『選ばれし黒衣の救世主』





「うわぁ、いい景色ですのー」

馬車の窓から見える景色を見て、そんな脳天気な声を発している一人の少女……ノーテンキ娘、ゾンビ娘、死体娘などと呼ばれているナナシだ。
彼女はほとんど知識がない……というか何も覚えていないためか、先ほどから外の光景に目を奪われていた。

「はあ、本当に大丈夫なんでしょうね」

そんな彼女を見て、リリィがどこか疲れたように言い、ベリオとなのは、カエデはそれに苦笑している。大河はどこか呆れた表情。ちなみに未亜はそんなナナシのガイドをしている。恭也は飛針などのチェックをし、リコはその傍についている。

彼らは、ある任務を受け、今はゼロの遺跡と呼ばれる場所へと移動している途中であった。
そう、新たな仲間であるナナシを連れて。





第四十章 宿敵との邂逅





新たな仲間であるナナシ。
彼女は救世主クラスに入ることになった。
これはミュリエルが進めたことだ。これにはもちろん、恭也を除いたほとんどが反発を示した。
召喚器がないというのは、確かに恭也という前例があるため、もう何も言うことはできない。だがアンデットである彼女を、世界の運命を握る救世主クラスに入れるというのは何事だ、ということだ。
その反発が大きかったのは、リリィである。彼女は自分の義母であり、たった一人の家族であり、尊敬する人物であるミュリエルにそのことで牙をむいたのだ。
だがそれにミュリエルは、今現在のアヴァターの情勢を説明した。
破滅が関与していると思われる事件が多発していること、それは驚異的な速度で広がり、すでに王国だけでは対処することはできず、フローリア学園の救世主クラス以外の生徒たちにも、卒業を待たずして臨時補充要員として派遣しろという早期動員命令も出ているという。そして実際に相当数の学生を派遣している。
それでも自体の沈静化に繋がらず、王国はさらなる人材派遣を求めている。これではいつか、まだ入学したばかりの、専門のジョブも決まっていない初期過程の生徒まで動員せざるを得なくなる。そしてそれを拒否することは学園にはできない。
だから少しでも戦力を得るために、ミュリエルはナナシを入学させることに決めたという。
彼女は自らと同じ、不死者に対して非常に特異な能力を持ち、その使い方によって救世主候補たちも凌ぐというのだ。
彼女がアンデットであるからこそ、それを受け入れられる救世主クラスに入れたという。それは召喚器もなく救世主候補たち以上の力を持つ恭也と同様に。

(……完全に建前だな)

そんなミュリエルのナナシを入れる説明を思い出し、恭也は武器を確認しながらも内心で独り言ちた。
大河たちは、そのミュリエルの迫力や、世界情勢の危機感によって押し切られたようだが、恭也はそういう感情は抑えられるので、比較的冷静に説明を聞いていた。そのためミュリエルの説明は穴だらけにしか聞こえなかった。
つまりただ彼女を救世主クラスに入れるための建前。
一々そんなことを突っ込む気はなかったし、その前の日にミュリエルとやりやったばかりで、その時自分たちがした説明も穴だらけであることがわかっているため、下手に口だしはしなかったのだ。

(学園長の狙いは救世主の抹殺。そこにナナシが関係するのか? そもそも耕介さんと十六夜さんの話だと、ナナシはアンデットではないかもしれないと言ってる。もしかしたらそれを学園長は知っていて、それに関係あるのかもしれんな)

ミュリエルがナナシを使って何をしたいのかが見えてこない。

結局他の者たちはナナシが入ることに納得できず、試験ということになった。
そしてリリィがナナシと戦ったのだが、結果を先に言ってしまえばリリィが敗北した。
それも敗因は不明。
アンデットを一掃した時と同様に、いきなり閃光が走り、それが戻った時にはリリィは倒れていた。彼女の意識はあったし、怪我もなかったのだが立ち上がることができなかったのだ。
結局ナナシは逃げ回っていただけで、何をやったかわからないということで、大河も戦ったのだが、同じく敗北。彼の場合は足を挫いたが、やはりナナシが何をしたのかはわからなかった。
救世主クラスの二名が敗北したことで、ナナシが入ることを反対するわけにもいかず、彼女はこうして救世主クラスの一員となった。

(二人とも地面に倒れて足が動かない、か。下半身への攻撃か? だがナナシは逃げ回って離れた場所にいた)

恭也にもあの時ナナシが二人に何をしたかはわからなかった。

(アンデットの時は……いや、もしかして)

だが何となく見えてきたような気もする。

まあナナシの力も後回しとして、今救世主クラス一行は、ゼロの遺跡と呼ばれる場所に向かっている。
ゼロの遺跡。そこは千年前までは王都だった所だ。だが千年前の救世主戦争の時に、その王都で破滅と救世主が戦い、首都としての機能を失ってしまい、今の場所に移ったのだ。
その場所にモンスターの集団が現れ、何かを探しているかのように遺跡の瓦礫を掘り起こしているらしい。
救世主クラスはモンスターの掃討と、その狙いを探るようにという任務を受けたのだ。


◇◇◇


救世主クラスの者たちは、ゼロの遺跡を見渡した。
すでに千年前の戦いの爪痕というのはなく、普通の村という感じだ。ただ所々に遺跡と思われる古い建物や、廃城の跡が見える。
人の姿はなく、またモンスターの姿も見えない。
これでは前の任務ときと一緒だ。

「それで、どうしましょう?」

未亜が全員を見渡しながら聞く。
村の入り口から見える範囲には敵の姿がないのだ。ということでまずは敵の探索である。
とりあえず未亜とナナシは連絡係として、その村の入り口を集合場所とし、そこで待機と決まった。そのさいにナナシは大河の傍にいたいと駄々をこねたが、そこは委員長体質のベリオが言いくるめた。それを見て、大河が彼女には逆らわないようにしようとか呟いたのだが、まあ今は関係のない話だ。
その後、リリィとカエデは北、大河が西、なのはと恭也が東、ベリオとリコが入り口付近の探索をすることに決まった。
そのさいにナナシと同じように不満に思った者が何人も……というか、恭也と大河、なのは以外……いたのだが、彼女と同じようなことするのはいけないと、なんとか自分を納得させていたようだった。


◇◇◇


途中まで一緒だった恭也たちと分かれてすぐに、大河はモンスターたちを見つけた。
この前のように別に隠れていたり、待ち伏せしていたりしていたわけではなかったようだ。
敵は人狼とリザードマンが数匹ずつ。
とりあえず連絡係である未亜たちを呼ぶべきか、どうするかと悩む大河だったが、すぐに挑戦的に笑ってトレイターを呼び出した。

「やっぱ実戦で得るものは大きいしな」

大河は呟き、舌で上唇を舐めると、そのまま特攻。そして一番後ろにいた人狼を背後から斬りつける。
その一撃で、モンスターたちが初めて大河の存在に気付き、人狼がまるで威嚇するように咆吼を上げる。
それを聞きながら、大河はトレイターを三節混に変化させた。

「つーわけで、お前らは俺の実験台兼経験値だ!」

大河は強気に笑いながらも、恭也から聞いた三節混についてのことを思い出す。

『三節混ははっきり言えば、トレイターが変化するものの中で、一番扱いが難しい武器だ。鞭などのように本来は相当の訓練が必要なもので、それが甘いのであれば、あまり使うべきではない。特に連接混は、連接される混が多くなれば多くなるほど扱いが難しくなる』

連接混を扱うには、本来は相当に訓練が必要だ。鞭などように下手をすれば自分の身体を傷つけ、味方すらも巻き込みかねない武器。
正直、まだ大河も扱いなれていない武器である。
使用に関しては、大河は特に恭也から何か言われたわけではないし、訓練をしろと言われたわけではない。
ただ恭也はその使用法を教えただけである。

『間違えてはならないのは、連接混は鞭のように相手を打つ武器ではない。相手を砕く武器だ』

連接混は先端の混を、遠心力を使ってぶつける武器だが、適当に当てればいいという武器ではない。もちろん、どこに打ち当てようがそれなりの効果は出るが、その神髄は相手に打ち付けるのではなく、相手を砕くことにある。
砕く。それは骨である。

『三節混を使うならば的確に狙え。相手の細い部分、脆い部分。もしくは確実相手を倒せる部分をな』

砕きやすく細い腕の骨や、肘、膝などの間接部。そして相手を確実に倒せる首の骨や頭蓋。
それらの部分を的確に砕くことこそが重要な武器。身体の外部ではなく、内の骨を砕くのだ。
もっとも大河の力ならば、それ以外の場所でも大きなダメージを与えられるだろうが。

大河は言われた通りに人狼の骨を砕いていく。
腕の骨を砕き、痛みで絶叫している所を今度は首へ一撃。またはいきなり頭蓋を砕く。
もちろん扱いが難しいからこそ、狙った場所にいくのはせいぜい二、三割がいいところであるが、大河の力によって振るわれた三節混は、外れて向かった人狼の腹や胸などにも多大なダメージを与えていく。
だが、

「じ、自分にもダメージ与える武器ってどうよ?」

相手の身体から跳ね返ってきた混が、大河の身体を打ち付ける回数もそれなりに多かった。跳ね返っただけなので、それほど大きなダメージではないが、痛いものは痛い。
もっともこれは単純に大河の技量の問題だ。
それでも大河は三節混だけでほとんどの人狼を倒してしまった。
だが、リザードマンには一切手を出していない。全く攻撃をしかけず、攻撃をされても避けるだけなのだ。
これはやはり恭也に言われことであった。

『三節混を使うならば、相手が分厚い鎧を着た人間であったり、表皮が固いモンスターなど……装甲が厚い敵であったなら攻撃するな』

それらの敵を相手にするには、戦い辛い武器なのだ。
弾かれて、全くダメージが与えられない可能性が高い。無論、これは他の武器も一緒だが、連接混は特にダメージが与えづらい。
剣や斧などのように自身の体重を乗せられないため、弾かれてしまうとそれで終わり。
それらの敵と戦うならば、大河の場合は他の武器を使ったほうがいいということだ。

そしてリザードマンの固い鱗はそれに入った。
ためしに大河は何度か三節混を打ち付けたが、多少ダメージがあっただけで、三節混は見事に弾かれ、その間にリザードマンが持つ剣をまともに喰らいそうになったぐらいだ。

『三節混でどうしてもそれらの敵に攻撃するというのならば……』

大河はリザードマンの振るう剣をかわして横へと回る。そして三節混を放つが先端部分が敵の首の横を通り抜けてしまう。だが、大河がそのまま腕を横へと振ると、先端部分が同じく横にいき、その通過点にある首に、混と混の間の鎖が巻き付いた。
さらに巻き付いて、一回転して戻ってきた先端の混を大河は左手で持ち、

「おらっ!」

それから上半身を思い切り捻る。
ゴキリという鈍い音が響くと、リザードマンの首は大きく曲がり、そのまま地面へと倒れた。
上半身を捻ることによって、鎖に加重を与えて首の骨を折ったのだ。
これが装甲が厚い敵を倒す方法の一つ。

「とはいえ、こんだけいると全部同じ方法でやるのはきついな」

まだリザードマンは三体いる。この方法では隙が大きすぎて何度も使えるものではない。
なので大河はトレイターを剣に戻す。

「装甲が厚いやつにはやっぱ斧かね」

そう言いながらも、大河はトレイターを斧に変えようとはしなかった。
ただ同じく恭也に教わったことを思い出す。

『戦斧、斧……これも正直扱いが難しい武器だ。重い武器。その一点に尽きる』

斧とはその重量により、相手を防御事叩き伏せる武器。故にその重さが最大の武器であり、最大の弱点にもなる。
ランス同様に乱戦では使用するべきではない武器だ。

『お前はなぜか斧を下から振り上げる癖があるみたいだが、それだけでは最大の武器を潰しているようなものだ』

恭也が斧の扱い方のことで大河へと最初に言ったのはそんなことだった。
大河は斧を使う際には、大体振り上げて使っていた。これはやはり重いからだった。下から振り上げる場合は、足の踏ん張りが効くので重くとも十分に扱うことができた。
だが、それは斧の特徴を殺してしまう。
斧はその重さという威力で叩き伏せるものだ。それは自身の体重や、腕の振りを含めてのこと。振り上げでは、これらが十分に活かせない。

『斧を使うならば振り下ろしによる全体重を乗せた一撃、もしくは腕と腰を回転させ、遠心力によっての打ち払いが理想だ。もっとも重すぎるから、それが逆に大きな隙となる。だから理想にすぎんがな』

攻撃一つに大きな隙ができる。
斧の扱いが難しいというのはそういうこと。
基本的には防御に徹し、相手の体勢が崩れた所を狙うのが正しい。

『しかし、お前には裏技がある』

それは大河の裏技ではなく、トレイターの裏技。

大河はそのまま近くにいたリザードマンに向かって大きく剣を振り下ろす。
リザードマンはそれを自らの剣を上げて防ごうとした……だがその瞬間、トレイターが斧の形態に変わる。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

剣のときに振り下ろされた速度と、さらに斧に変わったことでの自重で、速度がさらに加速する。
そしてその重さと大河の力による斧の破壊力は、リザードマンの剣を砕き、それでも止まらず、そのまま身体を両断した。

振り上げたときは剣のまま、こうすることで予備動作の短縮。そして振り下ろした瞬間に斧に変えることで、斧の威力を手に入れる。
まさに大河のトレイターがいくつもの武器に変化するからこその裏技だ。

「キャンセル攻撃ってやつだ!」

大河は叫び、振り下ろしきったトレイターを剣に戻す。
そのまま残った二体のリザードマンへと近づき、思い切り力を込めて剣を払う。そしてまた同じように途中で斧へと変化させ、二体まとめて一振りでその身体を横に両断した。
これでここにいた敵は全て倒した。
それを確認して、大河はトレイターを消すと、まるで筋肉を弛緩させるように両手を大きく振った。

「あー、痛てぇ、剣から斧ってのは何度も使えないな」

あの方法は、剣の重さが急に斧の重さに変わるので、腕への負担が激しいのだ。あまり使いすぎると腕の筋肉と筋がおかしくなる。

「まあ、ぶっつけ本番にしてはまあまあか」

不敵に笑って、モンスターたちが光となっていくのを眺める大河。
そのとき、北側から大きな爆発音が聞こえてきた。

「あっちはリリィとカエデか」

戦闘をしているなら救援に行くべきと、大河はすぐさま駆けだした。


◇◇◇


「ふう」

恭也は軽く息を吐いて小太刀を鞘へと戻した。
その目の前には、救世主候補たちが倒した時とは違って、モンスターたちの死体が幾つも転がっていた。

「私、ほとんど何もしてない」

その死体を直視しないようにしながらも、なのはは苦笑しながら言った。

「そんなことはない。補助魔法をかけてくれたし、援護も的確だった」
「援護したけど、何か必要なかったと思うんだけど」

補助魔法を恭也にかけると、本当に手がつけられなくなる。それによって十体以上いたモンスターたちを恭也は瞬く間に倒してしまったのだ。
なのはが倒したモンスターはせいぜい一体ぐらいだし、援護も二回か三回ほどしただけだ。
確かに補助魔法をかけたのはなのはだから、何もしていないということはない。
そもそもなのはが恭也と組んだのは、その補助魔法を使えるからだ。
と、そのとき爆発音が遠くから響いてくる。

「あの方向はリリィとカエデか」

恭也は音が聞こえた方向に視線を向けた。
なのはも恭也の隣に立ち、同じ方向を見る。

「助けにいった方がいいかな?」
「いや、大丈夫だろう。広いからバラバラで探索しているのに、集まっては意味がない。もし苦戦するほどの数だったなら、未亜たちを呼んでいるだろうし、大河も今のを聞いているはずだから、あいつが向かうだろう」
「じゃあ私とおにーちゃんはもう少しこっちを探索?」
「ああ」

そう言い合って、二人は再び歩き出すのだが、すぐに左右への分かれ道となった。

「どっちに行くか」

とりえず片方を行き、そちらの探索が終わってから戻ってこればいいと考え、恭也はどちらに行こうか迷ったが、なのはがすぐに恭也の服の袖を引っ張った。

「二人なんだからここで別々に探索すればいいよ」
「それは……」

確かにその方法が一番だ。
だがそれは恭也としては選びづらい。それはつまりなのはが一人になってしまうからだ。
こうした任務や戦いは何度かあったが、まだなのはは単独で行動したことがない。その彼女を一人にしてしまうのは、やはり兄として心配だ。ここにはモンスターもいることだし。
それがなのはにもわかり、彼女は少し頬を膨らませた。

「おにーちゃん、もう少しなのはを信頼してください」
「むう」
「私も救世主候補なんだよ?」
「……わかった」

今後似たようなこともあるかもしれない。そしてなのはの良い経験にもなることだしと恭也は納得した。

「だが、何かあったらすぐに助けを呼べ。空に向かって疑似魔法を放てば、すぐに俺が向かう」
「うん。わかった」

そんな兄の心配も嬉しいものなのか、なのはは笑顔を浮かべながら頷いた。
そして恭也が左側、なのはが右側へ、それぞれ進むことになった。
これがある意味、大きく後へと影響する選択であったことには、二人はまだこの時点では気付いていなかった。


◇◇◇


「師匠、助かったでござるよ」
「……ごめん、助かった」

モンスターに囲まれている所に、大河が救援に来てくれたおかげで勝ったため、カエデはともかく、リリィも珍しく大河へと謝った。

「たくっ、何かあったら連絡を寄越すことになってただろ」

自分も誰にも連絡を取らずに一人で戦ったくせに、大河はやれやれと肩をすくめる。

「それが待ち伏せされていたでござるよ」
「待ち伏せ?」
「ええ。私たちがここに来たときに、突然囲まれたのよ」
「モンスターが、待ち伏せ?」

それは前の偽村長のように、知恵の回る敵がいるかもしれなということになりかねない。
そして、前は考えなかったことだが、

「なんか前といい今回といい、俺たちの動きが敵側に漏れてないか?」
「確かに」

前の時は待ち伏せとは言っても、偽村長が張っていただけかもしれない。だが今回は、今日救世主クラスの者たちがここに来ると漏れていたかもしれないのだ。そうでなければ待ち伏せなどできるものではない。

「とにかく、一度合流地点に戻った方がいいかな?」
「そうでござるな」
「でも、恭也たちの方は大丈夫かしら?」

そう言いながら、リリィは東側を見る。
あちらからはほとんど戦いの音が聞こえてこないので、無事だとは思うのだが。
リリィは暫くの間考え、

「私は恭也たちの方に行ってみるわ。大河たちは一度戻って」
「一人で大丈夫でござるか?」
「待ち伏せされてるかもしれないって最初からわかってれば慌てることはないわよ」
「ま、確かにな。わかった、恭也たちの方は任せる」

三人は同時に頷き合うと、すぐにそれぞれが向かう方向に走りだした。


◇◇◇


なのはは辺りに注意を払いながらも、慎重に歩いていた。
恭也にはああ言ったものの、なのはとて怖いものは怖い。そのためちょっとした物音にも強く反応してしまっていた。

「うう、やっぱりおにーちゃんに一緒に向かった方が……だめだめ、いつまでおにーちゃんを頼ったら。おにーちゃんに頼られるぐらいにならなきゃいけないんだ」

そんな独り言を呟いたあと、なのはは気合いを入れるように自分の頬を軽く叩いた。
そして、よしっと両腕に力を込めて再び歩き出す。
そのときだった。

「なーんだ、『彼』が来てくれるかもって思ったんだけどなぁ。私も運がないな」

いきなり背後から聞こえてきた声。それは女性の声だった。
なのはは驚き、すぐさま白琴を呼び出し、振り向く。
そこにいたのは女性というよりも少女だった。
長い黒髪を後ろで縛った、人形のような可愛らしさを持つ少女。歳はなのはより二つ、三つ上ぐらい。
人間であったため、なのはは白琴を下ろした。

「あ、この村の人ですか?」
「ううん、私は破滅の一員」
「……は?」

一瞬何を言われたのかわからず、なのはは思わず口を大きく開けてしまった。

「だから私は破滅の一員だよ」

なおも少女は軽くそう言った。

「は、破滅って……」
「今ここにいるってことはあなた、救世主クラスの人だよね? つまりあなたの敵ってこと」

笑顔で言う少女。
それになのはパクパクと口を動かし、どうしていいのかわからず、思わず後ずさる。

「ねぇ、あなたの名前は何て言うの?」

そんななのはの態度を見ても、少女の表情は変わらず笑顔のまま問いかけた。
だがなのはは何も答えられない。この少女の言うことはただの冗談ではないかと、そんなことがただ頭の中をグルグルと回ってしまっているだけだった。

「できれば教えてほしいんだけど。後で『彼』にあなたの名前を出すつもりだから」
「わ、私は高町……なのは」

何とかなのはが名乗った瞬間、少女の笑みが消えた。

「高町……なのは……」

だがなのはの名前とその名字を呟いた後、少女はもう一度笑った。

「フフ……あは、あはは」

それは狂笑。
何かに狂った笑顔。何かに狂った瞳。
それをただなのはへと向ける。
それは突然の変貌。

「あははははは! 運が悪いと思ったけど、幸運だったんだ! 妹も一緒にいるって聞いていたけど、まさかあなたがそうだったなんて!」
「な、に?」

その少女の反応がわからず、なのははさらに困惑し、後ずさる。
それを見て、少女は何とかその笑いを止めた。

「……高町なのは、ね。初めまして。私はエリカ……エリカ・ローウェル。この名前、あなたのお兄さんに聞いてみるといいよ。どんな反応するかしら……おっと、するかな」
 
エリカと名乗った少女は、なぜかわざわざ語尾を言い直す。
だがなのははそんなことよりも、そこに出てきた一番大切な人のことの方が気になった。

「おにーちゃんに?」
「そう。でもあなたが生きていたら、だけど」

エリカは再び笑みで顔を歪める。

「あなたを殺せばあいつも失意のどん底にまで堕ちていくはずよ……っ、駄目ね、やっぱり目的を前にしたら、あの娘が薄くなっちゃうわ。まあ、今だけは我慢してもらうとしますか、一緒であることには変わりないんだから」

そう語るエリカの目は正気の目ではなかった。
それを見て、なのはは身体が震えた。怖くて仕方がなかった。
 
「さあ、今からあなたを傷つけ、嬲り、絶望させ、殺してあげるわ。そのあとはあなたの死体をムドウかモンスターに犯させてやる。そしてその死体を高町恭也に送りつけてあげる」

高町恭也。
なのはの兄の名前。
それが彼女の口から出てきた瞬間、なのはの震えが止まった。恐怖が消えた。

「おにーちゃんを……どうするつもりなの?」

自分のことを言われたはずなのに、なのははそれよりもそのことの方が気になった。彼女の歪みの全てが、自分ではなく兄である恭也に向かっていることに気付いたから。

「最終的には殺すつもりよ」
「…………」

それを聞いた瞬間、なのはは白琴を構えた。
もう恐怖など微塵もない。
酷く冷静だ。
まるで心が凍ってしまったかのように。

「あなたが破滅だとか、そんなのどうでもいい。おにーちゃんを傷つけようとする人は……誰であろうと許さない」
「言ってくれるわね。それじゃああの娘はどうなるのよ」

なのはの言葉に、エリカは気に入らないとばかりに鼻を鳴らす。
だがそれはなのはとて同じこと。
気に入らないとばかりの表情をとっていたエリカだったが、すぐに無表情となった。

「矛盾、って言葉を知ってるかしら?」
「どうしておにーちゃんを傷つけようとするの?」
「最強の矛と最強の盾。ならその最強の矛でその最強の盾を突いたならどうなるのか……という所から来てるらしいわよ」
「……理由なんて聞いても意味ないか。私はただそんなこと許さないだけ」
「でも、私は別にそんなことどうでもいいと思うのよね。どちらも最強なら、どちらも持っていればいい。ぶつかりあう必要なんてないのよ」

会話になっていない会話。
いや、どちらも会話をしようなんていう気はないのかもしれない。
なぜなら、お互いがある男を巡っての最大の敵とわかってしまっているから。

そしてエリカは、その両手を広げた。

「来なさい、インフィニティ」

それは冷たく、憎悪を含む声で……

「来て、エターナル」

それは暖かく、愛情を注ぐ声で……

そして、それは……それらは彼女の両手に現れた。

「まさか……」

それを見て、思わずなのはは目を見開いた。

エリカの右手に握られてるのは、全長三十センチ程のダガー。
左手には透明に近く、だが淡く輝くことでその存在を主張する盾。

「私は矛盾のエリカ。それはその意味ではなく……最強の矛と盾を持つが故に、そう呼ばれる」

そう言ってエリカはまたも笑う。

「召喚器……」

なのはは、驚きで目を見開いたまま、その名を呟いた。

それはなのはも持つもの。
選ばれた者だけが持つもの。

召喚器。

彼女が持つその矛盾は、この世界において最強の印であり、そう呼ばれるものだった。


こうして二人は出会った。
一人の男を巡っての永遠の宿敵と、二人は今……出会ったのだ。







あとがき

いやぁ、端折った端折った。
エリス「ナナシ関係ほとんど端折ったね」
最初は書こうと思ったんですが、原作とほとんど変わらないんで完璧に端折りました。前回の話もこうやって端折ればよかった。
エリス「まあそれはいいとして、彼女オリキャラ?」
一応オリキャラのようなそうでないような。
エリス「……そういえば、ローウェルって」
今回のでほとんどバレバレな気がしますが、まだ内緒。
エリス「彼女恐いんだけど」
うん性格やばいね。自分も思った。まあ、とにかくなのはのライバルキャラという感じ。
エリス「彼女がなんで二つも召喚器持ってるの……っていうのも置いといて、またひねりのない名前を。そのうちフリーダムとか出てきそうで嫌なんだけど」
ああ、ちなみに自分はそのロボットもののアニメは見てないぞ。というか自分はテレビ自体ニュース以外ほとんど見ないし。ゲームで初めて知った。知ったあともまあいいかという感じだったし。
エリス「それもどうでもよし。もうちょっと捻れ」
そんなこと言われても、日本語以外まったくダメなんだから。
エリス「まったく。とりあえず早く続きへ」
はい。
エリス「では今回はこのへんで」
ありがとうございましたー。





なのはの前に現れた少女。
美姫 「しかも、召還器持ち」
いやいや、またしても気になる展開に。
美姫 「この少女となのはが出会った事で、これからどうなっていくのかしらね」
目が離せません!
美姫 「次回がとっても待ち遠しいわ」
次回も首を長くして待っています。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る