<スペース削減! 一行で分かる前回のあらすじ>

 変態は眼鏡っ子を落としにかかった。







 内容がよく分かったところで本編へどうぞ。

るーちゃん「……なに、コレ? まるっきり不審者じゃない!」

才人「柳也さん、これで本当にいいんですか!?」

柳也「なるほど! そういう話かッ。つまり俺は光源氏的なローラースケート隊に参加しながら、ジョン万次郎と戦えばいいんだな!?」

タバサ「……うるさい。シルフィード、やっちゃって」

柳也「ぎゃぱあああああああッ!!!」






 
 ……というわけで、改めて本編へどうぞ。
 




 男達にとって様々な出会いと別れがあった夜の翌日。

 異世界ハルケギニアは虚無の曜日を迎えた。これは現代世界でいうところの日曜日に当たり、要するに神様が仕事を休むために用意した日だった。

 昼。

 トリスティン王国最大の通り、ブルドンネ街に、褌の男と愉快な仲間達はたむろしていた。

「って、ちょっと待ちなさい!」

「ん? どうしたんだよ、るーちゃん?」

 それなりに栄えている街のど真ん中、天下の往来で突如として大声を発したルイズを、先を進む柳也は振り返った。相変わらずその装いは褌一丁に脇差を閂に差した強烈極まりないもの。なお、何ゆえ彼がいまだにそのスタイルを貫いているのかは、永遠の謎に包まれている。

 肩を怒らせ、大声を発したルイズに、行き交う人々も次々と振り返った。

 五メートルほどの道幅のブルドンネの通りは、老若男女様々な人間が歩いている。道幅に対して、交通量は過剰なくらいだ。そんな道のど真ん中で立ち止まるのは、あまり褒められた行為ではない。大多数の平民達はルイズに対して冷たい視線を注いだ。

 ルイズはそんな周囲からの視線には一瞥もくれず、柳也に口角泡を飛ばした。

「褌の男と愉快な仲間達で一括りにしないで! それじゃまるでわたしが変態の仲間みたいじゃない。あと、るーちゃん言うな!」

「るーちゃん、語り部の文章に突っ込むのはやめようぜ?」

「そうだぞ、るーちゃん。それに自分を偽ることもよくないぞ」

 才人と柳也は魔法学園の制服に身を包んだルイズの肩を左右から叩いた。

 わかっているんだよ、と言わんばかりの生暖かい視線。

 怪訝な顔をしたルイズが、柳也を見る。

「……それって、どういう意味よ?」

「だってるーちゃんは元から変態じゃないか!」

 柳也は毎日欠かさずに歯磨きをしている白い歯を輝かせ、爽やかな笑顔で言い切った。すべてを包み込む慈愛に満ちた笑顔だった。ルイズの特殊な趣味嗜好にも理解を示そうとする、莞爾とした笑顔だった。

 三人のやり取りを眺めていた通行人達が、「あんな可愛い顔をした娘が変態だって!?」と、驚愕の言葉を口々に漏らす。

 怒り心頭のるイズは真っ赤な顔で柳也を睨んだ。

「わ、わわわたしが変態って、どういうことよ?!」

「だって俺の裸体をまじまじと見たじゃないかッ(EPISODE:01参照)」

 柳也は、クワッ、と黒檀色の双眸を瞠目して力強く言い放った。

 直心影流の剣士が、腹の底から胆力を篭めた一喝。

 阿吽の呼吸で普段から肺を鍛え、喉を鍛えている柳也の太い声は、街中に轟いた。

 通行人達のどよめきが大きくなった。

 褌一丁の柳也に対して同情的な目線が向けられ、他方、ルイズには様々な感情が入り乱れた複雑な視線が向けられる。

 その中には、ルイズや才人達の知り合いも混じっていた。

「……るーちゃんってば、そんな大胆なことをしたの?」

「うん。見てた、見てた。俺が証人。るーちゃん、柳也さんの肌を嘗め回すように見てた」

「るーちゃん言うな! …って、キュルケにタバサ?! なんであんた達がここにいるのよ!?」

 群集の中から突然顔を覗かせたのは、ルイズの同級生のメイジ二人組だった。ルイズが眼の仇にするキュルケとタバサの二人だ。

「ハイ、るーちゃん。面白そうだから着いて来ちゃった♪ あと、るーちゃんって呼ぶのは、そう呼ぶとルイズの嫌がる顔が見られるから。可愛いわよ、るーちゃん」

 キュルケは軽いウィンクをルイズに投げた。

 ついで、才人には投げキッス。

 愛弟子の相好が思いっきり崩れていくのを眺めながら、柳也は、はてこの三人はいったいどういう間柄なのか、とルイズ、才人、キュルケの顔を見比べた。

 その隣で、ルイズがヒステリックに怒鳴る。

「だ、か、ら、るーちゃんは止めて!」

 ルイズは視線をキュルケの隣のタバサに向けた。

「タバサからも何とか言ってよ!」

「無理。ああなったらキュルケは止められない」

 タバサは本に冷淡に呟くと、眼鏡の奥に横たわる瞳を、柳也に向けた。

 柳也は人差し指と中指を立て、チャオ、と挨拶。

 タバサは小さく頷いて、「昨日ぶり」と、呟いた。

「ああ。昨日ぶり」

「昨日のあなたの話、面白かった」

「昨日の話というと……ああ。日本のことか」

 柳也は得心した様子で頷いた。昨晩はタバサの部屋で、自分が異世界出身の神剣士ということは伏せた上で、生まれ故郷の祖国の情景について、彼女に面白おかしく語ってやったのだった。そのうちの半分は、昔読んだマルコ・ポーロストーリーからの引用だったが。

 タバサという少女はどうやら本を読むことを何よりも至上とするらしい。新しい知識を得ることもそうなのだろうが、年頃の少女らしく、物語の世界に空想を馳せるのも楽しいのだろう。

「あんなホラ話でよければ、またいくらでもお話しするよ」

「……ホラ話だったの?」

「ホラ二割、真実八割といったところかな。……ところで」

 柳也はいまだに喧々囂々と言葉をぶつけ合うルイズとキュルケ……ではなく、その背後の人垣に視線を向けた。

 人ごみの中に、見慣れた顔があった。

「やぁ。今日は君達もお出かけだったのか?」

 人垣の中からこちらの様子を窺っていたのはギーシュだった。

 それからもう一人。彼の隣には、魔法学院の制服に身を包んだ栗色の髪の少女がいた。マントの色から察するに一年生か。なかなかに可愛い娘だ。

「おはようございます、ミスター・リュウヤ」

「ああ、おはよう、ギーシュ君。……もしかして、デートの最中だったかな?」

「まぁ、そんなところです」

「……だいたいねぇ、リュウヤ、あんたが裸で現われるから……ってギーシュ!? それに、あんたは……」

 ようやく二人の存在に気が付いたルイズが、怪訝な表情を浮かべた。

 釣られて、才人達もそちらを見る。

 ギーシュの隣に立つ少女が、ペコリ、と頭を下げた。

「初めまして、ミス・ヴァリエール。一年のケティ・ド・ラ・ロッタです」

 顔を上げ、上品に微笑む。一つ一つの動作に気品や優雅さを感じられるのは、さすがに貴族と思わせた。

「君は……」

 ケティの顔を知っている才人は、彼女とギーシュの顔を交互に見比べた。

 ぽつり、と一言。

「……ああ。ヨリを戻したのか」

 得心したように頷く才人。しかし、ギーシュはかぶりを振って否定した。

「違うよ。ケティとは、別れたさ」

 淡々と事実だけを述べたギーシュに、ハルケギニア出身のみなは驚愕の表情を浮かべた。別れた女と休日にデートとは……いったい、この男は何を考えているのか。特に、貴族の女たるもの結婚前までは貞淑たれ、という貞操観念の持ち主のルイズは、目を剥いた。

 しかし一方で、地球出身の二人は、やはり納得したように頷いた。自由社会に生まれ、自由社会の中で育てられた柳也や才人からしてみれば、この程度の事態はしばしば起こりうることだ。

「……なるほど。恋人ではなくなったが、いい友達ではいよう、というわけか」

「そういうことです」

「ギーシュ、お前、タフだなぁ……俺だったらそんな関係、絶対に耐えられねぇ」

 「気まずくて気まずくて、しょうがねぇよ」と、続けて、才人は肩をすくめた。

 それから才人と柳也はケティに向き直った。

 相手はしかるべき作法としかるべき礼節を以って自己紹介をしてきた。

 それに応えないのは、相手への最大の失礼だ。

「よろしくお願いします、ミス・ロッタ。私はるーちゃんの召使いで……」

「存じております」

 ケティは柳也の言葉を最後まで言わせず遮った。

「ギーシュ様から、お二人のことはよく聞いていますから。……あなたが、ミスタ・リュウヤで……」

 ケティは才人を見た。

「あなたが、ミスタ・サイト、ですよね?」

「あ、うん……」

 才人は静かに頷いた。スミレの花のように可憐な微笑みに、彼はキュルケの投げキッスを向けられた時以上に相好を崩した。

 ――……む?

 ――あら?

 その時、柳也とキュルケの眉が、ピクリ、と動いた。

 才人のことを見つめるケティの視線。それはとても友好的なものだった。しかし恋多き二人の男女は、彼女の眼差しの中に、単なる親愛を超えた感情のうねりを感じ取った。本来ならば、貴族が平民に向けるような感情ではない。これは……

 ――尊敬……か?

 ――憧れ……なの?

 二人が胸の内で下した結論は紙一重で近いもの。

 二人は同時にその考えに至り、また同時にかぶりを振った。

 馬鹿々道しい。貴族の彼女が、平民に過ぎない才人の何に憧れるというのか。何を、尊敬するというのか。

 柳也とキュルケは、不意に頭の中に浮かんだ考えを打ち消して、視線をルイズへと移した。

 ケティに対しだらしのない笑みを浮かべている才人の尻に、ルイズは蹴りを入れていた。

 



永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:11「内助間筋の絆で結ばれた仲間達」

 

 

 ヴァリエールの主従に加えて、キュルケとタバサ、さらにはギーシュとケティを加えた褌の男と愉快な仲間達は、改めてブルドンネ街の通りを闊歩した。

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、愉快な仲間達で一括りにするなー!」

「それでるーちゃん、話は変わるが、今日はどういった用向きで街に繰り出したんだ?」

 語り部の言葉に憤りを募らせるルイズはさておいて、柳也は真顔で問うた。一枚看板を背負うにはいまひとつの容貌の柳也だが、それなりに精悍な相貌の彼だ。真面目な表情は凛々しく見えるが、褌一丁の格好では台無しだった。

 昨晩、ルイズと才人の特殊なプレイを目撃してしまった柳也は、ギーシュの部屋に転がり込んで一晩を過ごした。朝になって女子寮の方に戻ると、ルイズは自分の朝帰りを叱った上で、いきなり「今日は城下町に行くわよ」と、言った。どうやら昨晩、才人と何かあってそういう話になったらしい。支度を急かされた柳也は、結局、いままで街へ出向いた用件を聞けずにいた。

「買い物よ」

「買い物?」

 柳也は怪訝な顔をした。

 彼の頭の中では、いまいち貴族が買い物をするイメージが思い浮かばなかった。普通、貴族という身分にもなれば、買い物などは自分のような召使いや女中に任せるものではあるまいか。わざわざルイズ自らが街へ赴くほどの買い物とはいったい……。

「いったい何を…………ハッ! まさかるーちゃん!?」

 首を捻っていた柳也は、やがて一つの結論に至った。

 脳裏に、昨晩のルイズと才人の特殊なプレイの様子が映じる。

 あの時、才人に向かって鞭を振り回すルイズの顔は、心なしか楽しげだった。また一方で、鞭を振るわれている愛弟子の顔も、心なしか楽しげだった。あれはやはり、そういうことなのか!?

「や、やはりそういう方向性の変態的なグッズを? 昨晩、才人君に鞭を振るっただけでは飽き足らず、もっと過激なプレイのために!」

 柳也は胸のときめきを必死に抑えながらルイズに訊ねた。

「……昨晩、そんなことをしていたのかい、るーちゃん?」

「あら、るーちゃんってばそういう趣味があったの?」

「な、な、な……」

 柳也の言葉に、ギーシュとキュルケが冷たい視線でルイズを見た。その背後では、タバサとケティが三歩後ろに引いている。

 ルイズは顔を真っ赤にしながら、ワナワナ、と震えた。

 きっ、と眦を吊り上げ、柳也を睨み上げる。

「ち、違うってば! ギーシュもキュルケも、こんな変態の言うことを信じない!」

「しかし、才人君に鞭を振るっていたのは事実だろう?」

「そ、それは……ああ! もう! いいでしょ! この話はここまで!」

 まごうことなき事実を突きつけられ、返す言葉を失ったルイズはヒステリックに喚き散らした。

 いよいよ収拾のつかなくなってきた話題に、匙を投げたらしい。地団駄を踏むその姿は、まるで子どものようだ。

 短時間のうちに喉と横隔膜に重い負担をかけてしまったルイズは、しばらく、ぜぇぜぇ、と肩で息をしながら呼吸を整えた。

 たっぷり三十秒をかけて正常な呼吸を取り戻した彼女は、才人と柳也を交互に見た。

「今日街にやって来たのは、あんた達の買い物をするためよ。サイトには昨日言ったでしょ? あんたに剣を買ってあげるって」

 ルイズ曰く、昨晩、才人は彼女に剣が欲しい、と言ったらしい。過日の決闘騒動にて嫌というほどメイジの実力を思い知らされた彼は、せめて身を守るための武器が欲しくなったようだった。

 ルイズはそれから柳也を見た。

「それからリュウヤ! あんたにはとりあえず服を買って……」

「断る!」

 ルイズが言い終えるのを待たずして、柳也は力強く断言した。彼が褌のみを身に付けるのは永遠の謎に包まれている。

「な、何でよ?」

「確たる理由はない。しかし本作において俺は褌のままでいなくてはならないような気がする。……それにほら、この格好ならるーちゃんの趣味にも応えられるし」

 柳也は爽やかな笑顔を浮かべて言った。

 その背後で、キュルケとタバサが、ルイズに冷たい視線を注ぎながら声を潜める。

「やっぱりるーちゃんの趣味だったのね」

「……るーちゃん、変態」

 なお、声を潜める、という形容をしたが、実際にはこれらの会話は丸聞こえだった。

 僕たちの大好きなるーちゃん、肩を怒らせて言います。

「やっぱりってどういうことよ?! あと、タバサまでるーちゃん言わないで!」

「照るなって、るーちゃん」

「照れてない!」

 一人にも拘らず喧々囂々という表現が思い浮かぶような勢いで、ルイズは柳也に言葉をぶつけた。

 他方、その背後で、ケティが不思議そうな顔をしながらギーシュを見る。

「あの、ギーシュ様、ミス・ヴァリエールのご趣味に応えられるというのはいったい?」

「君は知らなくていいことさ、ケティ」

「そうそう。それから、ルイズのことは、るーちゃんでいいから」

「ミス・るーちゃん、ですか?」

「そうそう」

 才人が平然と笑いながら言った。

 そんな彼の背後には、いつの間にかるーちゃんが立っていた。

 この後、彼がどうなったかは改めて筆を取る必要もあるまい。

 そうこうしているうちに、一行は目的の武具屋に到着した。





 褌の男と愉快な仲間……「だから、愉快な仲間で一括りにしないでってば!」……もとい、一行が立ち寄った武具屋は、武具の売買だけでなく、武具の修繕も行ってくれるわりと大きな店だった。

 店の奥は工房になっているらしく、職人達の威勢の良い野太い声と、鉄を叩く心地の良い音が、柳也達の耳朶を撫でる。

 店の中は昼間だというのに薄暗かった。ランプの灯りが一つだけ灯っている。壁や棚には、剣や槍といった武器が所狭しと乱雑に並べられ、くすんだ甲冑が飾ってあった。すべて大量生産の数打ち物だろう。本当に名剣、名槍、名甲冑と呼ばれるような代物は、倉庫に大切に保管されているに違いない。

カウンターでは、店主と思わしき五十代の男性がパイプを吹かしていた。入ってきた一同を胡散臭げに見てくる。対抗して、柳也も相手を胡散臭げに見た。

「……ところで、医療技術に不明なところが多いハルケギニアでは、何歳から何歳までが中年で、何歳からが初老になるんだと思う?」

「あ、あっしはまだ中年ですよ? 初老だとは認めませんからね!」

「なにいきなり店主に喧嘩売ってるのよあんたはッ!」

 後ろからルイズに蹴りをかまされ、よろめく柳也。

 会って早々初老呼ばわりされた店主は、意外にもガラス・ハートの持ち主なのか、涙目で二人のやりとりを見つめている。

 他方、才人は生まれて初めて見る武器屋の様子に興味津々、おもちゃ屋に来た子どものような眼差しを方々に散らしていた。

「うわっ、すげーな、これ」

「楽しそうね、サイト?」

 昨晩才人を自分の部屋に連れ込んだキュルケは、親しみの篭もった口調で才人に言った。

 才人は剣に視線を向けたまま答える。

「武器屋なんか初めてだからさ。俺の生まれた国では、戦争なんてなかったし」

「でも、リュウヤは馴れてる」

「ん? ああ、私は結構、この手の場所には足を運んでおりましたから」

 タバサの言葉に、腰をさすりながら立ち上がった柳也は言った。

 現代世界の日本はともかく、戦争というイベントが身近だったファンタズマゴリアに居た頃は、柳也自身、武具屋には何度も世話になっていた。特に、父の形見の大刀を手入れする道具については、軍御用達の業者に自分専用の在庫を取り揃えてもらっていたほどだ。そのうちこの世界でも入用になるかもしれない。

「……もしかして、お客様ですかい?」

 涙目だった店主の親父は、ルイズやキュルケらの身に付けた紐タイ留めを見て、途端、慇懃な態度を取った。タイ留めには貴族の証、トリスティン魔法学院の生徒の証たる五芒星が描かれている。魔法学院の生徒ということは、当然、貴族だ。店主は商売っ気たっぷりに愛想の良い微笑を浮かべた。

「こりゃあ、申し訳ありませんでさ。お客様とは気付かず、失礼な真似を……」

「構わないわ。もとを言えば、わたしの召使いに非があるんだし……」

「いや、ミスター・リュウヤはむしろ、原作『ゼロの使い魔』読者の疑問を晴らそうとしたのでは……」

 ギーシュが呟いたが、ルイズは無視して言った。ところでホント、あの世界では何歳からが老人なんだろうね? 成人年齢も明らかじゃないし。

「剣をお使いになるのはあちらの方で?」

 店主は一同を見回して、最後に才人を示して訊ねた。

 七人いるうちの五人が貴族で、一人は褌。剣を必要としているようなのは、才人一人しかいない。

 ルイズは頷いて、「適当に持ってきて」と、言った。

 店主は奥の倉庫に引っ込むと、一メートルほどの長さの細身の剣を持って戻ってきた。剣身が随分と華奢な片手剣だった。短めの柄には、煌びやかな模様が目を惹くハンドガードがついている。

 柳也の薄い唇から、「ほぅ……」と、溜め息が漏れた。

 いつの間にか黒檀色の双眸に、鋭い眼差しが宿っている。

「……レイピアか」

「左様で。……最近は宮廷の貴族の方々の間で僕に剣を持たすのが流行っておりましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさ」

「なるほど。宮廷貴族の護衛となれば、重くかさばる鎧は身に付けないものだからな。軽くて取り回しよく、かつ相手との間合が取りやすいレイピアのような武器が好まれるわけか」

 柳也は薄く笑いながら呟いた。

 頭の中で、このレイピアで武装した敵との戦闘をシュミレーションしてみる。仮に自分と同じくらいの体格の持ち主が、自分以上に鋭い踏み込みで殺到したとしたら、その間合いは四メートルに及ぶかもしれない。

「貴族の間で、剣を持たせるのが流行っている?」

 真剣に腕を組み、眉間に深い縦皺を寄せる柳也の隣で、ルイズが訊ねた。

 彼女は柳也の感想よりも、そちらの話に興味を抱いたらしい。店主はもっともらしく頷いた。

「へえ。なんでも、最近このトリスティンの城下町を、盗賊が荒らしておりまして……」

「盗賊?」

「そうでさ。なんでも、“土くれ”のフーケとかいう、メイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくってるって噂で。貴族の方々は僕にまで剣を持たせる始末なんでさ。へえ」

「まぁ、恐い話ですね」

 店主の話に、ケティがそう感想を口にした。

 とはいえ、口で言うほどに恐怖を感じている様子はない。やはり自分はメイジであるという驕りがそうさせるのか。それとも、学院という一種の閉鎖社会で暮らしているため、そういった感覚が鈍っているのか。

 ルイズは盗賊云々については興味がないらしい。彼女は「やっぱり貴族の供にも剣を」と、呟きながら、レイピアを、じろじろ、と眺めた。

「るーちゃん、それを買うつもりならやめておけ」

 そんなルイズの購買意欲を削ぐような声が、頭上からかけられた。勿論、柳也の発言だ。

「レイピアという武器は刺突専門の武器だ。突くという攻撃はエネルギーを一点に集中させる分強力だが、それゆえに確実に命中させるには訓練が必要だ。突きは、才人君にはまだ早い。それに、レイピアでは敵の攻撃を防御出来ない。この細身の刀身で鍔競り合えば最後、剣身と一緒に命を落とす」

 一つの攻撃に特化した武器というのは強力だが扱いが難しい。レイピアなどはその典型だ。才人はまだ剣術を始めたばかりの素人だ。ここは斬撃も刺突も両方こなせる、オーソドックスな剣を選ぶべきだろう。

 柳也は店主の親父を見た。

「出来れば片手半剣で、ちゃんとしたソードタイプの武器はないか?」

「あるにはありますが……失礼ですが、あの方の細い腕で扱いきれるかどうか……」

「彼はああ見えて力持ちだ。それに、細い腕なら、太くしてやればいい。……実はいま、絶賛訓練中でね」

 柳也は軽くウィンクした。

「だから、もう少し大きくて、太いのを頼む」

「分かりやした」

 店主はまた奥の倉庫へと消えた。程なくして、今度は立派な剣を油布で拭きながらやって来た。

「これなんかいかがです?」

「ほお!」

 柳也は歓声を上げた。

 見事な両刃の刀剣だった。一・五メートルはあろう大剣だ。柄は両手で扱えるように長く、立派な拵えをしている。宝石をちりばめた鍔は煌びやかに見えて、その実、宝石が重心バランスを取る役目を果たしている。両刃の剣身は鏡面のように磨き上げられている。

 柳也に西洋剣の良し悪しは分からないが、素人目にも、たいそうな業物と思われた。

「店一番の業物でさ。銘には、ゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿の名が刻まれておりやす。魔法がかかっておりますから、鉄だって一刀両断ですぜ?」

「おいくらかしら?」

「なにせ大変な業物です。おやすかあ、ありませんぜ?」

「わたしは貴族よ」

 ルイズは胸をそらせて言った。主人は淡々と値段を告げた。

「エキュー金貨で二千、新金貨なら三千」

「はあ!?」

 店に詰め掛けた貴族達が呆れた声を出した。

 貨幣の相場価値がさっぱり分からない柳也と才人は、不思議そうに顔を見合わせる。

 そんな二人にギーシュが、「立派な家と森つきの庭が買えますよ」と、小さく耳打ちした。

 それを聞いて才人も呆れた顔になる。なんというぼったくりだろうか。

 他方、柳也はといえば、「ほぉ〜、やはりこの世界でも名剣はそれくらいするかぁ」と、変に関心していた。かつて彼が愛用していた同田貫上野介も、物によっては一五〇〇万以上の値がつく。戦国時代の武将、加藤清正が愛用していた同田貫は、そもそも値がつけられないという。

「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだらやすいものでさ」

「新金貨で、百しか持ってきてないわ」

 貴族のルイズは普段買い物をしない。駆け引き下手の彼女は、あっけなく財布の中身をばら撒いてしまった。

 店主は話にならない、とばかりに手を振った。

「まともな大剣ならどんなに安くても相場は二〇〇でさ」

「これこれ、さすがにそれはボリすぎだろう」

 柳也は思わず苦笑した。

 名剣がお屋敷で、数打ち物がその十分の一。どんな相場だ。それは。

「なんだ。これ、買えないのか」

 才人がつまらなそうに呟いたその時、

「だったら俺を買わないか?」

と、どこからともなく声が聞こえた。

 一斉に声のした方を振り返るルイズ達だが、そこには誰も居ない。

 一同が当惑する中、ひとり柳也だけが「ここだ、ここ」と、指差した。

 そこには一目見ただけで数打ち物と分かる安値の剣が乱雑に積み上げられていた。柳也はそのうちの一振りを掴むと、ルイズ達に見せた。全長一メートル前後の細身の両刃剣だ。表面には錆が浮き、柄の拵えも古ぼけてくすんでいる。

 奇妙なことに、剣は柳也の手の中で震えていた。そして剣が震える度に、カタカタ、という振動音とは別に、男の声が聞こえてきた。

「おでれーた。おでれーた。てめ、見る目があるな。これだけ武器のある中で、一発で俺を探し出したのは初めてだぜ」

「……これ、インテリジェンスソード?」

 タバサが店主を見た。店主が慇懃に頷く。

 怪訝な顔をする柳也と才人に、ケティが説明した。

 曰く、柳也が手にしている剣はインテリジェンスソードと呼ばれる武器らしい。通称、意思を持つ魔剣。メイジ達が武器に特別な魔法をかけることで意思を与えられた彼らは、まるで人間のように思考し、言葉を選ぶ。一振々々に個性豊かな人格が与えられていた。

 ケティの説明を聞いた柳也は、まるで永遠神剣のようだ、と思った。

 同志オスマンの話によれば、この世界にも過去に永遠神剣が存在したらしいから、もしかすると遠い昔に、名も知れぬメイジの一人が永遠神剣と遭遇して、それを真似て意思を持つ魔剣の技術を生んだのかもしれない。

 剣は、ケタケタ、と笑いながら続けた。

「お、そこにいる坊主は“使い手”じゃねーか。魔法使いの貴族が四人に、変態の褌男が一人と、痴女が一人。いってぇ、どんなパーティだ?」

「って、誰が痴女よ!」

「そりゃあ、るーちゃんのことだろ」

 柳也は莞爾と微笑みながら断言した。

「決めた。るーちゃん、俺、こいつが欲しい」

 才人がるーちゃんに言った。

 ルイズは露骨に嫌そうな顔をした。

「そんなのにするの? もっと綺麗で、しゃべらないのにしなさいよ?」

「いいじゃんかよ。喋る剣なんて面白い」

「それだけじゃないの」

 ルイズはぶつくさ文句を言いながら、店主に値段を訊ねた。 

 店主はインテリジェンスソード……デルフリンガーが開口する度に迷惑を被っていたようで、厄介払いが出来たと、他の数打ち物よりも値引きした値を提示した。新金貨で四〇。ルイズは倍の八〇を支払った。

「へえ。ありがとうございやす。……あ、そうだ」

 店主は言い値の倍の新金貨を払ったルイズににこやかな笑みを向けつつ、「ちょっと待っていてくだせえ」と、店の奥へと消えた。

 次に店内に戻ってきた時、彼の手にはデルフリンガーにちょうど良さそうな鞘が握られていた。

「どうしても煩いと思ったら、こいつ入れればおとなしくなりまさあ」

「なぁ、るーちゃん。どうせだから俺も剣が欲しいんだが」

 デルフリンガー購入の手続きを終えた直後、柳也が言った。

 入浴中に使い魔として召喚された彼は、かつて最も信頼していた豪刀・肥後同田貫上野介をこの世界に持ち込めないでいた。不幸中の幸いで無銘の脇差こそ帯刀していたが、一尺と四寸五分の刃では、いざという時に対処しきれないかもしれない。

「安物でいいから、適当なのを買ってくれないか?」

「……服よりも剣をねだるなんて、変な男ね」

 ルイズはぶつくさ言いながら、「何かない?」と、店主に訊ねた。

「それなら、こいつはどうです?」

 店主が勧めたのは全長で二メートル近い両手持ちの豪剣、柳也達の世界でいうクレイモアに似た刀剣だった。

「お客様は上背はあるしガタイも良い。兄さんくらいだったら、これくらい重い剣でも振り回せるでしょうよ」

「ふふん。相変わらず見る目のねぇー男だな」

 店主の見立てに難癖をつけたのはデルフリンガーだった。

 店主は一瞬、真っ赤な顔をしたが、続くデルフリンガーの言葉に口をつぐんだ。

「褌にはこっちの剣の方が合っているよ」

 そう言って、才人の手の中のデルフが示したのは、細身の両手剣だった。八十センチくらいの片刃の刀身を備えており、僅かながら反りを持っている。日本刀ほど洗練されていないが、柳也のよく知る刀に近いシルエットをしていた。

「そっちの褌は右肩に比べて左肩が発達してやがる。左手が主、右手が従の武器を愛用している証拠だ。つまり、利き腕じゃない方の手一本で武器を振り回す場合もあるということだ。それなら、多少細身でもこっちの軽い奴の方が、扱いやすくていい」

「……驚いたな」

 柳也は莞爾と微笑んだ。

「お前、剣の目利きが出来るのか?」

「伊達に剣はやってねぇよ」

 デルフリンガーは照れ臭そうに笑った。

 異世界にやって来てまで剣と親交を結ぶことになるとは、柳也も想像していなかった。

 むっつり顔のルイズが言う。

「……で、その剣はいくらなの?」

「その棚に並んでいるのは新金貨で全部五〇です」

「あと、二〇しかないんだけど?」

「わたしが払う」

 不意に店主との会話に割り込んできたのはタバサだった。

 彼女は無表情かつ淡々とした口調で、柳也に言った。

「昨日の面白い話のお礼」

「あんな話の代価としては、高すぎやしませんか?」

「大丈夫」

「ん?」

「これからもしてもらうから。これはその前払い金」

「なるほど」

 商売がお上手だ、と柳也は苦笑した。

「あらあら、とうとうあの娘にも春が来たかしら?」

「たったあれだけのやり取りで邪推はよくないよ」

 そんな二人の背後で、キュルケとギーシュが、ニヤニヤしながら言った。




<あとがき>

 かくして、褌の男と愉快な仲間達はパーティを結成した。

 どうも、なんか最近ゼロ魔刃を書き始めるとタイピングが止まらないタハ乱暴です。

 前回のEPISODE:10、そして次回のEPISODE:12、実は同じ日に書いています。このあとがき書いた後は、EPISODE:12のあとがきを書きます。

 さて、EPISODE:11、お読み頂きありがとうございました。ついに今回の話で魔王を倒すためのパーティが結成されましたよ。通常のゼロ魔メンバーに加えて、褌の男とケティが加わっているのがミソですね。

 今回の話で、一応、SS板時代に書いていたところまで追いつきました。

 次回からは完全新作のストーリー。

 ついにあの怪盗が動き出します。そして宝物庫に眠る彼もまた……。

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜








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