似た様な“モノ”が存在する可能性はあると思うか?」

 確かに“無い”とは言い切れないが、“ある”のならば既にSEED事変で見つかっているはずだ。だがしかし、万が一同じものが“ある”のならば――

 「……あるとは言い切れませんが、無いとも限りません。ですがあった場合、即座に行動に移さなければなりません」

 私が言う曖昧な言葉に対して兄上は溜息をついたが、予想していたのか落胆も大声を張り上げもしなかった。

 「そう、だろうな……」

 兄上自身私と同じ事を思っていたのだろう。探せばあるのかもしれないが、態々彼自身が熱を上げる必要は無いのだ。
 それに兄上自身、グラールを代表する三大メーカーに今や亜空間研究で有名なインヘルト社には劣るがこのMAW社の代表取締役であり、今や自分達の所属する“組織”の長でもある。
 私や彼は直接関わっていないが、一番新しいウォザーブルグ動乱は『舞台となった場所に偶然居合わせていただけ』の今までのものと違い、完全に『自分達の諍いが元凶』なのだ。結果2人の戦友がそこに封印されていた“モノ”を使い殺しあってお互い行方不明になってしまった。
 その結果として当時の長は責任を取って隠居して一族の長は兄上になり、物のついでに一族が経営していたMAW社の株価は一時期悲惨なものになってしまった。
 まあ、私たちにとって会社の経営がまずくなったと言うのが一番重要だった。私たちのスポンサーでもあった組織もスキャンダルやら組織の代表の交代でゴタゴタしていた。それがある以上、一族の基盤を組織からMAW社へ移すのに何ら確執も問題もなかったのである。
 とは言え今でさえまずい状況だと言うのにもしココで新たに問題を起こしたらどうなるか? そうなれば今度こそ一族崩壊、兄上は名実共に先代以上の無能の烙印を押される事だろう。
 閑話休題。

 「……まあ、今回の調査には私が向かいます。私個人レリクスに興味がありますし、調査ついでに存在した場合には回収します」

 その言葉に嘘は無い。今回の騒動や“アレ”の事が無かったとしても私自身が立候補して向かうつもりだったのだ。

 「……すまないな。しかもお前が本来の力を封じた状態で一番苦手としている屋内戦に参加させることになるとはな」
 「気にしないでください兄上。今回の不手際の償いとしてこの任務を請け負いましょう。私は荷物を纏め上げ、現地へ向かいます」

 そう言って私は彼の部屋を出てこの場を去った。扉を閉じた時、あの2人の顔が過ぎったが首を大きく横にふるってこの場を後にした。

















 その時、私は自分が後にグラールを脅かす脅威との戦いに足を踏み入れる事になろうとは微塵も思っていなかった。


あとがき
就職したので修正に時間を割けなくなったデボエンペラーです。
今回は次回の物と1セットでしたが、文字数が長くなると感じたので、ここら辺でいったん切らせてもらいます。
その結果、主人公は今回名前を名乗らせる事ができませんでしたが、次回では名乗らせることになります。
また、この小説では1章何話と言う構成で行っていきます。今回の序章は1章1話でしたが、今度の話は複数話で1章となります。
ではまた次回。あと何気にあるキャラがフライング登場してます。



まずは投稿ありがとうございます
美姫 「ありがとうございます」
ファンタシースターを中心としたお話という事みたいだけれど。
美姫 「残念ながらプレイしてないのよね」
ああ。一応、どんなのかは軽く調べたけれどな。
美姫 「そこに他作品がどう加わってくるのか楽しみです」
次回からも楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」
ではでは。



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