注)この話はHeroes of Heartに登場するオリキャラ……闇舞北斗のストーリーであり、本編開始前の外伝的内容となっております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー・本郷猛は改造人間である。

彼を改造したショッカーは世界征服を企む悪の秘密結社である。

仮面ライダーは、人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!

 

(仮面ライダーオープニングンレーションより……ナレーター/中江真司)

 

 

 

 

 

――1972年8月4日。

 

 

 

 

 

 

「我が牙、喰らうがいいっ!」

「ライダァアアアパァ―――ンチ!」

 

剣と拳が空中で交差し、火花を散らす。

一瞬の交戦の後、同時に着地したふたりの戦士だったが、血飛沫が舞って、膝を着いたのは〈壱番〉の方だった。

特殊金属繊維によって編まれた漆黒の戦闘服は引き裂かれ、その下の肉体からは出血が見える。

 

「くっ!」

 

 

だが、〈壱番〉の刃を真っ向から受けた仮面ライダーもただでは済まなかった。

腰部のベルト……タイフーンから取り入れる風力を増幅させると同時に、盾でもある胸部装甲……エネルギーコンバーター・ラングは、ズタズタに引き裂かれ、内部のメカを外気へと晒していた。

 

「ハァッ!」

 

立ち上がった〈壱番〉が身を反らし、回し蹴りを仮面ライダーに放つ。

ライダーパンチによって切り裂かれたのは肩。いささか姿勢は崩れたが、蹴りの威力が落ちることはない。

 

「ヌゥッ!?」

 

 

右手を盾にガードした仮面ライダーが唸った。

戦闘員であるはずの〈壱番〉が放った蹴りは、仮面ライダーの予想を遥かに上回る勢いと速さ……そして威力を持っていた。

ガードごと仮面ライダーを地面に叩き付け、〈壱番〉は懐からAssassinを抜き、銃口をタイフーンへと向ける。

……が、

 

「ライダァァァァパアァァーーーーーンチ!!」

「っ…!」

 

咄嗟にガードして、その一撃をやり過ごす。

並みの戦闘員ならば踏み止まり、その威力をすべて受けてしまっただろうが、〈壱番〉は違った。

わざと弾き飛ばされることで、その衝撃を半減させたのだ。

激痛に堪えながら、空中で一回転し、地面に降り立つ。

 

「大丈夫か、本郷?」

「ああ……」

 

〈壱番〉が先刻まで戦っていた仮面ライダーとは、別の戦士。

その仮面は暗く、その身はより力強い。まるで血に染まったかのような紅の拳と足が、彼の力強さをより際立てている。

――仮面ライダー2号。またの名を、一文字隼人。

 

「一文字、奴は今までの戦闘員とは段違いだ」

「……だろうな。脳改造もされてないようだな。……まさか、あいつが噂に聞く?」

「SIDE〈イレイザー〉の〈壱番〉か……」

 

〈壱番〉はブレードを構えた。

刃風が嘶いた。

20m弱の距離をわずか4歩半ほどで詰め、ブレードを振りかざす。

 

「チィッ!」

「なっ!?」

 

2人の仮面ライダーが、同時に唸った。

〈壱番〉が刃を振るい、1号ライダーが跳び退く――が、その甲斐虚しく、1号ライダーは防護服を切り裂かれ、その下から血飛沫が上がった。

 

「ライダアアアアチョオオオップ!」

 

2号ライダーの手刀がショッカーブレードを捉える。

 

“ガキィッ!”

 

不意にそんな音がして、ショッカーブレードは見るも無残に砕け散った。

 

「なにっ!?」

 

今度は〈壱番〉が驚く番だった。

文字通り、〈ショッカー〉でも最先端の科学と技術の結晶であるブレードは、表面だけでもモース硬度9.4を誇る。

へし折られることはあっても、砕け散るなど……。

『力の2号』の面目躍如……というわけではなかろうが、本来ならばありえない現象に、〈壱番〉は大きく目を見開いた。

しかし、そのありえない事は現実に、目の前で起きている。

その次の〈壱番〉の行動は素早かった。そして、鋭かった。

ブーツに隠してあったバトルナイフを投擲し、少しの距離をとったところで、喉元へ蹴りを叩き込む。

 

「…っ」

 

間一髪。

2号ライダーは、見事な体捌きでそれを躱すが、さすがに〈壱番〉もただ者ではない。

攻撃を躱されると、機敏に攻撃の軌道を変え、足刀で襟首を切った。それだけではない。

攻撃を受けたことによって動きの鈍った……本当に少しだけ鈍った瞬間を狙い、蹴り上げた足を着地させた瞬間、そのまま踏み込んで、拳を叩き込む。

 

「ハァァァァァァアアアッ!!」

「グアアアアアア!」

 

秒間二十数発。

一発の拳に要する時間は僅かコンマ1秒にも満たない。

加えて、その拳ひとつひとつからしてかなりの破壊力を持っている。

しかし―――

 

“ガシィッ”

 

「!?」

「これが……おまえの拳か?」

 

止められた拳はそれ以上微動だにしない。

筋肉と骨が悲鳴を上げ、やがてそれは全身へと広がった。

 

「ぐ…がっ……」

「悪いが……この程度じゃやられるわけにはいかない」

 

“轟”と風が、鳴った。

刹那、〈壱番〉は腹部に強い衝撃を受けたかと思と、何十メートルも空を舞った。

あわや揺らめく炎の中に飛び込むかと思った瞬間、空中で器用に一回転して、壁を蹴って着地する。

 

「っ…が……あ…ぐっ……!」

 

だが追撃が止むことはない。

2人のライダーは同時に地を蹴って跳躍し、同時に攻撃体勢へと移った。

数多の怪人を打ち破った、ダブルライダー最強の必殺技の体勢に……。

 

「一文字!」

「いくぞ本郷!」

「く……っ!」

 

食らったのはほんの数発だったが、その一撃一撃は強力で、〈壱番〉は疲弊していた。

もはや回避行動をとる余裕もなく、〈壱番〉はただ立ち上がった。

痛みからか恐怖からか、2本の足は震えていた。

 

『ライダ―――ダブルキック!!!』

「うおおおおおおおおっ!」

 

〈壱番〉はそれを両腕で防ぐも――

 

「ぐぅ…………!!」

 

圧倒的威力のその技には通じず――

 

「がああああああああ!!!」

 

全身を突き抜けるような痛みに苛まれ、空を舞った……。

 

 

 

 

 

 

 

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Heroes of Heart外伝

〜漆黒の破壊王〜

―――奪われた誇り―――

第四話「黒い飛蝗」

 

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“ドシャアッ!”

 

頭から地面に叩き付けられた〈壱番〉は、必死に立ち上がろうとするも力が入らず、体からはぐったりと力が抜けたままだった。

 

「本郷……!」

「ああ」

 

2人の仮面ライダーが何か呟くが、もはや〈壱番〉の耳には何も聞こえない。

 

「なんてヤツだ」

「幹部怪人……いや、それ以上の生命力」

 

だんだんと意識が朦朧としてきた。

極度の緊張と疲労に肉体が悲鳴を上げ、睡眠を求め始めたのだ。

だが、理性と肉体はそれを許さない。

 

「ぐうぁ……」

 

理性が睡眠欲に待ったを掛け、肉体が痛みという悲鳴を上げた。

激痛によって眠りは遮られ、体に力は入らぬものの、〈壱番〉はなんとかそれで意識を保っていた。

だが、状況は少しも好転していない。

2人の仮面ライダーは健在。

対して、こちらのダメージは甚大で、かつ、よしんば肉体が無事だったとしても、こちらの攻撃はほとんど効いていない。

証拠に、すでに仮面ライダーの肉体は再生を始めていた。

〈ショッカー〉御用達のナノマシンが、活動を開始したのである。

無論、同じく改造人間である〈壱番〉にもナノマシンは備えられているのだが、所詮彼の身体に搭載されているのは戦闘員のもの。エリート怪人である仮面ライダーに備えられたものとは、段違いにレベルは低い。

ちなみに、〈ショッカー〉の戦闘員が生命活動を停止して、たびたび液状化するのも、ナノマシンの証拠隠滅プログラムの作用である。

明らかな劣勢。

だが、仮面ライダーをして失念していることがあった。

正確には、SIDE〈イレイザー〉最強の男……〈壱番〉という強大な相手を前にして、忘れていたのだ。

SIDE〈イレイザー〉は、13人いることを……。

 

“バラララララララララララララッ!”

 

夜を木霊す怒涛の銃声。

イスラエルのウージー・サブ・マシンガンにも似た、〈ショッカー〉御用達の特殊サブ・マシンガン……520式短機関銃を両手に構え、それまで森の中を進んでいた〈弐番〉は仮面ライダーの姿を見つけると、彼らに向かって突進した。

ばら撒かれる薬莢と銃弾。

〈弐番〉の放った弾丸の嵐は2人のライダーを確実に捉えていた。

 

「ヌゥ……!」

「チッ」

 

〈ショッカー〉最高の科学技術によって生み出された仮面ライダーの防護服とて、無敵ではない。

次々に降り注ぐ9mmショッカー弾の猛威に、さしもの仮面ライダーもたじろぎ、その身から血を流していた。

 

「くっ! ライダ―――ファイトッ!」

 

1号ライダーがポーズを取り、ベルトのタイフーンの回転が加速する。

多くの改造人間の中で仮面ライダーにのみ搭載されたタイフーンという装置は、簡単にいえばジェット機のエア・インテークと同じである。ジェット・エンジンがエア・インテークから取り込んだ空気を圧縮し、燃料を吹きかけることで生じる爆発のエネルギーを推進力とするように、仮面ライダーもまたタイフーンで空気を取り入れ、装置と直結しているエネルギー変換装置でそれを自らのエネルギーとしている。また、取り入れた空気は体内にぎっしり詰まったメカニックを冷却するための冷却風としても使用され、エネルギーの発生と同時に機械を冷やすこの装置は、とても効率の良いシステムとして仮面ライダーの戦闘力向上に一役買っていた。

すなわち、タイフーンの回転が加速するということは、それだけ仮面ライダーが多くのエネルギーを必要としている証拠であり、それだけ多くのエネルギーが、この改造人間の体全体に浸透しつつある証拠だった。

 

「トォッ!」

 

掛け声とともにライダーが跳躍し、〈弐番〉へと迫る。タイフーンで新たに発生させたエネルギーを両足に篭めた跳躍は速く、長い。

ぐっと拳を固く握り、突き出そうとして―――その動きが止まった。

否、止められた。

“バチバチッ”と、電気の流れる音がして、仮面ライダーはその身を地面へと叩き付けられる。

 

「クッ!」

 

受け身をとって着地し、身構える。

見ると、目の前には戦闘服でそのプロポーションを隠した麗人が立ちはだかった。

 

「あなた達にうちのリーダーはやらせないっ!」

 

1万ボルトの高圧電流を流した特殊メリケンサックを構え、〈伍番〉は仮面ライダーを睨み付けた。

合流した〈弐番〉も、普段とは一転して真剣な表情で、

 

「君達、僕らを舐めすぎだ」

「たしかにSIDE〈イレイザー〉はあなた達のおかげで壊滅的ダメージを受けた……けど、まだ私達が残ってる」

「ワシもな……」

 

不意に、背後から声がした。

慌てて1号ライダーは振り返るも、そこには誰もいない。

念のため、改造人間の反応を検知する探知機……O・シグナルを発動させるが、反応はない。

後ろで控えている2号ライダーも同様だ。

 

「ふふふふふ……ワシが何処に居るか、分かるかな?」

「!」

 

また声がした。

否、それは声ではなかった。

まるで機械の頭蓋に納められた脳に、直接語り掛けるかのような神託だった。

1号ライダーが地を蹴って跳躍し、2号ライダーの元に後退しようとする。

だが突如として、その跳躍軌道上の空間が、歪んだ。

 

「本郷!」

「なにっ!?」

 

2人のライダーが、ほぼ同時に驚愕した。

歪曲した空間から、突如として皺だらけの掌が出現したのだ。

その掌から、無数の光弾が放たれる。

 

「がぁっ!」

 

背後より光弾の集中砲火を受けた1号ライダーはバランスを失い、地面に叩き付けられた。

肉の焦げる嫌な臭いが辺りに漂い、空間の歪みが消え、同時に皺だらけの、か細い腕も消える。

人智を超えたその力に、2人のライダーは恐怖した。

再び空間が歪んだ。必死に立ち上がろうとする〈壱番〉のすぐ隣の景色が、渦を巻くように唸っていた。

歪んだ空間から、今度は小さく、か細い老人が出現した。

 

「ふむ。指すがに一撃必殺……とはいかぬか」

「流石は私達〈ショッカー〉が誇る最高の改造人間……仮面ライダーってところかしらね」

「ぅう…〈九番〉、か……?」

 

老人が息も絶え絶えな〈壱番〉に向って頷いた。

SIDE〈イレイザー〉現〈九番〉ことミスりム・シュレッガーは一般に超能力者と呼ばれる異能者……ではない。

30年もの時を遠くチベットの地で費やし、そこで人間が内包する未知の力を開花させ、さらに10年の修行を積んで“魔術”を会得したのである。

費やした時間の分だけ――と、早急に考えるのはナンセンスではあるが、こと空間を操る魔術と、火炎を駆使する術において、〈九番〉はある意味最強の存在であった。

〈壱番〉の隣に立つ老人は、2人の仮面ライダーに視線をやる。

 

「……言っておくが、あまり迂闊には動かんことじゃな。我々のトップスナイパーが狙っておるぞ」

 

言われて、2人の仮面ライダーがはっと身構える。

刹那、その足元に無数の弾丸が降り注いだ。

地面に穿たれた穴の大きさは、7ミリ強。8ミリショッカー弾だ。

1号が追撃に備え、2号が敵の位置を探る。

 

「こいつは……」

 

居る。

周辺の山々に隠れ、虫達の鳴き声に混ざって偽装しているが、かすかに息遣いが聞こえる。

2号ライダーが、その方向に振り返った。

1号ライダーがテレパシーで伝達された情報から、ここからその地点までの距離を、暗算で算出する。

 

「3570メートル!?」

 

米国開発のM2ブローイング重機関砲の照準ですら最大約2400メートルである。

理論上は6800メートルもの長射程を持つブローイング重機関砲ではあるが、人間の……否、例え改造人間であっても、有視界で3キロメートル以上離れた場所から人間大の目標を狙うことなどほぼ不可能に近い。なにより、ブローイングは12.7mmもの巨大な銃弾を使用しているからこそ6キロメートルクラスの射撃が可能なのである。

しかし、飛んできたのはそれよりも遥かに小さい、8ミリショッカー弾だった。

当然、弾丸はより大口径、重量のあるものほど、風の抵抗の関係から遠距離まで飛ぶ。

それを、正確に命中させられる人物こそが、秘密結社〈ショッカー〉最強の特殊部隊SIDE〈イレイザー〉の〈四番〉なのである。

 

「ぐ…ぬぅぅ……」

 

〈壱番〉が〈伍番〉に支えられながら立ち上がる。

激痛とナノマシンの活動によって奪われる体力のため、疲労はピークに達していたが、その瞳からはまだ戦意は失われてはいなかった。

懐からAssassinを抜き、構える。

 

「本郷……」

「わかっている」

 

最強を誇るSIDE〈イレイザー〉は、その戦力を激減させたとはいえ健在だった。

倒したと思っていた者達の復活に、さしもの仮面ライダーも2歩・3歩とあとずさる。

それを見て何を思ったのか、〈壱番〉が喀血しながら叫んだ。

 

「〈九番〉、攻撃しろっ!」

 

言うが速いか、〈九番〉の掌から無数の光弾が放たれ、仮面ライダーを襲う。

空間歪曲や空間移動は使わない。

空間を操る魔術というものは、想像を絶する苦痛を伴うと同時に、魔力の消費量が半端ではないのだ。

〈壱番〉が2人の仮面ライダーを睨み付ける。

刹那、〈壱番〉の脳裏に鮮明なビジョンが浮かぶ―――

 

「貸せっ!」

 

〈弐番〉の手から520式短機関銃を奪い取り、その銃口を2人の仮面ライダー――ではなく、その少し隣りを射撃した。

 

「チッ!」

 

1号ライダーが舌打ちする。

〈壱番〉は見たのだった。

2人のライダーが数秒後取る行動を。

2人のライダーは一計を案じ、左右に散開しようとしたのだ。

2人の仮面ライダーの策……それはSIDE〈イレイザー〉の分断だった。

いかに最強のSIDE〈イレイザー〉とて、所詮は戦闘員。スペックのみに注目すれば怪人には到底及ばない。加えて、仮面ライダーは〈ショッカー〉科学技術の粋を結集した超エリート怪人である。

個々に分断されては、いかにSIDE〈イレイザー〉とて敵うわけがない。

―――SIDE〈イレイザー〉全滅。

そんな事態だけは、絶対に避けねばならない。

弾丸が尽き、〈壱番〉は520式短機関銃を捨て走り出す。

激しい運動と射撃の反動で体の随所から夥しい量の出血をしていたが、構わず、駆け抜けた。

足を一歩一歩踏み出すたびに、苦痛で顔を歪める。

しかしその威力が衰えることはなく、〈四番〉の超遠距離からの援護射撃もあり、〈壱番〉は善戦していた。

間髪を入れぬ見事な手刀足刀の連続攻撃が、攻撃を躱す1号ライダーの体力を消耗させていき、それを助けようと2号ライダーも動き出そうとするが、他のメンバーに阻まれて、助けれないでいる。

1号ライダーが右足を軸に回転し、夜気を切る上段回し蹴りを放った。

顎に強い衝撃を受け、〈壱番〉は一瞬動きを鈍らせるも、逆にその足を蹴り上げる。

 

「琉球空手かっ!」

「それだけではない!」

 

〈壱番〉が気合とともに拳を放ち、引き戻す。

まるで西部開拓時代のカウボーイがムチをスイングさせるかのようなパンチは、通称ホイップパンチと呼ばれるボクシングの技術だった。

 

「ライダアアアチョ――ップ!」

 

1号ライダーの手刀が唸りを上げた。〈壱番〉の天王拳・地王拳が嘶いた。

天王拳・地王拳とは凶器を持つ者を相手とする時のカンフー連続攻防の秘技で、十数種の突き技と蹴り技を一瞬のうちに爆発させる豪快華麗な技だ。

突きは毒蛇が宙を飛ぶが如く、蹴りは獅子が前足で馬の首をへし折るが如く、凄まじい。

 

“メシャッ! グギャアッ!”

 

逆蹴りに二段ヒットして、仮面ライダーの体が宙を舞った。

攻防を制したのは〈壱番〉だった。

―――だが、

 

「グ……ゥ…」

 

〈壱番〉がガクリと膝を着いた。

ここに至って、ついに〈壱番〉にも限界が訪れたのである。

元々改造人間としての戦闘能力の差が大きく、素人とは言え、数多の修羅場を潜り抜けてきた仮面ライダーとの戦いは、〈壱番〉に想像以上のダメージを与えていたのだ。

今となっては、どうして天王拳・地王拳が放てたのか不思議なぐらいである。

 

「〈壱番〉!」

 

〈五番〉がメリケンサックを構え、2号ライダーへと拳を繰り出す。

〈弐番〉のサブマシンガン、〈四番〉の狙撃、〈九番〉の光弾の援護を受けての格闘は強力で、さしもの仮面ライダーも躱す余裕はなかった。

高圧電流を纏った拳がコンバーターラングをズタズタに切り裂き、2号ライダーの体が仰け反る。

その瞬間を、〈弐番〉が一気に畳み掛けた。

 

「はあああああああああっ!!」

 

咆哮とともに放たれたのは銃弾ではなく、無数のパンチだった。

ことパワーにおいてはSIDE〈イレイザー〉最強の〈弐番〉が繰り出す拳は、力の2号をもってしても止められない。

それを理解していたからこそ、2号ライダーは自身も拳を繰り出し、応戦する。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

“二”の称号を持つ、2人のパワーファイターの拳が激突し、火花を散らす。

その間に〈壱番〉の元まで駆けつけた〈五番〉と〈九番〉は、〈壱番〉の傷を確かめると〈四番〉に連絡をとった。

 

「〈四番〉! これからこの区域から離脱するわ! ……残念だけど、秘密工場は諦めるしかない」

『了解。わたしも、牽制の狙撃をしながら山道に入ります』

「お願い」

 

通信を切ると〈五番〉は緊急用医療キットを取り出し、〈九番〉の魔術で〈壱番〉を空中に浮かばせながら治療を開始する。

2号ライダーと激闘を続ける〈弐番〉は限界だった。

〈五番〉と〈九番〉が重傷の〈壱番〉を介抱されながら逃走を開始するのを見て、彼もまた、一撃強力な蹴りを見舞って逃げ出す。

無論、追ってこれないように520式短機関銃による牽制の弾幕は忘れない。

 

「逃がしはしない―――っ!」

 

なお追おうとする2号ライダーの頬を、山道を駆け抜ける〈四番〉の放った弾丸が掠めた。

続いて両肩、両膝を撃ち抜かれる。

動きながらとはいえ、その射撃は正確で、さすがの仮面ライダーもこれには追うことを諦めた。

サイクロンで追うという手もあったが、SIDE〈イレイザー〉との激戦の後では、よしんば〈ショッカー〉のアジトに辿り着けたとしても、どれだけ戦えるか分からなかったからだ。

深追いをすれば、こちらがやられかねない。

遠ざかるSIDE〈イレイザー〉の足音を耳にしながら、2人はゆっくりと人の姿へと戻っていった。

 

 

 

 

 

深夜のカーチェイスを楽しんでいた走り屋から無理矢理強奪したライトバンの後部座席で、〈壱番〉……北斗は薄く目を開いたまま沈黙していた。

別段体の調子が悪いわけではない。

やはり〈ショッカー〉の技術は素晴らしいと思う。ナノマシンの機能によってあれから僅か3時間しか経っていないのにも関わらず、もう北斗は痛みを感じなくなっているのだ。

あと24時間もすれば、内臓も癒え、完全に回復するであろう。

にも関わらず、北斗はずっと黙り込んでいた。

それは鳴咽を堪えるためであった。

戦いと死すらも恐れぬ北斗の目には枯れ果てぬ泉が湧き上げている。

北斗は戦闘服のポケットから一冊の手帳を取り出し、その中から一枚の写真を取り出した。

ぶるぶると五体が震え、噛み締めた歯がバリバリと鳴る。

――1964年3月22日、SIDE〈イレイザー〉結成式。

写真の裏側にはそう綴られていた。

写真は初代〈壱番〉……ランバート・クラーク少佐率いる第一期SIDE〈イレイザー〉のメンバーの集合写真だった。

写真のいちばん右端で、当時〈十一番〉だった北斗が不器用に笑っている。

写真がクシャクシャになるのも構わず、北斗は渾身の力で握り締めた。

 

「おのれ……!」

 

北斗が、小さく呟いた。

烈火を孕んだ双眸が紅蓮の炎を吹き上げ、その瞳に、ある決意を宿らせる。

バックミラー越しにその様子を見ているシュウも、同じように牙を剥かせていた。

ふと後続の、〈五番〉が運転しているセダンに目をやる。

考えはみな同じようで、失われた魔力の補充をするべく瞑想しているミスリムを除いて、SIDE〈イレイザー〉メンバーの眦は釣り上がり、双眸に闇を裂く閃光が走った。

それは北斗のものとは少し赴きが異なるものの、本質は同じ感情の昂ぶりだった。

否、北斗だけは違った。

彼らはなにも、仲間を殺されたことに対して怒っているわけではない。

最強を自負するSIDE〈イレイザー〉が、ここまで完膚なきまでに敗北した事実が許せないのだ。たしかに仲間を失った事に対する怒りもあるが、SIDE〈イレイザー〉は、誰もが最強クラスの実力者であったため、高潔なプライドの持ち主ばかりで構成されていた。

その中で、北斗のみが異質だった。

わずか9歳ですでに殺人経験を持つ彼に、敗北によって亀裂の生じるプライドは持ち合わせていない。そんなものは戦場では役にたたない事を知っているからだ。

北斗は恐れていた。

北斗は、〈ショッカー〉に所属した時点で、否、裏社会に足を踏み込んだ時点で常に背水の陣を敷いてきた。

かつて北斗が所属していたヤクザも、〈ショッカー〉も、欲しいのは最強の戦闘能力と才能、異常とも言える格闘センスを持っている、戦闘員としての闇舞北斗であって、如月学園社会科教師・闇舞北斗ではない。

当然、彼の妹である闇舞留美など、何の役にも立たない、むしろ目の上のタンコブである。

しかし、彼女には利用価値があった。

それは最強の戦闘員である闇舞北斗を動かす切り札になるという事。

すなわち、北斗が戦闘員としての価値を損ねた場合、または死亡した場合、留美を生かしておく道理はなくなり、彼女はすぐさま始末されてしまうだろう。

そうならないためにも、北斗は今まで必死に戦い続けてきたし、戦闘以外のスキルも習得してきた。

――『失敗者と裏切り者には死を』。

それが、〈ショッカー〉の掟である。

SIDE〈イレイザー〉の存在は〈ショッカー〉内部でもかなりの権力を持っているので、今回の作戦失敗ではい、お払い箱……ということはないであろうが、次失敗した場合、自分はおろか、留美の命の保証はない。

敗北は、許されない。

だからこそ、北斗の瞳はみなと少しだけ違っていた。

その瞳に宿っている決意は、シュウやバネッサ達のものとは異質であり、同様でもあった。

 

 

 

 

 

――1972年8月10日。

 

 

 

 

 

「――独ソ戦のときのT−34ショックが、ドイツにパンテル戦車、ティーゲル戦車を作らせた。太平洋戦争のときの真珠湾奇襲が、当時世界を席巻していた大艦巨砲主義を過去の遺物へとしてやった。戦争という極めて不安定なこいつには、想定外のアクシデントというものが付き物であり、このアクシデントへの対応こそが、戦勝国と敗戦国の未来を決めるといっても過言ではない。

……つまりだよ、改造人間が表舞台で戦争をするとなれば、それは歩兵や戦車部隊の入り乱れる局地戦だ。戦場ではあらゆるアクシデントを想定して戦術を構築せねばならないが、それだって人間が作ったマニュアルである以上、完全じゃあない。かといってアクシデントは突然のものがほとんどだよ? アクシデントに対応するための改造人間をすぐその場で作るなんて……とても出来やしない」

「――そこで、“これ”の出番というわけですか……」

 

〈ショッカー〉日本支部の地下200メートルの場所に、その施設は在った。

〈ショッカー〉の有するあらゆる科学技術、データを保管し、かつそれらを研究、実行に移す実験室的な役割も兼ね備えたその部屋は、科学セクションでももっとも重要な部屋であると同時に、“死神博士”、“緑川博士”亡き後の〈ショッカー〉日本支部最高の頭脳……“大岩博士”の執務室でもあった。

英国製の業務用デスクを挟んで、北斗と大岩博士が対面している。

北斗の手には、掌大の機械が握られていた。

ギラギラと銀色に輝くボディの中心部に、赤い秘石が嵌められている。パンチカードよりも小さなスティック状の何かを挿入すると思わしき4つの溝は深い。

大岩博士がゆっくりと頷き、北斗が手にする機械に視線を配る。

 

「――『M.R.ユニット』。あらかじめ改造人間のデータがインプットされたメモリーカードを装置に挿入することでベルト状に展開。戦場で臨機応変かつ即座に改造手術が出来るようにと開発した、おそらく〈ショッカー〉最大の発明品さ。緑川博士や、死神博士の研究データを基に、やっと完成した」

 

北斗は頷いて、装置……『M.R.ユニット』をしげしげと眺める。

大岩博士が、言葉を紡いだ。

 

「パズズ……という悪魔を知っているかい?」

「……メソポタミア、及びアッシリアにおける病の悪魔ですね。南東から吹く暴風の神でもあると記憶しております。たしかシュメール人は、パズズの脅威から身を守るために、様々な呪文を唱え、儀式を行なったとか」

「その辺りの専門的な知識はわからないけど、そのパズズを信仰していた文明が在ったことは?」

「知っています。たしか……考古学者の“南教授”と“秋月教授”がそんな文明の遺跡を発掘したと…。ですが実際は――」

 

大岩が頷いて、顎をしゃくった。

 

「ああ、すでに〈ショッカー〉によって発見されている。遺跡そのものは占拠してはいないけどね。だけど、その文明の文化体系、歴史、そして……その文明に伝わる技術を、〈ショッカー〉ともうひとつ……いや、正確にはふたつかな? 解明している」

「ナチスドイツと、大日本帝国」

「そう。そして僕ら〈ショッカー〉だね」

 

すなわち、改造人間とは……

 

「『M.R.ユニット』は、その古代文明における、伝説の……“2人の王”の名を付けられている」

Masked Rider……仮面ライダーですか」

「そうだね。元々仮面ライダーは、“2人の王”のコピーとして……いや、イミテーションとして開発されたエリート怪人。仮面ライダーさえ裏切らなければ、〈ショッカー〉は今頃全世界を治めていただろうね。……その、赤い宝石を見てご覧」

「……」

「綺麗だろう? 古代インカ文明に伝わる……“太陽の欠片”と呼ばれる石だよ。中世ヨーロッパでは賢者の石とも呼ばれてきた……それが、『M.R.ユニット』の動力源さ。『M.R.ユニット』が瞬間生体改造システムという形態をとったのは、仮面ライダーの裏切りを恐れてのこと。そして、今度こそ“2人の王”の力をコピー……いや、超えられる可能性を持たせるためなんだよ」

「王を超える?」

「うん。『M.R.ユニット』は普通の人間でも使えるし、すでに改造済みの怪人だって使える……というより、すでに改造人間であった方が、変身した場合の戦力は強力になる。伝承にある、“5万年に1度、日食の日に誕生する2人の王”のように、人を選ばなくて済む。だから、もし“2人の王”を超える実力者がそれを装着すれば―――」

「無敵ですね」

 

北斗は『M.R.ユニット』をアタッシュケースにしまうと、デスクの上に置かれた、1枚のメモリーカードをマッチ箱のようなケースに入れ、アタッシュケースの内部に固定する。

 

「ただ、それは失敗だね。太陽の欠片の採掘量が少なすぎる。また、新しいエネルギー源を探さないと、量産には向かない」

「……そんな試作型第一号を、俺が頂いてよろしいのですか?」

「なにを今更…。それに、僕と君は友達じゃないか」

 

大岩がにこりと笑みを浮かべた。北斗は不器用に笑って、大岩の手をガッチリと握る。

 

「必ず、帰ってくるんだよ」

「ええ、まかせてください」

 

力強く頷いて、北斗はアタッシュケースを抱えて背を向けた。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい……って、なんだ、闇舞か」

「なんだはないだろう?なんだは……まあ、いい。マスター、水割りを頼む」

「いつものやつで?」

「ああ」

 

高校時代の同級生が経営しているその酒場は、名を『サニー』と言った。

なんでも、マスターの好きな車の名前をとったらしい。

大学の帰りにたまたま寄った店がかつての同級生の店だと知って、何度か足を運んでいるうちに行き付けの店へと変貌してしまったのはもう8年も前の話だ。

わりとこざっぱりとした綺麗な店なので、俺も気に入っている。

目の前でシェーカーを振るマスターは、若年ながらサマになっている。

以前、バイト感覚でやらせてもらったことがあったが、コツを掴むのに一週間もかかった。マスターは、むしろ短期間でよく覚えたなと感心していたが、俺にはそうは思えない。

要するに、素早く酒を氷に潜らせればいいわけである。ただし、あまりぶつけないように注意しなければならない。ぶつけてしまうと、氷が早く解けてしまう。

ついで言えば、水割りを作るというのはなかなかに難しい。やはり以前バイトしていた時に何度か作らせてもらったが、作るたびに味が違っていた。

ウイスキーと水の割合がぴたりと一致していないのだと気付いたのは2日経ってからのことだ。調合が決まらない時は、バー・スプーンでいつもより多く掻き回す。10回掻き回したのと20回掻き回したのでは、味はかなり違う。

氷が解けることもあるだろうが、水と酒が馴染むのだと俺は思っている。

例え2回しか掻き回さなくても、美味い時は美味いのだ。

氷を入れ、ウイスキーを注ぎ、ミネラルウォーターを注いだ。

すっと、グラスと一緒にバー・スプーンが差し出される。

混ざり具合を見て、俺は15回ほど掻き回した。

バー・スプーンとグラスを返す。

すると、マスターは「ほう…」と呟いてしげしげと眺め、ニカッと爽やかな笑顔を浮かべて、

 

「さすがだな」

 

と、下手な世辞を言ってくれた。

コースターを敷き、水割りを置く。

俺はグラスを手に取って、一気に飲み干した。

視界の隅でマスターがBGMをかけるのが見えた。店内に、ゆったりとした音楽が流れ始める。

水割りはカクテルと同じで、氷が解けて水っぽくなる前に飲むことにしている。

グラスとグラスの間は、開けることにしていた。

好みにもよると思うが、ストレートはチビチビと飲んだ方がいい。水割りは、素早く飲むべきだ。

暇を潰すため、俺は店内を見回して、マスターに言った。

 

「……あまり繁盛はしていなさそうだが?」

「当り前だ。まだ開店前なんだぞ?」

「冗談だ。水割りを……もう一杯頼む」

 

マスターが笑った。俺も笑った。

先刻と同じ要領で水割りを作るが、今度は6回だけ掻き回して俺に渡す。

しかしどういうわけか、水割りは先刻飲んだものと同じ味だった。

 

「……まるで魔法だな」

 

呟いて、俺は水割りを飲み干し、『サニー』を後にした。

何故、『サニー』に寄ったかは自分でもよく分からない。

強いて言うならば、死地に向う前の最後の晩酌といったところだろうか?

空が藍色に染まり始めたばかりの繁華街はまだ明るかった。

考え事をしながら歩いていると、今度は『サニー』とは違う店が視界に入った。

何故だか今夜は、無性に酒が飲みたかった。

この瞬間一時だけは全てを忘れていたい。そんな気分だった。

『アンジェラ』とキラキラとネオンが輝く看板の店は、山本という老人が経営しているバーだった。

『サニー』よりも大きな分、かなり繁盛しているようだが手入れは行き届いていない。

 

「おい、兄ちゃん」

 

カウンターに座ると、あぶれた客がひとり、絡んできた。

 

「儲かってるかい?」

 

いつもならばある程度は付き合ってやるが、今夜ばかりは勝手が違った。山本を見たが、小さな背中を向けてグラスを磨いているだけだ。

 

「まま、一杯奢ってやる」

「結構です」

「ま、そう言うなや」

 

男の左手の小指の先は欠けていた。

俺は少しだけ肩を竦め、ここのところは逆らわない方がいいと思った。

財布から千円札を3枚と万札を5枚出し、男に分からないようにメモと一緒に山本に渡した。

山本が、無表情に焼酎とコーラの瓶を置いた。

 

「この爺さんがよ、フィリピンやタイの女使ってよ、荒稼ぎしてんだよ」

 

男の話し方はゆったりとしていたが、酔っているわけではなさそうだった。

蓋を開け、焼酎をコップに注ぐ。

 

「世の中にゃよ、ひとり占めしたがるやつが時々いるが、どうなるか知ってるか?」

「さあ」

「この爺さんのことだよ、兄ちゃん。なんでもひとり占めにすりゃいいってもんじゃねえ。そこのとこを、教えてやりてえんだがな」

 

俺は黙っていた。

男の目当てが何なのか、見当はついていたが、俺がどうこうすることではない。

 

「教え方ってのも、色々ある。言って聞かせることもありゃ、体に教えてやるって事も出来る。いまのところ、この爺さんは言って聞かせても駄目なんだな。体に教えるったって、途端死なれちゃ、こっちも困る。それでな、お前の体に教えてみようと思ってよ」

「いいですよ、俺は」

「なにがいいんだよ? 教えてもいいって言ってんのか?」

「教えられたくないんです」

 

山本に少し眼をくれた。山本は小さく頷き、俺が渡した5万円をヒラヒラと振る。

俺はコーラの瓶を掴み、勢いよく振った。改造人間である俺の腕力によって振り回された中身は、分子レベルで恐ろしいことになっている。

男が覗き込む。俺は素手で栓を抜いた。

コーラが男の顔にスプラッシュした。

叫び声を上げ、男が両目を掌で押さえる。

俺はコーラの瓶を、男の米神に叩き込む。男はカウンターに伏せた恰好になり、そのままスツールを落ちて、滑るように倒れた。

40を少し越えたというところだろう。底が擦り減って、くたびれた靴を履いていた。

俺は男の鳩尾に拳を叩き込むと、ぐったりとして動かなくなった男を担ぎ、焼酎の瓶を片手に『アンジェラ』を出た。

途中のゴミ捨て場で、男は捨ててきた。

財布から何万か抜き盗ったのは、俺にもまだ人間並みの物欲が残っている証拠なのかもしれない。

――その後いくつかの店を回ったが、どれもぱっとしなかった。

やがて街を徘徊するのにも飽きて、俺は市民公園に来ていた。

そんな時、不意に、ある店が思い出される。

酒場ではないが、アルコールを忘れ、汗を流すには丁度いい。

そこは近所のバッティングセンターだった。

まだ俺が高校時代……〈ショッカー〉参入以前よりある古いもので、度々ストレス発散や、運動不足などの理由から足を運んでいる。

待合室の自動販売機の横には『ホームラン賞』、『ヒット賞』と書かれたボードが壁に設置されており、記録を出した人名が掲載されている。

レーンは8列あり、手前から80、100、120キロが2列ずつ、奥の方に140キロ、160キロがひとつずつ設置されていた。

俺は適当に奥へと進み、160キロの台を選んだ。

久々に持ったにも関わらず、バットは吸い付くように手に馴染んだ。

仕事などならば話は別だが、こういった娯楽の場で改造人間の機能は使わないことにしている。

世間への偽装工作の意味もあるが、なによりつまらない。娯楽というのは楽しむためにあるのだから、つまらないというのはむしろ拷問であろう。

時速160キロという猛スピードでボールが飛来し、それをバットで弾き返す。

“カーン!”と音がして、ボールはフェンスへと叩き付けられた。

久しぶりという言い訳はしない。俺は1ゲーム10球中4・5球を打ち返していた。

以前は160キロでも10球中10球全て打ち返していたため、記録は下がっている。まだこの程度では軽い運動にもならない。コインを機械に入れ、2ゲーム目が開始する。

今度は勘も戻ってきたのか、6・7と徐々に打ち返せる球の数も増えてきた。

3度目のゲームに入ると、ようやく本調子に戻ったのか、10球中10球全てを打ち返せるようになっていた。

上着の袖で汗を拭い、待合室へと向う。

自販機で缶コーヒーを買って、クールにするのだったと今更ながら後悔した。

熱いブラックの味が口内に広がり、ただでさえ熱い夏の夜を余計過ごしにくくする。たまらず、再びレーンへと向った。

扇風機によって作られた風よりも、時折吹く自然の風の方が心地良いだろうと思ったからである。

案の定、外と直接繋がっているレーンは蒸し暑く、真夏の夜を感じさせた。

しかし時折、冬にはない涼しい風が運ばれてくるため、頬を撫でるたびに俺は快感に浸った。

ふと、先刻まで打っていた160キロのレーンへと視線を這わせる。“カーン! カーン!”と耳に心地良い金属音が10回鳴ってぴたりと止まり、また10回鳴った。

俺が待ち合い室へ向った時にすれ違ってしまったのだろう。

本格的にヘルメットを被っているため表情は分からないが、長いセミロングの髪型と、体のラインから女性であることだけが見て取れた。

改造人間の能力を行使すればもっと多くの情報が手に入っていただろうが、あえてそれは使わなかった。使いたくはなかったし、使うわけにもいかなかったからだ。

興味本意から見てみると、女性はしっかりとした構えで、確実に向ってくるボールへとバットを滑らせ、ヒットさせている。

早合点は禁物であったが、一目で、その道の経験者と認識した。

やがてそのゲームも終わり、その女性はヘルメットを外してそこから出てきた。

 

「……夏目先生?」

「や、闇舞先生!?」

 

驚くべきことに夏目先生だった。

時速160キロの球威などもろともしないバッティングを披露していた彼女は、俺の姿を見るなりあたふたと慌てて、思わずバットを手放してしまう。

万有の法則に従って、バットが垂直に夏目先生の足元へと落下を始めた。

夏目先生と俺との距離は約5メートル。

改造人間の能力を使わずとも一歩半で辿り着ける距離である。

しかし、俺は咄嗟に改造人間としての闇舞北斗を発動させ、夏目先生の足元に落ち行くバットをキャッチした。よく見ると、普通のバットよりも短く、太い。

 

「あ、ありがとうございます」

「いえ…」

 

鏡を見たら、さぞかし俺は複雑な表情をしていることだろう。

今は誰にも会いたい気分ではなかったというのに、夏目先生の姿を見た途端、社会科教師としての側面が浮上し、社交辞令程度の笑みを浮かべてしまう。

 

「え、ええと……」

 

なにやら口をぱくぱくと開閉し、夏目先生は言い淀む。何を喋っていいのか、分からないようだ。

 

「落ち着いてください」

「あ、ははははい!」

 

まったく落ち着いてはいなかったが、とりあえず持ってきたバッグの中にヘルメットとバットを詰め込む。

やはりとは思ったが、どちらも私物だったらしい。

落ち着くまで待つべく、待合室で買った缶コーヒーを手渡し、代わりにレーンに立った。

 

「わあ……」

 

背後から、夏目先生が感慨の声を上げる。

まぁ、当然であろう。俺みたいなスポーツマンでも何でもない人間が、いきなり目の前で160キロの球を全て打ち返せば、大多数の人達は驚愕するに違いない。

 

「ふぅ…」

 

最後の球を返して、俺はバットを置いた。

熱気のせいもあり、汗が次々に汗腺から溢れ出し、肌がシャツにべったりと張り付いてしまう。

――と、背後から夏目先生が近付いてくる気配がする。

振り返ると、視界がなにやら白いもので覆われる。

真っ白なスポーツタオルは夏目先生も使った後なのか、少しだけ水気を含んでいた。

 

「凄いですね!」

 

夏目先生が笑みを浮かべてくる。

 

「そんなことはありませんよ。それだったら夏目先生の方が凄いじゃないですか?」

「あははは、わたし、こう見えても学生の頃はソフトボール部にいたんですよ」

「それは……」

 

以前、夏目先生の父……源三郎氏から、夏目先生はフルートが上手いと聞かされた事がある。まさに文武両道を地でいっていたわけだ。

 

「なら大変だったでしょう? ソフトボールもフルートも指を使いますから」

「まあ、少しだけ……」

 

その『少し』が甚大ではないだろうか? ――とは聞かなかった。

何故かは、自分でもよく分からない。

 

「闇舞先生は学生の頃は、部活とかやってなかったんですか?」

「自分は……空手を少しやっていましたね。他にもたしなみ程度にいくつかやっていましたが……」

「他……?」

「ええ。……羅列しますと空手、柔術、合気、相撲、ムエタイ、ボクシング、キックボクシング、レスリング、ジークンドー、サンボ、マーシャルアーツ、忍術に、あとは中国武術をいくつか……」

 

流派までこだわれば、百にのぼるかもしれない。

ついで言えば、射撃術や暗殺術、仕事に必要なスキルもあるため、下手をすれば300〜400はいくだろうか?

 

「たしなみって……それだけやってれば充分です」

「そうでしょうか?」

「そうです!」

 

そうなのだろうか?

自分ではさほど意識せずにやってきたため自覚はないのだが、一般の目で見ればそうなのかもしれない。

 

「……かもしれませんね。ところで、夏目先生はどうしてここに?」

「あ、わたしは高校の時ぐらいからたまに来て打ってるんですよ。卒業してからはあまり来てないんですけど」

「そうなんですか」

「はい。闇舞先生は?」

「自分も高校時代から軽い運動をしに。今日は……少し、色々ありまして」

 

さすがにこれから死地に向うと言えるはずがない。

上手い言い訳を考えようとしたが、何故か、思考がまとまらず出来なかった。

もしかすると、俺は混乱しているのかもしれない。

なにせ俺自身、街を徘徊し、バッティングセンターに来た明確な理由を答えよ……と質問されて、答える自信がないのだ。

苦し紛れに回答するならば――

 

「何も考えたくなかった……からですかね」

「何も考えたくなかった?」

「ええ」

 

思いっきり体を動かして、限界まで辿り着けば何も考えなくて済む。何かをしている間は、それに気を取られて他の一切を考える余裕なんてなくなる。

しかし、現実の俺はこうして夏目先生と喋っている。

体を動かす……などとうそぶいておきながら、レーンにも立たず、運動もほどほどに汗を拭っている。

俺自身、それが不思議でたまらなかった。

 

「ですが…今は夏目先生と話していたい気分ですね。失礼ですが、少し話し相手になってもらえませんか?」

「あ、は、はい!」

 

やや頬を赤らめる夏目先生の手を引いて、俺はバッティングセンターを出た。

と言っても、行き先は市民公園である。

夏目先生の家に行くわけにはいかないし、俺の家に戻るわけにはいかない。

――仕事中は家に帰らない。

俺はもう長い事そうしている。唯一俺がSIDE〈イレイザー〉の〈壱番〉ではなく、闇舞北斗でいられる空間に、仕事の臭いを持ち込みたくなかったからだ。

もう9時を過ぎた公園には当然子供はおらず、いるのは下手に気配を殺して茂みの中に潜む何人かだけだ。

何故茂みの中にいるかは……考えないでおこう。

俺と夏目先生は公園のベンチ――ではなく、随分前に塗り替えられ、その塗装すらも剥げてしまった古びたブランコに座った。

動きやすいようズボンにしたのは幸いで、夏目先生も躊躇なく座る。

それからしばらくは不思議と会話も進み、気が付くと様々な事を話していた。

 

「――そういえば、闇舞先生の御両親は……」

「ああ、自分の両親は、もう、随分前に」

「あ、す、すいません」

「いえ、申しましたように、もう随分と昔の話ですから」

「よかったら話してくれます? 闇舞先生のお父さんとお母さんについて」

「……つまらない話ですよ」

 

俺は夏目先生に自分の両親、そして両親が死に、俺の運命を変えた日の事を話した。

戦後の生まれである夏目先生は、高度経済成長の真っ只中にいたため周りが忙しすぎて気付かなかったようだが、表社会の裏では日常茶飯事として暴力が振るわれている。

そういった暴力の被害者であり、また加害者である俺の話を、夏目先生は真剣に聞き入ってくれた。

 

「――父は終戦後7年経ってやっと日本に戻ってきたんです。天皇が人に戻ったのを間近で見て、父は大きく肩を落としていました」

「そうだったんですか……あれ? たしか留美さんと闇舞先生は……」

「ええ、計算が合いませんね。俺と留美は、4歳も離れていますから」

「じゃあ、何故?」

「所謂、不義の子というやつですよ。終戦して間もない頃でしたから、母にとって俺は重荷でしたし、拠り所にするにはあまりにも幼すぎた。だから、母は父とは別の男にそれを求めました。留美は……あいつは、その男との娘なんです」

 

ある意味で、7年ぶりに帰ってきた親父をもっとも必要とし、もっとも疎ましく思っていたのは母さんだったのかもしれない。

ある意味で、7年ぶりに帰ってきた親父の心を痛めたのは天皇が堕ちたことよりも、留美の存在のせいだったのかもしれない。

しかし、もはやそれは過去のことである。

どちらにしろ、2人はいないのだ。その是非を問う相手もいなければ、理由などない。

 

「……暗い上に、つまらない話をしてしまいましたね」

「いえ…それに、闇舞先生の話はつまらなくなんかありませんよ。闇舞先生の話はいつもためになるし、闇舞先生のお話、わたしは好きです」

「そう言ってもらえると…救われます」

 

俺は曖昧に笑ってみせた。

――と、不意に夏目先生がブランコを揺すり始めた。

しばらく呆然とそれを眺めて、俺自身何を思ったのか、同様にブランコを揺する。

夜の公園に、“キィィ……”と、古びた鎖の軋む音が鳴った。

 

「闇舞先生……」

「どうしました?」

「そりゃわたしは闇舞先生に比べれば若輩ですし、未熟です。頼り甲斐がないのも事実です」

「……?」

「……だから、話さなくてもいいですから、少しぐらい、頼ってください」

「いったい何を……」

「そんなあからさまに『悩んでます』みたいな顔してたら、誰だって分かりますよ」

「…………」

 

言葉もなかった。

どうやら彼女には、最初から俺が『何か』に対して悩んでいたのはお見通しだったらしい。

 

「闇舞先生って普段ポーカーフェイスですけど、結構、いろんな顔してるんですよ?」

「それは…知りませんでした」

 

以後気を付ける事にしよう。

 

「―――すみませんが、今は、話せません」

「……そうですか」

 

夏目先生は少しだけ俯いて、肩を落とした。

まさか「これから死ぬかもしれないんです」とは言えないし、「実は裏社会の人間なんです」など言語道断だ。

限りなく可能性の少ないは話だが、例え話すとしても、その時は今ではない。

いつ果てるとも知れない人生である。もしかしたらその機会すらないのかもしれない。

なにより、夏目先生を直接裏社会には巻き込みたくない。そして夏目先生にすべてを話したとして、十中八九、彼女は俺を……いや、俺達を拒絶するであろう。

 

「―――なんだ……」

「闇舞先生?」

 

そう。結局、俺は恐れているのだ。

夏目先生から拒絶される事を。

結局、俺は自分の身が大切なのだ。

自分の身が大切で…人の温もりが失われるのを恐れている。

シュウやバネッサに言ったら怒られるだろうが、『改造人間』相手では決して得ることの出来ない、『人の温もり』を、俺は失うのが嫌なのだ。

だからこそ、死地へと向う前に街を徘徊することで、未練がましくも『人の温もり』と繋がっていようとした。街を照らすネオンサインに群がろうとした。

そして、夏目先生にすがり付こうとした。

それはなんとも無様で醜い、生への執着。俺がもっとも重要だと考え、伝えてきた『生命』という二字熟語。

なにがSIDE〈イレイザー〉の〈壱番〉だ。

なにが〈ショッカー〉最強の男だ。

ここにいるのは、弱いひとりの男ではないか。

 

「どうしたんです、闇舞先生?」

 

夏目先生の声も、もはや聞こえない。

この時点でSIDE〈イレイザー〉最強の男は地に堕ち、俺はただの闇舞北斗となった。

『予知能力』は使わない。使わずとも、俺はもう二度と『人の温もり』を感じることはないと、本能的に察していた。

しかし、それを理解したからこそ、逆に今度は奮起することが出来る。

弱い闇舞北斗を押し殺して、強い〈壱番〉よりももっと強い仮面で覆うことが出来る。

俺は大きくブランコを揺らした。

 

「闇舞先生?」

 

夏目先生が振り帰るのがわかる。

だが、もはやそこに俺の姿はない。

人のいないブランコだけが、風に揺れた。

 

 

 

 

 

“轟”と、風がひとつ嘶いた。

夏にしては異様に寒い夜気に晒され、俺は海岸線を駆け抜ける。

駆け抜ける……と言っても、実際に俺が走っているわけではない。

“ブロロロロォォォ……”と、盛大な排気音を上げながら走るはクリーム色の車体に迷彩塗装を施されたCB450。

1961年に世界最高のオートバイレースで1〜5位を独占し、1958年にアメリカで発売した“スーパーカブ”で有名な『世界のホンダ』が、量産車として初めてツインカム・エンジンを採用した名機である。

もっとも、そのツインカム・エンジンもやはり〈ショッカー〉自慢の特殊な物にカスタム・チューンされ、200馬力もの出力を誇っている。

やがて走っている道が軟らかな地盤の砂浜から舗装された道路へと移ったところで、俺はバイクを停めた。

否、停めざる終えなかった。

 

「どこに行くのかな、〈壱番〉?」

「シュウ……」

「僕は〈弐番〉だよ」

「……そうだったな」

 

目の前には生き残ったSIDE〈イレイザー〉の全員が立ちはだかっていた。

各々がそれぞれ最強の装備で武装している。

シュウは両手にサブマシンガンと大剣を。

バネッサは350式型狙撃銃と320式方自動小銃を。

春麗は高圧電流が流れるメリケンサックを嵌め、腰にはブレードを携えている。

ミスリムは何も持っていない……と見せかけて、黒いマントの中には多くの魔術具を隠しているに違いない。

 

「まったく、ずるいのよ〈壱番〉は…」

「そうそう。こんな楽しみを僕達から奪うなんて」

「ワシらは必要ないとでも申しますか?」

 

そんなわけはない。

むしろSIDE〈イレイザー〉が協力してくれるならば百人力だ。

しかし―――

 

「……どけ」

「〈壱番〉?」

「忠告は……したぞ」

 

まさかこんな事になるとは思ってもいなかったのだろう。

本来ならば想定すべき事態だし、みなも対処法は十二分に心得ているはずだ。

しかし、自画自讃する気はないが相手が悪すぎた。

 

「な…に……?」

 

もっとも厄介なミスリムは一撃の下に粉砕した。やはり顎という人類共通の弱点への掌底は『改造人間』とて例外ではなかったのだろう。

数トンもの威力を秘めた顎への攻撃に、ミスリムは脳震盪を起こしたのか、意識を失ってしまった。

念のため、鎖骨を踏んで砕いておく。これで両手が使い物にならなくなったので、魔術の威力は激減しただろう。

突然の事態にシュウと春麗は一瞬硬直するもすぐに立ち直って銃口を向ける――が、遅い。

 

「グッ!?」

 

5メートルほどの距離を一瞬で詰め、火力の高いシュウの持つサブマシンガンの方から叩き落とす。

予想を大きく上回るであろう俺の反応速度に、シュウが驚愕の表情を浮かべた。

 

「船越義豪先生に感謝せねばな……」

 

やはり顎へとアッパーカットを叩き込み、浮いたところを回し蹴りで春麗の方へと蹴り飛ばす。

咄嗟の反応で、春麗はシュウの体を蹴り返してしまった。

だがそれによって、春麗は2つの大きなミスを作ってしまう。

ひとつはシュウを蹴り返した事によって彼を完膚なきまでに叩きのめしてしまったこと。

もうひとつは、その事で大きく隙が出来てしまったことだ。

どれほど体を鍛えようとも、どれほど肉体を強化しようとも、隙を突かれてはどうしようもない。

左手でガードごと薙ぎ払い、鳩尾へ強力な頂肘を叩き込むことで、春麗は「うぅ……っ!」などと苦悶の声を上げ、崩れた。

 

「い、〈壱番〉……?」

 

目の前で突如として起きた惨劇に、バネッサが目を見開く。

ベルトで肩にかけていた2挺のライフルも落として、バネッサは戦意を喪失していた。

 

「なんで……?」

「すまんな、〈弐番〉」

 

〈弐番〉と呼ばれたことで、バネッサの体が目に見えて震えた。

言いたいことはすぐに分かった。

〈参番〉はすでに殺されているため自動的にバネッサの称号となる。

しかし、〈弐番〉……シュウはまだ生きている。それなのに、自分が〈弐番〉と呼ばれる理由などない。そう、バネッサは考えているのだろう。

だが違う。

俺はもう、SIDE〈イレイザー〉の〈壱番〉などではないのだから。

 

「何故です! ホクト!?」

「これは俺の私闘だ。お前達を巻き込むわけにはいかない」

 

そう、これは大義なき戦い……私闘だ。

そこに正義という言葉が介入する余地はない。

俺はただ、復讐のため、そして自分の身を守るためだけに戦おうとしている。

これが私闘と言わずして……なんと言えようか?

 

「すまんなバネッサ。だがSIDE〈イレイザー〉のためにも、一応、この一件は俺の独断でやったという既成事実という残さねばならない。手加減はさせてもうが、な」

 

鳩尾と胸部へに掌底、指圧を叩き込む。

鳩尾は言うまでもなく、胸部……事の他乳首周辺の表皮には神経網と何本もの血管が走っているため、ここを殴られると激痛が走り、内出血を起こす可能性がある。

心臓を狙うという手もあったが、やはり俺も人の子というわけか、息を止めるにいたる攻撃だけは出来なかった。

俺はバネッサの小さな体を抱き上げると、倒れている他の3人と一緒に隅の方に寄せておく。万が一、気が付いて追ってこられた時のために、武装はすべて使い物にならないようにさせてもらった。

バイクの座席の下スペースより、大きめの毛布を2枚出して、羽織らせる。

いくら夏でも、夜の、それも野外で毛布も被らずに寝ていては風邪を引くかもしれない。4人とも改造人間だから免疫能力は普通人よりも高く設定されているが、油断は禁物だ。

 

「よし……」

 

すべての作業を終え、俺は再びCB450へと跨る。

特性のエンジンに変えられたとはいえ、エンジンの起動法式はキック式だった。

これも世間へのカモフラージュなのであろうが、〈ショッカー〉の技術水準を考えると何とも滑稽な品である。

自分では苦笑を浮かべたつもりで、俺はバイクのエンジンをキックした。

 

 

 

 

 

――1972年8月11日。

 

 

 

 

 

日付も変わった午前0時14分。

埠頭では2人の男と、ひとりの男が対峙していた。

2人は闇色のライダースーツを纏い、対峙する男に異常なまでの殺気を放出している。普通の人間ならば、それを感じただけで震え上がり、失禁しかねないほどの勢いだ。

しかし対峙する男はそれを受け止め、恐怖に顔を引き攣らせるどころか、ふっと微笑むと、背にしている大きな倉庫を親指で指した。

 

「……緑川ルリ子はこの中だ」

「そうか……」

「だが、すんなり『はいどうぞ』は、ないよな?」

「無論」

 

直後、3人の気配が変わった。殺気から殺意へ。受動から能動へ。

否、気配だけではない。

2人の男にいたってはその姿までも変貌させていった。

2人の腰部に、変わった形のベルトが出現する。

 

「ライダー変身!」

「変身――――!」

 

ベルト中央部……タイフーンが回転を始め、彼らの体が徐々に変貌を遂げていく。

全身を黒い皮膜が何層にも覆い、その上に真っ白のストライプが走る。

せりあがる胸部装甲……コンバーターラング。

そして最後に、2人の顔を仮面が覆ったかと思うと、2人の首に、まるで炎の如しマフラーが巻かれた。

 

「そうだ……」

 

はばむわけでもなく、また攻撃するわけでもなく、静観する男……北斗が呟く。

 

「その姿でなければ、意味がない」

 

そう言って、北斗はおもむろにポケットから『M.R.ユニット』を取り出し、自身の腰部へとあてがう。

いくつも取り付けられたボタンのひとつを押す。

 

M.R.unit start up…… Please set memories card.

 

デジタル化された女性の声が響いて、2人の仮面ライダーが怪訝に構える。

北斗は、ポケットからメモリーカードを一枚取り出して、『M.R.ユニット』にインサートする。黒い、飛蝗の絵柄の、カードを……。

 

Now lording……Type darknesshopper system standing by.

 

ベルト状に展開され、北斗の腰に巻かれる。

こころなしか、中央の“太陽の欠片”が輝きを増した。少なくとも、2人の仮面ライダーにはそう見えた。

 

Please metamorphosis code……』

 

必要なのはたった一言。

生涯、もう二度と言うことはないであろう二字の熟語。

北斗は腰の『M.R.ユニット』に手を伸ばし、ひとつ撫でて、その言葉を放った。

 

「――変、身!」

 

闇夜を切り裂く、漆黒の赤き閃光が走った。

闇色の生体装甲が全身を覆い、腰の『M.R.ユニット』が太陽の輝き放つ。

すべてを闇へと誘い、太陽への道を見せる、“飛蝗怪人”。

その姿はまるで、“十数年後に現れる世紀王”を思わせる風貌であった。

2人の仮面ライダーが、驚愕に表情を染めた。仮面で顔は隠されているが、タイフーンの回転でそれは分かる。

無理もないことだった。なぜなら、変身した北斗の顔を覆う仮面は――

 

「仮面…ライダー……?」

「いくぞ! 仮面ライダー!」

「本郷!」

「くっ……やるしかない」

 

2人の仮面ライダーの戸惑いを振り払うかのように、北斗が飛翔し、キックを炸裂させながら飛び降りてきた。

それを間一髪で躱し、2人の仮面ライダーが構える。

 

「そうだ……それでいい」

 

それを見て、北斗も構えた。

 

「ジークンドー……?」

「いや、ジークンドーに俺なりの改良を加えたものだ」

「厄介だぜ」

 

ジークンドーとは、13歳で詠春流拳法を学んだブルース・リーが、空手、拳法、ボクシングの長所を科学的に捉え、19年の歳月をかけて編み出した一撃必殺のカンフーである。

しかし、いかにジークンドーと言えども改造人間を相手では一撃必殺にはなりえない。

北斗が加えた改良とは、攻撃の一撃一撃を必殺としながら、追撃の派生をしやすいようにと、攻撃の際のひとつひとつのポイントだった。

北斗が軸足をスライドさせて、飛距離のある横蹴りを蹴り込んでくる。

足刀がコンバーターラングを切り裂き、1号ライダーが吹っ飛ばされ、クレーンへと激突した。

2号ライダーが紅の手刀を振り下ろす。

 

「ライダアアアアチョオオオップ!!」

「遅い!」

 

手刀と手刀が交差する。

――が、戦いを制したのは北斗だった。

2号ライダーのライダーチョップは、咄嗟に屈んだ北斗の肩を掠めて、その間に鳩尾へと叩き込まれた拳によって、彼の体は吹っ飛ばされる。

 

「なんという強さだ……」

 

1号ライダーが立ち上がる。

それに気付いた北斗が爆発的な加速で接近し、上から叩き落とすような飛び後ろ回し蹴りを放った。

1号ライダーの顔面ギリギリをすり抜けるが、超触角アンテナの一本をもっていく。

1号ライダーが拳を固く握り、構えた。

瓦礫に埋もれた2号ライダーが這い上がる。

 

「つ、つえぇ……」

「強い? 誰が……?」

「お前に決まってるだろ」

「……クククク」

「何が可笑しい?」

「俺が強い…………か」

 

繰り出された拳を躱し、舞うように身を翻し、反撃する。

北斗は自嘲気味に笑った。

 

「俺は弱いさ」

「……なに?」

「俺は弱い。俺は貴様らと違って大義などない。『人類の自由と平和』……だったか? そういった目的のために戦っているわけではない」

「ならば何故!」

「俺が戦う理由……それは――――」

 

北斗は繰り出す攻撃をダブルライダーに躱されながら、次第に大声を発していく。

 

「生き延びるためだ。すべからく生命が持つ、生きようとする欲求。それが、俺の理性より生じた目的だ」

「それは何も悪いことでは……」

「だろうな。だが、生きるということは一種の哲学だ。答えなき学問……それが哲学。誰かがこう言えば、別の誰かが否定する。終わりなき学問。貴様らはそう言うが、俺自身がそれを許せないんだよ!」

 

北斗の蹴りが2号ライダーの額ぎりぎりをすり抜け、空を蹴る。

北斗が叫ぶ。

 

「人間は何かを食っていなければ生きていけない生物だ。常に別の他人を食らい、別の生き物を食らう……これは自然界の摂理でもあり、俺如きがそれに口出しするなど分不相応だろう。生きるということも同一。生きるために何かを犠牲にするのは……当然だし、悪いことではない。しかし!」

「ヌゥッ!」

「俺はあいつを……留美を言い訳にして、留美にだけすべての責任をなすりつけたんだ! 『留美のためだから仕方ない』……俺はあいつをスケープゴートにすることで罪の意識から逃れようとしたんだ!!」

「しかしそれは人間だからこそ!」

「ああそうだ! 人間だからこそ、そういった代償行為は仕方のないことなのかもしれない。人間誰しも、自分が犠牲になることを嫌わぬ者などいない……。しかしそれは気付いていなかったからだ。気付いてしまっては……どうしようもない。そして気付いてなお、それを悔い改めることなく俺はの生き延びようと必死になって戦っている! 生き延びるために、〈ショッカー〉の中で生き残るために、お前達を殺そうとしている!!」

 

北斗の拳が、2号ライダーの鳩尾にめり込んだ。思わずぐうっと前のめりになった瞬間に、北斗が再び拳を放つ。

 

「教えてくれ本郷猛。IQ600のお前ならば答えられるはずだ宇宙とは……何故存在している!?」

「……宇宙は定量的には存在しない。宇宙量子の揺らぎの範囲内で現象するにすぎず、単純に言うと、超プランク定数λと、宇宙の全質量Mと宇宙の寿命TはMT=Cλの関係にある」

「そうだ! だがそれすらも人間が考え出した結論に過ぎない。別の誰かが『これこれこうなるから違う!』と言えば、その人にとってその解答は間違っていることになってしまう……俺は、自分自身を全否定したんだ!」

 

1号ライダーの体を無茶苦茶に殴り、蹴りながら、北斗は叫ぶ。

 

「俺は、俺が生き延びるために……俺がより快適に生きていくためだけに戦う!! 憐れな男だと、愚かな男だと嘲笑うがいい。俺は…俺は……!」

「もういい……」

 

“ガシィ!”

 

「もういい……!」

 

1号ライダーは北斗の絶え間なき拳の猛襲に耐えながら、隙を見て、北斗の首と腿を掴む。

そして一気にその体を天へとかざし、回転した。

ベルトのタイフーンが、電流を、火花を撒き散らすほど加速する。

 

「ライダ――――きりもみシュ―――ト!!」

 

天空へと放り投げられた北斗に、クレーンへと登って待機していた2号ライダーが跳躍し、紅の拳を向ける。

 

「ライダアアアアパアアンチ!」

 

“メシャアッ!”

 

そんな鈍い音がして、北斗は地面へと叩き付けられる。

肋骨を何本か砕かれたようだが、まだ戦える。

北斗は立ち上がった。

しばらくの沈黙の後、北斗は拳を振り上げ……。

 

「ライダ―――パンチッ!」

 

近付いてきた2号ライダーへと拳を放った。2号ライダーの体が、ぐらりと揺れる。

三人のライダーは睨み合った。

そして、激しい戦いが始まった。

 

 

 

 

 

「う…うぅ……」

 

目が覚めて、バネッサは咄嗟に身構えて辺りを見回した。

しかし、敵が攻めてくる気配は感じられない。ほっと一息ついて、自身の体調を確認する。

――と、自分が毛布を被せられていることに気付いた。

毛布から這い出て、誰が被せてくれたのだろうかと思案した直後、バネッサの脳裏に、気を失う前の光景が浮かんだ。

 

「……っ!」

 

慌てて道路へと出て、地面を探った。

――ある。

一五〇馬力もの出力で走ったため少し抉られたコンクリート。

一本の曲線となって続くそれを見て、バネッサはその線を辿って走り出した。

 

 

 

 

 

「ライダ―――ファイト!」

「ライダアアアアパワアアア!!」

 

二人のライダーが同時にポーズをとり、直後、タイフーンの回転が増して全身にエネルギーを漲らせる。

先刻よりも段違いに動きのよくなったダブルライダーを見て、北斗は低く呻いた。

変身した北斗のポテンシャルは2人の仮面ライダーを大きく上回るものだった。

しかし、仮面ライダーは『ライダーファイト』や『ライダーパワー』といった動作をスイッチに、タイフーンの回転を速めることでエネルギーを増幅させ、性能の強化を図ることが出来る。

しかし、変身した北斗にそれはない。

『M.R.ユニット』にはそんな機能もなければ、エネルギー源である“太陽の欠片”にはそれほどの力はない。

あるいは、“十数年後出現する世紀王”ならば『バイタルチャージ』や『パワーストライプス』といった動作でエネルギーの増幅を図ることが出来るのだろうが…。

 

「ライダ―――ポイントキ――ック!」

 

一点にエネルギーを集中させた強力なキックを、北斗は右手の生体装甲でガードする。

――が、生体装甲にはたちまち亀裂が走り、北斗の痛覚神経へと辿り着く。

 

「ライダアアアア回転! キイイイイック!!」

 

空中で何度も加えた回転による遠心力で強化させたキックを、北斗は左手の生体装甲で受け止める。

だが、力の2号の一撃はそれすらも砕き、左腕全体の生体装甲に亀裂を走らせた。

ダラリとぶらさがるおえない両腕を見捨て、北斗が仮面ライダーをも大きく上回る跳躍をし、左拳を突き出す。

 

「ライダアパぁンチッ!」

 

ダブルライダーが同時にガードするも、その壁すらもぶち抜き、繰り出された一撃がコンバーターラングだけでなく、内部の生身の部分にまでいたる。

タイフーンが煙を上げるほどに回転を増して、それを蹴り上げた。

起き上がり、3人は対峙する。

 

「…………ガアァッ」

「……ぐ……ぐっ」

「グ……クソォ…」

 

――満身創痍。

3人のライダーはすでにボロボロの状態だった。

北斗にいたっては顔を覆う仮面はすでに砕かれ、その内にある飛蝗人間の頭部が露出している。

ナノマシンが治療にあたるも、それすらも追いつかない状況だった。

 

「……終わりが近いらしいな」

「お互いに…な」

「いや。この戦いを制すればたっぷりと時間はある。この傷を癒す時間だってな。本郷猛、一文字隼人……」

「なんだ?」

「なんだよ?」

「道を外さなければ、俺達は友でいられただろうか?」

 

三人の仮面ライダーが思うもの。それは共感だった。

少なくとも三人にとっては永劫とも捉えられるほどの長い戦いの時を経て、三人の間に生まれたのは同じ改造人間としての共感だった。そこに至るまでの経緯こそ異なるとはいえ、同じように肉体に機械を埋め込まれた彼らが、戦いを通じて相手のことを理解するのにそう時間はかからなかったのだ。

結局のところ、二人の仮面ライダーの根底にも、『生きたい』という欲求があり、『生きる』ためには〈ショッカー〉を倒さねばならないという思いがあった。

道は違えども、三人とも同じ考えを抱いていたのである。

二人のライダーはふっと微笑んで、

 

「ありえんな」

「そんなわけねぇ」

「……だろうな」

 

たとえ同じ道を歩むものだったとしても、本郷猛と一文字隼人の二人と、闇舞北斗が友となることはありえない。北斗と彼らとでは、根本にあるものが違いすぎる。

それを理解できる彼らだったからこそ、三人は……

 

「じゃ、いくか」

「そうだな」

「おう」

 

……決着を、つけねばならない。

三人は跳躍して、

 

「ライダ―――!」

「ライダアアアアア!」

「ライダぁあああ!」

 

己のもつ、最強の技を繰り出すべく、足を突き出し……

 

「キィ―――クッ!!」

「キイイイイイ―――クッ!!」

「キィィィックッ!!」

 

空中で交差した。

 

 

 

 

 

風が流れた。

頬を心地のよい風が撫で、鼻先をくすぐる。

文字通りの欠片となった“太陽の欠片”を眺め、『M.R.ユニット』を巻いたままの北斗がふっと微笑む。

“ガコン……”と、大きな音がして、“ドサッ!”と、何かが横に叩き付けられる。

苦痛を伴ったが、首だけを回してそれを見る。

それはある女の姿を象った、作り物の人形だった。〈ショッカー〉のデータベースに記録されているその女性の写真をもとに、北斗が製作を依頼したものだ。

 

「緑川ルリ子は人質にとった……か」

「なかなかに似ているだろ? 知り会いの人形職人に造ってもらった。若いが、腕は天下一品だ」

「たしかに……な」

 

精巧なマネキンを見て、本郷もふっと微笑む。たしかにそれは、本郷が知るひとりの女と、寸分違わぬ外見をしていた。

本郷は180センチの長身であぐらをかき、北斗を見た。

隼人も同様にしてあぐらをかく。

北斗の唇から、悲し気なメロディが流れた。

ニューヨークの黒人街から生まれた、作者不詳の『ハンティング・ブルース』だった。

やがて一曲が終わり、北斗が上半身をゆっくりと起こす。

 

「…………出てこい」

 

不意に、北斗が呟いた。

さして驚く様子もなく、本郷と隼人が振り返る。

 

「気付いていないとでも思っていたか?」

「ここには仮にも俺達仮面ライダーと……」

「SIDE〈イレイザー〉の〈壱番〉がいるのだぞ?」

 

最後の本郷の言葉を待たずして、3人の視線の先にある空間がぐにゃりと歪んだ。

歪んだ景色は徐々に人の形をなし、暗闇のためか不鮮明ではあったが、鮮やかな緑色が浮かび上がる。

3人の改造人間は、闇の中にいてはっきりとその姿を捉えていた。

 

「死神カメレオン……」

「再生怪人か?」

「いや……量産品だろう。本郷猛、お前が“ナチスの財宝”を巡って戦った時の奴よりも戦闘能力はいくらか劣るが、保護色の機能は完璧に備えている。大方、失敗した俺を葬り、あわよくば仮面ライダーを殺しに来たんだろう。だが……舐められたものだな」

「手負いとはいえ……この程度の改造人間で勝てると思っているのか?」

「思ってはいないだろうな。見ろ、あの改造人間はすでに知性を失っている。与えられた任務を忠実に行なう、改造人間……いや、考えることを止めた時点で人間ですらないか」

「――『改造』?」

「……変な名前だ」

 

三人は立ち上がると、死神カメレオンを見据えた。

三人ともボロボロで、ナノマシンの治療が続くが変身できるほどの体力は残されていない。北斗にいたっては、エネルギー源の“太陽の欠片”が砕けてしまったため、変身すら出来ない。

だが、量産品の死神カメレオンは、残された僅かな体力でも充分倒せるレベルであることも間違いなかった。

――と、その時、北斗にとって……あるいはその場にいた全員にとって予想外の声が上がった。

 

「ホクト―――――ッ!」

 

バネッサだった。

 

「……っ!」

 

北斗の脳裏に、鮮明なビジョンが浮かぶ。

声に機敏に反応し、バネッサへと襲い掛かる死神カメレオンのビジョンが。そして武器を持たないバネッサの白い肌に、死神カメレオンの舌が食い込むビジョンが。

北斗は、反射的に大地を蹴った。

そして―――

 

“ズシャアッ!”

 

バネッサが、悲鳴を上げる。

腰に巻かれた『M.R.ユニット』が、ガシャリと地面に落ちた。

 

「ホクトッ!」

「バネッサ……大丈夫か?」

 

鋼鉄のように硬い死神カメレオンの舌に貫かれた北斗が、心配そうな表情をする。

北斗はバネッサの安全を確認すると、自分の胸へと伸ばされた舌を両手で掴み、死神カメレオンの体を放り投げた。

そしてそのまま死神カメレオンの背後をとり、ブーツから抜いたバトルナイフで、自身の胸に死神カメレオンを張り付けにする。

 

「ホクトッ、なにしてるんですか!?」

「なかなかに…これは……」

 

膝蹴りで死神カメレオンの両足を潰した北斗は、そのまま体を引き摺って、海の方へと歩き出した。

 

「いくら改造人間でも、水陸両用でもなければ息は出来まい」

 

北斗はバネッサを、本郷を、そして隼人を見据える。

そしてふっと満足気に微笑んで、地を蹴って、後ろに跳んだ。

 

「ホクト――――ッ!!」

 

バネッサの叫びは、波に呑まれていった。

―――『生き延びるためだけに戦う』。そう告げた戦士は、最後に仲間を守って。海原へと消えていった。

 

 

 

 

 

そこは暗く、淀んだ空気で満ちていた。

人が地獄と呼びし世界の中でも暗陰な、空と大地との距離だけ、大地より離れている世界。

冥府(タルタロス)と呼ばれしその世界に、ひとりの男が縛られていた。

十年にも及んだ大戦によって生じた傷は生々しく、そして痛々しい。

立ち上がろうとすればたちまちに稲妻が彼を討ち、雷の鎖が彼の手足を縛った。

雷がのたうちまわったことによって生じた大地の爪痕は深く、道をなしている。

その道を、神々しき光を宿した衣を着た2人が、ゆっくりと歩いていた。

 

「“雷鳥”様……」

「恐れることはない、“牙龍”……。我らは決して戦いに来たわけではない」

「しかし……」

「む、待て」

 

2人が歩みを止める。

気が付くと、目の前には全身を衣で覆った12人の男女がいた。

“雷鳥”と呼ばれた男が懐から古風な巻き物を取り出し、“牙龍”と呼ばれた男が直立で控える。

雷鳥が巻き物を、12人のひとりに手渡した。

衣に覆われてなお浮かび上がるラインは女性のものである。

 

「“テミス”よ、聞き入れてはくれぬか?」

「“雷鳥”…我らが王はあの忌々しき“雷の神”によって苦しんでおられる。用件は我らが聞こう」

「……よかろう。我らが王には、そう伝えておく」

「すまぬな」

「構わぬ……して、我らの目的はどれほど理解していようか?」

「協力要請……であろう?」

「聞き入れてもらえるか?」

「むぅ……」

 

テミスと呼ばれた女性は少し思案して、

 

「よかろう。しかし、しばらく待ってほしい。我らにも準備というものがある。……忌々しき“雷の神”すらも上回るであろう“絶対の神”の目を欺くには、少し骨が折れそうなのでな」

「感謝する。して、誰が?」

「それは……「俺がいこう」“ヒュペリオン”……」

 

テミスの言葉を遮って、男の声がした。

ヒュペリオンと呼ばれた男は衣を脱ぎ捨て、立派な体躯を露わにする。

ヒュペリオンを見た雷鳥はしばし思案すると、

 

「年内にいけそうか?」

「いや、あと2年はかかるであろうな」

 

“ヒュペリオン”の回答に『妥協案ではあるな』と呟いて、“雷鳥”は踵を返した。

“牙龍”はそれに続いて歩き出すと、雷槌に討たれ、もがき苦しむ男……否、神の姿を見た。

自身の中でくすぶる……何らかの欲求を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜こっちでは続いている対談形式あとがき〜

 

タハ乱暴「外伝第4話、お読みいただきありがとうございました!」

真一郎「設定は?」

タハ乱暴「後半戦闘シーンは『果てしなき希望』かなんかかけながらお読みください」

真一郎「設定は?」

タハ乱暴「さて、やっと外伝も人区切「設定は!?」……勘弁してください。そこまで書くほどの時間も元気もなかったんですよぉ(泣)」

真一郎「……嘘を吐け。製作中に『やっぱダブルライダーを書くならダブルライダーキックははずせないよな〜』って、言いながら、レンタルビデオ屋通いをしていたのはどこのどいつだ。…まぁ、それはよしとしてやるよ。それより、あの分かり難い『M.R.ユニット』の設定は何なんだよ?」

タハ乱暴「うぐぐぐぐっ!(逆転裁判風にたじろぐ)」

真一郎「さっさと吐け!(聖闘士星矢風に拳を繰り出す)」

タハ乱暴「ううっ…分かりましたよぉ。『M.R.ユニット』についての補足説明です」

真一郎「そもそも『M.R.ユニット』の『M.R.』って、いったいどういう意味なんだ?」

タハ乱暴「えっと、それは『Masked Rider』、つまり『仮面ライダー』のことです。そもそも、仮面ライダーとは何なのか?」

真一郎「飛蝗の改造人間だろ?」

タハ乱暴「では、飛蝗の改造人間とは何か?」

真一郎「仮面ライダーBlackで出てたな……え〜と、五万年に一度生まれる二人の世紀王のことで、二人の世紀王はお互いの体内にあるキングストーンを巡って戦い、勝ったものがそのキングストーンを手にし、創世王となる……だったっけ?」

タハ乱暴「そうです。つまり、仮面ライダーとは世紀王のコピーなわけですね」

真一郎「ああ、だから仮面ライダーだけあんなに強かったんだ」

タハ乱暴「そうです。〈ショッカー〉にとって誤算だったのは、その仮面ライダーが裏切っちゃったことだったんですよ」

真一郎「『M.R.ユニット』ならあらかじめ脳改造を施した戦闘員か怪人に装着させれば裏切らないもんな」

タハ乱暴「そういうことです。で、今回北斗が変身したヤツですが……」

真一郎「俺のとちょっと違ったな」

タハ乱暴「はい。まんま仮面ライダーBlackです」

真一郎「パワーストライプスとか出来ないけどな」

タハ乱暴「太陽の欠片じゃそこまでが限界なんですよ。やっぱり太陽の石……キングストーンそのものじゃないと。汎用性の問題から、タイフーンを付けるわけにもいきませんしね」

真一郎「俺がライダーファイトとか出来ないのも?」

タハ乱暴「そうです。メモリーカードが変身キー以外にあるのはそのためです」

真一郎「内部からの強化が不可能なら、外部からの強化しかない、と」

タハ乱暴「はい。ただ、この時点では変身キー以外のメモリーカードは存在しません」

真一郎「なるほどなるほど……にしても、今回闇舞さんの扱いが酷くない?」

タハ乱暴「それについても補足した方がいいですかね?」

タハ・ランボー「いいだろうな」

タハ乱暴「では、僭越ながら(ぺこり)。人間誰だって失敗したら自分以外の何か、もしくは誰かに責任をなすりつけて、自分を正当化する……なんて経験、一度はあると思うんですよ。いえ、人によっては何度もあるかもしれないし、一生涯かもしれない。北斗もそれは同じで、彼の場合、その責任みたいなものを妹である留美になすりつけてしまったわけです。なすりつけったって表現は、おかしいかもしれませんが」

真一郎「で?」

タハ乱暴「はい。でもそういった自己の正当化っていうのは、自分が責任をなすりつけたという事実を肯定しちゃ成立しないと思うんです。自分が間違っていると認めてしまうわけですから。北斗はそれをやってしまった」

タハ・ランボー「でも、普通はその後も言い訳何なりして、なんとか自分を正当化しようとする」

タハ乱暴「言っちゃあなんですけど、人間、結局自分は自分。他人は他人なわけですから、お互いを100%理解出来るわけがありません。思いやりの心を持とうっていっても、どの程度の行為が思いやりに値するかの判断基準をするのだって、結局は自分なんですから。ただ、北斗は不器用だった(笑)」

真一郎「不器用だから上手い言い訳も見付からず、仮に見付かったとしても……」

タハ乱暴「己の知識を総動員して論破してしまうでしょうね。複雑なお人(笑)」

タハ・ランボー「だから結果として悩み、苦しむことになってしまう」

タハ乱暴「そういうことです。北斗は不器用だから一度『責任のなすりつけ』に気付いてしまうと言い訳も見付からず、仮に見付かったとしても論破して、言い訳を否定し、新たに出た結論を肯定してしまう。だから結局、逃げ場を失って平静を保てない」

真一郎「……なんか、今回あとがきまでシリアスだな」

タハ乱暴「ですね……では、これ以上暗くなる前に私は逃げます(笑)。シュワッ!!」

真一郎「ああ〜っ! 某光の巨人風に逃げるな〜!!」

タハ・ランボー「外伝第四話、お読みいただきありがとうございました!」

タハ乱暴「では、次回もまた〜」

真一郎「あ、戻ってきた」

タハ乱暴「ダァッ!!(セブンっぽく帰る)」






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