『選ばれし黒衣の救世主』











恭也は自分を生んだ母親を知らない。
それほど気にしたこともない。
ただ幼い時は、やはりそれなりに気になったときもあり、父、士郎に母のことを聞いたことがある。
士郎はいつも母親は死んだと言うのだが、話のたびに死因が違ったので、おそらくは生きているのだろうとは思っていた。
今の恭也にとって、自分を生んだ母というのは、正直に言えばどうでもいいことだった。
自分を生んでくれたことには感謝するが、それだけだ。
 そして、桃子が今の自分の母親だとも思っているし、息子として感謝している。
しかし、その恭也も生みの母親の名前は知っていた。
母親のことを気にすることがなくなったとき、酒に酔った士郎がその名前だけは話したのだ。
名は夏織。
名字までは聞かなかったが、夏織という名前だけは聞いていた。






第十三章 突入 地下図書館






恭也は女が消えていった方向を呆然と眺めていた。
彼女は不破夏織と名乗った。
その姓名には聞き覚えがある。
姓に至っては聞き覚えがあるどころではない。恭也自身がその姓を名乗っていたときもあったのだから当然だ。
そして、名。
夏織。
かつて、士郎に聞いた自分を生んだ母親の名前。
恭也に関係のある姓名を持つ女性。
彼女は恭也を自分と同じ世界から来たと言っていた。そして、御神の剣士を知っているとも。言いようからして、その御神の剣士は男だろう。
そうなると、士郎を当てはめてしまっても無理はないだろう。
こんなに偶然が重なることがあるだろうか?
ただ、彼女が恭也の母親だとすると若すぎるのだ。
無論、彼の育ての母と同様に若作りすぎるという可能性もあるが。
いや、そもそも、彼女をこの世界に召喚したのは誰なのだ。

「リコ……なわけがないよな」

彼女が召喚していたのなら、何かしらの情報がおりてきていただろう。
レティアであっても、恭也に言ってくるはずだ。
次々と沸いて来る疑問。

「レティアに聞ければ一番いいんだが、このごろ現れないし、俺から連絡する方法もないしな」

彼女は、耕介たちをこの世界に送ってから現れていない。
召喚に関してを聞こうにも、恭也から彼女を呼ぶ手段がないのだ。
ならば……。
恭也は、そう考えたあとに森の外に向かって駆けだした。




召喚の塔から離れたリコはずっと考えていた。
召喚の塔を爆破したのは誰なのか。
いや、一番知りたいのは、なぜ召喚陣を爆破したのか、だ。
召喚陣を爆破したところで利がある者などそういない。
あの召喚陣は救世主候補を異世界より呼びよせるもの、いわば異世界への出入り口。
ならば、救世主候補をこれ以上呼べなくするためか、返せなくするためのどちらかしか理由は見あたらないだろう。
犯人は破滅……正確には破滅を操る者か……。

「イムニティ……」

同じ目的を持ちながらも、自分と相反した理念を持つ者を思い浮かべるが、彼女は封印されている。その彼女が召喚陣を破壊するなど不可能だ。
そもそも彼女にも利がない。
彼女とて、目的のために救世主候補が必要なのだから。
リコは首を振る。
今はまず召喚陣を修復することに全力を注がなくては。
そのためには、封印されているアレを取りに行かなくてはならない。
リコはそう結論づけると、その足を図書館に向ける。

「リコ!」

図書館に入ろうとすると、いきなり背後から彼女を呼ぶ声がして自然と足を止め、後方を振り返る。
そこには同じクラスの高町恭也の姿があった。
彼も大きな謎を持つ青年。
ただ、彼への様々疑念は少しずつ晴れている。
彼はどうにも優しすぎる。
リコは恭也がこの世界に来た日から、ずっとその行動を監視していたが、怪しい行動などは全くもって皆無だった。
強く、優しく、勉強以外のことでは真面目。
彼の周りの評判も良好で、救世主候補クラス以外の者たちからも慕われているようだった。
あまり人の話を聞かず自分の道を行っていたあのリリィとて、彼を信頼しているように見え、このところは前よりも周りをよく見るようになってきている。
リリィの変化は、やはり彼が関係しているのだろうと思っている。
そう言った彼の姿を、リコはこの世界で一番見ているため、よく知っていた。
確かに疑惑はある。
だけど、彼が仲間を裏切るような人間にも思えない。
何より救世主クラスの中には彼の妹もいる。別に人質というわけではないが、彼が敵対する可能性は限りなく低いとリコは思っていた。
それに、心を司る精霊である彼女は、彼の仲間を大切にする心を気に入っていたのかもしれない。
いや、今はそんなことではなかった。

「どうか……されましたか?」

リコはいつも通りに低い声で答える。

「ああ。少し聞きたいことがあるんだ」

恭也の顔は、どこかいつもよりも焦っているように見える。

「なんですか……?」
「召喚についてなんだが」
「……はい」

恭也は質問を考えるように、ゆっくりと口を開く。

「異世界の人間を召喚するには、絶対にあの召喚陣が必要なのか?」

リコはすぐさま頷いてみせる。

「召喚の塔以外に召喚陣の心当たりはないか?」
「ありません」
「では、他にリコのように異世界から人間を召喚できるような召喚士を知らないか?」

リコはその質問に眉を寄せた。
ここに来て、彼がなぜこんな怪しい質問をしてくるのかがわからなかった。
彼を信用する前の彼女なら、絶対に疑いを持っていたはずだ。

「いません」
「学園長などでも無理なのか?」

力が失われるので、あまり喋りたくないのだが、リコは自分でも理由はわからないが、なぜか説明を始めた。

「そもそも、異世界の人間を呼び寄せるには私の赤の書が必要です。学園長のような強力な召喚士でも、自ら……もしくは誰かを連れてでの異世界への移動はできるかもしれませんが、呼び寄せるのは不可能に近いです。
ちなみに赤の書を持つ私でも召喚陣は必須です」

それを聞いて恭也は、またも考え込み始める。
そして、唐突にため息をついて、もう一度リコの顔を見た。

「すまない。時間をとらせてしまったな」
「いえ……」

リコは軽く首を振る。
そこで気づいた。
恭也の服が裂け、胸が斜め十字に裂けていることを。
少量の血を流しているのだが、黒い服のせいで目立たず、今まで気づけなかった。

「恭也さん……胸から血が」

リコに言われてから気づいたかのように、恭也は視線を下げて自分の胸を見た。

「ああ、そう言えば忘れていたな」

恭也は苦笑する。

「どうしたんですか?」

リコの問いに、なぜか恭也は少しだけ考えるような間をおいてから、再び口を開く。

「あんなことがあったからどうも落ち着かなくてな。それで森の中で鍛錬をしていたのだが……」
「今は……自室待機のはずでは?」
「まあ、そうなんだが、じっとしていられなくて。
それで奥に行きすぎて、モンスターが出てきてしまったんだ。それと戦闘になってしまった」

学園の中の森でモンスターなど出ないのだが、あまり人が来ない奥の方まで行けば、極々稀ではあるがモンスターが現れることもある。
それを考えて、リコは頷いた。
ただ、本当の意味でリコに本気を出させた恭也程の剣士に、手傷を負わせるようなモンスターが、この学園の森に現れたことに内心では驚いていた。
リコは彼の胸の前に手をかざして呪文を詠唱する。

「リコ?」

恭也は不思議そうな顔をしてリコの顔を眺める。
だが、リコは答えずに呪文を完成させた。
すると、彼の傷が少しずつ癒えていく。

「あ……」

恭也は少し呆然としながら、自分の胸を眺めた。

「……あまり得意ではないのですが……」

リコがそう言うと、恭也は優しく微笑んで彼女の頭を撫でた。

「あ……」
「ありがとうな」
「いえ……」

今まで、こんなふうに自分を撫でてくれるような人間はあの人たち以外にいなかったので、どうしていいのかわからずに、リコは顔を赤くする。
どうにも、彼と大河の前では、自分が本当に姿通りの少女になってしまっているようでならない。
それではダメだとわかっているのに。
恭也の手がゆっくりと離れる。
それが寂しく感じる。

「それで、リコは何をしていたんだ?
 さっきリコが言ったとおり、今は自室待機のはずだろ?」

恭也の問いで、リコは情けなくも、自分が今、何をしなければならないのかを思い出した。

「召喚陣を直すために、図書館へ……」
「図書館で何かするのか?」

リコはそこで言葉に詰まる。
恭也に全てを話すわけにはいかない。
とはいえ、良い言い逃れが浮かばない。
いや……これは彼が本当に何者なのかを確かめるチャンスではないか。
確かに、リコは彼への疑惑を消した。
だが、未だ彼が異質であることに変わりはない。
いつもの言動などから、破滅の一員ということはないだろうが、目的か何かがあって、このアヴァターに来たと思っている。
もし……本当にもし、彼が破滅の一員であるのなら、アレを見れば正体を現すだろう。
 破滅ではないという確証が持てればいいのだ。
そうすれば、もっと自分は彼を信用してもよくなれる。

「っ!?」

そこまで考えて、リコは自分が心の底で何を考えているのかがわかった。
自分はもっと信用したいのだ、この人を。
召喚器を持っていない、救世主候補ではない、この人を。
ずっと見ていたから、彼がこの世界に来てからずっと、彼の優しさや、鈍感なところ、妹や仲間を大切にするところ、色々な心を見てしまったから……見続けてしまったから。
恭也を見続けて思ったのは、恭也はあの人たちに似ているということ。
あの人たちと同じような剣技を使い。
あの人たちのように強く。
あの人たちのように他人を大切にする心を持つ。
あの人たちのような心の温かさを持っている。
あの人たち……いや、あの人に向けた想いは、恋心に近かったのかもしれない。
精神を……心を司る精霊として、あの人の心の温かさに惹かれたことがあった。
そして、いつも疑問に思うこと。
そのときの気持ちは思い出せる。
なんと言われたのかも、思い出せる。
なのに、その人の顔だけは思い出すことができない。
たかだか、二千年前だというのに。
だけど、恭也は、あの人と同じ暖かさを……あの人と同じく感じる。

「恭也……さん……」
「ん?」
「手伝って……もらえませんか?」

自分は千年ぶりに……いや、もしかしたら二千年ぶりに人の心の温かさを求めている。




召喚の塔爆破からしばらくして、大河たちは学園長室に集められていた。
部屋には教師のダウニーもいる。
集まった全員を眺めて、ミュリエルは目を細めた。

「リコ・リスと……恭也さんは?」

その言葉に、ダウニーが困ったような表情を浮かべた。

「それが、二人とも行方がしれなくて……今、ダリア先生が探しておられます」

その言葉に、大河たちも驚いてから、全員がなのはに視線を向ける。
だがなのはは知らないというふうに首を振った。

「どういうことですか?
生徒たちには自室待機という連絡を送ったはずですよ?」
「二人とも事件直後から、寮の部屋にも戻っていないようで」

その言葉に慌てたようになのはが口を開く。

「おに〜ちゃん、もしかして時間が空いたからって鍛錬してるんじゃ」
「恭也ならありえるわね」

リリィもため息をついて同意する。

「な、なら早く向かえに行ったほうが、確か森ですよね?」

未亜は心配そうな顔だった。

「いえ、ベリオさんからその話は聞いていたので、すでに探したあとです」

ダウニーからそう返答が返ってくる。
さらになのはが何かを言おうとしたのだが、その前にミュリエルが口を開いた。

「今は今回のことが最優先です。注意は後でするとして、見つかり次第ここへよこしてください」

ダウニーはそれに深々と頷く。
それを確認したあとに、ミュリエルは再びこの場にいる救世主クラスの者たちを見る。

「今回みなさんを呼び立てた理由はみなさんにお願いがあるからです」

ミュリエルの説明に、全員が首を傾げる。
ミュリエルは、彼らに取ってきてもらいたいものがあり、それが召喚陣を元に戻すための魔導書だと話した。
さらに不思議そうな表情をしていた一同、そしてダウニーが説明を引き継ぐ。

「召喚陣そのものはリコさんや、同じく召喚士である学園長が描くことができます」

ミュリエルが召喚魔法を使えるということを知らなかった者たちが、少しだけ驚いていた。

「ですが、召喚陣が繋ぐ場所があなた達のいた場所であるとは限らないのですよ」

それに今度は当真兄妹が驚くだけでなく、声を上げた。

「ええー!?」
「俺たち、もう二度とあの世界に帰れないのか?」
「そうと決まったわけではありません。しかし、そのためにはとても困難な問題が一つあるのです」

召喚陣は次元と次元を繋ぐ架け橋であり、この橋は起点となる召喚陣がある間は、繋がれた世界との間に常に存在し、互いの位置を常に明らかにしている。
このため異世界から召喚された者たちは、元いた世界に帰ることができる、とダウニーは説明する。
ただ、なのはたちはあの召喚陣で来たわけではないので、繋がっていないとも言う。
 それになのはは驚くも、とくに怯えなど示さない。
そんななのはに一同、不思議に思っていたのだが、ダウニーの説明は続く。

「つまり、今回のように召喚陣が破壊されてしまうと、橋は次元の狭間に消え去り、その座標と時間軸がわからなくなってしまいます。
その為、橋そのものは駆けられるのですが相手がどこにいるのかわからないために、帰れないということになってしまうのです」

ダウニーのそれらの説明が終わると、再びミュリエルが口を開く。

「その所在が分からなくなった向こうの世界を見つけだすための方法が記されている魔導書が、一冊だけ存在するのです。
それが召喚士の始祖、ラディアータ・スプレンゲリの書いたと言われる『導きの書』です」

カエデや大河が、書いた人物や、大仰な名前に感心したとばかりに何度も頷いている。

「って、ちょっとまってください、導きの書ですか!?」

なのはが大きな声で聞き返す。
それで、大河もその重大さを思い出した。

「それって一昨日ダウニー先生が言っていた失われた幻の書じゃないんですか?」

大河よりも早くリリィがそれを言って、大河は悔しそうにリリィを見る。
リリィは勝ち誇った表情で大河を眺めている。
さらにリリィたちの言葉で、他の者たちも思い出す。

「それっていったいどういうことなんですか?」

未亜が代表するように聞く。

「私も、事がこうなって初めて学園長から聞いて驚いているのですが、『導きの書』はこの学園の中にあるらしいのです」

ダウニーのその台詞に、またも部屋に驚きの声が響き渡った。




「つまり、召喚陣を直すのに必要な、その『導きの書』というのが、この奥にあるというわけか?」

リコの手伝いを受け入れた恭也は、図書館の中に入り、さらに厳重に閉じられていたと扉の前にいた。
その横では、リコが扉に召喚陣を描いている。

「はい……」
「あまり覚えていないのだが、その導きの書というのは失われたんじゃなかったのか?」

半分以上意識が飛んでいたので、覚えてなくて当たり前だった。

「ここは元々……千年前までは神殿だったんです」
「神殿?」
「はい……救世主を目指す者が必ず訪れる神殿……」
「その跡地……なのかはわからないが、今はそこにこの学園が建っているということか」

リコは召喚陣を描きながらも頷く。

「千年前の救世主候補はここで書の神託を受けた……ということになるのでしょうね……」

先ほどから、リコはなめらかにとは言わないが結構喋っている。
どちらかというと、恭也はそっちのほうに驚いている。

「なるほど、だからそこに導きの書があってもおかしくないわけか。だが、なんでそんなところにこの学園を作ったのだろうな」
「なぜ……でしょう」
「それともそんなところだからなのか? 学園は救世主を誕生させるために建てられたわけだし」
「そこまでは……でも、この学園は本当に救世主を誕生させるために作られたんでしょうかね……?」

突然のリコの言葉に恭也は、どういう意味か問おうとする。

「できました」
「え、ああ、召喚陣か」
「はい、これで逆召喚を行います」
「逆召喚?」

召喚の意味はわかるようになったが、その上に逆がつき、恭也は首を捻る。

「招くのではなく……送るものです。
これを使って……この奥に行きます」
「不法侵入だな」
「……そうですね」
「しかし、これだけ厳重に施錠されているのだから、魔法の方も対策を施されているんじゃないか?」
「大丈夫です」
「そうなのか?」
「はい」

どういう意味で大丈夫なのか、恭也にはわからないが、少なくともリコが考えなしにこのようなことをするとは思えないので簡単に納得した。
リコに近寄るように言われ、恭也は彼女に寄り添う。
それにリコが、少し顔を赤らめているように見えるのだが、やはり鈍感王の称号……その中の一例だが……をほしいままにする恭也は気づかない。
リコが、恭也には意味のわからない呪文を唱えると、召喚陣が輝く。
そして、それが膨れ上がり、周りが真っ白になる。
光がおさまると、恭也たちは今までいた場所ではない所に立っていた。
先ほどまで前にあった扉が、今は後ろにある。

「成功か」
「はい」

リコはいつもよりも、少しだけ大きく頷く。

「しかし、地下に入っても本ばかりだな……禁書庫だったか?」
「はい……しばらくは問題ありません……もう少し下に行くと、モンスターが出て来ると思います」
「モンスター?」
「書は自らを託す相手を試し……それに合格した者のためだけに開く……と言うことなのでしょう」
「その試される者というのは、救世主か?」

リコが頷いて返す。
それを見て、恭也は腕を組んだ。

「俺が行ってしまってもいいのか?
俺は救世主候補じゃない。だから、資格みたいなものがないんじゃないか?」

恭也の言葉に、リコは今度は首を振って否定した。

「救世主といえど……一人でなんでもできるわけではありません……それを補佐する人がいても……問題はないです」
「そうか、ならいいんだが」

もともと救世主が誕生すれば、その補佐をするつもりである恭也には、ある意味色好い返答であると言える。

「……それに、試しなどというのは彼女の建前でしょうから……」

リコがいつもより細い声で言うが、恭也には聞こえなかった。

「行きましょう」
「ああ」

恭也は自分が前衛であることを考慮して、リコの前を歩く。
リコも何も言わずに恭也の後をついていった。




「つまり、実質的な救世主選定試験ですね? お義母様」

義娘の言葉にミュリエルはゆっくりと頷く。

「いいのね?」

ミュリエルはリリィの目を見つめながら問う。
それにリリィは力強く頷いて返す。

「あなたたちも」

大河たちの方は何も反応を返すことができない。

「この試験は今までとは違うのよ? 何があっても私達は一切、手助けが出来ないわ。
 それでも、行く?」

それぞれが何かを考える表情をとる。
だが、全員すぐに答えを見つけだした。

「行きます。
苦しむ人々のために身を捨ててでも、その盾となることが、神の示した私の道ですから」

ベリオは目をつぶり、祈りを込めるように言う。

「拙者は、弱い自分に勝つために、もっと強くあるためにここに参った。ここで臆していては、何のために参ったのか分からぬ」

カエデは握りしめた自らの拳を見る。
なのはも大きく頷く。

「私は守りたい人が……守りたい人たちがいますから、だから行きます。
お兄ちゃんもきっとそう言うと思いますから」

未亜は少しだけ深呼吸をする。

「私も行きます。
もう流されてるだけなのはやめたんです。私は自分の意志で行きます。
 正直怖いですし、逃げたいとも思います。けど、もう逃げてるだけじゃだめだってわかったから……教えてもらったから」

そんな未亜を見て、大河は驚いた表情を浮かべていたが、すぐに笑ってみせた。

「しょうがねぇ、やるしかねぇかぁ。
なんといっても、救世主になるのはこの俺だからな」
「なに言ってんのよ! 救世主になるのはこの私よ!」

大河の言葉に食いつくリリィ。

「むむ、確かに師匠は強敵でござるが、コレばかりは負けるわけにはいかぬ」
「そうよ、私だってこの役目を他に譲る訳にはいかないわ。例えあなたでもね、大河君」

さらにカエデとベリオまで加わり、いつも通りの救世主クラスになってしまう。
それを見て、なのはと未亜は苦笑する。

「なのはちゃんは救世主になりたいって思わないの?」

疑問に思ったのか、未亜がなのはに聞いた。

「私はあんまり救世主にこだわっていないんで。ただ、少しでも手助けができれば」

未亜は、なのはが誰の手助けをしたいのかすぐにわかった。

「恭也さんの?」
「はい」

なのはは笑って即答する。

「未亜さんはどうなんですか?」
「私も、流されない、逃げないって決めたけど、やっぱり救世主になりたいとは思わないかな。
もともとジャスティは援護に適してるし、救世主になった人の補佐のほうが私には合ってると思うし」
「それは私も一緒ですね」
「そうだね」

二人のそんな会話はリリィにも聞こえていたのだが、彼女は何も言わなかった。
前まで彼女ならば、今の二人の話を聞けば、気に入らずに何かを言っていたはずだ。
彼女は自分の考えを他人に押しつけるのは止めたのだ。
そして、自分の考えが絶対に正しいというわけではないこともわかってきていた。人の数だけ答えがあるのだから。
 彼女たちとて、別に破滅と戦わないと言ってるのではない。
 ただ自分の性格や特性を理解した上で言っていることを今では理解できるし、否定するものでもないとわかっている。
恭也のように救世主でなくても戦うことはできるのだから。
 とはいえ、そう簡単に素直になれる性格ではないが。

「アンタたちねぇ、もっと向上心を持ちなさよ」
「救世主になるって向上心なのかな?」
「当たり前でしょ」
「あはは、が、頑張ってはみます」
「う、うん」

なのはと未亜は苦しい笑みを浮かべながら答えた。
そこにいきなり、妙な効果音を響かせながらダリアが部屋に入ってきた。
彼女にしてはめずらしく、かなり慌てているようだった。

「た、大変ですー!」
「大変なのはわかったから無意味に揺らすな」

大河が突っ込むが、そんなセクハラ混じりの言葉など聞いている者は誰もいない。

「どうしたのですか?」
「どうもリコちゃんたちが、地下書庫に!」
「なっ!? どうして!?」

大河に限らず、全員が驚きの声を漏らす。

「リコのことだから、召喚陣が爆破されたのを自分の責任だと思って、一人で書を取りに行ったのよ。
 必ず私たちが帰れるようにするっていってたし」
「べつにリコのせいじゃないだろ、ありゃ」

大河がため息をつく。
だが、ダリアはなぜか首を振った。

「誰も一人でだなんて言ってないでしょ?」
「どういうことでござるか?」
「たぶん、恭也君も一緒よぉ」

そのダリアの言葉に、なのはと未亜、リリィのこめかみがピクリと動く。
そして、一気に三人の雰囲気が重くなった。
その様子に、残された三人が、頬を引きつらせて三人から離れる。
そんな様子に気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのか、ミュリエルはいつも通りに冷静な表情を崩さずにダリアを見る。

「どうしてリコ・リスさんと恭也さんが禁書庫に入ったと?」
「私が二人を捜して図書館に行ってみたらぁ、禁書庫の扉に召喚陣が描かれていたんですぅ。
恭也君の場合は、彼がいそうな場所をすべて探しましたぁ。門番をしていた先生の話ですと、あれから外に出た人はいないという話ですしぃ。
まあ、恭也君ならその気になれば、誰にも気づかれずに外に出るくらいはこなしそうですけど、そんなことをしても彼にメリットはありませんし、そうなると、見つからないのはリコちゃんと一緒に行ったと考えるのが妥当です〜」

つまり恭也は自分からリコについて行った。もしくは、リコについて来てほしいと頼まれたか。
どちらにしろ、三人の雰囲気がさらに重くなる。すでに表情まで引きつり始めていた。

「逆召喚ですか」
「ぎ、逆召喚?」

何とか三人を気にしないようにして、大河がミュリエルにどもりながらも聞き直す。

「ま、招くんじゃなくて、送ることよ。私たちを元の世界に戻すときにすることと同じ」

ベリオも、なんとか三人を視界に入れないように、大河の顔を見て説明する。

「なるほど、それで自分ときょう……自分を扉の向こうに送ったわけだな!」

恭也の名前を出そうとして、突如三人が熱いような、寒いような視線を送られて、大河は急遽、リコが一人であるように言い直す。

「しかし、あの扉の向こうには結界があったはず、召喚は出来ないはずなのに……」

ミュリエルは目を細めて独り言のように呟く。

「学園長先生、んなことは後で考えればいいだろ? それより今はリコと恭也……じゃなくて、リコを追わないと!」

またも言い直すが、三人はそれぞれ別の方向を向いていた。

「誰もいない密室で二人っきり……」
「おに〜ちゃん……自分はもてないと思ってるけど……でも何かの間違いも……」
「あいつ、私には何もしなかったくせに……」

何やら、黒く、重たいオーラを纏わせながら、三人は呟いているため酷く怖かった。
本当に無視しているのか、ミュリエルはその三人にではなく、大河たちに視線を向ける。

「これが禁書庫の鍵です。中に入れば後は下っていくだけです」
「は、はい」

大河は神妙に受け取りながらも、心の中でさすがは大物とか思っていたりする。

「何度も言いますが、中は危険に満ちています。無理だと思ったら無理をせずにもどっていらっしゃい」

そこでミュリエルは、未だ現実に戻ってこない義娘たちに視線を向ける。

「もっとも、あの三人は何がなんでも二人を見つけるまでは戻ってきそうにありませんね」

そして、初めて彼女は疲れたようにため息をついた。

「私のせいでしょうか〜?」

さすがに責任を感じているのか、ダリアは冷や汗を流していた。

「ここは本来、緊張感あふれる場面のはずなんだが」
「別の意味であふれてはいますね」
「恭也殿、生きて帰って来れるでござろうか」

残りの、三人も苦笑……というよりも、引きつった笑みを見せて、なのはたちを眺めているのだった。




「うっ……」

目の前に現れたモンスターを全て倒し、小太刀を鞘に戻した瞬間、恭也は訳のわからない悪寒に襲われて身を竦めた。

「どうか……しましたか?」
「い、いや、なんでもない」

リコに問われ、恭也はなんとか首を振って返し、再び奥へと向かっていった。







あとがき

いやあ、やっとここまで来たねぇ。
エリス「なんか、リコが恭也に興味というか、なんというか」
ずっと観察していたら、いい所を見てしまって逆の意味で気になる存在に。
エリス「ミイラ取りがミイラにって感じだね。かなり、意味深なところもあったし」
まあ、そのへんも追々。かなり重要な部分でもあるし。
エリス「それで、続きは?」
今回の話もそうなんだが、次回からの話も少々迷ってる。まあ、前回も言ったけど。
エリス「なんで?」
そのへんを話すととんでもないネタバレになるので却下。
ただ、もうそのへんは全て書き終わっているとだけ言っておく。
エリス「なら早く投稿しなよ」
だから、色々と迷ってるんだって。少し時間をくれ。
エリス「まったく、わかったよ。そういうわけですので、みなさん、次回の話は少々お待ちください」
すいません。






もしかして、もしかして〜。
美姫 「リコが恭也に興味を持つ事の原因の一つって」
どうなんだろうな〜。
美姫 「にしても、相変わらず面白いわね」
うんうん。
美姫 「本当に誰かさんにも…」
うわぁー、本当に面白いな〜。
次はどんな話なのかな!
美姫 「そこまで必死になると、逆に哀れね」
うぅぅ…。
美姫 「そんなこんなで、次回も楽しみに待っていま〜す」
ではでは。



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