蛇足な話二 もしくはエピローグ




そこは海鳴から四駅ほど離れた町。
その町にはある喫茶店があった。
美しく、さらに可愛らしさを残すパティシエの女性が作るとても美味しい洋菓子。そして見た目二十代半ばから後半ほどの男性の店長が出すやはり美味しい紅茶とコーヒー。さらには軽食もある。それほど大きなお店ではないものの、隠れた名店である。
その喫茶店は翠屋『二号店』。
本店が海鳴にある喫茶店だ。
ただこの店ができてから、本店の方も多少方針が変わった。この二号店ができる前までは、よくその手の雑誌に取り上げられていたのだが、この二号店ができて以来、雑誌の取材などは全て断っているらしい。
だからこそ、ここはそういったものに一度も取り上げられたことはなく、隠れた名店なのである。

「おに……じゃなかった、店長、ブレンドお願いしまーす」
「了解」

そこの喫茶店の店長とパティシエの女性は夫婦であるとの噂だ。
噂でしかないのは、二人が結婚指輪をしていないためだ。これは単純に飲食店だからだ、という話があり、あの二人の雰囲気は夫婦のそれで、パティシエの女性が店長を『あなた』と呼んでいるのを聞いたことがある者が多い。
だが逆に、二人は兄妹であるという説もある。なぜならパティシエの女性が店長を『おにーちゃん』と呼んでいる所を聞いたことがあるという少数の話があるからである。
そんな逆ともいえる話が出回っている。
だが、どんな真実であろうと、二人は確かに幸せそうだった。



◇◇◇



恭也となのはは、もう住み始めて数年になる町の中を手を繋いで歩いていた。これはなのはがいつも手を繋ぎたいと言ってくるからだ。
どれだけ経っても、やはり恭也はなのはのお願いには逆らえず、それを受け入れるのだ。

「もう海鳴を出て、結構経ったねー」
「そうだな」

海鳴を出て……そしてなのはと結婚して、それなりの時が過ぎた。
二人は海鳴から離れた。離れたとは言っても、四駅分でしかない。一時間もあれば帰れる場所だ。
それでも、そこには二人を知る者はいなかった。
二人が海鳴を離れた理由。それは単純に迷惑をかけたくなかったからだ。
二人は……少なくとも表面上は……血が繋がっていなかった。戸籍も桃子や他にも色々な人が手を回して、そういうことにした。これに関しては、未だ正規の手段で訂正したのか、それともツテを使って無理矢理変えたのかはわからない。恭也本人が何もしていないわけだから、おそらく後者なのだろうが。だがだからこそ二人は結婚できた。
しかし、それで他の者たちの二人の記憶までが兄妹でなくなるということにはならない。
家族や友人たちは祝福してくれたが、世間は祝福などしてはくれないだろう。
別にそんな人たちから祝福されたいわけではなかったし、二人も後ろめたさなんて感じてはいなかった。
だが自分たちのことで、家族たちや友人たちが変な目で見られるのは嫌だった。だから二人は海鳴から離れた。
もちろん家族や友人たちはそんなこと気にするなと言ってくれたが、それでもだ。
結局最後は全員が認めてくれた。
恭也としても、家族のことは最早心配なかった。それぞれがもう自分の道を歩き始めていたし、美由希と引退した美沙斗もいる。
だから二人はこの街に来た。

「結婚してからも色々とあったよね」
「ああ」

なのはは結婚と同時に学校を辞めた。彼女はこの街からパティシエ専門の学校へと通い、さらに空いた時間は桃子からも徹底的に洋菓子職人としての極意を伝授された。
桃子とは違い、外国で勉強をしたり、どこかのホテルで修行したりということはしなかったが、それでもなのはには才能があり、一流の桃子から全てを教わったのだ。
そして翠屋『二号店』をこの町で開いた。
これはどちらかというと桃子が動いた。そりゃもう勝手に。

『だってー、うちの二代目店長候補二人が同時にいなくなっちゃうんだもの。だから二号店作ってでも店長してもらいたかったんだもん。あ、もちろん二人の子供が次の本店と二号店の店長ね。だから最低二人は子供を作ること』

などと言っていた。ちなみに美由希は候補に入っていないらしい。そのためそれを一緒に聞いていたときはさめざめと涙を流していた。
恭也は七年ほど前に……なのはと結婚してしばらくしてから、現役を退いた。
そして彼もそれからコーヒーや紅茶などの本格的な勉強を始め、今では店長である。
理由は多々あったが、恭也はその道を選んで後悔はしていない。それに今でも剣を振るし、大切な人に何かあったらすぐにでも駆けつける。
護る者であることは変わっていなかった。
だが、ほんの少しだけ変わったのだろう。今、彼が何より大切なのは隣に歩く愛する人と家にいる愛する家族だから。

「そう言えば、蛍が今度結婚するらしい」
「ほんと?」
「ああ。あいつももう三十代だしな。適齢期を過ぎてる」
「それは辛辣な言葉だよ」
「それでも恋愛結婚だったのだからよかっただろう」

蛍との付き合いは今でも続いている。
なのはは色んな相談に乗ってもらっていたりした。

「元恋人としては複雑だったりする?」
「阿呆、俺はそこまで狭量ではない。まあ、確かに少し妙な感じはするがな」
「私としても少し変な感じはするんだけど」

彼女がいなければ、おそらく二人は結ばれなどしなかった。だから二人は蛍に感謝している。
ただまあ、方や元恋人、方やもしかしたら義姉になっていたかもしれない……というか、冗談であれそう呼んだことがあった人。そう考えると変な感じはするのだ。

「適齢期を過ぎているのに独り身なのは何人か他にもいるが。見た目も中身もかなり器量が良いというのに」
「あ、あはは」

とりあえずそこは突っ込むのをやめておくなのはだった。
その人たちは、かつてある人を好きになったのと、周りには同姓ばかりで、男がその人しかいなかったために、男に対する理想がひどく高くなってしまったのだ。少なくと前に好きになった人より色々と上でなければ納得できない。そのためいかず後家が量産されてしまった。

二人は少しだけ無言になる。
しかしなのはは嬉しそうな表情で前を見て歩いている。そして恭也と手を繋ぐ手をブンブンと大きく振っていた。

「おにーちゃんと結婚してもう八年かぁ。早かったような遅かったような」
「俺は三十路を当に超えてしまった」
「見た目どうやっても二十代半ばぐらいにしか見えないけどね」
「そうか? それなりに老けたと思うのだが」

恭也が若く見えるのは、元々若作りというのもあるが、服の色などはともかく、身だしなみなどが徹底されているせいもあるだろう。
恭也は昔から翠屋を手伝っていたため、客商売の身だしなみについては徹底的に教わっていた。そして護衛の仕事でも身だしなみができていなければ契約者に良い印象を与えないし、さらには護衛対象者にまで迷惑をかける。だからそれをさらに徹底していた。
普段着るものも決して安物ではなく、しかし高級すぎる服ではない。多少でも不快感を与える格好や、見窄らしい格好は決してしないのだ。まあ、色は黒ばかりだが。
髪や髭などの処理もいつも完璧である。
そのへんが今も抜けておらず、清潔さ、服装、歩き方、そう言ったものが若い頃からほとんど変わらず、今の歳を感じさせない。
そして実戦には赴かないものの、今も剣を握り、適度……以上ではあるが……な運動をしているため、肉体的な衰えも一気に来ないので、それも若く見せている。

「それ、他の人の前で……とくに女の人に言っちゃだめだよ」
「ふむ、了解」

よくわからないが、半眼で言ってくるなのはを見て恭也は頷く。
とりあえず、恭也には他に言っておかなければならないことがある。

「それよりもお前はいつまで俺をおにーちゃんと呼び続けるつもりだ?」

なのはは今でも恭也をおにーちゃんと呼ぶ。
無論、二人が兄妹として育ったなどというのがばれてはこの町に来た意味がなくなるので、人前ではあなたとか呼ぶのだが、恭也と名前で呼んだことは皆無だ。いいとこ恭也さんと言ったところか。
それこそ情事の時でさえそれだから、今でも少し背徳感があったりした。

「いつまでもだよー。おにーちゃんは私の旦那さんで、おにーちゃんでもあるんだから」

別に恭也もそれに否はないのだ。
あのときの告白を今でも覚えている。今でも揺らいでいない。今でも恭也はなのはを全ての関係で愛している。それはなのはも同じだった。
だが問題が他にある。

「子供たちの情操教育にも悪そうなのだが」
「んー、でも志郎はもう何か感づいてるみたいなんだよね。おかーさんが色々言ってるみたいだから」
「あの人はいったい孫に何を教えているんだ」

片手で頭を抱える恭也に、なのははふにゃりと笑っている。

「志郎はまだ七歳なのに大人びてるしね。おかーさん、小さいころのおにーちゃんみたいだって言ってたよ。桃葉はちょっと大人しいけど頭はいいからすぐにわかるよ」
「いや、わからせてどうする」

思わず恭也は突っ込む。
それでもなのははふにゃりと笑ったまま。幼い時から変わらない笑み。変わらなかった笑顔。
それを見て恭也は少しだけわかった。
わからせたいのではない。わかってほしいのだろう。
子供たちにはわかってほしいのだ。いつかそのことで子供たちには迷惑をかけてしまうかもしれないが、それでも。

「志郎は、やっぱり剣士になるのかな?」
「あいつはそう望んでいるよ。俺はとーさんと違って、あいつに何も見せていないはずだったのだがな」
「私がいっぱい教えたもん。お父さんは世界で一番強い剣士さんなんだよって」
「言い過ぎだ」

恭也は苦笑するが、なのははそんなことないよー、とやはり嬉しそう。
なのはにとってはいつまでも恭也は世界で一番強くて、世界で一番頼りになる人なのだ。

「志郎は、強い?」
「ああ、さすがはとーさんの孫だ。どんどん技を覚えていく、強くなっていく。きっと俺など簡単に越えていく」
「おとーさんの孫って言うのもあるかもしれないけど、おにーちゃんの子供でもあるからだよ」
「そうか。そうだったら嬉しいかもな」
「うん」

なのはは繋いでるいる手をブンブンと振って頷く。

「桃葉は今から翠屋を継ぐつもりみたいだな」
「二号店か本店かが重要だよ」
「いつか志郎がどちらかを継ぐだろうさ。俺みたいにな」
「そうかな?」
「まあ俺の場合は継いだわけではないが。そのへんは子供たちが考えればいい。もしかしたら美由希の子供があいつの才能を受け継がずに生まれるかもしれんしな」
「あ、あはは」

幸せそうな夫婦の会話。

志郎というのは二人の息子で長男ということになる。
志郎という漢字にしたのは、二人の父、士郎との区別のため。

ちょうど結婚して、海鳴を離れて少ししてからなのはは妊娠した。
そして恭也は、その出産を機に現役を退いたのだ。子育てなどを手伝うためでもあるし、彼も色々考えたことがあった。
生活費はそれほど問題はなかった。もともと恭也は浪費家ではなかったし、むしろ武器の補充など以外ではほとんど使わない人間だった。その上……海鳴の……高町家にいたときは食と住にお金はかからなかった。そのため護衛として働いていた時の貯蓄だけで、数年程度なら問題なく生活できたのだ。

そして志郎が三歳になったときから、やはり御神流を学ばせてきた。別にこれは恭也が強制したわけではなく、志郎が教わりたいと言ってきたから。
志郎が物心ついた頃には、恭也は現役を退いていた。だから息子である志郎には鍛錬以外は何も見せていないはずだったのだが、それでも彼は御神の剣士になりたがった。
今の恭也にとって、息子に剣を教えるのはなかなか有意義な時間だった。
親馬鹿と言われるかもしれないが、確かに志郎には才能があるから。
ちなみに志郎という名前ではあるが、士郎には似ず、見た目も性格も恭也に似てしまっている。

そして桃葉。
二人の娘で長女。
こちらはどこかなのはと美由希を足して二で割ったような性格の娘である。
大人しいのだが、決して引っ込み思案というわけではない。
やはりその姿は幼い頃のなのはに瓜二つだった。
彼女も幼いながらも母のように、そして『おばーちゃん』のようにお菓子を作る人になりたいらしい。
まだ幼いため、本格的なことはできないが、それでもいつもなのはや桃子に一生懸命にお菓子について教わっていた。

「まあ、なんだっていいさ。俺たちが何にだってならせてやればいい」
「うん」

なのはは笑顔のまま、力強く頷いた。
その笑顔を見ながら、恭也も微笑む。

「なのは」
「な〜に?」
「幸せか?」

その問いに、なのはは左手を掲げる。
その手の薬指には、職場では付けられない結婚指輪がしっかりと輝いている。

「当然だよ」
「そうか」
「おにーちゃんと結婚できて、おにーちゃんの妹でいられて、娘でいられて、子供たちがいて、家族がいて、凄く幸せだよ」
「ああ」
「おにーちゃんは?」
「幸せだよ」
「うん」

なのはは本当に幸せそうに笑ったまま頷いて、繋いでいた恭也の右手を引き寄せて、彼の腕に抱きつく。
そして、その耳に口を寄せた。

「だから、もっと幸せになるためにもう一人、欲しいな」
「……まあ、頑張ってみる」
「えへへー」

なのはは恭也の言葉に赤くなりながらも、彼の腕に力強く抱きついたまま歩いていく。

恭也はこの幸せを護っていくと誓い、なのははこれからどんな困難なことがあろうと負けないと誓う。
そして子供たちが待つ、自分たちの幸せな家庭へと帰るために、二人は笑い、微笑んだまま、今の幸せを噛み締めて、ゆっくりと歩いていった。






あとがき

この話を短いですが、これにて本当に終了!
エリス「一応その後になるのかな?」
結婚式より数年後の話。
エリス「二人ともちゃんと幸せになれたみたいだね」
はい。でもやっきぱり現実味がありません。
エリス「まあでも、ある意味初めてじゃない? きちんとしたハッピーエンドの二人の話は」
今までが今までだから、ちゃんと二人に幸せになってもらいたくて、蛇足と思いながらもこれを投稿したわけだから。
エリス「子供もいるし、幸せなのは確かみたいだね」
これが本来の最終回だったはずなんですけどね。
エリス「この話と前回の話は結構早くからできてたんだよね?」
うん。プロット書いて、最終的な最終話まで流れができたんで三話目を書き終わった時には、この話と前の話は書き終わってた。でも続きを書いていて、蛇足のような気がしてきたわけ。
エリス「そのへんの判断は読んでくださった人たちまお任せします」
桃葉、出すつもりだったけど止めた。
エリス「あー、リレーの所に登場した彼女だね」
そです。彼女はここから来ました。まあ、関係あるかは内緒。
エリス「そんなこんなで、この話は終わりです」
いやあ、書き終わったのは去年の二月か三月ごろ、なのに投稿し終わったのが……一年近くかかってるという。
エリス「さっさと投稿しないから。まあ、これで終わりだし今回は許しとこう」
うう、すみません。一応最終回は、前のやつですからね。
エリス「では、ここまでおつき合いいただきありがとうございました。美姫さんもありがとうございました」
ありがとうございましたー。浩さんにも、この場で感謝を。



更なる後日談〜。
美姫 「うんうん、良いわね〜」
穏やかな二人がとっても良いです。
美姫 「本当に。エリス、こちらこそ投稿ありがとうね〜」
テンさん、投稿ありがとうございます。



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