――聖ヨト暦三三〇年、エクの月、黒、ふたつの日、深夜。

 

桜坂柳也の体を乗っ取った永遠神剣第七位〈決意〉は、契約者が愛用する大小の他、戦闘用の装備一式を揃えたいでたちで、第一詰め所へと続く暗い林道を歩いていた。

携帯エーテル灯は携えていない。もともと〈決意〉が契約者に選んだ男は夜目が利く。そこに〈決意〉自身の強化を施しているため、夜道とはいえその足取りは軽快だった。

また、すでに時刻は午前零時を大きく回っていた。

このような時分にスピリットの館近辺を歩き回っているところを見つかれば、それだけで不審者と思われかねない。自ら光源を携えて、発見の危険性を高めるような真似は慎まねばならない。

まして今宵、自分が外を出歩いている理由は暗殺という非常にダーティな内容に関わることだ。いまの自分の姿を、誰かに見られるわけにはいかなかった。

およそ暗殺という行為は、事前の準備と情報の秘匿をどれだけ出来るかが成功の鍵を握っているといっても過言ではない。ニクソン大統領、アメリカの大統領は全員が暗殺計画の対象となっているが、すべて未遂で済んだ最大の理由は、多くが狂人の手によるほとんど衝動的な犯行だったからに他ならない。大統領を警護するシークレット・サービスは、言い換えるとアメリカで最も精強で勇敢な男達だ。そんな男達が万全を期して敷いた警備網を、衝動だけの行動で突破出来るはずがない。よく練られた計画と、事前の入念な準備をなくして、暗殺は決して成功しない。

その点、今夜の〈決意〉の行動は、入念な準備を下積みにした周到な計画だった。

こうして実際に柳也の身体を乗っ取る以前から、〈決意〉は〈求め〉を砕くための準備を進め、そのための計画を練ってきた。

砕くべき〈求め〉は第四位の神剣で、第七位の自分が真っ向から挑んだところで到底勝てるはずもない。

しかしそれを握る契約者は弱体で、いま己が寄生している男とは、身体能力一つ比べても歴然とした実力差がある。

気配を殺し、不意打ちの構えで仕掛ければ、勝てぬ道理がなかった。

計画と準備の方はこれでいい。

問題は暗殺を実行に移すまでに、自分の存在をどこまで秘匿出来るかだ。

人類の暗殺史を紐解くと、実行の直前に暗殺者の正体が露見して失敗したケースは少なくない。

近年の例でいえば1968年の青瓦台襲撃作戦がそうだった。1968117日、北朝鮮陸軍第一二四部隊に所属する特殊部隊三一名は、三八度線を越えて大韓民国首都ソウルへと潜入した。作戦の目的は当時の韓国大統領朴正熙を暗殺すること。彼らは青瓦台の大統領官邸まであと八〇〇メートルの距離まで迫ったが、そこで韓国警察に正体を見破られ、やむなく作戦の目的を破壊工作へと変更。銃撃戦となり、三一名中の二八名が射殺されるに至った。当時韓国警察は、民間人からの通報により、北朝鮮の工作員が韓国軍兵士になりすまして越境したとの情報をつかんで警戒を強化していた。通報した民間人は、非武装地帯を越えた特殊部隊が森の中で遭遇した木こりだった。

幸いというべきか、自分の暗殺――というより破壊――対象の〈求め〉には、SSの警護もなければ警察組織による警備網も敷かれていない。

詰め所までの道中で見つかることにさえ気をつければ、接近を阻むものは何もなかった。

――もうすぐだ…待っていろよ、〈求め〉。

〈決意〉は〈求め〉のマナが解放される瞬間を想像して嗜虐的な笑みを浮かべた。

〈求め〉の破壊は〈決意〉にとって崇拝すべきある存在から託された、柳也にも話せない密命だった。〈決意〉はその高位なる存在に対し絶対の忠誠を誓い、“彼女”に仕えていることを誇りに感じていた。彼女の存在は〈決意〉にとって神そのものであり、神の命を受けることは大変な至福であり、名誉だった。

別な言い方をすれば、それは恋と言い換えられるだろうか。

ともかく、〈決意〉にとって彼女の役に立つことは歓喜以外のいかなる感情も介在する余地のない神聖な行為だった。

他方で、唯一例外的に気がかりに思っているのは〈求め〉を砕いた後の柳也のことだった。

彼は自分が〈求め〉の破壊に異様な執着心を抱いていることに薄々だが気付いているようだった。もし無事に〈求め〉を砕くことが出来たとしたら、柳也の疑惑の目は真っ先に自分向くだろう。そんな未来が訪れることは、〈決意〉にとって恐怖の事態だった。

柳也の信頼を失うようなことだけは、絶対にしたくなかった。

――矛盾しているな。

〈決意〉は自嘲気味に笑った。

彼女から与えられた至上の命題を果たそうとしている一方で、柳也の信頼を失いたくはないと思う自分がいる。そう思っている自分が滑稽で、愚かしく、笑えた。

――始めはこんなはずではなかったのだがな……。

彼女の密命を受けて、初めて桜坂柳也という男の体に寄生した時、自分は与えられた役割に燃える職業人だった。

しかし戦いの最中で契約を交わし、その後も幾度かの死線をともに潜り抜けているうちに、いつの間にか〈決意〉の中で桜坂柳也の存在はどんどん大きくなっていった。

いまや〈決意〉にとって契約者の存在は、彼女には及ばないが、それに次ぐ重要な存在になっていた。

〈求め〉の破壊にしても、今日に至るまで先送りにしてきたのは、好機が来るのを待っていたこともあるが、柳也にその破壊を止められていたからでもある。彼女の言葉が信託ならば、柳也の言葉は友の願いだった。

しかし、それを聞いてやるのももう限界だった。

あまり時間をかけすぎては、今度は彼女の信頼を失いかねない。

彼女からの信頼を失うことは、柳也からの信頼を失うこと以上の恐怖だった。

――主よ、すまぬな。

すべてが遅滞なく終わった暁には、〈決意〉は柳也にすべてを話すつもりだった。なぜ柳也がファンタズマゴリアにやって来たのか、なぜ自分が柳也に寄生したのか、そして自分に命を下した彼女の正体、すべての真実を話す覚悟でいた。

すべての真相を明かすこと。それは密命を遂行する上で彼女から禁止された行為の一つだった。これを犯すことは、〈決意〉にとって神への背信も同然の行為だった。

すべての真実を話したところで、おそらく、失われた信頼を取り戻すことは不可能だろう。信頼は壊すのは簡単だが、築くのは難しい。しかし、そうすることで少しでも是正が出来るのなら、禁則を多少犯すこともいとわない。

――それに、主ならばわかってくれるはずだ。あの方の崇高さ、あの方の神聖さ、あの方の秩序ある理念を。そして、ともに戦ってくれるはずだ。我とともに、あの方の理想のために。

第一詰め所までもうあと五、六十メートルといった頃合だった。

〈決意〉の視界に、オレンジ色の光芒が映じた。二十メートルほど前方に、出力を落としたエーテル灯の明かりが見えた。

〈決意〉はその場に立ち止まった。

光源はゆっくりとこちらに向かってくる。

一瞬、林の中に隠れようかとも思ったが、やめた。見つかった際の言い訳を考えるのに苦労しそうだったからだ。

やがて相手の姿が見えるほどまで近付いた時、〈決意〉は思わず眉をひそめた。

「……リリィ、か?」

ダグラス・スカイホーク通産大臣の私兵リリィ・フェンネス。情報収集に長けた優秀な密偵であり、いまのところ柳也がこの世界で体を重ねた、ただひとりの女だ。

こんな夜更けに何をしているのだ、と訊こうとして、〈決意〉は口から出かかった言葉を飲み込んだ。その質問はそっくりそのまま自分にも返ってくると気が付いたからだ。

リリィには密偵としての任務という正当な(?)理由があるかもしれないが、自分には何もない。まさかこれから〈求め〉を砕きに行くなどと、本当のことを話すわけにもいかない。

〈決意〉がどう声をかけるべきか迷っているうちに、リリィは彼との距離をどんどん詰めていった。

「リュウヤさま……」

リリィが、〈決意〉の宿主の青年の名を呼んだ。

柳也の体を乗っ取っている現状、自分の姿は桜坂柳也にしか見えない、そのはずだった。

「……いいえ、それとも永遠神剣第七位〈決意〉と呼ぶべきかしら?」

〈決意〉の寄生する男の顔面筋肉のすべてが、一瞬にして硬化した。

「……貴様、何者だ?」

柳也の名ではなく、自分の名前を正確に呼んでみせたリリィ。

すでに柳也と何度も体を重ねているリリィが、本来の彼と、自分が肉体を乗っ取っている彼のごくごく僅かな違いを見抜いたとしてもおかしくはない。おかしくはないが、それだけで自分の名前を言い当てることは出来ないはずだった。なぜなら〈決意〉がこうしてリリィと言葉を交わすのは、これが初めてのことなのだから。

〈決意〉に支配された柳也は全身を総毛立たせた。

目の前のリリィからは、なにやら不穏な気配が感じられた。

それは永遠神剣の契約者特有の、マナの波動だった。それも自分と同じ、体内寄生型の永遠神剣が発する特異な気配だった。

目の前のリリィが、クスリと笑った。

普段の彼女ならば絶対に見せない朗らかな笑みは、〈決意〉のよく知る神剣の微笑みとどこか似ていた。

「あら、駄剣にしては鋭いじゃない」

「貴様、〈戦友〉か?」

「ご明察」と、リリィは……リリィに寄生し、その肉体を乗っ取った〈戦友〉は、楽しげな笑みを浮かべると、声を絞って言った。男心をくすぐる、妖艶な笑みだった。

「貴様、なぜその女の中に……」

「あら、もう忘れちゃったの? ご主人様が最初にこの女を抱いた日のことを」

「……あの時か。あの時、寄生していた残りカスか!」

かつて柳也は、ダグラスの命で夜伽のためにやって来たリリィの処女をはからずも散らしてしまったことがあった。破瓜の痛みに苦悶の呻きを漏らすリリィを見た柳也は、罪悪感もあって彼女に〈戦友〉の一部を寄生させ、痛みを取り除いてやった。

あの時、リリィに寄生させた〈戦友〉の分身はいまだ回収されていない。

機会はいくらでもあったはずなのに、柳也があえてそうしなかったためだ。

「まさかあの時の残りカスがいま我の前に立ちはだかるとはな」

〈決意〉は落胆に肩を落として呟いた。

万全を期して挑んだはずの暗殺計画が、まさかこんなところでつまずいてしまうとは。

「我のなそうとしていることは?」

「駄剣が何を考えているかなんて興味ないわ。けど、大体の予想はついてる」

「ならばそこをどけい」

〈決意〉は同田貫の柄に手をやると、静かな怒りを口調に滲ませ言い放った。

すでに両足は肩幅に開き、体は抜刀の構えを取っている。

「今宵、我のなさんとすることの邪魔をするならば、いかなる相手であろうと切り捨てる」

「そういうわけにもいかないのよね……」

いつ斬撃が放たれてもおかしくはない剣気を浴びせられながら、しかし〈戦友〉は毅然とした態度を崩さなかった。

「あなたがあの神剣に用があるように、私もあの神剣に用があるの。来るべきその日が来るまで、〈求め〉を守れ、って命令が、ね」

「……なるほどな」

〈決意〉の口調から、怒りという感情が脱落した。

代わりに宿ったのは、どこまでも純粋な憎悪だった。

「貴様、カオス側の神剣だったのか」

「そういうあなたは、ロウ側の神剣でしょ?」

〈決意〉の宿る柳也と、〈戦友〉の宿るリリィは、静かな火花を散らしながら見つめ合った。

カオスと、ロウ。敵対する二つの勢力に所属するふた振りの永遠神剣の間では、激しい憎しみの炎が渦を巻いていた。

「興が冷めた」

不意に〈決意〉が踵を返した。

背中を向けたまま〈決意〉は言った。

「分身とはいえ、貴様を倒して進むには相当量のマナを使わねばならぬだろう。そうなればまず間違いなく〈求め〉に我の接近を気取られることになる。奇襲は失敗だ」

「ずいぶん諦めがいいじゃない?」

「諦めたわけではない」

〈決意〉は〈戦友〉に背中を向けたままきっぱりと言い切った。

「リスクを顧みて断念しただけだ。再び好機あれば、遠慮なくやらせてもらう」

「…………」

〈戦友〉の寄生するリリィの顔が強張った。

この神剣は、まだ〈求め〉を砕くことを諦めていないというのか。

「それに……」と、〈決意〉は続けて言った。

「いま貴様と戦ってその女を傷つければ、主が悲しむでな」

〈決意〉はそう言うと元来た第二詰め所への道を引き返していった。

〈戦友〉はその背中を黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-

第一・五章「開戦前夜」

Episode31「セラスの依頼」

 

 

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、エクの月、緑、よっつの日、朝。

 

それは柳也とネリーの対戦訓練が始まって三日目の朝の訓練中の出来事だった。

相方のネリーを柳也に独占され、独り稽古に励んでいたシアーに、セラス・セッカの目は釘付けとなった。

「ほぅ……」

セラスは思わず感嘆の溜め息をこぼした。

シアー・青スピリットの剣の腕がいまどの程度の段階にあるのか、セラスは第二詰め所での初訓練を終えて興奮気味の柳也から何度も聞かされていた。

その話を基にセラスもシアーの剣技についてはある程度の予想を立てていたが、まさかこれほどとは……

――なんと美しい円弧を描く剣か。剣尖の描く軌跡が、まるで円月のようだ。

ガストン・シュピーゲイルの道場で若き日のモーリーン・ゴフが学んだのは片手剣ロングソードの業前だった。

他方、シアーの〈孤独〉は両手剣で、斬撃の安定性はロングソードとは比較にならない。

片手剣では絶対に出しえない、正確で、精緻に富んだシアーの剣舞に、セラスはすっかり虜になってしまった。

――なるほど、サムライが惚れるわけだ。

空を切り裂く三日月の円弧に惚れ惚れとした眼差しを向けながら、セラスは得心した様子で何度も頷いた。

シアーの剣技は丁寧で、それゆえに洗練されていた。柄を握る十指の動きひとつ取っても、緩急強弱の手の内を、ごく自然に身につけていることがわかる。時折見られる鋭い斬撃の軌跡は、ひょっとするとアセリアに匹敵するかもしれない。

また、一心に上段斬りを繰り返すシアーの太刀筋は、まるで剣を覚えたばかりの子どものように素直で、真っ直ぐだった。教科書通りと表現すると悪い言い方のように聞こえてしまうが、そこからは清潔な美しさすら感じられた。

――惜しむらくは、シアー本人に前に出ようとする意思がかけていることくらいか。

斬撃は丁寧。スピリットだから刀勢も十分ある。年のわりにコンパクトにまとまったシアーの剣だが、いささかコンパクトにまとまりすぎているきらいも否めない。

セラスの眼には、シアーの剣には攻撃を相手に届かせようとする意欲が欠けているように見えてならなかった。シアー自身の性格のためだろう、高い技量のわりに斬撃の伸びが芳しくなく、自ら積極的に攻めていこうとする姿勢が感じられないのだ。

所詮、剣者の道は修羅の道、いくら正確精緻な斬撃を打ち込むことが出来るとしても、敵に当てようという気構えがなくては意味がない。手にした刃を敵に叩き込めなければ、その先に待っているのは己の死だ。

――これほどの剣者がなんと勿体ない。

もともとシアーは敵に向かって積極果敢に突っ込んでいくようなタイプではない。性格的にもおとなしい娘だから、攻めの太刀は本質的に馴染まない。

しかしセラスは、そうしたことを承知の上で、せめてもう十数センチ前に踏み込めぬものか、と残念がった。

いま彼の頭の中では、活き活きとした伸びを見せる太刀筋が華麗なシアーの剣の舞が、鮮烈な映像となって狂奔していた。それは想像するだけで胸躍る光景だった。

とはいえ、単に踏み込みを深くするだけでは、セラスが見たいと思う剣技とは出会えない。むしろ、かえってシアーの剣の長所を殺すだけの結果に終わりかねない。

シアーの斬撃が正確流麗なのは総合的なバランス力の成果だ。これは、例えるならトランプのカードで作るタワーのようなものだ。たった一枚のカードでも、下手に動かせばタワーは一瞬にして崩れてしまう。

ただ踏み込みを深くするだけではシアーの剣技は向上しない。踏み込みを深くすると同時に、腕の振り、腰の動きといった、あらゆる点を変えていかなくてはならない。

その際、最も肝要なのは……

「……腰、だな」

セラスは低く呟くと、シアーの背後へと回り込んだ。上半身と下半身とをつなぐ腰はあらゆる武芸において最も重要な部位の一つだ。ここに意識を向けるのと、向けないのとでは、同じ上段からの斬撃でも大きな差が出てくる。

この時、セラスの頭の中には、シアーへの助言以外の他意は一切なかった。後ろから近付いたことにしても、下手に前から近寄って彼女の集中を乱さぬための配慮だったし、足音を極力殺すようにしたのも、同様の理由からのことだった。

セラスは純粋にシアーの未来を思い、また自信の欲求を満たすべく、彼女の背後へと回り込んだ。

高い技量を誇るといっても、所詮は実戦未経験の若いスピリット。素振りに集中するあまり、周囲への気配りを忘れているシアーは、セラスの接近に気付かない。

シアーとの距離を二メートルほどまで詰めたセラスは、おもむろに口を開いた。

「もっと腰を据えて打ち込んでみたらどうか?」

直後、シアーの肩が、ビクリ、と震えた。やはり背後から唐突に声をかけたせいで、驚かせてしまったか。

次の瞬間、突如として彼の剣士としての本能が警鐘を鳴らし始めた。

前方から斬撃の緊迫。

セラスは頭で考えるよりもいち早く、ロングソードの柄を握るや即座に刀身を鞘走らせた。

職人の手で鍛えられた鍛鉄と、自己進化を繰り返す金属とがぶつかり合う音。

振り向き様に放たれたスピリットの回し斬りを、ただの人間にすぎないセラスがロングソードで迎え撃てたのは、まさに長年の鍛錬が実を結んだ結果といえた。

しかし、セラスは回し斬りの衝撃を完全には受け止め切れなかった。

もともとスピリットと人間とでは筋力を始めとする身体能力全般において格段の差がある。ましてシアーの〈孤独〉は両手剣だ。片手剣のロングソードが真っ向から打ち合うには、最初から分の悪い相手だった。

セラスはあまりの衝撃に意図せずしてロングソードを取り落とし、その場に転倒してしまった。

幸いにして受身を取ることには成功したものの、大きな衝撃が彼の身体を突き上げた。もんどり打った背中を中心に、じぃぃん、とした痺れが全身へと広がっていく。

セラスの口からは思わず苦悶の呻きが漏れた。

横一線に振り抜かれた〈孤独〉の刃は宙へと躍り上がると、仰向けになったセラスに追い討ちをかけるべく上段へと構えを変じた。

その瞬間、セラスは己の死を覚悟した。

スピリット相手の訓練の常として、セラスはチェイン・メイルの鎧に身を包んでいた。とはいえ、巨岩をも一刀の下に斬割しうる青スピリットの上段斬りに対して、それらはあまりにも心許なかった。

はたして、予期した瞬間はしばらく待っても訪れなかった。

神剣を上段に構えたところで、シアーはようやく接近者の正体に気が付いた。それはいままさに必殺の一撃が振り下ろされんとするタイミングのことだった。

「せ、セラスさま?」

「う、うむ」

茫然とした様子で呟くシアーに、セラスは痛む横隔膜をゆっくりと動かして頷いた。肺胞のいくつかが潰れたか、喉の奥に熱いものが広がっている。

ゴホリ、と何度も咳き込みながら見上げると、シアーは驚愕に口を、ぱくぱく、と開閉させていた。驚きと後悔のあまり、続けるべき言葉を見失っている。

ただでさえ白いシアーの顔が見る見るうちに蒼白へと変化していき、ついには、泣き顔となってセラスのことを見下ろした。

「ご、ごめんなさい!」

痛切な痛みのためいまだ立ち上がれないでいる騎士の頬を、謝罪の風が撫でた。

深々と腰を折って謝るシアーの両目には、大粒の水滴が浮かんでいる。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

シアーの口からは、嗚咽とともに何度も同じ言葉がこぼれ落ちた。

人間に無礼をはたらいてしまったという後悔からだろう、この後の制裁を想像してか、身の丈・体格ともに小柄なその身はガタガタと恐怖に震えていた。

スピリットとしてはごくごく一般的なその反応に、セラスは、「いいや……」と、頭を振った。

「謝るべきは、むしろ私の方だ。すまない。許してくれ」

セラスにはシアーを叱責する気はなかった。

稽古の邪魔になるかと思い直前まで気配を殺して近付いたのは己のミスだったし、むしろセラスは、不信な気配には背後を許さないシアーの反応に頼もしさすら感じていた。

戦友以外には決して背中を任せない。それは剣士にとって必要な素質の一つだ。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんな……さい!」

しかしシアーは、セラスの謝罪を受け入れようとはしなかった。

まるで盤面の一部が損傷してしまったレコードのように、何度も、何度も同じ言葉を繰り返すばかりだった。まるで彼の言葉など、最初から聞こえていないかのような態度だ。

「ごめんなさい! ごめんなさい! だから…だから……!」

ここにきてセラスはシアーの態度が尋常でないことに気が付いた。

人間に対する絶対服従を強制されているスピリット達の中には、処罰を恐れて卑屈な態度を取る者も少なくない。実際、セラスもそうした対応をするスピリット達を幾人も見てきた。

しかし、それを踏まえたとしても、シアーのこの反応は異常といえた。自分は彼女に「許す」と言っているのだ。それにも拘らず、謝るのを一向にやめようとしない。

それがむしろ人間を不愉快な気分にさせていると気付いていないのか、いまだ恐怖に震える眼差しで自分を見つめ続けている。

このようなことは、セラスの二五年の人生の中でも初めての経験だった。

処罰も制裁もこの先にはない。では、彼女はいったい何を恐れているのか。

処罰でないとすれば、何に対してこうまで怯えているのか。セラス・セッカという男の存在そのものに対してなのか、それとも……

腰を折って謝罪するシアーの顔は、セラスが少し手を伸ばせばすぐ届く距離にある。

セラスはシアーの頬へと手を差し伸べた。

剣士の無骨な指先が産毛に触れようとしたその瞬間、シアーは、ばっ、と顔を上げると数歩退いた。

肩も、足も、視線さえも、恐怖で震えていた。

見上げるセラスの双眸に、ギラリ、と鋭い輝きが灯った。

「……私が、怖いのか?」

セラスは怪訝な声で訊ねた。

シアーはそれに答えることなく、怯えた表情で激しく首を横に振った。

セラスはもう一度、今度は、言葉を変えて問うた。

「……人間が、怖いのか?」

一度目の質問に対してと同じように、シアーは何も答えぬまま首を横に振った。

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、エクの月、黒、三つの日、夕方。

 

昨日まで柳也と一緒に特別な訓練にいそしんでいたネリーを加えて、スピリット・タスク・フォース(STF)は今日も無事に正規の訓練プログラムを消化した。

STFの訓練が本格化して今日で六日目。いまのところ、重傷者が出るような大きな事故は起きていない。

軍隊の訓練は常に死の危険と隣り合わせだから、これは非常に好ましい傾向といえた。

これも、リリアナら訓練士の管理がしっかり行き届いているからだろう。出身も練度もまちまちの面々が揃ってこの状況が続いているのは、彼らの尽力あってのことだ。

その立役者の一人、騎士セラス・セッカは、正規の訓練時間終了の鐘が鳴るなり、STF副隊長の柳也に声をかけた。

「サムライ、この後、少しだけよいか?」

セラスは野外訓練場に置かれている休憩所を顎でしゃくると小さく言った・

「オッケー牧場!」

異世界からやって来たエトランジェの青年は、出身世界の偉大なるボクサーの名文句を口にして笑顔を浮かべた。

その言葉の由来と意味は分からなかったが、態度から了解の意思を察したセラスは、確認の相槌を打つと、一足先に休憩所の方へと向かった。

そこではすでにリリアナ・ヨゴウ、キード・キレの二人の訓練士が顔を並べていた。STF隊長の悠人の姿はない。どうやらセラスらは、STF副隊長としての桜坂柳也ではなく、訓練士の方の柳也に用があるらしい。

柳也はヒミカらに一緒には帰れないことを告げると、自らもまたリリアナらのもとへと足を向けた。

休憩所では労働を終えた後の訓練士達が茶を酌み交わしていた。

茶といっても、紅茶の類ではなく、中国発祥や日本発祥の緑茶や玄米茶に近い。使っている食器も、ティーカップではなく、いわゆる湯呑みに近かった。さすがに真鍮色のやかんはなかったが。

休憩所にやって来た柳也に、対面に座るセラスが湯呑みを差し出した。

オリーブグリーンの陶器の口から、白い湯気が昇っている。

柳也は湯呑みを受け取ると、とりあえず一杯を飲み干した。

運動の後で熱を帯びた身体に、新たな熱が加わる感覚。食道の焼ける感触が、なんとも心地良かった。

「シアーのことで話がある」

柳也が落ち着くのを待ってから、セラスが切り出した。

口調に宿った真剣な声音に、柳也の背筋も自然と伸びた。

「シアーが、どうしたって?」

対面に座ったセラスだけでなく、訓練士達からの真剣な眼差しに包囲された柳也は、深刻な雰囲気を察し、真顔で訊ねた。

ここ数日はネリーにばかり掛かり切りで、他の面々にまでは気が回らなかった。自分の知らない間に、シアーに何かあったのか。それとも、彼女が何かしでかしてしまったのか。

リラックスしたムードから一転して険しい顔になった柳也に、セラスは言った。

「安心しろ。サムライが考えているような粗相をシアーがしたわけではない」

「じゃあ、いったい?」

「まずはセラスの話を聞け」

リリアナがセラスの方を見、セラスは一つ頷いてから口を開いた。

「サムライがネリーに例の対戦訓練を課している間、STFの他の面々の訓練は、私とリリアナ、そしてキード殿の三人で分担して行っていた。リリアナは主にユート、アセリア、エスペリアを担当し、キード殿はオルファリル、ヒミカ、ハリオンの三人を担当し。そして私は、シアーとヘリオンを主に見ることになった。

このうちヘリオンの方はいまのところあまり大きな問題はない。他の者と比べて力量は劣るが、それは訓練を課せばよいだけの話だ。素直な性格だし、私の言うことは何でも聞いてくれる。生徒としては理想的とすらいえるだろう。

問題はシアーの方だ。言うことは聞いてくれる。与えた課題はちゃんとこなす。これだけ聞くと、ヘリオンと同様理想的な生徒に思えるかもしれないが……」

と、そこまで言葉を吐き出したところで、セラスは渋面を作った。

彫りの深い端正な顔立ちに、憂いの表情が漂う。

「何か問題でも?」

先を促すように柳也が訊ねると、セラスは表情を変えぬまま苦々しく呟いた。

「……怯えるのだ」

「……はい?」

「命令をする時、あるいは何か指示を下す時、私が近づくと、シアーはひどく怯えた様子で萎縮してしまうのだ」

「ええと、ない、とは思うんだが、セッカ殿、シアーに何かしたのか?」

「いいや」

セラスはきっぱりと首を横に振った。

「勿論、私は何もしていない。そもそも、仮に私が何かしたとして、原因がはっきりしているのなら、このように問題にはしない」

「だよなぁ」

柳也は納得のいかぬ様子で得心した。

マロリガン出身の騎士モーリーン・ゴフは基本的には女性に優しい人間だ。この女性には、スピリットも含まれる。少なくとも柳也の知る限り、セラス・セッカと名を変えた彼が、女性に危害を加えたりするようなことは、これまで一度としてなかった。

それどころか、女性からの手紙にいちいち戸惑い、異世界出身の自分に代筆を頼むような初心な男である。

そんな男が、シアーが嫌がるようなことをするはずがない。

「シアーの怯えた反応は私にだけ示されるものではないのだ。リリアナが近付いても、キード殿が近付いても、まったく同じような反応を示す。どうやら彼女は、人間に対してひどく恐怖を抱いているらしい」

「人間、ねぇ……」

柳也は眉間に深い縦皺を刻んで呟いた。

「俺も人間だけど、そんな反応は一度もなかったぞ?」

「サムライは人間といってもエトランジェだからな」

リリアナが難しい顔で言った。

「シアーの中では、我々のような普通の人間と立ち位置が違うのだろう」

「ともかく、そういうわけでシアーには困っている」

セラスが深い溜め息とともに呟いた。

「整備段階のいまはまだいい。私やリリアナに対してのみシアーにああした態度が見られるだけなら、それほど大きな問題にはならん」

その時、柳也はセラスの隣に座るキード・キレが渋面を浮かべたのを見逃さなかった。

どうやらこの場において彼だけが、シアーのためのこの集まりを内心では迷惑に思っているらしい。妖精差別主義者というほどではないが、本当はスピリットのことなどどうでもよいと思っているのだろう。

新参者という立場ゆえ言い出さないが、本当はエトランジェの自分と顔を合わせるのも嫌に違いない。

柳也内心深く溜め息をつくと、キレのことは無視してセラスの話に聞き入った。

「しかし、いざ開戦となった際には、STFはいま以上に多くの人間と関わりを持つことになろう。当然、シアーも人間と接触する機会が増えるはずだ」

「なるほど。言いたいことはわかったよ」

柳也は今度こそ心からの理解を示して頷いた。

有限世界の住人の中には、エルスサーオのギャレット・リックスのように妖精差別主義者も珍しくない。もしギャレットのような妖精差別主義者の目に、シアーの怯えた態度が留まったとしたら、最悪、不敬罪に問われて裁判なしの打ち首だ。

「そうなる前に、STFが整備段階にあるいまのうちシアーの態度を少しでも改善しようってわけだな?」

「ああ」

セラスがゆっくりと頷いた。

柳也の顔に微笑がはじける。

「そういうことなら、俺も協力するよ。……っていうか、協力させてくれ。嫌だって言われても、勝手にするけど」

「そうか、手伝ってくれるか」

セラスが、ほっ、と安堵したように呟いた。

なるほど、この案件に限っていえば、第二詰め所で実際にシアーと暮らしている自分は最大の味方となりえるだろう。逆に言えば、自分の協力が得られなかった場合、シアーの性格改善は非常に困難になる。

「サムライの協力が得られて良かった」

セラスの隣でリリアナが笑顔とともに言った。

STFの訓練士としてだけでなく、ラキオスの剣術指南役も務めているリリアナは、多忙な毎日を送っている。セラスからシアーの相談を受けたはいいが、時間が取れずに困っていたに違いない。

そこに柳也の参戦は、彼にとってなによりの朗報だったろう。

「それじゃあ、早速、作戦会議といきますかね」

柳也はセラスを見て言った。

セラスは首肯で応じながら、

「問題に遭遇した時は、まず問題を整理することから始める、だったな?」

セラスにとっては顔も知らない柳也の父の遺言を引用した彼に、柳也は頷いた。

「ああ。そして、肝心の問題の所在を明らかにするためにも……」

柳也はそこで一旦言葉を区切ると、その場の三人に向けて莞爾と笑いかけた。

「専門家の意見を聞きにいきましょう」

 

 

――同日、夜。

 

柳也は第二詰め所の自室でセラスとともにある人物の来訪を待っていた。

午後九時半、すでに入浴を終えた柳也の部屋のドアを、元気の良いノックの音が叩いた。

「おう。鍵はかかってないから入ってオッケー牧場だぞ」

夕刻同様“幻の右”で世界をうならせたプロボクサーの名文句を口にすると、

「おっけーぼくじょう?」

と、不思議そうに聞き返す声が響いた。それは他ならぬ待ち人の声だった。

「いや、忘れておくれセニョリータ。入っていいぞ」

柳也が言葉を変えて入室の許可を出すと、遠慮知らずの勢いでドアが開いた。

「おっじゃまっしま〜す!」

部屋に入ってきたのはネリーだった。柳也がセラスらに言ったシアーの専門家、それはネリーのことだった。聞くところによるとネリーとシアーの二人はラキオスに転送されたその日から常に行動をともにしてきたという。

顔立ちや、永遠神剣の特性が似ていたことも関係しているのだろう、スピリットに血縁関係はないが、二人はまるで双子の姉妹のように仲が良かった。

だからこそ柳也は、シアーのことを訊ねるなら誰よりもまずネリーから話を聞き出すべきだ、と考えていた。

入室したネリーを見た柳也は、思わず「おっ」と、呟きを漏らした。

風呂上りなのか、ネリーはいつものポニーテールではなく、水色の長髪をそのままに流していた。第二詰め所で一緒に暮らすようになって七日、ネリーが髪を結わえていない姿を見るのは初めてのことだった。

――うおっ! まぶし!

柳也は本来の用件を忘れて思わずネリーに見惚れてしまった。

いつものポニーテールも活発な印象で良いが、自然に流したいまのネリーも、これはこれで良い。

もともとネリーは小柄で可憐な容姿の持ち主だ。口を閉じておしとやかに振る舞っていれば、深窓の令嬢に見えなくもない。

【主よ、主よ。いっそのことこの娘を主の嫁に……】

――なぁ、〈決意〉? お前、どんどんキャラおかしくなってねぇか?

【ご主人様を変な世界に連れていくなーっ】

最近言動がしばしばおかしくなる相棒に、柳也と〈戦友〉は胸の内で呟いた。

「リュウヤさま――!」

入室したネリーは柳也の姿を見つけるなりいきなり彼の胸に飛び込んできた。

あの過酷な対戦訓練以来、ネリーは柳也によく懐くようになった。生と死の狭間を何度も一緒に過ごして、真の信頼が芽生えたのだろう。柳也も年下のネリーが懐いてくれるのは悪い気分ではなく、しらかば学園の兄弟達と暮らしていた頃の気持ちで彼女を可愛がった。

「えへへ〜」

両腕にすっぽりと収まる小柄なネリーの頭を何度も撫でてやると、彼女は嬉しそうに細く笑う。

一方の柳也もまた、やわらかな温もりの感触に穏やかな微笑を浮かべていた。自分より年下の女の子をこうして抱き締める。ファンタズマゴリアに召喚されて以来、久しぶりの行為だった。

「あ――――サムライ? そろそろ本題に入ってほしいのだが」

傍らのセラスが困った表情で言った。空咳をしながら呟くその頬は、わずかに赤い。別に男女の営みを見せ付けているわけでもないのに、純粋培養の騎士様には、これでもかなりの刺激だったらしい。

柳也とネリーはしぶしぶ抱擁を解いた。いちばん残念がったのが〈決意〉だったことは、柳也だけの秘密だ。

柳也はネリーに今日呼び出した理由と用件を包み隠さず話した。

「……というわけなんだ。俺とセッカ殿は少しでもシアーの人間恐怖症を改善したいと思っている。しかしそのためには、どうしてシアーがそんなにも人間のことを恐がるのか、生来のものなのか、何か原因があってそうなったのかを知らなきゃならない。そこでネリーの知恵を借りたい。ネリーは何か知らないか? シアーが人間を恐れる理由について」

柳也はそこまでを一気に喋ってから、ネリーの返答を待った。

普段からシアーと侵食をともにしているネリーならば、何か有力な手がかりを知っているかもしれない。そんな期待を、胸に抱いて。

しかし、少しの間を置いてネリーがよこしたのは、柳也の期待とは程遠い内容の発言だった。

「ごめんさい、リュウヤさま」

それまでのじゃれつく態度から一転、申し訳なさそうに恐縮した様子でネリーは言った。

いったい何に対する謝罪なのか、柳也が詳しく訊ねようと口を開くと、ネリーは彼が言葉を紡ぎ出すよりも早く発言した。

「リュウヤさまの言う通り、ネリーはシアーが人間を恐がる理由を知ってるよ。でも、これはネリーじゃなくて、シアーの問題だから。ネリーの勝手で、誰かには話せないよ」

それがたとえ自分の上官、まして人間のセラスらであったとしても。

「だからごめんなさい」と、再度謝罪の言葉を口にしたネリーは、途端、身を強張らせた。スピリット如きが何を言うのかと、二人から怒られるものと思い込んでいるらしい。

そんなネリーに対し柳也は、そしてセラスは、糾弾の言葉をぶつけようとはしなかった。

「そうか……無理に聞き出そうとして申し訳なかったな」

柳也は、しゅん、としょげるネリーの頭に手を置いた。

ネリーが驚いた顔で柳也を見上げてくる。

柳也は、クシャクシャ、とまるで幼子をあやすようにネリーの頭を撫でさすった。

「……ネリーのこと、怒らないの?」

ネリーが不思議そうに柳也を見上げていった。

柳也も不思議そうに練りーを見下ろし、言う。

「なんでだ? ネリーはシアーのことを思って、言わないことにしたんだろう? そんなネリーを叱る必要が、どこにある」

「で、でもネリーはスピリット……」

「スピリットだから、人間に無礼な態度を取った自分は罰せられなければならない。そう言うのか?」

それまで柳也とネリーの会話に口を挟まなかったセラスが、ここにいたって初めて口を開いた。

心なしか細い双眸には、不愉快そうな色が浮かんでいる。

その口調には、刺々しい怒りの感情が滲んでいた。

「そんな自虐的な考え方は捨ててしまえ」

「セラスさま……」

ネリーは驚いた顔でセラスを見つめた。

例の対戦訓練で柳也とばかり戦っていたネリーは、セラスを含む他の訓練士達とはいまだ数回程度しか言葉を交わしていない。セラス・セッカという、普段沈着冷静な騎士が、内にこんなにも激しい猛気を秘めているとは、思ってもみなかった。

「貴様はいま、仲間のためを思って、あえて口を閉ざしたのだろう?」

「う、うん」

「ならばもっと胸を張れ。上官の命令に従わなかったことはたしかに罪だ。ならばその禁を犯してまで取った自分の行動に、最後まで責任を持て。謝る必要はない。毅然としていろ」

セラスは毅然とした態度できっぱりと言い切った。

有限世界を支配する妖精差別の思想を否定する発言を口にしながら、その堂々たる態度は微塵も揺らいでいない。

セラスは、「だが……」と、言葉を続けた。

「もし、どうしても罰が欲しいというのであれば……サムライ、アレをやってやれ」

セラスは真剣な眼差しで柳也を見た。

異世界からやって来た怪物の眉間に、深い縦皺が刻まれる。

「アレ、かぁ……」

ラキオス王国でただ一人、柳也だけが知るスピリットへの私的制裁の究極奥儀。これを受けたスピリットはほぼ確実に自らの非を全面的に認め、翌日からは心を入れ替えるという、奇跡の魔法。

柳也は一瞬、渋い顔になると、「仕方ないな」と、己の右手に、ぺっ、と唾を吹きかけた。

「……悪く思うなよ、ネリー」

柳也は口元にサディスティックな笑みをたたえて言った。

あの対戦訓練の最中でさえ見られなかった、酷薄な笑みが、ネリーの目の前にあった。

やがて柳也の顔から、一切の感情が剥離した。

能面のようになった柳也の口から、烈々たる声が迸る。

「歯を食いしばれ!」

直心影流二段剣士の、腹の底からの怒声一喝。

身体の芯まですくみあがってしまったネリーは、思わず目を閉じた。

次の瞬間、ネリーの額を痛烈な一打が襲った。

桜坂柳也必殺の、デコピンが炸裂したのだ。デコピンとはいえ、日頃振棒の稽古で鍛えた柳也の手から放たれた一撃だ。中指で叩かれた部分は真っ赤になっていた。

まさかデコピンがくるとは予想もしていなかったネリーは、一瞬、自分の身に何が起こったのか理解出来なかった。

刹那の思考停止状態の後、何が起こったのかを理解してからも、茫然とした様子で額を押さえながら柳也とセラスの顔を交互に見比べるばかりだった。

柳也の顔にも、セラスの顔にも、いつの間にか底意地の悪い笑みが浮かんでいた。

「相変わらず見事の業前だな」

「だろ? かつて幾多の悪ガキども黙らせた実績ありだぜ? ……痛かったか、ネリー?」

柳也はニヤニヤ笑いながら訊ねた。

ネリーは茫然と頷いた。

「そうか、そうか。痛かったか。……んじゃ、これで制裁は終了だ」

「そうだな。これだけの痛みを身体に覚えさせれば、二度と我々の前で無礼な真似はせぬだろう。ネリー、もう帰ってよいぞ?」

「え? え?」

「む? どうしたネリー? まさか聖ヨト語がわからぬわけではないだろう?」

なかなか正気に戻らないネリーに、セラスが言った。

ネリーは、おそるおそる、といった様子で二人の顔を見つめる。まさか本当に制裁がデコピンで終わるとは思わなかったらしく、いささか拍子抜けした様子だった。

「え、えと……本当に、いまので終わり?」

「んう? 物足りなかったか? んじゃ、も一発いっとく?」

柳也は右手の中指を親指で軽く押さえ、力を溜めてみせた。

ネリーが、ぶんぶん、と首を横に振る。デコピンとはいえ柳也の怪力で放たれたそれは、ネリーにとって脅威となったようだ。

「う、ううん! も、もういらないから」

「そうか…ちょっと残念だな」

柳也はそう言って笑うと、デコピンの発射態勢を解いた。

そんな彼の笑みに釣られたか、ネリーの顔にも笑みがはじける。しかしそれはどこか寂しげな、憂いを孕んでいた。

柳也とセラスの顔色が目に見えて変わった。

柳也もセラスも、ネリーのこんな表情を見るのは初めてのことだった。

普段見せる、あの太陽のような笑顔はどこにいってしまったのか。

感情表現多彩なネリーをして珍しい、物憂げな顔に、男達の横顔は真剣なものになる。

「どうして……」

やがて寂しげに笑うネリーの唇から、呟きが漏れた。

表情ばかりか、発する声色もまた憂いを帯びていた。

「どうして、リュウヤさまやセラスさまが、あの時、ラキオスにいなかったのかな?」

「ネリー? それってどういう……?」

あの時。ネリーの口から不意に出たその言葉の意味を問いただそうとした柳也は、開きかけた口を閉じた。見れば、隣のセラスも同様に言葉を発することが出来ないでいる。

柳也とセラスは、真正面から見据えたネリーの瞳に深い哀しみが浮かんでいるのを見た。事情を知らない一切の人間を拒む青い泉を前にして、二人の男はかけるべき言葉を見失ってしまった。

何も言えずにいる二人の男の耳に、ネリーの透明な声は、すぅ、と染み込んでいった。

「あの時、ネリーたちの側にいたのが柳也さまたちみたいな人だったら……」

あの時。

やけに重い響きを伴って耳朶を打つ、その言葉。

沈黙に口を閉ざす柳也の中で、ある確信が形をなしつつあった。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、エクの月、黒、よっつの日、朝。

 

その日の訓練は柳也もSTFの一兵士として参加した、より実戦的な戦闘訓練として幕を開けた。これまでの訓練では、柳也は訓練士として参加することが多かったから、STFの正隊員十名が全員揃っての訓練はこれが初めてのことだった。

午前中の訓練の内容は、一個三人編成の小隊同士の対戦訓練となった。小隊員はローテーションで交代し、二度と同じ組み合わせ同士の対戦が起きないように配慮されている。柳也を交えた十名で、様々な小隊編成を試すことが、本日最大の目的だった。

野外訓練場の中央では、現在、柳也の指揮する小隊と悠人の指揮する小隊とが激突していた。

A小隊と仮の名を与えられた部隊の編成は悠人、アセリア、オルファの三人。一方のB小隊の編成は柳也、エスペリア、ネリーの三人で、単純に神剣の位階だけを比べるだけなら、ほとんど互角の戦力といっていい。

STFの隊長と副隊長が互いに指揮する部隊同士の対決とあって、訓練場は異様な盛り上がりに包まれていた。

実際に対決する当事者達よりも、眺める観衆のほうが白熱している。自分達の訓練も忘れて、遠巻きに戦いの様子を眺める兵士達の中には、どちらの部隊が勝利するか、賭けを始める者までいた。

ちなみに倍率は四・六倍で、A小隊に人気が集中している。さすがは伝説の四神剣の一振り、〈求め〉ブランドといったところか。“ラキオスの蒼い牙”の異名を取るアセリアの存在も、倍率に大きく影響しているようだ。

――ふふん。儲けさせてやるよ。

柳也はB小隊に賭けた若い兵士の一人に微笑みかけた。見覚えのある顔で、かつて病人の悠人と自分を連れ出そうとした兵士の一人だ。ぐっ、と握り締めた拳の中には、今夜の酒代と思わしき二〇〇〇ルシルの姿が見える。

柳也は両翼を固めるエスペリアとネリーにてきぱきと指示を下していった。

みなの目線が二つの小隊の対決に向く中、視点を別な場所に置く者が二人いた。

セラス・セッカと、シアー・ブルースピリットの二人だ。

総員数ちょうど十名という現状のSTFでは、小隊同士の訓練をしようと思うと、必ず一人あぶれる者が出てしまう。

すでに次の対決の組み合わせと小隊の編成は決まっていた。C小隊と名付けられた部隊はヒミカ、ハリオン、ヘリオンの三人で構成され、次に控える戦いに向けて作戦を練っていた。A小隊とB小隊のうち、勝った方の部隊と戦うことになるから、跳梁跋扈する六人に向ける眼差しは真剣だ。

C小隊に所属していないシアーは、三人の邪魔にならぬようひとり離れた場所で、黙々と稽古を積んでいた。

そして、そんなシアーを監督していたのがセラスだった。

彼はシアーから少し離れた場所に立って、素振りに励む彼女を眺めていた。距離を取っているのは、勿論、いたずらにシアーを不安がらせないための配慮だ。

シアーの太刀筋に鋭い眼差しを注ぎながら、セラスはもどかしい思いを感じていた。

シアーの剣技には相変わらずの丁寧さと、相変わらずの踏み込みの甘さが共棲していた。

自身卓越した剣の腕を持つセラスには、彼女の剣のそんな欠点がどうしても許せなかった。出来ることならば、なんとか是正してやりたいと思う。しかし、近付くことも、まして声をかけることさえ遠慮せねばならない現状では、どうすることも出来なかった。

――歯がゆいな……。

セラスはどうすることも出来ない己の無力さが悔しくて、思わず下唇を噛んだ。

何とかしてやりたいと思うのに、何もしてやれない。

何とかしてやりたいと思うのに、何も妙案が思いつかない。

なにもセラスは、自分の好奇心だけでシアーの剣技を改善してやりたいと思っているわけではない。

攻めの剣を覚えないまま戦場に立っていちばん困るのは他ならぬシアー自身である。

あんな綺麗な剣技の持ち主が、敵に一太刀も浴びせられぬまま死ぬとしたら、それは悲惨というほかない。

もし自分がそんな目に遭ったとしたら、悔しさのあまり死んでも死にきれないだろう。

「人と、スピリットか……」

セラスは難しい顔で溜め息をついた。

桜坂柳也との出会いをきっかけに自分の中で日々大きくなっていくその問題。

スピリットを差別する人間と、それに対し何の抵抗もなく受け入れているスピリット達。

シアーが人間を恐れるようになった原因が、そのスピリット差別にあるとしたら……彼女の力強い剣を見られないのは、他ならぬ自分達人間の自業自得なのかもしれなかった。

〈孤独〉の剣尖は相変わらず美しい円弧を描き続けていた。

 

 

――同日、夜。

 

柳也は第二詰め所の自室である人物の来訪を待っていた。

昨晩の相手とは名も体も異なる待ち人だ。部屋にはいまのところ柳也一人しかおらず、昨晩のようにセラスの姿はなかった。

やがて時刻が午後九時半を迎えた時、部屋の戸を静かなノックが叩いた。

「オッケー牧場」

柳也は昨晩と同じようにドアの向こう側にいるであろう人物に言った。

はたして、板戸一枚を隔てた向こう側からは、「どういう意味ですか?」と、聞き慣れた声が返ってきた。本日の待ち人の声だ。

「いや、忘れてくれ。……入っていいぞ」

柳也は読みかけの歴史書をデスクに置くと、部屋に一脚しかない椅子に座ってドアが開くのを待った。

「失礼します」と、慇懃な態度で入室したのはリリィ・フェンネスだった。例によって王国軍の制服を着こなし、これまた王国軍制式の鞄を提げている。

まさしく柳也が指定したいでたちで、待ち人はやって来た。

第二詰め所にやって来る機会の多いリリィの面は、すでにヒミカ達には割れている。下手に密偵の任に適した恰好をさせるよりは、こちらの方がよっぽど目立たない。

「玄関で出迎えたのは誰だった?」

「ヘリオン・ブラックスピリットです」

「そうか。ヘリオン達には軍機に関わる重要な話だってことで、よほどの緊急時以外は部屋に立ち寄らないようにしてある」

「安心してプライベートな話が出来ますね」

「そうだな。……早速だが、例の資料は?」

「ここに……」

リリィは軍用鞄を開けると、中から書類の束を取り出して柳也に手渡した。

「ありがとう」と礼を口にした柳也は、部屋に一脚しかない椅子をリリィに勧め、自らは立ち上がって資料に目を通していった。じっ、と座ったままでいるよりも、立って歩いている状態の方が思考ははずむ。

一二畳の士官室を歩きまわりながら無言で資料を読みふけること約五分、不意に、柳也の口が開かれた。

「……そうか。ネリーとシアーはラセリオの出身だったのか」

柳也は得心した様子で頷いた。

リリィが持ってきてくれたのは、ネリーとシアーがSTFに編成される以前の経歴について書かれた履歴書だった。

昨晩のネリーの呟きから、シアーが人間を恐れるようになった背景には彼女達の過去が関係している、と柳也は直感した。そこで彼はリリィに依頼して、ラキオスにやってくるまでの二人の過去を調べてもらったのだった。

スピリットの経歴書といえば、機密クラスの公文書に当たる。たとえSTF副隊長といえど、軽々しく目を通せるような代物ではない。閲覧には複雑な手続きを必要とし、当然、相応の時間をも要する。ダグラスの後ろ盾を利用したとしても、その過程は変わらない。

しかし密偵のリリィなら、一連の手続きをパスして、文書を盗み見ることが出来る。敵国バーンライトで長期間に及ぶ潜伏任務を無事に成功させた彼女だ。密偵としての全能力を駆使すれば、味方の目を欺いて資料をコピーすることは不可能ではなかった。

そうしてリリィが作成した資料は、たった一日で作ったとは思えないほど細部に至るまで調べられていた。どうやらリリィは、何かを調べてまとめる事務能力にも長けているらしい。

リリィの作成した資料の中で、柳也が特に注目したのは二箇所あった。

一つはたったいま彼自身も口に出して呟いた、二人の出身地について。

ラセリオはラキオスから南へ約六〇キロ南下した辺りに位置する、エルスサーオと同程度の規模を持つ都市だ。聖ヨト王国時代からの歴史ある街で、もともとは南のリュケイレムの森に点在していた狩猟民族の集落を、聖ヨト王が武力を以って併合したのがその始まりとされる。確認されている人口は約二五〇〇人で、住民の多くは、王国基幹産業の一つたる林業か、リーザリオの方から流れてくる豊富な水を利用した農業に従事していた。

ラセリオはエルスサーオと同規模の都市と書いたが、隣国バーンライトとの国境線に程近い国防の要衝という意味でも、同じような状況に置かれていた。エルスサーオから南東八〇キロの地点にはリーザリオがあり、そこには猛将トティラ・ゴート率いる第三軍があった。他方、ラセリオからサモドア山脈を挟んで南東に一〇〇キロ進んだ場所にはバーンライト王国首都サモドアがあり、そこには栄光あるヘッド・ナンバー第一軍が配備されていた。

バーンライト王国首都サモドアの第一軍は、同国が抱える三個軍の中でも特に精強で知られる最強の軍団だった。軍そのものの規模はトティラ将軍の第三軍とさして変わらないが、首都圏の軍とあって装備・訓練の両面で充実した環境が整備されていた。

そんな第一軍の中でも、ラキオスが最も恐れているのが、王国軍スピリット九体、外人部隊六体から構成される山岳大隊だった。文字通りサモドア山脈での運用を前提に訓練された彼女らは、山岳戦闘は勿論のこと、平地での通常戦闘でも高い実力を誇る王国軍の虎の子だった。

ラセリオとサモドアの間には、サモドア山脈という天然の障害がある。そして産業開発のために切り拓かれたサモドア山道の門の鍵は、バーンライト側が握っている。つまり、バーンライト側は好きな時に、この強力な山岳大隊を国境線付近に送り込むことが可能だった。

突発的な戦闘の頻度はエルスサーオ・リーザリオ間ほどではないものの、やって来る敵の練度はラセリオ・サモドア間の方がはるかに高い。当然、そういった精鋭を相手にせねばならないラセリオの消耗は、エルスサーオ同様激しい。

ネリーとシアーは、そんな最前線といえる地に、同じ日に転送された。二人は同じ環境の中で同じように育ち、同じように訓練を受けたという。彼女達の過去に何かあるとすれば、このラセリオ時代以外にはないだろう。戦場の最前線では、あらゆる悲劇が起こりやすい。

もう一つの気になった点は、ラセリオ時代の二人の訓練を担当した訓練士のパーソナル・データにあった。

リリィの作成した資料によれば、ネリーとシアーはラセリオ時代に通算三名の訓練士から指導を受けていたという。そのうちの二人目の担当者……オージー・パレスの略歴を読んで、柳也は思わず眉をひそめた。

前任のマイク・ブリガンスが事故で軍務に復帰できない体になってしまったために、後任としてネリーとシアーを担当することになったオージーは、奇妙なことに、二人の担当になってわずか四ヶ月で軍を辞めていた。それも自ら職を辞すという形ではなく、懲戒処分という形で。

――妙だな。スピリット隊の訓練士をこんなあっさり解雇するなんて。

人知を超越した力を持つスピリットを指導できる訓練士の存在は、どこの国でも慢性的に不足している。それゆえ訓練士が何らかの理由で軍規を犯したとしても、多少のことであれば黙認されてしまうのが各国の通例だった。一般の兵士ならば即除籍となるような罪をおかしても、訓練士の場合には軍法会議にさえならない場合が多い。一般兵の代わりは大勢いるが、訓練士の代わりはいないのだから。

――スピリット隊の訓練士が懲戒になるほどの罪……いったい何をやったんだ?

残念ながら渡された資料には、オージーの懲戒の理由について詳しい記載はなかった。どうやらネリー達とは別なあるスピリットが関係していたらしが、それ以上のことは書いていない。リリィはあくまでネリーとシアーの二人を中心に据え置いて調査を進めた。オージーの懲戒理由など、彼女は気にも留めなかったのだろう。

反対に柳也は、オージーの懲戒理由がやけに気になってしょうがなかった。

オージーの懲戒と、ネリーらの過去には本当に関連がないのか。あるとしたらそれはどのようなものなのか。すでに除籍となっているオージーの過去を調べるには、どうすればよいか。

――一度、調べてみる必要があるな。

柳也は左手首のModel603.EZM3に目線を落とした。

時刻は午後九時四〇分。夜と深夜の間頃だった。

柳也はとある決意を胸の内で固め、リリィを見た。

「資料、ありがとうな。とても参考になった」

「そうですか」

柳也が礼の言葉を口にすると、リリィは相変わらずの無表情の仮面のまま頷いた。

それから、彼女は椅子から立ち上がるとベッドに腰掛けて、柳也に言った。

「今夜はどうしますか?」

リリィは冷静な眼差しで柳也を正面から見据えた。

今夜はどうしますか。具体的な指示語を欠いたその言葉は、柳也とリリィの間でのみ通じる符丁だった。リリィは暗に、今夜は自分を抱くのか否か、柳也の真意を問うていた。

図らずもリリィの処女を散らしてしまったあの夜以来、柳也は彼女を自室に呼び出す度に、今晩は床をともにするか否かの選択を迫られていた。リリィが甘美な誘惑の選択を突きつけてくるその都度、柳也は彼女を抱いてきた。別段、セックスの味に虜になったわけではない。異世界からやって来た怪物相手に処女を散らさせてしまったという事実への罪悪感が、柳也の心と身体を、彼女のことを拒めない体質に作り変えていた。

そんな夜が毎夜続いていたからか、リリィは今夜も柳也は自分を求めてくるだろうと、最初から思い込んでいるようだった。その証拠に、柳也がまだ返事もしていない段階でベッドに腰掛けている。リリィの中では、柳也がこの後とる行動はすでに決まっているらしかった。

しかし、と柳也は頭を振った。

女の方からの誘いを断るのはたいへん心苦しいが、今夜ばかりはリリィのために自分の時間を割くわけにはいかなかった。

柳也にはこの後、何にも増して優先しなければならない大切な用事が控えていたからだ。大切な用事が、たったいま出来てしまった。

「せっかくのお誘いだが、今夜は遠慮しておくよ」

柳也は渋面を作ると、いかにも残念そうな口調を装ってベッドに腰掛けるリリィを見下ろした。

リリィはまさか柳也が断りの返事を口にするとは思いもしなかったらしく、冷徹な密偵としての顔を忘れ、しばし茫然とした表情を浮かべた。

初めて彼女を抱いた時もそうだったが、この優秀な密偵の少女には、何か強いショックを受けると一瞬、頭の中が真っ白になってしまうクセがあるらしい。

パニックや恐慌状態に陥るではなく、本当に一瞬、一切の思考が止まってしまうようなのだ。ダグラス・スカイホークが抱える密偵、リリィ・フェンネスの数少ない弱点の一つだった。

リリィはしばらくの間ポカンとしていたが、やがて柳也の言葉を理解したか、じわじわ、と表情を変えていった。

自分の言葉には基本的に服従するようダグラスから命じられているリリィのことだ。柳也は彼女がいつもの無表情に戻って、「そうですか」と一言だけを残し、部屋を出て行くのを待った。

しかし、しばらく待ってみても、その時はなかなか訪れなかった。

それどころか今度はリリィの方が、柳也の予想外の表情を浮かべ、予想外の言葉を口にした。

「わ、私ではもう駄目なのでしょうか? 私ではもうリュウヤさまを満足させられないのでしょうか?」

リリィは自信のない怯えを孕んだ表情で言った。

相手の不意を衝いた奇襲を得意とするリュウヤが、逆に不意を衝かれた気分だった。

よもやリリィがこんな風に、男に媚びを売るような視線や言葉を放つとは思いもよらなかった柳也は、驚きから、一瞬、茫然としてしまう。

原因はすぐに思い当たった。

リリィはダグラスが私的に抱えている密偵だ。彼女にとって風見鶏の異名を持つ通産大臣の言葉は絶対であり、至上の命題だった。なんといっても、ダグラスの命令一つで異世界からやって来た怪物相手に処女を捧げてしまったぐらいだ。その至上の命題が遂行できないというのは、彼女にとって確かにストレスだろう。

――よくよく考えてみれば、不思議な関係だよな。

常識的に考えてみれば、自分と同年代のリリィと、老齢のダグラスの組み合わせは奇妙以外の何物でもなかった。

戦乱の世とはいえ、また総人口自体が現代世界と比べるとかなり劣っているとはいえ、ダグラスはなぜリリィのような少女を、それも密偵として起用する気になったのか。リリィの他にも優秀で経験豊富な人材はいたはずだ。そうした他の面子を差し置いて、なぜリリィが風見鶏の目に留まったのか。そしてそんなダグラスの命令に、リリィはなぜ絶対服従を誓っているのか。いやそもそも、若いリリィとダグラスはどのような経緯で出会い、現在の関係に落ち着いたのか。

疑問は多かったが、いまはそれよりも、と柳也は疑念を振り払った。

いまにも泣き出しそうな彼女に、柳也はフォローの言葉を投げかける。

「いや、べつにリリィの身体に飽きたとか、そういうわけじゃない」

柳也はあえてストレートな表現を用いて言った。

いまのリリィは柳也が知る限りかつてないほどに情緒不安定な状態だ。下手に言葉を選んだ、上辺だけの優しい態度では、かえって神経を逆撫でしかねない。

柳也はそのまま続けた。

「ただ、今夜はこの後用事があるんだよ」

「用事、ですか……?」

しゃくりあげるように肩を震わせながらオウム返しに問うてくるリリィ。まるで幼い子どもを相手にしているかのような錯覚を柳也は覚える。

ベッドに腰掛けたまま見上げてくるリリィに、彼は重々しく頷いた。

黒炭色の瞳には、固い決意の炎が灯っていた。

「ちょいと、ラセリオまでお茶しに行きたくなってな。そのための書類を、各所に手配してもらわないと」

夜の娯楽に乏しい有限世界の夜の訪れは、現代世界のそれと比べるとはるかに早い。

午後十時を迎える頃にはほとんどの家庭からエーテル灯の明かりが消え、国民のほとんどは眠りの世界へと連れて行かれてしまう。

時刻が深夜を迎える前に、必要な人物と連絡を取らねば。

おどけるように呟いた柳也は、リリィに事情を説明すると、早速行動を開始した。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、エクの月、黒、いつつの日、朝。

 

STFの隊員十名全員が正式に揃った初めての訓練の翌日、野外訓練場に桜坂柳也の姿はなかった。

代わりに、野外訓練場には、普段見慣れぬ者の姿があった。ダグラス・スカイホークの私兵リリィ・フェンネスだ。

「リュウヤさまは本日の訓練をお休みなされるそうです」

柳也からの伝言だ、と前置きしてから、リリィがみなにその一報を伝えたのは、訓練開始の定時の十五分前のことだった。

唐突に告げられた欠席の報を聞いたみなは、第一詰め所の悠人達は勿論、第二詰め所のヒミカ達さえもが、一瞬、茫然としてしまった。

ラキオス初の特殊部隊STFの副隊長として、また同隊専属の訓練士として、どのような形であれ、今日までの訓練に必ず参加してきた柳也が、初めて不参加を表明した。それも隊長の悠人にさえ事前に何の連絡もなく。こんなことはSTFの短い歴史の中でも初めての事態だった。

「いったい柳也はどうしたんだ?」

友人の不在に動揺を隠せない悠人が、当然の疑問を口にした。

桜坂柳也は普段の言動こそ軽薄な印象が強いが、根は誠実な、特に約束の類は必ず守るタイプの人間だ。

その柳也が、自分達に事前の連絡もなく欠席するなど、悠人には何かあったとしか考えられなかった。それも、自分や柳也にとって良くない“何か”が。

「柳也は無事なのか?」

リリィを訊ねる口調が思わず詰問調になってしまったのも無理なきことだった。

ただでさえ心身に多大な負担をしいる異世界での生活に加えて、佳織や〈求め〉といった諸々の問題でいっぱいいっぱいの日々を送ってきた自分。そんな自分をいつも支えてくれたのが、他ならぬ桜坂柳也だった。

現代世界の日本ではただの友人でしかなかった男の存在が、ともに幾多の苦難を乗り越えていくうちにどんどん大きくなっていくのを悠人は感じていた。

いまや悠人にとって戦友の存在は、佳織と同じか、それ以上に大切な存在となっていた。

その柳也の身に何か良くないことが起きたかもしれないとなれば、平静でいられるわけがなかった。

「リュウヤさまのお身体のことを心配しているのでしたら、その必要はありません」

動揺した口調の悠人とは対照的に、リリィはいたって冷静な態度で答えた。

「リュウヤさまが本日の訓練をお休みになられたのは、国王陛下より特別任務を与えられたからです」

「特別任務、ですか?」

第二詰め所のヒミカが目を丸くして呟いた。

見れば、ヒミカに限らず、第二詰め所の面々はみな同様の困惑を顔に貼り付けている。今朝の朝食の時点では柳也と一緒に食卓を囲んでいるだけに、彼女達の動揺はある意味で悠人よりも大きかった。

リリィは頷くと、悠人に向き直って言った。

「ええ。急な呼び出しで、急な命令だったものですから、こんな間際になるまで連絡が遅れてしまいました。リュウヤさまからは、連絡が遅れて申し訳ない、との伝言を預かっております」

「なるほど。そうだったのか」

柳也不在の真相について聞かされた悠人は、ようやく得心した様子で頷いた。

ラキオス王直々の特別指令ならば、自分達に対して何の説明もなかったことも納得いく。

先のエルスサーオへの書簡運送もそうだった。あれも特別任務で、あの時は出発の直前まで、実際に書簡を運んだ柳也自身にさえ、任務の詳細は秘密にされていた。

この時点で悠人は、柳也のエルスサーオ行きを単なる書簡輸送を目的とした通信任務の一環としか認識していなかった。バトル・オブ・ラキオスの全容は、いまだ公にはされていない。現在のSTFの面々で桜坂柳也立案のBOL作戦を知る者は、セラス・セッカと元エルスサーオ方面軍のヒミカだけだった。そのヒミカでさえ、実際の戦闘にはタッチしていない。セラスは国王直々の情報規制を忠実に守っていた。

バトル・オブ・ラキオスに関する詳細を知らない悠人は、今回の特別任務も書簡輸送のような簡単な内容に違いないと信じ込んでいた。

だからこそ、安堵の表情とともに軽い心持ちで次の質問をぶつけることが出来た。

「それで、柳也はいまどこに?」

「リュウヤさまは……」

無表情にリリィが紡いだ地名は、ネリーとシアーにとって思い出深い土地の名だった。

 

 

――同日、朝。

 

セリア・ブルースピリットはラセリオ方面軍第一大隊用第二詰め所の自室に帰り着くと、下着も着替えぬままベッドに身を放り投げた。

ポニーテールに結った水色の髪が毛布に押し付けられて、窮屈そうにウェーブを描く。

汗の染み付いた衣服の匂いがツンと鼻にくるが、ほとんど気にならない。

ごわごわと硬い毛布に身を預けることわずか数秒、急速に襲ってきた眠気に、セリアは早くも屈服しかけていた。

徹夜明けの翌朝はいつもそうだが、今日はいつにもまして、一刻も早く睡魔に身体を譲り渡してしまいたい気分だった。

国境線付近の夜間警備任務を終えたセリア達の小隊がラセリオに帰還したのは、かれこれ三時間も前のことだった。いつもならばあと二時間半は早くこうして休めるはずだったのだが、今日はとある事情によるだいぶ遅れてしまった。

第三小隊の小隊長を務めるセリアは、任務後の義務として報告書を作成せねばならない。といっても、書式はあらかじめ決められたものが用意されているから、報告書作成自体はそれに従ってペーパーを作るだけの単純な作業だった。いかにも官僚主義的な五段階評定の質問紙の記入には十分とかからず、あとは担当士官の判をもらいさえすれば、自分はこうしてベッド・インできるはずだった。

問題はその担当士官だった。セリアが報告書を持っていった時、担当士官はちょうど機嫌を損ねている最中だった。いったい何が原因でそうなったのかは最後まで教えてくれなかったが、八つ当たりのように押し付けられた雑事の数々が、セリアから休息のための時間をどんどん奪っていった。

それも壊れたエーテル灯の交換だとか、屋内訓練場の清掃といった内容だったからたまらない。備品交換や清掃は、スピリットの仕事ではない。

とはいえ、スピリットの立場で人間に意見するわけにもいかず、結局、セリアがすべての雑務を終えたのは、ラセリオに帰還して三時間経った、つい今しがたのことだった。

――ホント、今日は散々だったわ……。

一日ぶりに再会を果たしたベッドに身を預けながら、セリアはうつろな思考を巡らせた。

ラース襲撃事件以来、日に日に緊張の度合いを増す国際関係の影響は、セリア達国境線付近の部隊に大きな負担を強いていた。ラース事件より以前と、それ以後とでは、同じ国境線警備でもその意味合い・任務の密度は明らかに違っている。

ただでさえ以前よりも消耗が激しくなっているところに、今日の八つ当たりだ。

体力よりも神経をすり減らしたセリアの思考力は、その身に押し寄せる疲労の波とベッドの甘美な誘惑によって、風前の灯火と化していた。

思考力だけではない。思考とともに何かをしようという意欲が、自らの身体から失われつつあるのを彼女は実感していた。

汚れの染み付いた戦闘服のまま眠っても、さして体力回復には貢献しないとわかっているのに着替える意欲が湧いてこない。

このまま眠ってしまったら、次起きた時にたいへんなことになるとわかっているのに、ポニーテールに結った髪をほどく気にもなれない。

スピリットは戦うための生き物。そんなロジックを押し付けておきながら、それ以外の仕事を強制する人間の身勝手さに対して、憤慨の気持ちすら湧いてこなかった。自らの境遇を哀れに思う感情や、呆れさえ生じない。

ただただ、疲れた、という実感だけが、セリアの身と心の動きを鈍くしていた。

――でもせめて、下着くらいは替えないとね。

ベッドの甘い誘いに屈服しそうになるのを寸前のところで突っぱねて、セリアは戦闘服のファスナーに手をかけた。

スピリットとて女だ。ブラを身に付けたまま眠っては胸が変に型崩れしてしまう。それに、一日中同じ下着を身に着けたままというのは衛生的にも良くない。

ファスナーを下ろし、戦闘服を脱いだセリアは、ブラのホックをはずして上半身半裸の姿になると、のろのろとベッドから立ち上がった。

染みひとつない白い肌は陽光を反射して、きらきら、と輝きを放っている。

もともと中身の少ない洋服ダンスから替えの下着と、この際、寝巻きも引っ張り出してから、セリアはショーツに手をかけた。

その時、一刻も早く眠りに就きたいというセリアの思いを知ってか知らずか、部屋のドアが正確に二度ノックされた。

ショーツを脱ごうとする手を止めたセリアは、ドアの方を振り向いた。

「……誰?」

来訪者の正体を訊ねる口調に、刺々しさが宿ってしまったのも無理なきことだった。

ようやく雑務から解放され、やっと眠れると思った矢先の、歓迎出来ぬ来訪者だった。

はたして、ドアの外から聞こえてきたのは、セリアの同僚の赤スピリットの声だった。

「ナナルゥです。セリアに、お客様が来ているので呼びに来ました」

やって来たのは同僚のナナルゥ・レッドスピリットだった。

セリアと同じくラセリオ方面軍第一大隊のスピリットで、大隊でも随一の神剣魔法の使い手だ。すらりとした長身の持ち主で、腰まで届く真紅のストレートヘアーが特徴的な娘だった。神剣との同化が進んでいるためコミュニケーション能力は他と比べて低いものの、実戦での実力は方面軍でも屈指のレベルにある。

「客? わたしに?」

板戸一枚を隔てて聞こえてきたナナルゥの言葉に、セリアは怪訝に聞き返した。

はて、今日は誰からの来客の予定もなかったはずだ。第二大隊と第三大隊の面々は、いまの時間は訓練中のはずだし、第一大隊の他の戦友達は、自分と交代で国境線警備に就いているはず。突然の来訪にしても、わざわざスピリットの詰め所にまで足を運んでくるなど、いったいどこの物好きなのか。

「相手は誰なの?」

セリアはもう一度ドアの向こう側にいるナナルゥに問うた。

「エトランジェさまです」

ドア越しに聞こえてきたナナルゥの静かな言葉は、セリアを驚愕させるのに十分な威力を持っていた。

 

 

ラセリオ方面軍第二詰め所は二階建てで、セリアの部屋はこのうち二階にある。

そしてラセリオに来訪したエトランジェは一階の食堂で待たせているという。

慌てて着替えたセリアが食堂に踏み入ると、そこでは士官用の陣羽織を着た若い男が同僚達を口説いていた。

「むぅ〜……スピリットっていうのはなんでこんな美人ばかりなんだ? 今日一日でもう五回も恋をしちまったぜ」

好奇から周囲を取り囲むスピリット達に屈託のない笑顔を振りまきながら、その男はいけしゃあしゃあと、そんな言葉を紡いだ。

椅子に座っていても明らかな長身かつ大柄な体躯。太く黒々とした眉に、意志の強さを感じさせる大振りな双眸。顔の造作は可もなく不可もなくといったところだが、身に纏う雰囲気からか、実際よりもだいぶ精悍な面構えに見える。もっとも、美人を前にその鼻の下はだいぶ伸びていたが。

腰元には永遠神剣と思わしき打刀と、脇差の大小がある。

テーブルの上には男が持参してきたと思わしき一クォートのキャンティーンがあった。

軽快な調子の言葉とともに繰り出されるボディランゲージの主たる手は、自分たちスピリットの細腕と比べて三回りは太く、大きかった。

「う〜ん、いい気分だ。美人に囲まれ、美味い茶を飲める。最高だぜぇ……お?」

ティーカップを傾けながら呟いた男の視線が、不意にセリアの姿を捉えた。

ティーカップを口元にやったまましげしげとこちらを眺めた後、にっこりと笑って再び呟く。

「……ふむ。本日一番の恋かな、こりゃ」

男はティーカップをテーブルに置くと、静かに席を立った。

実際に立ち上がったところを見ると、椅子に座っていた時以上に巨大な印象を覚えた。少なくとも一八〇センチをゆうに上回っているだろう。

士官服の男はセリアの目の前に立つと、口元ににこやかな笑みをたたえた。

男の方がセリアより頭一つ分以上長身なため、必然、彼女の方から見上げる方になる。

年齢は、自分と同じくらいか。改めて間近で眺めてみると、男の表情には若々しい活力が漲っていた。

「セリア・ブルースピリットだね?」

男は力強い声で訊ねてきた。

セリアが「そうですが…」と、返事をすると、男はよりいっそう笑顔を輝かせた。

男は言葉を続ける。

「初めまして。俺の名前はリュウヤ・サクラザカ。今度、ラキオスに新設されることになったスピリット・タスク・フォースの……」

そこまで言って、リュウヤと名乗ったその男は、一旦言葉を区切ると、右手を差し出してきた。

それが握手を求める動作だと理解するまでに、数秒を要してしまった。

人間の、それも男の方から握手を求められるなど、初めての経験だった。

躊躇いがちに自らも右手を差し出すと、リュウヤは静かにその手を取った。

巨大な手から発せられる熱と、男の強い握力が、セリアの白い手を包み込んだ。

「副隊長を務めるエトランジェだ」

異世界からやって来たエトランジェ・桜坂柳也。

セリアの手を握る男の力は、どこまでも強く、そして優しかった。

 

 

 

 


<あとがき>

 

タハ乱暴「以前、こちらのサイトの掲示板でさ、熟女好きの柳也がプレシア守るために管理局と戦う〜みたいな書き込みをしたじゃない?」

 

北斗「ああ、したな」

 

タハ乱暴「あれさぁ、ちょっと本格的に検討してみようかなって思って、近所の『TUTYA』で無印なのはを借りたのよ。それで、思った」

 

北斗「何を?」

 

タハ乱暴「やっぱりプリキュアよりもなのはの方がフェレットの描き方は上手いよなぁ。ってか、プリキュアのあれは何じゃぁ!? フェレットか!? あれがフェレットだと言うのか!? 認めん。リアルにフェレット飼っている身として、あれは許せんぞぅぅぅぅ!!!」

 

北斗「……永遠のアセリアAnotherEPISODE:31、お読みいただきありがとうございました。今回の話はいかがだったでしょうか?」

 

タハ乱暴「今回のあとがきでは前回のあとがきの際に出番がない〜と、嘆いていたみんなのための救済措置として、相方にはあえて出番の少ない人を選びました!」

 

アイリス「(……私か? 私なんだな!?)」

 

オデット「(……ドキドキ)」

 

オディール「(……べ、べつに出番なんてどうてもいいけど……やっぱり、出れるものなら出してほしいわよね)」

 

北斗「永遠のアセリアAnotherが始まってはや三十回。その通算登場回数の少なさでは右に出る者がない。……この人、しらかば学園の風見達人くん(全三十回中登場回数一回)だぁ!」

 

出番少ない′s「「「何ィィィィイイッ!!?」」」

 

達人「ど、どうも〜、EPISODE:01以来、一度として登場していない、たぶん、読者の方もみんな忘れてるだろう中学二年生、風見達人です」

 

タハ乱暴「いやぁ、達人久しぶり〜。勿論、俺は忘れてなかったよ? なんといったって、作者だからねぇ」

 

アイリス「ま、待てタハ乱暴! なぜ、よりにもよってこのチョイスなんだ!?」

 

タハ乱暴「んう? いやだって、全三十回中一番登場回数が少ないのが達人だったからさ。ちなみに出番だけだとベスト10はこの人達」

 

第一位:桜坂柳也(30/30)

第二位:高嶺悠人(21/30)

第三位:エスペリア・緑スピリット(19/30)

第四位:永遠神剣第七位〈決意〉(18/30)

第五位:セラス・セッカ(16/30)

第六位:アセリア・青スピリット(12/30)

第七位:オディール・緑スピリット(10/30)

第七位:リリアナ・ヨゴウ(10/30)

第九位:レスティーナ・ダイ・ラキオス(9/30)

第九位:オルファ・赤スピリット(9/30)

 

タハ乱暴「いや〜、調べてみて意外だったよ。上位四人は分かるんだけどさぁ、まさかセラスがベスト5入りするとはねぇ〜」

 

アイリス「そ、それよりもオディール!? 貴様、私達を裏切ったな!?」(←全三十回中七回登場)

 

オデット「あ、アイリスお姉さまこそ何ですか! 七回登場って……」(←全三十回中五回登場)

 

タハ乱暴「うわ〜、醜い争い」

 

達人「それで、今回の話ですけど。今回の話はシアーさん編、なんですか?」

 

タハ乱暴「うん。そのつもりで書いた。前回がネリーの話だったし。ただ、大きな軸としてはシアーの話なんだけど、同時にセラスの話でもあり、ネリーの話でもあり、ついでにセリアの話でもあるっていう……」

 

達人「欲張ってますね。ところで、今回、タハ乱暴にしては珍しく、原作の設定改変が行われているようですが?」

 

タハ乱暴「ああ。うん。シアーの過去についてね。シアーがどうしてあんな人見知りする性格になったのか。種明かしは次回の予定だけど、今回ばかりは独自解釈ではなく、設定改変という手段を取らせてもらいました。不快に思われた方がおられたら、申し訳ありません。シアーで他にネタが思いつかなかったんです(泣)」

 

北斗「ネリーの方はあっさりネタが思いついたのにな?」

 

タハ乱暴「う〜ん。やっぱりポニテ元気娘っていうのが原因かなぁ。話が作りやすいんだよ。あの手の元気娘って。展開がスポ根寄りになりがちだけど。

 逆にシアーの場合は……うん。仲良くなってからの方が話が作りやすい。きっと。だから仲良くなるプロセスの話は書きにくい。逆に」

 

達人「ちなみに今回登場のセリアさんは?」

 

タハ乱暴「仲良くなっていく過程の方が、書いていて楽しいだろうね? ほら、基本ツンデレだし。クーデレだし」

 

達人「本人聞いたら怒りますよ、その発言……。ところで、今回のあとがきでは予告があるんでしたね」

 

タハ乱暴「ああ、そうだったね。……読者の皆様! たいへん申し訳ありません! 次回の永遠のアセリアAnotherですが、作者の文章構成能力の低さにより、いつものAnotherよりも大幅に長文化することが決定しております!」

 

北斗「文章を簡潔にまとめられないこの男の国語力の低さが露呈する話となるだろう。いつものアセリアよりも文量が大幅に増えることになる。読者の方には、いつも以上に体力のいる話になるだろうな」

 

タハ乱暴「読んでいて、『長いなぁ〜、ダリ〜よタハ乱暴』になってしまう可能性大です! 本当に申し訳ありません。タハ乱暴の力不足です。謝ります。謝りますから見捨てないで〜〜〜ッ!!!」

 

達人「……ここまで読者に卑屈な作家も珍しいですね」

 

タハ乱暴「お客様は神様、読者も神様だから」

 

北斗「左様か。……それではそろそろこの辺りで。永遠のアセリアAnotherEPISODE:31、お読みいただきありがとうございました!」

 

タハ乱暴「次回もお読みいただければ幸いです。っていうか読んでぇ! 見捨てないでぇ!」

 

達人「ではでは〜」

 

 

明弘「…………」

タキオス「…………」

クリス「…………」

オーラリオ「…………」

リリ・ララ「…………」

ロファー「…………」

ジャネット「…………」

隠弐番「…………」

隠十番「…………」

 

出番一回しかない′s「「「「「「「「「……我々(僕達、私達)の出番は?」」」」」」」」」

 

 

<おまけ>

 

色々あって反董卓連合に参加することになった我らがジョニー・サクラザカと愉快な仲間達。その一回目の軍議の席にて理不尽な発言を受けた柳也は、怒りにまかせて曹操と袁紹の軍に壊滅的な打撃を与えてしまうのだった。

んでもって、当然ながら軍議はその場で終了。結局、決定したことといえば、連合軍の総大将を袁紹が務めるということくらいだった。

袁紹軍の二枚看板と目される顔良将軍が、ジョニー・サクラザカ軍の陣地を訪ねたのは、軍議解散から四半刻と経たない時間のことだった。

「……というわけで、すみませんけどジョニーさんたちの軍は先鋒を務めていただくことになります」

「うむ。仕方がないな。それより、すまなかった。我らの主がとんでもないことを……」

「あ〜……いえ、今回は袁紹様にも非がありましたし」

「それでも、すまなかった。我らの主もしっかり反省を……」

「俺は悪くないぞ! 悪いのはあいつらだぞ! 俺は不細工じゃない!」

「…………とにかく、すまなかった」

「あ、あはは……」

乾いた笑みをこぼしながら去っていく顔良将軍。というわけでジョニー・サクラザカ一万の軍は連合の鋒矢となった。その両翼を囲むのは、右は公孫賛軍、左は西涼王馬騰の軍。

「というわけで、お互いの円滑な連携のために、両軍には挨拶参りに行こうと思う。とりあえず俺の魂のトラウマ伯珪ちゃんのところは……後回しにして」

「お兄ちゃん、それは男らしくないのだー」

「うるさい! と、とにかく、西涼王馬騰殿のところへ突撃だ! 誰か、付いてくる人は?!」

「鈴々が行くーー!」

さすがに一国の王が護衛も引き連れずに出歩くのは不味いとして、鈴々を伴って馬騰軍の陣地を訪ねるジョニー・サクラザカ。無論、蕎麦のお土産は忘れない。

「にゃはは、お兄ちゃん、それは引越し参りなのだ」

「ふふん。この蕎麦にはな、末永いお付き合いをお願いします、という意味が篭められているんだ。つまり、この蕎麦を手渡した瞬間、馬騰殿との同盟和議が成立するのだ!」

蕎麦一つでなにやら謀略を進める我らが主人公。そして対面する西涼の王。

「ちわーっす。ジョニー・サクラザカでーすっ」

「曲者じゃ。者ども、出あえ、出あえーーーッ!!」

「えぇ!? 何で!?」

「お主からは変態の匂いがする。さてはワシの娘を奪いに来たな!?」

突如として乱戦に陥ってしまう柳也と鈴々。右から、左から、時には地中から襲いくる兵士の群れを、ばったばった、と薙ぎ倒す。

「父上、あたしも戦うぜ!」

「翠! いかん。お前は隠れていなさい。あの変態の狙いは、お前のふとももだ!」

「な……なんと素晴らしいふとももだ! いかん。恋をしてしまった。ちょっとお兄さんに触らせてみなさい?」

「お兄ちゃん、目的が変わってるのだ」

【そうだ主。それに、どうせ触るのなら我はこの鈴々の方が……】

「わわっ、よく分からないけど、なんか悪寒がしたのだ」

「うぅ……なんか、あたしも寒気が……あいつに見つめられていると、背筋が震えてしょうがない」

「いかん。翠が変態臭にやられてしまった。……兵力を三倍にして取り囲め!」

「くそぅ! あのふとももは惜しいが、とりあえず引き上げるぞ、鈴々」

「不本意だけど仕方がないのだ! お前達、覚えてろーーー!!!」

思いっきり悪役な台詞をこぼして自軍陣地へ退却する柳也と鈴々。

かくして、反董卓連合はちょっとした問題を抱えながらも進軍を続けた。

目指すは最初の難所、水関。そこに出会いが待っている。

 

 

その頃、僕たちの大好きな公孫賛さんは、

「……サクラザカ、来ない」

フラグ立ってるぅ!!!??

 

 

あれぇ? 鈴々と柳也って、意外に名コンビじゃね?




長いな〜、ダリ〜よ、なんて露ほども感じない管理人です。
美姫 「変なアピールは良いから!」
ぶべらっ!
そ、それは兎も角、今回はシアーがピックアップ。
美姫 「セリアもみたいよ」
うーん、穿った見方なのかもしれないが、ピックアップされる順番はもしかして決意の意志が働いていたり……。
美姫 「はいはい、バカな事を言ってないの」
だよな。さて、冒頭はシリアスな決意だったのに。
美姫 「やっぱり日常では変態さんに」
何気に冒頭では驚きの事実とかがあったりしたんだけれど。
美姫 「後の変態行動で全て消えてしまったわね」
あははは。にしても、ロウ、カオス、両方から監視、もとい、神剣を持たされている柳也。
今後がどうなるのやら。
美姫 「とっても気になるわね」
ああ。だけど、その前にやっぱりシアーのお話が先だよ。
こっちも気になる。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
待ってます!



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