桜坂柳也の必殺剣、スパイラル大回転斬り。

 古流剣術、天真正伝香取神道流が伝える居合の技、抜附之剣に着想を得た柳也が編み出した、彼独創の剣技だ。

 抜附之剣は、居合腰と呼ばれる低姿勢より跳躍しながら相手の急所めがけて抜きつける流麗かつ豪快な居合術で、香取神道流を象徴する技の一つだ。

 柳也はこの跳躍しながらの斬撃に、神剣士の運動能力があって初めて可能な回転運動を追加。独楽のように回転しながら両の二刀を繰り返し浴びせかけるという、凄絶な剣技を考案した。

 一秒間の回転速度は現在の柳也の実力でおよそ五十回。

 放たれる斬撃はすべて遠心力を刀勢に上乗せした重き打突。

 ひとたび刃を打ち込まれれば逃れる術はなく、斬撃の嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

 そして嵐の後には、鋭く切り刻まれた敵の肉塊しか残らない。

「……言ったはずだ」

 斬撃の嵐は過ぎ去った。

 石畳の床をしかと踏みしめた柳也は、目の前に立ち尽くす小さな背中を見据えて言った。

「守護の双刃の戦いぶりを、味あわせてやる、とな」

 視界の内で、血煙が、繚乱した。

 まるで空に、赤い桜の枝が現われたかのようだった。

 返り血が、男の纏う軍服を濡らす。

 しかし、総身に纏わりつく不快な感触はすぐに消失した。

 血脂は瞬く間にマナの霧へと還元され、柳也の身体は黄金色の薄絹に包まれた。

「……なるほど」

 か細い声が、耳膜を叩いた。

 相棒の大身槍を支えに立つ女がどんな表情を浮かべているのか、柳也の立つ位置からは見えない。

 ただ、弱々しく耳朶を撫でる声音からは、どういうわけか、うっとり、と陶然としている様子が感じられた。

「とくと堪能させていただきました……。これが、あなたの剣なのですね……。あなたの猛々しい気性を表すかのように、凶暴な業前でした」

「最後に一つ、質問しても?」

「するだけなら、ご自由に」

「さっきは俺の質問に色々答えてくれたな? サービスと言っていたが、なぜそんな気に?」

 ずっと気になっていた。自分と彼女は敵同士、情報の開示は自らの損しか生まないことは明白なはず。それなのに、なぜそんなサービスをしてくれる気になったのか。

「ああ、そのことですか……」

 柳也は訝しげに眉根を寄せた。

 質問に応じるフィリンの声は、なぜか、笑っているように聞こえた。

「簡単なことですよ。一目惚れです」

「うん?」

「一目惚れですよ。あなたの顔、わたしの好みのタイプだったので。ちょっと、嬉しくなってしまって……」

「……お前さん、趣味悪いな」

 溜め息混じりに呟いて、柳也は初代正弘を片手上段に振りかぶった。

「楽しかったぜ、フィリン・緑スピリット……。これからは、俺のマナとなって生きろ」

 言い放つと同時に、二尺三寸二分の業物を叩き込んだ。

 皮を裂く手応えが、手の内を揺さぶった。

 肉を断つ手応えが、手の内を揺さぶった。

 ついで、骨を砕く手応え。

 さらには、臓腑を潰す手応え。

 そして、命を奪う手応え。

 快感から、柳也の口元には自然と笑みが浮かぶ。

 強敵だった。

 しかし、勝った。

 あんなにも強かった敵が死に、自分が生き残った。

 なんと嬉しいことだろう。

 なんと圧倒的な喜びなのだろう!

 闘争を制することでしか得られない背徳の充足感に胸を震わせながら、柳也はうっとりと微笑んだ。

 勝利の喜びの直後には、マナを得ることに対する喜びが胸の内を叩いた。

 思えば神剣から解放されたマナをすするのは久しぶりのことだ。
 
 初代正弘の刀身に寄生した〈決意〉も、久方ぶりの上等な食事に喜んでいる様子だった。

 かつてフィリンという女を構築していた生命の力が、自らの五体に満ち満ちるのを感じながら、柳也は名刀を正眼に構え直した。

 疲労感はまるでない。フィリンを倒し、そのマナを取り込んだことで、むしろ身体は戦う以前よりも軽く感じた。

 忌々しげにこちらを睨む黒スピリットを見る。

 柳也の凶悪な面魂には、屈託のない笑みが浮かんでいた。

「さあ、今度はお前さんの番だ!」

好戦的に笑いながら、男は力強く咆哮した。

二尺三寸二分の切っ先が、剣呑に輝いていた。



 


 






永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:61「ようこそ、ルーキー。戦士の世界へ。わたしはお前を、歓迎するぞ」








 自分達が戦っている間、戦いに巻き込まれないよう離れていてくれ。

 才人からそう言われたシエスタとモット伯爵は、各々の得物を構えて睨み合う二人から二十メートルほど距離を取ると、いちばん近くにあった樹木の陰に身を隠した。

 樹木を盾にしよう、と提案したのはシエスタで、モット伯爵は最初彼女の申し出に渋い顔をした。

 樹齢二六年のスモモの木は幹の太さが人の妊婦の腹回りほどもあり、シエスタの目にはとても頼もしげに映じた。

 しかし、神剣士の保有する超常の力を肌身をもって知っているモット伯爵の目には、その程度の太さはいかにも頼りなさ気に映じた。

 あの女は普通じゃない。こんな樹木では盾の役割を果たしてくれない。それよりももっと遠くへ逃げよう。少しでも距離を取ろう。伯爵はそう言ったが、シエスタは頑として聞き入れなかった。

 才人の邪魔になりたくない、という思いから彼の腕より離れたシエスタだった。しかし同時に、あの青年の戦いを見届けたい、という思いも、彼女の胸の内には存在していた。

 自分の身の周りでいま、何が起こっているのか、はっきりとは分からない。

 だが、自分のために才人や柳也が駆けつけ、いままさに戦ってくれている、ということは理解出来た。

 ――わたしには戦う力はない。サイトさんや、リュウヤさんと一緒に戦うことは出来ない……。

 ならばせめて、彼らの戦いを見届けることが、自分の義務だと思った。

 彼らを鉄火場へと送り込んだ、自分の責務だと思った。

 二人の戦いが始まると、シエスタと伯爵は揃って目を剥いた。

 シエスタにとっても、また伯爵にとっても、初めて目撃する神剣士同士の戦い。

 両者は目にもとまらぬ速さで地面を駈け、大地を叩き割らんばかりの刀勢を互いに繰り出し、ぶつけ合った。

 それはまるで、神話の一シーンを再現したかのような光景だった。

 古の神々や英雄達の活躍を想起させる戦いに、二人は目を離すことが出来なかった。

「な、なんなのだ、あの若者は……」

 食い入るように二人の戦いを見つめるモット伯爵の口から、茫然と呟きが漏れ出た。

「あのキャメリアと互角に戦っている!? いったい何者なのだ、彼は!?」

 口にこそ出さなかったが、モット伯爵の抱いた疑問を、シエスタもまた同様に抱いていた。

 平賀才人と桜坂柳也。

 思えば、あの二人にはどこか不思議なところがあった。彼らと会話していると、言動の端々からしばしば浮世離れした印象を感じることがある。

 その最たる例が、才人がギーシュ・ド・グラモンから決闘を挑まれたときのことだ。

 普通、平民が貴族から戦いを挑まれたりしたらそれだけで震えあがるものなのに、なんと才人は受けて立った。反骨精神が旺盛なだけかとも思ったが、違った。土のゴーレムに殴られ、痛めつけられ、ぼろぼろになりながらも、才人は力強く言い放った。

「下げたくない頭は、下げられねえ」

 貴族だから、平民だから、などという身分差は、才人の中には存在しなかった。

 彼は一人の人間として、ギーシュの振る舞いが許せず、また己の意地を貫いた。

 ギーシュを睨む黒い眼差しには、シエスタの知らない生き方が存在していた。彼女の知らない、別世界の生き方があった。その強い眼差しに、心惹かれた。

「サイトさん……」

 ひっそりと、その名を呟いた。

 途端、頬が熱を帯び出すのを自覚した。

 まるでたちの悪い熱病に罹ってしまったときのように、胸の内が苦しくなった。

「あなたは、何者なんですか……?」

 唇が紡ぎ出したのは、モット伯爵と同じ問い。しかしその意図するところは、彼の質問とは大きく異なる。

 権力に屈さず、己の意思を貫いた強い人。

 自分の窮地を、まるで物語の騎士のように救ってくれた人。

 いまも、自分をこの屋敷から連れ出そうと戦ってくれている、自分だけの騎士。

「わたしは、あなたのことを知りたいです……」

 異国からやって来たんだ、と彼らは言った。

 遠い遠い、普通の手段では一生かかっても辿り着けないほど遠いところからやって来たんだ、と。

 自分が彼らについて知っているのは、それだけだ。

「わたしは、あなたのことをもっと知りたいです……!」

 どんな国で生まれ、どのように育ったのか。

 何を好み、何を嫌うのか。

 なぜ、あんな強い生き方を貫けるのか。

 あの日――才人とギーシュの決闘を見たあの日――から、ずっと抱いていた疑問と欲。

 改めて自分の想いを自覚したシエスタは、才人の戦う姿を、食い入るように見つめた。

 激しい剣戟の応酬は、唐突に終わりを告げた。

 決着がついたわけではない。

 突然、剣を引いたキャメリアは、まるで興味を失ったかのように才人から視線をはずすと、真っ直ぐこちらを見た。

 木陰に身を隠す、自分達を見て、嗤った。

 地面を蹴る。

 背中に浮かぶ漆黒の翼が、大きく上下する。

 大太刀を肩で担いだ女が、砲弾の勢いで迫ってきた。

 凶暴さを孕んだ殺気に突き刺され、頬の熱が一気に下がっていくのを感じた。

「シエスタ、逃げろ――――――ッッ!!」

 才人の絶叫。

 見れば、少年は必死の形相でキャメリアの背中を追おうとしていた。

 しかし、その足取りは自分達を抱きかかえていたときと比べても明らかに鈍い。どうやら四肢に上手く力が入らないようだ。キャメリアに何かされたのか。

 そういえば、あの女は剣による攻撃以外にも、メイジの魔法のようにも見える不思議な力を使っていた。

 地面から突然生えた黒い針が、才人を突き刺したようにも見えた。もしやあの針が原因か。

 シエスタの思考は、そこで中断させられた。

 踵を返す暇さえ、与えられなかった。

 一五メートルはある隔たりを秒とかけずに詰めたキャメリアが、二人の目の前で冷笑を浮かべた。

「さあ、綺麗な赤色を、見せてくれ!」

 三尺八寸の大太刀を上段に振りかぶる。

 木陰に身を寄せ合う二人を、大樹ごと一刀の下に両断する腹積もりだ。

 漆黒のウィング・ハイロゥを畳み、しかと足場を定めた上で、女は神剣を振り抜いた。

 思わず瞼を閉じたシエスタの口から、悲鳴が弾けた。

 








「……なに?」

 茫然とした声が、剣を振り下ろしたキャメリアの唇から漏れ出た。

 鴉の羽色の眼差しが見つめる先には、相棒刀の切っ先が地面を割り裂く光景がある。

 毎日の手入れを欠かしていない鈍色の刀身は綺麗なもので、一滴の血脂さえ付着していない。

 上段からの袈裟斬りは、シエスタらの身を断ち割ることなく、空を斬るだけに終始した。

「……ほう」

 茫然とした表情から一転、楽しげに微笑んだキャメリアが顔を上げた。

 ハルケギニアでは珍しい漆黒の瞳が、今度はシエスタの隣に立つモット伯爵を見つめた。

「お前はたしか、水メイジのはずだが?」

「……“水”系統が得意なだけだ。他の系統魔法が、使えないわけじゃない」

 指揮棒を思わせる杖を握りしめるモット伯爵は、震える声で応じた。

 エア・ハンマー。

 最も初歩的な“風”の攻撃魔法は、振り下ろされた刀身の右頬を直撃、袈裟がけの一刀はの軌道を、大きく右へと逸らしたのだった。

「伯爵様……?」

 攻撃の瞬間目をつぶっていたシエスタは、いまだ何が起こったのかよく分かっていない。

 ただ、隣に立つモット伯爵が何かしてキャメリアの斬撃を防いだらしいことは、理解出来た。

 茫然とした眼差しを左の頬に感じながら、モット伯爵は青い顔に虚勢の笑みを張り、言い放った。

「私は、貴族だ」

 よく見ると、肩が震えていた。

 肩だけでなく、膝が震えていることにも気づいた。

 ガチガチと歯を鳴らしながら、それでも懸命に声を張り上げて、モット伯爵は震える声で叫んだ。

「国王とであれ、平民とであれ、約束は約束だ!」

 シエスタは、そして神剣士の聴覚をもってその言の葉を聞き取った才人ははっとした。

 シエスタを頼む。

 キャメリアとの戦いに臨む直前、才人は強圧的な口調でモット伯爵にそう言い、頷かせた。

 半ば脅しの入った、一方的に突きつけられた約束。しかし伯爵は、律儀にもそれを守ろうとしていた。

 シエスタを守るということは、自身を危険に晒すということ。それを重々理解しながら、約束を果たそうとしていた。

「貴族は、一度交わした約束を破らない!」

 決して優れた為政者ではない。

 人格的にも、魅力あふれる人物とは言い難い。

 しかし、ジュール・ド・モット伯爵は貴族だった。

 ルイズやマチルダ、オールド・オスマンといった才人達の知る他の貴族と同様、何よりも己の誇りを貴ぶ者だった。

 約束を守る。

 そんな小さな誇りのために命を懸けられる男だった。

「……はっ」

 キャメリアの顔に、満面の笑みが弾けた。

 嬉々とした笑顔。

 柳也と同じ、強敵との戦いを何よりも欲し、愛する者の顔。

「はははははっ。やっぱり、こっちの方が楽しそうだ!」

 誇りに生き、誇りに死ぬ。

 そんな戦士の面魂をしたモット伯爵を前に、キャメリアは大好きなアイドルと握手をすることが出来た女学生のように、純朴な笑みを浮かべた。

 野太刀の永遠神剣を、再び振りかぶる。

「さあ、ジュール・ド・モット伯爵! わたしと一緒に、面白い戦いをしよう!」







 再び神剣を振りかぶったキャメリアの姿を見て、才人は背骨を氷柱で貫かれるような悪寒に身震いした。

 袈裟がけに振るわれた豪剣をなんとか凌いだモット伯爵だが、次また放たれるであろう必殺の太刀行きを防げる可能性は低いと思われた。

 伯爵が先の打ち込みを弾き飛ばせたのは、相手の心に油断があったからに他ならない。まさか伯爵が命を懸けてまで平民との約束を守ろうとするとは思っていなかったからこそ、キャメリアも彼の反撃を許してしまった。いかにこの世界の魔法が強力だとはいえ、そうでなければあれほど容易く剣の軌道を逸らされたりはしないだろう。

 そしてキャメリアは、優秀な戦士だ。

 同じ失敗を、二度繰り返しはしないだろう。

 次の一太刀には、油断も、慢心もない。

 今一度振り抜かれる斬撃を、モット伯爵が凌げるとは思えなかった。

 三尺八寸の大太刀が振り下ろされれば、シエスタは――――――、

 ――嫌だ!

 臍下丹田のあたりから、恐怖の感情が噴出した。

 殺人行為に対する恐怖ではない。

 シエスタを失うかもしれない未来への恐怖だ。

 自分の大切なものを、極めて暴力的な手段をもって奪われることへの、恐怖だ。

 才人は過去に一度、理不尽な暴力としか形容出来ない手段によって、大切なものを奪われている。

 故郷は地球での日々。そのすべてを、ルイズの唱えたサモン・サーヴァントの魔法によって奪われた。失った。

 勿論、いまはもう、ご主人様の少女のことを恨んだりはしていない。

 しかし、あのとき――ここは地球とは違うんだ。ここは異世界なんだと、悟ってしまったあのとき、感じた喪失感。絶望感。そして、寂寥感。もう二度と、あの楽しかった日々は戻ってこないかもしれないという恐怖。

 あの苦い思いを、また味あわねばならないというのか……!?

 ――嫌だ! そんなの……!

 左手のルーンが、まばゆい光を発した。

 強すぎる恐怖の感情は、五体の動きを縛るどころか、かえってガンダールヴの能力を引き出した。

 己のパワーが急激に増大していくのを自覚する。

 身体の内より、魔法の毒素が消えていくのを自覚する。

 神剣士としての己の力が、キャメリアの力を上回った証左だ。

「シエスタを……」

 デルフリンガーを、強く握った。

 女剣士を睨む眼差しは、凄絶な憤怒の炎で燃えていた。

「やらせるかよぉぉ―――――――ッ!!!」

 下肢に力を篭め、立ち上がる。

 後ろ足の前半分で、思いっきり地面を蹴った。

 アクセル。

 レジスト・ダウン。

 エアー・グリース。

 そして、エアー・ジェット。

 呪文どころか、名前を呟く略式の詠唱さえ省略しての、神剣魔法の同時発動。神剣と契約してまだ一月と経っていないルーキーに可能な所業ではない。

 しかし、ガンダールヴの力は不可能を可能にする。

 感情の昂ぶりをエネルギーに変えて、世の理を変えてしまう。

 四つの加速魔法は正しく発動し、才人の体を、彼がかつて経験したことのない速度域へと誘う。

 音速の先に広がる、超音速の世界へと。

「おおおおおおおお―――――――ッ!!」

 獅子吼。

 デルフリンガーを脇に取り、猛然と地を駆けた。

 一五メートルの隔たりが、瞬きほどの一瞬で煮詰まる。

 相棒の永遠神剣を、上段に振りかぶった。

 背後から殺到する剣気に、キャメリアは気づいていた。

 しかし、反応することが出来なかった。

 三尺八寸の大太刀を小枝の如く自在に振るう運動能力を持つ彼女も、超音速の速さで迫られては、どうすることも出来なかった。

 才人の左手が、太陽の輝きを迸らせた。

 殺人行為に対する恐怖は、このとき、才人の頭の中に存在しなかった。

 シエスタを失うことに対する恐怖だけが、存在していた。

 その恐怖から逃れんとする防衛本能が、彼に、剣を振り下ろさせた。

 真っ向両断。

 肉を断ち、骨を砕く手応えが、才人の手の内を揺さぶった。








「……残念ですが、あなたの要望には応えられません」

 フィリン・緑スピリットを倒し、そのマナを啜り、さらなる強化を果たした柳也は、新たなる獲物を前に獰猛な笑みを浮かべた。

 しかし、肝心の相手が口にした返答は、にべもないものだった。

「つれないなぁ。こんな色男が、デートに誘ってるんだぜ?」

「色男って……その顔で、それ以上喋らないでくれますか? 言葉の暴力です」

「顔のことは言うなや! 強面だって自覚はしてるんだっ!」

 好戦的な笑みを引っ込めて、柳也はわめくように怒鳴った。

 喉を鳴らしてから、いかんいかん、と咳払い。自分の悪い癖だ。どうも顔のことに触れられると、冷静さを失ってしまう。

 ゆっくりと深呼吸をし、頭の中に新鮮な酸素を充填。クリアな思考力を得たところで、改めて目の前の少女を見る。

「あなたの顔のことは、正直、どうでもいいです」

「それはそれで傷つくな」

 苦笑。

 意味のない言葉のキャッチボールの合間にも、黒炭色の眼差しは、付け入る隙を見定めんと油断なく動く。

「わたし達の目的はすでに果たしましたので、そろそろお暇させてもらいます」

「あん?」

 柳也の表情が、硬化した。

 少女の口から飛び出した“目的”という単語に、不穏な響きを感じた。

「あなたの剣は、とくと見せていただきました。あなたの秘密に迫るための手がかかりも、得ることが出来ました」

「…………」

 険を帯びた眼差しに射抜かれながらも、少女は平然と呟いてみせた。

「……疑問には、思っていたんだよ」

 柳也は硬い表情のまま、やはり硬質感の漂う声で呟く。

「ワルドのやつは有能な軍人だ。そんなあいつが、兵力の集中という戦いの原則を知らないはずがない。あいつの目的が俺や才人君の抹殺にあるんだとしたら、この屋敷にありったけの戦力を置いていたはずだ。ワルド自身や、あのウィリアム・ターナーを含めた、持てるすべての戦力をな」

 “偏在”の魔法により、自身とまったく同じ性能の分身を数十体作り出すことが出来るワルド。

 そして、自分の〈決意〉や〈戦友〉、才人のデルフリンガーでさえ到底及ばない、第五位という上位の永遠神剣を持つ男、ウィリアム・ターナー。

 この二人だけでも十分ポーカー・ハンドが成立する。

 自分達の抹殺が目的ならば、迷わずこの最強戦力を投入してきたはずだ。

 だが、ワルド達はそれをしなかった。

 しなかったということは、目的が違うということ。では、彼らの狙いは何なのか?

 モット伯爵を脅迫し、シエスタを連れ去った。そんな手間をかけてまで、自分達をこの屋敷に誘導した目的は、いったい何なのか。

「ワルドのやつは有能な軍人だ。兵法の鉄則は、まず情報を集めること。お前達に与えられた任務とは、俺や才人君を倒すことじゃなく……!」

「威力偵察、という言葉の意味を説明する必要は、あなたにはないですよね?」

 当然、知っている。

 知っているからこそ、柳也は両手の二刀を構える。

「……逃がすと思うか? 何を知りたかったのかは分からんが、目的を果たしたお前を、威力偵察という作戦の意味を理解している俺が、逃がすと思うか!?」

「逃げてみせますよ」

 少女の背中で、漆黒のウィング・ハイロゥがはためいた。心なしか、先ほどよりも二回りほど長大化しているように見える。

 ハイロゥの巨大化は、そのスピリットがさらにパワーを増大させた証左だ。

 応じて、柳也もまた足下に魔法陣を展開、先ほど取り込んだばかりのフィリンのマナを、五体の強化へと投入する。

 ――いかにして初太刀を命中させるかが肝要だ。一太刀浴びせることが出来れば、少なからず動きが鈍る。続けざまに、二度三度と叩き込める!

 単純な追いかけっこでは、空を飛べる向こうに分がある。スピードの勝負になったら、こちらに勝ち目はない。そうなる前に、一太刀浴びせて動きを止める。機動力を削いだところで、一気に畳みかける。

 息を深く吸う。

 阿吽の呼吸。

 気海丹田に落とし込み、五体に気力を、静かに充溢させる。

 リソースは九割以上を脚力に集中。いつ、どのタイミングであっても最高のパフォーマンスを発揮出来るように備えた。

 獣の眼差しで、小柄な少女を睨んだ。

 飢えから逃れんとする、獰猛な、獣の瞳だ。

 ここでこの女を逃せば、その先に待つのはさらなる苦境だ。

 しかも敵は、自分達の目的を果たすためなら、第三者を巻き込むことも辞さない相手だ。今回のことで分かった。第二、第三のモット伯爵やシエスタを出すわけにはいかない。

 ――絶対に、ここで仕留める!

 床板を、強く蹴る。

 二人同時に。

 闘牛の勢いで突き進む。

 隼の軽やかさで飛び上がる。

「逃がす、かぁッ!」

 ひときわ強く、床を蹴った。

 右の定寸刀を、一文字に振り抜く。

 銀色の光線が、伸びやかな円弧を描きながら、少女の胴へと迫った。

「……残念」

 しかし、かます切っ先はむなしく空を切った。

「あと四センチとちょっとでしたね」

 一寸と五分、足りなかった。

 己の勢いが。

 正弘の尺が。

 足りなかった。

「……くそ」

 落下。

 そして、着地。

 空中の少女が剣を振るい、分厚い壁をバターのように切り裂いて、外へと飛び出す。

 歯噛みし、眦を吊り上げ、憤怒の形相で、柳也は急速に黒点と化していく少女の後ろ姿を見送った。

 見送ることしか、出来なかった。

「くそぉぉぉぉぉおおおおおおおッッッ!!!」

 怒りの絶叫は、誰に向けられたものなのか。

 己か。

 敵か。

 この場にはいない、大切な、友への恋歌か。

 柳也の雄叫びは、謁見の間の空気を轟々と鳴らした。









「……良い、斬撃だった」

 ごほり、と咳き込んだ。

 空気とともに口から飛び出した赤黒い塊が地面を濡らし、すぐに、黄金のマナの霧へと還っていった。

 真っ向両断。

 背後からの強襲をまともに喰らい、右の肩口から太ももの付け根あたりまでを真っ二つに斬割されたキャメリアは、黄金色の霧を纏わせながら、青色吐息で、しかし艶然と微笑んだ。

 正対するシエスタやモット伯爵が思わず見惚れてしまうほど、美しい笑みだった。

「これでお前も、こちら側の人間だな」

 背後の才人を振り返ることなく呟いた。

 楽しげな口調だった。

 明らかに致命傷だというのに。

 己の命が、

 己というものを形作る原始の生命力が、あと数十秒ほどで消えてしまうというのに、彼女は楽しげに、そして嬉しげに笑っていた。

 顔の見えない才人にも、笑っていることが、分かった。

「ようこそ、ルーキー。戦士の世界へ。わたしはお前を、歓迎するぞ」

 戦士の世界。

 人殺しの世界。

 振り下ろしたままのデルフリンガーを握る才人の手が、ぶるり、と震えた。

 いまにも泣き出してしまいそうな顔をしながら、才人は絶叫した。

 喉が張り裂けんばかりの、悲憤の咆哮だった。

 物悲しい、悲鳴だった。

 キャメリアの体が、消えた。

 金色の、マナの霧となって消えた。

 神剣の本能を刺激されたデルフリンガーが、かつて一人の女を形作っていたものを喰らう。啜る。

 数百年ぶりに神剣士のマナを食すことが出来た第六位の永遠神剣は、小さく、美味い、と呟いた。



 








 いつまでも、悔恨の念に打ちひしがれている場合ではない。

 逃げてしまった敵は、どんなに悔やんだところで戻ってきてはくれない。

 今回の威力偵察で、ワルド達がいったい何を知りたかったのかは分からない。だが、苦心の末にようやく得た情報だ。十中八九、次のアクションに活用してくるだろう。そのときに備えて、次善の策を練らねば。悔やんで立ち尽くすよりも、行動しなければ。

 ――とりあえず、才人君達と合流するか。

 戦闘モードから、捜索モードへ。

 意識を切り替え、神剣レーダーの感覚野を広げると、黒いマナ同士が激しくぶつかり合う気配を捉えた。

 場所は屋敷の前庭。そのうち片方は、よく知ったマナの波動を発している。どうやら、あの黒スピリットと才人が戦っているらしい。

 正弘と脇差を納刀。

 援護に向かうか、と壁の大穴から屋敷の外へ出た。

 そのとき、

「……む?」

【片方のパワーが、急激に小さくなっていくな】

 どうやら、戦いは終わったらしい。

 〈決意〉の言う通り、才人ではないほうの気配から感じられるマナが、どんどん小さくなっていく。

 どんどん小さくなって、消えていく。

 消えていく……。

 消えた。

「……才人君」

 柳也の表情が、硬化した。

 神剣士の聴覚は、百メートル近く離れた場所でつんざく絶叫を、しかと捉えていた。

「……才人!」

 弟子の名を、もう一度呟いた。

 駆け出す。

 デルフリンガーの気配を頼りに。

 風よりも速く、愛弟子のもとへと急ぐ。

 この世界でたった二人の、同胞のもとへと急ぐ。

「……才人君!」

 才人達は、すぐに見つかった。

 広大な全体に規則正しく植えられた樹木の一つ、その側にいた。

 その場には、三人しかいなかった。

 茫然とするシエスタとモット伯爵、そして、悲憤の咆哮を上げる才人の、三人しかいなかった。

 黒スピリットの姿は、どこにもなかった。

「才人、君……」

「柳也さん……俺……俺はぁ……」

「……ッ!」

 再度、駆け出した。

 才人のもとへ。

 両腕を背中に回して、彼の頭を胸へと押しつける。

「何も言うな! 分かっているから……何も、言わなくていい……」

 おさなごをあやすように、努めて、優しい声音で言った。

 失念していた。

 同じ神剣士でも、自分と才人では辿ってきた道程が違いすぎることを、忘れていた。

 自分にとっては、もはや慣れ親しんだ行為。

 才人にとっては、初めての行為。

 人の命を、その手で奪うということ。

 絶叫は、嗚咽へと変わった。

 才人の左手に刻まれたルーンは、光を失って消沈していた。









「ベッドから降りれるようになったぜヒャッホーイ☆」

 夕刻。

 新生アルビオンの帝都ロンデニウムにある、ジャン・ジャック・ワルドの屋敷。
 
 友人から貸し与えられた寝室にてバク転をしながら快復の喜びを語るウィリアム・ターナーは、七回転目の途中で着地に失敗し、左足首をねん挫し、再びベッド・インする羽目になった。

 ち〜〜ん。

「……なぜだ? なぜ、こんなことになってしまったんだ? いったい、何が悪かったというんだ?」

 ベッドから離れた時間は僅か二分。

 再び寝台の住人と化したウィリアムは、甘いマスクを訝しげに歪めて、頭を抱えて呟いた。

「病み上がりのくせに無茶をするからだ。そもそも、なぜバク転で喜びを表す必要があった?」

 ベッドのかたわらに椅子を置き、看病がてらのんびり本を読むワルドは、冷たい眼差しを友人に向けた。

「いや、ほら、長いことベッドとラブラブしてたからさ、体が自由に動くって当たり前のことが、すっごく嬉しくてね。感情が昂ぶってね。つい、ね。バク転を、ね」

「感情が高ぶると、つい、バク転をしてしまうのか、お前は。……どんな癖だ」

 呆れた眼差しと声。

 ウィリアムはへらへら笑いながら、

「俺のバク転なんて可愛いもんだぜ? 世の中には感情が昂ぶると思わずバットで好きな相手をドスドス撲殺してしまうような天使もいるぐらいだし」

「……なんだそれは? その天使とやらは、本当にそいつのことが好きなんだろうな?」

「曰く、『でも、それってボクの愛なの』だそうだ」

「重い。……愛が重いぞ」

「うん。正直、重いと思う。俺は持ち上げられない。無理。……ところでジャン・ジャック、お前さん、さっきから何読んでんだよ?」

「む? これか? 最近、ロンディニウムで話題の大衆向け小説だ」

「表題は?」

「『鬼畜嫁。 〜夫の悲鳴が私の安眠枕〜』」

「愛が重い! 持ち上げられない!」

 そのとき、寝室のドアが三度外から叩かれた。プライベート・ノック。声を聞くまでもなく、誰が来たかはすぐに分かった。板戸の向こう側から感じられるマナは、ウィリアムにとってもワルドにとっても、よく知る人物のものだ。

 ウィリアムが「どうぞ」と、声をかけると、粛、とドアが開いた。

 軽快なリズムと、それに合わせた歌声が、流れ込んできた。

 “ストーカーと呼ばないで♪”

「愛が重い! 持ち上げられない!」

「いったい何なんだこの音楽は!?」

「わたし専用の登場BGMです」

 入室してきたのは童顔のマーイヤ・ブルーミニオンだった。いつものように灰色を基調とした制服を身に纏い、長大な鉈の形状をした永遠神剣を背負っている。右手にはバッテリー内蔵式、キャリング・ハンドル付のラジカセが握られていた。

「原作キャラのワルド様や第五位の神剣を持っているウィリアム様達と違って、わたしは登場回数も少ないですし、神剣の位階もぱっとしないので、こういう小技でキャラを立てていこうと思いまして。……こうした地道な活動が読者の認知度アップに繋がり、ゆくゆくはわたしメインの展開に……」

「なんちゅうメタ発言を……」

「……その右手に持っているのは何だ? どうやらこの歌は、その小さな機械から流れているようだが?」

 ハルケギニア人のワルドが、やや険を帯びた眼差しでマーイヤの持つラジカセを睨んだ。

 地球ではありふれた電化製品も、異世界人にとっては未知のブラック・ボックスだ。彼の双眸には、警戒心と好奇心が共棲していた。

「これはラジカセという地球の機械です。この三角マークのボタンを押すと音楽が流れます。さらにこのアンテナを立てた状態でこちらの四角マークのボタンを押すと……」

「押すと?」

「アンテナの先端から、街一つ焼き尽くすビームが出ます」

 さらり、と真顔でとんでもないことを抜かした。

 おいおい、とウィリアムは思わず苦笑する。

 まったく、なんと荒唐無稽な嘘なのか。こんなほら話に騙される奴がいるわけ――――――、

「ビームが出るのか!?」

 彫りの深い端整な顔を驚愕に歪め、慄然と訊き返すワルド。

 ウィリアムも驚いた。

 まさか、信じてしまうとは……!

 さすがは機械に疎いハルケギニア人、マーイヤの嘘八百を、素直に受け入れてしまった。

「このサイズで街一つとは……恐るべし、地球の科学力!」

「この程度で驚いてはいけません。地球にはさらにCDプレイヤーという、ラジカセより数段進んだ強力兵器があります」

「なんと!」

 再び驚くワルド。

 やはり再び驚くウィリアム。ラジカセとCDプレイヤーは兵器だったのか!?

「これは銀色の円盤状ディスクを天高く射出する装置で、発射された円盤ディスクは回転しながら敵に向かっていきます。円盤ディスクにはやはりビームの発射システムが組み込まれており、回転運動によって全方位に攻撃を仕掛けながら飛んでいくのです!」

「ええいっ、地球のCDプレイヤーは化け物か!」

「……ところで、いつまで流してるんだ、この曲?」

 “ストーカーと呼ばないで♪”

 ワルドさん家のみなさんは、今日も平和だった。まる。







「そういえばマーイヤ、お前さん、なんで俺の部屋来たの? 見舞い? 尊敬する上司の見舞い?」

「いえ、違います」

「はっきり否定しやがったよこの娘!」

「それでマーイヤ、用件は何だ?」

「はい。実は先ほど、パリスが帰還したのでその報告に参りました。桜坂柳也達と無事交戦出来たようです」

「ラジカセとかビームとかそんな話してる場合じゃなかった!」

「……パリスをこの部屋に。報告を聞こう」

 大衆向けの恋愛小説を閉じ、ワルドは冷厳な眼差しでマーイヤを見た。

 ほどなくして、黒のミニオンの少女が、部屋にやって来た。
 
 室内を支配していた雰囲気が、変わる。

 冗談が消えた。

 笑顔が消えた。

 代わりに、冷たい眼差しが生まれた。

 その気になれば、一国の軍隊をも相手取れる怪物達の軍議が始まった。

 



<あとがき>



不動明「俺ならマジンガーZを空から攻めるね」


 空を飛べる相手は柳也にとって鬼門なのさ。

 アイリスのときもそうだったけど、羽根のある相手に逃げられることの多い主人公です。基本、地を這う猛牛だからな、あいつ。

 さて、読者のみなさん、おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。今回もゼロ魔刃をお読みいただきありがとうございました! 今回の話はいかがでしたでしょうか?

 前回のあとがきで書いたように、今回の話では才人に一つ試練を与えてみました。

 命の重み、って使い古された感のあるテーマですけど、それだけに避けていけないことだと思うんですよ。

 さて、上手いこと文章が進めばオリジナルエピソード回は次で終了です。そこから先は原作ベースの話に戻ります。

 次回もお付き合いいただければ幸いです。

 ではでは〜









 しっかし、いよいよ登場だよ、ゼロ戦。

 軍オタの端くれとして、逃げちゃいかんよなぁ……。

 あの型式不明問題に。




 ……いやね、アニメ版を見るとね、間違いなくガワは五二型なんですよ、あのゼロ戦。

 でもね、バッテリーにね、三二型とか書いてあるじゃないですか、あのゼロ戦。

 やっぱりセコハンかなぁ。外は五二型だけど中身は色んな型の部材を持ち寄ってようやく稼働させた機体か……なかなか浪漫が広がるな。




どうにかシエスタの救出劇は終わりを迎えれたが。
美姫 「サイトたちは無事と言えば無事だけれどね」
流石にサイトのショックは相当なものみたいだな。
美姫 「どう気持ちの整理をつけるか、よね」
中々に重いサイト側に対して。
美姫 「ワルドたちのサイドになるなり、行き成り雰囲気が変わったものね」
いや、あそこまでお茶目な連中なのか。
美姫 「中々、楽しい人たちよね」
まあ、それでも流石に報告が来ると真面目になるのは流石というか。
美姫 「ワルドたちが会議の結果、どう行動するかよね」
柳也たちに関しては、やっぱりサイトがどうなるかだよな。
美姫 「非常に気になる所よね」
だな。次回も楽しみに待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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