――聖ヨト暦三三〇年、ソネスの月、赤、いつつの日、夜。

 

夜。スピリット・タスク・フォース第二詰め所の士官室で、桜坂柳也はひとり紙面と格闘していた。といっても、書類仕事に精を出しているわけではない。

彼はいま、エルスサーオのニム達に宛てた手紙を書くことに没頭していた。

柳也とエルスサーオ方面軍第二大隊の面々との間で、手紙のやり取りが始まったのは、彼がバトル・オブ・ラキオスを終えてラキオスに帰還してから僅か二日後のことだった。

その日、柳也とセラス宛に手紙が届いていると通信兵の連絡を受けた二人は、なぜか通信科の事務局に呼び出され、そこで木箱に詰められた手紙、総数九九通を渡された。すべての手紙の差出人の欄には、エルスサーオで知り合った人達の名前が記されており、そのほとんどに、別れの挨拶も告げず、書置き一つ残しただけでエルスサーオを発った自分とセラスへの文句の文面が記されてあった。内訳は柳也宛に三七通、セラス宛に六二通。宛名を連名にしたものが一八通。

二人はその日、夜通しで九九通すべての手紙に対する返事を書き、翌日、通信兵に依頼してエルスサーオへと発送してもらった。

その四日後、二人はまた通信科の事務局に呼ばれ、そこで六八通の手紙を渡された。差出人は全員前回手紙を差し出した者達で、内容は、柳也達の送った返信に対する返事だった。内訳は柳也宛に二四通、セラス宛に四四通。宛名を連名にしたものが五通。

二人はその日、半日をかけて六八通すべての手紙に対する返事を書き、翌日、通信兵に依頼してエルスサーオへと発送してもらった。

そしてまた五日後、二人は通信科の事務局に呼ばれた。今度は総数四三通。最初の時に比べれば半分以下の量だったが、それでも数多い、返信に対する返事の返信だった。

「サムライ、もう書くことがないぞ」

「……もう勘弁してください」

この頃になると、さすがの律義者二人も、いよいよ音を上げ始めていた。

「泣きたいのはこっちの方だ!」

ついでに、手紙の内容を検閲しなければならない兵士も音を上げ始めた。なにしろ二桁の数だ。しかも、兵士が検閲しなければならない手紙は他にもある。

二人は手紙に「定期的に近況報告をするから、返信は控えるように」という旨を書いてエルスサーオへと送った。

三日後、いつものように二人が通信科の事務局へ足を運ぶと、エルスサーオからの手紙は五通にまで激減していた。

かくして、柳也とセラスは大量の手紙地獄から脱することに成功した。その代わり彼らは、二週間に一度、その期間中にあった様々な出来事を手紙にしたためてエルスサーオに送らなければならなくなった。面倒といえば面倒な作業だが、九九通もの手紙すべてに返信をせねばならないよりは、はるかにマシだといえる。

さて、今回の手紙にはどんなことを書こうか。

近況報告といってもこれはプライベートな手紙だ。どうせ書くのなら無粋な仕事の話よりも、毎日の面白い出来事の方が良い。仕事の話を書くにしても、読んでいて楽しい気持ちになってくれるような文章で書いておきたい。

加えてその内容は、同じく近況報告を書いているセラスとかぶらないようにしたい。

最近ようやく手に馴染んできた異世界のペンを握りながら、柳也はこの二週間にあった出来事を思い返した。

 

 

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-

第一・五章「開戦前夜」

Episode38「拝啓、エルスサーオの皆様へ」

 

 

 

 

 

Chapter01「居合のお稽古」

 

――聖ヨト暦三三〇年、ソネスの月、青、ふたつの日、夕方。

 

剣術と居合の違いを一言で表せば、刀を鞘から抜いた状態で構えて“敵”と向かい合うのが剣術で、刀を鞘に納めたまま“相手”と対峙するのが居合、とするのが妥当だろう。

すなわち、対する者を“敵”と見るか、“相手”と見るかの違いだ。

剣術の場合では最初から刀を抜いている以上、自ずと対するのは“敵”となる。

しかし居合の場合は、互いに向かい合った時点では相手が敵になるかどうかはまだ分からない。もしかしたら自分の味方になってくれるかもしれないし、たとえ自分に敵意を向けていたとしても、それが実際的な行動に繋がるとは限らない。相手の正体や未来の行動が不明であればこそ、刀を鞘に納めた状態で向き合うことになる。

世に定着している居合のイメージ……抜く手も見せずに素早く刀を鞘走らせる、というのは、向かい合っている、あるいは背後から近付く相手が明確な“敵”だと判明した時のみのアクションとなる。

夕刻。

桜坂柳也は愛刀の同田貫上野介を鞘に納めた状態のまま閂に差し、STF第二詰め所の中庭を歩いていた。第一詰め所の中庭と違い、芝生の生えていない第二詰め所の庭は狭く、すでに何十周分かの足跡が刻まれている。

その足取りは地面を足裏の前半分で踏んだ摺り足を基調としており、一瞬たりとも浮くことがない。

見る者によっては、足運びの鍛錬をしているように見えたことだろう。

しかし中庭を歩く柳也の心は、別な目的を定めていた。

背後に人の気配を感じた。

位置は柳也の右後ろ、距離の隔たりは巨漢の彼の歩幅で五、六歩ほど。足音の具合からして背の低い女のようだ。敵意も殺気も感じられない。柳也は無骨な庄内拵の鞘に左手を添えるだけに留める。

女性は急いでいるのか、自分に一切の関心を向けることなく、早足で右側をすり抜けた。

柳也は顔色一つ変えぬまま、鞘から左手を離す。

また背後から人の気配。今度は非利き手側、左後ろから。先ほどの娘と同じくらいの背格好のようだが、歩調はゆったりじっくり。しかし、確実に距離を詰めてくる。

柳也は歩きながらさりげなく左へと移動し、背後の相手が利き手側になるよう調整する。今度も鞘には左手を添えていた。

女が柳也の横を通り過ぎた。この段階にいたっても、殺気はおろか敵意も感じられない。

柳也は念のため女が間合いの外に出たのを見てから、鞘に添えた左手をはずした。

みたび背後に気配を感じた。今度は柳也の真後ろ。距離は離れているが、首筋に、ちりちり、と、睨むような視線を感じる。しかし、敵意というほどの悪辣な雰囲気は感じられない。

柳也は左手を鞘に添えると同時に、右手を柄へとやった。手の内を整え、いつでも鯉口を切れるよう集中を研ぎ澄まして、歩き続ける。

首筋に感じた視線が消えた。居合のための予備動作が牽制となったか、それともやはり敵意など最初からなかったのか、気配は柳也の横を通りすぎることもなく消えてしまった。

何事も起きなかったか、と柳也は柄から右手の指をはがし、ついで左手を鞘から離そうとして、

「……ッ!」

顔の筋肉を強張らせた。

四度目の気配が、左後ろから迫ってくる。足音の具合から察するに背丈は低く、体格も小柄。一歩一歩はさりげないが、よく鍛えた武芸者にしか出しえない摺り足を基本としている。

殺気はない。

そして、敵意もない。

しかし柳也には、自分の非利き手側から、じりじり、と距離を詰めてくる相手の気配に、不穏なものを感じていた。虫の報せと、形容するべきだったかもしれない。

柳也は鞘に添えた左手はそのままに、黙々と摺り足を続けた。

居合の目的は刀身を鞘から抜き放ち、敵を斬割することにあらず。これから刀を抜くということをアピールして、襲撃者の意図をくじかせることにこそ、意味がある。刀を抜けば負け。刀を抜かぬままその場をやり過ごしてこそ、本当の意味での勝利といえた。

気配はますます近付いてくる。

自分よりもはるかに小柄なはずなのに、その摺り足は速い。

柳也は歩きながら左に寄り、背後からの気配の位置が利き手側になるように努めた。

しかしそうすると相手も左へと移動して、位置を自分の非利き手側になるように調整した。

故意か、それとも他意はないのか。

相変わらず殺気は感じられないが、不吉な予感はますます強くなっていくばかりだった。

背後で敵意がはじけ、殺気へと転じた。

背後の“相手”が“敵”へと変じた刹那、首だけを動かして振り向くと、上段からの苛烈な打ち込みが、自分の背中を狙っていた。

得物は抜き身の真剣。たとえ引き切る動作を加えなかったとしても、打撃だけで背骨を叩き折れるだけの刀勢が、物打に宿っているのが見て取れる。

柳也は反射的に腰をやや沈めた。

左手で鞘を強く引き、胸元近くまで柄を手繰り寄せる。

右手はすでに柄の縁深くまでを握っている。

左右の腕と、腰の利いた鞘引きも伸び伸びと、柳也は同田貫を一挙動で抜き放った。

抜いた刀を頭上にかざし、上段からの打ち込みを鎬の部分で受け流す腹積もりだ。と同時に、左足を一歩前へと踏み出して、反撃への備えを固める。

夕陽を浴びた白刃の煌きが、男の頭上で二度、乱舞した。

一撃を受け流した柳也は、踏み出した左の足を軸足に身を捻るや左手を柄頭へと添えた。

背後からの強襲者に向き直った彼は、両の手の内を練った上で、肥後の豪剣二尺四寸七分を真っ向から振り下ろした。

相手の防御は、どうやっても間に合わない。

柳也は己の勝利を確信した。

ぶぉぉん、と大気を裂いて進む物打が、眉間の一寸手前で止まった。

襲撃者のヘリオンは剣呑な切っ先を額に突きつけられ、にっこり、と微笑んでいた。その微笑からは敵意や殺気といったものは微塵も感じられない。鏡面のような刃先に反射した夕陽に照らされて、頬が朱色に染まっている。

柳也を見る眼差しには、弟子の成長を喜ぶ師匠の優しさがありありと浮かんでいた。

柳也は血振りと残心の動作を丁寧に行うと、同田貫を鞘に納めた。

一瞬という短い時間の内に激しさを凝縮した運動で乱れた服装を整えてから、彼は居合の師に訊ねる。

「ヘリオン師匠、いまの連環はどうでしたでしょう?」

柳也がヘリオンに居合の稽古をつけてもらうようになって、早くも二十日が経とうとしていた。有限世界の時間間隔でいえばすでに一ヶ月近くになる。

この間にヘリオンの下で研鑽を重ねた柳也は、居合の基本動作をほぼ完璧に習得し、いまはより実戦的な組太刀の稽古に入っていた。

もともと、直心影流の剣士として高い実力を有していた柳也だ。扱う得物が同じ刀ということもあり、要諦を理解出来れば技の飲み込みは早かった。

ヘリオンが打太刀を、柳也が仕太刀を務めたいまの組太刀は、近年になってラキオス剣術の中に組み込まれた黒居合の型・六の太刀という。

背後から忍び寄ってきた襲撃者の強襲を防いだ後に反撃という実戦的な型で、一人目の襲撃者を切り捨てた後、二人目の迎撃にもあたるという変則パターンにもつながる。

敵の初撃を受け流すという高度な防御の技術を要するため、通常はもっと時間をかけてから習う型だが、柳也はこの数日、六の太刀ばかりを繰り返し練習していた。普段やっている直心影流の鍛錬と違い、立会い稽古のない居合では、組太刀が稽古の華となる。一度組太刀の“味”を知って、病み付きになるも詮無きことだった。

「六十点……といったところでしょうか」

ヘリオンは、むむむ、と眉根を寄せて考えながら呟いた。

一応、半分以上の点数はもらっているが、実戦で使う技とするには厳しすぎる数字だ。

「殺気を感じてから反撃までの一連の動作はほとんど完璧です。でも、背後の気配一つ一つにまでいちいち反応するのは……」

「……うん。自分でも思った。たしかにそれはしんどいし、無駄が多いな」

柳也は得心した様子で頷くと、苦笑を浮かべた。

たしかに、背後から忍び寄ってくるというだけでいちいち鞘に左手を添えていては、挙動不審もいいところだ。通報されかねないし、なによりエネルギーの無駄遣いだといえる。

また、実戦の場では、襲撃者は、必ずしも後方から忍び寄ってくるわけではない。

前方からすれ違いざまに斬りつけてくるかもしれないし、家屋の屋根から飛び掛ってくるかもしれない。

先ほどのように怪しい気配のすべてに警戒を抱いては、それこそ身が保たない。

「居合は周りのすべてを斬り捨てる剣ではありません。どの気配を危険と見なし、その中でもどの気配を特に危険と判断するか。特に危険な気配の中でも、どの対象を斬りつけるか。リュウヤさまに欠けているのは、そうした“気”を読むことなんじゃないかと」

「気を読む、か……」

柳也は難しい顔で呟いた。

これまで直心影流という素肌剣術の業前を鍛えてきた柳也には、馴染みの薄い考え方だ。素肌剣術が刀を必要とする時、周りにいるのは敵か、味方か、それ以外にないのだから。

――素早い敵味方の識別……現代のCQBClose Quarters Battle =近接戦闘)の極意だが……今後の課題だな。

これまでの自分は己を鍛え、敵を倒すための技を磨き続けてきた。

しかしこれからは、自分の周りにいる相手が、そもそも敵かどうかを素早く判別する眼を養っていかねばならない。そしてこれは、一朝一夕で身に付くものではない。

地道な鍛錬と、実戦を経験して初めて得られるものだった。

――次、戦場に立つ時はそのあたりのことも意識してみるか。

柳也は、うむ、と頷いて、左手のModel603. EZM3に目線を落とした。ヘリオンとの自主訓練を始めてから、かれこれ四〇分近くが過ぎている。夕食まではあと一時間近く。そろそろ、自分の稽古を終えてよい頃合だろう。

柳也は目線をヘリオンに戻した。

「時間もいい具合だな……よし、そろそろ交代するか」

「あ、はい! よろしくお願いします、リュウヤ先生!」

柳也が言うと、ヘリオンは嬉しそうに頷いた。

一月ほど前に二人の間で取り決めた小さなルール、これからの一時間は、柳也がヘリオンの師となり、ヘリオンが柳也の弟子となる。

ヘリオンが柳也に居合を教えたように、柳也がヘリオンに剣術を教えるのだ。

ゆえにここからの主役は鞘に納めた本身の真剣でなく、身の丈に合わせた木刀となる。

「今日は直心影流の基本の型、法定の型を教えるぞ」

柳也は楽しそうに言った。

居合の稽古も楽しいが、やはり馴れ親しんだ剣術の稽古の楽しさは格別だ。まだ実際に木刀を握ってもいないのに、気持ちが昂ぶってくる。

と、不意にその表情が複雑そうに歪んだ。

眉間に深い縦皺を刻みながら、顎を撫でる。

「しかし、むぅ……」

「? どうしました、リュウヤ先生?」

「いや、俺の居合の稽古が四〇分で、ヘリオンの稽古が一時間……二〇分、貴重な時間を損した気分だ」

柳也は真顔で呟いた。冗談ではなく、本気の発言だということは瞳を見ればすぐに分かる。

相も変わらず剣術命の上官の様子に、ヘリオンは苦笑を浮かべた。

 

 

居合の稽古が剣術の稽古になって、三十分が経過した。

「むぅ……やはり納得がいかん! ヘリオン、俺の稽古もあと二〇分延長したいんだが?」

「それじゃあ夕食の時間が遅くなっちゃいますよ〜」

自ら時間を切っておきながら、なおも不服そうに唇を尖らせる柳也に、ヘリオンは木刀を正眼に構えたまま呆れたように苦笑をこぼす。

それから、

「わたしとしてはリュウヤさまと一緒にいられる時間が増えて全然問題ないですけど……」

と、ひっそり呟いた。

他方、いまにも攻めかからんとするヘリオンに応じて八双の構えを取る柳也は、眉間に深い縦皺を刻んだまま、むむむ、と唸る。

「悩むところだなぁ。稽古を取るか、夕食を取るか。究極の選択だ」

本心からの言葉を吐き出して、柳也は浅く溜め息をついた。

いままで剣術一筋に生きてきた大食漢の彼だ。稽古を取るか、食事を取るかの二択は、どちらを選んでも苦渋の選択とならざるをえない。

「ああっ、いっそこの身が二つあったなら!」

柳也はシェイクスピアの主人公さながらに嘆いた。熱っぽい語調。しかしその目は笑っている。

それを見てヘリオンも、くすくす、と笑った。

 

 

そんな二人のやりとりを、不機嫌そうに見つめる一対の視線があった。

予定よりも早く夕食が出来そうだから、二人を呼んできてほしいとヒミカから頼まれたネリーだ。

彼女は時に刃を合わせ、時に言葉を交わして濃密な時間を過ごす二人の様子を眺めながら、複雑な表情を浮かべていた。ラピスラズリを溶かした群青色の瞳に、不機嫌な憤りと寂しさが同居している。

「むぅ…リュウヤさまとヘリオン、楽しそう」

直心影流剣術、法定の型。一本目、八相発破。春季発揚の気勢にて発し破ることを勤む。闘気を高め、敵の攻撃をしのぎ、正面きっての連続技で応戦した末に、“諸腕”と呼ばれる構えから放つ上段の一太刀を浴びせかける。

組太刀を練習する二人をぼんやりと眺めつつ、ネリーは小さく呟いた。

口に出した言葉が他ならぬ自分の耳に滑り込み、思わず寂しさを感じてしまう。

木刀を打ち合う柳也とヘリオンの表情は活き活きとしており、その瞳には互いの存在しか映じていない。二人を呼びにやって来たネリーの存在など、まるで気付いてもいない様子だ。こんなにも近くにいるのに、仲間はずれにされているような気分が込み上げてくる。それが奇妙に腹立たしく、不快で、うっすらと寒かった。

――……あれ?

不意に、胸の奥に違和感を覚えた。

ちくっ、と針で刺したような、それでいて、しくしく、と間断なく襲ってくる、かすかな痛み。怪我や病気という印象は薄く、放っておいてもなんら問題にはならないだろう。それなのになぜか気になって仕方がない。これまでにネリーが感じたことのない、奇妙な感覚だ。

どうしたのだろう、と胸に手を当ててみるが、痛みは一向にやむ気配がない。

やはり怪我か、病気か。それとも訓練の時に受けたダメージが今頃になって生じたか。いくつかの可能性を思い浮かべたところで、ネリーは考えることをやめた。

あまり考えすぎても不安が込み上げてくるばかりだし、そもそも自分は考えることが苦手だ。いくら考えたところで、答えに行き着くとは思えない。

あとでハリオンに聞いてみよう、と思いながら、ネリーは大きく息を吸い込んだ。

満面の笑みを浮かべて、木刀をぶつけ合う二人のもとへダイブする。

「リュウヤさま――――――! ご飯だよ〜〜〜!!」

「うおっ!」

完全な不意打ちだった。

スピリットの跳躍力を十全に活かした飛び込みで、ネリーは柳也の胴に抱きついた。以前、第一詰め所のオルファが隊長の悠人にやっていたのを見て、自分も密かに憧れていたのだ。

目の前のヘリオンにばかり集中を向けていたせいで、さしもの柳也も反応しきれなかったか、思わず取り落としそうになった木刀を掴み直し、腰元の少女を睨みつける。

「ネリぃ〜……いいところで邪魔してくれたなぁ?」

法定の型。二本目、一刀両断。夏季炎天焼くが如き勇気を全体に充実せしめ、間髪を容れざる勢力をもって勤む。力量が同程度の者同士がぶつかり合った場合の想定で、序盤の巧妙な駆け引きを制した仕太刀が、正面から必殺の一撃を見舞う。

鍔迫り合いからの体当たりという柳也の得意技の、基となった組太刀だ。

上位者の習いとして仕太刀を務めていた柳也は、まさに最後の一刀を振り下ろそうとしたタイミングでネリーに抱きつかれた。

組太刀が中途半端に終わって、柳也は当然のように恨めしげな視線をネリーに落とす。

しかしすぐに笑顔を浮かべると、少女の青い髪を指で梳きながら問うた。

「それはさておき、飯が出来たって言ったな? 早かったじゃないか?」

「ヒミカがね、予定よりも早く出来そうだから呼んできて、って」

「そうか。ウレーシェ、ネリー」

髪を滑らせる柳也の手つきが、梳くから撫でるように変わった。ネリーはくすぐったそうに微笑む。

すでに時刻は夕暮れだというのに、なぜだかあたたかい気持ちが込み上げてきた。

胸の痛みは、いつの間にか消えていた。

 

 

 

Chapter02「特別な呼び方」

 

――同日、夜。

 

「むぅぅ〜〜、やっぱりずるいと思う!」

「ふぇっ!?」

「……いや、何が?」

夕食の席、それまで食べることにばかり集中していたネリーが唐突に口にしたその言葉に、柳也達は唖然となった。若干一名、相変わらずにこにこと笑っている人物がいるが、それはまぁ、置いておくとして。

ヘリオンとの剣術談義に夢中になっていた柳也は、会話を中断して対面に座る少女を見た。

「ネリー? 何がずるいって?」

「リュウヤさまとヘリオンのこと!」

ネリーは、ビシッ、とミニトマトを串刺しにしたフォークで柳也とヘリオンを交互に示した。隣に座るシアーが「ネリー、お行儀悪いよ」と呟いたが、気にも留めていない。

他方、柳也の左隣に座るヘリオンは、突然の指名に「わ、わたしですか!?」と、たいそう慌てた様子で狼狽した。

どうやらもう一人の当事者らしい彼女にとっても、ネリーの発言は唐突だったらしい。

ネリーは黒スピリットの少女の驚愕を無視して続ける。

「リュウヤさまってば、最近ヘリオンのことばっかり構って、ネリーたちとはずぅぅっとご無沙汰じゃん」

「……その言い方は誤解を招きかねないからやめような。……まぁ、ここのところヘリオンと一緒にいる時間が長かったのは事実だが、『ばかり』と言われるほど“べったり”でもなかったと思うが」

柳也は神妙な面持ちでここ数日間の自分の行動を思い返す。

たしかに、ヘリオンとは互いに師弟関係を結んで以来、一緒にいることが多くはなった。しかし、もともと彼女との鍛錬は、忙しい毎日の中で見つけた僅かな余暇を割いて行っているもの。一緒に共有出来た時間は、そう長くはない。

とはいえ、それはあくまで自分がそう思っているだけだ。他の者の目には、自分がヘリオンにばかり構っていたように映じていたかもしれないし、事実、ネリーがそうだったと言う。

柳也は右隣に座るヒミカを見た。

「俺、そんなにヘリオンにべったりだったか?」

「ええ、まぁ……」

ヒミカは曖昧に苦笑しながら首肯した。

ヒミカは相手が上官だからといって物怖じしない、さばさばした性格の持ち主だ。その彼女がネリーの言葉に同意したのということは、なるほど、やはり当事者でない第三者の目にも、自分はヘリオンに構いすぎていたということか。

自分の行動に対する思慮が欠けていた、と反省せねばならないだろう。仮にも特殊部隊の副隊長を務める男が、特定の隊員ばかりと仲良くする、あるいはそのように見える行動を取るなど、あってはならないことだ。下手をすれば部隊全体の士気を下げかねない。

「それは申し訳なかったな。素直にはんせ……」

「そうでしょ! やっぱりヒミカもそう思うよね!」

柳也が言い終えるのを待たずに、ネリーが身を乗り出して言った。

ヒミカという同意者を得たことで、語気が勢いづいている。

「いまだってヘリオンと喋ってばっかりだったし……もっとネリーたちとも遊んでよ」

この場合のネリーたちとは、無論、シアーの存在を含んでのことだ。

「遊ぶ……って、ヘリオンとの鍛錬は遊びではないんだがな」

柳也は渋面を作って呟いたが、同じことかと思い直して納得した。

たしかに、自分はあの自主訓練の時間を楽しいと感じている。居合という新しい技術を学ぶことを、そして、ヘリオンに剣術を教えることを楽しみに思っている。そしてそれは、ヘリオンもまた共通に抱いている思いだろう。

なるほど、そんな二人が鍛錬をしている様子は、“遊んでいる”ように見えても仕方がないかもしれない。

ふと目線を転じれば、シアーもまた自分の顔色を覗っているのに気付いた。

ネリーほど感情表現豊かでないシアーだが、妹の彼女も、姉と同じように最近の自分の態度を不満に思い、寂しく感じていたらしい。

柳也を見つめるシアーの瞳には、彼が次の発する言葉に対する期待がありありと浮かんでいた。

「とはいえ、なぁ……」

柳也は困った表情で低く唸り声を発した。

先ほども書いたが、ヘリオンとの鍛錬は、ただでさえ少ない余暇をやりくりしてやっとこさ設けた貴重な時間だ。加えて、最近はバーンライトとの開戦近しとあって、柳也のプライベートな時間はますます減っている。自分達とも遊んでほしい、とは言うが、現実問題として二人を構ってやれる時間は作れそうにない。少なくとも、バーンライトとの開戦までは無理だ。

「申し訳ない。しばらくの間は、二人のために時間を取れそうにない」

「えぇ〜」

柳也が難しい顔で言うと、ネリーは案の定、不満を露わに唇を尖らせた。

「仕方ないよ、ネリー。リュウヤさまは忙しいんだもん」

隣席のシアーも「仕方ないよ」と言いながら、とても残念そうな顔をしている。

残念に思う気持ちは柳也とて一緒だ。二人のそんな反応を見ていると、こちらまでなんとなく悲しい気持ちになってくる。柳也とて二人のことが嫌いでそう言っているわけではない。出来ることならばネリー達のために時間を取ってやりたいが。

「……そうだ。その代わりと言ってはなんだが、一つだけ願い事を言ってくれ」

「願い事?」

不機嫌そうな態度から一転、ネリーが、きょとん、とした様子で訊き返した。

柳也は「ああ」と、頷く。

「俺としてもネリー達がそういう顔をしているのは見るに耐えないからな。時間が取れない代わりに、それぞれ一つずつ願い事を聞いてやろう」

「……それって、シアーも?」

シアーが上目遣いに問うた。

柳也は「勿論だ」と、呟いて、また頷いた。

「今回の件ではシアーにも寂しい思いをさせてしまったらしいからな。特別サービスだ。俺に出来る範囲なら、何でも言ってくれ。……あ、但し、願い事を増やしてください、ってのはなしな」

「え? 駄目なの?」

シアーがまた上目遣いに問うてきた。どうやらその腹積もりでいたらしい。

これには柳也も苦笑いを浮かべるしかない。

「何でもいいんだよね?」

「ああ。俺の出来る範囲でなら」

「じゃあさ、ネリーに特別な呼び方をちょうだい」

「特別な呼び方?」

柳也はオウム返しに訊き返した。人並みに欲のあるネリーのことだから、どんな申し出されるか少し覚悟を決めていたが、特別な呼び方とはいったい……。

柳也の疑問に、ネリーはちょっと怒ったような口調で答える。

「ほら、リュウヤさまとヘリオンって、二人だけの時に『先生』とか、『師匠』とか呼ぶよね?」

「あ、ああ……まぁ、俺はヘリオンの師匠で、弟子だしな」

「だから、ネリーもそういうのが欲しい」

ネリーの発言を受けた柳也は、思わず頬が緩んでしまうのを自覚した。

どんな無理難題を申し付けられるかと思えば、なんともまぁ可愛らしいお願いではないか。勿論、柳也に断る理由はない。

「それくらいなら、お安い御用だ」

柳也はネリーの申し出を快諾した。

ついで、「どんなのがいい?」と、訊ねる。

ネリーの言う「特別」が自分にしかない唯一の、という意味の特別だということは明白だ。すでに「先生」、「師匠」という呼称はヘリオンで埋まっている。単純に名前を縮めた呼び方も、エルスサーオのニムという先人がいた。それ以外の呼び名となると……。

「じゃあさ、お兄ちゃん……ってのは駄目かな?」

「お兄ちゃん?」

「うん。リュウヤさまには、ネリーのお兄さんになんてほしいかな……なんて」

ネリーは笑顔を浮かべながらも恥ずかしそうに言った。

なるほど、母の胎内から生まれてこないスピリットにとって、家族の概念は希薄だ。しかし、それだけに家族という関係に対し強い憧れを抱く娘も多い。悠人のことを父と呼ぶオルファや、ファーレーンのことを姉と慕うニムなどは、まさにその典型だろう。そして、自らシアーの姉を名乗るネリーや、姉としてのネリーを受け入れているシアーもまた、家族という絆を強く欲しているに違いない。

ましてやネリーにはかつてアリア・青スピリットという姉のような存在が過去にいた。年上の柳也に兄としての役割を求めたとしてもおかしくない。

柳也は唐突に懐かしい気分にさせられた。

しらかば学園時代、自分には血の繋がらない多くの家族がいて、弟や妹もたくさんいた。ネリーくらいの年頃の娘から「お兄ちゃん」などと呼ばれると、なんとなくあの頃の記憶が蘇って、とても安らいだ気持ちにさせられる。

――ネリーが妹というのも、悪くはない。

元気で、明るくて、それでいて繊細な心遣いを知っているネリー。彼女のような妹を得られるとしたら、それは幸運なことだろう。

柳也はにっこりと笑った。

「ああ、いいぜ。今日からネリーは俺の妹だ」

「あの……」

おずおず、とシアーが切り出した。

「わたしも、兄さん、って呼んでいいですか?」

「ああ、勿論」

ネリーとは対照的におとなしく、控えめだが気配り上手なシアーだ。むしろこちらから家族になりたいくらいだった。

「今日からは俺は二人の兄貴だ」

柳也は莞爾と笑みを浮かべて、対面の二人に言った。

応じて、二人もまた愛くるしい微笑を浮かべてくれる。

「それじゃあ、わたしはリュウヤさまのお姉さんになってあげます〜」

にこにこといつも笑みを絶やさぬハリオンが、会話に参加してきた。

柳也は「ハリオンが姉さんか、そいつはいい!」と、笑って呟いた。

目の前にあるいくつもの笑顔を眺めながら、柳也は安らぎを感じている自分を自覚した。しらかば学園の家族達と一緒にいる時と、寸分たがわぬ心地良い気持ちだった。

 

 

Chapter03「ご飯三杯はいけるな」

 

――聖ヨト暦三三〇年、ソネスの月、青、よっつの日、朝。

 

柳也専用の戦闘服が完成したので技術研究所まで引き取りに来てほしい。

例によってリリィから伝言を聞かされた柳也は、彼女を連れて早速王立技術研究所へと向かった。リリィを連れているのは、初めて足を運ぶ場所への案内役を頼んだためだ。

技術研究所は文字通り新しいエーテル技術を研究する機関で、ラキオスでもトップクラスの頭脳が集結する場所だ。ここでいう新しいエーテル技術とは軍事に限らず、たとえば、現代世界のガスコンロに相当するような民需品に使われる技術のことも指す。スピリット達が身に着けるエーテル戦闘服も、もともとはここで作られたという。

「悠人がブレザー――俺達の世界から持ってきた服を、普段から着ているのは知っているな?」

「はい」

「実はこの世界に来た直後は、俺もあれと同じものを着ていたんだ」

「ですが、いまリュウヤさまは……?」

「ああ。こちらの世界の軍服を着て、こちらの世界のスピリット用戦闘服を着ているな」

柳也はファンタズマゴリアに召還された時の様子と、直後に経験した戦闘の模様を伝えた。

「最初の戦闘で俺のブレザーはボロ雑巾も同然の状態になってしまったからな、エスペリアもゴミだと思ったんだろう。気が付いたら処分されていたんだ。

その後、エトランジェが王国軍に正式に編入されることが決まって、俺達専用の戦闘服が作られることになった」

ここで言う、「俺達」とは、無論、柳也自身と悠人のことを指している。

「悠人の場合は、もともと着ていたブレザーを基にして戦闘服を作ることになった。オリジナルの型紙を取って、オリジナルの通りにエーテル繊維を編んでいけばいいわけだから、まぁ、比較的短期間のうちに、低コストで実用化することが出来た」

問題は柳也の戦闘服だった。

先述の通り、柳也のブレザーは有限世界に来て早々に処分され、基となる服自体が存在しない有様となっている。かといって、もともと女性用に採寸されたスピリット用の戦闘服をいつまでも使い続けているのは何かと不自由が多い。

結局技術研究所では、悠人のブレザーを参考に、柳也の体格に合わせたものを新調しよう、という方針に落ち着こうとしたが、他ならぬ柳也がそれに待ったをかけた。

「どうせなら、色々と実験してみようぜ?」

技術研究所から出向してきたデザイナーに、柳也はそう言って、にっこりと笑いかけた。

柳也はデザイナーに、「エーテル技術を使って自分達の世界の軍服を再現してみてはどうか?」と、提案したのだった。同時に、そうしたハイペリアの技術を採用した軍服を何種類か作って、その実用性を試してみてはどうか、と。

「有史以来、俺達の世界で人類は、大小様々な戦争を五千年近く繰り返しているからな。戦闘に適した服装の研究も当然進んでいる」

特に産業革命を迎えて、低価格で軍服の大量生産が可能になると、その研究は飛躍的に進んだ。特に南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経験した米国で、軍服はより機能的に洗練されていった。

M-43フィールドジャケット、それが、今回俺が再現しようとした軍服の正式な名前だ」

M-43フィールドジャケットは19441月以降米陸軍で実戦投入されていった戦闘服で、当時としては先進的な、オールコンディションジャケットを目指して作られた。

第二次世界大戦勃発当初、米軍は一般的な歩兵が着用するフィールドジャケットの他に、空挺部隊、戦車部隊、山岳部隊など、作戦に応じた衣料をそれぞれ専用に用意していた。しかし戦争が本格化すると、供給の問題や、主戦場となったヨーロッパの地形に素材や色が合わないなどの問題点が表面化していった。

そこで1942年の秋、米軍は、全陸軍統合の新型フィールドジャケットの開発プログラムをスタートさせた。

こうして実用化されたのがM-43フィールドジャケットで、最大の特徴は重ね着を前提とし、あらゆる環境に対応出来ることにあった。また、ヨーロッパは寒い。防寒性と防風性は、ジャケット単体でも高い性能が要求された。

なお、M-43はいわゆる迷彩服ではなく、濃いオリーブドラブを基調としている。一般に軍人に服装として思い浮かべられる迷彩服は、ベトナム戦争以降に出来たパターンだ。

ちなみに、なぜ柳也がより先進的な迷彩服の再現を試みなかったかというと、迷彩パターンの作成には高い技術力と豊富な実戦データが必要な上、いまのところラキオスがそうした専門の迷彩服を必要とするような場所で、戦争をする予定がないからだった。

ゆくゆくは迷彩服を必要とする場面が登場するかもしれないが、いまはまだ、その時ではない。

機能性と汎用性を兼ね備えたフィールドジャケットを、柳也は欲していた。

 

 

リリィに案内されてたどり着いた技術研究所では、顔馴染みのデザイナーが首を長くして待っていた。

「よぉ、待ちくたびれたぜ?」

二人を出迎えたのは達磨のよう顔をした髭面の男だった。

マリオ・リンドバーグ、四五歳。王立技術研究所に務める服飾デザイナーで、エーテル技術を取り入れた衣料の研究者だ。今回、柳也のM-43フィールドジャケットの製作に携わった人物でもある。

「タキシードはもう完成している。あとは新郎が袖を通すのを待つばかりだ」

マリオはそう言って整えた顎鬚を太い指で撫でた。

その口調は遠慮のない横柄なものだったが、特別不快な感情や差別の意識は感じられない。

もともとマリオは城下の町工場で機織りを生業とする職人だった。彼が王立研究所への就職を決めたのは三十代の時で、機織りを辞めた最大の理由は、新しい技術を習得したい、という貪欲な心にあった。

そういう経歴の持ち主だから、彼は、エトランジェの柳也に対しても、差別の意識なく接することが出来た。異世界からやって来た男の頭の中には、マリオがそれまで見たことも聞いたこともない、まったく新しい服飾のデザインが詰まっていたからだ。

柳也と言葉を交わす時間は、マリオにとって実りある時間だった。

マリオが籍を置く衣料研究セクションでは、作業場、保管倉庫、試着室の三部屋を拠点に、マリオを含めて六人の人間が、日夜新しい挑戦を続けている。

柳也とリリィはそのうち試着室へと案内された。件のフィールドジャケットはすでに試着室に運び込んであるという。

試着室は八畳ほどのスペースをカーテンで仕切り、四方の壁に鏡面を埋め込むという簡素な造りをしていた。窓は東側の壁に一つ、小さなものがあるのみで、室内にはソネスの月ならではの熱気が篭もっていた。

仕切りのカーテンは閉じられている。目当ての軍装は、薄い布の壁の向こう側にあるらしい。

「それじゃあ、初披露だ」

マリオが髭面を綻ばせて言った。顔と同様、びっしりと毛に覆われた腕をカーテンに伸ばす。

柳也は期待に高鳴る胸をなだめすかし、その時を待った。

この中ではフィールドジャケットの詳細を知らないリリィだけが、固唾を呑んでマリオの動きを見守る。有史以来、五千年という戦争の歴史を経験した異世界の人類が生み出した軍服とは、いったい如何なるものなのか。

マリオがカーテンを、サッ、と開いた。

カーテンの向こう側では、すでに一体のマネキンがその衣服を身に纏っていた。

「おおっ」

柳也は思わず歓声を上げた。

マリオがニヤリと笑う。

「どうだ? 会心の出来だぞ?」

「これは……見事だ」

柳也はその服に誘われるように、自然な足取りで近付いていった。

国宝級の古九谷に触れるかのように、おずおずと手を伸ばし、生地に触れてみる。

現代世界で指先に馴染んだ、生地の感触だった。

「見た目だけじゃない。生地の再現度もほぼ完璧だ」

柳也は紺色の生地から手を離すと、マリオに向き直った。

「マリオ殿、感謝する。よもやこの世界で、再びこの服と再会出来るとは思わなかった」

「リュウヤさま、これが……」

「ああ。これが……」

柳也はリリィに頷いてみせると、改めて完成品を眺めた。

特徴的なU字型の肩ひものライン。

ミニスカートのような股間部分。

伸縮性に乏しいナイロンの欠点を補うダブルフロント構造。

力学的に洗練されたデザインは、無駄がなく、流麗で、美しい。

それはまさに、紺色の芸術だった。

「これがハイペリアに伝わる伝統的水泳具、スクール水着(旧型)だ!」

どどんっ、と、どこからともなくそんな音が聞こえた。

リリィは軽い頭痛と眩暈を覚え、思わず頭を抱えてしまった。

なぜだか分からないが、目の前の“すくうる水着”なる衣料と、それを示して満面の笑みを浮かべる柳也を見ていると、激しく気分が滅入ってきた。

そんなリリィの様子にも気付かず、柳也は満面の笑みを浮かべたまま、マリオとがっちり固い握手を交わす。

「完璧だ。マリオ殿」

「そうか。そう言ってくれると作ったこちらとしては感無量だ。どうだ? ひとつここで試着してみないか?」

「うむ。そうだな。ご飯三杯はいけそうだ」

いけない。

マリオの言葉に思わず目の前の衣服を着た柳也の姿を想像してしまったリリィは、軽い嘔吐感を覚えると同時に、激しい殺意を抱いた。

気が付いた時にはもう、懐に忍ばせていたダガーを握っていた。

 

 

「……とまぁ、冗談はさておいて」

よもやこの有限世界で実現するとは思いもよらなかった、スクール水着(旧型)との奇跡の再会を果たして三十分後、なぜかボロボロの装いの柳也は、咳払いをした。

同じく、なぜかボロボロの装いをしているマリオも、「そうだな」と、頷いて、

「今度こそ、頼まれていたものを見せるから」

と、柳也ではなく、リリィに向かって言った。

二人の身にいったい何が起こったのか。タハ乱暴の口から語るのはとても憚られるが、唯一、異世界人も血の色は赤かった、とだけ明記しておこう。

「こ、これが頼まれていた服だ」

マリオは奥の方にしまっておいたオリーブドラブのジャケットと、同色のトラウザーズを持ってきた。マネキンはない。柳也の身体のサイズに合わせた、文字通り彼専用のオーダーメイド品だ。

柳也は「拝見するぞ」と、一声かけてから、ジャケットとトラウザーズを手に取った。

スクール水着を眺めた時とは一転して、野生の猛禽を思わせる鋭い眼差しを手元の衣服に向ける。

見た目には再現度はほぼ完璧に近かった。頑丈で防水性に優れるコットンサテンの感触も、柳也の知るM-43に限りなく近い。有限世界では先進的だろうドローコードの強度や、両胸と腰部分に設けられたカーゴポケットの容量も、十分そうだった。

「あとは実際に試着して具合を確かめれば……」

柳也は呟くと、おもむろに上着を脱いだ。続いてトラウザーズを脱ぐ。

リリィが慌てて後ろを向いた。

柳也は彼女の存在など忘れたように、着心地を確かめつつトラウザーズを履き、ついでジャケットを羽織った。

ほとんど必要ないが、ドローコードで腰回りを調性し、最後に剣士のたしなみ、帯を巻く。

洋装に和装の帯を巻くというのは少々不恰好にならざるをえないが、なかなかどうして、閂に差した大小は、まったく違和感のない位置に留まった。

「いまはソネスの月だから少々暑く感じるかもしれないが、どうだ?」

「寸法は問題ない。着心地は……」

柳也はその場で屈伸など軽い運動をして着心地を確かめてみる。

若い剣士の顔に嬉しそうな微笑がこぼれたのは、間もなくのことだった。

「これも、問題ないな。機能なんかはこれからテストしていかなければ分からないが、たぶん、問題はないだろう」

「動きやすさは?」

「軍服は身体に合ったものを着るんじゃなくて、身体に合わせるんだよ」

柳也は苦笑してマリオの顔を見た。

「これと同じものをもうあと二着作っておいてくれ。服を身体に馴染ませるのは、俺の仕事だ」

汗を染み込ませ、血を染み込ませ、桜坂柳也という男のクセを染み込ませる。

一連の作業は、ある意味で女を抱く時に通ずるものがある。

その意味で、いま自分が着ている軍服は、まさしく恋人も同然だった。

 

 

Chapter04「密偵業務日報」

 

――聖ヨト暦三三〇年、ソネスの月、青、いつつの日、昼。

 

その時の心境を一言で表現するならば、おそらく、魔が差したのだろう。

対バーンライト戦略の立案に必要な資料を求めた柳也は、例によってダグラス通産大臣と連絡を取るべくリリィを呼ぼうとした。しかし生憎、当の本人は別な任務で外出中とのことで、夕刻までは帰ってこないという。

仕方なく柳也は、自分がダグラスと連絡を取りたい旨を記したメモ用紙を、彼女の部屋に置くことにした。

ダグラス・スカイホークの密偵たるリリィだが、一応、彼女にも王国軍軍人としての軍籍はある。それも、下級将校クラスという立派なものだ。将校ともなれば個室が与えられるのが常で、柳也が訪ねたのは、王国軍人としてのリリィの私室だった。

「番号はここで……合っているよな」

柳也は以前教えられた部屋の番号と、ネームプレートの下に記された部屋の番号を見比べた。プレートには一応、リリィ・フェンネスと書かれているが、同姓同名という可能性も捨てきれない。

部屋番号と名前が一致しているのを確認した柳也は、壁掛け式の簡易ポストへとメモ用紙を投函した。メモ用紙は暗号文で書かれているため、もし、誰かに見られたとしても、自分とダグラスの関係が疑われる心配はない。

用事を終えた柳也は踵を返した。そのまま兵舎を後にしようとして、ふと、再びリリィの部屋に通じる戸を振り返った。

おそらく、ここが一回目の魔が差した瞬間だったのだろう。

柳也は主不在の部屋へと繋がっている扉をしげしげと眺めた。

――考えてみれば、俺はリリィのことをほとんど何も知らないんだよな。

リリィとは公私ともに深い関係にあるが、その実、自分は彼女の素性をまったくと言ってよいほど知らない。彼女の過去はおろか、趣味の一つ知らない有様だ。仮にもベッドで一緒に寝た男がこれでは、あまりにも情けなさすぎやしまいか。

この扉の向こう側には、自分の知らないリリィの顔がある。彼女がこの扉の向こう側でどんな生活を送り、どんな風に暮らしているのか。

むくむく、と鎌首をもたげる好奇心に、柳也の倫理の砦は秒とかからず陥落した。

当たり前のようにドアノブに手をかける。

当然、ドアには鍵がかかっている。しかし体内寄生型永遠神剣の契約者にとって、旧態然としたシリンダー形式の鍵は無意味なものでしかない。

――〈戦友〉、やってしまえッ。

【女の子の部屋に神剣を使って忍び込む。ご主人様、やっていることが完全に悪役ですよ?……そんなご主人様もダーティな香りがして素敵ですけど】

――ふっ。ラキオスのゴッド・ファーザーと呼んでくれ。

たぶん、シチリア島のマフィアは、こんなストーカーまがいの行動はしない。

錠前に〈戦友〉の一部を寄生させた柳也は、鍵の掛かっていたドアをいとも容易く開けて室内に入った。

そして、驚愕した。

「な、ななななな!!?」

柳也は慄然と両目を見開き、視線を方々に散らした。

間取りや部屋の広さなどはセラスや自分の自室とほとんど変わらない。官給品のベッドや机、タンスなどの配置も一緒だ。基本的なレイアウトは、自分達の部屋とそれほど大きなは差はない。

問題は部屋の内装だ。

――な、なんというか、女の子女の子している。

トンネルを抜けると……もとい、扉を開いたその先には、柳也にとっての異世界が広がっていた。

最初に目につくのは窓を覆う桜色のカーテン。ついで目についたのは草色のマットレスと同色の毛布を頂くベッド。床には桃色のカーペットが敷かれ、本棚の中身は軍学書、兵奉書、博物誌などは片隅に、城下で大人気の恋愛小説やミステリー小説などがスペースの八割を占めている。そしてベッドの上には……

「あれは……何だ? ウサギ?」

眉間に角の生えた垂れ耳のウサギというべきか。ともかく、そんな姿の動物(たぶん哺乳類)をデフォルメしたヌイグルミが飾られていた。たぶん、手作りの代物だ。他にもベッドの下や床の上に、おそらくリリィ作ったであろうヌイグルミが所狭しと並んでいる。多くは動物をデフォルメしたデザインだが、中には家や人間を模したものもあった。

「な、なんというか、意外な一面というか……手先、器用だったんだな」

本棚に目線を向ける。

やばい。

背表紙を読んでいて顔が熱くなるような恋愛小説のタイトルが見える。というより……

「げ、『源○物語』って……あれぇ? 何でこの世界にあるのかなぁ?」

他にも、『豊○の海』や『ロ○オとジュ○エット』、『愛の流○地』、『わた○の男』など、ディープなタイトルも揃えている。『恋○』、『赤○糸』、『片○の恋』といったケータイ小説もバッチリだ。『咎○の血』や『学○ヘヴン』、『純情ロ○チカ』といった、腐女子向けラインナップも充実している。

「り、リリィ……君は普段、何を読んでいるんだ……とりあえず、この『人妻たちの秘密 〜女たちの隠れた性〜』は借りていくことにしよう」

なお、読者の皆さんはなんでリリィの部屋にそんな本があるのかは、気にしてはならない。絶対に気にしてはならない。大事なことなので二回書いた。

柳也は鼻息も荒く、群青色のカバーが印象的な文庫本を懐にしまいこんだ。挙動不審以外の何物でもなかった。

そんな彼の視線が、不意に机の上へと留まったのは、本日二度目の魔が差した瞬間に他ならなかった。

そこに見えるは一冊のノート。分厚いハードカバーの表題は、『密偵業務日報其之五』。なんとも、ドリームな匂いのするノートブックだった。

「み、密偵業務日報だとぅ!?」

【タイトルから察するに、密偵としての日々の記録のようだな】

【ダグラス大臣への報告書かもしれませんね。……はっ、まさか、この中には各国の重要情報が満載されているのでは?!】

「いかん。いかんぞリリィ。そんなものをこんなところに無造作に置いて……これは、是非ともチェキしなければ!」

【……主よ、チェキは古い】

「あん? 俺の中ではいまだに四葉は健在だぜ? ちなみに俺は千影がいちばん好きだった!」

【そうか。我は雛子嬢に恋をしていた】

ちなみにタハ乱暴は衛が好きだった。

それはさておき、本日二度目の魔が差した柳也は、高鳴る胸を必死になだめすかし、怪しまれないよう、ランバダを踊りながら業務日報を捲った。そして、後悔した。

 

 

聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、黒、よっつの日

 

今日、ダグラス様の命令でリュウヤ様と初めてお会いした。ダグラス様からのお話で噂は伺っていたけど……なにコレ! 超好みなんだけど! ヤヴァイ。押し倒したい。すっごく押し倒したい! けど、スピリットとか騎士とかの目があるから、なんとか平静を装うことにした。努めて素っ気無い態度。ああん、わたしの馬鹿々々々々ッ。あんな無表情無愛想じゃ嫌われてもおかしくないじゃない。今日は不貞寝しよう。

 

 

【【「こ、これは……」】】

柳也達はランバダから踊りの種目をジルバ・ダンスに変えて呟いた。

恐る恐るといった手つきで、次のページを捲る。

 

 

聖ヨト暦三三〇年、エクの月、青、ふたつの日

 

今日、ダグラス様の命令で、リュウヤ様に陛下の伝言を伝えるためにエルスサーオに戻った。激戦を終えて少しだけ疲れた様子のリュウヤ様。キャッホウ! いい男じゃねぇか〜。仕事を終えた男の色気がプンプン匂ってくるぜぃ〜。皺だらけの服が放っておけないっていうか、母性本能をくすぐるっていうかぁ……ああん、とにかく、この人にはわたしが着いていてあげないと駄目って感じ♪ でも、わたしはすぐに王都に戻らなくちゃいけない。着いていてあげないと駄目って思った矢先に、離れ離れなんて……こんなの酷い! ダグラス様の馬鹿ぁ。陛下の阿呆。今日は不貞寝しよう。

 

 

「り、リリィ、さん?」

【あ、主よ……わ、我らはいま、見てはいけないものを読んでいるのでは?】

〈決意〉の言葉に頷いて、ここで読むを止めてしまえばよかったのだ。

しかし、ここにきて本日三度目の魔が差した。

何を思ったのか柳也は、「いいや、こ、ここまで読んだら、最後まで読まなきゃならない。そんな義務が、俺にはあるような気がする」と、呟いて、ページを捲り始めた。

 

 

聖ヨト暦三三〇年、エクの月、青、みっつの日

 

リュウヤ様が王都に帰ってきた。一日と置かずに再会。やっぱり運命はわたしの味方なのね。それから陛下、昨日は阿呆なんて書いてごめんなさい。あなたのおかげでリュウヤ様と顔を合わせることが出来ました。そしてダグラス様、昨日は馬鹿なんて書いてごめんなさい。あなたのおかげで今日、リュウヤ様の隣に座ることが出来ました。キャッホゥイ! リュウヤ様のとっなりだっ、リュウヤ様のとっなりだっ。すんすんすん。リュウヤ様の匂い、汗の混じった男臭さがたまらないよう〜、もう、これだけでご飯三杯はいけるね! そうだ。あとでエスペリアに頼み込んでリュウヤ様の肌着を貰っておこう。これでいつでもリュウヤ様の香りと戯れられるぅ〜。今日は良い夢見れそうだなぁ。

 

 

聖ヨト暦三三〇年、エクの月、赤、ふたつの日

 

やったー! 今日、ついに、ついに、リュウヤ様と一線を越えたーーーー!!! 痛かったよう。痛かったよう。でも、それ以上に嬉しかったなぁ。いっぱい気持ちよくしてもらったし、いっぱい幸せな気持ちにさせてくれたし。やっぱり、わたしとリュウヤ様の相性って抜群よねっ! それにリュウヤ様って、たらしって噂されているわりに、ちゃんと本番までやったことないみたいだし……これはあれよね! 他の娘たちよりも万歩リードって感じ? このまま一気にゴール・インだぁ。今日も良い夢見れそうだなぁ。

……あ、あとエスペリアから例のブツをゲットした。リュウヤ様の肌着。それも下半身の方の。タンスの下から三段目の奥に隠しておく。

 

 

「……これか」

タンスの下から三段目の引き出しを開け、中に入っていた女性下着を掻き分けた柳也は、そこに先日なくしたはずの褌を発見して米神をひくつかせた。

「とりあえず、後でエスペリアは制裁だな」

 

 

聖ヨト暦三三〇年、エクの月、赤、ふたつの日

 

授業だ、授業だ、お勉強ー♪ 今日はリュウヤ様とわたしの愛の協同作業。戦術講義の一回目。う〜ん。好きな男の人に頼られるって、やっぱり良い気分〜♪ って、それはそうとリュウヤ様! なに、あんな赤スピリットに鼻の下を伸ばしているんですかッ。そ、それに「思わず恋をしてしまった」なんて……はっ、そ、そういえばわたしってば、まだリュウヤ様に一度も「恋をしてしまった」って、言われない! リュウヤ様が美人を前にした時の常套句なのに……こ、これは不味いわ! …………なんて思ってたら、その後、ベッドの上で囁かれちゃった♪ それも「恋をしているらしい」だって。今日は良い夢見れそうだぁ。

あ、あと、今日の講義に出席していた赤スピリット。たしか、ヒミカだったかしら。あいつ、ブラックリスト入り決定。もし、これ以上わたしのリュウヤ様に色目を使うようなら、何か手段を考えないとなぁ。

 

 

「ヒミカぁぁぁぁあああッ! 逃げて――――――ッ!!!」

 

 

聖ヨト暦三三〇年、エクの月、緑、ひとつの日

 

……最近、リュウヤ様が冷たい。今日だって一緒にいても、口から出るのはつまらない仕事の話ばかりだし……はっ。もしかしてこれが噂の倦怠期!? わたしってば、そろそろコスチューム・プレイとかで楽しませないといけない時期なのかな? かな? それはともかく、最近のリュウヤ様はスピリットばかりと仲良くしている。そりゃあ、リュウヤ様はSTFの副隊長で第二詰め所の管理者だし、最低限のコミュニケーションくらいは取るべきだと思う。でも、そのうちの九割九分五厘くらいでいいから、わたしのことも構ってほしいなぁ……あ、あの黒いゴキブリ、ブラックリスト入り決定。わたしのリュウヤ様に色目を使ってるんじゃないわよ。今日は久しぶりに不貞寝しよ。

 

 

聖ヨト暦三三〇年、エクの月、黒、よっつの日

 

おのれあの青い双子の小娘め。質じゃわたしに勝てないからって、量でリュウヤ様を篭絡しようなんて……姉妹丼か? セット・メニューでお得ってか? 冗談じゃないわよッ。おかげでリュウヤ様とも最近ご無沙汰だし……っていうか、スピリットの連中、最近、調子に乗りすぎだよね? 自分ら、スピリットってことを忘れてない? 制裁しちゃっていいよね? 答えは聞いてない! ……でも、今回はリュウヤ様も悪いよね? 他の女の子ばっかり構っているリュウヤ様も悪いよね? よし、今日は不貞寝だ。明日からリュウヤ様がわたししか見えないようにしてやるんだ。

 

 

「く、黒い……黒いよリリィ!」

【ま、マナマナがぁ……マナマナがぁ……!】

【言葉さん恐い言葉さん恐い言葉さん恐い言葉さん恐い言葉さん恐い……】

 

 

聖ヨト暦三三〇年、コサトの月、青、みっつの日

 

リュウヤ様があのゴキブリ娘に弟子入りした。真昼間からイチャイチャイチャイチャ。真夜中にもキャッキャウフフ。羨ましい。嫉ましい。ああ、もう駄目だ。自分の気持ちを抑えられない。わたしだってリュウヤさまとイチャラブしたい。リュウヤさまと二人きりで「はい、あ〜ん」とか、「お帰りなさい、あなた」とか、ラブラブしたい。……二人きり? ああ、そうか。そうだよ。その手があったよ。リュウヤ様と二人きりになれば、誰にも邪魔されずに済むじゃない。早速マンションを借りることにしよう。あと、手錠。出来れば頑丈なのがいいな。それなら、いくらリュウヤ様でも簡単には抜け出せないと思うし。ついでにダグラス様にこっちの戸籍とかも用意してもらって……うふふ。今日は良い夢見られそう。

 

 

聖ヨト暦三三〇年、ソネスの月、青、いつつの日

 

明日、計画を実行する。リュウヤ様の、すべてを奪う。リュウヤ様を、わたしだけのものにするんだ。そのための薬は用意した。手錠もOK。マンションも別名義で借りてある。あとは首輪。勿論、わたしとリュウヤ様用のペアネックレス。わたしはリュウヤ様の犬で、リュウヤ様はわたしの犬なんだから。これは必須だよね。あ〜あ。いまから明日が楽しみだなぁ。今日は良い夢見られそう。

 

 

“パタリ……”と、業務日報を閉じた柳也は、静かに深呼吸をした。

業務日報に記された最後の日付は今日。すなわち、末尾に記されていた明日というのは、文字通りの明日なわけで……

「り、リリィ―――――――!!!」

柳也はリリィの姿を探した。

王宮中、城下中、それどころか国内中を駆け回って彼女の姿を探し求めた。

そして、見つかった。彼女は報告のためにダグラスの執務室に戻っていた。

「リリィ!」

「ふぇ!? あ、あの、リュウヤ様?」

「どうしたのだリュウヤ? そのように血相を変えて?」

「り、リリィ、それから、ダグラス殿! リリィって、明日暇か? 暇だよね? 暇だと言ってお願いプリーズ!」

「え、ええまぁ。明日は何の任務も入っていませんが……」

「そ、そいつは良かった。よし。リリィ、明日デートしよう」

「ええっ!?」

柳也の突然の申し出に、リリィは驚いた。

また自分をからかっているのではないかと顔を覗くが、彼はいたって真顔だった。

「リリィ。俺が悪かった。すまなかった。申し訳なかった。これからはリリィのこともちゃんと見る。見るから、早まらないでッ!」

「は?」

「いい? 早まっちゃ駄目だよ? 理解したら頷いて。お願い!」

「は、はぁ……」

実際は理解などこれっぽっちもしていなかったが、柳也の剣幕に気圧されしたか、リリィは曖昧に頷いた。

それを見て柳也は、目尻から大粒の涙を流して喜んだ。リリィを抱き締め、彼はしきりに、

「よ、良かったぁ。助かったぁ……」

と、呟いた。

 

 

「……ふむ。少し薬が効きすぎたか」

そんな柳也の様子を眺めながら、ダグラスは、ぽつり、と呟いた。

STFの副隊長に就任してからというもの、スピリットの少女たちに掛かりきりになっている柳也の様子に、密偵のリリィが愚痴をこぼしたのが二週間前のこと。少しでも現状を改善出来ればと、柳也の目のつくところに、内容を多分に改竄した業務日報を置いておいたのだが……ちょいと薬の効き目が強すぎたらしい。

「まぁ、これも自業自得と思って諦めてくれ」

口の中で呟いたダグラスの言葉は、誰の耳にも聞かれることなく消えていった。

 

 

 

 

「ところでダグラス様、なぜ、私が手錠を持っていることをご存知なのですか?」

「……リュウヤぁ! 逃げるんだ――――――ッ」

 

 

Chapter05「やらないか?」

 

――聖ヨト暦三三〇年、ソネスの月、赤、ひとつの日、夕方。

 

久しぶりに訪れた第一詰め所の食堂で、柳也は悠人と向かい合っていた。

対面に座る二人の間には卓が一つと、何やら大量のメモ書きが記された無地の紙が数枚。メモを取るのはもっぱら悠人で、柳也の方は口を動かしてばかりだ。

悠人はいま、柳也から一対一で戦術講義を受けていた。

これまでおよそ軍事とは無縁に生きてきた悠人だったが、STFの隊長に就任したことで、本人の意思とは無関係に否応なく軍事の知識が求められるようになった。

いくら伝説の〈求め〉が強大だといっても、スピリット達を率いて戦う男が、軍事についてまったくのド素人では問題がある。そこで、ラキオス王からその方面の勉強をせよ、と命じられた悠人は、「どうせ教わるのなら気心の知れた柳也に教えてもらいたい」と、彼との一対一形式の講義を望んだのだった。

「……つまり、軍隊という戦闘機能に特化した組織が、その実力を十全に発揮するためには、補給という問題をいかにして解決するかが重要なわけだ」

柳也はいま、軍隊における補給戦をテーマに話を進めていた。

「たとえば、世界最大最強といわれた戦艦“大和”も、燃料がなければただの鉄の塊だし、砲弾がなければ、その巨砲も張り子の虎にすぎない。それを操る人間も、飯が食えなければ満足な働きも出来ない。ナポレオンの言う通り、腹が減っては戦は出来んわけだ。

逆にいうと、相手の補給線を断つことが出来れば、敵主力と刃を交わすことなく戦力を削り取ることが出来るわけだ。決定打にはならないが、じわじわと効いてくるボディブローだ。相手がもういいだろう、と音を上げるまで弱体化したところで攻め込めば、勝率はぐっと上がる。当然、各国は相手の補給線を如何にして断ち、自軍の補給線を如何にして守るかに、尽力することになる。それが……」

「補給戦、だな?」

「そうだ。もっとも、言葉の意味としてはそれだけを示しているわけじゃないが」

柳也は一旦そこで言葉を区切ると、手元に置かれたティーカップに口付けた。

エスペリアが淹れてくれた茶を飲むのも久しぶりだ。相変わらず良い仕事をしている。

「補給戦を理解する格好のテキストは、第一次世界大戦と、太平洋戦争に見出すことが出来る。悠人は、Uボートって名前を聞いたことがあるか?」

「中学の時、歴史の授業で名前くらいは。……たしか、ドイツの潜水艦だよな?」

おずおず、とした問いかけに、柳也は頷いた。

「第一次世界大戦当時、イギリスは広大な大英帝国の領土を維持するために世界第一位の海軍を持っていた。対するドイツ海軍は世界第二位だったが、まともに正面からぶつかるだけの力は持っていなかった。

そこでドイツ海軍は、イギリス海軍と正面からの戦いは避けて、英国の戦力を奪うことにした。つまり、通商破壊作戦を基本戦略としたんだ。通商破壊というと分かりにくいが、要はイギリスのありとあらゆるロジスティックを断つ戦術だ。

イギリスは島国だ。あらゆる物流は海に依存している。人に、モノに、カネ。すべての輸送手段は海を頼らざるをえなかった。そんな国だから、海上封鎖をされるとたちまち干上がってしまう。そしてドイツには、この海上封鎖をする上で、最適な兵器があった。それがUボートだ」

当時の潜水艦は潜水時間が短く、速力も遅く、また強力な動力機関の不在からあまり大きな船体にすることが出来ず、武装も貧弱だった。しかし潜水という、敵に気付かれることなく接近出来る利点は、どんなデメリットにも勝っていた。武装もなく、装甲もなく、センサー類も貧弱な民間の商船を沈める分には、十分すぎる性能を持っていた。

「第一次世界大戦でUボートが沈めた戦果の合計は三八〇〇隻に及んだ。トン数にして一一一五万トン。イギリスは世界帝国を建国して以来、最大の窮地に立たされた。一時期は食糧備蓄量が六週間分にまで減少したくらいだ。

そこでイギリス海軍は、ドイツのUボートに対抗するべく護送船団方式を開発した。これは簡単にいうと、商船をまとめて海軍の船団に組み込み、軍艦で護衛していく方式だ。Uボートの戦果の最大の原因は、標的の多くが非武装非装甲の民間船舶で、ほとんど単独での航海だったからだ。イギリスはこの弱点をカバーすることにした。

護送船団方式は当初あまり効果挙げなかったが、アメリカの参戦も手伝って、次第に撃沈されるUボートの数は増えていった。Uボートの活躍は次第に下降線をたどり、ついにはドイツの降伏によってその活動を終えた」

「次は太平洋戦争だ」と、柳也は言った。

「太平洋戦争では、アメリカ海軍がかつてのドイツ海軍と同じことをした。つまり、島国日本の海上封鎖だ」

第一次世界大戦中、日本は当時の同盟国だったイギリスの護送船団を支援する目的で軍艦を派遣していた。

しかし日本はその時の記憶を忘れ、いざ太平洋戦争が始まると、南方からの資源は裸同然の民間船舶に載せて運んだ。駆逐艦一隻の護衛も付けることなく。

「ミッド・ウェイ海戦、三度にわたって行われたソロモン海戦、マリアナ沖海戦と、連合艦隊の軍艦は次々と沈められていった。同時に、民間船舶も米軍の潜水艦によって次々と沈められていった。この中には当然、石油を満載したタンカーも含まれていた。

石油が入らない。するとエネルギーが生産出来ない。エネルギーが生産出来ないと鉄鋼生産が上がらない。鋼材が不足するとタンカーの建造量が少なくなる。タンカーが少なくなると、石油を運べなくなる。完璧な悪循環だ。日本が民間船舶の護衛の重要性に気が付いた時、すでに護るべきタンカーはほとんどなく、護るための艦艇も不足していた。

もし、日本が初めから海上輸送の護衛の必要性に気付いていたら。船団は無理でも駆逐艦の一隻でも護衛に付かせることが出来ていたら。太平洋戦争の帰趨はまた違った展開になっていただろうな」

柳也はそう締めくくると、悠人を見た。

「日本とイギリスは同じ島国で、それぞれの戦争で同じような海上封鎖を受けた。しかしイギリスは勝ち、日本は負けた。ここまでの話を踏まえた上で、勝敗を分けた要因は?」

「……イギリスは護衛艦隊を作ったけど、日本は作らなかった」

「その通りだ。勿論、そればかりが原因ではないがな。さて……」

「ここまでが歴史のお勉強だ」と、柳也は言った。

彼の口ぶりからして、いよいよここから本番ということか。

「いまの二例は海上輸送の話だが、これは陸上輸送にも当てはまることだ。アフガンとイラクでは、防御力の貧弱な補給部隊が、ゲリラの攻撃に遭うケースがしばしばあった。俺達がハイペリアに暮らしていた時点で、米軍では補給部隊の自衛力強化を図るとともに、護衛部隊の編成を進めていた。つまり、陸の護送船団だ。これが、ファンタズマゴリアで戦うことになる俺達にも関係深いことだってのは、想像がつくよな?」

「ああ」

悠人は頷いた。

いくら自分が軍事の素人だといっても、これだけお膳立てを整えられれば、理解は容易だ。

「ファンタズマゴリアにも、当然補給部隊はあるからな」

「そうだ。俺達は水と食料なしに生きてはいけない。その水と食料を運ぶための手段と、兵士の一人々々の手元に届けるためのシステムがいる。当然、それを護るための手段とシステムもな」

ファンタズマゴリアの戦争では、まずスピリットが主体となって行い、人間の出番はそれからとなる。スピリットは人間よりも少数だから、当然、補給に必要な物資も少なく済む。作戦と投入する戦力次第では、馬車一台で事足りることもあるだろう。

しかし、馬車一台で事足りるということは、逆にその一台さえどうにかすれば、それだけで相手の補給を断つことに通じる。

補給部隊を如何にして守るか。その重要性は、ある意味で現代世界の軍隊よりも高い。

「それなのに、ファンタズマゴリアではこの補給戦についての研究が進んでいるとは言いがたい。旧日本軍と同様に、補給部隊は裸のまま送っているのが現状だ。常設にせよ、臨時編成にせよ、護送船団方式の早急な採用を望むところだな」

柳也はそう言って、講釈を締めくくった。

実は柳也は、この補給部隊の安全保障の問題について、すでにラキオス王とダグラスに相談をしていた。

二人は柳也の言う陸の護送船団の有用性について認める発言をこぼしたが、その実現性については悲観的な意見を述べた。

先述の通り、ファンタズマゴリアでは補給戦の研究自体が進んでいない。常設の護衛専門部隊を編成するにせよ、必要に応じて臨時に編成するにせよ、ラキオスの軍人で、そんな部隊の隊長が務まる人材がはたしているのかどうか。いたとしても、護衛の重要性を理解し、その上で任務遂行に尽力してくれるかどうか。護衛部隊の隊長にはどの程度の権限を与えるべきか。

問題は山積みだった。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、ソネスの月、赤、ふたつの日、朝。

 

「――というわけでセッカ殿、やらないか?」

「……サムライ、やはり貴様にはそういう趣味が!?」

午前中の訓練を終えた昼休み。

茶を喫していたセラスは、柳也の突然の発言に思わず半歩退き身構えた。

他方、なにゆえセラスがそんな態度を取ったのか分からない柳也は、怪訝な顔で彼の動作を眺めている。

やがてセラスの行動の意味に気が付いた柳也は、慌てて口を開いた。

「ち、違うわッ! っていうか、“やはり”ってどういうことだ!?」

「エスペリアから聞いているぞ。お前は以前、気を失っているクルバン殿を裸に剥いて、淫行に及ぼうとしていたらしいではないか!?」

「それはエスペリアの勘違いだ! それにあの時はグリゼフ殿の治療をするために服を脱がしたのであって、他意はなかった」

「なにっ! “お医者さんごっこ”に及ぼうとしたのか!?」

「だから違うって! っていうかなんでそこだけ日本語流暢!?」

柳也は頭を抱えながらセラスに、補給部隊の重要性と、陸の護送船団の有用性の説明をしていった。

補給戦の講義を行った翌日、柳也はラキオス王とダグラスに改めて陸の護送船団の実現を提言した。

その際の要点は、

@    護衛部隊は必要に応じてその都度臨時編成するものとする。

A    その規模は通常スピリットの二個小隊を定数とする。

B    部隊の人員は現地最高指揮官の承諾を得た上で護衛部隊隊長が決定するものとする。

の、三点に集約された。

さらにこの護衛部隊隊長には、

@    軍人としての能力に優れ、人格においても優れる騎士とする。

A    護衛部隊の隊長には、緊急時には補給部隊隊長に命令出来る権限を与える。

B    なおこの場合の“緊急”の定義は、護衛部隊隊長の判断で決めることが出来る。

などの資格を要す者を選出し、権限を与えることにしてはどうかと提案した。

「たしかに興味深い意見だが……」

柳也の言葉を受けたラキオス王は、賛意を示しながらも渋面を作った。

「何をもって緊急とするかは護衛部隊の隊長が独断で決められ、その際には補給部隊の隊長にも命令することが出来る。これはあまりにも危険すぎはせぬか?」

たしかに、緊急の定義を部隊長自らの判断で決められるということは、その部隊は軍隊の中にあってかなり自由な存在だといえる。自由ということは、同時に、暴走の危険性を孕んだ存在でもある。

「極端な例えになるが、もし護衛部隊の隊長が友軍を危険な存在と見なし、友軍に物資を渡す瞬間を緊急時と見なした場合には、護衛部隊のスピリットどもが友軍を攻撃する可能性とてありうることになる」

例によってダグラスの執務室のソファーの座上で、ラキオス王は言った。

「護衛部隊の隊長には、そうした事態を絶対に起こさないと保障出来る人物を選ばねばならぬ。このラキオス軍に、それだけの人物がいるのか?」

「いる」

柳也は言葉短く答えた。

「名を、セラス・セッカ。この男は優秀な軍人であり、高潔な騎士であり、なにより、絶対に己を裏切らない男だ」

「己を?」

「ああ。国家に忠義を誓う人間はいくらでもいる。誰か他人に絶対の忠誠を誓える人間もたくさんいる。けど、自分自身に忠節を誓える人間はほとんどいない。己の誇りとか、生き方とか、どんなことがあっても裏切らない男だ。だからこそ、信頼出来る男だ」

柳也は確信を篭めた口調で言い切った。

かくして、陸の護送船団にはゴー・サインが下ったのである。

「……それで、私にその護衛部隊の隊長をやってほしい、と?」

「そういうこと」

「それなら初めからそう言えばよかったろう」

「いや、そう言ったつもりだったんだけどね。……それで、返答は?」

「私のことを高く買ってくれるのは嬉しいが……」

セラス・セッカは複雑そうな顔をして呟いた。

「私には、荷が重すぎる」

「なんでだ? 能力的にも、人格的にも、わが国でこの任務に適当な軍人は、セラス・セッカ殿しかいないと、俺は確信しているんだが?」

「違う」

セラスは柳也の発言を一言の下に否定すると、声をひそめた。

「私の名前は、モーリーン・ゴフだ」

セラスは、モーリーン・ゴフと、己の本名を名乗った。

「私はマロリガンの騎士だ。騎士モーリーン・ゴフの魂は、常にマロリガンとともにある。もしラキオスが、わが祖国に敵対する意思を持った場合、モーリーン・ゴフが絶対に裏切らないとは保障出来ぬ」

「たしかに、モーリーン・ゴフを信用することは出来ないな……」

柳也は目の前の騎士の言葉に首肯した。

そして、ニヤリと笑った。

「でも、ラキオスの騎士セラス・セッカは信頼出来る。この男の魂は、常にラキオスとともにある。セラス・セッカは、ラキオスを絶対に裏切らない」

「サムライ……」

騎士は、柳也を見つめた。

セラス・セッカでもあり、モーリーン・ゴフでもある男は、やがてひとつだけ溜め息をついた。

「……セラス・セッカの時だけだ。ラキオスとマロリガンの敵対関係が明白となった時、私はモーリーン・ゴフに戻る。その時、私の役目は終わる」

「ああ、それでいい」

柳也は莞爾と笑って頷いた。

 

 

【ところで、ご主人様とセラス様だと、どちらが受けになるんでしょうねぇ?】

――〈戦友〉……お前って、サラッと受けとか攻めとかいう言葉が出る娘だったのね。

 

 

Chapter06「闘士二人」

 

――同日、夜。

 

午後の訓練が終わって一時間後、柳也はダグラスの執務室を訪ねていた。

リリィは伴わず、またラキオス王の姿もない。

ソファーに座るのはダグラスと柳也だけで、二人は卓を挟んで向かい合っていた。

勿論、世間話をするために顔を合わせているわけではない。ダグラスの言葉を借りれば、ラキオスが栄光ある未来を手中に収めるために必要不可欠な密談のためだ。

「――というわけで、セッカ殿は護衛部隊隊長の件を引き受けてくれたよ」

柳也は数時間前にセラスから得られた喜ぶべき返答について、ダグラスに伝えた。

なお、セラス・セッカの正体がマロリガンからの復讐鬼モーリーン・ゴフだということはダグラスには伝えていない。セラスの正体については、自分と、リリアナ、そしてエスペリアだけの秘密だった。

「セッカ殿は優秀な軍人だ。彼に任せれば、万事上手くいくだろう。そっちは?」

「護衛部隊隊長の権限を保障する書類はすべて陛下が作成なされた。こちらも首尾は上々だ」

「そうか。……ところで、例のシロモノは?」

柳也が声を潜めて言った。この部屋が盗聴されていないことはすでに確認済みだが、念には念を入れておくべきだろう。

「いまからちょうど二時間前、技術研究所の方から試作品が完成したという報告があった」

ダグラスは執務室に設けられた置時計に目線をやると、やはり声を潜めて言った。

「天候次第では、明日から試験段階に入るそうだ」

「そうか。いよいよか……」

柳也は感慨深げに呟いた。

試作品の発注から約五〇日、よくぞこの短期間で完成させてくれたと、研究所の技術者達には頭の下がる思いだ。

ラキオス王やダグラスとこの部屋で密談を交わすようになった頃、柳也は通産大臣を通じて、技術研究所に“あるもの”の試作を依頼していた。

それはハイペリアにおける戦争のあり方を一変させた兵器で、柳也はその再現を目指していた。

火薬が燃焼する際のエネルギーを利用して、石あるいは鉄の砲弾を飛ばす。すなわち、火砲である。彼はエーテル火薬を利用して、ハイペリアにおける砲兵器の再現が出来ないか、と考えていた。

柳也がファンタズマゴリアで火砲の再現を最初に思いついたのは、王国軍で働くようになって間もなくのことだった。現代世界の黒色火薬とほとんど性能の変わらないエーテル火薬の存在を知った彼は、咄嗟にハイペリアの銃火器、砲兵器のことを思い出していた。銃も砲も、火薬の燃焼エネルギーを利用しているだけで、弓矢の延長線上にある兵器だ。基本的な仕組みとアイデアを自分が出し、材料を揃え、試験を繰り返して技術的な問題をクリアすることが出来れば、この世界でも十分再現することは可能ではないか、と柳也は考えた。

しかし王国軍に入隊したばかりの柳也はSTFの副隊長でもなく、ダグラスやラキオス王の後ろ盾もなかった。自分如きの意見で、技術研究所を動かせるわけがないと、その時は実行を諦めざるをえなかった。

しかしその後ダグラスと出会い、ラキオス王の後ろ盾を得た彼は、改めて火砲再現計画の実行を二人に求めた。

火砲は赤スピリットの神剣魔法にも匹敵する兵器である。挑戦してみる価値は十分あるのではないか。

すでに桜坂柳也というエトランジェの価値を認めていたラキオス王は、独断で火砲再現計画、コードネーム、マンハッタン・プランにゴー・サインを下した。勿論柳也の命名で、例の原子爆弾開発計画に由来している。

なお、ここでいう火砲とは、一四世紀始めにヨーロッパ各国で開発・研究が進められた、初期の火砲のことだ。前装式の石弾砲で、最終的にこれを後装式の鉄弾砲にまで進化させ、実用化するのが、マンハッタン・プランの目的だった。

「一回目のテストでは、砲が正常に機能するかどうかの簡単なものになる予定だ。本格的なテストは、試作二号機の完成待ちになる」

「エーテル技術様々だな。予想していたより、かなりスピーディに進行している」

柳也はダグラスに莞爾と笑いかけた。

柳也がマンハッタン・プランをラキオス王に提案し、国王がゴー・サインを下したのが約五〇日前のこと。しかし現代世界では、紀元前三〇〇〇年頃にエジプトで初めて文明が興ってから、一二四七年のセビルの戦いで初めて火砲が登場するまで、四〇〇〇年以上の時間がかかった。それをわずか五〇日間で詰めてみせたマンハッタン・プランの進行ペースは、むしろ異常ですらある。

「本当なら試作一号機の完成まで一年かかったっておかしくないんだ。この調子だと、対バーンライト戦には間に合わないが、その次の次くらいには実戦配備も可能なんじゃないか?」

「次の次、か……。次はダーツィで間違いないが、その次は?」

柳也が言った直後、風見鶏の鋭い眼差しが彼に向けられた。

この青年の頭の中には、すでに次の戦争のさらにその先の青写真まで出来上がっているというのか。

柳也はとぼけた調子で、「さぁて、どこになるかね?」と、曖昧に言葉を濁す。彼は何食わぬ顔で、テーブルに置かれたコーヒーを飲み干した。ダグラス愛飲の、サモドア山脈でしか栽培出来ない銘柄だ。

時計を見ると、夕食の時間までにはまだだいぶ余裕があった。

柳也は明るい声音で話題を転じた。

「ところで、今日、俺から報告することは以上だが、そちらは?」

「私からもこれといってはないが……」

「なら、時間の余裕もあるし、ひとつ世間話でもどうだ?」

柳也はコーヒーのお代わりを催促するようにカップを掲げた。

ラキオスには現在十万近い国民が暮らしているが、風見鶏と恐れられる通産大臣に、かように話しかけられるのはエトランジェの彼だけだろう。

ダグラスはしばし柳也の顔を見つめた後、ふっ、と鼻で笑った。

自分の分のコーヒーを飲み干してから、

「言葉は正確に使うべきだな」

と、呟いた。

「世間話でもどうだ? という遠回しな言い方ではなく、もっと直接的に、私に訊きたいことがある、と言えばよかろう」

「さすが風見鶏。俺のことをわかってらっしゃる」

柳也は苦笑すると、カップをダグラスに手渡した。

二杯目のコーヒーが出てくるまでには、やや時間を挟まなければならなかった。

通産大臣はコーヒーにかなりのこだわりを持っている。豆を挽くのはコーヒーをたてるその都度行い、使用する湯も沸騰したものをそのまま注ぐのではなく、一旦静めてから、ポットに注いだものをドリップにかける。無論、ポットは最初に温めてから使う。

きちんと手順を踏んで淹れたコーヒーは味も香りも格別だったが、それを味わうためには、どうしても時間をかけなければならなかった。

「世の中にはコーヒーを苦いものと見なしている輩がいるが……」

ドリップに一回目の注湯を行いながら、ダグラスが呟いた。

誰かに話しかけているようで、独り言のようなその言葉に、柳也は思わず聞き入ってしまう。

「私からしてみればコーヒーほど甘い飲み物は他にない。悪魔の微笑みと形容してもいいだろう。それほどに魅力的な飲み物だ」

「……詩人のゲーテが言っていたな。コーヒーを飲むと、なんともいわれぬ悲しい気持ちになる、って」

「そのゲーテも、イタリア人画家のクニープと別れる際には、コーヒーをプレゼントされている。あの偉大なる文豪ですら、コーヒーの魔力には抗えなかったということだ」

テーブルの上にコーヒーが並べられた。

ダグラスはソファーに深く腰を下ろすと、柳也を見た。

柳也はカップを口付けた。

親密な温もり。甘い香りと、やや強い酸味を宿した褐色の液体が、舌を滑り、喉を滑っていく。

カップから口を離した柳也は、ダグラスの目を見た。

「ダグラス殿のことを聞かせてくれないか?」

「私のこと?」

「ああ」

柳也はカップをテーブルに置いた。

「エトランジェだと、言ったな? 昔、ダグラス社に勤めていた。あんたがこの世界にやって来たのは……」

「私の主観で、六七年の六月二十日のことだった」

ダグラスは淀みのない口調で淡々と答えた。

六七年といえばベトナム戦争の真っ最中、翌年一月にテト攻勢を控えた頃だ。ベトナムでのアメリカ人の戦争が、最も熱かった時期である。

「私の知る限り、ダグラス社が最も忙しかった時期に、私はこの世界にやって来た。三一の時だ。……逆に私からも問うが、ベトナムの戦いはどうなった?」

柳也は一瞬、ベトナム戦争の結果をダグラスに伝えるべきか、伝えぬ方が彼のためになるか、迷った。下手な嘘は、風見鶏には通用しない。質問に答えるか、口をつぐむかの選択肢しか、彼にはなかった。

「……アメリカは負けたよ」

柳也は、淡々と事実だけを述べた。

「共産勢力の勝ちだ。ベトナムは独立した」

「そうか」

ダグラスは静かに、その事実を噛み締めるように頷いた。

「……当然だな。もはやあの時代、植民地経営は時代遅れだった」

「いや、もっとずっと昔から、植民地経営は赤字だったよ」

「感謝するぞ。脚色を交えることなく事実を教えてくれたことに。その恩返しというわけではないが、私のことを少し話そう」

ダグラスはコーヒーを一口含んでから、とうとうと、口を開いた。

「私の本名は、ニコラス・グレイという」

「ニコラス……ギリシア系か?」

「祖父が移民だった。私自身はギリシアの土を踏んだことはない」

ダグラスは続けた。

「この世界に召喚された私は、当初ダーツィで暮らしていた。エトランジェということをひた隠し、町工場で技師として働いていたのだ。幸い、元の世界では機械と接することが多かったのでな。エーテル技術も、仕組みさえ知ってしまえば使うのは容易いことだった。給料は安かったが、それなりに充実した暮らしを堪能していた。だが、三四の時、エトランジェということがばれた」

その時、一瞬だけダグラスの表情が苦悶に歪んで見えたのは、柳也の気のせいだったか。

ダーツィという国ではラキオス以上にエトランジェやスピリットに対する差別意識が強いという。国ぐるみで、妖精差別の教育を行っているくらいだ。

それまで身分を偽って暮らしていたことも手伝って、周囲からの差別は酷かったろう。

柳也自身、かつては親なし子と差別の対象となった身だ。その辛さは、想像出来る。

しかしダグラスの口から語られた真実は、柳也の想像を、はるかに上回る凄惨さを孕んでいた。

「あれは差別などというものではない。あれは迫害だ。ある日な、町に行くと、誰も食べ物を売ってくれないのだ。金はある。みすぼらしい恰好をしているわけでもない。それなのに、パン一つ売ってくれない。私がエトランジェだからだ。何件か回って、通常の三倍の値で買ったパンは腐っていた。私が抗議すると、すぐに軍がやって来た。三日ほど拷問を受けて、釈放された。その帰りに子どもから石を投げられた。私が叱りつけると、また軍がやって来て、今度は一週間拷問を受けた。

精神的にも、肉体的にも、いちばん堪えたのは、エトランジェと周囲にばれて二ヶ月が経った頃のことだ。冬の寒い日でな。工場で働いていた私は、暖をとるために焚き火に当たろうとした。すると他の同僚達が『それじゃあ寒いだろう』と、私の身体を押さえつけ、無理矢理焚き火の中に放り込んだのだ」

「その時の火傷がこれだ」と、ダグラスは服の裾をまくった。

露わになった腹部には、三十年近い時を経て、なお当時の凄惨な体験を物語る火傷の跡があった。へそのあたりにはいまだに水泡や水ぶくれが出来ている。

柳也が、ぎりり、と思わず奥歯を噛み鳴らしたのも、無理からぬことだろう。

自分の受けた差別とは比べ物にならない悲劇の記憶が、通産大臣の身には刻まれていた。

「私はダーツィを出た。バーンライトで新しい人生を得て暮らそうとしたが、そこでもエトランジェだとばれた」

きっかけは三件隣の家の火事だった。燃え盛る家屋に取り残された子どもを救うために飛び込んだダグラスは、そこでエトランジェの身体能力を発揮してしまった。

幼い命を救った英雄に対する賞賛する声は、たちまち異世界からやって来た怪物を非難する声へと変わった。

「私はバーンライトを出た。そして辿り着いた安住の地が、ラキオスだった」

ラキオスに辿り着いたダグラスは、現在の偽名を名乗り、やはり町工場の技師として生計を立てていた。そんなある日、ダグラスの勤める工場に、当時のラキオス王ライディが視察に訪れた。これが、彼の人生を変える転機となった。

「ライディ王に技師としての腕を見込まれた私は、王立研究所に勤めるようになった。前の国王は特に科学技術の発展に熱心でな。ライディ陛下は足しげく研究所に通い、私も何度か言葉を交わす機会を得た。陛下は私の腕を信用し、私の人格を信頼してくれた。私もライディ陛下を信頼し、陛下に自らの正体を明かした。……ライディ陛下は、エトランジェの私を、受け入れてくれた。数ある国の中で、ラキオスだけが私を受け入れてくれたのだ」

「私がこの国に忠誠を誓うのはそういうことだ」と、ダグラスは続けた。

「移民の祖父をアメリカという国が受け入れてくれたように、異世界からやって来た私を、ラキオスという国は受け入れてくれた。いまでは生まれた故国よりも、いま暮らしている王国の方を愛おしく思う」

昔を懐かしんでいるのか、そう言うダグラスは穏やかに笑っていた。演技ではない。柳也が初めて見る、通産大臣の新たな顔だった。

父親ほども歳の離れた男の微笑を眺めているうちに、柳也は知らず口元が緩んでいくのを自覚した。

「……以前、お前は私の若い頃に似ていると言ったな?」

ダグラスが話題を転じた。

柳也は「ああ」と、静かに頷いた。

ダグラスはコーヒーカップを口元に寄せて、続けた。

「若く、理想に燃え、行動力に溢れた、好戦的な男……。実は、そういった性格以外にも、私とお前とでは共通点がある」

「エトランジェ、ってこと以外に?」

「ああ。……エトランジェという正体を明かしてからしばらく経ったある日な、ライディ陛下に言われたのだ。政治家になってみないか、と。陛下は私があちらの世界に居た頃、大学で学んだ経済学の知識にたいへん興味を持たれた。その知識を政治の舞台で活かしてみないか、と。梯子をかけられた私は、二つ返事でそれに乗った。当時の通産大臣の補佐を務めるようになった私が、最初にやった仕事は何だと思う?」

「……各地の、農作物の生産量の調査とかか?」

「いや、違う。私が始めにやったのは、スピリット差別との戦いだった」

柳也は目を丸くした。

スピリット差別との戦い。有限世界で暮らす人々の、常識や倫理の根底にある思想との戦い。それはまさしく、柳也自身が現在取り組んでいることの一つだった。

ダグラスは昔を懐かしむように、安らいだ顔で続ける。

「アメリカで生まれ、アメリカで育った私にとって、この世界のスピリット、エトランジェを差別する風潮は、容認出来るものではなかった。勿論、アメリカでも有色人種を差別する風潮はあった。しかし、少なくとも私が生まれ育った国では、同じ色の肌をした人間を差別することはなかった。ダーツィとバーンライトで迫害を受けてからは、差別思想への憎しみはますます募ったよ。政治の世界に身を投じた私は、まずスピリットやエトランジェに対する偏見の目をなくそうと、そのための法整備に努めた。しかし、それは叶わなかった」

「時代が悪かったのだろう」と、ダグラスは苦笑した。

ナチス支配下のヨーロッパでユダヤ人が差別されたことは有名だが、当時のダグラスがやったことは、まさしくその情勢下でユダヤ人の自由を叫ぶのと同じこと。彼の意見は、当然のように抹殺された。

「スピリット差別との戦いに、私は敗れた。否定しようのない敗北だった」

「……そして、俺が現われた。ダグラス殿と同じエトランジェで、かつてのあなたと同じように、スピリット差別と戦おうとしている、俺が」

「私がお前を買う理由は、昔の自分と似ている以上に、期待があるからだ」

ダグラスは柳也に笑いかけた。

情け無用のマキャベリスト。風見鶏と恐れられる通産大臣。王国に絶対の忠誠を誓う愛国者。いずれの肩書きも、二つ名も手放して、彼は優しく微笑んでいた。

まるで父が息子に自分の昔話をするように、穏やかな口調で、柳也に言う。

「日本人という民族は、時に不可能を可能にする不思議な力がある。真珠湾の時がそうだった。あの奇襲作戦は、誰がどう見ても成功する公算のない戦いだった。

事実、お前はわずか三名の戦力で八倍に比する敵を翻弄し、これを退けた。そんなお前に、私は期待しているのだ。私のなしえなかったことを、この男ならばやってくれるかもしれない。この男ならば、私の愛したラキオスを、より大きくしてくれるかもしれない、と」

「……買いかぶりすぎ、だと思うぞ?」

「そうかもしれん。お前の実力は、私が考えているよりも過小かもしれん。だが、私は自分の眼を信じ、自分の見たものを信じている。これまで、ずっとそうやって生きてきたからな」

このコーヒーの銘柄も。この見た目は一流だが、中身は三流のソファーも。

右も左も分からない異世界で、ニコラス・グレイはずっと自分だけを信じてきた。

自分の眼を。自分の見たものを。自分の感じたことを。

だからダグラスは信じることにした。自分が見、自分が話した、桜坂柳也という日本人の人格、そして能力を。

「本音を漏らせば、エトランジェ差別というくびきさえなければ、私はお前を養子にしたいとすら思っている。無論、公式にな」

「本音を漏らせば」と、呟いたダグラスだったが、その口調はどこか冗談めいている。

どこまでが本音で、どこまでが嘘で、どこまでが冗談なのか。

再び通産大臣としての仮面を被ったダグラスの真意を、柳也は測りかねていた。

しかし、これだけは言えた。

今日、ダグラスと腹を割って話せたのは幸運だった。

今日、自分はこの世界で初めて同志と呼べる人間と出会った。

永遠神剣を保有しているか、保有していないかの一点を除けば、限りなく桜坂柳也に近い男……ダグラス・スカイホーク。

柳也はいつの間にか、この男のことをもっと知りたい、この男にもっと近付きたいと思っている自分を自覚した。そしてそう思うことさえも、風見鶏によって仕向けられたことではないか、と疑っている自分に気が付いて、彼はほろ苦く笑った。

 

 

Chapter07「戦乱の予兆」

 

――聖ヨト暦三三〇年、ソネスの月、緑、ふたつの日、昼。

 

その日の朝、エルスサーオ方面軍第二大隊の郵便受けに、ラキオスから二通の手紙が投函された。

差出人の名前はそれぞれセラス・セッカと桜坂柳也。第二大隊の面々が待ちわびた、王都で暮らす〈戦友〉からの手紙だった。

「セラス様から手紙が届いたですってっ?」

その日の前夜、国境線警備の担当だったアイシャ・赤スピリットは、ベッドの中で眠りに就いていたところにその報せを受けて、すかさず飛び起きた。

着替えもそこそこ、とるものもとりあえず食堂に向かうと、そこにはすでに第二大隊の面々が揃っていた。訓練や任務で詰め所を開けている者以外、全員が顔を合わせている。どうやら出遅れたのは自分だけらしい。

「アイシャ隊長、セラス様から、じゃなくて、セラス様たちから、ですよぅ」

柳也の存在をすっかり頭の外に放り出しているアイシャに、セシリアが言った。

その表情は苦笑しながらも、どこか不満げだ。

アイシャがセラスに特別な感情を抱いているように、セシリアも柳也には上官への尊敬以上に特別な感情を抱いている。その相手を無視されるというのは、恋する乙女としてはあまりいい気分でない。

他方、もう一人の恋する乙女は、そんなセシリアの様子は歯牙にもかけず、

「それで、セラス様の手紙はどこなの?」

と、またしても柳也の存在を無視して言った。

西の方角から男の泣き声が聞こえてきたのは、セシリアの気のせいだったか。たぶん、気のせいだろう。

「こちらです」

そう言って封筒を取り出したのはファーレーンだった。仮面は着けていない。

ファーレーンの細い指から受け取った手紙は、まだ封が切られていなかった。

「セラス様からの手紙はアイシャ隊長がいちばんに読みたいでしょうから、開けないでおきました」

「ありがとう、ファーレーン!」

アイシャはファーレーンの両手を取ると、ぶんぶん、と振り回した。

喜びと感謝を身体いっぱいに表しているようだが、スピリットの腕力だ。振り回される方はたまったものではない。

「わ、あ、ちょ、アイシャ隊長っ、きゃぁぁああっ」

西洋人形のように可憐なファーレーンは、やはり人形のように宙を舞った。

そんな姉の様子には一瞥もくれず、妹分ニムントールの目線は手元の手紙に集中していた。勿論、柳也からの手紙だ。

生来の面倒臭がり屋の彼女は、普段滅多に活字を読みふけることはない。その彼女が唯一集中して読むのが、柳也からの手紙だった。

「ふぅん、リュウってば、ヘリオンって娘と仲良くしてるんだー」

手紙を読み進めるニムントールが呟いた。なぜか棒読み口調で紡がれたその言葉は、やけに聞く者の耳に印象強く残った。

見れば、壁に立てかけられた〈曙光〉からは、黒く、禍々しいマナが煙のようにいぶいている。

いや、〈曙光〉だけではない。ニムントールの呟きを耳にしたセシリアの神剣・第六位〈南洋〉からも黒いマナが立ち昇っていた。

「へ、へぇ〜……そうなんだぁー」

「うん。そうみたい」

目線をアイシャとファーレーンのやりとりから柳也の手紙に移したセシリアの呟きに、ニムントールが頷いた。

しかし不意にその表情が、ぱっ、と明るいものになる。

柳也からの手紙の末尾には、二人にとって、いや第二大隊のすべてのスピリットにとって、喜ばしい内容が書かれていた。

それは……

<追伸。詳しい日程はまだ調整中だが、近々部隊ぐるみでエルスサーオを訪ねることになりそうだ。その時はよろしく頼む>

 

 

龍の大地に、戦乱の風が吹いていた。

戦を望む者と、戦を憎む者。

戦を覚悟する者と、戦を受け入れる者。

戦を監視する者と、戦を待ちわびる者。

つかの間の平穏は終末を迎え、宴が始まる。

有限世界ファンタズマゴリア。

開戦の時は、迫っていた。

 

 


<あとがき>

 

タハ乱暴「……やったな、みんな」

 

柳也「ああ。やったな。……とうとう、第一・五章が終わったぞ」

 

タハ乱暴「柳也、みんな……今日までよくぞ頑張ってくれた。……というわけで、お疲れさまでしたー!」

 

柳也「お疲れさまでしたー!」

 

チンチンチン(グラスをぶつけ合う音)

 

北斗「んぐんぐんぐ……ぶはぁぁぁああッ。長に渡る戦いだった。しかしその分、終わった後の酒は五臓六腑に染み渡る」

 

タハ乱暴「や、北斗の出番はあとがきのみだろうが。さてさて、読者の皆様、今回も永遠のアセリアAnotherEPISODE:38、お読みいただきありがとうございました! この話が原作にない、オリジナルの第一・五章を無事、終えられたのも、一重に読者の皆様の応援あってのもの。本当にありがとうございました!!」

 

柳也「思えば、俺が例の『とりあえず飲んでおくか』発言で読者の皆様に受け入れられて以来(ホントかよ)、様々なことがあった。仮面ライダーにも変身したし、『恋姫』の世界にも行った。ゼロの使い魔の世界では絶賛筋肉露出中だ」

 

北斗「こう書くと変態にしか思えんなぁ。あ、あと、ゆきっぷう連載の『チェン恋』にも出演させてもらっていたな」

 

柳也「うん。ジョニーの方がね」

 

北斗「ジョニー・サクラザカはあくまでも<おまけ>だから、使い勝手がいいのだろう。……ところでタハ乱暴、今回の話だが、一応、謝っておけよ?」

 

柳也「は? 謝る?」

 

北斗「前回のあとがきでオムニバス形式にする、と言っていたが、なぜ、そういう形式にしたのか、という種明かしだ。まぁ、要するに、タハ乱暴の力量不足や作品中の時間軸、尺の都合などで、本編で上手く消化出来なかったエピソードやネタをまとめてやったのが、今回の話だ。言葉を悪くするのなら、ゴミ溜めだな」

 

タハ乱暴「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

柳也「ダグラス殿の過去とか、結構、重要なエピソードもあったと思うんだが……え? それすら、本編に入れられなかったの?」

 

北斗「ダグラスの過去については、当初から一・五章のどこかで書こうと考えていたらしいが、後から『あれ、無理じゃね?』と、気が付いたらしい。構成能力のなさがもろバレだな。この男は生涯脚本家にはなれまい。

それに、今回は新キャラも出ただろう?」

 

柳也「ああ。マリオな」

 

北斗「主人公の容姿に関わる話だから、これも本来はもっと自然な形で公開される予定だった。だが、ネリシア、ヘリオン、マスクドDVSレーズにトティラ将軍ときて、どこにも挿入する余地がないことに、後から気付いた」

 

柳也「……結構、美味しいキャラだと思うんだけどなぁ」

 

タハ乱暴「実際、マリオは天才だよ。なにせ、石油のない……つまり、ナイロン・ポリウレタンがない有限世界で、旧型スクール水着を作りやがったからね。そのうち、パンストとか作るよ。きっと」

 

北斗「その天才の出番を上手く作れなかったヘボ作者よ、次回から、いよいよ原作第二章がスタートするわけだな?」

 

タハ乱暴「うん。開戦。そして、さんざん出番がないない騒いでいたバーンライト勢が大活躍。対照的に出番の減る我らが主人公」

 

柳也「なに!?」

 

タハ乱暴「そして<おまけ>でジョニーの出番も減る」

 

ジョニー「なんだって!?」

 

北斗「そして本編に俺、参上」

 

タハ乱暴「それはない」

 

北斗「ぬを!?」

 

タハ乱暴「というわけで、次回もお付き合いいただければ幸いです。永遠のアセリアAnotherEPISODE:38、お読みいただきありがとうございました!」

 

褌の男「ではでは〜」

 

 

 

 

 

 

 

<おまけ>

 

もう何度、同じことが繰り返されただろうか。

立ち上がり、挑み、倒れ、また立ち上がり、挑み、倒れる。

人知を超越した異能の再生力を武器に、これまた人知を超越した呂布奉先の武力に挑む柳也の戦いは、すでに二刻にも及んでいた。

その間に重ねた刃の数は一〇〇〇合を超え、肉体以上に、互いの得物が悲鳴を上げていた。

いかに〈決意〉の強化の恩恵を受けていようとも、いかに中華の歴史に名高い業物であろうとも、物理法則の限界からは逃れられない。

なにより手の内の変化から相棒の異変を感じ取った両者は、三間の距離を隔てて向かい合った。

肩で息をする二人。男は笑いながら、女は無表情のまま、眼前の敵を見据える。

「……お互い、身体よりも相棒がやばそうだな」

「次で、極める」

「そうしよう。……六七戦六六敗で止めたいところだが」

柳也は酷薄な冷笑を浮かべながら、同田貫を八双に構えた。

対する呂布は、方天画戟を片手中段に置いた。

キスをした暁にはどれほど甘美な感触を味わえるだろう。無垢な唇が小さく開き、言う。

「お前、すごい奴。恋とここまで戦えた奴、お前以外に恋、知らない。……だから、恋も次の一撃に、全力を篭める」

天下無双。神域に至った龍の一撃は、脆弱な人の身の内に宿る魂魄を、一瞬で天界へと導く。

腰を沈め、呼気を整え、飛将軍は、地を駆けた。

対する猛牛も、大地を滑った。

黒炭の瞳に闘志の炎を燃やし、同田貫を袈裟に振り抜いた。

鋼と鋼の激突する音。

はたして、戦いの結末は…………。

 

 

柳也と呂布が一騎打ちに没頭する中、虎牢関を巡る攻防戦は、全体としては終結に向かいつつあった。

虎牢関を守る将は言わずと知れた神速の張遼、人中の呂布の両将だ。しかし、そのうちの片方は一騎打ちに傾注し、もう一方も白馬将軍公孫賛の軍を相手に掛かりきりになり、両将は麾下の軍勢六万の指揮を、思うように執れなかった。

将帥の指揮なき軍隊は、烏合の衆でしかない。頂点に君臨すべき将の不在時には中堅将校が頼みとなるが、不幸にも董卓軍にはその中堅どころに有力な将がいなかった。

結果、烏合の衆になりさがった董卓軍を、西涼王馬騰の軍が横撃した。のみならず、第二陣に控えていた孫権軍が前線へ進出し、これを圧迫した。ジョニー・サクラザカ軍も、関・張の両将軍が戦闘不能に陥ったとはいえ、元黄巾族出身の有力な武将を多数抱えるだけに、その奮戦は著しかった。

かくして、連合軍の猛攻の前に虎牢関は陥落した。虎牢関への一番乗りは西涼王の愛娘馬超将軍。虎牢関を落とした馬騰は、潰走する敵の追撃を孫権軍に任せ、自らはいまだ健在の張遼隊撃破のため公孫賛との合流を図った。

神速の張遼隊も、白馬将軍と西涼王の有力な騎兵隊二個を相手にしては分が悪い。

張遼将軍は、自軍の死傷者が二割を超えた時点で、公孫賛に対し降伏の意思を示した。

虎牢関を巡る戦いは、連合軍の勝利に終わろうとしていた。

残るは、最強の飛将軍呂布奉先と、天人桜坂柳也の一騎打ちのみだった。

 

 

戦場には、男の、荒い息遣いだけが響いていた。

今日一日だけで、どれほどの傷を負っただろう。

満身創痍、青色吐息の男は、しかし清々しい顔つきをしていた。何度も、何度も咳き込みながら、自分を見下ろす少女に言の葉を叩きつける。

「勝てない、かぁ……」

「最後も、恋の勝ち」

「だな。誰が見ても文句のつけようのない、快勝だった。……良い気分だ」

最後にして渾身の一刀を不発に終えた柳也は、しかし朗らかに笑って敵将の勇戦を褒め称えた。そして、そんな勇将と戦うことが出来た至福を、武の神に感謝した。

柳也はいっそ意識のすべてを吸い込まれそうなくらい深い真紅の瞳を見上げた。

「ところでどうする? 見たところ、虎牢関は落ちた。俺達連合軍の勝ちだ。君は……?」

「…………」

柳也に指摘された呂布は、周囲を見回した。そうして、初めて虎牢関に【孫】の牙門旗が翩翻と翻っていることに気が付いたらしい。心なしか、びっくり、した表情で柳也を見た。

「恋と戦ったのは、これが狙いだったの?」

柳也はかぶりを振った。

「いや。たしかに、君を足止め出来ればめっけものくらいには思っていたが、君と戦いたかった、っていうのも本心だった。……それで、どうする? 今更君一人が足掻いたところで、連合軍の勝利は揺るがない。逃げるというのなら、二刻も戦った好だ。俺は止めないし、追うつもりもない。ただ、他の諸侯が君の首級をどう扱うか分からないが」

そう言って、柳也は、ゆっくり、と上体を起こした。

相変わらずの驚異的な回復力だが、やはり激戦の直後、再生力は目に見えて落ちていた。これには、中華大陸の大気にはマナが希薄なことも影響しているのだろう。

柳也はその場で胡坐をかくと、呂布に向き直った。

「なぁ、呂布奉先殿、これはもしそちらがよければなんだが……」

柳也はそう前置きした上で、口を開いた。

「俺達、ジョニー・サクラザカ軍に降伏しないか? 勿論、首を取る、という意味じゃない。仲間にならないか、という意味で、俺達の軍に降るつもりはないか?」

柳也の申し出に、呂布は僅かに驚いた表情を浮かべた。

「……本気?」

「本気」

「恋は、お前達の兵をたくさん殺した」

「それはお互いさまだ。俺達だって、君の部下をたくさん殺した。そういうしがらみを抜きにして、俺は君を勧誘しているんだ。

俺は君のことが気に入った。君は強い。戦っていて、俺は凄く楽しかった。そして、君は美人だ。男としては、君ほどの美人を欲するのに、他に理由はない」

柳也は照れくさそうにはにかんだ。

「俺は、君が、呂布奉先が欲しいんだよ! 君の武が、君の心が、君自身が、俺は欲しい」

どこまでも正直で、真っ直ぐな口説き文句だった。ぎらつく視線は好戦的に滾り、全身から発する欲の気を隠そうともしない。裏表という言葉とは無縁の、欲望の押し売りだった。しかも相手の逃げ道を塞いだ上での、卑怯極まりない押し口上だ。

その獅子吼は、一騎打ちを見守っていた諸侯達の耳にも届いた。

最強の飛将軍が、この反董卓連合結成まではほぼ無名だったジョニー・サクラザカ軍に降るかもしれぬ。誰もが、そのなりゆきに耳目を傾けた。

呂布が、口を開く。

「恋が、欲しいの?」

「ああ。欲しい! 理屈なんかじゃなく、俺の、武人としての魂が、君を欲しているんだ。君に恋焦がれる俺の心が、君を欲しているんだ」

「……条件がある」

柳也の言葉に、少し考え込んでから、呂布はまた口を開いた。戦闘の余韻がもたらす興奮のせいか、健康的に日焼けした小麦色の頬には、僅かに朱色が差していた。

「お金が欲しい。恋と、恋の家族と、友達が、みんなで食べていけるくらい」

「善処しよう。正規の給金で足りなかったら、俺の禄をくれてやってもいい」

「恋の家、壊さないでほしい」

「洛陽の君の自宅か? 分かった。万の大軍がやって来たって、守ってやる」

「最後に一つ」

真紅の瞳に、小さな決意が宿っていた。

呂布は小さく頷くと、粛々と、その場にいる、柳也にしか聞こえぬ程度の声音で呟いた。

「月を……恋のご主人様を、助けてほしい」

 

 

おまけのおまけ

 

柳也と呂布の一騎打ちの直後、太守様の「君が欲しい!」発言を受けて、ジョニー・サクラザカ軍陣中ではちょっとした騒動が起きていた。

「はわわっ、き、君が欲しいだなんて……」

「にゃにゃっ、鈴々だって言われたことないのにぃ……」

「お、俺だって言われたことねぇぞ!」

「アニキ、そんなこと言ったら俺だって!」

「だなぁ」

朱里。鈴々。アニキ。チビ。デブ。ジョニー・サクラザカ軍の古参武将、軍師達は、いまだかつて自分達が頂戴したことのない言葉を、よりにもよって敵将が賜ったことに、手拭いを噛んでいた。そんな五人の後ろで、愛紗は、「わたしだって言われたことないのだが」と、呟いていたが、五人は無視した。だって、本作では愛紗はそういう役どころのキャラだから。

「キャラとは何だ―――――!?」

世界の真理だよ。

 

 

おまけのおまけのおまけ

 

神速の張遼隊を破った公孫賛の陣営でも、柳也の「君が欲しい」発言は物議をかもしていた。

「……サクラザカ、わたしのこと、好きって言ったのに」

「ひゃ〜〜、あの男やるなぁ。強いだけやあらへん。あない人前で、あない熱烈に口説くやなんて……アカン。ウチも惚れてしまいそうや」

ジョニー軍の皆さんと同様に手拭いを噛む僕たちの大好きな伯珪さんと、うっとり、とした眼差しを柳也に向ける張遼さん。

この主人公、いつか刺されそうである。

 

 

コラム:本おまけにおける幽州の二大勢力について考える。

 

「無印恋姫」において、幽州は主人公達が最初に拠点とする重要な地域である。「正史」および「演義」では、この地方において有力だった勢力は公孫賛と劉虞だった。劉虞は「無印恋姫」でも、「真・恋姫」でも、名前すら登場しない。よって、少なくともBaseSon 公式の「外史」では、劉虞勢力は存在しないものと考えられる(20101月現在)。本作のパースペクティブは「無印恋姫」としている。よって、幽州に劉虞勢力は存在せず、公孫賛と我らがジョニー・サクラザカの二大勢力が、この地域を二分していると考える。反董卓連合結成以前の、幽州二大勢力の軍事を考えみよう。

 

<ジョニー・サクラザカ軍>

 

総大将:ジョニー・サクラザカ

主な武将:張飛益徳、程遠志、管亥、ケ茂、他

主な軍師:諸葛亮孔明

主な兵卒:関羽雲長(笑)

動員兵力:一万人(七割が元黄巾党)

最大動員可能兵力:二万五〇〇〇人(六割が元黄巾党)

 

    軍隊の特色

元々ジョニー・サクラザカが幽州に勢力を興すきっかけとなったのは、黄巾党の皆さんの再就職先を探すためであった。その再就職先の受け皿の一つとして、ジョニーは軍隊を持つに至った。それゆえに、ジョニー・サクラザカ軍の構成員の七割は元黄巾党の皆さんである。すなわち、元賊徒の軍と言っても過言ではない。当然、軍律なんぞ知ったこっちゃねぇ、という輩を多く含む。その練度は察して知るべし……かと思いきや、元黄巾族を差別しないジョニーの善政と、人類の軍事史五〇〇〇年分の知識を訓練プログラムに組み込んだことにより、その士気・戦闘力は一定の水準に達している。また、先述した通り、元黄巾族を差別しない柳也の方針により、黄巾党出身の有力な武将を多数保有している。そのため、小型の軍ながら中堅武将の層が極めて厚い。重装歩兵で正面の敵を押さえ込んでいるうちに、軽装歩兵及び騎兵隊で側背を衝くという西洋的な戦術展開を得意技としている。また、他の「外史」では結構な地位に就いていることの多い、関羽将軍が、一兵卒に甘んじていることも、本軍の特徴である。

 

<僕たちの大好きな白馬将軍の軍>

 

総大将:公孫賛伯珪

主な武将:

主な軍師:

動員兵力:一万二〇〇〇人(内、白馬騎兵隊一〇〇〇騎)

最大動員可能兵力:二万人

 

    軍隊の特色

 

白馬将軍の異名を取る公孫賛軍の最大の武器は、白馬で構成された有力な騎兵隊の存在だろう。本来、気性の大人しい草食動物の馬を、軍事に用いるのは難しい。ましてや戦闘用の軍馬の調教となれば至難の技だ。人材の育成、専用施設の設備投資、年月もカネも、大量に掛かる。その戦闘用の軍馬を大量に、しかも白馬のみで揃えて、かつそれが強力というから恐ろしい。公孫賛軍の戦闘ドクトリンは、この騎馬隊を如何に用兵するかに充填を置いている。反面、公孫賛軍は騎馬隊以外に特筆した戦力を持たない。確かにその兵は精強だが、兵力自体は他勢力と比較して突出したものではない。また、その動員体制も、徴兵後即戦力化が出来るようなシステムになっていない。仮に多数の中堅武将を抱えた大軍が、数の暴力に任せて浸透戦術を取った場合、対処は難しいといえるだろう。

 

 

<二大勢力の関係>

 

ジョニー・サクラザカ軍と公孫賛軍は、黄巾の乱終結時点で、ともに幽州を二分する巨大勢力である。通常、一つの州に二つの巨大勢力が存在する場合、摩擦は避けられないが、幸いなことに、この二勢力は先の黄巾の乱で共闘した経験を持っており、正式な軍事同盟こそ結んでいないものの、関係は良好である。

幽州に隣接する冀州の最大勢力といえば袁紹である。曹操との雌雄を決した官渡の戦いでは、袁紹軍は一〇万もの兵力を擁した(もっとも、そのほとんどは後方支援要員だったろうが)。「正史」では、黄巾の乱終結時点での袁紹の勢力圏は冀州の一部に過ぎなかったが、「恋姫」袁家は多分にチートなので、この時点で袁家の勢力は冀州全土に及んでいたと考えられる。その動員兵力は、おそらく六万は下るまい。勿論、その全てが即戦力化出来るとは思えないが、それでも、「恋姫」における袁家の財力から判ずるに、常時三万人の戦力化は確実だろう。

もし仮に、この袁紹軍が幽州を攻めたとしたら……いかな二大勢力といえど、個別に戦えば各個撃破される公算が高い。しかし、数十万も及んだ黄巾党信徒を次々と自軍に取り入れるジョニー軍と、白馬将軍率いる公孫賛軍がタッグを組んだとしたら……。常備兵力二万二〇〇〇、戦時動員兵力四万五〇〇〇の強力な軍団を擁することになる。

幽州の二大勢力、彼らの動向は、隣接する冀州の勢力図を塗り替えかねない潜在要因なのかもしれない。




今回は短編連作という感じだな。
美姫 「でも、軍服を作っていたなんてね」
それ以前にスク水までとは。
美姫 「これって職権乱用?」
いや、デザイナーも結構、楽しんでいるみたいだし。
美姫 「ダグラスはダグラスでちょっと登場時からは予想できないような感じでお茶目になっちゃって」
よくよく考えたら、改竄したあの文章はダグラスが考えたんだよな。
美姫 「…………」
夜中に一人、机に向かって夜なべで書いているダグラス。
美姫 「って、想像させないで!」
何はともあれ、次からは二章みたいだけれど。
美姫 「どうなっていくのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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