出会い、というものは、何がきっかけになるか分からない。どこで起こるかも定かには

ならない。

 運命の出会い、という言葉があるが、その多くは後から顧みて、初めてそうだったと感

じる類のものではないだろうか。

 出会った瞬間から感じる〔運命の出会い〕というものは、往々にして当事者の人生すら

変えると言われるが、それほどの出会いは、生涯の内にそうごろごろと転がっているもの

では、決してないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜とある出会い〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、海鳴という街が注目を浴びるようになった。

 理由は、まことに簡単と言うか何と言うか。クリステラ・ソングスクールの世界一周公

演の出発点が、東京でも大阪でも京都でもなく、ニューヨークでもロサンゼルスでもなく、

パリでもベルリンでもウィーンでもなく、スクールの本拠地たるロンドンでもなく、この

日本の一地方都市だった事にある。

 世界的に高い知名度を誇るソングスクールが、起点として選んだ街。選ばれた街は、自

然と世界一周公演の終点になった。

 そして、海鳴の魅力を特集した記事や企画番組などが、大々的に出回るようになってく

ると、当然注目度は増す。東京からさほど遠くない――と言っても、電車にしばし揺られ

なければならない程度には遠いが――事もあってか、はたまた、更に足を伸ばせば温泉地

月守台(つきもりだい)があるからか、この街を訪れる人はこれまで以上に多くなっている。

 そんな海鳴の駅に、初めて降り立った三人がいた。

「ここが海鳴なのね」

「そうね。何か面白いものがあるといいのだけど」

「江利子は相変わらずだねぇ。こうして見た感じ、わたし達のいる所とそう変わらないみ

たいだけど……あぁ、ここは海がすぐ傍だ、って言ってたっけ」

 水野蓉子、佐藤聖、鳥居江利子の三人――リリアン女学園の三薔薇さまが揃いも揃って

海鳴を訪れたのは、話題になっている街を一度見てみたい、というごくごく単純な理由か

らだった。

 一日、学園内の生徒会に相当する〔山百合会〕のメンバーが集う〔薔薇の館〕で、江利

子の〔妹〕(プティ・スール)――黄薔薇のつぼみ(ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン)である支倉令が、海鳴関連の小冊子を数冊拡げていた。そ

れが事の始まりである。

 令は、そのボーイッシュな美貌と剣道二段の腕前ゆえに、下級生からは〔お兄様〕など

という異名こそ奉られたりするが、その実手芸や料理が得意で、繊細な性格である。

 そんな彼女が海鳴の特集で注目していたのは、

『海鳴市内の三ツ星喫茶店』

 という記事。そこに掲載されていた何軒かの中で、特に令を惹き付けたのは〔翠屋(みどりや)〕と

いう喫茶店であった。何でも、腕利きのパティシエが作る菓子が絶品だという事で、遠方

からも客が来るとの事らしい。

 そのパティシエ、あのクリステラ・ソングスクールとも親交があると言うから、つい単

純な連想で、売っているケーキなどの値段も高いのだろうかと思ったが、意外やそんな事

もなかった。

 小冊子を見ている内に、〔山百合会〕の中で、誰が最初に海鳴に行くかという話になっ

た末、結果として三人が海鳴の地を踏んだ、というわけだった。

 陽は中天にあり、ちょっと眩しげな光を放っている。

 まずは腹ごしらえ、というところだが、

「どうせ、色々と食べ回る事になるんだし……軽くハンバーガーなんかどう?」

 聖のひと言で方針は定まった。まずは、駅から歩いてすぐの所にあるハンバーガー店。

駅前の〔デパートALCO〕は、昼食後に寄る事に決めた。

 早速店に入り、食べるものを決め、奥に近い席に落ち着く。

「タイミングが良かったわね」

「そうだね、もう少し遅かったら危なかったかも」

 言いつつ席に座る江利子と聖。

「幸先がいいわよね。それでは食べましょうか……あら?」

 次いで席に着いた蓉子の視界に、ある光景が入ってきた。

 

 

 

 

 

 たまには、ハンバーガーもいいだろう。

 高町恭也が、妹のなのはを連れて駅前のハンバーガー店に入ったのは、せいぜいそんな

程度の理由からである。

 休日という事もあって、妹の美由希は親友の神咲那美と一緒にどこかに出かけ、和の料

理長――城島晶と、中華料理長――鳳蓮飛。(フォウ・レンフェイ)レンの愛称で呼ばれている――もまた、それ

ぞれの都合で外出していたから、なのはの相手をするのは差し当たり自分しかいない。

 それでも昼過ぎには美由希が帰って来ると言う事なので、後は晩まで美由希に任せるつ

もりでいる。その後は〔翠屋〕でバイトだ。

 ハンバーガーセットと野菜スープ、そしてサラダ。多少値段はかさむが、一緒に食べる

分には問題なかったし、なのはが嬉しそうに、

「おにーちゃんとふたりでお昼ご飯なんて、ひさしぶりだねー」

 言いつつ、ハンバーガーを食べる様子を見ていると、ファーストフードも存外悪くはな

いな、と思えてくる。

 なのはの食べる速さに合わせ、少しずつ食べている恭也の視界の隅に、三人の女性の姿

が映った。その内のひとりが、こちらの方を見ているのに気付いたが、特に気にする程の

要素でもない。

 何気なくなのはに視線をやって、気付いた。

「なのは」

「にゃ? なに? おにーちゃん」

 トレイの上に置かれていた紙ハンカチを手に取り、なのはの口の端に付いたソースを拭

き取ってやる。ちょっとしかめっ面しく、

「行儀良く、食べるように」

「はぁい……えへへへ」

 言ったまでは良かったが、なのはの反応に目元がふっ、と緩む。

 ふと思う。そうか、こんな俺も、前よりは笑えるようになったんだな、と。

 目を細めつつ見ていると、なのはがそれに気付いてまた、笑った。

(こんな日常が、どれほど心を和ませてくれる事か。俺や美由希の振るう剣は、正にこう

した日常の笑顔を護る為に、ある)

 改めて、再確認したような気分だった。いずれ、御神の剣を何らかの形で、振るう時が

来るだろう。だが、この事さえ忘れなければ、恐れるべきものは何もない。

 なのはに心の中で感謝しつつ、恭也はゆっくり食事に専念しようとしたが、視界の端の

女性三人が、何やら少し盛り上がっているように思える。

 

 

 

 

 

 過ぎた時間はほんの僅かだったが、聖の何度かの呼びかけで、蓉子はようやく意識を目

の前に戻す事が出来た。

 気が付くと、聖と江利子がにたにたとした表情を、揃ってこちらに向けている。

「な、何かしら?」

「ふんふん……蓉子はああいうのが好みかぁ……なるほどなるほど」

「ちょっと聖、茶化さないで」

「うふふ、でも珍しいものを見せてもらったわ。蓉子のぼうっとした顔は、見たくてもそ

うそう見れないもの」

「江利子、あなたまで」

 すっかり呆れた表情になる蓉子。一方の聖は、一緒に蓉子を茶化していた江利子にも、

その矛先を向けている。

「とか何とか言ってる江利子も、見てる時の目つきが普段と全然違ってたよ」

「えっ? そうだったかしら?」

「そうそう。何か、あの小さい女の子に変わりたいような」

「あっ、言ったわね聖。って、そう言うあなたはどうなの?」

「私? うーん、まぁ悪くはないかな、ってね。少なくとも、そこらの見てくれだけなイ

ケメンより、はるかにいいかもって思ってる」

 聖の言葉に、蓉子も江利子も苦笑する。外に出ると、三人とも時々見知らぬ男性から声

をかけられる事がある。しかし、三人の目にはあまりにちゃらちゃらした、軽薄な印象し

か映らないのだった。

「それを言ったら、私から見ればあの人は、うちの父さんや兄さん達より、相当に好感が

持てるわね」

 江利子が、目の前の青年をダシにして、何気に父と兄をこき下ろし始める。流石にかし

ましくなり始めたところで、蓉子は唐突に視線に気付いた。

(あっ……)

 気付いて、その方向に向くと、さっきまで話題にしていた彼がこちらの方を見ている。

そして蓉子は、向いてしまったが為にその瞳をまともに見てしまい、冗談ではなく固まっ

てしまった。蓉子だけではなく、一瞬遅れてその視線に気が付いた江利子や聖も、

(あ……)

(うっ……わ)

 揃って固まってしまう。まるで、目の力だけで叱られたような気分になってしまうよう

な、これまで見た事もない、強烈な視線。三人にはそう思えた。

 彼がこちらを見ていたのは、ほんの数瞬。何度か瞬きするくらいの間だったが、その時

間がやけに長く感じられた。何故か、肩身が狭く感じられて仕方がない。

 その青年が食事を終え、年の離れた妹――聞こえてきた会話で、それと知れた――を連

れて店から出ると、三人は緊張が解けたのか、揃ってため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 家に帰ると、程なくして妹の高町美由希が帰って来た。美由希になのはの事を頼み、恭

也はすぐに外へ出る。かーさんこと、母の高町桃子が経営する喫茶店〔翠屋〕で、バイト

をする為だ。

 道中、ハンバーガー店での事を思い出す。

 あの時、別に叱る為に彼女達の方へ視線を向けたのではなかった。盛り上がっているな、

と思って単に、その方向に目をやっただけに過ぎない。

 視線が鉢合わせしてしまい、互いに見つめ合っているのがやけにくすぐったく思え、す

ぐに目を逸らせたものだ。

 三人とも、タイプこそ違えとても美しい女性だと、恭也は感じていた。もっとも、その

すぐ後に、

(まぁ、俺なんかには縁のない人達だな)

 あっさり切ってしまう辺り、彼の人となりを知っている人なら、いかにも恭也らしいと、

間違いなく呆れ半分に納得する事だろう。

 それ以上の思考を止めて、恭也は〔翠屋〕の通用口から中に入る。厨房を覗き、

「かーさん、来たぞ」

「ありがとう恭也。早速だけど、ウェイターお願いね」

「了解」

 そして更衣室に入り、ウェイターの服装に着替える。休日でランチタイムを過ぎたこの

頃合いだと、店に来る客としては女性の方が多いが、それを気にしていて接客など出来る

わけがない。

 決して愛想のいい方でない恭也だが、手を抜かず、たまには慣れぬ営業スマイルもしつ

つ仕事をこなす姿目当てに、常連になった女性客もいる。当の本人は全く意に介してない

が、そうした客は結構多い。

 話を戻して。

 いざ出てみると、今のところはそう忙しいと言うわけでもなさそうだ。喫茶店のみなら

ず、全ての飲食業に共通する事だが、

「その日大入りだったからと言って、次の日もまたそうだとは限らない」

 そんなものである。恭也が見た限りでも、この時の店内は休日だと言うのに、時間帯に

よるものか、客の入りがさほど激しいわけではないようだった。

(かーさんも松尾さんも、少しはひと息つけるかな)

 などと、桃子と、桃子の親友で〔翠屋〕のメンバーでもある松尾さんの事を気遣いつつ、

仕事に取りかかる。

「いらっしゃいませ、二名様でしょうか?」

「ご注文の品がお決まりになりましたら、お呼び下さい」

「お待たせいたしました。シフォンケーキでございます」

 しばらく仕事に集中していると、新たに客が入ってきた。その時、店の出入り口に一番

近い場所にいた事もあって、恭也はすぐさま行動する。

「いらっしゃいませ」

 そこまで言ったところで、動きが止まる。その三人に、見覚えがあったからだった。

 

 

 

 

 

 あれから蓉子と聖、江利子の三人は〔デパートALCO〕を皮切りにウィンドウショッピン

グと洒落込んだ。流石に、東京の喧騒には及びもつかぬものの、落ち着いた中に適度の賑

わいを持った海鳴の街並みは、歩いていて意外と飽きない。

 そうこうしている内に、

「それじゃあ、そろそろ行きますか」

 聖が楽しそうに提案したのを受けて、喫茶店〔翠屋〕へ足を向ける。

 いざ着いてみると、洋菓子の販売も兼ねている為か、今まで想像していたよりも奥行き

がありそうで、落ち着いた店構えである事に少し驚いた。三人とも、もっとこじんまりと

したそれをイメージしていたのだ。雑誌に掲載されていた写真を思い出してみても、ちょ

っとばかり意外な感じである。

「単なる喫茶店ってわけじゃ、なかったのね」

「洋菓子そのものも売ってるから、かな。中は意外と広そうだね」

「とにかく、入りましょう」

 店内に入って、三人はもっと驚いた。

「いらっしゃいませ」

 低く、それでいて深みのある声に迎えられた三人は、

「え……」

「うそ」

「あら」

 それぞれ絶句する。ハンバーガー店で会った青年が、今度はウェイターの姿で目の前に

現れたのだ。

「三名様ですね? 只今お席にご案内いたします」

 どうやら彼も気付いたようだったが、それでも平静な態度のまま三人を先導し、入れ込

みの席に通す。彼がその場から離れると、

「……まさか、あの人がここで働いてたなんて」

 聖が、笑っていいのか悪いのか、複雑な表情になった。

「多分バイトでしょうけど……本当に驚きね」

 蓉子もまた、何とも言えない表情をしている。

「偶然にしては出来過ぎな気もするけど、これって確かに偶然なのよねぇ」

 江利子が論評する。その目には、いかにも面白げな色が見え隠れしていたが、それもわ

ずかな内の事だった。

 青年がお冷を持ってきて、すいとそれぞれの目の前に置く。動きのひとつひとつに隙が

なく、流れる様であるのが非常に印象的だ。そして、強い力を秘めた瞳。

「ご注文は、お決まりになりましたでしょうか?」

「え? あっ、と。わたしは……コーヒーセット、翠屋シュークリームで」

「あー、うーん……同じでいいわ」

「え、えぇと……私は紅茶のセットで。チョコレートケーキにするわ」

「かしこまりました。しばらくお待ち下さいませ」

 目元をふっ、と和らげて言われると、それだけでも印象ががらりと変わり、三人とも吸

い込まれそうな錯覚に陥りそうになる。

 オーダーが済んで青年が離れると、蓉子が大きく息を吐いて、

「目は口ほどにものを言う、本当だったのね」

「ちょっと、あれは反則に近いわね……あれだけでここまでどきどきするんだから、もし

笑顔になったら、どうなっちゃうのかしら」

「同感……あの人、多分笑顔だけで、女の子何人も落とせそうだよ」

 江利子に続いて聖も、彼の今の印象を口にする。そして互いに苦笑し合う。三人揃って

顔を真っ赤にしていた事に。

 

 

 

 

 

 まだ、この一日は終わっていない。








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