――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、青、よっつの日、昼。

 

エルスサーオ方面軍司令ヤンレー・チグタムは、前日の高嶺悠人、桜坂柳也に続いて、今日もまた王都からの来客をもてなしていた。

来客の名はセラス・セッカ。わずか数ヶ月前に王国軍に登用された新参ながら、国王の信頼厚い高潔な騎士だ。彼はラキオス王直筆の命令書を携えた上で、ヤンレー司令に面会を求めた。

国王からの命令書。それは本日十二時半より発動が予定されているオペレーション・スレッジハンマーの、“第二段階”に関する内容が記載されていた。

「オペレーション・スレッジハンマーの第一段階は、スピリット・タスク・フォース(以下STF)によるリーザリオの防衛戦力の撃破……つまり、第三軍の壊滅が目標です。

対して、第二段階の目標は、リーザリオの制圧になります。制圧戦となれば、STFだけでは手勢が不足しています。また、統治にはスピリットではなく人間が必要になります」

「そこで、わが方面軍に出動せよ、と? 唐突な命令だな」

ヤンレー司令はしかめっ面で呟いた。

たしかに、オペレーション・スレッジハンマーは作戦の性質上身内にも秘匿されて然るべき内容の代物だが、それと軍を動かすのとはまた別問題だ。

軍隊が戦闘部隊としての機能を十全に発揮し、軍事作戦を可能とするためには、軍隊の規模に応じて、または想定される作戦の性質に応じて、ある程度の準備期間が必要になる。

9・11からすぐさま反撃をしたかのように思えるあのアフガン戦争も、米軍の本格的な反撃は十月七日発動の“不朽の自由”作戦まで待たねばならなかった。米本土から遠いアフガンに軍を派遣し、その活動を維持するためのロジスティクスを整備し、作戦実施のために必要な情報収集・分析をする。そのために、一ヶ月を要したのだ。無論、これは米軍だからこそ出来たことであり、仮にアフガン戦争の当事者が別の国であった場合、同じ規模の作戦行動のために必要な準備期間は一ヶ月では済まなかったろう。

ヤンレー司令は深く嘆息しつつ、セラスを見た。

「……しかしながら、これでこの一ヶ月間感じていた疑問が解決した」

「疑問、とおっしゃいますと?」

「実はな、この一ヶ月間、方面軍の訓練は一切陛下からの命令を基に実施していたのだ」

ヤンレー司令の元にラキオス王からの書簡が届いたのはちょうど一ヶ月前のことだった。書簡には国王の自筆で方面軍に所属する全部隊の、向こう一ヶ月間分の訓練メニューが記されており、末尾には『以上の訓練を必ず実施せよ』という命令文が記載されていた。指示された訓練内容の多くは実戦に即したものであり、特に市街戦と制圧戦に関する内容が目立っていた。

「国王直々に一方面軍の訓練内容に口出しするとは奇妙なことと思ったが、なるほど、すべてはこの作戦のための準備だったか」

書簡に記載されていた通りに訓練スケジュールを実施させたところ、方面軍はこの三十年間で最も高い稼働率を保っていた。

それこそ、突然の出撃命令にも対応出来るよう、量質ともに最高水準にあるといっていい。

ヤンレー司令はセラスに言う。

「即座に投入出来る戦力は将兵二五〇、スピリットが三〇だ。つまり、方面軍の基幹戦力すべてと、人間の兵の五割だな」

「これにSTFの戦力を加えれば、スピリットの総数はゆうに三八。エトランジェ二名も加えれば四〇です」

「出陣は貴公の持ってきた命令書の通り、半日置くこととする。夕刻より夜間にかけての行軍。第二段階の実施までにSTFが敵防衛戦力の無力化に成功していればそれで良し。仮に第三軍の大部分が残っていたとしても、STFとの合流後にこれを撃破する。それでよいな?」

「万事問題ありませぬ。……それでは、わたしはこれにて」

伝えるべきことを伝えたセラスは、歓迎の席を立つと踵を返した。

「何処へ?」と、問いかけるヤンレーに、彼はきびきびと折り目正しい態度で答えた。

「私のなすべきことをしに。国境線付近では、今頃作戦の第一段階が始まっていることでしょう。彼らに温かい飯と毛布を差し入れてやらねばなりませぬ」

ラキオスの騎士、セラス・セッカは、補給部隊の護送を担当する護衛部隊の編成と、統率の権利を国王より与えられている。

オペレーション・スレッジハンマーの第一段階が始動すると同時に、王都からは彼らへの補給部隊が出発する手はずとなっていた。

その補給部隊の護衛二個小隊を、自分は直ちに方面軍の戦力から臨時編成しなければならない。

――待っていろ、サムライ。

改めてヤンレー司令に踵を返し、セラス・セッカは司令室を退室した。

 

 

――同時刻。

 

午前十二時半。

ラキオスの守護の双刃、桜坂柳也。

バーンライト最強の猛将、トティラ・ゴート。

奇しくも同日、同時間に、互いの国境線監視所に到着した彼らは、戦士としての嗅覚で無意識のうちに感じ取っていたのかもしれない。

国と国とを隔てる目には見えない境界線の向こう側に、強敵が潜んでいることを。

「悠人!」

「あ……ああ! みんな、神剣の発動を中止ッ」

片や以下STFでは、想定外の敵の気配の驚きからいち早く冷静さを取り戻した柳也に名前を呼ばれた悠人が慌てて号令をかけ、

「総員、ハイロゥを仕舞え。神剣の力を止めよ」

他方、バーンライト王国軍第三軍では、哨戒部隊にしては充実した戦力確認の報告に、トティラ将軍が即座に命令を下す。

神剣レーダーで互いの存在を感知した両軍が、その走査を止めたのも、奇しくも同じタイミングでのことだった。

これにより両軍は、国境線の向こう側に並々ならぬ戦力と戦う意思を持った敵が潜んでいることを知る。

迂闊な行軍を封じられた状況下で、STFは、そして第三軍は、次なる行動のための算段を練り始めた。

 

 

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-

第二章「蠢く野心」

Episode41「二人の闘将」

 

 

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、青、よっつの日、昼。

 

国境線の向こう側に二十以上の敵スピリットの存在を感知したSTFに、柳也がまず告げたのは「落ち着け」の一言だった。それは予想外の事態に驚き、あるいは戸惑い、混乱する戦友達に向けたものであり、また自分自身にも向けた言葉だった。

「問題に直面した時は、問題を整理することから始めるべきだ。まずは状況を整理しよう」

淡々と告げて、柳也は居並ぶ面々の顔を見回した。

動揺を隠せないのは初陣のネリーとシアー、そしてヘリオン。経験の長いヒミカとエスペリアは流石に落ち着いている。アセリアは相変わらずの無表情で、ハリオンはいつもと変わらぬにこやかな表情を浮かべている。もっとも、翡翠石の淡い緑を溶かし込んだ瞳には、いつもとは違う戸惑いの波紋が見え隠れしていたが。

最後に柳也は、隊長の悠人の顔を覗った。

戦士としても、また指揮官としても経験の浅い友人は、動揺と混乱を顔に貼り付けながらも、感情を言葉に載せることはなかった。身内贔屓になるやもしれないが、よくやっていると言えよう。

全員の顔を見比べた柳也は、うむ、と頷いてから、再び口を開いた。

その頃にはもう、柳也自身の頭脳は明晰であり、混乱も動揺も存在しなかった。

「まず正しく認識しなければならないのは、国境線の向こう側には紛れもなく敵スピリットが二十人以上いるということだ。これは覆しようのない事実だ」

人間には自分の物差しでは測りきれないことや、理解しがたいこと、また自分にとって不都合な事態が起こると、正しい認識を忌避する傾向がある。

また、『人間は信じたくない情報については信じない』という心理学の法則もある。

柳也はまず、そうした人間の習性を否定した上で続けた。

「次に考えるべきは、この二十人以上のスピリットが、国境線付近に集結した目的だ。考えられる可能性は次の三つが順当だろう」

柳也は親指から中指までの三本を立てると、説明を交えつつ順に折っていった。

「一つ、哨戒任務のための集結。

二つ、俺達STFの侵攻を迎撃するための集結。

三つ、俺達STFやラキオス軍の動向はまったく関係のない作戦行動のための集結。これから一つ一つ、可能性を検討していこう」

第一の哨戒任務説。これは通常二個小隊や三個小隊という規模で行う国境線の警備任務を、大体規模で実施するために集結したという可能性だ。一見、有力そうに思えるが。

「バトル・オブ・ラキオスの結果、第三軍の防衛戦力はかなりのダメージを受けているはずだからな。こんなところを攻め込まれれば一溜まりもない。侵攻の予兆を少しでも早く知るべく、哨戒の人手を増やしたとしても不思議じゃながいが、だからといって二十人以上の哨戒はやり過ぎだ。下手すりゃ二個大隊以上の戦力だ。全部を警備に回す必要性は低い」

よって、第一の可能性は除外するべきだろう。

次に考えるべきは、第二の迎撃集結説だ。これは、バーンライト国内に潜伏するダグラスの密偵の、通信妨害工作が失敗したという前提が必要になる。

しかしそれならば、なぜバーンライトは下手人引渡しの要求に応じなかったのか。

「戦争で一戦交えるよりも、スピリット一人の命で戦いを回避する方がリスクが少なく済むのは子どもでも分かることだ。一を切り捨て九を拾う。為政者なら、迷わず後者を選ぶべきだろう」

あるいは、ダーツィ大公国が軍事支援として派遣しているオディールの引渡しを拒否したか。ダーツィがオディールを取引の材料に使うことを良しとしなかったがために、バーンライトは戦う以外の選択肢がなくなってしまったのか。

しかしそれならば外人部隊はとうに帰国しているはずで、第三軍が二十人以上の戦力を保有している説明がつかない。

「よってこの可能性も低い。となると、最後のラキオスの動向無関係説だが……」

要するに今日のこの日、この時間に国境線付近に集結したのは単なる偶然。オペレーション・スレッジハンマーの実施当日と被ったのも、たまたまという可能性。

「……冗談みたいな話だが、これがいちばん可能性が高そうだ」

柳也は苦虫を噛み殺したかのような忌々しい表情で呟いた。

自らも作戦の立案に深く関わったオペレーション・スレッジハンマーが、このような偶然の一致、偶然の遭遇で失敗するかもしれないのだ。渋面を作ってしまうのも無理なきことだった。

柳也は悠人を見た。

「俺の考察はここまでだ。ここからは隊長の仕事だぜ?」

柳也はSTFの副隊長として、隊長の悠人に取るべき選択肢を提言する。

「以上の考察から、俺達STFが取るべき行動方針は二つだ。

一つは、わざわざ相手が出張ってきてくれたこの事態を好機と見なし、当初の作戦通りにこれを撃破するか。

もう一つは、この予想外の事態に対して慎重を期し、転進後退。作戦第二段階で投入される第三軍と合流して、進撃を再開するか」

積極的に攻めるか、慎重を期して退くか。この二つの選択肢はどちらも正しく、どちらも間違いでもある。過去の戦例を振り返れば、積極果敢な姿勢を貫きすぎたがために敗北した例多く、また慎重になりすぎたがために勝機を逃し、敗北した例は枚挙に暇がない。

前者の戦例としては、一五七五年の長篠の戦いが挙げられる。

一五七五年、甲斐の猛将武田信玄逝去の噂を聞きつけた徳川家康は、情報の真偽確認のために武田領長篠城を落とした。武田陣営に対する明らかな挑発だった。

この徳川の動きに対して、信玄亡き後を継いだ武田勝頼は四月五日に自ら一万五〇〇〇の軍勢を率いて出陣、長篠城を完全に包囲する。さらに勝頼は五月六日より周辺の城を攻め、牛久保、二連木、吉田などにまで麾下の軍を進めた。

城方ではこのままでは糧道が断たれる危険性から、岡崎の家康に救援を要請。さらに家康は同盟者だった織田信長に支援を求めた。

かくして一五七五年の五月十八日、織田三万の軍勢と徳川六〇〇〇の兵からなる連合軍が、長篠城から一里半の雁峯山に布陣。信長と家康は前線を設楽原へと進め、ここに壕と馬防柵を設けさせた。馬防柵とは読んで字の如く、騎馬武者の突破を防ぐための防壁である。

武田勢は設楽原での決戦に備えて、再三再四にわたって物見の者を派遣、馬防柵とその前面の空堀に気付いた。これでは騎馬武者が突破できず、騎馬隊の機動力を活かした戦術展開が出来ない。無理に攻め入っても苦戦は必至だった。

早速、軍議が開かれた。信玄以来の歴戦の勇将達は斉しく設楽原での戦闘は不利になる、との見解を示した。また、長篠城から出撃してくる奥平隊に攻撃される、という危険性も指摘された。一度後方に退いて国境辺りで待機し、追撃してくる敵をひきつけ反撃を加える、といった作戦展開を主張する者達が主流となった。

もしこの時、武田勝頼が提案された作戦展開の下に軍を指揮したならば、後の歴史は違ったものとなっていただろう。仮に武田勢が設楽原での決戦を避け、国境まで後退したならば、かの地での決戦を想定していた信長としては、対武田戦略を一から練り直さねばならなくなる。長篠合戦で武田側の有力な武将を討ち取れればこそ、一五八二年に信長は武田家を滅亡させることが出来たのだから。

しかし、史実はそうならなかった。この時、長坂長閑が、

「新羅三郎公より二七代、その間に敵を見て引き下がったことがないのに、二八代勝頼に至って、一合戦もせずに引き下がろうとは」

と、勝頼に訴えかけるように慨嘆したためだ。この発言は勝頼のプライドを大きく傷つけた。それでなくとも、事あるごとに父信玄と比べられ、劣等感を味わってきた勝頼だった。

勝頼は長閑の意見に賛同、設楽原での決戦を望む。

これを受けて武田四天王の一角、馬場信房はすかさず長閑に反論。それに対して長閑は更に反論する。

「敵に仕掛けられた戦いも、進んでの戦いも同じ」

と、強硬論を説いた。

当たり前のことだが、敵に仕掛けられた戦いと、こちらから仕掛ける戦いとではまるで勝手が違う。もともと戦いとは、勝算があるからこそ仕掛けるものだ。勝算とはイコール自信に他ならない。そんな自信満々の敵に向かって、馬鹿正直に正面から攻め込むのは愚策中の愚策だ。

信じられないことに、勝頼は長閑のこの意見を支持した。

かくして戦国最強武田の騎馬軍団は、その対策に余念のない織田・徳川連合軍に向かって正面から進軍を開始する。

この動きに対し、信長は酒井忠次に長篠城正面……鳶ヶ巣山の武田信実の陣の奇襲を命じる。迂回路を進んだ完全な不意打ちに武田勢は敗北。長篠城の脅威を取り除くばかりか、武田主力軍の後方を脅かした。これにより前方の敵に対して攻撃する他なくなった武田勢は、馬防柵、そして信長の切り札鉄砲隊の前に、大損害を被ってしまう。山縣昌景、土屋昌次、馬場信房、高坂正澄といった、最強の武田軍を支えた勇将が次々と討ち死にし、勝頼自身は辛うじて脱出するものの、先祖伝来の兜を失ってしまった。

長篠合戦が積極果敢な強硬論を頼りに失敗した戦例だとすれば、慎重を期しすぎたがために勝機を逃した戦例には、太平洋戦争の日本海軍の戦いの中にいくつも見受けられる。

真珠湾奇襲作戦の反復攻撃、第一次ソロモン海戦の米輸送船団の見逃しなど、太平洋戦争中の連合艦隊は、敵の反撃を恐れるあまりにしばしば積極的になれなかったきらいがある。

仮に真珠湾の反復攻撃が実施されていたならば米太平洋艦隊の動きを半年は遅らせられただろう。また、第一次ソロモン海戦を勝利した三川艦隊が輸送船団に攻撃を加えていたならば、太平洋戦争の天王山、ガダルカナル島での戦いも、ああも凄惨な戦いにはならなかったはずだ。

積極果敢に攻め込もうとしたがために失敗した戦例と、消極的すぎたがために失敗した戦例。その両方を指摘した上で、柳也は悠人を見た。

「攻め込むか、退くか。決定的はお前にある。どうする、悠人?」

酷な質問だな、と思いつつ、柳也は友人の顔を覗った。

隊長としては初陣同然の悠人に、自分は早くも残酷な問いかけをぶつけている。悠人の言葉一つ、判断一つで、この場にいる十人全員の命運が決まる。そんな重大な決断を、こんなにも早い段階で強いることになろうとは。

しかし、隊長職にある以上、いつかは通らなければならない道だ。隊長は自分の行動と言動に、隊員達の命が懸かっているという責任の認識をしなければならない。責任の認識をした上で、命令を下さなければならない。

重すぎる責任に、悠人の心が押し潰されるのではないか。

恐る恐るといった様子で顔色を覗うと、案の定悠人は不安げな表情を浮かべていた。本来であれば、隊長の身分にある者が浮かべていい表情ではない。

決断への迷いがあるのは、一目瞭然だった。

「……柳也は、どっちの選択が良いと思っているんだ?」

ファンタズマゴリアに召喚される以前は、軍事とは無縁に過ごしてきた悠人だった。

こうした状況に際して、そもそも判断基準を持たない彼としては、周りの意見は何より有用だ。

「そうだな……俺が隊長なら、ここは積極的に攻めていくところだな」

質問を受けた柳也は、しばし考えてから答えた。次いで、

「まぁもっとも、お前がどちらの選択を取ろうが、俺はお前の決断を支持するつもりだ。お前が撤退を選ぶのなら、俺はその完遂に全力を注ぐぜ?」

と、微笑んで見せた。

STFの副隊長、守護の双刃のリュウヤとしての言葉だ。

同時に、高嶺悠人の友人、桜坂柳也としての言葉でもある。

柳也はおもむろに悠人の手を取った。

両手で包んだ戦友の手は、小さく、本当にかすかではあったが、たしかに震えていた。

重すぎる責任と、それに付随する不安から震えるその手を、柳也は力強く握った。

「最善の選択をしろ、とは言わない。ただ、決断することから逃げるな。決断の重みから、逃げるな。……兵聞拙速でいい。拙い判断でいいんだ。不足している部分は、俺達が補う」

柳也は悠人を見た。悠人も柳也を見た。

交錯する視線。掌から伝わり合う温もり。

青年の表情から、不安は消えない。恐怖もある。しかしそこには決断のために必要なほんの少しの勇気と、手を掴む友人への厚い信頼があった。

両手で包んだ男の手から、震えが消えた。

悠人はゆっくりと頷いて、みなを見回した。

「当初の作戦通り、第三軍を叩く。戦場は、ここでだ」

「……だ、そうだ。エスペリア、地図を」

「はい」

悠人の言葉を合図に、柳也が、エスペリアが、己のなすべきことをするべく動き出す。

エルスサーオ・リーザリオ間の国境線付近一帯を示す地図が広げられ、簡易兵舎の暗い照明の下、一同はそれを眺めた。

「二分で作戦を立てる。まずは主戦場を選ぶぞ」

悠人の手を離した柳也が、居並ぶ面々を見回して向かって言った。

全員、異論は上がらなかった。

 

 

――同日、昼。

 

時同じくして、バーンライト側の監視所に併設された簡易兵舎の中では、第三軍の各人が大なり小なりの驚きを示していた。特に、先頃基礎訓練が終了したばかりの新参スピリット六名の動揺が大きい。対照的に経験豊富な外人部隊は落ち着いたもので、粛としてトティラ将軍の指示を待っていた。

「……まずは落ち着け」

低く、重々しい声が、簡易兵舎に響いた。

齢六二歳の老将の、枯れ始めた声だ。しかしその声は第三軍のスピリット二四名の耳のお国、確実に吸い込まれていった。

簡易兵舎に静寂が訪れる。歴戦の勇将が紡ぎ出す言葉はいかなる軍楽隊の調べよりも兵の士気を鼓舞し、いかなる精霊の声よりも猛々しい戦士の心を静めるものだ。

「まずは状況を確認する。第一に、等しく認識せねばならぬことは、国境線の向こう側に、十近い神剣の気配があるということだ。決して多い数ではない。しかし、哨戒にしては少し力を入れすぎているきらいがある。なぜ十もの神剣の気配が、国境線監視所に集結しているのか……考えられる可能性は、二つ」

トティラ将軍は人差し指と中指を立てた。

「一つ、我々と同じように演習などの目的のために集結した可能性。今日のこの日、我々のリーザリオ軍事演習と日程が重なったのは、単なる偶然の一致に過ぎぬケースだ。

そしてもう一つの可能性が、この十の神剣は、わが国の領土に侵攻する意図を持って集結したケース」

二つ目の可能性を指摘した途端、居並ぶスピリット達の表情が強張った。

トティラ将軍は少女達の反応を無視して続ける。

「状況が一つ目のケースならば対処法は簡単だ。何もしなければいい。何もせずに我々は我々で演習を行い、やりすごす」

「問題は二つ目のケースだった場合だ」と、トティラ将軍は忌々しげに続けた。

「二つ目のケースだった場合、この場に居合わせた我々としては迎撃せねばならぬ。たかが十如きの戦力で敵が何をしようとしているのかは分からぬが……」

「閣下」

苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべるトティラ将軍を、オディールが呼んだ。

「どうした?」と、目線で問いかける。

オディールは少しだけ気まずそうな表情で答えた。

「勝手ながら神剣レーダーを使いました。……敵の気配が動き出しました。どうやら、二つ目のケースで間違いないようです」

「……そうか」

トティラ将軍は短く呟いて、それっきり何も言わなかった。

神剣レーダーを使うということは、言わずもがな神剣の力を解放すること。しかしわずか数分前に発したトティラの命令は、その起動を止めよ、というものだった。オディールの取った行動は明らかな命令違反であり、それだけで人間に対する不敬罪として軍事法廷に持ち込むことも出来る。

しかしトティラ将軍は、そのような話は一切持ち出さなかった。

彼はオディールに重ねて問う。

「敵の動きは?」

「神剣の気配が十一、時速三五キロの戦速で真っ直ぐ東の方角へ進んでいます。もうすぐ国境線を……越えました」

ラキオス側の国境線監視所は、バーンライト側の監視所より北東に置かれている。そこから東ということは、角度的にはもはや北東東か。

「決まりだな。国境線の越境は、わが国に対する侵略行為だ」

トティラ将軍は力強く断言した。

巌のような相貌に、三十年の沈黙を破ってラキオスが攻め込んできた事実に対する動揺は微塵も見受けられない。

事実は事実として、ありのままを受け入れたトティラ将軍は、オディールを見た。

「国境線を越えた十一の気配は真っ直ぐ東に向かっているのだな?」

「はい。……このままですと、一時間とかからずにラジード山道の入り口に差し掛かります」

「先の鉄の山戦争の時のように、ラジード山脈を押さえる気でしょうか?」

オディールの言葉を受けたアイリスが口を開いた。

その言葉に、トティラ将軍は口元に苦笑をたたえる。戦士としては優秀な彼女も、戦術・戦略を考えるのは苦手らしい。

「ラキオスがそのつもりならば、それこそ鉄の山戦争の時と同様、先にリーザリオを落としにかかるだろう。先にラジードの鉱山を占拠したところで、リーザリオが健在では背後を脅かされるばかりだ。かといってリーザリオを攻め落とすための移動でもあるまい。それならば十如き戦力ではなく、少なくとも一個軍を投入してくるはずだ。それをしないということは……なるほど」

トティラ将軍はニヤリと笑った。

敵将の意図が、おぼろげながら読めてきた。

「誘い、だな。エルスサーオより南東に四十キロの平野で我々を迎え撃つ腹積もりか」

トティラ将軍は懐に携えていた地図を取り出した。

エルスサーオより南東四十キロ、リーザリオより北に六十キロの地点には、バーンライト国内でも有数の大平野がある。地質の問題から農地に適さないため開墾こそされていないが、とにかく広いので大体規模の訓練や演習をするのに打ってつけの場所だった。そのため、草刈りの作業は適宜行われている。

スピリットの強大な攻撃力を、遺憾なく発揮出来る場所とも言い換えられる。

トティラ将軍は演習で各小隊を率いる予定だった小隊長を集めた。

「魔龍討伐作戦の失敗により、我が第三軍はかなりのダメージを被っている。当然、敵としてはこの傷が癒え切れぬいまこそが、最大の好機だ。敵の目的は、この第三軍の撃破か、あるいは壊滅か。リーザリオの防衛力を削ることで、後の制圧戦を優位に進める魂胆だろう」

流石に歴戦の猛将だった。数少ない情報と敵の動きから、早くも相手の作戦目的を見抜いてしまった。

――しかし、それにしても妙だ。いくら手傷を負っているとはいえ、第三軍の主戦力の三分の一以上はいまだ健在。数だけならば二個大隊一個軍の戦力を有している。それを撃破するのに、高々十一程度の戦力しか投入しないとは……。

ラキオス王国はそこまで兵の数が足りていないのか。いや、そうではあるまい。ラキオス王国の経済力・軍事力は、悔しいがバーンライト王国のそれを上回っている。

その一方で、ラキオス王国もまた、この五十年の間に起きたいくつもの大規模・小規模の戦争で、バーンライトが決して侮れない存在だということを認識しているはず。相手を舐めてかかっての十一という数字ではあるまい。

――……よもや、エトランジェか?

かれこれ八ヶ月も前にラキオスに降臨したという二人のエトランジェ。オディールやジャネットが戦い、敗北した。リクディウスの魔龍サードガラハムと戦い、これを討った。

仮にこのエトランジェのどちらか一方が、あるいは両方が戦線に投入されていたとしたら、十一という少ない数にも納得がいく。

――根拠のない思い込みや決め付けは危険だ。しかし……儂には分かる。この先には間違いなく、件のエトランジェがいる。

理屈ではない。歴戦の勇将のみが持ちえる戦士としての勘が、この先に潜む強敵の気配を知らせていた。

――さて、どう動くか。

相手はすでに国境線を越境している。これは明らかな侵略行為であり、この場に居合せた第三軍に、これを見逃すという選択肢はない。侵略者に対する迎撃は王国軍人の義務である。

とはいえ、国境線を越境した一団の中にエトランジェがいるとして、その越境意図が第三軍の撃破にあるとすれば、敵の誘いにわざわざ乗ってやる必要はない。誘いはすなわち勝算あってのこと。敵が待ち構えているところに攻め込むのは愚策でしかない。

その一方で、あえて敵の誘いに乗るという手もある。相手の策に乗ることで油断と慢心を誘い、その虚を我が方の策で衝く戦術方針だ。

トティラ将軍は居並ぶスピリット達の顔を見た。敵と実際に刃を交え、あるいは言葉を交わすかもしれないのは彼女達だ。

「我々にこの場を退くという選択肢はない。我々の選択するべき大方針は二つだ。一つは相手の誘いに乗ることなく、距離を隔てて我々は我々の戦いを仕掛ける方針。もう一つは、あえて敵の誘いに乗ることで油断を誘い、その虚を衝く方針」

一つ目の戦術方針は慎重論。敵の誘いに乗らないことで我が方の被害を最小に抑えることが出来る。だが一方で、会敵までの距離・時間は長くなることから、相手を取り逃がす可能性が高くなる。最悪、無傷のまま取り逃がすことになりかねない。

二つ目の戦術方針は積極論。相手の懐中に飛び込むわけだから、策が成功すれば敵への被害は最大となる。しかし反面、策が失敗した暁には、我が方の被害は甚大なものとなるだろう。非常にギャンブル性が強くなる。

トティラ将軍は二つの基本方針が抱える長短を言い含めた上で、スピリット達の顔を見た。

「敵の待ち構える場所に攻撃を加えるのは危険が付き纏う。しかし、下手に臆病な戦い方をして、後々バーンライトの脅威となりうる存在を逃すわけにはいかん」

バーンライトを守る。先王アナタリックに救われたこの命を燃やして、この国に仇なすすべての敵対者を打倒する。

三十年の昔、猛将スア・トティラは自らの誇りにそう誓った。

以来トティラ・ゴートは、バーンライトに仇なすあらゆる存在から三十年間、この国土を守ってきた。己の目が黒いうちは、寸土も渡しはしないと、そう誓った。

トティラ将軍は言葉を切った。

岩石の相貌に獰猛狡猾な表情を作り、彼は咆哮した。

「わが第三軍は、これより侵略者を討つ。恐れるな。勝利は危険の中にこそ存在する!」

「閣下、ご命令を」

オディール・緑スピリットが粛々とかしずいた。

エメラルド色の双眸には、執念の炎が滾っている。

もしこの先にいるのがエトランジェで、あの魔龍討伐作戦で立ち塞がった守護の双刃あれば、彼女にとっては雪辱戦となる。意気込むのも無理はない。

トティラ将軍は、うむ、と頷いて、

「作戦を立てる。一分で決めるぞ」

と、全員の顔を見回した。

力強い猛将の言葉に、異論を挟む者は誰一人いなかった。

 

――同日、昼。

 

バーンライトとの国境線を越えたSTFは、進路を東に取り続けていた。

目指すは第三軍の根拠地リーザリオより北に六十キロの大平野。大軍の展開が可能なその地こそが、彼らの立てた作戦を実行するフィールドとなる。

「ユート……」

現代世界の戦車の巡航速度に匹敵する時速三五キロのハイ・ペースで移動する彼らの耳には、いまはそよ風の音すら轟々とうるさい。

そんな中、不思議とアセリアの声だけは透き通って聞こえた。

隊長職の証明ある陣羽織を翻しながら、悠人は隣をひた走る彼女を見る。

「どうした!?」

自分が聞こえ辛い状況にあることから相手もそうだろうと考えた悠人は、大声で問いかけた。

対照的にアセリアは、ただひたすらに前だけを見据えて、いつもの声量で呟く。

「……敵が動いた。数は一八。進路は北東に取っている」

アセリアはSTFのメンバー中、神剣の声を聞くのが最も上手い。神剣の声を聞くのが上手いということは、それだけ多くの力を引き出せることを示している。

敵の気配を探るのもお手の物だった。

アセリアの報告を受けた悠人は、視線を十メートルほど隔てて併走する柳也に向けた。

近くを走らないのは不測の事態に備えてのことだ。柳也の話では、密集した隊形は攻撃力を集中出来る反面、手榴弾などの広範囲を制圧出来る兵器に対する防御が弱いという。彼曰く、現代の高性能な火薬を使った榴弾では、70mmの小型の物でも半径一三〇メートルに渡って破片は飛散するらしい。

ファンタズマゴリアにはTNTやニトログリセリンに代わる高性能な火薬は存在しないが、赤スピリットの広域神剣魔法がある。密集しての行軍中に一網打尽にされる。それを恐れての分散だった。

「こっちの誘いに乗ってきたか。……柳也! 聞こえたか!?」

「ああ、聞こえた!」

十メートルを隔てているとはいえ、永遠神剣で強化された五感にはその程度の距離はないも等しい。ましてやアセリアの声はよく通る。

そして、友人の大声は自分のそれよりも大きい。

「俺のレーダーでも捕捉した。最初に捕捉した二十には届かんが、ほぼ敵の主力を釣り上げたと見ていいだろう。作戦の第一段階は成功、そろそろ第二段階を開始する!」

「分かった! ……柳也」

大声ではなく、普段の声量、いつもの大きさで。

悠人は、他ならぬ散開しながらの行軍を進言した柳也に、近付いていった。

いまや莫逆の友と呼ぶべき男は、戦国の兵法者そのままに腰に力を入れ、体の軸を崩すことなく足裏の前半分だけで大地を踏みしめている。

「どうした?」

「……」

悠人は無言で柳也を見つめた。

作戦の第二段階。柳也が二分で立てると言って、事実その通りにしたこの策は、柳也に単独行動をさせることになる。そして、単独行動した友人がいかに立ち振る舞うかで成否が決まる。

危険な役割だ。しかし、柳也にしか出来ない役回りでもある。下手をすればもう二度と彼とは会えなくなるかも知れない。

そんな友人に、何か言葉をかけてやりたいと思う。

しかし、肝心の言葉が思い浮かばない。

「死ぬなよ」は違うし、「無茶だけはしないでくれ」は、もっと違う。

何か良い言葉はないか。

僅かな逡巡を挟んだ悠人は、無言のまま右手の拳骨を掲げた。

たったそれだけの動作で、自分の求める行為を悟ったらしい柳也がニヤリと笑う。

柳也も左手で拳骨を作ると、自分のそれにぶつけてきた。

若々しい手と手が、ガシッ、と軽く音を立てる。

「頼むぞ」

「そっちもな。慌てて仕留め損なうんじゃねぇぞ?」

「柳也こそ、先走るなよ」

朗らかに笑い合って、悠人は柳也から離れた。

これでいい。自分達の間には、下手に湿っぽい言葉は必要ない。互いに信頼の篭もった拳を打ち鳴らし、希望に満ちた声を発して笑い合う。

どこよりも過酷な戦場で。

何よりも辛い状況で。

莞爾と笑い合う。その方が、高嶺悠人と桜坂柳也の別れには似合う。

再び距離を隔てた柳也が、加速した。

いや、そう見えたのは自分の方で、実際には彼の行軍速度は少しも変わっていない。それなのに併走していたはずの彼の後ろ姿がどんどん小さくなっていく事実は、自分の行軍速度の低下を意味していた。

いや自分ばかりではない。アセリアも、エスペリアも。STFは柳也以外、全員が行軍ペースを落としていた。

「頼んだぞ、柳也」

もう一度、ひっそりと呟いて、悠人は〈求め〉の出力を極限まで落とした。

神剣の力を完全に停止させる直前、彼の神剣レーダーは、前方をひた走る友人が発する十の気配を感じ取っていた。

 

 

――同日、昼。

 

――ッ! この気配は!?

国境線監視所の簡易兵舎から北東に十キロメートル。時速四〇キロのハイ・ペースで行軍するオディール・緑スピリットは、いまだ東進を続ける一一の神剣反応の中に、かつて感じたことのあるマナの気配を二つ感じた。

間違えようがない。あの魔龍討伐作戦で対峙し、屈辱的な敗北を己に与えた男。守護の双刃のリュウヤ。彼の持つ、二振りの永遠神剣の気配だ。

あの日の雪辱を返す日が来た!

オディールは内心でほくそ笑むと、トティラ将軍より指揮権を与えられた一個大隊と二個小隊、計一七名のスピリット達を振り返った。

その陣容は、

 

<第一大隊>……大隊長アイリス・青スピリット

第二小隊……小隊長レイア・青スピリット、他緑スピリット二名

第三小隊……小隊長アリーヤ・赤スピリット、他緑スピリット二名

第四小隊……小隊長ヒルダ・緑スピリット、他青スピリット二名

 

<第二大隊>……大隊長オディール・緑スピリット

第一小隊……小隊長オディール・緑スピリット、他青スピリット一名、緑スピリット一名

第三小隊……小隊長ソフィ・青スピリット、他青スピリット一名、緑スピリット一名

第四小隊……小隊長ハンリエッタ・赤スピリット、他青スピリット一名、赤スピリット一名

 

というものだ。

この大隊と各小隊の編成はリーザリオ軍事演習の大隊演習で予定されていたものであり、正式な編成ではない。

実際にこうしてまとまった行軍も初めてのことで、数だけは揃えていたがその実力は良い意味でも悪い意味でも未知数の域を出ていなかった。

そのため各小隊の小隊長には経験豊富な外人部隊のスピリットを当てている。

なお、ここには記載していない第一大隊第一小隊と、第二大隊第二小隊はトティラ将軍の近衛部隊として将軍にくっついてもらっている。

オディールら一八名のスピリットは散開しながらも各小隊が鏃の隊形を作って、一路北東へ向かっていた。散開しながらの行軍は魔龍討伐作戦の反省を踏まえたもので、不測の事態が起きた時のダメージを軽減するための措置だった。

「この先にいる敵は、あの魔龍討伐作戦でわたし達の仲間を大勢殺した仇敵よ。みんな、容赦はせず、油断もしないで」

一八人のスピリットの中には、先の魔龍討伐作戦に参加した者の姿もある。守護の双刃のリュウヤが恐るべき相手だということは、骨身に染みてよく理解していた。

しかし、オディール同様雪辱戦に燃える彼女らの宝石のような瞳に、怯みや、恐怖はない。あるのは、打倒守護の双刃の一念のみだった。

敵の移動が止まった。

場所は件の大平野。トティラ将軍が立てた予想通り、そこに布陣して自分達を迎え撃つ腹積もりらしい。

敵の内訳は青マナを放つ神剣が四、赤マナを放つ神剣が二、緑マナを放つ神剣が二で、黒マナを放つ神剣が一。そして、四大属性のいずれにも属さないマナを発する神剣の反応が二つ。

オディール達は必殺の剣気を各々の相棒に溶かし込みながら行軍速度を上げた。

勿論、現場に到着したと同時にスタミナ切れに陥るなどというイージー・ミスはないよう、セーブして進む。

その行軍速度、時速五十キロ。快速戦車で知られる旧ソ連のBT-7軽戦車の戦闘速度と同程度のスピードだ。しかし、永遠神剣を操る彼女らには、このスピードでさえ戦闘速度とは言えない。

敵は動かない。

神剣魔法発動の際に感じる、マナの高まりさえ感じられない。

こちらを侮っているのか。それとも何らかの策を講じているのか……と、そこまで考えたところでオディールはかぶりを振った。

不要な考えは捨てろ。我々はただ、己に与えられた任務を淡々とこなせばいい。数の利はこちらにある。赤スピリットの神剣魔法で先制打を放ち、予想される敵の反撃を緑と青の防御で無力化する。それだけだ。

問題の平野に到達した。

敵の姿は、まだ見えない。

しかし近い距離にあることは間違いない。神剣レーダーから割り出せる彼我の相対距離は、約一キロメートル。

驚くべきことに、敵は一箇所に密集した隊形を取っていた。

あの守護の双刃が指揮を執るにしては奇妙な布陣。これでは、自ら進んで広域神剣魔法で攻撃して下さい、と言っているようなものではないか。

――それとも、今回守護の双刃には指揮権が与えられていないの?

再び脳裏に浮上する不要な雑念。

再度振り払おうとかぶりを振ったオディールの視界に、敵の姿が映じた。三〇〇メートルの距離を隔ててもなお判別出来る、見知った顔だった。守護の双刃の、リュウヤの顔だ。

オディールは、トティラ将軍から預けられた三人の赤スピリットに向けて攻撃の号令をかけようとした。

そして、愕然とした。

不要な考えは捨てるべきとかぶりを振ったオディールが、別な考えに支配された。

「なッ――――――!!?」

オディールは淡いエメラルド色の双眸をいっぱいに見開いて、慄然と前方を見据えた。いやオディールばかりではない。他のスピリット達も唖然として前方の敵を見つめている。

神剣レーダーで捕捉した敵の気配はたしかに十一。それは間違いない。現にいまもこうして敵の気配は十一感じている。

しかし、視界に映じている敵の姿はたった一つ。守護の双刃の、リュウヤのみ。それ以外の敵の姿は一切見受けられない。どこかに隠れている気配もなかった。

呆気に取られたオディールは、赤スピリットへの命令を忘れてしまった。

守護の双刃がニヤリと笑う。

その手には全長五十センチほどの馬上用のショート・ボウと、一本の矢が握られていた。

視界の中で、彼の唇が動いた。声は聞こえない。唇の動きから、意味を類推する。

『デートの約束を、果たしに来たぜ?』

そう、言った気がした。

瞬間、オディールの脳裏で、あの雨の日の戦場で遭遇した男と交わした言葉が蘇った。

『その屈辱をばねにして、今よりもっと強くなってくれよ。そして、俺の前に立ちはだかってくれ。俺は、もっと面白い戦いがしたい』

屈辱以外の感情はなかった。

この言い方では、当時の自分の力量を侮蔑しているようなものではないか。少なくとも、オディールはそう解釈した。そう解釈したからこそ、今日というこの日まで打倒守護の双刃の一念に燃えて自らを鍛え直した。

全身の骨という骨、肉という肉に、熱が宿った。ふつふつ、とした怒りで、血液が沸騰する。と同時に、頭の中は奇妙なくらいにすっきりとしていた。あの日の屈辱感とともに思い出した怒りが、かえって冷静な思考を取り戻させていた。

オディールは立ち止まった。

続く十七人のスピリット達も整然と弓形の小隊形を保って立ち止まる。

「赤スピリット隊は攻撃を開始ッ!」

オディールは背後の頼もしき仲間達に号令をかけた。

次々と放たれる広域神剣魔法フレイムシャワー。危険を覚悟であらかじめ詠唱をしていた甲斐あって、号令からほとんどタイムラグなく火の雨が降り始める。

本当なら魔法を放つ赤スピリットの中にはジャネットの姿もあるはずだった。そのジャネットを不幸にしたのは目線の先にいるあの男。そう思うと、さらに怒りが募った。

「すべての万物は〈流転〉する。破壊を司る炎のマナよ、我が命令に従い、沈黙へと流転せよ……」

敵も神剣魔法の呪文詠唱を始めた。

サイレント・ストリゥム。魔龍討伐作戦の際にも見た、守護の双刃の神剣魔法だ。青スピリットのアイスバニッシャー同様、敵の神剣魔法を打ち消す効果がある。

しかし、発動が遅い。

すでにこちらの神剣魔法は発動済みで、大地には炎の水滴が多数降り始めている。ここまで侵攻した神剣魔法を消滅させるには、帝国軍の精鋭部隊レベルが扱う消滅魔法が必要だ。それとて、すでに発動した広域魔法の全弾を消し去ることは出来まい。

守護の双刃の足下に、魔法陣が出現した。

「サイレント・ストリゥム」と、言霊が爆ぜた。

同時に、三人分のフレイムシャワーが守護の双刃を、野生の緑が生い茂る大地を襲った。

一発につき三〇〇度近い超高温の炎の塊が、数秒間、男の総身を焼く。

勝利を確信したオディールは、薄く微笑を浮かべて凍りついた。

本日二度目の怪異なる事態が、目の前で展開していた。

炎の雫が大地を襲う度に、草花は燃えるというワンアクションさえ置かずに消し炭と化す。

同様に、炎の雫を浴びた人肌もまた消し炭に――――――は、ならなかった。

炎の塊がオリーブドラブの奇妙な装いに触れる。

すると、軍服には確かに一瞬、炎の輝きが燃え移る。

しかしそれは本当に僅か一瞬の光景、刹那の出来事。

柳也の身体に触れた途端、炎の塊は瞬時に勢いをなくし、消滅した。

まるで青スピリットの消滅魔法をかけられたかのように。

同じ現象が、何度も、何度も続いた。

炎の雨がやんだ。

直後、守護の双刃の足下で展開していた魔法陣が消えた。

守護の双刃が、情けない顔をして安堵の溜め息をついた。

どうやら炎の雨が降り注ぐ最中、ずっと息を止めていたらしく、やけに重く篭もった溜め息だった。

「ふひはぁ……死ぬかと思ったぁ」

守護の双刃は乾いた笑みを漏らした。

神剣の力で強化された耳膜に、その声はやけに馴染んだ。

「まじギリギリだったな。あと一秒、長く続いていたら、死なないにしても、とんでもないことになっていた。いや、エキサイティングかつスリリングな体験でした」

「いったい、どうやって……?」

オディールの疑問は、その場にいた一八人全員の疑問だった。

すでに発動していた広域神剣魔法。それも、三人分の火力を、なぜこの男は無力化出来たのか。いったいどんな魔法を使ったというのか。

口に出したオディールは、胸の内で自らを叱咤した。

いったい自分は何を口走っているのか。そう易々と、他ならぬ敵が手の内を明かしてくれるわけがない。

射るような視線で睨みつけると、果たして、男は悪戯を成功させた子どものように、屈託のない笑みを満面に浮かべた。

「どうして無事なのかって? そいつは魔法を使ったからさ」

オディールの予想に反して、守護の双刃は種明かしを始めた。

それも成功させた悪戯の仕組みを明かすかのように、あどけない表情で、言を紡ぐ。

これには、オディールならずとも一八人のスピリット全員が唖然とした。

「広域神剣魔法フレイムシャワー。一度発動すればこれほどに厄介な魔法はない。一発々々の威力は高が知れているが、複数発を広範囲にばら撒くことで防御を困難にしている。発動後に消滅魔法をぶつけたところで、無力化出来るのはせいぜい数発。次の消滅魔法を詠唱している間に、別の飛礫が体を焼くという寸法だ。本当に、厄介な魔法さ。すでに発動済みのこいつから身を守ろうと思ったら、俺みたいな第七位の神剣持ちは、ちょいと頭を使わなければならない」

桜坂柳也の消滅魔法サイレント・ストリゥムは、青スピリットのアイスバニッシャーと最終的な効果を同じとするが、敵の魔法を無力化するまでの過程は微妙に異なっている。

アイスバニッシャーは青マナの冷気をぶつけることで、活性化したマナの振動を凍結させて神剣魔法を無力化する。原生命力たるマナも物質には違いない。物質たるマナが振動している状態は、すなわち高いエネルギーを保持している状態だ。アイスバニッシャーはこの振動を止めることで――つまりエネルギーを奪うことで――敵の魔法を消滅させる。

対して、サイレント・ストリゥムは、すべての物質は絶えず状態を変化させる万物流転の大原則を考え方の下地として敵の魔法を無力化している。アイスバニッシャーのようにマナの振動を強制的に止めるのではなく、マナの振動レベルを魔法発動前の状態に戻すことで消滅させているわけだ。

アイスバニッシャーにもサイレント・ストリゥムにも、すでに発動したフレイムシャワーを完全に消滅させられるだけの性能はない。

しかし、それはあくまでアイスバニッシャーなどの消滅魔法を、敵の魔法にぶつけた場合の話だ。

「貴公らの神剣魔法を防御するために、俺はサイレント・ストリゥムを放った。フレイムシャワーにではなく、俺自身に向かって」

すでに発動したフレイムシャワーに向けて、サイレント・ストリゥムを放ったところで大した効果は期待出来ない。しかし、フレイムシャワーが標的とする男の肉体そのものが、サイレント・ストリゥムと同じようにマナの振動レベルを低下させる効果を持っていたとしたら。

それは発想の転換だった。

サイレント・ストリゥムをその身に帯びた柳也の肉体は、それ自体が数秒の間、消滅魔法の効果を持ったのである。彼の総身を焼かんと降り注いだ炎の飛礫は、その肌に触れるやたちまち振動レベルが低下、急速に威力を減衰させ、ついには消滅してしまった。それと同じ現象が、何度も起こった。

かくして灼熱の数秒間を乗り切った柳也は、生死の境に立った恐怖感から乾いた笑みを浮かべるに至った。

笑みを浮かべられる。浮かべているという実感がある。それは生きている証だ。

「勿論、こいつはかなり危険な博打だ。まず前提条件として、サイレント・ストリゥムの効果持続時間が、フレイムシャワーの降水――この場合は、降炎時間か――よりも長くなければならない。この時点ですでにたいへんな大博打だ。さらにこの方法は、俺一人にしか適用出来ない。攻撃の対象が俺一人ということが分かっていなければ出来ない行為だ。

それにサイレント・ストリゥムの効果が続いている間は、こちらからは一切の攻撃が出来ない。攻撃のためにマナを活性化させても、すぐに振動レベルが低下してしまうからな。サイレント・ストリュウムは、流転の対象を選ばない。加えて、この方法での防御は完全な無傷ではいられない。アイスバニッシャーと違って、サイレント・ストリゥムが魔法を無力化するまでにはコンマ・ゼロ数秒程度のタイムラグがかかる。そのほんの一瞬、刹那の間だが、俺はダメージを受ける。結構、チクチクと痛かったんだぜ?」

守護の双刃はそううそぶいて、オディールに微笑みかけた。

相変わらず屈託のない表情。裏表を感じさせない、いまこの時この瞬間を心から楽しんでいるかのような微笑。

守護の双刃は、ショート・ボウに矢をつがえた。

照準の向く先には、当然、自分達の姿がある。

照星の向こう側に映じる黒檀色の瞳には、どこまでも暴力的で、残忍な武士の激情が灯っていた。

「さぁ、約束を果たそう。……面白い戦いの、始まりだ」

鏃が牙を剥くその先が、変わった。

上に。

空に向かって、守護の双刃が矢を射った。

直後、激しい閃光。

そういえば聞いたことがある、とオディールはかつて同僚の間で囁かれた一つの噂を思い出した。

ラキオスの誇る二大エトランジェの一人、守護の双刃の柳也には、閃光と轟音で敵を幻惑し、戦力を奪う奇妙な魔法がある、と。

その光は一瞬だが数キロ先を照らし、轟音は数秒の間、一キロ先を震撼させる、と。

もし仮に、この魔法から音による攻撃を取り除き、閃光のみの魔法としたら。それはキロメートル単位の距離の隔たりをなくす強力な通信手段となるのではないか。たとえば、少し離れた場所に潜む伏兵に向かって、攻撃の合図を送るといった……。

オディールがその考えに至った時、彼女らの左翼側で、赤マナの激しい活性化が始まった。

一八名のスピリット全員が、一斉にそちらを振り向く。

いつの間に近づいたのか、二〇メートルほどの距離を隔てて大体規模の敵が接近していた。

伏兵ではない。どうやら、別働隊のようだ。数は十。その中には、いまにも神剣魔法を放たんとする赤スピリット二名も含まれていた。

一軍に指示を下しているのは、守護の双刃と同年代と思しき若い青年だった。

「オルファッ、ヒミカッ!」

「はい!」

「うん! いっくよ〜ッ」

若い男の声が、戦場に響いた。

四大属性のいずれにも属さない、無色のマナの波動。正眼に構えた永遠神剣からは、この戦場にいる誰よりも強大な力を感じた。

――〈求め〉の、エトランジェ?!

オディールが慄然と瞠目した直後、敵の赤スピリットが攻撃を開始した。

面制圧が可能なフレイムシャワーと、面制圧は出来ないが複数発で目標を攻撃するファイアボルトの混合射撃だ。

守護の双刃一人に意識を向けていたことも手伝って、完全な不意打ちとなった攻撃に対処出来た者は半数にも満たなかった。

オディール自身を含めた外人部隊の面々は、流石に全員が防御なり回避なりの行動を取ったが、それでも完全な無傷でいられた者は全体の三分の一にも満たない。オディール自身は、ドラゴニック・アーマーの加護もあって無事だった。

そんな状態のオディール達に、追い討ちをかけるべく攻撃の要たる三人の青スピリットと年少の黒スピリットが一人、雪崩を打って襲い掛かってきた。

指揮を執っていた件のエトランジェも、不気味な紫色の刀身を振りかぶって突っ込んでくる。

たちまち、左翼を担当していた第二大隊の第三、第四小隊の五人がやられた。生き残った赤スピリットは、第二軍から派遣されてきた外人部隊の一人だった。

敵の狙いはこれだったか。守護の双刃自らが自分達を釣り上げる餌となり、こちらの油断したところを別働隊が衝く。

いまだ守護の双刃の周囲から感じられる十一の気配。あれもおそらくは憎き仇敵が自分達を誘い出すために用意したものだろう。これまたいったいどんな魔法を使ったかは分からないが、自分達はまんまと敵の策に嵌められたわけだ。

いまになって敵の真意を悟ったオディールは、思わず歯噛みした。

守護の双刃が企てた作戦に敗北するのはこれで二度目だ。悔しさや相手への怒り以上に、自分自身が情けなかった。

「オディール!」

注意を促す戦友の声。

刹那、右側より斬撃の緊迫。

咄嗟に摺り上げた〈悲恋〉の三日月の刀身二尺九寸七分が、襲いくる肥後の豪剣を弾いた。

抜き打ちの一撃の勢いを殺すことなく、頭上に振り上げた〈悲恋〉を上段に構えるや体側を整え、必殺の呼気も鋭く垂直に振り下ろす。

初撃の失敗と同時に後方へ飛び退いていた守護の双刃は、それを難なく避けると、ニヤリと笑って五間の距離を置いた。

後方へ跳ぶのがもう一瞬でも遅ければ、致命傷は確実の一撃だった。

しかしそれを避け凌いだ男の表情に、刹那の窮地を脱した安堵や、恐怖は微塵も感じられなかった。

「いいなぁ。前に戦った時よりも反応が素早く、技も鋭くなっていやがる。こいつは楽しめそうだ」

低く嗤うようにうそぶいて、守護の双刃は細身の永遠神剣を正眼に構えた。

その隣に、一つの影が忍び寄り、並ぶ。

剣とも呼べぬ容姿の鉄棒を、同じく正眼に構えた〈求め〉のエトランジェだった。

「いいタイミングだったぜ、悠人」

「お前の合図が的確だったからだよ」

ユート、というのは、もう一人のエトランジェの名だろうか。

戦場という極限のストレス下にいるにも拘らず、肩を並べ、言葉を交わす二人の表情は明るい。

僅か数言のやり取りからも、目の前の二人の間にある強い信頼関係が窺える。実力以上に、厄介なタッグだということがすぐに分かった。

オディールは薙刀状の〈悲恋〉を中段に構えた。

それに習って、他のみなもそれぞれの得物を構えて眼前の敵を警戒した。

伏兵、というよりは、別働隊と言うべきだろう。思わぬ敵の登場に浮き足立っていた第三軍だったが、彼女達が規律ある行動を取り戻すのにそう時間はかからなかった。

たしかに奇襲は受けた。被害も少なからぬものを被った。しかし、自分達はまだ負けていない。

客観的に見ても、どちらの側が不利なのかは明らかだった。

敵はエトランジェ二人を含む十一人。

対して、我が方の残る戦力は十三人。数の上ではほぼ互角だが、ほとんどが大なり小なりのダメージを背負い、また隊員間の練度のばらつきも無視出来ないレベルにある。

しかし、指揮権を預かるオディールの頭の中に、いまだ後退の二文字は存在しなかった。

たしかにいま、自分達は不要な油断から窮地に立たされている。

しかし、それがいったい何だというのか。

敵が策を成功させたのなら、自分達もまた、あのバラック小屋を出る前に立てた作戦を成功させてやれば良いだけのことだ。

当初の目論見通り、敵はこちらを罠に嵌めたことで慢心し、油断しているきらいが見受けられる。この状態の敵を罠にかけるのは、決して難しいことではない。

問題は時間だ。自分達の策を実行するためには、いましばらくの時間を稼がなければならない。また、出来れば策の実行までに敵の戦力を削っておきたい。

油断なく警戒の姿勢を取りながら、オディールは静かに深呼吸を繰り返した。

自分自身が情けないと、落ち込むだけならば後でいくらでも出来る。いまは気持ちを切り替えなければ。

――いまは、自分のやるべきことをやらないと!

雪辱戦はまだ始まったばかりだ。負けた、と結論を下すには、まだ早い。

オディールは一度は萎えかけた気力を、自ら奮い立てた。

彼女の心構えに呼応して、シールド・ハイロゥが輝きを増す。ハイロゥの活性化はオディールの戦闘能力の増大を示している。

オディールは素早く敵を観察した。

集団戦におけるセオリーは、まず優秀な敵から倒すことだ。最優秀の敵から戦闘力を奪えば、残る敵に対して優位に立てる。

オディールはこの戦場で最優先に倒すべき敵の候補を三人選んだ。

守護の双刃と、その隣に並ぶ〈求め〉のエトランジェ、先の奇襲攻撃で瞬く間に二人を屠った長髪の青スピリットの三人だ。オディールの見たところ、この三人こそがラキオス最強の戦力にあい違いなかった。青スピリットはおそらく、噂に伝え聞いた“ラキオスの蒼い牙”だろう。

オディールは自分の指揮する小隊の青スピリットと緑スピリットに目配せした。

自分の選んだ三人のうち、特に後々のことを考えていますぐに倒すべきは誰か。無言で標的の存在を告げたオディールに、戦友達は小さく頷き返した。

強化されたオディールらの耳朶を、低く、唸るような地響きの音が撫でた。

土煙を巻き上げる音に混じって聞こえてくる、馬の蹄が大地を蹴る音が、彼女らの心を勇気付けた。

左手を主に。右手を従に。刃を上に、下段に構える。

静かに、細く、深く呼吸。

狙う敵との距離は四間ほど。スピリットの脚力ならば、一足一刀の距離だった。

構えの変化に攻撃の気配を察したか、友人と並ぶ男が正眼に構えながら視線だけを散らす。

背後で同僚達が頷き合う気配。

風のそよぎから見当づけたオディールは、最大の敵を打倒するべく前へと踏み込んだ。

 

 

国境線の向こう側に潜む敵との戦闘を覚悟した次の瞬間、桜坂柳也の頭の中では、早くも敵に対する攻撃オプションの原案がまとまりつつあった。

出来上がった原案を煮つめること約二分、自分自身が餌となることで敵の主力を釣り上げ、気配を殺して接近した別働隊が横撃を仕掛ける柳也の作戦は、無事に成功を収めた。

不意を衝かれる形となった敵の損害は甚大で、早くも三分の一近い戦力を失った。

他方、我が方の被害はほぼ無傷に近い結果だ。

幸先の良いスタートを切った自軍の士気は高く、内心では戦うことを嫌っている悠人ですら余裕のある笑みを口元にたたえていた。

柳也はそんな戦友達の様子を横目に、表面上はみなと同じく笑みを浮かべながらも、内心では激しい動揺を覚えていた。

気掛かりに思うことは二つ。

一つは、奇襲の一撃で与えたダメージが、思ったよりも少なかったこと。柳也の想定では、最初の奇襲攻撃で敵戦力の四割は削れるはずだった。この四割という数字は、バトル・オブ・ラキオスでオディールらと戦った時の経験を基に計算して弾き出したものだ。その計算がはずれた事実は、過日よりも敵の戦力が強大になっていることを意味している。

――全体としてはパワーアップした印象はさほど感じられない。しかし、オディールを始めとする一部の連中は、バトル・オブ・ラキオスで戦った時よりもかなり強化されているッ。

個人的には敵の強大化は望むところ。しかし、STFの副隊長としては、素直に喜べない事態だった。

もう一つの気掛かりな点は、奇襲後の敵の動きだ。

横撃の直後、オディールらの動きには確かな動揺が見受けられた。しかし混乱の時間はあまりにも短く、いまや敵は完全に規律ある行動を取り戻している。

――混乱から立ち直るまでの時間が、いくらなんでも短すぎる。奇襲直後の混乱状態から冷静迅速な行動を可能にしたものは、いったい何だ?

予想外の攻撃を受けたにも拘らずこのまとまり様だ。彼女らの背後に、何か確たる拠り所があるのは明白だった。それが彼女達の指揮を担当する誰かの言葉なのか、それ以外の何かなのかは分からないが。

――もしかすると、敵の攻撃オプションはまだ続いているのか? 俺達が奇襲と思いこんでいるあの攻撃さえ、奴らにとっては想定の範囲内の出来事で、自分達の作戦を中断するほどのことではなかったというのか!?

不吉な想像が膨らみ、頭の中を支配しかけた時、柳也の危惧を裏付けるかのように、真正面のオディールが薙刀型の永遠神剣を下段に構え直した。

集団戦における構えの変化は、攻撃の意思表示に他ならない。

己を正面から見据えてくる強い眼差しに、屈服や諦めの色は見受けられない。

悪い想像が当たったらしい。どうやら、敵の作戦はまだ続いているらしかった。

柳也は正面の敵に最大の注意を払いつつ、視線を方々に飛ばした。

オディールの背後には青と緑のスピリットが一人ずつ。目線の配り方や神剣の構え方から察するに、積極的な攻撃の意思は感じられない。しかし、チャンスがあればいつでも飛び出せる姿勢を作っていた。

これでは、正面の敵だけに応じて、迂闊に構えを変えるわけにはいかない。

柳也は正眼のまま警戒を続けた。

同田貫には、〈決意〉の一部が寄生している。

オディールが動いた。

体側を左に、深く踏み込みながら下段からの苛烈な斬撃。狙いは己の左胸か。地から天へと、一条の稲妻が擦り上がった。

柳也は正眼から同田貫を振り下ろして対抗した。

鋼と鋼の打ち合う甲高い音が響いた。

刀勢の乗り切った下段からの斬り上げに、正眼からの打ち込みは敵わなかった。

同田貫を弾き上げられ、がら空きになった胴に、光線が迫る。

凍てついた空気が頬を刺した。

――〈決意〉、胸部前面にオーラフォトンシールドを展開ッ。

【領解した、主よ】

口の中で鋭く叫ぶや、胸板を覆うように小さなオーラフォトンの盾が出現した。

防御範囲や強度の面で〈戦友〉のオーラフォトンバリアに劣るオーラフォトンシールドだったが、反面、〈決意〉の盾は展開までの時間が短く、即応性に優れていた。また、発動に必要なマナも少なく、燃費が良いのも特徴だった。

地上より擦り上がった斬撃が、精霊光の盾を撫でた。

勢いを失わぬ三日月の刀身は、そのまま反時計回りに一回転、再度、今度は柳也の脛を襲う。薙刀による連続攻撃、水車斬りだ。

すかさず、隣に立つ悠人が援護に入ろうとする。しかし友人の動きは、別な小隊が三人掛かりで押さえにかかったため阻まれた。

強力なエトランジェに対しては、複数人をもってこれに対処する。バトル・オブ・ラキオスの教訓が活かされた、上手い戦い方だった。

他のみなも、おおむねそれぞれの敵と戦っている。

オディールの薙刀が一回転をする間に、柳也は体勢を持ち直していた。

上に弾かれた同田貫をそのまま上段に、襲いくる斬撃を掬うように袈裟に斬る。

再び、鋼と鋼の打ち合う音。

今度は、上段からの一撃が勝利した。

オディールが左によろめき、体勢が崩れた。

思わず、唇の端がニヤリと釣り上がった。

バトル・オブ・ラキオスで刃を重ねた時よりも、オディールは確実に強くなっている。

そのオディールを、いまこの瞬間、自分は圧倒した。

嬉しさが込み上げた。同時に、楽しい、という感情が爆発した。

袈裟に振り抜いた姿勢から、追い討ちの斬り上げのため刃を返す。

刹那、左右から殺気が殺到した。

オディールの窮地は同時に桜坂柳也を討つチャンスでもある。

左からはロングソードの斬撃が、右からは空を引き裂く槍の一突きが迫った。

柳也は同田貫の柄から右手を離した。

左腕一本で、肥後の豪剣二尺四寸七分を斬り上げる。と同時に、右手を脇差の柄へと伸ばした。

刹那、魂に刻んだ悔いるべき記憶が、脳裏に蘇った。

あの雨の日の戦場。バトル・オブ・ラキオスの最中。ニムントールを守るべく、脇差を抜刀し、敵に向かって投擲しようと試みた。

あの時の抜刀は失敗に終わり、ニムントールは無事だったものの、他ならぬ自分自身が大怪我を負った。

しかし、今回は……。

柳也は腰の遠心力を十分に効かせて、脇差を一挙動で抜刀した。ヘリオンに師事した居合の業が、ここにきて活きた。

左より迫るロングソードと、同田貫が激突した。

打ち負けた。しかし、軌道を反らすことには成功する。

左半身を前に出して、斬撃を避けた。

続いて、右側より迫る槍に向け、脇差の刃を水平に立てる。

ぎりぎりまで引き付けたところで、手首のスナップを効かせ、峰で叩いた。

これまた軌道が反れる。柳也は脱兎の如く駆け出した。

攻撃を避け、三者との距離を取る腹積もりだ。

視界の端に、襲ってきた青スピリットを倒した悠人の姿が映じた。隙を衝いて敵の間合いから離脱すると、向こうも自分の姿を捉えたか、合流するべく駆け寄ってくる。

新たなる攻撃の気配を感じたのは、次の瞬間だった。

これまで意識を向けていたのとはまったくの別方向に、突如として攻撃的に活性化した神剣の反応が六つ出現した。そのうちの四つは、赤マナの急速なエーテル化と熱量変化を図っている。

――別働隊!? 奴らも同じことを考えていたかッ。

遮蔽物がなく、大軍の機動が可能な大平野では、別働隊の動かし方一つで形勢が決まる。

振り返る暇すら与えられなかった。

同士討ちを避けるためだろう、三時の方向よりファイアボールが三発、悠人に殺到した。計算しつくされた完璧な弾道。回避は、あまりにも困難だ。

「悠人――――――!」

「ユートッ」

己の声と、アセリアの声とが重なった。

突然の攻撃にすぐさま反応出来たのは、自分と彼女だけだった。

アセリアは眼前の緑スピリットに一撃を叩き込むと、ウィング・ハイロゥを展開、そのまま相手の間合いから離脱するや、高空にてアイスバニッシャーの詠唱を開始した。

柳也も、悠人のもとへと疾走しながら、サイレント・ストリュウムを詠唱する。

先に詠唱が完結したのは、アセリアの方だった。

凍結した青マナのエネルギー体が〈存在〉の刀身より放たれ、寸分の狂いなくファイアボールの一発を迎撃、消滅させる。

続いて、柳也もサイレント・ストリュウムを発動。アセリアの凍結魔法弾よりもやや青白いエネルギー体は、一世代昔の迎撃ミサイルのようにファイアボールの手前で爆砕。その火力を、流転させた。

残る一発は、悠人も自力で避けた。

口の中で安堵の息。

しかし、敵の真の狙いはその安堵、安堵の中に生まれた、油断だった。

一条の赤い閃光が、視界を引き裂いた。

ただ攻撃のためだけに、鋭利に研ぎ澄まされた赤マナの気配。

稲妻を纏った炎の柱……ライトニングファイアだ。赤スピリットが扱う神剣魔法の中でも、初速と射程に優れた中難度の神剣魔法だ。雷を纏った炎は速く、その火力は使い手にもよるが、一瞬で鉄の塊を蒸発させるという。

事実、低空で飛行する雷炎が過ぎ去った後には、直接触れていない草花でさえちょっとした小火が生じていた。

その炎の槍が向かう先に気付いた柳也は、指揮権の優先順位を忘れて口を開いた。

「ネリー、シアー、ヒミカ! エスペリアを守れッ」

炎の槍が進む先には、STFの守りの要にして支援の要、エスペリアの姿があった。

自らは積極的に攻撃に参加することはないが、要所々々で的確なサポートをする彼女の存在を、敵は最も疎ましく思ったらしい。

苛烈に攻め立てる青スピリットへの対処で手いっぱいのエスペリアに、予期せぬ方角からの攻撃を回避する余裕はなかった。

柳也は咄嗟にゲッドバック作戦で負傷したエスペリアの姿を思い出していた。

あの時も、エスペリアはセーラ・赤スピリットの神剣魔法の直撃を受けて、一時は命すら危ぶまれるほどの重傷を負った。緑スピリットの彼女にとって、赤スピリットの神剣魔法は脅威以外の何物でもなかった。

柳也の命令を受けたネリーとシアーは、最前の敵を放り出してウィング・ハイロゥを展開した。白い翼の持つ推進力を全開に、敵との間合いを取ると、アイスバニッシャーの詠唱を開始する。

しかし、二人の青スピリットが吐き出す言葉よりも、雷を纏った火砕流が地を這う方が速かった。

炎の柱が、エスペリアに肉薄する。

彼女に貼り付いていた青スピリットが、巻き込まれては堪らぬ、とばかりに離脱した。

これでエスペリアは自由の身だが、回避の時間は、残されていない。

「マナよ、炎のつぶてとなれ。ファイアボルト!」

雷鳴を轟かせる灼熱の炎が、あわやエスペリアに直撃、というタイミングだった。

ネリー達と違い、普段から神剣魔法の発動に馴れているヒミカの短い詠唱が、空気を裂いた。

ダブルセイバーの〈赤光〉を中心に魔法陣が展開し、真紅の円の中央からいくつもの小火球が噴出する。

飛び出した炎の塊は、炎熱の柱の横っ面を殴るかの如く、次々とライトニングファイアに襲い掛かった。

横撃によりライトニングファイアの軌道を反らすつもりか。

とはいえ、所詮はファイアボルトの小火球だ。全弾命中させたところで炎の柱の行き先は変わらないだろう。

ましてや、実際の命中弾は数発に過ぎなかった。

ファイアボルトの軌道は、一直線のまま変わらない。

しかし、勢いの減衰には成功した。

一瞬の遅速。

しかし、エスペリアほどの手練であれば、その僅か一瞬の時間さえあれば十分だった。

中段に構えた〈献身〉の刀身が、鈍い輝きを放った。

エスペリアを取り巻く周囲の空間から緑のマナが減少し、変わって彼女自身のマナが増大するのを、柳也は知覚した。そうかと思うと、視界からエスペリアの姿が掻き消えた。緑スピリットのエスペリアだが、本気を出せばその瞬発力はF1マシン並の加速を可能にする。

ライトニングファイアを避け切った勢いを殺さぬまま、エスペリアは離脱した青スピリットとの間合いを詰めた。

槍は突く武器であり、打つ武器であり、斬る武器でもある。

刀身部にマナを集めた〈献身〉が、飛び込みざまに必殺の胴斬りを見舞った。

青スピリットはサーベルで受けるや、反対にエスペリアの懐に潜り込もうとした。

しかし、歴戦のエスペリアはそれを読んでいた。

存分に腰を沈めると、下段から穂先を跳ね上げた。

応じて、青スピリットもサーベルを肩先へと振り下ろすが、エスペリアの方が速い。

青スピリットの顎が、ぱっくり、割れた。

致命傷ではない。

しかし、脳震盪を起こしたか、反応が鈍くなっている。

そこを、ヒミカのダブルセイバーが襲った。

身動きの取れない青スピリットはウォーターシールドを展開、〈赤光〉の刃が、水の盾を斬りつける。もうもうと蒸気。どうやら、〈赤光〉の刀身部はかなりの熱を発しているらしい。

ヒミカは膂力の限り〈赤光〉を振り回し、水の盾を何度も斬りつけた。

始め楕円を描いていたウォーターシールドは、徐々に小さく、徐々に歪な形に変形していった。もはや水の盾に、身を守る防具としての機能は期待出来ない。

頃合良しと見たヒミカが、〈赤光〉を手の中で回転させながらV字に斬りつけた。

鉛色の双翼が、青スピリットのふくよかな胸板に十文字を刻み付ける。

端正な顔が悲痛に歪み、唇から血の塊が吐き出された。

そして、消滅。

一連の攻防を最後まで見届けた柳也は、口の中で安堵の息をこぼした。

 

 

「……ほぅ。あれを避けるか」

不意に、柳也の耳朶を太く、ややしわがれた声が撫でた。

聞いた憶えのない、男の声だ。

別働隊の攻撃があった方を振り向くと、そこには六人のスピリットを従えた、漆黒の馬の姿があった。

屈強な筋肉、精悍な面構えが印象的な馬だった。あの平将門公の愛馬……黒竜もまた、このような面魂をしていたのだろうか。

そんな優駿の背には、これまた威風堂々とした初老の軍人が跨っていた。

手綱を結んだ馬とは似てもにつかぬ、巌のような顔立ちの男だ。齢六十を過ぎているであろう胸板はされど分厚く、炯々とした眼光を発する猛禽の眼差しは、真っ直ぐ柳也を射抜いている。

軍服の胸元に縫い付けられた階級章が示す位は、“将軍”。エルスサーオ方面軍のヤンレー司令のように、一個軍を統率する立場の人間だ。バーンライト王国には、その大いなる指揮権を持っている人間は三人しかいない。そして、この三人のうち、リーザリオ近辺のこの平野に顔を出す可能性のある人物は、一人しかいない。

「面白い戦い方をするな? 三人一個小隊の編成に囚われることなく、時に四人で、時に二人で連携して行動する。たかが一人のスピリットのために、一個小隊全員が援護に回る。この世界に生まれ、この世界の軍事を学んだ人間からは、到底生まれえぬ発想だ」

また、重い声が耳膜を叩いた。

すでに初老に差し掛かっている男の発した声とは思えぬほどの威圧感。意図せずして、ごくり、と喉が鳴った。柳也は自分が緊張していることに気が付いた。興奮を伴った緊張だ。

無理もない。

いま、目の前にいるのは本物の軍人、本物の猛将だ。

聖ヨト暦三〇〇年の鉄の山戦争。ラキオスが必勝を期して準備し、計画したこの戦いを、彼は破った。以降三十年に渡って、ラキオスの攻撃を寄せ付けなかった彼は、いつからか“石の壁”と仇名されるようになった。

その勇名は敵国ラキオスにすら広く轟き、恐怖とともに、尊敬と崇拝の対象となった。

「羽織の形から察するに、貴様が隊長で、貴様が副隊長か」

馬上の将軍が、悠人と柳也を交互に睨んだ。

「確認のために訊ねるが、どちらが守護の双刃だ?」

「……私です」

柳也は同田貫を正眼に構えて、一歩前に出た。

老将の頬が、ニヤリと緩む。岩石をそのまま削ったかのような相貌が、その一瞬だけ、まるで長年の友と再会したかの如く穏やかな表情になった。

「貴様が守護の双刃か。オディールらから話は聞いている。一度、会って話がしたいと思っていた」

「それは、私もです」

普段は使わぬ丁寧な言葉遣いが、自然と口をついて出た。

なぜか、この男の前ではそうしなければならないような気がした。

彼は馬上の将軍を見上げた。

六人のスピリットに最大の警戒を払いながら、柳也は口を開いた。

「私も、この世界にやって来て、あなたのお話を窺ったその日から、ずっと会いたいと思っていました。会えて光栄です。バーンライト王国第三軍司令、トティラ・ゴート将軍閣下」

バーンライト最強の猛将スア・トティラ。

柳也がこの世界で最も会いたかった男にして、いまのこの場においては最も会いたくなかった男。

ラキオスを三十年に渡って苦しめ続けてきた勇将との対面を果たして、柳也はほろ苦く微笑した。

 

 


<あとがき>

 

柳也「ビバ、主人公!」

 

北斗「……今回のあとがきではいきなりハイ・テンションだな? いったいどうした?」

 

柳也「いやぁ、前回の話では主人公なのにまったく出番がないっていう不遇だったけど、今回見事に復活! そして俺、大活躍!」

 

北斗「自分で言うのか、それを……」

 

 

柳也「ふっふっふー。偉大なるモモタロス師匠ではないが、戦いはノリの良い方が勝つ! いまの俺なら、レーズの奴も指先一つでダウンさせられそうな気がする!」

 

タハ乱暴「まぁ、この後のおまけだと、君、たいへんな目に遭ってるけどね」

 

柳也「え?」

 

北斗「……本当だ。物凄い流血沙汰だ」

 

柳也「うぇ? 流血? 金網デスマッチ?」

 

タハ乱暴「……頑張れ主人公ってね。さてさて読者のみなさん、おはこんばんちはっす。今回も永遠のアセリアAnotherをお読みいただきありがとうございました! 今回の話はいかがだったでしょうか?」

 

北斗「今回の話でついに柳也とトティラ将軍が激突したな。前半戦はSTFの勝利に終わったが……」

 

タハ乱暴「まぁ、勝因は多分に〈決意〉と、〈戦友〉にあるんだけどね。今回の話では体内寄生型の永遠神剣の、特殊性を見せていこうと思って。実際、リアルな軍事の世界で、レーダーを騙す能力って脅威以外の何物でもないし」

 

北斗「そして次回は、ついにあのスピリットが剣を抜くか」

 

タハ乱暴「長かったよね〜。EPISODE:06で初登場。ようやく次回で戦闘だよ」

 

柳也「ふふふ。次回も面白い戦いになりそうだぜ!」

 

タハ乱暴「ふっ。楽しみに待っているがいい! 流血沙汰を!」

 

柳也「うぇ?」

 

北斗「読者の皆様、永遠のアセリアAnotherEPISODE:41、今回もお読みいただきありがとうございました」

 

タハ乱暴「次回もお付き合いいただければ幸いです」

 

北斗「ではでは」

 

 

柳也「……うぇ? おで、次回、血ィ、流すの? え? 流血スプラッタって苦情来ない? え? この話、規制とかされない? え? 大丈夫なの!?」

 

 

 

 

 

<おまけ>

 

全身全霊を篭めた渾身にして、会心の一刀だった。

呼気はいつもより鋭く研ぎ澄まされ、刀勢に宿る剣気は、過去類を見ぬほど強大だった。

憎悪の念が、己の太刀筋を冴え渡らせたとしか考えられない。

親友を守りきれなかった悔恨の念からの鍛錬が、自分にかつてないパフォーマンスを発揮させたとしか思えない。

負の執念。

この身を突き動かす原動力としては最悪の部類に入る力だが、間違いなく、その念が己に最高の力を与えていた。

与えているという、確信があった。

この力ならば奴にも届く、という思いがあった。

この力を以って奴を殺す、という決意があった。

そして、一刀を放った。

その果てに、柳也は墜ちた。

全力をぶつけて……魂をぶつけて……それでもなお、あの男には、届かなかった。

「ク……ゥウ……ッ」

落下の最中、柳也は悔しげに唸り声を漏らした。

唇から血が滴るほどに歯を噛み締め、掌から血が滴るほどに拳を握り締めた。

墜ちていく。

己の肉体が。

己の思いが。

友との、約束が。

墜ちていく。

「ちくしょぉ……チクショ――――――!!!」

男の絶叫が、無人の洛陽に轟いた。

墜ちた。

頭から。

骨が砕けた。

全身の穴という穴から、血煙が噴出した。

男が、地面に降り立つ。

それだけで、地面が浮いた。地割れと、陥没が、起こった。

「……悪くない力だ。相当腕を上げたな」

朱色に染まった柳也に向けて、男が呟いた。

二メートルを越す巨躯。浅黒い肌。黒衣から覗く肉体は筋骨隆々とし、その手には分厚い鉄板のような永遠神剣が握られている。

黒き刃のタキオス。かつて、桜坂柳也と秋月瞬の運命を狂わせた男の一人が、そこに立っていた。

「だが、俺と戦うにはまだまだ足りん。この程度の力では、己の運命を変えることは出来んぞ?」

「うる、せぇ……」

自ら作った血の海に同田貫を突き立て、男は咆哮した。そして、立ち上がった。

剣を正眼に構える。

もうこれ以上、あの男の声を聞いていたくなかった。

「黙れ。お前はもう、口を聞くな。……殺してやる。いますぐ、殺してやる!」

「いまの貴様には無理だ。この俺を、誰だと思っている?」

黒い刃風が、暴風となって唸った。

黒衣のタキオスが、巨大な永遠神剣を正眼に構えた。

たったそれだけの動作で砂塵が舞い上がり、木々が揺れ、恋の家の屋根瓦が飛んだ。

「秩序の法皇の右腕、永遠神剣第三位〈無我〉の契約者にして、漆黒の闘神、黒き刃のタキオスだぞ?」

「殺す……。殺す……。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺してやるッ!!!」

「聞き分けのない小僧だ。だが、その意気や良し。……テムオリン様からはすぐ連れてくるよう言われているが……少し、遊んでやろう」

 

 

その男が苦戦する様子を、その場にいた誰が想像出来ただろう。

桜坂柳也。ある日、突然この世界にやって来た異邦人。奇妙な形の刀剣を振るい、数多の敵を倒してきた。子どもが好きで、女好きで、なにより戦いが大好きで、あの呂布奉先さえ最後にはその実力を認めた。

関雲長のような神速はない。

張翼徳のような豪力もない。

呂布奉先のような天賦の才とは無縁の男だ。

しかし彼は誰よりも強かった。その魂は不屈にして気高く、その太刀筋は剛直にして流麗。その事実は、呂布の邸宅に集まったジョニー軍の誰もが認めるところだった。

その柳也が、いま、突如として現われた得体の知れない男を相手に苦戦している。

いや、一方的に叩きのめされている。

全身これ憎悪の塊と化した柳也の太刀筋は、文官の朱里から見てもそうと分かるほどいつもより冴え渡っている。

しかしその一刀が届かない。

その一刀をして、当たらない。

その事実が、朱里達には信じられなかった。

「ダギヴォォズゥゥ!!」

柳也が、また吼えた。

吼えながら、同田貫を振り抜いた。

しかし裂帛の気合を篭めた一刀は、黒衣の男が振るう巨大な剣に受け止められ、ダメージとはなりえなかった。

かえって、相手のカウンターを誘うだけとなった。男の右手が黒く光ったかと思った次の瞬間、重い拳が柳也の鳩尾を貫いた。

文字通り、貫いた。

柳也の体に、男の太い腕が生えた。

鈴々が、恋が、華雄が、息を飲んだ。

朱里が、絶叫した。

「ご主人様――――――――――――ッ!!!」

 

 

腕の骨を砕かれた。

足の骨を砕かれた。

その上さらに、腹を突き破られ、大腸の一部と、他の内臓もいくつかもっていかれた。

痛みはなかった。痛覚は、とっくに機能していなかった。視覚もそう。

いまや柳也は、ほとんど相手のマナの気配だけを頼りに刃を振るっていた。

――……でけぇ。

視力を失い、神剣レーダーの感覚機能だけを研ぎ澄まして、改めてタキオスから感じられるマナの巨大さに畏怖した。

自分がいま立っている中華の大地。そこに宿るマナの総量がちっぽけに思えてしまうほどの巨大で、暴力的なマナ。まるで、太陽と戦っているかのような気分だった。

いや実際、タキオスの肉体から感じられるマナは、天高く輝く太陽に匹敵するほどのエネルギーを持っていた。

いまは手加減してくれているようだが、これがフル・パワーとなればどれほどの惨事となるか、想像がつかなかった。

――こいつに勝つには、色んなモンを犠牲にするしかない……。

命を燃やす。己の魂の炎を、すべてぶつける。

そんな覚悟でさえ、まだ足りない。

人間が太陽に勝つためには、ありとあらゆるものを犠牲にする必要がある。

星を砕くには、星そのものを犠牲する覚悟を固めなければなるまい。

――〈決意〉、頼む。

【よいのか? そんなことをすれば主は勿論のこと、朱里や鈴々……そればかりか、この大陸に、この星に住むすべての命が滅びることになるぞ?】

――構わん。覚悟は出来た。

そう。覚悟は、決まった。

この星を滅ぼす覚悟。

この星に生きる、朱里や鈴々、愛紗達を犠牲にする覚悟。

――俺は、俺のエゴで、この星を滅ぼす。

柳也は、同田貫を上段に構えた。

最強最速の一撃を放つための、烈火の構え。

呼気を、剣気を研ぎ澄まし、柳也は、〈決意〉に命じた。

――やれ、〈決意〉。この星の、ありとあらゆる生命からマナを奪い尽くせ!

【よかろう。汝の決意に敬意を表し、我のすべてを次の一撃に賭けよう!】

瞬間、大地から、大気から、膨大なマナが、柳也の身体へと注いだ。途方もない、マナの奔流だった。

「ほぅ……?」

長大な第三位の永遠神剣を正眼に構えたまま、タキオスが感嘆の吐息を漏らす。

第七位の神剣士たる柳也以上に鋭敏な彼の感覚は、目の前の男に怒涛の勢いで奪われていくマナの流れを瞬時に知覚した。

「なるほど。己の持つマナだけでは足りぬと判じ、周囲のマナを取り込むことにしたか。たしかに、その判断は間違いではない。しかし、貴様も気付いていよう? もともとこの世界のマナは希薄だ。どれほど奪ったところで、大した力は得られんぞ?」

「へっ……。誰が、周囲のマナだけって言ったよ?」

「む?」

蔑みの冷笑とともに叩きつけられた言葉に、タキオスは怪訝な表情を浮かべた。

柳也は視力を失った三白眼を、カッ、と見開き、叫んだ。

「全部だ。この星を生かす原生命力……この星の自転運動と核融合反応を支えるマナの全部を、テメェにぶち込んでやる」

「……正気か? そんなことをすれば、貴様の仲間はただでは済まんぞ?

いや、それ以前の問題として、そもそも貴様にはそのようなことは出来ん。貴様の神剣は第七位。周囲から一度に取り込めるマナの量も、取り込める範囲も高が知れている。第一、それほどの膨大かつ純粋な原生命力に、貴様の肉体は耐えられん。星一つ分のマナを取り込もうと思ったら、最低でも第四位以上の神剣と、俺達エターナル並の頑健な肉体が必要だ。そして貴様は、そのどちらも持っていない」

「ンな事、知るか」

理路整然としたタキオスの言葉に、柳也は決然と言い放った。

「いまの俺に重要なのは、出来るか、出来ないかじゃねぇ。やるか、やらないか、だ。

お前は、瞬を傷つけた。お前は、俺と瞬の絆を断ちやがった。俺はお前のことが許せない。お前を倒すためなら、どんなことだってしてやる。少しでもお前を倒せる可能性があるのなら、どんなにか細い蜘蛛の糸だろうが、掴んでやる。この糸は、誰にも渡さねぇ」

「……納得のいく理由だ。ならば見せてみろ、貴様の決意を。星一つ滅ぼしてなお俺を殺そうとする貴様の覚悟を」

タキオスが言い放った次の瞬間、男の身体を取り巻く黒い精霊光が、猛々しい雄叫びを上げた。

漆黒の刃を、烈火の構えに振りかぶる。

空間断絶。振り抜く一刀は空間の連続性を断ち、星をも斬り捨てる。

二つも三つも攻撃手段を持つ必要はない。黒き刃のタキオスが、気の遠くなるような研鑽の果てに辿り着いた境地は、ただ一振りの、上段斬りだった。

ともに烈火の構えで対峙する二人の剣士。

片や秩序の法皇に仕える最強の武人。

片や秩序の法皇によって運命を捻じ曲げられた弱き青年。

ともに臍下丹田に気を篭め、呼気も鋭く、気迫凛然たる眼差しを、相手に叩きつけた。

柳也の身体から、血煙が噴出した。

これまでの戦いで全身に刻まれた裂傷。そこから、赤い濁流が次々と湧き出した。

限界が近い。これ以上、マナを取り込み続ければ、相手を倒すどころか、この一刀を振り抜く力さえ失われてしまう。

そう悟った柳也は、次の一刀にすべてを篭めた。

己の技を。己の力を。己の気を。この世界の、すべてを。

稲妻の刀身の二尺四寸七分に託し、柳也は、振り抜いた。

応じて、タキオスも漆黒の〈無我〉を振り抜いた。

目の前の剣士の最大の一撃に、自らの全力を以って、応えた。

 

 

 

 

そして――――――

 

 

 

そして、二人の男は――――――

 

 

 

二人の、刃は――――――

 

 

 

 

 

「ぶるああああっ! 待ちな、さぁぁぁぁぁいいん!!」

 

 

 

 

唐突に、そして不条理に。

突如として二人の間に割って入った漢女の手によって、阻まれたのだった。




結構、凄い決断をしたな柳也。
美姫 「って、またおまけの感想から先に!?」
まあ、それぐらいおまけも緊迫した状態って事だよ。
さて、今回のアセリアはついに両軍が激突だな。
熱い、本当に熱い戦いに思わず手に力が篭ったよ。
美姫 「本当よね。目が次々と文章を追っていったわ」
ピンチを何とかやり過ごし、目の前には勇将が。
美姫 「続きが早く読みたいわね」
うんうん。次回も楽しみにしています。
美姫 「待ってますね」
ではでは。



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