――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、緑、よっつの日、朝。
 
 

 エルスサーオ方面軍と王都直轄軍、そしてスピリット・タスク・フォース(以下STF)隊が合流したことにより、リーザリオに集まったラキオス軍の戦力は、人間の兵が六五〇、スピリットが六九という強大なものとなった。

 その具体的な陣容は、まずラキオス王自らが指揮統率をする王都直轄軍が、
 

 直轄軍本部……二〇名。

 王室親衛隊……二〇名。

 一〇一歩兵大隊……兵一〇〇名。

 一〇二歩兵大隊……兵一〇〇名。

 一〇三歩兵大隊……兵一〇〇名。

 その他後方支援要員……八〇名。

 一〇一スピリット大隊……スピリット一八体。

 一〇二スピリット大隊……スピリット一六体。
 

以上の、正規兵四二〇名、スピリット三四体というもの。

 これらの戦力はリーザリオに集結した王国軍の最強の戦力であり、文字通り主力部隊だった。勿論、各部隊の頭に着いている“一”は、王都直轄軍の所属を表している。栄えあるヘッド・ナンバーを与えられた部隊、というわけだ。

 次にヤンレー将軍麾下のエルスサーオ方面軍が、
 

 方面軍本部……一〇名。

 三〇一歩兵大隊……八〇名。

 三〇二歩兵大隊……一〇〇名。

 その他後方支援要員……四〇名。

 三〇一スピリット大隊……一五体。

 三〇二スピリット大隊……一〇体。
 

という、正規兵二三〇名、スピリット二五体。オペレーション・スレッジハンマーの第二段階で消耗したとはいえ、依然としてその戦闘力は強大なものを有していた。

 そして最後に、高嶺悠人指揮下のSTFが、エトランジェ二、スピリット八の合計一〇。スピリット部隊としてはラキオス全軍を見渡しても最小規模の兵力だが、エトランジェ二人を含むその戦闘力は王国全部隊の中でも随一を誇っていた。

 リーザリオに戦力を集めたラキオス軍は、エトランジェ・リュウヤ発案の戦略計画クルセイダーズ・プランの内容に従って、同地の前線基地化を進めた。

 ここで一度、クルセイダーズ・プランについておさらいしておくと、桜坂柳也立案のこの戦略計画は、大きく分けて四つの段階から構成されていた。

 すなわち、STFとリーザリオ方面軍の合同軍でリーザリオを制圧する第一段階。占領したリーザリオに王都直轄軍を運び入れ、同地を次の戦いの前線基地とする第二段階。リーザリオに集結させた大兵力を以ってリモドアを制圧する第三段階。そして、勢いを殺すことなく敵国王都サモドアを制圧する第四段階の四つだ。

 先のオペレーション・スレッジハンマーは、このうちの第一段階の達成を目的とした作戦だった。

 結果、ラキオスは少なくない犠牲と引き換えにリーザリオの制圧・占領に成功した。

 次はリーザリオの前線基地化を図る第二段階だが、これは王都直轄軍がリーザリオに到着したことで急速に進められるようになった。

 なんといっても直轄軍の誇る四二〇人のマン・パワーは大きい。STFとエルスサーオ方面軍だけでは苦戦していた作業を、とんとん拍子に終わらせていった。

 ラキオス本国から持ち込んできた物資も豊富で、シーレの月、緑、みっつの日にはもう、敵の焦土作戦があったにも拘らず、リーザリオの前線基地化を終わらせてしまった。

 勿論、これはリーザリオに前線基地としての機能を与えただけの、あくまで“一応”の措置に過ぎない。本格的な軍事施設としての復旧には当然まだまだ時間がかかるだろう。

 さておき、リーザリオの一応の前線基地化を終えたラキオス軍は、いよいよクルセイダーズ・プランの第三段階へと駒を進めることにした。

 聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、緑、よっつの日、早朝。

 占領部隊としてリーザリオに人間の兵士一五〇名を残し、ラキオス軍はリモドアを目指して出発した。

 その兵力、正規兵五〇〇、スピリット六九。占領部隊の指揮は、ヤンレー司令に任せた。

 行軍は夜のうちに密かに、街道を使わずに行われた。

 そして――――――

 

 

 ――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、緑、いつつの日、朝。
 
 

 桜坂柳也の左手に巻かれたModel 603. EZM3が午前七時の時刻を示した。

 柳也がこの世界に持ち込んできた数少ない品の一つは、今日も正確に時の経過を彼に教えてくれる。軍用時計という代物は往々にして頑丈に出来ているものだが、世界の壁を越えてもなお正常に作動し続けている父の形見には、感謝以外の言葉は捧げようがなかった。

「さて……」

 人気のない雑木林の中、柳也は完全武装のいでたちでひとり素振りを繰り返していた。

 たとえ行軍の最中であっても、この男は日々の鍛錬を怠らない。

 時間さえあれば、そのすべてを己の研磨に費やす。

 自らの力量が、自らの胆力が、いまだ不十分と自覚しているからこそ、彼は稽古に余念がなかった。

 また、これは儀式でもあった。

 今日の戦で自分の力を十全に発揮出来るようにするための、彼なりの準備体操のようなものだった。

「…………」

 柳也は五体から無駄な力を取り除くべく、両腕を、だらり、と体側に下げ、二三度深呼吸を繰り返した。

 手にした得物は稽古用の振棒ではない。

 垂直に走る稲妻を刻んだ刀身はまごうことなき肥後の豪剣同田貫上野介二尺四寸七分。行軍中では手近な稽古具も入手出来ず、必然、本身の刀での稽古と相成ったのだった。

 何度目かの呼吸の後、柳也は同田貫を上段に振り上げた。

 左手を主に。右手を従に。小指から順に締める力を緩め、手の内を練る。

 北辰一刀流の剣豪・千葉周作の著『剣法秘訣』には、柄の握り、手の内について、

「先ず太刀の持ち様は第一小指を少しくしめ、第二紅さし指は軽く、第三中指は猶軽く第四指は添え指というて添ゆるばかりなり」

とある。

 手の内はあらゆる刀法、あらゆる運剣の基本だ。ゆえに、流派による違いなどは少なく、逆にいえば手の内を練らずして剣術の上達はありえない。

 剣の技法を一通り学んだからといって、これをおろそかにする者は剣者とは言えなかった。

 その点、桜坂柳也という剣士は手の内作りに余念がなかった。

 まだ剣術を習い始めたばかりの頃、いまは亡き父より最初に教えられたのが、柄を握る、ということだった。

 柄の握りを覚えるのは、空手を修めるにあたって拳の握りを覚えるも同然のこと。基本中の基本であり、基本とはすなわち要諦、奥儀、極意である。

 亡き父は、そして父が死んだ後、彼に剣術を叩き込んだ柊園長は、柳也にそう言ってよく聞かせた。

 柳也の学ぶ直心影流では、呼吸と腰に重きを置く。

 呼吸とは無論、阿吽の呼吸法だ。“あ”の口で息を吸い、“う”で止め、下腹の気海丹田まで呼気を沈める。そして、“ん”の口で吐くことにより、腰を中心に全身へと気力が充溢する。

 柳也は五体に馴染んだ呼吸法の下、上段に構えた大刀を振り下ろした。

 無論、打ち込みと同時に手の内は薬指より順に締めるのを忘れない。

 そうすることで刀勢はより勢いづき、太刀筋は、より洗練される。

 柳也は幾十、幾百と素振りを続けた。

 一振りごとに飛び散る汗の飛沫は、同時に、柳也の心が抱く雑念でもある。

 彼は一太刀々々々に気を篭めた。魂を篭めた。

 その度に雑念が消え、ただ、いかにして剣を振るうか、という一念のみが胸中に残った。

 その一念に突き動かされ、彼の上段斬りは振り続ければ振り続けた分だけ、精度を増していった。

 しかし、人の雑念というものはなかなか消えない。

 一つ振り払ったとしても、またぞろ新たな雑念が湧く。

 脳裏に、女の顔がよぎった。

 アイリス・ブルースピリット。

 自分が二度、戦場で戦い、二度、倒せなかった相手。

 一度目の戦いでは策を用いて引き分けに持ち込んだ。

 二度目の戦いでは、僥倖以外の何物でもない、謎の力に目覚めた末に引き分けた。

 アイリスとの戦いは二度引き分けたとはいえ、それは実力の結果とは言い難かった。特に、二度目の戦いがそうだ。あの時、切断された右手首から生えた青の腕の正体はいまだに不明だが、あの現象がなければ、自分はあの場で命を落としていただろう。

 純粋な実力でいえば、アイリス・青スピリットは自分より一歩も二歩も先んじている。

 そのアイリスに、自分はさらなる再戦を誓った。

 ――もっと強くならねば……。

 新たな雑念が、刀勢に宿った。

 しかしその想いは、柳也の剣を暴力的に加速させた。

 もっと強くならねば。もっと己を鍛えねば。佳織のために。悠人のために。仲間達のために。いまも行方の知れない、親友のために。なにより、己自身のために。

 ――待っていろ、アイリス・ブルー……。次こそは、俺が勝つ!

 結晶した純粋な想いは、雑念なれど柳也の剣を研ぎ澄ました。

 稽古中の剣士の感覚は、極限まで研ぎ澄まされている。

 素振りを続ける柳也の耳朶を、不意に、足音が撫でた。

 よく知った青マナの気配。

 振り向くと、そこには兄妹の契りを交わした青スピリットの少女達がいた。ネリーとシアーだ。

「お兄ちゃん、ユートさまが呼んでるよ〜」

「るよ〜」

「ん? ああ……もう、そんな時間か」

 気が付けば大休止の時間はとっくに過ぎていた。

 どうやら集中に身と心を委ねるあまり、時の経過を忘れていたらしい。

 本格的な攻撃前の最後の大休止の時間を割いて鍛錬に臨んでいた柳也だった。

 柳也は同田貫を鞘に納めると、傍らに置いておいた一クォートの水筒に口づけた。勿論、一気に煽るような真似はしない。稽古の後など、大量に発汗した状態で一気に水を煽ることは、脱水症状を引き起こす原因となる。

 飲み口から唇を離すと、ちょうど良いタイミングでネリーが手拭いを差し出してくれた。

「お、ウレーシェ、ネリー」

「えへへ〜」

 汗の浮かんだ額を手拭いで拭きながら、ネリーの頭を撫でた。

 嬉しそうにはにかむ彼女を見て、柳也も莞爾と微笑んだ。

 常々思うことだが、ネリーの笑顔は魔法のようだ。彼女の快活な笑みを眺めていると、自分も元気な心持ちになって、気が付くと笑みを浮かべている。逆に彼女の悲しそうな顔を眺めていると、こっちも気が滅入ってくる。

 柳也は二人を連れて雑木林を出た。

 雑木林の外には、ラキオス王国軍の所属を示す龍旗を掲げた天幕がいくつも建てられていた。その中でもひときわ大きな天幕の側で、悠人が右手を掲げてサインを送ってきた。

 柳也も右手を持ち上げ、「いま行く」と、サインを送った。

 聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、緑、いつつの日、午前八時。

 夜通しで行軍を続けたラキオス軍は、リモドアから西に五キロメートルに布陣していた。

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-

第二章「蠢く野心」

Episode46「ゴモラの怒り」

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、緑、いつつの日、朝。
 
 

 クルセイダーズ・プラン第三段階のためにラキオス王国軍が布陣したのは、リモドアの西方五キロメートルに位置する広大な平野だった。農業用に耕された平地は、軍隊が陣を敷くのに最適な地形だ。また、敵の兵糧地を一つ押さえることにも繋がる。孫子の時代から戦争はスピードが肝要、速く終わらせるに越したことはない、とされてきた。しかし万が一長期戦になった場合、敵国の穀倉地帯を押さえておけば、以後の戦いを有利に進めることが出来た。

 平野に陣を敷いたラキオス王は、ひときわ大きな天幕を軍の本部とすると、早速そこに各部隊の指揮官クラスを集めた。

 リモドア攻略戦について、最後のブリーフィングを開くためだ。

 その顔ぶれは、
 

 ラキオス王国国王兼王国軍最高司令官、ルーグゥ・ダィ・ラキオス。

 国王親衛隊隊長、リリアナ・ヨゴウ。

 王都直轄軍参謀総長、ヴェルナー・キーニッツ。

 一〇一歩兵大隊隊長、オットー・ラッシュ。

 一〇二歩兵大隊隊長、パウル・ラウクス。

 一〇三歩兵大隊隊長、カール・マウス。

 三〇一歩兵大隊隊長、ギャレット・リックス。

 一〇一スピリット大隊隊長、ヴァルター・ネーリング。

 一〇二スピリット大隊隊長、ハンス・エーゼベック

 三〇一スピリット大隊隊長、ズカサマ・ベワカ。

 三〇二スピリット大隊隊長、クトウコ・ウトサ。

 TF隊長、高嶺悠人。

 STF副隊長、桜坂柳也。

以上の一三名だ。

 なお、上記の名前と肩書きを読んで分かるように、この軍議は本来各部隊の指揮官のみが集まるべきもので、STFの副隊長でしかない柳也がこの場にいるのはおかしい。しかし、その場に集まった男達の誰もが、そのことに関しては不平不満を口にしなかった。

 桜坂柳也というエトランジェが国王のお気に入りなのは、いまやラキオスの軍人達には周知のことだった。

 此度の対バーンライト戦略も、異世界からやって来たエトランジェが練った草案が基になっているという噂もある。

 迂闊なことを口にして、ラキオス王の勘気をこうむりたいとは誰も思わなかった。

 また三〇一歩兵大隊の隊長が、ギャレット・リックスとなっているが、これは先のリーザリオ攻略戦でチウノマヤ大隊長が戦死したのに伴う昇進人事のためだった。ギャレットはかつて柳也やセラスとともにバトル・オブ・ラキオスを戦った戦士の一人だ。本来、歩兵大隊隊長になるためには、いくつかの資格とクリアしなければならないいくつかの試練があるのだが、戦時特例措置で昇進したのだった。

 「みな、集まったようだな」

 軍議の口火を切ったのはラキオスだった。

 「これよりリモドア攻略作戦……オペレーション・ゴモラの作戦手順の最終確認をしたい。まずはヴェルナー参謀長、ざっとデータの洗い出しをしてくれ」

 国王の言葉を受けて立ち上がったのは、王都直轄軍の参謀総長を務めるヴェルナー・キーニッツだった。

 王国軍きっての暴れん坊と知られる人物で、その性格は不羈奔放にして豪気果断。スケールの大きな親分肌で部下をよく可愛がる一方で、同等以上の目上の者には、意見が合わぬとなれば頑として譲らない気概を持つ人物だった。年齢は四六歳。

 組織の人間としては少々型破りな人物だが、乱世にあってはむしろ彼のような男こそが瞬光を得る。エトランジェの参入に伴う軍再編の際、ラキオス王はこの暴れん坊参謀を追うと直轄軍の参謀総長に任命したのだった。つまりルーグゥ王は、かなり早い時期から、バーンライトの開戦を狙っていたわけだ。

 ヴェルナー参謀長は居並ぶ皆々を、じろり、と睨むような眼光で見回した。その一睨みには奇妙な迫力があった。

 王国軍の制服を、りゅう、と着こなした男の身の丈は一六六センチ。高くもなく、また低くもない。では体格がよいかといえばそうとも言えない。まさに中肉中背という表現が、ぴったり、くる体つきをしていたが、気迫凛然としたその姿は、実際よりも大柄に感じられた。

「まず敵軍の戦力について確認します。情報部が入手したデータによれば、リモドアに立て篭もっている敵軍兵力は正規兵六〇〇人、スピリット二五体。これら戦力の中には、リーザリオから脱出した元第三軍の将兵も含まれています。敵軍司令はナルセス・タギネー将軍」

 なお、ここでいう情報部が入手したデータの中には、ダグラス通産大臣が私的に抱えている密偵らの得た情報も含まれている。ダグラスの密偵達はみな優秀で、時に王国軍の情報部の活動を上回る活躍を見せることすらあった。

「次に我が軍の戦力をざっとブリーフいたします。今回のオペレーション・ゴモラのためにこの地に集まった兵は、正規兵五〇〇人、エトランジェ二体、スピリットが六七体です。正規兵力こそ敵軍に劣りますが、スピリット戦力では敵を大きく上回っております。

 またこれらの兵のうち、STF を除く青と黒のスピリットには、陛下のご命令通り、“例の戦術”のため、この三日間は徹底した飛行訓練を施してあります。STF 隊を除く青と黒のスピリットの総数は、青が一八、黒が一二です。今回の戦いではこれら三〇のスピリットを、独立した兵科として運用します」

 ヴェルナーはそこで一旦言葉を区切ると、目線を机に広げられたリモドアの周辺図へ目を向けた。周辺図にはラキオス軍を示す青い駒と、敵軍を示す赤い駒が並べられていた。

「午前九時半、我々はこの陣から進軍を再開します。それに伴って、偵察飛行を実施しますが……」

「その役は我がスピリット隊の担当だったな」

 三〇一スピリット大隊隊長のズカサマ・ベワカが確認するように言った。

 先のオペレーション・スレッジハンマーでも無傷だった三〇一スピリット大隊は、一五人のスピリットをフレッシュな状態で擁している。そのうち、飛行可能な青と黒のスピリットは四人ずついた。

「偵察隊を三個小隊編成する。その結果次第で、“例の戦術”の実行を決めるのでしたな?」

 ベワカ大隊長はヴェルナーではなくラキオス王に訊ねた。

 国王は顎鬚を撫でながら、重々しく頷いた。

「そうだ。敵軍が砦の外に出て勝負を挑んでくれるのなら、通常の戦闘でこれを撃破する。スピリット戦力は我がほうが優勢であるからな。正面からの戦いとなれば、我らの有利は崩れまい」

「そして敵が篭城戦の構えを見せた場合は、“例の戦術”を実施する、と」

 ベワカ大隊長が溜め息混じりに呟いた。

 懐疑的なその表情は、件の“例の戦術”とやらの効果を疑問視している所以だろう。たしかに、この種の作戦は、有限世界ではいまだかつて実施されたことのない戦術だ。ベワカ大隊長と同じような顔をしている人間は少なくなかった。

 対照的に、ニコニコ、としているのがリリアナ・ヨゴウだ。

 彼は末席の柳也を見て、朗らかに微笑んだ。

「いやそれにしても、サムライはまこと恐るべき男よな。よくぞこのような大胆な作戦を思いつけたものだ」

「厳密に言えば、俺が思いついたわけじゃないな」

 リリアナの言葉に、柳也は小さくかぶりを振った。

「俺の世界にかつてあった過去の戦例と、いまの状況がよく似ていたからな。その時の作戦をアレンジして使えば、こっちの被害を最小に、かつ敵の被害を最大に出来るんじゃないかと思っただけさ。俺がやったことは、自分の引き出しを開けだけだよ。みんなやっていることだ」

「だが、どの引き出しからどのアイデアを選択するかの判断をしたのはそなただ」

 ラキオス王が言った。

「状況に応じて適切な引き出しを開き、適切な行動を取る。これは素晴らしい能力だ」

「恐縮です。陛下」

 柳也は照れくさそうに微笑んだ。

「……話を戻させていただきます」

 ヴェルナー参謀長が、空咳を一つして脱線しかけた話題を戻した。

 ジェスチャーだけでなく、実際に言葉にして発言してみせるあたり、暴れん坊参謀の所以といったところか。

「敵が決戦の構えを見せた場合、我々はこれと正面から戦うわけですが、その際の先鋒は一〇一、二両スピリット大隊に担当していただくことになります」

 ヴェルナーのその言葉に、ヴァルターとハンス両スピリット大隊長は頷いた。

 ヴァルター・ネーリングは勇猛果敢で知られる闘将だった。御年五五歳の、いわば老兵の部類に入る男だが、その猛気は老いてなお激しく、知性は鋭敏だ。慎重確実な作戦よりも、リスクは大きいがそれに伴って成果も大きい積極策を好む性質で、まさに野戦指揮官としては打ってつけの人材だった。

 外見的な特徴はその髭に尽きる。たっぷりと蓄えた鐘馗髭はいかめしい面相とあいまって、奇妙な威圧感があった。体も大きいから、迫力はひとしおだ。

 他方、ハンス・エーゼベックは、ヴァルターとは対照的に沈着冷静な智将といえた。与えられた任務に忠実な軍人で、戦闘の勝利そのものに対する執着は薄く、全体として作戦が成功すれば良いと考えている。年齢は三六歳。まだまだこれからの軍人だった。

 一七五センチの長身に、細身だがしっかりと筋肉のついた体型。顔の造作は歌舞伎の女形のように整っており、微笑を浮かべれば女ばかりか男さえも虜にしてしまうだろう。

 ヴァルターとハンスは、性格といい容姿といい、また用兵の向き不向きといい、まるで正反対の二人だった。しかしそれだけに、この二人がコンビを組めば強力なエネルギーの塊となる。互いの短所を、長所で補うことが出来る。

 また、王都直轄軍所属の一〇一、一〇二スピリット大隊はいまだ実戦を経験していないフレッシュな部隊だ。経験の浅さに目を瞑れば、消耗していない分、かなりの活躍が期待出来た。

「一〇一、二両スピリット大隊が正面の敵を押さえている間に、STF は側面に回り込み、臨機応変に横撃していただきたい。エトランジェを含むSTF の攻撃力は、膠着した戦況を打破するだけの打撃力がありますからな。戦線に投入するタイミングさえ間違えなければ、最強の矛となるでしょう。三〇一、二の両スピリット大隊は、予備兵力として一〇一、二両大隊の後方にいてもらいます」

 ヴェルナー参謀総長はそこでまた言葉を区切った。

 秒の間を置き、深呼吸を一つ。それから、「次に……」と、続けた。

「次に、敵が篭城戦の構えを見せた場合、我々は“例の戦術”を持ってこれを食い破ります。ある意味、オペレーション・ゴモラの本命ですな」

 ヴェルナー参謀長は苦い口調で呟いて、柳也を見た。

 この暴れん坊参謀は、特にスピリット差別主義者というわけではないが、人並みに異界からやって来た怪物や妖精のことを嫌っている。今回の作戦を立案したのがエトランジェだと知って、内心、かなり不満に思っているらしかった。

「例の作戦はまずSTF が実施し、続けて三〇二、三〇一の順番で、各スピリット大隊に適宜行ってもらいます。程よく敵戦力を壊滅したところで、残る部隊に攻撃開始の合図を送ってもらうことになるが……」

「その役目は、俺が」

 STF隊長の悠人が言った。彼は隣の席に座る柳也を見た。

「俺が無理な時は、柳也がエーテル照明弾を打ち上げます」

「よろしい。……作戦手順の確認は以上ですが、何か質問は?」

 ヴェルナー参謀総長は居並ぶ戦士達の顔を見回した。

 誰からも挙手がないことを認めて、彼はラキオス王に目配せした。

 国王は頷いて、居並ぶ将帥を見回し、朗々たる声で言い放った。

「では、作戦は予定通りに行うとしよう。宿敵バーンライトとの戦いもいよいよ中盤戦じゃ。みな、よしなに頼むぞ」

 

 

――同日、朝。
 
 

 指揮官クラスの間で最後のブリーフィングが行われて数分後、悠人と柳也は会議の結果を伝えるためSTF のメンバーを集めた。

「オペレーション・ゴモラに変更はなし。作戦は、定刻通り始める予定だ」

 柳也はつい先刻の軍議で決定した事項を事務的に述べていった。

「偵察隊の結果が鍵だ。敵の動向次第で、“例の戦術”を実施するか否かを決める。

 ……もう一度確認しておくが、どう転ぶにせよ、奇襲同然のオペレーション・スレッジハンマーと違って、今回は長期戦になる可能性がある。戦場のような混乱した状況下では、あれがない、これがない、という事態が起こりがちだ。長期戦の場合は、それが致命的なダメージになりかねない。全員、装備に不備がないか、後でもう一度だけ確認しておけよ?」

 柳也はそう言って仲間達の顔を見回した。

 『フルメタル・ジャケット』のハートマン軍曹を意識して厳しい表情を浮かべたつもりだったが、ネリーと目が合った瞬間、ぷっ、と噴き出されてしまった。どうやらかなり面白い顔をしていたらしい。

 柳也は空咳を一つし、気を取り直して口を開いた。

「“例の戦術”を取る場合、俺達STF は一番手となる。その際、俺達の第一目標は敵防衛戦力……特に、スピリット隊の撃破だ。第二目標は敵の撹乱、第三目標は敵司令部の制圧だ。他の重要施設の制圧は、第四目標以下となる」

「“例の戦術”を取る場合、今回の戦闘では乱戦が予想される」

 柳也の言葉を、悠人が継いだ。

「絶対に俺か、柳也を見失うな。もし、見失った時は自分の命を第一に考えて行動してくれ」

「…………」

 自分の命を最優先に考えて行動してほしい。

 命令ではなく、そう願った悠人の言葉に、一瞬、エスペリアが渋面を作った。曇りがかった紺碧の瞳に、厳しい眼差しが宿っている。

 柳也はそれに気付かないふりをしつつ、「悠人の言う通りだ」と、彼の考えを支持した。

「スピリットは戦場で散るのが運命だなんて、考えるんじゃねぇぞ? 生きろ。生きてりゃ腹いっぱい飯が食えるし、酒も飲める。生きてさえいれば、いくらだって楽しいことが出来る。それに、軍としても死んだ兵士より、生きている兵士の方が有り難い」

 人間は経験によって成長する。失敗を重ねる度に、人は強くなる。たとえ一敗地にまみれたとしても、経験を持った軍人というのは貴重だ。

 第二次世界大戦の緒戦、欧州諸国及び英仏軍は、ドイツ軍の怒涛の猛攻を前に敗北を重ね、ついにユーラシア大陸から追い出されてしまうこととなった。その際、多くの軍人が復讐の執念を胸に抱いたまま、イギリスへと渡った。彼らの持つ敗北の経験が、後の大陸反攻作戦の原動力となった。

「“例の戦術”を取る場合、俺達を支援してくれるのは、リーザリオ方面軍出身の三〇二スピリット大隊になる予定だ」

「セシリア達の部隊だね」

 ネリーが笑いながら言った。隣のシアーも嬉しそうに微笑んでいる。

 ここにいる十人のうち、柳也と二人の青スピリットの姉妹は、エルスサーオに立ち寄った際、三〇二スピリット大隊の面々に世話になったことがある。

「アイシャ隊長達が手伝ってくれるんだったら百人力だよ! 絶対成功させようね」

「ね」

 握り拳を作って「おー!」と、ネリーは気合を入れる。

 そんな彼女を微笑ましげに見ながら、柳也はふと、ハリオンを流し見た。すると、彼女の方もこちらを見ていたらしく、目が合った。

 視線を絡め合うこと僅かに一瞬、互いに、莞爾と笑みを浮かべる。

 あの晩、リーザリオでハリオンを初めて抱いて以来、柳也は毎夜彼女の部屋を訪ねていた。といっても、肉体関係に及んだことは一度もない。行為に及んだのは、あの晩だけだ。

 ハリオンの部屋で、ハリオンの淹れてくれた茶を飲み、他愛もない話に花を咲かせ、それに飽きると一緒のベッドに潜り込み、そのまま眠る。そんな夜を何度も繰り返していた。

 その間に、ハリオンの肌に手を伸ばそうとしたのは一度や二度ではなかった。実際に指で触れたことも何度かあった。柳也はそれだけで満足した。彼女と一緒のベッドで寝ているだけで、未知の不安から逃れることが出来た。

 あの青い右手について、考えない夜はなかった。考えたところで答えなど出やしない。意味のない行為、エネルギーの無駄遣いだとは自覚していたが、それでも、どうしても考えてしまう。しかしそんな夜も、ハリオンが側にいてくれれば安心して過ごすことが出来た。

 ――マザコンなのかもしれないな。

 ハリオンの、にこにこ、とした顔を見ながら、柳也は考えた。

 幼い頃に両親を一度に失くした彼は、父性にも母性にも飢えているという自覚がある。そしてハリオンは豊かな母性を持った女性だ。その母性に、自分は惹かれたのかもしれない。

 ――リリィに対して、これは浮気になるんだろうか?

 ふと、いまはサモドアの王城に軟禁状態にある彼女のことを思い出し、柳也は苦笑した。

 リリィからは、はっきりとした形で「好き」と言われたことはないし、自分も彼女に恋愛感情を抱いているという自覚は薄い。悠人などは、自分と彼女の関係を恋人同士と思っているらしいが、柳也にその自覚はない。かといって、身体だけの付き合いかといえば、それとも違うように思う。少なくとも、セックス・フレンドではない。普通の友達でもないだろうが。

 改めて考えてみると、自分とリリィの関係は、言葉は形容しにくい、不思議な関係だと気付かされる。

 ところで、そんな関係の自分達だが、あの晩、図らずもハリオンを抱いてしまったことは、浮気となるのだろうか……?

【浮気だな】

【浮気ですね】

 ――……やっぱり?

【いや、主にその自覚がなくとも、あの女の方が恋人関係にある、と思っている可能性があるゆえな。我の見立てでは、おそらく、あの女は主のことを好いている。あの女の方からしてみれば、あの晩の主の行為は浮気であろう】

【二重の意味で不本意ですが、駄剣と同意見です。…………チクショー。あの女めぇ。わたしのご主人様に色目使いやがってェ……】

 ――これこれ〈戦友〉さんや、思っていることダダ漏れだから。

 柳也は苦笑をこぼしつつ、左手の腕時計に目線を落とした。午前八時二〇分。そろそろ出立の準備を始めるべきだろう。

「悠人、そろそろテント畳もうぜ」

「そうだな。じゃあみんな、手分けして作業してくれ」

 悠人の言葉に、オルファ、ネリー、シアーといったスピリット隊の年少組が元気良く返事をした。

 

 

――同日、朝。
 
 

 リモドア防衛の任に就くバーンライト王国軍第二軍が、同都市の西方五キロメートルに布陣するラキオス軍の存在を発見したのは、夜明けとほぼ同時のことだった。

 リーザリオの陥落後、第二軍は都市周辺の哨戒任務を以前よりも活発に、広範囲に渡って行っていた。

 リーザリオが陥落したいま、いつリモドア侵攻を企図するラキオスの大軍がやって来るか分からない。そして戦闘というものは先手を握った方が断然有利だ。そのためには、より早く敵を発見し、敵の意図を見破る必要がある。そうして広げた哨戒網の目に、ラキオスの大軍が引っかかったのだった。

 その戦力、人間の兵士が約五〇〇、スピリットが約七〇。

 これらの兵力が一箇所に集結したその様子は、偵察に出た兵士達の肝を震え上がらせた。

 斥候からの報告を受けたナルセス・タギネー第二軍司令も、執務室で一人肝を震わせていた。

「早すぎる……!」

と、ナルセス将軍はかたわらの副官にぼやいた。

 リーザリオを陥落させたラキオス軍が、同地を橋頭堡にして次にこのリモドアを狙ってくることは分かっていた。しかしナルセス将軍は、それにはもっと時間がかかると踏んでいた。少なくとも一ヶ月はかかるに違いない、と。その間に、自分達はリモドアの防備を固め、時間を稼げばよいと、考えていた。

 リーザリオを脱出した第三軍の残存兵力がリモドアに到着したその翌々日、王都サモドアからナルセス将軍宛に、一通の密書が届けられた。

 それは国王直筆の文書で、現在、王都の第一軍が企図している迅雷作戦に関するものだった。

 サモドア山道の門を開け、山脈を通ってラキオスの領土を叩く。そのための陽動作戦として、第二軍は第三軍の残存兵力を取り込んだ上で敵軍をリモドア方面に貼り付けてほしい。第一軍の作戦が成功するまで、時間稼ぎをしてほしい。

 なにより国王に忠実なナルセス将軍は、密書の内容を至上の命題とした。老朽化しつつあったリモドア砦の防御施設の復旧に努めた。作業は急ピッチで進められ、二ヶ月もあれば、リモドアはラキオスがどんな大軍を投入しようと半年は戦える要塞になるはずだった。

 しかし、ラキオス軍の動きはあまりに速すぎた。

 彼らは僅か二週間足らずでリーザリオ砦に前線基地としての機能を復活させてしまった。

 のみならず、今日、リモドア攻略のため部隊を動かした。

 ラキオス軍のこの迅速な行動に対して、我が方はいまだリモドアの要塞化作業を終えていなかった。守りの要となる城壁の補修さえ完全には終わっていなかった。

 敵軍発見の報を聞いたナルセスは、直ちに全部隊に厳戒態勢を敷いた。

 全兵士に武器を取らせ、一斉にあらかじめ決めておいた持ち場に着かせた。初等訓練の終わっていない弱兵のスピリット一二体までもを、念のため兵舎に待機させた。

 ナルセス将軍は決断を迫られた。

 選択肢は二つ。

 陣を敷いたばかりのところを狙ってこちらから攻め込むか。

それとも、国王の命令通り城に立て篭もって時間を稼ぐか。

 リーザリオでトティラ将軍が決断した、逃げるという考えは、ナルセス将軍の頭の中に存在しなかった。

 手持ちの戦力は人間の兵が六〇〇と、スピリットが二五(青八、赤一二、緑五)。なおこの中に、初等訓練の終わっていない弱兵は含まれていない。人間の兵士こそ僅かに勝っているが、スピリット戦力では大きく負けていた。

 どちらの選択肢を選ぶにせよ、大軍に対してあまりにも心許ない戦力だった。

 ――せめて、トティラ将軍の考えたように、第一軍の戦力がこの場にいれば……。

 サモドアの第一軍は山岳大隊も含めると四〇のスピリットを擁している。それだけのスピリットがこの場にいれば、質はともかく、数の上では敵軍と互角になる。

 しかし、その第一軍はこの場にはいない。

 ナルセスが敬愛してやまない、他ならぬ国王の決定によって、トティラ将軍の戦略案は却下されてしまった。

 ナルセス将軍は悩んだ。

 悩みに悩みぬいた。

 しかし敵軍は、彼の苦悩の時間を奪った。

 一人の通信兵が執務室に駆け込んでくると、「敵軍が動き出しました!」と、ナルセスに伝えた。

 ラキオス軍の動きはあまりに速すぎた。

 ナルセス将軍は頭を抱えながら、苦悶に満ちた声で言った。

「全軍に通達せよ。これよりリモドア第二軍は、篭城戦の構えに入る」

 

 

――同日、昼。
 
 

 聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、緑、いつつの日。

 桜坂柳也の左手に巻かれたジンのミリタリー・ウォッチが午前九時半を示した頃。

 リモドアの西方五キロメートルに布陣していたラキオス軍は、陣を畳んで同都市を目指して進軍を開始した。

 と同時に、エルスサーオ方面軍出身の三〇一スピリット大隊から青スピリット四体と黒スピリット四体から編成された四個小隊が、偵察飛行のため飛び立った。

 彼女らの任務は、無論リモドアを防衛する第二軍の詳しい状況を知ることにある。

 それぞれ青と黒のスピリットが一名ずつの四個小隊は、散開してリモドア上空へと向かった。速力は時速二五〇キロ。

 青スピリットも黒スピリットも、その気になればもっと高速を出せたが、それだとスタミナが保たない。現代の戦闘機も、マッハ二とか、三とかを出す時は、燃料をドカ食いするためあっという間に航続力がなくなってしまう。

 偵察隊がリモドアの上空に差し掛かると、早速、敵の迎撃に遭った。

 青スピリットが八体、高度を取って襲い掛かってきた。そのうちの半数は外人部隊のスピリットらしく、他の者とは動きが明らかに違っていた。

 正確な情報は時に戦闘の趨勢そのものを左右する。

 ラキオスのスピリットも、バーンライトのスピリットも、逃しはしない、もっと正確な情報を、と必死に戦った。

 いくつもの閃光が空中で繚乱し、一人、二人と、数をすり減らしていく。

 偵察飛行隊と迎撃飛行隊との戦闘では、回復役の緑スピリットがいないため、互いに消耗が激しい。

「……もういいだろう」

 偵察飛行隊四個小隊の指揮を任されていた青スピリットが、帰還の判断を下した。

 この時点で、ラキオス側の戦力は青が三、黒が二。

 対するバーンライトの青スピリットは六体残っていた。

 バーンライトの迎撃部隊は、情報流出は何としても防がねばと、逃げるラキオス軍に追撃を仕掛けた。

 その結果、青スピリット一人の撃破に成功したが、こちらも一人を消滅させられた。外人部隊のスピリットだった。

 

 

 午前九時五〇分、敵の追撃を逃れた偵察隊が、本隊のもとに戻ってきた。

「敵は篭城戦の構えで、こちらを迎撃する腹積もりのようです」

 部下のスピリットの報告を受けたズカサマ・ベワカ大隊長は、ラキオス王に言った。

 ラキオス王はかたわらにいた騎士セラス・セッカを見た。今回の作戦では、セラスは国王親衛隊の一人として組み込まれていた。

「先頭を行くSTF 隊に伝達せよ。オペレーション・ゴモラのセカンド・プランを実行せよ」

「かしこまりました、陛下」

 完全武装のセラスはマントを翩翻と翻すや、ウラヌス号に跨り手綱を握った。

 ウラヌス号の俊足は相変わらずだ。重装備に身を固めたセラスを乗せた状態で、あっという間に先頭の柳也達と合流した。

「サムライ」

「セッカ殿、先ほど偵察飛行隊が帰還したようだったが……陛下は何と?」

「お前にとっては朗報だ。敵は篭城戦の構えを取っているらしい。オペレーション・ゴモラは、“例の戦術”でいくそうだ」

「了解した。……悠人、聞いたな?」

 柳也はかたわらの悠人を見た。

 STF の隊長は頷くと、みなに言った。

「“例の戦術”を使う。エスペリア、三〇二スピリット大隊と連絡を取ってくれ」

「かしこまりました」

「私の後ろに乗れ。歩いていくよりも、ウラヌスの方が早い」

 駿馬ウラヌス号のスピードは、時として下手なスピリットの戦闘機動速度を上回る。

 エスペリアは粛と頷いて、ウラヌス号の背中に跨った。

 スピリットを後ろに乗せるセラスに、抵抗や嫌悪感はなかった。エスペリアは彼の正体を知る数少ない人間の一人だったし、セラス自身、最近はスピリットへの差別意識が薄れつつある。遠慮は無用だった。

「ハッ」

 セラスはウラヌス号の腹を蹴った。

 午前一〇時、平野を突き進むラキオス軍は、リモドアまであと二・五キロの地点に差し掛かっていた。

 そんな時、大軍の鋒矢となって行軍を続けるSTF の元に、エスペリアと、三〇二スピリット大隊の青、黒スピリット五名が合流した。その中には、セシリアの顔もあった。

「えっへへ〜……リュウヤさまと一緒♪ リュウヤさまと一緒♪」

「……そういえばセシリアと一緒の任務に就くのは初めてだったか。スレッジハンマー作戦の時は、基本的に別行動だったし」

 にこにこと上機嫌なセシリアに、柳也は手を叩いて言った。

 その背後では、対照的に不機嫌そうな様子のネリーが、頬を膨らませてこちらを睨んでいる。

 じっとり、とした視線を背中に感じながら、「今日はよろしく頼む」と、柳也は彼女に握手を求めた。

 握手に応じたセシリアの微笑みは、きらきら、と輝くようで、とても魅力的だった。

【ご主人様、また浮気ですか?】

 ――うるさい。美人と握手して喜ばないような奴は、男じゃないやい。

 唐突に頭の中に響いた〈戦友〉の不満げな声に答えて、柳也は小さな手を力強く握った。

 

 

 柳也の腕時計が、午前一〇時一〇分を示した時、ラキオス軍はリモドアの西方二キロメートルまで肉迫していた。

 篭城戦の構えを取る第二軍の兵達は、城壁の上より弓矢を構え、投石装置を構えた。

 またスピリット達も、いつ敵の本格的な襲撃があってもすぐ迎撃に出られるよう、城門の側に待機していた。

 そんな緊迫した状況の中、物見櫓にて敵の動向を監視する兵の一人が、ラキオス陣中より空へと飛び立つ九つの黒点を発見した。

 監視員の報告は直ちに伝令の通信兵に伝えられ、ナルセス将軍のもとにも連絡された。

「敵のスピリットが飛び立った? こんなに接近した状況下で、また偵察隊を出したというのか?」

 ナルセス将軍は怪訝な面持ちで、報告の内容を吟味した。

 なるほど、情報というものは旬の食材と一緒で、より新鮮な方が喜ばしい。その意味では、繰り返し偵察隊を飛ばすのも理解出来る。

 しかし、こうも両軍の距離が狭まった状態で偵察隊を出すことに何の意味があるのか?

 あとは両軍が激突し、鎬を削るのを待つばかりだというのに……。

 ナルセス将軍の疑問は、また同時にバーンライト第二軍全将兵、全スピリット達の疑問でもあった。

 困惑は、敵の青や黒のスピリットが近付くにつれて、さらに増していった。

 敵の飛行隊のうち、六体のスピリットは両腕に荷物を抱えていた。それは人間だった。赤と緑のスピリットが二人ずつ。そして、人間の男が二人。青スピリットは七人、黒スピリットは二人いた。

 ラキオス王国軍伝統の龍の紋章を刻んだ陣羽織を羽織った男が、自分を抱きかかえている青スピリットに何やら指示を飛ばしている。

 ラキオスのスピリット達は地上一〇〇メートルの低高度を保ちながら、リモドア上空へと至った。

 敵の意図はいまだに不明。しかし、とにもかくにも上空にやって来た敵を迎撃しなければ。

 青スピリットがウィング・ハイロゥを広げ、赤スピリットが神剣魔法の詠唱を始める。

 その時、ポケットのたくさん付いたオリーブ・ドラブの奇妙なジャケットを着た男の方が、大声を発した。

「悠人、いまだ! パラ・トルーパー降下開始!」

「分かった。オペレーション・ゴモラ、セカンド・プラン、ゴー!」

 二人の男の声が天空で爆ぜた次の瞬間、九体のスピリットは一気に急降下を開始した。

 高度二〇メートルに至った時、荷物を抱えていたスピリット達が、ぱっ、と両手を離した。城壁の内側へと、荷物を投げ入れる。

 それまでお荷物扱いされていた四人のスピリットと二人の男は、重力に従って降下を開始した。

 秒と掛からず地面に辿り着く。そこは、スピリット用の野外訓練場だった。

 さらに、上空からも手ぶらの青スピリットが三人と、黒スピリットが降りてきた。

 上空には、青スピリットが四人と、黒スピリットが一人。手荷物をリリースした途端、高度を取って、リモドア上空を旋回している。

 オリーブ・ドラブの服を着た男が、人差し指と中指を立てて上空に向け合図を送った。

 上空を旋回する五人のスピリット達は、たちまち飛び去っていった。

 その光景を見ていた第二軍の将兵スピリット達は、誰もが呆気に取られ、言葉を失っていた。

 従来までの常識が一気に崩れ、驚愕と、ほんの僅かな感動が、軍人達の胸には生じた。

 まさか。いや、こんなことがありえるのだろうか!?

 こんな戦術は見たことも聞いたこともない。城壁を無視して空から降下、ピン・ポイントに、こちらの弱点を衝いてくるなんて……!

 午前一〇時一五分。ラキオス王国軍はオペレーション・ゴモラのセカンド・プラン……空挺降下作戦を成功させた。

 敵は、空からやって来た。

 かつてない、まったく新しい戦術との遭遇に、有限世界の軍人達はみな一瞬、狐につままれたような顔をした。

 最初に冷静さを取り戻したのは元第三軍の兵士達で、次にスピリット達だった。

 先の防空戦で二二人にまで磨り減ったスピリット達は、野外訓練場へ九人三個小隊を差し向けることにした。

 その結果、正面より攻めてくる大軍に対する、防衛力は激減した。

 

 

 ――上手くいったか。

 部隊の全員が無事降下に成功したことを確認して、オペレーション・ゴモラの発案者、桜坂柳也は安堵の息をこぼした。

 有限世界には青と黒のスピリットという立派な航空戦力がありながら、いまだ爆撃や空挺降下といった戦術が登場していない。

 過日のリーザリオで、リモドア攻略作戦のネタがないかラキオス王に訊ねられた柳也は、この点に注目した。ここで初めてラキオスが空挺作戦を実施すれば、奇襲となる可能性は極めて高い、と考え、オペレーション・ゴモラを提案した。

 その時は胸を張って国王に進言した柳也だったが、その実、やはり不安は隠せなかった。

 なにしろ、有限世界初の空挺降下だ。

 しかも、訓練を含む準備期間は実質三日しかなかった。文字通りぶっつけ本番の作戦で、何人かは足を折ってもおかしくない状況だった。

 そもそも柳也自身、空挺降下の経験はない。ファンタズマゴリアにやって来た時は空から落ちたが、あれは自分の意思ではない。今回は自分の意思で、ジャンプすることになる。

 空挺降下は通常、四〇〇とか五〇〇とかの高度から飛び降りる。落下傘……パラシュートがあればこそ可能な高度だが、有限世界にそんな便利な道具はない。ゆえに降下は高度二〇メートルという超低空にならざるをえず、この高度は敵の迎撃激しく、また降下時間が短いため姿勢の制御が難しく、着地の際には大きな危険を伴った。

 スカイ・ダイビングなどでパラシュートが開かなかった場合、地面に激突するまでに到達するスピードは時速二〇〇キロにも達する。これははるかに高い高度から落ちての話だが、このスピードで地面に叩きつけられると、骨という骨はすべて砕け、衝撃で歯すら粉々になる。

 人間よりはいくらか頑丈なスピリットとエトランジェだが、今回の作戦でもそうなる可能性は少なからずあった。

 着地の際の衝撃を和らげるバリアやシールドを張るタイミングがコンマ一秒遅れれば、その瞬間、マナの霧になってしまったことだろう。

 これだけのリスクを抱えながら実施した空挺降下作戦は、しかし、柳也の懸念を見事に覆し、成功した。

「……最高だよ、お前らは」

 柳也は低く呟いて、肩を並べ合った戦友達の顔を見回した。

 こんなにも凄い連中と、自分は同じ部隊にいる。こんなにも素晴らしい仲間達と、ともに戦える。

 そのことが嬉しくて、嬉しくて、仕方がなかった。

 悠人が点呼を行い、全員の無事を確認した。

 その直後、STF でも最高の探知能力を持ったアセリアが、敵の接近に気が付いた。

「……ん。西の方角から敵、来る」

「アセリア、相手は何人?」

 ダブルセイバーの〈赤光〉を中段に構えて、ヒミカが言った。

 他のみなも、すでに戦闘態勢を整えている。

 柳也も同田貫を鞘から抜き放ち、刀身に〈決意〉を寄生、正眼に構えた。

「九人。青が二、赤が四、緑が三!」

「悠人、STF 副隊長の立場から意見具申する。俺と、オルファとヒミカの神剣魔法で、先制攻撃を仕掛けたい。ファースト・ストライクで、戦いの主導権を掌握する」

「先制攻撃には俺も賛成だけど……」

 悠人は怪訝な表情を浮かべた。

「オルファと、ヒミカは分かるけど、柳也に攻撃用の神剣魔法なんて、あったか?」

「おいおい、スタン・グレネードは立派な攻撃魔法だぜ?」

 柳也は苦笑を浮かべた。強烈な閃光と轟音で相手の視覚と聴覚を奪うスタン・グレネードは、それ自体に殺傷能力がない分、なるほど、攻撃魔法とは結びつきにくいかもしれない。だが、あれはれっきとした攻撃魔法だ。

「それに、俺にはもう一つ、直接相手を打撃可能な攻撃魔法があるだろう?」

 柳也はニヤリと笑った。

「オペレーション・スレッジハンマーの第二段階で、アイリスとの戦いの最中に、新しく目覚めた、あの能力だ」

 アイス・ブラスター。掌に集めたマナをレーザービームのように撃ち出す柳也の神剣魔法だ。掌勢に集めた僅かなマナを増幅し、一点に集束することで巨大なエネルギーの奔流として発射するのも、レーザーと似ている。但し、通常のレーザービームと違い、アイス・ブラスターの光線には熱が伴わない。そればかりか、アイス・ブラスターはマイナス一五〇度の超低温を以ってして、対象のエネルギーを奪うのだ。まさに永遠神剣という超常の存在が可能とする、超常の現象だった。

「あのアイス・ブラスターなら、俺も射撃に参加出来る」

「……いいのか? だって、その技は……」

 悠人はその先に続ける言葉を飲み込んだ。

 アイス・ブラスターは確かに強力かつ有用な神剣魔法だ。

 しかし、その力は柳也から忌まわしい記憶を呼び起こすことになる。

 あの異形の右手の恐怖を、喚起させることになる。

 沈痛な面持ちで自分を見つめる悠人に、柳也はかぶりを振った。

「大丈夫、俺は平気だ。……いや、平気ではないが」

 柳也は苦笑を浮かべて頬を掻き、それから、ハリオンを見た。

「色々あってな。恐怖と付き合っていく覚悟は、もう決めたんだ」

 あの晩、ハリオンは言った。自分が、彼女達の優しさに溺れそうになった時は、引っ叩いてでも喝を入れてやる、と。もし、己の心が弱さに負けそうになった時は、自分達が支えてくれる、と。彼女はあの晩、言ってくれたのだ。

 そんなハリオンに……いや、自分を頼ってくれる仲間達に、あまり情けない姿は見せられない。

 柳也は同田貫の柄から右手を離すと、その腕を前へと突き出した。

 自然に開かれた五本の指。ヤスデの葉のような掌から、水色の光芒が溢れた。

「世界の門番たる龍の骨肉の所持者として命ずる。マナよ、すべての力を無とせよ。凍れる光の槍となり、すべて凍てつかせろ」

 柳也の掌の中に、パチンコ玉大の青い光球が出現した。熱は感じなかった。むしろ、物凄い勢いで周囲の空間からエネルギーを奪う凍気さえ感じられた。最初、パチンコ玉程度の大きさだった水色の光球は、空間からエネルギーを奪うごとに急速に成長していき、やがて、ゴルフボールくらいの大きさになった。

 すでにヒミカとオルファは、呪文詠唱を完結させ、マナの操作も終わっていた。

 銃に例えれば、弾込めをし、安全装置を解除し、撃鉄を起こして、あとはトリガーを引くだけの状態だ。

 柳也は悠人の目を、じっ、と見つめた。

 悠人は、「分かった。……頼む」と、莞爾と微笑んだ。

 敵の姿が見えた。

 アセリアの言った通り、敵の数は九人。

 柳也は、オルファは、ヒミカは、同時に、トリガーを引き絞った。

「アイス・ブラスター!」

「「ファイアボールッ!」」

 魔法陣が発動し、炎の砲弾と、凍気の光線が、突撃する敵へと叩き込まれる。

 しかし、敵も事前にこれぐらいの先制攻撃は読んでいたのだろう。神剣魔法が炸裂する直前、敵の三個小隊は、ぱっ、と散開した。大きな魔法を使った直後で隙の大きな自分達を仕留める腹積もりだ。

 先頭を行く青スピリットの袈裟斬りが、柳也に襲い掛かる。

 しかし、その斬撃が柳也の身体を捉えることはなかった。

 柳也の背後にいたハリオンが、彼の正面にアキュレイド・ブロックを展開したからだ。

 障壁に阻まれ、敵の斬撃が一瞬、遅速する。

 その隙を衝いて、左右からネリーとシアーが襲撃者の青スピリットに殺到した。

 膂力だけでなく、神剣の力で強化した全身の運動能力を存分に刀勢に載せた太刀筋が二つ、閃光となって視界を埋め尽くす。

 青スピリットは、柳也の眼前でマナの霧と化した。

 

 

――同日、昼。
 
 

 野外訓練場に殺到した敵のスピリットを全滅させたSTF 隊は、一人の欠員もなく作戦を続行することにした。

 城壁や敵兵に煩わされることなくリモドアに侵入を果たした彼らの最優先任務は、敵の防衛戦力を少しでも削ぎ落とすことにある。次点は敵の撹乱だ。砦内の数箇所に小火を起こすなどして、敵の混乱を誘うのだ。

 STF はいまだ城門に張り付いている敵スピリットを蹴散らすべく移動を開始した。

 さらにSTF が空挺降下を成功させた十分後、リモドアに砦に、三〇二スピリット大隊の妖精達が降下した。その戦力は、青が四、赤が二、緑が三、黒が一の、合計一〇人だ。

 三〇二スピリット大隊もSTF と合流し、城門へと向かった。

 一方、野外訓練場に降下したSTF 迎撃のために戦力のおよそ半分を差し向けたバーンライト第二軍のスピリット達は、敵と戦う出番を失っていた。

 すでにラキオス軍は城門へと肉薄し、城壁の上の兵達は、先鋒を務める敵スピリット四個大隊に対して矢を射かけ、石を投げていた。

 しかし、スピリットの強固な防御に、人間の放つ攻撃が通用するはずもない。シールドを展開していない側面や背面からの射撃ならばまだしも、真正面からではどうしようもなかった。

 やはりスピリットに対してはスピリットをぶつけるのが有限世界における戦闘の定石だ。

 だがしかし、そのために城門を開けることは許されなかった。

 出撃のため城門を開ければ最後、僅か一三人の自分達は敵の四個大隊の前にひともみで潰され、ラキオスの歩兵部隊は開け放たれた門に殺到するだろう。そうなれば、リモドアは終わりだ。

 ゆえに第二軍としてはスピリットをぶつけるわけにもいかず、無意味な攻撃を続けるしかなかった。

 出撃出来ないスピリット達は、不満を募らせた。

 そんな彼女らを、STF と三〇二スピリット大隊は襲撃した。

 半数を倒したとはいえ、敵の戦力は一三人。戦闘は三三人もの神剣士が入り乱れる乱戦となり、城門前の広場は、たちまち黄金の霧が噴出する戦場と化した。

 バーンライトのスピリット達は奮戦した。

 数的な不利をものともせず、ラキオスの二個大隊と互角に戦った。

 青スピリットが攻め、緑スピリットが守り、赤スピリットが援護する。青スピリットは、敵の神剣魔法も無力化する。

 シンプルな戦術だったが、それだけに確実な戦い方で、ラキオスのスピリット達は数の有利にも拘らず苦戦した。

 だが、均衡は長くは続かなかった。

 膠着状態に一石を投じたのは、まず二人のエトランジェ。圧倒的なパワーで敵を切り裂く〈求め〉の悠人と、時に力で、時に技を以って敵を翻弄する守護の双刃の柳也。

 二人のエトランジェの前に敵は徐々に戦力をすり減らし、数もすり減らしていった。

 さらにそこに、空挺降下作戦の第三陣、三〇一スピリット大隊一一人のスピリットが到着した。

 これによりラキオス側の兵力は三一。その頃になると戦力差は三対一以上となり、バーンライト・スピリット部隊の劣勢は明らかとなった。

 第二軍のスピリット達は、僅かに五人が生き残った時点で、四方に逃げ出した。ひとまずこの場は逃亡し、市街に潜伏、機を見てゲリラ戦を挑むしか他にない、と彼女らは判断した。

 最大の脅威だった敵スピリット部隊の壊滅を認めた悠人達は、エーテル照明弾を上空に打ち上げるとともに、城門の鍵を内側から開錠。

 それにより、リモドアには一気にラキオス軍が雪崩れ込んだ。

 第二軍の人間の兵士達はなおも抵抗を続けたが、スピリット部隊が壊滅した時点で、その抵抗は消極的なものになっていた。

 午前一一時四〇分

 最初の戦闘から僅かに二時間後。

 ラキオス王はそのままリリアナやセラスといった衛兵に護衛されながら、リモドア砦の司令部へと足を運んだ。ナルセス司令は、苦悶の表情を浮かべたまま、降伏文書に調印した。

 かくして、リモドアは陥落した。

 ここまでの戦闘でのラキオス軍側の損害は、
 

 人間の兵士……死亡ゼロ、負傷二三名。

 スピリット……消滅七体(青三体、緑二体、黒一体)。

 STF から消滅の損害はなく、また三〇二大隊のアイシャ、セシリアも無事だった。

 他方、バーンライト側の損害は、

 人間の兵士……死亡ゼロ、負傷六二。

 スピリット……消滅二〇体(青六体、赤一〇体、緑四体)。
 

 ラキオスは作戦の目的を達成し、戦闘でも勝利を収めた。

 大勝利と言っても過言ではない、快勝だった。

 午前一二時、ラキオス王は残存する第二軍の兵士達に武装解除を呼びかけた。

 と同時に、STF に対して、市街に逃げ込んだスピリット達の掃討を命令した。

 

 

 逃げ延びた敵スピリットを掃討せよ、とラキオス王は言った。

 とはいえ、いくら有限世界の都市が現代世界のそれと比べて小型といっても、街一つというのは範囲が広い。

 STF 隊はグループを二つに分けて、捜索・掃討を行うことにした。

 すなわち、悠人、アセリア、エスペリア、オルファの四人からなるAグループ。

 柳也、ネリー、シアー、ヒミカ、ハリオン、ヘリオンの六人からなるBグループの二組だ。

 悠人達のAグループは主に街の北側を担当して捜索を行った。

 その結果、Aグループは赤のスピリット一人と遭遇。戦闘となった。

 戦いは質と数の両方で勝る悠人達の圧勝だった。

 最終的なトドメは悠人が刺し、そのマナは、〈求め〉の刀身に吸い込まれた。

「ハァハァハァ……くっ」

 悠人は浅い呼吸を何度も繰り返した後、額に浮かんだ脂汗を拭った。

 緊張状態の連続に、疲労の極致だった。

 〈求め〉を大地に突き立て体重を預ける。そうでもしないと立っていることすらままならなかった。

「…………ん。あつい、のか?」

 冷や汗を流している悠人の姿を見て、アセリアは訊ねた。

 こちらはどこまでも涼しげな表情だ。汗一つかいていなかった。

 アクアマリンの原石を溶かした瞳には、僅かに気遣いらしい感情が窺える。どうやら心底、悠人が暑さからまいっていると思っているらしい。

 たしかに、シーレの月は現代世界でいえば十月に相当する。まだまだ暑い時分には違いないが

「暑いか、それだといいんだけどな……冷や汗ってヤツだよ」

 悠人は自嘲気味に笑った。

 冷や汗による体温の低下とは別な震えが、手足から取れない。戦っている最中のことを思い出すと、怖くて、怖くて、たまらなかった。

「アセリアは、恐くないのか? 戦うのが」

「こわい……?」

 質問をぶつけられたアセリアは、表情一つ変えなかった。

 ただ一瞬だけ、目が泳いだ。

 しばしの間を挟み、下した結論は、

「……ん、わからない」

と、ひどく拍子抜けするものだった。

 これが別な人間であれば、からかっているのか、と腹も立つだろうが、相手はアセリアだ。きっと、真実そう思っているに違いない。

「正直言って、俺は怖い。殺されることが……それに、殺すことも……」

 佳織を守るために、人を殺す。

 最愛の妹の命のために、誰かの命を奪う。

 はたして、それは許されることなのだろうか。

 どんな大義名分を掲げたところで、所詮、自分のやっていることは人殺しではないのか。むしろ佳織のことを言い訳にして、罪の意識から逃れようとしている分、自分は最悪の人間ではあるまいか。

「…………」

 自問。

 言葉の出ない悠人を、アセリアは不思議そうに見つめていた。

 

 

 掃討作業は夕刻になっても続けられた。

 これまでに倒した敵のスピリットは四人。

 あと一人、街のどこかに潜伏しているはずだった。

「これはアセリアの探知能力が頼りだな」

 一度合流し、情報を交換し合った柳也は、そう言って頼もしげにアセリアを見た。

 その三〇分後、柳也の頼るアセリアの気配探知能力は、本物であることが証明された。

 リモドアを守る最後のスピリットを、市街地の南側で発見したのだ。

 その場にいた悠人とアセリアは、早速戦闘に突入した。

 そして――――――

「ん……とどめ!」

 かつてリモドアを守っていた第二軍最後のスピリットに、アセリアは〈存在〉の刃を突き立てた。

 敵の赤スピリットの身体から力が抜け、次第にその身は金色のマナの霧へと化していく。

 金色の輝きはアセリアの顔を照らし、やがて〈存在〉の刀身へと吸い込まれていった。

 スピリット同士の超絶的な力がぶつかり合い、戦闘のあった一角は廃墟のようになってしまっていた。

「………ふぅ」

 疲労した溜め息。

 アセリアは血と、死体と、金色の光に包まれた世界の中央に立ち、溜め息を漏らしながら天を仰いだ。

 さながらそれは、一枚看板を務める役者が舞台の中央に立ち、スポット・ライトを一身に浴びているかのようだった。

 その光景を見る者はその姿に圧倒され、ついで魅了され、言葉を失い、感動を覚え、そして一抹の寂寥感を覚える。

 悠人もまた、その一人だった。

 感情の込められていないアセリアの所作が、何を示しているのか彼には分からない。

 なぜ、天を仰ぐのか。天には何があるのか。

 傷一つなく、返り血も浴びていない純白の服と、長い、蒼い髪が風にそよいでいた。

 ――今回の戦いは勝てた。でも、次は……?

 いつまで戦い続ければいいのか。アセリアに倣って空を見上げる。

 暗雲から差し込む金色の光が、眩しかった。

「…………ん?」

 ふと、じっ、とこちらを見ているアセリアと目が合った。

「ん? なんだ? アセリア」

「……なんでもない……」

 アセリアは少し間を置いて、いつものように無感動で冷たい声を紡いだ。

「あ、ああ。そうか」

 悠人はややどもりながら頷いた。

 そして、こうも思い直す。

 まあいい。今日は生き残れた。とりあえずは、それを喜ぶことにしよう。

「………ん。いく」

 アセリアはぼんやりとしていた悠人を差し置いて、ひとり、すたすたと歩いていった。

 

 

――同日、夜。
 
 

 占領したリモドアの施設は、リーザリオの時のように敵が焦土作戦を実施しなかったため、そのまま無傷で利用することが出来た。

 STF はかつて第二軍スピリット隊が利用していた詰め所を仮の宿として運用することを許された。バーンライト王国軍の詰め所は、ラキオスのそれと比べると、台所の規模や浴室設備の有無など、質の面でだいぶ劣っていた。ただ部屋数は多いし、なによりベッドがある。天幕生活に比べれば、そこでの暮らしは快適だった。

 午後一〇時。

 詰め所の食堂には悠人と柳也、そしてエスペリアの姿があった。

 他のスピリット達はいない。昼間からの戦闘で疲れている彼女らは、今頃ベッドで、ぐっすり、休んでいることだろう。

 テーブルの上には、茶菓子とティーカップの他に、バーンライト国内の詳細な白地図が広げられていた。

 三人は今後の戦いについて意見を交わしていた。

「リモドアが陥落したいま、バーンライトは王都サモドアの防御を固めているようです。情報部によれば、残存戦力は第一軍のみで、そのスピリット戦力は約四〇だそうです」

「ここは敵の態勢が整わないうちに、一気に攻め落としたいところだな」

 エスペリアの歓迎出来る報告に、柳也は好戦的に唇を歪めた。

「幸い、リモドアからサモドアまでは近い。街道を使って、人間の足で二日かそこらだ。勿論、敵の妨害がないこと前提だが」

「問題は第一軍の最精鋭といわれる山岳大隊ですが……」

「それだけじゃない。今回の戦闘では、アイリスやオディールの姿が見られなかった」

 柳也は難しい顔で言った。

 リーザリオで再戦を誓ったアイリスとは、此度の戦闘では一度として遭遇しなかった。他の部隊がアイリスらしき青スピリットと矛を交えたという報告もない。オディールもまた然りだ。

 リーザリオから落ち延びているはずの彼女達の姿がリモドアになかったということは、必然、二人はサモドアにいると思われた。次の戦いは、激戦が予想された。

「おそらく、アイリス達はサモドアにいる。これも大きな脅威だ」

「けど、数ではこっちが上だろ?」

 悠人は真顔で対面に座る柳也を見た。

「必要以上に怖がることもないと思う。勿論、油断は大敵だけどさ」

「……たしかにな。それに、数だけでなく、質の面でも、ラキオス軍はバーンライトにそう遅れを取ってはいない」

 オペレーション・スレッジハンマーと、オペレーション・ゴモラ。二つの作戦を通して柳也が抱いた率直な感想だった。

 ラキオスのスピリットはバーンライトのスピリットに決して劣っていない。むしろ、平時の訓練の賜物で、兵員の質はわが軍の方が勝っているだろう。

 たしかに外人部隊のスピリット達は脅威だが、それとて力量に絶対的な開きがあるわけではない。戦闘の持っていき方次第で十分に対処出来る範囲の実力差だ。

 柳也は悠人を見た。

「あとはラキオス王がいつ進軍を再開するか、だな」

「リュウヤさまのクルセイダーズ・プランも、いよいよ大詰めですね」

「や、一応、あの計画考えたの、対外的には陛下ってことになっているからね? そこんところ、間違えないように」

 柳也は意地の悪い微笑を浮かべたエスペリアに、苦笑を向けた。

 対バーンライト戦略を異世界からやって来たエトランジェが練った、という事実は、公にするには不都合な真実だ。それゆえにクルセイダーズ・プランもラキオス王の草案ということになっていたが、この三人の間では、真相は公然の秘密だった。

 詰め所の戸が叩かれたのは、まさにその時だった。

 エスペリアが応対に出ると、訪問者はセラス・セッカだった。

 昼間の戦と違って軽装の彼は、よほど急いで来たらしく息を切らしていた。

「サムライ! ……それにユート、陛下がお呼びだ。すぐに支度してくれ」

「セッカ殿、いったいどうしたんだ?」

 柳也はセラスに飲みかけの茶が入ったティーカップを差し出しながら言った。白地図と睨みながら長いこと語り合っていたせいで、茶はすっかり温くなってしまっていたが、いまの彼にはちょうど良い温度だろう。

 差し出された茶を有難く飲み干したセラスは、「いいか、落ち着いてよく聞け。先ほど、情報部から伝達されたのだが……」と、前置きして言った。

「バーンライトの工兵部隊が、サモドア山道の門を開放したらしい。バーンライトの目的は、空っぽのラキオスだ!」

 

 

――同日、夜。
 
 

 山道の窪地に吹き込む夜風を一身に感じながら、ファルコ・ゴートは来るべき戦いに向けて密かに闘志を燃やしていた。

 部下達に向けて冷静に指示を下す一方で、その瞳は好戦的にぎらついている。

 ゴートの姓からも分かるように、彼はトティラ将軍の息子だった。山岳大隊に所属する彼は今回の迅雷作戦を知るや真っ先に志願し、父の仇討ちに燃えていた。

 ――見ていてください、父上。

 今回の迅雷作戦でファルコに与えられた任務は、サモドア山脈の中ほどに物資の集積所を築くことだった。

 迅雷作戦の主役は、なんといっても山岳大隊の誇る精鋭スピリット一五体。ダーツィからの外人部隊を六体含む彼女らはみな精強だったが、人間と一緒で、腹が減っては戦は出来ない。最低限の衣食住の保証がなければ、その能力を十全に発揮できないのは道理だった。

 ファルコの任務は彼女達の腹を満たすことであり、彼女らに温かい毛布を提供することだった。

 サモドア山脈は険しい山だ。山道を利用したとしても、ラセリオまでは人間の足で一ヶ月かかる。山道に慣れた山岳大隊のスピリット達でも、一週間は見込む必要があるだろう。その一週間の衣食住を保証してやることが、ファルコ達の任務だった。

 そのためにファルコと、彼の部下達は、山道沿いに一二箇所、物資の集積所を作った。

 複数の集積所を分散して作っておけば、もし何かのアクシデントで一つが使えなくなったとしても、別の場所から物資を取り寄せられる。

 また、補給部隊が随伴するのと違って、道なりに配置することで機動力に優れるスピリット隊の行軍速度を落とさずに済むメリットがあった。

 ――今回の迅雷作戦は、あの忌々しい情報部長官の発案ということだが……。

 迅雷作戦は、サモドア山道を下山した山岳大隊が、防御を固めているラセリオを無視し、王都ラキオスを直接叩くという大胆不敵な作戦だ。いや大胆というよりも、無謀な試みというべきか。

 さすがは情報部長官、考えることが軍人達のひと味もふた味も違う、と揶揄する声は、軍のあらゆるところから上った。

 ――そんなことはどうでもいい。俺はこの迅雷作戦を成功させて、必ずラキオスに一泡吹かせてやるのだ! そして父上の仇を討つのだ。

 ほの暗い憎悪を胸に抱き、ファルコ・ゴートは哄笑を浮かべた。

 バーンライト王国会心の秘策、迅雷作戦が始まった。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、赤、いつつの日、昼。
 
 

 ダーツィ大公国は、神聖サーギオス帝国、マロリガン共和国に次いで広大な国土を持つ、大陸第三位の国家である。

 その興りは、北方の五国がみなそうであるように、聖ヨト暦二五九年の、聖ヨト王国分裂の時期にまで遡る。王位継承権を巡って聖ヨトの四人の王子が争い、その結果王国が分裂した。そのときの混乱期に、真っ先に国家としてまとまり、独立を宣言したのがダーツィだった。時に聖ヨト暦二五九年、スリハの月のこと。

 当時のダーツィは人口一万足らずの小国に過ぎなかったが、分裂の直後で聖ヨト王国旧領のほとんどが右往左往する中、外交と軍事力を巧みに駆使して周辺の村落を併合、急速に領土を拡大していった。国土が広がるにつれてスピリット戦力も充実し、かくして、ダーツィは北方五国最大の国家となったのだった。現在のダーツィの人口は約三〇万。年間の産出マナは、ラキオスの二・五倍にも及んだ。主要産業は製造業。主に、公国西部に位置するアト山脈から採れる鉱物や、バーンライトから輸入される鉄鉱石などを加工して輸出している。

 広大な国土を持つダーツィ大公国だが、他の北方五国と同様、この国もまた、単独では生き残れない国でもあった。

 ダーツィは国土の南三分の一がダスカトロン大砂漠に覆われており、このため、国土面積の巨大さに対して、耕作可能な土地の面積が少なかった。食糧自給率の低さは公国が昔から抱える悩みの一つで、やがて聖ヨト暦三〇六年、“シージスの呪い”と呼ばれる大飢饉の到来により、より深刻な問題となる。

 この年、ダーツィは隣国イースペリア王国との長年の領土問題を解決するべく、軍事力の強化の一環として、アト山脈に棲む守り龍シージスの討伐を計画した。

 公国軍は多大な犠牲を払いながらもシージスを撃破し、守り龍が保有していた大量のマナを獲得した。この戦果に、このとき公国民の多くが諸手を挙げて湧いた。

 ところその後、まるで死んだシージスが呪ったかのごとく、公国全土にかつてない規模の大飢饉が到来した。土地は枯れ、作物は育たず、疫病が流行り、人心は荒れた。トドメとばかりに南部の砂漠化が急速に進み出した。時の大公ケビン・ダーツィは、もはやダーツィ一国ではこの未曾有の危機を乗り切れぬ、と判断、神聖サーギオス帝国に援助を求めた。このときから、ダーツィは親帝国派の国となった。

 当然、バーンライトとも国交は開かれており、かの国には軍事顧問団として外人部隊を派遣しているほどの間柄だった。さしずめ、帝国という父親を持った兄と弟というのが、ダーツィとバーンライトの関係か。

 そのダーツィの公都キロノキロは、王国西部のアト山脈のすぐ東にあった。サモドアやリーザリオと同様、キロノキロもまた、もとはアト山脈より採掘された鉱物資源の集積地として築かれた街だった。それが聖ヨト王国の分裂によって、初代大公バッシャール・ダーツィの活動拠点となった。バッシャール大公がこの地を拠点に選んだのは偶然だった。聖ヨト王国軍の一軍人にすぎなかった彼が、たまたま観光でキロノキロに訪れたときに、四人の王子の対立が決定的となり、王国が分裂した。野心旺盛なバッシャールはこの混乱に乗じてすぐさま行動を開始。手始めに自分の領地としたのが、手近なキロノキロだった。

 以来、キロノキロは公国の公都として機能するようになり、都市の規模は公国領土が増大するにつれて拡張。現在では、人口一〇万人公国最大の都市に成長していた。

 キロノキロを自らの拠点としたバッシャール大公が最初に行った事業は、この地に砦を作ることだった。

 聖ヨト王国分裂の直後、王国の旧領は一〇〇近い勢力に分かれての戦国時代を迎えた。キロノキロを我が物としたからといって、安心は出来ない。いつ、隣接する勢力が攻めてくるか分からぬ状況で、戦のための施設を築くのは当然の備えだった。

 このときに築かれた砦が前身となったキロノキロの城の外観は、ラキオスやサモドアの王城とは違い宮廷然としておらず、軍事拠点としての印象が強かった。石材を多用した建物は、古今の建築技術の長所ばかりを寄せ集めた形式で、特徴らしい特徴が見当たらない。強いて挙げるなら、建物の外壁が全体的な丸みを帯びていることから、現代世界におけるフランス式建築の城に通じる外見を有しているくらいか。実戦を想定して築かれた王城は、厚い城壁と深い濠が交互に連なる防衛線によって守られており、まさに難攻不落といった表現が、ぴったり、の城砦と思われた。

 アトの山脈を背にする形で築かれたキロノキロ城の西側には、ダーツィ大公らが生活の場とする王宮が置かれている。

 その王宮の三階、玉座の間。

 幾重もの防御施設に守られた、公国の政治機構の中枢たる場に、ダーツィの政治を取り仕切る男達の姿があった。分担された各部署の総括役たる重臣達。軍の主要な将帥ら。そして、ダーツィの現君主……アーサミ・ダーツィ大公。初代大公バッシャールの曾孫に当たる人物で、ダーツィ公国軍の最高司令官を兼任する男でもあった。身の丈一五五センチに満たない小男で、風貌もまたあまりぱっとしない。しかし、その頭脳は明晰で、体力も旺盛。五三歳の、武王と呼ぶに相応しい男だった。

 アーサミ大公は廷臣達が立ち並ぶ広間より五段は高い場所に設けられた王座の席に、深々と腰を下ろしていた。

 ダーツィという国家の舵取りを任された男達の表情はみな一様に険しく、重苦しいその視線は下座に跪く一人の兵士に注がれていた。公国軍の兵士ではない。今朝方、スピリット一個小隊に護衛されながらキロノキロにやって来た、バーンライトからの使者だ。フランク・バレット通信兵を名乗った彼は、アーサミ大公の盟友アイデス王直筆の書簡を携えていた。

 バレット通信兵はアーサミへの拝謁が叶うなり、朗々とその文面を読み上げていった。

 書簡に記された主な内容は、次の四点。

 第一に、ラキオスとバーンライトが戦端を開いたこと。

 第二に、ラキオスの攻勢によってすでにリーザリオが陥落したこと。

 第三に、バーンライト国内ではラキオスの工作員の活動が著しく、現在都市間の連絡が上手く取れずにいること。

 そして第四に、バーンライトは同盟国ダーツィに救援を求めていること。

 書簡は、バーンライトが陥っている窮地を切々と訴え、援助を要請するものだった。

 友好国からの切なる願いに、アーサミ大公は、「ひとまず考える時間が欲しい」と、バレット通信兵を玉座の間から退室させた。

 ホールにダーツィ国民だけを残したアーサミ大公は、ダーツィの君主として、また公国軍の最高司令官として、早速、背後に控える股肱の臣に意見を求めた。

「……参謀総長、此度のラキオスの動向をどう思う?」

「宣戦布告からリーザリオ陥落までの手際の良さから鑑みるに、おそらく、ラキオスはかなり初期の頃から今回のバーンライト侵攻作戦を準備していたに違いありません」

 淀みのない口調で自らの推論を述べたのは、一九〇センチ近い長身の、堂々たる体格の男だった。公国軍の参謀総長を務める人物で、齢は四二歳。もともと流浪の傭兵だったのを、四年前、アーサミ大公がその能力に惚れ込んで登用したという、曰く付きの男だった。

 色白のマスクはシリア人に多いタイプの顔つきで、線の細い、柔和そうな面持ちを演出している。軍服を着ていなければ、立派な体格も手伝って、農夫にしか見えない容姿の持ち主だ。しかし、ひとたび戦場に赴けば、その面魂が悪鬼羅刹の如きものになることを、アーサミ大公は知っていた。また同時に、この男の智謀が、公国軍人の誰よりも鋭利なことも。

 アーサミ大公は重ねて訊ねる。

「わが国がこのまま参戦しなかったと仮定して、バーンライトはどうなるか?」

「十中八九、負けるでしょう」

 四三歳の参謀総長は、また淡々と、淀みのない口調で断言した。

「天佑を得られれば、話はまた別でしょうが。

 ここ最近のラキオスの軍備増強の動きには著しいものがあります。新型エーテル変換装置の実用化。二人のエトランジェの実戦配備。リクディウスの魔龍の討伐。大きな成果としてはこの三つが代表的ですが、細かいものまで挙げるときりがありません。

 翻って、我らが盟友バーンライトはといえば、これがあまりよろしくない。ラキオス国内に張り巡らしたスパイ網の壊滅。新型エーテル変換装置奪取作戦の失敗。魔龍討伐作戦の失敗……。どうやらバーンライトは負け癖がついてしまったらしく、開戦前の段階ですでに、士気・戦力ともに著しく消耗していた状態でした。

 もとよりこれだけの差がある状態で、ラキオスは周到に準備し、勝負を挑んできたわけです。結局のところ、戦争の勝敗を決めるのは、事前の準備が九割です。バーンライトがちょっと頭を捻った程度の作戦では、事態の打開は望めますまい」

「であれば、盟友が直面しているこの危機に、我々はどう動くべきか?」

「動かぬこと、これこそが、最良の行動かと」

 長身の参謀総長は表情ひとつ変えずに言い切った。それは、暗に同盟国を見捨てよ、と言っているも同然の発言だった。

 参謀総長の発言内容と毅然とした態度に、周りの重臣達から困惑の喧騒が発せられる。いったいこの男は、どんな意図の下、いまの言葉を口にしたのか。

 王座に座るアーサミ大公もまた、怪訝な表情を浮かべながら、参謀総長の発言の真意を質す。

「詳しく説明してくれ」

「先ほども申し上げた通り、ラキオスは此度のバーンライト侵攻に際して、かなり入念な準備をしていたようです。無論、その作戦計画は、バーンライトと同盟を結んでいるわが国が参戦した時のことも考慮して練られているでしょう。そのような敵に対し、軍を差し向けたところでさしたる戦果は挙げられますまい。逆に、わが軍の消耗がかさむばかりかと思われます。

 また、わが国がバーンライトに援軍を送っている隙を衝いて、ラキオスの同盟国たるイースペリアが攻めてこないとも限りません」

 隣国のイースペリア王国は龍の魂同盟の一翼を担う国家で、ダーツィにとっては不倶戴天の敵だ。

 バーンライトに派兵すれば、その隙を衝いてイースペリアが攻めてくるやもしれぬ。宿敵の動向について示唆されたアーサミ大公は、得心した様子で頷いた。

「なるほど。つまり、このタイミングでのわが国の参戦は、ダーツィにとって不利益にしかならない、と言いたいわけだな」

「はい。残念ですがここは、バーンライトには運がなかった、と諦めてもらいましょう。……ただし、まったくの無支援では、ダーツィは友好国で、しかも同盟国を見捨てるような不義理な国家なのか、と内外に知らしめるようなものですから、最低限の援助はしておくべきでしょう」

 軍資金の提供。食糧やその他の軍需物資の積極的な輸出。直接的な派兵はしないが、間接的な援護は惜しみなくする。内外の世論を納得させるためならば、安い出費と言えた。

「重要なのはむしろバーンライトが敗北した後です。バーンライトの国土を併合したラキオスが、次に狙うのは間違いなくわが国、ダーツィでしょう。我々はラキオスの次なる戦争に、備えねばなりません。やはり先ほども申し上げましたが、戦争の勝敗を決めるのは、事前の準備なのですから」

「……断腸の思いで同盟国を見捨てるのが、この場合はわが国の利益となるか。よかろう」

 アーサミ大公は王座に座ったまま、居並ぶ廷臣らを見回した。

「方針は定まった。わが国は同盟国バーンライトに対し、間接的な援助のみを実施する。また、ラキオスとの次なる戦に備え、軍備の増強を他のどの政策よりも優先する。……財務大臣」

「はっ」

 二段下に控える財務大臣は君主に呼ばれるや背筋を伸ばし、姿勢を律して王座の男を見上げた。

「早速、軍事拡張にすぐに使える予算案の提出を」

「御意」

「それから、軍の方では対ラキオス戦略の研究を開始せよ」

 アーサミ大公はホールに集まった将帥ら一人々々の顔を見回して言った。最後に、背後の参謀総長の顔を仰ぎ見る。

「……貴公にとって、ラキオスとの戦いは、故国との戦争になるわけだが」

「知りませんな。私を追放した国のことなど」

 気遣わしげなアーサミ大公の視線に、参謀総長はきっぱりと答えた。

「いまの私の祖国は、このダーツィです。私を拾ってくれた、この国がわが生国であり、私を拾ってくれたあなたが、わが主」

「貴公の活躍を期待している。オージー・パレス参謀総長」

「アーサミ大公の、御心のままに」

 アーサミ大公の言葉に、長身の参謀総長は粛々と頷いた。

 元ラキオス王国ラセリオ方面軍スピリット隊訓練士、オージー・パレス。

 四年前にアリア・青スピリットを殺害し、懲戒免職になった彼は、その後国を追われ、公国に流れ着いていた。大公国軍の、参謀として。

 過去からの脅威が、ネリー達に牙を剥こうとしていた。

 

 

 


<あとがき>

 

タハ乱暴「ひーはー!」

 

北斗「おい、タハ乱暴。お前が人外の獣だということは分かりきっているが、せめて、人語を話せ」

 

タハ乱暴「ゲルドザ・ボル・ゴドラダ・ドルド・ゼバ。ズ・ゴオマ・グ」

 

北斗「グロンギ語もやめい!」

 

柳也「のっけからこれかよ……はい。読者の皆さん、おはこんばんちはっす。永遠のアセリアAnother、EPISODE:46をお読みいただき、ありがとうございました! 今回の話は、いかがだったでしょうか!? つーわけで、読者代表、ゆっきっぷう之助」

 

ゆきっぷう「うん、そうだね。戦術だね」

 

アヴァン「うん、そうだね。プロテインだね」

 

柳也「うん、そうだね。そろそろ怒られるね」

 

ゆきっぷう「今回はリモドア侵略戦のクライマックス、でいいのか?」

 

タハ乱暴「うん、そうだね。ジンギスカンだね」

 

北斗「いや、いい加減やめなさい、そのネタは。まぁ、おおむねゆきっぷうの言っている内容で間違いはない」

 

柳也「おおむね?」

 

北斗「クライマックスも何も、リモドアでの戦いは今回一話だけだからな」

 

ゆきっぷう「つまり、最初からクライマックスってことか。悠人も本格的な作戦行動で大変だったろうに」

 

柳也「仮にもあいつ、隊長だからな。今回いちばん力を入れたのは、勿論、あのパラ・トルーパーのシーンだけど」

 

アヴァン「超人的な身体能力を会得し得るスピリットだからこそ出来る突撃空挺。よく狙撃されなかったもんだ」

 

タハ乱暴「狙撃、って考え自体が出てこなかったんだよ。実際、史実でも初めて飛行機が戦場に登場した時、自軍が偵察されていると知りながら、帽子振って見送ったらしいからね。これまでに経験したことのない、まったく新しい戦術だったわけだ。

 

 だから、まぁ、たぶん、ゆきっぷうのチェン恋でも、ドラゴンがビームを出した暁には、将兵皆が、敵を崇めると思うんだ。あまりの事態に」

 

ゆきっぷう「それなら問題ない」

 

じょにー「え?」

 

ゆきっぷう「天一刀もゲッタービームぐらい出せるから」

 

柳也「あいつ、そういう人外だったのかぁ!?」(←ビーム出せる人)

 

北斗「なんということだ。あの作品はそんな人外魔境路線だったのか」(←改造人間)

 

アヴァン「それは俺も初耳だぞ、ゆきっぷう!」(←よくわかんない時空生命体)

 

タハ乱暴「まぁ、ビームはさておいて。どうする、ゆきっぷう? 今回のあとがきに登場してくれたお礼として、ここで告知する許可を与えるが」(←幼女好き駄目人間。要するに、変態)

 

ゆきっぷう「ありがたい。では告知しよう……次回のあとがきもわし、出ます」

 

タハ乱暴「な、なんだってぇぇ!?」

 

北斗「何のために……」

 

アヴァン「決まっているだろう。リリィ君と柳也の結婚披露宴に参加する為さ」

 

柳也「What’s!?」

 

アヴァン「先日、うちにダグラスさんから招待状が届いたんだ。お得意様だから是非、って」

 

タハ乱暴「あー。うん。そういえば、そんなネタもあったなぁ」

 

柳也「ネタ!?」

 

タハ乱暴「ああ、うん。この間、電話口で、そういう話も面白いよね、って。車椅子乗ったダグラスを、ラキオス王が押しながら、澎湃と涙を流しつつ、ケーキカットを見守るの。んで、控え室では新郎こと柳也の前に、昔の女テム様が現れて……」

 

リリィ「ああ、ご心配なくタハ乱暴。会場周辺には最精鋭の警備部隊が配置されますので」(北斗を見ながら)

 

北斗「いや、まぁ……やれと言われれば、警備ぐらいやるがね。個人的には、テム様に苛められる人生というのも、アリなんじゃないかと……」

 

ぱきゅーん!

 

北斗「はぐぉうっ!」

 

柳也「狙撃された?! 北斗が狙撃されたぁ!?」

 

タハ乱暴「くそぅ。いったい誰が……って、正体は分かっているが」

 

アヴァン「そういうわけなので、次回のあとがきはリリィ君主催の桜坂柳也後悔処刑……改め結婚披露宴が行なわれますので、皆様ふるってご参加ください」

 

北斗「そういうことらしい。……しかし、ゆきっぷうはやけにリリィ君を後押しするなぁ」

 

柳也「いったいどこがツボったんだろう」

 

タハ乱暴「その辺も含めて、次回、というわけか……」

 

アヴァン「さて、読者の皆さん、今回も永遠のアセリアAnotherを読んでくれて、ありがたく思う」

 

柳也「あ、ヤベ! 俺達が話し合っているうちに、シメの台詞が盗られようとしている!」

 

北斗「いかん。早くなんとかしなければ!」

 

ヘリオン「それではEPISODE-47でお会いしましょう!」

 

ハリオン「お元気で〜」

 

柳也大好きミニオンズ「「「頑張って! リュウヤ様ぁっ!!!」」」

 

柳也「うぇぇ!? あれ、誰!? 誰!?」

 

タハ乱暴「ああ、アレ? テム様ルートで君の周りにいる同僚の皆さん。なんかゆきっぷうが気に入っちゃってねぇ」

 

柳也「べ、別世界の俺めぇ……な、なななななんて羨ましい!」

 

北斗「こら、そういう不穏な発言をしていると……」

 

ゆら〜り……ズバッ

 

リリィ「アヴァン殿。頂いた妖刀・鬼包丁ですが中々の切れ味ですね」

 

アヴァン「そりゃ良かった。ダグラスさんが大好きな業物の一本さ」

 

柳也「こ、こんな、終わりで……いい、のか……ガク」

 

 

 

<おまけ>

 冀州の袁紹、ついに動く。

 公孫賛からの使者の報告でそのことを知ったジョニー・サクラザカは、ついに来るべきものが来たか、と思った。

 曰く、袁紹は総兵力一〇万の大軍を以って幽州征伐を企図。幽州二大勢力のジョニー軍と公孫賛軍を駆逐するべく、北上を開始したらしい。

 袁紹のこうした動きに対し、僕達の大好きな伯珪ちゃんは、先手を打って冀州最北端、易京へと南下。袁紹が幽州征伐の前線基地にと考えていたこの地の城を早々に攻め落とした。公孫賛軍は、奪った易京の城を拠点に敵の北上を阻止する作戦を計画。即時動員可能な兵力三万二〇〇〇を、易京城に集結させた。

 他方、公孫賛軍の機敏な動きによって出鼻をくじかれた袁紹軍は、易京城の奪還と、城に立てこもる公孫賛軍の撃滅を目的に、早速、行動を開始した。幽州征伐のために集めた一〇万からの兵力のすべてを、易京へと差し向けた。

 数で勝る袁紹軍に対し、公孫賛は篭城戦を展開。我がほうの損害を出来るだけ少なくし、じわじわ、と相手に消耗を強いる作戦に出た。対する袁紹軍は、城攻めの常道、包囲戦の構えを取らず、遮二無二突撃を繰り返した。総大将袁本初の、「包囲殲滅なんて地味な戦い方は、名門袁家には相応しくありませんわ! ここは正面から、堂々と、華麗に敵を撃滅しておやりなさい」という、指示が原因での、突撃戦術だった。

 堅牢な城砦に立て篭もる敵に、正面から攻撃を仕掛けることほど愚かな戦い方はない。かくして戦いは袁紹軍にばかり消耗を強いる展開となったが、なんといっても相手の兵力は一〇万。公孫賛軍も思い切った攻勢に打って出ることが出来ず、戦いは長期戦の様相を呈していった。

 こうした両軍の動きを知った柳也は、早速、玉座の間にジョニー軍の主要な将帥を集めた。旗揚げ以来の忠臣張飛翼徳。程遠志のアニキ、管亥のチビ、高昇のデブからなるジョニー・サクラザカ四天王。三本の矢のイベントで仲間にした諸葛良孔明。華雄、呂布といった董卓軍からの降将達……。他にも、黄巾党出身の武将や、これからが期待される中堅武将など、ジョニー軍の屋台骨を支える人材が全員揃っての軍議だった。

 なお勿論、そこに関羽の姿はない。柳也の、『よ〜し、愛紗をハブにしよう政策』の実施により、彼女はいまだ一兵卒の扱いだった。

 居並ぶ将帥らを見回して、上座に座る柳也は軍議の開催を宣言するや、袁紹と公孫賛が易京城を巡って対決している現状と、そこに至るまでの経緯をみなに説明した。

「もしこの戦いで伯珪ちゃんが敗北すれば、幽州二強の一角が崩れることになる。そうなれば、袁紹軍が次に矛先を向ける相手は、十中八九、俺達になるだろう。幽州征伐とか言っているくらいだ。幽州の二大勢力を駆逐し、大陸北部の覇権を掌握するのが、あの女の真の狙いだろう。

 俺達は自らの身を守るため、そしてジョニーカードの絆で結ばれた隣人、公孫賛伯珪と、彼女を慕う領民を助けるために、易京へ軍を動かす」

 公孫賛の陣営とは、ジョニーポイントカードを幽州全域で使えるよう、先頃、正式に同盟を結んだばかりだった。これは経済同盟という形を取ってはいるが、その実軍事同盟でもあり、一方がどこかの勢力から攻撃を受けた場合には、もう一方が支援する約束になっていた。

 柳也はかたわらに座る朱里を見た。古来、軍師の役割とは戦に際しての吉兆を占う祈祷師としての側面が強かったが、この世界の孔明は、現代における参謀のような役割もそつなくこなしてくれる。

「朱里、まずは幽州征伐に参加している袁紹軍の情報と、対抗する公孫賛軍の情報を説明してくれ」

「はい。今回の幽州攻めに袁紹さんが投入した戦力は、総兵力で約一〇万程度。と思われます」

「一〇万か! 大軍だな」

 程遠志のアニキが驚愕と感心の入り混じった呟きを発した。反董卓連合のときは各地の有力諸侯が集まってやっとこさ二〇万の兵力だったが、今回袁紹は、その半数を単独で集めてしまった。名門袁家の面目躍如といったところか。

 朱里の説明は続く。

「軍を率いている主な将は、袁紹軍の二枚看板といわれる文醜さん、顔良さん。それから、勇将として知られる高覧将軍と張コウ(文字コードの都合上変換出来ず。おおざとに、合と書く)将軍。そして総大将の袁紹さんご自身です。主要な軍師としては、田豊さん、郭図さん、逢紀さん、沮授の名前が挙げられます」

 高覧と張コウは正史において、官渡の戦いの後、曹操の下に降ったことで知られる武将だ。特に張コウの活躍は素晴らしく、張遼、楽進らとともに魏の五大将軍の一人にまで数えられた。

「対する公孫賛軍の総兵力は三万二〇〇〇。そのうちの三〇〇〇は、騎兵部隊と伝えられています。将は、まず伯珪将軍の従妹に当たる公孫範将軍。次に半董卓連合のときに陣営に降った張遼将軍。客将の趙雲将軍。そして伯珪さんご自身です。主な軍師は閑靖さん」

「一〇万対三万二〇〇〇か……まともに殴り合って、勝てる戦じゃないっすね」

 管亥のチビが溜め息混じりに呟いた。

 柳也は、うむ、と頷きながら、「だからこそ、両軍がまともにぶつかり合う前に、俺達は戦場に駆けつけねばならん」と、また朱里を見た。

「朱里、次に我が軍の戦力について説明を」

「はい。我が軍がいますぐに動員出来る兵力は二万五〇〇〇。そのうちの八〇〇〇は、ご主人様発案の重装歩兵隊で、今日まで“ふぁらんくす”陣形の訓練を続けてきました。また、これとは別に、常備戦力として騎兵隊一〇〇〇が、即応態勢で待機しています。

 ……いまのわが陣営の国力なら、時間さえかければ四万人の動員も可能なんですが」

「今回は、その時間が惜しい。いち早く伯珪ちゃんの軍と合流して、兵力差を縮める。その後は、とにかく先手を打って戦いの主導権を掌握する。この作戦でいきたいと思う」

 かくして、作戦のアウトラインは固まった。ジョニー軍は公孫賛軍救援のため易京に向かい、合流後は、積極的に攻撃を仕掛ける。常に先手を取り続けることで、戦いの主導性を確保。そのまま一気に押し切る。

 あとは、実際にそれらの作戦を指揮する人事を、どのようにするかだけだ。

「袁紹は強敵だ。俺達も、人材については出し惜しみなしでいく。……程遠志のアニキ」

「へい!」

「貴公には重装歩兵八〇〇〇の指揮権を与える。補佐役には簡雍をつけよう」

「任せてくだせぇ、ジョニーのアニキ!」

 程遠志のアニキは髭面に好戦的な笑みを浮かべて言った。

「俺ぁ、前々から袁紹のことは気に喰わなかったんだ。あの女の高い鼻っ面を、へし折ってやりますよ」

「頼もしいな。鈴々、お前には歩兵部隊五〇〇〇の指揮権を与える。補佐役には、恋をつけよう」

「わかったのだ!」

「燕人張飛と飛将軍呂布を擁するお前達の部隊は、ジョニー軍最強の攻撃力を持つ部隊だ。臨機応変に機動し、敵を粉砕しろ」

「応、なのだー!」

 鈴々の元気な返事に微笑ましげに唇を歪めながら、柳也は次いで管亥のチビを見る。

「チビには歩兵部隊五〇〇〇を与える。補佐には、陳到をつけよう。重装歩兵隊は正面に対しては絶大な防御力と攻撃力を誇るが、側背からの攻撃には弱い。程遠志のアニキをしっかり援護してやれ」

「合点でさぁ、ジョニーのアニキ!」

「高昇のデブにも歩兵部隊五〇〇〇を与える。デブの部隊の任務は、主に後方支援だ。また、お前さんの部隊には、予備兵力としても活躍してもらうことになるだろう」

「分かったんだな、ジョニーのアニキ。ジョニーのアニキ達が勝てるよう、たらふく飯を食わせてやるんだな」

「頼むぜ? 歩兵部隊の残り二〇〇〇は、俺が直接指揮する本隊だ。これは状況に応じて戦線に投入する予備兵力としたい。タキオスと貂蝉は、ここに配置する」

「まぁ、妥当な配置であろう」

「分かったわん、リュウちゃん」

 おそらくはジョニー軍でも最強の戦力であろう姉弟は、その圧倒的な力ゆえに、前線に立つことを望まない。他の味方との実力差がありすぎるために、下手に先頭に立たせると、同士討ちの危険がある。ゆえに、後方の本隊に置くというのは誤りではなかった。

 柳也は最後に、華雄将軍を見た。

「華雄将軍には、騎兵隊一〇〇〇の指揮を任せたい。……降将とはいえ、かつては董卓軍で万の兵力を率いた貴公に、僅か一〇〇〇程度の部隊を託すのは気が引けるが」

「いや、むしろ感謝したい。降将の私を信頼して、兵を預けてくれること、誇りに思う」

 華雄は莞爾と微笑んで、柳也を見た。

 年上の女性が浮かべた優しい笑みに、柳也の口元にも好色な冷笑が浮かぶ。

 早くこの女の真名を聞きたいものだ、と思いつつ、柳也は声高に宣言した。

「方針は固まった! 我が軍はこれより、盟友公孫賛伯珪を助けるべく、易京へ向かう。ジョニー軍の稲妻の進軍、見せてやろうぜ!」

 

 

 大方針が定まれば、あとは行軍に向けて準備をするのみ。

 軍の関係各所へと散っていった将帥達を見送った柳也は、さて自分も準備をするかと王座から立ち上がって、ふと、かたわらのタキオスから声をかけられた。

「桜坂柳也」

「ん? どうした、タキオス?」

 この男が自分から話しかけてくるとは珍しい。訝しげな表情の柳也に、タキオスは続けて言った。

「……いつまで、関羽雲長を兵卒扱いしておくつもりだ?」

「いつまで……って、俺の気が済むまでだが?」

「違う。俺が訊ねたいのは、そういう表向きの理由ではない」

 あっけからんと答えた柳也に、タキオスは強い語調で言った。

 厳しい面魂に険しい表情を浮かべ、続ける。

「正史において関羽は、自らの驕りと、油断から呉の呂蒙、陸遜のコンビに敗北した。関羽の死後、復讐に燃える張飛は仲間の裏切りにあって死に、関羽の弔い合戦を望む劉備は、そのために蜀の国力を潰した。劉備が病没した後、蜀の運営を託された孔明は過労から倒れた。蜀という国家の崩壊は、関羽の死から始まったと言っても過言ではない。貴様があの娘を兵卒扱いし、頑なに、責任ある立場につけないのは、その辺りの理由からではないか?」

「……流石に、永遠の時を生きる神様の目は、誤魔化せんか」

 タキオスの指摘を受けた柳也は、諦めたように溜め息をついた。

 それから彼は、真摯な眼差しでタキオスを見上げた。

「お前の言う通り、蜀という国家の崩壊は、関羽の死から始まった。見方を変えれば、張飛も、劉備も、孔明も、関羽が殺したようなものなんだ。そればかりか、蜀という国に集まった、もっと多くの人も……。

 俺は愛紗に……この世界の関羽に、同じ轍を踏ませたくないんだよ。愛紗の死が、より多くの死を呼び寄せるのだとしたら、それを防ぎたい。何より、愛紗自身に、死んでもらいたくない。

 正史の関羽は、油断から死んだ。その驕りの原因が、自分の武に対する過剰な自信にあるのだとしたら……自信なんて抱けない環境に放り込めばいい。軍隊という組織の中でも、いっちゃんの下に放り込めばいい。そう考えた」

「将の視点ではなく、兵卒の視点を鍛えることで、成長を促そうとした、か」

「ああ。……ま、その成果がいかほどのものかは、まだわかんねぇけど。……もう、いいか? 一応、俺はジョニー軍の総大将だから。ちゃっちゃと準備しとかねぇと」

 タキオスとの話を手早く切り上げ、柳也は玉座の間を辞していった。

 後に残されたタキオスは、彼の出て行った扉を眺めながら、

「……と、いうことだそうだ、関羽雲長。……愛されているじゃないか」

と、呟いた。

 玉座の間に置かれたカーテンが、びくり、と震えた。




迅速な進軍。流石にこれには敵さんもすぐに対処できなかったか。
美姫 「早い判断は大事よね」
まあな。しかし、降下作戦とは。
美姫 「確かに飛行できるスピリットがいるから可能と言えば可能なのよね」
それを見事に成功させたその個々の力量も凄いがな。
生身での降下。スピリットならではだな。
美姫 「篭城してて急に内部に侵入されたら、確かに混乱もするわよね」
見事な作戦といった所か。
美姫 「勝利をもぎ取ったしね。とは言え、そう簡単に事は進まないみたいね」
遂にバーンライトの迅雷作戦が始まるしな。
美姫 「一体どうなるのかしら」
次回が気になります。
美姫 「楽しみに待ってますね」
ではでは。



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